FF14の二次創作置き場

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No.158

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注意・補足 星芒祭2漆黒編。星芒祭話蒼天編前提。シド光♀付き合い始めて以降の話で…

漆黒

#シド光♀ #季節イベント

漆黒

星降る夜に誓いを乗せて
注意・補足
 星芒祭2漆黒編。星芒祭話蒼天編前提。シド光♀付き合い始めて以降の話です。シド少年時代捏造。
 

 ―――夜空、それはボクにとって重要な記憶。眠れない夜、フウガはいつも星の知識を教えてくれた。不確実な占いではなく、旅する上で必要な知識の1つとしてね。
 そしてその輝く星はただのゴツゴツした何もない大地だと教えてくれた夢を理解できない男もいた。でも、聞いてく内に、ボクはそんな夜空へ旅立ちたいって思うようになったのさ。
 でも飛空艇を知るまで空という大海を泳ぐ船なんて存在しないと思ってたし、ただの現実味のないぜいたくな要求だと思っていた。何より旅人に欲は必要ない。ただその大地を踏みしめればいいと。そう、キレイな白いお星さまに出会うまでは確実にそんなことを考えてた。
 ねぇ、キミならボクのワガママを聞いてくれるかな? 確証もない聞きかじりの知識を聞いて。そして、全部護らせてほしいな。

 ◇

「アンナ、そういやもうすぐ星芒祭が来るだろ」
「そうだね」

 料理から目を離さず、シドの言葉にアンナは相槌を打った。
 風が冷たくなり始めた頃、いわゆる恋人関係になってから初めての冬。久々にトップマストの一室にて休日を過ごしていた。シドは壁に掛けられたカレンダーを見上げ、冒頭の言葉をつぶやく。

「何かほしいものとかあるか?」
「いきなりどうしたのそんなこと言って」

 苦笑しながら鍋を見つめている。シドは「決まってるだろ」と言葉を続ける。2人は最近まで恋人としてではなく、ただの友人として関わってきた。そして星芒祭といえば、最初の年に暁の血盟とガーロンド・アイアンワークス社合同の盛大なパーティにてプレゼント交換をし、次の年は諸々の事情で何も渡せなかった。今年こそは何かをしたいと、シドは考える。

「せっかくこうやって隣にいられる関係になれたんだ。何か渡そうと思ってな。またプレゼント交換というのも悪くないが、素直にほしいものを聞いた方がいいだろ? いらんと思われるものを渡したくないんだ」
「んー……私はシドなら何をくれても嬉しいけど?」

 アンナは手を止め、シドの方へ振り向いた。いやそうじゃなくてな、とジトリとした目で見る。いつもアンナは何を渡しても満面の笑顔で受け取る。―――大体の人間からもらったモノは丁寧に処分するが、今のシドはまだ知らない。
 とにかく、時々はきちんとほしいものをはっきりと見せてほしいなんて要望をしっかりとアピールした。するとシドが予想もしていなかった言葉が返って来る。

「キミの休日」

 目を丸くし、それはどういうと問う。アンナは「そんなに難しいことでも言った?」と首をかしげた。
 基本的に一緒にいる時間は多数の勢力を巻き込んだ作戦中。それかガーロンド社に手伝いへ行った時だった。完全な休日にのんびりと料理を作りながら会話を交わし始めたのは、ここ"トップマスト"の一室を荷物置きがてら借りてからなのだ。時折トラブルによる泣きの通信が入り、本社へ戻る日も少なくない。それならば、確実に邪魔が入らない休日を作り出してもいいのでは、とアンナはぼんやりと考えていた。素直にその考えを口にする。

「悪くない提案でしょ? モノと言ったら違うかもしれないけどさ」
「む、そう言われたらありかもしれん」

 次第に顔が高揚していくシドの姿を見てアンナはニコリと笑い、再び鍋の中へと視線を戻す。
 今日はいい肉を手に入れたのでビーフシチューを煮込んでいる。アンナはシチューの類が好きだ。特にシドと一緒に食べるという行為が格別なのだが、本人が知ると調子に乗るのがわかっているので教えていない。

「で、シドは何がほしい? 私だけ聞いておいて自分は教えないなんて言わないよね?」
「考えてはいたんだがアンナの言葉で吹っ飛んじまった。ちょっと待っててくれ」

 シドが考え込んでいる姿を見てアンナは苦笑した。鍋のフタを閉じ、エプロンを脱ぎながら傍へと歩み寄る。
 ふと何かを思いついたのか手をポンとたたく。アンナは少しだけ嫌な予感がよぎった。そのしぐさはロクなことにならないことしか思い浮かんでいない時のやつだ。実際首元がざわついて来る。これは、ダメなヤツだとアンナは一歩後ずさった。

「髪をあ」
「やだ」

 即答。シドはそれでもめげずに言葉を続ける。

「赤」
「絶対やだ」
「どうしてきちんと人の話を聞かず断るんだ」
「ロクなことにならない提案が聞こえたからだけど?」

 アンナは食い気味に断りながら威嚇している。それに対しシドも眉間にシワを寄せながら対抗する。

「いやそんなことはない。ほらちゃんと全文聞いてから判断しても遅くないだろ。頼むからちゃんとしゃべらせてくれ」
「うぐ……じゃあわかった聞くだけ聞いてあげるよ言ってごらん」

 真剣な目。アンナはそれに一番弱い。肩を落とし、投げやりに許可を与えるとシドは明るい顔をして言い放った。

「髪を赤く染めて来てくれないか?」
「ぜーったいにお断り!」

 ほら、まともな要求じゃない。アンナは盛大にため息をついた。

 ◇

 赤髪。それは出会いまで遡る。寒空の夜、白色の少年は性別不詳の凍死しかけていた赤髪のヴィエラを見つけ、助けた。温かい"シチュー"を手渡し、少しだけ熱が灯ったヴィエラは旅人だと名乗る。そして、少年の話を聞いた後、"次はキミがボクを捕まえてごらん。キミの夢である空へ運ぶ船を造るすべてを護ってあげるから"と約束し去る。その白色の少年こそがシドであり、赤髪のヴィエラこそがアンナだった。
 以前の星芒祭で「会いたい人がいる」と口走ったシドの要望を拾い上げ、グリダニアで一晩の奇跡を起こしたように見せた。きっと不意にそれを思い出したのだろう。

 アンナは腕組みをしながらシドをにらむと、凄く寂しそうな顔をしていた。徐々にしょぼくれていく顔に肩を落とし、まるで雨に打たれて尾を垂れた野良犬のように哀愁が漂っている。アンナは言葉を詰まらせ、「ああわかった! 理由要求!」と言ってやるとシドは満面な笑顔を見せた。

「前の星芒祭では見せてくれたじゃないか。俺はあの時確かに"会いたい人がいる"と言ったが、行き倒れていた旅人のこととは一言も言わんかったぞ?」
「うぐ」
「街全体で俺を騙して気合入れてくれたじゃないか」
「いやあの件は本当に悪かったって」
「もう一度見たい。ダメか?」

 その言葉にアンナは必死に目を逸らす。

「ちゃんと最高なプレゼントの準備してくる」

 シドは優しく手を取り、何も言わずアンナを見る。そしてしばらく沈黙が流れた。
 その沈黙に耐え切れず、アンナはついに口を開く。

「あーもー! いつにするか決まり次第予定を教えて! あと期待しないで!」

 シドは楽しみだ、そう言いながら頭の中でアンナを驚かせるための策を練り始めた。
 それに対しアンナは過去の自分の行いを呪う。どうしてこうなった、片手で顔を覆った。

 ◇

「いいですよ。予定の調整しておきますので1週間程度ゆっくり楽しんできてください!」

 ざわつく周囲。目が点になった真っ白い男。満面の笑顔を見せる会長代理。
 もうすぐ年末。数々の地獄の前兆を見せているガーロンド・アイアンワークス社で、シドは首をかしげた。

 少しだけ長い休暇をほしいと予定調整役のジェシーに話すと、当然理由を聞かれる。素直に「アンナと少し遠出しようと思ってな。暁や案件とは一切関係ないぞ」と言うと顔を輝かせながら冒頭の言葉を発した。その声に周囲も驚いたような顔をし、話題の渦中へ視線が向く。

「本当にいいのか?」
「会長、先日の完全な休みは何日ぶりでした?」
「1週間位か?」
「18日ぶりですけど。アンナが現れたからようやく詰めてた作業を終わらせたじゃないですか。今回も彼女に言われたからですよね?」

 あれは2日前のこと。アンナが久々にガーロンド・アイアンワークス社に現れた。ジェシーはアンナが入って来るなり泣きつく。具体的には『どんな手段を選んでもいいから会長を仕事から引きはがしてほしいの。アンナがいないともうずっとしかめっ面で寝ずに作業を続けるんだから!』と言った。するとしばらく考え込んだ後、暴れるシドを抱えて戻って来た。

『じゃあこのワーカーホリック1日借りる。あとホースとデッキブラシ借りるね』
『悪かった! シャワー位1人でできるから下ろしてくれ!』

 大男が抵抗してもビクともしていない腕力は相変わらず味方でいることに感謝する。そうしてようやくシドは完全な休暇を迎えたのであった。

「どういった計画をしているかは聞きませんよ。ちゃんとお土産は持って帰ってくださいね」
「む……まあそうしようか」

 シドが仕事を詰めていたのも彼なりに理由はある。『アンナがいないとどこか落ち着かないので、手を動かす方がマシだ』というもので。アンナがもっと頻繁に連絡を交わし、顔を出すだけで解決するものではある。しかし、それはアンナというどこまでも自由な旅人だから不可能な願いなのだ。
 好奇心の視線を避けるようにシドはその場を後にした。行く場所は1つ。今回メインの目的になるだろうブツを回収しに行った。

 ◇

 扉を軽くノックした。こうしないと部屋の主に吊るされるのだ、仕方ない。『いや業務中は俺の方が偉いはず、どうしてこうなった』と思うが、ぐっと我慢する。

「開いてる」
「仕事中すまん、レフ」

 扉を開くと何やら機械をいじくり回すエルファーとネロ。「普通に話をするのは久々、会長クン」とエルファーははにかんだ。

「ケッ、メスバブーンとの休暇はどうだったよ」
「久々に普通の料理を食べたさ。相変わらずシチューが好きなようでな」
「我が妹が元気そうで何より。で、昇給のお知らせでもしに来たのかな?」

 ンなわけねェだろ夢見すぎというあきれた声を無視し、部屋の片隅に置かれた装置を指さす。

「休暇を取ったんだ。その装置、解析終わっただろ? 元あった場所に持ってく。もちろんアンナとな」

 エルファーの「はぁ!?」という素っ頓狂な声が響く。
 それはリンドウの終の棲家に置いてあった奇妙な装置。周辺一帯をカモフラージュさせるという大掛かりな現象がこの小さな機械1つで行われていた。上空から見ると完全に森で覆われているように見え、一体どう立ち回ればそんな装置を工面できたのかと疑問が残る。とにかく解析してみようと彼の孫から許可をもらい、しばらく会社に置いていた。
 そう、今回はその装置を返すついでにリンドウの孫であるテッセンが営む宿で宿泊することに決めた。アンナを驚かせるプレゼントといえばまずはこれだろう。それに対し、エルファーの「僕も行く!」という言葉に即「ムリだろ」とネロは頭をたたく。

「君だけずるいぞ! 僕も妹と連休旅行!」
「メスバブーンが来たら姿隠すお前にそんなコトできるわきゃねェっつーの」
「うぐ……おいネロ、君も僕の敵なのか!?」
「別に俺は構わないぞ? 行きたいならジェシーと交渉すればいいじゃねえか」
「む、言われなくともそうさせてもらうやい」

 そのままエルファーは走り去るが、すぐに肩を落として戻って来る。ネロはニヤニヤと笑いながら「愛しの妹サマとバケーションはできそうか?」と聞いてやるとエルファーはこの世の絶望を見たような声で吐き捨てる。

「ダメだと言われた」
「知ってた」
「悪いな、レフ。ちゃんとお前さんの分もリンドウに報告しておくからな」
「僕は別にリンのクソ野郎の所に行きたいから志願したわけじゃないが!?」
「そうだったのか。てっきり俺は一緒に墓参りに行きたいのかと」

 違ったのかと首をかしげるとエルファーは怒りながらそっぽを向いた。

「じゃあしょうがないな。とにかくもらっていくからあとはよろしく頼んだぞ」

 エルファーの恨みが込められた言葉を無視しながらシドはその場を後にした。そして休みの日と集合場所を告げるためリンクパールに手を取った。

 ◇

 ―――一方その頃。某所宿屋。

「なーにをすればいいんだ」

 アンナは本日何度目かもわからないため息をついた。そう、髪を赤く染めて現れろと言われてもどういう顔で行けばいいのか悩んでいる。普段の自分ではなくきっとかつての自分を要求していることだけはわかった。正直言って気乗りしない。

『じゃあ"ボク"が全部やってあげようか?』

 内なる存在が語りかけて来る。アンナは「はぁ!?」とあきれた声を出す。そして姿なき存在に向かって威嚇した。だまされてはいけない。この存在が余計なことをしなければ変に距離が近づくこともなかったし、あってももっと順序的にことが進み、あんな散々な初夜にはならなかったとアンナは信じている。

「そもそもこんなことになったのキミが原因。やらせるわけないでしょ」
『ケチ。"ボク"も時々はシドで遊びたい』
「ダメ。以前の星芒祭でシドが色々感情抱いた原因の力なんて絶対借りない!」
『チッ……』

 舌打ちしやがったなとアンナはまくし立てるが周辺には誰もいない独り言で虚しさが勝つ。またため息をつきながら奥に仕舞い込んでいた衣装を吊り下げた。箱から"赤髪"用の小道具を取りだし机に並べる。
 そして小さなカバンに金平糖と非常食を突っ込んだ。金平糖は口寂しい時に舐める用であり、シドの機嫌を直す用だ。それから以前より準備していた"アレ"を広げる。これはずっとプレゼントとして準備していたものだ。渡せる雰囲気になればいいが―――。それはいつでもいい、置いとこう。
 準備はこれ位だろうか? と思った瞬間にリンクパールが鳴る。「ひゃん!?」とまた小さな悲鳴を上げてしまう。やはり不意打ちに耳元で音が鳴るものは苦手だ。今回はシドが予定がわかり次第繋げると言われたので仕方なく装着している。せきばらいをし、「もしもし」と出てみるともちろんシド。当然だ、今日の通信予定は彼しかいないのだから。

『俺だ。今大丈夫か?』
「大丈夫じゃないって言ったら切る?」
『よし言う余裕があるなら大丈夫だな』
「はいはい。用件」

 聞いてみるとどうやらちゃんと休みが取れたらしい。予定の日と集合場所としてなぜかリムサ・ロミンサの飛空艇発着場を指定される。生返事した後、こっそりと舌打ちをしたが聞こえてしまったようだ。「覚えてろ」って言われ、挨拶を交わし切られてしまった。

「―――ボク、終わったな」

 柔らかな笑みを浮かべ、ベッドに沈んだ。

 ◇

 当日。シドは約束の時間より少し前にリムサ・ロミンサに降り立つ。ランディングで周囲を見回すと―――いた。

「待たせたか? 旅人さん」

 赤髪でぶっきらぼうな顔をした"旅人"が座っていた。予想通り相当早い時間から座っていたらしい。虚ろな眼差しでシドを見上げていた。隣に座り、腕を掴んだ。

「やっと捕まえたぞ」
「もしかしてそれがしたかっただけとは言わないよね?」
「半分くらいは」
「莫迦」

 アンナはシドの頬をつねる。どこに行くのかと聞くと「まああと少しで来るからな」と苦笑を返された。

「お前さん、初めてこの周辺に降り立ったのはグリダニアじゃなくてリムサ・ロミンサだったらしいじゃないか」
「―――黒渦団からでも聞いたの?」
「ある情報筋だ」

 そう、アンナが最初に三国に降り立ったのはリムサ・ロミンサだった。あれは5年以上前、第七霊災が起こった時のこと。迷子になりながらたどり着いたカルテノーで偶然黒渦団の人間を助けた時、街を探してると言ったらここまで連れてきてもらった。その時は飛空艇ではなくチョコボキャリッジと船で乗り継いだ。しばらく人助けをし、偶然商人が売っていたヴィエラ族の民族衣装を購入したのもこの時期である。懐かしい思い出だが、まあ必要ない情報なので誰にも言った記憶はない。
 首をかしげながら待っていると普段より大きな飛空艇がランディングに到着した。普段乗せてもらっているハイウィンド飛空社定期便と違い客室があるタイプのものだ。アンナは目を丸くし、それを眺めているとシドは立ち上がり、「さあ行くか」とニィと笑う。

「え、は?」
「おいせっかく来てもらってるんだ乗るぞ」
「えぇ……」

 引っ張られ、慣れた手つきでチケットを船員に渡し乗船する。そしてまったく落ち着かないキレイな個室に案内された。丸い窓からは外の景色が見える。ここまで大きな飛空艇は劇団マジェスティック所有の"プリマビスタ"ぶりだ。この時だってシドは時々顔を出してきたっけと少しだけ昔のことを思い出す。

「本当にどこ行く気?」
「その内わかるさ」
「高かったんじゃ?」
「これまでアンナがイタズラに使った金額よりかは安いんじゃないか?」
「くっ……金銭感覚お坊ちゃん」
「人のこと言えないだろ」

 小突き合ってる内に飛空艇は飛び立ち、アンナはふと窓の外を見ると青い空が広がっていた。椅子に座り、金平糖を一口食べる。

「これがプレゼント?」
「違うさ。ただ限られた時間で往復すると考えたら空路がいい」
「……クガネ」
「着いてからのお楽しみだ」

 はいはいと言いながら隣に座ったシドを見る。相も変わらず笑顔でため息をつきたくなる。肩を抱き寄せ軽くたたいてやると「だからそれは俺からさせてくれ」と言いながらもそのまま身を預けていた。

「こうやってアンナと2人で飛空艇に乗るのは珍しいよな」
「基本一緒に乗るの作戦中」
「ちゃんといい休暇になるよう計画したんだ。覚悟しろ」
「言葉が違うよね?」
「途中で逃げられたらたまったもんじゃないからな」
「つまんないってならなきゃ逃げない」

 軽く口付けてやるとそのまま舌をねじ込まれる。はいはいと心の中で言いながらそのまま絡め合った。水音とくぐもった吐息にアンナはギュッと目を閉じ、終わりを待つ。そして離れた瞬間に眉間にシワを寄せながら頭をなでた。

「ここまでだよ。流石に迷惑」
「わかってるさ」

 瞬時にアンナは後悔することになる。それからベッドまで抱き上げられ、そのままキスを繰り返した。そう、角度を変えながら唇にキスを落とすだけ。優しく抱きしめ、ただもどかしい行為が続く。相変わらずトリガーを引くのはアンナの役目ということなのだろう。

「俺は悔しかったんだ」
「何が」
「お前さんにとって初めての飛空艇ってのが俺が造ったものじゃなかったことがな」
「ああそういう。しょうがないでしょ。ていうか行方不明だったじゃん。無理」
「だから悔しいんだ」

 数分後、少しだけざわついた首元が何事もなく楽になっていた。そしてキスに満足したのか急に語り出す。相変わらずこっちが余計なことをしなければ鉄の理性だとアンナは感心した。

「初めて飛空艇に乗ったのがエオルゼアに来てからだろ? アンナがあの旅人だって気づかなくてもチャンスはあったさ」
「悔しければ第七霊災後事故って記憶を失った自分を恨んどいたらいい」
「ぐっ……」
「せめて思い出した時に"旅人さん"のこともちゃんと認識できてたら楽しいことになったのに残念だったねぇ」
「それに関しては今も気にしてるから言うんじゃない!」

 そう、シド自身も気にしていた。記憶喪失になっていたシドがエンタープライズ号で大空へ飛び立ち、思い出した瞬間のアンナの笑顔。柔らかく、何かを懐かしむように目を細めシドを見ていた。この時、アンナだけが過去に巡り合った記憶を想起し、捕まることはないとほくそ笑んでいたことを知った時は拳を握りしめるほど悔しかった。カラカラと笑っているとシドは顔を赤くし、そのままアンナの上に乗る。

「ちょっと?」
「ああちょっとだけだ」
「今の別に合意したわけじゃない!?」
「アンナが悪い」
「弁償したいの!?」
「そんなことするわけないだろ。まあ最終的にちょっとだけアンナの口を」
「最低! ほんっと最低なこと素面で言うなぁエロオヤジ!」

 シドは何も言わずほっぺをつねった。アンナは痛い痛いと言いながら表情を窺うと非常に機嫌がよろしくない。消えていたハズだが徐々に首元がざわつき、鳥肌が立つ。

 やらかした。天井を見上げ、これからの行為に想いを巡らせる。まあ忠告しているから流石にキツいことはしないだろう。せめて下船するまでには終わらせようと苦笑した。

 ◇

 長時間の船旅が終わり、外へ出るとそこはクガネ。アンナが予想していた通りの場所だ。温泉巡りでもするのかと聞くとそれもいいがと苦笑している。

「とりあえず宿屋で休もうじゃないか。明日は早いからな」
「はぁ」
「そしたら続きをだな」

 アンナのあきれたような声がランディングに響く。シドはニィと笑顔を見せた。

「さっき物足りない顔をしてたからな。大丈夫だ、俺だって明日に支障が出るし一晩付き合わせる気はないぞ」
「それが当たり前なんだけどなぁ!?」
「人と惚れた腫れたの駆け引きを一切してこなかったお前が当たり前を語るんじゃない」
「私だってあなたにだけは言われたくないけど!?」

 ケラケラと笑いながら温泉宿で一晩過ごし、朝になるとシドは大隼屋の方へと引っ張っていく。
 たどり着いた第二波止場には意外な人物がいた。着物の男にシドは大きく手を振る。

「テッセン、久しぶりだな」
「急に連絡をいただいた時はびっくりしましたよ、シドさん」
「え、テッセン。何で?」

 黒色の短い髪に柔らかな笑顔を浮かべる青年が駆け寄って来る。命の恩人であるリンドウの孫にあたるテッセンは髪を指さしながら、驚いた顔をしたアンナへ話しかけた。

「髪色、戻したんですね。お久しぶりですエルダスさん」
「むーそういうことかぁ。―――シドにやれって言われただけだから近日中に戻す予定」
「俺は別にずっと赤髪でもいいと思ってるがな。ほら暗くなっちまう前に行こうじゃないか」

 2人用のはきちんと予約しておきましたのでとニコリと笑顔を見せている。アンナは苦笑し、シドのほっぺをつねった。

 大隼がドマの空を飛ぶ。その景色をアンナはぼんやりと見つめていた。山へ行くごとに徐々に深く茂った森が増え、リンドウとの旅路を少しだけ思い出す。
 ふと先を見ると山の上に、見覚えのある小屋があった。

「フウガの家。前見えなかった」
「そうだな」
「この村本来の姿ですよ」

 以前訪れた時は樹に覆われた森が空から見えていたはずだ。2人が言っていることにアンナはピンと来ない。
 村に降り立つと以前より人がにぎわう場所と化していた。アンナはそれを目を丸くして見ている。

「シドさんがアレを持って帰ってからまた観光客が増えたんですよ。おかげで大忙しで」
「あー……すまない」
「いいんですよ。祖父は複雑でしょうがね」
「何の話?」

 テッセンは笑みを浮かべ、実は祖父のリンドウが帝国で有名人だったという話をする。出版されていた本の中では幼い頃のアンナも登場することや、最近それについて書かれた本と舞台の記憶を見せてもらったと言うとアンナは露骨に嫌そうな顔をした。

「あんのアシエン……」
「それで昔から遥々ガレマール帝国や属州よりたくさんの人が墓参りに来ていただいていたんですよ。出会いに恵まれ、こうやって生活させてもらってます。ドマ解放から減ってましたが村を出た子供たちがエオルゼアを中心に噂として広めたようで」
「うちの新入社員にもここ出身のやつが最近来ててな。ああ不思議なことに昔からここだけ魔導技術が普及されていたんだ」
「―――本当に余計なことをしやがって。どんだけあいつ私のこと好きだったのさ」

 小さな声でアンナはつぶやく。シドには聞こえていたようで、ジトリとした目でにらんでいることに気づいたアンナは「死人に口なし」とだけ言って金平糖を放り込んだ後にアゴヒゲをなでた。

 ◇

 夜。アンナはリンドウの家の前で空を見ていた。静かな場所で星が輝いている。「やっぱりここにいたか!」とシドは息が上がりながら駆け寄って来る。

「俺が少し呼ばれてる間に抜け出すんじゃない!」
「別に逃げたわけじゃないんだから大げさな。ほら星がキレイだから見て」

 アンナはニコリと笑顔で空を指さす。シドはため息をつきながら隣に立ち、空を見上げる。確かにキレイだなと笑みを浮かべた。ふとアンナはあのさと口を開く。シドは首をかしげるとそのままボソボソと話し始めた。

「昨日の話の続き。初めて乗せたかったとかそういう」
「俺に余計なことを思い出させる気か?」
「ちーがーう」

 くるりと回りながら数歩歩き出す。そして、笑顔でこう言った。

「あなた―――いや、キミはこの空で満足してる?」
「……は?」

 アンナは手を開き、昔ある人に教えてもらった知識を披露した。この空を抜けると宇宙という海が広がり、輝く星に降り立つことができる。まあ普段輝いている星は、ただのデコボコとした塊だから面白くないみたいだが。そしてもっと進むといつもキレイに輝き満ち欠けする大きな月があり、さらにその先がどうなっているか誰も知らないのだと。

「そして月にはボクのように耳長ウサギちゃんがいるんだって。いやホントにひんがしの国では月の黒っぽい部分がね、こうウサギが餅つきしてるように見えるって逸話もある。ほら、もしかしたら故郷かも?」
「そんなわけないだろう。今立ってる世界がお前さんが生まれ育った場所だ」
「ふふっどうでしょう。その場所に連れてってくれたらわかるかもよ?」

 そしてボクはもっとその先を見たいのさ、とアンナはニィと笑う。シドはそのアンナの笑顔に見惚れ、ぼんやりと見つめていた。その後ジャンプを1回、2回。跳ねながら空へ手を伸ばす。

「でもさ、ボクが今いくらジャンプしても、月どころかこの空さえ越えることができない。じゃあ何が言いたいかわかるよね?」

 手を握り、シドを引っ張りながらまたくるりと回る。シドはバランスを崩さないよう必死に回る。2回、3回と2人は星空の下で踊った。

「その空を飛ぶためのものをさ、キミが造るんだ。アラグはかつて空へ衛星を飛ばした。じゃあ今のキミなら人と希望を乗せて、もっと遠くまで飛ばせるんじゃない? オメガだって何とかしちゃったキミなら、何だってできるハズ」
「お前さんを乗せる、船」
「今そんな船、存在しないでしょ? いやまあどこかが極秘に開発してるとかあったら知らないけどボクがそんな所お邪魔するわけない。じゃあ今度こそその"ハジメテ"とやらをボクから奪うことができる。悪くはない提案でしょう?」

 リンドウが占星術の知識を教えてくれたように。誰かが宇宙の知識を教えてくれた時、心が躍ったことをアンナは今でも鮮明に覚えている。そして現在、それを叶えてくれそうな人を見つけたことを、前人未踏の地を旅できるかもしれないこともすべてが嬉しくてたまらなかった。

「だから、そのボクの夢である宇宙(そら)へ運ぶ船を造るキミを、キミが必要だと思う人たちを、その場所も全部ぜーんぶ! ボクが護ってあげる。ボクはこう見えてとーっても強いんだから。せっかく捕まえられたんだよ? それ位の楽しみがほしい!」

 ボクは意外と貪欲なんだよ、知ってた? とアンナがニィと笑顔を見せる。シドはその言葉に目を丸くした。

「ど、どうしたんだいきなりそんな」
「む……そりゃあ旅を延期する言い訳さ。それ位気づこうよ、ボクの天才機工師様?」

 満面な笑顔に、今まで聞くことがなかったアンナの本音。シドは心のどこかに火を灯された感覚を味わう。

「ほら誓ってよ。フウガのお墓の前でさ。ボクを奪って、遠い宇宙(そら)へ連れていくって。生きてる者の特権を、存分に使ってやるってさ。―――厭かな?」

 ピタリと止まり、アンナは目を細め、シドを見やった。しばらく静寂が辺りを包み込む。じっと見つめ合い、答えを待つ。今、世界で一番ワガママだろうこの願いを、受け入れてほしいとアンナは願った。

「―――さ」
「うん?」
「それ位お安い御用さ、お姫様。なんてな」

 そんなワガママを、シドは断れるわけがなかった。未だ誰も達成していない夢があふれたその願いは、シドもずっとほしかったモノ。元より好きだと自覚するより前からこの人について行くだけで、思わぬ技術が転がって来ることに一喜一憂していた。また一緒に何かを成し遂げる目標ができる、それが嬉しくてたまらない。

「あーのーねー。ボク、お姫様ってナリじゃないよ?」
「俺からしたら今のアンナは十二分にそんな存在さ」
「莫迦。ほら早く戻ろ? ボクは眠いのさ」
「ああ夜は長いからな。ゆっくりしような」
「ねえ今の言葉聞いてた? 難聴が始まってるんじゃないかって時々心配に、って!?」

 ねえ、ちょっと、いや逃げないから腰を掴むなという抗議を無視し山を下りていく。
 ふとシドは浮かんでいた疑問をアンナにぶつける。

「月のことを教えてくれた人は、誰なんだ」
「知らない」

 無機質な声。シドは立ち止まり、アンナを見上げる。銀と赤の目に無表情でアンナは何か、と言った。

「―――あー多分旅の途中で聞いただけだからさ。旅人は名前なんて細かく覚えないスタンスだったし」
「そう、か」

 両目共に柘榴石(ガーネット)色の瞳、月の光による錯覚だったのだろうか。いつもの見知った笑顔に切り替わっている姿が少しだけ恐ろしく感じる。

 アンナは以前から察してはいたが少しだけ記憶が怪しい部分がある。どこか専門的な知識についての出所を問うとこうやって知らないと即答するのだ。入れ知恵した主に心当たりがある。アンナの兄であるエルファーの旧友、ア・リス・ティア。かつて時代にそぐわぬ知識量と技術力にエルファーも憧れ、技術者の道へと進んだという。アンナが本当にかつてその男に会ったかは確かめる術はない。だが、両者の友人であるリンドウといたのなら、ありえない話とは言い切れなかった。

『あの子が本当にリンのすべてを"継承"しているのなら、強く"絶対に勝って帰って来い"と願えばいい。きっとすべて終わらせて君の所へ帰って来る。かつて僕とアリスはリンをそういう体に変えたから』

 いつかその時が来たら教えると言われた秘密が、シドの頭の隅で引っかかっている。流星の軌跡のような斬撃を放てるのならば、確実に普通の人の道からは外れている―――と言われていた。
 それでもいばらの道を歩み続けるキレイな人の傍にいたいと、その体を抱き寄せた。



 シドが朝目を覚ますと既にアンナは起床し、炊事場付近にいた。少しだけフラフラと重そうに歩くアンナを見て苦笑する。

「もっと寝ててもよかったんじゃないか? 手伝いもさせてもらえないんだろ」
「絶対にやだ」

 ジトリとした目でにらんでいる。昨晩はそんな余裕もなくなっていたくせにとシドは少しだけ優越感に浸っていた。テッセンはそんな2人へニコリと笑いながら食事を運ぶ。

「おはようございます、お2人さん。よく眠れましたか?」
「ああもちろん」
「……ノーコメント」

 アンナは気づいていることもあるが黙る。『それは藪蛇というものだ』と昔リンドウに教えられた。
 食事は事前に要望を伝えていた通りのひんがしの国式だ。炊いた白米に焼いた魚、味噌汁と軽い付け合わせ。"大人しく、普通に、食べろ"と目で伝えるとアンナはニコリと笑い返した。
 朝食後、持って来ていた装置をテッセンに手渡す。

「もし悪意を持ったやつが来だしたらまたこれの電源を入れたらいい」
「―――ありがとうございます。そうだ、エルダスさん。どうぞ」

 テッセンは紙の束を差しだす。アンナは首をかしげると柔らかな笑みを浮かべた。そしてシドに聞こえないように耳打ちする。

「フレイヤさん。祖父があなたに遺した手紙ですよ。やっとお渡しできました」
「本当に!?」

 アンナの問いにテッセンは肯定を返すと即手紙を開き、目を通す。シドはジトリとした目でそれを覗き込むと以前見せてもらった達筆のモノだった。

「アンナは読めるのか?」
「うん。フウガ、昔から強い文字を書く人だったから慣れるまで苦労した」

 笑顔、もの言いたげな顔、歯を食いしばり、最後は泣きそうな顔でその手紙を読んでいた。持って帰ってもいいかと問うとテッセンは笑顔でうなづく。ふとシドの方を見ると少しだけ目を逸らし、機嫌はよくない。厭な予感がする。それでも聞きたいことはあった。

「ねえ、聞きたいんだけど」
「何ですか?」
「どうした?」
「……シド、私が超絶苦労して世界救ってる間にここ来てこの手紙読んだでしょ?」

 シドは即そっぽを向く。そして「知らん」と言った。眉間にシワを寄せ、手紙のある部分を指さしながら声を上げる。

「こっちの目を見て言ってくれないかなぁ? ねえあなたがあの時に言ったことそのものが書いてあるんだけど?」
「いやその、アンナ落ち着いてくれないか」
「あなた魔導院でテストの時、カンニングペーパーでも作って臨んでた?」

 アンナは両ほっぺを引っ張る。シドはその顔を見ると真っ赤で少しだけ涙を溜めていた。言葉が詰まりながらも、後頭部を撫でる。

「ずるい。そんなことされて断れると思ってる?」
「断られたくないから確実な手を使ったに決まってるだろう」
「―――ずるい。テッセンも」

 アンナはテッセンのほっぺも引っ張る。ニコニコと笑顔ですみませんと言った。

「懐かしいですね。失言したらいつも祖父にこうやってほっぺを引っ張られてました」
「私も散々されたし。年取っても変わらなかったんだ」
「……おいアンナそれもリンドウのクセだったのか?」
「あっ」

 やってしまったと判断する。ニコリと笑みを見せるとシドも笑みを見せた。次の瞬間には腕を掴み、引っ張っていく。

「テッセン、そろそろ帰る支度をしようと思う。一度部屋に戻るからな」
「はいごゆっくり」
「ゆっくりしない! 帰る! 私すぐ帰りたい!」

 そのまま客室へ引っ張られていく姿を仲居たちは見守っている。

「若いですねえ」

 テッセンは体を伸ばしながら、手渡された装置を祖父の家へ持っていくために歩きだした。



 お土産をたくさんもらい、村を後にした。また旅の思い出を報告に行くとアンナが言えば、背後にてジトリとした目で見られるので肩をすくめ、「もちろんこの人も」と苦笑する。

「あとよければお兄様も連れて来たらいかがでしょうか? きっと祖父も喜ぶと思いますよ」
「確かに。まさか兄さんがフウガの知り合いだったなんて思わず」

 シドは心の中で"絶対に暴れるが、アンナに行こうと言われたら多分掌返すだろうな"と普段の言動を思い出していた。確実にエルファーはやだと言うがアンナに手を握られると満面の笑顔になり、今まで恨み言ばかり吐いていたくせに美しい思い出を話すだろう。

「兄さんはここ知らないんだよね?」
「ええ。お友達だという方は時々来てたのですがヴィエラの方は来ませんでした」
「フウガの、友達」
「お名前は覚えてませんがとても元気な方で」

 アンナは覚えがないなあと首をかしげる。そんな友達がいたのなら一緒に旅をしていた頃会ったことあるだろうに、不思議だと思った。シドはそれが誰かとエルファーから話は聞いている。しかし思い出話を延々とされる予感がしたので、絶対に名前を出したくなかった。話題を打ち切るように「じゃあそろそろ帰るか」とニィと笑ってやるとアンナも柔らかな笑みを浮かべる。
 そうしてテッセンたちと軽く会釈を交わし、大隼に乗った。

「楽しかったか?」
「ん、悪くはなかったよ」
「そりゃよかった」

 本当は凄く嬉しい時であったが素直に伝えると調子に乗られるので素っ気なく返した。シドはそれでも機嫌よくアンナへ寄りかかる。肌寒い空の下、静かな時が過ぎ去った。



「これは?」
「プレゼント」

 クガネに戻り、街を適当に散策しながらまたお土産を買った。これは暁の血盟用にしよう、じゃあこっちは会社用かと会話を交わしながら菓子や小物を物色する。
 気が済んだら今日はまた望海楼に泊まることにした。飯をいただいた後、畳の上でアンナはカバンから袋を取りだす。少し厚みのあるそれに首をかしげながらシドは受け取った。

「あっちで渡したらよかったんじゃ」
「タイミングが難しかった」
「イタズラ装置じゃないよな?」
「あなたの会社に準備してるよ」

 シドにとってそれは初耳だった。作動する前に見つけるからなとブツブツ言いながらシドは袋を開く。
―――黒と赤のマフラー。相当長い。羽根のような意匠が施されている。

「編んだのか? 相当長いが」
「暇だったから」

 脳裏に無心で延々と棒針編みをする姿が容易に浮かんだ。アンナはシドの手からマフラーをくすねると、そのままぐるぐると首に巻く。

「温かいな」
「でしょ? 今回の休日のお礼」

 抱き寄せ、額にキスをした。シドは慌てながらそれは俺がすることだとほっぺを引っ張る。そしてシドもまたカバンの中から袋を取りだした。アンナは開けたらいいのかと問えば当然だと胸を張る。
 開くとガーロンド・アイアンワークス社のエンブレムが施されたツールベルトが入っていた。目を丸くしてそれを持つ。

「これで気合を入れてイタズラに励んだらいいの?」
「そんなわけないだろう。お前何でもかんでも旅用のカバンから取りだすじゃないか。製作用道具とかなくさないか心配でな」
「あはは、ありがと」

 仕方ないから使ってあげるよと苦笑してやると、シドは巻いていたマフラーを少しだけ解き、そのままアンナの首に掛ける。アンナは肩をすくめそのまま巻かれた。

「これはこういう使い方をしたらいいんだろ?」
「……ご想像にお任せ」
「多分立ってても行けるな」
「外ではしないからね」
「寒い外で巻かないでいつ使うんだ」

 何も言わず後ろから覆いかぶさるように抱きしめてやるとシドは苦笑しながらその腕を握る。

「私はいつも冷たいんだから、首にちょっと巻いても誤差。あなたがちゃんと温かいってなってる所、見たい」

 そう言いながら頭の上に顎を置き、擦りつけるように動かした。アンナはいつも死人のように体温が冷たい。昔はもう少し温かかったと成人前のことしかわからないエルファーは言っているが、本当のことはシドにはわからなかった。しかしわかることは1つだけある。

「じゃあ今から少し温まるか」
「ねぇ脈略」
「今のは明らかに誘ってただろ」

 アンナの体温は体を重ねると人並みのものになる。それはシドだけが知っている秘密。どういうプロセスを踏んだらそうなるかは未だわからないが。いつか解明したいとは思っている。
 ニィと笑い、振り向くとばつの悪そうな顔でこちらを見ていた。嫌がっている動きは見せていないということは合意と取ってもいいのだろう。ゆっくりと体の向きを変え、アンナの膝の上に座り向き合う形になった。こうするとちょうど視線の高さが合うので、じっと見つめてやると、柘榴石(ガーネット)色の瞳が揺れた後細められる。額をこつんと合わせ、首に手を回した。

「むー……そんなにシたいなら付き合ってあげるから」
「そうだな。俺がしたいからしょうがないだろ?」
「そういうこと」

 アンナは手持ち無沙汰となった手をシドの腰へと回した。そう、気づいていないわけがない。どさくさに紛れて変なモノを買ってたことを。しかしどこかそれを楽しみにしている自分がいるのだ。あきれてため息をつきたくなる。



 次の日。軽い朝食を済ませ、そのままクガネランディングへ向かう。

「もう帰るの?」
「アンナが作った飯が恋しいからな」
「はいはい。何食べたい?」

 ニィと笑い、言ってやる。

「シチューに決まってるだろ?」
「じゃあリムサ・ロミンサで買い出ししなきゃね。そんなにシドが好きなら仕方ないなぁ」
「ああ俺が好きだからな」

 もっと自分をはっきり出せばいいのにとシドは苦笑する。口にしたらそっぽ向きしゃべらなくなるので言わないが。
 今回の休暇で少しだけアンナという存在を再び掴めた気がして嬉しくなった。寄りかかり、明日戻るであろう日常に対し少し憂鬱な気分になりながら、またアンナにありがとうと礼をつぶやく。
 そんなシドの姿を見てアンナは肩を掴み、優しくなでる。脳内で兄に送る手紙の文面を練りながらシチューの具を考える。ここ数日ずっとひんがしの国やドマ料理ばかりだったので少し違うものにしたい、パンも食べたいな。ボソボソと声に出してメニューを考えると隣にいるシドが程よくあれがいいこれがいいと茶々を入れて来る。
 目を細め、これが人といるという行為かと笑みを見せる。それは1人で旅をしていた頃にはまったく想像していなかった日常。リンドウの手紙に書いてあった言葉を胸に刻みながら、夢を叶えてくれる男に心の中で"好き"とつぶやいた――――。


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#シド光♀ #季節イベント

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