FF14の二次創作置き場
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- 2024/05/19 連作:紅蓮レイド編【完結済み】 紅蓮,
- 2024/05/15 "カーバンクル&qu… 漆黒
- 2024/05/09 旅人、猫を拾う 漆黒
- 2024/05/08 技師は紅き星を振り返る 漆黒,
- 2024/04/11 旅人は答えを見つける 漆黒,
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旅人に"魂"は宿る
「はー苦労だけかけさせやがって! 俺様じゃなかったら見つからなかったぜ。……テメェは立派なリンの弟子だ! アハハハ! ……はぁ」
鬱蒼と茂る森の中、年老いた金髪ミコッテの男は光が点滅する黒色の装置を確認しながらボヤいた後何かを詠唱する。ざわめく風は止まり、まるで周りの時が止まったかのようだ。男はゆっくりと対象に近付く。
正面にはフードを深く被った赤髪のヴィエラ。立ったまま目を閉じ、眠っていたようだ。
「感謝しろよ? テメェが大好きだったお師匠サマの遺言だ。絶対にバケモノになんてさせねぇよ。一緒に連れて行ってやれ」
銀と赤の目を細めニィと笑い懐の白の宝石を取り出す。握り締めると青白く光り、近付けると"それ"はヴィエラに吸い込まれていく。
「ついでに俺様の人生の中で一番の"最高傑作"になってくれよなァ? んー、魂にけったいな加工されてるがこの天才技術者様には造作もねぇ仕様だ、絶対に成功する」
シワシワな手を差し伸べ、目を閉じる。そして名前を呼び、優しく語り掛けるかのように口を開いた。
「"シハーブ"が使えるのは遂にリンとテメェと俺様だけだったんだぜ? 色々研究して少しくらい使える人間増やそうと頑張ったが、リンが逝ったから"今"はもう手詰まりだ。しかも子孫だって残せねぇからテメェが"唯一"の成功作になるんだぜ! 光栄だろう? だからさ、こーんな浪漫溢れる力で世界を滅ぼさせるわけにゃいけねぇんだよ」
歪んだ笑顔を見せる反面、頬に優しく触れる。思い浮かぶのは若い頃の自分と並ぶ2人の男の姿。
「えらくエルに似た顔になっちゃってマァ。色々あったんだな、"可哀想に"。―――嗚呼エル、すまんな。"俺様たち"はテメェと同じ所には行けなくなっちまったぜ。ケケッ」
次第に光が彼に纏わり今も修行と護人の使命に雁字搦めになっているであろう男の妹にその光が送られていく。
「流石に"肉体"だけ冥界に行くことなんて出来ねぇだろうからなァ。ケケケッ、もしよければ"記憶"の俺様に、よろしくな。―――嗚呼最ッ高の人生だった。"完成"も楽しみだぜ」
男は強い光に包まれ、消えると再び風がざわめきを取り戻す。カタンと何かが落ちる音が響いた。
その音に反応してか、ヴィエラは目を開く。音の元を探そうと赤色の瞳を細めた。
「―――誰がいるのか?」
中性的な声を発しながら辺りを見回しふと何か固いものを蹴る。拾ってみるとそれは黒い変な塊だった。しばらく眺めた後、放り投げようとした瞬間立ち眩みが起こり目の前が真っ黒になる。その場に座り込みながら目を閉じる。
目を開くとヴィエラはその装置を懐に仕舞い込んだ。その瞳の色は―――銀色。ニィと笑い身体をうんと伸ばし歩き出す。
◇
――― "ボク"は気が付いたら存在した"もう一人のフレイヤ・エルダス"だ。そう、少しだけ幸運なヴィエラである。"ボク"が初めて発現した次の年。紆余曲折あり何故かガレマルドへ再び連れて行かれてしまう。偶然現地の少年が現れなければ捕まってしまっていた可能性が高い。実際寒くて"表のフレイヤ・エルダス"は意識を失い、"ボク"が対応したのだ。だがこれは"運命"かもしれないとはにかんだ。自分を狙う面倒な"アレ"が作った帝国というものを内側から破壊する一手を繰り出すために"わざと"印象に残すよう再会の約束をし、青燐機関車に乗り込み何とか脱出して旅を再開する。
それから自分の持っていた"能力"と備えられた"知識"で"この子"を導いた。まずはエオルゼアへ案内し"英雄"に仕立て上げる。理由は簡単。"そうしないといけない"と思ったからである。そしてまさか二度目のガレマルド来訪から20年余り後に蒔いていた種が成長し、運良く目論見が"大成功"してしまうのは予想外だった。あの時にやった咄嗟の判断に感謝する。
そうだ、もう恐怖の象徴となった【鮮血の赤兎】は戻ってこない。闇に纏われた記憶と記録を全て捨て、"大切な人"を見つけた"この子"は小さな一歩を踏み出した。"アレ"を思い出すことさえなかったら、"ボク"は影として長いヴィエラの寿命たっぷり生きて、終わっていただろう。
そういえば好奇心はクアールを殺す、そんな言葉をご存じだろうか。まさにクアールの尻尾を踏んでしまった男たちは、最悪の"記憶"を起こすことになる。いくつもの混じり合った"魂"はため息を吐き、リンドウとお揃いの黒い古びたトームストーンを胸に抱いた。
#リンドウ関連
鬱蒼と茂る森の中、年老いた金髪ミコッテの男は光が点滅する黒色の装置を確認しながらボヤいた後何かを詠唱する。ざわめく風は止まり、まるで周りの時が止まったかのようだ。男はゆっくりと対象に近付く。
正面にはフードを深く被った赤髪のヴィエラ。立ったまま目を閉じ、眠っていたようだ。
「感謝しろよ? テメェが大好きだったお師匠サマの遺言だ。絶対にバケモノになんてさせねぇよ。一緒に連れて行ってやれ」
銀と赤の目を細めニィと笑い懐の白の宝石を取り出す。握り締めると青白く光り、近付けると"それ"はヴィエラに吸い込まれていく。
「ついでに俺様の人生の中で一番の"最高傑作"になってくれよなァ? んー、魂にけったいな加工されてるがこの天才技術者様には造作もねぇ仕様だ、絶対に成功する」
シワシワな手を差し伸べ、目を閉じる。そして名前を呼び、優しく語り掛けるかのように口を開いた。
「"シハーブ"が使えるのは遂にリンとテメェと俺様だけだったんだぜ? 色々研究して少しくらい使える人間増やそうと頑張ったが、リンが逝ったから"今"はもう手詰まりだ。しかも子孫だって残せねぇからテメェが"唯一"の成功作になるんだぜ! 光栄だろう? だからさ、こーんな浪漫溢れる力で世界を滅ぼさせるわけにゃいけねぇんだよ」
歪んだ笑顔を見せる反面、頬に優しく触れる。思い浮かぶのは若い頃の自分と並ぶ2人の男の姿。
「えらくエルに似た顔になっちゃってマァ。色々あったんだな、"可哀想に"。―――嗚呼エル、すまんな。"俺様たち"はテメェと同じ所には行けなくなっちまったぜ。ケケッ」
次第に光が彼に纏わり今も修行と護人の使命に雁字搦めになっているであろう男の妹にその光が送られていく。
「流石に"肉体"だけ冥界に行くことなんて出来ねぇだろうからなァ。ケケケッ、もしよければ"記憶"の俺様に、よろしくな。―――嗚呼最ッ高の人生だった。"完成"も楽しみだぜ」
男は強い光に包まれ、消えると再び風がざわめきを取り戻す。カタンと何かが落ちる音が響いた。
その音に反応してか、ヴィエラは目を開く。音の元を探そうと赤色の瞳を細めた。
「―――誰がいるのか?」
中性的な声を発しながら辺りを見回しふと何か固いものを蹴る。拾ってみるとそれは黒い変な塊だった。しばらく眺めた後、放り投げようとした瞬間立ち眩みが起こり目の前が真っ黒になる。その場に座り込みながら目を閉じる。
目を開くとヴィエラはその装置を懐に仕舞い込んだ。その瞳の色は―――銀色。ニィと笑い身体をうんと伸ばし歩き出す。
◇
――― "ボク"は気が付いたら存在した"もう一人のフレイヤ・エルダス"だ。そう、少しだけ幸運なヴィエラである。"ボク"が初めて発現した次の年。紆余曲折あり何故かガレマルドへ再び連れて行かれてしまう。偶然現地の少年が現れなければ捕まってしまっていた可能性が高い。実際寒くて"表のフレイヤ・エルダス"は意識を失い、"ボク"が対応したのだ。だがこれは"運命"かもしれないとはにかんだ。自分を狙う面倒な"アレ"が作った帝国というものを内側から破壊する一手を繰り出すために"わざと"印象に残すよう再会の約束をし、青燐機関車に乗り込み何とか脱出して旅を再開する。
それから自分の持っていた"能力"と備えられた"知識"で"この子"を導いた。まずはエオルゼアへ案内し"英雄"に仕立て上げる。理由は簡単。"そうしないといけない"と思ったからである。そしてまさか二度目のガレマルド来訪から20年余り後に蒔いていた種が成長し、運良く目論見が"大成功"してしまうのは予想外だった。あの時にやった咄嗟の判断に感謝する。
そうだ、もう恐怖の象徴となった【鮮血の赤兎】は戻ってこない。闇に纏われた記憶と記録を全て捨て、"大切な人"を見つけた"この子"は小さな一歩を踏み出した。"アレ"を思い出すことさえなかったら、"ボク"は影として長いヴィエラの寿命たっぷり生きて、終わっていただろう。
そういえば好奇心はクアールを殺す、そんな言葉をご存じだろうか。まさにクアールの尻尾を踏んでしまった男たちは、最悪の"記憶"を起こすことになる。いくつもの混じり合った"魂"はため息を吐き、リンドウとお揃いの黒い古びたトームストーンを胸に抱いた。
#リンドウ関連
"髪飾り"
シドは白い髪飾りを撫でる。星芒祭の朝に握っていた"あの人"から貰った不思議な羽根と花の意匠が凝られたモノ。以降、1人ぼんやりとする時は引き出しの中から取り出し、思い返していた。
「忘れろ、って言われてもな」
ボソリと囁きあの無機質で中性的な声をした人の姿を思い浮かべる。再び会えたというのに、勿体ないことをした。次はしっかりと腕を掴んで逃がさないようにしよう、と握り締めた時だった。
「硬い……?」
髪飾りは柔らかな布素材を使われていたがある一点だけ硬い金属の物体を感じ取った。同じ白色で目立たないが明らかに後から取り付けられたものだということは分かる。慎重に取り出し、その物体を観察する。魔導装置のものでもない。何か彼のヒントに繋がるかもしれない、工房の解析装置に足を運ぶ。
◇
「明らかに最近の技術のものではないな」
ゴーグルを外し考え込む。小さな回路に極小なクリスタルが埋め込まれ、何らかを反応させるための装置だということは分かった。使われている金属と書かれた魔紋の形からアラグのものであると仮定し、データベースと睨み合う。
途中から暇そうだった社員数人を捕まえ調べているがそれらしきものは見当たらない。
「一部文献は未だに見つかってませんしもしかしたらその中にあるものかもしれないですよ」
「困ったな、じゃあ解析してこれからのデータとして追加してやれ。終わったら返せよ」
「構いませんけどこれはどこで」
シドはため息を吐き首を横に振った後席を外す。久々に煙草を取り出し火をつけた。また手がかりが煙のようにすり抜けていくのかと思うと憂鬱になる。分野的にネロに聞けば何か知っているだろうか。否、捕まらない人間について考えても解決はしないかと霧散させた。
数日に及ぶ解析の結果、空気中のエーテルを取り入れ変換させるものだということが分かった。だからといって何か"あの人"の手がかりに繋がるわけもなく。
「アラグの技術は確かに奇妙なものも多いがそんなことも出来るのか、というかよく分かったな」
「親方が一服に行った後に一部ページ引っかかったんですよ。まあそれ以降は見つからなかったですが」
「うん? 欠けてるってことか?」
どうやら遥か昔に抜き取られているのだという。聖コイナク財団より先に発見した人間がいたのか、それとも盗掘家が価値も分からず偶然持って行ってしまったのか。それとも出し抜いた人間がいたのか現在の彼らに知る由はない。分かることは旅人のあの人がそんなことをするわけがないという確信だった。
「先程まで聖コイナク財団の方に一緒に検証してもらって用途も分かったんです。本当にこれどこで手に入れたんですか?」
「いや、まあ俺も偶然見つけてな」
兎に角返してもらうからな、と装置を受け取り部屋に籠る。再び髪飾りに付け握り締める。
「アンタは一体何者なんだ。旅人さん―――」
◇
―――数年後。
「なあアンナ、この髪飾りなんだが」
「知らない、私は何も知りません」
「お前が一芝居打って俺にあげたものじゃないか」
街ごと俺を騙しやがってと持ち主アンナに突き付けると本人は露骨に嫌そうな顔を見せた。「捨ててると思ったんだけどねえ」と言いながらそれを摘まみ空へ掲げる。「ただの故郷と私を繋ぐ印さ。何も価値はない」と吐き捨てシドに投げ返す。
「変な装置が付いていたんだがこれはお前の集落伝統のものなのか?」
「はい?」
シドはこれと固い部分をつついた。アンナは首を傾げる。そういえばよく見れば、材質が違う気がするとボソボソ呟きながら考え込む。
「そんなわけないじゃん。故郷ではただの髪飾りだったよ」
「いやこれはエーテル制御の装置らしくてな」
「うーん……?」
心当たり無いなあと呟きながら首を傾げている。シドはここで当時持っていたヒントではこの面倒な旅人をどうにかすることは出来なかったことを知り、苦笑しながら肩をすくめた。
しかしふとアンナは「あ」と声を出す。どうした、と聞くと「いや分かったとかそういうのではないけど」と笑う。
「昔初めてフウガに教えてもらった技を撃った時数日起きられなかったんだ」
急激な体内エーテル消費により生死を彷徨っていた時があって死んだかと思ったら生きてたんだと語る。またリンドウかとシドは苦虫を嚙み潰したような表情を見せながらそれがどうしたと聞く。呪縛を解いたというのに無限に出てくる命の恩人で初恋の人でもあったリンドウ・フウガの話に対しては正直未だに嫉妬に溢れていた。
「いやもしこれが最初から付いてたらさ、倒れなかったんじゃないかなって。だからその時以降に付けられたのかも」
「そうだったのか。―――ずっと付けてなかったのか?」
「いや肌身離さず付けてたよ。……あー確かに目が覚めた後にフウガがずっと付けとけって言ってたやつの一つだ。ついでに外にいた旧友も紹介してもらったかな」
金髪で小さいおっさんからからくり装置の作り方教えてもらったと答える姿にシドは頭痛がする。また変な知らない人間が出て来たという感想がよぎる。
いや、フウガはアンナの兄と旧知の仲であり、その更に知り合い、金髪。そういえば以前金髪でネロに雰囲気が似てる男がいたと語っていた。最後に『アラグの技術にクローンを作るものがあるんだと』と言い残し別れたという。まさか、アラグの技術を持って行った犯人は。
「自由か」
「え? シドどうした?」
「いや世間は狭いなと思っただけだ。何か言ってなかったか?」
「うーん昔の話だよ? いいおっさんだった。お小遣いくれたしフウガとお揃いのカードもくれた、し……あっ」
アンナの顔が青くなりやっばと言いながら鞄を必死に隠した。そして「よ、用事思い出したから帰る」と下がるがシドに掴まれる。
「出すんだ」
「嫌。思い出の品を奪うの、最低」
「人聞きの悪い事を言うな。見せてほしいだけだ」
見るだけだよ? とアンナは鞄の隠しポケットから黒い物体を手に取った。トームストーンに酷似した薄い板だ。「リンドウもこれを?」とシドが聞くと「渡されてたねえ」と返ってきた。その板に手をかけ、引っ張るとアンナはちょっと! と言いながら取り合う形になる。
「ちょっと借りる」
「やだ」
「すぐ返す。何もなかったらだが」
「それ絶対何かある時に言うやつ」
「壊さない」
「やだ」
「お願いだ」
「う……」
シドのお願いという言葉に弱いアンナは黙り込む。そして押し付けた。
「明日までに返して」
「分かった。すぐ戻る」
「はあ!?」
シドは受け取るや否や部屋のドアを勢い良く開きネロの元へ走って行く。アンナは大慌てで追いかける。待て、許可してない、返せという声が聞こえた。ビッグスと談笑していたネロに投げ「多分"アリス"の遺物でアラグ関係だ!」と言ってやると口笛を吹き走り去る。その後胸倉を掴まれ珍しく人前で顔を真っ赤にしながら説教されたがどこか気分が晴れやかだった。
―――解析の結果、厳重に暗号化されたデータが保存してあるトームストーンだということが分かった。その後、アンナの元に返されたのは5日後になる。シドはアンナの機嫌を直すのに更に3日かかった。
「すまない、いや世紀の発見の予感がしてな。あの、本当に悪かった」
「まだパスワード総当たり中なンだがありゃぜってェいいモノだぜ。メスバブーンにしてはやるじゃねェか」
「……思い出の品をそういう扱いするのサイテー」
「そういえば髪飾りについていたのが持っとけと言われたヤツの一つだと言っていたがまだあるのか?」
「言うわけないでしょ」
ゴミを見る目でこちらを睨む行為を必要経費と言い切るネロと小さくなるシドという対照的な風景をガーロンド社員たちは遠巻きに見つめていた。
#シド光♀ #リンドウ関連
旅人のはじまり
―――ボクは森で住んでいながらも炎に重きを置き崇める部族、エルダス族の集落で生まれた。
「ボクは将来貴方と結婚して一緒に産み落とされた愛の結晶を育てる」
「ねえさま、今日もキレイだ。お茶でもいかが?」
「ボクは里で一番の戦士になって、絶対みんな幸せにする」
ベタな口説きセリフ。これは兄の師匠がよく言ってた口説き文句を自分なりにアレンジした言葉だった。「―――くんったら」って適当にあしらわれてたけどね。
狩りも好きだった。槍も同世代の中で一番強かった。いつか性別が判明して、兄と一緒に修行の旅に出るんだって約束したんだ。
「こら―――!またイタズラばっかりして!」
「引っかかった方がわるいんだよー!」
イタズラも大好きだった。椅子に何か仕込んだり洗濯物をシャッフルしたり。自分でも今思うと悪ガキだったと思う。血のつながっていない姉たちにとっ捕まって頭をぐりぐりされて。ゲラゲラと笑いながら彼女らのお尻を触って逃げたりもした。
「ボク兄さんと絶対に旅に出る!」
「ああ俺もお前と切磋琢磨し合える未来を祈っているさ」
ボクより10以上年上だった血のつながった兄は数年に一度帰ってきて抱き上げて振り回してくれた。なんと言えばいいか―――子供の頃の自分にとっての世界って森の中にあるものだけで。外の世界の悪意という存在を知らなかった幸せな日々だったと思う。
14歳、性別がはっきりしたあの時までは。
◇
「ない」
男を象徴するものが、ない。何度も確かめた。でもないモノはないのだ。
母のボクを呼ぶ声が聞こえた気がした。ボロボロと涙が落ちる。森の守護者ではなく護人として護られて生きなければならない。
それからボクの耳にはオンナタチのボクを気の毒に見る目と、ののしる声が脳内から離れなくなってしまった。笑われていたんだよ、滑稽な姿だっただろうから。昨日までの自分に焼かれ堕ちていくボク自身がこわくてかなしくてくるしくて。
目の前の景色から色が失われてしまった、そんな感覚を味わった。ボクは耐えられなくなり、性別が分かってから1ヵ月もせずに、集落から飛び出してしまった。
◇
ボクは走り続けた。方向も分からない。とにかく走りたかった。自分をオンナにしたカミサマを呪う言葉を吐きながら、真っ暗な森を走った。何度も転んだし野生生物も襲い掛かってきたがボクの敵ではない。確実に急所を打ち抜き、その肉を喰らった。髪の赤色と血の赤色がぐちゃぐちゃになり、何も感覚が分からなくなった頃ボクは真っ黒な森を抜けた。
家の帰り方はもう分からない。歩き続けるしかない。地面を踏みしめ終わりの見えない道を歩く。
しばらくして。食べられなさそうなモンスターばかりの道を歩き続けたボクは「おなかすいた」とつぶやきバタリと倒れた。ここで終わりか。カミサマを呪ったからバチが当たったんだ。「いやだ、ごめんなさい、兄さん」知らない低い声で呻くように泣く。ボクはどうしたらよかったのだろうか。生まれ変わったら何になろうか。そう考えながら目を閉じようとした。その時だった。
「おぬし、モンスターではないな。大丈夫か?」
かすむ視界にナニカが映る。ボクは必死に手を伸ばし「おなか、すいた」とつぶやいたら急に手に持っていたらしい水をかけられた。
びっくりして起き上がるとボクの手に何かを握らされ、「食べなさい」と声が聞こえた。ボクはすぐにむさぼるように、食い散らす。その人はボクの背中を撫でながら「急がなくてもいい。私がいる限り、おぬしを危険な目に遭うことはない」となだめてくれた。
徐々に視界が晴れていく。見上げるとそこには、銀髪でヒゲがよく似合う侍のおじさまが無表情ながらどこか優しい雰囲気を見せていた。それからボクの視界は昔みたいに奇麗で鮮やかに映るようになったんだ。
「名前は?」
「……―――」
「よい名前だ。私はリンドウ・フウガ、無名の旅人」
「フウガ」
伸ばされた手を握り立ち上がろうとするが体が動かない。それを見たフウガはボクを軽々と背負い歩き出した。
「エルダス、おぬしは……ヴィエラか。家は?」
「帰れない」
「訳アリか。言わなくてもいい」
それからボクは魔物退治を依頼されて滞在していたと近くの村に運ばれた。怪訝な顔をされながらも血を洗い流され村人から女の子だったのかと驚愕された。亡くなった娘が着ていたものだという服を渡され着替えたボクはフウガのところへ戻ると1人タバコをくわえたたずんでいた。
藍色の着物と結われた髪、いつも額に巻かれたハチマキとヒゲが似合う奇麗な人だった。今思うと異国から来た人だったのかもしれない。すらりと細い体躯から軽やかな身のこなしで敵を斬る姿が幼い自分の心に大きく刻まれている。
「これから、どうする」
「……フウガ、ボクも旅人になりたい」
「帰る場所もない訳アリが適当な村で暮らせるわけもないか」
「じゃあ!」
何も言わず手を差し伸べてくれた。ボクはその固い手を握り歩き出した。
―――これがボクの旅の始まり。何も知らなかったボクに世界を教えてくれた初恋さ。
#リンドウ関連 #即興SS
「ボクは将来貴方と結婚して一緒に産み落とされた愛の結晶を育てる」
「ねえさま、今日もキレイだ。お茶でもいかが?」
「ボクは里で一番の戦士になって、絶対みんな幸せにする」
ベタな口説きセリフ。これは兄の師匠がよく言ってた口説き文句を自分なりにアレンジした言葉だった。「―――くんったら」って適当にあしらわれてたけどね。
狩りも好きだった。槍も同世代の中で一番強かった。いつか性別が判明して、兄と一緒に修行の旅に出るんだって約束したんだ。
「こら―――!またイタズラばっかりして!」
「引っかかった方がわるいんだよー!」
イタズラも大好きだった。椅子に何か仕込んだり洗濯物をシャッフルしたり。自分でも今思うと悪ガキだったと思う。血のつながっていない姉たちにとっ捕まって頭をぐりぐりされて。ゲラゲラと笑いながら彼女らのお尻を触って逃げたりもした。
「ボク兄さんと絶対に旅に出る!」
「ああ俺もお前と切磋琢磨し合える未来を祈っているさ」
ボクより10以上年上だった血のつながった兄は数年に一度帰ってきて抱き上げて振り回してくれた。なんと言えばいいか―――子供の頃の自分にとっての世界って森の中にあるものだけで。外の世界の悪意という存在を知らなかった幸せな日々だったと思う。
14歳、性別がはっきりしたあの時までは。
◇
「ない」
男を象徴するものが、ない。何度も確かめた。でもないモノはないのだ。
母のボクを呼ぶ声が聞こえた気がした。ボロボロと涙が落ちる。森の守護者ではなく護人として護られて生きなければならない。
それからボクの耳にはオンナタチのボクを気の毒に見る目と、ののしる声が脳内から離れなくなってしまった。笑われていたんだよ、滑稽な姿だっただろうから。昨日までの自分に焼かれ堕ちていくボク自身がこわくてかなしくてくるしくて。
目の前の景色から色が失われてしまった、そんな感覚を味わった。ボクは耐えられなくなり、性別が分かってから1ヵ月もせずに、集落から飛び出してしまった。
◇
ボクは走り続けた。方向も分からない。とにかく走りたかった。自分をオンナにしたカミサマを呪う言葉を吐きながら、真っ暗な森を走った。何度も転んだし野生生物も襲い掛かってきたがボクの敵ではない。確実に急所を打ち抜き、その肉を喰らった。髪の赤色と血の赤色がぐちゃぐちゃになり、何も感覚が分からなくなった頃ボクは真っ黒な森を抜けた。
家の帰り方はもう分からない。歩き続けるしかない。地面を踏みしめ終わりの見えない道を歩く。
しばらくして。食べられなさそうなモンスターばかりの道を歩き続けたボクは「おなかすいた」とつぶやきバタリと倒れた。ここで終わりか。カミサマを呪ったからバチが当たったんだ。「いやだ、ごめんなさい、兄さん」知らない低い声で呻くように泣く。ボクはどうしたらよかったのだろうか。生まれ変わったら何になろうか。そう考えながら目を閉じようとした。その時だった。
「おぬし、モンスターではないな。大丈夫か?」
かすむ視界にナニカが映る。ボクは必死に手を伸ばし「おなか、すいた」とつぶやいたら急に手に持っていたらしい水をかけられた。
びっくりして起き上がるとボクの手に何かを握らされ、「食べなさい」と声が聞こえた。ボクはすぐにむさぼるように、食い散らす。その人はボクの背中を撫でながら「急がなくてもいい。私がいる限り、おぬしを危険な目に遭うことはない」となだめてくれた。
徐々に視界が晴れていく。見上げるとそこには、銀髪でヒゲがよく似合う侍のおじさまが無表情ながらどこか優しい雰囲気を見せていた。それからボクの視界は昔みたいに奇麗で鮮やかに映るようになったんだ。
「名前は?」
「……―――」
「よい名前だ。私はリンドウ・フウガ、無名の旅人」
「フウガ」
伸ばされた手を握り立ち上がろうとするが体が動かない。それを見たフウガはボクを軽々と背負い歩き出した。
「エルダス、おぬしは……ヴィエラか。家は?」
「帰れない」
「訳アリか。言わなくてもいい」
それからボクは魔物退治を依頼されて滞在していたと近くの村に運ばれた。怪訝な顔をされながらも血を洗い流され村人から女の子だったのかと驚愕された。亡くなった娘が着ていたものだという服を渡され着替えたボクはフウガのところへ戻ると1人タバコをくわえたたずんでいた。
藍色の着物と結われた髪、いつも額に巻かれたハチマキとヒゲが似合う奇麗な人だった。今思うと異国から来た人だったのかもしれない。すらりと細い体躯から軽やかな身のこなしで敵を斬る姿が幼い自分の心に大きく刻まれている。
「これから、どうする」
「……フウガ、ボクも旅人になりたい」
「帰る場所もない訳アリが適当な村で暮らせるわけもないか」
「じゃあ!」
何も言わず手を差し伸べてくれた。ボクはその固い手を握り歩き出した。
―――これがボクの旅の始まり。何も知らなかったボクに世界を教えてくれた初恋さ。
#リンドウ関連 #即興SS
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旅人は過去を懐かしむ
注意
紅蓮4.0ストーリー終了後のお話(地名以外詳細書かず)、シド少年時代捏造
「シド、アンナ見てないかい?」
「いや、見てないな……何かあったのか?」
ある日の昼下がり、アルフィノの来訪から俺とあの旅人との奇妙な関係がより複雑になっていった―――
「最近全然私達の方に顔を出していないからシドの方にいるのかと思って聞きに来たんだ」
「いや、俺もここ1週間位は見てないな。てっきりアラミゴ解放してからもそっちの仕事が忙しいのかと思っていたんだが」
我らの英雄さまはどうやらまたどこか変な所に迷い込んでいるようだった。5日位前からふらりとエオルゼアから離れてるらしく、アルフィノ達がリンクパール通信を送っても「あと少しで見つかる、はず」と曖昧な答えしか返って来なかったとのことだ。なのでもしかしたらガーロンド社の依頼でもやっているのかと疑問に思って直接訪ねに来たらしい。しかし相変わらずアンナの事が心配になったら真っ先に自分の所に来るのは嬉しい事なのかそうでないのかよく分からない部分だとシドは苦笑する。
「最近あの人に変な事でもあったか?」
「変と言っても彼女は普段から不思議な所が……ああちょっと待って欲しい、心当たりがある」
「というと?」
「絵を描くように頼まれた」
さりげなくアンナの事をどう思ってるか言いかけたな。シド自身もほぼ同じ感想を抱いているので何も言わないようにし、アルフィノの回想を聞く。
◇
「アルフィノ」
「おやアンナじゃないか。どうしたんだい?」
石の家、ドマやアラミゴを解放したからといって即平穏が訪れるわけではなく、毎日数々の小競り合いの報告が集まってくる。暁の面々が英雄と呼ばれるアンナだけでも休息を取るように勧めた数日後、珍しく連絡なしで現れた。いつもより遠慮がちな顔をしながらアルフィノの方へ駆け寄る。
「忙しい所ごめん、お願いしたい事あって」
「君の頼みなら光栄さ。丁度休息を取ろうと思っていたから遠慮せずに言って欲しい」
「んー……おいしい茶葉見つけたから一緒に飲みながらで」
石の家の小部屋に通されアンナは手慣れた様子で紅茶を淹れ青年に渡す。「ありがとう。君が淹れたお茶は美味しいから好きなんだ」と言えば笑顔を浮かべながら机を挟んだ正面に静かに座り、口を開いた。
「絵を描いてほしい」
◇
「なるほど、それで言われるがままに絵を描いて渡したらそのままふらりと」
「お礼を言ってる時の顔は今までにない位綺麗な笑顔だったよ。……そうかそれを持ってクガネに行ったのかもしれない」
「どうしてクガネだって分かるんだ?」
どうやら描いた絵は東方の衣装を纏い刀を持った男だったらしい。誰かと聞いたら「命の恩人」とだけ答えたという。「まさか彼女は人探しをするため私に絵を頼んだのか?」とアルフィノは呟いている。
ここからクガネは少しだけ時間がかかる。飛空艇で早々に行けるだろうか。予定を確認すると大仕事はオメガが見つかるまでは無いようだ。「彼女を連れ戻してくる。多分迷子になってるだけだ」と不安そうな顔をしていたアルフィノの頭をぽんと叩きモードゥナを後にした。
何かモヤモヤするのだ。今まで影も形も見せなかった彼女が気に掛けた男の存在が気になる。ましてや尋常ではない強さを持つ彼女の命の恩人だと言われると好奇心が抑えられない。
◇
「英雄さんかい? 確かここ毎日夜は黄昏橋で釣りをしているよ。ほらあそこ、潮風亭から続く橋」
少し休暇を貰う、と部下の返事も聞かず飛び出したシドは大急ぎでクガネ行の船に乗り込みエールを煽りながら船旅を楽しんだ。久々の完全な休暇だから少しだけ呑んでも許されるだろう。本音を言うと今まで一切見せて貰えなかったアンナの『過去』の一欠片が気になりすぎて頭がおかしくなりそうだった。「俺はそんなに彼女の事が気になっていたのか?」というどんな設計図よりも難しい『難問』を波に揺れる中で反芻し続けてしまう脳を一度リセットするためという情けない理由だ。結論を出すにはもう彼女との距離が縮まりすぎていて逆に分からない。空旅にすればよかっただろうか。後悔してももう遅いのだが。
そんなことを悶々と考えているうちにクガネに辿り着いていた。酒のせいか船酔いのせいか分からない気怠い身体を引きずりまずは聞き込みを始める。一から探すよりアンナはこの地を解放した有名人なのだから適当に人を捕まえて聞けば分かるだろうと判断し、商店付近で聞き込みをすると即居場所を特定出来た。
どうやらアンナは数日前までは早朝にハヤブサで飛んで行き、夕方には少々落ち込みながら帰ってきて釣りをしていたのだとか。今は紅玉海のコウジン族と走り回っているという話を聞いた時はエオルゼアとほぼ変わらないことをしているんだなと苦笑いが漏れた。
「そういうアンタさんは英雄さんの何なんだ? まさか……コレか?」
「いやただの友人の1人さ。彼女最近エオルゼアの方に帰ってなくてな。仲間が心配してるんで代わりに見に来たんだ」
小指を立てながら聞いてくる店主には少し慌ててしまった。そう、シドは多分アンナからすると旅の途中に出会った人間の1人である。一番近しい所にいる筈なのに、寂しい関係。きっと周りからは明らかに異性としてではなく同性の友人という感覚でお互い会っているようにしか見えていないだろう。自分で言ってて悲しくなってきたなとシドは溜息を吐いた。
「じゃあアンタではないのか。待ってる人がいるって言ってたんだがな」
「……というと?」
適当に挨拶して去ろうと踵を返した時店主のぼやきが聞こえてきた。すぐさま向き直り店主に詰め寄る。
「ああ彼女がどこかに行きたいみたいで何人か野郎が案内しようかと近づいたんだが全部断ったらしいぜ。その時待ってれば来るからって言ってたとか」
「感謝するぜ、おっさん」
待っている人、誰だろうか。まさかアルフィノが描いたという侍だろうか? 会ってみたい。夜になったら彼女が現れるという黄昏橋という場所に行ってみようじゃないか。
◇
夜。楽座街はよく賑わっている。今は用事が無いので潮風亭から橋に出ると、いた。探していたヴィエラの女性が少し寂しそうに釣竿を持ち水面を揺らしていた。
「釣れてるか? 旅人さん」
「いやあ私は……ってシドだ。仕事は?」
「しばらくは休んでも大丈夫だ」
他人を装い話かけると苦笑しながら振り向き、シドの姿を見るなり少し目を見開いていた。
「お前アルフィノが心配してたぞ?」
「あーごめんごめん。迷子になってた」
「テレポがあるじゃないか」
「エーテライトが無い所なの。帰りはテレポですぐだけど行きは頑張らないと」
懐から2枚の紙を取り出し広げている。覗き込むと1枚目は地図のようで、2枚目はアルフィノが描いたであろう侍らしき人物画。「これは?」と聞くと「赤誠組の人から教えて貰った場所でね。会いたい人がいるんだ」と答えていた。胸がチクリと痛んだような気がする。「そっちは命の恩人、か?」と切り出してみるとアンナは「あーアルフィノから聞いてるよね。うん」とシドの鬱蒼とした気持ちに構わず肩を少し上げながらサラリと答えた。
髭を貯えた自分より年上であろう威厳のありそうな目の鋭い侍のエレゼンが描かれた紙をアンナは少し切なそうな目で見つめていた。
「ゴウセツに捜すなら赤誠組で聞いたらいいってね。ドマ解放出来て何とか落ち着いたから来た」
「まあ確かにこの辺りの人を知るなら手っ取り早いか」
「凄い人だったらしいからすぐに教えてもらえた。嬉しい」
確定だった。これは恋人とかそういう分類のやつだ。少なくとも相当信頼されているとシドは心で感じ取った。心の中で溜息を吐いているとアンナは「じゃあ今日は寝るかあ」と釣竿をしまい立ち上がる。
「いいのか?」
「うん。早起きして行かないと日が暮れてその日のうちに帰れないよ?」
「待ってる人がいるって聞いたんだがなあ」
いじわるそうに聞いてやると「あー」と言いながらアンナはシドの腕を力強く引っ張り耳元で「道案内なら知ってる人にされたいに決まってるでしょう?」と囁いた。
この後アンナが拠点にしているのだという温泉宿の部屋に案内された。ベットは2人分用意されており、「用意周到だな」と言ってやると「そりゃ連絡曖昧にしたらあなたか暁の誰か来るかなって待ってたからね」と舌をペロリと出しながら言い切った。完全に人を宛にする作戦に切り替えていたらしい。
「命の恩人さんに来てもらったらいいじゃないか」
「無理無理連絡する手立てが無いよ。あ、ここ大浴場だけじゃなくて部屋ごとに小さな温泉が置いてあるんだよ。いつも来た時にはお湯が張られていて凄い部屋だよね。あ、お金は私が払ってる。気にしなくていいから」
と言いながらアンナは浴室へ入って行った。気にするなと言われてもなあ、とぼやきながらコートを脱ぎ、ベッドに横たわった。直後ふと頭の中で現在の状況がどういうものなのか浮かび上がる。
「うん? 2人同室……で寝る??」
自分が行って、よかったかもしれない。そういうことにしておこうとシドは思考を打ち切った。
◇
次の日。朝早くから2人で潮風亭で軽い朝食を済ませハヤブサに乗った。ちなみに昨日はアンナがタオルで髪を乾かしながら風呂から上がった後、「船旅だったんでしょう? 風呂入っておきなよ」と言われるがままシドは浴室を覗いた。確かに小さな温泉があり、「そのまま入るよ。ありがとな」とアンナに礼を言うと「ん」とだけ言い踵を返し部屋へと戻って行った。その風呂というものは非常に気持ちが良かった。しかし恩人という存在が頭から離れず、アンナからどう話を聞こうかと悩みながら風呂から上がると既に本人は無防備に眠っていた。つまり何も聞けなかったし何も起こらなかった。いや起こすことは出来ずなるべくアンナから離れた場所で丸まり眠っていた。目が覚めると既にアンナは起床し、着替えを済ませていたのは更に驚いた。寝起きな顔の前で屈んでおり、「起こそうと思ったら起きた、残念」と何故か悔しがっていた。筆を持っていたがどう起こすつもりだったのだろうか。「見なかったことにしてやるからその筆片付けとけ」とシドはアンナの額を軽く中指で弾いた。ニヤと歯を見せながら「おはよ」と言われたので「ああおはよう」と返してやる。
「もっとゆったりベッド使ったらよかったのに」
「狭く硬いベッドに慣れているもんでな」
勿論嘘である。いや会社の仮眠室のベッドは硬いのは本当だが横にいたのは仮にも異性だぞ? と言いたくなったが黙っておく。本当に無防備というか警戒されてないのは信用されているからなのかそれとも何もしないことを読まれ切っているのか本当に異性としての感情が存在しない人なのか。シドとしては聞いてみたかったが怖くて聞けないのであった。
「まあいいや。降りたらとりあえず歩くよ」
「マウントとか使わないのか?」
「空飛んだら早いとかそういうやつ? つまんないでしょ」
アンナらしい答えだとくくくと笑ってやると「うるせ」と小突かれた。
◇
小さな村に辿り着いたのでハヤブサから降り、渡された地図をじっと眺めた。シドはまず近くにいた村人を捕まえ、現在地を教えて貰い歩き出す。見る限り行先は山道のようだった。草木をかき分け進んでいるが本当にそんな場所に人が住んでいるのだろうか?と少し怖くなる。アンナが迷子になるのも分かるかもしれないと立ち止まるとふと数歩後ろから付いてくる彼女の鼻歌が聴こえてきた。「何の歌だ?」沈んだ気分を奮い立たせるため振り返り聞いてみると「この辺りの子供が歌ってた」と笑顔で答えていた。
「かぞえ歌? みたいな事言ってた気がする。歌詞は覚えてない」
「そこは覚えておこうな」
アンナは基本的に覚えるのが苦手のようだった。道もその一つだ。旅人というものはそういうものだというのだが聞いた事も無い。話題を変えるように「なあ命の恩人さんとはどう出会ったんだ?」と少しだけ恩人がどんな人か聞いてみた。
「迷子になって行き倒れてた所を助けてもらって」
やっぱり迷子癖があるのは昔から変わらないらしい。ポツリポツリとその人の事を話し出す。
お腹空いたと言えばおにぎりをくれたこと、彼もまた無名の旅人であろうとしていたこと、しばらく一緒に行動してたが森が懐かしいと思った時に『故郷に帰りたくないからグリダニアに行けばいい』と助言してくれたこと。そして生き残るための戦い方を教えてくれたこと。まさしくシドが知るアンナの人生の始まりだった。モヤモヤしていた自分が馬鹿みたいじゃないか、シドは自分の暴走していた考えを戒めるように頭を搔いた。
そんな話をしているうちに道が開け、そこには小さな小屋と、石碑が置いてあった。
◇
「フウガ、来てやったよ。遅くなって、ごめん」
小走りでその石碑に駆け寄り、いつの間にか手に持っていた花束を置いた。その場に座り手を合わせている姿を見てシドは初めてアンナが言っていたことが理解できた。連絡する術がない、そりゃそうだ。死者とは話は出来ない。アンナはわざわざ赤誠組で終の棲家を聞き出し墓参りに来たのだ。隣に座り、同じく手を合わせてやる。
「シド、気にしなくてもいい。私の我儘に付き合わせたようなもの」
「一緒に祈らせてくれ」
「……うん」
ふとアンナを見ると少しだけ震えているように見えた。それに対しシドは肩に手を回し、叩いてやることしかできなかった。その時背後から声を掛けられる。
「あのもしもし」
振り向くと黒色の髪の東方の衣服を纏った男がいた。そして彼は更にこう言ったんだ。
「エルダスさんですよね?」
彼女は目を見開き、小さな声で「うそ……」と呟いていた。
それから男に小屋へと案内された。話を聞くとここに住んでいた人間の孫にあたる存在らしい。
「やっぱりエルダスさんでしたか! 演説の時に貴方の顔を拝見した時絶対祖父がお話していた方だと確信していたんです!」
「い、いやあ今私はアンナ・サリスで」
「あのエルダスって」と聞くと彼女は「部族名と思っといて」とだけ答えた。
「ええ分かっていますよ。エルダスは森の名の苗字でサリスが街の名の苗字、ですよね。祖父から伺っております」
「あーフウガは色んな事いっぱい知ってたなぁ……まあだから私はアンナ・エルダスって事にして」
テッセンと名乗った青年はしばらく考え込んだ後「わかりました」と答えた。どうやらこれ以上名前は出すなという事だろう。シドとしては知りたかったのだが……所謂苗字を知れただけマシかと判断する。
「隣の方は……」
「シド、今回のドマ解放にあたっての外部協力者」
「ああそういう事でしたか。私らの国を救っていただきありがとうございます」
「い、いやそこまで深々頭を下げなくても大丈夫だ。えっと、お祖父さんからアンナの事どう聞いてたんだ?」
「ちょ、ちょっと!!」
イタズラっぽい笑みで聞いてやると隣で彼女が軽く叩いてくる。そりゃ昔話は知られたくないのだというのは普段の態度から分かる。しかしここを逃したら二度と知れない事なのだ。聞くしかない。
「とても好奇心旺盛な技術の呑み込みが早い方と聞いていました。別れた後も無事グリダニアに到着できたか亡くなる直前まで心配してて。しかしちゃんと辿り着けて挨拶まで来ていただけてきっと喜んでいると思いますよ」
彼女は「だったらいいな」と軽くため息を吐きながら答えていた。それを尻目にテッセンは手慣れた仕草で箱の中から何かを取り出す。平たく大きな箱を開くとそれは絵画のようだった。道を歩く銀色の髪の侍と、その後ろには槍を持った赤色の髪のウサギ耳の子供がいる。「祖父はここを終の棲家として決めた頃、この絵画を絵師に頼み描いてもらっておりました」という言葉が聞こえる。「フウガと、私?」と呟きながら彼女は目を見開き眺めている。
シドもまたその絵を凝視していた。懐かしき風景の絵に対し何やら心がざわめいている。どこかで見た、しかしどこで見たか思い出せない。「シド?」という声で我に返る。―――ああ何でもない、と返すと「変なの」とアンナはシドの脇腹を突いた。
「仲がよろしいのですね」
「なっ」
「そりゃエオルゼアにドマ、アラミゴまで一緒に救った仲なので」
「アンナ!?」
顔が赤くなるシドと笑顔で答えるアンナ、その2人を見比べテッセンはくくと笑う。何かあらぬ誤解をされた気がする。その風景にテッセンは目を細めながらアンナに優しく語り掛ける。
「アンナさん。祖父リンドウは厳しく修行させすぎたことを後悔されてました」
「そりゃゴウセツが言ってた。『お主の気迫は剣豪リンドウそっくりだ』ってね」
「あのゴウセツ様が言うほどとは。よほど貴方の飲み込みが早かったんですね」
納得した。ゴウセツに聞いたというのも恩人の名前が出たからついでに聞いてみたという事らしい。
しかし彼女の気迫とやらは見たことが無い。「また今度見せてくれよその気迫ってやつ」と言うと「無い方が自分の為だと思うよ」と困った顔で言われた。
「そして旅人のスタンスも祖父そのままだという噂も聞きました。祖父は一時は妻と子供を置いて無名の旅人であり続けようとした事に後悔し、大切にしすぎたアンナさんの事を心配していまして。少しだけ己の幸せを願いませんか?」
「……今私幸せだけどなあ。フウガに挨拶できたし」
彼が言いたいのは明らかにそういう事ではない。多分自分の気持ちを奥底にしまい旅人を演じ続けている彼女を心配しているのであろう。彼女自身も同じ結論に達したようで優しい声で語る。
「んーなるほど。―――今は世界を救う方を優先して旅人活動はまあ当面延期みたいな状態。まあやる事終わったら色んなことを知るために旅に出たい。フウガみたいに『無駄に』強くて何でも知ってる旅人になりたいからね」
無駄にを強調する姿にシドとテッセンは目を丸くし、笑ってしまっていた。どんな強さだったんだ、リンドウ・フウガという人間は。
◇
しばらくテッセンと談笑した後、日が暮れる前に帰ることにした。村の方で泊ってもいいと言われたが、「この人、仕事あるから」とアンナが断ってしまった。村までの近道を案内してもらい、そのままハヤブサでクガネに帰ってきていた。
ハヤブサに乗りながら少しだけ命の恩人であるリンドウについて教えて貰った。お互い名前ではなく苗字で呼び合っていたのはあくまでも自分達は旅の途中に出会った他人であるというのを強調するためだった事、強大な妖異討伐を頼まれた時に引き際を誤り殺されかけた自分を守るために優しかった彼が常人を逸した殺意を溢れさせ一閃で妖異を斬り捨てていたリンドウの強さを。そしてその強さに憧れ無理やり稽古を付けて貰った事を。幼い頃の叶わぬ初恋だった事も。グリダニアに辿り着いて故郷を懐かしみ終わったら再びリンドウの元に行きたかったけどガレマール帝国が邪魔だったんだと語る姿が少し寂しそうに見えた。
クガネに戻った時にはもう日が暮れていた。「戻ってきたし……帰る? それとも呑む?」とアンナが隣に立ち楽座街の方を指さしていたのでそのまま食事という事にした。
賑わう歓楽街の居酒屋で置かれた順から消えゆく皿を見ながら酒を吞むという風景はモードゥナでも見慣れている。その吸い込むように食べる瞬間をアンナは人に見せないように隙を見てやらかしているのだがシドは一度だけ見た事がある。それから社員を助けてくれているお礼と称して食事に連れて行き説教をしながらテーブルマナーを教えていた。その結果、シド以外の前では肉や野菜を切り分け目を離した隙に皿から消えるようになった。シドは違うと叫びたいが流石に外なので抑えることにする。
「姉ちゃん相変わらずいい食べっぷりじゃねえか!」
「ここのごはんおいしい」
「ありがたいねえほらおかわりだよ!」
「やったー」
彼女なりに東方地域でも溶け込んでいるらしく笑顔がこぼれた。シドも巻き込まれるように盃は乾かず皿にも大量に盛られているのだがそれに関しては考えないようにしている。しかしアンナが他の人と会話している隙にシドは客の1人にある日ポロッととんでもない話を吹き込まれた。『夜な夜な店の奴らと飲み比べしては大勝利して身ぐるみ剝がしていた』と。「ウチの英雄が、すまない」と肩を落としながら謝罪することしかできなかった。何やっているんだお前はと未だ食事を続ける彼女を軽く叱ってしまうが、アンナ本人は「挑む方が悪い」と全く悪びれることない様子で。シドの中でこの人は一度負けないと学ばないのか? という疑問がよぎる。しかしガーロンド社の呑み会でもアンナ周辺に形成される死屍累々を思い浮かべると無理という2文字の結論がのしかかった。エオルゼアでは穏やかなのだが少し離れると無法になっている話を聞くとどちらが本当の彼女なのか分からなくなる。
「あなたもやってみる? 勝負」
「悲惨な風景を見てきた人間が乗ってくると思っているのか?」
「まあシドとはゆーっくり飲み合いたいからそれでいい」
その言葉を聞くなりシドの顔は耳まで真っ赤に染まっていく。「おや? もう酔いが回った?」と無邪気に聞くアンナにわざと言っているのか? と疑問を吹っ掛けたくなるが残念ながら天然だろうなと即心の中にしまっておく事にした。「まだ行けるさ」と再び盃のものを一気に喉に通す。
この顔の熱さを酒のせいにしておきたかった。
◇
食事が終わった後、再び望海楼の彼女の部屋に連れて行かれた。顔を赤くし少しふらついていた男を途中から「運ぶよ」と背負うアンナの顔をシドは見せてもらう事はなかった。シドからすると軽々と大の大人である自分を背負われて男としてのプライドが砕かれかけていたのだがそれはまた別の話とする。
綺麗にベッドメイクされた寝台に下ろされ上着をはぎ取られた。「寝る時邪魔でしょ」って言いながら用意された衣服を渡される。「浴衣って言うんだって」という言葉を聞きながらぼんやりと眺めていると彼女は浴室に消えて行った。正直自分もシャワー位浴びたかったがそれよりも眠気が勝っていたので衣服を脱ぎ散らし浴衣に着替え、そのまま寝転び視界が暗転した。
「シド、シャワー浴び……って寝てる?」
意識が完全に途切れる直前、アンナの声が聞こえた気がした。間抜けな声を出し手を一瞬上げて、そのまま落ちた。
この日シドは夢を見た。寒空の下、巡回兵を呼ぼうとした幼い自分の衣類を掴み止め、道を聞いたフードを深く被った赤髪の『あの人』を捕まえるとフードを外す。そこにはアンナがイタズラな笑顔を浮かべ、大人となった自分を強く抱きしめ中性的な声色で「大きくなったね、少年」と言ってくれる幸せな夢だった―――
◇
次の日。シドが目を開くとアンナは既に起床し着替えを終えていたようだ。「おや今日は早起きだね、シド」とにこやかに答える姿に何かくすぐったい。見た夢を思い出すとつい反射的に目を逸らしてしまった。何故この人と重ねてしまったんだとため息を吐く。
「そういえば上着ポケットのリンクパール大丈夫? 出た方がいいと思うよ?」
すっかり忘れていた。行き先も言わぬまま会社を飛び出してから一度も出ていない装置を見るとずっと光りっぱなしだ。向こうは相当おかんむりだろう、恐る恐る出ると『やっと出た!』と会長代理の怒鳴り声が聞こえた。
「ああすまんちょっと取り込み中で」
『どこにいるんですか! いいから早く帰ってきてください!』
「いやほら今は特に何もないじゃないか」
『どれだけ書類が溜まってると思うんですか!!』
「……これからクガネから帰る」
『クガネ!? ちょっと会長本当に何やって』
これ以上繋げていても説教が続くだけだろう。切断してニコニコと笑うアンナを見る。
「すまんがシャワー浴びたら帰る事になった」
「でしょうね」
そのままアンナはシドの腰に手を回し抱き上げて浴室へ連れて行こうとするがシドは慌てて「二日酔いとか大丈夫だから」と言いながら止め、衣服を持って浴室へ逃げるように入って行った。恥じらいという概念が全く見当たらないアンナにそのまま介助されそうだったと流石に危機感を感じている。
「……ん?」
浴衣を脱ぎ、鏡をふと見ると肩に赤い痕が見える。何があった? 昨日は酒を呑んで戻ってきた後風呂にも入らず眠ったじゃないか。虫に刺されるような事は―――そういえばアンナの先程の服装を思い出す。首元に季節に似合わないマフラーを巻き、いつにもまして露出の少ない格好だ。
やってしまったか? よりにもよって酔った勢いで、アレをと行為を頭に浮かべながらみるみる血の気が引いていく。全く記憶に無い。アンナも全く顔に出していなかった。何かあったのなら流石に何か反応するはず。すると思いたい。ないってことはそのまま2人でぐっすり寝ていたんだろう。しかしこの痕は何だ? やっぱり虫に刺されたか? いや浴衣は整えられていた。しかし記憶が確かなら寝ぼけながらの着替えでかつ慣れない衣服を綺麗に着れるとは思わない。少なくとも整えた相手がいる。まあ相手はアンナしかいない。少なくとも眠っている自分の服を整え、投げ捨てた衣服を畳み、布団をかけてくれたのは確かで。そして相手は仮にも異性だ。34にもなって恥ずかしい。
シドはここまで考えた後に、「見なかったことにするか」と呟き頭から冷水をぶっかけた。
一方その頃。『気が付いただろうか』とアンナはニコニコと笑いながらシドが浴室から飛び出してくるのを待っている。本来はそういった行為はやらない主義なのだがキスマークはすぐに消えるものと判断し、昨晩寝ぼけ眼で着替えたからだろう乱れた浴衣を直すついでに衣服でギリギリ見えない場所に一つ付けておくというちょっとしたイタズラだった。少しでも怪しさアップさせるためにわざと首元まで隠した服に着替えておいたしこれは完璧だとふふと笑う。鏡を見ればすぐに気が付く場所に付けたので顔を赤くしながら飛んで来るはず。
しかし来ないなあ思考フリーズでもしたか? と思い扉に長い耳を当てたら「見なかったことにするか」という呟きが聞こえた。アンナは耐え切れなかったのか寝台に突っ伏し声が聞こえないようゲラゲラと笑っていた。
◇
浴室から出てくるとアンナはいつものようにニコニコ笑いシドを待っていた。
「どうやって帰るの?」
「流石にクガネランディングから飛空艇で帰るさ」
チェックアウトをし2人は潮風亭で朝食を摘まみながら喋っていた。いつもと変わらぬ、現状維持。シドは平静を保つ事を選んだようだった。アンナは少しつまらないなあと思いながらシドを眺めていた。
「それがいいよ。付き合わせちゃってごめんね」
「ま、まあ俺は別に大丈夫だ。アンナはどうするんだ? 一緒に帰るか?」
「テレポでお先。アルフィノとかにお詫びの品も準備しないとダメだしね」
「そうか」
立ち上がり、「じゃあ」と2人は言い合った。それぞれ違う方角へ歩き出す。
長そうで短い2人の旅は終わった。
飛空艇で急いで帰った後、怒髪天なジェシーの説教が待っているのだろうなと足取り重くガーロンド社に戻ると大量のクガネ土産らしきものが積み上げられえらく機嫌がいい社員達がいた。ジェシーもその内の1人で嬉々とした声で金色の箱見せながら「既にレンタル料いただいたので大丈夫ですよ。さあ仕事に戻ってくださいね会長!」と大量の書類が積まれた机に案内されたのはまた別の話。
#シド光♀ #リンドウ関連
紅蓮4.0ストーリー終了後のお話(地名以外詳細書かず)、シド少年時代捏造
「シド、アンナ見てないかい?」
「いや、見てないな……何かあったのか?」
ある日の昼下がり、アルフィノの来訪から俺とあの旅人との奇妙な関係がより複雑になっていった―――
「最近全然私達の方に顔を出していないからシドの方にいるのかと思って聞きに来たんだ」
「いや、俺もここ1週間位は見てないな。てっきりアラミゴ解放してからもそっちの仕事が忙しいのかと思っていたんだが」
我らの英雄さまはどうやらまたどこか変な所に迷い込んでいるようだった。5日位前からふらりとエオルゼアから離れてるらしく、アルフィノ達がリンクパール通信を送っても「あと少しで見つかる、はず」と曖昧な答えしか返って来なかったとのことだ。なのでもしかしたらガーロンド社の依頼でもやっているのかと疑問に思って直接訪ねに来たらしい。しかし相変わらずアンナの事が心配になったら真っ先に自分の所に来るのは嬉しい事なのかそうでないのかよく分からない部分だとシドは苦笑する。
「最近あの人に変な事でもあったか?」
「変と言っても彼女は普段から不思議な所が……ああちょっと待って欲しい、心当たりがある」
「というと?」
「絵を描くように頼まれた」
さりげなくアンナの事をどう思ってるか言いかけたな。シド自身もほぼ同じ感想を抱いているので何も言わないようにし、アルフィノの回想を聞く。
◇
「アルフィノ」
「おやアンナじゃないか。どうしたんだい?」
石の家、ドマやアラミゴを解放したからといって即平穏が訪れるわけではなく、毎日数々の小競り合いの報告が集まってくる。暁の面々が英雄と呼ばれるアンナだけでも休息を取るように勧めた数日後、珍しく連絡なしで現れた。いつもより遠慮がちな顔をしながらアルフィノの方へ駆け寄る。
「忙しい所ごめん、お願いしたい事あって」
「君の頼みなら光栄さ。丁度休息を取ろうと思っていたから遠慮せずに言って欲しい」
「んー……おいしい茶葉見つけたから一緒に飲みながらで」
石の家の小部屋に通されアンナは手慣れた様子で紅茶を淹れ青年に渡す。「ありがとう。君が淹れたお茶は美味しいから好きなんだ」と言えば笑顔を浮かべながら机を挟んだ正面に静かに座り、口を開いた。
「絵を描いてほしい」
◇
「なるほど、それで言われるがままに絵を描いて渡したらそのままふらりと」
「お礼を言ってる時の顔は今までにない位綺麗な笑顔だったよ。……そうかそれを持ってクガネに行ったのかもしれない」
「どうしてクガネだって分かるんだ?」
どうやら描いた絵は東方の衣装を纏い刀を持った男だったらしい。誰かと聞いたら「命の恩人」とだけ答えたという。「まさか彼女は人探しをするため私に絵を頼んだのか?」とアルフィノは呟いている。
ここからクガネは少しだけ時間がかかる。飛空艇で早々に行けるだろうか。予定を確認すると大仕事はオメガが見つかるまでは無いようだ。「彼女を連れ戻してくる。多分迷子になってるだけだ」と不安そうな顔をしていたアルフィノの頭をぽんと叩きモードゥナを後にした。
何かモヤモヤするのだ。今まで影も形も見せなかった彼女が気に掛けた男の存在が気になる。ましてや尋常ではない強さを持つ彼女の命の恩人だと言われると好奇心が抑えられない。
◇
「英雄さんかい? 確かここ毎日夜は黄昏橋で釣りをしているよ。ほらあそこ、潮風亭から続く橋」
少し休暇を貰う、と部下の返事も聞かず飛び出したシドは大急ぎでクガネ行の船に乗り込みエールを煽りながら船旅を楽しんだ。久々の完全な休暇だから少しだけ呑んでも許されるだろう。本音を言うと今まで一切見せて貰えなかったアンナの『過去』の一欠片が気になりすぎて頭がおかしくなりそうだった。「俺はそんなに彼女の事が気になっていたのか?」というどんな設計図よりも難しい『難問』を波に揺れる中で反芻し続けてしまう脳を一度リセットするためという情けない理由だ。結論を出すにはもう彼女との距離が縮まりすぎていて逆に分からない。空旅にすればよかっただろうか。後悔してももう遅いのだが。
そんなことを悶々と考えているうちにクガネに辿り着いていた。酒のせいか船酔いのせいか分からない気怠い身体を引きずりまずは聞き込みを始める。一から探すよりアンナはこの地を解放した有名人なのだから適当に人を捕まえて聞けば分かるだろうと判断し、商店付近で聞き込みをすると即居場所を特定出来た。
どうやらアンナは数日前までは早朝にハヤブサで飛んで行き、夕方には少々落ち込みながら帰ってきて釣りをしていたのだとか。今は紅玉海のコウジン族と走り回っているという話を聞いた時はエオルゼアとほぼ変わらないことをしているんだなと苦笑いが漏れた。
「そういうアンタさんは英雄さんの何なんだ? まさか……コレか?」
「いやただの友人の1人さ。彼女最近エオルゼアの方に帰ってなくてな。仲間が心配してるんで代わりに見に来たんだ」
小指を立てながら聞いてくる店主には少し慌ててしまった。そう、シドは多分アンナからすると旅の途中に出会った人間の1人である。一番近しい所にいる筈なのに、寂しい関係。きっと周りからは明らかに異性としてではなく同性の友人という感覚でお互い会っているようにしか見えていないだろう。自分で言ってて悲しくなってきたなとシドは溜息を吐いた。
「じゃあアンタではないのか。待ってる人がいるって言ってたんだがな」
「……というと?」
適当に挨拶して去ろうと踵を返した時店主のぼやきが聞こえてきた。すぐさま向き直り店主に詰め寄る。
「ああ彼女がどこかに行きたいみたいで何人か野郎が案内しようかと近づいたんだが全部断ったらしいぜ。その時待ってれば来るからって言ってたとか」
「感謝するぜ、おっさん」
待っている人、誰だろうか。まさかアルフィノが描いたという侍だろうか? 会ってみたい。夜になったら彼女が現れるという黄昏橋という場所に行ってみようじゃないか。
◇
夜。楽座街はよく賑わっている。今は用事が無いので潮風亭から橋に出ると、いた。探していたヴィエラの女性が少し寂しそうに釣竿を持ち水面を揺らしていた。
「釣れてるか? 旅人さん」
「いやあ私は……ってシドだ。仕事は?」
「しばらくは休んでも大丈夫だ」
他人を装い話かけると苦笑しながら振り向き、シドの姿を見るなり少し目を見開いていた。
「お前アルフィノが心配してたぞ?」
「あーごめんごめん。迷子になってた」
「テレポがあるじゃないか」
「エーテライトが無い所なの。帰りはテレポですぐだけど行きは頑張らないと」
懐から2枚の紙を取り出し広げている。覗き込むと1枚目は地図のようで、2枚目はアルフィノが描いたであろう侍らしき人物画。「これは?」と聞くと「赤誠組の人から教えて貰った場所でね。会いたい人がいるんだ」と答えていた。胸がチクリと痛んだような気がする。「そっちは命の恩人、か?」と切り出してみるとアンナは「あーアルフィノから聞いてるよね。うん」とシドの鬱蒼とした気持ちに構わず肩を少し上げながらサラリと答えた。
髭を貯えた自分より年上であろう威厳のありそうな目の鋭い侍のエレゼンが描かれた紙をアンナは少し切なそうな目で見つめていた。
「ゴウセツに捜すなら赤誠組で聞いたらいいってね。ドマ解放出来て何とか落ち着いたから来た」
「まあ確かにこの辺りの人を知るなら手っ取り早いか」
「凄い人だったらしいからすぐに教えてもらえた。嬉しい」
確定だった。これは恋人とかそういう分類のやつだ。少なくとも相当信頼されているとシドは心で感じ取った。心の中で溜息を吐いているとアンナは「じゃあ今日は寝るかあ」と釣竿をしまい立ち上がる。
「いいのか?」
「うん。早起きして行かないと日が暮れてその日のうちに帰れないよ?」
「待ってる人がいるって聞いたんだがなあ」
いじわるそうに聞いてやると「あー」と言いながらアンナはシドの腕を力強く引っ張り耳元で「道案内なら知ってる人にされたいに決まってるでしょう?」と囁いた。
この後アンナが拠点にしているのだという温泉宿の部屋に案内された。ベットは2人分用意されており、「用意周到だな」と言ってやると「そりゃ連絡曖昧にしたらあなたか暁の誰か来るかなって待ってたからね」と舌をペロリと出しながら言い切った。完全に人を宛にする作戦に切り替えていたらしい。
「命の恩人さんに来てもらったらいいじゃないか」
「無理無理連絡する手立てが無いよ。あ、ここ大浴場だけじゃなくて部屋ごとに小さな温泉が置いてあるんだよ。いつも来た時にはお湯が張られていて凄い部屋だよね。あ、お金は私が払ってる。気にしなくていいから」
と言いながらアンナは浴室へ入って行った。気にするなと言われてもなあ、とぼやきながらコートを脱ぎ、ベッドに横たわった。直後ふと頭の中で現在の状況がどういうものなのか浮かび上がる。
「うん? 2人同室……で寝る??」
自分が行って、よかったかもしれない。そういうことにしておこうとシドは思考を打ち切った。
◇
次の日。朝早くから2人で潮風亭で軽い朝食を済ませハヤブサに乗った。ちなみに昨日はアンナがタオルで髪を乾かしながら風呂から上がった後、「船旅だったんでしょう? 風呂入っておきなよ」と言われるがままシドは浴室を覗いた。確かに小さな温泉があり、「そのまま入るよ。ありがとな」とアンナに礼を言うと「ん」とだけ言い踵を返し部屋へと戻って行った。その風呂というものは非常に気持ちが良かった。しかし恩人という存在が頭から離れず、アンナからどう話を聞こうかと悩みながら風呂から上がると既に本人は無防備に眠っていた。つまり何も聞けなかったし何も起こらなかった。いや起こすことは出来ずなるべくアンナから離れた場所で丸まり眠っていた。目が覚めると既にアンナは起床し、着替えを済ませていたのは更に驚いた。寝起きな顔の前で屈んでおり、「起こそうと思ったら起きた、残念」と何故か悔しがっていた。筆を持っていたがどう起こすつもりだったのだろうか。「見なかったことにしてやるからその筆片付けとけ」とシドはアンナの額を軽く中指で弾いた。ニヤと歯を見せながら「おはよ」と言われたので「ああおはよう」と返してやる。
「もっとゆったりベッド使ったらよかったのに」
「狭く硬いベッドに慣れているもんでな」
勿論嘘である。いや会社の仮眠室のベッドは硬いのは本当だが横にいたのは仮にも異性だぞ? と言いたくなったが黙っておく。本当に無防備というか警戒されてないのは信用されているからなのかそれとも何もしないことを読まれ切っているのか本当に異性としての感情が存在しない人なのか。シドとしては聞いてみたかったが怖くて聞けないのであった。
「まあいいや。降りたらとりあえず歩くよ」
「マウントとか使わないのか?」
「空飛んだら早いとかそういうやつ? つまんないでしょ」
アンナらしい答えだとくくくと笑ってやると「うるせ」と小突かれた。
◇
小さな村に辿り着いたのでハヤブサから降り、渡された地図をじっと眺めた。シドはまず近くにいた村人を捕まえ、現在地を教えて貰い歩き出す。見る限り行先は山道のようだった。草木をかき分け進んでいるが本当にそんな場所に人が住んでいるのだろうか?と少し怖くなる。アンナが迷子になるのも分かるかもしれないと立ち止まるとふと数歩後ろから付いてくる彼女の鼻歌が聴こえてきた。「何の歌だ?」沈んだ気分を奮い立たせるため振り返り聞いてみると「この辺りの子供が歌ってた」と笑顔で答えていた。
「かぞえ歌? みたいな事言ってた気がする。歌詞は覚えてない」
「そこは覚えておこうな」
アンナは基本的に覚えるのが苦手のようだった。道もその一つだ。旅人というものはそういうものだというのだが聞いた事も無い。話題を変えるように「なあ命の恩人さんとはどう出会ったんだ?」と少しだけ恩人がどんな人か聞いてみた。
「迷子になって行き倒れてた所を助けてもらって」
やっぱり迷子癖があるのは昔から変わらないらしい。ポツリポツリとその人の事を話し出す。
お腹空いたと言えばおにぎりをくれたこと、彼もまた無名の旅人であろうとしていたこと、しばらく一緒に行動してたが森が懐かしいと思った時に『故郷に帰りたくないからグリダニアに行けばいい』と助言してくれたこと。そして生き残るための戦い方を教えてくれたこと。まさしくシドが知るアンナの人生の始まりだった。モヤモヤしていた自分が馬鹿みたいじゃないか、シドは自分の暴走していた考えを戒めるように頭を搔いた。
そんな話をしているうちに道が開け、そこには小さな小屋と、石碑が置いてあった。
◇
「フウガ、来てやったよ。遅くなって、ごめん」
小走りでその石碑に駆け寄り、いつの間にか手に持っていた花束を置いた。その場に座り手を合わせている姿を見てシドは初めてアンナが言っていたことが理解できた。連絡する術がない、そりゃそうだ。死者とは話は出来ない。アンナはわざわざ赤誠組で終の棲家を聞き出し墓参りに来たのだ。隣に座り、同じく手を合わせてやる。
「シド、気にしなくてもいい。私の我儘に付き合わせたようなもの」
「一緒に祈らせてくれ」
「……うん」
ふとアンナを見ると少しだけ震えているように見えた。それに対しシドは肩に手を回し、叩いてやることしかできなかった。その時背後から声を掛けられる。
「あのもしもし」
振り向くと黒色の髪の東方の衣服を纏った男がいた。そして彼は更にこう言ったんだ。
「エルダスさんですよね?」
彼女は目を見開き、小さな声で「うそ……」と呟いていた。
それから男に小屋へと案内された。話を聞くとここに住んでいた人間の孫にあたる存在らしい。
「やっぱりエルダスさんでしたか! 演説の時に貴方の顔を拝見した時絶対祖父がお話していた方だと確信していたんです!」
「い、いやあ今私はアンナ・サリスで」
「あのエルダスって」と聞くと彼女は「部族名と思っといて」とだけ答えた。
「ええ分かっていますよ。エルダスは森の名の苗字でサリスが街の名の苗字、ですよね。祖父から伺っております」
「あーフウガは色んな事いっぱい知ってたなぁ……まあだから私はアンナ・エルダスって事にして」
テッセンと名乗った青年はしばらく考え込んだ後「わかりました」と答えた。どうやらこれ以上名前は出すなという事だろう。シドとしては知りたかったのだが……所謂苗字を知れただけマシかと判断する。
「隣の方は……」
「シド、今回のドマ解放にあたっての外部協力者」
「ああそういう事でしたか。私らの国を救っていただきありがとうございます」
「い、いやそこまで深々頭を下げなくても大丈夫だ。えっと、お祖父さんからアンナの事どう聞いてたんだ?」
「ちょ、ちょっと!!」
イタズラっぽい笑みで聞いてやると隣で彼女が軽く叩いてくる。そりゃ昔話は知られたくないのだというのは普段の態度から分かる。しかしここを逃したら二度と知れない事なのだ。聞くしかない。
「とても好奇心旺盛な技術の呑み込みが早い方と聞いていました。別れた後も無事グリダニアに到着できたか亡くなる直前まで心配してて。しかしちゃんと辿り着けて挨拶まで来ていただけてきっと喜んでいると思いますよ」
彼女は「だったらいいな」と軽くため息を吐きながら答えていた。それを尻目にテッセンは手慣れた仕草で箱の中から何かを取り出す。平たく大きな箱を開くとそれは絵画のようだった。道を歩く銀色の髪の侍と、その後ろには槍を持った赤色の髪のウサギ耳の子供がいる。「祖父はここを終の棲家として決めた頃、この絵画を絵師に頼み描いてもらっておりました」という言葉が聞こえる。「フウガと、私?」と呟きながら彼女は目を見開き眺めている。
シドもまたその絵を凝視していた。懐かしき風景の絵に対し何やら心がざわめいている。どこかで見た、しかしどこで見たか思い出せない。「シド?」という声で我に返る。―――ああ何でもない、と返すと「変なの」とアンナはシドの脇腹を突いた。
「仲がよろしいのですね」
「なっ」
「そりゃエオルゼアにドマ、アラミゴまで一緒に救った仲なので」
「アンナ!?」
顔が赤くなるシドと笑顔で答えるアンナ、その2人を見比べテッセンはくくと笑う。何かあらぬ誤解をされた気がする。その風景にテッセンは目を細めながらアンナに優しく語り掛ける。
「アンナさん。祖父リンドウは厳しく修行させすぎたことを後悔されてました」
「そりゃゴウセツが言ってた。『お主の気迫は剣豪リンドウそっくりだ』ってね」
「あのゴウセツ様が言うほどとは。よほど貴方の飲み込みが早かったんですね」
納得した。ゴウセツに聞いたというのも恩人の名前が出たからついでに聞いてみたという事らしい。
しかし彼女の気迫とやらは見たことが無い。「また今度見せてくれよその気迫ってやつ」と言うと「無い方が自分の為だと思うよ」と困った顔で言われた。
「そして旅人のスタンスも祖父そのままだという噂も聞きました。祖父は一時は妻と子供を置いて無名の旅人であり続けようとした事に後悔し、大切にしすぎたアンナさんの事を心配していまして。少しだけ己の幸せを願いませんか?」
「……今私幸せだけどなあ。フウガに挨拶できたし」
彼が言いたいのは明らかにそういう事ではない。多分自分の気持ちを奥底にしまい旅人を演じ続けている彼女を心配しているのであろう。彼女自身も同じ結論に達したようで優しい声で語る。
「んーなるほど。―――今は世界を救う方を優先して旅人活動はまあ当面延期みたいな状態。まあやる事終わったら色んなことを知るために旅に出たい。フウガみたいに『無駄に』強くて何でも知ってる旅人になりたいからね」
無駄にを強調する姿にシドとテッセンは目を丸くし、笑ってしまっていた。どんな強さだったんだ、リンドウ・フウガという人間は。
◇
しばらくテッセンと談笑した後、日が暮れる前に帰ることにした。村の方で泊ってもいいと言われたが、「この人、仕事あるから」とアンナが断ってしまった。村までの近道を案内してもらい、そのままハヤブサでクガネに帰ってきていた。
ハヤブサに乗りながら少しだけ命の恩人であるリンドウについて教えて貰った。お互い名前ではなく苗字で呼び合っていたのはあくまでも自分達は旅の途中に出会った他人であるというのを強調するためだった事、強大な妖異討伐を頼まれた時に引き際を誤り殺されかけた自分を守るために優しかった彼が常人を逸した殺意を溢れさせ一閃で妖異を斬り捨てていたリンドウの強さを。そしてその強さに憧れ無理やり稽古を付けて貰った事を。幼い頃の叶わぬ初恋だった事も。グリダニアに辿り着いて故郷を懐かしみ終わったら再びリンドウの元に行きたかったけどガレマール帝国が邪魔だったんだと語る姿が少し寂しそうに見えた。
クガネに戻った時にはもう日が暮れていた。「戻ってきたし……帰る? それとも呑む?」とアンナが隣に立ち楽座街の方を指さしていたのでそのまま食事という事にした。
賑わう歓楽街の居酒屋で置かれた順から消えゆく皿を見ながら酒を吞むという風景はモードゥナでも見慣れている。その吸い込むように食べる瞬間をアンナは人に見せないように隙を見てやらかしているのだがシドは一度だけ見た事がある。それから社員を助けてくれているお礼と称して食事に連れて行き説教をしながらテーブルマナーを教えていた。その結果、シド以外の前では肉や野菜を切り分け目を離した隙に皿から消えるようになった。シドは違うと叫びたいが流石に外なので抑えることにする。
「姉ちゃん相変わらずいい食べっぷりじゃねえか!」
「ここのごはんおいしい」
「ありがたいねえほらおかわりだよ!」
「やったー」
彼女なりに東方地域でも溶け込んでいるらしく笑顔がこぼれた。シドも巻き込まれるように盃は乾かず皿にも大量に盛られているのだがそれに関しては考えないようにしている。しかしアンナが他の人と会話している隙にシドは客の1人にある日ポロッととんでもない話を吹き込まれた。『夜な夜な店の奴らと飲み比べしては大勝利して身ぐるみ剝がしていた』と。「ウチの英雄が、すまない」と肩を落としながら謝罪することしかできなかった。何やっているんだお前はと未だ食事を続ける彼女を軽く叱ってしまうが、アンナ本人は「挑む方が悪い」と全く悪びれることない様子で。シドの中でこの人は一度負けないと学ばないのか? という疑問がよぎる。しかしガーロンド社の呑み会でもアンナ周辺に形成される死屍累々を思い浮かべると無理という2文字の結論がのしかかった。エオルゼアでは穏やかなのだが少し離れると無法になっている話を聞くとどちらが本当の彼女なのか分からなくなる。
「あなたもやってみる? 勝負」
「悲惨な風景を見てきた人間が乗ってくると思っているのか?」
「まあシドとはゆーっくり飲み合いたいからそれでいい」
その言葉を聞くなりシドの顔は耳まで真っ赤に染まっていく。「おや? もう酔いが回った?」と無邪気に聞くアンナにわざと言っているのか? と疑問を吹っ掛けたくなるが残念ながら天然だろうなと即心の中にしまっておく事にした。「まだ行けるさ」と再び盃のものを一気に喉に通す。
この顔の熱さを酒のせいにしておきたかった。
◇
食事が終わった後、再び望海楼の彼女の部屋に連れて行かれた。顔を赤くし少しふらついていた男を途中から「運ぶよ」と背負うアンナの顔をシドは見せてもらう事はなかった。シドからすると軽々と大の大人である自分を背負われて男としてのプライドが砕かれかけていたのだがそれはまた別の話とする。
綺麗にベッドメイクされた寝台に下ろされ上着をはぎ取られた。「寝る時邪魔でしょ」って言いながら用意された衣服を渡される。「浴衣って言うんだって」という言葉を聞きながらぼんやりと眺めていると彼女は浴室に消えて行った。正直自分もシャワー位浴びたかったがそれよりも眠気が勝っていたので衣服を脱ぎ散らし浴衣に着替え、そのまま寝転び視界が暗転した。
「シド、シャワー浴び……って寝てる?」
意識が完全に途切れる直前、アンナの声が聞こえた気がした。間抜けな声を出し手を一瞬上げて、そのまま落ちた。
この日シドは夢を見た。寒空の下、巡回兵を呼ぼうとした幼い自分の衣類を掴み止め、道を聞いたフードを深く被った赤髪の『あの人』を捕まえるとフードを外す。そこにはアンナがイタズラな笑顔を浮かべ、大人となった自分を強く抱きしめ中性的な声色で「大きくなったね、少年」と言ってくれる幸せな夢だった―――
◇
次の日。シドが目を開くとアンナは既に起床し着替えを終えていたようだ。「おや今日は早起きだね、シド」とにこやかに答える姿に何かくすぐったい。見た夢を思い出すとつい反射的に目を逸らしてしまった。何故この人と重ねてしまったんだとため息を吐く。
「そういえば上着ポケットのリンクパール大丈夫? 出た方がいいと思うよ?」
すっかり忘れていた。行き先も言わぬまま会社を飛び出してから一度も出ていない装置を見るとずっと光りっぱなしだ。向こうは相当おかんむりだろう、恐る恐る出ると『やっと出た!』と会長代理の怒鳴り声が聞こえた。
「ああすまんちょっと取り込み中で」
『どこにいるんですか! いいから早く帰ってきてください!』
「いやほら今は特に何もないじゃないか」
『どれだけ書類が溜まってると思うんですか!!』
「……これからクガネから帰る」
『クガネ!? ちょっと会長本当に何やって』
これ以上繋げていても説教が続くだけだろう。切断してニコニコと笑うアンナを見る。
「すまんがシャワー浴びたら帰る事になった」
「でしょうね」
そのままアンナはシドの腰に手を回し抱き上げて浴室へ連れて行こうとするがシドは慌てて「二日酔いとか大丈夫だから」と言いながら止め、衣服を持って浴室へ逃げるように入って行った。恥じらいという概念が全く見当たらないアンナにそのまま介助されそうだったと流石に危機感を感じている。
「……ん?」
浴衣を脱ぎ、鏡をふと見ると肩に赤い痕が見える。何があった? 昨日は酒を呑んで戻ってきた後風呂にも入らず眠ったじゃないか。虫に刺されるような事は―――そういえばアンナの先程の服装を思い出す。首元に季節に似合わないマフラーを巻き、いつにもまして露出の少ない格好だ。
やってしまったか? よりにもよって酔った勢いで、アレをと行為を頭に浮かべながらみるみる血の気が引いていく。全く記憶に無い。アンナも全く顔に出していなかった。何かあったのなら流石に何か反応するはず。すると思いたい。ないってことはそのまま2人でぐっすり寝ていたんだろう。しかしこの痕は何だ? やっぱり虫に刺されたか? いや浴衣は整えられていた。しかし記憶が確かなら寝ぼけながらの着替えでかつ慣れない衣服を綺麗に着れるとは思わない。少なくとも整えた相手がいる。まあ相手はアンナしかいない。少なくとも眠っている自分の服を整え、投げ捨てた衣服を畳み、布団をかけてくれたのは確かで。そして相手は仮にも異性だ。34にもなって恥ずかしい。
シドはここまで考えた後に、「見なかったことにするか」と呟き頭から冷水をぶっかけた。
一方その頃。『気が付いただろうか』とアンナはニコニコと笑いながらシドが浴室から飛び出してくるのを待っている。本来はそういった行為はやらない主義なのだがキスマークはすぐに消えるものと判断し、昨晩寝ぼけ眼で着替えたからだろう乱れた浴衣を直すついでに衣服でギリギリ見えない場所に一つ付けておくというちょっとしたイタズラだった。少しでも怪しさアップさせるためにわざと首元まで隠した服に着替えておいたしこれは完璧だとふふと笑う。鏡を見ればすぐに気が付く場所に付けたので顔を赤くしながら飛んで来るはず。
しかし来ないなあ思考フリーズでもしたか? と思い扉に長い耳を当てたら「見なかったことにするか」という呟きが聞こえた。アンナは耐え切れなかったのか寝台に突っ伏し声が聞こえないようゲラゲラと笑っていた。
◇
浴室から出てくるとアンナはいつものようにニコニコ笑いシドを待っていた。
「どうやって帰るの?」
「流石にクガネランディングから飛空艇で帰るさ」
チェックアウトをし2人は潮風亭で朝食を摘まみながら喋っていた。いつもと変わらぬ、現状維持。シドは平静を保つ事を選んだようだった。アンナは少しつまらないなあと思いながらシドを眺めていた。
「それがいいよ。付き合わせちゃってごめんね」
「ま、まあ俺は別に大丈夫だ。アンナはどうするんだ? 一緒に帰るか?」
「テレポでお先。アルフィノとかにお詫びの品も準備しないとダメだしね」
「そうか」
立ち上がり、「じゃあ」と2人は言い合った。それぞれ違う方角へ歩き出す。
長そうで短い2人の旅は終わった。
飛空艇で急いで帰った後、怒髪天なジェシーの説教が待っているのだろうなと足取り重くガーロンド社に戻ると大量のクガネ土産らしきものが積み上げられえらく機嫌がいい社員達がいた。ジェシーもその内の1人で嬉々とした声で金色の箱見せながら「既にレンタル料いただいたので大丈夫ですよ。さあ仕事に戻ってくださいね会長!」と大量の書類が積まれた机に案内されたのはまた別の話。
#シド光♀ #リンドウ関連
命の恩人リンドウとアンナの過去短編集。
消えない疵
―――フウガはボクに沢山のことを教えてくれた。星空の話や国、サバイバル術、ご飯の作り方、戦い、人助けの心構え。故郷では兄以外からはただ狩りの方法やイタズラに使える縄の使い方、外の人間の恐ろしさだけしか教わらなかった。それが全て新鮮で!
白色の背中が頼もしかった。ボクは少し後ろを追いかけ、いつも笑顔を向けていた。襲い来る悪意は全部斬り放つ姿に自分もこうなりたいと志を抱く。ボクや出会った人等よりも豊富な外の知識が今のボクを形作っていたのかもしれない。
この頃はまだ今みたいに強くはなかった。多分そのまま成長していたらシドを持ち上げることも出来なかったと思う。というか普通は抱っこしないだろう。まずどんなに重いものも持ち上げるフウガにどうやったの? と聞くとこう答えた。
「重いものの持ち上げ方? こう、持ち上げるぞと念じてそれを力とするのだ」
「よく分かんない」
「普通は出来んからな」
「ボクも出来るようになる?」
「己の限界を嚙み締めなさい。おぬしは人よりも長生き。少しずつ鍛錬を重ね、誰かのためにその力を使うのだ」
今思うとこの言葉は自分の領域に来るなと言いたかったのだろう。でも一度火の灯った憧れを止めることは出来ず、運命の時が訪れた。
◇
フウガに槍の修行を付けてもらい、少しだけ自分の実力に自信を持てるようになった頃。あの人はどんな武器に対しても豊富な知識を披露した。「エルダス、強くなりたいのなら得意でない武器も識ることも大事だぞ」と何度も言われた。そこで必死に勉強をしたから現在色々な得物を使いこなせるようになったのかもしれない。
そんな頃に通りかかった村で子供が大きな魔物に連れて行かれたから助けてほしいという依頼を受ける。フウガは最初反対していたが、ボクは居ても立っても居られなくなり飛び出した。
僅かに聞こえた泣き叫ぶ子供の声を頼りに走る。長い耳は遠くの物音も判別が出来るのだ。フウガの力がなくても多少の魔物なら勝てる。そう思い上がっていた私はその場にへたり込んでいだ子供の前に立つ。
「逃げて!」
自分より3倍は大きいであろう異形の存在は確かに少々怖かった。しかし今までの修行は無駄ではないこと、ボクのような少女でも人助けは出来るのだと証明したかった。構えた槍で飛び上がり急所を穿つ。勝負は一瞬だった。その魔物は地に伏せる。ボクは向きを変え、怯えた子供に手を差し伸べた。
「大丈夫?」
明るい顔でボクの手を握ろうとしたが途端に青くなっている。
「フレイヤ!!」
フウガの怒鳴る声、背中が熱くなる感触。振り向くと倒れた筈の存在が大きな爪で再びボクを切り裂こうと振り下ろそうとしている。最後に見えた風景は、いつの間にかボクの前に立ち、空気が震えるほどの殺意を見せたフウガ。青白い流星のようなオーラをその刀に纏わせながら魔物を一刀両断していった―――。
◇
目が覚める。うつ伏せに倒され寝返りを打とうとするとフウガに止められた。背中の痛みに小さな声が漏れる。まずボクは「ごめんなさい」と謝った。涙が溢れ止まらない。あの時ちゃんとフウガの忠告を聞いていれば。ただ謝り続けた所にあの時の子供がやってきた。
「お姉ちゃんありがとう」
目を見開いた。ボクは負けたというのに、何故お礼を言うのか分からなかった。
「だってお姉ちゃんはあんな大きな怖いやつが相手でもすぐ飛び出して私の前に立ってくれたんだよ! 私もお姉ちゃんみたいになれるかな」
「―――きっとなれるよ。ボクもいっぱい旅しながら修行したから」
フウガはボクの頭をずっと撫でてくれた。高熱にうなされながら傷はどうなってるの? と聞くと「大きなひっかき傷だけだ。他は特に外傷はない」と薬を塗りながら答える。
「あの大きな魔物を斬る時のフウガ、すごいかっこよかった。ボクもあんな風になれるかな」
「……まずはその熱を下げなさい、エルダス」
「はぁい」
目を閉じてその手の冷たさを感じ取る。ボク程ではないがフウガも手がひんやりと冷たい。この後1週間熱は下がらなかった。だがフウガがどこからか持ってきた解熱剤によりボクは元気を取り戻し再び旅に出た。
耳
「エルダス、おぬし結構耳動くが―――それはいいのか?」
フウガの一言に首を傾げる。そんなに動いてる? と聞くと「集中してない時は結構」と返される。確かに人に感情を耳で悟られてしまうのはよろしくないと子供のボクでも分かっていた。
「本来はもっと故郷で修行するんだけど途中で飛び出したから不完全かも」
「なるほど」
「じゃあフウガが修行つけて。耳ピクピクさせないように頑張りたい!」
そのままフウガは考え込んだ。そりゃヴィエラ特有の現象の修行なんてやったことがないだろう、悩むに決まっている。数刻後、手をポンと叩き「分かった」と言いながらフウガは思い切りボクの両耳を掴んだ。
「いっっっったああああ!?!?」
叫び声が喉から発せられた後、耳がビクリと跳ねる。フウガは慌てたように手を離す。
「違ったか?」
「うえぇフウガそれ絶対拷問とかでやるやつだよ!?」
「しかし一番反応してまずい時は痛みではないのか?」
「う……確かに痛みに耐えられるようになったら動かなくなるかもしれない……」
不器用に耳を撫でるフウガの言葉を聞き、そのくすぐったさを我慢するかのように考え込む。確かに集中力を一番阻害される要素は痛みだ。それならばこういう訓練を続ければ、耳は動かなくなるかもしれない。
「ちゃんと頑張る。も、もしかしたら故郷でも集中力を高める修行の一環でするかもしれないし!」
「そうか。集中力を持続させるメニューと共に数日に1回掴む感じでやってみよう」
当時のボクはよし頑張るぞと拳を振り上げていた。後に知るのだが、ヴィエラの里ではそんな耳に直接的な強い刺激を用いた集中力を鍛える修行は一切存在しない。お互い勘違いしたまま、ビシバシと勝手に厳しい修行をすることとなる。結果、人とは違う技能を伸ばす羽目になってしまった。
気迫
「あの技教えてほしいの! フウガ! お願い!」
「駄目だ絶対に誰も使いこなすことなど出来ぬ」
あれからボクは何度もフウガにあの時見せた大技の使い方を教えてもらおうとした。まるで流星の軌跡のような光を纏った刀身に感動したからである。これまで一度も見せずにいたのだ。興味を持つに決まっている。
「あの光は力を欲した誰もが挑戦したが結局使うことも出来なかった。何よりこの圧倒的な力を得ても、1つもいいことはない」
「ボクはフウガのような旅人になりたい! 沢山人助けする!」
今思うとこれが本当にボクという人間が変わってしまった出来事のきっかけかもしれない。半ば無理矢理押し切り、フウガは誰もいない山の中で力の振るい方を教える。
「感情を込める」
「感情」
「その感情に合わせて、光が帯びる」
フウガが目を閉じ大きく息を吸うと周辺の音が消え、刀に光を帯びだす。鳥肌が立った。本能的にこれは、ヤバいと子供のボクでも分かる位危険だと脳内でアラートが鳴る。フウガが「ん」と刀を振るった。すると目の前の巨木に光の刃が入り、まるでバターのようにスライスされ倒れていく。ボクは息を飲み、それを見つめた。
「普通の人間には出来ぬ。まあエルダス、少しやってみろ」
フウガは刀を仕舞い、肩をすくめる。ボクは「よーし」と言いながら槍を構えた。
「感情ってどういう感情込めるの?」
「好きなモノに対しての、だ」
「今のは誰に?」
「……内緒だ」
「フウガのけち!」
目を閉じ、隣にいるフウガのことを思い浮かべる。そして槍を振るうが何も起こらない。
「ほらな」
「悔しい」
頬を膨らます。もう1回と言いながら槍を構え直した。
「あ、そっかエーテルを乗せればいいのか」
ポンと手を叩く。今まで武器を振るうことしか考えていなかった。それを想いと誤魔化したんだなとその時のボクは判断する。
「待てエルダス、それは」
フウガの制止を振り切り、先程見た光の強さを思い出す。目を閉じ、手を通じてエーテルを武器に乗せていく。形することはあまり得意ではなかったが、この時のボクは絶対に出来ると確信してきた。
「止めろフレイヤ!!」
目を閉じたままその声と同時に槍を穿つ。何かが砕かれる音が聞こえたので目を開くと倒れていた木が粉々に粉砕され、成功したのが分かる。
「ねえフウガ! でき、た、」
ガクンと力が抜け、目の前が霞んでいく。慌ててボクに駆け寄る音を聞きながらそのまま倒れてしまった―――。
◇
薄く目を開く。眩しい光に「うん……」と呟いた。
「エルダス」
キョロキョロと見渡し声の主を探す。泣きそうな顔でフウガはボクを見ていた。
「すまない」
そう言いながら手を握った。その時のボクは意味が分かっていなかった。
「すまない」
またフウガは謝罪の言葉を口にする。背中に大きな傷が残ってしまった時とは逆の構図だ。ボクはニコリと笑いかける。
「ボクは大丈夫だよ、フウガ」
少しだけ右腕が痛いような気がする。でも泣きそうなフウガの方が大事だ。
ふと自分の手の内を確認する。いつも付けていた故郷の髪飾りを握らされていた。
「エルダス、それは絶対に身に付けておきなさい」
「捨てるつもり、ないよ?」
そうかと苦笑している。ゆっくりと身体を起こし、伸びをした。倒れる前より身体が軽くなった気がする。
思えばボクという人間はこの地点で、死んでいたのだ。ただでさえ冷たかった身体が死人のようになってしまったのはこの頃からなのだから。
◇
外に出ると知らない男の人がタバコを吸っていた。
「おや、起きたのか嬢ちゃん」
「おじさん、誰?」
どんな姿か思い出せない。金髪、だったと思う。その人がボクの頭を撫でた。
「俺様は―――様だ。お嬢ちゃんのお師匠のオトモダチさ」
名前も朧げで思い出せない。今のボクはこの頃から記憶が少し曖昧になっている。
「お嬢ちゃんが生命エーテルほぼ使い切ったってんで"治療"したんだ」
「ボク、そんなに大変だった?」
「おう。滅茶苦茶」
俺様がいないと死んでたぜ、なんてケケケと笑っている男の頭にフウガはゲンコツを落とす。見たことのなかった複雑な顔していたので本当に長い付き合いの友人のようだった。
「教育に悪いから帰れ」
「おいおい天才の俺様は教育的象徴だろぉ? フレイヤちゃん、だったよな?」
ボクはこくりと頷くとその男はニィと笑ったんだ。
「エーテル制御とリン―――コイツと同じ力の使い方をこれから一緒に教えてやる。ケケッ、お嬢ちゃんは俺様達より絶対に強くなる。保証してやるぜぇ?」
Wavebox
#リンドウ関連