FF14の二次創作置き場

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「アンナ今日は召喚士か、珍しいな」「そう?」 黒髪のヴィエラアンナの膝に乗る青色…

漆黒

#シド光♀ #即興SS

漆黒

"カーバンクル"
「アンナ今日は召喚士か、珍しいな」
「そう?」

 黒髪のヴィエラアンナの膝に乗る青色のカーバンクルをジトリとした目でシドは見た。
 アンナは器用なものでエーテルを扱う力も片手間にこなすことができる。初めて見た時、「昔エーテルの扱い方が下手だったから修行したんだよ」と苦笑いしながら長い指をクルクルと回していた。直後、高く飛ぶカーバンクルに突然飛び蹴りを喰らったのを未だ根に持っているらしい。

「そこまで悪い子じゃないのに。どうしたんだろ。やめるようにちゃんと躾けとくね。ごめんなさい」

 そう当時苦笑しながら額の宝石を優しく弾いていた。ちなみに現在、流石に飛び蹴りまではされないが未だに噛みつかれたりと懐かれていない。ジェシーをはじめとした部下には懐いてるらしく何故かシドにのみそうするのだ。

「そういえばこのカーバンクルってやつはいろんな色がいるよな?」
「うん」
「以前ヤ・シュトラからお前さんのエーテルの色を聞いた。てっきり赤いやつかと思ったが」
「あー確かに。不思議」

 クシャリと撫でじっと見つめているとシドは隣に座る。少しだけ召喚物をじっと見つめている。

「どしたの?」

 アンナは首を傾げる。
 そう、アンナからは見えないがカーバンクルは撫でられながらシドを見上げている。まるでここは自分の特等席だと言いたいが如く目を細めすり寄っていた。

「いや、何でもないからな」

 そっぽを向く。アンナはしばらく考え込み「まさか」と軽くため息を吐いた。

「キミ、まさか召喚した子にまで嫉妬? いや流石にそんな」

 少しだけばつの悪そうな顔でこちらを見ている。まじかぁと呆れたような声を上げた。

「この子は悪い子じゃないよ。だから仲良く」

 ほらシドもと抱き寄せくしゃりと頭を撫でる。ふと顔を見ると眉間に皴は寄せているものの口元は緩みこれはもし尻尾が生えていたならば激しく振ってるだろうなと苦笑した。

「まったくどっちのシドも嫉妬深くて困る」
「悪かったな小動物にまで嫉妬し……うん?」
「あ」

 アンナは用事思い出したと離れようとしたがシドはその腕を掴む。"また"余計なことを言ってしまったと手で口を覆った。

「今何と? よく聞こえなかったからもう一度言ってくれ」
「別に、何でも」
「どっちの何って言ったんだ?」
「聞こえてるじゃん! ……カーバンクル! 頭突き!」

 顔を真っ赤にしながらカーバンクルに指示しているが珍しく何もせず頭に乗っている。両耳の間に器用に立っているのは正直凄いと目を細めた。アンナは「こういう時に限って! 言う事聞く!」と震え思い切り目を逸らす。頭を激しく振っても頑なに動かない。一方隣に座っているシドの機嫌は一転し、笑いながら背中を叩く。

「チクショー……もー!!」

 アンナは理解している。このカーバンクルは今名前を呼ばないと指示を聞く気がない。自爆したお前が悪いと言いたいが如くつむじを足で突いていた。しかしもし呼んでしまえば次は隣の大男がこちらへ頭を擦り付けてくるだろう。絶対何か勘違いしている。
 何故当時の自分は『少しだけ寂しいしどこか似てるね』と何も考えず名付けてしまったのか。しばらくがっくりと項垂れ、頭をぐしゃぐしゃと掻き盛大な溜息を吐いた―――。


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#シド光♀ #即興SS

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補足漆黒以降、シドとアンナ付き合い始めた後。リテイナーア・リスとアンナが出会って…

漆黒

漆黒

旅人、猫を拾う
補足
漆黒以降、シドとアンナ付き合い始めた後。リテイナーア・リスとアンナが出会っていた話です。
 
「あ、そろそろリテイナーくんたち帰って来るか」

 クガネで伸びをしながらアンナは世話をしている"子供たち"を労うために意気揚々とお菓子を準備する。さあベルで呼ぶかとふとリストを見やると首を傾げた。

「1人多くない?」

 確かフウガ、リリア、ノラという名付けた子を拾ってリテイナー契約をしていた筈。しかし4人目の枠が存在した。何かの間違いではと一度目をこすりその場を離れ戻るが変わりない。名前を確認する。試しに読んでみよう。ベルを鳴らし、口を開いた。

「えっと、ア・リス・ティア?」
「呼んだか呼んだなご主人!」
「ひゃん!?」

 ビクリと身体が跳ねてしまった。キョロキョロと見渡していると「下!」と言われる。見下ろすとそこには金髪のミコッテが満面の笑顔で立っていた。これまで気配が一切無かった筈なのにいつの間に。白衣のようなものを纏う不敵な笑みを浮かべる男性。一瞬だけ今まで会った人間でいえばネロに少し近い雰囲気を感じた。まああの男はこんなイタズラが好きそうな無邪気な兄ちゃんではないのだが。

「え、あの」
「ちゃんと行ってきたぜ面白い掘り出し物があったんだよご主人!」
「あ、ああありがとう。はいスクリップとお菓子焼いたんだけど食べる?」
「お! 嬉しいな! フーガから聞いてたんだよご主人の手作り料理美味しいってな!」

 その場でもぐもぐとうめーうめー言いながら食べてくれるのが嬉しい。嬉しいのだが、誰だこいつ。知らない。

「待って。あの、ア・リス……サン?」
「おうア・リス様だぜ」
「どちら様?」

 その言葉にガクンと膝から崩れ落ちる。流石に言葉がダメだったか。アンナは「ご、ごめん」と言う。すると「いや大丈夫、俺様それ位じゃ折れない」と拳を握り締めた。

「ご主人あの時疲れてたみたいだからな。俺様が振り返ってやろう。ほわんほわんほわん」
「その擬音言う必要ある?」

 とりあえず何かあったか説明してくれるらしい。少しだけ懐かしさも感じる男の話を聞いてみる。



 俺様はア・リス・ティア。天才トレジャーハンターなミコッテさ。ある日東方地域にある不思議な塔を見つけてこっそり侵入する。しかし凶悪な罠に気付かずかかって大ケガしちまった! なんとか身体を引きずってクガネに帰還。だがお腹も空いてバタリと倒れてしまった。そこに偶然通りかかったかわいこちゃんに「えっと、大丈夫?」と声を掛けられたんだぜ!

「それがご主人、アンナちゃんだぜ!」
「へ、へぇボクって優しいね」

 残念ながら事情を聞いてもアンナには全く記憶に残っていない。もしかしたら最近疲れ気味だったので"内なる存在"が対応したのかもしれないと考え付く。ここ数日の記憶が一切無いし、ありえると手をポンと叩いた。

「ご飯一緒に食べに行って美味しかったぞ! そこで『トレジャーハンター危険、よかったらリテイナー契約しない? 掘り出し物私がかわりに換金。あなた心配』ってのも忘れちゃった?」
「うん? うーん―――言ったかもしれない?」
「だろー? あ! ついでに俺たち付き合っちゃおっか! って言ったら『え、ごめん。そういうの間に合ってる』ってあっさり断ったのも忘れたなら俺様にチャンス来た?」
「あ、それは記憶ある」
「ちぇー」

 その言葉は何か朧げに記憶がある。確かにそういう断り方した相手はいた。このミコッテかは忘れたのだが。そういえばと持ち帰った来たものとやらを見る。何やらトームストーンのようだった。

「ア・リス、持ち帰り物、何?」
「よくぞ聞いてくれたな! 遺跡で拾ったんだよ! 何かお宝データとか入ってるかも? 電源入らないみたいだから壊れちゃってるみたいでな」
「あーその辺り修理する専門家の知り合いいるからいいよ。ありがと」
「へへっ! どういたしまして! じゃあ次も何か持って来るからよろしくな!」
「うん、君のこと覚えとくよ。よろしく、ア・リス」
「にゃはははは!」

 走り去って行った。アンナは嵐のような人だなあと苦笑しながら軽くため息を吐く。とりあえず先程会う約束を交わした何故か機嫌が悪そうだったシドではなくネロと兄にでも渡そうかと1人頷いた。シドは以前フウガとお揃いのトームストーンの"写真"を見て嫉妬したのか少しだけ機嫌が悪いみたいで。数日置いたら大丈夫かなと思っていたが悪化していた。
 あと兄エルファーはアンナに対して誤魔化しているつもりらしい。が、ちゃんとエオルゼアに滞在し、しかもガーロンド社で働いてること位は把握している。何でバレないと思っているのかとノリで話を合わせているだけだ。しかしどこで拾ったかとか聞かれるのが面倒なので誤魔化し方を考えなければいけない。そうだ、例えば―――また壊したから修理してほしい、とか。



「ヒヒッ」

 金髪のミコッテは笑いながらテレポでエオルゼアへ戻って行く主人アンナを屋根の上から見守る。

「ささ、ナイスイタズラな"仕込み"も終わったしちょと来客用にラボの掃除して、60年、いや違うか。80年振りにエルの顔でも拝んでやろうか。愉しみだナァ」

 目を閉じた後、常人を超越する高さを跳躍しながら笛でチョコボを呼び出し上空を飛び去って行く。

―――封印は、解き放たれた。


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注意旅人は星を見つけるの冒頭独白シドバージョンです。   寒い夜。ガキ…

漆黒,ネタバレ有り

#シド光♀

漆黒,ネタバレ有り

技師は紅き星を振り返る
注意
旅人は星を見つけるの冒頭独白シドバージョンです。
 
 寒い夜。ガキの頃、俺は言いつけを破り何かに導かれたように外へ出た。キョロキョロと周りを見渡し少しだけ裏路地に入ると大きな塊。それに恐る恐る近付くと長い槍に、褐色の長い指が見えた。まじまじと観察する前に『人を、呼ばなくては』と判断する。踵を返し、巡回兵を呼ぼうとすると俺の服の裾を掴まれた。振り向くと、フードを深く被った人が「寒い」と小さく呟く。その時、キレイで不思議な赤色の旅人に心を奪われた―――。

 初めて抱いた感情は、物静かで、作り物のような不気味さ。記憶を失い陰鬱としていた自分が人のこと言えるかと聞かれると何も言い返せない。だが本当にこれから死にに行くんじゃないかという位思いつめていた。しかしそんな何かに怯え続けながらも、裏では俺や周りを観察していた。器用な人だ、なんて思いながら渡された肉をいただく。あの星空が綺麗な夜、それまで暗い雰囲気だった"彼女"が突然見せた柔らかな笑顔に衝撃を受けてしまった時のことは未だに覚えている。綺麗な顔で細い身体から繰り出される強い力。―――その時の自分との正反対さが目を細めてしまうほど眩しかった。
 俺が記憶を取り戻した時の、あの優しげな目を覚えている。元気になって、よかったという言葉だけでは説明出来ない"彼女"の目に灯る星を見た。それから蛮神討伐、そして仲間の救出という同じ目的を共有した冒険が何よりも楽しかった。だからそれ以降も何気なく付いて行こうと画策するようになる。"彼女"が何らかに関わるだけで未知の技術が転がり込んでくるのだ。技術者としての自分も簡単に"彼女"という存在を手放せるわけがないさ。
 "彼女"が刀を持った日、内面に沸き立つ興奮が初めて俺の心を焼き焦がす。舌をペロリと出しながら愛しげに刀の柄を撫でる姿に本能がこのオンナは危険だと警笛を鳴らした。それに反し、自らの情熱は熱が灯りかけ、作戦中じゃなければ非常に危なかった。絶対に敵に回したくないと決心するくらい、斬り払う時の笑顔にゾクリと背筋が凍るほどの美しさを覚える。

 だが戦闘以外ではとにかく優しかった。助けを求める人間がいれば積極的に走る姿を沢山見たし、俺だって頼ったさ。皆"彼女"のことを注目していたし感謝している。まあ当の本人にとっては周りに一切興味を示さず、人助けさえ出来ればそれでいいという献身的な思想の持ち主だったのだが。しかしそんな"彼女"を気に入らなかった勢力も存在した。存在感が強くなるごとに陰謀へと巻き込まれ、意味も分からぬまま逃げる姿を何度も見ることになる。何かあるごとに絶対俺は手を差し伸べて飛空艇に乗せた。勿論無意識下では少々下心もあっただろう。人の感情に敏感な"彼女"に悟られない程度には己でも無自覚ではあったのだが。
 イシュガルドでの"彼女"は無理矢理にでも周り全てを護ろうとしていた。だが一度、うっかりと手から零れ落ちてしまったヒトに対し悲しむ弱さを目の当たりにしてしまう。どうすればいいのか分からず、肩を撫で続けることしか出来なかった。一瞬火傷しそうなほど熱くなった身体と震えた空気。―――それが"彼女"と俺の違いを見せつけられた、そんな錯覚さえ起こる。震える肩を少しでも強く握るとすぐに壊れてしまいそうで。なんて繊細な機械装置のような綺麗なヒトなんだ、と思ってしまう。
 あの星芒祭での出来事を境に少しだけ素を見せるようになった。何気に精巧な技術を用いたイタズラに説教しながらも居場所だと認識してくれたことに対して喜びを覚える。"あの人"が置いて行った髪飾りを握りしめ、何としても"彼女"の助けになろうと追いかけた。思い返すとお互いの距離感がおかしくなったのもこの出来事がきっかけだったかもしれない。狂い始めた歯車は、軋み続けていった。

 例え暴力装置だと揶揄されても不敵な笑顔を浮かべるのが"彼女"の魅力だ。どんな陰謀も斬り払い"無名の旅人"であり続けようとする。個人的には『絶対に生きて帰ってこい』と言うと必ず生還し、俺に向かって笑顔を見せてくれたことが何よりも嬉しかった。その反面、頑なに周辺に感情を見せないよう立ち回っている姿に違和感も覚え始める。どうして、そんなにも"無名の旅人"であろうとするのか。胸がチクリと痛みながらもその正体を探る。
 ドマで初めて具体的な"彼女"の過去を目の当たりした。同じく"無名の旅人"と自称していた命の恩人から与えられた全ての始まりを知る。再会することは出来なかったと少し悲しそうな姿を見て隣に立ってもいいのだろうか、という疑問が湧く。しかし当時の自分は気付いていなかった。もうすでに何度も焦がされていた心は修理不可能なほどその熱で歪み切っていたことに。そしてこの時から、"あの人"と"彼女"を重ね始めていた。
 いつも数歩後ろを歩く"彼女"と常に隣で笑い合ってみたかった。そんな反面、全てを斬り払うための道を作ると、流星の如く走り抜き去っていく後ろ姿を見守る。―――そんな"彼女"を支える行為も楽しかった。紅く光る流星が灼熱の炎で俺の心ごと文字通り全て燃やし尽くす。"彼女"に無意識下で長い間恋焦がれていたと、初めて首元に噛みついた夜に自覚してしまった。甘い香りと冷たい肌に歯を立てた瞬間の少しだけビクリと震え喉から発せられた甘い声。その直後遅れて湧き出したのは底知れぬもっと欲しいという欲望。だが、予想外なことが起こると頭で考えるより先に言葉が出てしまったと更に慌てた反応が楽しいだけさ。なんて俺は今の関係がいいと想いを封印し、笑い合うことを選ぶ。それは2人きりの時に何が起こっても、表では平静で居続けるという人に無関心な"彼女"に甘え続けていたのも確かで。この後オメガによって引き起こされた検証事変で再び共闘出来ることを喜んでいた。

 オメガによる度重なる仲間への襲撃に対し落ち込んだ時、遂に慰めに来た"彼女"を抱いて想いを伝えてしまった。まるで一目見てから我慢し続けた感情を全てぶつけるかのようにトンデモ理論と勢いで押し切る。いや、きっかけも"今まで出会った人間の中で初めてならキミがいいとは考えていた"と煽ったのも向こうだから俺は悪くないさ。と思いたい。ただただ相手は初めてだったのに、手加減無しで一晩中衝動に任せて抱き潰した。そう、その夜は幸か不幸かバカみたいにあってしまったお互いの体力に感謝し、自分の"好き"に塗り替えていく行為に夢中になってしまう。後日何度も謝り倒すくらい反省した。だが、そこで命の恩人の言葉に縋る理由も分かったので有意義な時間ではあった。そしてどこか懐かしい低い声で"宿題"を言い渡された時、絶対解いてやると決心する。誰も手中に収めることが出来なかった"彼女"という報酬が手に入るのだから躍起にもなるだろう。そこまで決起した理由は簡単だ。それは初めて"彼女"の口から漏れた"SOS"。だから全力で解きに行くに決まっている。
 それからしばらく温泉旅行と称して連絡を絶たれたのは寂しかった。自分が与えた永遠に消えない傷を癒すためだろうから文句は言えない。だがその後、何事もなく戻って来て検証を終わらせることが出来た。やはり人に興味がなさすぎるのではという疑問が湧いてしまう。考えても仕方がないと渡された用途不明な銀色の鍵を握りしめ、また"彼女"と違う道を走り出した。
 その最後の検証で初めて弱き人間の想いを込めたという"本気"を見る。顔こそはよく確認出来なかった。だが、怒りの感情に合わせるかの如く空気が震え赤黒く染まった後、全ての音が消えた世界で刀が青白く光り人を模したオメガを斬り伏せる。振り下ろされた時に現れた光の斬撃はまるで流星の軌跡のように綺麗で。これが、命の恩人から教わった"気迫"なのかと問うとただ笑顔を見せていた。青白い光の意味は未だに分からない。ただただこの人が敵じゃなくて本当によかったと痛感する。だってもしも敵だったら二度とこの美しい流星が見えないじゃないか。疲れたのか少しだけ動きがぎこちない"彼女"の背中を叩きながら笑い合う。
 故郷はアシエンが動乱のために作った国だった。―――真実を聞かされた時、そりゃショックが大きかったさ。なるべく表に出さないようにしながら自分の出来ることを片付けていく。そんな俺を見て何も言わず抱きしめた。興味はないくせに人の感情に敏感な"彼女"にはすぐにバレたらしい。それがとても嬉しいと感じて尻尾を振る自分に少々嫌気が差した。それから"彼女"は何者かに呼ばれ、別の世界に消えてしまう。

 オメガの後処理に鬼のような量の仕事。それらを終わらせた後、いつの間にか悪友と親しくなっていた"彼女"の兄と対面する。―――驚くほどにそっくりだった。その赤髪も、喋り方も、故郷の髪飾りも。俺は彼も連れ、"宿題"を解くために命の恩人の墓へ向かう。そこで"真実"を知った。彼が遺した言葉はこれまでの"彼女"との旅路がなければ信じられなかっただろう。しかし第七霊災の兆候すらなかった頃に全てを知ってしまい、何も出来なかった彼の心はどれだけ痛かったか。あんなにも身を焦がされるほど嫉妬していた相手だったはずなのに憐れみさえも覚える。そして"宿題"の答えは"これ"でいい。少しの間だけ反応したがまた光が消えた用途不明な装置を受け取りエオルゼアへと帰る。
 別の世界に消えて約1か月後、"夢の世界"に連れて行かれた。そこは少しだけ弱った"彼女"と真実を照らし合わせる幸せな夢。相手は俺が当の本人だと気が付かず迂闊を晒し大慌てだった。正直に言うとここまで挙動不審になった所を初めて目の当たりにしたから最高だった。現実でももっと見せてほしい。絶対に生きて戻ってこいという俺が与えられる最高の"呪い"。命の恩人の教えに上書きするかのように吹き込み、帰りを待った。
 青龍壁の調整をし、飛空艇の整備を行い、何事もなく納期もやってくる。―――そんな数々の仕事が"彼女"がいなくても日常は続いた。『会いたい』とため息を吐く。するとふとあの解析しても用途が一切不明だった装置がポンと音を鳴らした。俺はそれを持ち上げ、何が起こったのかと思いながら見つめているとリンクパールが鳴る。送信主は暁の血盟のクルル。どうしたのか、いや彼女からならば1つしかない。分かっていながらも平静を装うために用件を問うとこう言ったのだ。

『アンナが帰って来たの。嫌そうな顔をしながらガーロンド社へ向かったから、頑張ってね』

 俺は反射的にネロと"彼女"の兄レフが軽量化、再調整した捕獲装置を手に取り慌てて部屋を飛び出す。謎の装置の光が徐々に強くなっているのが見えた。これは、もしかして―――。


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#シド光♀

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注意・補足ボズヤ、ウェルリト後、遂に付き合うことになる話。  ―――故…

漆黒,ネタバレ有り

#シド光♀

漆黒,ネタバレ有り

旅人は答えを見つける
注意・補足
ボズヤ、ウェルリト後、遂に付き合うことになる話。
 
―――故郷でも、命の恩人からも、教えてもらえなかったコト、皆誰から学んでるの?



「ビッグス、社内で流れてる噂聞いた?」
「噂、ですか?」

 ある日の昼下がりのガーロンド・アイアンワークス社。ジェシーはビッグスに近頃起こっている奇妙な話について聞く。

「アンナが手当たり次第に人を捕まえて、質問攻めしてるらしいのよ」
「こっちには来てませんが…」
「それオイラの所に来たッスよ!」

 傍で作業していたウェッジがパタパタと走って来る。

「恋や愛って何? と聞かれたッス!」
『恋!?』

 ジェシーとビッグスの声が重なった。

「いや『好きな人いたよね? いつ好きに? どういう所好き? どうやって伝える? どこでその感情を学習?』とか畳みかけられたッス!」
「え、アンナ何言ってるの?」
「どこで学習? おいおいまさか」
「事情を聞いてみたら『何度考えても頭真っ白。結論のために質問の旅』って言いながら去って行ったッスよ! その、本当にまだ親方とアンナって付き合ってないんだって察したッス」

 3人はため息を吐いてしまう。今更何を言っているんだという言葉しか脳に浮かばない。

「私、最初は会長があまりにも鈍感で奥手で不器用すぎてそれがボトルネックだと思ってたんだけど」
「まさか完全にアンナの思考とは……」

 別の世界での人助けが終わり霊災も回避され、賢人たちの意識も無事回復し、少しの時間が経過した。その辺りからアンナの様子が少々おかしい。いや変なのは出会った当初からだが、考え込んでいる時間が増えた。一見いつもの笑顔は見せているのだが最近ぼんやりとしているようで。
 閑話休題。恋愛関係で聞き回っているということはシド関連なのだろう。とっくの昔に、遅くても第一世界から一度戻ってきた日に決着がついたと思っていた。だがどうやら当人たちの間では未だそうなっていないらしい。

「あ、ジェシーいた」

 3人が振り向くと噂のアンナが手を挙げながら部屋に入って来る。ウェッジの話を聞く限り次は自分に聞きたいのだろう、大慌てで椅子と紅茶を準備した。



「ジェシーとビッグスは恋したことある? ウェッジは知ってる」

 紅茶を飲みながらアンナはニコリと笑った。3人は顔を見合わせる。

「そりゃ一度はあるでしょ」
「ですよねえ」
「うん、私もあると思ってた。でもねえ」

 肩をすくめ、ため息を吐く。

「いや正直恋って判断どこでしたのか理解不能。初恋は憧れとか幼い淡い体験にした。が、問題は大人になってから」
「はい」
「恋は学校の授業には存在せず。私も故郷では聞かなかったし命の恩人―――フウガも教えてくれなかった」
「そうかもしれないッスね」
「だから人はどう愛や恋を察知し、どうその先へ行くのか知るため暁やガーロンド社で聴取」
「分からない……過去一アンナが分からなくなったぞ……」

 シドが時々アンナが分からんと言いながら眉間に皴を寄せ頭を抱えてる姿を見せる時があった。今その気持ちが理解出来たかもしれないとビッグスは片手で顔を覆う。

「フウガに向けていた感想とは全く異なる。だから恋というもの、どういう瞬間に感じるのか気になる」
「え、アンナ確か好きなタイプ聞いた時あっさり答えたじゃない。髭が似合って、がっしりとした体形で、光のような人って」
「フウガ"も"だよ? 髭が似合い、がっしりした体形、人助けが趣味、光のような人」
「ああ……」

 あの時の言葉はどうやら別の人間を指していたらしい。もしかして重ねていたのだろうかとジェシーは眉間に指を当てて考えているとアンナはニコリと笑いながら聞く。

「んで、各々の恋した瞬間、記憶ある?」
「そうねえ。やっぱり憧れとか?」
「フウガは憧れ。けど……」
「優しいなって思ったり」
「優しい。けど恋までは」
「じゃあ一目惚れとかどうッスか!」
「確かにキレイな星。でも別に見てて何も」
「アーンーナー」

 ジェシーのジトっとした目にあははごめんと苦笑いしている。

「ちなみにネロサンに聞いたら呆れた顔で色んな小説山積み。兄さんに"8人の嫁さんのプロポーズどうやって? 参考にする"って手紙送ったけど返事来ない」
「嗚呼……」

 最近のアンナの兄である社員レフの様子がおかしい原因も彼女だったようだ。休憩中に『僕の答えがそのまま横に流される……』と遠い目で呟いていた意味がはっきりする。

「アンナ、恋愛ごとに理屈は考えちゃいけないと思うの。言葉が出ないなら行動で示したら流石に会長も分かってくれるから」
「そういうもの? ……あれ? そういえば皆何故シドの話と思って? 言った記憶皆無」
「この段階で知らないって思ってたのか!?」



 散々悩んだ後アンナはまたフラフラと歩いて行った。ジェシーらは生暖かい目で見送る。その後喫煙室にいた休憩中のエルとネロを捕まえる。

「何か? ホー……昇給?」
「アレだろ、メスバブーン関連」
「嗚呼」

 エルの目から光が消えた。相当悩みこんでいたらしい。先程あったアンナとの話をするとネロは一頻り大爆笑した後エルを指さした。

「いつもは妹から手紙来たって小躍りして即返事出す癖に悶絶続けてンだ」

 机に突っ伏し呪詛のような言葉を吐いているがジェシーは解読が出来ない。「ネロ、レフは何と?」と聞く。

「自分の言葉を引用してまンまプロポーズされちゃガーロンド吊る必要が出てくっからメスバブーンは一生悩んでろってよ」
「そこまでは言ってないやい」
「近くはあるんスね……」
「レフ、あなたの妹付き合ってすらいないのにプロポーズまでは飛躍しすぎよ」

 ジェシーの言葉に頭を勢いよく上げる。やれやれと言いながら呆れた目を見せた。

「はぁ? いやいや妹から指輪渡すんだろ? 会長クンはすぐ近くにこの僕がいると知っていながら一言挨拶無しで更に先手にも回れないのか最低って話題じゃ」
「エル、あの無欲の権化(リンドウ)の思考がそのまま反映された妹なんだろ? 未だ恋愛っつー器用なおままごとする可愛いお花畑チャンに見えてンのか? 確かにプロポーズなンざ先手取らなきゃ気が済まねえって顔してるだろうがよ」
「……うっそだろ……」

 再び突っ伏したまま震えている。また何か判別出来ない短い言葉を吐いているのでウェッジはネロに通訳を頼む。

「恥ずかしすぎて消えてェってよ」
「合ってる」
「合ってるのか……」
「ここまで上司と実の妹の内情が社内で拡散され切ってて死にたい! さぞ君らは面白いだろうねぇ! ああそうだよ僕だったら絶対面白がるからな!」
「まあアンナからしたらレフはここにいないはずだもんなあ」
「うるせ! 会長クンに言いつけてやる! 君ら諸共僕は死ぬ!」
「ちっちゃいプライドのためにオイラ達まで巻き込まないで欲しいッス!!」
「ゴホン! 俺がどうした?」

 その場にいた全員が固まる。喫煙室入り口を見るとシドの姿が。怪訝な顔をしてネロらを睨んでいる。

「あ、あれ親方仕事は」
「休憩させてくれ。今回も中々苦戦しててなあ。お前たちも世間話は程々にして手伝ってくれないか」
「それは構いませんけど」
「で、俺に言いつけるとは? レフがアンナみたいなキレ方してるなんて珍しいが何かやらかしたのか?」

 ネロ以外全員シドから目を逸らす。これは言ってもいいのか、いけないのか。アンナは秘密にしろとは言っていない。渋々エルが突っ伏した状態で抑揚のない言葉を吐いたのでビッグスはネロに翻訳を頼んだ。何度か振ったはいいものの何故言葉が解読が出来ているのはよく分からない。

「ンで一々俺に言わせてンだよ! はぁ―――最近妹とどうだってよ」
「アンナか? 最近何か考え込んでて声もまともに掛けられなくてな……って何で休憩中とはいえ今お前たちに話す必要あるんだ。プライベートで聞いてくれ」
「アー? そうかよ。妹からトンデモレターが届いて以降仕事に対するモチベ最悪だからテメーで何とかしろってよ。あと暁や可愛い部下困らせンな」
「トンデモ? ―――困らせ??」

 シドは突き付けられたエルが貰ったという手紙の一部を眺め首を傾げている。案の定周りの状況を当の本人だけ知らないらしい。ジェシーはジトっとした目で報告する。

「アンナが手当たり次第に恋やら愛って何って聞いて回ってるんですよ。さっき私の所にも来ました」
「な、何やってるんだアイツ!?」
「心当たりありますよね?」

 素っ頓狂な声を上げた後考え込んでいる。しばらくしして「あ」と漏らした。

『その旅が終わったら、即結論は教える』

 第一世界から帰ってきた直後、話をしていた気がする。そういえば記憶探索後に何か言おうとして固まっていた。以降、会っても上の空で呼ばれては首を触りながら「何でもない」と言われる日々。どうなっているか一切理解出来なかった。

「いや、分からん。何でそういうことを聞き回っているかは俺にはさっぱり」

 少し頭痛がしたような気がする。―――今までこっちをからかっていた人間だ。まさか今更恋やら愛やらで悩んでいるわけはないだろう。多分どうやってこちらで遊んでやろうかと周りを巻き込んでいるに違いない。

「とりあえず俺の方から注意しておこう、スマン」

 シドはジトっとした目でそそくさとその場を後にする。

「絶対会長クンは誤解してるな」
「イタズラの仕込みって判断したみたいだなあ。もう少し言った方がよかったかもしれん」
「どう見てもアンナの日頃の行いが悪くて流石に擁護は出来ないわね」
「アンナ……ごめんなさいッス……!」

 ジェシー、ビッグス、ウェッジは半笑いで空を見上げた。

「いやクッソ面白ェ。エルどっちに転ぶか賭けでもすっか」
「賭けにもならん。ジェシー女史、会長クンに明日休暇を与えよう。機嫌が悪い所を延々見続けるとなっては社員の士気にも関わる」

 あなた達会長に聞かれても知らないからねとジェシーはため息を吐いた。



 仕事をキリのいい所まで早急に終わらせシドはアンナを探し走っていた。流石に部下から苦情が来るほど迷惑をかけるのはいけないと一言怒っておかないといけない。『そこまで言わないと分からない子供だったのか?』という疑問が湧くが置いておこう。暁にも聞き回っているのなら今はレヴナンツトールに滞在しているはずだ。急いで向かう。
 まずは石の家でタタルとクルルにアンナの様子について尋ねてみる。確かに色々聞かれたと言われた。アリゼーやヤ・シュトラも恋と憧れの違いについて質問攻めにあったらしい。ウリエンジェは想い人の話をニコニコとした顔で聞いていたと言い、サンクレッドも女性を口説いている時の気持ちを聞かれた困惑したと。グ・ラハやアルフィノからはアンナが本気で悩んでいて心配だと言われた。『バカか!?』と心の中で叫ぶ。今では顔を熱くしながら街中を探す始末だ。

 ふとよく知ってる声が聞こえた。見上げると建物の屋上で佇む探し人。急いで駆けあがり背後に立つ。しかし珍しくこちらに気付いてないようだ。さっきの兄みたいにブツブツと何かを言っている。あちらと違い言語判別は出来た。恋だの好きだの万が一だのよく分からない。

「フウガだったらどう切り抜けるんだろう」

 鮮明に聞こえた一文を耳にした瞬間にカッと頭に血が上る。反射的にその細く引き締まった腕を掴んだ。
 ビクリと跳ねた後、アンナはこちらを振り向く。

「誰ッ―――あ、シド」

 いつもの冷静な顔ではなく少しだけ困ったような泣きそうな顔を見せている。

「え、ちょっと!?」

 そのまま引っ張り大股で進んで行く。今の表情がどうなっているか分からない。しかし"また"リンドウに対して行き場のない怒りが湧いているのは理解出来ていた。肉親の記憶よりも刻み付けられている存在への憤りが。更に違うと言いながらも未だ恋焦がれているのかという呆れも混じり頭がぐちゃぐちゃになる。
 あっという間にいつも取っている宿に到着し、個室へと連れて行く。扉を閉め、その場で抱きしめた。漂う甘い匂いが脳を刺激し、少しだけ落ち着いてくる。

「っ!?」
「俺よりリンドウに頼るのか? 未だに」
「え、いや、その……って痛い痛い! 手加減!」

 アンナの言葉お構いなしに強く抱きしめる。

「逃げるかもしれないだろ?」
「いやここまで来たら逃走無し! 私を何だと思ってる!?」
「まずイタズラ好きで都合が悪くなると逃げ出す旅人だろ?」

 言葉が詰まっている。肩を落とし頭を撫でられた。機嫌取りをしようとしているらしい。それ位は鈍感だと言われるシドでも分かる。

「別に、フウガはそういうのじゃない。し、シドのことで色々考えてた。だからあなたに助けを求めない」
「俺の?」

 何も言わず頬に口付ける。そして顔ごと逸らした。

「本当は兄さんの返事が来てから決めたかった」

 首を傾げる。見上げると顔が赤くなっている。目元を手で隠し、ボソリと呟いた。

「結論を教えたくて。けど、何か言おうとしても、その。頭が真っ白。だから皆に教えてもらおうと」
「今更か? お前あんだけ人をからかって今更そんなこと言ってんのか?」
「う、うるさい」

 お前そんなにか弱い生物だったのか? と思っていると首元を触りながら目をギュッと閉じ呻き声を上げている。珍しく嘘は吐いていないようだ。そういう姿も好きかもしれないとシドは苦笑する。
 そんなことよりも。確か首元を触る時は自分に対する何らかの感情を感じ取った時のはず。どういうことかとシドの方も恥ずかしくなった。少しだけ力が緩んだ隙に振りほどかれ、抱き上げられる。相変わらず軽々と持ち上げるのでいつもプライドが砕かれかけていた。

「おい!?」
「場所変えさせて。こんな所で話しなくて、いい」

 寝台に座らされ、アンナも正面に正座した。相変わらず顔は赤いままで目を逸らしている。

「えっと、私は、あなたを知るために少し旅をしてきた」
「そう言ってたもんな」
「流石にガレマルドまでは行けず」
「今そんなこと出来ない状況って聞くからな」
「何か変わるかなと思ったがそうでもなく」
「―――そうか」

 結論の発表会をしたかったらしい。完全に弱り切り、珍しく長い耳も倒れている。まるでミコッテのようだ。あれだけあの耳ピョコ分かりやすいやつと違うと豪語していた人間が何をしているのか。

「だって恋とか故郷やフウガは教えてくれなかったし」
「別に学校で習うモノでもないぞ?」
「どこでそういうのを知ったのかって聞きたくなり。あの、部下の皆さんにご迷惑をかけたようで」
「俺に聞けばいいだろ?」
「一番アテにならない人が何を?」
「ぐ」

 ジトっとした目で言われた。確かに参考にならないと思うがそこまで単刀直入で言わなくてもいいじゃないかとシドはため息を吐く。

「まあガイウスからの言葉で結論というか方向性は決定済」
「ウェルリトでまで迷惑をかけるなよ」
「ヒエンたちの所にも行ったよ?」
「今度ドマにも一緒に詫びの品持って行くぞ。―――エオルゼア三国とイシュガルドとアラミゴのお偉いさんにも聞きに行ったとか言わないよな?」
「……イッテナイ。面白い話が聞けた。でも行ってないヨ」
「俺が悪かった」

 何日休みを取れれば終わる日程になるのか気が遠くなるほどの人間に聞き回ったらしい。あまり言いたくないが元首たちもいくら相手が世界を救った英雄だからとはいえ素直に答えるなよとため息を吐く。すると頭を掻きながらボソボソと喋り出した。

「別にシドのこととは一言も言ってないのに皆あなたのこと話すんだよね」
「……何でだろうなあ」

 確かにそれは身に覚えがない。アンナのような無神経な人間ではないので誰かに相談した記憶は存在しなかった。しかし大体の人間にアンナの話題を出されるという点は同じで。どこかから、関係が漏れている。ジェシーや暁だったらタタル辺りが察して言いふらしたのだろうか。

「そこでまだ付き合ってないのかとか嘘でしょとか謂れのない驚愕が」
「俺もよく言われてるな。1年以上な」
「不思議」
「不思議だよなあ」

 いつの間にかお互いの顔を見合わせ笑っていた。



「第一世界で分かったことがあったんだ」
「何だ?」

 天井を見上げるアンナはボソリと呟く。

「1年後、キミが答えを見つけられなかったら旅に出るって言ったくせに、いざ1人でキミのいない世界を走り抜けたら怖かった。無限に喉が渇いたようにカラカラで余裕がなく。今までそんな経験なし」
「お前―――」
「だから夢の中でキミが出て来た時凄く嬉しくて。良い夢なんてあまり見なかったから急にキミが扉を叩いた時羽目を外しかけた。その結果が自爆」
「ああだから急に抱きしめにかかったのか」

 別世界の妖精族のイタズラでアンナの夢と繋がってしまった時の記憶。目の前にあった扉を叩くと出て来たアンナが二度見した後柔らかな笑顔を浮かべ抱きしめてきた。夢での出来事だったから都合のいい記憶と混ざっていたと思っていたらそういう真意があったのかと感心する。

「別に暁の皆やあちらの人たちが嫌いだったとかじゃなく。何かが欠けてしまったみたいで常に苦しくて。挙句の果てにバケモノになりかけ、意識も真っ白になり、嗚呼もうダメだってキミにずっと謝ってた。そしたらフウガに『さあ帰るぞ』って引っ張り上げられた気がして。目を開けたら全部終わってた」
「……人に聞き回る前にそれを言え!!」

 シドは起き上がり顔を赤くする。アンナはきょとんとした顔を見せた。

「いやそれ依存ってやつじゃん。恋やら愛じゃないさ。それだけ言ったらどうなるかと考えると共依存しか思いつかない。やだ。だから一度リセットして他の視点でキミについて考え直そうと思い。で、いざやるぞと気合入れたら頭が真っ白になっちゃって」

 軽くため息を吐き、肩をすくめた。手を重ね、目を閉じる。

「色んな人に恋の瞬間を、愛とは何か、その先をどう進みたいのか。聞いてからでも遅くはないかなって。まあ結論は『キミはボクが必要だし、ボクにもキミが必要だ。少なくとも上下関係ではなく対等なものとしてそういう感情を持っている。受け入れよう』と諦め」
「まあアンナがそういう結論を持って来たのなら受け止めるが」
「厭?」
「俺もお前が別の世界で冒険してる間に改めて色々考えさせてもらったからな。まあ同じような結論だ」
「そっか」

 その言葉を聞いたアンナは目を閉じて少し黙り込んだ後、顔を近づけ、これまで見たことない柔らかな笑顔を浮かべている。

「これからも、よろしく。シド」

 瞬時に顔が熱くなり反射的に「あ、ああ」と声が出た。それはどちらかというと少年っぽい整った笑顔。細めた目付きが兄のエルと全くそっくりで―――あのガレマルドや星芒祭の夜に会った時の記憶そのままだ。所謂普段纏っていた仮面が取り払われた瞬間、ということになるのだろう。強く抱きしめ、耳先に口付けを落とした。


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#シド光♀

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注意・補足ヤ・シュトラから見た漆黒アンナのお話。  ―――ノルヴラント…

漆黒,ネタバレ有り

#即興SS

漆黒,ネタバレ有り

"エーテル"
注意・補足
ヤ・シュトラから見た漆黒アンナのお話。
 
―――ノルヴラントで"あの旅人"を見守って、分かったことがあるの。あまり綺麗とは言い切れない旅路の一端を見た気がしたわ。

 アンナと呼ばれる旅人が暁の血盟に出入りを初めて1年半以上が経過した。それなりに心を開いて喋るようになったが、反面未だ底が見えない強さを感じている。エーテルを視るとこの人は明らかに異常だった。
 歪みが見える。エーテルを行使するごとに周辺のエーテルが特定部位周辺に集まり、消えていく。同時に体内エーテルもぐわりと揺らぎを見せた。まるで放出を妨害するかのように膜のようなものが張られている。それは生まれ持ったわけではなく後天的なものであることは明らかで、一体何をしたらそんな身体になってしまうのか逆に気になった。

 彼女の右腕はどうやら魔石のようなものが埋め込まれているようで。エーテルを行使するとその辺りが熱を帯びて小さく光っている。
 あと気になる場所は首元と背中よ。特に背中は大きなひっかき傷のような奇妙な模様が浮かび上がっている。それはまるで傷自体が一種の魔紋のようになっていたのが分かった。ノルヴラントに来るまであまり違和感を抱くことはなかったのが不思議なくらい。

 おかしいという感想を明確に抱いたのは水晶公がエメトセルクに攫われた時。そう彼女に宿れる光の許容限界を超えてしまった時のこと。一度気絶し、目を覚ましたら―――まるで別人のようで。いや確かに喋りや表層的な波長は彼女。しかし何か本質的なモノが変わり、無理矢理躯を動かすようにフラフラと薄い銀色を見せた。そう、光の中でエーテルが柘榴石(ガーネット)色ではなく、銀色に揺らいでいたの。一瞬彼女に擬態したナニカがテンペストへと向かおうとしていたように見えてしまう。
 戦闘スタイルも一見変わりはない。いつものように自在に刀を振り回す。しかしエメトセルクとの最後の戦いでまた別の光を見せた。

『何故だ! 何故幕を下ろした筈の"貴様"が"そこ"にいる!!』

 驚愕の声を上げたエメトセルクの言った通り、私の目からも彼女の姿は消えていた。大罪喰いによる白い光と、青白い光が彼女を取り込み、そこで見せたのは―――ひんがしの着物を纏った銀色のひょろりと背が高いヒトの形をしたモノ。きっと魂から見ることが出来るエメトセルクはもっと違うモノが視えてしまったのでしょう。首元から背中の傷へ、そして右腕に青白いエーテルのような光が集まり、持っていた刀の刃に纏われた。

「さあ帰るぞ―――エルダス」

 優しく小さな声は明らかにそう言ったわ。巨大な刃のような光は巨大なエメトセルクを斬り捨て戦いは終わり―――。振り下ろされた光の軌跡はまるで流星のように光り輝いていた。シドから報告を受けていた通りの、大技。アルフィノ経由で未知の技術だと興奮していたのを半信半疑で聞いていたけどこれは確かに興味を抱く気持ちは分かったわ。

 全ての戦いが終わった後、いつものよく知っている彼女に戻っていた。穏やかで、柘榴石色の奥底に闇を宿した旅人。やっぱりあなたはそれが一番似合っているわ。


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注意セイブザクイーン【シダテル・ボズヤ蒸発事変】の記憶探索終了後のお話。落ち込ん…

漆黒,ネタバレ有り

#シド光♀

漆黒,ネタバレ有り

"追憶"
注意
セイブザクイーン【シダテル・ボズヤ蒸発事変】の記憶探索終了後のお話。落ち込んだシドを自機なりに慰めたり家族について語る感じ。
時系列的にはメイン5.3終了までには起こってる感じ。
 
「英雄さんどこに行ったッスかぁ」

 金髪のヴィエラリリヤはガンゴッシュ内をうろつき赤髪ヴィエラのアンナを探す。先程まで記憶探索の後処理でミコトといた筈なのだがいつの間にかふらりとどこかに消えていた。英雄と呼ばれているが、本人としてはフリーな旅人だと噂では聞いていたので気にはしていない。少々尋ねたいことが残っていただけで。ガンゴッシュ外には行っていないようなので、キョロキョロと周辺を見回していると見覚えのある背中を発見する。

「あ」

 探していたアンナ―――と一度帰ると言っていた筈のシドが2人で空を見上げていた。シドの頭を優しくポンと撫でながら肩に寄せる姿にリリヤは一瞬止まってしまう。後ずさり、リンクパールを手にしながら慌ててその場を離れて行った。



 シドは記憶探索も終わり一度山積みになっているだろう仕事のため飛空艇で戻ることにする。しかし少し歩くと待って、と呼び止められた。振り向くとそこにはいつもの笑顔を浮かべたアンナがいる。

「どうした、アンナ」
「少しだけ時間ちょうだい」

 腕を引っ張られ、喧騒から離れた場所にて2人は立つ。アンナは空を見上げていたので釣られて頭を上げた。すると頭をポンと撫でながら自らの肩へと寄せる。瞬時に赤くしていると表情一つ変えずボソリと喋った。

「色々あった日はね、フウガがこうやって空を見上げながら頭を撫でてくれたんだ。本当は星空だけど。おっと感情はまだ取っておいて」

 ニコリと笑い、耳元で囁く。それはまるで悪魔の囁きのように甘いお誘いだった。

「もし時間があるなら今夜望海楼においで。お仕事ラブならそのまま帰ってもいい」

 シドの返事を聞く前に耳にキスを落とし、パッと離れた。後処理まだ残ってて探してるかも、と言いながら元いた場所へと戻って行く。1人残された男はしばらく口をあんぐりと開き、去った先を見つめていた。

「帰れるわけないじゃないか……」



 夜、飛空艇で一先ずクガネに降り立つ。リンクパールでジェシーに一晩泊まって帰るからもう少し遅くなるがいいか、と聞いてみる。意外なことに即機嫌のよい声で許可を貰えた。不気味だ、と思いながら望海楼の方に行くと入り口前でアンナが佇んでいる。即こちらに気付いたようでニコリと笑顔で手を上げた。

「おやおやてっきり帰ってるかと」
「どうせ先にジェシーに連絡してるんだろ」
「バレたか」

 まさかとは思ったが本当に先回りしていたらしい。さすが準備のいい女だ、実質断れなかったかと背中を叩いてやるとニヤニヤ笑っていた。じゃあご飯準備してもらってるからと手を差し伸ばされる。

「本来は逆だといつも思うんだが」
「そんな顔してる男の人にエスコートされたくない」

 手を握ると指先に軽く口付けた後に引っ張られ、部屋へと案内された。チェックインは先に終わらせていたらしい。すれ違う従業員に物珍しい目で見られているが、アンナは仕草1つ変えずいつも通りだ。個室には既に豪勢な食事が準備され、座るように促される。

「お金は考えなくていい。何かあった時は一杯ご飯を食べて寝るのが一番」
「ヌく方が効率的とか言ってた人間とは思えない発言が飛んだな」
「おうおうご飯時にそういう話はご法度」
「最近誰かさんに影響されているのではと言われたんでな」

 アンナは一体誰かな、許さないねえと肩をすくめている。シドはニヤと笑っていると、すぐに調子が戻ったのか飯を食いたいのか「いただきます」と手を合わすので、その声に釣られて同じく手を合わせてしまった。



「食事どうだった?」
「お前さんの料理ほどではなかったが美味しかったな」
「流石にプロの方がレベル高いと思うよ?」

 東方料理だけでなく多少エオルゼアでもよく見る揚げ物等も添えられ食べ応えがあった。酒は、と問うと「絶対悪酔いするから今度ね」と言われる。
 その後アンナは苦笑しながら置かれていたタオルや浴衣を押し付けた。

「お風呂。大きい温泉、ゆっくりつかるの、いい。その間に布団敷いてもらう。それともご飯食べたから帰る?」
「帰らんと言ってるだろ」

 小突きながら道具を受け取り部屋を後にする。いい休息になりそうだ、と思いながら共同浴場へ向かった。

 言われるがままぼんやりと入浴し、部屋に戻ると確かに布団が敷かれていた。エオルゼア様式の寝台もいいが布団というものも悪くない。アンナはまだ戻っていない様子で。外を見上げると綺麗な月が雲の間から覗かせている。繁華街からの喧騒もかすかに聞こえ、その音も心地がいい。少しだけ目頭が熱くなったタイミングでアンナが部屋に戻ってきた。

「おや先に―――嗚呼遅くなってゴメン」

 着替えを放り投げ駆け寄って来る。シドは思ったよりも震えた声で口を開く。

「日中みたいに」
「ん。座って」

 月明りの下、隣に座り、アンナの肩に頭を寄せるとそのままポンと撫でられた。涙が溢れ、嗚咽が漏れる。

「泣け泣け。今は私しかいない。明日からまた笑顔を見せておくれ」

 多分フウガが言っていた言葉をそのまま口にしているのだろう。我慢できなくなり、そのまま押し倒し強く抱きしめた。

「甘えたい年頃?」
「うるせぇぞ。リンドウの真似をするな」
「嗚呼そういう。人の慰め方を他に知らずつい」

 ごめんごめんと言いながら身体に手を回し、抱き返す。その後アンナは何も言わずその堰き止めていた感情を受け止めていた。



 少しだけ落ち着いた頃、アンナは突然思い付いたかのように脇腹へと指を這わせた。

「私的にはその銃創の謎が解けたからボズヤのレジスタンスに協力してよかったなって。―――あーあ、誰かさんのせいで自分勝手な考えをするように」
「っ、それでもいいんじゃないか? アンナは完全に部外者だろ」
「その部外者でも首を突っ込んでしまうのが無名の旅人。―――ってそんな顔しないでよ冗談冗談。もうただの旅人さ」

 ジトッとした目を避けるように苦笑している。シドは「次言ったら分かってるよな?」と眉間に皴を寄せるとアンナは「はいはい」と窘める。

「ねえシド」
「どうした?」

 アンナは何かを言おうとする。しかし首を傾げた。どうしたとシドは再び聞くが目を閉じたまま固まっている。

「何か、言おうとした。でも分からず」

 ようやく口を開いたと思ったらよく分からないことを言っている。必死に考えこんでいるようだ。

「ごめん、シド」

 頭をグシャグシャと掻きながら悩み続けている。珍しいと思いながらシドはその風景を見つめた。
 アンナは確かに何か言おうと思っていた。しかし何も浮かばない。"結論がついたらすぐに報告する"と約束したのに、それを表現するための言葉が頭から消えた。あんなにも人を口説いていたはずなのに。

「まだ、足りないかも」
「うおっ!?」

 シドを強く抱きしめ、撫で続ける。強く、締まる位に。流石に苦しくなってきたので腕を掴み抗議した。

「アンナ、流石に手加減無しで抱きしめるのは」
「……ゴメン」
「その辺り考えられん位悩むことって何かあったのか?」
「う……」

 そっぽを向き、何も言わない。いつもより子供っぽい姿に笑みがこぼれた。くしゃりと頭を撫で、口付けた。

「別に今すぐ言わないといけないことなんてないだろ? ゆっくりでいいさ。それとも何かやらかしたのか?」
「そう、だね。別に悪いことして言葉詰まってるわけじゃないよ失礼。あ! そうだ!」

 どうした、と聞くと目を輝かせながら話を促す。

「あなたの家族の話、聞かせて」
「……そんなのでいいのか?」
「色々確執が消えた今だからできる話ってあるでしょう? 気が変わる前に早く」

 それもそうかとシドは呟いた。提案しておいて気が変わる前にとかなんて我儘な人間なのだろうかとも思う。だがあの人に興味を持たない女が話せとせがむのだ。悪い気はしない。優しかった少年時代の家族との日々を少しずつ紐を解くように話す。アンナはずっといつもの笑顔で聞いていた。そうしながらも、まるで自分に欠けている部分を補完するかのように家族やその周りの環境について尋ねる。

「お互い帰らずの故郷で家族の話なのに聞いてて楽しいなんて思わず」

 一通り話終わった後にポソリと呟いた言葉が印象的だった。

「お前さんはいつでも兄に手紙で聞けるだろ?」
「兄さんは血が繋がった家族の話はしない。"聖なる場所"へと旅立った父さまと色々あって」

 そういえばこの兄妹の家族についての話は一切聞いたことがなかったなと思い出す。しかし思ったより珍妙な単語が出た。首を傾げてしまう。

「聖なる、場所?」
「ヘーヘっヘっへっ、この世にゃ知らなくてもいいことっていっぱいあんだぜ兄ちゃん」
「何だその口調は」
「まあ死んでるって感じでいいと思う。顔の記憶すらないから会ったことないんでしょ、多分」

 その場所もどういうものかは私も知らないしとはにかんでいる。

「……お前の故郷グリダニアも吃驚な余所者お断りの面倒な村だな?」
「超純血主義の帝国出身な人に言われても。あと成人前に飛び出したから知らなぁい。ささ、もう寝よ? 明日少しでも早く会社に戻ってあげなきゃ」
「話題逸らされた気がするんだが」

 第三の眼付近に口付けてから目を閉じる様を見たシドのぼやきは虚空に消える。相変わらずアンナという存在を全て掴めた気はしない。いつか知ることはあるのだろうか。―――とりあえず帰ってから少しだけ兄に聞いてみよう。そう思いながらその冷たい身体を抱きしめ、目を閉じた。


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#シド光♀

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注意漆黒以降の自機が子供化ギャグ概念をまとめたページです。漆黒以降のキャラがいる…

漆黒,ネタバレ有り

漆黒,ネタバレ有り

長編:旅人は子供になりすごす
注意
漆黒以降の自機が子供化ギャグ概念をまとめたページです。漆黒以降のキャラがいるのでネタバレ有りに入れています。キャラ崩壊がすごい。
ネロ+光♀気味のシド光♀。ネロと自機はお互い気が合う友人以上の感情は一切無し。その4だけシド光♀です。
R18パートはがっつり特殊性癖なので自己責任で。

長編
その1 // その2 // その3 // その4

フルver(R18入り、約32,000字)

後日談

いつか

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注意漆黒以降暗黒騎士の力を手に入れた自機と影身フレイの短編3本立て  …

漆黒

#シド光♀ #フレイ

漆黒

ウサギは影と踊る
注意
漆黒以降暗黒騎士の力を手に入れた自機と影身フレイの短編3本立て
 
"英雄"
「逃げたくないのですか? 英雄という枷から」
「フレイ」

 目を開くとひょろりと長い影がアンナを見下ろしている。どうやら自室のソファで寝落ちしていたらしい。決してその顔を覆うバルビュートを外さない彼の者フレイは主の答えを待つ。

「何度も逃げようと思ったさ。でも今が一番楽しい」
「楽しい、ですか」
「そそ。辛いこともあったし、苦しかった時もあった」

 脳裏に浮かぶのはこれまでの旅路。英雄と呼ばれるようになり数々の陰謀に巻き込まれてきた。しかし"運のいい"彼女はいつも差し伸べられた手を握りしめ走り続ける。フレイは未だにその姿が不安に思っているのだろう、安心させるかのように優しく語った。

「でも何も目的もなく嫌な目で見られながら旅をしていた頃に比べたらマシさ」
「……それはあなたが手にしてしまった力のせいですか?」

 手にしてしまった力、それは命の恩人に教えてもらった"無駄に強い"もの。そもそもそれが原因で悲惨な目に遭い、"鮮血の赤兎"と恐れられた時期もあったのだ。フレイはそれを言いたいのだろう、アンナは笑う。

「そうだよ。でもこれは人を護るために教えてもらえた唯一無二のものなんだ。誰にも否定なんてさせない」
「そう、ですか」

 フレイは洗練された動きで跪き、寝そべるアンナと同じ視線で見やる。アンナはクスリと笑いそのバルビュートの口元に手をかけるが大きな手で阻まれてしまう。ケチとボソリと呟くと金色の双眸を細めながら額を指で弾かれた。

「いけません。あなたには見せられない顔な故」
「いいじゃん減るもんじゃなし」

 唇を尖らせて不満を言う様にクスリと笑う声が漏れていた。直後アンナを抱き上げ、ベッドに優しく落とす。一瞬驚いた顔を見せたがすぐにいつもの余裕のある笑顔を見せた。

「あなたが英雄であり続ける限り、"ボク"もあなたと共に戦いましょう」
「ええ。折角闇と向き合おうって決心した成果なんだから地獄の果てまで付き合ってほしいね」

 おやすみなさい、とフレイが言うとすぐにアンナは目を閉じ、寝息を立てている。クスリと笑い声を漏らし寝台から離れ、ドレッサーの前へ立った。その眼を閉じてバルビュートを脱ぎ、その顔をじっと見つめるように開いた。

―――長い銀色の髪に青色の目。左の目元に傷があり、長い耳を揺らした男はため息を吐いた。

「おぬしの闇、ということは"私"が出て来るのも仕方のない話」

 自らと溶け込んだ"フレイ"、そして主人格である"アンナ"と同じ笑みを浮かべ、眠る赤髪の女をじっと見つめた。

「地獄の果て、か―――そこへ行くのは"私"だけでよいのだ、エルダス」

 再びバルビュートを被り、闇に溶け込むように消えた。

 
"修練"
―――影はどんな武器も扱うことが出来た。

「うーフレイ強すぎ」
「あなたがまだ未熟なだけですよ、アンナ」

 フレイは暗黒騎士の影でありながらも数々の武器を"影"で作り出し、修練に付き合ってくれた。稀にリテイナーのアリスも手伝ってくれるがやはり自分の影で殴り合える方が楽しい。と思っていた。自分の影なら実力が互角になるというのがお約束だろうにフレイの方が圧倒的に強くあっという間に転がされる。両手剣も、斧も、双剣も、刀や槍でさえ勝ることはない。息一つ乱さずその金の目で確実にクセを読まれ弾かれる。一度勝ったはずの相手なのに、自分と混じり合った影響で余計に強くなるなんて予想外だ。

「手加減しろー」
「しています」
「その武器の射程減らせー」
「本番に弱くなりますよ」

 重そうな鎧と視界が狭そうな兜を被っているくせにどうしてそんなにも軽やかに動けるんだとアンナは悔しがる。
 しかし裏返すと共に戦う時は心強い味方になるということだ。

「ほらもう今日はもう終わりにしましょう。2時間ぶっ続けは疲れましたよね?」

 そして程よいタイミングでこうやって自分を甘やかす。勝てないな、そうアンナは苦笑を浮かべた。

「今日は何を食べようかな」
「蕎麦とかどうでしょうか?」
「もーフレイ本当に蕎麦好きだね。天ぷらと食べようか。今日シド来る予定なんだよね」
「……"ボク"の分はなしと」
「フレイどの道私の前じゃ食べないじゃん。おにぎりと一緒に置いとくから夜中に食べて」
「寿司にしてください」
「はいはい」

 フレイは東方料理が気に入ったらしい。食事は特に必要ない性質らしいがやはりあると意欲が上がるようで「美味しいですよ」という言葉を聞いていて楽しい。
 兜を脱ぐからかアンナは食べている所を見たことはないが。気が付いたら空になった食器があるのが日常である。

「いつか一緒にフレイとご飯食べたいな」
「考えておきますよ」

 こう言う時は大体考えるポーズを取るだけなのは知っていた。まるで「努力しよう」と言うシドのようだと頬を膨らます。自分よりもすらりと高い影を見上げ、鎧を小突いた。

 早々に仕込みをし、デスマーチで疲れたシドを迎える。側に置いてある3つ目の皿に首を傾げる男をケラケラ笑いながら夜は更けていった。
 深夜、2人が寝静まると影は音を立てず形を作り暗闇の中食事を摘む。バルビュートの口元を外し青色の目を細めながら幸せそうに笑うアンナの顔を浮かべ、再び闇に溶け込み消えた。次の日、寝る前はあったはずの天ぷらが消え慌てる何も知らないシドに「夜食はダメ。太るよ?」とからかい笑うアンナの姿があった―――。

 
"浮気?"
「アンナが見知らぬ男と鍛錬してた?」

 シドは大きなため息を吐いた。整備帰りの社員が偶然飛空艇の上から見かけたらしい。全身甲冑を纏った長細い男と思われる人間と戦っていたのだという。見た所、喧嘩や殺し合いというわけでもなくアンナが斬りかかっては弾き飛ばされ転がされていたという話はにわかには信じがたい。あの負け知らずのアンナが、見間違いではないかと言うが間違いなく黒髪赤メッシュヴィエラ女と聞くと本人だろう。まさか今になって何も言わず他の男の所に行くとは思えないが、また変なことをしている想い人にため息しか出ない。試しにリンクパールに繋げてみる。

『もしもし』
「アンナ、今いいか?」
『何か私の力が必要になる変な仕事でも?』
「いや、最近お前さん修行でもしてるのか?」
『―――あー』

 どこか歯切れが悪い。息も少し上がっている気がする。

『してないしてない。ごめんちょっと用事思い出した。切る』
「お、おいアンナ!」

 プツリと切断される。怪しい。

「なあレフ、アンナが何か怪しいのだが」
「また喧嘩でもするのか?」
「そういえば先日飯食いに行った時も変だった」

 1人分余分に作られ、目が覚めると無くなっていた。おかしいと思わないかと言うとレフは肩をすくめネロは爆笑している。

「寝ぼけてどちらかが食ったでなければネズミでもいるんじゃないか?」
「ネズミ」
「ケッケッケッ、いやあ分かンねェぞ新たなバブーンでも拾ったンじゃね? ヒトじゃなくてガチモンの野生生物をな」
「お前たち人の不幸を面白がってるんじゃない。というかそこらの生物に天ぷらを食わすわけないだろ」

 とりあえず本日最終便でリムサ・ロミンサに行くかと拳を握る。



「フレイ、シドに察されたかも」
「言えばいいじゃないですか」
「まだ遊べる」

 アンナはリンクパールを切った後自らの影と対話する。鍛錬の合間にかかってきて平静を装うのも疲れたと座り込んだ。

「妙な勘違いされて痛い目を見るのはあなたですよ? アンナ」
「むーそうなんだけどどう説明すればいいのかも分からんね」

 闇と向き合いもう1人の自分が影身として具現化し、それと修行をしていますなんて言える? と聞くとフレイは肩をすくめた。

「"ボク"だったら呪術士の元に連れて行くかもしれませんね。マハで妖異にでも憑かれたかもしれない、助けてほしいと」
「ほらー!」
「はい休憩は終了です。続きを始めましょうか」

 フレイはアンナから欠けていた感情である。"無名の旅人"として負の感情を触らないようにし、斬り払うように奔り別の世界までも救った。
―――きっかけは護ると決めた男だった。英雄という道を作ってくれた白い星と一度次元の壁に隔たれた時に"それ"が牙をむき蹂躙する光と共に襲い掛かって来た情景を思い出すだけで未だに震えてしまう。もうそんな弱さを露呈させるわけにはいかない。だからどこか懐かしさも感じる男に今日も刃を向けその不安を落ち着かせるために修練を重ねる。
 溢れ出した感情に引っ張られた"力"が"また"誰かを傷つけるのではないかと手が震える。―――自分が使う"力"はまだ大切な人たちを傷つけたことがないはずなのに、不安が襲い掛かるようになった。何度も護ると決心した人間たちまでも傷つける夢を見るようになり、目が覚めた後何度も小さな声で謝る時もあった。そんな時にエーテルで補強された長細い影のフレイが現れ、修練に付き合ってくれるようになる。そうだ、英雄であるために、弱さと向き合うためにアンナはシドにも言わずその剣を自分より頭一つ位大きな自らの影に振るう。"内なる存在"とはまた違う相棒という存在が久々にアンナの心を滾らせた。
 ニィと笑い、腕に力を集中させる。

「ああ、私はまだやれるさ」
「ええ、あなたの全力を"ボク"に見せてください」

 空気が震え、赤黒い光を抱きしめる。怒りも、この護るという意志も全て、自分のものだと飲み込みながらその力を穿った。

「あーご主人らやってんねぇ」

 1人と1体に悟られない距離まで離れた場所にて白衣を纏った金髪ミコッテの青年はカラカラと笑いながらスコープを覗いている。アンナのリテイナーであるアリスはそのエーテルの塊である影を凝視しながら呟いた。

「イシュガルドの暗黒騎士ってやつァよく分かんねぇな。ちと調べて今後の参考にすっか」

 2人の歪んだ"家族団欒"(修行)を邪魔するわけにもいかねぇしよ、と踵を返し掘り出し物探しへと走り去っていった。



 シドは貰った鍵を回し、扉を開いた。既に真っ暗で寝息が聞こえる。珍しくもう眠っているらしい。少し遅い時間だったが思えば一言も連絡なしで来たのだから何も準備されていないだろう。
 連絡を交わしてから全く集中出来なかった。レフが手回ししたのかきちんと飛空艇の最終便へ間に合うように帰らされる。明日は朝一の便で行けば大丈夫だろうと感謝しながら軽くため息を吐いた。
 椅子をアンナの前まで運び座り見つめる。そして頬に手を近づけた瞬間、ふと声をかけられた。アンナと自分以外誰もいないはずなのに、だ。

「レディの寝込みを襲いに来たのですか? なかなか大胆なことで」
「っ!? 誰むぐ」

 真っ黒なガントレットがシドの口を塞ぐ。見上げるとひょろりと長い全身鎧姿のヒトが口元に指を当て見下ろしていた。

「"ボク"だったらあからさまに不審な態度で連絡を切られたらその日のうちに様子を見に来る。申し訳ございません。"我が主"はどう説明すればいいのか、悩んでいただけ」

 まあまだ遊べるとも言っていましたがとくすくす笑う男の声に眉をひそめた。

「お前は、誰だ」
「フレイとお呼びください。"ボク"はアンナの影、闇が具現化したもの。所謂アンナの弱さ、"負の感情"」
「何を言っている。アンナの森の名と何の関係が」
「そうとしか説明が出来ないのですよ。あぁ既に表舞台から去った存在たちとも言えますね」
「……アンナは"また"厄介なやつに絡まれているってことでいいか?」
「新たな力を使いこなすための修行中、と言ってほしいですね。兎に角あなたの敵ではないということだけ分かっていただいたら幸いです」

 のらりくらりと自分の質問を躱す姿に頭痛がし、少しだけ眉間に皴が寄って行く。

「もしあなたに危害を与えてしまうと、"我が主"が怒ってしまいますからそんな目をしないでください。殺意を持たれたら、手が出てしまいます」

 フレイと名乗った男は跪きシドの手を優しく握りしめた。金の双眸が細められじっと見つめる様にどこか懐かしさを覚え少々緊張が解けていく。

「"ボクたち"は"我が主"の心の壁を壊し、氷を融かしたあなたに感謝しています。だからどうか、これからも末永く、"この子"を頼みたい」

 返事を返す前にそれは暗闇の中に溶け込み、消えた。顔が熱い、そう思いながらコートを脱ぎ頭を冷やすためにシャワーを浴びに行く。「俺は、疲れてるんだな」というボヤキは水音でかき消された。

 シドがシャワー室へと向かい数刻後、再び影は形を作った。バルビュートを脱ぎ不器用な笑顔でその先を見つめている。

「確かにあやつの言った通りか。エルが複雑な感情をもつわけだ」

 男の目に宿っていた星のおかげで"圧倒的な力"に怯えず前へ進む"主"の髪を優しく梳き再び溶け消えた。直後、シドはブランケットで髪とヒゲを乾かしながら現れる。寝台で眠るアンナの横に座るとふと腕を掴まれる。

「し、ど?」

 半覚醒状態のアンナがとろんとした目でシドを見ている。

「ああ起こしてしまったか?」
「ん、だいじょーぶ」

 まだ寝ぼけているようだ。普段だったら「何でいるの!?」と驚くだろうに。ここにいるのが当然のような動きを見せているのが少し面白かった。

「はやく、寝よ?」
「ああ俺もちょうど疲れてたんだ」
「ん、おやすみなさい」

 心の中で浮気ではないようでよかったと安堵する。冷たい身体を抱き寄せ、目を閉じた。



 いつもの起床時間だとアンナは目を覚ます。何だか身体が重いとその腕を掴んだ。

「……腕?」

 視界は肌色。飛び起き隣を見ると寝る前にいなかったはずの男が眠っている。記憶を呼び寄せてもトップマストの一室に来るという連絡は受けていない。アンナは首を傾げまずは日付を思い出す。間違いなく休日ではない。ということは朝一の便で帰るということか。時計を見やり「こっちに来る時は事前に連絡!」と言いながらゲンコツを入れるとシドは情けない声を上げながら目を開けた。

「ああすまん。お前さんがまた変なことしてるのかと思うと居ても立っても居られなくなってな」
「寝ぼけて変なこと言ってる? 軽く朝食作ってあげるから遅刻しないでね」
「ん、ああ勿論」

 言ってくれれば晩飯も置いといたのにとボヤきながらエプロンを付けキッチンへ向かう。シドは「日中用事があるって一方的に通信を切った人間の言葉じゃないな」と目をこすりながら着替えを手に取った―――。

「それで? アンナ、俺に『まだ遊べる』って隠していることとかないだろうな?」
「……ナイヨ?」
「いつか話すんだぞ。苦しみも全て、一緒に背負うって言っただろう」
「―――分かってるつもりさ」

 ジトっとした目で睨むシドから目を逸らし、焼いたパンをいつもより多めに押し付ける。一連の動作に子供かと思いながらコーヒーを啜るのであった。


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#シド光♀ #フレイ

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注意漆黒5.0終了直後の自機が人に"興味"を持ち始める話。シ…

漆黒,ネタバレ有り

#シド光♀

漆黒,ネタバレ有り

旅人は星を見つける
注意
漆黒5.0終了直後の自機が人に"興味"を持ち始める話。シド少年時代捏造。
 
 最初に抱いた感情は同じ帝国に狙われた可哀想な人。記憶を失い、現地民に疎まれ、更に祖国から追われている様に同情する目を向けることしかできなかった。陰気なやつだと思っていたが話をしてみると意外と優しい人間で気に入った。初めてもらった"道しるべ"を隠し持って、彼らを追いかけることにする。
 "彼"が記憶を取り戻した時、"彼"はボクが護ると約束した人だと思い出してしまった。"彼"が歩む先の障害を排除する。だからボクが進めるべく英雄という道を作ってくれればそれでよかった。それはただのアンナ・サリスとして共に障害を破壊する行為で。大きな声で言えないがとても楽しかった。
 英雄という存在となったボクはいつも不安だった。いつまで"いい子"でいられるか分からなかったからである。それでも"彼"がいれば何とかなる、頼られるしもう少しだけ頑張ってみようかなと思うようになった。そして何よりも絶対に生きて帰ってこい、それは新たなボクを縛り付ける言葉だった。でも全然苦しくない。それどころか力が湧き出てくる。どうしてなのかは分からなかった。その期待に応え、何度も勝利を収めた。
 "彼"の前で、ボクは少しだけ自分を見せることにする。理由は簡単、キミを護る存在だということを分かって欲しかったから。誰もボクらの関係に介在されたくなかった。この人たちを護るのは、ボクなんだよ。一方で、"彼"の刃になるか、それともまた旅に出て消えてしまうか悩んでいた。ふわりと首がくすぐったくなるよく分からない感情が怖かったから。
 何も考えたくなかったので過去のボクを完璧に捨てる儀式を"任せる"。唯一残した故郷を繋ぐ証を押し付け、処分させることにした。相手は覚えていないのだから刃になる必要はない。頼られれば、歩み寄り、必要無くなったならば表舞台から消えてしまえばいいんだ。思えばそれが一番の間違いであり、2人の関係を表す歯車が軋みだす瞬間だったのかもしれない。要するに"内なる存在"に嵌められたってことだ。
 暴力装置と揶揄されてもボクは走り続けた。どう呼ばれても"無名の旅人"であると心に決めている限り、折れることはない。求められたから"内なる存在"と共に全ての陰謀を斬り捨てた。人助け以外には、興味はない。手に届く範囲の人たちを救うことが出来ればそれでよかった。
 いつの間にか、ボクを見る"彼"の目は熱く焼かれそうなほどのものに変わっていた。でも、真っ白な自由の象徴である彼の隣に立つ存在は、もっと綺麗で護りたくなるような人間がいいに決まっている。赤くて黒いボクは、裏で"彼"の代わりに罪を背負えばいいのだ。本当はね、キミの歩く道は色々な犠牲も生み出しているのさ。悟らせないために、裏でいろんな人が頑張ってる。そのお手伝いもボクはしていた。誰に対しても優しいあなたの心を乾かさないために、ボクは求められるまま存在しているんだよ。
―――そう、ボクは怒りと悲しみに委ね沢山人を殺めて来た。恨み、憎しみ、苦しみを全部自分に向けろと言いながら全て穿ち、斬り放った。そんなボクは幸せになるべきではないし人を幸せに出来るはずがない、そう思っている。だから、だからボクにそんな目を向けないで。

 初めて身体を重ねた夜、ここで白い"彼"の内面をドス黒く染めてしまっていたことに気が付いた。どこで間違えてしまったのか、ボクには分からなかった。それを考えるには人と関わるという経験がなさすぎたのである。これ以上は、ダメ。ボクは無名の旅人なんだ。キミと幸せを共有できる人間はこの広い星空に沢山存在する。その星々ごと、護らせてほしい。ただそれだけで今のボクは救われるんだ。
 どうやらボクがやってきたことは人を勘違いさせるただ無償の愛を降り注ぐだけの行為だったらしい。違う、ただその星に光が灯されていればいい、そう思っていただけだよ? かつてのフウガと同じことをしていただけだったのに、何でそんな顔をして、ボクを見てるの?
 そう、綺麗な空を飛んだ時の喜びを教えてもらったから、恩返ししただけ。ぐちゃぐちゃになって逃げだしていたボクに手を差し伸べたから、握り返しただけ。それ以外、何も、考えないようにしてる。だって、考えれば考えるほど、苦しいだけなんだもの。
―――だってキミはボクより遥かに早く死ぬ人間なんだよ? キミが死んだ後、どうしたらいいの? 一生想いを引きずって苦しんで最期は発狂して死ねって言いたいのかい?
 そんな余計な感情を抱くくらいなら。フウガの教えの通り名も無き旅人で居続け、全てから逃げ続ける方がマシなんだよ。だから、その手を離して。抱きしめないでよ。

 原初世界でのにぎやかさに対し第一世界では、"孤独"だった。いや、仲間や"内なる存在"はいる。嫌味を言いながらもフォローに回る敵か味方か分からない存在もいた。この世界の住人もとても優しくて、眩しかった。でもボクの心は乾き、溢れる光を身体に取り込み続ける。あんなにも嫌いだった闇が、恋しく感じた。目を閉じたら映る輝く星が最後の心の支えになる。ボクはただただ空に夜を取り戻すために斬り払い続け、どこがゴールか分からぬまま、とにかく走り抜けた。それは長い間やってきた旅と同じ筈なのに、空虚で悲しい気持ちに支配され壊れそうで、それでもボクは足掻き続けた。
 身体の中で暴れ続ける光で苦しかった時、夢に"彼"が現れる。嬉しかったからつい抱きしめてしまったし、余計なことを口にしてしまう。そう、妖精の悪戯により目の前にいた"彼"と夢を通して繋がっていたらしい。出してこなかった感情に身を任せた行為をよりにもよって"彼"に見られたのが恥ずかしくて、消えてしまいたかった。でも心が物凄く軽くなった気がする。"彼"の言う通り生きて、帰らなきゃ。

 全ての大罪喰いの光を喰らった後、意識が真っ暗になった。ハッと気が付くとあの男を消滅させ、世界の滅びも一次的に回避できた"らしい"。記憶は朧げにあるものの死に目に自分自身の言葉で挨拶も出来なかった。その時の笑顔と一筋の涙が流れた理由は、分からない。自分の身を挺してまで光を吐き切らせたアシエンを、ボクはどう思っていたのだろう。―――そうだ、この人は2人目の命の恩人だった。かつては闇を剥がし、次は光を剥がしたボクの中にあるナニカを見出した可哀想な人。どうか安らかに、星になっていて欲しい。
 仲間たちから一度原初世界へ報告しに帰れと言われた。正直、あの夢での件もあって少々会いたくなかった。だって答え合わせをする前に答えを出してしまったようなもので。しかしそれを誰かに言えるはずもなく、仕方ないから石の家で報告してからすぐに戻ろう。
 タタルに「ガーロンド・アイアンワークス社に顔を出してあげてほしいでっす! 皆会いたいって言ってたでっすよ!」と言われた。まあ今回霊災を回避できたのは別の時代の彼らなのだ。感謝を告げてからシドと鉢合わせする前に戻ってしまえばいいだろう。足取り重く護るべき者たちがいる場所へ向かった。



 足取り重くガーロンドアイアンワークス社に訪れるとシドから逃げていたはずのネロが立っていた。

「あれ、ネロサン。逃走生活終了?」
「なンだお前帰って来てたのか。……珍しく辛気臭ぇ顔してンな」

 そうだよだって休みなしでアシエン斬り倒して世界救ってきたしと肩をすくめて見せると「おつかれさン」とニィと笑っている。

「で? 他の世界には何か珍しい技術でもあったか?」
「キミはねぇ……あったよ。時代と次元の跳躍とかいう現実感のないすっごいのがね」
「ヒヒッそりゃよかったことで。そんなモン作った天才に是非ともお会いしたいナァ」

 その内の一人はキミだよと言いたい気持ちを今は抑え笑顔を向ける。

「まあボクは元気ってシドに伝言よろしく。別の時代の君たちのおかげでボクは死ななかったんだ。いやあこう戻って来ても暁の皆は第一世界から帰れないままだし。皆で手がかりを探してる所」

 手を上げ、踵を返す。「おいメスバブーン待てよ! 止まった方が自分のためだぜ?」という言葉を無視し、顔を上げ入口を見るとジトっとした目で仁王立ちしたシドがいた。

「はい?」
「お前さんやっぱり逃げる気だったか」

 ワンテンポ反応が遅れた隙にいつの間にか手に持っていたバズーカのようなものがボクに向かって撃ち込まれる。それは強力な網のようなものであっという間に捕らえられ倒れ伏せてしまう。ネロを見やるとニィと見下しており、「ま、まさかネロサンもグル!?」と言ってやると「だから言ったのになァ!」とゲラゲラ笑いながらどこかへ行ってしまった。軽々と持ち上げられ担がれていく。
 出会う社員たちに「アンナさんおかえりなさい!」やら「よかったですね会長!」やら罰ゲームのような雰囲気を味わう。力を込めても全く切れそうもない材質って何だよと思いながらなんとか指を網に向け「バァン」と火で穴を開けようとすると網全体が熱くなる。

「あっつ!?」
「アンナお前何やってるんだ!? 熱っ!」

 シドも思わず手から落としてしまうほど熱くなった網をバタバタと暴れるがびくともしない。

「アンナ!!」

 その時扉が勢い良く開き赤髪のヴィエラが飛び出してきた。シドは唖然とした表情で見ている。

「兄さん!?」
「駄目じゃないか! その網は僕が焦がしたらあっさりと切れてしまったからその反省点を生かして改良したんだよ。まさか妹の身体を火傷だらけにさせてしまう機構になるとは思わなかった、嗚呼可哀想なアンナ。うん、そこは反省している。よし反省会終わり。次回以降の改善点にしておくとして。じゃあ冷ましてやるから待ってろ」

 懐から何やら金属片を持ち出しそれを当てるとあっという間に冷たくなった。

「え、あ、ありがとう兄さん」
「ところで妹よ、僕は今ここにいるのは妹には秘密にしてるんだ。だから内緒な」
「うん? ……うん、分かった」
「おつかれ、よく頑張ったな」

 頭をぐしゃりと撫でられそのまま兄はどこかに去って行った。そっか内緒にしておかないといけないな。そう思ってると怪訝な顔をしたシドは再びボクを持ち上げて部屋へ運ぶ。抵抗する気も失せた。自室に連れ込まれた後その網を切り、笑顔を浮かべていた。

「さあアンナ、"宿題"の答え合わせをするか」



「怖いよな、失うことって。リンドウも自分の刃に大切な人を巻き込みたくなかったから逃げていたんだ」
「はぁ!? キミに何が分かる! フウガはそんな腰抜けな人間じゃない! ……ってあっ」

 最初に口に出したのはまさかのフウガの悪口。つい感情的に言い返してしまったことに気が付き口を閉じる。シドは優しく笑っていた。

「いいや、あの人は今のお前のように全て怖くなったから逃げ出して感情を封印してたんだ。―――俺は絶対、お前の目の前で死ぬさ。ああ決められた寿命ギリギリまで生きて死んでやるって約束する。でもお前は、俺の目の届かない所で死にたいんだろ? 死に目にも立ち会えず、苦しめって言うのか?」
「それは、だって私は沢山の人に恨まれて、苦しむんだからそれを誰にも見せたくないからで。キミが苦しむことなんて―――」
「俺も一緒に背負う。見て見ぬふりなんてしない。刃は1人でに動かないだろ? 整備も必要だし、それを行使するヒトも必要だ」
「ダメ! キミは自由で。キレイで。皆の前に立って。笑顔で幸せな所を見せて。そして私がキミを護らせてくれたらそれでいい。私を、そんな目で見ないで」
「俺は綺麗じゃない」

 頭をくしゃりと撫でられ、額をこつんと合わせる。

「俺はアンナが好きだ。だからお前を絶対に獣にはしない。俺はお前が最大限の力を発揮するための道を示す、星になる。だから、もう無名の旅人にならなくてもいい。アンナ・サリスとして隣に立っていてくれ。"お願い"だ」

 シドがボクの手の甲に口付け笑いかける。朧げな記憶の中に残っている寒空の夜と、逆の姿。星、そうだボクは星を探していた。光り輝く星を、ずっと。"彼"の目に宿る星を見る。ボクはザナラーンの星空の下でこの星を見た時、気に入ったと思ったのだ。

「ねえシド、本当に私は人の隣に立つ資格はあるの? いっぱい、捨てて来たのに」
「だってお前ずっと俺のこと好きでいてくれたじゃないか」

 は? この男は何を言っているのだろうか。ボクが特定の人間に感情を抱くわけがない。それがフウガの教えで。でも。

「お前も俺も、もう相手無しで生活なんてできんさ。観念しろ」
「そう―――かもしれないねぇ」

 温かい手を握り、目を閉じた。反証する材料が手持ちに一切存在しない、いい加減観念するべきだろう。だがそのための材料も足りない。

「でも感情に関してはもう少し待ってほしい」
「この段階まで来て何を」
「あなたに興味が湧いたんだ」

 キミはボクなんかのことを頑張っていっぱい探してきて結論を見つけたかもしれない。でもボクはキミのことは何も知らないんだ。ただたくさんある星の1つを愛でていたにすぎない。

「あのね、私はあなたの歩んできた道は一切知らない。興味なかったから」

 魔導院時代の話も、後見人だったガイウスとの因縁も、その脇腹の銃創の意味も。父親を失い亡命するきっかけになった事件もこれまで一切興味が湧かなかったのだ。

「今教えなくてもいいよ。私だって自分の足で探したい。その旅が終わったら、即結論は教える。だから―――」

 口付けてやり、少しだけ屈みその相変わらず分厚い胸板に頭をぶつける。汗と機械油の匂いにボクは"ここ"に帰って来られたんだな、と安心した。それに、さっきから少々人に見せられない顔になっているだろう、恥ずかしいんだ。

「第一世界は、1人で怖かった。そんな世界を頑張って救って帰って来たんだよ? 労ってくれてもいいじゃないか。兄さんやネロサンと違って帰って来るなり答え合わせとか言い出してさ。そんながっついて来ないでよ。子供か」
「あ。す、すまん」

 頭に温かな手が置かれる。そこでボクは声を出しわんわんと泣いた。こんなに泣いたのは、フウガの前で崩れた時以降一切なかった。

『蒔いた種はようやく実りやっと一歩前進、か。遅すぎ』

 内なる存在の声が聞こえた気がした。意味は理解できなかったが今のボクの感情に対して邪魔をする気はないらしい。

『泣け泣け。奴しか見てないんだからさ』

 温かさに包み込まれながらボクはこの世界に戻って来られた喜びを噛み締めた。



 声を出して泣きじゃくる彼女の頭を撫でてやる。確かに労いの言葉もなしにこっちの言いたい事を投げ始めたのは悪かった。早くしないと"また"逃げられるかもしれないと慌てた想いが先行してしまっていた。
 第一世界で何があったかはまだ話をしていないかは分からない。夢で見た地点で参っていたのは分かっていたが、相当精神的にも肉体的にも限界が来てたらしい。素直に一緒にいた暁の血盟の人間に助けを求めたらよかったのにと肩をすくめる。しかしそれを覚えてしまったら自分の所に来る頻度が減ってしまうじゃないか。そう考えると今のままでもいいかもしれない。
 しかしキスを交わしこうやって弱音を吐いてまだ感情を抱いてませんこれから考えますは嘘だろ? と思ってしまう。既に一線は越えているしあと何が必要なのかと聞きたくなるが流石に喉元で抑えた。

「おつかれさん」

 顔を上げさせ、彼女の顔を見つめた。頬を赤らめ、涙が溢れる目にいつもの余裕ある笑顔はなく弱々しい声で「見るなぁ」と言っている。

「ゆっくり結論を探せばいい。どうせお互い多忙で滅多に会えない関係なのは変わらないからな」

 そうだ、自分たちはそれぞれ周りに求められている存在だ。今までも何とか時間を作り逢瀬を重ねてここまで来た。それはこれからも変わらないだろう。強く抱きしめ、久々の冷たさを味わった。


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#シド光♀

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注意・補足森の名を知りたいシドと全てを教えたい自機のギャグ概念です。レフ:エルフ…

漆黒

#シド光♀ #ギャグ

漆黒

"名前"
注意・補足
森の名を知りたいシドと全てを教えたい自機のギャグ概念です。
レフ:エルファー・レフ・ジルダ。アンナの実の兄。笑顔がヘタクソ。妹に負い目を感じている。
ア・リス:アンナが雇った新人リテイナー。エルファーの友人と似ているらしいが…?
リン:リンドウ・フウガ。アンナの命の恩人にして旅の始まりにして元凶。不器用で感情表現が下手な枯れた男。20年前には死んでる。
 
「アンナ、そろそろ名前教えてくれてもよくないか?」
「はい?」

 シドの一言が今回の長い戦いの始まりだった。

「もしかしてボケ始まったやつ? アンナ・サリスさ」
「違う。それは今エオルゼアで名乗っている"街の名"だろ? ていうか今ボケとか言ったか?」
「おっと口が滑ってしまった。―――それでいいじゃない。今の私はアンナだよ」

 アンナ・サリスは彼女がエオルゼアに来てから咄嗟に名乗ったものだ。生まれた時に付けられた名前ではない。集落で名乗っていた生まれながらの名前は"森の名"と言うらしい。ヴィエラの女性は部族名がファミリーネームと聞いている。なのでエルダスという所までは把握しているのだが、そのファーストネームは未だに不明なままであった。

「その、好きな人間のことは全て知りたいに決まってるだろ? 普段呼ぶ呼ばない関係なく」
「そういうものなの?」
「そういうものだ」
「ふーむ全てを知りたい、ねぇ」

 しばらく考え込む姿を見せる。「よし」と呟きアンナは口を開く。

「ネリネ」



「レフ」
「おや会長クンじゃないか。どうした?」

 シドは小走りでアンナの兄であり、社員として働いているレフに話しかける。

「アンナの"森の名"って知ってるよな?」
「勿論。実の妹なんだからな」
「ネリネ」

 その単語にレフは首を傾げる。シドは反応を見てため息を吐いた。

「違うんだな?」
「違うな」
「教えてほしい」
「本人から聞き給え。答え合わせはしてやろう。僕以外に判断要素がないだろうからな」

 やれやれと肩をすくめる姿にシドは拳を握り、「絶対に聞き出してやる」と闘志を燃やしている。
 近くでコーヒーを啜っていたネロは呆れた目でその風景を見ていた。



「アマリリス」
「……違うな」
「ダリア」
「かすってもいない」
「カリス」
「文字数も違う」
「ガーベラ」
「一文字もないな」
「ルディン」
「ない」
「スピネル」
「全く違う」
「ガーネット」
「ソル帝の前で名乗ってたやつじゃねェか?」
「確かに」
「ベリル」
「もう4文字の名前が出るまで僕に聞くな」

 直接会った時、リンクパールで連絡した時、一緒に食事に行った時。数々の逢瀬で聞き出してはレフに尋ねに行く。そういえば珍しくリンクパールを常に付けていたりレヴナンツトールに滞在を続けているなと考えがよぎる。だが全く真実に近付きそうにもない状態にシドは歯ぎしりをする。どうしてそんなにも躱そうとするのか、本当に嫌なのならばはっきりと断ればいい。その筈なのに延々と偽名を口に出すのは意図が読めない。ため息を吐いた。



「おっ今日もいいもの持って帰って来たぜご主人!」
「ご苦労様、ア・リス」

 アンナははにかみ最近雇ったリテイナーである金髪ミコッテの青年から掘り出し物を受け取る。今日は奇妙な歯車と食材のようだ。お礼を言いながら再び給金代わりのスクリップを渡そうとするとア・リスは首を傾げる。

「ナァ最近シドのダンナ機嫌悪くね?」
「まーたどこで覗いてるのかな? 名前教えろって言われたから教えてるだけだよ」
「森の名をか? 教えりゃいいじゃん」
「あっさり言ったらコミュニケーションが終わっちゃうよ?」

 ニコリと笑いながらアンナはこれまでシドに教えた名前を挙げる。

「これらはね、昔名乗っていた街の名なの」
「そんなにあんのか!」
「まだまだあるよ? 何せ50年程度は旅して街や地域ごとに変えてたんだからいっぱいあるさ」
「……それダンナには街の名だって言ってんの?」
「言ってないよ?」

 ア・リスはうわぁと言葉を詰まらせた。それに対しアンナは首を傾げている。「何か問題でも?」と言うとア・リスはいやいやと言いながら肩を掴む。

「そういうのはちゃんと先に言っとけ。それでいつも痛い目に遭ってんじゃねえか」
「? 向こうがこれが森の名だなって思ったらそれで終わりでもいいよ?」
「後から面倒になるやつじゃん!」
「いやボクもそう思うんだけどね。"全てを知りたい"なんて言われちゃったらさ」
「俺様は忠告したからな? どうなっても知らねえぞ?」

 へへと顔を赤らめながら改める気のないアンナの行動に呆れた目を見せながらアリスはパタパタと走って行った。アンナは首を傾げ逆の方向に歩き出した。



 数日後。

「レフ! ……フレイヤか?」
「おっ会長クン大正解だ。よく頑張ったじゃないか」

 よしと拳を振り上げ喜びを隠しきれないシドをレフは口角を上げ笑っているような姿を見せる。

「やっと教えてもらえたんだな?」
「まあようやく街の名のストックが切れたとか言って教えてくれたさ」

 お前に申告なしの名前だけでもあれから20個くらいあったがなと疲れた切った表情を見せている。レフは「そうかこれまでの街の名だったのか」と頷いている。その後指を突き立てる。

「貴重な妹の過去を聞けたから嬉しい。じゃあ次に君も気になるお題を出そうか」
「何だ? また時間のかかりそうなものは嫌だからな」
「サリスの由来、聞きたくないか?」

 その言葉にシドは目を見開く。「そういえば、どこから出て来たのか知らんな」とボソボソと呟いている。

「じゃあ今聞いて来るか」
「おう行ってこい行ってこい。それに関しては僕も正解を知らないからな、ゆっくり教えてもらったらいい」

 シドは小走りでその場から去って行く。ネロは怪訝な顔をしてレフに近付く。

「ネロ、サリスというのはリンの父方のファミリーネームなんだ。フウガは母方のだって昔聞いてる」
「ゲッ、知ってて行かせてンのか」
「勿論。まあ偶然の一致かもしれんからな。念のために聞いててほしいと思ってね」
「いやガーロンドの地雷じゃなかったか? メスバブーンの命の恩人関連ってよ」

 レフは勿論知っているとニコリと笑う。シドにとって命の恩人(リンドウ)に関わる話は露骨に機嫌が悪くなる"地雷"な話題だ。アンナは何度がポロリと話してしまい「やっべ」と溢す局面に遭った。

「1週間位惚気のダシに使われて僕は疲れてるんだ。まあ少しくらい妹の躾を行っても罰は当たらん。あと僕の予想だが最初に聞いてきた時の街の名"ネリネ"はアリスとリンのクソ野郎2人が付けたやつだと思ってるよ。姫彼岸花、リンドウと同じ秋の花の名前だ」

 ネロの乾いた笑い声にレフはウィンクのつもりなのか目を閉じて口角を上げている。片目は髪で隠しているから分からないのだが本人は気付いていないし多分出来ていないだろう。
 数分後、シドの「待て逃げるな!」という怒鳴り声が聞こえ、「アンナ逃げやがったぞ! アレは絶対リンドウ関係だ!!」と駆け込んでくる姿に対し「ほらな」と腕組みするレフの姿があった。

 この後1週間程度アンナとは連絡を取れなくなったという。しかし事前に石の家へ行き根回しをし、何とか捕獲された。



「ほら言ったじゃねえか。痛い目に遭うぞって」
「だって……だってぇ……」

 捕獲からの"お話"から何とか逃げ出し、楽しいんだからしょうがないじゃん! という開き直る姿に偶然通りかかったア・リスはため息を吐く。直後真面目な顔を見せ、ボソリと呟く。

「人間って残酷だよね。1を知れば100が欲しくなる、貪欲な生き物だ」
「あっさり森の名教えてりゃ今のファミリーネームの由来なんざ聞かれなかっただろ」
「ぐ、ぐぬぬ」

 言い返せない様子にア・リスはニャハハと笑う。しかし人の気配を感じるとア・リスは耳をピンと立て走り去って行った。アンナは「あれ?」とキョロキョロ見回していると背後から肩を叩かれる。石のように一瞬固まる。慎重に振り向くと笑顔のシドの姿が。

「アンナ、話は終わってないからな?」
「へ、へへっ、旦那、仲良くしやしょうぜ……」

 教訓。故郷が関係することの話題は早急に事実を伝え終わらせよう。そうアンナの胸に刻み込まれるのであった―――。


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#シド光♀ #ギャグ  

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注意 漆黒メインシナリオ途中のシド光♀。都合のいい妖精王の能力とシド少年時代捏造…

漆黒,ネタバレ有り

#シド光♀

漆黒,ネタバレ有り

"夢"
注意
 漆黒メインシナリオ途中のシド光♀。都合のいい妖精王の能力とシド少年時代捏造。
 
―――苦しかった。光がこんなにも息が詰まり、何も見えなくなるほど気持ち悪いものだなんて思ってもみなかった。しかし根底にある闇が、そして自分だけ見ることが出来る道を示す輝く白い星が私が"ボク"であることの証明である。

「美しい枝、フェオちゃん」
「あら若木私を呼ぶなんて珍しいわね!クスクス」

 無意識に呼んでしまった。こみ上がる吐き気を抑えながらもニコリと笑う。

「最近"私"が眠れなくて。ちょっと眠らせる魔法が欲しい」

 朧げに呟くとフェオは少しだけ考える素振りを見せた後、ニコリと笑った。そして「しばらく待って頂戴!」と言うとふわりと"ボク"に何か魔法をかけて消えてしまった。
 何故自分がこんな苦しみを味わらないといけないんだ、5年ほど前の"アンナ"が聞いたら呆れるだろう。しかし50年前に会ったという若い頃そのままなヤツに遭うぞと言うととっとと逃げろと慌てながら掴まれる姿が浮かんだ。"光の氾濫"という現象を何とかしないと自分らが生まれた世界が危ないなんて今でもよく分からない。
 少しだけとろんと瞼が重くなってきた。なるほど徐々に眠くなる魔法だったのか。確かに突然目の前が真っ暗になるよりは不安がない。「ありがとね、フェオちゃん」とボソと呟き睡魔に身を任せた。



「はい今回もギリギリ間に合いましたねお疲れさまでした!」

「疲れた」
「文明人コワイ」
「イイ経験だったろ?」

 深夜、ガーロンド・アイアンワークス社工房。会長シドをはじめとする社員たちが突っ伏していた。
 赤色の髪のヴィエラの男は初めてのデスマーチに想いを馳せたのかメガネを外し一息ついている。

「修羅場なんて嫁の優先順位くらいしかなかったからな」
「惚気やめてくださいッスよー」
「おいレフはもう離婚してるんだぞ」
「ホー、言うじゃないか。完成物燃やすぞ」
「ヤメロ」

 新入社員となったアンナの兄エルファー・レフ・ジルダ。妹にバレたくないのかレフと名乗りながらネロと共に行動し、円滑に行われたオメガの検証を陰で手伝っていた。まあフルネームの一部だったので彼女は偶然と称していたが本能的に察知していたことは本人には教えていない。その後人の名義の領収書を置いて2人で逃げ出したが無事捕獲、働かされている。
 そしてつい1週間程度前まではネロとレフを引き連れ、自分の朧げな記憶の確実性を上げるためにドマへ"墓参り"に行った。あとはアンナが戻って来るのを待つだけだとシドは拳を握る。あっさりとした宿題だったとヒゲを撫でコーヒーを飲もうとケトルに手を伸ばそうとした時だった。『クスクス…』という小さな笑い声が聞こえる。

「おいネロ、何か聞こえないか?」
「ハァ?あまりにも徹夜続きで幻聴が始まったか?」
『見ぃつけた』
「ほら聞こえたじゃないか」

 頭の中で少女の声が響く。うん? 頭の、中?

「っ!? ガーロンドくんそこから離れろ!!」
『あらあらあなた私が見えるのかしら? クスクス……ちょっとこの人借りるわね? 朝には返すから!』

 レフが俺の肩を掴むが徐々に目の前が霞んでくる。そして真っ暗になった。

 シドは途端に突っ伏してしまう。社員は大慌てで彼を囲むが寝息が聞こえるが否や呆れた顔をしていた。
 レフのみは顔が真っ青になっており、ネロは肩を叩き問いかける。

「おい何が視えた」
「わからん……見たことないエーテルの動きと借りるとか朝には返すとか異国語すぎて分からん」
「暁の人呼びましょうか?」

 ネロは舌打ちしながら「とりあえず仮眠室にでも持ってくぞ。クッソこんな時にメスバブーンがいたら片手で運ぶのによ」とシドを引っ張る動きをする。



―――目を開くと真っ白の空間。誰もいない。「おいネロ、レフ、ジェシー」と社員の名前を呼んでいくが返事が返って来ない。

「アンナ」

 困った時、呼べばいつも途端に解決してくれるあの人の名前を口に出す。しかし彼女は別の世界で会うことは出来ない。それでももう一度「アンナ」と名前を呼ぶとまたあの笑い声が聞こえた。

『こんにちは! さあ早く、こっちよ』

 光が集まりが見えるが俺の目ではその正体を視認できない。魔法的存在だろうか辛うじて第三の眼で判別できるが何かは分からなかった。すると『あらあら、あらあらあらあなたは私が視えないのね!』という声が聞こえた。

『あなたが会いたい人に会わせてあげる!』

 胡散臭い。なんて胡散臭い一言なんだとため息を吐くと心を読まれたらしく『会いたくないなら構わないわ! せっかく眠れないあの子のためにいい夢を準備してあげたいのに!』と抗議される。眠れない? あの人がか?

「本当に俺が会いたい人間に会えるのか? 別の世界にいる人間だぞ」
『夢を介してだけど会えるわ。だって私はその世界からあなたを呼んだのよ?』

 さあ目を閉じて。あなたの頭の中で会いたい人を思い浮かべてごらんなさい、と言われたので目を閉じ、あの人の名前を呼ぶ。黒髪赤目の、奇麗なヴィエラ。俺を護ると約束した、赤の刃を。

『さあもう大丈夫よ! 目を開けて!』



 目を開くと扉の前だった。どこかの宿屋なのだろうか、周辺にも同じような扉がある廊下である。『レディの部屋に入る時は、まずノックをするものだわ』と囁かれたので俺は言われるがままに扉を叩く。ドアノブが回り、扉が開いた。自分よりも頭一つ高い身長、褐色肌で黒髪に赤目の女性。ぼんやりとした目で俺を見るとパタンと扉が閉じられた。しばらく無音の時間が流れ、再び扉を開き俺を二度見する姿は余裕が一切なく「え、うそ、フェオちゃん?」とボソボソ呟いている。

「そっか、夢かあ」

 アンナは柔らかい笑顔で俺を強く抱きしめたので硬直してしまう。そうだ、これは夢だろう。孤独な旅人が好きでもないし嫌いでもない相手をいきなり抱きしめる筈がない。「アンナ、とりあえず座らないか?」と言うと「そうだね」と俺を解放し、軽く抱き上げた。
 まず目についたのは窓の外の景色だ。明らかにエオルゼアではない不思議な空を見ているとアンナは「外に出たらクリスタルタワーがあるんだよ」と頭を撫でる。相変わらずの子ども扱い―――なのは俺の都合のいいアンナ像だからだろう。

 椅子を並べられたので隣り合って座りアンナの話を聞いた。光に満たされ今にも滅びそうな世界、水晶公という人間との出会い、夜を取り戻す闇の戦士になっている話、ソル帝いやアシエン・エメトセルクとの邂逅、罪喰いという生物を倒すたびに自分の体に光が取り込まれ今にもバケモノになりそうな話を空を見上げながら淡々とした口調で話す。何故お前が全部やらないといけないんだ、他の奴に任せられないのかと言ってやると涙を浮かべこちらを向いた。

「わかんない。皆私に助けてっていうから、助けてる。そう、皆弱いから。強いボクが助けないと」
「でも俺たちの世界に帰れないと、意味がないだろ?」
「だってこの世界を救えないと私たちの世界も滅ぶ。このままじゃ第八霊災が起こるって」

 それから起こるであろう未来を語った。信じられない話だが、"あの手紙"に書かれていた真実と照らし合わせるとあり得ないと断じられない。だからと言って俺が何か出来るわけではないのだが。彼女に託すしかできないという現実に頭に血が上りそうになる。落ち着かせるために震える体を抱き寄せ、「この話題は終わりにしよう」と言ってやるとこくりと頷いた。
―――あまりにも具体的な自分が知りえない情報に夢なのか、そうでないのかもう分からなかった。

「心配されてるのは分かってる。でも早めにエオルゼアには帰るから」
「ああ絶対に帰って来るんだ。死ぬなよ、待ってる」

 口付けを交わす。何度も角度を変え、触れるだけのキスだ。流れた涙を舐めとってやり、抱きしめてやる。するとアンナは「なんて都合のいい夢だ。でも嬉しいんだよね」と呟いたので「俺もだ」と返した。

「だって20年前の自分には予想できなかった話だよ」
「―――そうだな?」
「あんな可愛かった少年が本当にヒゲの似合う年齢になって現れて、冒険できたから」

 その低い声で目を見開く。記憶通りの、幼い頃に聞いたし、星芒祭の夜に再会して語り合った旅人の声だった。
 彼女があの寒空の夜に出会った人だというのは既に知っている。実際先に知っていたネロに確認したから間違いはない。だからその願望が、リアルタイムに夢として反映されているのだろう。

「お、俺だって思わなかったさ。まさかお前が旅人のお兄さんだったなんてな」
「命の恩人と別れて以降、アシエンだったソル帝除いたら初めてだったんだよね。ボクを襲ったり怯えた目で見ずにすぐに助けてくれた人間って」
「っ!?」
「だから嫌いになれるわけ、ないじゃないか。そう思ってたからバカみたいな約束をした。ボクに道を示してくれるお星さまならすぐに辿り着けるって」
「アンナ」
「嗚呼絶対帰ってみせるよ。キミたちを護るって約束してるんだから。ねえシド」

 俺の頬を触り口付けを交わした後、笑顔を見せた。

「ボクは、キミのことが、す」
『若木ー!!!』
「ふぇ、フェオちゃん!?」

 俺をここに連れて来た光の声が聞こえる。何やら大きく慌てているようだ。アンナにははっきり様子だが俺にはどうなっているのかさっぱりだ。

『ごめんなさい! 時間切れよ! あの人があなたを無理やり起こそうとしてるのだわ! さあ白い人も帰りましょう!』
「え、は? うそ、これ本人!?」
「なっ―――アンナ!」

 周辺が光に包まれていく。どうなっているのか分からないが、うっすらと大慌てのアンナの顔が見えた。

 アンナの「わ、忘れて! 忘れろ!!」っていう完全にメッキが剥がれ素の声が聞こえた気がした。満面の笑顔で「ああ忘れないからな!」と言い返してやったが聞こえたか分からない。
―――いい夢だった。



 目を開くとそこは会社の仮眠室。起き上がると暁の血盟のクルルとネロ、レフが目を丸くして俺を見ていた。

「あ、あらシド起きたみたい」
「は? オマエマジで寝てるだけだったのかよ」
「こっちは納期のデーモンに殺されかけた後ほぼ寝てないのにな」
「す、すまん」

 俺は思わず反射的に謝ってしまう。しかしよく考えなくても自分は悪くないだろう、無理やり眠らされたのだから。

「ねえシド、何があったの? 体内エーテルに異常は見られないけど……身体に違和感とかない?」
「いや、特に何も起こっては……実は意識が落ちた後にな」

 夢の一部を説明する。アンナの現在の状況と、第八霊災について。ネロとレフは呆れた目で見ていたがクルルは真面目な顔で「多分第一世界にいる妖精族の仕業ね」と答える。

「私とあとタタルも何度か夢を介してその子に向こうの世界の状況を教えてもらってるの。シドは多分その妖精にアンナの夢の中へ連れて行かれたんだと思う」
「成程妹が現在いる世界のピクシー族的な存在によるイタズラってやつか。仲良くできてそうだな」
「いやいや納得してンじゃねェよ。事実なら無傷で戻れたのは奇跡じゃねェか」

 確かにそうだ。特に目立った異変も無いしきちんと眠ってはいたからか体は軽い。

「他に妹は何か言っていたのか?」
「え、いや、どうだったか……」
「ナニもしてないよな?」
「話をしただけだ落ち着け」
「はー僕も妹に会いたいなあ」

 レフの視線が痛い。仕事中は一切その素振りを見せずよく働いてくれるが、終了した途端妹を溺愛しすぎてこちらにまで殺意を見せることがあるのは本当に勘弁してほしい。
 それよりも一つだけ確信に至ったものもある。アンナに一晩『一般常識を仕込んだもう死んでいる男』だ。あの口ぶりだと相手はアシエン、しかも生まれ故郷の初代皇帝となる。一度迷い込んでソル帝の部屋に辿り着いたという話は正直半信半疑だったのだが、本人の口から示唆されると複雑な過去が余計に整理できなくなった。

「ネロ、俺はどうしたらいいか分からん」
「いやオレだって突然言われても困るンだが」
「だよな……だよなあ……」

 怪訝な顔をしながらもクルルに礼を言うと何か言いたげにしていたレフを連れて出て行ってしまった。クルルも「それじゃあお大事に。アンナ視点の第一世界の状況を聞けてよかった。えっと……その感情、落ち着かせるためにコーヒーとか飲んだらいいと思う」と言うと退室してしまった。何を言っているのか理解できないままふらりと立ち上がり洗面台で鏡を見ると、眉間に深く皴が刻まれ自分の目から見ても機嫌が悪い。いい夢を見たハズなのにこれではいけないと思いながら顔を洗いクルルのアドバイス通りコーヒーを淹れに行くのだった。

―――アンナ、絶対に生きて帰ってこいよ。



 一方その頃第一世界。

 目を見開き起き上がりながら「あーもー!」と叫ぶ。夢と変わりないペンダント居住区にある一室にてアンナはため息を吐いた。そして目の前にいる男を見やり再び一度目を閉じ、ため息を吐く。そしてゆっくりと目を開いた。

「優雅に眠る"レディ"の寝室に勝手に入るのは控えめに言っても最低では?」
「レディとは程遠いやつが何を吠えている。妙なエーテルの動きを掴んだから発生源に来たらお前の寝室だっただけだ。寝顔もあの時と変わらず最高だったぞ?」

 吐きそうな文句につい笑顔を浮かべるのも忘れてしまっていた。本当はいつでも一時的にエオルゼアへ戻れるのだが、執拗にエメトセルクが妨害するのでストレスが溜まり続けている。暁がなんとか一度だけ時間を作ってくれたがシドは不在だしそろそろ納期に追われる時期と言われてしまった。そんなことを言われてしまっては罪喰い討伐時以外は適当に人助けするか目の前の相手をあしらうしかやることはない。体内にたまり続ける光の気持ち悪さと一緒に言葉を吐く。

「そりゃぁどうも」

 "あの子"は夢の中で余計なことを言ってしまい疲れてるんだよ、だから"ボク"が代わりに対応してやってるんだと思いながら朝の日課のため着替えに手を伸ばした。


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#シド光♀

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注意漆黒5.0中盤辺りな時間軸。シド少年時代捏造  「おいガーロンドど…

漆黒,ネタバレ有り

#シド光♀ #ヴィエラ♂+ネロ #リンドウ関連

漆黒,ネタバレ有り

技師は宿題を解きに行く
注意
漆黒5.0中盤辺りな時間軸。シド少年時代捏造
 
「おいガーロンドどこに向かってるんだよ」
「あと少しで近くに着くはずだ」

 飛空艇でクガネに降り立った後ハヤブサに乗り大空を飛んでいた。しかしいつまでも言わずにいるのも2人を苛つかせるだけだろう、前にアンナと共に墓参りに行った話をする。初恋と称された命の恩人と呼ばれている男の終の棲家だったんだと言うとエルファーは驚いた声を上げた。

「妹の恩人の墓参りに行った!?」
「そうだ。そこで見かけたやつに既視感があってな。ネロ、確認してほしい」

 オレにだぁ? 素っ頓狂な声が響く。

「それにレフにも無関係ではない。"無名の旅人"と自称する現在のアンナ全てがこの人きっかけなのさ」

 そう、『ボクの呪いを解けるもんなら解いてみな』という言葉の意味は絶対にリンドウが持っている。
 対してネロはため息を吐いていた。

「お前、本当に安価な娯楽に興味なかったンだな」
「どういうことだ?」
「予想が正しけりゃ見たら分かる」

 ネロの中では心当たりはある。てっきり帝国に足を踏み入れたことがあるアンナが何やらの手段で入手した"東方風牙録"という書物の影響かと思っていた。だが聞いた範囲ではそうではないらしい。苦虫を嚙み潰したような顔を見せた。



 3人は山に囲まれた集落付近に降り立った。「同じような風景で飽きるな」とネロは嫌味を言っているがエルファーは無視してシドに尋ねる。

「ここに行ったのか?」
「もう少し歩くんだがその前に挨拶をしようと思ってな」

 想定していたよりも栄え、どこか懐かしい雰囲気を見せる村に辿り着く。うろついていると1件の民家の前に黒髪の青年がいた。シドは「テッセンさん」と手を上げながら挨拶をしている。

「あなたはエルダスさんといた。あの時は申し訳ございませんでした。まさかガーロンド・アイアンワークス社の会長さんとは思わなくて」
「そんな改まらなくてもいい。それよりまたあの絵を見せてほしいんだ」
「構いませんけど後ろの方は……ガレアン人の方と、もしかしてエルダスさんの関係者ですか?」

 ネロは眉間にしわを寄せる。解放されたとはいえ元々はドマは帝国により占領された地だ、怪訝な顔もされるだろう。どうも思わないがわざわざ言われると少しだけ苛ついているようだ。

「ああ2人共ウチの社員さ。コイツはネロで、あっちはレフ、アンナの兄。俺も生粋のガレアンだから考える所があるかもしれんが悪いことはしない」
「お兄さんでしたか! お会いできて嬉しいです。―――ここは大丈夫ですよ。幸い帝国の戦禍は免れ、平和な場所でした。ただ、ドマが解放されてから久々に見たなというだけで。それに祖父は……いやこの話はいいでしょう。とにかく申し訳ありませんでした」
「まあ無名の旅人の墓があンなら熱心なやつは通ったンだろうな」

 さてご案内しますよとテッセンは歩き出す。シドは首を傾げて「どういうことだ?」と聞いている。

「オマエ本当に"龍殺しのリンドウ"って知らねェのか? はー安い娯楽に興味のないおぼっちゃんは困るなァ」
「―――リン、ドウ?」

 ネロも歩き出す。シドも追いかけようとするがエルファーはその場で止まったままだ。「おいレフ行くぞ」と声をかけると「あ、ああすまない」とゆっくりと一歩踏み出した。

 山道を歩き、開けた場所に辿り着く。そこには小さな小屋と石碑がある。シドの記憶通りのリンドウが最期に過ごしたという終の棲家だ。

「おいおいさっきこの辺り通ったけど上からじゃ何も見えなかったじゃねェかどうなってンだよ」
「だよな。アンナも迷子で彷徨うわけだ」

 そういうわけじゃねェと言おうとしたが置いておこうとネロはため息を吐く。道中この男の話を聞いた。名はテッセン・フウガ。リンドウの孫にあたる人間らしい。彼の父が元気だった頃はよくガレアン人を中心に帝国兵が墓参りに来ていたのだという。略奪物もあるであろう大量のお供え物が持ち込まれ、更に最新の技術を導入した宿泊施設を共同で作られた。そして亡命してまで住む者まで現れ、他の地域とは異色の文化を持っていった村は周りから相当疎まれていたらしい。それ程まで祖父は帝国で有名だったのかという質問に対しネロは答える。

「そりゃ"東方風牙録"ってベストセラーが出てたンだぜ? 舞台化もされてオレも観に行ったさ」
「そうだったのか。全然知らなかった」
「はーいい所のぼっちゃんはこれだから困る。木の棒1本を妖刀のように輝かせ龍をバッサリと倒した元英雄とその弟子の少女が各地を旅するって話だったんだぜ。―――ンで、だ。その絵画を見せてみろよ」

 テッセンは小屋の鍵を開錠し、箱の中から絵画を取り出した。ネロはじっと見つめ肩をすくめる。

「初代皇帝のコレクションで見たな」
「やっぱりか。見覚えあると思った」

 槍を持ったヴィエラの少女と、銀髪の侍がオサード地域を旅する絵画は見覚えがあった。魔導城に飾られていた属国から献上された芸術品の一つ、と記憶している。

「で、この赤色ヴィエラがメ……アンナだったってわけか? ハッ傑作だね」
「帝国にあるのはおかしいですよ。これは祖父が依頼して描いてもらった世界に1点しかないもので」
「そうなんだよ。だから俺も自信がなくてネロを連れて来たんだ」
「―――ザクロ、柘榴石、ガーネットってことかよ。何であの時気付かなかったンだオレは」

 ボソボソと呟きながら頭をガリガリと掻き、アンナに見せられた手紙を思い出す。その時だった。これまで静かだったエルファーは立ち上がり出口へ向かう。

「エル?」
「ちょっと外の空気を吸ってる」

 そのまま扉を閉めた。変なやつと眺めているとテッセンが再び箱の中をまさぐり封筒を手に取った。

「エルダスさんが帰った後に思い出したんですけど祖父が彼女宛に手紙を残していまして。読んでみませんか?」
「オレたちが見てもいいのか? 本人怒るンじゃね?」
「……正直言って私では渡していいかも分からないものでして」
「アンナのことを知りたくて来たんだ。貸してほしい」
「おいガーロンド」

 シドはその手紙を受け取り広げる。ネロも覗き込むが東方の文字に加え達筆であり何と書いているか分からない。苦笑しながら「その、力強い筆跡すぎて、な」とテッセンに返す。すると笑顔で「ああ、それでは読み上げますね」と内容を語る。

―――それは2人にとって衝撃的な話であった。
 まずは別れた直後、アンナの身に起こった水難事故で死んだと思っていたが生きてここに来たことに対しての喜びの言葉が綴られていた。その後は後悔と謝罪が延々と書かれている。
 自分でもどういう理屈で出来るのか分からない不完全なものを殺しかけてまで伝授してしまった。それが世界の崩壊のために利用されつつある絶望。この住処に訪ねて来たアシエンという存在の言葉は全く信じられなかった。だが、目の前で大切な絵画を複製するガレアン人が使えないはずの"魔法"によって信じざるを得なかった。『もう一度会えるようにこぎ着けてやる。これからドマを戦地にするがこの場所は絶対に壊させないようにしよう』という甘い囁きに手を伸ばしてしまった。その後本当にドマが占領されたが、ここは一切の戦禍が降りかからなかったという懺悔が書かれている。
 そして幼いアンナの気持ちに気付いていながらも強く突き放せなかった弱い自分への苛立ち。『約束は死んでも守れ。全てを護れないなら捨て去って旅をしろ』という教えを何十年も守っていることを知った時の焦り。自分は蝕まれていく"代償"と孤独に耐えられなくて再び家族の元に戻ってしまったというのに。どうしてそんなに忠実に守ってしまっているのか。これからは大切な人という星を見つけ、護る刃になりなさい。絶対に未来を歩むことが出来る"なりそこない"であり続けるために世界の統合を起こしてはいけない。これは人を護るという強い心を形に変えた新たな力だ。私はアンナを獣にし、人々を絶望させるために全てを教えたわけではない。アシエンの手を今からでも振りほどき星空の知識を教えた思い出と共に自由な夜空を愛してほしいという希望。そのための"奥の手"は友人が準備し終わっているから安心してくれ。そして力の根源を知りたいのならラザハンに行くといい。最後に兄エルファーに謝っておいてほしい。妹の体に消えない疵を刻みつけ、"私"を継承してしまい本当にすまなかった。さようなら、愛する唯一の弟子であり血の繋がりはないが魂で繋がった家族よという言葉で終わっていた。

「私めには意味が分かりませんがそう書かれております」
「……にわかには信じがてェな」

 手紙の内容についてネロは吐き捨てている。現実感はしないが、これまでのアンナを取り巻く出来事を思い返すと事実も多いことは分かるが理解を拒んだ。対してシドは重々しく口を開く。

「いや、俺たちの祖国がアシエンによって作られたものだというのは事実だ。ヴァリス殿下が明かしたとアンナたちから聞いた。ドマ侵攻について書かれているってことはリンドウは俺たちが最近知った知識を30年程度前には知ってたことになる」
「そうかよじゃあアンナが持ってた手紙はそのアシエン本人のお茶目ってことか。趣味悪ィ」

 ネロの言葉にシドは首を傾げる。「手紙って何だ?」と尋ねると露骨に嫌そうな顔を見せた。

「アラミゴ解放後に押し付けられたソル帝の便箋で届けられたモノだとよ。『お前の役割は終わりだ』とか書かれててあいつオメガブッ倒しながら怯えてたンだぜ?」
「知らない」
「そりゃオマエはあいつの過去を一切知らないじゃねェか。あの小心者が自分から教えるわけがねェし」
「アンナは小心者じゃない」

 そう言いながらもシドの顔が青くなっていく。そうだ、俺は何も知らなかったと視線を落とした。

「もう分かンだろ? あのオンナは【鮮血の赤兎】だ。アシエンが人間1人分の人生使って狙い続けてた実在した兵器なンだよ」
「アンナが、じゃあやっぱりあの夜」

 寒空の下、路地裏で寒さに震え座り込んでいた赤髪の旅人。急いで屋敷に戻りスープを渡した時の『温かい』と低い声で溢していた。

「20年ほど前に陛下が兎を捕まえるために誘導したがいつの間にか国外に駆け出して行ってたンだってよ」

 出口はどこだと聞かれたので言われるがまま方向を指さすと走り去ったあの不器用な笑顔。

「全てを護る、刃。あぁ―――」

 シドの目が見開かれる。今まで忘れていた記憶。肝心の"約束"が、抜け落ちていた。

『"あなたの飛空艇"に乗れて、よかった』

 何故か自分の飛空艇と強調したシドが記憶を取り戻した夜。

『私はね、自分に優しくしてくれた人と約束は守ることにしてるんだ』

 露骨なほどに約束に拘っていた姿。

『ほーそりゃ楽しみ』

 ガーロンド社を紹介してやると言った時の目を細めニィと笑った姿。

『期限はそうだね……キミがお髭がとっても似合う人になるまで、かな? 翼であるキミの飛空艇たちを守る刃になってあげよう。おっと飛空艇たち、というのは簡単だよ? あーんな大きな船をキミ1人で作れるわけないだろう? 全部守ってあげる。こう見えてボクはすっごく強いからね』

 手の甲に口付け、幼いシドへ不器用に笑いかけた顔。そうか、これを忘れていたから星芒祭の夜わざわざ眠らせて逃げたのかと拳を握り締める。
 テッセンはあの、と声をかける。「ああすまん」とシドは苦笑して見せた。

「あまりにも直球すぎて気付かなかったヒントに頭痛がしただけだ。気にしないでくれ」

 あっさりと宿題が終わってしまった。軽くため息を吐くとネロが立ち上がり外へと足を向ける。

「ネロ?」
「一服してくる。1人で結論付けてろ」

 そのまま扉を閉められた。シドは目を丸くし、首を傾げる。

「結論付けてろと言われてもな」

 まさかここまでネロがアンナについての情報を隠していたとは思ってもみなかった。そしてあっさりと知りたかった事柄の殆どを手に入れてしまうことも予想外で拍子抜けする。
 更に複雑な悩みを持ちながら一緒にオメガ相手に戦ったのかということも知ってしまった。微塵も相談してもらえなかったことにショックを受けている。一方的に想いを伝えて、舞い上がっていた自分が莫迦みたいだとため息を吐く。だが最終検証で見せたまるで流星の軌跡のように振り下ろされた一振りが伝授された"気迫"というものなのは確かだ。焼き付けられた脳裏に浮かび上がる。そんな"弱き人が持つ想いの力"の根源にあるヒントがラザハンにあるというのは一番の収穫であった。ラザハンということは錬金術起因のものなのだろう。
 しかし一番の謎は"継承"というものだ。リンドウ、レフ、アリスという男らは過去に何をし、アンナに施したのだろうか。
 ふと肩を叩かれる。心配そうにテッセンがシドを見ていた。「すまない、考え事をしていて」と苦笑する。テッセンは懐に入れていた装置を手渡した。

「これは?」
「祖父が、最後まで大切に持っていたものです。今は静かなんですけど」

 黒色で半球体のようで一見何なのかは分からない。用途は? と聞くと柔らかな笑顔で答える。

「これがあったからアンナさんがエルダスさんって分かったんです」

 テッセンによるとリンドウが死んでからもこの装置は小さな光を灯し続けた。ある日ドマを解放した英雄たちの顔を見に行こうと外に出た際に強く輝いたのだという。以降輝き方が不安定だったが、しばらくしてシドとアンナが墓参りに来た日にまた大きく光ったらしい。しかしここ数ヶ月光が消えてしまい心配していた所に3人がやってきたと語る。

「どういう装置なのか分かりません。ですがもしかしたらエルダスさんの何らかに関係しているかもしれません。よかったらどうぞ」
「いいのか? 代々受け継いだ形見みたいなものだろ?」
「……あなたが持っていた方がきっと祖父も喜んでもらえると思います。あと先程言えなかった言葉の続きなのですが」

 それからテッセンは自分の身の上を話した。父が誕生し物心がついた頃、実の祖父は亡くなっている。その後祖母は第二の故郷に戻って来たリンドウを治療する内に惹かれ合い、再婚したので血は一切繋がっていない。よって厳密にはリンドウの血縁者はもう存在しないのだ。そして彼の生まれは―――。

「そうだったのか。エレゼンが東方地域にいるのも珍しいのに更に片親はガレアン人と」
「龍殺しのリンドウと呼ばれるまでは実際あまりいい扱いはされて来なかったそうです。本当に強くなるために努力は欠かさない人だったと聞きました。強くなってからは手のひらを返した権力者たちによる色んな思惑に巻き込まれ嫌気がさしていたそうで」
「アンナから嫁と子供がいるから叶わない恋だったと聞いてたんだが……。兄を知ってたから嘘ついてた可能性があるな」

 箱の中から書物の山を取り出す。覗き込むと武器の特徴から人から魔物までのスケッチと何らかの文字が書き込まれていた。「療養中暇だったようでとにかく自分の脳に叩き込んでいたものを書いていたそうです」とテッセンは語る。「これも多分アンナに教えていたってことか」と紙をめくる中で明らかに違うものがあった。

「図面……?」
「何かの装置のようですが私にも分からず」
「いやこれは隠す―――形状が見覚えあるな。ちょっと待っててくれ」

 シドは家の中を見回し、違和感を探る。即見つかる。入口に置いてあった家の様式に似合わない無骨な金属。手を伸ばそうとすると突然扉が開き、レフがその機械を分捕る。

「これだこれ。さっき家全体を視た時に何かおかしいと思ったんだ」

 即蓋を開き、中身をのぞき込んでいる。シドは一瞬唖然とした顔をしたが何も言わず手に持っていた図面を渡した。次はネロが分捕り2人で眺めている。

「なんだこりゃ。ああこれの図面か。―――あのクソ馬鹿が機械装置を作れるわけがない。かと言ってアリスが手間暇かけて作ったものにしてはオリジナリティがない。この図面通りで忠実すぎるものって感じだ」
「読んだ範囲ではこれアレか。魔科学技術を用いた広域妨害装置だ。よく出来てンね」
「成程戦禍がここまで来なかった仕掛けか。アシエンと交わした約束とやらの一つだろ」
「筆跡的にアリスから貰ったやつの冊子から破ったか。この家のどこかにあるかもしれん。テッセンくん、ちょっと家の中物色してもいいか?」
「か、構いませんけど……」

 数時間後、顔を真っ青にしたエルファーがフウガの名前を叫んでいた。それをネロはゲラゲラと笑っている。

「ネロ、レフは何と言ってるんだ?」
「お前ら何年間妹といたンだふざけンな辺りじゃね? おーこれそのまま商品化出来ンじゃね?」
「いや流石に考えたのはそのアリスって男だろ? 勝手にやるのは」
「死んだやつの許可なんてどう貰うンだよ」

 フウガがメモとして残していた紙と違うものがいくつか発掘された。封筒に入れられた冊子には、数々の古代技術を応用して作られた実用的な機械から人道的に怪しい器具まで数多く書かれている。小さな紙切れが入っており、『リスク分散のご協力感謝 あなたの共犯者ア・リス・ティア』と雑な文字で書かれている。シドらにとっては欠伸が出そうな古すぎる技術が殆どだ。しかし自分たちが未だに至っていない領域の一部もあり少々悔しい部分もある。

「エルもこういうの持ってンのか?」
「んぁ? まあ別れる時に少々。今は別の場所に隠してるから持ってないぞ」

 というか今の魔導技術に比べたらこれより更に古臭いから価値はないと思うぞと肩をすくめている。

「ってこれはトームストーンか。電源は―――つかないか」

 真っ黒な板を取り出す。ボタンのようなものを押すが一切反応はしない。何も言わずポケットに仕舞い込む。

「今流れるようにポケットに入れたな?」
「どうせ眠ってるままなら有効活用する。その装置ももういらんだろ。貰ってもいいか? テッセンくん」
「だ、大丈夫ですよ」
「無理しなくてもいいぞ。あんまり荒らしたらアンナに怒られるから程々にしとけレフ」
「そこで妹の名前を出すんじゃない。―――修理して何でもないモノだったら返すさ」

 自分が欲しいもののヒントかもしれないものは全部欲しいからなと口角を上げている。そんなもの俺だって欲しいとシドはジトッとした目で睨みつけた。



 それから適当に家探しして村の宿に泊めてもらった。最新技術が適宜取り入れられ快適なもので満足だった。ガーロンド社が納品したであろう装置も沢山あったので外に出た者の名前を聞く。案の定先日ジェシーが連れて来た新入社員たちの名前もあった。もっと詳しく話をしていたらリンドウの情報ももう少しスムーズに手に入ったかもしれないと苦笑する。
 ふとポンと音が鳴った。その正体を探ると日中にテッセンから貰った奇妙な装置が光っている。壊れてなかったのかと観察すると小さい光はしばらく点滅を続け、1時間もせずに再び消えてしまった。
―――後に知ったことだが、3人がこちらに来ていた間、一度アンナが帰って来たらしい。シドがいないのを確認した後、少し暗い顔をしてまた帰ったとジェシーから聞いた時、苦虫を嚙み潰したような顔を見せしばらく機嫌が直らなかった。

 次の日、村人らに次なる取引の約束と共に見送られハヤブサで上空を飛ぶと空からでも終の棲家を確認出来た。妨害装置は解析が終了すればまた返しに来るとシドが電源を切り鞄の中に仕舞っている。次はアンナと2人で泊まりに行こうと笑みを浮かべた。
 目を輝かせたネロとエルファーを青龍壁へ連れて行き、再び積み重なっているであろう仕事をすべく本社へと1人戻るのであった―――。


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注意自機出番少な目なのと倫理観無し。シド光♀匂わせ程度なギャグ概念。どちらかとい…

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#即興SS #季節イベント

漆黒

"感謝のチョコレート"
注意
自機出番少な目なのと倫理観無し。シド光♀匂わせ程度なギャグ概念。
どちらかというと自機兄+ネロ風味。
レフ→自機の兄。ガーロンド社に出入りしている技師。嫁が8人いたが離婚済みで故郷からも追放されている。妹が絡まなければ物静かで笑顔がヘタクソな人間。
 
「そういえばガーロンドくん、昨年僕の妹から貰ったチョコはどんな感じだったんだ?」

 アンナの兄レフの一言から今回の一件は始まった。ネロはゲラゲラと笑う。

「やっぱ手加減知らねぇメスバブーンのことだから山のように作って社員全員に振る舞ったンじゃねェの。ンでその中の1つを雑に投げられたって感じか?」
「あー確か去年の手紙でヴァレンティオンデーってよく分からんって書かれてたな。僕も知らなかったから『可哀想な男共に優しい手を差し伸べる慈善事業の日でもあるよな』って返したぞ」
「あの余計な一言はお前が原因だったのか……」

 シドはため息を吐いた。昨年のヴァレンティオンデーはそれはもう凄かったと語る。突然ガーロンド社に訪れ、大きなバッグから取り出される『お母さん以外の異性から手作りチョコを貰ったことがない人優先の素材から拘った手作りチョコレート』をばら撒いた。シドは毎年結構な量を貰い社員と食べていたのだが、その多さに今年はいらないと言われほぼ1人で数日間片付けていた。挙句の果てに、アンナからは「シドいっぱい貰ってる。こっちはあげない」と言われるおまけ付きで。その後、先に試作したが少々失敗したというカカオ95%チョコを渡され、言われるがままホットミルクに溶かして飲んだ。ちょうどいい苦みがあって美味しかったと振り返る。

「レフのせいで俺は酷い目に遭ったんだぞ」
「はっはっはざまあみやがれ。ってちゃっかり貰ってるじゃないか阿呆」
「おいレフホンネ出てンぜ?」
「というかアンナも大量に貰ってたんだぞ? それは悔しくないのか兄として」
「お前と一緒で僕の妹に本命という概念が理解できるわけがないだろ」
「そーだな」
「流石にアンナよりマシだと思うぞ!?」

 ネロとレフの言葉にシドは素っ頓狂な声を上げた。似てると言われるのは悪くは思わないがさすがに恋愛関係で一緒にされたくなかった。

「気にせず社員に分けてるアホが何か言ってンぜ?」
「まったく最低な男だなガーロンドくん」
「いや俺は仮にも偉い人間だし義理で渡すくらいはあるだろ。どう消費しても文句はないはずだ。お前たちだって確実に貰ってただろ」
「ガレマルドにヴァレンティオンなンてなかっただろうが」
「僕は嫁いたし。基本的に人から手作りの食べ物は貰わない主義なんだ。何混入してるか分からん」
「おいおいレフもズレてンな」
「―――おいレフ、お前人から貰ったものは受け取らないのか?」

 シドに嫌な予感がよぎる。兄がこれなら人の教えを忠実に守る妹は。

「そりゃそうだろう毒とか入ってたら困るし」
「アンナもそれを知ってるのか?」
「勿論。護人としての心構えで真っ先に故郷では教えられるさ。そこから瓦解したら大変だろう?」
「……アー」

 ネロも察した様子を見せながら肩をすくめ、レフに便箋を指さす。

「手紙書け。プレゼントは全部断れってな」
「現れる前に気付いてよかったぜ」
「君たち本当に心の問題に関しては妹のこと信用してないな。僕も書いた方がいいって思ったけど。というか去年貰ったものどうしたか聞くか」

 ここ数日、またアンナと連絡が途絶えていた。暁の人間によると『やはり道具から拘る方がいいよね』と言いながらどこかに飛んで行ったのだという。連絡をするならば一番確実なのがレターモーグリだろうと判断し、レフはペンを手に取った。



 レフは手短な手紙を書き、レターモーグリ経由で送ると1日で返事が返って来た。しかし内容をシドに伝えることはなかった。

「……僕は教育方針を間違えてたかもしれない」
「ケケッ、オマエこれまでの生涯通しても合計1年分も会ってねェだろ」
「うるせ」

『兄さんへ
 私への配慮、ありがとうございます。お返しはいらないと言って渡しているので安心してください。
 あと私のような旅人には本命や義理も関係ないし感謝の気持ちを込めて燃やしてるので大丈夫。
 ところで試作品を作ったからどうぞ。兄さんの感想が私がお世話になっている人たちの胃の運命が決まります。よろしくね。
 フレイヤ』

 手紙と一緒に小袋が入っており、中身はアルファの顔が描かれたアイシングクッキーとオメガを模した立体チョコレートだった。容赦なくパキリと割り満面の笑顔で噛みしめるように食べるレフの姿にネロは引く。

「おいしい……嗚呼滅茶苦茶おいしいぞ妹よ。だが頼むから人からの贈り物は完全に拒否してくれ……」
「オマエ本当にメスバブーン絡んだら気持ち悪ィな」
「一言余計。ほら半分に割ってるから君も食え。多分君もいっぱいもらってるからあげない組だぞ」
「いや別にオレは」
「は? 君は妹の作ったものが不味いからいらないと言いたいのか?」
「ンなこと一言も言ってねェよ!」

 ネロは眉間にしわを寄せながらクッキーを一口摘まむ。ちょうどいい焼き加減でサクサクとして本当にあのデリカシー無しで脳筋が作ったものなのかと疑うほど美味い。

「バブーンじゃなけりゃなァ」
「は? 妹は可愛いが?」
「顔はいい方だけど中身が最悪だって言いたいンだよ」
「最悪の中身が混じり込んでるんだからしょうがないだろ」
「ヒヒッ違いねェ」

 よし美味しかったと手紙を返しておこうとペンを手に取る姿をネロは苦笑する。素直に会いに行けよと思うが心の中に仕舞い込んだ。

―――数日後。アンナは石の家とガーロンド・アイアンワークス社に大きなバッグを持って現れた。色々な表情をしたアルファが描かれたアイシングクッキーとオメガ型立体チョコが入った小袋を『お母さん以外の異性から手作りで貰ったことがない人優先の調理道具から拘った手作りチョコレート』と称してばら撒く。昨年と違う所はなんと男女問わず渡されるチョコレートをごめんと言いながら拒否している所だ。ネロは兄の説得が心に届いたのかとマグカップを手に口をあんぐりと開けそれを見守る。ふと目が合うと意外なことに2つの袋を手渡された。両手に紙袋を持ちながらふらつくシドがやって来るとアンナは動きを止める。

「ホー昨日あんだけ説教してきたくせに自分はモテますアピール」
「いや、アンナ。断ったが押し付けられてな。また一緒に食うか?」
「自分で片付けたらいい」

 踵を返し次は女性陣へと渡しに行く姿をシドはため息を吐きネロの隣に立つ。

「いや昨日ようやく連絡がついてな。問いただしたらゲロったから少々手荒に"説教"した」
「ハァ。その両手のブツがなければ説得力あったろうにな」
「俺もそう思ってるさ。とりあえずレフにはお前の説得で妹は余計な悲しみを生まさずに済んだとでも伝えておいてくれ」
「……まあその方があいつも小躍りすっか」

 真面目なシドのことだ、一晩中ものすごくキツく𠮟ったのだろう。大欠伸を噛み殺しながら、いつもの内面に存在する複数の人間に込められた渦巻かれた闇1つ悟らせない満面の笑みでチョコをばら撒き去って行くアンナを見守っていた。
 その横でネロはふと誰も触れていない引っかかった疑問を口にする。

「―――ン? 調理道具から拘ったってどういうことだ?」
「文字通り1から作ったってことだろ。そりゃ一切連絡つかないさ」

 満面の笑顔で鉱石から採掘に行く姿が男2人の脳内で共有され馬鹿じゃねェの? と呆れた声が響き渡った―――。


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#即興SS #季節イベント

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「だから触るな!」「いいじゃないか」 アンナは壁に追いやられながら威嚇するがシド…

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#シド光♀ #即興SS

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"耳"
「だから触るな!」
「いいじゃないか」

 アンナは壁に追いやられながら威嚇するがシドはどこ吹く風かと手を伸ばしている。眉間に皴を寄せながら必死にその手を握りしめ抵抗した。
 そう、アンナは耳を優しく触れられる行為に対して非常に弱く、"シドに"触られるとほぼ"終わり"となる。なので手段を選ばず何としても手を出すシドと度々小競り合いが起こった。今回は仕事疲れで戻って来たシドが癒してほしいと言うので、"多少の"スキンシップを許可した所まではいい。しばらく首や顎、頬を撫でまわしていたが突然耳に手をかけようとしたので、耳だけはやめろと拒否する。

「触ってもいいってさっき言ってたじゃないか」
「してない。許可した個所は顔」
「頭部の一部じゃないか」

 かすってない! とシドの両手を片手で掴みながら額のゴーグルを外し指さす。

「あなた以前第三の眼で遊ぶの拒否したでしょ?」
「お前のパワーで何かされたら命の危機だろ」
「失礼な。耳だって命の危機と隣り合う器官」
「力加減位できるさ」

 埒が明かない。他の話題を探して有耶無耶にするかとアンナは判断し、床に転がす。今回はきちんと受け身を取ったようだ。胸板の上に乗り腕を押さえる。

「誘ってるのか?」
「違う」
「お前知ってるぞ、以前人に触らせてただろ耳」

 どこから話が漏れたんだとアンナはため息を吐く。グ・ラハとレヴナンツトールを歩いていると通りすがりの子供が声をかけて来た。ヴィエラが珍しかったのか長い耳に興味を持っていたので仕方なく触らせる。すると思い切り掴み引っ張られたので、頬を引っ張りながら笑顔を見せてやった。喋った犯人はグ・ラハだなと思いながら適当に心を抉る言葉を吐く。

「シドの触り方おっさん臭くて嫌い」

 シドの表情が固まる。よし、このまま傷付いてろとため息を吐き畳みかける。

「お子様が手加減無しで掴んで、ビックリして頬を引っ張った。一度だけ。何度もせがむおっさんとは大違い」
「ぐ。いや待てお前の方が遥かに年上じゃないか」
「まあ君が子供と仮定しても絶対不許可」

 悲しげな表情を見せた。そこまで傷付くのか? と苦笑するがそこで手を差し伸べてはいけない。ここから痛い目に何度も遭って来た。
 シドが耳を狙う理由は簡単である。普段は全く動かない耳を"シドが"触り続けるとふにゃりと垂れ下がってしまうからだ。アンナは相手に感情を読まれないよう極力耳を反応させない修行を行った。そんなアンナの弱った姿を見て自分の精神を癒やそうとする悪意と下心が丸見えなので許可は与えない。勿論相当なことがない限り絶対に他人が触ろうとすると反射的に刀に手をかける。アンナにとってはこれでも優しく断っているつもりだった。

「人の嫌がるとこ狙うの最低」
「う」
「純粋にあなたに会うために来たのに残念」
「す、すまん」
「もうジェシーやネロサンとお茶飲んで帰る。明日は折角の休みなのに残念だねえ」

 ちらとシドを見るといつの間にか泣きそうな顔が消え、少々機嫌が悪い顔になっている。またやってしまったと慌てながら訂正する。

「いやさすがに帰るのは冗談」
「本当か?」
「私、嘘はつかない」

 機嫌を取るように頬に口付けてやる。「ん」と舌を差し出してきたのでそのまま舌を絡めてやった。指を絡め合い、目を閉じて行為の終わりを待つ。いつの間にか力が抜けてしまったか急に手が振りほどかれ抱きしめられる。仕方がない、「苦しい」と言いながら離れると次の瞬間ひっくり返される。

「へ?」

 見上げると笑顔のシド。騙されたかと一瞬考えたがよく見ると目は笑っていなかった。これは、終わったなとアンナは察した。

「悪かったな触り方がおっさん臭くて」

 次の瞬間、シドは思い切り長い耳を掴んだ。アンナは目を見開き叫んでしまう。

「いっ―――たぁ!?」
「流石に痛いのか。すまん」

 本当はそんなに痛くはない。しかし突然の行為に対し反射的にリアクションをしてしまった。

「怒ったからって子供のマネ? 大人が力加減無しでやるな、普通のヴィエラなら潰れる。拷問したいの?」
「いや大丈夫かと思ってつい」
「もーフウガぶりだ。負けず手加減しないね」

 意外な名前が出て来てシドは「リンドウが?」と言うとアンナはため息を吐く。心がざわめく感情を抱いているがまだアンナは気付かない。

「里で修行できなかった分。おかげで多少では耳は動じない。ってシド凄い目が怖い」
「修行?」
「いや、護人が耳で色々バレるの、ダメ。真っ先に対策必要。だから……って撫でるな!」

 シドは思い切り掴んだ部分を優しく撫でる。アンナはその手首を掴み抵抗するが弱々しい。その姿にシドはクスリと笑う。

「痛くしてすまん。―――もうあっという間に弱ってる。本当にそれは修行だったのか?」
「ひゃ、それはあなたが」
「俺が?」

 内側を擦りながら形をなぞるように撫でまわされると勝手に口元から甘い吐息が漏れた。なんとか言葉にし、抗議する。

「触り方がっ、普通はしないやつ―――ッ」

 首のゾワゾワと甘い痺れに身体がピクリと痙攣する。頭がぼんやりとするから触られたくない。と思っていたら突然寝台へと抱き上げられる。温かい体温が背中を通して感じた。アンナは普段シドを抱き上げているがシドもアンナを軽く持ち上げることができる。以前重くないかと尋ねたら「機材に比べたらとても軽い」と笑顔を見せていた。
 シドは長い耳の間に顔を埋め、再び優しく耳を撫でている。指を口元に持ってきたので口に含むと舌に絡められた。上下に擦られると反射的に指を甘噛みしてしまい背後からくくと笑い声が漏れた。もうこうなってしまったら満足するまで続くだろう。耳はどうすれば動かせるのかを思い返した。集中を解き、リラックスし、あと何が必要だったかとアンナは一瞬考え込んだ後、ふと名前を呼ぶ。

「シ、ド」
「どうした?」
「くび、噛んで」
「仰せのままに」

 襟元を緩めてやり、シドはそのままガリと未だ消えていない痕を上書きするように噛みついた。

「ッ―――!」

 痛みに対し反射的にビクリと跳ね、シドは身体が逃げないように強く抱きしめた。耳の付け根を握りながら内側を引っ掻く様に動かされると力が一気に抜ける感触を味わう。そして耳がふにゃりと垂れ下がり、シドの目的は達成である。

「満足?」

 アンナは深く呼吸をしながら背後のシドに声をかけるが反応はない。転がり顔を見合わせると唇を合わされる。耳を巻き込むように大きく頭を撫でつけた。こうなるから厭だったんだよと手首を掴む。

「終わり」
「疲れを癒させてくれ」
「最低。疲れたならそのまま寝て」

 胸元に押し込み頭を撫でながら子守歌を唄う。かつて故郷で毎日聴いていた"よく眠れる歌"だ。勿論シドも好きなようですぐに寝息が聞こえてくる。

「おつかれ」

 ポツリと呟き、目を閉じる。シドが連日の仕事詰めの疲れで癒しを求めるように、アンナも癒しを求めていたのも確かだ。耳も最終的に許可するのは外で見せることのないバカ騒ぎができればそれで構わないという一種の甘え方になる。冷たい身体に相手の熱が少しだけ溶け込む感覚に穏やかな表情を見せた。


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#シド光♀ #即興SS

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 シドは白い髪飾りを撫でる。星芒祭の朝に握っていた"あの人"…

漆黒

#シド光♀ #リンドウ関連

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"髪飾り"

 シドは白い髪飾りを撫でる。星芒祭の朝に握っていた"あの人"から貰った不思議な羽根と花の意匠が凝られたモノ。以降、1人ぼんやりとする時は引き出しの中から取り出し、思い返していた。

「忘れろ、って言われてもな」

 ボソリと囁きあの無機質で中性的な声をした人の姿を思い浮かべる。再び会えたというのに、勿体ないことをした。次はしっかりと腕を掴んで逃がさないようにしよう、と握り締めた時だった。

「硬い……?」

 髪飾りは柔らかな布素材を使われていたがある一点だけ硬い金属の物体を感じ取った。同じ白色で目立たないが明らかに後から取り付けられたものだということは分かる。慎重に取り出し、その物体を観察する。魔導装置のものでもない。何か彼のヒントに繋がるかもしれない、工房の解析装置に足を運ぶ。



「明らかに最近の技術のものではないな」

 ゴーグルを外し考え込む。小さな回路に極小なクリスタルが埋め込まれ、何らかを反応させるための装置だということは分かった。使われている金属と書かれた魔紋の形からアラグのものであると仮定し、データベースと睨み合う。
 途中から暇そうだった社員数人を捕まえ調べているがそれらしきものは見当たらない。

「一部文献は未だに見つかってませんしもしかしたらその中にあるものかもしれないですよ」
「困ったな、じゃあ解析してこれからのデータとして追加してやれ。終わったら返せよ」
「構いませんけどこれはどこで」

 シドはため息を吐き首を横に振った後席を外す。久々に煙草を取り出し火をつけた。また手がかりが煙のようにすり抜けていくのかと思うと憂鬱になる。分野的にネロに聞けば何か知っているだろうか。否、捕まらない人間について考えても解決はしないかと霧散させた。

 数日に及ぶ解析の結果、空気中のエーテルを取り入れ変換させるものだということが分かった。だからといって何か"あの人"の手がかりに繋がるわけもなく。

「アラグの技術は確かに奇妙なものも多いがそんなことも出来るのか、というかよく分かったな」
「親方が一服に行った後に一部ページ引っかかったんですよ。まあそれ以降は見つからなかったですが」
「うん? 欠けてるってことか?」

 どうやら遥か昔に抜き取られているのだという。聖コイナク財団より先に発見した人間がいたのか、それとも盗掘家が価値も分からず偶然持って行ってしまったのか。それとも出し抜いた人間がいたのか現在の彼らに知る由はない。分かることは旅人のあの人がそんなことをするわけがないという確信だった。

「先程まで聖コイナク財団の方に一緒に検証してもらって用途も分かったんです。本当にこれどこで手に入れたんですか?」
「いや、まあ俺も偶然見つけてな」

 兎に角返してもらうからな、と装置を受け取り部屋に籠る。再び髪飾りに付け握り締める。

「アンタは一体何者なんだ。旅人さん―――」



―――数年後。

「なあアンナ、この髪飾りなんだが」
「知らない、私は何も知りません」
「お前が一芝居打って俺にあげたものじゃないか」

 街ごと俺を騙しやがってと持ち主アンナに突き付けると本人は露骨に嫌そうな顔を見せた。「捨ててると思ったんだけどねえ」と言いながらそれを摘まみ空へ掲げる。「ただの故郷と私を繋ぐ印さ。何も価値はない」と吐き捨てシドに投げ返す。

「変な装置が付いていたんだがこれはお前の集落伝統のものなのか?」
「はい?」

 シドはこれと固い部分をつついた。アンナは首を傾げる。そういえばよく見れば、材質が違う気がするとボソボソ呟きながら考え込む。

「そんなわけないじゃん。故郷ではただの髪飾りだったよ」
「いやこれはエーテル制御の装置らしくてな」
「うーん……?」

 心当たり無いなあと呟きながら首を傾げている。シドはここで当時持っていたヒントではこの面倒な旅人をどうにかすることは出来なかったことを知り、苦笑しながら肩をすくめた。
 しかしふとアンナは「あ」と声を出す。どうした、と聞くと「いや分かったとかそういうのではないけど」と笑う。

「昔初めてフウガに教えてもらった技を撃った時数日起きられなかったんだ」

 急激な体内エーテル消費により生死を彷徨っていた時があって死んだかと思ったら生きてたんだと語る。またリンドウかとシドは苦虫を嚙み潰したような表情を見せながらそれがどうしたと聞く。呪縛を解いたというのに無限に出てくる命の恩人で初恋の人でもあったリンドウ・フウガの話に対しては正直未だに嫉妬に溢れていた。

「いやもしこれが最初から付いてたらさ、倒れなかったんじゃないかなって。だからその時以降に付けられたのかも」
「そうだったのか。―――ずっと付けてなかったのか?」
「いや肌身離さず付けてたよ。……あー確かに目が覚めた後にフウガがずっと付けとけって言ってたやつの一つだ。ついでに外にいた旧友も紹介してもらったかな」

 金髪で小さいおっさんからからくり装置の作り方教えてもらったと答える姿にシドは頭痛がする。また変な知らない人間が出て来たという感想がよぎる。
 いや、フウガはアンナの兄と旧知の仲であり、その更に知り合い、金髪。そういえば以前金髪でネロに雰囲気が似てる男がいたと語っていた。最後に『アラグの技術にクローンを作るものがあるんだと』と言い残し別れたという。まさか、アラグの技術を持って行った犯人は。

「自由か」
「え? シドどうした?」
「いや世間は狭いなと思っただけだ。何か言ってなかったか?」
「うーん昔の話だよ? いいおっさんだった。お小遣いくれたしフウガとお揃いのカードもくれた、し……あっ」

 アンナの顔が青くなりやっばと言いながら鞄を必死に隠した。そして「よ、用事思い出したから帰る」と下がるがシドに掴まれる。

「出すんだ」
「嫌。思い出の品を奪うの、最低」
「人聞きの悪い事を言うな。見せてほしいだけだ」

 見るだけだよ? とアンナは鞄の隠しポケットから黒い物体を手に取った。トームストーンに酷似した薄い板だ。「リンドウもこれを?」とシドが聞くと「渡されてたねえ」と返ってきた。その板に手をかけ、引っ張るとアンナはちょっと! と言いながら取り合う形になる。

「ちょっと借りる」
「やだ」
「すぐ返す。何もなかったらだが」
「それ絶対何かある時に言うやつ」
「壊さない」
「やだ」
「お願いだ」
「う……」

 シドのお願いという言葉に弱いアンナは黙り込む。そして押し付けた。

「明日までに返して」
「分かった。すぐ戻る」
「はあ!?」

 シドは受け取るや否や部屋のドアを勢い良く開きネロの元へ走って行く。アンナは大慌てで追いかける。待て、許可してない、返せという声が聞こえた。ビッグスと談笑していたネロに投げ「多分"アリス"の遺物でアラグ関係だ!」と言ってやると口笛を吹き走り去る。その後胸倉を掴まれ珍しく人前で顔を真っ赤にしながら説教されたがどこか気分が晴れやかだった。

―――解析の結果、厳重に暗号化されたデータが保存してあるトームストーンだということが分かった。その後、アンナの元に返されたのは5日後になる。シドはアンナの機嫌を直すのに更に3日かかった。

「すまない、いや世紀の発見の予感がしてな。あの、本当に悪かった」
「まだパスワード総当たり中なンだがありゃぜってェいいモノだぜ。メスバブーンにしてはやるじゃねェか」
「……思い出の品をそういう扱いするのサイテー」
「そういえば髪飾りについていたのが持っとけと言われたヤツの一つだと言っていたがまだあるのか?」
「言うわけないでしょ」

 ゴミを見る目でこちらを睨む行為を必要経費と言い切るネロと小さくなるシドという対照的な風景をガーロンド社員たちは遠巻きに見つめていた。


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注意漆黒5.0終了後想いを伝えあってから間もない頃のシド光♀です。  …

漆黒

#シド光♀

漆黒

"口調"
注意
漆黒5.0終了後想いを伝えあってから間もない頃のシド光♀です。
 
 アンナはネロ相手の時だけ話し方が変わる。さん付けしながらも子供っぽく喋り、対等な位置に立っている。俺はというと周辺と変わらない最低限のことだけ喋り笑顔を浮かべるだけなのに。アンナの隣に立っていてもいいのだろうか。本当はネロの方が好きなのではないか? 正直な話をネロにぶつけると鼻で笑われてしまう。

「オレが? アンナを? ない、絶対にありえねェ。メスバブーンと恋仲とか絶対無理に決まってンだろ」
「そこまでゴリラではないぞ失礼なことを言うな」

 ネロ行きつけのバーにて俺は最近浮かんだ自分の悩みを打ち明ける。アンナのことが分からない、と。するとゲラゲラと笑いだす。

「オマエが分かンねェならこの世で生きてるヤツら誰一人理解できてねェよ。少なくともあいつに近いのはオマエだろ。ていうかその話本人にしろよ何でオレにするんだ」
「まあそれはそうなんだがどうやってそんな話し方するような関係になったか知りたくてな」
「何もしてねェぞ。どちらかというと舐められてる感じだぜ? アーでも一度殴り合いして舐めプされて負けた身だしオマエもそうすればいいだろ」

 確かにそうか。いやアンナと喧嘩なんてありえない。口でも力でも負ける未来が見える。

「大体あの喋り方は兄のマネしてるだけだぜ? どこにうらやましい要素があンだよ」

 知ったことかとこの日はため息を吐きながらネロに嫉妬の感情をぶつけ終わった。



「てのがな」
「へぇシドって真っ当な嫉妬もするんだ。意外」

 ネロは恨み言をアンナにぶつけている。なんとかしろ、と睨むがそんなこと言われてもと返される。

「そもそもネロサンと話してる時の口調が本来の自分とは限らないでしょ」
「はーそう来たか。じゃあガーロンド相手が本来のか?」
「……絶対違うねぇ。ていうか本来の口調というものが分からず」

 グリダニアに着くまでどういう生活してたか知ってるでしょ? と言うとネロは「アー」と肩をすくめた。

「人との話し方なんて相手によって変えるに決まってるじゃん。ネロサンだって上官相手とそれ以外で態度違ったよね?」
「上下関係持って来ンのは反則じゃね?」
「素というものを出すのって諸刃の剣。仮面を使い分けて世渡りするのが人間ってやつだろう?」

 まあバカ正直なシドと違ってボクは仮面しか持ってないって感覚だけどねと苦笑しているのを見てネロはため息を吐く。煙草をくわえるとアンナは指を向け、「バァン」と火を灯す。兄妹揃って着火剤いらずだなァと思いながらふと目をやるとシドがいつの間にか立っていた。毎回タイミングが悪すぎると眉間に指を当てる。

「それ、日頃からオマエの背後にいるやつにな?」
「え、何言って……あ、シド」

 あまりよろしくない機嫌のシドにアンナは困ったような笑顔を見せた。一息ついてネロに手を振った後先手を取るようにシドの腕を引っ張り部屋を出た。



 仮眠室に使用中の札を付け、扉を閉め鍵をかける。そして固いベッドにシドを倒し上に乗る。

「あ、アンナ? まだ昼だぞ」
「言いたいこと、ある?」

 眉間、頬、首元、胸に口付けた。これはシド相手には本音を引き出す手段として効率的だと判断している。他の相手にするはずがない。

「私がこれをネロサンにすると思う?」
「し、しないしさせん」
「ベッドの上で他人行儀だったことある?」
「……ない」
「普段から人前でイチャつけって言いたい?」
「わ、悪かった。そういうことじゃなくてな」

 じゃあどういうこと? と耳元で囁いてやる。髪の毛を優しく撫で言葉を待つ。

「もっと親しくなりたい。本当のアンナを知りたいんだ。お前の隣に立つにふさわしい男かも分からない」
「ばーか」
「真剣に悩んでるんだぞ?」
「……真剣に莫迦」

 鈍感かと頬をつねる。最大限の扱いをしているつもりなんだがと口には出さず胸の内を話してやる。

「誰がネロサンの前では素って言った? あの話し方する相手は他にもいる。あと最低限にしか喋らないのは旅人を印象に残さない名残。それに」
「それに?」
「……あなたが見て来た自分がそんな自分。イメージ崩したくないし幻滅されたくない。あと急に態度変えたら普通は驚き」

 シドは目を丸くしている。そしてくくくと笑った。笑うなと言ってやると突然世界が反転する。上に乗り、垂らしている髪に口付けている。そして「すまなかった」と顎を固定しかぶりつくようにキスをした。

「優しくする所では?」
「バカと言われたからな」
「そっちかあ」
「よくイタズラしてゲラゲラ笑っておいて今更幻滅とか言うんじゃない」

 襟元を緩められ、噛みつかれる。アンナは目を見開き「痛っ」と声を漏らした。首元がゾワリと粟立ち、本能的にこれはヤバいと察知しながら思い切り手刀を落とす。

「仕事中!」
「アンナが悪いだろ明らかに―――ぐっ!?」
「話を聞く!」

 痛みに悶絶するシドから"ヤバイ予感がする"雰囲気が消え安堵した。趣向を変えようとニィと笑顔で声のトーンを落とし言ってやる。

「はいはいボクが悪かったですよーだ。まったくキミはいつサカろうとするか分かんないねぇ」
「う……いやそれはお前が」
「今日はレヴナンツトールに1日滞在するから働いてきなよ」

 パッとしない感じになってしまったと思いながら相手の反応を伺うと笑顔になっている。分かりやすい顔だなあと目を細めながら「ほらジェシーに怒られるよ」と送り出してやる。
 シドが立ち去った後、天井を見上げながらため息を吐いた。一拍置いた後、「はー人間って分かんね」と浮かぶ笑顔を抑えることができなくなっていた。あの男はとても面白い。人と関わるために立てる予想が彼相手だと結構な割合で最終的に外れてしまう。まだまだ兄と違って未熟だなと緩む口元を引き締めた。


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#シド光♀

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注意 シド光♀前提のエメ→光♀です。漆黒ストーリー中盤辺り。  ―――…

漆黒,ネタバレ有り

漆黒,ネタバレ有り

旅人を闇は抱きしめる
注意
 シド光♀前提のエメ→光♀です。漆黒ストーリー中盤辺り。
 
―――あの人の露骨に嫌そうな顔を見て、これは守らないといけないと俺は決心したのだ。

「ウリエンジェ、少々よろしいか?」
「どうされましたか、水晶公」

 秘密裏に協力して貰っているあの人の仲間、ウリエンジェを呼び止める。

「アンナとエメトセルクをなるべくでいい、2人きりにしないように誘導してもらえないだろうか」
「構いませんが……貴方はお二方の関係もご存じなのですか?」
「勿論。その内本人の口から話をすると思われるから詳細は避けよう。……アンナは彼とは一度しか会わず、アシエンだったということも知らずに英雄となったことだけは伝えておきたい」
「それが聞けただけ安心しました。昨日エメトセルクが挨拶に来た際、ものすごく動揺していたのを見て私たちは心配しておりました」

 皆になるべく付いて行くよう進言しておきましょう、と言いながら去る姿を見送り、自分のやるべきことに戻る。



 何かがおかしい、アンナは考え込む。
 絶対に暁の誰かが付いてきている。今までは個人行動が多かった気がするのだがラケティカ大森林に行くことになった時以降、誰かが隣にいた。まあエオルゼアと違って危険すぎる世界だ。手の届く範囲で彼らを守ることができるのは嬉しい話なのでそこは気にしない。あとは彼らがいる際はあまりエメトセルクが干渉してこないというのも大きい。大体皆が対応してくれて自分はニコニコ笑うだけでいいというのは楽な話だ。胃の痛みが抑えられているのも確かだ。
 まあ流石にペンダント居住区の自室までは来ないのでその隙をついて滅茶苦茶滞在している。寂しがりのお爺ちゃんみたいだ。言ったらどんな嫌味が飛んで来るか面倒で考えたくないから黙っている。
 ボクはある日「この手紙、あなたが犯人ってコトでいい?」と聞くと何も悪びれずに「そうだ」と言いやがったのは少々イラっとした。

「お前にやらせようと思っていたことは曾孫のゼノスがやってくれたからな邪魔になったんだよ」
「こんな無名の旅人に破られる程度のヒトしか集められなかった方に問題があるんじゃな―――ッ」

 バランスを崩し、目の前には明らかにお怒りなエメトセルク。なるほどこれが押し倒される側ってやつか覚えておこうと呑気に考える自分の脳が少し怖かった。

「バケモノが何を言っている。楽しかったか? 人間ごっこは。エオルゼア全体を騙し英雄とちやほやされて」
「ナイスジョーク。痛いから離してもらいたい」

 押さえつける腕を強引に掴み抵抗しようとするがビクともしない。まるで全身に重りを固定されたかのようだ。いい機会だ、あの件も聞いておこう。帝国兵に伝わる奇妙な話の真相を。

「ていうか手紙だけじゃない。なんなのあの怪談、ふざけないで」
「嗚呼鮮血の赤兎のことか? アレは兵が勝手に作った話だ私は何もしていない」
「……それ以外やらかしてない?」
「嗚呼一部隊お前を追いかけさせて報告させてた位か?」
「やらかしてるじゃないか! いつか国ごと燃やす!! ていうか本当に痛いから離して!」

 この男は人のことを一切考えず押さえつける力が容赦ない。ていうか何がしたいんだと。話するだけならばそこに立ってればいい。これではまるで―――。

「お前が記憶に残りたくないと言うから忘れられないようにしてやった。感謝してほしいくらいだが?」
「いらない」

 金の双眸が睨みつける様に笑顔を浮かべる。段々思い出してきた。あの頃、どういう感情でこの男を見たのかを。アシエンだということが分かればあの夜何をしでかしたのも予想が付く。
 以前ヤ・シュトラが『奥底に闇の杭が打たれ、何者かの手によって一度エーテル、というより魂そのものに操作を施されたような形跡がある』と言っていた。これは目の前の男によるエーテル操作。目的は自分を逃がさないために施した永遠に消えない疵。出会うアシエンが一瞬詰まるようなリアクションをするのも当然である。彼は本気で帝国の狗にさせる気満々だったのだ。
―――実際は幼い頃のあの人によって防がれてしまったのだが。愉快なことこの上ない。ゲラゲラと笑いたい感情を隠し不敵な笑みで睨み返してやる。
 当然、アシエンだと知った時は怖く感じていた。だが、『でもコイツ子供に自分の計画阻止されたんだよな』と思うと全く恐怖はなかった。

「あの頃のボクだと思うなよ?」
「勿論だ腑抜けた兎がどこまで足掻けるか期待しているぞ?」
「守るべきものが出来たと言っていただきたい」

 ボクは「バァン」と言いながら襟を焦がしてやると反射的にキレて離れてくれた。その後思いっきり鳩尾にエーテルの塊を一発喰らう。だがニィと歯を見せ耐えてみせた。

「"私"にどけって言ってどいてくれなかった陛下サマが悪い」
「普通なりそこないはここで倒れると思うんだがお前はどういう体の作りをしている」
「沢山旅をするとこうなるさ」
「普通はならん」

 どうしてこうなっているかはこっちが聞きたいんだよなと思う。いつの間にか無駄に強くなった理由なんて聞かれたら"ボク"は困惑しかできない。

「バケモノが」
「今と違う人類のアシエンってやつに言われて嬉しいねェ」

 ニィと笑いこみ上がる吐き気を抑える。
 嗚呼闇が恋しいよ。胸の奥にある残り続ける僅かな闇と2つの輝く白い星を抱きしめた。
 ふと目の前が黒に支配される。柔らかく包まれ、"ボク"は目を閉じた。

 ボクには3人の命の恩人がいる。広かったけど狭い森の中で育った子供のボクに世界を教えてくれたヒト、私に空への道を示してくれたヒト、そして―――


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注意"エプロン"の後日談なSSです。  「シドの莫…

漆黒

#シド光♀ #ギャグ

漆黒

おまけ"エプロン"
注意
"エプロン"の後日談なSSです。
 
「シドの莫迦はどこ!!」
「アンナじゃないか。お使いは終わったのか?」

 ある日のガーロンド社。箱を脇に抱え珍しく怒りの形相でシドの前に現れた。周りの社員たちも物珍しそうな目でアンナを見た。石の家に預けていたものを持っている姿を見て笑顔になる。

「ああ石の家に行ってたのか」
「何呑気な声出してる、表出な一発殴らせて」
「お前に殴られたら顔の形が残らないだろうが」
「失礼な。手加減位できる」

 まあとりあえず部屋で話は聞くからと宥めながら工房を後にした。大方エプロンに対する感想だろう。デカい声で万が一兄の耳に届いてしまうと最悪自分ごと燃やされる可能性が高い。
 残された社員たちは各々の神やら空に祈りを捧げている。覚えてろよと思いながらアンナの手を引っ張った。そして自室に連れて行き、鍵を閉める。

「珍しく怒ってるじゃないか。どうした?」
「まさか心当たりが、無い!?」

 呆れた顔に笑みがこぼれる。数年前では絶対に見せなかった表情だ。すっかり憑き物が落ち、女性というよりは少年っぽいアンナに愛おしさが増していく。箱を開き中に入っていた布を指さす。白いフリルが眩しい丈が短いエプロンだ。

「確かにシンプルで可愛さと実用性が両立したエプロン使ってたけど、せめて実用的な方面に! キミ仮にも物作る会社の社長じゃなかったっけ!?」
「シンプルだろ? いででで」

 思い切りヒゲを引っ張られた。あのね、と言うので首を傾げる。

「百億歩譲ってこれを着るとする」
「嬉しいな」
「まずこんなレース私に似合うわけない、ていうかこのエプロン知ってるよ? 他の布は?」
「アンナは何でも着るじゃないか。ああドレス部分等まとめて保管はしてる」
「趣味悪」

 アンナはエプロンの入手経路に関して心当たりがあったようだ。いずれ見せてもらえたら嬉しい。だが普通に着こなしそうでつまらないと思い、エプロンだけ渡したのはバレているみたいだ。結構恥ずかしかったんだぞと言ってやると「でしょうね!?」と素っ頓狂な声を上げた。

「考えて、あなた裸オーバーオールやれって言ったらやる?」
「俺がやっても面白くないだろ何言ってるんだ」
「それは私も同じ。あ、いやそんなこの世の絶望みたいな顔しないで。ただ白は汚れが目立つし普段使い出来ないかもってだけ」

 そんな顔をしていたのだろうか? 確かに突き返されそうな雰囲気だったので少々悲しかったが、アンナはシドの頭を優しく撫でる。

「あー実用的だったら幻影化させて自慢したよ? これは……あなたの前でしか着ることが出来ない」

 頬にリップ音を立て口付けられると顔が熱くなり、ふわりと漂う汗のにおいに喉が鳴る。珍しく香水を付けていない。本当に走り回った帰りに荷物を受け取ってからここに来たのかと思うと興奮してくる。それに渡したのは自分の前でだけ着てほしいという下心も一切なかったわけではない。さすがにそこまで心は読まれていないようだ、サッと離れ「ほら仕事に戻りな」と扉を指さす。

「今日食事どう?」
「定時で帰れるように調整しようじゃないか」
「無理な方に賭ける」
「アンナが関わると仕事の効率が上がると評判だぞ?」
「胸を張らず普段から頑張れ」

 じゃあここで待ってるから行ってきなさいとそっぽを向き手を振っている。ああすまないと言いながら部屋を後にした。稀に文句を口にするが決して受け取り拒否はしないアンナは本当にいい人だなと笑顔が漏れた。

―――数日後。アンナは渡したエプロンを堂々と着てガーロンド社に現れる。兎に角「シドから貰った」と強調しながら笑顔で社内を歩き回った。そこには男性社員からは好奇心の目で見られ、女性社員からは睨まれ小さくなったシドの姿があった。そういえば自分だけに見せてくれ、とは言わなかったなと思い返す。しかし『自分の前でしか着ることが出来ない』って言っていたじゃないかと頭を抱えた。罰ゲームのような時間を過ごし、もう二度とやるまいと誓う。
 数日あらぬ噂が囁かれ必死に誤解を解いて回った。勿論即彼女の兄にもバレ、写真片手にお礼を言われながら飛び蹴りを喰らったのはまた別の話。


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#シド光♀ #ギャグ

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注意 漆黒以降のお話ですが展開には触れてません。付き合った後の裸エプロン云々ギャ…

漆黒

#シド光♀ #ギャグ

漆黒

"エプロン"
注意
 漆黒以降のお話ですが展開には触れてません。付き合った後の裸エプロン云々ギャグ概念。R18無しバージョン。事後描写有り。
 
「久々に会って早速? おうおう徹夜明けにしては元気」

 黒髪のヴィエラは目を細め、抱きしめる男の頬をつねった。

 お互い想いを伝えてからそれなりの時間が経過したが何も変わらない時が流れていた。無自覚だったが、付き合い始める前からほぼ恋人同士がやる行為は大体していたらしいので、変わらないのも仕方がないのかもしれない。唯一やってないことといえばと周りに報告した際、大体「今更何言ってるんだコイツら」とリアクションをされたので多分そうなのだろう。兄との決戦が一番盛り上がったのも記憶に新しい。
 閑話休題。目の前の問題は解決していないもののようやく合致する空いた時間を捻出することができた。よって「ご飯でも作ってやる」とトップマストの一室へ招待した。定住するつもりはないが、もうしばらくの間はエオルゼアにいるので荷物置きがてら購入を決めた。しかし今日まで誰にもこの場所の話をしていない。ちょうどいい機会だし一番最初に言うならシドだなと判断したのが決め手である。
 部屋はいつでも引き払えるよう極力シンプルな配置にした。荷物置き、寝る場所、あと作業スペースとキッチントイレシャワーがある程度だ。本当は命の恩人の絵とオルシュファンの肖像画が飾っていたのだが隠している。意外と嫉妬する人間らしく、"スイッチ"がどこにあるか分からないのだ。そんなことで怒ったりしないのは知っているが不安要素は極力排除するに限る。
 扉を開き、案内された徹夜明けのシドは目を丸くし「ここは?」と聞く。「私の部屋。初めて人を招いた」と言ってやると分かりやすいくらい満面な笑顔でこっちを見た。その場で荷物を下ろし抱きしめようとしたので「扉閉めるまで待てバカ」と力で押しのけた。

「色気のない部屋で悪いね」
「効率を追い求めたらこうなるだろう。俺も部屋を作れと言われたらキッチン以外は同じ感じになるな」
「そういうものかぁ」

 生活観はそんなに変わらなかったらしい、持っていた荷物を下ろしながらアンナは苦笑する。諸々の報告合間に仕込みは終わらせていたので、エプロンをつけながらキッチンへ足を向けようとした直後、抱きしめられた。呆れた顔して名前を呼ぶと「エプロン、似合うな」と言い、離す様子はない。これは真っ黒な布地に胸元のヒナチョコボの刺繍が可愛いシンプルなものだった。似合うと言われても大体の人間は着ても違和感持たれないオーソドックスなものじゃないかと首を傾げる。そういえばシドには製作作業中の姿は初めて見せるかと思い出した。
 どうやら抱き返さないといけないのだろう、「そうだね」と頭に片手を置き、ついでに「今はこれで満足して」とアゴの髭を撫でてやる。顔を上げたので頬に口付け、振りほどこうとしたら首に腕を回され唇を奪われた。完璧に"スイッチ"でも入ったかと思い薄く口を開き、舌先を差し出してやると肉厚な舌を絡まされる。キスの仕方はもう覚えた。どうやれば相手が喜ぶのか、それを忠実に再現するだけで大体は満足して離れるので正直言ってチョロい話である。ニィと笑いながら料理の手順を浮かべていたが今回はいつまで経っても解放されそうにない。少々苦しくなり「シ、ド」と声を漏らすとようやく離れていく。そしてなんとか冒頭の言葉を吐き、頬を思い切りつねった。顔を赤くしながら解放するシドの腕を引っ張り椅子に座らせる。

「ご飯終わるまでいい子にしてて」
「ああすまんな」

 料理の邪魔をしたら追い出すからねと釘を刺し調理場に立った。流石にそこまで言えば大人しくするだろう。しかし1人のために料理を作ってやるのは初めてだなあとぼんやりと思い返した。



 手伝うことはないのかという言葉に必要ない、またいつかねと返しつつ作った料理は今回も自信作であった。お互い味は特に気にしていない。相当ダークマターや生焼けでない限り食べるが美味しいに越したことはない。アンナはシドを笑顔で観察する。雑な所もあるがさすがおぼっちゃんだっただけあり自分と違い丁寧だ。残念ながらアンナのテーブルマナーに対する知識は多少教えてもらったのと本で読んだ分しか知らないが。
 子供っぽい夢の追いかけ方をしているが基本的には堅物だし細かい所で大人だなあと思う部分がある。そんな人間が60年程度人と関わってこなかった自分に対し、気を長く教えながら付いて来ている事実が少しだけ照れくさい。世の中には魅力的な女性がたくさんいるのにね、と言えば「お前以上の人間なんて知らんぞ」と返す。―――まあシドのみならず複数人から「あなたに慣れるといろんな意味でもう他では満足できなくなるダメ人間製造機」とありがたい言葉をいただいた。何を言っているのか分からないので考えないことにする。
 気になったのかふと「アンナ?」と名前を呼ばれた。

「? どうした?」
「いやそんなに見つめられても困るんだが」
「人がおいしそうに食べてるの見るのは悪くないねえ」

 あなただってよく見つめてくるでしょと言うと肩をすくめた。ワインも開け喉に流し込む。昔から酔うことのないただの色の付いた水だったモノもこの人と出会ってから有意義な時間を過ごすためのものになった。食事という行為だってそう。生きるため早急に摂取するものからこうやって人と談笑するために変わり悪くはないなと思うようになった。昔の自分が見たらどう思うだろう。『情けない、短命のやつらと無駄な時間を過ごすな』と言うなと苦笑した。
 そうだ、"彼ら"は普通だったらアンナより遥かに早く死ぬ。しかし別の未来の話を聞いた時、寿命の大小なんて考える必要はないな、と思うようになった。流石にシドが死んだら心が苦しくなるかもしれない。適度に長生きできるように手を回してやったらいいかなと目を閉じた。―――まあそんな辛気臭いことに延々と想いを馳せるのはやめておく。口に出したら説教が始まるに違いない事柄をあまり考えるな、というのが付き合う際に約束した取り決めの一つだ。
 閑話休題。考えをかき消すように近況を交わし合う。奇妙な機械について、妙な現象の専門家たちの見解、最近シドが関わった案件の続報等、話すことは大量にある。シド側からもさすがに会社の詳しい事柄は立場上聞きたくない。なのでつい先ほどまでの納期に追われことや社員たちの暴走についての話を聞きお互い大変だなあと笑いあった。



 後片付けを終わらせエプロンを脱ぎ、部屋内をうろうろ見回っていたシドに「おまたせ」と言うと「ああ特に待ってはいない」と返すのでソファに座わらせる。勿論シドは自分の上だ。所謂お姫様抱っこのような形だ。いつもこの姿勢を取ると死んだ目になるので非常に愉快な気分になる。「逆だと思わないか?」という抗議も適当に流し、手はしっかり掴んでおく。過去に隙を見せたら耳に触れやがったので当然の措置だ。これで大丈夫だろうと高を括っていたら耳を食み、そのまま「アンナ」と名前を囁いた。ビクリと身体が跳ね、反撃としてヒゲを引っ張る。

「……次は手錠でも用意して頭も押さえつけるように考慮する」
「やめるという発想はないんだな」
「優越感に浸れるからね」
「そういう意図でいつもやっていたのかお前は」

 あ、やっべ本音が出てしまったと気が付いた時にはもう遅い。いつの間にか手を振りほどかれ体勢を変えるよう動いた。座った自分を見下すように立ち、両肩を掴みながらジトっとした目で睨んでいる。怒るよね、そりゃと思いながらも笑顔になるとシドも笑顔を見せた。酒が入った後にこれは下手なこと言って余計に火を点ける未来が見える。言い訳はしないと両手を上げ、降参のポーズを見せた。

 シド・ガーロンドという男は使命と理性に雁字搦めになった仕事以外さっぱりなヒトである。無意識に、気ままに与え続けたヒントにも気付かず2年以上無意識下に熟成されてしまった感情のトリガーを引いてしまったのは間違いなくアンナ自身だった。それ以降、何度か"そういう空気"になったがいずれにしても自爆スイッチを入れきっかけを作ってしまったもアンナである。別にヤりたくてやっているわけではない。ただ失言、無意識、ほんの少しからかっただけで雰囲気がガラッと変わる。それから何度も一晩中相手して作った取り決めを口にする。

「あー1回だけだよ? キミ一睡もしてない。途中で寝られたら多分笑いすぎて腹筋が死ぬ。分かった?」
「俺はまだ何も言ってないぞ?」

 また嵌められてしまった、と思いながらアンナは立ち上がり、シドはソファに座らせ向かい合って乗りかかる形になる。「何も言ってないならこれで満足できるね?」と頭を撫でてやると腰に手を回され身体を密着させた。名前を呼びながら首元に鼻を近づけ匂いを確認するが如く呼吸する姿にアンナは呑ませすぎたかという感想を抱く。どうやら自分と出会ってから嗅覚が鋭くなっているらしく首元に顔を持って行くと噛みつくか匂いを嗅がれるのだ。犬かと思いながらその頭を撫でてやるとポツリと一言漏らす。

「アンナ、シたい」
「おあずけ」
「俺は犬じゃない。……しばらく会ってすらなかっただろ? あとさっきアンナから1回だけって言ったな」
「言ってない。忘れた。1人でしてたら……あ、いや何でもない。ほら抱きしめる程度だったらいくらでも受け入れる。やめてベルト緩めるな」

 今の状態だったら自慰行為を延々見せつけられる未来が過るほど本気の目が一瞬見えたので必死に止める。機嫌を取るように顎を掴み上げ「ほらいい子いい子」と口付けてやると頭を押さえつけられ深くキスをする羽目になる。大きな手が身体を撫でまわす感触が伝わり、まるでこれから抱く相手の存在を確かめるかのようで嫌いではないがどこか落ち着かない。丹念に触られ全身が軽く痙攣しながら甘い息が漏れる。

―――2人の間で交わされるキスは3種類ある。まずは基本的にはアンナが与える複数部位に軽く触れるだけのもの。主にくすぐったい感情を刺激して放置する行為が当人にとっては楽しい。2つ目は少し機嫌を損ねてしまった時にする。ただシドを満足させるためのマニュアル通りに行う"チョロい"と称する深い口付け。これに加えて適当に撫でると顔を赤くしながらあっさり許してくれるので嫌いな行為ではない。そして最後にシドが仕掛けるアンナの判断力を堕とし理性を捨てさせるためのモノ。アンナがシドの仕様を把握してるということは、シドもどうすれば確実に堕とせるかを理解している。普段は流されないように立ち回っている。だが、どこでスイッチが入るか分からず、ヤバいと気付いてもこのキスが降ってきた地点でもう逃げることはできない。口を頑なに閉じようとしても全身に与えられる甘い刺激で緩まり、舌が強引に差し込まれアンナの口内を蹂躙する。一度好奇心と抵抗の意思を見せるため軽く噛みついてやったことがあったが、その夜は酷かった。身体中噛みつかれながらこれまで決して触れられなかった部位を穿ち上げられ痛みと快楽の海に容赦なく沈められる。次の日、土下座され延々と反省の意を示された。だがアンナとしても窮鼠猫を嚙むよう襲われた行為として二度とやるまいと刻み込まれていた。なので起き上がるのもやっとな身体に鞭打ちながら困ったような笑顔を見せた記憶がある。我ながらシドに対してのみ甘すぎる対応をしていることは自覚している。

 酸欠になりそうだ、と思いながらなんとか引き剥がした。口元から惜しむように結ぶ糸の様子にこれは向こうの火を灯してしまうと笑顔が引きつる。逃げようにもがっしりと抱きしめられ動くことが出来ない。「あの、シド……サン?」と恐る恐る顔を見ると何か思いついた様子。「えっと、どうした?」と聞くと、「頼みたい事がある」と指さしながら言うので「断る!」と反射的に叫んだ。そちらはエプロンの方向。このヤる気になった段階でエプロンというのはアンナでも察するところはある。

「まだ提案の内容を言っていない。聞いてから断っても遅くないぞ」
「いやオチが見える。未来視持ってなくても分かる」
「成程考えることが同じ、シナジーがあると」
「私は推理しただけだからねこの酔っ払い!」

 声を荒げるアンナを無視しながらシドは"お願い"を言った。

「裸の上にエプロンを着てほしい」

 嫌に決まってるだろとアンナは「バカかい?」と天を仰ぎため息を吐いた。



 結局熱意で押し切られ、下着着用を条件に着ることになった。アンナは覚えてろよと呪詛を吐きながら壁を背にいつ振り向いていいのかと呑気に聞くシドへ威嚇している。
 別にどんな服を纏うのも恥ずかしくはない。あえて言うと女性らしさに極振りされたフリル等は似合わないと思っているくらいだ。しかし欲に塗れた人間によって行使されるオチが鮮明に見える行為はなるべくしたくないのだ。
 それでも多少受け入れるのは相手がシドだからある。この人でなければ反射的に首を刎ねていたかもしれない。あと背中をあまり見せたくないし、作業で使うものを性的な要素と繋げたくないのだ。とりあえず着たが見せるとは一言も言っていない。このまま相手が寝るまで後ろにいるかと慎重に背後に近付き抱きしめた。シドはその腕を掴み見上げようとするので片手で頭を押さえた。

「いやあ時間かかってすまないねえ。ああゆっくりしてもらっても構わないよ。へへっ旦那、肩でも揉んでやりますぜ」
「……時間稼ぎする気だな?」

 あからさますぎたかと反省したがこういう時に限って鋭いと思わずアンナは舌打ちしてしまう。上を向かせ触れるだけのキスを繰り返すとエプロンの紐を引っ張り噛みつくように口付けられた。逃げるように「背中が寒い」と言いながらベッドに転がり込み布団を被る。シドがゆっくりと歩いて来る気配を感じた。慎重に下がるようにモゾモゾと動く姿は情けないだろうなあと思うが身体が勝手に動くのだ、仕方がない。しかし相手は不気味なほどに静かだ。これは呆れてるな、つまり勝ったか? いやまだ油断してはいけない。しばらく動きを止め、反応を見る。触る気配もない。率直な男なので調子に乗って剝ぎ取ろうとするはずだとアンナは普段の駆け引きを思い返す。これは本当に勝ちか、早く着替えさせてもらおう、顔だけ出して相手の出方をうかがう。

 目の前に覗き込む顔があった。ずっと顔を出すのを待っていたらしい。反射的にもう一度隠そうとするが掴まれ動くことが出来ない。「えらく可愛いことをするじゃないか」と布団に手をかけている。取られるくらいなら後ろだけは見せないよう包まりながら起き上がった。

「もう終わりか?」
「趣味悪」
「お前がそうさせるんだ」

 仰向けに倒されエプロンに手をかけようとするので抵抗しようと手を動かすと押さえつけられた。流石に下に回ってしまっては普段は勝っている力も腕力で押さえ込まれる。

「あーその寒いという発想はなかった。すまなかった」
「適当に言った言葉に謝罪されるとなんかむず痒い」
「嘘だったのか?」

 やっべと思った時にはもう遅かった。「似合うな」とアンナの両手は片手で固定される。これ以上向こうの空気に流されるわけにはいかない。恐る恐る口を開く。

「6割は、事実で」
「残り4割」
「じ、自分へのやさしさ3割」
「あとは何だ?」
「あの酔っ払いが早く寝てくれたらエプロン汚れないだろうねえ」
「こら」

 シドは思い切りアンナの頬を引っ張る。この調子だ、アンナは心の中で笑う。やりすぎると痛い目に遭うのは何度も体験している。だが学ぶことを知らないアンナは地雷原へと突っ走った。

「だってこのエプロンお気に入りなんだよ。貰ったんだ」
「珍しい、誰にだ?」
「そりゃある優しい暁所属の冒険者にね。お礼に現金たんまり渡したのと一緒にご飯を、あ……」

 アンナはシドの表情の変化に気付いた。笑顔だが、目は笑っていない。ここに呼ぶ時に確かめたじゃないか、意外と嫉妬する人間だから変なスイッチ入らないように、と。なのに何をしているんだ。まずは言葉が足らなかったことを弁明しようと口を開こうとしたが遅かった。

「俺は別に嫉妬はしてないぞ?」
「説得力ない、というかやめ」

 強引にひっくり返され布団を剥がれた。未だ消えぬ背中の傷にシドは口付け、舌を這わせるとアンナの身体は緊張で固まる。嗚呼もうどうにでもなれと思いながら口を押さえた。



「このエプロンね、蒼天街で貰えるものだった。実用さと可愛らしさが両立してるって思ってねぇ」

 珍しく1回で終わった行為の数時間後、シドはスッキリとした気分で目が覚めた。だがまずはタオルを噛まされたまま睨むアンナを見ることになった。慌てて外してやると「正座」と言われ座らされた。

「まあでも振興券が足りなくてねえ、困ってた所に暁所属の"女性"冒険者が複数持ってるからって1着くれた」
「う……」
「無料で貰うのはボクのポリシーに反するんだ。だからちゃんとマーケットでの相場に加えてご飯をおごったんだよ。そこまで分かった?」
「ああ」

 アンナにヒゲを掴まれる。珍しく口調を隠さず怒っているのは分かった。

「それを、あなたはどう勘違いしたのかなァ? 気になるねぇ」
「い、いや……ああてっきり戦闘事以外鈍いお前のことだから男相手でも釣られるかと」
「ハァ?」
「すまなかった……」
「最後エプロンにぶっかけたのが一番最低だと思うよ?」
「新しく買ってやるから、な? だからその手に持ったロープで縛って吊るし上げるのは勘弁してほしい」

 シドはそこから何度もアンナに謝罪した。何かあるとすぐに人を縛り付けて吊るし上げようとするのは兄妹変わらない。そう考えていると「ボクも説明足らずだったのが悪いんだけどねぇ」と言いながらため息を吐いている。

「でもちゃんと約束は守ったのはいい子だね。うんそこは褒めよう」

 第三の眼付近に軽く口付けてやり、シャワー浴びてくると奥へ消えて行った。シドははにかみ、再び寝転ぶ。直後必死に頭を掻きながら数時間前の自分の行動を思い起こそうとする。

―――シドは手料理を食べた以降の出来事をほぼ覚えていなかった。白濁の液が吐き出された形跡のあるエプロンに目をやる。アレに関しては本当に思い出せない。しかしそのまま言ったら絶対に数日ゴミを見るような目で対応される未来が見える。そこまではまあ人によったら一種のご褒美になるものだろう。だがそれに加えてデリカシーや恥というものを理解していないアンナのことだ。絶対に人に言いふらし、最終的に彼女の兄の耳に届く。そして縛り上げられる未来が超える力を持っていないシドでも鮮明に見えた。とりあえず、再び謝ろう。そして似合いそうな新しいエプロンも考えて機嫌を直してもらおうと心に決めた。



 数日後。

「あらアンナおかえりなさい。シドから荷物が届いてるわよ?」

 シドに料理を振る舞いやらかされてからまた各地を走り回り、まともに連絡を取っていない。あの件に関しては別に洗濯すればいいだけだと思っていたので特に気にしてなかった。
 一段落ついたので石の家に顔を出すとクルルから小包を渡される。置いて行くなんて珍しいな、と呟きながらその場でまずは走り書きされた手紙を読む。

『先日は本当にすまなかった。約束通り詫びとしてエプロンを新しく購入したので使ってほしい。あと今度見せてほしい』
「懲りてないなこの人」

 軽くため息を吐き買ったエプロンとやらを確認するように布を掴み、引き上げる。

「は?」

 真っ白い、フリルがあしらわれたものが見えた瞬間に手を離し反射的に箱を閉じる。クルルは目を点にしてアンナを見つめていた。
 笑顔で口を開く。

「クルル、見た?」
「な、何も。ええ」
「だよね?」

 荷物を抱え、大股で石の家を後にする。扉を閉める直前「ごちそうさま」という声が聞こえてきたが何も聞かなかったことにする。

「いつかキミを裸オーバーオールにしてやるから覚悟しとけよシド……」

 やられる覚悟がない奴がそんな要求するわけないよねぇ? ボソリと呟きながらガーロンド社へ足を向けるのであった―――。


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#シド光♀ #ギャグ

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注意漆黒ネタバレ。  「これは失敬。同胞を消滅させた英雄の前だからな。…

漆黒,ネタバレ有り

漆黒,ネタバレ有り

旅人は暗闇の過去に逢う
注意
漆黒ネタバレ。
 
「これは失敬。同胞を消滅させた英雄の前だからな。恐ろしくて、つい保険をかけてしまった。ガーネットという獣が怖くてねえ」
「ガー」
「ネッ」
「ト……?」
「違う!!」

 ボクの反射的に出た叫び声がクリスタリウムに響いた。

「うるさいじゃないか、赤兎。嗚呼今はアンナと言ったっけか? 英雄殿」
「知らない。初対面」

 後ろからの視線が痛い。あまりにも露骨に反応を見せてしまった事を後悔している。
 アシエン・エメトセルクーーー厄介な因縁が今更になって現れた。

 皇帝ソル、忘れる筈もない。あの寒空の国を治め、対面してしまった男。死んだと思っていたが実はアシエンだったということを知ったのはつい最近。嫌な予感がする。どこかで鉢合わせして殴り合わないといけないとは察していた。しかしその真実を突き付けられた現場には暁のメンバーはアリゼーしかいなかったので言う気がしなかった。理由は簡単、一々説明が面倒だからである。第一世界で合流し始めた今これを機に暁の人間位には言っておかないといけない。なんて分かっていてもこれはあまりにも現実離れした話。いつ切り出したらいいものかと悩んでいたが―――まさかここで会い、よりにもよって昔の名前を呼びやがるとは。

「なんだ、誰も知らないのか? まあ言えるわけないか。ではな、諸君……またすぐに会おう」

 それだけ言ってエメトセルクは闇の中へと消えて行った。この気まずい状況を作った本人が真っ先に逃げやがった。

「アンナ」
「知らない人。あのアシエンは、今が初対面だ」

 吐き捨てるように嘘をついた。いやあの男がアシエンとして会ったのは初めてだから間違っていない。ただ動揺しすぎて言葉がまとまらない。胃も痛くなってきた。今日はもう寝たい。



「ねえどう思う?」
「アンナのことか? 彼女はよく分からないからどうにも言えんが……まあ喋ってくれるのを待つしか出来ないだろ」

 あの後アンナは暗い顔でペンダント居住区方向へ歩いて行った。ガーネットとはと聞いても「昔名乗ってた名前。いつか話す」としか言われなかった。今更彼女が帝国と繋がっていると思ってはいないが―――。

「そういえばヴァリス帝との話し合いで初代皇帝がアシエンだったという言葉を聞いた時一番衝撃を受けてたのはアンナだったわ。……ガイウスも赤兎って呼んでた。話を聞く前にこっちに来ちゃったんだけど」
「彼女をいくら調べても過去は出てきませんでした。話したくないというよりかはどこか」

 英雄として活躍してきた彼女を今更疑っているわけではない。しかし何も語らないというのはこれまで共に冒険してきた仲間として寂しい所もある。

「アンナ、言ってくれないと分からないじゃないか」

 アルフィノの弱弱しい声が空に消えた。



 ネロサン、ガイウスと来て次はご本人登場か! 余計なこと言いやがって! ペンダント居住区の一室でボクはそう叫ぼうとした口を必死に塞ぐ。
 奴がトラウマだとかそういうわけではない。ただ会った時期が人に言いたくない過去なのだ。
 アルバートがボクを不審げな目で見ている。観念して少しだけ話をした。

「私、昔エメトセルクに会ったことがあった。いや正しく言うとガレマール帝国初代皇帝に直接会ったことがある」
「そうなのか? ていうかお前は何歳なんだよ」
「ヒミツ。当時ガーネットって名乗った。髪の色も赤かったし服はそこらの屍体から取ってて。ヴィエラは珍しい存在。フードで耳を隠し、胸は弓を引くためにサラシを巻いた。人から見たら怖かったのかも、沢山襲われて返り討ちにしたりね。今と全然違う生活してた」
「おいおい英雄とは程遠い存在じゃないか。それで、そのアシエンと何があったんだ?」

 少しだけ語った。特に何かしたわけじゃない。偶然大きな箱が置いてあってその中で寝てる間に積み荷と一緒に運ばれたらしく気が付いたらガレマール帝国にいた。ボクを捕まえようとする兵士を気絶させながら無我夢中に逃げ、城の中に。目の前に扉があったから入ったらなんと皇帝の寝室。初代皇帝サマとのご対面だった。

「いやあビックリ。相手の変なものを見た顔も面白かったね」
「無法か!」
「まあそこで一晩お付き合いするのと引き換えに外に放逐する約束をした」

 アルバートがむせている。「私は最近まで処女だったからね?」と言うと「いらん! その情報は今必要ない!」と顔を真っ赤にしながら手で覆っている。

「色々あって何かバリバリと身体の一部を引き剥がされるほど痛い事はあったけど性行為はしていない。……以前仲間が『貴方はエーテルで多少内面が操作された形跡がある』って言ってたんだけど多分その時の傷」
「意味が分からん」
「私も意味分かんなかった。……次の日彼の使用人から新しい服一式貰って。帝国領外に運んでもらった」

 あなたなら絶対に誰にも漏らさないから話したんだよ? って振ると「まあ物理的にお前以外から見えないしな」とぼやく。知ってる、だから話をしたのだ。少しだけ心が軽くなった気がする。

「ありがとね、明日以降奴に会ってもキレ散らかしはしなさそう」
「だったらいいんだけどな。ていうかそれなら周りに素直に言えばいいだろ?」
「……全員揃ってない内に話すのはなって」
「勝手にやってろ」

 アルバートはため息を吐き、消えていく。私は久々に少々泣いてしまった。こんなにも苦しい時に限って、シドの声を聞く事が出来ないのだから。



 正直期待以上の反応を見せてくれた。正直彼女に渡す予定だった『役割』は曾孫がやったのだから最早必要のない厄介な女だったが、内包された【魂】で捨てきれない存在。かつての獣のように奔る赤兎なら自分の思想も【理解】、いや【約束】を守り手を取っただろう。小さな国民によって阻まれ、彼女を捕えることが出来なかったのが計算外だった。その後ヘタクソな偽装をしてきやがったので死んだ事にしてやったがまさかハイデリンに選ばれ英雄となり私の目の前に現れるとは。黒薔薇でなりそこない共を絶望させるための見せしめに殺してやろうと思ったが今第一世界の地に立っている。殺し合いをするだけなら簡単である。しかし改めて話し合いをすることで【約束】ではなく【理解】を示すかもしれない。牙を抜かれたお前がどれだけ戦えるか、楽しみにしているぞ? 鮮血の赤兎よ―――


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注意漆黒ネタバレ。色々第八霊災捏造。  『もしも、また新たな空への道が…

漆黒,ネタバレ有り

#水晶公 #第八霊災関連

漆黒,ネタバレ有り

序章:紅蓮の先へと続く物語
注意
漆黒ネタバレ。色々第八霊災捏造。
 
『もしも、また新たな空への道が現れたなら。白く光る星に好きという言葉を伝えたい』
―――この本の最後に拙い古代アラグ文字で走り書きされ涙の跡が残る一文が、きっと彼らの記憶を想起し、奇跡を起こしたのだろう。

 フードを被った男は古びた本の頁をめくる。ある人物から手渡された『あなたに贈るため代々受け継がれた旅人譚』―――興味深い話だった。
 最初に持ったあの人への感情は憧れ。優しい笑顔で圧倒的な力を人助けために使う姿がカッコよかった。突然エオルゼアの地に現れ、あっという間に各地を救う英雄となった者の人柄に誰もが好きになっていったのだという。かつて枯れない花が供えられた墓の前で、全てを受け継いだ人がそう語っていた。旅人を救いたいがために、時代の先へ行くために。あの人の命と生涯愛し続けた男が託した重い選択というデカい船に沢山の想いや願いが無数に集まって、今の俺があるんだ。その願いを込められた技術で俺は別れから200年後に目覚め、世界を超えて時代を遡り待つこととなっている。
 "氾濫"から抵抗しながらも毎日のようにこの本を読んだ。英雄であったあの人について書かれた偉大な物語はいくつも語り継がれていたが、これは全く違うものである。
 それは生まれてから、死ぬ少し前までの本人目線で書かれた世界に1つしかない物語。いつだって見せていた優しい笑顔という仮面の下にあった長命種特有の悩みによる涙が不器用に描かれていた。頼られることも決して悪い気はしなかったが、誰かを愛することも拒絶する方法も分からない自分を憐れむ記録。死ぬことは察していたが、どう死ぬか予想もしていなかったのだろう―――この本を託した"彼"や周辺の人間に宛てた『こんな無名の旅人のことなんて忘れて、幸せになって欲しい』という言葉が何度も書き込まれていた。
 英雄ではなく、旅人として苦しみ、悩み続けた外からは一切観測できなかった全く違う視線で書かれた物語に俺は涙を流し、救いたいと何度も原初世界繋がる"扉"へ手を伸ばす。どうしてあの人にばかり悲しき運命が課されてしまったのか! 唯一特別だった人に宛てた遺言を抱きしめ、目を閉じた。
―――もうすぐ"あちら"は終わりの分岐点がやって来る。絶対に、失敗できない時代の先に俺の手で連れて行くんだ。呼びかけるために杖を掲げ願いを解き放つ。

「あなたのためなら未来を書き換えてみせるさ、全てを救うために、私を、私たちを【助けて】欲しい。アンナ……いやフレイヤ・エルダス!」

 俺は叫び、詠唱を開始する。必死に腕を伸ばし、少しでも確実性を上げるために誰にも教えなかったという本当の名前を叫んだ。


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#水晶公 #第八霊災関連

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―――明日は降神祭という年が一巡することを記念する日。何でもお祝い化するエオルゼ…

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#シド光♀ #季節イベント

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旅人は新年の空を見上げる
―――明日は降神祭という年が一巡することを記念する日。何でもお祝い化するエオルゼアに来て何年が経過したのだろう。新年祝い程度なら故郷でも無かったわけではないが本当にこの地域は色々な国のお祭りを柔軟に取り入れるなぁ。

 今日はまず今年も色々ありました、と感謝のしるしに石の家の掃除を手伝った。今年の汚れは今年のうちに。旅人である自分には無縁の文化だったがそれも楽しかった。
 ついでに自分の鞄や相棒チョコボのフレイム、リテイナーのフウガ、リリア、ノラに預けた荷物も整理し新年を迎える準備も終わらせる。今日は休んでいいよ、と料理をあげたらみんな喜んでくれて嬉しいね。
 いろんな組織から年忘れの会に誘われたがふわりと断り、現在黒衣森にて1人焚き火の前で空を見上げていた。
 この空を見上げる行為がこれまでの新年を越える瞬間の過ごし方で。いや、いつが新年かなんて見分けがつかなかったからそう言ってるだけさ。まあ何十年も続けてるわけだから簡単に変わるわけもなく。

 さっき釣った魚や狩った動物の肉を焼き、先程グリダニアで調理した餅を食べる。ついでにいつも後ろに付いてきているハシビロコウに適当に生魚を投げた。本当にいつの間にか付いて来たしどこか"忘れて欲しくなさそうに"佇んでいるものだから邪険に扱うことが出来なかった。
 少しずつ自分の中で決めてきた日常に誰かの手が入っているのは少々面白い。最初は心がバラバラになりそうなくらい苦痛で厭だったが、一度作っていた壁を正面から破壊されるとそれも悪くないと思うようになっていった。
 懐中時計を開くとあともう少しで時計の針が一巡し、新しい世界に足を踏み入れる。何か物足りないと思う心を撫でながらまた星空を見上げているとふと人が走ってくる音が聞こえた。
 音が聞こえる方をいつもの笑顔で眺めていると白色の男が息切れしながら走って来た。

「やっと見つけた……」
「おや社畜のお偉いさんが走って来た」

 やってきた足りなかったパーツ(シド·ガーロンド)に「まあとりあえずおいで」と開けておいた隣を指さしミネラルウォーターを開けた。さすがにその辺りの水をおぼっちゃまにあげるほど終わった価値観はしていない。
 シドは私の隣に座り水を飲んだ。

「最低限やるべき仕事は終わらせたさ。細かい作業も片付けておこうと思ったらお前座標だけリンクシェル通信で流しただろ? おかげでジェシーたちに満面の笑顔で見送られたさ」
「別に社員と迎えてもよかったんだよ? 地獄の新年」
「アンナがいないだろ?」

 シラフで何言っているんだコイツ。まあシラフでいろいろ吐くのはボクも変わらないか。

「こうやって過ごすクセが抜けなくてねえ。故郷もこれよりも大きい焚き火の周りで火に感謝しながら酒の交わし合っていたのさ。未成年だったボクはとっとと寝させられたけど」

 時計の針を見るとあと数刻で日が変わるようだ。

「まあ理由もわかるよね?」
「予想はつくから言わなくてもいい」
「察しのいいキミが大好きだよ」
「お前なあ」

 カラカラと笑ってやるとシドは顔を片手で覆いため息を吐いた。まあからかうと反応が面白いわけ。
 残り約十秒。よし来たときにと考えていたプランを実行する。「シド」と名前を呼んで彼の方を向こうとするとぐいと引っ張られた。そしてボクの口に唇を押し当てられた。
 横目で見るとジャスト0時。やられた、と目を閉じた。

「ちくしょーボクがする予定だったのにな」
「それだけ慣れたんだ」
「悔しいなあ」
「新年から悔しがる姿が見れたからいい一年になりそうだ」
「……バーカ」

 私が作っていた壁を壊し、呪いに新たな祝福を上書きした男の肩に手を回し密着させた。「だから逆だろ」という言葉は無視することにする。兄さんもお嫁さんたちとこうしているのかな。

「そうだ、リムサロミンサに行かない? 今年の運勢を見よ」
「今からか? 初日の出を見に行くのが先だろう」
「今から気象予報を見て来いって? 無茶言うなって」
「それ位調べてきたさ。コスタでいいだろ?」
「リムサ行くのにはかわりないじゃん。というか間に合わないって」
「……じゃあここでいいな。お前別にそういう文化はここに来るまで触れずに星空眺めてたんだろ?」
「うん、そだね」

 1人だったハズの場所に常に誰かいるというのは少し照れくさい。でもそういうのも、悪くない。
 しかしこれから誰かと過ごすならば同じ見晴らしがいい場所でももっといい所がたくさんある。

「来年は、ここ以外を考えておく」
「そうしてくれ」

 とりあえず、殴り込みかな。

―――一方その頃ガーロンド・アイアンワークス社。
「俺が! 妹と! 過ごしたかった! 君たちなぜ止めた……あぁ……」という表情をコロコロと変えながら呻き声をあげる赤髪ヴィエラの男を肴に残った社員で仕事を片付ける会が行われていたことをアンナは知らない。


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#シド光♀ #季節イベント

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「頭を撫でさせてほしい?」「ダメか?」 ふと思い付いたので『お願い』してみる事に…

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#シド光♀

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“頭を撫でる”sideC

「頭を撫でさせてほしい?」
「ダメか?」

 ふと思い付いたので『お願い』してみる事にする。アンナは頭、特に耳周辺が弱いので決して首から上は隙を見せない。正しく言うと座ってもらわないと頭頂部まで届かない。いや届くのだがどうせイジワルな彼女の事だ、背伸びをして邪魔をする未来が見えるのでこうやってお願いするのだ。
 ”無名の旅人”でありたい彼女を隣にいるよう告白したのはつい最近。彼女からの宿題である”最高の殺し文句”でボロボロに泣いた彼女がいまだに記憶に残っている。―――まあ付き合い始めても距離感やお互いの忙しさも相まって一切ぱっと見変わらない日々だったのだが。今日は約1ヶ月ぶりに「支社から頼まれていた資料を持ってきた」とガーロンド社に顔を出したので「休憩だ」と社員達に言い残し部屋に来てもらった。

「ボクが気が向いたら撫でてあげてるよね?」
「いや、それは嬉しいがそうではなくてな。お前の頭を撫でたいんだ」
「そんな年齢じゃないよ。キミの倍は生きてるボクを撫でて何かメリットはあるのかい? 報告書にまとめて提出してくれたら考えてあげるよ会長さま?」

 今日のはぐらかし方は少々偉そうだ。シャーレアンにでも行っていたのだろうか。まあ報告書作れは冗談だろうけどときどきは受けて立とうじゃないか。「じゃあ今すぐ書くから待ってろ」と言いながら机に向かい紙とペンを準備すると「冗談さ」と分捕られた。少しだけ困った顔をしているのが見ていて面白い。きちんと理由を言わないと納得しないようなのでもう少し押してみる。

「お前が俺を撫でたいと思うように、俺だってお前をゆっくり撫でて楽しみたいのさ」
「よく分かんない」
「というかお前だってこんな男を撫でて何が楽しいんだ。まさかと思うがお前にはいまだに俺があの頃の坊ちゃんにでも見えてるのか?」
「さあどうでしょう?」
「疑問で返すんじゃない」

 アンナは14の頃に故郷を飛び出して旅をしてきたヴィエラだ。自分よりも倍以上の年月を生き、旅を続けて来た。少年の頃にちょっとした縁で出会い、いろいろあって再会した。彼女の目にはそんな小さい頃の俺が映ってるかのように見る時もあるようでよく頭を撫でてくる。優しくて気持ちがいいのだがやられっぱなしというのもよくない。場所を考えずにやるので毎回プライドを砕かれそうになるのを耐え続けているのだ。少しくらいは負けだと言う彼女の可愛らしい所を見たいわけで。だから恥を忍んで今回お願いをしてみたのだ、と思った瞬間だった。俺は完全に油断していた。涼しい顔して抱き上げられ、ソファに腰掛ける。その細い腕に大の大人を運ぶどれだけ筋力あるのかといつも考える。というか俺は重い機材を運んだりする関係で体は普通の人より鍛えている。そして彼女が来るまで機材のメンテナンスしていたので工具の袋やら腰に下げていていつもよりも重たい。そのハズなのにあっさり抱き上げられるのは本当に彼女の人とは違う人生の歩み方に舌を巻く所がある。以前「俺を持ち上げるコツとかあるのか?」と聞くと「持ち上げるぞパワーをためる」と言われた。意味が分からない。
 考えているうちにも両足を広げて座った彼女は、慣れた手つきで俺を自らの太ももの上に足を乗せる形で座らせ、手を握る。そして彼女は少しだけ背中を丸め自らの後頭部に俺の手を押し当てた。

「その指耳に当てたらもぐから」
「ナニをだ!?」
「男性器に決まってるじゃないか。ほらボクの気が変わる前に体験したまえ。全然楽しくないからさ」

 彼女には恥じらいという概念はあまり存在しない。育ちの違いか分からないが下ネタも直接的にデカい声で言うからこっちが恥ずかしい。ネロを筆頭に男性社員達とゲラゲラと笑っている姿も度々目撃されている。とても豊かな性知識に対し実際の経験は俺が初めてなのは本当にチグハグなヒトである。
 閑話休題。彼女の気まぐれで許可をもらえたので早速撫でさせてもらおう。恐る恐る手を動かし彼女の髪の感触を味わう。きちんと毎日手入れされているだろうサラサラとした髪は心地が良かった。ふと彼女の顔を見ると目を閉じていた。俺が撫でようとする行為を邪魔したくないのだろう。この姿勢で邪魔なんてされたら正直すでに切れかかっている理性の糸が危ないので感謝する。次は頭頂部も触りたい。冗談とは分かっているがもがれたくないので耳に触らないように慎重に手を上げぽんとたたく。「ん……」と一瞬アンナの声が漏れる。気持ち少し笑顔になっているようだ。何が楽しくないから、だ。もの凄く楽しいじゃないか。しかし少し後ろに傾く耳に触らずに撫でろというのは今は無理な話だ。そう、今の状態だったらだ。

 ところで彼女が目を閉じているのは見つめ合う事に慣れていないからだ。彼女は『君が慣れてないからしょうがないから目をつぶってあげているんだ』と言っているがそれは間違いだ。彼女は意外とすぐに目を逸らす。いつだって平静を装っているが心臓が破裂するほど高鳴っているのを俺は知っている。俺はその彼女の柔らかな唇に唇を重ねてやった。
 彼女の目が見開かれる。そして「ちょっと!?」と言いながら離れようとしたので頭を押さえまた唇を奪う。何度も角度を変え、啄むようにそしてわざとらしくリップ音を立ててやると目をギュッと閉じ行為が終わるのを待っている。小さな声で俺の名前を呼びながら舌を差し出してきたので絡めてやるとくぐもった声が漏れる。こんな姿を知っている生者なんて俺以外にはいないだろう。いつの間にか指を絡ませ合い姿勢も両足の間に足を挟んでやりながら膝で立つ。一瞬だけ離れ顔を上げさせればこれで俺の方が高い位置から彼女を見ることができる。顎を固定し、再び口付けながら首の後ろを撫でるとふわりと香水の匂いが漂う。今日は―――フローラル系の匂いか。という事は大丈夫だな。

 満足したのでキスから解放してやると目をゆっくりと開き少々考え込むそぶりを見せる。そしてこう言った。

「シド、最初からこれ目的だったな?」
「そうだが?」

 ため息を吐かれた。そして彼女は両手を上げる。降参だと言いたいらしい。心の中でガッツポーズをする。珍しく俺の勝ちだと思ったのもつかの間。まだ仕事中なのでこれ以上は何もできないという生殺しをこれから数時間喰らう事になる。

 そうだよ結局今日も俺の負けさ。「もう撫でさせてあげないからねー」という満面の笑顔付きの言葉をもらいながら俺は見せしめのように仕事場に引きずられていくのだった―――

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#シド光♀

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「頭を撫でさせてほしい?」「ダメか?」 ビックリした。身長差的にシドはボクの頭上…

漆黒

#シド光♀

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“頭を撫でる”sideA

「頭を撫でさせてほしい?」
「ダメか?」

 ビックリした。身長差的にシドはボクの頭上までは届かないから許可を貰おうとしてるのだろう。律義な男だ。いつもちょっかいかける時もボクが少し屈んで顔を見るんだよね。しかし理解が出来ない。なぜボクが撫でるわけではなく彼がボクの頭を撫でたいのか。

「ボクが気が向いたら撫でてあげてるよね?」
「いや、それは嬉しいがそうではなくてな。お前の頭を撫でたいんだ」
「そんな年齢じゃないよ。キミの倍は生きてるボクを撫でて何かメリットはあるのかい? 報告書にまとめて提出してくれたら考えてあげるよ会長さま?」

 適当に返してやるとシドは溜息を吐き「じゃあ今すぐ書くから待ってろ」と紙とペンを持った。「冗談さ」と言いながらサッと取り上げる。冗談をすぐに真に受ける所も楽しい人だよね。暇にはならないから一期一会の旅人と一般人としてではなく時折こうやって隣で楽しく話をする人生を選んだ。
 エオルゼアに来てから楽しい時も辛い時も前に進む時もシド・ガーロンドという男がいた。いつもこの男が空に道を作り、私を敵の場所へ送り出してくれる。ボクはその期待に応え全て斬り捨てる。ボクは英雄と呼ばれているがそうじゃない。英雄であるボクを作り出したのはボクの隣にいる、ヒゲの似合うカッコイイボクの白く輝く星なのだ。―――まあ一番苦しかった時は会いたくても会えなかったけどね。

「お前が俺を撫でたいと思うように、俺だってお前をゆっくり撫でて楽しみたいのさ」
「よく分かんない」
「というかこんな男を撫でて何が楽しいんだ。まさかと思うがお前には未だに俺があの頃の坊ちゃんにでも見えてるのか?」
「さあどうでしょう?」

 疑問で返すなという指摘を躱しつつボクは彼を抱き上げソファに座る。「おいっ」とうわずった声が相変わらず面白い。そして彼の大きな手を取り、ボクの後頭部に置いてやる。

「その指耳に当てたらもぐから」
「ナニをだ!?」
「男性器に決まってるじゃないか。ほらボクの気が変わる前に体験したまえ。全然楽しくないからさ」

 あのなあと顔を赤くしながらボクの後頭部を優しく触れ、動かす。個人的にはやる事がなく退屈なので目を閉じて彼の手の感触を味わってやる事にした。少しだけくすぐったい。思えば自分は頭を撫でられるという経験はほぼ存在しなかった。まずは子供の頃に兄が褒めてくれた時だろうか。兄みたいに立派な番人になりたかったから褒められたら嬉しいに決まってた。あと熱にうなされていた時にボクが憧れた旅人がずっと撫でてくれてたっけ。とても強くて不器用だけど優しい人だったな。それ以降はあまり善い行いもしてこなかったし普通の人に会う旅をせずに年を取ってしまった。その結果、自分より年下の奴らに今更撫でられてもどうも思わないカワイソウなウサギのできあがり。そんな紅い獣を今髪を梳くように撫でる男はあの夜怖がらずに手を差し伸べてくれたのだ。だから今回は特別だ、成長した少年に優しくして何が悪い。
 では次に過去を思い浮かべながら今の彼の顔でも想像してみようか。反応を見るために目を開けてもいいのだがイマイチ見つめあうのはボクではなく『この男が』慣れていないので。おや、少し触る場所が変わったな。耳には当てないよう慎重に頭頂部に手を移動させ、ぽんぽん叩いている。多分結構緊張した顔してるんだろうなあ。何度も裸まで見た奴が今更何を恥ずかしがるのか。そんなにもがれたくないのかちょっと笑みが止まらない。

 いや今自分が表情を変える必要なんてないだろう、変な誤解されたくない。少々恥ずかしくなってきたなと思った瞬間唇に柔らかい感触が。目を開けると彼の顔が目の前にあり、「ちょっと」と言いながら離れようとすると頭を押さえつけられ再び唇を重ねる。何度も角度を変え、啄まれる。何だか妙な気持になったのでギュッとまた目を閉じてしまった。ボクと会うまで整備していたのだろう、機械の油のにおいが漂う。普段軽々しく抱き上げたりしてるけどガッシリと大きく鍛えられた体。同族の異性では絶対に見かけない見た目はああそうだよ凄い好みさ。数分後満足したのか離れてくれた。目を開けるといつの間にか体勢を変え首に手を回し笑顔でボクを見る彼がいた。
 しかし今の状態はどういえばいいのか―――スイッチというものはいつ入るか分からないというのが正しいか。色々考え込んでしまうがこれだけは分かる。

「シド、最初からこれ目的だったな?」
「そうだが?」

 やられた。こればかりは予想できなかったボクが悪い。両手を上げ負けを受け入れた。
 二度と撫でさせてやるもんか。

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「人間ごっこは楽しいか?」 ならず者の頭から飛んできた言葉に私の目が反射的に少し…

漆黒,ネタバレ有り

#即興SS

漆黒,ネタバレ有り

旅人は人に擬態する?
「人間ごっこは楽しいか?」

 ならず者の頭から飛んできた言葉に私の目が反射的に少し見開かれたように感じた。
 何度も言われた言葉だ、慣れてはいる。即いつもの笑顔に戻す。

 そういえば最近同じような事を言われていた。相手は……そうだ、アシエン・エメトセルクだ。あの時彼は何と言っていたのだろうか。嗚呼思い出した。



『あの頃に比べたら上手に人間みたいに振る舞えるようになったんだな。おい何照れてるんだ褒めてないぞ嗚呼厭だ厭だやはりお前は人間のフリをしたナニカだ』

 彼が皇帝として存在していた頃、獣のごとく走り回っていた自分を『奥の手』として引き入れようとした。【鮮血の赤兎】なんて変な二つ名で呼ばれる少し前の話になる。
 しかし今思うとそんな自分を『人間ごっこ』できるように多少の常識を叩きつけて来たのはこの胡散臭いお人よしなのだ。彼と死闘を繰り広げた後、少しだけ彼に対して冷静に考えられるようになった時にふと気が付いた。使用人経由で衣服を整えてくれたし、心が引き裂かれるように痛かったけど何かこびりついた憑き物を落としてくれた。あと恥ずかしいが自分は女に生まれたことを改めて一晩イヤミたっぷりに説教された。
 以降さらしをキツく巻くことはなくなったし少しだけ今の自分に近付いたきっかけではあった。感謝するかと言われたらしたくないのが本音だが。
 あの時から彼が見ていたのは私ではなく私の中にあるナニカなだけ。少し優しくされただけで一喜一憂するような便利なヒトにはなれなかった。

 それでも【鮮血の赤兎】と呼ばれてた頃は人扱いされることはめったになかった。道を聞いても皆襲い掛かってくるから斬り倒した。稀に優しくしてくれて家に泊めてくれたりした人はいたけれど何かに怯えるような眼をしていた。怖いなら何で私に構うんだ、そう思いながら寝そべっていたのを覚えている。
 あの時は私を鍛えてくれた命の恩人には申し訳ないが、強くなりすぎた事を何度も後悔した。だから私はただの旅人として生きていた『あの人』のように旅を続けるしかなかった。

 時代が新たに歩き出したので【鮮血の赤兎】を殺した今、私の周りには人が集まるようになった。笑顔を浮かべ、不器用に振る舞いながらも慣れない武器を振り人助けをしてると何だか分からないが心が温かくなる。
 あとエオルゼアに辿り着いてから『超える力』という加護が与えられた。以降私はハイデリンの加護を駆使しながら危なっかしい若者たちを手助けするようになる。あの寒空の夜約束を交わした少年も大きくなり私の前に現れたのも驚いた。本人は最近まで覚えてなかったみたいだがついに過去の事を認識したらしく、捕まってしまった。気楽な旅も悪くはないけど大切な人を守るために戦う生活もいいかもしれない。現在が一番楽しい時を過ごしている、そう思っていた。

―――そこに冒頭の言葉を投げつけられた。

「違う! アンナは優しい人間だ!」
「そうよ。あなたのようなやつと違うわ!」

 仲間である銀髪の兄妹は私を庇うように立ち、叫ぶ。私の事を知ろうとする最初こそは面倒だったが今は守りたい子供たち。なるべくどす黒い所は見せたくない。私は首を横に振り、2人の感情を遮ろうと前に出る。

 次の動きは一瞬だった。彼の首に届きそうな、ギリギリ傷付けない位置に刀を突き立て笑顔で言おう。

「そう見える? 悲しいな」

 ふと男の顔を見るとこの世の絶望を見たかのごとく歪んでいた。

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注意書き・最初→紅蓮まで・久々の邂逅→漆黒メイン終了以降ボズヤ&ウェルリト以前・…

漆黒

#シド光♀ #ネロ #季節イベント #ギャグ

漆黒

守護天節とある旅人のイタズラ心
注意書き
・最初→紅蓮まで
・久々の邂逅→漆黒メイン終了以降ボズヤ&ウェルリト以前
・と言っても本編に触れるような話ではないただのギャグ概念を文章化したものです

1

 あれは悲願であったグリダニアに辿り着き、エオルゼア内だけでなく自分の故郷に近い東方地域解放のために奔放していた頃に出会った風変わりな行事。グリダニアにてカボチャを被った謎めいた女性に誘われるまま辿り着くは古びた屋敷。そこではこれまでに出会った、生きていた人たちの幻影を纏い歌ったり踊ったりする奇妙なパーティ……というよりかは儀式という表現の方が近いだろう。
 その頃のボクは半信半疑で普段世話になっている人間の姿やそのライバル、各所で出会った人間たちを想起し変身する。心が昔のように少しだけ荒みつつあった自分にとっては楽しい時間になった。絶対やらないだろうと確信しているポーズや表情を取りながら1人笑っていたのは周りから見てさぞかし怪しかっただろう。しかしそれが非常に楽しかったのだ。
 こんな愉快なイタズラし甲斐のある行事があるなんてと感動した。流石に申し訳なさの方が勝ったのでこの年は自分の記憶に収めるだけで終わった。毎年この奇妙な行事をやっているらしいが、それ以降帝国やアシエンとの闘いの激化により最低限の用事以外ではグリダニア自体行く余裕がなくなってしまっていた。

2

 第一世界と呼ばれていたノルヴラントでの冒険が終わった頃、ボクは再びこの行事に巡り合うことが出来た。屋敷の庭が開放され怪しげな儀式から一転、今回は少し不思議な楽しいパーティになっている。適当に菓子を食べながら変身のおまじないをかける妖異たちの元へ向かう。なりたい人物を思い浮かべる、これは以前もやった事だ。
 そして今回やってみたい事がある。自分用の楽しみという用途として思い出を保存するためのトームストーンは持ってきた。自撮りというものは苦手であったが……気合で乗り切ろうと思う。

 早速変身する相手は勿論あの人。すぐに迷子になる自分を救い上げる翼になると誓いを立ててきた男。許可も取らずこっそり楽しむという用途のために容姿を利用することに対し罪悪感がないわけではない。そう、少々申し訳ないと思っているがこれはただの好奇心によるものだ。もしこの男があのポーズをしたらこんな感じなのかとかこういう表情になるのかとか見たかったものを『再現する』だけ。本人だけにはバレなければいい。
 きっとバレてしまったら小言を言われながらこめかみを力任せにグリグリされるだろう。あれが意外と痛いものなのだ。しかし今回だけはいざという時に使える言葉『これは妖異が作った夢なンだ、許さねえよなァ!』があるし本人に見せるほど頭悪くはない。
 そんな事を考えていると、彼と出会った頃の自分を思い出す。世界を旅していた頃から訪れた場所には自分を何も『残さない』為に誰とも最低限しか関わらないように気を付けていた。そんなつまらないヒトだった筈なのに超える力というものを手に入れ、『あれ』を見てしまったものだからいつの間にか居場所を作ったし、少しだけ素の自分を出すようになり、ついクセでイタズラして怒られることが増えたなと気が付いた。奇妙な二つ名が付いてた頃の自分に今の腑抜けた姿を知られたら胸倉掴まれ呪詛を吐きながら再起不能にされるだろうなと苦笑する。

 閑話休題。早速『化けた』ボクは鏡で自らの姿を確認する。只今納期前の徹夜続きで死にそうな顔をしているであろうあの白い髪の男だ。
「くくっ」と笑うとそれは何度も自分を笑顔にした男の声。優しい笑顔も決まっている。髭を剃ればきっともう少し若い年相応の顔になるだろう。しかし本人には言っていないがボクは『この彼』が嫌いではない。むしろ好きでもないと付き合ってない。見た目より長生きするヴィエラの自分には髭という数少ない自分には無い肉体的には年上だという要素が唯一といってもいい弱点であった。
 加えて自分より一回り小さな身長も再現されているのが相変わらず素晴らしい。抱き上げると『それは俺がする事だ』と抗議していた彼の姿を思い出した。「完璧な仕事だ」と小さな妖異と褒め散らかしておく。

 さあ仕事の時間だ。まずはトームストーン片手に自撮り風な写真を残していく。普段写真というものを撮らない身もあって苦戦していたらこのパーティに吸い寄せられたのであろう同じく冒険者……と思われるかつて暁の盟主だった者の姿をした仲間に話しかけられる。
 折角だからこの楽しいパーティの思い出を残したいと率直に伝えると【協力】してくれた。持つべきものは同じ志を持った仲間である……アラミゴの民が教えてくれた。今は感謝しかしていない。いつの間にか周りに彼のライバルが複数人集まっていたり、ムカつく親善大使様集団がいつの間にか風邪の時に見る夢のような惨状を見せ最高な写真が出来上がっていた。これは奥底に封印しておこう。
 騒がしい夜はあっという間に去っていき、また朝が訪れる。適当に挨拶を済ませ、スキップしながらパーティ会場を去って行く。

3

 悪用しようと思ったことはない。しかし出来心だった。
 ガーロンド・アイアンワークス社に通っているうちに興味を持ったため軽く魔導技術をかじっていた自分は小さな装置を合間に作っていた。ただ卵型の機械人形が跳ねたりする装置やアルファを参考に作った火を噴く鳥の装置がその最もたる例である。しかしあまり勝手が分からずよく不具合が起こるものだから『なら現役にアドバイスを貰えばいい』と思いつき、ガーロンド社へ向かう。
 しかし失念していた。只今納期直前デスマーチ進行中。ピリピリとした空気を感じる。普段はこの中行くのもなあと思い踵を返すのだが。

「あ、ネロサン」
「メスバブーンか。こンな時期に来るたァ珍しい」
「忘れてた。……暇人に頼みがあるの」
「別に俺は暇じゃねェぞ。―――英雄様が俺にか? ハッ! 燃えるじゃねェか」

 金髪のサボり社員が偶然近くを歩いていた。会長と並ぶ実力の持ち主である彼に頼むとしよう。しかし何やら変な期待されてるなあと軽くため息を吐いた。立ち話でもいいのだがせっかく装置を見せるのでゆっくりできる場所がいいと思い、「ここで話すの、周りの迷惑」と飛空艇の格納庫へ2人で忍び込む。

「これお前が?」
「機械装置作ってみたいと思ってねえ」
「はー見た目と腕っぷしに反して中々可愛いモン作ってンな」
「一言余計」
「初心者が興味を持って作ったにしては丁寧でいいンじゃね」

 ボタンを押すと火を噴きながら飛び上がりガシャンと落ちる鳥装置にゲラゲラ笑った後真剣な顔で言い出すのだからこの男の底は見えない。かつては帝国兵として襲い掛かってきたので戦った関係だったが現在はガーロンド社で好き勝手している仲間みたいなもので、未だに底が見えない飄々とした男とも思っている。工具を取り出しながら落ちた衝撃で壊れた装置をひっくり返す。

「修理してくれるの?」
「やってもいいンだが、勝手に引き受けるのもなァ」
「言ってみたかったセリフがある。……金はいくらでも出せるよ?」
「確かに滅多に言わねェセリフだな。まあいくらかもらうぜ」
「……あと楽しいものもあるから見せる。タイトル『おもしろ写真集シド編』」
「―――ゆっくり見せてもらおうじゃねェか」

 頭の中で悪魔が『ネロサンだったらいいじゃん。本人はデスマで絶対出てこないからバレないバレない』という囁く。天使の声を聞くより先に言葉が出てしまった。ボクの内面だ、そっちも面白そうって言うに違いなかった。フラフラ歩き回っている胡散臭い男だが秘密を見せても人に喋るような口の軽さは存在しない男だというのはよく知っている。この男は自分と同じ1人で抱え走り回る生き物だし楽しいものに対する価値観も少々似通っていた。だから見せてしまった。
 その後大爆笑する彼の声が響き渡った。

「おいおいおいこれどうやって撮ったんだよ。ここのパーツ間違ってンぞ」
「そっか。……本人は使っていない。ただグリダニアで変わった祭があって」
「そこでオマエが? 衣装にしては出来がよすぎるンだが。ククッ」
「そそ。あの人絶対やれないでしょ? ある時期にしか会えない人が……あ、その辺りから火を出したい」

 トームストーンを前に置き、以前撮影したものを流しながら機械装置を弄っていた。「笑いすぎて手元が狂うンだが?」とぼやきながらも慣れた手つきであっという間に組み立てられていく。自分が思い描く完成図を伝え付け加えられていく様が面白かった。シドも同じようなことが出来るのだろうか、そういえば装置は主に彫金師ギルドとイシュガルドに籠って考えたから披露したことなかったなあと思いながら次の写真を表示する。

「しかしトームストーン便利だな」
「そう。メモと写真撮影くらいにしか使わないけど」
「いいンじゃね。いつでも見返せるし。そのポーズやべェ」
「そんなポーズとった記憶は無いんだがなぁ」
「当然。"同士"にアドバイス貰いながら、ボク自らやったもの。シドにさせるわけないじゃん。ムリムリ」

 はははと3人の笑い声が響く。そこで思考が止まる。

「ネロサン一人二役でもしてる? えらく似てる」
「ンなことするわけねェだろ。メスバブーン、オマエそのトームストーン音声再生できンのか?」
「録音はしない、恥ずかしいし。それより寒くない?」
「俺も思ってたンだわ」

 背後から感じるのは明らかに殺意。不味い。振り向けない。

「ちょっと後ろ見て」
「俺は装置の修理で忙しいンでな。メスバブーンが向けばいいじゃねェか」
「いやあボク、過去は振り返らない主義……せーので向こ?」
「アーそうすっか」
『せーの』

 振り向くとそこには徹夜続きで社員と共に苦しんでいるはずの白い男が満面の笑顔で腕組みしていた。普段ならば会長代理によって縛り付けられているはず。何故ここにいるのだろうか。何とか震えながら「あ、あのお仕事」と声を出す。

「社員から格納庫の方からサボり社員の爆笑する声がうるさいという苦情が出てな。責任者として見て来いと言われた。あとえらい饒舌じゃないかアンナ?」
「あのネロサン、こ、この人何徹目? 身体に悪いよ?」
「ネロもだが4徹目だ。言いたいことあるなら俺の目を見て、俺に聞けばいい」
「いや俺はコイツからの依頼をな」
「勝手に受けるなって何度も言ったよな?」

 これは相当お冠に見えた。ちらりと先程まで爆笑していた顔が一転して引きつった顔をした男を見る。目が合った。やれることは一つ。ボクは「せーの」と言う。その瞬間自らとついでにネロにもプロトンをかけ走り出す。スプリントのおまけ付きだ。男も同じく全力疾走で走り出す。「待て!!」という怒号が後ろから聞こえた。捕まるわけにはいかない。イタズラは大好きだがバレた時の説教は嫌いだ。

4

「ごめんなさい」
「何で俺まで」

 逃げ始めるまではよかった。しかしゾンビ社員達に悉く道を遮られてしまいあっという間に捕まってしまった。白髪の鬼のような形相を見せた会長様は修理途中の自分が作った装置とトームストーンの写真を徹底的に1枚漏らさず確認している。恥ずかしい。本人に見られるほど心が押しつぶされる位苦しくなる時はあまり存在しない。

「消去」
「ッスよねー」
「どうしてこういうのを撮ったんだ?」
「見たかったから、個人用途。バレなきゃ楽しい」
「無関係な人に見せたのは?」
「報酬の一つ。バレなきゃ誰も不幸にならない」
「意外と人間くさい部分あンだな」
「一言余計」

 はははと3人で笑った後「反省しろ」という言葉と同時にボクとネロにゲンコツが下される。これ以上怒らせたらグリグリだ。形だけでも謝り倒すことにする。「ごめんなさい」再び言うと少しだけ表情が眉間のしわが緩まった。こうしょんぼりと見せて声のトーンを下げてごめんなさいと言えば大体は許してくれる。チョロい。

「まったく……言えば多少はやってやるぞ?」
「あ、そういうのいらない。模型撮影と一緒。これは罪悪感を感じながらだけど、こっそり楽しむのが一番の愉悦……あっ」

 口は禍の元という言葉をご存じだろうか? 自分は何も考えずに言葉が出てしまうことがある。痛い目に遭いたいわけではない。気を抜いたら人を怒らせる言葉も出るだけだ。普段は気を付けているのだが不思議なことに彼の前では少しだけ本音が漏れるようになっているようだ。

「い、いででで! ごめん! ごめんなさい! しない! 今年"は"もうしない! グリグリだめ! これめっちゃ痛い!」
「もう今年終わるし来年もヤる気かよ反省しねェのなオマエ」
「ネロ、お前は仕事に戻ってくれ。社員が殺意溢れさせて待ってるぞ」
「死ねってか?」

 大げさに溜息を吐きながら立ち上がり部屋を出て行こうとする。ボクはすかさず「う、裏切り者!」と叫ぶ。

「俺はアンタの修理受付しただけで他は何もしてねンだわ」
「しまった」
「じゃ、ごゆっくり」

 あっという間に裏切られる。いや組んだ記憶も無いが気まずい空気に残されるのは非常につらい。自分のこめかみに拳を入れる作業に満足したのかボクが作った装置を見つめている。

「えっと、それは最近カラクリ以外の機械装置に興味を持って」
「最近各地のギルドに顔を出して籠ってるって噂は聞いてたしな。まあまさか俺じゃなくてまずネロの方に行くとは思わなかった」

 ジトっとした目でこちらを見てくる。ボクはため息を吐きながら機嫌取りがてら頭を撫でてやった。

「納期ギリギリまで溜め込むの、やめたらいい。シドが通りかかったら頼んだ」
「くっ耳が痛い」
「いい感じに動かなくて、困ったんでここに来たのが偶然本日。キミに内緒とか、そういうのではない。あとそこの横のボタンを押して」
「そうか……ってなっ!?」

 疑うことも知らずに装置のボタンを押させると急に飛び上がり火を噴きまわしながらふわふわと漂いながら落ちる鳥型機械装置。理想通りの動きだ、また報酬を持っていこう。ボクはそう考えながら引っかかったとニコニコ笑う。彼はそんな笑顔を見せる自分を見て釣られて笑い、溜息を吐いた。

 来年はバレないように頑張ろう。心の中でそう誓った。

#シド光♀ #ネロ #季節イベント #ギャグ

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