FF14の二次創作置き場
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旅人は子供になりすごす-1-
注意
漆黒以降の自機が子供化ギャグ概念。ネロ+光♀気味のシド光♀。ネロと自機はお互い友人以上の感情は無し。
やらかした。その一言に尽きる。
「サ、サリスさん大丈夫ですか!?」
覚醒するとベッドの上。アンナは身体をゆっくり起こし、錬金術師ギルドの人を見上げた。どうしてそんなにも心配そうな顔で見ているのかと腕組みすると自分の腕がえらく細いことに気付いた。鏡を渡されたのでちらと覗くと、小さな子供が自分を眺めている。
「は? え?」
喉から幼い声が出てる? アンナは察した。
衣服は子供用に着替えさせられ、数人がずっと頭を下げている。
なんと事故で被った錬金薬で、子供になってしまっていた。
下肢を確認すると、察する。14歳以下、つまりヴィエラの性別がはっきりする前の年齢に変化しているらしい。あっという間に血の気が引くのを感じた。
「個人差はありますが数日で戻っていると思います! ただ結構な量頭から被ってしまったので……」
「いやまあいつか戻るなら気にしてない。……誰かに連絡した?」
「いえ、サリスさんの意識が回復してからでいいかと思い。荷物はギルドの方でお預かりしています」
「ありがとう。……ツテはあるから大丈夫。後から取りに来るね」
介抱してくれたのであろう女性の手を振り払い寝台から降りる。
「絶対、暁には、ナイショでおねがい」
アンナは人差し指を口の前に持って行き、ウィンクをした。大人たちはキャーと黄色い声を上げている。チョロいもんだとニィと笑った。
とりあえずはレターモーグリーに頼むことにする。まずは手早く紙に一言書いた。そしてふわふわと浮かんでいるポンポンがチャームポイントの可愛らしい生物に小さく咳払いした後話しかけた。
「モーグリさん! お手紙送ってくださいな!」
「分かったクポ! 誰に送るクポ?」
「ガーロンド・アイアンワークス社にいるネロパパ!」
「そうなのクポ!? 誠意を込めて送ってあげるクポ!」
「なるべく急ぎで他の人に見られないように! えへへ、パパねー会社では私のこと隠してるから!」
アンナはフードを被り血反吐を吐きそうになりながら子供のフリをしてレターモーグリに便箋を渡す。
この奇妙な出来事を何とか現実として受け止めながらも流してもらえる存在が"彼"しか思い浮かばなかった。それはシドではない。なるべく多くの人にバレたくないのだ、あまり頼りたくない人間の1人だが仕方のない話だろう。
まさか相手があの英雄であろうとはつゆ知らず。ふわふわ飛んで行くモーグリを見送りながら待ち合わせ場所に向かった。大丈夫、これだけバカみたいな嘘吐いたらすぐに飛んで来るさと笑う。
◇
ガーロンド・アイアンワークス社。今日もせわしなくシド含めた社員たちが働く中、ネロは休憩室でサボっていた。本当はまた自由になりたかった。だが、シドやメスバブーンを中心とした環境は数々の好奇心を満たす案件をもたらすのでつい残ってしまう。
タバコをふかし物思いに更けていると目の前にポンとモーグリーが現れた。
「なンだこの白豚」
「クポー! ガーロンド・アイアンワークス社のネロさんクポね! お手紙どうぞクポ!」
「俺に手紙だぁ? 誰からだよ」
「娘さんクポ! 家族想いで意外といい人とは知らなかったクポー」
「アァ!?」
「と、とにかく渡したから失礼クポ!」
こっちの話を聞かず手紙を押し付け逃げるように消える。「何言ってンだクソが」と呟きながらとりあえず手紙を開くと可愛らしい文字で短い文が記されていた。
【緊急 誰にもバレずにウルダハクイックサンド前に来い 可愛い娘より】
紙切れをグシャリと丸め灰皿の上で燃やす。どういうことだとっちめンぞと言いながらコートを羽織り鞄に手を取った。
「ちょっとネロあなたどこに行くの!?」
「用事ができたから早退する」
「おいサボるな!」
会長と会長代理の言葉を無視しチョコボを呼びウルダハへ走り出した。
◇
精一杯飛ばし日が傾くより前に何とか辿り着いた。クイックサンド付近を見回すとララフェルの男数人とフードを被った小さな物体が。
「お坊ちゃん迷子かい? おじさんが一緒に探してあげようか?」
「いやいやワタクシがご一緒しましょう」
「可愛いねえ僕」
知ったこっちゃない。こんなクソみたいなイタズラ手紙送った首謀者は絶対にあのメスバブーンだ。遂にシドだけで満足できず俺にまで悪影響を与えに来やがった。どこにいるのかとため息を吐いているとフードを被ったガキがこっちを振り向いている。遠目からでも分かる位目を輝かせながら中性的な声でこう言いやがった。
「パパ!」
「アァ!?」
小走りで抱き着いてきやがった。危うくもう少しずれていたら鳩尾に頭が激突する所だった。そして普通のガキよりも少し強い力で腕を掴み引っ張る。
「おじさんたち話し相手になってくれてありがとう! ほらパパ行こ!」
「エ、ちょ、おま」
ポカンと見ている男たちを尻目にガキは同じく状況が理解できない俺を引っ張ってナル回廊へ連れて行かれる。
程々に人がいない所でこのガキの首根っこを掴み怒鳴ってやった。
「テメエのことなンぞ知らねェ! ガキはとっととおうちでママのおっぱいでも吸って寝てろ! ……っておま」
「はー今日はツイてない。しかし時々は元軍人の固い腹筋に当たるのも悪くない」
掴み上げフードを取り払うと長い耳。黒色の髪に赤色のメッシュ、赤色の目で褐色の肌。開いた口が塞がらず、血の気が引いて行くのが分かる。
「いやあネロサンならあんな血反吐吐きそうな手紙書いたら即飛んで来ると思ったよ嬉しいねぇ」
「メスバ、なに、ハ????」
毒づいていた相手と同じ喋り方をしたガキはケラケラと笑っている。厄介なことに巻き込まれてしまった、そうとしか言えないと片手で顔を覆った。
◇
「で? 錬金薬を事故でぶっかかってガキの姿に」
「そうそう」
「くだらねェ……ていうかナニしたらそンな事故起こンだよ」
食事でもしようかとクイックサンドに連れて行かれ座らされた。周りの視線が痛い。ガレアン人とフードを被ったガキとなると異質に映るだろう。勝手に付いてきただけだと主のモモディには言っておいた。
「いやあ頼れる人間を考えたらキミしかいなくてねえ」
「ガーロンドや暁にでも言えばいいじゃねェか」
「いや暁はグ・ラハとアリゼーが怖いし。シドは……特にめんど、じゃなかった性犯罪者にしたくないなって」
「俺はいいってのかよ」
「まず子供になったボクに対して過大なリアクションをしない存在。そして秘密を守って匿ってくれる。発情しない。シドの動きをいつでも確認できる相手」
アンナはサラダを頬張りながら順番に指を立てる。発情という言葉が引っかかるが何も言わず話を聞いてやる。
「その条件を満たせる知り合いって考えるとネロサンしかいないってわけ」
「呆れて何も言えねェ。つーかお前がガーロンドやグ・ラハらをどういう目で見てるかよく分かった」
「普段妄信的な目で見ているヤツらにキャーって言いながら抱きしめられたり着替えさせて来るのがイヤ。あとシドのヒゲ絶対痛い」
なるほどナァとその情景を思い浮かべた。多分ガーロンド社に連れて行っても同じようなリアクションをされるだろう。兄もいるしそりゃ祭りになるのは想像に難くない。
「だから! ネロサン! いやネロサマ! 拠点あるでしょ? しばらく泊めて! おねがい!」
「イヤに決まってンだろ!? ガーロンドに殺されるわ!!」
「パパのいじわる!」
「俺はバブーンじゃねェ!!」
ギャーギャー言い合っていると周りの視線が刺さる。舌打ちしながら座り直しため息を吐いた。
「家で大人しくするし料理も作るしその分のお金は色付けて出すから。キミはシドの動向さえ教えてくれたらそれでいい」
「なンでお前はそう変な方向に突っ切れるンだよ……」
時折思い切りが怖いというシドのボヤキを思い出す。これは、ダメだと眉間にしわを寄せ天を見上げた。
◇
結局ガキになっても変わらないアンナのゴリ押しに負け連れ帰ることにした。
まずは服を買いたいと引っ張られていく。今は冒険者ではなく庶民向けの服屋で下着等の選別を見守っている。
「服って子供の頃はもらったやつしか知らなかった。新鮮」
「ハァ」
「ネロサンもお金は後から出すから適当に服見繕って。今から錬金術師ギルド行く。その下の制服見られたら面倒」
「ハァ」
目を輝かせながら言っている姿に『その姿の頃は可愛げがあったンだな』という言葉が浮かんだが仕舞い込んでおく。
「あ、お金は」
「領収書、名前はガーロンド・アイアンワークス社のシド・ガーロンド。ネロさンに苦労をかけさせたお詫びで頼む」
「え」
着替えさせられ次は錬金術ギルドに向かうために帽子を深く被らされた。
不審な目で見られながら荷物を受け取る。「パパ」と呼ばれながらただ心を無にして重い鞄を持った。こういうストレスを解消する手段は簡単で。「ほら次は食材でも買い込むぞ。あぁガーロンド・アイアンワークス社のシド・ガーロンドで頼ンだぞ」とヤツの名義で買い物するのに限る。今ここにいる2人の心が痛まない楽しい手段だ。
「こんなに買って大丈夫?」
「最終的に全てガーロンドに行くから俺は痛くねェ。単純だからお前が関わってるつったら許すだろ」
「……そうだね! シドチョロいし! 暇つぶしにほしいものがジャンク屋にあったからそれもいいかな?」
「いいぜ買ってやろうじゃねェか。経費かガーロンドの金でな!」
「ホホー……ヘッヘッヘッそういうのやってみたかったんだよねえ!」
2人はゲラゲラと笑いながらウルダハの街に消えて行った。
◇
その後アンナの持っていた2人乗りマウントに乗りレヴナンツトール付近に降り立った。変形ロボットとはロマンが分かってンじゃねェかと言ってやると満面の笑みを浮かべていた。
しっかりとフードを被せ、荷物は買ったデカいスーツケースに入れて引っ張る。多分体を折り曲げたら横で手を引いている子供も入るかもしれないとふと頭に浮かび上がった。さすがに犯罪でしかない思考なので置いておく。
周囲を見回し、ガーロンド社で働き出してから拠点にしているアパートの一室に帰った。アンナは早速キョロキョロと見まわし部屋の設備を確認している。
「キッチン、よし。風呂トイレ別、よし。ベッドは1つか。まあ今の私小さいから2人行ける」
「おいおい俺はソファで寝るぞ」
「別に何も起こらない」
「バレたら殺されるつってンだろ!」
主にシドとお前の兄にな! と心の中で呟く。そんな考えもいざ知らず「別にキミがヘマしなきゃ死なないよ?」と首を傾げた。お前、マジかという言葉を飲み込みながらキッチンに食材を置く。こうやってシドを本気にさせて行ったんだなという底抜けな無神経さに流石のオレ様でも引いてしまっていた。
「飯は当番制でいいだろ? 今日は俺が作ってやるから明日はお前がやれ」
「いいの? ていうかネロサン料理できるんだ」
「おぼっちゃんと一緒にされるのは心外だナァ」
病み上がりみたいなやつなンだから座ってろと言いながら食材を手に取った。
◇
適当な料理を与えると意外なことに普通に食べた。いつもだったら一瞬で消える筈の食事が一般的な時間で胃袋に収まっている。さすがに大人のような暴れっぷりは発揮されないようだ。現在はシャワーを浴びに行っており、その合間にシドから怒りのリンクパール通信が来たので適当に受け答えする。
『だからお前は急にどこに行って』
「アー大丈夫だ。明日はきちンと出社して片付けるっつーの」
扉が開く音が聞こえた。「スマンがありがてェ説教は明日な」と切断し、それと同時にタオルを頭に乗せパジャマ姿のアンナが現れた。
「通話中だった?」
「愛しの会長サマからの説教だぜ。何せお前のひっでェラブレターで飛び出したわけだからな。怒髪天なンだわ」
「あっそう」
「っておい何髪拭かずにこっち来てンだよ! 乾かしてからにしろ!」
髪から雫を落としながら歩いているので注意した。するときょとんとした顔で「自然乾燥」と言うので「この野生児が」と頭を抱えながらドライヤーで乾かしてやる。
「耳に触ったら殺すからね」
「無茶言うな。イヤならその耳取り外せ」
「ふっ……耳だけにイヤと―――何でもない。そう言われると反論できないねぇ」
何で俺がガキのドライヤーの世話をしないといけないんだ、ボソボソ呟きながら軽く乾かしてやる。途中から気持ちがよかったのか気の抜けるような声と一緒に長い耳が垂れ下がる。何かリアクションをするべきかと思ったが指摘したら怒りそうなので何も言わない。というか同じくヴィエラで兄のエルが髪を乾かしている時はこうならないぞどうなっているのかと考え込んでしまう。
その後、今回のものも含め他に錬金術師ギルドにあった薬の効果について質疑応答を繰り返しながら時間を過ごす。そして夜が更ける頃に布団に投げ込み眠らせた。
寝る前に小さな肩に触れてしまった。ひんやりと冷気が伝わる。
「うわ冷て。いやこりゃ意外と冷房代わりになるか」
つい抱き寄せそのまま眠ってしまう。普段からこれ位大人しければという妙な考えを煙に巻きながら明日以降のシドやエルへの誤魔化し方を考えるのであった―――。
その2へ続く。
#ギャグ
漆黒以降の自機が子供化ギャグ概念。ネロ+光♀気味のシド光♀。ネロと自機はお互い友人以上の感情は無し。
やらかした。その一言に尽きる。
「サ、サリスさん大丈夫ですか!?」
覚醒するとベッドの上。アンナは身体をゆっくり起こし、錬金術師ギルドの人を見上げた。どうしてそんなにも心配そうな顔で見ているのかと腕組みすると自分の腕がえらく細いことに気付いた。鏡を渡されたのでちらと覗くと、小さな子供が自分を眺めている。
「は? え?」
喉から幼い声が出てる? アンナは察した。
衣服は子供用に着替えさせられ、数人がずっと頭を下げている。
なんと事故で被った錬金薬で、子供になってしまっていた。
下肢を確認すると、察する。14歳以下、つまりヴィエラの性別がはっきりする前の年齢に変化しているらしい。あっという間に血の気が引くのを感じた。
「個人差はありますが数日で戻っていると思います! ただ結構な量頭から被ってしまったので……」
「いやまあいつか戻るなら気にしてない。……誰かに連絡した?」
「いえ、サリスさんの意識が回復してからでいいかと思い。荷物はギルドの方でお預かりしています」
「ありがとう。……ツテはあるから大丈夫。後から取りに来るね」
介抱してくれたのであろう女性の手を振り払い寝台から降りる。
「絶対、暁には、ナイショでおねがい」
アンナは人差し指を口の前に持って行き、ウィンクをした。大人たちはキャーと黄色い声を上げている。チョロいもんだとニィと笑った。
とりあえずはレターモーグリーに頼むことにする。まずは手早く紙に一言書いた。そしてふわふわと浮かんでいるポンポンがチャームポイントの可愛らしい生物に小さく咳払いした後話しかけた。
「モーグリさん! お手紙送ってくださいな!」
「分かったクポ! 誰に送るクポ?」
「ガーロンド・アイアンワークス社にいるネロパパ!」
「そうなのクポ!? 誠意を込めて送ってあげるクポ!」
「なるべく急ぎで他の人に見られないように! えへへ、パパねー会社では私のこと隠してるから!」
アンナはフードを被り血反吐を吐きそうになりながら子供のフリをしてレターモーグリに便箋を渡す。
この奇妙な出来事を何とか現実として受け止めながらも流してもらえる存在が"彼"しか思い浮かばなかった。それはシドではない。なるべく多くの人にバレたくないのだ、あまり頼りたくない人間の1人だが仕方のない話だろう。
まさか相手があの英雄であろうとはつゆ知らず。ふわふわ飛んで行くモーグリを見送りながら待ち合わせ場所に向かった。大丈夫、これだけバカみたいな嘘吐いたらすぐに飛んで来るさと笑う。
◇
ガーロンド・アイアンワークス社。今日もせわしなくシド含めた社員たちが働く中、ネロは休憩室でサボっていた。本当はまた自由になりたかった。だが、シドやメスバブーンを中心とした環境は数々の好奇心を満たす案件をもたらすのでつい残ってしまう。
タバコをふかし物思いに更けていると目の前にポンとモーグリーが現れた。
「なンだこの白豚」
「クポー! ガーロンド・アイアンワークス社のネロさんクポね! お手紙どうぞクポ!」
「俺に手紙だぁ? 誰からだよ」
「娘さんクポ! 家族想いで意外といい人とは知らなかったクポー」
「アァ!?」
「と、とにかく渡したから失礼クポ!」
こっちの話を聞かず手紙を押し付け逃げるように消える。「何言ってンだクソが」と呟きながらとりあえず手紙を開くと可愛らしい文字で短い文が記されていた。
【緊急 誰にもバレずにウルダハクイックサンド前に来い 可愛い娘より】
紙切れをグシャリと丸め灰皿の上で燃やす。どういうことだとっちめンぞと言いながらコートを羽織り鞄に手を取った。
「ちょっとネロあなたどこに行くの!?」
「用事ができたから早退する」
「おいサボるな!」
会長と会長代理の言葉を無視しチョコボを呼びウルダハへ走り出した。
◇
精一杯飛ばし日が傾くより前に何とか辿り着いた。クイックサンド付近を見回すとララフェルの男数人とフードを被った小さな物体が。
「お坊ちゃん迷子かい? おじさんが一緒に探してあげようか?」
「いやいやワタクシがご一緒しましょう」
「可愛いねえ僕」
知ったこっちゃない。こんなクソみたいなイタズラ手紙送った首謀者は絶対にあのメスバブーンだ。遂にシドだけで満足できず俺にまで悪影響を与えに来やがった。どこにいるのかとため息を吐いているとフードを被ったガキがこっちを振り向いている。遠目からでも分かる位目を輝かせながら中性的な声でこう言いやがった。
「パパ!」
「アァ!?」
小走りで抱き着いてきやがった。危うくもう少しずれていたら鳩尾に頭が激突する所だった。そして普通のガキよりも少し強い力で腕を掴み引っ張る。
「おじさんたち話し相手になってくれてありがとう! ほらパパ行こ!」
「エ、ちょ、おま」
ポカンと見ている男たちを尻目にガキは同じく状況が理解できない俺を引っ張ってナル回廊へ連れて行かれる。
程々に人がいない所でこのガキの首根っこを掴み怒鳴ってやった。
「テメエのことなンぞ知らねェ! ガキはとっととおうちでママのおっぱいでも吸って寝てろ! ……っておま」
「はー今日はツイてない。しかし時々は元軍人の固い腹筋に当たるのも悪くない」
掴み上げフードを取り払うと長い耳。黒色の髪に赤色のメッシュ、赤色の目で褐色の肌。開いた口が塞がらず、血の気が引いて行くのが分かる。
「いやあネロサンならあんな血反吐吐きそうな手紙書いたら即飛んで来ると思ったよ嬉しいねぇ」
「メスバ、なに、ハ????」
毒づいていた相手と同じ喋り方をしたガキはケラケラと笑っている。厄介なことに巻き込まれてしまった、そうとしか言えないと片手で顔を覆った。
◇
「で? 錬金薬を事故でぶっかかってガキの姿に」
「そうそう」
「くだらねェ……ていうかナニしたらそンな事故起こンだよ」
食事でもしようかとクイックサンドに連れて行かれ座らされた。周りの視線が痛い。ガレアン人とフードを被ったガキとなると異質に映るだろう。勝手に付いてきただけだと主のモモディには言っておいた。
「いやあ頼れる人間を考えたらキミしかいなくてねえ」
「ガーロンドや暁にでも言えばいいじゃねェか」
「いや暁はグ・ラハとアリゼーが怖いし。シドは……特にめんど、じゃなかった性犯罪者にしたくないなって」
「俺はいいってのかよ」
「まず子供になったボクに対して過大なリアクションをしない存在。そして秘密を守って匿ってくれる。発情しない。シドの動きをいつでも確認できる相手」
アンナはサラダを頬張りながら順番に指を立てる。発情という言葉が引っかかるが何も言わず話を聞いてやる。
「その条件を満たせる知り合いって考えるとネロサンしかいないってわけ」
「呆れて何も言えねェ。つーかお前がガーロンドやグ・ラハらをどういう目で見てるかよく分かった」
「普段妄信的な目で見ているヤツらにキャーって言いながら抱きしめられたり着替えさせて来るのがイヤ。あとシドのヒゲ絶対痛い」
なるほどナァとその情景を思い浮かべた。多分ガーロンド社に連れて行っても同じようなリアクションをされるだろう。兄もいるしそりゃ祭りになるのは想像に難くない。
「だから! ネロサン! いやネロサマ! 拠点あるでしょ? しばらく泊めて! おねがい!」
「イヤに決まってンだろ!? ガーロンドに殺されるわ!!」
「パパのいじわる!」
「俺はバブーンじゃねェ!!」
ギャーギャー言い合っていると周りの視線が刺さる。舌打ちしながら座り直しため息を吐いた。
「家で大人しくするし料理も作るしその分のお金は色付けて出すから。キミはシドの動向さえ教えてくれたらそれでいい」
「なンでお前はそう変な方向に突っ切れるンだよ……」
時折思い切りが怖いというシドのボヤキを思い出す。これは、ダメだと眉間にしわを寄せ天を見上げた。
◇
結局ガキになっても変わらないアンナのゴリ押しに負け連れ帰ることにした。
まずは服を買いたいと引っ張られていく。今は冒険者ではなく庶民向けの服屋で下着等の選別を見守っている。
「服って子供の頃はもらったやつしか知らなかった。新鮮」
「ハァ」
「ネロサンもお金は後から出すから適当に服見繕って。今から錬金術師ギルド行く。その下の制服見られたら面倒」
「ハァ」
目を輝かせながら言っている姿に『その姿の頃は可愛げがあったンだな』という言葉が浮かんだが仕舞い込んでおく。
「あ、お金は」
「領収書、名前はガーロンド・アイアンワークス社のシド・ガーロンド。ネロさンに苦労をかけさせたお詫びで頼む」
「え」
着替えさせられ次は錬金術ギルドに向かうために帽子を深く被らされた。
不審な目で見られながら荷物を受け取る。「パパ」と呼ばれながらただ心を無にして重い鞄を持った。こういうストレスを解消する手段は簡単で。「ほら次は食材でも買い込むぞ。あぁガーロンド・アイアンワークス社のシド・ガーロンドで頼ンだぞ」とヤツの名義で買い物するのに限る。今ここにいる2人の心が痛まない楽しい手段だ。
「こんなに買って大丈夫?」
「最終的に全てガーロンドに行くから俺は痛くねェ。単純だからお前が関わってるつったら許すだろ」
「……そうだね! シドチョロいし! 暇つぶしにほしいものがジャンク屋にあったからそれもいいかな?」
「いいぜ買ってやろうじゃねェか。経費かガーロンドの金でな!」
「ホホー……ヘッヘッヘッそういうのやってみたかったんだよねえ!」
2人はゲラゲラと笑いながらウルダハの街に消えて行った。
◇
その後アンナの持っていた2人乗りマウントに乗りレヴナンツトール付近に降り立った。変形ロボットとはロマンが分かってンじゃねェかと言ってやると満面の笑みを浮かべていた。
しっかりとフードを被せ、荷物は買ったデカいスーツケースに入れて引っ張る。多分体を折り曲げたら横で手を引いている子供も入るかもしれないとふと頭に浮かび上がった。さすがに犯罪でしかない思考なので置いておく。
周囲を見回し、ガーロンド社で働き出してから拠点にしているアパートの一室に帰った。アンナは早速キョロキョロと見まわし部屋の設備を確認している。
「キッチン、よし。風呂トイレ別、よし。ベッドは1つか。まあ今の私小さいから2人行ける」
「おいおい俺はソファで寝るぞ」
「別に何も起こらない」
「バレたら殺されるつってンだろ!」
主にシドとお前の兄にな! と心の中で呟く。そんな考えもいざ知らず「別にキミがヘマしなきゃ死なないよ?」と首を傾げた。お前、マジかという言葉を飲み込みながらキッチンに食材を置く。こうやってシドを本気にさせて行ったんだなという底抜けな無神経さに流石のオレ様でも引いてしまっていた。
「飯は当番制でいいだろ? 今日は俺が作ってやるから明日はお前がやれ」
「いいの? ていうかネロサン料理できるんだ」
「おぼっちゃんと一緒にされるのは心外だナァ」
病み上がりみたいなやつなンだから座ってろと言いながら食材を手に取った。
◇
適当な料理を与えると意外なことに普通に食べた。いつもだったら一瞬で消える筈の食事が一般的な時間で胃袋に収まっている。さすがに大人のような暴れっぷりは発揮されないようだ。現在はシャワーを浴びに行っており、その合間にシドから怒りのリンクパール通信が来たので適当に受け答えする。
『だからお前は急にどこに行って』
「アー大丈夫だ。明日はきちンと出社して片付けるっつーの」
扉が開く音が聞こえた。「スマンがありがてェ説教は明日な」と切断し、それと同時にタオルを頭に乗せパジャマ姿のアンナが現れた。
「通話中だった?」
「愛しの会長サマからの説教だぜ。何せお前のひっでェラブレターで飛び出したわけだからな。怒髪天なンだわ」
「あっそう」
「っておい何髪拭かずにこっち来てンだよ! 乾かしてからにしろ!」
髪から雫を落としながら歩いているので注意した。するときょとんとした顔で「自然乾燥」と言うので「この野生児が」と頭を抱えながらドライヤーで乾かしてやる。
「耳に触ったら殺すからね」
「無茶言うな。イヤならその耳取り外せ」
「ふっ……耳だけにイヤと―――何でもない。そう言われると反論できないねぇ」
何で俺がガキのドライヤーの世話をしないといけないんだ、ボソボソ呟きながら軽く乾かしてやる。途中から気持ちがよかったのか気の抜けるような声と一緒に長い耳が垂れ下がる。何かリアクションをするべきかと思ったが指摘したら怒りそうなので何も言わない。というか同じくヴィエラで兄のエルが髪を乾かしている時はこうならないぞどうなっているのかと考え込んでしまう。
その後、今回のものも含め他に錬金術師ギルドにあった薬の効果について質疑応答を繰り返しながら時間を過ごす。そして夜が更ける頃に布団に投げ込み眠らせた。
寝る前に小さな肩に触れてしまった。ひんやりと冷気が伝わる。
「うわ冷て。いやこりゃ意外と冷房代わりになるか」
つい抱き寄せそのまま眠ってしまう。普段からこれ位大人しければという妙な考えを煙に巻きながら明日以降のシドやエルへの誤魔化し方を考えるのであった―――。
その2へ続く。
#ギャグ
"煙草"
注意・補足
煙草にまつわる漆黒以降のギャグ概念。
リン:レフの旧友にしてアンナの命の恩人であるリンドウ・フウガの愛称。アンナが34歳になるまで一緒に旅をしていた。
龍殺しの:リンドウの二つ名。ガレマールで戯曲化もされた東の英雄。欲のない無名の旅人。
納期は間近。またギリギリになる可能性も高いが"普段よりかは"間に合うだろう、シドは頭を晴らすために休憩室で1人電子タバコを吸う。味が好きなわけではない、ただ〆切が近づいた時にその煙をぼんやりと吸う。アンナは毎回「邪魔になるね」と言い5日程度連絡を一切交わさない。つまり合間の気分転換先がないのでこうやって一服することがあった。
ふと扉が開け放たれネロとレフがやって来る。シドの顔を見るなり「うわ酷い面だな会長クン」と言うのは失礼極まりない。ジトッとした目で睨むとレフは口元を上げた。
ネロが1本煙草を取り出すとレフはパチンと指を鳴らし火を灯す。横に座り副流煙を味わう姿に「お前は歩くライターか」とぼやく。
「僕も吸ってもいいんだが普段持ってる奴はネロに止められてね」
「お前が吸うシガーは慣れてねェやつが匂い嗅ぐだけで下手すりゃ業務に支障が出ちまうンだわ」
「何吸ってるんだお前……」
どうやらレフは故郷特有の特殊な葉巻を持っているらしい。ネロによると相当"脳にクる"ものだという。確かにこの時期にそんな匂いのものをぶち撒けられたら仕事に影響が出てしまうだろう。
「そういやお前メスバブーンに煙草のこと言ってなかったンだな」
「アンナはこういう時期は絶対来ないからな。何か言ってたか?」
「へーだってよ。興味なさそうだったぜ」
知ってたとシドは肩をすくめたがレフの言葉に固まる。
「まあ別に妹は煙草自体に嫌悪感はないだろう。リンもアリスもヘビースモーカーだったし。慣れてる文化だろうからスルーは仕方ないだろうな」
「は?」
「そういや蒼天街で火ィ点けてもらった時だいぶ手慣れてンなとは思ってたが」
「子供に火を点けさせるのは流石にしてないと思いたいが妹の方からやってた可能性はあるな」
シドはしばらくの沈黙の後ふと立ち上がる。「おい仕事に戻るのか?」とネロが問うと「ちょっと、アンナの所に、確認を」と眉間に皴を寄せボソボソ呟くのでギョッとした顔で2人がかりで押さえ込む。
「離せネロ、レフ! 俺は少し確かめに行くだけだ」
「やめとけ!」
「疲れで頭おかしくしてンじゃねェぞ!」
ジェシーの「会長早く仕事に戻ってください! ってネロもレフも大人げなく何やってるの!」という怒りの声が響き渡るまでこの騒ぎは収まらないのであった―――。
◇
後日。
「あ、ネロサンじゃん。煙草? 抵抗なし。でもあまり慣れない匂いが付くと戦闘に支障が出るから吸わない」
「アーそういう方向か。煙草の匂い如きで調子崩すってのはちと分かんねェが」
アンナの言葉に肩をすくめる。それに対しはにかんだ笑みを見せた。
「うんちの臭いで集中できないのと一緒。あーでも昔命の恩人が吸ってたやつはとってもいい匂いで阻害はされないかも」
「はー龍殺しの。ていうかクソと対比すンじゃねェよ不味くなンだろが」
軽く小突いてやるとニィと笑っている。アンナは思い出すように口元に指を寄せた。
「たまにキセルとかも見せてくれた。そういうコレクションが数少ない趣味だって。そういえば終の棲家には見当たらなかった。捨ててるかも」
「見たかったかもな。意外と知り合いにあげてンじゃね?」
「なかなか価値がありそうだから売ったとかもありえるだろ」
アンナは軽くため息を吐き「話題が逸れた」と切り替える。優しい笑顔を見せ語った。
「うーん銘柄不明だし20年程度の旅な記憶だから大人の味への憧れって記憶補正の可能性。実はクールに煙草吸うヒゲのおじさまが好きでね」
「ハァ。ていうか20年一緒に旅してたとか初耳だな。なあガーロンド」
「お前が男の趣味を語るなんて珍しいな。俺も初めて聞いたぞ」
「そう? キミと同じ年まで一緒に旅してたよ。そうだねえ、聞かれてないから言うわけないじゃん。―――あ、シドには内緒。面倒な未来しか見えない。ってうわシド偶然」
いつの間にかアンナの横にシドは腕組みをし立っていた。いつからいたのかと顔を青くしながら聞くとネロは「だいぶ序盤からいたぞ」と爆笑している。シドはガシリと腕を掴み笑顔を見せているが目は笑っていない。
「よおアンナ、元気そうに話してるじゃないか。で、うわとか面倒ってどういうことだ?」
「いや今のはその。面倒? あなたの聞き間違い。あ! 用事思い出した! じゃ!」
「お前昔『フウガとは成人してから少し後までしかいなかったよ』って言ってたよな?」
「え、そ、そうだっけなあ。いやヴィエラの成人って何歳なんだろーハハハ」
「きっちり聞かれてンじゃねえか。お前本ッ当に学ばねェな」
ネロは火元から逃げるようその場からそそくさと立ち去って行く。また「待てネロサン、キミがいないとシドの説教の度合いが変わる!」というアンナの悲痛な叫び声が響くのであった。
#エルファー関連 #ギャグ #即興SS
煙草にまつわる漆黒以降のギャグ概念。
リン:レフの旧友にしてアンナの命の恩人であるリンドウ・フウガの愛称。アンナが34歳になるまで一緒に旅をしていた。
龍殺しの:リンドウの二つ名。ガレマールで戯曲化もされた東の英雄。欲のない無名の旅人。
納期は間近。またギリギリになる可能性も高いが"普段よりかは"間に合うだろう、シドは頭を晴らすために休憩室で1人電子タバコを吸う。味が好きなわけではない、ただ〆切が近づいた時にその煙をぼんやりと吸う。アンナは毎回「邪魔になるね」と言い5日程度連絡を一切交わさない。つまり合間の気分転換先がないのでこうやって一服することがあった。
ふと扉が開け放たれネロとレフがやって来る。シドの顔を見るなり「うわ酷い面だな会長クン」と言うのは失礼極まりない。ジトッとした目で睨むとレフは口元を上げた。
ネロが1本煙草を取り出すとレフはパチンと指を鳴らし火を灯す。横に座り副流煙を味わう姿に「お前は歩くライターか」とぼやく。
「僕も吸ってもいいんだが普段持ってる奴はネロに止められてね」
「お前が吸うシガーは慣れてねェやつが匂い嗅ぐだけで下手すりゃ業務に支障が出ちまうンだわ」
「何吸ってるんだお前……」
どうやらレフは故郷特有の特殊な葉巻を持っているらしい。ネロによると相当"脳にクる"ものだという。確かにこの時期にそんな匂いのものをぶち撒けられたら仕事に影響が出てしまうだろう。
「そういやお前メスバブーンに煙草のこと言ってなかったンだな」
「アンナはこういう時期は絶対来ないからな。何か言ってたか?」
「へーだってよ。興味なさそうだったぜ」
知ってたとシドは肩をすくめたがレフの言葉に固まる。
「まあ別に妹は煙草自体に嫌悪感はないだろう。リンもアリスもヘビースモーカーだったし。慣れてる文化だろうからスルーは仕方ないだろうな」
「は?」
「そういや蒼天街で火ィ点けてもらった時だいぶ手慣れてンなとは思ってたが」
「子供に火を点けさせるのは流石にしてないと思いたいが妹の方からやってた可能性はあるな」
シドはしばらくの沈黙の後ふと立ち上がる。「おい仕事に戻るのか?」とネロが問うと「ちょっと、アンナの所に、確認を」と眉間に皴を寄せボソボソ呟くのでギョッとした顔で2人がかりで押さえ込む。
「離せネロ、レフ! 俺は少し確かめに行くだけだ」
「やめとけ!」
「疲れで頭おかしくしてンじゃねェぞ!」
ジェシーの「会長早く仕事に戻ってください! ってネロもレフも大人げなく何やってるの!」という怒りの声が響き渡るまでこの騒ぎは収まらないのであった―――。
◇
後日。
「あ、ネロサンじゃん。煙草? 抵抗なし。でもあまり慣れない匂いが付くと戦闘に支障が出るから吸わない」
「アーそういう方向か。煙草の匂い如きで調子崩すってのはちと分かんねェが」
アンナの言葉に肩をすくめる。それに対しはにかんだ笑みを見せた。
「うんちの臭いで集中できないのと一緒。あーでも昔命の恩人が吸ってたやつはとってもいい匂いで阻害はされないかも」
「はー龍殺しの。ていうかクソと対比すンじゃねェよ不味くなンだろが」
軽く小突いてやるとニィと笑っている。アンナは思い出すように口元に指を寄せた。
「たまにキセルとかも見せてくれた。そういうコレクションが数少ない趣味だって。そういえば終の棲家には見当たらなかった。捨ててるかも」
「見たかったかもな。意外と知り合いにあげてンじゃね?」
「なかなか価値がありそうだから売ったとかもありえるだろ」
アンナは軽くため息を吐き「話題が逸れた」と切り替える。優しい笑顔を見せ語った。
「うーん銘柄不明だし20年程度の旅な記憶だから大人の味への憧れって記憶補正の可能性。実はクールに煙草吸うヒゲのおじさまが好きでね」
「ハァ。ていうか20年一緒に旅してたとか初耳だな。なあガーロンド」
「お前が男の趣味を語るなんて珍しいな。俺も初めて聞いたぞ」
「そう? キミと同じ年まで一緒に旅してたよ。そうだねえ、聞かれてないから言うわけないじゃん。―――あ、シドには内緒。面倒な未来しか見えない。ってうわシド偶然」
いつの間にかアンナの横にシドは腕組みをし立っていた。いつからいたのかと顔を青くしながら聞くとネロは「だいぶ序盤からいたぞ」と爆笑している。シドはガシリと腕を掴み笑顔を見せているが目は笑っていない。
「よおアンナ、元気そうに話してるじゃないか。で、うわとか面倒ってどういうことだ?」
「いや今のはその。面倒? あなたの聞き間違い。あ! 用事思い出した! じゃ!」
「お前昔『フウガとは成人してから少し後までしかいなかったよ』って言ってたよな?」
「え、そ、そうだっけなあ。いやヴィエラの成人って何歳なんだろーハハハ」
「きっちり聞かれてンじゃねえか。お前本ッ当に学ばねェな」
ネロは火元から逃げるようその場からそそくさと立ち去って行く。また「待てネロサン、キミがいないとシドの説教の度合いが変わる!」というアンナの悲痛な叫び声が響くのであった。
#エルファー関連 #ギャグ #即興SS
"名前"
注意・補足
森の名を知りたいシドと全てを教えたい自機のギャグ概念です。
レフ:エルファー・レフ・ジルダ。アンナの実の兄。笑顔がヘタクソ。妹に負い目を感じている。
ア・リス:アンナが雇った新人リテイナー。エルファーの友人と似ているらしいが…?
リン:リンドウ・フウガ。アンナの命の恩人にして旅の始まりにして元凶。不器用で感情表現が下手な枯れた男。20年前には死んでる。
「アンナ、そろそろ名前教えてくれてもよくないか?」
「はい?」
シドの一言が今回の長い戦いの始まりだった。
「もしかしてボケ始まったやつ? アンナ・サリスさ」
「違う。それは今エオルゼアで名乗っている"街の名"だろ? ていうか今ボケとか言ったか?」
「おっと口が滑ってしまった。―――それでいいじゃない。今の私はアンナだよ」
アンナ・サリスは彼女がエオルゼアに来てから咄嗟に名乗ったものだ。生まれた時に付けられた名前ではない。集落で名乗っていた生まれながらの名前は"森の名"と言うらしい。ヴィエラの女性は部族名がファミリーネームと聞いている。なのでエルダスという所までは把握しているのだが、そのファーストネームは未だに不明なままであった。
「その、好きな人間のことは全て知りたいに決まってるだろ? 普段呼ぶ呼ばない関係なく」
「そういうものなの?」
「そういうものだ」
「ふーむ全てを知りたい、ねぇ」
しばらく考え込む姿を見せる。「よし」と呟きアンナは口を開く。
「ネリネ」
◇
「レフ」
「おや会長クンじゃないか。どうした?」
シドは小走りでアンナの兄であり、社員として働いているレフに話しかける。
「アンナの"森の名"って知ってるよな?」
「勿論。実の妹なんだからな」
「ネリネ」
その単語にレフは首を傾げる。シドは反応を見てため息を吐いた。
「違うんだな?」
「違うな」
「教えてほしい」
「本人から聞き給え。答え合わせはしてやろう。僕以外に判断要素がないだろうからな」
やれやれと肩をすくめる姿にシドは拳を握り、「絶対に聞き出してやる」と闘志を燃やしている。
近くでコーヒーを啜っていたネロは呆れた目でその風景を見ていた。
◇
「アマリリス」
「……違うな」
「ダリア」
「かすってもいない」
「カリス」
「文字数も違う」
「ガーベラ」
「一文字もないな」
「ルディン」
「ない」
「スピネル」
「全く違う」
「ガーネット」
「ソル帝の前で名乗ってたやつじゃねェか?」
「確かに」
「ベリル」
「もう4文字の名前が出るまで僕に聞くな」
直接会った時、リンクパールで連絡した時、一緒に食事に行った時。数々の逢瀬で聞き出してはレフに尋ねに行く。そういえば珍しくリンクパールを常に付けていたりレヴナンツトールに滞在を続けているなと考えがよぎる。だが全く真実に近付きそうにもない状態にシドは歯ぎしりをする。どうしてそんなにも躱そうとするのか、本当に嫌なのならばはっきりと断ればいい。その筈なのに延々と偽名を口に出すのは意図が読めない。ため息を吐いた。
◇
「おっ今日もいいもの持って帰って来たぜご主人!」
「ご苦労様、ア・リス」
アンナははにかみ最近雇ったリテイナーである金髪ミコッテの青年から掘り出し物を受け取る。今日は奇妙な歯車と食材のようだ。お礼を言いながら再び給金代わりのスクリップを渡そうとするとア・リスは首を傾げる。
「ナァ最近シドのダンナ機嫌悪くね?」
「まーたどこで覗いてるのかな? 名前教えろって言われたから教えてるだけだよ」
「森の名をか? 教えりゃいいじゃん」
「あっさり言ったらコミュニケーションが終わっちゃうよ?」
ニコリと笑いながらアンナはこれまでシドに教えた名前を挙げる。
「これらはね、昔名乗っていた街の名なの」
「そんなにあんのか!」
「まだまだあるよ? 何せ50年程度は旅して街や地域ごとに変えてたんだからいっぱいあるさ」
「……それダンナには街の名だって言ってんの?」
「言ってないよ?」
ア・リスはうわぁと言葉を詰まらせた。それに対しアンナは首を傾げている。「何か問題でも?」と言うとア・リスはいやいやと言いながら肩を掴む。
「そういうのはちゃんと先に言っとけ。それでいつも痛い目に遭ってんじゃねえか」
「? 向こうがこれが森の名だなって思ったらそれで終わりでもいいよ?」
「後から面倒になるやつじゃん!」
「いやボクもそう思うんだけどね。"全てを知りたい"なんて言われちゃったらさ」
「俺様は忠告したからな? どうなっても知らねえぞ?」
へへと顔を赤らめながら改める気のないアンナの行動に呆れた目を見せながらアリスはパタパタと走って行った。アンナは首を傾げ逆の方向に歩き出した。
◇
数日後。
「レフ! ……フレイヤか?」
「おっ会長クン大正解だ。よく頑張ったじゃないか」
よしと拳を振り上げ喜びを隠しきれないシドをレフは口角を上げ笑っているような姿を見せる。
「やっと教えてもらえたんだな?」
「まあようやく街の名のストックが切れたとか言って教えてくれたさ」
お前に申告なしの名前だけでもあれから20個くらいあったがなと疲れた切った表情を見せている。レフは「そうかこれまでの街の名だったのか」と頷いている。その後指を突き立てる。
「貴重な妹の過去を聞けたから嬉しい。じゃあ次に君も気になるお題を出そうか」
「何だ? また時間のかかりそうなものは嫌だからな」
「サリスの由来、聞きたくないか?」
その言葉にシドは目を見開く。「そういえば、どこから出て来たのか知らんな」とボソボソと呟いている。
「じゃあ今聞いて来るか」
「おう行ってこい行ってこい。それに関しては僕も正解を知らないからな、ゆっくり教えてもらったらいい」
シドは小走りでその場から去って行く。ネロは怪訝な顔をしてレフに近付く。
「ネロ、サリスというのはリンの父方のファミリーネームなんだ。フウガは母方のだって昔聞いてる」
「ゲッ、知ってて行かせてンのか」
「勿論。まあ偶然の一致かもしれんからな。念のために聞いててほしいと思ってね」
「いやガーロンドの地雷じゃなかったか? メスバブーンの命の恩人関連ってよ」
レフは勿論知っているとニコリと笑う。シドにとって命の恩人に関わる話は露骨に機嫌が悪くなる"地雷"な話題だ。アンナは何度がポロリと話してしまい「やっべ」と溢す局面に遭った。
「1週間位惚気のダシに使われて僕は疲れてるんだ。まあ少しくらい妹の躾を行っても罰は当たらん。あと僕の予想だが最初に聞いてきた時の街の名"ネリネ"はアリスとリンのクソ野郎2人が付けたやつだと思ってるよ。姫彼岸花、リンドウと同じ秋の花の名前だ」
ネロの乾いた笑い声にレフはウィンクのつもりなのか目を閉じて口角を上げている。片目は髪で隠しているから分からないのだが本人は気付いていないし多分出来ていないだろう。
数分後、シドの「待て逃げるな!」という怒鳴り声が聞こえ、「アンナ逃げやがったぞ! アレは絶対リンドウ関係だ!!」と駆け込んでくる姿に対し「ほらな」と腕組みするレフの姿があった。
この後1週間程度アンナとは連絡を取れなくなったという。しかし事前に石の家へ行き根回しをし、何とか捕獲された。
◇
「ほら言ったじゃねえか。痛い目に遭うぞって」
「だって……だってぇ……」
捕獲からの"お話"から何とか逃げ出し、楽しいんだからしょうがないじゃん! という開き直る姿に偶然通りかかったア・リスはため息を吐く。直後真面目な顔を見せ、ボソリと呟く。
「人間って残酷だよね。1を知れば100が欲しくなる、貪欲な生き物だ」
「あっさり森の名教えてりゃ今のファミリーネームの由来なんざ聞かれなかっただろ」
「ぐ、ぐぬぬ」
言い返せない様子にア・リスはニャハハと笑う。しかし人の気配を感じるとア・リスは耳をピンと立て走り去って行った。アンナは「あれ?」とキョロキョロ見回していると背後から肩を叩かれる。石のように一瞬固まる。慎重に振り向くと笑顔のシドの姿が。
「アンナ、話は終わってないからな?」
「へ、へへっ、旦那、仲良くしやしょうぜ……」
教訓。故郷が関係することの話題は早急に事実を伝え終わらせよう。そうアンナの胸に刻み込まれるのであった―――。
#シド光♀ #ギャグ
森の名を知りたいシドと全てを教えたい自機のギャグ概念です。
レフ:エルファー・レフ・ジルダ。アンナの実の兄。笑顔がヘタクソ。妹に負い目を感じている。
ア・リス:アンナが雇った新人リテイナー。エルファーの友人と似ているらしいが…?
リン:リンドウ・フウガ。アンナの命の恩人にして旅の始まりにして元凶。不器用で感情表現が下手な枯れた男。20年前には死んでる。
「アンナ、そろそろ名前教えてくれてもよくないか?」
「はい?」
シドの一言が今回の長い戦いの始まりだった。
「もしかしてボケ始まったやつ? アンナ・サリスさ」
「違う。それは今エオルゼアで名乗っている"街の名"だろ? ていうか今ボケとか言ったか?」
「おっと口が滑ってしまった。―――それでいいじゃない。今の私はアンナだよ」
アンナ・サリスは彼女がエオルゼアに来てから咄嗟に名乗ったものだ。生まれた時に付けられた名前ではない。集落で名乗っていた生まれながらの名前は"森の名"と言うらしい。ヴィエラの女性は部族名がファミリーネームと聞いている。なのでエルダスという所までは把握しているのだが、そのファーストネームは未だに不明なままであった。
「その、好きな人間のことは全て知りたいに決まってるだろ? 普段呼ぶ呼ばない関係なく」
「そういうものなの?」
「そういうものだ」
「ふーむ全てを知りたい、ねぇ」
しばらく考え込む姿を見せる。「よし」と呟きアンナは口を開く。
「ネリネ」
◇
「レフ」
「おや会長クンじゃないか。どうした?」
シドは小走りでアンナの兄であり、社員として働いているレフに話しかける。
「アンナの"森の名"って知ってるよな?」
「勿論。実の妹なんだからな」
「ネリネ」
その単語にレフは首を傾げる。シドは反応を見てため息を吐いた。
「違うんだな?」
「違うな」
「教えてほしい」
「本人から聞き給え。答え合わせはしてやろう。僕以外に判断要素がないだろうからな」
やれやれと肩をすくめる姿にシドは拳を握り、「絶対に聞き出してやる」と闘志を燃やしている。
近くでコーヒーを啜っていたネロは呆れた目でその風景を見ていた。
◇
「アマリリス」
「……違うな」
「ダリア」
「かすってもいない」
「カリス」
「文字数も違う」
「ガーベラ」
「一文字もないな」
「ルディン」
「ない」
「スピネル」
「全く違う」
「ガーネット」
「ソル帝の前で名乗ってたやつじゃねェか?」
「確かに」
「ベリル」
「もう4文字の名前が出るまで僕に聞くな」
直接会った時、リンクパールで連絡した時、一緒に食事に行った時。数々の逢瀬で聞き出してはレフに尋ねに行く。そういえば珍しくリンクパールを常に付けていたりレヴナンツトールに滞在を続けているなと考えがよぎる。だが全く真実に近付きそうにもない状態にシドは歯ぎしりをする。どうしてそんなにも躱そうとするのか、本当に嫌なのならばはっきりと断ればいい。その筈なのに延々と偽名を口に出すのは意図が読めない。ため息を吐いた。
◇
「おっ今日もいいもの持って帰って来たぜご主人!」
「ご苦労様、ア・リス」
アンナははにかみ最近雇ったリテイナーである金髪ミコッテの青年から掘り出し物を受け取る。今日は奇妙な歯車と食材のようだ。お礼を言いながら再び給金代わりのスクリップを渡そうとするとア・リスは首を傾げる。
「ナァ最近シドのダンナ機嫌悪くね?」
「まーたどこで覗いてるのかな? 名前教えろって言われたから教えてるだけだよ」
「森の名をか? 教えりゃいいじゃん」
「あっさり言ったらコミュニケーションが終わっちゃうよ?」
ニコリと笑いながらアンナはこれまでシドに教えた名前を挙げる。
「これらはね、昔名乗っていた街の名なの」
「そんなにあんのか!」
「まだまだあるよ? 何せ50年程度は旅して街や地域ごとに変えてたんだからいっぱいあるさ」
「……それダンナには街の名だって言ってんの?」
「言ってないよ?」
ア・リスはうわぁと言葉を詰まらせた。それに対しアンナは首を傾げている。「何か問題でも?」と言うとア・リスはいやいやと言いながら肩を掴む。
「そういうのはちゃんと先に言っとけ。それでいつも痛い目に遭ってんじゃねえか」
「? 向こうがこれが森の名だなって思ったらそれで終わりでもいいよ?」
「後から面倒になるやつじゃん!」
「いやボクもそう思うんだけどね。"全てを知りたい"なんて言われちゃったらさ」
「俺様は忠告したからな? どうなっても知らねえぞ?」
へへと顔を赤らめながら改める気のないアンナの行動に呆れた目を見せながらアリスはパタパタと走って行った。アンナは首を傾げ逆の方向に歩き出した。
◇
数日後。
「レフ! ……フレイヤか?」
「おっ会長クン大正解だ。よく頑張ったじゃないか」
よしと拳を振り上げ喜びを隠しきれないシドをレフは口角を上げ笑っているような姿を見せる。
「やっと教えてもらえたんだな?」
「まあようやく街の名のストックが切れたとか言って教えてくれたさ」
お前に申告なしの名前だけでもあれから20個くらいあったがなと疲れた切った表情を見せている。レフは「そうかこれまでの街の名だったのか」と頷いている。その後指を突き立てる。
「貴重な妹の過去を聞けたから嬉しい。じゃあ次に君も気になるお題を出そうか」
「何だ? また時間のかかりそうなものは嫌だからな」
「サリスの由来、聞きたくないか?」
その言葉にシドは目を見開く。「そういえば、どこから出て来たのか知らんな」とボソボソと呟いている。
「じゃあ今聞いて来るか」
「おう行ってこい行ってこい。それに関しては僕も正解を知らないからな、ゆっくり教えてもらったらいい」
シドは小走りでその場から去って行く。ネロは怪訝な顔をしてレフに近付く。
「ネロ、サリスというのはリンの父方のファミリーネームなんだ。フウガは母方のだって昔聞いてる」
「ゲッ、知ってて行かせてンのか」
「勿論。まあ偶然の一致かもしれんからな。念のために聞いててほしいと思ってね」
「いやガーロンドの地雷じゃなかったか? メスバブーンの命の恩人関連ってよ」
レフは勿論知っているとニコリと笑う。シドにとって命の恩人に関わる話は露骨に機嫌が悪くなる"地雷"な話題だ。アンナは何度がポロリと話してしまい「やっべ」と溢す局面に遭った。
「1週間位惚気のダシに使われて僕は疲れてるんだ。まあ少しくらい妹の躾を行っても罰は当たらん。あと僕の予想だが最初に聞いてきた時の街の名"ネリネ"はアリスとリンのクソ野郎2人が付けたやつだと思ってるよ。姫彼岸花、リンドウと同じ秋の花の名前だ」
ネロの乾いた笑い声にレフはウィンクのつもりなのか目を閉じて口角を上げている。片目は髪で隠しているから分からないのだが本人は気付いていないし多分出来ていないだろう。
数分後、シドの「待て逃げるな!」という怒鳴り声が聞こえ、「アンナ逃げやがったぞ! アレは絶対リンドウ関係だ!!」と駆け込んでくる姿に対し「ほらな」と腕組みするレフの姿があった。
この後1週間程度アンナとは連絡を取れなくなったという。しかし事前に石の家へ行き根回しをし、何とか捕獲された。
◇
「ほら言ったじゃねえか。痛い目に遭うぞって」
「だって……だってぇ……」
捕獲からの"お話"から何とか逃げ出し、楽しいんだからしょうがないじゃん! という開き直る姿に偶然通りかかったア・リスはため息を吐く。直後真面目な顔を見せ、ボソリと呟く。
「人間って残酷だよね。1を知れば100が欲しくなる、貪欲な生き物だ」
「あっさり森の名教えてりゃ今のファミリーネームの由来なんざ聞かれなかっただろ」
「ぐ、ぐぬぬ」
言い返せない様子にア・リスはニャハハと笑う。しかし人の気配を感じるとア・リスは耳をピンと立て走り去って行った。アンナは「あれ?」とキョロキョロ見回していると背後から肩を叩かれる。石のように一瞬固まる。慎重に振り向くと笑顔のシドの姿が。
「アンナ、話は終わってないからな?」
「へ、へへっ、旦那、仲良くしやしょうぜ……」
教訓。故郷が関係することの話題は早急に事実を伝え終わらせよう。そうアンナの胸に刻み込まれるのであった―――。
#シド光♀ #ギャグ
おまけ"エプロン"
注意
"エプロン"の後日談なSSです。
「シドの莫迦はどこ!!」
「アンナじゃないか。お使いは終わったのか?」
ある日のガーロンド社。箱を脇に抱え珍しく怒りの形相でシドの前に現れた。周りの社員たちも物珍しそうな目でアンナを見た。石の家に預けていたものを持っている姿を見て笑顔になる。
「ああ石の家に行ってたのか」
「何呑気な声出してる、表出な一発殴らせて」
「お前に殴られたら顔の形が残らないだろうが」
「失礼な。手加減位できる」
まあとりあえず部屋で話は聞くからと宥めながら工房を後にした。大方エプロンに対する感想だろう。デカい声で万が一兄の耳に届いてしまうと最悪自分ごと燃やされる可能性が高い。
残された社員たちは各々の神やら空に祈りを捧げている。覚えてろよと思いながらアンナの手を引っ張った。そして自室に連れて行き、鍵を閉める。
「珍しく怒ってるじゃないか。どうした?」
「まさか心当たりが、無い!?」
呆れた顔に笑みがこぼれる。数年前では絶対に見せなかった表情だ。すっかり憑き物が落ち、女性というよりは少年っぽいアンナに愛おしさが増していく。箱を開き中に入っていた布を指さす。白いフリルが眩しい丈が短いエプロンだ。
「確かにシンプルで可愛さと実用性が両立したエプロン使ってたけど、せめて実用的な方面に! キミ仮にも物作る会社の社長じゃなかったっけ!?」
「シンプルだろ? いででで」
思い切りヒゲを引っ張られた。あのね、と言うので首を傾げる。
「百億歩譲ってこれを着るとする」
「嬉しいな」
「まずこんなレース私に似合うわけない、ていうかこのエプロン知ってるよ? 他の布は?」
「アンナは何でも着るじゃないか。ああドレス部分等まとめて保管はしてる」
「趣味悪」
アンナはエプロンの入手経路に関して心当たりがあったようだ。いずれ見せてもらえたら嬉しい。だが普通に着こなしそうでつまらないと思い、エプロンだけ渡したのはバレているみたいだ。結構恥ずかしかったんだぞと言ってやると「でしょうね!?」と素っ頓狂な声を上げた。
「考えて、あなた裸オーバーオールやれって言ったらやる?」
「俺がやっても面白くないだろ何言ってるんだ」
「それは私も同じ。あ、いやそんなこの世の絶望みたいな顔しないで。ただ白は汚れが目立つし普段使い出来ないかもってだけ」
そんな顔をしていたのだろうか? 確かに突き返されそうな雰囲気だったので少々悲しかったが、アンナはシドの頭を優しく撫でる。
「あー実用的だったら幻影化させて自慢したよ? これは……あなたの前でしか着ることが出来ない」
頬にリップ音を立て口付けられると顔が熱くなり、ふわりと漂う汗のにおいに喉が鳴る。珍しく香水を付けていない。本当に走り回った帰りに荷物を受け取ってからここに来たのかと思うと興奮してくる。それに渡したのは自分の前でだけ着てほしいという下心も一切なかったわけではない。さすがにそこまで心は読まれていないようだ、サッと離れ「ほら仕事に戻りな」と扉を指さす。
「今日食事どう?」
「定時で帰れるように調整しようじゃないか」
「無理な方に賭ける」
「アンナが関わると仕事の効率が上がると評判だぞ?」
「胸を張らず普段から頑張れ」
じゃあここで待ってるから行ってきなさいとそっぽを向き手を振っている。ああすまないと言いながら部屋を後にした。稀に文句を口にするが決して受け取り拒否はしないアンナは本当にいい人だなと笑顔が漏れた。
―――数日後。アンナは渡したエプロンを堂々と着てガーロンド社に現れる。兎に角「シドから貰った」と強調しながら笑顔で社内を歩き回った。そこには男性社員からは好奇心の目で見られ、女性社員からは睨まれ小さくなったシドの姿があった。そういえば自分だけに見せてくれ、とは言わなかったなと思い返す。しかし『自分の前でしか着ることが出来ない』って言っていたじゃないかと頭を抱えた。罰ゲームのような時間を過ごし、もう二度とやるまいと誓う。
数日あらぬ噂が囁かれ必死に誤解を解いて回った。勿論即彼女の兄にもバレ、写真片手にお礼を言われながら飛び蹴りを喰らったのはまた別の話。
#シド光♀ #ギャグ
"エプロン"の後日談なSSです。
「シドの莫迦はどこ!!」
「アンナじゃないか。お使いは終わったのか?」
ある日のガーロンド社。箱を脇に抱え珍しく怒りの形相でシドの前に現れた。周りの社員たちも物珍しそうな目でアンナを見た。石の家に預けていたものを持っている姿を見て笑顔になる。
「ああ石の家に行ってたのか」
「何呑気な声出してる、表出な一発殴らせて」
「お前に殴られたら顔の形が残らないだろうが」
「失礼な。手加減位できる」
まあとりあえず部屋で話は聞くからと宥めながら工房を後にした。大方エプロンに対する感想だろう。デカい声で万が一兄の耳に届いてしまうと最悪自分ごと燃やされる可能性が高い。
残された社員たちは各々の神やら空に祈りを捧げている。覚えてろよと思いながらアンナの手を引っ張った。そして自室に連れて行き、鍵を閉める。
「珍しく怒ってるじゃないか。どうした?」
「まさか心当たりが、無い!?」
呆れた顔に笑みがこぼれる。数年前では絶対に見せなかった表情だ。すっかり憑き物が落ち、女性というよりは少年っぽいアンナに愛おしさが増していく。箱を開き中に入っていた布を指さす。白いフリルが眩しい丈が短いエプロンだ。
「確かにシンプルで可愛さと実用性が両立したエプロン使ってたけど、せめて実用的な方面に! キミ仮にも物作る会社の社長じゃなかったっけ!?」
「シンプルだろ? いででで」
思い切りヒゲを引っ張られた。あのね、と言うので首を傾げる。
「百億歩譲ってこれを着るとする」
「嬉しいな」
「まずこんなレース私に似合うわけない、ていうかこのエプロン知ってるよ? 他の布は?」
「アンナは何でも着るじゃないか。ああドレス部分等まとめて保管はしてる」
「趣味悪」
アンナはエプロンの入手経路に関して心当たりがあったようだ。いずれ見せてもらえたら嬉しい。だが普通に着こなしそうでつまらないと思い、エプロンだけ渡したのはバレているみたいだ。結構恥ずかしかったんだぞと言ってやると「でしょうね!?」と素っ頓狂な声を上げた。
「考えて、あなた裸オーバーオールやれって言ったらやる?」
「俺がやっても面白くないだろ何言ってるんだ」
「それは私も同じ。あ、いやそんなこの世の絶望みたいな顔しないで。ただ白は汚れが目立つし普段使い出来ないかもってだけ」
そんな顔をしていたのだろうか? 確かに突き返されそうな雰囲気だったので少々悲しかったが、アンナはシドの頭を優しく撫でる。
「あー実用的だったら幻影化させて自慢したよ? これは……あなたの前でしか着ることが出来ない」
頬にリップ音を立て口付けられると顔が熱くなり、ふわりと漂う汗のにおいに喉が鳴る。珍しく香水を付けていない。本当に走り回った帰りに荷物を受け取ってからここに来たのかと思うと興奮してくる。それに渡したのは自分の前でだけ着てほしいという下心も一切なかったわけではない。さすがにそこまで心は読まれていないようだ、サッと離れ「ほら仕事に戻りな」と扉を指さす。
「今日食事どう?」
「定時で帰れるように調整しようじゃないか」
「無理な方に賭ける」
「アンナが関わると仕事の効率が上がると評判だぞ?」
「胸を張らず普段から頑張れ」
じゃあここで待ってるから行ってきなさいとそっぽを向き手を振っている。ああすまないと言いながら部屋を後にした。稀に文句を口にするが決して受け取り拒否はしないアンナは本当にいい人だなと笑顔が漏れた。
―――数日後。アンナは渡したエプロンを堂々と着てガーロンド社に現れる。兎に角「シドから貰った」と強調しながら笑顔で社内を歩き回った。そこには男性社員からは好奇心の目で見られ、女性社員からは睨まれ小さくなったシドの姿があった。そういえば自分だけに見せてくれ、とは言わなかったなと思い返す。しかし『自分の前でしか着ることが出来ない』って言っていたじゃないかと頭を抱えた。罰ゲームのような時間を過ごし、もう二度とやるまいと誓う。
数日あらぬ噂が囁かれ必死に誤解を解いて回った。勿論即彼女の兄にもバレ、写真片手にお礼を言われながら飛び蹴りを喰らったのはまた別の話。
#シド光♀ #ギャグ
"エプロン"
注意
漆黒以降のお話ですが展開には触れてません。付き合った後の裸エプロン云々ギャグ概念。R18無しバージョン。事後描写有り。
「久々に会って早速? おうおう徹夜明けにしては元気」
黒髪のヴィエラは目を細め、抱きしめる男の頬をつねった。
お互い想いを伝えてからそれなりの時間が経過したが何も変わらない時が流れていた。無自覚だったが、付き合い始める前からほぼ恋人同士がやる行為は大体していたらしいので、変わらないのも仕方がないのかもしれない。唯一やってないことといえばと周りに報告した際、大体「今更何言ってるんだコイツら」とリアクションをされたので多分そうなのだろう。兄との決戦が一番盛り上がったのも記憶に新しい。
閑話休題。目の前の問題は解決していないもののようやく合致する空いた時間を捻出することができた。よって「ご飯でも作ってやる」とトップマストの一室へ招待した。定住するつもりはないが、もうしばらくの間はエオルゼアにいるので荷物置きがてら購入を決めた。しかし今日まで誰にもこの場所の話をしていない。ちょうどいい機会だし一番最初に言うならシドだなと判断したのが決め手である。
部屋はいつでも引き払えるよう極力シンプルな配置にした。荷物置き、寝る場所、あと作業スペースとキッチントイレシャワーがある程度だ。本当は命の恩人の絵とオルシュファンの肖像画が飾っていたのだが隠している。意外と嫉妬する人間らしく、"スイッチ"がどこにあるか分からないのだ。そんなことで怒ったりしないのは知っているが不安要素は極力排除するに限る。
扉を開き、案内された徹夜明けのシドは目を丸くし「ここは?」と聞く。「私の部屋。初めて人を招いた」と言ってやると分かりやすいくらい満面な笑顔でこっちを見た。その場で荷物を下ろし抱きしめようとしたので「扉閉めるまで待てバカ」と力で押しのけた。
「色気のない部屋で悪いね」
「効率を追い求めたらこうなるだろう。俺も部屋を作れと言われたらキッチン以外は同じ感じになるな」
「そういうものかぁ」
生活観はそんなに変わらなかったらしい、持っていた荷物を下ろしながらアンナは苦笑する。諸々の報告合間に仕込みは終わらせていたので、エプロンをつけながらキッチンへ足を向けようとした直後、抱きしめられた。呆れた顔して名前を呼ぶと「エプロン、似合うな」と言い、離す様子はない。これは真っ黒な布地に胸元のヒナチョコボの刺繍が可愛いシンプルなものだった。似合うと言われても大体の人間は着ても違和感持たれないオーソドックスなものじゃないかと首を傾げる。そういえばシドには製作作業中の姿は初めて見せるかと思い出した。
どうやら抱き返さないといけないのだろう、「そうだね」と頭に片手を置き、ついでに「今はこれで満足して」とアゴの髭を撫でてやる。顔を上げたので頬に口付け、振りほどこうとしたら首に腕を回され唇を奪われた。完璧に"スイッチ"でも入ったかと思い薄く口を開き、舌先を差し出してやると肉厚な舌を絡まされる。キスの仕方はもう覚えた。どうやれば相手が喜ぶのか、それを忠実に再現するだけで大体は満足して離れるので正直言ってチョロい話である。ニィと笑いながら料理の手順を浮かべていたが今回はいつまで経っても解放されそうにない。少々苦しくなり「シ、ド」と声を漏らすとようやく離れていく。そしてなんとか冒頭の言葉を吐き、頬を思い切りつねった。顔を赤くしながら解放するシドの腕を引っ張り椅子に座らせる。
「ご飯終わるまでいい子にしてて」
「ああすまんな」
料理の邪魔をしたら追い出すからねと釘を刺し調理場に立った。流石にそこまで言えば大人しくするだろう。しかし1人のために料理を作ってやるのは初めてだなあとぼんやりと思い返した。
◇
手伝うことはないのかという言葉に必要ない、またいつかねと返しつつ作った料理は今回も自信作であった。お互い味は特に気にしていない。相当ダークマターや生焼けでない限り食べるが美味しいに越したことはない。アンナはシドを笑顔で観察する。雑な所もあるがさすがおぼっちゃんだっただけあり自分と違い丁寧だ。残念ながらアンナのテーブルマナーに対する知識は多少教えてもらったのと本で読んだ分しか知らないが。
子供っぽい夢の追いかけ方をしているが基本的には堅物だし細かい所で大人だなあと思う部分がある。そんな人間が60年程度人と関わってこなかった自分に対し、気を長く教えながら付いて来ている事実が少しだけ照れくさい。世の中には魅力的な女性がたくさんいるのにね、と言えば「お前以上の人間なんて知らんぞ」と返す。―――まあシドのみならず複数人から「あなたに慣れるといろんな意味でもう他では満足できなくなるダメ人間製造機」とありがたい言葉をいただいた。何を言っているのか分からないので考えないことにする。
気になったのかふと「アンナ?」と名前を呼ばれた。
「? どうした?」
「いやそんなに見つめられても困るんだが」
「人がおいしそうに食べてるの見るのは悪くないねえ」
あなただってよく見つめてくるでしょと言うと肩をすくめた。ワインも開け喉に流し込む。昔から酔うことのないただの色の付いた水だったモノもこの人と出会ってから有意義な時間を過ごすためのものになった。食事という行為だってそう。生きるため早急に摂取するものからこうやって人と談笑するために変わり悪くはないなと思うようになった。昔の自分が見たらどう思うだろう。『情けない、短命のやつらと無駄な時間を過ごすな』と言うなと苦笑した。
そうだ、"彼ら"は普通だったらアンナより遥かに早く死ぬ。しかし別の未来の話を聞いた時、寿命の大小なんて考える必要はないな、と思うようになった。流石にシドが死んだら心が苦しくなるかもしれない。適度に長生きできるように手を回してやったらいいかなと目を閉じた。―――まあそんな辛気臭いことに延々と想いを馳せるのはやめておく。口に出したら説教が始まるに違いない事柄をあまり考えるな、というのが付き合う際に約束した取り決めの一つだ。
閑話休題。考えをかき消すように近況を交わし合う。奇妙な機械について、妙な現象の専門家たちの見解、最近シドが関わった案件の続報等、話すことは大量にある。シド側からもさすがに会社の詳しい事柄は立場上聞きたくない。なのでつい先ほどまでの納期に追われことや社員たちの暴走についての話を聞きお互い大変だなあと笑いあった。
◇
後片付けを終わらせエプロンを脱ぎ、部屋内をうろうろ見回っていたシドに「おまたせ」と言うと「ああ特に待ってはいない」と返すのでソファに座わらせる。勿論シドは自分の上だ。所謂お姫様抱っこのような形だ。いつもこの姿勢を取ると死んだ目になるので非常に愉快な気分になる。「逆だと思わないか?」という抗議も適当に流し、手はしっかり掴んでおく。過去に隙を見せたら耳に触れやがったので当然の措置だ。これで大丈夫だろうと高を括っていたら耳を食み、そのまま「アンナ」と名前を囁いた。ビクリと身体が跳ね、反撃としてヒゲを引っ張る。
「……次は手錠でも用意して頭も押さえつけるように考慮する」
「やめるという発想はないんだな」
「優越感に浸れるからね」
「そういう意図でいつもやっていたのかお前は」
あ、やっべ本音が出てしまったと気が付いた時にはもう遅い。いつの間にか手を振りほどかれ体勢を変えるよう動いた。座った自分を見下すように立ち、両肩を掴みながらジトっとした目で睨んでいる。怒るよね、そりゃと思いながらも笑顔になるとシドも笑顔を見せた。酒が入った後にこれは下手なこと言って余計に火を点ける未来が見える。言い訳はしないと両手を上げ、降参のポーズを見せた。
シド・ガーロンドという男は使命と理性に雁字搦めになった仕事以外さっぱりなヒトである。無意識に、気ままに与え続けたヒントにも気付かず2年以上無意識下に熟成されてしまった感情のトリガーを引いてしまったのは間違いなくアンナ自身だった。それ以降、何度か"そういう空気"になったがいずれにしても自爆スイッチを入れきっかけを作ってしまったもアンナである。別にヤりたくてやっているわけではない。ただ失言、無意識、ほんの少しからかっただけで雰囲気がガラッと変わる。それから何度も一晩中相手して作った取り決めを口にする。
「あー1回だけだよ? キミ一睡もしてない。途中で寝られたら多分笑いすぎて腹筋が死ぬ。分かった?」
「俺はまだ何も言ってないぞ?」
また嵌められてしまった、と思いながらアンナは立ち上がり、シドはソファに座らせ向かい合って乗りかかる形になる。「何も言ってないならこれで満足できるね?」と頭を撫でてやると腰に手を回され身体を密着させた。名前を呼びながら首元に鼻を近づけ匂いを確認するが如く呼吸する姿にアンナは呑ませすぎたかという感想を抱く。どうやら自分と出会ってから嗅覚が鋭くなっているらしく首元に顔を持って行くと噛みつくか匂いを嗅がれるのだ。犬かと思いながらその頭を撫でてやるとポツリと一言漏らす。
「アンナ、シたい」
「おあずけ」
「俺は犬じゃない。……しばらく会ってすらなかっただろ? あとさっきアンナから1回だけって言ったな」
「言ってない。忘れた。1人でしてたら……あ、いや何でもない。ほら抱きしめる程度だったらいくらでも受け入れる。やめてベルト緩めるな」
今の状態だったら自慰行為を延々見せつけられる未来が過るほど本気の目が一瞬見えたので必死に止める。機嫌を取るように顎を掴み上げ「ほらいい子いい子」と口付けてやると頭を押さえつけられ深くキスをする羽目になる。大きな手が身体を撫でまわす感触が伝わり、まるでこれから抱く相手の存在を確かめるかのようで嫌いではないがどこか落ち着かない。丹念に触られ全身が軽く痙攣しながら甘い息が漏れる。
―――2人の間で交わされるキスは3種類ある。まずは基本的にはアンナが与える複数部位に軽く触れるだけのもの。主にくすぐったい感情を刺激して放置する行為が当人にとっては楽しい。2つ目は少し機嫌を損ねてしまった時にする。ただシドを満足させるためのマニュアル通りに行う"チョロい"と称する深い口付け。これに加えて適当に撫でると顔を赤くしながらあっさり許してくれるので嫌いな行為ではない。そして最後にシドが仕掛けるアンナの判断力を堕とし理性を捨てさせるためのモノ。アンナがシドの仕様を把握してるということは、シドもどうすれば確実に堕とせるかを理解している。普段は流されないように立ち回っている。だが、どこでスイッチが入るか分からず、ヤバいと気付いてもこのキスが降ってきた地点でもう逃げることはできない。口を頑なに閉じようとしても全身に与えられる甘い刺激で緩まり、舌が強引に差し込まれアンナの口内を蹂躙する。一度好奇心と抵抗の意思を見せるため軽く噛みついてやったことがあったが、その夜は酷かった。身体中噛みつかれながらこれまで決して触れられなかった部位を穿ち上げられ痛みと快楽の海に容赦なく沈められる。次の日、土下座され延々と反省の意を示された。だがアンナとしても窮鼠猫を嚙むよう襲われた行為として二度とやるまいと刻み込まれていた。なので起き上がるのもやっとな身体に鞭打ちながら困ったような笑顔を見せた記憶がある。我ながらシドに対してのみ甘すぎる対応をしていることは自覚している。
酸欠になりそうだ、と思いながらなんとか引き剥がした。口元から惜しむように結ぶ糸の様子にこれは向こうの火を灯してしまうと笑顔が引きつる。逃げようにもがっしりと抱きしめられ動くことが出来ない。「あの、シド……サン?」と恐る恐る顔を見ると何か思いついた様子。「えっと、どうした?」と聞くと、「頼みたい事がある」と指さしながら言うので「断る!」と反射的に叫んだ。そちらはエプロンの方向。このヤる気になった段階でエプロンというのはアンナでも察するところはある。
「まだ提案の内容を言っていない。聞いてから断っても遅くないぞ」
「いやオチが見える。未来視持ってなくても分かる」
「成程考えることが同じ、シナジーがあると」
「私は推理しただけだからねこの酔っ払い!」
声を荒げるアンナを無視しながらシドは"お願い"を言った。
「裸の上にエプロンを着てほしい」
嫌に決まってるだろとアンナは「バカかい?」と天を仰ぎため息を吐いた。
◇
結局熱意で押し切られ、下着着用を条件に着ることになった。アンナは覚えてろよと呪詛を吐きながら壁を背にいつ振り向いていいのかと呑気に聞くシドへ威嚇している。
別にどんな服を纏うのも恥ずかしくはない。あえて言うと女性らしさに極振りされたフリル等は似合わないと思っているくらいだ。しかし欲に塗れた人間によって行使されるオチが鮮明に見える行為はなるべくしたくないのだ。
それでも多少受け入れるのは相手がシドだからある。この人でなければ反射的に首を刎ねていたかもしれない。あと背中をあまり見せたくないし、作業で使うものを性的な要素と繋げたくないのだ。とりあえず着たが見せるとは一言も言っていない。このまま相手が寝るまで後ろにいるかと慎重に背後に近付き抱きしめた。シドはその腕を掴み見上げようとするので片手で頭を押さえた。
「いやあ時間かかってすまないねえ。ああゆっくりしてもらっても構わないよ。へへっ旦那、肩でも揉んでやりますぜ」
「……時間稼ぎする気だな?」
あからさますぎたかと反省したがこういう時に限って鋭いと思わずアンナは舌打ちしてしまう。上を向かせ触れるだけのキスを繰り返すとエプロンの紐を引っ張り噛みつくように口付けられた。逃げるように「背中が寒い」と言いながらベッドに転がり込み布団を被る。シドがゆっくりと歩いて来る気配を感じた。慎重に下がるようにモゾモゾと動く姿は情けないだろうなあと思うが身体が勝手に動くのだ、仕方がない。しかし相手は不気味なほどに静かだ。これは呆れてるな、つまり勝ったか? いやまだ油断してはいけない。しばらく動きを止め、反応を見る。触る気配もない。率直な男なので調子に乗って剝ぎ取ろうとするはずだとアンナは普段の駆け引きを思い返す。これは本当に勝ちか、早く着替えさせてもらおう、顔だけ出して相手の出方をうかがう。
目の前に覗き込む顔があった。ずっと顔を出すのを待っていたらしい。反射的にもう一度隠そうとするが掴まれ動くことが出来ない。「えらく可愛いことをするじゃないか」と布団に手をかけている。取られるくらいなら後ろだけは見せないよう包まりながら起き上がった。
「もう終わりか?」
「趣味悪」
「お前がそうさせるんだ」
仰向けに倒されエプロンに手をかけようとするので抵抗しようと手を動かすと押さえつけられた。流石に下に回ってしまっては普段は勝っている力も腕力で押さえ込まれる。
「あーその寒いという発想はなかった。すまなかった」
「適当に言った言葉に謝罪されるとなんかむず痒い」
「嘘だったのか?」
やっべと思った時にはもう遅かった。「似合うな」とアンナの両手は片手で固定される。これ以上向こうの空気に流されるわけにはいかない。恐る恐る口を開く。
「6割は、事実で」
「残り4割」
「じ、自分へのやさしさ3割」
「あとは何だ?」
「あの酔っ払いが早く寝てくれたらエプロン汚れないだろうねえ」
「こら」
シドは思い切りアンナの頬を引っ張る。この調子だ、アンナは心の中で笑う。やりすぎると痛い目に遭うのは何度も体験している。だが学ぶことを知らないアンナは地雷原へと突っ走った。
「だってこのエプロンお気に入りなんだよ。貰ったんだ」
「珍しい、誰にだ?」
「そりゃある優しい暁所属の冒険者にね。お礼に現金たんまり渡したのと一緒にご飯を、あ……」
アンナはシドの表情の変化に気付いた。笑顔だが、目は笑っていない。ここに呼ぶ時に確かめたじゃないか、意外と嫉妬する人間だから変なスイッチ入らないように、と。なのに何をしているんだ。まずは言葉が足らなかったことを弁明しようと口を開こうとしたが遅かった。
「俺は別に嫉妬はしてないぞ?」
「説得力ない、というかやめ」
強引にひっくり返され布団を剥がれた。未だ消えぬ背中の傷にシドは口付け、舌を這わせるとアンナの身体は緊張で固まる。嗚呼もうどうにでもなれと思いながら口を押さえた。
◇
「このエプロンね、蒼天街で貰えるものだった。実用さと可愛らしさが両立してるって思ってねぇ」
珍しく1回で終わった行為の数時間後、シドはスッキリとした気分で目が覚めた。だがまずはタオルを噛まされたまま睨むアンナを見ることになった。慌てて外してやると「正座」と言われ座らされた。
「まあでも振興券が足りなくてねえ、困ってた所に暁所属の"女性"冒険者が複数持ってるからって1着くれた」
「う……」
「無料で貰うのはボクのポリシーに反するんだ。だからちゃんとマーケットでの相場に加えてご飯をおごったんだよ。そこまで分かった?」
「ああ」
アンナにヒゲを掴まれる。珍しく口調を隠さず怒っているのは分かった。
「それを、あなたはどう勘違いしたのかなァ? 気になるねぇ」
「い、いや……ああてっきり戦闘事以外鈍いお前のことだから男相手でも釣られるかと」
「ハァ?」
「すまなかった……」
「最後エプロンにぶっかけたのが一番最低だと思うよ?」
「新しく買ってやるから、な? だからその手に持ったロープで縛って吊るし上げるのは勘弁してほしい」
シドはそこから何度もアンナに謝罪した。何かあるとすぐに人を縛り付けて吊るし上げようとするのは兄妹変わらない。そう考えていると「ボクも説明足らずだったのが悪いんだけどねぇ」と言いながらため息を吐いている。
「でもちゃんと約束は守ったのはいい子だね。うんそこは褒めよう」
第三の眼付近に軽く口付けてやり、シャワー浴びてくると奥へ消えて行った。シドははにかみ、再び寝転ぶ。直後必死に頭を掻きながら数時間前の自分の行動を思い起こそうとする。
―――シドは手料理を食べた以降の出来事をほぼ覚えていなかった。白濁の液が吐き出された形跡のあるエプロンに目をやる。アレに関しては本当に思い出せない。しかしそのまま言ったら絶対に数日ゴミを見るような目で対応される未来が見える。そこまではまあ人によったら一種のご褒美になるものだろう。だがそれに加えてデリカシーや恥というものを理解していないアンナのことだ。絶対に人に言いふらし、最終的に彼女の兄の耳に届く。そして縛り上げられる未来が超える力を持っていないシドでも鮮明に見えた。とりあえず、再び謝ろう。そして似合いそうな新しいエプロンも考えて機嫌を直してもらおうと心に決めた。
◇
数日後。
「あらアンナおかえりなさい。シドから荷物が届いてるわよ?」
シドに料理を振る舞いやらかされてからまた各地を走り回り、まともに連絡を取っていない。あの件に関しては別に洗濯すればいいだけだと思っていたので特に気にしてなかった。
一段落ついたので石の家に顔を出すとクルルから小包を渡される。置いて行くなんて珍しいな、と呟きながらその場でまずは走り書きされた手紙を読む。
『先日は本当にすまなかった。約束通り詫びとしてエプロンを新しく購入したので使ってほしい。あと今度見せてほしい』
「懲りてないなこの人」
軽くため息を吐き買ったエプロンとやらを確認するように布を掴み、引き上げる。
「は?」
真っ白い、フリルがあしらわれたものが見えた瞬間に手を離し反射的に箱を閉じる。クルルは目を点にしてアンナを見つめていた。
笑顔で口を開く。
「クルル、見た?」
「な、何も。ええ」
「だよね?」
荷物を抱え、大股で石の家を後にする。扉を閉める直前「ごちそうさま」という声が聞こえてきたが何も聞かなかったことにする。
「いつかキミを裸オーバーオールにしてやるから覚悟しとけよシド……」
やられる覚悟がない奴がそんな要求するわけないよねぇ? ボソリと呟きながらガーロンド社へ足を向けるのであった―――。
#シド光♀ #ギャグ
漆黒以降のお話ですが展開には触れてません。付き合った後の裸エプロン云々ギャグ概念。R18無しバージョン。事後描写有り。
「久々に会って早速? おうおう徹夜明けにしては元気」
黒髪のヴィエラは目を細め、抱きしめる男の頬をつねった。
お互い想いを伝えてからそれなりの時間が経過したが何も変わらない時が流れていた。無自覚だったが、付き合い始める前からほぼ恋人同士がやる行為は大体していたらしいので、変わらないのも仕方がないのかもしれない。唯一やってないことといえばと周りに報告した際、大体「今更何言ってるんだコイツら」とリアクションをされたので多分そうなのだろう。兄との決戦が一番盛り上がったのも記憶に新しい。
閑話休題。目の前の問題は解決していないもののようやく合致する空いた時間を捻出することができた。よって「ご飯でも作ってやる」とトップマストの一室へ招待した。定住するつもりはないが、もうしばらくの間はエオルゼアにいるので荷物置きがてら購入を決めた。しかし今日まで誰にもこの場所の話をしていない。ちょうどいい機会だし一番最初に言うならシドだなと判断したのが決め手である。
部屋はいつでも引き払えるよう極力シンプルな配置にした。荷物置き、寝る場所、あと作業スペースとキッチントイレシャワーがある程度だ。本当は命の恩人の絵とオルシュファンの肖像画が飾っていたのだが隠している。意外と嫉妬する人間らしく、"スイッチ"がどこにあるか分からないのだ。そんなことで怒ったりしないのは知っているが不安要素は極力排除するに限る。
扉を開き、案内された徹夜明けのシドは目を丸くし「ここは?」と聞く。「私の部屋。初めて人を招いた」と言ってやると分かりやすいくらい満面な笑顔でこっちを見た。その場で荷物を下ろし抱きしめようとしたので「扉閉めるまで待てバカ」と力で押しのけた。
「色気のない部屋で悪いね」
「効率を追い求めたらこうなるだろう。俺も部屋を作れと言われたらキッチン以外は同じ感じになるな」
「そういうものかぁ」
生活観はそんなに変わらなかったらしい、持っていた荷物を下ろしながらアンナは苦笑する。諸々の報告合間に仕込みは終わらせていたので、エプロンをつけながらキッチンへ足を向けようとした直後、抱きしめられた。呆れた顔して名前を呼ぶと「エプロン、似合うな」と言い、離す様子はない。これは真っ黒な布地に胸元のヒナチョコボの刺繍が可愛いシンプルなものだった。似合うと言われても大体の人間は着ても違和感持たれないオーソドックスなものじゃないかと首を傾げる。そういえばシドには製作作業中の姿は初めて見せるかと思い出した。
どうやら抱き返さないといけないのだろう、「そうだね」と頭に片手を置き、ついでに「今はこれで満足して」とアゴの髭を撫でてやる。顔を上げたので頬に口付け、振りほどこうとしたら首に腕を回され唇を奪われた。完璧に"スイッチ"でも入ったかと思い薄く口を開き、舌先を差し出してやると肉厚な舌を絡まされる。キスの仕方はもう覚えた。どうやれば相手が喜ぶのか、それを忠実に再現するだけで大体は満足して離れるので正直言ってチョロい話である。ニィと笑いながら料理の手順を浮かべていたが今回はいつまで経っても解放されそうにない。少々苦しくなり「シ、ド」と声を漏らすとようやく離れていく。そしてなんとか冒頭の言葉を吐き、頬を思い切りつねった。顔を赤くしながら解放するシドの腕を引っ張り椅子に座らせる。
「ご飯終わるまでいい子にしてて」
「ああすまんな」
料理の邪魔をしたら追い出すからねと釘を刺し調理場に立った。流石にそこまで言えば大人しくするだろう。しかし1人のために料理を作ってやるのは初めてだなあとぼんやりと思い返した。
◇
手伝うことはないのかという言葉に必要ない、またいつかねと返しつつ作った料理は今回も自信作であった。お互い味は特に気にしていない。相当ダークマターや生焼けでない限り食べるが美味しいに越したことはない。アンナはシドを笑顔で観察する。雑な所もあるがさすがおぼっちゃんだっただけあり自分と違い丁寧だ。残念ながらアンナのテーブルマナーに対する知識は多少教えてもらったのと本で読んだ分しか知らないが。
子供っぽい夢の追いかけ方をしているが基本的には堅物だし細かい所で大人だなあと思う部分がある。そんな人間が60年程度人と関わってこなかった自分に対し、気を長く教えながら付いて来ている事実が少しだけ照れくさい。世の中には魅力的な女性がたくさんいるのにね、と言えば「お前以上の人間なんて知らんぞ」と返す。―――まあシドのみならず複数人から「あなたに慣れるといろんな意味でもう他では満足できなくなるダメ人間製造機」とありがたい言葉をいただいた。何を言っているのか分からないので考えないことにする。
気になったのかふと「アンナ?」と名前を呼ばれた。
「? どうした?」
「いやそんなに見つめられても困るんだが」
「人がおいしそうに食べてるの見るのは悪くないねえ」
あなただってよく見つめてくるでしょと言うと肩をすくめた。ワインも開け喉に流し込む。昔から酔うことのないただの色の付いた水だったモノもこの人と出会ってから有意義な時間を過ごすためのものになった。食事という行為だってそう。生きるため早急に摂取するものからこうやって人と談笑するために変わり悪くはないなと思うようになった。昔の自分が見たらどう思うだろう。『情けない、短命のやつらと無駄な時間を過ごすな』と言うなと苦笑した。
そうだ、"彼ら"は普通だったらアンナより遥かに早く死ぬ。しかし別の未来の話を聞いた時、寿命の大小なんて考える必要はないな、と思うようになった。流石にシドが死んだら心が苦しくなるかもしれない。適度に長生きできるように手を回してやったらいいかなと目を閉じた。―――まあそんな辛気臭いことに延々と想いを馳せるのはやめておく。口に出したら説教が始まるに違いない事柄をあまり考えるな、というのが付き合う際に約束した取り決めの一つだ。
閑話休題。考えをかき消すように近況を交わし合う。奇妙な機械について、妙な現象の専門家たちの見解、最近シドが関わった案件の続報等、話すことは大量にある。シド側からもさすがに会社の詳しい事柄は立場上聞きたくない。なのでつい先ほどまでの納期に追われことや社員たちの暴走についての話を聞きお互い大変だなあと笑いあった。
◇
後片付けを終わらせエプロンを脱ぎ、部屋内をうろうろ見回っていたシドに「おまたせ」と言うと「ああ特に待ってはいない」と返すのでソファに座わらせる。勿論シドは自分の上だ。所謂お姫様抱っこのような形だ。いつもこの姿勢を取ると死んだ目になるので非常に愉快な気分になる。「逆だと思わないか?」という抗議も適当に流し、手はしっかり掴んでおく。過去に隙を見せたら耳に触れやがったので当然の措置だ。これで大丈夫だろうと高を括っていたら耳を食み、そのまま「アンナ」と名前を囁いた。ビクリと身体が跳ね、反撃としてヒゲを引っ張る。
「……次は手錠でも用意して頭も押さえつけるように考慮する」
「やめるという発想はないんだな」
「優越感に浸れるからね」
「そういう意図でいつもやっていたのかお前は」
あ、やっべ本音が出てしまったと気が付いた時にはもう遅い。いつの間にか手を振りほどかれ体勢を変えるよう動いた。座った自分を見下すように立ち、両肩を掴みながらジトっとした目で睨んでいる。怒るよね、そりゃと思いながらも笑顔になるとシドも笑顔を見せた。酒が入った後にこれは下手なこと言って余計に火を点ける未来が見える。言い訳はしないと両手を上げ、降参のポーズを見せた。
シド・ガーロンドという男は使命と理性に雁字搦めになった仕事以外さっぱりなヒトである。無意識に、気ままに与え続けたヒントにも気付かず2年以上無意識下に熟成されてしまった感情のトリガーを引いてしまったのは間違いなくアンナ自身だった。それ以降、何度か"そういう空気"になったがいずれにしても自爆スイッチを入れきっかけを作ってしまったもアンナである。別にヤりたくてやっているわけではない。ただ失言、無意識、ほんの少しからかっただけで雰囲気がガラッと変わる。それから何度も一晩中相手して作った取り決めを口にする。
「あー1回だけだよ? キミ一睡もしてない。途中で寝られたら多分笑いすぎて腹筋が死ぬ。分かった?」
「俺はまだ何も言ってないぞ?」
また嵌められてしまった、と思いながらアンナは立ち上がり、シドはソファに座らせ向かい合って乗りかかる形になる。「何も言ってないならこれで満足できるね?」と頭を撫でてやると腰に手を回され身体を密着させた。名前を呼びながら首元に鼻を近づけ匂いを確認するが如く呼吸する姿にアンナは呑ませすぎたかという感想を抱く。どうやら自分と出会ってから嗅覚が鋭くなっているらしく首元に顔を持って行くと噛みつくか匂いを嗅がれるのだ。犬かと思いながらその頭を撫でてやるとポツリと一言漏らす。
「アンナ、シたい」
「おあずけ」
「俺は犬じゃない。……しばらく会ってすらなかっただろ? あとさっきアンナから1回だけって言ったな」
「言ってない。忘れた。1人でしてたら……あ、いや何でもない。ほら抱きしめる程度だったらいくらでも受け入れる。やめてベルト緩めるな」
今の状態だったら自慰行為を延々見せつけられる未来が過るほど本気の目が一瞬見えたので必死に止める。機嫌を取るように顎を掴み上げ「ほらいい子いい子」と口付けてやると頭を押さえつけられ深くキスをする羽目になる。大きな手が身体を撫でまわす感触が伝わり、まるでこれから抱く相手の存在を確かめるかのようで嫌いではないがどこか落ち着かない。丹念に触られ全身が軽く痙攣しながら甘い息が漏れる。
―――2人の間で交わされるキスは3種類ある。まずは基本的にはアンナが与える複数部位に軽く触れるだけのもの。主にくすぐったい感情を刺激して放置する行為が当人にとっては楽しい。2つ目は少し機嫌を損ねてしまった時にする。ただシドを満足させるためのマニュアル通りに行う"チョロい"と称する深い口付け。これに加えて適当に撫でると顔を赤くしながらあっさり許してくれるので嫌いな行為ではない。そして最後にシドが仕掛けるアンナの判断力を堕とし理性を捨てさせるためのモノ。アンナがシドの仕様を把握してるということは、シドもどうすれば確実に堕とせるかを理解している。普段は流されないように立ち回っている。だが、どこでスイッチが入るか分からず、ヤバいと気付いてもこのキスが降ってきた地点でもう逃げることはできない。口を頑なに閉じようとしても全身に与えられる甘い刺激で緩まり、舌が強引に差し込まれアンナの口内を蹂躙する。一度好奇心と抵抗の意思を見せるため軽く噛みついてやったことがあったが、その夜は酷かった。身体中噛みつかれながらこれまで決して触れられなかった部位を穿ち上げられ痛みと快楽の海に容赦なく沈められる。次の日、土下座され延々と反省の意を示された。だがアンナとしても窮鼠猫を嚙むよう襲われた行為として二度とやるまいと刻み込まれていた。なので起き上がるのもやっとな身体に鞭打ちながら困ったような笑顔を見せた記憶がある。我ながらシドに対してのみ甘すぎる対応をしていることは自覚している。
酸欠になりそうだ、と思いながらなんとか引き剥がした。口元から惜しむように結ぶ糸の様子にこれは向こうの火を灯してしまうと笑顔が引きつる。逃げようにもがっしりと抱きしめられ動くことが出来ない。「あの、シド……サン?」と恐る恐る顔を見ると何か思いついた様子。「えっと、どうした?」と聞くと、「頼みたい事がある」と指さしながら言うので「断る!」と反射的に叫んだ。そちらはエプロンの方向。このヤる気になった段階でエプロンというのはアンナでも察するところはある。
「まだ提案の内容を言っていない。聞いてから断っても遅くないぞ」
「いやオチが見える。未来視持ってなくても分かる」
「成程考えることが同じ、シナジーがあると」
「私は推理しただけだからねこの酔っ払い!」
声を荒げるアンナを無視しながらシドは"お願い"を言った。
「裸の上にエプロンを着てほしい」
嫌に決まってるだろとアンナは「バカかい?」と天を仰ぎため息を吐いた。
◇
結局熱意で押し切られ、下着着用を条件に着ることになった。アンナは覚えてろよと呪詛を吐きながら壁を背にいつ振り向いていいのかと呑気に聞くシドへ威嚇している。
別にどんな服を纏うのも恥ずかしくはない。あえて言うと女性らしさに極振りされたフリル等は似合わないと思っているくらいだ。しかし欲に塗れた人間によって行使されるオチが鮮明に見える行為はなるべくしたくないのだ。
それでも多少受け入れるのは相手がシドだからある。この人でなければ反射的に首を刎ねていたかもしれない。あと背中をあまり見せたくないし、作業で使うものを性的な要素と繋げたくないのだ。とりあえず着たが見せるとは一言も言っていない。このまま相手が寝るまで後ろにいるかと慎重に背後に近付き抱きしめた。シドはその腕を掴み見上げようとするので片手で頭を押さえた。
「いやあ時間かかってすまないねえ。ああゆっくりしてもらっても構わないよ。へへっ旦那、肩でも揉んでやりますぜ」
「……時間稼ぎする気だな?」
あからさますぎたかと反省したがこういう時に限って鋭いと思わずアンナは舌打ちしてしまう。上を向かせ触れるだけのキスを繰り返すとエプロンの紐を引っ張り噛みつくように口付けられた。逃げるように「背中が寒い」と言いながらベッドに転がり込み布団を被る。シドがゆっくりと歩いて来る気配を感じた。慎重に下がるようにモゾモゾと動く姿は情けないだろうなあと思うが身体が勝手に動くのだ、仕方がない。しかし相手は不気味なほどに静かだ。これは呆れてるな、つまり勝ったか? いやまだ油断してはいけない。しばらく動きを止め、反応を見る。触る気配もない。率直な男なので調子に乗って剝ぎ取ろうとするはずだとアンナは普段の駆け引きを思い返す。これは本当に勝ちか、早く着替えさせてもらおう、顔だけ出して相手の出方をうかがう。
目の前に覗き込む顔があった。ずっと顔を出すのを待っていたらしい。反射的にもう一度隠そうとするが掴まれ動くことが出来ない。「えらく可愛いことをするじゃないか」と布団に手をかけている。取られるくらいなら後ろだけは見せないよう包まりながら起き上がった。
「もう終わりか?」
「趣味悪」
「お前がそうさせるんだ」
仰向けに倒されエプロンに手をかけようとするので抵抗しようと手を動かすと押さえつけられた。流石に下に回ってしまっては普段は勝っている力も腕力で押さえ込まれる。
「あーその寒いという発想はなかった。すまなかった」
「適当に言った言葉に謝罪されるとなんかむず痒い」
「嘘だったのか?」
やっべと思った時にはもう遅かった。「似合うな」とアンナの両手は片手で固定される。これ以上向こうの空気に流されるわけにはいかない。恐る恐る口を開く。
「6割は、事実で」
「残り4割」
「じ、自分へのやさしさ3割」
「あとは何だ?」
「あの酔っ払いが早く寝てくれたらエプロン汚れないだろうねえ」
「こら」
シドは思い切りアンナの頬を引っ張る。この調子だ、アンナは心の中で笑う。やりすぎると痛い目に遭うのは何度も体験している。だが学ぶことを知らないアンナは地雷原へと突っ走った。
「だってこのエプロンお気に入りなんだよ。貰ったんだ」
「珍しい、誰にだ?」
「そりゃある優しい暁所属の冒険者にね。お礼に現金たんまり渡したのと一緒にご飯を、あ……」
アンナはシドの表情の変化に気付いた。笑顔だが、目は笑っていない。ここに呼ぶ時に確かめたじゃないか、意外と嫉妬する人間だから変なスイッチ入らないように、と。なのに何をしているんだ。まずは言葉が足らなかったことを弁明しようと口を開こうとしたが遅かった。
「俺は別に嫉妬はしてないぞ?」
「説得力ない、というかやめ」
強引にひっくり返され布団を剥がれた。未だ消えぬ背中の傷にシドは口付け、舌を這わせるとアンナの身体は緊張で固まる。嗚呼もうどうにでもなれと思いながら口を押さえた。
◇
「このエプロンね、蒼天街で貰えるものだった。実用さと可愛らしさが両立してるって思ってねぇ」
珍しく1回で終わった行為の数時間後、シドはスッキリとした気分で目が覚めた。だがまずはタオルを噛まされたまま睨むアンナを見ることになった。慌てて外してやると「正座」と言われ座らされた。
「まあでも振興券が足りなくてねえ、困ってた所に暁所属の"女性"冒険者が複数持ってるからって1着くれた」
「う……」
「無料で貰うのはボクのポリシーに反するんだ。だからちゃんとマーケットでの相場に加えてご飯をおごったんだよ。そこまで分かった?」
「ああ」
アンナにヒゲを掴まれる。珍しく口調を隠さず怒っているのは分かった。
「それを、あなたはどう勘違いしたのかなァ? 気になるねぇ」
「い、いや……ああてっきり戦闘事以外鈍いお前のことだから男相手でも釣られるかと」
「ハァ?」
「すまなかった……」
「最後エプロンにぶっかけたのが一番最低だと思うよ?」
「新しく買ってやるから、な? だからその手に持ったロープで縛って吊るし上げるのは勘弁してほしい」
シドはそこから何度もアンナに謝罪した。何かあるとすぐに人を縛り付けて吊るし上げようとするのは兄妹変わらない。そう考えていると「ボクも説明足らずだったのが悪いんだけどねぇ」と言いながらため息を吐いている。
「でもちゃんと約束は守ったのはいい子だね。うんそこは褒めよう」
第三の眼付近に軽く口付けてやり、シャワー浴びてくると奥へ消えて行った。シドははにかみ、再び寝転ぶ。直後必死に頭を掻きながら数時間前の自分の行動を思い起こそうとする。
―――シドは手料理を食べた以降の出来事をほぼ覚えていなかった。白濁の液が吐き出された形跡のあるエプロンに目をやる。アレに関しては本当に思い出せない。しかしそのまま言ったら絶対に数日ゴミを見るような目で対応される未来が見える。そこまではまあ人によったら一種のご褒美になるものだろう。だがそれに加えてデリカシーや恥というものを理解していないアンナのことだ。絶対に人に言いふらし、最終的に彼女の兄の耳に届く。そして縛り上げられる未来が超える力を持っていないシドでも鮮明に見えた。とりあえず、再び謝ろう。そして似合いそうな新しいエプロンも考えて機嫌を直してもらおうと心に決めた。
◇
数日後。
「あらアンナおかえりなさい。シドから荷物が届いてるわよ?」
シドに料理を振る舞いやらかされてからまた各地を走り回り、まともに連絡を取っていない。あの件に関しては別に洗濯すればいいだけだと思っていたので特に気にしてなかった。
一段落ついたので石の家に顔を出すとクルルから小包を渡される。置いて行くなんて珍しいな、と呟きながらその場でまずは走り書きされた手紙を読む。
『先日は本当にすまなかった。約束通り詫びとしてエプロンを新しく購入したので使ってほしい。あと今度見せてほしい』
「懲りてないなこの人」
軽くため息を吐き買ったエプロンとやらを確認するように布を掴み、引き上げる。
「は?」
真っ白い、フリルがあしらわれたものが見えた瞬間に手を離し反射的に箱を閉じる。クルルは目を点にしてアンナを見つめていた。
笑顔で口を開く。
「クルル、見た?」
「な、何も。ええ」
「だよね?」
荷物を抱え、大股で石の家を後にする。扉を閉める直前「ごちそうさま」という声が聞こえてきたが何も聞かなかったことにする。
「いつかキミを裸オーバーオールにしてやるから覚悟しとけよシド……」
やられる覚悟がない奴がそんな要求するわけないよねぇ? ボソリと呟きながらガーロンド社へ足を向けるのであった―――。
#シド光♀ #ギャグ
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守護天節とある旅人のイタズラ心
注意書き
・最初→紅蓮まで
・久々の邂逅→漆黒メイン終了以降ボズヤ&ウェルリト以前
・と言っても本編に触れるような話ではないただのギャグ概念を文章化したものです
1
あれは悲願であったグリダニアに辿り着き、エオルゼア内だけでなく自分の故郷に近い東方地域解放のために奔放していた頃に出会った風変わりな行事。グリダニアにてカボチャを被った謎めいた女性に誘われるまま辿り着くは古びた屋敷。そこではこれまでに出会った、生きていた人たちの幻影を纏い歌ったり踊ったりする奇妙なパーティ……というよりかは儀式という表現の方が近いだろう。
その頃のボクは半信半疑で普段世話になっている人間の姿やそのライバル、各所で出会った人間たちを想起し変身する。心が昔のように少しだけ荒みつつあった自分にとっては楽しい時間になった。絶対やらないだろうと確信しているポーズや表情を取りながら1人笑っていたのは周りから見てさぞかし怪しかっただろう。しかしそれが非常に楽しかったのだ。
こんな愉快なイタズラし甲斐のある行事があるなんてと感動した。流石に申し訳なさの方が勝ったのでこの年は自分の記憶に収めるだけで終わった。毎年この奇妙な行事をやっているらしいが、それ以降帝国やアシエンとの闘いの激化により最低限の用事以外ではグリダニア自体行く余裕がなくなってしまっていた。
2
第一世界と呼ばれていたノルヴラントでの冒険が終わった頃、ボクは再びこの行事に巡り合うことが出来た。屋敷の庭が開放され怪しげな儀式から一転、今回は少し不思議な楽しいパーティになっている。適当に菓子を食べながら変身のおまじないをかける妖異たちの元へ向かう。なりたい人物を思い浮かべる、これは以前もやった事だ。
そして今回やってみたい事がある。自分用の楽しみという用途として思い出を保存するためのトームストーンは持ってきた。自撮りというものは苦手であったが……気合で乗り切ろうと思う。
早速変身する相手は勿論あの人。すぐに迷子になる自分を救い上げる翼になると誓いを立ててきた男。許可も取らずこっそり楽しむという用途のために容姿を利用することに対し罪悪感がないわけではない。そう、少々申し訳ないと思っているがこれはただの好奇心によるものだ。もしこの男があのポーズをしたらこんな感じなのかとかこういう表情になるのかとか見たかったものを『再現する』だけ。本人だけにはバレなければいい。
きっとバレてしまったら小言を言われながらこめかみを力任せにグリグリされるだろう。あれが意外と痛いものなのだ。しかし今回だけはいざという時に使える言葉『これは妖異が作った夢なンだ、許さねえよなァ!』があるし本人に見せるほど頭悪くはない。
そんな事を考えていると、彼と出会った頃の自分を思い出す。世界を旅していた頃から訪れた場所には自分を何も『残さない』為に誰とも最低限しか関わらないように気を付けていた。そんなつまらないヒトだった筈なのに超える力というものを手に入れ、『あれ』を見てしまったものだからいつの間にか居場所を作ったし、少しだけ素の自分を出すようになり、ついクセでイタズラして怒られることが増えたなと気が付いた。奇妙な二つ名が付いてた頃の自分に今の腑抜けた姿を知られたら胸倉掴まれ呪詛を吐きながら再起不能にされるだろうなと苦笑する。
閑話休題。早速『化けた』ボクは鏡で自らの姿を確認する。只今納期前の徹夜続きで死にそうな顔をしているであろうあの白い髪の男だ。
「くくっ」と笑うとそれは何度も自分を笑顔にした男の声。優しい笑顔も決まっている。髭を剃ればきっともう少し若い年相応の顔になるだろう。しかし本人には言っていないがボクは『この彼』が嫌いではない。むしろ好きでもないと付き合ってない。見た目より長生きするヴィエラの自分には髭という数少ない自分には無い肉体的には年上だという要素が唯一といってもいい弱点であった。
加えて自分より一回り小さな身長も再現されているのが相変わらず素晴らしい。抱き上げると『それは俺がする事だ』と抗議していた彼の姿を思い出した。「完璧な仕事だ」と小さな妖異と褒め散らかしておく。
さあ仕事の時間だ。まずはトームストーン片手に自撮り風な写真を残していく。普段写真というものを撮らない身もあって苦戦していたらこのパーティに吸い寄せられたのであろう同じく冒険者……と思われるかつて暁の盟主だった者の姿をした仲間に話しかけられる。
折角だからこの楽しいパーティの思い出を残したいと率直に伝えると【協力】してくれた。持つべきものは同じ志を持った仲間である……アラミゴの民が教えてくれた。今は感謝しかしていない。いつの間にか周りに彼のライバルが複数人集まっていたり、ムカつく親善大使様集団がいつの間にか風邪の時に見る夢のような惨状を見せ最高な写真が出来上がっていた。これは奥底に封印しておこう。
騒がしい夜はあっという間に去っていき、また朝が訪れる。適当に挨拶を済ませ、スキップしながらパーティ会場を去って行く。
3
悪用しようと思ったことはない。しかし出来心だった。
ガーロンド・アイアンワークス社に通っているうちに興味を持ったため軽く魔導技術をかじっていた自分は小さな装置を合間に作っていた。ただ卵型の機械人形が跳ねたりする装置やアルファを参考に作った火を噴く鳥の装置がその最もたる例である。しかしあまり勝手が分からずよく不具合が起こるものだから『なら現役にアドバイスを貰えばいい』と思いつき、ガーロンド社へ向かう。
しかし失念していた。只今納期直前デスマーチ進行中。ピリピリとした空気を感じる。普段はこの中行くのもなあと思い踵を返すのだが。
「あ、ネロサン」
「メスバブーンか。こンな時期に来るたァ珍しい」
「忘れてた。……暇人に頼みがあるの」
「別に俺は暇じゃねェぞ。―――英雄様が俺にか? ハッ! 燃えるじゃねェか」
金髪のサボり社員が偶然近くを歩いていた。会長と並ぶ実力の持ち主である彼に頼むとしよう。しかし何やら変な期待されてるなあと軽くため息を吐いた。立ち話でもいいのだがせっかく装置を見せるのでゆっくりできる場所がいいと思い、「ここで話すの、周りの迷惑」と飛空艇の格納庫へ2人で忍び込む。
「これお前が?」
「機械装置作ってみたいと思ってねえ」
「はー見た目と腕っぷしに反して中々可愛いモン作ってンな」
「一言余計」
「初心者が興味を持って作ったにしては丁寧でいいンじゃね」
ボタンを押すと火を噴きながら飛び上がりガシャンと落ちる鳥装置にゲラゲラ笑った後真剣な顔で言い出すのだからこの男の底は見えない。かつては帝国兵として襲い掛かってきたので戦った関係だったが現在はガーロンド社で好き勝手している仲間みたいなもので、未だに底が見えない飄々とした男とも思っている。工具を取り出しながら落ちた衝撃で壊れた装置をひっくり返す。
「修理してくれるの?」
「やってもいいンだが、勝手に引き受けるのもなァ」
「言ってみたかったセリフがある。……金はいくらでも出せるよ?」
「確かに滅多に言わねェセリフだな。まあいくらかもらうぜ」
「……あと楽しいものもあるから見せる。タイトル『おもしろ写真集シド編』」
「―――ゆっくり見せてもらおうじゃねェか」
頭の中で悪魔が『ネロサンだったらいいじゃん。本人はデスマで絶対出てこないからバレないバレない』という囁く。天使の声を聞くより先に言葉が出てしまった。ボクの内面だ、そっちも面白そうって言うに違いなかった。フラフラ歩き回っている胡散臭い男だが秘密を見せても人に喋るような口の軽さは存在しない男だというのはよく知っている。この男は自分と同じ1人で抱え走り回る生き物だし楽しいものに対する価値観も少々似通っていた。だから見せてしまった。
その後大爆笑する彼の声が響き渡った。
「おいおいおいこれどうやって撮ったんだよ。ここのパーツ間違ってンぞ」
「そっか。……本人は使っていない。ただグリダニアで変わった祭があって」
「そこでオマエが? 衣装にしては出来がよすぎるンだが。ククッ」
「そそ。あの人絶対やれないでしょ? ある時期にしか会えない人が……あ、その辺りから火を出したい」
トームストーンを前に置き、以前撮影したものを流しながら機械装置を弄っていた。「笑いすぎて手元が狂うンだが?」とぼやきながらも慣れた手つきであっという間に組み立てられていく。自分が思い描く完成図を伝え付け加えられていく様が面白かった。シドも同じようなことが出来るのだろうか、そういえば装置は主に彫金師ギルドとイシュガルドに籠って考えたから披露したことなかったなあと思いながら次の写真を表示する。
「しかしトームストーン便利だな」
「そう。メモと写真撮影くらいにしか使わないけど」
「いいンじゃね。いつでも見返せるし。そのポーズやべェ」
「そんなポーズとった記憶は無いんだがなぁ」
「当然。"同士"にアドバイス貰いながら、ボク自らやったもの。シドにさせるわけないじゃん。ムリムリ」
はははと3人の笑い声が響く。そこで思考が止まる。
「ネロサン一人二役でもしてる? えらく似てる」
「ンなことするわけねェだろ。メスバブーン、オマエそのトームストーン音声再生できンのか?」
「録音はしない、恥ずかしいし。それより寒くない?」
「俺も思ってたンだわ」
背後から感じるのは明らかに殺意。不味い。振り向けない。
「ちょっと後ろ見て」
「俺は装置の修理で忙しいンでな。メスバブーンが向けばいいじゃねェか」
「いやあボク、過去は振り返らない主義……せーので向こ?」
「アーそうすっか」
『せーの』
振り向くとそこには徹夜続きで社員と共に苦しんでいるはずの白い男が満面の笑顔で腕組みしていた。普段ならば会長代理によって縛り付けられているはず。何故ここにいるのだろうか。何とか震えながら「あ、あのお仕事」と声を出す。
「社員から格納庫の方からサボり社員の爆笑する声がうるさいという苦情が出てな。責任者として見て来いと言われた。あとえらい饒舌じゃないかアンナ?」
「あのネロサン、こ、この人何徹目? 身体に悪いよ?」
「ネロもだが4徹目だ。言いたいことあるなら俺の目を見て、俺に聞けばいい」
「いや俺はコイツからの依頼をな」
「勝手に受けるなって何度も言ったよな?」
これは相当お冠に見えた。ちらりと先程まで爆笑していた顔が一転して引きつった顔をした男を見る。目が合った。やれることは一つ。ボクは「せーの」と言う。その瞬間自らとついでにネロにもプロトンをかけ走り出す。スプリントのおまけ付きだ。男も同じく全力疾走で走り出す。「待て!!」という怒号が後ろから聞こえた。捕まるわけにはいかない。イタズラは大好きだがバレた時の説教は嫌いだ。
4
「ごめんなさい」
「何で俺まで」
逃げ始めるまではよかった。しかしゾンビ社員達に悉く道を遮られてしまいあっという間に捕まってしまった。白髪の鬼のような形相を見せた会長様は修理途中の自分が作った装置とトームストーンの写真を徹底的に1枚漏らさず確認している。恥ずかしい。本人に見られるほど心が押しつぶされる位苦しくなる時はあまり存在しない。
「消去」
「ッスよねー」
「どうしてこういうのを撮ったんだ?」
「見たかったから、個人用途。バレなきゃ楽しい」
「無関係な人に見せたのは?」
「報酬の一つ。バレなきゃ誰も不幸にならない」
「意外と人間くさい部分あンだな」
「一言余計」
はははと3人で笑った後「反省しろ」という言葉と同時にボクとネロにゲンコツが下される。これ以上怒らせたらグリグリだ。形だけでも謝り倒すことにする。「ごめんなさい」再び言うと少しだけ表情が眉間のしわが緩まった。こうしょんぼりと見せて声のトーンを下げてごめんなさいと言えば大体は許してくれる。チョロい。
「まったく……言えば多少はやってやるぞ?」
「あ、そういうのいらない。模型撮影と一緒。これは罪悪感を感じながらだけど、こっそり楽しむのが一番の愉悦……あっ」
口は禍の元という言葉をご存じだろうか? 自分は何も考えずに言葉が出てしまうことがある。痛い目に遭いたいわけではない。気を抜いたら人を怒らせる言葉も出るだけだ。普段は気を付けているのだが不思議なことに彼の前では少しだけ本音が漏れるようになっているようだ。
「い、いででで! ごめん! ごめんなさい! しない! 今年"は"もうしない! グリグリだめ! これめっちゃ痛い!」
「もう今年終わるし来年もヤる気かよ反省しねェのなオマエ」
「ネロ、お前は仕事に戻ってくれ。社員が殺意溢れさせて待ってるぞ」
「死ねってか?」
大げさに溜息を吐きながら立ち上がり部屋を出て行こうとする。ボクはすかさず「う、裏切り者!」と叫ぶ。
「俺はアンタの修理受付しただけで他は何もしてねンだわ」
「しまった」
「じゃ、ごゆっくり」
あっという間に裏切られる。いや組んだ記憶も無いが気まずい空気に残されるのは非常につらい。自分のこめかみに拳を入れる作業に満足したのかボクが作った装置を見つめている。
「えっと、それは最近カラクリ以外の機械装置に興味を持って」
「最近各地のギルドに顔を出して籠ってるって噂は聞いてたしな。まあまさか俺じゃなくてまずネロの方に行くとは思わなかった」
ジトっとした目でこちらを見てくる。ボクはため息を吐きながら機嫌取りがてら頭を撫でてやった。
「納期ギリギリまで溜め込むの、やめたらいい。シドが通りかかったら頼んだ」
「くっ耳が痛い」
「いい感じに動かなくて、困ったんでここに来たのが偶然本日。キミに内緒とか、そういうのではない。あとそこの横のボタンを押して」
「そうか……ってなっ!?」
疑うことも知らずに装置のボタンを押させると急に飛び上がり火を噴きまわしながらふわふわと漂いながら落ちる鳥型機械装置。理想通りの動きだ、また報酬を持っていこう。ボクはそう考えながら引っかかったとニコニコ笑う。彼はそんな笑顔を見せる自分を見て釣られて笑い、溜息を吐いた。
来年はバレないように頑張ろう。心の中でそう誓った。
#シド光♀ #ネロ #季節イベント #ギャグ
・最初→紅蓮まで
・久々の邂逅→漆黒メイン終了以降ボズヤ&ウェルリト以前
・と言っても本編に触れるような話ではないただのギャグ概念を文章化したものです
1
あれは悲願であったグリダニアに辿り着き、エオルゼア内だけでなく自分の故郷に近い東方地域解放のために奔放していた頃に出会った風変わりな行事。グリダニアにてカボチャを被った謎めいた女性に誘われるまま辿り着くは古びた屋敷。そこではこれまでに出会った、生きていた人たちの幻影を纏い歌ったり踊ったりする奇妙なパーティ……というよりかは儀式という表現の方が近いだろう。
その頃のボクは半信半疑で普段世話になっている人間の姿やそのライバル、各所で出会った人間たちを想起し変身する。心が昔のように少しだけ荒みつつあった自分にとっては楽しい時間になった。絶対やらないだろうと確信しているポーズや表情を取りながら1人笑っていたのは周りから見てさぞかし怪しかっただろう。しかしそれが非常に楽しかったのだ。
こんな愉快なイタズラし甲斐のある行事があるなんてと感動した。流石に申し訳なさの方が勝ったのでこの年は自分の記憶に収めるだけで終わった。毎年この奇妙な行事をやっているらしいが、それ以降帝国やアシエンとの闘いの激化により最低限の用事以外ではグリダニア自体行く余裕がなくなってしまっていた。
2
第一世界と呼ばれていたノルヴラントでの冒険が終わった頃、ボクは再びこの行事に巡り合うことが出来た。屋敷の庭が開放され怪しげな儀式から一転、今回は少し不思議な楽しいパーティになっている。適当に菓子を食べながら変身のおまじないをかける妖異たちの元へ向かう。なりたい人物を思い浮かべる、これは以前もやった事だ。
そして今回やってみたい事がある。自分用の楽しみという用途として思い出を保存するためのトームストーンは持ってきた。自撮りというものは苦手であったが……気合で乗り切ろうと思う。
早速変身する相手は勿論あの人。すぐに迷子になる自分を救い上げる翼になると誓いを立ててきた男。許可も取らずこっそり楽しむという用途のために容姿を利用することに対し罪悪感がないわけではない。そう、少々申し訳ないと思っているがこれはただの好奇心によるものだ。もしこの男があのポーズをしたらこんな感じなのかとかこういう表情になるのかとか見たかったものを『再現する』だけ。本人だけにはバレなければいい。
きっとバレてしまったら小言を言われながらこめかみを力任せにグリグリされるだろう。あれが意外と痛いものなのだ。しかし今回だけはいざという時に使える言葉『これは妖異が作った夢なンだ、許さねえよなァ!』があるし本人に見せるほど頭悪くはない。
そんな事を考えていると、彼と出会った頃の自分を思い出す。世界を旅していた頃から訪れた場所には自分を何も『残さない』為に誰とも最低限しか関わらないように気を付けていた。そんなつまらないヒトだった筈なのに超える力というものを手に入れ、『あれ』を見てしまったものだからいつの間にか居場所を作ったし、少しだけ素の自分を出すようになり、ついクセでイタズラして怒られることが増えたなと気が付いた。奇妙な二つ名が付いてた頃の自分に今の腑抜けた姿を知られたら胸倉掴まれ呪詛を吐きながら再起不能にされるだろうなと苦笑する。
閑話休題。早速『化けた』ボクは鏡で自らの姿を確認する。只今納期前の徹夜続きで死にそうな顔をしているであろうあの白い髪の男だ。
「くくっ」と笑うとそれは何度も自分を笑顔にした男の声。優しい笑顔も決まっている。髭を剃ればきっともう少し若い年相応の顔になるだろう。しかし本人には言っていないがボクは『この彼』が嫌いではない。むしろ好きでもないと付き合ってない。見た目より長生きするヴィエラの自分には髭という数少ない自分には無い肉体的には年上だという要素が唯一といってもいい弱点であった。
加えて自分より一回り小さな身長も再現されているのが相変わらず素晴らしい。抱き上げると『それは俺がする事だ』と抗議していた彼の姿を思い出した。「完璧な仕事だ」と小さな妖異と褒め散らかしておく。
さあ仕事の時間だ。まずはトームストーン片手に自撮り風な写真を残していく。普段写真というものを撮らない身もあって苦戦していたらこのパーティに吸い寄せられたのであろう同じく冒険者……と思われるかつて暁の盟主だった者の姿をした仲間に話しかけられる。
折角だからこの楽しいパーティの思い出を残したいと率直に伝えると【協力】してくれた。持つべきものは同じ志を持った仲間である……アラミゴの民が教えてくれた。今は感謝しかしていない。いつの間にか周りに彼のライバルが複数人集まっていたり、ムカつく親善大使様集団がいつの間にか風邪の時に見る夢のような惨状を見せ最高な写真が出来上がっていた。これは奥底に封印しておこう。
騒がしい夜はあっという間に去っていき、また朝が訪れる。適当に挨拶を済ませ、スキップしながらパーティ会場を去って行く。
3
悪用しようと思ったことはない。しかし出来心だった。
ガーロンド・アイアンワークス社に通っているうちに興味を持ったため軽く魔導技術をかじっていた自分は小さな装置を合間に作っていた。ただ卵型の機械人形が跳ねたりする装置やアルファを参考に作った火を噴く鳥の装置がその最もたる例である。しかしあまり勝手が分からずよく不具合が起こるものだから『なら現役にアドバイスを貰えばいい』と思いつき、ガーロンド社へ向かう。
しかし失念していた。只今納期直前デスマーチ進行中。ピリピリとした空気を感じる。普段はこの中行くのもなあと思い踵を返すのだが。
「あ、ネロサン」
「メスバブーンか。こンな時期に来るたァ珍しい」
「忘れてた。……暇人に頼みがあるの」
「別に俺は暇じゃねェぞ。―――英雄様が俺にか? ハッ! 燃えるじゃねェか」
金髪のサボり社員が偶然近くを歩いていた。会長と並ぶ実力の持ち主である彼に頼むとしよう。しかし何やら変な期待されてるなあと軽くため息を吐いた。立ち話でもいいのだがせっかく装置を見せるのでゆっくりできる場所がいいと思い、「ここで話すの、周りの迷惑」と飛空艇の格納庫へ2人で忍び込む。
「これお前が?」
「機械装置作ってみたいと思ってねえ」
「はー見た目と腕っぷしに反して中々可愛いモン作ってンな」
「一言余計」
「初心者が興味を持って作ったにしては丁寧でいいンじゃね」
ボタンを押すと火を噴きながら飛び上がりガシャンと落ちる鳥装置にゲラゲラ笑った後真剣な顔で言い出すのだからこの男の底は見えない。かつては帝国兵として襲い掛かってきたので戦った関係だったが現在はガーロンド社で好き勝手している仲間みたいなもので、未だに底が見えない飄々とした男とも思っている。工具を取り出しながら落ちた衝撃で壊れた装置をひっくり返す。
「修理してくれるの?」
「やってもいいンだが、勝手に引き受けるのもなァ」
「言ってみたかったセリフがある。……金はいくらでも出せるよ?」
「確かに滅多に言わねェセリフだな。まあいくらかもらうぜ」
「……あと楽しいものもあるから見せる。タイトル『おもしろ写真集シド編』」
「―――ゆっくり見せてもらおうじゃねェか」
頭の中で悪魔が『ネロサンだったらいいじゃん。本人はデスマで絶対出てこないからバレないバレない』という囁く。天使の声を聞くより先に言葉が出てしまった。ボクの内面だ、そっちも面白そうって言うに違いなかった。フラフラ歩き回っている胡散臭い男だが秘密を見せても人に喋るような口の軽さは存在しない男だというのはよく知っている。この男は自分と同じ1人で抱え走り回る生き物だし楽しいものに対する価値観も少々似通っていた。だから見せてしまった。
その後大爆笑する彼の声が響き渡った。
「おいおいおいこれどうやって撮ったんだよ。ここのパーツ間違ってンぞ」
「そっか。……本人は使っていない。ただグリダニアで変わった祭があって」
「そこでオマエが? 衣装にしては出来がよすぎるンだが。ククッ」
「そそ。あの人絶対やれないでしょ? ある時期にしか会えない人が……あ、その辺りから火を出したい」
トームストーンを前に置き、以前撮影したものを流しながら機械装置を弄っていた。「笑いすぎて手元が狂うンだが?」とぼやきながらも慣れた手つきであっという間に組み立てられていく。自分が思い描く完成図を伝え付け加えられていく様が面白かった。シドも同じようなことが出来るのだろうか、そういえば装置は主に彫金師ギルドとイシュガルドに籠って考えたから披露したことなかったなあと思いながら次の写真を表示する。
「しかしトームストーン便利だな」
「そう。メモと写真撮影くらいにしか使わないけど」
「いいンじゃね。いつでも見返せるし。そのポーズやべェ」
「そんなポーズとった記憶は無いんだがなぁ」
「当然。"同士"にアドバイス貰いながら、ボク自らやったもの。シドにさせるわけないじゃん。ムリムリ」
はははと3人の笑い声が響く。そこで思考が止まる。
「ネロサン一人二役でもしてる? えらく似てる」
「ンなことするわけねェだろ。メスバブーン、オマエそのトームストーン音声再生できンのか?」
「録音はしない、恥ずかしいし。それより寒くない?」
「俺も思ってたンだわ」
背後から感じるのは明らかに殺意。不味い。振り向けない。
「ちょっと後ろ見て」
「俺は装置の修理で忙しいンでな。メスバブーンが向けばいいじゃねェか」
「いやあボク、過去は振り返らない主義……せーので向こ?」
「アーそうすっか」
『せーの』
振り向くとそこには徹夜続きで社員と共に苦しんでいるはずの白い男が満面の笑顔で腕組みしていた。普段ならば会長代理によって縛り付けられているはず。何故ここにいるのだろうか。何とか震えながら「あ、あのお仕事」と声を出す。
「社員から格納庫の方からサボり社員の爆笑する声がうるさいという苦情が出てな。責任者として見て来いと言われた。あとえらい饒舌じゃないかアンナ?」
「あのネロサン、こ、この人何徹目? 身体に悪いよ?」
「ネロもだが4徹目だ。言いたいことあるなら俺の目を見て、俺に聞けばいい」
「いや俺はコイツからの依頼をな」
「勝手に受けるなって何度も言ったよな?」
これは相当お冠に見えた。ちらりと先程まで爆笑していた顔が一転して引きつった顔をした男を見る。目が合った。やれることは一つ。ボクは「せーの」と言う。その瞬間自らとついでにネロにもプロトンをかけ走り出す。スプリントのおまけ付きだ。男も同じく全力疾走で走り出す。「待て!!」という怒号が後ろから聞こえた。捕まるわけにはいかない。イタズラは大好きだがバレた時の説教は嫌いだ。
4
「ごめんなさい」
「何で俺まで」
逃げ始めるまではよかった。しかしゾンビ社員達に悉く道を遮られてしまいあっという間に捕まってしまった。白髪の鬼のような形相を見せた会長様は修理途中の自分が作った装置とトームストーンの写真を徹底的に1枚漏らさず確認している。恥ずかしい。本人に見られるほど心が押しつぶされる位苦しくなる時はあまり存在しない。
「消去」
「ッスよねー」
「どうしてこういうのを撮ったんだ?」
「見たかったから、個人用途。バレなきゃ楽しい」
「無関係な人に見せたのは?」
「報酬の一つ。バレなきゃ誰も不幸にならない」
「意外と人間くさい部分あンだな」
「一言余計」
はははと3人で笑った後「反省しろ」という言葉と同時にボクとネロにゲンコツが下される。これ以上怒らせたらグリグリだ。形だけでも謝り倒すことにする。「ごめんなさい」再び言うと少しだけ表情が眉間のしわが緩まった。こうしょんぼりと見せて声のトーンを下げてごめんなさいと言えば大体は許してくれる。チョロい。
「まったく……言えば多少はやってやるぞ?」
「あ、そういうのいらない。模型撮影と一緒。これは罪悪感を感じながらだけど、こっそり楽しむのが一番の愉悦……あっ」
口は禍の元という言葉をご存じだろうか? 自分は何も考えずに言葉が出てしまうことがある。痛い目に遭いたいわけではない。気を抜いたら人を怒らせる言葉も出るだけだ。普段は気を付けているのだが不思議なことに彼の前では少しだけ本音が漏れるようになっているようだ。
「い、いででで! ごめん! ごめんなさい! しない! 今年"は"もうしない! グリグリだめ! これめっちゃ痛い!」
「もう今年終わるし来年もヤる気かよ反省しねェのなオマエ」
「ネロ、お前は仕事に戻ってくれ。社員が殺意溢れさせて待ってるぞ」
「死ねってか?」
大げさに溜息を吐きながら立ち上がり部屋を出て行こうとする。ボクはすかさず「う、裏切り者!」と叫ぶ。
「俺はアンタの修理受付しただけで他は何もしてねンだわ」
「しまった」
「じゃ、ごゆっくり」
あっという間に裏切られる。いや組んだ記憶も無いが気まずい空気に残されるのは非常につらい。自分のこめかみに拳を入れる作業に満足したのかボクが作った装置を見つめている。
「えっと、それは最近カラクリ以外の機械装置に興味を持って」
「最近各地のギルドに顔を出して籠ってるって噂は聞いてたしな。まあまさか俺じゃなくてまずネロの方に行くとは思わなかった」
ジトっとした目でこちらを見てくる。ボクはため息を吐きながら機嫌取りがてら頭を撫でてやった。
「納期ギリギリまで溜め込むの、やめたらいい。シドが通りかかったら頼んだ」
「くっ耳が痛い」
「いい感じに動かなくて、困ったんでここに来たのが偶然本日。キミに内緒とか、そういうのではない。あとそこの横のボタンを押して」
「そうか……ってなっ!?」
疑うことも知らずに装置のボタンを押させると急に飛び上がり火を噴きまわしながらふわふわと漂いながら落ちる鳥型機械装置。理想通りの動きだ、また報酬を持っていこう。ボクはそう考えながら引っかかったとニコニコ笑う。彼はそんな笑顔を見せる自分を見て釣られて笑い、溜息を吐いた。
来年はバレないように頑張ろう。心の中でそう誓った。
#シド光♀ #ネロ #季節イベント #ギャグ
漆黒以降の自機が子供化したギャグ概念。ここからシド光♀。
その1、その2、その3から読んでね。
罪人2人をレヴナンツトールに連れて帰る。勿論アンナはしっかりと抱いて、だ。ネロはガーロンド社へと連れて行かれる。シドは次の日にネロの部屋に置いてある荷物の類を回収する約束をし、宿にアンナを連れ込んだ。普段のアンナの仕草を見せているのに見下ろす形なのは新鮮だ。そう思いながら軽々と抱き上げると「子供扱いしない」と頬を膨らませている。
「普段俺にしてるじゃないか」
「私はいいの」
薄い身体に普段より気持ち温かいが人より冷たい体温。抱きしめてやるとアンナは頭を優しく撫でた。額に頬に、そして唇に優しく口付けるとアンナは眉間にしわを寄せた。
「ヒゲくすぐったい」
「いつも通りじゃないか」
「子供の姿だからかな。刺さる、って続行しない!」
小さくて、やわらかい。細い身体は確かに抱き心地がよかった。
「そういえばさ、シド」
「どうした?」
「―――今の私の身体、第二次性徴前」
耳元でボソリと呟かれると顔が熱くなっていく。改めて言われると恥ずかしくなる。クスクスと笑い声がした後「お風呂入って来るから、大人しくしててね」と下ろすよう床を指さした。言われるがまま解放すると部屋着を持って浴室へ駈け込んでいった。
◇
暇だ、と思いそろそろ説教も終わっているであろうネロにリンクパール通信を繋ぐ。
『あ?』
「ああネロ大丈夫か?」
『妹自慢が終わった所だ。ッたく受けるンじゃなかったぜ』
疲れ切った声が聞こえて来た。いい罰だ、優越感が勝る。
「お前の家ではアンナはどんな感じだったんだ?」
『料理は当番制で適当に本やらジャンクパーツで遊ンで寝させてただけだっつーの』
「健全だな」
『ッたりめェだろ。お前と違ってメスバブーン相手にはどうも思わねェよ』
談笑していると扉がキィと鳴る。アンナがふとこちらを見ている。ただじっと。何か手に持っているようだがよく見えない。「アンナ、どうした?」と聞くが何も言わず奥に消えて行った。首を傾げながらネロに問う。
「風呂から出たら何かしてたか?」
『ドライヤーかけてやってただけだ。家の中濡らされたくなかったンだよ。面白ェもン見れたから苦になる作業じゃなかったぜ?』
「なるほど。じゃあ一度切るからな」
ネロの答えを聞くより前に通信を切り、アンナの様子を伺いに立ち上がる。覗き込んでみるとドライヤーを手に持って四苦八苦しているようだ。使い方を教えずただやってあげてたのかとため息を吐きながらその機械を手に取る。
「あ」
「ほらやってやるから」
耳を触らないように暖かい風をかけてやる。正面にある鏡でアンナの表情はよく見えた。珍しく誰の目から見ても分かる程度にはご機嫌のようで。よっぽどこれが気に入っているのかと苦笑した。もっと早く気付いていたらとネロに対し舌打ちしていると「んー」と言いながらふにゃりと耳が垂れ下がった。
「アンナ?」
「―――へ?」
鏡で今の自分の状況を見たらしい。顔を赤くし、固まっている。耳を押さえ声が震えている。
「待って、シド、誤解。知らない」
「アンナ、髪はまだ乾いてないぞ?」
逃がさないよう固定し、頭をガシガシと撫でてやると「やーめーろー!」と抗議の声が聞こえた。動かさないように修行していると言っているくせにふとした拍子にこう垂れ下がる姿を見せる。しかしいちいち丹念に触らなくても即見れる手段ができたのは朗報だと考えた。
「スマンドライヤーの音で何も聞こえないな」
「嘘つかない! あ、じゃあやーいばーか! おーじーさーんー!」
「俺は普段のお前より半分以下の年齢だ」
「聞こえてるじゃん! 都合のいい耳だなあ!」
聞こえないと言われたら思ったより幼い悪口が飛び出し苦笑する。絶対に大人に戻ったらやらせないという恨み言が飛び出した。「それなら子供のうちにゆっくり堪能しないとな」と後先考えずに喋るアンナに感謝する。
直後、可愛らしい「みぎゃー!」という叫び声が響き渡った。やりすぎたかもしれない、一瞬その手を止める。
数十分後、少々機嫌が悪くなったアンナの機嫌取りをしようやく抱きかかえる許可がもらえた。一回り小さな頭に顎を置き、アンナが読んでいる本を眺めている。滲んだ文字が多めな東方地域のからくり装置のカタログを呼んでいるようだ。その筆跡はどこかで見たことがある気がするが思い出せない。
とりあえず程々な時間で錬金術師ギルドで何を仕込みする気満々だったのか聞きながら眠らせる。どうやら大したことをするわけでもなくただ"今後の参考"のために錬金術の勉強をしていたらしい。「嘘をつくな。蒼天街で割った煙幕の幻影だろ」とネロやヤ・シュトラからの報告内容をぶつける。すると舌打ちしそっぽを向いて無言を貫きそのまま眠っていた。戻った後、まだ残っているであろう試作品を絶対全回収しようと決心しながら目を閉じる。
◇
5日目。目が覚めると子供のままのアンナは既に着替えをし、本を読んでいた。相変わらず早起きだなと欠伸をしながら体を起こすと気が付いたようだ、「おはよ」とニコリと笑顔を見せた。
「とりあえず今日は石の家に連れて行くからな。まあ溜まった仕事を終わらせて定時で迎えに行く」
「昨日も無理やり迎えに来たし皆怒ってるんじゃないの。別にゆっくり徹夜してもいいんだよ?」
「絶対に終わらせてくるからな」
頬をギュッと引っ張った後、一緒に朝食を食べに行き石の家へ引っ張って行く。少々ばつの悪そうな顔をしながら笑顔を見せているタタルとクルルに手を引かれ、奥へと連れて行かれるところを確認した後会社へ向かう。
「会長、アンナさんは連れて来てないんですか?」
ジェシーをはじめとする人間に何度も聞かれた。石の家にいると返しながらその後ろにある子供服を隠しとけとため息を吐く。人へ過剰に関与しないアンナからするとこれが嫌だから隠れていたんだな。そう思うと結果的にはネロに頼り隠れていたのは間違っていなかったのかもしれない。なら声くらいは聞かせろとぼやくことしかできなかった。ネロのことをパパと呼び自分のことをおじさんと呼んだのも未だムカつく所がある。しかも三度も呼んだ。ジェシーに明日大人に戻っていなかったら連れて来るという条件を持ち出し、ネロへ仕事を押し付けていく。
夜、石の家に顔を出すと少し疲れた顔をしたアンナがいた。こちらに気が付くといつもの笑顔に戻り「おや特大なお仕事は?」と聞くので「"調整"してくれたからな」と笑顔を返すと舌打ちしている。とりあえずどういう意味だと小突いた。抱き上げアンナと談笑していたクルルに会釈をしその場を後にする。
外で日中何があったのか聞きながら晩飯を済ませ、ネロの部屋からアンナの荷物を回収した。大きなスーツケースに纏められている。「デカいな。頑張ればアンナが入る」と呟くと足を踏まれながら「通報」と言われたし、ネロにも「口には出すな」呆れられた。流石に実行はしないと苦笑しながら宿に運び込む。
シャワーから出て来たアンナの髪を乾かしてやり、自分も頭を冷やしがてらシャワーを浴びた。戻ると昨日とは打って変わって既に寝転びながら身体を伸ばしていた。隣に座ると少しだけジトッとした目でこちらを見る。その後何か思いついたのかのそりと起き上がり膝の上に頭を置きニィと笑った。
「もう二度とないかもしれない体験で嬉しいでしょ?」
「大人に戻ってもやればいいじゃないか」
「やだ」
膝枕はさせる方が好きなんだよと柔らかな笑みを浮かべ膝の上でゴロゴロ転がっている。長い耳が当たってくすぐったい。
「石の家で子供っぽい動きとは何かとララフェルの方々に聞いてた。だから色々と試す」
「それは口に出さない方がよかったかもしれんな」
顔に手を当てため息を吐く。アンナは唐突に腕を掴み、顔へと持って行かせた。首元を撫でてやると笑顔を見せている。
「そもそも子供とは何かという所から議論をした」
「哲学は専門外だから分からんな」
「言葉を舌足らずにとかキャーキャー喚いたりとか。でもそれ私が嫌い。だからやらない。ならば普段から可愛いララフェル先輩に聞くのが一番」
「まあ突然そんなことされたら呪術士の所に連れて行くかもな。マハで妖異にでも憑かれたかもしれんと」
「非科学的なものに頼りに行こうって思う程異常に見えるってことね、オーケーオーケー」
私が普段どういう目で見られてるかよーく分かったよと言う口に反し笑みを隠さずその指をカリと甘噛みする。
「というか自分が子供の頃と同じ感じで行けるだろう。覚えてないのか?」
「ずっと素振りしてるか部屋中イタズラの仕掛けをして女の人のお尻触ってもいいなら」
「却下だ」
忘れかけていたがアンナは当初自分が男として生まれたと思っていた。実際普段の姿で見慣れているだけで笑顔で立っていなかったら十分少年だと言われても信じる自信はある。
「とにかく子供である利点をもう少し楽しもう。これ今日のまとめ」
「それを先の4日間で気付くべきだったな」
「やだ。そんな長く好奇心の目に晒されるとか頭おかしくなる」
普段のビックリ人間ショーみたいな英雄行為はいいのかと思うが口には出さないでおく。
それから適当に子供とはどういうものなのかという話を交わし眠った。
◇
6日目。いつもより早起きしたが既にアンナも起床していた。柔軟運動をしている姿はまだ子供のままだ。少しだけ安堵している自分を叱咤しながら身体を起こす。
「もっとゆっくり眠っててもいいんだぞ?」
「ホー今日は早い。……習慣だし。どうせ寝起きの姿見たいだけでしょ?」
「そうかもしれん」
やっぱりと言いながらこちらに近付き口付けた。今日は社に連れて行くからなと言うと一瞬笑顔が引きつっていたが即平静を装っていた。「そこまで酷いことはならんさ、多分」と言ってやると「だといいけどねえ」とアンナは苦笑した。
子供になったアンナの姿を見るや否や飛びついて行く老若男女問わない社員たち。ヒッという声を上げながら逃げることもかなわず捕まり奥へと連れて行かれた。その中には旅人服を着たレフがいる。どさくさに紛れて何やっているんだと思いながらネロに事情を聞く。すると「そういう体でいるために昨日休暇をもぎ取ったんだぜ? ただのアホだろ」と返された。あの男は意地でもちゃんと模範的な生活を送る護人であるという所を妹にだけは見せたいらしい。偶然にしてもここにいるのはどう考えてもおかしいだろと言いたかったが多分アンナは信じるだろう。それ位兄は嘘をつかない規律的な人間だと思っているからだ。実際は護人時代から黙って抜け出して興味関心を満たしたり、既に自分勝手な理由で離婚して里とも断絶している生粋のシスコンなのだが。
「蒼天街でファットキャットのパーカー着てたっつーと滅茶苦茶目を輝かせた奴らがいてな」
「お前絶対それアンナが話して欲しくなかったやつじゃ」
「ケッ散々迷惑かけられたンだ。アレ見てちょっと清々したぜ」
ミギャーという叫び声が聞こえる。あの声は不味い。流石に戻った後の荒みっぷりが想像できないので小走りで止めに行くことにした。
「おいおい止めに行くのか?」
「このままじゃ戻った後今回の錬金薬を量産して社内にぶちまけて大パニックにするぞ」
「アー"あっち"が絡んだらやりそうだな」
あっちという表現はよく分からないが程々にしとけと小部屋に行く。そこには髪を赤く染め、ウィスパーファインウールを着せられたアンナがいた。
「シド! に、兄さんにまで裏切られたし、社員教育はどうなってるんだ!」
「え、あ、似合うな?」
「ちがーう! このぉ……エロオヤジ!」
「あ、それは減給がやば。ゴホン! ……よーし妹よ! 兄と彼らのお仕事の邪魔にならないようにお出かけするか! な!」
「ずるいぞ!」
「マスコットとして置きなさいよ!」
「どこぞの会長クンの顔を見てから言う! ほら妹よ行くぞー」
「んー体鈍ってるから運動したいな」
「ああ久々に組み手でもしよう」
並ぶ姿を見ると確かに兄妹だ。なぜかパワーアップした罵倒を放ち、一瞬こっちを見やりくるりと回る姿が非常に可愛く周辺からも歓声が上がった。明らかに煽ってる姿に歯を食いしばりそのまま兄に引っ張られていく姿を見送る。覚えてろと思いながら早々に仕事を終わらせようと書類に向き合う。
◇
何とか仕事を終わらせレヴナンツトール中を歩き回っていた兄妹を捕まえ回収した。兄からの視線がとても痛かったが無視し連れ帰る。
「兄とはどういう話をしたんだ?」
「別に? いきなり会っても何話したらいいか分からないし……。故郷でヤることが終わってよかったって話と。ご飯食べて、街の中歩き回って色々買い物して、あとは郊外で組み手した」
里にいた頃思い出して楽しかったと笑顔で言う姿にため息を吐き頭を撫でてやる。3日程度ほぼ室内でのんびりしていたから身体を動かせて満足しているようだ。その辺りを汲んで付き合ったのなら兄は本当に有能な人間だなと思う。どうせ言われるがまま遊んでやっただけだろうが。
現在は汗をかいたからとシャワーを浴びに行っている。髪は赤いままで「戻ったら美容師にお願いする」とぶっきらぼうな顔で言っていた。個人的にはこれが本当のアンナの幼少時代の姿かと思うと少々興奮してしまう。そんなこと言ったらまた子供相手に云々と言われるので心の中にしまっておいた。
カタンという音が聞こえ振り向くとこちらに顔を覗かせている姿が見えた。多分ドライヤーかけろという合図なのだろう。しかしあえて無視してやると下着一枚でこちらでやってきてヒゲを引っ張る。
「いたた」
「ド・ラ・イ・ヤー」
「分かった分かった」
もうやらせんと言ったくせにワガママな子供である。素直に引っ張られてやり耳が垂れ下がる姿を見ながらドライヤーをかけてやった。「戻った後のためにやり方、教えて」と言われたが無視し髪をグシャグシャとかき回してやる。「ケチ!」という言葉に笑い終わった後は抱きしめてやる。再び耳を硬く立たせようとするので妨害するために優しく撫でまわし甘噛みしてやった。
「あーもー邪魔しない!」
「勿体ないからな」
抱き上げベッドまで運ぶ。「服は着ないのか?」と聞くと「そろそろ戻りそうな予感がしてねえ」と言いながらも風邪ひくからと布団を被る。
「ほら君もシャワー浴びてきなよ。汗臭い」
そっぽを向き手を振った。大人しく言う通りにすることにする。シャワーから出るともう既に眠っていたのでそのまま隣に倒れ抱き寄せながら眠りにつく。
◇
早朝、シドはふと腕がずしりと重くなり薄目を開いた。目の前には"いつものアンナ"がいた。そろそろ戻るような予感がしたという彼女の予想は当たっていたらしい。くすりと笑いが漏れてしまった。今すぐにでも抱きしめようと思ったがぐっと我慢をし、目覚めるのを待つ。
更に1時間もしない頃、多分いつもの起床時間なのだろう、アンナが起き上がり「あ」という声が聞こえた。「よし」という声も漏れ嬉しそうだ。「起きる前に撤退しよっと」と呟きながらそろりと寝台から離れようとしたので腕を掴んでやる。
「げぇっ」
「何がげ、だ。どこに行くつもりだ?」
「いや、ほら、もう起床時間で日課をこなさなければ、ね?」
「戻った直後にいきなり大量にタスクを課すのは身体への負荷が半端ないと思うんだが?」
ニコリと笑顔を見せ合う。こちらはここ数日の子供な言動と蛮行に我慢してきたのだ、そのまま行かせるわけにはいかない。しばらく沈黙が流れたがアンナが動き出す前に力いっぱいベッドへと引き摺り込んだ―――。
◇
「ネロサン、迷惑をかけた」
「なンだお前戻ったのか。結局1週間位かかっちまってたな」
夕方、ガーロンド社にフラフラと髪を黒く染め直したアンナが現れる。戻ったんですねというすれ違う人に会釈をしながらネロを見つけ手に持った袋を渡す。中を見ると菓子、迷惑料と書かれた袋、そして冊子が1冊入っていた。パラパラと捲るといくつか走り書きされた図面たち。「何だこれ?」と聞くと「さあ? どう使うかはご自由に」とニィと笑う。見たことのない魔法人形に、奇妙な小銃のようなもの、先日渡された煙幕の幻影関係のデータも入っている。
「"ボク"の体は重役出勤したであろう人間の説教で疲れてるんでね、失礼するよ」
「……アー」
昼の出来事を思い出す。早朝社員に突然遅刻すると連絡を寄越したシドは昼に機嫌よく出勤した。それから部屋に篭らされ書類に埋まっているが嫌そうな顔一つ見せない。ジェシーも「ねえ今日の会長怖すぎない?」と引いていた風景を半笑いで眺めた。
「戻ったのは早朝。それから説教に重なる説教でボクはダウン。でもちゃんと戻った件はなるべく早急に報告しないといけないからね。何とか"ボク"が身体を起こして錬金術師ギルドと暁に顔を出してきたのさ」
「ハァそりゃお疲れさまなこって」
それじゃシドに会う前に帰る、と踵を返し、手を振りながら去って行った。
「"ボク"は何が起こっていたのか分からないんだけどねぇ。とりあえずは教訓だ。錬金薬の扱いは慎重に。イヒヒッ」
空を見上げ伸びをする。なまった身体をまずは程よい運動でリハビリしよう、アンナはテレポを唱え、どこかへ飛んだ―――。
-終わり-
Wavebox
#シド光♀ #ギャグ