FF14の二次創作置き場
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2023年12月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
星降る夜の奇跡の話―後―
「飾りはこっちに置いて!」
「料理の準備できたわ。あとはアンナを待つだけね」
「プレゼント箱搬入終わったぞ!」
「天井に吊り下げるモノ、準備終わっている」
アンナとシドがプレゼント交換を約束した当日。カーラインカフェの片隅で暁の血盟とガーロンド・アイアンワークス社の面々はアンナを驚かせるためにと最終準備をしていた。アンナはレヴナンツトールにてタタルに足止めするよう頼んでいるので現場には来ないだろう。
「親方! ボーっとしてないで手伝ってほしいッス!」
「―――あ、ああすまん」
シドは朝からずっと上の空で、ヤ・シュトラはため息を吐きながら近づく。
「あらあなたが気合入れないと今回のサプライズは成功しないわよ?」
「む、そうだな。そうだったな」
上の空なのも当たり前だった。昨晩の事を誰にも相談できず1人悶々と悩んでいる。まるで名も無き旅人の事がなかったかのように動き続ける時にイラつきさえも覚える。しかし今は考えている暇はない。手を動かしていれば今は大丈夫だろう、そう考え箱を手に取った。
「親方、その箱は何ですか?」
「ん? ここに置いてるからてっきりお前たちが持ってきたやつかと」
「まあ誰かが持ってきたんでしょう。とりあえず一緒に飾っておきましょうか」
「そうだな」
いいのか? と思いながら気合を入れて、持ち上げた。
◇
「も、もう少し待つでっす! 紅茶のおかわりありまっす!」
「んーでも人と待ち合わせしてて。1時間前には待ち構えたい」
「ふふっ、ときどきはゆっくり行っても罪じゃないと思うわよ」
ボクはグリダニアでぼんやりと一晩過ごした後タタルに呼ばれレヴナンツトールにいた。普段なら個人的に驚かせるためにずっと現地で待つのがボクだ。まぁそういえばいつの間にかパーティになってたんだっけと思い出し、彼女らの時間稼ぎに付き合っている。
「タタル私思う。モードゥナに拠点がある人同士何かするならここでやるべきだと思うんだけどどう?」
「え! アンナさん知ってたんでっすか!? ってあ!」
「まあアンナなら知ってるわよね。確かに私も思ったんだけど」
タタルに「い、いつからでっすか!?」って言われたから「あなたがシドと拳を交わし合ったところ」と答えるとクルルは「最初からだったのね」とふふと笑っている。
「うん、何かすごいなって思ったら近付けなかった。……私も本気出さなきゃって。こんな経験ない。どうすれば―――」
分かってたら1週間前なんて急な予定にしない、と言うと2人は笑顔でボクを見ていた。
「アンナには来たばかりの私でもお世話になってるわ。日頃の感謝を伝えるチャンスって言われるとやる気も出ちゃうのよ」
「そういうものなの?」
「そうでっす!」
「ただの無名の旅人相手によくやるよ」
エオルゼアの人間はお祝い事が好きらしい。度々街が飾りつけされているのを見ると相当数お祭りが用意されているのだろう。神様も十二神と多神教な土地だけあってごちゃまぜな文化が少しこそばゆい。何せ生まれ集落は森や動物に感謝する儀式や火にまつわる祭りしか存在しなかった。あとここ60年位は集落にはめったに近寄らなかった。しかし旅人として再スタートを切って5年、いろんな文化を知れるのが嬉しかったし今でも好奇心が収まらない。
現在―――面倒な出来事も終わり訪れた年末、感謝を示す行為は祭り関係なく誰だって当然なんだろう。自分を頼りきる人たちと盛大に遊ぶのも悪くない。だから準備はしてきたのだ。大きな箱と、小さな箱たち。実は小さな箱に関してはもう会場には置いてきていたのだが。
「クポー! アンナさんいたクポ!」
「よかった間に合った。ありがと。これクッキー。仲間と食べて」
「ありがとうクポ!」
いつもより少しだけ大きな封筒を受け取る。開くとパーツがいくつか入っている。欲しかったサイズの木製の歯車だ。準備した物、これはかつて成人前にドマを命を救ってくれた恩人と修行の旅をしていた時に見て感動したからくり装置。遠い昔、興味あるならと貰った書物を参考に設計図だけ作ったが、途中で飽きてしまった物をちょうどいい機会だからと完成させてみた。彼の故郷の技術に比べたら原始的に映るかもしれないが気にしない。まあそもそも手に取るかも分からないのだ。それもまた一興。ボクとしては”外箱”ごと捨ててもらっても別に気にしない。無名の旅人であるボクがいた記憶をなるべく残してほしくないのだから。
「あとはこれを―――できた」
「あらそれは何かしら?」
木の小箱を開くと木彫りのウサギがあり、周辺の歯車をいくつか取り換える。
「内緒」
人差し指を口元に持っていき笑顔を見せてやる。そして大箱を慎重に開き中身の意匠を触らないよう奥に安置し、箱を閉じた。そしてクルルの耳元で「誰にも言わないでね」とささやく。
「一度目の前の事に熱中したら本来の目的を忘れるボケが始まったオジサンの目を覚ましてあげようって感じ。で、これはおまけ。多分外箱ごと捨てられるだろうから適当」
「あらあら」
「アンナさーん! そろそろ一緒にグリダニアに行くでっす!」
準備できたんだ、と言いながらタタルの元に走っていく。
「私には大切な人にあげるための準備に見えるな」
「何か言った? ほらクルルも来て。せっかくなら皆でお祝い」
「分かったわ」
呼ばれたクルルも小走りで石の家を飛び出して飛空艇でグリダニアに向かう。さあどんな準備をしてくれたのかな? 楽しみだ。
◇
「よ、よおアンナ」
「あらシド。ここで待ってたんだ」
「お前の方が遅いなんて珍しいじゃないか」
アンナがタタルやクルルと一緒にグリダニアランディングに降り立つとそこにはぎこちない動きと引きつった笑顔のシドがいた。「分かりやすすぎるわ」「サプライズ下手すぎでっす……」と小声が聞こえる。だがシドは無視して「とりあえず飯でも食おうぜ」と指をさし歩き出す。アンナは笑顔でその数歩後ろを付いて行く。階段を上るとそこにはきらびやかな装飾と食べ物とケーキ。プレゼントの山が積まれ、暁の血盟のメンバーやガーロンド社の人間たちが。アルフィノが優しい笑顔で手を振っている。
「アンナ。いつもありがとうな」
シドの言葉にアンナは一瞬目を見開き、止まっていた。徐々にいつも見せる笑顔は消え、目をぱちくりとさせている。
「あら? どうしたのかしらあの人。立ち止まってるわ」
「アンナ早く来るッスよー!」
表情一つ変わらず、やがて何かに気が付いたのか慌てて手で顔を覆う。シドは横でキョトンとした顔で見つめているととつぜん手を外し、彼の方に向き見慣れた笑顔を見せた。
「だーれーがーここまでやれって?」
「え、あー、ごめんな?」
一瞬シドのヒゲを掴みながら、踵を返し皆の元に走り出した。
「ありがとう」
小さい声だったが確実に聞こえた。彼女から初めて引っ張られたヒゲをさすり彼女を見つめていると腰辺りを突かれた。見るとクルルが笑顔で「もしかしたら慣れてなかったのかもしれないわよ?」と言い先へ進むよう促した。
よく考えたら彼女は長い間1人で旅をしてきた。振り返ればエオルゼアで出会ってから今まであった祝賀会や式典は陰謀に巻き込まれたりと彼女が休まる時はなかった。そんな彼女が星芒祭だと口実があるとはいえ突然政治主張等関係ない誕生日でもない日に祝われたら。本当に考えがフリーズしたのか、あのいつも余裕ぶった笑顔の旅人が。シドの口元から笑みがこぼれだす。「いいものを見た」と呟きながらゆっくりと歩き出した。
◇
パーティは盛り上がった。アンナの前に食べ物を置くと気が付いたら消えているので「自分の食べる量をキープしろ!」「俺たちの食べる物が無くなっちまう!!」と怒号が飛び交っている。シドたちは「何かやってるなーって静観してた。ガーロンド社の人たちまでいるとは思わなかった」という言葉で計画の半分程度はバレていたかと驚いた。「じゃあ余計にレヴナンツトールでやりなさいよ」とアンナの呆れた声にシドは「発想になかったな。グリダニアでと約束したんでな」と悪びれず答えた。
「いいじゃないか。私は君と出会うきっかけになったグリダニアでこうやって祝えるのが嬉しいよ」
「そんなもんなの?」
「いいのではないでしょうか。貴方にも休息は必要ですから」
「サンクレッドが来なかったのが残念ね。彼にも少し休んでほしかったんだけど」
その後アンナはプレゼントを積んでいる山を指さしながら「小さいやつ、大体は私からの贈り物」と言った。ある箱は画材、ある箱は香水。またある箱には羽ペンと羊皮紙。奇麗なナイフにシャード詰め合わせ。
「アンナ、合計いくら使った?」
「今回のパーティに使われたお金に比べたら安い。好きな物持って行っていいよー」
「じゃあ次は私たちからもあげないとね」
彼女の周りにプレゼントの山が積まれていく。「こんなに貰ってもどこへ持ち帰ればいいの?」と苦笑いしながら開封していく。
「あらミニオン」
「ウチの新製品の新型エンタープライズモチーフッス!」
「ちっちゃくてかわいい。こっちは調理道具セットか。いいねえ」
「あら会長は最初私にね―――」
「ゴホン。まあよく料理を振る舞ってくれるからな。使って欲しい」
「いいよ」
暁の血盟側から渡された物はまずは淡く光るクリスタルがあしらわれた小物入れ。マフラーや手袋、アルフィノが描いたグリダニアの風景画。「もっと早く分かってたらとびきりなものを準備したでっす! でも自信作でっすよ!」とタタルは胸を張っている。アンナは笑顔で「みんなさ、旅人に贈る量じゃないってば」と言いながら箱を開いては取り出し優しく撫でている。
「来年もよろしく、アンナ」
思い思いの言葉を伝えたが全員の言葉を要約するとこうだった。アンナの目が見開かれ、しばらく固まった後頭をかきながら「しょうがないなあ」と照れた笑顔を見せた。その後話題を変えようと赤色の箱から何やら装飾具を取り出す。中央に赤色の宝石、羽根のようなおしゃれな模様が張り巡らされボタンを押すとカチャリと音を立てながら開くと時計盤。
「あら懐中時計」
「俺じゃないぞ」
「私たちでもないね」
「見た事もないデザインの物だしもしかしてオーダーメイドかしら?」
箱の底に残っていた紙切れを見て「兄さんだ」と呟く。アンナは何も言わずそのまま身に付ける。俺たちは彼女が持っていた紙切れをのぞき込むとぱっと見読み取れない言語で書かれている。「お疲れさまと兄の名前」とアンナは説明してくれた。いつの間に現れて置いて行ったのだろうか。
「多分レターモーグリーが持ってきた? 兄さん今は故郷にいるハズ」
シドは兄がいるとクリスタルタワーで言っていたと思い出す。ついでに5年程度に一度故郷に帰る習性もあると。しかしその場にいる人間たち何も言わず置いて行くサービスは聞いた記憶はないのだが指摘するのは野暮だろうと置いておく。それよりやらないといかないメインイベントが残っているとシドはアンナを引っ張って表に連れ出す。数人の視線が痛いが無視しておく。
◇
「どうしたの?」
アンナは笑顔で俺を見下ろしている。俺は「忘れたのか?」と言いながら準備していた袋を取り出す。
「―――ああちゃんと覚えてたんだね。結構結構」
言葉のとげが痛い。すっかり忘れてるなと思われていたらしい。―――実際昨日急いで工面した物だから言い返せない。彼女はカラカラと笑いながらカバンの中から大きめの箱を取り出した。
「デカくないか?」
「普通普通。ほらちょうだい」
「おう……」
お互いプレゼントを交換し見つめている。「開けていい?」と言われたので「いいぞ」と返してやる。
「髪飾り。いいじゃん。青い石は……アイオライトか。粋だねえ」
「そうなのか?」
「旅人の私にピッタリ」
この時はどういう意味か分からなかったのだが後日調べてみると宝石言葉は『道しるべ』や『誠実』であったらしい。確かに図らずも旅人である彼女に合う物を選んでいたみたいだ。少しだけホッとした。
「私の分は開けないの?」
「お、そうだったな。どれどれ」
開いた瞬間パンッと大きな音が響き渡る。反射的に箱を手放そうとしたが瞬時に『ヤバい』と思い必死に落とさないよう掴む。箱の中からはたくさんのリボンや紙飾り、湧き出る小さな泡が破裂音を出している。ふとカフェ内を見ると全員がこっちを向き、アンナの方を見ると俺を指をさして笑っていた。気まずい。
「ナイスイタズラ。じゃ」
「待てアンナ! ど、どうなってんだこれ!?」
「直前まで忘れてた罰だよーっと」
ケラケラと笑うアンナは旧市街地の方に消え俺だけ残される。カフェ内からも笑う声が聞こえる。俺が何したって言うんだ!「え、あ、はぁ!?」としか言えない。走り出したアンナを追いかけようとしたらふと肩を持たれ止まる。振り向くとドマからの使者であるユウギリが立っていた。
「失礼、敵襲かと思い来たが」
「あ、アンナが急に……心臓に悪いやつでな」
「……ビックリ箱か。なかなか作りこまれていてアンナは器用な人だ」
そうかもしれんがと言いながらのぞき込むと確かに開けるまでは一切音を出さず油断させる技術は本物である。今度図面でも見せてもらおう。あわよくばやり返したい。ユウギリに「少し借りても?」と聞かれたので渡すと箱の中に手を突っ込む。
「お、おい」
「いえ箱の深さにしては浅い所から飛び出しているなと思い……やはり何かあったな。どうぞ」
手のひらサイズの木の小箱を渡される。横に木のゼンマイが付いている。「回してみるといい。予想が正しければ害はないと思われる」と言われたのでまた変な物じゃないだろうな?と思いながら巻いてみる。するとひとりでに箱が開いた。
夜空の森の中で木製の赤色ウサギが木の歯車がかみ合い跳ねるようにカタカタと動いている。
「ひんがしの国の技術で作ったからくり装置でしょう。なかなか巧妙に隠されていた」
「何だ驚かしのイタズラだけかと思ったらメインはこれか」
「あらシド、発見したのね。よかった」
クルルがクスクスと笑いながら近づいてきた。どういうことだと聞くとこう答えた。
「来る前に装置の最終工程だけ見たの。『一度目の前の事に熱中したら本来の目的を忘れる人に渡すんだけどこれは捨てられるおまけ』って言ってたわ。私の目にはとっても大切に扱っていたけどね」
「ほう全て手作りで。シドは幸せ者であるな」
瞬時に顔に熱が集まっていく。口元を抑えながら「いやそうはならないと思うが?」と言うとクルルはふふと笑っている。処分前提でって何をやっているんだアンナは。
それよりもイタズラというやつだ。今まで微塵も見当たらなかった単語が彼女の口から飛び出すとは思わなかった。意外と子供っぽい所もあるみたいでどこか安心する。居ても立っても居られない俺は箱を抱き走り出した。
「もしかして両想いだったのかしら」
「なるほど……」
何か聞こえた気がするが頭に入ってこなかった。「ナイスイタズラ」と言った後の顔が満面の笑顔だったが少しだけ潤った瞳を見逃せなかった。まるでやってはいけないことをやってしまったと後から気が付きパニックになった子供みたいな彼女を追いかける。
◇
「うーむ……いつ戻ろう」
ボクはアプカル滝の前で空を見上げていた。さすがに目の前でキレたシドによって投げ捨てられるプレゼント箱を見たくないのでつい走り出してしまった。しかし予想通りのいい反応を見せてくれた。あの顔だけでご飯3杯は行けそうだし、しばらく機嫌も悪くならないだろう。向こうの機嫌は知らないが。おや目の前がかすんで見える。こすろうとすると声が聞こえた。
「アンナ! 隠れるならもっと近くでな! ……ってやっぱり泣いてたか」
息が上がりながら走って来たシドだった。どうしたと言われてもここに座ってるだけで。慌てながら走り寄ってきてボクの目元を拭う。
「俺は怒ってない。その、からくり装置すごいな。ありがとよ」
「……あー見つけた? 残念」
「残念じゃない。というか渡したいならもっと分かりやすくだな」
隣に座り軽くため息を吐いている。「別にプレゼント交換ももともとビックリ箱の予定だっただけだし。おまけでカバンの中に入れっぱなしだった物を突っ込んだだけだし」と言うと「そうかそうか」と隣で笑い出す。
「何が面白いの?」
「お前の可愛らしい所だ」
「今更気付いたかい?」
「夢中さ」
「そういう冗談はもっとかわいらしいレディに言って」
昨日まで過去のボクに見とれてたやつが何言ってるんだ。流石にそれは言わないけど。ふと話題を変えるようにシドは「アンナ、信じてくれないかもしれんが」と切り出した。何かあったのだろうかとどうしたの、と聞くと年甲斐もなくはしゃぎだす。
「前に子供の頃に欲しかったモノの話しただろ?」
「あー会いたい人とか言ってたやつ」
「叶った。嬉しかったぜ」
「よかったね」
「だが手に届かなかった」
心の中でうわさをしたら言いやがったよコイツ。シドは空に手を伸ばしている。
「次会ったら飛空艇に乗せるって約束してたのにな、逃げられちまった」
「淡いねえ」
「まあ次こそとっ捕まえたらいいさ。もう忘れたくないからな」
「―――そう」
あくまでも忘れる気はないらしい。薄々思ってたけど面と向かって言われると何か背筋がムズムズする。首元がくすぐったくて、何か不思議な感覚。
「あとお前の紹介もしたい」
「ははっ無名の旅人なんて面白くないよ」
「俺がしたいんだよ」
一度言った事は曲げない人間である彼のことだ。本気でボクをボクに紹介したいらしい。つい大笑いしてしまう。
「アンナ?」
「いやあ面白い。しばらくは旅に出る暇無し」
「……楽しいことなら俺がいくらでもあげるぞ」
「じゃあ一瞬でも暇だと思ったら消えるよ?」
「逃がさん」
ぎこちない動きで肩に手を回されながら言われた言葉に『うん? とんでもない約束をしてしまった気がするぞ?』と何か今までと違う歯車が回り始めた感覚が湧いてくる。くすぐったい首元を押さえながら苦笑した。
「ま、当面はいっか」
「でもな……イタズラはやっても怒らんがほどほどにしてくれ心臓に悪い」
「善処しまーす」
頬をつねってやり少しだけ彼の肩にもたれかかってやった。ピクリと彼の体が揺れ動くが無視してやる。騒がしい祭りというやつも、悪くない。
この後、帰りにくいと言うボクの言葉をシドは無視し腕を引っ張られカフェに戻った。直前で手を振り払いのぞき込むと食事もあらかた減り大人たちは酒が入りつつあった。「親方遅いっすよー」「アンナはお酒大丈夫かしら?」なんて声に私たち2人は笑みがこぼれた。
―――この後飲み比べしようぜと言われたので酒樽の大半をボクが飲んでやったさ。そしたらシドを含めた周りの男共はグラスを持ったまま倒れていった。その風景は簡単に言うと死屍累々ってやつで。顔を青くしたアルフィノと飲めないと断った人間たちで後片付けをする羽目になる。パーティなんて経験がなかったが片付けが終わるまでがパーティだってくらい知っているさ。見ていたミューヌの「ここで君に競争を持ちかけようとした人間は今後絶対止めてあげるから」なんて優しい言葉に「それがいい」と返しながら旅館の部屋へ担ぎ込んで転がしていった。思えば皆にボクは酔わないって言ってなかったなあ。ふふっ。
前/中/後
#シド光♀ #季節イベント
星降る夜の奇跡の話―中―
突発的なアンナの提案によるプレゼント交換前日。
暁の血盟のメンバーらと英雄でもあり旅人であるアンナにプレゼントを用意することになったシド。彼は数日の間”定時退社”し、何を渡すかどういうセッティングで彼女を驚かせるかと相談していた。3日前に怪しまれたジェシーにバレてしまい「私たちもアンナにはお世話になってるんですよ!」となぜか社員らと合流。カーラインカフェの一角を貸し切りパーティのセッティングもしようと思ったよりも大きなパーティになってしまった。最終調整のため代表者にされてしまったシドはカーラインカフェにて一足先に前日晩最終確認する予定である。
準備した物は大量の料理と新製品予定のミニオン。暁も何やら他に準備しているらしい。そして今鞄の中に潜ませている袋の中身は個人的に急いで用意した髪飾り。実はシドにとって恥ずかしい話だが”プレゼント交換”しようという当初の目的を昨晩まで忘れ去っていた。グリダニアへ向かう前に急遽ウルダハに立ち寄り青色の髪飾りを買ってしまった。自分としてはベタな物を買ってしまったのは理解している。しかし唐突に青も似合いそうだな、と装飾店前でつい考え込んでしまいそのまま購入した。控えめな飾りなので装備等の邪魔にはならない、と思う。「ガーロンド社の会長さんもついにお相手ですか?」という店員の言葉を適当に濁し飛空艇に乗り込む。
そういえば提案者のアンナは準備期間の間彼らの前に現れなかった。また人助けでもしているのだろうか、笑みがこぼれた。カーラインカフェのミューヌと明日の予定を話し合い準備を終わらせた。
「そういえばアンナ見たか?」
「あの人なら日中は子供たちへのプレゼント配りの手伝いをしていたよ」
「鉢合わせしなくてよかった」
ミューヌは「君たち彼女のために大掛かりな準備していたからね」とクスクス笑っている。シドは「ここまで大きくする予定はなかったんだがな」と肩をすくめながら話す。
「まあお人好しな英雄をめいっぱいねぎらってあげたいなんて僕たちグリダニアの民も思ってるからさ。明日ぜひ楽しんでほしい」
「ああ、そうさせてもらうさ」
「そうだ、もう夜も更けてきたね。街の飾りつけが結構自信作だから夜の外も散歩してみてほしいんだ」
「ひと眠りするにも早すぎるからな。アンナ探すついでに見てみるか」
シドはミューヌにあいさつしながら外へ出て行った。
「これでいいんだね? アンナ」
1人残されたミューヌは軽くため息を吐きながら屋外の一点を見る。預かっているモノを持ち”準備”のために受付の裏に消えた。
◇
グリダニアにいるなら先に連絡をくれてもよかったのに、とシドはため息を吐き辺りを見回しながら歩いた。可愛らしい雪だるまに可愛らしい飾り。プレゼント箱が飾りつけされた樹の周辺に積み上げられ、確かに自分の故郷にはなかった一種の”温かさ”があった。
それにしても夜とはいえ普段より人が少ないなと思いながら周りを見回した。ふと赤色の長い耳先が見えた気がする。旧市街地の方に向かったのだろうか。シドも続いて走り出した。
息が上がりながら走り抜けるとミィ・ケット野外音楽堂の前のひときわ大きなツリーの前に大きな塊があった。塊はモゾと動き、かろうじてヒトだと分かる。くすんだ色のマントを被っている姿を見てここで過去の景色と重なる。恐る恐る近付きしゃがむと、少しだけ震えた指が見える。「なあ」と声をかけても何も反応がない。よし人を呼ぼう、そう思い立ち上がり踵を返し歩こうとすると自分のコートの裾を掴まれる。これも、同じだ。
「まさ、か」
「―――おなかすいた」
無機質で男か女か判断できない中性的な声。俺はこの声を、知っている。そういえば先程外に出る直前にクッキーをもらっていた。恐る恐る振り向き「食うか?」とクッキーを差し出すと手が伸びカリと食べる音が聞こえた。
「ありがとう」
顔を上げると深く被ったマントの中から見える赤色の髪、奇麗なガーネット色の目のヒト。少し年季の入った服を纏い俺を眉一つ動かさず見上げていた。
「ボクはただの通りすがりの旅人で」
「ずっと探していたエオルゼアに辿り着いた、だろ?」
この人の言おうとした言葉を遮った。少し目を見開いた気がする。「ああ」と言いながら慣れていないのか固い笑顔を浮かべた。
「俺の故郷と違ってここは安全だから、とりあえずカーラインカフェに行こう。”旅人さん”」
手を差し伸べ立ち上がるよう促す。旅人は何も言わずその手を握り立ち上がった。ひょろりと高い背が記憶と変わらない。成長しても彼よりも大きくならなかったか、少しだけ残念に思った。道案内しようとそのまま手を引っ張り歩き出す。旅人は振り払いもせず数歩後ろを歩いている。
◇
―――俺はそのまま一方的にこれまであった話をした。20年も会わなかったんだ、積もる話はたくさんある。入学した魔導院でネロと切磋琢磨していた話、親父がトンデモない計画で死んでから環境が激変し故郷に愛想つかせて亡命した話。会社を興して魔導技術をエオルゼアに広めている話、先代光の戦士を運ぶ飛空艇を飛ばした話を。そして最近奇麗なヴィエラのヒトに出会い新たなエオルゼアの英雄の誕生をこの目で見た話。彼女も旅人でとても面白い人だと言う俺を旅人は「ホー」と相槌を打ちながらずっと聞いてくれた。
「今度は旅人さんの話を聞かせてくれよ」
「"ボク"はずっといろんな場所を見て来ただけだよ。キミほど激動な場所にはいなかったな」
「空と地上じゃ見えるものが違うじゃないか」
「ホーそうかもしれない」
でも森とか荒れ地ばっかだから面白い話はないよ、と聞こえた。立ち止まり振り向くと少しだけ悲しげな顔をしていた。ふと目が合うと旅人は首を傾げる。
「進まないのか?」
「いや、そうだな。座ってから話をした方がいいよな」
「そうしたらいい」
あとは何も言わず新市街地へ歩き、カーラインカフェに辿り着いた。
◇
「地味に遠かったな」
「そうだな」
ここに座っておいてくれよ、と空いていた席に案内し旅人を座らせた。珍しく客が1人もいない空間は少しだけ寒く感じたのでミューヌに温かい飲み物を出してほしいと頼みに行った。すると「後で持っていくから君が連れて来た人と話でもしてなよ」と言われた。その言葉に甘えて彼の元へ戻る。
旅人は変わらずフードを被ったまま黄昏ていた。俺は旅人を片手は指さしもう片方の手でフードを外すしぐさをしながら言う。
「ここは別に旅人さんを追いかける人なんていないから外さないか? まあよそ者に厳しい人は少なくないが今はそんなやつはいない。俺が許さないからな」
「ホー。そういえばこれでずっと慣れていたから気にしていなかった」
彼が羽織っていたマントを外した。ボサボサの赤色の髪に長い耳。ヴィエラの民族的意匠が込められていると思われる白色の髪飾りが映える。一度見た記憶のままの【あの人】だった。
「凄い心配したんだ。再会する約束してたのにな、どう会えばいいんだって」
「ホー子供の頃に一度会っただけで覚えられているとは思わなかったな。ただの旅人と偶然立ち寄った街の少年だよ"ボク"とキミって」
「初恋のようなモンさ。……まあ本当の事を言うと子供の頃に欲しかったもの、と言われて連想したんだ」
「ホー」
俺の感心するような声に苦笑しているとミューヌが温かいココアを持ってきた。お礼を言って受け取り一口だけ飲むと冷えた体が温まっていく。旅人もマグカップを手に持ち温まっているようだ。
「旅人さんはどうやってここに辿り着いたんだ?」
「出会いに恵まれてね。これが神のおぼしめしってやつかもしれない」
「そりゃいい。残念ながら俺は願う神がいないから何とも言えないが」
「……"ボク"もさ」
目を細め、俺を見ている。何だか少し照れくさい。相手は男のハズだが子供の時には分からなかった自分にはない色気に夢中になっていく。もっと知りたい、話をしたい。ココアをまた一口。そういえばどこかいつもより甘い気がする。
「ヴィエラはカミサマへの信仰が深い種族なんだけど"ボク"にはそれが疑問だったんだ。実はそれを探す旅をしていたのさ。精霊に、ノフィカへの祈りに興味があったからエオルゼアの中でもグリダニアを選んでいたのさ」
「確かに神への信仰の深さならここかイシュガルドが分かりやすいな」
「イシュガルドは"ボク"みたいな旅人には厳しい。グリダニアだったら比較的怪しい旅人でも出入り可能みたいだしなにより故郷である森の環境に近い」
ココアを飲みながら旅人の優しい声を聞く。少しだけ瞼が落ちてきた気がする。そうだ、話をするのもいい。そうじゃない。今、言わなければいけないコトがあったのだ。
「そうだ、俺の名前」
「言わなくていい。キミは旅人と出会っただけのヒトなんだ。"ボク"はまた旅に出るからお互い知らないままでいいんだ。―――もう"ボク"の事は忘れなさい。そうすれば、眠れる」
「嫌だ、絶対に忘れてたまるものか。知ってほしいんだ。ああ旅人さんは名乗らなくていい。俺の自己満足かもしれないが―――」
俺の名前は、と口が動くが意識が遠のいていく。見覚えのある笑顔を見せる【旅人のお兄さん】に手を伸ばそうとするがそのまま目の前が真っ暗になった。
◇
「空いてる部屋、ある? シド寝たからベッドに置いてくる」
「アンナ……君はなかなか演技派だねえ」
「ヒヒッ"私"ができる数少ない芸さ」
ニィと笑い咳ばらいをし赤色の髪を掻きまわしながらシドが持っていたココアが入ったマグカップをこぼさないよう支えている。
「まあその内また旅に出る予定だからね。1年お世話になったお礼ってやつ、かな?」
「なかなか悪い女だねえ」
「いえいえ魔女さんには負けますって」
2人はふふふと笑っていた。
彼女の"仕込み"が始まったのは3日前。裁縫師ギルドで当時着ていた服と似たものを持ち込み加工し、ボロボロに見えるマントも取り繕った。そして今朝、美容師ジャンドゥレーヌに頼み髪を赤く染め、中性的に見えるようにメイクを施す。着替えて客室から現れるとミューヌを始めとする周りの人々から赤色の髪を久々に見たと辺りに集まって来た。そして彼らに夜中は早く寝てほしいと”作戦”を告げるとあっという間にカ・ヌエ経由で”街中に”通達が出回った。『そこまでしなくてもいいんだよ?』とアンナは苦笑したがその好意に甘えた。最後にミューヌに睡眠薬を渡し、自分とシドが戻ってきたらシドが頼むであろう飲み物にこれを入れてとお願いした。仕込みが終わったらわざわざシドを外で待ち伏せ、耳が見えるように足早に走り樹の前で倒れるのは金輪際やりたくない。しかし【彼の願いだったから】演じ切ったのだが。
「ところでシドは君の事を完璧に男だと思い込んでたみたいだけど」
「……別に気にしてない。そういう会い方をしたからね、かつて」
「というかどこから見てもちょっと声を低くしたアンナだったのに彼にはどう見えてたのさ。ちょっと聞かせてくれよ」
「ミューヌにならいつか話すよ、絶対」
―――もう戻る気はなかった。"この子"の思惑としてはもう血生臭い日々なんて厭。気ままに旅をし、いろんな人間に出会って人助けをする旅人でいたい。名前を捨て、故郷の思い出も捨て、すべてを文字通り斬り捨ててきた。そう、【命の恩人】みたいに。だがそれだけはやっちゃいけない。"ボク"は"この子"が人として幸せになってもらうために存在するのだ。だから"ボク"はようやく見つけた"護るべき人"の意志を強くするため、特別に"今回の計画"を練ったのだから。
ミューヌの「楽しみにしてるよ」という声を聞きつつ突っ伏すシドを起こし抱き上げる。そして旅館【止まり木】の受付で大男を軽々運ぶ女性を驚いた目で見る人から鍵を受け取り個室に向かう。部屋の扉を開き、そのまま彼を寝台に寝かせる。そして唯一残していた過去である髪飾りを外し、手に握らせてやる。
「まだ捕まるわけには、いかないんだよ? シド」
仕込みは終わった。低く無機質な声で大きくなったね、と呟きながら彼のゴーグルを外して第三の眼に口付けを落とし、扉を閉める。その時のアンナには"もう1人の自分"がなぜ髪飾りを置いて行ってしまったのか、眠っている人間相手とはいえ口付けをしてしまったのか理解が出来なかった。
◇
目を開くとそこは【止まり木】の客室だった。俺は確か、あの人に会って、話をして、そのまま意識が―――。「夢だったのか?」と呟きながら手に握っていたモノを見る。白色の髪飾り。昨晩会った旅人が付けていたモノだ。俺は慌てて荷物をまとめて外に出る。
「ミューヌ! 昨日俺と会ってた人!」
「おやシドお早いお目覚めで」
「赤髪のあの人はもう行ったのか!?」
ミューヌは考え込むポーズを見せた。
「いや、君は夜中に散歩に行った後1人で帰ってきてそのまま宿屋で眠っていたよ。何せ今日は大きなサプライズ予定だろう?」
「え? あ、そ、そうだな?」
「それかもしかしたら聖者様が持ってきた奇跡かもしれないね」
ミューヌは俺の変化する顔を見て笑っている。俺はポケットに忍ばせた髪飾りを握り、「夢じゃないな」とボソリと呟いた。おぼろげな記憶に残っている『大きくなったね』という言葉が反芻している。
「いつか絶対、お前"も"捕まえてやるからな」
その言葉と貰ったコーヒーを一気に飲み込んだ。
前/中/後
#シド光♀ #季節イベント
星降る夜の奇跡の話―前―
注意
メイン3.3終了後周辺のお話(メインストーリー言及無し)。シド少年時代捏造。
「星芒祭っていうのがあるらしいね」
アンナの一言が今回の不思議な出来事の始まりだった。
「シドはそういう経験ないの?」
「その祭はエオルゼア特有のイベントだから俺の故郷には無かったさ」
ある日の昼下がり。ガーロンド社の一角に作ったシドの自室に通されたアンナは、先程グリダニアで見た大きな木と子供たちにプレゼントを振舞うふわふわヒゲな人たちの話をする。
「じゃあ貰ったことないんだかわいそう」
「お前もないだろ?」
「うん。じゃあシドは子供の頃何か欲しい物とかあった?」
じゃあって何だと言いながらシドはヒゲを撫でながら考え込む。
「そりゃ新しい装置の設計図とか工具とか欲しかったな」
「今自由に買える環境になってよかったね。夢のない回答をありがとう」
「子供の頃の話じゃなかったのか?」
「ああそうだった。私から見たらあなたは子供みたいな年齢だからつい」
シドは『26歳じゃなかったのか?』という言葉を飲み込み再び考え込む。何か、欲しかった物か。ふと一つだけ誰にも話せず、絶対に誰も持ってきてもらえないモノを切望していたことを思い出した。
「会いたい人がいた」
魔導院に入学する直前に出会った『旅人のお兄さん』が浮かんだ。アンナは一瞬だが目を開き、「あるじゃん」と言いながら笑顔になった。シドはその笑顔から目を逸らしながら疑問を返す。
「アンナは何か欲しい物とかなかったのか? 子供の頃」
「昔すぎて覚えてない。……今だったら世界平和とかかな?」
「これまた大きく出たな」
「だってやろうと思えば何でも手に入る身だし。絶対にムリなものを言った」
「お前も夢がないなあ」
そう言いながら小突くと彼女は不意に手をポンと叩く。
「それじゃグリダニアでプレゼント交換でもする? やってみたかったんだよね」
シドは「はぁ!?」と言いながら顔を赤くした。
◇
プレゼント交換。この年でしかも仮にも異性とすることになるとは思わなかった。
普段世話になってるし感謝のしるしとして何かあげるなら今しかないだろう。しかし何を渡せばいいのだろうか。多分彼女の事だから「あなたからなら何貰っても嬉しい」とこっちが恥ずかしいセリフをいつもの笑顔で言うだろう。それに甘える事は出来ない。というわけでそれとなく人に相談することにした。
「女性にプレゼント? 会長そんな頭あったんですね」
「失礼だなジェシー。俺だって考える事はあるさ」
相談と言っても即乗ってくれそうな人はジェシーしか浮かばなかった。アンナである事は隠しさりげなく休憩室にいたジェシーに声をかけた。
「その人は何が好きなんですか?」
「何って……」
「ほら興味あるものですよ。演劇とか裁縫とか」
シドは考え込む。そういえばアンナの趣味は知らない。あえていうと食べる事と戦闘だろうか。色気がない。というかそれを言ったらジェシーに即バレてからかわれ社内で共有されてしまう。まあバレなくても女性にプレゼントを渡すなんて話がこれから広まるかと浮上した考えはうやむやにしようと煙に巻いた。ふとよく差し入れを振舞ってくれることを思い出す。これだ。
「……料理が得意、だと思う」
「じゃあ調理用具とかでいいと思いますよ」
「ふむトースターとか作って渡せばいいか……いや使う場所がないか?」
「アンナにあげるのでしたらまだ包丁仕立てる方がマシだと思いますけど」
飲んでいたコーヒーを吹き出した。ジェシーは「何ビックリしてるんですか?」とあきれた目をしている。
「いや会長が今唐突に女性の話をするならアンナしかいませんよね?」
「そうか……そうだったか……実は」
昨日言われたアンナからの提案の話をする。正直何渡せばいいのか分からないと話すと「それは私に聞かれても分かりませんよ」と返された。
「だよな」
「というか会長がアンナを異性として考える行為が出来たのが驚きなんですけど」
「さすがに分かってるさ。ときどきはそういう面も見ておきたいと思ってな」
「へー……」
ジトッとした視線が気になる。「悪いか?」と聞くとそっけなく「別にいいんじゃないですか?」と返される。
「アンナは多分何渡しても表では笑顔しか見せんだろうからな。驚かせたいんだ」
「あー確かに何あげてもごきげんになりますよね彼女」
「多分その辺りの石ころあげても褒めるぞ」
「ですね。……暁の人に相談したらいいんじゃないですか?」
「そうなるか……そうだよな……」
じゃあ少し出てくると言いながら踵を返し休憩室を出た。さて、ヤ・シュトラでいいだろうか。アルフィノよりかは把握してくれるだろう多分。
「これは楽しい事になりそうね」
その頃1人残されたジェシーは笑顔でガッツポーズをしていた。
◇
「アンナの好きな物かしら? 考えた事がなかったわね」
「何あげても喜ぶと思う、でっす!」
「だよなあ」
石の家の扉を開ける。ちょうど賢人ヤ・シュトラと受付嬢タタルが何やら話し合っていたので手を上げてあいさつを交わした。少し世間話をした後にさりげなく聞いてみる。
「いやガーロンド社としては結構お世話になってるんでな。何かあげようと思ったんだ。何でも喜ぶと思うがせっかくなら徹底的にリサーチして驚かせたいんだ。だから何でもいいからアンナの好みを知ってる奴がいないかとここに尋ねてみたんだが」
突然自分がプレゼントを渡したいなんて言うと怪しいだろうと道中に言い訳を考えていたのが功を奏した。タタルは少し考え込みながら「あ!」と言った。
「最近アンナさん色々走り回ってるでっす! 星芒祭近いしもしかして」
咳払いをする。ヤ・シュトラはクスクス笑い話題を変える。
「あら彼女にプレゼントを渡したいと思っているのはあなただけじゃないのよ? よかったら暁一同協力させてもらってもいいかしら」
「あまり大ごとにはしたくないが……そうだな。アンナを驚かせるなら大勢の方がいい」
「じゃあ他の人たちも呼んで来るでっす! 絶対ビックリさせるでっす!」
「ああ!」
タタルとシドは拳を交わし準備を始めている。ヤ・シュトラはそんな2人を見てため息を吐く。
「発案した私が言うのもおかしいかもしれないけど―――少しズレてるのはいいの?」
ヤ・シュトラはこの地点で少し察するものがあった。この時期にプレゼントといえば星芒祭だ。アンナとシドは仲がいいのは知っている。会社としてあげたいのなら私達ではなく社内で考えるはず。ということはプライベートで個人的にあげるのだろう。彼女は"私達にさりげなく好きな物があるか聞いて準備するという計画だった"のではないかと考えていた。それをいつの間にか暁の血盟全員で驚かせてやろうぜという話にすり替わっている。
そう、この地点でシドはアンナと【2人で】プレゼント交換するという当初の目的を忘れてしまっている。
「えっと……私も本気出さないとダメか」
一方その頃彼らが盛り上がる部屋の前では。偶然用事で訪れたアンナがその会話を聞いてしまい扉の前で頭を抱えている。予定ではシド相手なら多少羽目を外しても許されるだろう、そうだ! 彫金師ギルドに籠ってビックリ箱を作って驚かせてやろう! という意気だったが何やら相手方が本気で渡す気になっているらしく方針転換を強いられてしまった。【唯一残している物】を握りしめ裁縫師ギルドへ向かう。
イベントは6日後。英雄活動で疲れた彼女の心を癒せる最高のイベントにしようとガッツポーズするシドの姿があった―――
前/中/後
#シド光♀ #季節イベント
メイン3.3終了後周辺のお話(メインストーリー言及無し)。シド少年時代捏造。
「星芒祭っていうのがあるらしいね」
アンナの一言が今回の不思議な出来事の始まりだった。
「シドはそういう経験ないの?」
「その祭はエオルゼア特有のイベントだから俺の故郷には無かったさ」
ある日の昼下がり。ガーロンド社の一角に作ったシドの自室に通されたアンナは、先程グリダニアで見た大きな木と子供たちにプレゼントを振舞うふわふわヒゲな人たちの話をする。
「じゃあ貰ったことないんだかわいそう」
「お前もないだろ?」
「うん。じゃあシドは子供の頃何か欲しい物とかあった?」
じゃあって何だと言いながらシドはヒゲを撫でながら考え込む。
「そりゃ新しい装置の設計図とか工具とか欲しかったな」
「今自由に買える環境になってよかったね。夢のない回答をありがとう」
「子供の頃の話じゃなかったのか?」
「ああそうだった。私から見たらあなたは子供みたいな年齢だからつい」
シドは『26歳じゃなかったのか?』という言葉を飲み込み再び考え込む。何か、欲しかった物か。ふと一つだけ誰にも話せず、絶対に誰も持ってきてもらえないモノを切望していたことを思い出した。
「会いたい人がいた」
魔導院に入学する直前に出会った『旅人のお兄さん』が浮かんだ。アンナは一瞬だが目を開き、「あるじゃん」と言いながら笑顔になった。シドはその笑顔から目を逸らしながら疑問を返す。
「アンナは何か欲しい物とかなかったのか? 子供の頃」
「昔すぎて覚えてない。……今だったら世界平和とかかな?」
「これまた大きく出たな」
「だってやろうと思えば何でも手に入る身だし。絶対にムリなものを言った」
「お前も夢がないなあ」
そう言いながら小突くと彼女は不意に手をポンと叩く。
「それじゃグリダニアでプレゼント交換でもする? やってみたかったんだよね」
シドは「はぁ!?」と言いながら顔を赤くした。
◇
プレゼント交換。この年でしかも仮にも異性とすることになるとは思わなかった。
普段世話になってるし感謝のしるしとして何かあげるなら今しかないだろう。しかし何を渡せばいいのだろうか。多分彼女の事だから「あなたからなら何貰っても嬉しい」とこっちが恥ずかしいセリフをいつもの笑顔で言うだろう。それに甘える事は出来ない。というわけでそれとなく人に相談することにした。
「女性にプレゼント? 会長そんな頭あったんですね」
「失礼だなジェシー。俺だって考える事はあるさ」
相談と言っても即乗ってくれそうな人はジェシーしか浮かばなかった。アンナである事は隠しさりげなく休憩室にいたジェシーに声をかけた。
「その人は何が好きなんですか?」
「何って……」
「ほら興味あるものですよ。演劇とか裁縫とか」
シドは考え込む。そういえばアンナの趣味は知らない。あえていうと食べる事と戦闘だろうか。色気がない。というかそれを言ったらジェシーに即バレてからかわれ社内で共有されてしまう。まあバレなくても女性にプレゼントを渡すなんて話がこれから広まるかと浮上した考えはうやむやにしようと煙に巻いた。ふとよく差し入れを振舞ってくれることを思い出す。これだ。
「……料理が得意、だと思う」
「じゃあ調理用具とかでいいと思いますよ」
「ふむトースターとか作って渡せばいいか……いや使う場所がないか?」
「アンナにあげるのでしたらまだ包丁仕立てる方がマシだと思いますけど」
飲んでいたコーヒーを吹き出した。ジェシーは「何ビックリしてるんですか?」とあきれた目をしている。
「いや会長が今唐突に女性の話をするならアンナしかいませんよね?」
「そうか……そうだったか……実は」
昨日言われたアンナからの提案の話をする。正直何渡せばいいのか分からないと話すと「それは私に聞かれても分かりませんよ」と返された。
「だよな」
「というか会長がアンナを異性として考える行為が出来たのが驚きなんですけど」
「さすがに分かってるさ。ときどきはそういう面も見ておきたいと思ってな」
「へー……」
ジトッとした視線が気になる。「悪いか?」と聞くとそっけなく「別にいいんじゃないですか?」と返される。
「アンナは多分何渡しても表では笑顔しか見せんだろうからな。驚かせたいんだ」
「あー確かに何あげてもごきげんになりますよね彼女」
「多分その辺りの石ころあげても褒めるぞ」
「ですね。……暁の人に相談したらいいんじゃないですか?」
「そうなるか……そうだよな……」
じゃあ少し出てくると言いながら踵を返し休憩室を出た。さて、ヤ・シュトラでいいだろうか。アルフィノよりかは把握してくれるだろう多分。
「これは楽しい事になりそうね」
その頃1人残されたジェシーは笑顔でガッツポーズをしていた。
◇
「アンナの好きな物かしら? 考えた事がなかったわね」
「何あげても喜ぶと思う、でっす!」
「だよなあ」
石の家の扉を開ける。ちょうど賢人ヤ・シュトラと受付嬢タタルが何やら話し合っていたので手を上げてあいさつを交わした。少し世間話をした後にさりげなく聞いてみる。
「いやガーロンド社としては結構お世話になってるんでな。何かあげようと思ったんだ。何でも喜ぶと思うがせっかくなら徹底的にリサーチして驚かせたいんだ。だから何でもいいからアンナの好みを知ってる奴がいないかとここに尋ねてみたんだが」
突然自分がプレゼントを渡したいなんて言うと怪しいだろうと道中に言い訳を考えていたのが功を奏した。タタルは少し考え込みながら「あ!」と言った。
「最近アンナさん色々走り回ってるでっす! 星芒祭近いしもしかして」
咳払いをする。ヤ・シュトラはクスクス笑い話題を変える。
「あら彼女にプレゼントを渡したいと思っているのはあなただけじゃないのよ? よかったら暁一同協力させてもらってもいいかしら」
「あまり大ごとにはしたくないが……そうだな。アンナを驚かせるなら大勢の方がいい」
「じゃあ他の人たちも呼んで来るでっす! 絶対ビックリさせるでっす!」
「ああ!」
タタルとシドは拳を交わし準備を始めている。ヤ・シュトラはそんな2人を見てため息を吐く。
「発案した私が言うのもおかしいかもしれないけど―――少しズレてるのはいいの?」
ヤ・シュトラはこの地点で少し察するものがあった。この時期にプレゼントといえば星芒祭だ。アンナとシドは仲がいいのは知っている。会社としてあげたいのなら私達ではなく社内で考えるはず。ということはプライベートで個人的にあげるのだろう。彼女は"私達にさりげなく好きな物があるか聞いて準備するという計画だった"のではないかと考えていた。それをいつの間にか暁の血盟全員で驚かせてやろうぜという話にすり替わっている。
そう、この地点でシドはアンナと【2人で】プレゼント交換するという当初の目的を忘れてしまっている。
「えっと……私も本気出さないとダメか」
一方その頃彼らが盛り上がる部屋の前では。偶然用事で訪れたアンナがその会話を聞いてしまい扉の前で頭を抱えている。予定ではシド相手なら多少羽目を外しても許されるだろう、そうだ! 彫金師ギルドに籠ってビックリ箱を作って驚かせてやろう! という意気だったが何やら相手方が本気で渡す気になっているらしく方針転換を強いられてしまった。【唯一残している物】を握りしめ裁縫師ギルドへ向かう。
イベントは6日後。英雄活動で疲れた彼女の心を癒せる最高のイベントにしようとガッツポーズするシドの姿があった―――
前/中/後
#シド光♀ #季節イベント
旅人は過去を懐かしむ
注意
紅蓮4.0ストーリー終了後のお話(地名以外詳細書かず)、シド少年時代捏造
「シド、アンナ見てないかい?」
「いや、見てないな……何かあったのか?」
ある日の昼下がり、アルフィノの来訪から俺とあの旅人との奇妙な関係がより複雑になっていった―――
「最近全然私達の方に顔を出していないからシドの方にいるのかと思って聞きに来たんだ」
「いや、俺もここ1週間位は見てないな。てっきりアラミゴ解放してからもそっちの仕事が忙しいのかと思っていたんだが」
我らの英雄さまはどうやらまたどこか変な所に迷い込んでいるようだった。5日位前からふらりとエオルゼアから離れてるらしく、アルフィノ達がリンクパール通信を送っても「あと少しで見つかる、はず」と曖昧な答えしか返って来なかったとのことだ。なのでもしかしたらガーロンド社の依頼でもやっているのかと疑問に思って直接訪ねに来たらしい。しかし相変わらずアンナの事が心配になったら真っ先に自分の所に来るのは嬉しい事なのかそうでないのかよく分からない部分だとシドは苦笑する。
「最近あの人に変な事でもあったか?」
「変と言っても彼女は普段から不思議な所が……ああちょっと待って欲しい、心当たりがある」
「というと?」
「絵を描くように頼まれた」
さりげなくアンナの事をどう思ってるか言いかけたな。シド自身もほぼ同じ感想を抱いているので何も言わないようにし、アルフィノの回想を聞く。
◇
「アルフィノ」
「おやアンナじゃないか。どうしたんだい?」
石の家、ドマやアラミゴを解放したからといって即平穏が訪れるわけではなく、毎日数々の小競り合いの報告が集まってくる。暁の面々が英雄と呼ばれるアンナだけでも休息を取るように勧めた数日後、珍しく連絡なしで現れた。いつもより遠慮がちな顔をしながらアルフィノの方へ駆け寄る。
「忙しい所ごめん、お願いしたい事あって」
「君の頼みなら光栄さ。丁度休息を取ろうと思っていたから遠慮せずに言って欲しい」
「んー……おいしい茶葉見つけたから一緒に飲みながらで」
石の家の小部屋に通されアンナは手慣れた様子で紅茶を淹れ青年に渡す。「ありがとう。君が淹れたお茶は美味しいから好きなんだ」と言えば笑顔を浮かべながら机を挟んだ正面に静かに座り、口を開いた。
「絵を描いてほしい」
◇
「なるほど、それで言われるがままに絵を描いて渡したらそのままふらりと」
「お礼を言ってる時の顔は今までにない位綺麗な笑顔だったよ。……そうかそれを持ってクガネに行ったのかもしれない」
「どうしてクガネだって分かるんだ?」
どうやら描いた絵は東方の衣装を纏い刀を持った男だったらしい。誰かと聞いたら「命の恩人」とだけ答えたという。「まさか彼女は人探しをするため私に絵を頼んだのか?」とアルフィノは呟いている。
ここからクガネは少しだけ時間がかかる。飛空艇で早々に行けるだろうか。予定を確認すると大仕事はオメガが見つかるまでは無いようだ。「彼女を連れ戻してくる。多分迷子になってるだけだ」と不安そうな顔をしていたアルフィノの頭をぽんと叩きモードゥナを後にした。
何かモヤモヤするのだ。今まで影も形も見せなかった彼女が気に掛けた男の存在が気になる。ましてや尋常ではない強さを持つ彼女の命の恩人だと言われると好奇心が抑えられない。
◇
「英雄さんかい? 確かここ毎日夜は黄昏橋で釣りをしているよ。ほらあそこ、潮風亭から続く橋」
少し休暇を貰う、と部下の返事も聞かず飛び出したシドは大急ぎでクガネ行の船に乗り込みエールを煽りながら船旅を楽しんだ。久々の完全な休暇だから少しだけ呑んでも許されるだろう。本音を言うと今まで一切見せて貰えなかったアンナの『過去』の一欠片が気になりすぎて頭がおかしくなりそうだった。「俺はそんなに彼女の事が気になっていたのか?」というどんな設計図よりも難しい『難問』を波に揺れる中で反芻し続けてしまう脳を一度リセットするためという情けない理由だ。結論を出すにはもう彼女との距離が縮まりすぎていて逆に分からない。空旅にすればよかっただろうか。後悔してももう遅いのだが。
そんなことを悶々と考えているうちにクガネに辿り着いていた。酒のせいか船酔いのせいか分からない気怠い身体を引きずりまずは聞き込みを始める。一から探すよりアンナはこの地を解放した有名人なのだから適当に人を捕まえて聞けば分かるだろうと判断し、商店付近で聞き込みをすると即居場所を特定出来た。
どうやらアンナは数日前までは早朝にハヤブサで飛んで行き、夕方には少々落ち込みながら帰ってきて釣りをしていたのだとか。今は紅玉海のコウジン族と走り回っているという話を聞いた時はエオルゼアとほぼ変わらないことをしているんだなと苦笑いが漏れた。
「そういうアンタさんは英雄さんの何なんだ? まさか……コレか?」
「いやただの友人の1人さ。彼女最近エオルゼアの方に帰ってなくてな。仲間が心配してるんで代わりに見に来たんだ」
小指を立てながら聞いてくる店主には少し慌ててしまった。そう、シドは多分アンナからすると旅の途中に出会った人間の1人である。一番近しい所にいる筈なのに、寂しい関係。きっと周りからは明らかに異性としてではなく同性の友人という感覚でお互い会っているようにしか見えていないだろう。自分で言ってて悲しくなってきたなとシドは溜息を吐いた。
「じゃあアンタではないのか。待ってる人がいるって言ってたんだがな」
「……というと?」
適当に挨拶して去ろうと踵を返した時店主のぼやきが聞こえてきた。すぐさま向き直り店主に詰め寄る。
「ああ彼女がどこかに行きたいみたいで何人か野郎が案内しようかと近づいたんだが全部断ったらしいぜ。その時待ってれば来るからって言ってたとか」
「感謝するぜ、おっさん」
待っている人、誰だろうか。まさかアルフィノが描いたという侍だろうか? 会ってみたい。夜になったら彼女が現れるという黄昏橋という場所に行ってみようじゃないか。
◇
夜。楽座街はよく賑わっている。今は用事が無いので潮風亭から橋に出ると、いた。探していたヴィエラの女性が少し寂しそうに釣竿を持ち水面を揺らしていた。
「釣れてるか? 旅人さん」
「いやあ私は……ってシドだ。仕事は?」
「しばらくは休んでも大丈夫だ」
他人を装い話かけると苦笑しながら振り向き、シドの姿を見るなり少し目を見開いていた。
「お前アルフィノが心配してたぞ?」
「あーごめんごめん。迷子になってた」
「テレポがあるじゃないか」
「エーテライトが無い所なの。帰りはテレポですぐだけど行きは頑張らないと」
懐から2枚の紙を取り出し広げている。覗き込むと1枚目は地図のようで、2枚目はアルフィノが描いたであろう侍らしき人物画。「これは?」と聞くと「赤誠組の人から教えて貰った場所でね。会いたい人がいるんだ」と答えていた。胸がチクリと痛んだような気がする。「そっちは命の恩人、か?」と切り出してみるとアンナは「あーアルフィノから聞いてるよね。うん」とシドの鬱蒼とした気持ちに構わず肩を少し上げながらサラリと答えた。
髭を貯えた自分より年上であろう威厳のありそうな目の鋭い侍のエレゼンが描かれた紙をアンナは少し切なそうな目で見つめていた。
「ゴウセツに捜すなら赤誠組で聞いたらいいってね。ドマ解放出来て何とか落ち着いたから来た」
「まあ確かにこの辺りの人を知るなら手っ取り早いか」
「凄い人だったらしいからすぐに教えてもらえた。嬉しい」
確定だった。これは恋人とかそういう分類のやつだ。少なくとも相当信頼されているとシドは心で感じ取った。心の中で溜息を吐いているとアンナは「じゃあ今日は寝るかあ」と釣竿をしまい立ち上がる。
「いいのか?」
「うん。早起きして行かないと日が暮れてその日のうちに帰れないよ?」
「待ってる人がいるって聞いたんだがなあ」
いじわるそうに聞いてやると「あー」と言いながらアンナはシドの腕を力強く引っ張り耳元で「道案内なら知ってる人にされたいに決まってるでしょう?」と囁いた。
この後アンナが拠点にしているのだという温泉宿の部屋に案内された。ベットは2人分用意されており、「用意周到だな」と言ってやると「そりゃ連絡曖昧にしたらあなたか暁の誰か来るかなって待ってたからね」と舌をペロリと出しながら言い切った。完全に人を宛にする作戦に切り替えていたらしい。
「命の恩人さんに来てもらったらいいじゃないか」
「無理無理連絡する手立てが無いよ。あ、ここ大浴場だけじゃなくて部屋ごとに小さな温泉が置いてあるんだよ。いつも来た時にはお湯が張られていて凄い部屋だよね。あ、お金は私が払ってる。気にしなくていいから」
と言いながらアンナは浴室へ入って行った。気にするなと言われてもなあ、とぼやきながらコートを脱ぎ、ベッドに横たわった。直後ふと頭の中で現在の状況がどういうものなのか浮かび上がる。
「うん? 2人同室……で寝る??」
自分が行って、よかったかもしれない。そういうことにしておこうとシドは思考を打ち切った。
◇
次の日。朝早くから2人で潮風亭で軽い朝食を済ませハヤブサに乗った。ちなみに昨日はアンナがタオルで髪を乾かしながら風呂から上がった後、「船旅だったんでしょう? 風呂入っておきなよ」と言われるがままシドは浴室を覗いた。確かに小さな温泉があり、「そのまま入るよ。ありがとな」とアンナに礼を言うと「ん」とだけ言い踵を返し部屋へと戻って行った。その風呂というものは非常に気持ちが良かった。しかし恩人という存在が頭から離れず、アンナからどう話を聞こうかと悩みながら風呂から上がると既に本人は無防備に眠っていた。つまり何も聞けなかったし何も起こらなかった。いや起こすことは出来ずなるべくアンナから離れた場所で丸まり眠っていた。目が覚めると既にアンナは起床し、着替えを済ませていたのは更に驚いた。寝起きな顔の前で屈んでおり、「起こそうと思ったら起きた、残念」と何故か悔しがっていた。筆を持っていたがどう起こすつもりだったのだろうか。「見なかったことにしてやるからその筆片付けとけ」とシドはアンナの額を軽く中指で弾いた。ニヤと歯を見せながら「おはよ」と言われたので「ああおはよう」と返してやる。
「もっとゆったりベッド使ったらよかったのに」
「狭く硬いベッドに慣れているもんでな」
勿論嘘である。いや会社の仮眠室のベッドは硬いのは本当だが横にいたのは仮にも異性だぞ? と言いたくなったが黙っておく。本当に無防備というか警戒されてないのは信用されているからなのかそれとも何もしないことを読まれ切っているのか本当に異性としての感情が存在しない人なのか。シドとしては聞いてみたかったが怖くて聞けないのであった。
「まあいいや。降りたらとりあえず歩くよ」
「マウントとか使わないのか?」
「空飛んだら早いとかそういうやつ? つまんないでしょ」
アンナらしい答えだとくくくと笑ってやると「うるせ」と小突かれた。
◇
小さな村に辿り着いたのでハヤブサから降り、渡された地図をじっと眺めた。シドはまず近くにいた村人を捕まえ、現在地を教えて貰い歩き出す。見る限り行先は山道のようだった。草木をかき分け進んでいるが本当にそんな場所に人が住んでいるのだろうか?と少し怖くなる。アンナが迷子になるのも分かるかもしれないと立ち止まるとふと数歩後ろから付いてくる彼女の鼻歌が聴こえてきた。「何の歌だ?」沈んだ気分を奮い立たせるため振り返り聞いてみると「この辺りの子供が歌ってた」と笑顔で答えていた。
「かぞえ歌? みたいな事言ってた気がする。歌詞は覚えてない」
「そこは覚えておこうな」
アンナは基本的に覚えるのが苦手のようだった。道もその一つだ。旅人というものはそういうものだというのだが聞いた事も無い。話題を変えるように「なあ命の恩人さんとはどう出会ったんだ?」と少しだけ恩人がどんな人か聞いてみた。
「迷子になって行き倒れてた所を助けてもらって」
やっぱり迷子癖があるのは昔から変わらないらしい。ポツリポツリとその人の事を話し出す。
お腹空いたと言えばおにぎりをくれたこと、彼もまた無名の旅人であろうとしていたこと、しばらく一緒に行動してたが森が懐かしいと思った時に『故郷に帰りたくないからグリダニアに行けばいい』と助言してくれたこと。そして生き残るための戦い方を教えてくれたこと。まさしくシドが知るアンナの人生の始まりだった。モヤモヤしていた自分が馬鹿みたいじゃないか、シドは自分の暴走していた考えを戒めるように頭を搔いた。
そんな話をしているうちに道が開け、そこには小さな小屋と、石碑が置いてあった。
◇
「フウガ、来てやったよ。遅くなって、ごめん」
小走りでその石碑に駆け寄り、いつの間にか手に持っていた花束を置いた。その場に座り手を合わせている姿を見てシドは初めてアンナが言っていたことが理解できた。連絡する術がない、そりゃそうだ。死者とは話は出来ない。アンナはわざわざ赤誠組で終の棲家を聞き出し墓参りに来たのだ。隣に座り、同じく手を合わせてやる。
「シド、気にしなくてもいい。私の我儘に付き合わせたようなもの」
「一緒に祈らせてくれ」
「……うん」
ふとアンナを見ると少しだけ震えているように見えた。それに対しシドは肩に手を回し、叩いてやることしかできなかった。その時背後から声を掛けられる。
「あのもしもし」
振り向くと黒色の髪の東方の衣服を纏った男がいた。そして彼は更にこう言ったんだ。
「エルダスさんですよね?」
彼女は目を見開き、小さな声で「うそ……」と呟いていた。
それから男に小屋へと案内された。話を聞くとここに住んでいた人間の孫にあたる存在らしい。
「やっぱりエルダスさんでしたか! 演説の時に貴方の顔を拝見した時絶対祖父がお話していた方だと確信していたんです!」
「い、いやあ今私はアンナ・サリスで」
「あのエルダスって」と聞くと彼女は「部族名と思っといて」とだけ答えた。
「ええ分かっていますよ。エルダスは森の名の苗字でサリスが街の名の苗字、ですよね。祖父から伺っております」
「あーフウガは色んな事いっぱい知ってたなぁ……まあだから私はアンナ・エルダスって事にして」
テッセンと名乗った青年はしばらく考え込んだ後「わかりました」と答えた。どうやらこれ以上名前は出すなという事だろう。シドとしては知りたかったのだが……所謂苗字を知れただけマシかと判断する。
「隣の方は……」
「シド、今回のドマ解放にあたっての外部協力者」
「ああそういう事でしたか。私らの国を救っていただきありがとうございます」
「い、いやそこまで深々頭を下げなくても大丈夫だ。えっと、お祖父さんからアンナの事どう聞いてたんだ?」
「ちょ、ちょっと!!」
イタズラっぽい笑みで聞いてやると隣で彼女が軽く叩いてくる。そりゃ昔話は知られたくないのだというのは普段の態度から分かる。しかしここを逃したら二度と知れない事なのだ。聞くしかない。
「とても好奇心旺盛な技術の呑み込みが早い方と聞いていました。別れた後も無事グリダニアに到着できたか亡くなる直前まで心配してて。しかしちゃんと辿り着けて挨拶まで来ていただけてきっと喜んでいると思いますよ」
彼女は「だったらいいな」と軽くため息を吐きながら答えていた。それを尻目にテッセンは手慣れた仕草で箱の中から何かを取り出す。平たく大きな箱を開くとそれは絵画のようだった。道を歩く銀色の髪の侍と、その後ろには槍を持った赤色の髪のウサギ耳の子供がいる。「祖父はここを終の棲家として決めた頃、この絵画を絵師に頼み描いてもらっておりました」という言葉が聞こえる。「フウガと、私?」と呟きながら彼女は目を見開き眺めている。
シドもまたその絵を凝視していた。懐かしき風景の絵に対し何やら心がざわめいている。どこかで見た、しかしどこで見たか思い出せない。「シド?」という声で我に返る。―――ああ何でもない、と返すと「変なの」とアンナはシドの脇腹を突いた。
「仲がよろしいのですね」
「なっ」
「そりゃエオルゼアにドマ、アラミゴまで一緒に救った仲なので」
「アンナ!?」
顔が赤くなるシドと笑顔で答えるアンナ、その2人を見比べテッセンはくくと笑う。何かあらぬ誤解をされた気がする。その風景にテッセンは目を細めながらアンナに優しく語り掛ける。
「アンナさん。祖父リンドウは厳しく修行させすぎたことを後悔されてました」
「そりゃゴウセツが言ってた。『お主の気迫は剣豪リンドウそっくりだ』ってね」
「あのゴウセツ様が言うほどとは。よほど貴方の飲み込みが早かったんですね」
納得した。ゴウセツに聞いたというのも恩人の名前が出たからついでに聞いてみたという事らしい。
しかし彼女の気迫とやらは見たことが無い。「また今度見せてくれよその気迫ってやつ」と言うと「無い方が自分の為だと思うよ」と困った顔で言われた。
「そして旅人のスタンスも祖父そのままだという噂も聞きました。祖父は一時は妻と子供を置いて無名の旅人であり続けようとした事に後悔し、大切にしすぎたアンナさんの事を心配していまして。少しだけ己の幸せを願いませんか?」
「……今私幸せだけどなあ。フウガに挨拶できたし」
彼が言いたいのは明らかにそういう事ではない。多分自分の気持ちを奥底にしまい旅人を演じ続けている彼女を心配しているのであろう。彼女自身も同じ結論に達したようで優しい声で語る。
「んーなるほど。―――今は世界を救う方を優先して旅人活動はまあ当面延期みたいな状態。まあやる事終わったら色んなことを知るために旅に出たい。フウガみたいに『無駄に』強くて何でも知ってる旅人になりたいからね」
無駄にを強調する姿にシドとテッセンは目を丸くし、笑ってしまっていた。どんな強さだったんだ、リンドウ・フウガという人間は。
◇
しばらくテッセンと談笑した後、日が暮れる前に帰ることにした。村の方で泊ってもいいと言われたが、「この人、仕事あるから」とアンナが断ってしまった。村までの近道を案内してもらい、そのままハヤブサでクガネに帰ってきていた。
ハヤブサに乗りながら少しだけ命の恩人であるリンドウについて教えて貰った。お互い名前ではなく苗字で呼び合っていたのはあくまでも自分達は旅の途中に出会った他人であるというのを強調するためだった事、強大な妖異討伐を頼まれた時に引き際を誤り殺されかけた自分を守るために優しかった彼が常人を逸した殺意を溢れさせ一閃で妖異を斬り捨てていたリンドウの強さを。そしてその強さに憧れ無理やり稽古を付けて貰った事を。幼い頃の叶わぬ初恋だった事も。グリダニアに辿り着いて故郷を懐かしみ終わったら再びリンドウの元に行きたかったけどガレマール帝国が邪魔だったんだと語る姿が少し寂しそうに見えた。
クガネに戻った時にはもう日が暮れていた。「戻ってきたし……帰る? それとも呑む?」とアンナが隣に立ち楽座街の方を指さしていたのでそのまま食事という事にした。
賑わう歓楽街の居酒屋で置かれた順から消えゆく皿を見ながら酒を吞むという風景はモードゥナでも見慣れている。その吸い込むように食べる瞬間をアンナは人に見せないように隙を見てやらかしているのだがシドは一度だけ見た事がある。それから社員を助けてくれているお礼と称して食事に連れて行き説教をしながらテーブルマナーを教えていた。その結果、シド以外の前では肉や野菜を切り分け目を離した隙に皿から消えるようになった。シドは違うと叫びたいが流石に外なので抑えることにする。
「姉ちゃん相変わらずいい食べっぷりじゃねえか!」
「ここのごはんおいしい」
「ありがたいねえほらおかわりだよ!」
「やったー」
彼女なりに東方地域でも溶け込んでいるらしく笑顔がこぼれた。シドも巻き込まれるように盃は乾かず皿にも大量に盛られているのだがそれに関しては考えないようにしている。しかしアンナが他の人と会話している隙にシドは客の1人にある日ポロッととんでもない話を吹き込まれた。『夜な夜な店の奴らと飲み比べしては大勝利して身ぐるみ剝がしていた』と。「ウチの英雄が、すまない」と肩を落としながら謝罪することしかできなかった。何やっているんだお前はと未だ食事を続ける彼女を軽く叱ってしまうが、アンナ本人は「挑む方が悪い」と全く悪びれることない様子で。シドの中でこの人は一度負けないと学ばないのか? という疑問がよぎる。しかしガーロンド社の呑み会でもアンナ周辺に形成される死屍累々を思い浮かべると無理という2文字の結論がのしかかった。エオルゼアでは穏やかなのだが少し離れると無法になっている話を聞くとどちらが本当の彼女なのか分からなくなる。
「あなたもやってみる? 勝負」
「悲惨な風景を見てきた人間が乗ってくると思っているのか?」
「まあシドとはゆーっくり飲み合いたいからそれでいい」
その言葉を聞くなりシドの顔は耳まで真っ赤に染まっていく。「おや? もう酔いが回った?」と無邪気に聞くアンナにわざと言っているのか? と疑問を吹っ掛けたくなるが残念ながら天然だろうなと即心の中にしまっておく事にした。「まだ行けるさ」と再び盃のものを一気に喉に通す。
この顔の熱さを酒のせいにしておきたかった。
◇
食事が終わった後、再び望海楼の彼女の部屋に連れて行かれた。顔を赤くし少しふらついていた男を途中から「運ぶよ」と背負うアンナの顔をシドは見せてもらう事はなかった。シドからすると軽々と大の大人である自分を背負われて男としてのプライドが砕かれかけていたのだがそれはまた別の話とする。
綺麗にベッドメイクされた寝台に下ろされ上着をはぎ取られた。「寝る時邪魔でしょ」って言いながら用意された衣服を渡される。「浴衣って言うんだって」という言葉を聞きながらぼんやりと眺めていると彼女は浴室に消えて行った。正直自分もシャワー位浴びたかったがそれよりも眠気が勝っていたので衣服を脱ぎ散らし浴衣に着替え、そのまま寝転び視界が暗転した。
「シド、シャワー浴び……って寝てる?」
意識が完全に途切れる直前、アンナの声が聞こえた気がした。間抜けな声を出し手を一瞬上げて、そのまま落ちた。
この日シドは夢を見た。寒空の下、巡回兵を呼ぼうとした幼い自分の衣類を掴み止め、道を聞いたフードを深く被った赤髪の『あの人』を捕まえるとフードを外す。そこにはアンナがイタズラな笑顔を浮かべ、大人となった自分を強く抱きしめ中性的な声色で「大きくなったね、少年」と言ってくれる幸せな夢だった―――
◇
次の日。シドが目を開くとアンナは既に起床し着替えを終えていたようだ。「おや今日は早起きだね、シド」とにこやかに答える姿に何かくすぐったい。見た夢を思い出すとつい反射的に目を逸らしてしまった。何故この人と重ねてしまったんだとため息を吐く。
「そういえば上着ポケットのリンクパール大丈夫? 出た方がいいと思うよ?」
すっかり忘れていた。行き先も言わぬまま会社を飛び出してから一度も出ていない装置を見るとずっと光りっぱなしだ。向こうは相当おかんむりだろう、恐る恐る出ると『やっと出た!』と会長代理の怒鳴り声が聞こえた。
「ああすまんちょっと取り込み中で」
『どこにいるんですか! いいから早く帰ってきてください!』
「いやほら今は特に何もないじゃないか」
『どれだけ書類が溜まってると思うんですか!!』
「……これからクガネから帰る」
『クガネ!? ちょっと会長本当に何やって』
これ以上繋げていても説教が続くだけだろう。切断してニコニコと笑うアンナを見る。
「すまんがシャワー浴びたら帰る事になった」
「でしょうね」
そのままアンナはシドの腰に手を回し抱き上げて浴室へ連れて行こうとするがシドは慌てて「二日酔いとか大丈夫だから」と言いながら止め、衣服を持って浴室へ逃げるように入って行った。恥じらいという概念が全く見当たらないアンナにそのまま介助されそうだったと流石に危機感を感じている。
「……ん?」
浴衣を脱ぎ、鏡をふと見ると肩に赤い痕が見える。何があった? 昨日は酒を呑んで戻ってきた後風呂にも入らず眠ったじゃないか。虫に刺されるような事は―――そういえばアンナの先程の服装を思い出す。首元に季節に似合わないマフラーを巻き、いつにもまして露出の少ない格好だ。
やってしまったか? よりにもよって酔った勢いで、アレをと行為を頭に浮かべながらみるみる血の気が引いていく。全く記憶に無い。アンナも全く顔に出していなかった。何かあったのなら流石に何か反応するはず。すると思いたい。ないってことはそのまま2人でぐっすり寝ていたんだろう。しかしこの痕は何だ? やっぱり虫に刺されたか? いや浴衣は整えられていた。しかし記憶が確かなら寝ぼけながらの着替えでかつ慣れない衣服を綺麗に着れるとは思わない。少なくとも整えた相手がいる。まあ相手はアンナしかいない。少なくとも眠っている自分の服を整え、投げ捨てた衣服を畳み、布団をかけてくれたのは確かで。そして相手は仮にも異性だ。34にもなって恥ずかしい。
シドはここまで考えた後に、「見なかったことにするか」と呟き頭から冷水をぶっかけた。
一方その頃。『気が付いただろうか』とアンナはニコニコと笑いながらシドが浴室から飛び出してくるのを待っている。本来はそういった行為はやらない主義なのだがキスマークはすぐに消えるものと判断し、昨晩寝ぼけ眼で着替えたからだろう乱れた浴衣を直すついでに衣服でギリギリ見えない場所に一つ付けておくというちょっとしたイタズラだった。少しでも怪しさアップさせるためにわざと首元まで隠した服に着替えておいたしこれは完璧だとふふと笑う。鏡を見ればすぐに気が付く場所に付けたので顔を赤くしながら飛んで来るはず。
しかし来ないなあ思考フリーズでもしたか? と思い扉に長い耳を当てたら「見なかったことにするか」という呟きが聞こえた。アンナは耐え切れなかったのか寝台に突っ伏し声が聞こえないようゲラゲラと笑っていた。
◇
浴室から出てくるとアンナはいつものようにニコニコ笑いシドを待っていた。
「どうやって帰るの?」
「流石にクガネランディングから飛空艇で帰るさ」
チェックアウトをし2人は潮風亭で朝食を摘まみながら喋っていた。いつもと変わらぬ、現状維持。シドは平静を保つ事を選んだようだった。アンナは少しつまらないなあと思いながらシドを眺めていた。
「それがいいよ。付き合わせちゃってごめんね」
「ま、まあ俺は別に大丈夫だ。アンナはどうするんだ? 一緒に帰るか?」
「テレポでお先。アルフィノとかにお詫びの品も準備しないとダメだしね」
「そうか」
立ち上がり、「じゃあ」と2人は言い合った。それぞれ違う方角へ歩き出す。
長そうで短い2人の旅は終わった。
飛空艇で急いで帰った後、怒髪天なジェシーの説教が待っているのだろうなと足取り重くガーロンド社に戻ると大量のクガネ土産らしきものが積み上げられえらく機嫌がいい社員達がいた。ジェシーもその内の1人で嬉々とした声で金色の箱見せながら「既にレンタル料いただいたので大丈夫ですよ。さあ仕事に戻ってくださいね会長!」と大量の書類が積まれた机に案内されたのはまた別の話。
#シド光♀ #リンドウ関連
紅蓮4.0ストーリー終了後のお話(地名以外詳細書かず)、シド少年時代捏造
「シド、アンナ見てないかい?」
「いや、見てないな……何かあったのか?」
ある日の昼下がり、アルフィノの来訪から俺とあの旅人との奇妙な関係がより複雑になっていった―――
「最近全然私達の方に顔を出していないからシドの方にいるのかと思って聞きに来たんだ」
「いや、俺もここ1週間位は見てないな。てっきりアラミゴ解放してからもそっちの仕事が忙しいのかと思っていたんだが」
我らの英雄さまはどうやらまたどこか変な所に迷い込んでいるようだった。5日位前からふらりとエオルゼアから離れてるらしく、アルフィノ達がリンクパール通信を送っても「あと少しで見つかる、はず」と曖昧な答えしか返って来なかったとのことだ。なのでもしかしたらガーロンド社の依頼でもやっているのかと疑問に思って直接訪ねに来たらしい。しかし相変わらずアンナの事が心配になったら真っ先に自分の所に来るのは嬉しい事なのかそうでないのかよく分からない部分だとシドは苦笑する。
「最近あの人に変な事でもあったか?」
「変と言っても彼女は普段から不思議な所が……ああちょっと待って欲しい、心当たりがある」
「というと?」
「絵を描くように頼まれた」
さりげなくアンナの事をどう思ってるか言いかけたな。シド自身もほぼ同じ感想を抱いているので何も言わないようにし、アルフィノの回想を聞く。
◇
「アルフィノ」
「おやアンナじゃないか。どうしたんだい?」
石の家、ドマやアラミゴを解放したからといって即平穏が訪れるわけではなく、毎日数々の小競り合いの報告が集まってくる。暁の面々が英雄と呼ばれるアンナだけでも休息を取るように勧めた数日後、珍しく連絡なしで現れた。いつもより遠慮がちな顔をしながらアルフィノの方へ駆け寄る。
「忙しい所ごめん、お願いしたい事あって」
「君の頼みなら光栄さ。丁度休息を取ろうと思っていたから遠慮せずに言って欲しい」
「んー……おいしい茶葉見つけたから一緒に飲みながらで」
石の家の小部屋に通されアンナは手慣れた様子で紅茶を淹れ青年に渡す。「ありがとう。君が淹れたお茶は美味しいから好きなんだ」と言えば笑顔を浮かべながら机を挟んだ正面に静かに座り、口を開いた。
「絵を描いてほしい」
◇
「なるほど、それで言われるがままに絵を描いて渡したらそのままふらりと」
「お礼を言ってる時の顔は今までにない位綺麗な笑顔だったよ。……そうかそれを持ってクガネに行ったのかもしれない」
「どうしてクガネだって分かるんだ?」
どうやら描いた絵は東方の衣装を纏い刀を持った男だったらしい。誰かと聞いたら「命の恩人」とだけ答えたという。「まさか彼女は人探しをするため私に絵を頼んだのか?」とアルフィノは呟いている。
ここからクガネは少しだけ時間がかかる。飛空艇で早々に行けるだろうか。予定を確認すると大仕事はオメガが見つかるまでは無いようだ。「彼女を連れ戻してくる。多分迷子になってるだけだ」と不安そうな顔をしていたアルフィノの頭をぽんと叩きモードゥナを後にした。
何かモヤモヤするのだ。今まで影も形も見せなかった彼女が気に掛けた男の存在が気になる。ましてや尋常ではない強さを持つ彼女の命の恩人だと言われると好奇心が抑えられない。
◇
「英雄さんかい? 確かここ毎日夜は黄昏橋で釣りをしているよ。ほらあそこ、潮風亭から続く橋」
少し休暇を貰う、と部下の返事も聞かず飛び出したシドは大急ぎでクガネ行の船に乗り込みエールを煽りながら船旅を楽しんだ。久々の完全な休暇だから少しだけ呑んでも許されるだろう。本音を言うと今まで一切見せて貰えなかったアンナの『過去』の一欠片が気になりすぎて頭がおかしくなりそうだった。「俺はそんなに彼女の事が気になっていたのか?」というどんな設計図よりも難しい『難問』を波に揺れる中で反芻し続けてしまう脳を一度リセットするためという情けない理由だ。結論を出すにはもう彼女との距離が縮まりすぎていて逆に分からない。空旅にすればよかっただろうか。後悔してももう遅いのだが。
そんなことを悶々と考えているうちにクガネに辿り着いていた。酒のせいか船酔いのせいか分からない気怠い身体を引きずりまずは聞き込みを始める。一から探すよりアンナはこの地を解放した有名人なのだから適当に人を捕まえて聞けば分かるだろうと判断し、商店付近で聞き込みをすると即居場所を特定出来た。
どうやらアンナは数日前までは早朝にハヤブサで飛んで行き、夕方には少々落ち込みながら帰ってきて釣りをしていたのだとか。今は紅玉海のコウジン族と走り回っているという話を聞いた時はエオルゼアとほぼ変わらないことをしているんだなと苦笑いが漏れた。
「そういうアンタさんは英雄さんの何なんだ? まさか……コレか?」
「いやただの友人の1人さ。彼女最近エオルゼアの方に帰ってなくてな。仲間が心配してるんで代わりに見に来たんだ」
小指を立てながら聞いてくる店主には少し慌ててしまった。そう、シドは多分アンナからすると旅の途中に出会った人間の1人である。一番近しい所にいる筈なのに、寂しい関係。きっと周りからは明らかに異性としてではなく同性の友人という感覚でお互い会っているようにしか見えていないだろう。自分で言ってて悲しくなってきたなとシドは溜息を吐いた。
「じゃあアンタではないのか。待ってる人がいるって言ってたんだがな」
「……というと?」
適当に挨拶して去ろうと踵を返した時店主のぼやきが聞こえてきた。すぐさま向き直り店主に詰め寄る。
「ああ彼女がどこかに行きたいみたいで何人か野郎が案内しようかと近づいたんだが全部断ったらしいぜ。その時待ってれば来るからって言ってたとか」
「感謝するぜ、おっさん」
待っている人、誰だろうか。まさかアルフィノが描いたという侍だろうか? 会ってみたい。夜になったら彼女が現れるという黄昏橋という場所に行ってみようじゃないか。
◇
夜。楽座街はよく賑わっている。今は用事が無いので潮風亭から橋に出ると、いた。探していたヴィエラの女性が少し寂しそうに釣竿を持ち水面を揺らしていた。
「釣れてるか? 旅人さん」
「いやあ私は……ってシドだ。仕事は?」
「しばらくは休んでも大丈夫だ」
他人を装い話かけると苦笑しながら振り向き、シドの姿を見るなり少し目を見開いていた。
「お前アルフィノが心配してたぞ?」
「あーごめんごめん。迷子になってた」
「テレポがあるじゃないか」
「エーテライトが無い所なの。帰りはテレポですぐだけど行きは頑張らないと」
懐から2枚の紙を取り出し広げている。覗き込むと1枚目は地図のようで、2枚目はアルフィノが描いたであろう侍らしき人物画。「これは?」と聞くと「赤誠組の人から教えて貰った場所でね。会いたい人がいるんだ」と答えていた。胸がチクリと痛んだような気がする。「そっちは命の恩人、か?」と切り出してみるとアンナは「あーアルフィノから聞いてるよね。うん」とシドの鬱蒼とした気持ちに構わず肩を少し上げながらサラリと答えた。
髭を貯えた自分より年上であろう威厳のありそうな目の鋭い侍のエレゼンが描かれた紙をアンナは少し切なそうな目で見つめていた。
「ゴウセツに捜すなら赤誠組で聞いたらいいってね。ドマ解放出来て何とか落ち着いたから来た」
「まあ確かにこの辺りの人を知るなら手っ取り早いか」
「凄い人だったらしいからすぐに教えてもらえた。嬉しい」
確定だった。これは恋人とかそういう分類のやつだ。少なくとも相当信頼されているとシドは心で感じ取った。心の中で溜息を吐いているとアンナは「じゃあ今日は寝るかあ」と釣竿をしまい立ち上がる。
「いいのか?」
「うん。早起きして行かないと日が暮れてその日のうちに帰れないよ?」
「待ってる人がいるって聞いたんだがなあ」
いじわるそうに聞いてやると「あー」と言いながらアンナはシドの腕を力強く引っ張り耳元で「道案内なら知ってる人にされたいに決まってるでしょう?」と囁いた。
この後アンナが拠点にしているのだという温泉宿の部屋に案内された。ベットは2人分用意されており、「用意周到だな」と言ってやると「そりゃ連絡曖昧にしたらあなたか暁の誰か来るかなって待ってたからね」と舌をペロリと出しながら言い切った。完全に人を宛にする作戦に切り替えていたらしい。
「命の恩人さんに来てもらったらいいじゃないか」
「無理無理連絡する手立てが無いよ。あ、ここ大浴場だけじゃなくて部屋ごとに小さな温泉が置いてあるんだよ。いつも来た時にはお湯が張られていて凄い部屋だよね。あ、お金は私が払ってる。気にしなくていいから」
と言いながらアンナは浴室へ入って行った。気にするなと言われてもなあ、とぼやきながらコートを脱ぎ、ベッドに横たわった。直後ふと頭の中で現在の状況がどういうものなのか浮かび上がる。
「うん? 2人同室……で寝る??」
自分が行って、よかったかもしれない。そういうことにしておこうとシドは思考を打ち切った。
◇
次の日。朝早くから2人で潮風亭で軽い朝食を済ませハヤブサに乗った。ちなみに昨日はアンナがタオルで髪を乾かしながら風呂から上がった後、「船旅だったんでしょう? 風呂入っておきなよ」と言われるがままシドは浴室を覗いた。確かに小さな温泉があり、「そのまま入るよ。ありがとな」とアンナに礼を言うと「ん」とだけ言い踵を返し部屋へと戻って行った。その風呂というものは非常に気持ちが良かった。しかし恩人という存在が頭から離れず、アンナからどう話を聞こうかと悩みながら風呂から上がると既に本人は無防備に眠っていた。つまり何も聞けなかったし何も起こらなかった。いや起こすことは出来ずなるべくアンナから離れた場所で丸まり眠っていた。目が覚めると既にアンナは起床し、着替えを済ませていたのは更に驚いた。寝起きな顔の前で屈んでおり、「起こそうと思ったら起きた、残念」と何故か悔しがっていた。筆を持っていたがどう起こすつもりだったのだろうか。「見なかったことにしてやるからその筆片付けとけ」とシドはアンナの額を軽く中指で弾いた。ニヤと歯を見せながら「おはよ」と言われたので「ああおはよう」と返してやる。
「もっとゆったりベッド使ったらよかったのに」
「狭く硬いベッドに慣れているもんでな」
勿論嘘である。いや会社の仮眠室のベッドは硬いのは本当だが横にいたのは仮にも異性だぞ? と言いたくなったが黙っておく。本当に無防備というか警戒されてないのは信用されているからなのかそれとも何もしないことを読まれ切っているのか本当に異性としての感情が存在しない人なのか。シドとしては聞いてみたかったが怖くて聞けないのであった。
「まあいいや。降りたらとりあえず歩くよ」
「マウントとか使わないのか?」
「空飛んだら早いとかそういうやつ? つまんないでしょ」
アンナらしい答えだとくくくと笑ってやると「うるせ」と小突かれた。
◇
小さな村に辿り着いたのでハヤブサから降り、渡された地図をじっと眺めた。シドはまず近くにいた村人を捕まえ、現在地を教えて貰い歩き出す。見る限り行先は山道のようだった。草木をかき分け進んでいるが本当にそんな場所に人が住んでいるのだろうか?と少し怖くなる。アンナが迷子になるのも分かるかもしれないと立ち止まるとふと数歩後ろから付いてくる彼女の鼻歌が聴こえてきた。「何の歌だ?」沈んだ気分を奮い立たせるため振り返り聞いてみると「この辺りの子供が歌ってた」と笑顔で答えていた。
「かぞえ歌? みたいな事言ってた気がする。歌詞は覚えてない」
「そこは覚えておこうな」
アンナは基本的に覚えるのが苦手のようだった。道もその一つだ。旅人というものはそういうものだというのだが聞いた事も無い。話題を変えるように「なあ命の恩人さんとはどう出会ったんだ?」と少しだけ恩人がどんな人か聞いてみた。
「迷子になって行き倒れてた所を助けてもらって」
やっぱり迷子癖があるのは昔から変わらないらしい。ポツリポツリとその人の事を話し出す。
お腹空いたと言えばおにぎりをくれたこと、彼もまた無名の旅人であろうとしていたこと、しばらく一緒に行動してたが森が懐かしいと思った時に『故郷に帰りたくないからグリダニアに行けばいい』と助言してくれたこと。そして生き残るための戦い方を教えてくれたこと。まさしくシドが知るアンナの人生の始まりだった。モヤモヤしていた自分が馬鹿みたいじゃないか、シドは自分の暴走していた考えを戒めるように頭を搔いた。
そんな話をしているうちに道が開け、そこには小さな小屋と、石碑が置いてあった。
◇
「フウガ、来てやったよ。遅くなって、ごめん」
小走りでその石碑に駆け寄り、いつの間にか手に持っていた花束を置いた。その場に座り手を合わせている姿を見てシドは初めてアンナが言っていたことが理解できた。連絡する術がない、そりゃそうだ。死者とは話は出来ない。アンナはわざわざ赤誠組で終の棲家を聞き出し墓参りに来たのだ。隣に座り、同じく手を合わせてやる。
「シド、気にしなくてもいい。私の我儘に付き合わせたようなもの」
「一緒に祈らせてくれ」
「……うん」
ふとアンナを見ると少しだけ震えているように見えた。それに対しシドは肩に手を回し、叩いてやることしかできなかった。その時背後から声を掛けられる。
「あのもしもし」
振り向くと黒色の髪の東方の衣服を纏った男がいた。そして彼は更にこう言ったんだ。
「エルダスさんですよね?」
彼女は目を見開き、小さな声で「うそ……」と呟いていた。
それから男に小屋へと案内された。話を聞くとここに住んでいた人間の孫にあたる存在らしい。
「やっぱりエルダスさんでしたか! 演説の時に貴方の顔を拝見した時絶対祖父がお話していた方だと確信していたんです!」
「い、いやあ今私はアンナ・サリスで」
「あのエルダスって」と聞くと彼女は「部族名と思っといて」とだけ答えた。
「ええ分かっていますよ。エルダスは森の名の苗字でサリスが街の名の苗字、ですよね。祖父から伺っております」
「あーフウガは色んな事いっぱい知ってたなぁ……まあだから私はアンナ・エルダスって事にして」
テッセンと名乗った青年はしばらく考え込んだ後「わかりました」と答えた。どうやらこれ以上名前は出すなという事だろう。シドとしては知りたかったのだが……所謂苗字を知れただけマシかと判断する。
「隣の方は……」
「シド、今回のドマ解放にあたっての外部協力者」
「ああそういう事でしたか。私らの国を救っていただきありがとうございます」
「い、いやそこまで深々頭を下げなくても大丈夫だ。えっと、お祖父さんからアンナの事どう聞いてたんだ?」
「ちょ、ちょっと!!」
イタズラっぽい笑みで聞いてやると隣で彼女が軽く叩いてくる。そりゃ昔話は知られたくないのだというのは普段の態度から分かる。しかしここを逃したら二度と知れない事なのだ。聞くしかない。
「とても好奇心旺盛な技術の呑み込みが早い方と聞いていました。別れた後も無事グリダニアに到着できたか亡くなる直前まで心配してて。しかしちゃんと辿り着けて挨拶まで来ていただけてきっと喜んでいると思いますよ」
彼女は「だったらいいな」と軽くため息を吐きながら答えていた。それを尻目にテッセンは手慣れた仕草で箱の中から何かを取り出す。平たく大きな箱を開くとそれは絵画のようだった。道を歩く銀色の髪の侍と、その後ろには槍を持った赤色の髪のウサギ耳の子供がいる。「祖父はここを終の棲家として決めた頃、この絵画を絵師に頼み描いてもらっておりました」という言葉が聞こえる。「フウガと、私?」と呟きながら彼女は目を見開き眺めている。
シドもまたその絵を凝視していた。懐かしき風景の絵に対し何やら心がざわめいている。どこかで見た、しかしどこで見たか思い出せない。「シド?」という声で我に返る。―――ああ何でもない、と返すと「変なの」とアンナはシドの脇腹を突いた。
「仲がよろしいのですね」
「なっ」
「そりゃエオルゼアにドマ、アラミゴまで一緒に救った仲なので」
「アンナ!?」
顔が赤くなるシドと笑顔で答えるアンナ、その2人を見比べテッセンはくくと笑う。何かあらぬ誤解をされた気がする。その風景にテッセンは目を細めながらアンナに優しく語り掛ける。
「アンナさん。祖父リンドウは厳しく修行させすぎたことを後悔されてました」
「そりゃゴウセツが言ってた。『お主の気迫は剣豪リンドウそっくりだ』ってね」
「あのゴウセツ様が言うほどとは。よほど貴方の飲み込みが早かったんですね」
納得した。ゴウセツに聞いたというのも恩人の名前が出たからついでに聞いてみたという事らしい。
しかし彼女の気迫とやらは見たことが無い。「また今度見せてくれよその気迫ってやつ」と言うと「無い方が自分の為だと思うよ」と困った顔で言われた。
「そして旅人のスタンスも祖父そのままだという噂も聞きました。祖父は一時は妻と子供を置いて無名の旅人であり続けようとした事に後悔し、大切にしすぎたアンナさんの事を心配していまして。少しだけ己の幸せを願いませんか?」
「……今私幸せだけどなあ。フウガに挨拶できたし」
彼が言いたいのは明らかにそういう事ではない。多分自分の気持ちを奥底にしまい旅人を演じ続けている彼女を心配しているのであろう。彼女自身も同じ結論に達したようで優しい声で語る。
「んーなるほど。―――今は世界を救う方を優先して旅人活動はまあ当面延期みたいな状態。まあやる事終わったら色んなことを知るために旅に出たい。フウガみたいに『無駄に』強くて何でも知ってる旅人になりたいからね」
無駄にを強調する姿にシドとテッセンは目を丸くし、笑ってしまっていた。どんな強さだったんだ、リンドウ・フウガという人間は。
◇
しばらくテッセンと談笑した後、日が暮れる前に帰ることにした。村の方で泊ってもいいと言われたが、「この人、仕事あるから」とアンナが断ってしまった。村までの近道を案内してもらい、そのままハヤブサでクガネに帰ってきていた。
ハヤブサに乗りながら少しだけ命の恩人であるリンドウについて教えて貰った。お互い名前ではなく苗字で呼び合っていたのはあくまでも自分達は旅の途中に出会った他人であるというのを強調するためだった事、強大な妖異討伐を頼まれた時に引き際を誤り殺されかけた自分を守るために優しかった彼が常人を逸した殺意を溢れさせ一閃で妖異を斬り捨てていたリンドウの強さを。そしてその強さに憧れ無理やり稽古を付けて貰った事を。幼い頃の叶わぬ初恋だった事も。グリダニアに辿り着いて故郷を懐かしみ終わったら再びリンドウの元に行きたかったけどガレマール帝国が邪魔だったんだと語る姿が少し寂しそうに見えた。
クガネに戻った時にはもう日が暮れていた。「戻ってきたし……帰る? それとも呑む?」とアンナが隣に立ち楽座街の方を指さしていたのでそのまま食事という事にした。
賑わう歓楽街の居酒屋で置かれた順から消えゆく皿を見ながら酒を吞むという風景はモードゥナでも見慣れている。その吸い込むように食べる瞬間をアンナは人に見せないように隙を見てやらかしているのだがシドは一度だけ見た事がある。それから社員を助けてくれているお礼と称して食事に連れて行き説教をしながらテーブルマナーを教えていた。その結果、シド以外の前では肉や野菜を切り分け目を離した隙に皿から消えるようになった。シドは違うと叫びたいが流石に外なので抑えることにする。
「姉ちゃん相変わらずいい食べっぷりじゃねえか!」
「ここのごはんおいしい」
「ありがたいねえほらおかわりだよ!」
「やったー」
彼女なりに東方地域でも溶け込んでいるらしく笑顔がこぼれた。シドも巻き込まれるように盃は乾かず皿にも大量に盛られているのだがそれに関しては考えないようにしている。しかしアンナが他の人と会話している隙にシドは客の1人にある日ポロッととんでもない話を吹き込まれた。『夜な夜な店の奴らと飲み比べしては大勝利して身ぐるみ剝がしていた』と。「ウチの英雄が、すまない」と肩を落としながら謝罪することしかできなかった。何やっているんだお前はと未だ食事を続ける彼女を軽く叱ってしまうが、アンナ本人は「挑む方が悪い」と全く悪びれることない様子で。シドの中でこの人は一度負けないと学ばないのか? という疑問がよぎる。しかしガーロンド社の呑み会でもアンナ周辺に形成される死屍累々を思い浮かべると無理という2文字の結論がのしかかった。エオルゼアでは穏やかなのだが少し離れると無法になっている話を聞くとどちらが本当の彼女なのか分からなくなる。
「あなたもやってみる? 勝負」
「悲惨な風景を見てきた人間が乗ってくると思っているのか?」
「まあシドとはゆーっくり飲み合いたいからそれでいい」
その言葉を聞くなりシドの顔は耳まで真っ赤に染まっていく。「おや? もう酔いが回った?」と無邪気に聞くアンナにわざと言っているのか? と疑問を吹っ掛けたくなるが残念ながら天然だろうなと即心の中にしまっておく事にした。「まだ行けるさ」と再び盃のものを一気に喉に通す。
この顔の熱さを酒のせいにしておきたかった。
◇
食事が終わった後、再び望海楼の彼女の部屋に連れて行かれた。顔を赤くし少しふらついていた男を途中から「運ぶよ」と背負うアンナの顔をシドは見せてもらう事はなかった。シドからすると軽々と大の大人である自分を背負われて男としてのプライドが砕かれかけていたのだがそれはまた別の話とする。
綺麗にベッドメイクされた寝台に下ろされ上着をはぎ取られた。「寝る時邪魔でしょ」って言いながら用意された衣服を渡される。「浴衣って言うんだって」という言葉を聞きながらぼんやりと眺めていると彼女は浴室に消えて行った。正直自分もシャワー位浴びたかったがそれよりも眠気が勝っていたので衣服を脱ぎ散らし浴衣に着替え、そのまま寝転び視界が暗転した。
「シド、シャワー浴び……って寝てる?」
意識が完全に途切れる直前、アンナの声が聞こえた気がした。間抜けな声を出し手を一瞬上げて、そのまま落ちた。
この日シドは夢を見た。寒空の下、巡回兵を呼ぼうとした幼い自分の衣類を掴み止め、道を聞いたフードを深く被った赤髪の『あの人』を捕まえるとフードを外す。そこにはアンナがイタズラな笑顔を浮かべ、大人となった自分を強く抱きしめ中性的な声色で「大きくなったね、少年」と言ってくれる幸せな夢だった―――
◇
次の日。シドが目を開くとアンナは既に起床し着替えを終えていたようだ。「おや今日は早起きだね、シド」とにこやかに答える姿に何かくすぐったい。見た夢を思い出すとつい反射的に目を逸らしてしまった。何故この人と重ねてしまったんだとため息を吐く。
「そういえば上着ポケットのリンクパール大丈夫? 出た方がいいと思うよ?」
すっかり忘れていた。行き先も言わぬまま会社を飛び出してから一度も出ていない装置を見るとずっと光りっぱなしだ。向こうは相当おかんむりだろう、恐る恐る出ると『やっと出た!』と会長代理の怒鳴り声が聞こえた。
「ああすまんちょっと取り込み中で」
『どこにいるんですか! いいから早く帰ってきてください!』
「いやほら今は特に何もないじゃないか」
『どれだけ書類が溜まってると思うんですか!!』
「……これからクガネから帰る」
『クガネ!? ちょっと会長本当に何やって』
これ以上繋げていても説教が続くだけだろう。切断してニコニコと笑うアンナを見る。
「すまんがシャワー浴びたら帰る事になった」
「でしょうね」
そのままアンナはシドの腰に手を回し抱き上げて浴室へ連れて行こうとするがシドは慌てて「二日酔いとか大丈夫だから」と言いながら止め、衣服を持って浴室へ逃げるように入って行った。恥じらいという概念が全く見当たらないアンナにそのまま介助されそうだったと流石に危機感を感じている。
「……ん?」
浴衣を脱ぎ、鏡をふと見ると肩に赤い痕が見える。何があった? 昨日は酒を呑んで戻ってきた後風呂にも入らず眠ったじゃないか。虫に刺されるような事は―――そういえばアンナの先程の服装を思い出す。首元に季節に似合わないマフラーを巻き、いつにもまして露出の少ない格好だ。
やってしまったか? よりにもよって酔った勢いで、アレをと行為を頭に浮かべながらみるみる血の気が引いていく。全く記憶に無い。アンナも全く顔に出していなかった。何かあったのなら流石に何か反応するはず。すると思いたい。ないってことはそのまま2人でぐっすり寝ていたんだろう。しかしこの痕は何だ? やっぱり虫に刺されたか? いや浴衣は整えられていた。しかし記憶が確かなら寝ぼけながらの着替えでかつ慣れない衣服を綺麗に着れるとは思わない。少なくとも整えた相手がいる。まあ相手はアンナしかいない。少なくとも眠っている自分の服を整え、投げ捨てた衣服を畳み、布団をかけてくれたのは確かで。そして相手は仮にも異性だ。34にもなって恥ずかしい。
シドはここまで考えた後に、「見なかったことにするか」と呟き頭から冷水をぶっかけた。
一方その頃。『気が付いただろうか』とアンナはニコニコと笑いながらシドが浴室から飛び出してくるのを待っている。本来はそういった行為はやらない主義なのだがキスマークはすぐに消えるものと判断し、昨晩寝ぼけ眼で着替えたからだろう乱れた浴衣を直すついでに衣服でギリギリ見えない場所に一つ付けておくというちょっとしたイタズラだった。少しでも怪しさアップさせるためにわざと首元まで隠した服に着替えておいたしこれは完璧だとふふと笑う。鏡を見ればすぐに気が付く場所に付けたので顔を赤くしながら飛んで来るはず。
しかし来ないなあ思考フリーズでもしたか? と思い扉に長い耳を当てたら「見なかったことにするか」という呟きが聞こえた。アンナは耐え切れなかったのか寝台に突っ伏し声が聞こえないようゲラゲラと笑っていた。
◇
浴室から出てくるとアンナはいつものようにニコニコ笑いシドを待っていた。
「どうやって帰るの?」
「流石にクガネランディングから飛空艇で帰るさ」
チェックアウトをし2人は潮風亭で朝食を摘まみながら喋っていた。いつもと変わらぬ、現状維持。シドは平静を保つ事を選んだようだった。アンナは少しつまらないなあと思いながらシドを眺めていた。
「それがいいよ。付き合わせちゃってごめんね」
「ま、まあ俺は別に大丈夫だ。アンナはどうするんだ? 一緒に帰るか?」
「テレポでお先。アルフィノとかにお詫びの品も準備しないとダメだしね」
「そうか」
立ち上がり、「じゃあ」と2人は言い合った。それぞれ違う方角へ歩き出す。
長そうで短い2人の旅は終わった。
飛空艇で急いで帰った後、怒髪天なジェシーの説教が待っているのだろうなと足取り重くガーロンド社に戻ると大量のクガネ土産らしきものが積み上げられえらく機嫌がいい社員達がいた。ジェシーもその内の1人で嬉々とした声で金色の箱見せながら「既にレンタル料いただいたので大丈夫ですよ。さあ仕事に戻ってくださいね会長!」と大量の書類が積まれた机に案内されたのはまた別の話。
#シド光♀ #リンドウ関連
“苦いコーヒー”
―――彼女は俺が淹れるコーヒーをいつも美味いと言ってくれる。
「シドおはよう」
「アンナか。今日は……また変な事してるな?」
俺はジェシーによる怒りの月末恒例地獄の書類整理を終わらせ仮眠室にて数時間の睡眠をとった。未だ徹夜続きで重たい身体を引きずり会長室に戻ると黒髪のヴィエラが椅子の上に胡坐で座り込み辺りの書物を読んでいた。当然のように通されているのはセキュリティな心配が浮かぶが、俺が仲良くする旅人なら大丈夫だろうと彼女は社員から信用されているようだ。嬉しい事だが少々複雑である。俺は「アンナ、面白いものでもあったか?」と聞くと報告書から顔を上げる。
「機密の収集?」
「会社の秘密を勝手に持っていかれるのは困る」
「大丈夫。何か読み物がないと落ち着かなかっただけ。理解しようとは思ってない」
「言い方考えろ」
あははと笑う彼女に俺はため息を吐いてやる。ケトルに手を伸ばしながら「コーヒーでいいか?」と聞くと「ん」と答えが返って来た。渡してやると「ありがと」と言いながら口に含んでいる。
「おいしい」
「そうか? 社員達からの評判も悪いまっずいコーヒーだ」
「そうかな。あなたが淹れてくれるものなら私は何でもおいしいと思うよ?」
恒例の天然タラシだ。アンナは何も考えず俺が言葉を詰まらせる言葉をシラフで放つ。ここで下手に何か言うとカラカラとはぐらかすかのように笑って終わる。その日常に慣れた俺は何とか目を逸らし咳払いのみしてから無言を貫くのだ。
最近俺は出会った時からアンナの事は異性として好意を寄せている事が分かった。奇麗な顔に反してウルダハの剣闘士のように力強い戦い方をし、ぶっきらぼうに見せかけて意外と分かりやすい表情も見せる。褐色肌にガーネットみたいな紅い瞳を持った彼女が見せる敵に対する不敵な笑みがときどき恐ろしく見えるのだが―――そこに興奮する自分もいた。自分よりも頭一つ分高い身長、細い肢体でありながら無駄のない引き締まった筋肉。愛しそうに刀を撫でる姿も、鋭い目で敵を射止め斬り捨てる姿も俺の目には全て魅力的に映る。あと少しで手に届きそうなのに、その”あと一歩”に届くことがない。延々と『おあずけ』され続けているわけだ。
社員らで呑みに行った時何度「アンナさんといつ付き合うんすか」やら「付き合う気がないなら娘さんを僕にください」と言われたことか。娘じゃないし渡す気もないし前者に関しては俺が聞きたい。というかコイツらにあの気まぐれ屋を制御できるわけがないだろう。
俺は逢瀬を重ねるたびに自分の中で膨れ上がる感情に対して【この人は俺の事をどう思っているのだろうか?】という難題を何度も考えた。呼べば来てくれるしアンナ自身も弱った時は慰めて欲しいのか俺にリンクシェル通信を入れる。みっともない姿を見せても彼女は即自分を元気づけるように動くし、彼女が周りからの期待と重圧で苦しそうな姿を見せる時はいつもそばでフォローを入れていた。
傍から見ると付き合ってる風に見えるだろ? 情けない話だが何も起こっていないんだ。
考えていると彼女に「おーい」と声を掛けられる。振り向くと目前にいつの間にか立ち上がった彼女の、開いた首元からチラリと見える褐色の肌。自分の体がビクッと跳ねたのが分かる。慌てて後ずさった。これも一種のイタズラってやつだ。彼女とコミュニケーションを取り続けたいのなら引っかかってはいけない。
このアンナという女は大人しい女性という雰囲気を見せながらもモーグリ族やシルフ族みたいにイタズラが好きという習性がある。いや俺も最近まで知らなかった。クッションに何か仕込んだり食べ物にとびきり辛い物を潜ませるのは序の口。恋人ならば性行為に突入するような一歩間違えたら自爆につながる事も真顔でやる。本人は一切顔色を変えないのだが俺としては心臓がいくつあっても足りない。ときどきは注意してやるとする。
「あのな、お前は何をしたいんだ」
「? 何をとは?」
「こういうイタズラは誰にでもするのか?」
「しててほしい?」
少しずつこちらににじり寄って来る。俺はとっくの昔に扉を背に動けなくなっていた。ニィと笑い手で扉をドンと叩きながら俺の反応を見るために体を軽く曲げ最接近する。
「そんなわけないじゃないか」
「でしょ? あなたが楽しいって思ってるから、望んでいる事をしているだけ」
「お前がどう思っているか知りたい。俺が、じゃなくてな」
負けじと彼女の頬を両手で覆ってやる。むぅと聞こえたが他は何も言わない。彼女は都合の悪い事を聞かれたら少々ばつの悪い顔をして口を閉じる。軽く目が泳ぎ、予想だがどう言えばいいのか頭の中で考え込み軽くショートしているみたいだ。
「黙秘権ってやつか? 不利になったらいつもそれだ。俺は、もっと、お前を知りたい」
長く落とした赤色のメッシュが混じった黒髪に触れ、少しずつ上に沿うように指を走らせる。長い耳の付け根に届く、そろそろだろう。
「ああああなたは知らなくてもいい。私はあなたをからかえれば楽しいだけだし?」
彼女は近付けていた顔を上げそっぽを向いた。「やべ」と言いながら少々引きつった笑顔で言う様は明らかに挙動不審である。先述の通り基本的に表情は崩さないが分かりやすく反応はする人だ。あと知らなくてもいいと言いながらきちんと答えを返すのは律義な所がある。そしてこれも予想だが彼女は耳が『とびきり弱い』。リンクパールは「何かゾワゾワするから」と周りから言われない限り率先して付けず、決して人に耳を近づけない。何かあった時は髪を伝って耳に指を近づけるだけであっという間に大人しく引き下がるのだ。それが把握されている事も既に向こうには察知されているらしくいつも「やべ」と言って引き下がるのが分かりやすい。なら変な事するなとしか言いようがない。
「あ。コーヒーが冷めたら美味しくなくなるから飲まないと―――ね?」
「そうだな。ちょうど誰かさんに邪魔されて寝起きのコーヒーを飲む事が出来なかったんだ。……何も入れてないだろうな?」
「発想になかった。次から考える」
いらん、と言いながら俺は自分が淹れたコーヒーを彼女に対する感情と共に一気に飲み込む。明らかにコーヒーだけではない形容しがたい苦みが身体の芯まで染み渡らせた―――
#シド光♀ #即興SS
“兄”
「そういえばシドに兄の事話したっけ?」
クリスタルタワー調査の合間にアンナはふとシドの方に向きつぶやいた。シドはアゴヒゲを撫でながら首をかしげている。
「いや、聞いた事ないな。そもそもお前全然自分の事話さないじゃないか」
「はーバブーンの身内だからまた立派なバブーンなンじゃねェの?」
「一言余計。兄さんは私よりも一回り小さくて非力で可愛いよ」
シドとネロの「可愛い、ねえ(なあ)」と言葉が重なる。アンナはにこりと笑う。
「先日砂の家に来た。英雄になったヴィエラって聞いて私って気付いたんだ。成人前に1人で里を飛び出す前の姿しか知らないし名前も街の名なのに分かるのはさすが」
「いいお兄さんじゃないか」
「ヴィエラなンて珍しいがボチボチ見るじゃねェか。……っていやさりげなく何言ってンだオマエいくつから走り回ってンだ!?」
「おっざっと数えて26歳に失礼だな? オジサン」
ネロの「嘘つくンじゃねェ!」と言う叫びが辺りに響く。シドも心の中でもっと言ってやれと念を送る。彼としては明らかに最低でも10は年を取ってると思っている。
「私がヴィエラが住む里から旅に出たのは14の頃。船に乗って難破して迷子になって第七霊災後ここ来てと計算したら26。完璧な計算」
「待て。歴史の知らないオマエのために教えてやるが25年前にはドマって帝国に占領されてたンだぜ? ただのヨチヨチの旅人サンがオサードから船で渡れるほど甘い場所じゃなくなってンの。サバ読むならもう少しな?」
「そうなんだ。知識の更新をしよう。……40歳!」
「オバサン」
ネロが一言放った瞬間頬に風を切る感触を感じる。引きつった笑顔を浮かべながらアンナを見るといつの間にか彼女は笑顔で弓を構えていた。
「ヤ・シュトラと違って今更年齢は気にしないけど女性にそういう年齢的な事を言うの、よくないよ? ごめんケアルする」
「メスバブーンが何言ってンだ! あとさっきオマエが言ったのを! そのまンま返しただけだ!」
「お前たちいつの間にか仲良くなって嬉しいぞ」
2人の「なってないンだが!?」「なってないよ」と声が重なるのを見てシドは満足していた。クリスタルタワーでネロと再会し、アンナとネロは睨み合っていた。特にネロからの嫌味は留まる事を知らず。当たり前だ。自分との戦闘中に集中せずに通話を始め目の前で『第一印象』という名の悪口を言われるのはシドでも怒るだろう。しかし今や息も合っているし意外と似た者同士な気もしてきた。一匹狼になる事を好み、決して目の前の事柄へ諦めず喰らい付く。一度熱中したらなかなか集中力が切れないし知識を吸収したがる所も似ている。まあアンナはネロ程口は悪くないし努力家というよりかは天才型だ。だが想定していたよりも仲良くなるのも早いし組めばいいコンビになるだろう。なぜかは分からないが突然チクリと胸が痛くなった。
妙な考えを払拭するために持ってきていたケトルでコーヒーを淹れる。アンナは受け取りネロには断られた。未だに睨み合う2人の間に座り込むとアンナもちょこんと座り込んだ。
「あーアンナ、そのお兄さんというのはいつでも会えるのか?」
「師匠とちょっとしたルート使って里に帰るって。手紙送ったりしよって」
「ちょっとしたって、なァ」
「お嫁さん8人と子作り期みたいだしジャマするのよくない」
シドは飲んだコーヒーを盛大に吹き出した。「きったね!」とネロはむせるシドの肩を殴った。
「ハァ? え、なンだって?」
「だから兄さんはお嫁さん……私から見た親戚の姉さま達8人と結婚してて、交」
「それ以上は言わんでいい! デカい声で言うな! まだ昼だからな!」
ネロはゲラゲラと笑いシドは顔を真っ赤にしている。アンナはきょとんとして彼らを見て一瞬考えこんだ後、ポンと手を叩く。
「ヴィエラの男性って女性に比べたら希少で。一夫多妻制あっても不思議じゃない。まあミコッテほどじゃないけど。ヴィエラの男性は普段は修行や使命のため里にはいないけど3~5年に一度交尾のために帰る。別に夜のネタでもなく種族の生態の話。君らガレアンと考え方や価値観が違う。OK?」
「はぁ」
「私ももし男だったら村全員の女性抱く予定だった。まあカミサマってやつはクソッタレ」
「そっすか。いい野望持ってンな」
んじゃ、ちょっと1回見回りしてくるね、とアンナはその場から立ち去る。
男2人が残される。非常に気まずい。かつてのライバルでつい先日敵として会っていたはずなのに、今や不本意とはいえ一緒に新たな好奇心の塊に座り込んでいるのは不思議な話だ。
「……ちょっと待てあのさりげなくバブーンやべー事言ってなかったか? 村全員の女性を何とか」
「俺は何も聞いてない。聞かなかった」
「なンでダメージ受けてンだよ……」
ふとネロは彼女の兄だという情報を元に記憶を紡いでいく。そういえば、これまでもう1人性格がよろしくないヴィエラに会っていたような。褐色肌、赤髪で、神出鬼没で、言いたくないが可愛い系の片目を髪で隠したオッドアイの男。
「ゲッ―――アイツかよ……」
「どうした? ネロ」
「ンでもねェよクソ。嫌なもン思い出しちまったぜ」
煙草を取り出し口にくわえながらため息を吐く。シドは何も分からないままネロをしばらく見つめていたがやがてアンナが去った方をじっと見つめていた―――
#シド #ネロ
クリスタルタワー調査の合間にアンナはふとシドの方に向きつぶやいた。シドはアゴヒゲを撫でながら首をかしげている。
「いや、聞いた事ないな。そもそもお前全然自分の事話さないじゃないか」
「はーバブーンの身内だからまた立派なバブーンなンじゃねェの?」
「一言余計。兄さんは私よりも一回り小さくて非力で可愛いよ」
シドとネロの「可愛い、ねえ(なあ)」と言葉が重なる。アンナはにこりと笑う。
「先日砂の家に来た。英雄になったヴィエラって聞いて私って気付いたんだ。成人前に1人で里を飛び出す前の姿しか知らないし名前も街の名なのに分かるのはさすが」
「いいお兄さんじゃないか」
「ヴィエラなンて珍しいがボチボチ見るじゃねェか。……っていやさりげなく何言ってンだオマエいくつから走り回ってンだ!?」
「おっざっと数えて26歳に失礼だな? オジサン」
ネロの「嘘つくンじゃねェ!」と言う叫びが辺りに響く。シドも心の中でもっと言ってやれと念を送る。彼としては明らかに最低でも10は年を取ってると思っている。
「私がヴィエラが住む里から旅に出たのは14の頃。船に乗って難破して迷子になって第七霊災後ここ来てと計算したら26。完璧な計算」
「待て。歴史の知らないオマエのために教えてやるが25年前にはドマって帝国に占領されてたンだぜ? ただのヨチヨチの旅人サンがオサードから船で渡れるほど甘い場所じゃなくなってンの。サバ読むならもう少しな?」
「そうなんだ。知識の更新をしよう。……40歳!」
「オバサン」
ネロが一言放った瞬間頬に風を切る感触を感じる。引きつった笑顔を浮かべながらアンナを見るといつの間にか彼女は笑顔で弓を構えていた。
「ヤ・シュトラと違って今更年齢は気にしないけど女性にそういう年齢的な事を言うの、よくないよ? ごめんケアルする」
「メスバブーンが何言ってンだ! あとさっきオマエが言ったのを! そのまンま返しただけだ!」
「お前たちいつの間にか仲良くなって嬉しいぞ」
2人の「なってないンだが!?」「なってないよ」と声が重なるのを見てシドは満足していた。クリスタルタワーでネロと再会し、アンナとネロは睨み合っていた。特にネロからの嫌味は留まる事を知らず。当たり前だ。自分との戦闘中に集中せずに通話を始め目の前で『第一印象』という名の悪口を言われるのはシドでも怒るだろう。しかし今や息も合っているし意外と似た者同士な気もしてきた。一匹狼になる事を好み、決して目の前の事柄へ諦めず喰らい付く。一度熱中したらなかなか集中力が切れないし知識を吸収したがる所も似ている。まあアンナはネロ程口は悪くないし努力家というよりかは天才型だ。だが想定していたよりも仲良くなるのも早いし組めばいいコンビになるだろう。なぜかは分からないが突然チクリと胸が痛くなった。
妙な考えを払拭するために持ってきていたケトルでコーヒーを淹れる。アンナは受け取りネロには断られた。未だに睨み合う2人の間に座り込むとアンナもちょこんと座り込んだ。
「あーアンナ、そのお兄さんというのはいつでも会えるのか?」
「師匠とちょっとしたルート使って里に帰るって。手紙送ったりしよって」
「ちょっとしたって、なァ」
「お嫁さん8人と子作り期みたいだしジャマするのよくない」
シドは飲んだコーヒーを盛大に吹き出した。「きったね!」とネロはむせるシドの肩を殴った。
「ハァ? え、なンだって?」
「だから兄さんはお嫁さん……私から見た親戚の姉さま達8人と結婚してて、交」
「それ以上は言わんでいい! デカい声で言うな! まだ昼だからな!」
ネロはゲラゲラと笑いシドは顔を真っ赤にしている。アンナはきょとんとして彼らを見て一瞬考えこんだ後、ポンと手を叩く。
「ヴィエラの男性って女性に比べたら希少で。一夫多妻制あっても不思議じゃない。まあミコッテほどじゃないけど。ヴィエラの男性は普段は修行や使命のため里にはいないけど3~5年に一度交尾のために帰る。別に夜のネタでもなく種族の生態の話。君らガレアンと考え方や価値観が違う。OK?」
「はぁ」
「私ももし男だったら村全員の女性抱く予定だった。まあカミサマってやつはクソッタレ」
「そっすか。いい野望持ってンな」
んじゃ、ちょっと1回見回りしてくるね、とアンナはその場から立ち去る。
男2人が残される。非常に気まずい。かつてのライバルでつい先日敵として会っていたはずなのに、今や不本意とはいえ一緒に新たな好奇心の塊に座り込んでいるのは不思議な話だ。
「……ちょっと待てあのさりげなくバブーンやべー事言ってなかったか? 村全員の女性を何とか」
「俺は何も聞いてない。聞かなかった」
「なンでダメージ受けてンだよ……」
ふとネロは彼女の兄だという情報を元に記憶を紡いでいく。そういえば、これまでもう1人性格がよろしくないヴィエラに会っていたような。褐色肌、赤髪で、神出鬼没で、言いたくないが可愛い系の片目を髪で隠したオッドアイの男。
「ゲッ―――アイツかよ……」
「どうした? ネロ」
「ンでもねェよクソ。嫌なもン思い出しちまったぜ」
煙草を取り出し口にくわえながらため息を吐く。シドは何も分からないままネロをしばらく見つめていたがやがてアンナが去った方をじっと見つめていた―――
#シド #ネロ
『好きな人』
注意
・シドと自機の関係を見守るガーロンド社員たちの即興SSです。
「アンナは好きな人とかいるんですか?」
「作らないようにしてる」
ガーロンド・アイアンワークス社。今日もせわしなく社員達が仕事をしている中、旅人と自称する冒険者のアンナは現れた。ちょうど一息つこうと休憩室へ向かっていた会長代理であるジェシーに話しかけるとそのまま一緒にお茶でも飲みましょうと連れて行かれ、現在に至る。
お茶を飲みながらさりげなく最近気になっていたことをジェシーは聞いてみたら少し外れた答えが返ってきた。
「勿体ないわね。あなたのような人ならいくらでも求められてるでしょ」
「うーん私は無名な旅人だからモテるわけないさ」
「いやいやアンタ有名人だろ? むっちゃモテてるけど全部断ってるって噂聞いてるぞ」
「じゃあウチの会長でも貰ってくれないしら? きっと今よりかは大人しくなるわ」
「余計にアグレッシブになると思うッスよ?」
唐突に始まった英雄と呼ばれる冒険者の花のある話にふと通りかかったララフェルとルガディンのコンビが入ってくる。
「あー絶対そうね。今の無しで。じゃあ付き合いとか別としてアンナの好きな男のタイプってどんな感じ?」
「好きなタイプ、ねえ」
「やっぱりイケメンとかッスか?」
「ヴィエラ族のアンナからしたら多分見慣れてるんじゃないか? やっぱ自分より強い人とかだろ」
「……故郷でイケメン高身長な同族見慣れてるから論外」
それから断片的にアンナは好きな要素をポロポロと溢すように喋った。
「ヒゲが似合う」
「がっしりとして体系で」
「光のような人ッスか」
「別に強さは問わないよ? 弱くても護ればいいし」
3人の『ウチの会長(親方)じゃん』という心の声が重なったのは言うまでもない。
◇
数日後。
「親方に好きな異性のタイプは? って聞いてきたッス!」
「度胸あるわね…」
「何かオチも予想できるんだが……」
仕事が一段落した夜、モードゥナの酒場にて密かに開かれる会がある。自分たちの上司であるシドと旅人アンナの関係を見守る会だ。最初は社長の仕事を妨害する存在と思っていた旅人のヴィエラは今や会社の一種の癒しと化し、大量の差し入れから危険地域へ向かう社員の護衛まで顔色一つ変えず引き受けてくれる便利な存在。何度か給金を渡そうとしたがシドのポケットマネーで食事に連れて行ってもらっている必要ないといつも断られている。絶対割に合っていないだろうにと思っているが本人がそれでいいのなら甘えることにした。
「赤色が似合う神出鬼没なフォロー上手の綺麗な人ッス!」
「女版ネロじゃないのその特徴」
「まあアンナだよなあ……」
旅人はともかく仕事以外は不器用な男の方は完璧に意識しているのではという疑問が3人によぎる。しかしあまりにも何も起こらなさすぎて2人の本心が思い浮かばない。いや本当は何か起こっているのかもしれないが特に旅人の動きが全く読めないのである。食事に行ってるとは言うもののどこでどういうものを食べているのかも男は決して口を割らないのだ。
「何であの2人甘い話聞こえないんだろうなあ」
「会長が奥手すぎるかとっくに心折れてるか距離感おかしいすぎて逆に自覚してないんじゃないの?」
「流石にこれはアンナさんのスタンスの問題じゃないッスかね」
2人の恋は前途多難。密かに応援しようと決意を新たに何度目か分からない乾杯をするのであった―――。
#即興SS
・シドと自機の関係を見守るガーロンド社員たちの即興SSです。
「アンナは好きな人とかいるんですか?」
「作らないようにしてる」
ガーロンド・アイアンワークス社。今日もせわしなく社員達が仕事をしている中、旅人と自称する冒険者のアンナは現れた。ちょうど一息つこうと休憩室へ向かっていた会長代理であるジェシーに話しかけるとそのまま一緒にお茶でも飲みましょうと連れて行かれ、現在に至る。
お茶を飲みながらさりげなく最近気になっていたことをジェシーは聞いてみたら少し外れた答えが返ってきた。
「勿体ないわね。あなたのような人ならいくらでも求められてるでしょ」
「うーん私は無名な旅人だからモテるわけないさ」
「いやいやアンタ有名人だろ? むっちゃモテてるけど全部断ってるって噂聞いてるぞ」
「じゃあウチの会長でも貰ってくれないしら? きっと今よりかは大人しくなるわ」
「余計にアグレッシブになると思うッスよ?」
唐突に始まった英雄と呼ばれる冒険者の花のある話にふと通りかかったララフェルとルガディンのコンビが入ってくる。
「あー絶対そうね。今の無しで。じゃあ付き合いとか別としてアンナの好きな男のタイプってどんな感じ?」
「好きなタイプ、ねえ」
「やっぱりイケメンとかッスか?」
「ヴィエラ族のアンナからしたら多分見慣れてるんじゃないか? やっぱ自分より強い人とかだろ」
「……故郷でイケメン高身長な同族見慣れてるから論外」
それから断片的にアンナは好きな要素をポロポロと溢すように喋った。
「ヒゲが似合う」
「がっしりとして体系で」
「光のような人ッスか」
「別に強さは問わないよ? 弱くても護ればいいし」
3人の『ウチの会長(親方)じゃん』という心の声が重なったのは言うまでもない。
◇
数日後。
「親方に好きな異性のタイプは? って聞いてきたッス!」
「度胸あるわね…」
「何かオチも予想できるんだが……」
仕事が一段落した夜、モードゥナの酒場にて密かに開かれる会がある。自分たちの上司であるシドと旅人アンナの関係を見守る会だ。最初は社長の仕事を妨害する存在と思っていた旅人のヴィエラは今や会社の一種の癒しと化し、大量の差し入れから危険地域へ向かう社員の護衛まで顔色一つ変えず引き受けてくれる便利な存在。何度か給金を渡そうとしたがシドのポケットマネーで食事に連れて行ってもらっている必要ないといつも断られている。絶対割に合っていないだろうにと思っているが本人がそれでいいのなら甘えることにした。
「赤色が似合う神出鬼没なフォロー上手の綺麗な人ッス!」
「女版ネロじゃないのその特徴」
「まあアンナだよなあ……」
旅人はともかく仕事以外は不器用な男の方は完璧に意識しているのではという疑問が3人によぎる。しかしあまりにも何も起こらなさすぎて2人の本心が思い浮かばない。いや本当は何か起こっているのかもしれないが特に旅人の動きが全く読めないのである。食事に行ってるとは言うもののどこでどういうものを食べているのかも男は決して口を割らないのだ。
「何であの2人甘い話聞こえないんだろうなあ」
「会長が奥手すぎるかとっくに心折れてるか距離感おかしいすぎて逆に自覚してないんじゃないの?」
「流石にこれはアンナさんのスタンスの問題じゃないッスかね」
2人の恋は前途多難。密かに応援しようと決意を新たに何度目か分からない乾杯をするのであった―――。
#即興SS
技師は過去を振り返る
注意
新生2.0振り返り要素有り。シド少年時代捏造。
―――俺が彼女に惚れていた事を自覚したのはいつ頃だろうか。
ガレマルド出身であるシドは故郷からエオルゼアに亡命し、ガーロンド・アイアンワークス社を興した。しかし、第七霊災で起こった事故でシドは記憶を無くしウルダハの教会で何も分からぬまま隠れて暮らすことになる。ガレアンの証である第三の眼によって差別する者もいれば神父であるイリュドみたいに傷が癒えるまで匿ってくれる存在もいた。マルケズと名付けられ、墓守として生活を送っていた時に出会ったのが後のエオルゼアの英雄と呼ばれることになる、アンナ・サリス。頼まれごとで不在の間に暁の血盟の拠点であった砂の家をガレマールの軍人によって襲撃された。一時の避難場所として協力者がいる教会に行けと言われたと口を開く。「私は旅人。お世話になってた場所が、襲撃。ここに行け、と」と淡々と抑揚なく語る姿がまるで作り物みたいな不気味な人で。これがアンナを目の前にして抱いた第一印象である。後に「帝国が自分を認知して襲ってきた目的が分からなかったから冷静を装ってただけ」と舌をペロリと出しながら話してくれた。―――確か彼女がやって来た3日目の夜の姿で印象が変わったんだっけな、と思い出す。
◇
夜も更けた頃、マルケズはふと外の物音に反応する。慎重に教会の扉を開き外を覗くと墓の横に座り込み空を見上げる黒髪のヴィエラが見えた。出会った頃の2人は日中は頼み事以外一切会話をせず、彼女もふらりと出て行っては帰って来るを繰り返していた。教会の人間も含め、新しく転がり込んできた女性は笑顔で応対はしてくれる。だが、どこか仮面みたいな―――マルケズにも負けない不気味な人だと囁かれていた。しかしオルセンは以前助けてもらった事があるようで『アンナさんは正義感が強い素敵な方です』と言っていたのだが。実はその時には既に顔を合わせてはいたらしい。しかしお互い印象に残っていなかった。
「何を、している」
「―――星を見ている」
虚ろな目でマルケズを見上げたアンナは一切表情を変えなかった。しかしマルケズは見逃さなかった。平静を装いながらも震え揺れるアンナの宝石みたいな赤い瞳を。少しだけ離れて彼女の隣に座り、同じく空を見上げた。
綺麗な星空だった。街頭1つない真っ暗な場所で見る星はますます光り輝いていると感じた。墓場である事を覗けばロマンチックだと言えるだろう。ふと彼女は「暗闇は、嫌いだ」と吐き捨てた。
「なぜだ?」
「真実を隠し、私を狂わせる」
「俺は好きだ。落ち着くんだ」
マルケズにとっての暗闇は隠れていれば自分の不安を包み込み、少しだけ気が楽になっていた。軽くため息を吐く音が聞こえたので彼女の方を見ると両膝に顔を埋め、少し震えていた。慌てながら「だ、大丈夫か?」と背中を優しくさすってやると「大丈夫」と弱弱しい声が聞こえた。そして突然顔を上げ彼の方に向くと真剣な目で言ったのだ。「あと迷子になる」、と。
予想もしなかった言葉に目が点になったのを覚えている。教会の廊下を思い出すと先程夜も更けたからと消灯していた。
「まさかと思うが自室が分からないのか?」
「……はい。って笑ってる?」
「す、すまない。短い通路で迷われるとは思わなくて」
「むぅ失礼な人。でも……笑えるんだ、よかった」
首をかしげるとアンナはクスクスと笑いながら言葉を続ける。
「何かトラウマで笑えないのかなって」
「その、俺はただ―――」
いつの間にか彼女への恐怖心が消えてしまっていたマルケズの心を見透かされたのだろうか。それとも知る気が無かったのかアンナはふと何か思い立ったのか立ち上がる。「さ、誰かに見られたくないでしょ?」と言いながら手を差し伸ばした。マルケズは何も考えずその手を握ると、アンナは軽く息を吸った後片手で引っ張り上げる。細い見た目に反して大男を軽く引き上げるほど力強いのはさすが冒険者と呼ばれる存在で。普通の屈強な冒険者と違う所と言えばふわりと漂うフローラルな香りだろうか。これまで見えもしなかった作り物ではない女性の部分が垣間見えた瞬間に少しうろたえる。感情を悟られないよう「次はちゃんと部屋の場所覚えるんだ」とからかった。が、当の彼女はその言葉を無視しながら細い指で彼の手を触ったり指を動かしている。突然の行為に「な、何をしている?」と聞くとアンナは優しい声で答えた。
「技術者の手」
「そう、か?」
「数日観察の結果、ね。今触ってみて確信した。大きくて、しっかりとしてて嫌いじゃない」
目を見開くマルケズを見たアンナは「明日に支障が出るよ? あなたがね」と言いながら教会の中へと消えて行く。追いかけるようにマルケズも教会に戻り、扉を閉めた。彼は顔を見せないようそっぽを向き彼女の部屋へ案内しながら赤くなった顔をローブで隠すのに手一杯だった。視線を感じていなかった事も無いのだが不愛想だった自分を観察し続けていた事にも驚いたし、『笑えるんだ』とは自分も投げつけたい言葉であった。初めて見た彼女の優しく自然で、綺麗なヒトの笑顔だった。
自室に戻り、ハンマーと傍に置いていた金属に手を伸ばす。もう部屋に戻れないからと野宿はさせない、そう想いながら一晩打ち付け形作った。
―――思えばこの地点で俺は焔を宿した宝石の如く赤い瞳に射止められた愚かな獣になっていたのかもしれない。
◇
アルフィノによって外の世界に連れ出され、エンタープライズ号で自分がシドである事の記憶を取り戻した日。アンナからのシドを見る目が変わったのを今でも覚えている。
星を見上げた夜以降、アンナは何かに安心したのか少しだけ笑顔を取り戻した。そして積極的に教会の手伝いや料理を振舞ってもらえるようになった。彼女は教会のご飯だけでは足りなかったので郊外で狩った動物と採取した物で自給自足しながら怪しい奴がいないか巡回していたらしい。マルケズに「遠慮せずに食べて。あなたデカいんだから」と分厚い肉を押し付けられたのは平和になった今でも覚えている。教会の人間も彼女の姿に安堵し、次第に打ち解けていく姿が嬉しかった。しかし、昨日まで沈んだ顔をしていながらも神父のかわりに用件を聞く自分を頼り合っていた、つもりで。そんな彼女の周りに人が集まり近付きにくくなったのはどこか少し寂しい感情もあった。そんな中アルフィノが現れ、2人を外へ連れ出す。教会に身を寄せる人間たちに大層惜しまれつつエンタープライズ号を探す旅が始まったのはマルケズ、いやシドにとって嬉しい話でもあった。『もっと彼女を知る事ができる』、『自分が何者か分かる時が来たのだ』と。確かに知ろうとする行為は怖かった。しかし祖父の遺志を継ぎ立派でいようとする青年と、ミステリアスで強い冒険者の彼女がいれば大丈夫だろうと確信していた。
そう、当時のシドにとってのアンナはミステリアスでクールだと感じていたのだ。実は『とんでもない猫かぶり』だったわけだが、真実を知るのは相当後の事になる。
飛空艇で大空を翔る中、シドは記憶の一部を取り戻す。清々しい気分だった。ただ、当時の自分の元へ行けるなら、ついでに赤髪のヴィエラとの約束も一字一句間違えずに思い出せと本気で殴りたいと未だに思っている。アンナは【超える力】でシドの過去を覗き見た時には彼が『約束』を交わした少年だったと気が付いていたらしい。あの時の言葉はそういう意味だったのかと時間が経った今でも歯ぎしりしたくなる。
「綺麗な星空」
「よく見えるだろ?」
ガルーダの元へと向かう夜、星空を見上げるアンナを苦笑しながら見つめた。アルフィノはアンナに「明日決戦なんだからちゃんと寝て。背伸びないよ?」と言われ文句を言いながらも彼女が持っていたマントに包まれ目を閉じていた。
アンナは飛空艇から身を乗り出して空を見上げている。「危ないぞ」と彼女の肩に手を置き引っ張った。彼女は「うん最高」と言いながら満面の笑顔を浮かべている。
「エオルゼアに来るまで飛空艇に乗った事はなくて」
「意外だな。旅人なんだから普通に飛空艇や船で移動しているのかと」
「私が乗る船はよく沈んでたから」
ずっと運が悪かったみたい、と言いながら相変わらず星空を目で追いかけているようだ。
「俺の飛空艇まで沈めてくれるなよ?」
「エオルゼアに来てからは一度も沈めてないし」
イタズラっぽく言ってやると初めてシドの方を向き頬を膨らます柘榴石色の瞳と目が合う。「あ……」と声が漏れる。シドは普通に冗談言い合っていた相手が女性だった事を思い出した。彼女の肩に置いたままだった手を「す、すまん!」と言いながら引っ込めた。きょとんとしている顔から踵を返し、「お前も寝た方がいいだろう。何せ明日決戦なんだからな?」と言ってやると「あなたの方が寝た方がいい」と返されながら腕を掴まれた。
「自動的に操縦するとか出来ない? 見張っておくから先に寝ときなよ。不安」
「俺は別に1日位は寝なくても大丈夫だ。それよりずっと走り回って疲れてるアンナが寝るべきだろう」
「私も長旅は慣れている」
「いやいや」
「休んで」
2人で譲り合うかの如く言い合っていると「ならば2人とも私に任せて眠ってくれないだろうか?」といつの間にか起き上がっていたアルフィノに言われ2人は顔を見合わせ笑い合うのであった。
「『あなたの飛空艇』に乗れて、よかった」
と言いながらアンナは立ったまま操縦桿に乗りかかり目を閉じた。「おい」と声をかけると「30分寝るから」と答えが返って来る。
「アンナ、あなたは立ったまま眠れるのか?」
「長い間旅に出てたから。もう一種の特技って感じ。一番落ち着く」
「せめて座ってくれ。見てるこっちが休まらんからな」
「ああ頼むよ、アンナ」
しょうがないなあと口を尖らせながらもアルフィノから返されたマントを膝に置いた。「ほらシドも」と言いながら膝をポンポン叩いている。
「お、俺は向こうで寝るから大丈夫だ」
「そっか。じゃ、アルフィノ来る? 膝、いいよ」
「あー私も遠慮しておこう」
男2人の返答にただ一言「知ってる」と答えたまま目を閉じている。眠っているかは一切見分けがつかない。2人は顔を見合わせる。アルフィノの方は顔が少し赤くなっていた。
「断ると分かっててわざと言いやがったのか? いやまさか」
「彼女は……なかなかクセがあるみたいだね。どうだいシド、隣で寝てもいいんじゃないか? 絵でも描いてあげるよ」
「魅力的な誘いだがさすがに断るからな」
―――この時の俺は『あなたの飛空艇』と強調していた意味が分からなかった。今思うと答えを言われていたに等しい行為だった。
◇
ガルーダとの戦いで初めてシドはアンナの戦いを見る事になる。この時の彼女は両手杖を掲げる癒し手としての戦い方だった。動物を狩る時は弓、人前で戦う時は基本的に人を癒す事に徹しているらしい。「まだ駆け出しだから」と言いながらこまめに回復する姿は、確かに不敵な笑みを浮かべた冒険者のモノとは程遠い練度だった。
ガルーダとの戦闘が終わり、最終的にアンナの勝利で終わる。光の加護により蛮神によるテンパード化を防ぐ―――まさにエオルゼア軍の奥の手。確かに【超える力】を持ち戦いも出来る彼女にかかれば蛮神問題も解決できるだろうと安堵していた時、ガイウスが俺の目の前に現れた。
軍団長であるガイウスの圧倒的力を持つ存在と、実戦投入された最終兵器アルテマウェポン。蛮神を喰らい、力とする存在を目の前に俺たちは一時撤退の4文字しか選択肢がなかった。ふと「あれが、漆黒の王狼……」と低く無機質な声が聞こえてくる。アンナの声、だったと思う。英雄になるだろう冒険者を失うまいと必死にエンタープライズ号を操舵するシドに確認する術は存在しなかった。
古代兵器の再始動を目の当たりにした3人はこれからの事を話し合う。まずはミンフィリア達の救出。アルテマウェポン破壊、そしてエオルゼアからガレマール帝国を撤退させる。「やる事、たくさんだね」とアンナは呟いていた。考えていても埒が明かないのでとりあえず『希望を光を再び灯すために砂の家に行くか』と結論を出し、ベスパーベイへ。襲撃を逃れていた暁の血盟のイダ、そしてヤ・シュトラと再会するのであった。
イダとアルフィノは目を閉じ、一時の休息を取っていた。シドはアンナに「一番疲れているのはお前だ」と楽にするよう促した。
「そんな事言われたの成人前位だ」
「何言ってるんだお前は十分若者の範囲内だろ」
「ほー。じゃああなたは何歳?」
「34。お前は?」
アンナはクスクスと笑いながらさぁね、と言った。「あまり人と関わらないように旅をしていた時期があってね。何年彷徨ってたか分からないんだ」と呟く姿は少し寂しそうに見えた。かける言葉が頭から浮かばない。フリーズしてる様を見て彼女は人差し指を突き立て言い切った。
「ちゃんと性別は女性と分かってから旅を始めたし、それから云年経って、アンナと名乗って5年だから……26位かな?」
明らかに嘘なのはその辺にある石ころでも分かるだろう。しかし彼女の精神性と、思ったよりも気さくに話が出来そうな雰囲気から自分と同じ年位だろうと思っておく事にした。―――後にウチの社員になる彼女の兄によるとシドよりも50は上らしい。計算がざっくりとしすぎているな、と赤色の髪の男と苦笑しながら酒を飲み交わした。
◇
次に印象のある出来事と言えば魔導アーマーを鹵獲して修理した時の話だろうか。再び少し沈んだ表情をしながら当時偶然弓を持っていたアンナの隣で戦った。戦闘を重ねるごとに少しだけ笑顔になっていくのが少し怖かったのだがここでは置いておく。
「カストルム・セントリに潜入してミンフィリアを助け出すぞ!」と言った時のアンナの不敵な笑みが何よりもシドにとっての活力となったのだ。人の事はあまり言えないなと当の本人は苦笑しながらも隣に立てるのが何よりも嬉しい。アンナはどう思っていたのだろうか。何度か思い出した時に聞いているが照れくさいのか答えてくれない。
「お世話になっている人たちだし。助けるのは当然の話」
旅人だとよく強調するクセになぜ自分や暁の血盟の人らに肩入れしてくれているのかと聞いたのもこの時だった。レヴナンツトールの整備用拠点で魔導アーマーを見上げながら話をしていたのを覚えている。
「私はね、自分を優しくしてくれた人と約束は守る事にしてるんだ」
「これまた大きく出たな」
「実はアルフィノとはね―――」
話を聞くとアルフィノとの出会いが彼女の冒険者生活スタートのきっかけだったらしい。蛮族に囲まれていたアルフィノとアリゼーを助けたお礼にグリダニア行のチョコボキャリッジに乗せてもらったのだと。アルフィノが暁の血盟の人間だと知ったのはつい最近で。奇妙な縁だな、と思いながら付いてきてるんだ、と苦笑を浮かべながら喋る姿は少しだけ新鮮に思えた。思えば彼女の過去をこの時まで聞いた事が無かった。シドの過去の一部は【超える力】で視られてしまっていたのにアンナの歩いてきた軌跡は一切見る事が出来ていない。だから少しだけ遠慮がちに話をする彼女が"新鮮だ"と表現できた。
「元々冒険者になろうとは思ってなかった。けど、エオルゼアで動くなら色々と便利かなって思ってね。人助けも好きだしやっちゃえと走り回ってたらいつの間にか暁の人らと行動してた」
「なかなか飛躍した面白い動機じゃないか。ところで冒険者になる前はどこを旅して」
「あ、カエル食に興味ない? レヴナンツトールのすぐ外にいるやつの肉を食べられないか少し頑張ってみたんだけど」
露骨に話題を逸らしていた。そしてニクス肉の料理は丁重に断った。未来の俺からしたら『約束』という言葉を使っていたのに何も疑問に浮かばなかった自分を蹴飛ばしたい―――
◇
アンナというエオルゼアの英雄が誕生するまでに外せない出来事と言えばやはり魔導城プラエトリウムでの活躍だろう。シドも魔導アーマーで援護してカストルム・メリディアヌムを制圧。そしてエンタープライズ号で空からの侵入を果たしたシドとアンナ達冒険者はガイウスと対峙する。
そういえば作戦【マーチ・オブ・アルコンズ】が始動して間もない時に初めて彼女が刀を持つ姿を見た。珍しい武器を持っていたので聞くと偶然出会ったムソウサイと名乗る侍の弟子になったんだと語る。
「仮にもヴィエラの集落生まれだからね。出身はオサードの方だから刀は見た事あった。ウルダハで見かけて懐かしくなって」
雷を受けたような衝撃を受けた。舌をペロリと出しながら愛しげに鍔の辺りを撫でる姿に少しだけ、ほんの少しだけ決して表に出せない一つの感情を刺激する。今は作戦中だと自分に言い聞かせすぐに引っ込めたのだが―――少し席を外す時間があったら少々危なかったかもしれない。そんな姿を見てからだったのだろうか、彼女の戦う姿に対してそそる様になったのは。魔導アーマーを操りながらふと交戦中の彼女に目をやると、ニィと歯を見せた笑顔で帝国兵と斬り合っていた姿が印象的で、世界が違う人間だと今でも思っている。自分のように後方支援を行う姿よりやはり正面切って刀で一閃する方が似合っているし、何よりシド自身の欲情が刺激されていった。それは文字通り最後の"希望"が自分の隣に立ち、返り血を浴びながら自分を護りながら斬り捨てる姿に、ゾクリと背筋が凍るような未知の感覚が襲い掛かっていたのだ。よく思えばよくこの頃に想いを自覚できなかったなと自らの鈍感さに嫌気がさす。
閑話休題。魔導城ではシドが捨てた故郷の者達が語りかけて来た。ある者は友の息子であった自分に期待を裏切られてもなお再び傍に置いてやろうとした男。またある者は伝説とされてしまった自分に焼け焦げながら劣情をぶつけて来た幼馴染と呼べる男だった。そう、坊ちゃんとして育った自分が考えもしなかった感情たちが襲い掛かる。そんなまるで郷愁とぶつけられた一種の劣等感により闇へと落とされていく葛藤を赤い閃光は全て斬り払った。ガイウスの誘いも即断り、現れる敵は躊躇なく斬り捨てていく。現在もだが味方としていてくれて心から助かった。当のアンナは「顔見えてたら危なかったかもね。あなたほどじゃないけどナイスヒゲだし」と後に語る。冗談だよな? と聞いたが目は笑っていなかった。―――本当に味方でよかった。
「シドは別に亡命して後悔してないんでしょ?」
「勿論だ。ガイウスに引導を渡してやる、頼んだぞ」
「うん、それでいい。あんな奴といると『自由』に手を伸ばせないからね。全部護ってあげる」
アンナはシドを勇気づけるが如く語りかけながら頭をポンと撫でてやりエレベーターに消えて行った。アンナの方が背が高いので撫でる行為は容易である。行為を受けたシドといえば少し恥ずかしい気持ちで溢れかえっていたのだが。
ネロとの会話後―――アレはほぼ一方的な感情の吐露だったが、アンナは戦いながらシドへリンクシェル通信を再び繋いでいた。『大丈夫』『私は、知ってる』『ネロとかいう、趣味悪い赤の、自称天才プライド高すぎ鎧野郎よりさ、あなたの方が数段強いから』なんて息一つ乱さず囁くような声を聞かせる。と思ったら、『あっやっべ聞こえてた』と声が漏れてきた直後、通信をブチ切られた様に自分の張りつめた緊張が解けていった。ネロが再び強制的にジャミングして切ったのだろう。一瞬だけ『ぶっ殺すぞテメェ!』だと思われる声が断片的に聞こえたからだ。目の前で片手間にボソボソ自分の陰口をたたいていたら普段温和なシドでも物凄くキレ散らかすだろう。戦闘中なのに余裕がありすぎる姿に頼もしさもあるが少々危うさもある。ガイウスに、アルテマウェポンに勝てるのだろうか。刀を握り始めて大した時期が経っていないんだ、途中で膝を突いてしまうのではないか。いや彼女が賜った【超える力】が有れば大丈夫。―――なはずと考える内に眉間の皴がより一層深くなったのを感じた。
ふと一瞬だけ城内の電力が落ちる。嫌な予感がした。モニター室のシステムから確認すると地下深い場所に電力を集中させている事が分かる。つまり、と考えた瞬間に彼女のリンクシェルへ繋いだ。先程外から流れて来た情報を渡し、あとはアルテマウェポンを破壊するだけだと伝える。
「いいか、死ぬなよ生きて帰って来るんだ」
アンナの声は聞こえなかった。ノイズが酷すぎて自分の言葉が伝わったかも分からない。シドは祈る事しかできなかった。お膳立ては出来たのだ、あとは彼女の頑張りで世界の行く末が決まる。
ここまで来てしまったらもう自分にやる事はない。シドは一足先にモニター室から離脱し、脱出した。
◆◆◆
―――シドは脱出できたのだろうか。心配になる。
アンナの中ではかろうじて聞こえた『生きて帰って来るんだ』という言葉が反芻していた所にガイウスが降って来た。偉そうに演説し時間稼ぎをしたガイウスをまだ慣れぬ刀でなんとか斬り払い、追いかけた先で目の前に現れたのはアルテマウェポン。自分よりも遥かに大きいものに対して少しだけ怖かったが、吸収していた蛮神は一度倒した相手だ。そう考えると一瞬持った恐怖は薄まってきている。何とか恐ろしい古代兵器から蛮神を引き剥がし、ようやく互角以上に戦えると思った瞬間だった。アシエンが現れ、トンデモない事をしでかす。
ガイウスも知らなかった最終兵器究極魔法アルテマ、空へ放たれた大魔法の威力は絶大だった。一発でプラエトリウムが壊滅する程度の威力を持っている。アンナはハイデリンの加護により何とか無傷だったのだが懸念が生まれた。
『シドは脱出できたのだろうか』
リンクパールに手を当てても何も反応はしない。当たり前だ、通信が途切れると言われていたのだから。ガイウスとラハブレアが何かを言っていたようだがアンナの頭の中には入ってこない。『いや大丈夫。今まで見てきたシドなら引き際位わかってる。でももし万が一失敗してたら』頭の中でずっとグルグルと渦巻き彼女は顔を伏せる。
「しかし、今は! この者らを倒し我に力有りと証明するッ!」
うるさい、キミはシドを大事にしたかったんじゃないのか? ただ一度の拒絶で捨てる程度の存在だったのか?
「どちらが真に『持つ者』なのか決着ををつけようじゃないか冒険者!」
厭だ、力なんていらない。約束を交わした少年を助けられなかった、約束を果たせなかった力なんて、ボクは。
構えた刀に、身体から放出されるナニカが流れ込んでいく様を感じる。"これ"はまさか……いけない、分かっていても自分の中のナニカが『奴らがいないのだから大丈夫だろう。"ボク"達の圧倒的な力ってやつを見せてやろうじゃないか。―――』と囁いた。「シ、ド」とボソとアンナは呟く。小さな言葉は周りの冒険者やガイウス、そしてアンナ本人の耳にも届かないだろう。冷たい体に焔が灯され、過去によく聞いた獣のような唸り声を漏らした。
ここからアンナの記憶は塗りつぶされたかの如く真っ黒になる。はっと気が付くとアルテマウェポンから弾き飛ばされたガイウスが倒れていた―――
◆◆◆
―――心臓がいくつあっても足りなかったさ。あの閃光を見た時、絶望しかけていたしとっととエンタープライズで助けに行ってやりたかった。強く、ただ強く戻ってくるようにと祈る。するとあの人は爆発する中、焼き切れていたはずの魔導アーマーで奔ってきた。サンクレッドの救出も成功し、新たなエオルゼアの英雄、『光の戦士』の誕生である。
アンナはただ笑みを浮かべ、彼らの祝福を受け取っていた。ふとシドと目が合い、お互い笑顔を浮かべ「よかった」と言葉が重なった。
◇
「シド」
「旅人の英雄さんじゃないか」
「英雄は余計」
第七星歴の宣言が行われ、数日の時が経った。何となくレヴナンツトールで落ち合い、軽食でもどうだと誘うとあっさりとついてくる。噂で暁の血盟の拠点を引っ越しすると聞いていた。忙しいだろうに、とシドは言うと「それは私の仕事ではないからね」とウィンク付きの返事が返って来た。
「ガイウスとの戦いももう昔の話みたいで」
「そういえばお前ネロの前で陰口叩いた後何があった?」
「第一印象を言っただけ。殺すぞって言いながら私を執拗に狙ってきた。聞いた方が悪いのに」
「いや戦闘中に他事は失礼だろう。……って待て、刀振り回してたんだよな? 目の前で言ってるしキレられて当然じゃないか」
「うーん……あなたが不安で潰されてないか心配だったから。あなたが悪い」
シドは「俺のせいにするな」と言いながら小突いてやると彼女は満面の笑顔で「ごめんごめん」と舌をペロリと出した。プライドが高いネロの事だろう、アンナの小言は相当効いたに違いない。当時、何を思ったか聞いてみたいと思っていた。しかし死んだ者に直接問いかけ答えてもらう術は確立されていない。いやもしかしたら死んでない可能性もあるか。噂では死体は発見されてないと聞く。どこかで会うかもしれないのが厄介だと今後起こるであろう面倒事に想いを馳せていた。現在も聞けていないから今度聞いてみようと考えている。
「それを言ったら私も心配だった。アルテマウェポンがやらかした爆発の時、脱出できてたのかなって」
「お前と連絡取れなくなった地点で役目は終わりだと思って脱出した。心配かけちまったみたいだな」
「そっか。怪我、無くてよかった」
どうやら自分の身よりも他人の方が心配だったらしい。どこまでも英雄にふさわしい考え方を持っているようだが、裏を返すと自分の限界を知らない危うさも存在するという事。その証拠として魔導アーマーで生還し、祝福の喜びを受けた後操縦席で突っ伏して眠ってしまったのである。彼女を取り巻いていた人間全員が慌てていた所、寝息が聞こえるや否や皆溜息を吐いた後笑顔を浮かべていた。実は安心した顔で眠ったアンナを見たのが初めてであり、シドも含めて安心してもらえたのが何よりも嬉しかったのだから。
「これからどうする?」
「蛮神問題を片付けたらまた旅に出たいよね」
「お前は旅人だから言うと思ったぜ。でも英雄さんをあっさり自由にさせてくれるのか?」
「―――頑張ったのは暁の皆だからなんとかなるさ。私はただの旅人だからね」
「あー……そんな事より、案内したい所があるから落ち着いた時にまた連絡が欲しい」
彼女の口癖を聞きながらリンクシェルにシド直通の連絡先を追加してやる。本能的に今渡さないと二度とチャンスが来ないと思ったからだ。アンナは笑顔で受け取った後、「どこに?」と聞いた。
「決まってるだろ? ガーロンド・アイアンワークス社だ」
「ほーそりゃ楽しみ」
2人の笑い声が重なった。楽しみが増えた、と言いながらお互い別れる。彼女が興味を持つ存在を定期的に与えることが出来れば。しっかりと彼女の力を求めればもうしばらくエオルゼアに残ってくれるだろうと確信していた。しかしその前に会長代理として任せていたジェシーの説教の続きと積まれた仕事を片付けないと。
―――まあその後すぐにクリスタルタワーの案件で再会するのだが。しかしガーロンド社に連れて行く事に対して楽しみと答えたのも今思えば当然じゃないか! 浮かれていた自分を本当に責めたいと何度も思ったさ。
#シド光♀
新生2.0振り返り要素有り。シド少年時代捏造。
―――俺が彼女に惚れていた事を自覚したのはいつ頃だろうか。
ガレマルド出身であるシドは故郷からエオルゼアに亡命し、ガーロンド・アイアンワークス社を興した。しかし、第七霊災で起こった事故でシドは記憶を無くしウルダハの教会で何も分からぬまま隠れて暮らすことになる。ガレアンの証である第三の眼によって差別する者もいれば神父であるイリュドみたいに傷が癒えるまで匿ってくれる存在もいた。マルケズと名付けられ、墓守として生活を送っていた時に出会ったのが後のエオルゼアの英雄と呼ばれることになる、アンナ・サリス。頼まれごとで不在の間に暁の血盟の拠点であった砂の家をガレマールの軍人によって襲撃された。一時の避難場所として協力者がいる教会に行けと言われたと口を開く。「私は旅人。お世話になってた場所が、襲撃。ここに行け、と」と淡々と抑揚なく語る姿がまるで作り物みたいな不気味な人で。これがアンナを目の前にして抱いた第一印象である。後に「帝国が自分を認知して襲ってきた目的が分からなかったから冷静を装ってただけ」と舌をペロリと出しながら話してくれた。―――確か彼女がやって来た3日目の夜の姿で印象が変わったんだっけな、と思い出す。
◇
夜も更けた頃、マルケズはふと外の物音に反応する。慎重に教会の扉を開き外を覗くと墓の横に座り込み空を見上げる黒髪のヴィエラが見えた。出会った頃の2人は日中は頼み事以外一切会話をせず、彼女もふらりと出て行っては帰って来るを繰り返していた。教会の人間も含め、新しく転がり込んできた女性は笑顔で応対はしてくれる。だが、どこか仮面みたいな―――マルケズにも負けない不気味な人だと囁かれていた。しかしオルセンは以前助けてもらった事があるようで『アンナさんは正義感が強い素敵な方です』と言っていたのだが。実はその時には既に顔を合わせてはいたらしい。しかしお互い印象に残っていなかった。
「何を、している」
「―――星を見ている」
虚ろな目でマルケズを見上げたアンナは一切表情を変えなかった。しかしマルケズは見逃さなかった。平静を装いながらも震え揺れるアンナの宝石みたいな赤い瞳を。少しだけ離れて彼女の隣に座り、同じく空を見上げた。
綺麗な星空だった。街頭1つない真っ暗な場所で見る星はますます光り輝いていると感じた。墓場である事を覗けばロマンチックだと言えるだろう。ふと彼女は「暗闇は、嫌いだ」と吐き捨てた。
「なぜだ?」
「真実を隠し、私を狂わせる」
「俺は好きだ。落ち着くんだ」
マルケズにとっての暗闇は隠れていれば自分の不安を包み込み、少しだけ気が楽になっていた。軽くため息を吐く音が聞こえたので彼女の方を見ると両膝に顔を埋め、少し震えていた。慌てながら「だ、大丈夫か?」と背中を優しくさすってやると「大丈夫」と弱弱しい声が聞こえた。そして突然顔を上げ彼の方に向くと真剣な目で言ったのだ。「あと迷子になる」、と。
予想もしなかった言葉に目が点になったのを覚えている。教会の廊下を思い出すと先程夜も更けたからと消灯していた。
「まさかと思うが自室が分からないのか?」
「……はい。って笑ってる?」
「す、すまない。短い通路で迷われるとは思わなくて」
「むぅ失礼な人。でも……笑えるんだ、よかった」
首をかしげるとアンナはクスクスと笑いながら言葉を続ける。
「何かトラウマで笑えないのかなって」
「その、俺はただ―――」
いつの間にか彼女への恐怖心が消えてしまっていたマルケズの心を見透かされたのだろうか。それとも知る気が無かったのかアンナはふと何か思い立ったのか立ち上がる。「さ、誰かに見られたくないでしょ?」と言いながら手を差し伸ばした。マルケズは何も考えずその手を握ると、アンナは軽く息を吸った後片手で引っ張り上げる。細い見た目に反して大男を軽く引き上げるほど力強いのはさすが冒険者と呼ばれる存在で。普通の屈強な冒険者と違う所と言えばふわりと漂うフローラルな香りだろうか。これまで見えもしなかった作り物ではない女性の部分が垣間見えた瞬間に少しうろたえる。感情を悟られないよう「次はちゃんと部屋の場所覚えるんだ」とからかった。が、当の彼女はその言葉を無視しながら細い指で彼の手を触ったり指を動かしている。突然の行為に「な、何をしている?」と聞くとアンナは優しい声で答えた。
「技術者の手」
「そう、か?」
「数日観察の結果、ね。今触ってみて確信した。大きくて、しっかりとしてて嫌いじゃない」
目を見開くマルケズを見たアンナは「明日に支障が出るよ? あなたがね」と言いながら教会の中へと消えて行く。追いかけるようにマルケズも教会に戻り、扉を閉めた。彼は顔を見せないようそっぽを向き彼女の部屋へ案内しながら赤くなった顔をローブで隠すのに手一杯だった。視線を感じていなかった事も無いのだが不愛想だった自分を観察し続けていた事にも驚いたし、『笑えるんだ』とは自分も投げつけたい言葉であった。初めて見た彼女の優しく自然で、綺麗なヒトの笑顔だった。
自室に戻り、ハンマーと傍に置いていた金属に手を伸ばす。もう部屋に戻れないからと野宿はさせない、そう想いながら一晩打ち付け形作った。
―――思えばこの地点で俺は焔を宿した宝石の如く赤い瞳に射止められた愚かな獣になっていたのかもしれない。
◇
アルフィノによって外の世界に連れ出され、エンタープライズ号で自分がシドである事の記憶を取り戻した日。アンナからのシドを見る目が変わったのを今でも覚えている。
星を見上げた夜以降、アンナは何かに安心したのか少しだけ笑顔を取り戻した。そして積極的に教会の手伝いや料理を振舞ってもらえるようになった。彼女は教会のご飯だけでは足りなかったので郊外で狩った動物と採取した物で自給自足しながら怪しい奴がいないか巡回していたらしい。マルケズに「遠慮せずに食べて。あなたデカいんだから」と分厚い肉を押し付けられたのは平和になった今でも覚えている。教会の人間も彼女の姿に安堵し、次第に打ち解けていく姿が嬉しかった。しかし、昨日まで沈んだ顔をしていながらも神父のかわりに用件を聞く自分を頼り合っていた、つもりで。そんな彼女の周りに人が集まり近付きにくくなったのはどこか少し寂しい感情もあった。そんな中アルフィノが現れ、2人を外へ連れ出す。教会に身を寄せる人間たちに大層惜しまれつつエンタープライズ号を探す旅が始まったのはマルケズ、いやシドにとって嬉しい話でもあった。『もっと彼女を知る事ができる』、『自分が何者か分かる時が来たのだ』と。確かに知ろうとする行為は怖かった。しかし祖父の遺志を継ぎ立派でいようとする青年と、ミステリアスで強い冒険者の彼女がいれば大丈夫だろうと確信していた。
そう、当時のシドにとってのアンナはミステリアスでクールだと感じていたのだ。実は『とんでもない猫かぶり』だったわけだが、真実を知るのは相当後の事になる。
飛空艇で大空を翔る中、シドは記憶の一部を取り戻す。清々しい気分だった。ただ、当時の自分の元へ行けるなら、ついでに赤髪のヴィエラとの約束も一字一句間違えずに思い出せと本気で殴りたいと未だに思っている。アンナは【超える力】でシドの過去を覗き見た時には彼が『約束』を交わした少年だったと気が付いていたらしい。あの時の言葉はそういう意味だったのかと時間が経った今でも歯ぎしりしたくなる。
「綺麗な星空」
「よく見えるだろ?」
ガルーダの元へと向かう夜、星空を見上げるアンナを苦笑しながら見つめた。アルフィノはアンナに「明日決戦なんだからちゃんと寝て。背伸びないよ?」と言われ文句を言いながらも彼女が持っていたマントに包まれ目を閉じていた。
アンナは飛空艇から身を乗り出して空を見上げている。「危ないぞ」と彼女の肩に手を置き引っ張った。彼女は「うん最高」と言いながら満面の笑顔を浮かべている。
「エオルゼアに来るまで飛空艇に乗った事はなくて」
「意外だな。旅人なんだから普通に飛空艇や船で移動しているのかと」
「私が乗る船はよく沈んでたから」
ずっと運が悪かったみたい、と言いながら相変わらず星空を目で追いかけているようだ。
「俺の飛空艇まで沈めてくれるなよ?」
「エオルゼアに来てからは一度も沈めてないし」
イタズラっぽく言ってやると初めてシドの方を向き頬を膨らます柘榴石色の瞳と目が合う。「あ……」と声が漏れる。シドは普通に冗談言い合っていた相手が女性だった事を思い出した。彼女の肩に置いたままだった手を「す、すまん!」と言いながら引っ込めた。きょとんとしている顔から踵を返し、「お前も寝た方がいいだろう。何せ明日決戦なんだからな?」と言ってやると「あなたの方が寝た方がいい」と返されながら腕を掴まれた。
「自動的に操縦するとか出来ない? 見張っておくから先に寝ときなよ。不安」
「俺は別に1日位は寝なくても大丈夫だ。それよりずっと走り回って疲れてるアンナが寝るべきだろう」
「私も長旅は慣れている」
「いやいや」
「休んで」
2人で譲り合うかの如く言い合っていると「ならば2人とも私に任せて眠ってくれないだろうか?」といつの間にか起き上がっていたアルフィノに言われ2人は顔を見合わせ笑い合うのであった。
「『あなたの飛空艇』に乗れて、よかった」
と言いながらアンナは立ったまま操縦桿に乗りかかり目を閉じた。「おい」と声をかけると「30分寝るから」と答えが返って来る。
「アンナ、あなたは立ったまま眠れるのか?」
「長い間旅に出てたから。もう一種の特技って感じ。一番落ち着く」
「せめて座ってくれ。見てるこっちが休まらんからな」
「ああ頼むよ、アンナ」
しょうがないなあと口を尖らせながらもアルフィノから返されたマントを膝に置いた。「ほらシドも」と言いながら膝をポンポン叩いている。
「お、俺は向こうで寝るから大丈夫だ」
「そっか。じゃ、アルフィノ来る? 膝、いいよ」
「あー私も遠慮しておこう」
男2人の返答にただ一言「知ってる」と答えたまま目を閉じている。眠っているかは一切見分けがつかない。2人は顔を見合わせる。アルフィノの方は顔が少し赤くなっていた。
「断ると分かっててわざと言いやがったのか? いやまさか」
「彼女は……なかなかクセがあるみたいだね。どうだいシド、隣で寝てもいいんじゃないか? 絵でも描いてあげるよ」
「魅力的な誘いだがさすがに断るからな」
―――この時の俺は『あなたの飛空艇』と強調していた意味が分からなかった。今思うと答えを言われていたに等しい行為だった。
◇
ガルーダとの戦いで初めてシドはアンナの戦いを見る事になる。この時の彼女は両手杖を掲げる癒し手としての戦い方だった。動物を狩る時は弓、人前で戦う時は基本的に人を癒す事に徹しているらしい。「まだ駆け出しだから」と言いながらこまめに回復する姿は、確かに不敵な笑みを浮かべた冒険者のモノとは程遠い練度だった。
ガルーダとの戦闘が終わり、最終的にアンナの勝利で終わる。光の加護により蛮神によるテンパード化を防ぐ―――まさにエオルゼア軍の奥の手。確かに【超える力】を持ち戦いも出来る彼女にかかれば蛮神問題も解決できるだろうと安堵していた時、ガイウスが俺の目の前に現れた。
軍団長であるガイウスの圧倒的力を持つ存在と、実戦投入された最終兵器アルテマウェポン。蛮神を喰らい、力とする存在を目の前に俺たちは一時撤退の4文字しか選択肢がなかった。ふと「あれが、漆黒の王狼……」と低く無機質な声が聞こえてくる。アンナの声、だったと思う。英雄になるだろう冒険者を失うまいと必死にエンタープライズ号を操舵するシドに確認する術は存在しなかった。
古代兵器の再始動を目の当たりにした3人はこれからの事を話し合う。まずはミンフィリア達の救出。アルテマウェポン破壊、そしてエオルゼアからガレマール帝国を撤退させる。「やる事、たくさんだね」とアンナは呟いていた。考えていても埒が明かないのでとりあえず『希望を光を再び灯すために砂の家に行くか』と結論を出し、ベスパーベイへ。襲撃を逃れていた暁の血盟のイダ、そしてヤ・シュトラと再会するのであった。
イダとアルフィノは目を閉じ、一時の休息を取っていた。シドはアンナに「一番疲れているのはお前だ」と楽にするよう促した。
「そんな事言われたの成人前位だ」
「何言ってるんだお前は十分若者の範囲内だろ」
「ほー。じゃああなたは何歳?」
「34。お前は?」
アンナはクスクスと笑いながらさぁね、と言った。「あまり人と関わらないように旅をしていた時期があってね。何年彷徨ってたか分からないんだ」と呟く姿は少し寂しそうに見えた。かける言葉が頭から浮かばない。フリーズしてる様を見て彼女は人差し指を突き立て言い切った。
「ちゃんと性別は女性と分かってから旅を始めたし、それから云年経って、アンナと名乗って5年だから……26位かな?」
明らかに嘘なのはその辺にある石ころでも分かるだろう。しかし彼女の精神性と、思ったよりも気さくに話が出来そうな雰囲気から自分と同じ年位だろうと思っておく事にした。―――後にウチの社員になる彼女の兄によるとシドよりも50は上らしい。計算がざっくりとしすぎているな、と赤色の髪の男と苦笑しながら酒を飲み交わした。
◇
次に印象のある出来事と言えば魔導アーマーを鹵獲して修理した時の話だろうか。再び少し沈んだ表情をしながら当時偶然弓を持っていたアンナの隣で戦った。戦闘を重ねるごとに少しだけ笑顔になっていくのが少し怖かったのだがここでは置いておく。
「カストルム・セントリに潜入してミンフィリアを助け出すぞ!」と言った時のアンナの不敵な笑みが何よりもシドにとっての活力となったのだ。人の事はあまり言えないなと当の本人は苦笑しながらも隣に立てるのが何よりも嬉しい。アンナはどう思っていたのだろうか。何度か思い出した時に聞いているが照れくさいのか答えてくれない。
「お世話になっている人たちだし。助けるのは当然の話」
旅人だとよく強調するクセになぜ自分や暁の血盟の人らに肩入れしてくれているのかと聞いたのもこの時だった。レヴナンツトールの整備用拠点で魔導アーマーを見上げながら話をしていたのを覚えている。
「私はね、自分を優しくしてくれた人と約束は守る事にしてるんだ」
「これまた大きく出たな」
「実はアルフィノとはね―――」
話を聞くとアルフィノとの出会いが彼女の冒険者生活スタートのきっかけだったらしい。蛮族に囲まれていたアルフィノとアリゼーを助けたお礼にグリダニア行のチョコボキャリッジに乗せてもらったのだと。アルフィノが暁の血盟の人間だと知ったのはつい最近で。奇妙な縁だな、と思いながら付いてきてるんだ、と苦笑を浮かべながら喋る姿は少しだけ新鮮に思えた。思えば彼女の過去をこの時まで聞いた事が無かった。シドの過去の一部は【超える力】で視られてしまっていたのにアンナの歩いてきた軌跡は一切見る事が出来ていない。だから少しだけ遠慮がちに話をする彼女が"新鮮だ"と表現できた。
「元々冒険者になろうとは思ってなかった。けど、エオルゼアで動くなら色々と便利かなって思ってね。人助けも好きだしやっちゃえと走り回ってたらいつの間にか暁の人らと行動してた」
「なかなか飛躍した面白い動機じゃないか。ところで冒険者になる前はどこを旅して」
「あ、カエル食に興味ない? レヴナンツトールのすぐ外にいるやつの肉を食べられないか少し頑張ってみたんだけど」
露骨に話題を逸らしていた。そしてニクス肉の料理は丁重に断った。未来の俺からしたら『約束』という言葉を使っていたのに何も疑問に浮かばなかった自分を蹴飛ばしたい―――
◇
アンナというエオルゼアの英雄が誕生するまでに外せない出来事と言えばやはり魔導城プラエトリウムでの活躍だろう。シドも魔導アーマーで援護してカストルム・メリディアヌムを制圧。そしてエンタープライズ号で空からの侵入を果たしたシドとアンナ達冒険者はガイウスと対峙する。
そういえば作戦【マーチ・オブ・アルコンズ】が始動して間もない時に初めて彼女が刀を持つ姿を見た。珍しい武器を持っていたので聞くと偶然出会ったムソウサイと名乗る侍の弟子になったんだと語る。
「仮にもヴィエラの集落生まれだからね。出身はオサードの方だから刀は見た事あった。ウルダハで見かけて懐かしくなって」
雷を受けたような衝撃を受けた。舌をペロリと出しながら愛しげに鍔の辺りを撫でる姿に少しだけ、ほんの少しだけ決して表に出せない一つの感情を刺激する。今は作戦中だと自分に言い聞かせすぐに引っ込めたのだが―――少し席を外す時間があったら少々危なかったかもしれない。そんな姿を見てからだったのだろうか、彼女の戦う姿に対してそそる様になったのは。魔導アーマーを操りながらふと交戦中の彼女に目をやると、ニィと歯を見せた笑顔で帝国兵と斬り合っていた姿が印象的で、世界が違う人間だと今でも思っている。自分のように後方支援を行う姿よりやはり正面切って刀で一閃する方が似合っているし、何よりシド自身の欲情が刺激されていった。それは文字通り最後の"希望"が自分の隣に立ち、返り血を浴びながら自分を護りながら斬り捨てる姿に、ゾクリと背筋が凍るような未知の感覚が襲い掛かっていたのだ。よく思えばよくこの頃に想いを自覚できなかったなと自らの鈍感さに嫌気がさす。
閑話休題。魔導城ではシドが捨てた故郷の者達が語りかけて来た。ある者は友の息子であった自分に期待を裏切られてもなお再び傍に置いてやろうとした男。またある者は伝説とされてしまった自分に焼け焦げながら劣情をぶつけて来た幼馴染と呼べる男だった。そう、坊ちゃんとして育った自分が考えもしなかった感情たちが襲い掛かる。そんなまるで郷愁とぶつけられた一種の劣等感により闇へと落とされていく葛藤を赤い閃光は全て斬り払った。ガイウスの誘いも即断り、現れる敵は躊躇なく斬り捨てていく。現在もだが味方としていてくれて心から助かった。当のアンナは「顔見えてたら危なかったかもね。あなたほどじゃないけどナイスヒゲだし」と後に語る。冗談だよな? と聞いたが目は笑っていなかった。―――本当に味方でよかった。
「シドは別に亡命して後悔してないんでしょ?」
「勿論だ。ガイウスに引導を渡してやる、頼んだぞ」
「うん、それでいい。あんな奴といると『自由』に手を伸ばせないからね。全部護ってあげる」
アンナはシドを勇気づけるが如く語りかけながら頭をポンと撫でてやりエレベーターに消えて行った。アンナの方が背が高いので撫でる行為は容易である。行為を受けたシドといえば少し恥ずかしい気持ちで溢れかえっていたのだが。
ネロとの会話後―――アレはほぼ一方的な感情の吐露だったが、アンナは戦いながらシドへリンクシェル通信を再び繋いでいた。『大丈夫』『私は、知ってる』『ネロとかいう、趣味悪い赤の、自称天才プライド高すぎ鎧野郎よりさ、あなたの方が数段強いから』なんて息一つ乱さず囁くような声を聞かせる。と思ったら、『あっやっべ聞こえてた』と声が漏れてきた直後、通信をブチ切られた様に自分の張りつめた緊張が解けていった。ネロが再び強制的にジャミングして切ったのだろう。一瞬だけ『ぶっ殺すぞテメェ!』だと思われる声が断片的に聞こえたからだ。目の前で片手間にボソボソ自分の陰口をたたいていたら普段温和なシドでも物凄くキレ散らかすだろう。戦闘中なのに余裕がありすぎる姿に頼もしさもあるが少々危うさもある。ガイウスに、アルテマウェポンに勝てるのだろうか。刀を握り始めて大した時期が経っていないんだ、途中で膝を突いてしまうのではないか。いや彼女が賜った【超える力】が有れば大丈夫。―――なはずと考える内に眉間の皴がより一層深くなったのを感じた。
ふと一瞬だけ城内の電力が落ちる。嫌な予感がした。モニター室のシステムから確認すると地下深い場所に電力を集中させている事が分かる。つまり、と考えた瞬間に彼女のリンクシェルへ繋いだ。先程外から流れて来た情報を渡し、あとはアルテマウェポンを破壊するだけだと伝える。
「いいか、死ぬなよ生きて帰って来るんだ」
アンナの声は聞こえなかった。ノイズが酷すぎて自分の言葉が伝わったかも分からない。シドは祈る事しかできなかった。お膳立ては出来たのだ、あとは彼女の頑張りで世界の行く末が決まる。
ここまで来てしまったらもう自分にやる事はない。シドは一足先にモニター室から離脱し、脱出した。
◆◆◆
―――シドは脱出できたのだろうか。心配になる。
アンナの中ではかろうじて聞こえた『生きて帰って来るんだ』という言葉が反芻していた所にガイウスが降って来た。偉そうに演説し時間稼ぎをしたガイウスをまだ慣れぬ刀でなんとか斬り払い、追いかけた先で目の前に現れたのはアルテマウェポン。自分よりも遥かに大きいものに対して少しだけ怖かったが、吸収していた蛮神は一度倒した相手だ。そう考えると一瞬持った恐怖は薄まってきている。何とか恐ろしい古代兵器から蛮神を引き剥がし、ようやく互角以上に戦えると思った瞬間だった。アシエンが現れ、トンデモない事をしでかす。
ガイウスも知らなかった最終兵器究極魔法アルテマ、空へ放たれた大魔法の威力は絶大だった。一発でプラエトリウムが壊滅する程度の威力を持っている。アンナはハイデリンの加護により何とか無傷だったのだが懸念が生まれた。
『シドは脱出できたのだろうか』
リンクパールに手を当てても何も反応はしない。当たり前だ、通信が途切れると言われていたのだから。ガイウスとラハブレアが何かを言っていたようだがアンナの頭の中には入ってこない。『いや大丈夫。今まで見てきたシドなら引き際位わかってる。でももし万が一失敗してたら』頭の中でずっとグルグルと渦巻き彼女は顔を伏せる。
「しかし、今は! この者らを倒し我に力有りと証明するッ!」
うるさい、キミはシドを大事にしたかったんじゃないのか? ただ一度の拒絶で捨てる程度の存在だったのか?
「どちらが真に『持つ者』なのか決着ををつけようじゃないか冒険者!」
厭だ、力なんていらない。約束を交わした少年を助けられなかった、約束を果たせなかった力なんて、ボクは。
構えた刀に、身体から放出されるナニカが流れ込んでいく様を感じる。"これ"はまさか……いけない、分かっていても自分の中のナニカが『奴らがいないのだから大丈夫だろう。"ボク"達の圧倒的な力ってやつを見せてやろうじゃないか。―――』と囁いた。「シ、ド」とボソとアンナは呟く。小さな言葉は周りの冒険者やガイウス、そしてアンナ本人の耳にも届かないだろう。冷たい体に焔が灯され、過去によく聞いた獣のような唸り声を漏らした。
ここからアンナの記憶は塗りつぶされたかの如く真っ黒になる。はっと気が付くとアルテマウェポンから弾き飛ばされたガイウスが倒れていた―――
◆◆◆
―――心臓がいくつあっても足りなかったさ。あの閃光を見た時、絶望しかけていたしとっととエンタープライズで助けに行ってやりたかった。強く、ただ強く戻ってくるようにと祈る。するとあの人は爆発する中、焼き切れていたはずの魔導アーマーで奔ってきた。サンクレッドの救出も成功し、新たなエオルゼアの英雄、『光の戦士』の誕生である。
アンナはただ笑みを浮かべ、彼らの祝福を受け取っていた。ふとシドと目が合い、お互い笑顔を浮かべ「よかった」と言葉が重なった。
◇
「シド」
「旅人の英雄さんじゃないか」
「英雄は余計」
第七星歴の宣言が行われ、数日の時が経った。何となくレヴナンツトールで落ち合い、軽食でもどうだと誘うとあっさりとついてくる。噂で暁の血盟の拠点を引っ越しすると聞いていた。忙しいだろうに、とシドは言うと「それは私の仕事ではないからね」とウィンク付きの返事が返って来た。
「ガイウスとの戦いももう昔の話みたいで」
「そういえばお前ネロの前で陰口叩いた後何があった?」
「第一印象を言っただけ。殺すぞって言いながら私を執拗に狙ってきた。聞いた方が悪いのに」
「いや戦闘中に他事は失礼だろう。……って待て、刀振り回してたんだよな? 目の前で言ってるしキレられて当然じゃないか」
「うーん……あなたが不安で潰されてないか心配だったから。あなたが悪い」
シドは「俺のせいにするな」と言いながら小突いてやると彼女は満面の笑顔で「ごめんごめん」と舌をペロリと出した。プライドが高いネロの事だろう、アンナの小言は相当効いたに違いない。当時、何を思ったか聞いてみたいと思っていた。しかし死んだ者に直接問いかけ答えてもらう術は確立されていない。いやもしかしたら死んでない可能性もあるか。噂では死体は発見されてないと聞く。どこかで会うかもしれないのが厄介だと今後起こるであろう面倒事に想いを馳せていた。現在も聞けていないから今度聞いてみようと考えている。
「それを言ったら私も心配だった。アルテマウェポンがやらかした爆発の時、脱出できてたのかなって」
「お前と連絡取れなくなった地点で役目は終わりだと思って脱出した。心配かけちまったみたいだな」
「そっか。怪我、無くてよかった」
どうやら自分の身よりも他人の方が心配だったらしい。どこまでも英雄にふさわしい考え方を持っているようだが、裏を返すと自分の限界を知らない危うさも存在するという事。その証拠として魔導アーマーで生還し、祝福の喜びを受けた後操縦席で突っ伏して眠ってしまったのである。彼女を取り巻いていた人間全員が慌てていた所、寝息が聞こえるや否や皆溜息を吐いた後笑顔を浮かべていた。実は安心した顔で眠ったアンナを見たのが初めてであり、シドも含めて安心してもらえたのが何よりも嬉しかったのだから。
「これからどうする?」
「蛮神問題を片付けたらまた旅に出たいよね」
「お前は旅人だから言うと思ったぜ。でも英雄さんをあっさり自由にさせてくれるのか?」
「―――頑張ったのは暁の皆だからなんとかなるさ。私はただの旅人だからね」
「あー……そんな事より、案内したい所があるから落ち着いた時にまた連絡が欲しい」
彼女の口癖を聞きながらリンクシェルにシド直通の連絡先を追加してやる。本能的に今渡さないと二度とチャンスが来ないと思ったからだ。アンナは笑顔で受け取った後、「どこに?」と聞いた。
「決まってるだろ? ガーロンド・アイアンワークス社だ」
「ほーそりゃ楽しみ」
2人の笑い声が重なった。楽しみが増えた、と言いながらお互い別れる。彼女が興味を持つ存在を定期的に与えることが出来れば。しっかりと彼女の力を求めればもうしばらくエオルゼアに残ってくれるだろうと確信していた。しかしその前に会長代理として任せていたジェシーの説教の続きと積まれた仕事を片付けないと。
―――まあその後すぐにクリスタルタワーの案件で再会するのだが。しかしガーロンド社に連れて行く事に対して楽しみと答えたのも今思えば当然じゃないか! 浮かれていた自分を本当に責めたいと何度も思ったさ。
#シド光♀
旅人は過去を視る
注意
ガルーダ討伐前のおはなし。シド少年時代捏造。
―――ボクが身につけてしまった力は正直に言うと旅をするうえで邪魔な代物。だけど、心の奥底では求めていたかもしれない縛り付けられるための【希望】だったかもしれない。
視てしまった。何をって? 決まってるでしょう、人の過去です。第七霊災と呼ばれる星降る夜を見届けた数年後。アルフィノ、アリゼーという双子のかわいい子達に連れられてグリダニアに向かう道の途中でだ。変な声を聞いてからボクは人の過去を視る【超える力】というものを手にしたことを自覚する。口頭説明だけでなく過去を見ることで状況を把握しやすくなったのはいいこと。しかし一々眩暈が伴うのは勘弁してほしかった。いや、眩暈以外ではリスクなしで蛮神による洗脳? を無効化するという効果も一緒に渡されたと考えればお得なものだったかもしれない。
閑話休題。今回視た対象は一味違う。突然協力関係になった組織【暁の血盟】の拠点である砂の家をあの男が興したガレマール帝国の者達に襲撃された。意味も分からぬまま協力者がいるというウルダハのキャンプ・ドライボーン郊外にある教会に転がり込んだ。正直な話自分が『バレた』のかと思って怯えていたがどうやら蛮神殺しとなった自分が鬱陶しかったらしい。紛らわしいことをしやがって……ではなく命拾いした。慣れない武器で走り回る自分はあくまでもちょっと超える力なんて得てしまったひよっこ冒険者なのだ。襲われないに越した事はない。
その後聖アダマ・ランダマ教会という場所で記憶を失っていた墓守の男マルケズに出会う。不思議な雰囲気を醸し出す白い人だった。手先が器用で、無意識だが魔導機械を修理できる程度の知識がある。帝国の目的が分かるまで少々怯えていた自分を慰めてくれた"お人好し"だった。こりゃあの国の偉い技師かそれに近しいやつだったのかなあとぼんやりと考えていた。その正体はガルーダ討滅のためアルフィノ少年が探している飛空艇エンタープライズ号を作り、エオルゼアの魔導技術を一気に発展させた帝国からの亡命者シド・ガーロンド。彼が大空を翔るエンタープライズ号で取り戻した記憶を、隣でのぞいてしまった。
結論を言うと"内なる存在"と話をした【あの少年】だった。寒空の夜、偶然自分の目の前に現れた偉大な父の背中と技術を夢見る可愛らしい白色の髪のあの子だ。
◇
「俺、絶対にお兄さんに凄い飛空艇を見せるんだ」
「ホー、そりゃ楽しみだ。でも迷子になる"ボク"を見つけることはできるかな?」
「空からならきっと見つかるって! そしてお兄さんを目的地へすぐに連れて行けるじゃないか」
「ホーそりゃいい夢だ」
もう来たくなかったあの寒空の中、このままだと凍死か捕まってゲームオーバーかと諦めた所に温かい飲み物を持って来てくれた。自分の事は男だと思っていたのだろう、お兄さんと呼ぶ所は育ちがいい子なんだなあと思うくらいで。"ボク"と彼は名乗り合わず、ただの【旅人と少年】として出会い、少しだけ話をした。お互いの故郷の話、ボクは迷子クセがあるいう話、彼の家の話、そして若き少年である彼の将来の話。
「じゃあ次はキミから全力で逃げてみようかな」
「次?」
「"ボク"を捕まえてごらん」
「っ!?」
あの頃のボクは同じ人間には会わない旅人と決めていたはずなのにな。あまりにも面白かったし、朧げな意識の中初めての純粋な優しさが嬉しかったという感情が"内なる存在"にも伝わり、つい手の甲に口付けを送りながらこう言いやがったのだ。
「期限はそうだね……キミがお髭がとっても似合う人になるまで、かな? 翼であるキミの飛空艇たちを守る刃になってあげよう。おっと飛空艇たち、というのは簡単だよ? あんな大きな船をキミ1人で作れるわけないだろう? 全部守ってあげる。こう見えて"ボク"はすっごく強いからね」
「俺が翼で、お兄さんが刃」
「道教えてくれてありがと。あと入学おめでとう。学校、がんばれ」
「ありが……って道違う! 逆! 迷子何とかしたいなら方向覚えなよ!」
◇
嗚呼懐かしい。あの少年がこんなにもヒゲの似合う男になってしまったのか。これまで流れた時間ってあまり気にした事はなかったが残酷である。そして彼の運の良さにボクは恐怖を覚えたよ。
いろいろあったんだなあ。ボクよりも短い時しか生きてないくせに濃縮されてる人生送ってるね、キミ。だからかな? あの寒空の夜を覚えてないみたいだね。いい事だ。ボクとしては捕まりたくないからそっちの方が都合がいいんだよね。そりゃあ少しだけ寂しいけどさ。
「アンナ、大丈夫か?」
「ん……大丈夫」
「ははっ英雄さまは乗り物酔いでもしたか?」
「飛空艇、乗り慣れてないからそうかも」
とりあえずキミ達との出会いという幸運に感謝して、蛮神殴ってガレマール帝国の野望を阻止してあげよう。ボクはヴィエラ、時間はたっぷりある。これが終わったら、また広い世界を旅すればいい。
ボクはアンナ・サリス。何にも縛られない、何者でもないただの無名な旅人さ。どうせキミ達の方が先に死ぬんでしょ? 誰もボクに構わないでよ―――。
#シド光♀
ガルーダ討伐前のおはなし。シド少年時代捏造。
―――ボクが身につけてしまった力は正直に言うと旅をするうえで邪魔な代物。だけど、心の奥底では求めていたかもしれない縛り付けられるための【希望】だったかもしれない。
視てしまった。何をって? 決まってるでしょう、人の過去です。第七霊災と呼ばれる星降る夜を見届けた数年後。アルフィノ、アリゼーという双子のかわいい子達に連れられてグリダニアに向かう道の途中でだ。変な声を聞いてからボクは人の過去を視る【超える力】というものを手にしたことを自覚する。口頭説明だけでなく過去を見ることで状況を把握しやすくなったのはいいこと。しかし一々眩暈が伴うのは勘弁してほしかった。いや、眩暈以外ではリスクなしで蛮神による洗脳? を無効化するという効果も一緒に渡されたと考えればお得なものだったかもしれない。
閑話休題。今回視た対象は一味違う。突然協力関係になった組織【暁の血盟】の拠点である砂の家をあの男が興したガレマール帝国の者達に襲撃された。意味も分からぬまま協力者がいるというウルダハのキャンプ・ドライボーン郊外にある教会に転がり込んだ。正直な話自分が『バレた』のかと思って怯えていたがどうやら蛮神殺しとなった自分が鬱陶しかったらしい。紛らわしいことをしやがって……ではなく命拾いした。慣れない武器で走り回る自分はあくまでもちょっと超える力なんて得てしまったひよっこ冒険者なのだ。襲われないに越した事はない。
その後聖アダマ・ランダマ教会という場所で記憶を失っていた墓守の男マルケズに出会う。不思議な雰囲気を醸し出す白い人だった。手先が器用で、無意識だが魔導機械を修理できる程度の知識がある。帝国の目的が分かるまで少々怯えていた自分を慰めてくれた"お人好し"だった。こりゃあの国の偉い技師かそれに近しいやつだったのかなあとぼんやりと考えていた。その正体はガルーダ討滅のためアルフィノ少年が探している飛空艇エンタープライズ号を作り、エオルゼアの魔導技術を一気に発展させた帝国からの亡命者シド・ガーロンド。彼が大空を翔るエンタープライズ号で取り戻した記憶を、隣でのぞいてしまった。
結論を言うと"内なる存在"と話をした【あの少年】だった。寒空の夜、偶然自分の目の前に現れた偉大な父の背中と技術を夢見る可愛らしい白色の髪のあの子だ。
◇
「俺、絶対にお兄さんに凄い飛空艇を見せるんだ」
「ホー、そりゃ楽しみだ。でも迷子になる"ボク"を見つけることはできるかな?」
「空からならきっと見つかるって! そしてお兄さんを目的地へすぐに連れて行けるじゃないか」
「ホーそりゃいい夢だ」
もう来たくなかったあの寒空の中、このままだと凍死か捕まってゲームオーバーかと諦めた所に温かい飲み物を持って来てくれた。自分の事は男だと思っていたのだろう、お兄さんと呼ぶ所は育ちがいい子なんだなあと思うくらいで。"ボク"と彼は名乗り合わず、ただの【旅人と少年】として出会い、少しだけ話をした。お互いの故郷の話、ボクは迷子クセがあるいう話、彼の家の話、そして若き少年である彼の将来の話。
「じゃあ次はキミから全力で逃げてみようかな」
「次?」
「"ボク"を捕まえてごらん」
「っ!?」
あの頃のボクは同じ人間には会わない旅人と決めていたはずなのにな。あまりにも面白かったし、朧げな意識の中初めての純粋な優しさが嬉しかったという感情が"内なる存在"にも伝わり、つい手の甲に口付けを送りながらこう言いやがったのだ。
「期限はそうだね……キミがお髭がとっても似合う人になるまで、かな? 翼であるキミの飛空艇たちを守る刃になってあげよう。おっと飛空艇たち、というのは簡単だよ? あんな大きな船をキミ1人で作れるわけないだろう? 全部守ってあげる。こう見えて"ボク"はすっごく強いからね」
「俺が翼で、お兄さんが刃」
「道教えてくれてありがと。あと入学おめでとう。学校、がんばれ」
「ありが……って道違う! 逆! 迷子何とかしたいなら方向覚えなよ!」
◇
嗚呼懐かしい。あの少年がこんなにもヒゲの似合う男になってしまったのか。これまで流れた時間ってあまり気にした事はなかったが残酷である。そして彼の運の良さにボクは恐怖を覚えたよ。
いろいろあったんだなあ。ボクよりも短い時しか生きてないくせに濃縮されてる人生送ってるね、キミ。だからかな? あの寒空の夜を覚えてないみたいだね。いい事だ。ボクとしては捕まりたくないからそっちの方が都合がいいんだよね。そりゃあ少しだけ寂しいけどさ。
「アンナ、大丈夫か?」
「ん……大丈夫」
「ははっ英雄さまは乗り物酔いでもしたか?」
「飛空艇、乗り慣れてないからそうかも」
とりあえずキミ達との出会いという幸運に感謝して、蛮神殴ってガレマール帝国の野望を阻止してあげよう。ボクはヴィエラ、時間はたっぷりある。これが終わったら、また広い世界を旅すればいい。
ボクはアンナ・サリス。何にも縛られない、何者でもないただの無名な旅人さ。どうせキミ達の方が先に死ぬんでしょ? 誰もボクに構わないでよ―――。
#シド光♀
旅人、心掴めず
慎重なノックの後、扉が開きひょっこりと首を出すヴィエラの女性。未だ過去は謎に包まれている―――
「珈琲、入ってるよ」
「ありが、って器用だな」
「……慣れてるから」
苦笑しながら両手にカップを持つ男よりも遥かに身長が高い女性は肘を使って扉を押し開け、足で軽く蹴るように扉を閉めた。普段遠慮がちに話す人見知りな反面、大胆でかつ鮮やかな戦闘センスにはシドをはじめとするガーロンド社も例に漏れず幾度も助けられている。黒色の髪で日に焼けた健康的な褐色肌に炎のように燃える赤色の目。すらりと細い体のどこにそんな力が込められているのだろうかと以前尋ねてみると「10年以上歩いて旅したらいい」と笑顔で言い放った。絶対に違うのだけは分かる。
「デスマ中だった?」
「まだ大丈夫だ」
「だろうと思った」
何故かこちらの予定を把握されており、ジェシーに怒られながらの納期や決算前には絶対に現れない。最初こそは手土産を持って遠慮気味な笑顔で男の元に現れ無言の時間も少なくなかったが、現在は我が家のように通され談笑するようになっていた。謎に包まれている部分も多いが気さくで話しやすい英雄様、という印象からどちらかというと冗談を言い合う男友達のような、しかし彼女という靄を掴もうと近付くとするりと避けられる。現在も話は出来る、とはいっても底を見せる隙を見せてはもらえない。暁の人間ともそういう間柄なのだろうか、ふと気になったことはある。「暁の人間とはどんな話をしているのか?」と聞いてみた。
「んー……少々前に行った時は頼まれたものを取ってきたとか倒してきたとかそんな感じの話をしたかな」
「他だよ他、俺と話してるみたいなさ」
「してない。彼らはあくまでも仕事上の仲間系。なんていうか……話しかけにくい」
「今日の天気とかも話さないのか?」
「話はちゃんと聞いてる。それより焼き菓子、どう?」
どうやら自分の話は全くしていないようだった。まあ男にもあまり過去については話さないのだが。というのも以前何故か暁の少年から『どうやったらアンナが君相手のように心を開いてくれるのか分からない』と相談されたからで。詳細を聞くと滅多に石の家に現れないし何も語らず自分達の話を聞いて終わったらまたふらふらとどこかへ去っていくのだという。『確かにそれは共に帝国からエオルゼアを守り、竜詩戦争も終わらせた仲間との距離感ではないな』と少しだけ彼女が興味を持っているものや話題を提供した。しかし彼女の方もきっかけを掴みかねてる感じというのは予想外だった。少しだけフォローしてもいいかもしれないと顎の髭を触りながら考える。
男が「なあ旅人さん」と呼びかけると彼女は珈琲から視線を外しきょとんとした顔でじっと見つめてきた。珈琲片手にいつの間にか鞄から取り出したのだろう菓子を小さな机に並べ慣れた手つきでタワーを作っていたようだ。時々彼女は変なものを残して去っていく。菓子で作ったタワーがその筆頭だ。一度器用だと褒めるとこれまで見たこともなかった満面な笑顔でクリスタルタワーのような立派な建造物を作り、社員総出で片付けという名の彼女手作りの菓子を振る舞う時間と化していた。それからというもののまだ彼女は来ないのか、またあのクッキーを食べたい、会長だけ羨ましい、仕事しろ等の喜びのコメントが社内から寄せられるようになっている。
閑話休題。呼びかけられた人間からの言葉を待つ彼女に優しく促すように話しかける。
「時々は石の家に行ってやれよ」
「呼ばれたら行ってる。こことも近いしエーテライトの目の前だから迷子にもならない」
「じゃなくてな」
「……あぁ。えっとね」
少し視線を落とし考え込んでいる。そんなに暁の人間と関わりたくないのだろうか、と男も神妙な顔になると彼女は目を見開き「ち、ちがう!」と何かを否定するように口を開く。
「えっと、滅多に石の家に行かないのは職場が嫌だからとか、そういうのじゃない」
「というと?」
「……行こうと思えば、いつでもテレポで行ける。でも他の頼みとかで面倒な所に行くと、ね?」
「ああ迷子になると」
遠慮気味にこくりと頷いている。彼女は極度の方向音痴だ。10年以上旅をしていたというのもひっくり返せばただグリダニアに行けなくて迷っていただけ。自分が乗ると絶対に船は難破するわ、賊に襲われるか崖から落ちるから、とチョコボキャリッジも使わず歩いていた、らしい。ふと女性に年齢を聞くのは失礼なので口には出したことないが彼女はいくつなのだろうかと考えたことはある。成人前から旅をしていると前に聞いたから同じくらいの年齢かもしれない。本当に10年程度の旅であればだが。
しかし少しでも入り組んだ道に入ると出るのに時間がかかる方向音痴のくせによく途中で死ななかったなと彼は思う。もしかしたら自分が考えているより勘と腕っぷしが強いのかもしれないが、それを直接彼女に確認する勇気までは存在しなかった。かろうじて口に出せた「現地の人に道を尋ねなかったのか?」という質問は何も言わず首を横に振られるだけで終わっている。人に質問するのは苦手らしい。
それにしては何度かリンクパール通信が来たと思いきや「ここはどこ?」と地図と本人の証言を手がかりに通信を介して道案内する羽目になったことがある。あまりにも難関すぎて途中ビッグスとウェッジも呼ぶこともあった。「一種のゲームみたいで楽しいッスね!」「バカあの人は真剣に迷ってるんだぞ」という彼女との通信を切った後の2人の言葉に笑いをこらえながらお礼を述べ仕事に戻るよう部屋から追い出したのだが。
要するに石の家に行かない理由は人助けが迷子によって長引いていたからだと言いたいらしい。
「終わればきちんと私から立ち寄る予定。最近ドラヴァニア雲海周辺にいる」
「あの辺り大丈夫か? 地図あってもお前は」
「流石に迷子になれない。でも目標の場所が遥か空の上で、チョコボや『貴方たち』が整備した魔導アーマーにはいつも無茶をさせてる」
突然胸に手を当て、どうやらチョコボや整備した魔導アーマーに対して想いを馳せているらしい。その姿もまた綺麗で。とぼんやりと考えているとアンナは珈琲を飲み終わったのか荷物をまとめ始める。
「もう行くのか」
「うん。お土産持って石の家に。……アルフィノ辺りに頼まれたんでしょ?」
「なんだバレてたのか。迷惑だったか?」
「そうでもないと暁の話題にはならないって思うとね。心配されてるとは―――ありがとう」
改めて礼を言われるとどこかくすぐったく頭を掻いてしまう。そんな彼の頭をぐしゃりと撫で、様子を見ながらにこりと『余所行き』の笑顔を見せる。最近彼女は彼と別れるとき絶対に見せるその表情は所謂スイッチを入れる動作というわけだ。「大丈夫だ」と言ってやるとこくりと頷き、部屋から去って行った。
数日後、暁の少年から「アンナが手土産で持ってきたクッキーを褒めたら急に取り出した菓子で大きなタワーを作って帰って行ったんだけどこれは君の所でよくある話なのかい!?」という喜びの声を貰ったので一応効果はあったようだ。
#シド光♀ #アルフィノ
「珈琲、入ってるよ」
「ありが、って器用だな」
「……慣れてるから」
苦笑しながら両手にカップを持つ男よりも遥かに身長が高い女性は肘を使って扉を押し開け、足で軽く蹴るように扉を閉めた。普段遠慮がちに話す人見知りな反面、大胆でかつ鮮やかな戦闘センスにはシドをはじめとするガーロンド社も例に漏れず幾度も助けられている。黒色の髪で日に焼けた健康的な褐色肌に炎のように燃える赤色の目。すらりと細い体のどこにそんな力が込められているのだろうかと以前尋ねてみると「10年以上歩いて旅したらいい」と笑顔で言い放った。絶対に違うのだけは分かる。
「デスマ中だった?」
「まだ大丈夫だ」
「だろうと思った」
何故かこちらの予定を把握されており、ジェシーに怒られながらの納期や決算前には絶対に現れない。最初こそは手土産を持って遠慮気味な笑顔で男の元に現れ無言の時間も少なくなかったが、現在は我が家のように通され談笑するようになっていた。謎に包まれている部分も多いが気さくで話しやすい英雄様、という印象からどちらかというと冗談を言い合う男友達のような、しかし彼女という靄を掴もうと近付くとするりと避けられる。現在も話は出来る、とはいっても底を見せる隙を見せてはもらえない。暁の人間ともそういう間柄なのだろうか、ふと気になったことはある。「暁の人間とはどんな話をしているのか?」と聞いてみた。
「んー……少々前に行った時は頼まれたものを取ってきたとか倒してきたとかそんな感じの話をしたかな」
「他だよ他、俺と話してるみたいなさ」
「してない。彼らはあくまでも仕事上の仲間系。なんていうか……話しかけにくい」
「今日の天気とかも話さないのか?」
「話はちゃんと聞いてる。それより焼き菓子、どう?」
どうやら自分の話は全くしていないようだった。まあ男にもあまり過去については話さないのだが。というのも以前何故か暁の少年から『どうやったらアンナが君相手のように心を開いてくれるのか分からない』と相談されたからで。詳細を聞くと滅多に石の家に現れないし何も語らず自分達の話を聞いて終わったらまたふらふらとどこかへ去っていくのだという。『確かにそれは共に帝国からエオルゼアを守り、竜詩戦争も終わらせた仲間との距離感ではないな』と少しだけ彼女が興味を持っているものや話題を提供した。しかし彼女の方もきっかけを掴みかねてる感じというのは予想外だった。少しだけフォローしてもいいかもしれないと顎の髭を触りながら考える。
男が「なあ旅人さん」と呼びかけると彼女は珈琲から視線を外しきょとんとした顔でじっと見つめてきた。珈琲片手にいつの間にか鞄から取り出したのだろう菓子を小さな机に並べ慣れた手つきでタワーを作っていたようだ。時々彼女は変なものを残して去っていく。菓子で作ったタワーがその筆頭だ。一度器用だと褒めるとこれまで見たこともなかった満面な笑顔でクリスタルタワーのような立派な建造物を作り、社員総出で片付けという名の彼女手作りの菓子を振る舞う時間と化していた。それからというもののまだ彼女は来ないのか、またあのクッキーを食べたい、会長だけ羨ましい、仕事しろ等の喜びのコメントが社内から寄せられるようになっている。
閑話休題。呼びかけられた人間からの言葉を待つ彼女に優しく促すように話しかける。
「時々は石の家に行ってやれよ」
「呼ばれたら行ってる。こことも近いしエーテライトの目の前だから迷子にもならない」
「じゃなくてな」
「……あぁ。えっとね」
少し視線を落とし考え込んでいる。そんなに暁の人間と関わりたくないのだろうか、と男も神妙な顔になると彼女は目を見開き「ち、ちがう!」と何かを否定するように口を開く。
「えっと、滅多に石の家に行かないのは職場が嫌だからとか、そういうのじゃない」
「というと?」
「……行こうと思えば、いつでもテレポで行ける。でも他の頼みとかで面倒な所に行くと、ね?」
「ああ迷子になると」
遠慮気味にこくりと頷いている。彼女は極度の方向音痴だ。10年以上旅をしていたというのもひっくり返せばただグリダニアに行けなくて迷っていただけ。自分が乗ると絶対に船は難破するわ、賊に襲われるか崖から落ちるから、とチョコボキャリッジも使わず歩いていた、らしい。ふと女性に年齢を聞くのは失礼なので口には出したことないが彼女はいくつなのだろうかと考えたことはある。成人前から旅をしていると前に聞いたから同じくらいの年齢かもしれない。本当に10年程度の旅であればだが。
しかし少しでも入り組んだ道に入ると出るのに時間がかかる方向音痴のくせによく途中で死ななかったなと彼は思う。もしかしたら自分が考えているより勘と腕っぷしが強いのかもしれないが、それを直接彼女に確認する勇気までは存在しなかった。かろうじて口に出せた「現地の人に道を尋ねなかったのか?」という質問は何も言わず首を横に振られるだけで終わっている。人に質問するのは苦手らしい。
それにしては何度かリンクパール通信が来たと思いきや「ここはどこ?」と地図と本人の証言を手がかりに通信を介して道案内する羽目になったことがある。あまりにも難関すぎて途中ビッグスとウェッジも呼ぶこともあった。「一種のゲームみたいで楽しいッスね!」「バカあの人は真剣に迷ってるんだぞ」という彼女との通信を切った後の2人の言葉に笑いをこらえながらお礼を述べ仕事に戻るよう部屋から追い出したのだが。
要するに石の家に行かない理由は人助けが迷子によって長引いていたからだと言いたいらしい。
「終わればきちんと私から立ち寄る予定。最近ドラヴァニア雲海周辺にいる」
「あの辺り大丈夫か? 地図あってもお前は」
「流石に迷子になれない。でも目標の場所が遥か空の上で、チョコボや『貴方たち』が整備した魔導アーマーにはいつも無茶をさせてる」
突然胸に手を当て、どうやらチョコボや整備した魔導アーマーに対して想いを馳せているらしい。その姿もまた綺麗で。とぼんやりと考えているとアンナは珈琲を飲み終わったのか荷物をまとめ始める。
「もう行くのか」
「うん。お土産持って石の家に。……アルフィノ辺りに頼まれたんでしょ?」
「なんだバレてたのか。迷惑だったか?」
「そうでもないと暁の話題にはならないって思うとね。心配されてるとは―――ありがとう」
改めて礼を言われるとどこかくすぐったく頭を掻いてしまう。そんな彼の頭をぐしゃりと撫で、様子を見ながらにこりと『余所行き』の笑顔を見せる。最近彼女は彼と別れるとき絶対に見せるその表情は所謂スイッチを入れる動作というわけだ。「大丈夫だ」と言ってやるとこくりと頷き、部屋から去って行った。
数日後、暁の少年から「アンナが手土産で持ってきたクッキーを褒めたら急に取り出した菓子で大きなタワーを作って帰って行ったんだけどこれは君の所でよくある話なのかい!?」という喜びの声を貰ったので一応効果はあったようだ。
#シド光♀ #アルフィノ
守護天節とある旅人のイタズラ心
注意書き
・最初→紅蓮まで
・久々の邂逅→漆黒メイン終了以降ボズヤ&ウェルリト以前
・と言っても本編に触れるような話ではないただのギャグ概念を文章化したものです
1
あれは悲願であったグリダニアに辿り着き、エオルゼア内だけでなく自分の故郷に近い東方地域解放のために奔放していた頃に出会った風変わりな行事。グリダニアにてカボチャを被った謎めいた女性に誘われるまま辿り着くは古びた屋敷。そこではこれまでに出会った、生きていた人たちの幻影を纏い歌ったり踊ったりする奇妙なパーティ……というよりかは儀式という表現の方が近いだろう。
その頃のボクは半信半疑で普段世話になっている人間の姿やそのライバル、各所で出会った人間たちを想起し変身する。心が昔のように少しだけ荒みつつあった自分にとっては楽しい時間になった。絶対やらないだろうと確信しているポーズや表情を取りながら1人笑っていたのは周りから見てさぞかし怪しかっただろう。しかしそれが非常に楽しかったのだ。
こんな愉快なイタズラし甲斐のある行事があるなんてと感動した。流石に申し訳なさの方が勝ったのでこの年は自分の記憶に収めるだけで終わった。毎年この奇妙な行事をやっているらしいが、それ以降帝国やアシエンとの闘いの激化により最低限の用事以外ではグリダニア自体行く余裕がなくなってしまっていた。
2
第一世界と呼ばれていたノルヴラントでの冒険が終わった頃、ボクは再びこの行事に巡り合うことが出来た。屋敷の庭が開放され怪しげな儀式から一転、今回は少し不思議な楽しいパーティになっている。適当に菓子を食べながら変身のおまじないをかける妖異たちの元へ向かう。なりたい人物を思い浮かべる、これは以前もやった事だ。
そして今回やってみたい事がある。自分用の楽しみという用途として思い出を保存するためのトームストーンは持ってきた。自撮りというものは苦手であったが……気合で乗り切ろうと思う。
早速変身する相手は勿論あの人。すぐに迷子になる自分を救い上げる翼になると誓いを立ててきた男。許可も取らずこっそり楽しむという用途のために容姿を利用することに対し罪悪感がないわけではない。そう、少々申し訳ないと思っているがこれはただの好奇心によるものだ。もしこの男があのポーズをしたらこんな感じなのかとかこういう表情になるのかとか見たかったものを『再現する』だけ。本人だけにはバレなければいい。
きっとバレてしまったら小言を言われながらこめかみを力任せにグリグリされるだろう。あれが意外と痛いものなのだ。しかし今回だけはいざという時に使える言葉『これは妖異が作った夢なンだ、許さねえよなァ!』があるし本人に見せるほど頭悪くはない。
そんな事を考えていると、彼と出会った頃の自分を思い出す。世界を旅していた頃から訪れた場所には自分を何も『残さない』為に誰とも最低限しか関わらないように気を付けていた。そんなつまらないヒトだった筈なのに超える力というものを手に入れ、『あれ』を見てしまったものだからいつの間にか居場所を作ったし、少しだけ素の自分を出すようになり、ついクセでイタズラして怒られることが増えたなと気が付いた。奇妙な二つ名が付いてた頃の自分に今の腑抜けた姿を知られたら胸倉掴まれ呪詛を吐きながら再起不能にされるだろうなと苦笑する。
閑話休題。早速『化けた』ボクは鏡で自らの姿を確認する。只今納期前の徹夜続きで死にそうな顔をしているであろうあの白い髪の男だ。
「くくっ」と笑うとそれは何度も自分を笑顔にした男の声。優しい笑顔も決まっている。髭を剃ればきっともう少し若い年相応の顔になるだろう。しかし本人には言っていないがボクは『この彼』が嫌いではない。むしろ好きでもないと付き合ってない。見た目より長生きするヴィエラの自分には髭という数少ない自分には無い肉体的には年上だという要素が唯一といってもいい弱点であった。
加えて自分より一回り小さな身長も再現されているのが相変わらず素晴らしい。抱き上げると『それは俺がする事だ』と抗議していた彼の姿を思い出した。「完璧な仕事だ」と小さな妖異と褒め散らかしておく。
さあ仕事の時間だ。まずはトームストーン片手に自撮り風な写真を残していく。普段写真というものを撮らない身もあって苦戦していたらこのパーティに吸い寄せられたのであろう同じく冒険者……と思われるかつて暁の盟主だった者の姿をした仲間に話しかけられる。
折角だからこの楽しいパーティの思い出を残したいと率直に伝えると【協力】してくれた。持つべきものは同じ志を持った仲間である……アラミゴの民が教えてくれた。今は感謝しかしていない。いつの間にか周りに彼のライバルが複数人集まっていたり、ムカつく親善大使様集団がいつの間にか風邪の時に見る夢のような惨状を見せ最高な写真が出来上がっていた。これは奥底に封印しておこう。
騒がしい夜はあっという間に去っていき、また朝が訪れる。適当に挨拶を済ませ、スキップしながらパーティ会場を去って行く。
3
悪用しようと思ったことはない。しかし出来心だった。
ガーロンド・アイアンワークス社に通っているうちに興味を持ったため軽く魔導技術をかじっていた自分は小さな装置を合間に作っていた。ただ卵型の機械人形が跳ねたりする装置やアルファを参考に作った火を噴く鳥の装置がその最もたる例である。しかしあまり勝手が分からずよく不具合が起こるものだから『なら現役にアドバイスを貰えばいい』と思いつき、ガーロンド社へ向かう。
しかし失念していた。只今納期直前デスマーチ進行中。ピリピリとした空気を感じる。普段はこの中行くのもなあと思い踵を返すのだが。
「あ、ネロサン」
「メスバブーンか。こンな時期に来るたァ珍しい」
「忘れてた。……暇人に頼みがあるの」
「別に俺は暇じゃねェぞ。―――英雄様が俺にか? ハッ! 燃えるじゃねェか」
金髪のサボり社員が偶然近くを歩いていた。会長と並ぶ実力の持ち主である彼に頼むとしよう。しかし何やら変な期待されてるなあと軽くため息を吐いた。立ち話でもいいのだがせっかく装置を見せるのでゆっくりできる場所がいいと思い、「ここで話すの、周りの迷惑」と飛空艇の格納庫へ2人で忍び込む。
「これお前が?」
「機械装置作ってみたいと思ってねえ」
「はー見た目と腕っぷしに反して中々可愛いモン作ってンな」
「一言余計」
「初心者が興味を持って作ったにしては丁寧でいいンじゃね」
ボタンを押すと火を噴きながら飛び上がりガシャンと落ちる鳥装置にゲラゲラ笑った後真剣な顔で言い出すのだからこの男の底は見えない。かつては帝国兵として襲い掛かってきたので戦った関係だったが現在はガーロンド社で好き勝手している仲間みたいなもので、未だに底が見えない飄々とした男とも思っている。工具を取り出しながら落ちた衝撃で壊れた装置をひっくり返す。
「修理してくれるの?」
「やってもいいンだが、勝手に引き受けるのもなァ」
「言ってみたかったセリフがある。……金はいくらでも出せるよ?」
「確かに滅多に言わねェセリフだな。まあいくらかもらうぜ」
「……あと楽しいものもあるから見せる。タイトル『おもしろ写真集シド編』」
「―――ゆっくり見せてもらおうじゃねェか」
頭の中で悪魔が『ネロサンだったらいいじゃん。本人はデスマで絶対出てこないからバレないバレない』という囁く。天使の声を聞くより先に言葉が出てしまった。ボクの内面だ、そっちも面白そうって言うに違いなかった。フラフラ歩き回っている胡散臭い男だが秘密を見せても人に喋るような口の軽さは存在しない男だというのはよく知っている。この男は自分と同じ1人で抱え走り回る生き物だし楽しいものに対する価値観も少々似通っていた。だから見せてしまった。
その後大爆笑する彼の声が響き渡った。
「おいおいおいこれどうやって撮ったんだよ。ここのパーツ間違ってンぞ」
「そっか。……本人は使っていない。ただグリダニアで変わった祭があって」
「そこでオマエが? 衣装にしては出来がよすぎるンだが。ククッ」
「そそ。あの人絶対やれないでしょ? ある時期にしか会えない人が……あ、その辺りから火を出したい」
トームストーンを前に置き、以前撮影したものを流しながら機械装置を弄っていた。「笑いすぎて手元が狂うンだが?」とぼやきながらも慣れた手つきであっという間に組み立てられていく。自分が思い描く完成図を伝え付け加えられていく様が面白かった。シドも同じようなことが出来るのだろうか、そういえば装置は主に彫金師ギルドとイシュガルドに籠って考えたから披露したことなかったなあと思いながら次の写真を表示する。
「しかしトームストーン便利だな」
「そう。メモと写真撮影くらいにしか使わないけど」
「いいンじゃね。いつでも見返せるし。そのポーズやべェ」
「そんなポーズとった記憶は無いんだがなぁ」
「当然。"同士"にアドバイス貰いながら、ボク自らやったもの。シドにさせるわけないじゃん。ムリムリ」
はははと3人の笑い声が響く。そこで思考が止まる。
「ネロサン一人二役でもしてる? えらく似てる」
「ンなことするわけねェだろ。メスバブーン、オマエそのトームストーン音声再生できンのか?」
「録音はしない、恥ずかしいし。それより寒くない?」
「俺も思ってたンだわ」
背後から感じるのは明らかに殺意。不味い。振り向けない。
「ちょっと後ろ見て」
「俺は装置の修理で忙しいンでな。メスバブーンが向けばいいじゃねェか」
「いやあボク、過去は振り返らない主義……せーので向こ?」
「アーそうすっか」
『せーの』
振り向くとそこには徹夜続きで社員と共に苦しんでいるはずの白い男が満面の笑顔で腕組みしていた。普段ならば会長代理によって縛り付けられているはず。何故ここにいるのだろうか。何とか震えながら「あ、あのお仕事」と声を出す。
「社員から格納庫の方からサボり社員の爆笑する声がうるさいという苦情が出てな。責任者として見て来いと言われた。あとえらい饒舌じゃないかアンナ?」
「あのネロサン、こ、この人何徹目? 身体に悪いよ?」
「ネロもだが4徹目だ。言いたいことあるなら俺の目を見て、俺に聞けばいい」
「いや俺はコイツからの依頼をな」
「勝手に受けるなって何度も言ったよな?」
これは相当お冠に見えた。ちらりと先程まで爆笑していた顔が一転して引きつった顔をした男を見る。目が合った。やれることは一つ。ボクは「せーの」と言う。その瞬間自らとついでにネロにもプロトンをかけ走り出す。スプリントのおまけ付きだ。男も同じく全力疾走で走り出す。「待て!!」という怒号が後ろから聞こえた。捕まるわけにはいかない。イタズラは大好きだがバレた時の説教は嫌いだ。
4
「ごめんなさい」
「何で俺まで」
逃げ始めるまではよかった。しかしゾンビ社員達に悉く道を遮られてしまいあっという間に捕まってしまった。白髪の鬼のような形相を見せた会長様は修理途中の自分が作った装置とトームストーンの写真を徹底的に1枚漏らさず確認している。恥ずかしい。本人に見られるほど心が押しつぶされる位苦しくなる時はあまり存在しない。
「消去」
「ッスよねー」
「どうしてこういうのを撮ったんだ?」
「見たかったから、個人用途。バレなきゃ楽しい」
「無関係な人に見せたのは?」
「報酬の一つ。バレなきゃ誰も不幸にならない」
「意外と人間くさい部分あンだな」
「一言余計」
はははと3人で笑った後「反省しろ」という言葉と同時にボクとネロにゲンコツが下される。これ以上怒らせたらグリグリだ。形だけでも謝り倒すことにする。「ごめんなさい」再び言うと少しだけ表情が眉間のしわが緩まった。こうしょんぼりと見せて声のトーンを下げてごめんなさいと言えば大体は許してくれる。チョロい。
「まったく……言えば多少はやってやるぞ?」
「あ、そういうのいらない。模型撮影と一緒。これは罪悪感を感じながらだけど、こっそり楽しむのが一番の愉悦……あっ」
口は禍の元という言葉をご存じだろうか? 自分は何も考えずに言葉が出てしまうことがある。痛い目に遭いたいわけではない。気を抜いたら人を怒らせる言葉も出るだけだ。普段は気を付けているのだが不思議なことに彼の前では少しだけ本音が漏れるようになっているようだ。
「い、いででで! ごめん! ごめんなさい! しない! 今年"は"もうしない! グリグリだめ! これめっちゃ痛い!」
「もう今年終わるし来年もヤる気かよ反省しねェのなオマエ」
「ネロ、お前は仕事に戻ってくれ。社員が殺意溢れさせて待ってるぞ」
「死ねってか?」
大げさに溜息を吐きながら立ち上がり部屋を出て行こうとする。ボクはすかさず「う、裏切り者!」と叫ぶ。
「俺はアンタの修理受付しただけで他は何もしてねンだわ」
「しまった」
「じゃ、ごゆっくり」
あっという間に裏切られる。いや組んだ記憶も無いが気まずい空気に残されるのは非常につらい。自分のこめかみに拳を入れる作業に満足したのかボクが作った装置を見つめている。
「えっと、それは最近カラクリ以外の機械装置に興味を持って」
「最近各地のギルドに顔を出して籠ってるって噂は聞いてたしな。まあまさか俺じゃなくてまずネロの方に行くとは思わなかった」
ジトっとした目でこちらを見てくる。ボクはため息を吐きながら機嫌取りがてら頭を撫でてやった。
「納期ギリギリまで溜め込むの、やめたらいい。シドが通りかかったら頼んだ」
「くっ耳が痛い」
「いい感じに動かなくて、困ったんでここに来たのが偶然本日。キミに内緒とか、そういうのではない。あとそこの横のボタンを押して」
「そうか……ってなっ!?」
疑うことも知らずに装置のボタンを押させると急に飛び上がり火を噴きまわしながらふわふわと漂いながら落ちる鳥型機械装置。理想通りの動きだ、また報酬を持っていこう。ボクはそう考えながら引っかかったとニコニコ笑う。彼はそんな笑顔を見せる自分を見て釣られて笑い、溜息を吐いた。
来年はバレないように頑張ろう。心の中でそう誓った。
#シド光♀ #ネロ #季節イベント #ギャグ
・最初→紅蓮まで
・久々の邂逅→漆黒メイン終了以降ボズヤ&ウェルリト以前
・と言っても本編に触れるような話ではないただのギャグ概念を文章化したものです
1
あれは悲願であったグリダニアに辿り着き、エオルゼア内だけでなく自分の故郷に近い東方地域解放のために奔放していた頃に出会った風変わりな行事。グリダニアにてカボチャを被った謎めいた女性に誘われるまま辿り着くは古びた屋敷。そこではこれまでに出会った、生きていた人たちの幻影を纏い歌ったり踊ったりする奇妙なパーティ……というよりかは儀式という表現の方が近いだろう。
その頃のボクは半信半疑で普段世話になっている人間の姿やそのライバル、各所で出会った人間たちを想起し変身する。心が昔のように少しだけ荒みつつあった自分にとっては楽しい時間になった。絶対やらないだろうと確信しているポーズや表情を取りながら1人笑っていたのは周りから見てさぞかし怪しかっただろう。しかしそれが非常に楽しかったのだ。
こんな愉快なイタズラし甲斐のある行事があるなんてと感動した。流石に申し訳なさの方が勝ったのでこの年は自分の記憶に収めるだけで終わった。毎年この奇妙な行事をやっているらしいが、それ以降帝国やアシエンとの闘いの激化により最低限の用事以外ではグリダニア自体行く余裕がなくなってしまっていた。
2
第一世界と呼ばれていたノルヴラントでの冒険が終わった頃、ボクは再びこの行事に巡り合うことが出来た。屋敷の庭が開放され怪しげな儀式から一転、今回は少し不思議な楽しいパーティになっている。適当に菓子を食べながら変身のおまじないをかける妖異たちの元へ向かう。なりたい人物を思い浮かべる、これは以前もやった事だ。
そして今回やってみたい事がある。自分用の楽しみという用途として思い出を保存するためのトームストーンは持ってきた。自撮りというものは苦手であったが……気合で乗り切ろうと思う。
早速変身する相手は勿論あの人。すぐに迷子になる自分を救い上げる翼になると誓いを立ててきた男。許可も取らずこっそり楽しむという用途のために容姿を利用することに対し罪悪感がないわけではない。そう、少々申し訳ないと思っているがこれはただの好奇心によるものだ。もしこの男があのポーズをしたらこんな感じなのかとかこういう表情になるのかとか見たかったものを『再現する』だけ。本人だけにはバレなければいい。
きっとバレてしまったら小言を言われながらこめかみを力任せにグリグリされるだろう。あれが意外と痛いものなのだ。しかし今回だけはいざという時に使える言葉『これは妖異が作った夢なンだ、許さねえよなァ!』があるし本人に見せるほど頭悪くはない。
そんな事を考えていると、彼と出会った頃の自分を思い出す。世界を旅していた頃から訪れた場所には自分を何も『残さない』為に誰とも最低限しか関わらないように気を付けていた。そんなつまらないヒトだった筈なのに超える力というものを手に入れ、『あれ』を見てしまったものだからいつの間にか居場所を作ったし、少しだけ素の自分を出すようになり、ついクセでイタズラして怒られることが増えたなと気が付いた。奇妙な二つ名が付いてた頃の自分に今の腑抜けた姿を知られたら胸倉掴まれ呪詛を吐きながら再起不能にされるだろうなと苦笑する。
閑話休題。早速『化けた』ボクは鏡で自らの姿を確認する。只今納期前の徹夜続きで死にそうな顔をしているであろうあの白い髪の男だ。
「くくっ」と笑うとそれは何度も自分を笑顔にした男の声。優しい笑顔も決まっている。髭を剃ればきっともう少し若い年相応の顔になるだろう。しかし本人には言っていないがボクは『この彼』が嫌いではない。むしろ好きでもないと付き合ってない。見た目より長生きするヴィエラの自分には髭という数少ない自分には無い肉体的には年上だという要素が唯一といってもいい弱点であった。
加えて自分より一回り小さな身長も再現されているのが相変わらず素晴らしい。抱き上げると『それは俺がする事だ』と抗議していた彼の姿を思い出した。「完璧な仕事だ」と小さな妖異と褒め散らかしておく。
さあ仕事の時間だ。まずはトームストーン片手に自撮り風な写真を残していく。普段写真というものを撮らない身もあって苦戦していたらこのパーティに吸い寄せられたのであろう同じく冒険者……と思われるかつて暁の盟主だった者の姿をした仲間に話しかけられる。
折角だからこの楽しいパーティの思い出を残したいと率直に伝えると【協力】してくれた。持つべきものは同じ志を持った仲間である……アラミゴの民が教えてくれた。今は感謝しかしていない。いつの間にか周りに彼のライバルが複数人集まっていたり、ムカつく親善大使様集団がいつの間にか風邪の時に見る夢のような惨状を見せ最高な写真が出来上がっていた。これは奥底に封印しておこう。
騒がしい夜はあっという間に去っていき、また朝が訪れる。適当に挨拶を済ませ、スキップしながらパーティ会場を去って行く。
3
悪用しようと思ったことはない。しかし出来心だった。
ガーロンド・アイアンワークス社に通っているうちに興味を持ったため軽く魔導技術をかじっていた自分は小さな装置を合間に作っていた。ただ卵型の機械人形が跳ねたりする装置やアルファを参考に作った火を噴く鳥の装置がその最もたる例である。しかしあまり勝手が分からずよく不具合が起こるものだから『なら現役にアドバイスを貰えばいい』と思いつき、ガーロンド社へ向かう。
しかし失念していた。只今納期直前デスマーチ進行中。ピリピリとした空気を感じる。普段はこの中行くのもなあと思い踵を返すのだが。
「あ、ネロサン」
「メスバブーンか。こンな時期に来るたァ珍しい」
「忘れてた。……暇人に頼みがあるの」
「別に俺は暇じゃねェぞ。―――英雄様が俺にか? ハッ! 燃えるじゃねェか」
金髪のサボり社員が偶然近くを歩いていた。会長と並ぶ実力の持ち主である彼に頼むとしよう。しかし何やら変な期待されてるなあと軽くため息を吐いた。立ち話でもいいのだがせっかく装置を見せるのでゆっくりできる場所がいいと思い、「ここで話すの、周りの迷惑」と飛空艇の格納庫へ2人で忍び込む。
「これお前が?」
「機械装置作ってみたいと思ってねえ」
「はー見た目と腕っぷしに反して中々可愛いモン作ってンな」
「一言余計」
「初心者が興味を持って作ったにしては丁寧でいいンじゃね」
ボタンを押すと火を噴きながら飛び上がりガシャンと落ちる鳥装置にゲラゲラ笑った後真剣な顔で言い出すのだからこの男の底は見えない。かつては帝国兵として襲い掛かってきたので戦った関係だったが現在はガーロンド社で好き勝手している仲間みたいなもので、未だに底が見えない飄々とした男とも思っている。工具を取り出しながら落ちた衝撃で壊れた装置をひっくり返す。
「修理してくれるの?」
「やってもいいンだが、勝手に引き受けるのもなァ」
「言ってみたかったセリフがある。……金はいくらでも出せるよ?」
「確かに滅多に言わねェセリフだな。まあいくらかもらうぜ」
「……あと楽しいものもあるから見せる。タイトル『おもしろ写真集シド編』」
「―――ゆっくり見せてもらおうじゃねェか」
頭の中で悪魔が『ネロサンだったらいいじゃん。本人はデスマで絶対出てこないからバレないバレない』という囁く。天使の声を聞くより先に言葉が出てしまった。ボクの内面だ、そっちも面白そうって言うに違いなかった。フラフラ歩き回っている胡散臭い男だが秘密を見せても人に喋るような口の軽さは存在しない男だというのはよく知っている。この男は自分と同じ1人で抱え走り回る生き物だし楽しいものに対する価値観も少々似通っていた。だから見せてしまった。
その後大爆笑する彼の声が響き渡った。
「おいおいおいこれどうやって撮ったんだよ。ここのパーツ間違ってンぞ」
「そっか。……本人は使っていない。ただグリダニアで変わった祭があって」
「そこでオマエが? 衣装にしては出来がよすぎるンだが。ククッ」
「そそ。あの人絶対やれないでしょ? ある時期にしか会えない人が……あ、その辺りから火を出したい」
トームストーンを前に置き、以前撮影したものを流しながら機械装置を弄っていた。「笑いすぎて手元が狂うンだが?」とぼやきながらも慣れた手つきであっという間に組み立てられていく。自分が思い描く完成図を伝え付け加えられていく様が面白かった。シドも同じようなことが出来るのだろうか、そういえば装置は主に彫金師ギルドとイシュガルドに籠って考えたから披露したことなかったなあと思いながら次の写真を表示する。
「しかしトームストーン便利だな」
「そう。メモと写真撮影くらいにしか使わないけど」
「いいンじゃね。いつでも見返せるし。そのポーズやべェ」
「そんなポーズとった記憶は無いんだがなぁ」
「当然。"同士"にアドバイス貰いながら、ボク自らやったもの。シドにさせるわけないじゃん。ムリムリ」
はははと3人の笑い声が響く。そこで思考が止まる。
「ネロサン一人二役でもしてる? えらく似てる」
「ンなことするわけねェだろ。メスバブーン、オマエそのトームストーン音声再生できンのか?」
「録音はしない、恥ずかしいし。それより寒くない?」
「俺も思ってたンだわ」
背後から感じるのは明らかに殺意。不味い。振り向けない。
「ちょっと後ろ見て」
「俺は装置の修理で忙しいンでな。メスバブーンが向けばいいじゃねェか」
「いやあボク、過去は振り返らない主義……せーので向こ?」
「アーそうすっか」
『せーの』
振り向くとそこには徹夜続きで社員と共に苦しんでいるはずの白い男が満面の笑顔で腕組みしていた。普段ならば会長代理によって縛り付けられているはず。何故ここにいるのだろうか。何とか震えながら「あ、あのお仕事」と声を出す。
「社員から格納庫の方からサボり社員の爆笑する声がうるさいという苦情が出てな。責任者として見て来いと言われた。あとえらい饒舌じゃないかアンナ?」
「あのネロサン、こ、この人何徹目? 身体に悪いよ?」
「ネロもだが4徹目だ。言いたいことあるなら俺の目を見て、俺に聞けばいい」
「いや俺はコイツからの依頼をな」
「勝手に受けるなって何度も言ったよな?」
これは相当お冠に見えた。ちらりと先程まで爆笑していた顔が一転して引きつった顔をした男を見る。目が合った。やれることは一つ。ボクは「せーの」と言う。その瞬間自らとついでにネロにもプロトンをかけ走り出す。スプリントのおまけ付きだ。男も同じく全力疾走で走り出す。「待て!!」という怒号が後ろから聞こえた。捕まるわけにはいかない。イタズラは大好きだがバレた時の説教は嫌いだ。
4
「ごめんなさい」
「何で俺まで」
逃げ始めるまではよかった。しかしゾンビ社員達に悉く道を遮られてしまいあっという間に捕まってしまった。白髪の鬼のような形相を見せた会長様は修理途中の自分が作った装置とトームストーンの写真を徹底的に1枚漏らさず確認している。恥ずかしい。本人に見られるほど心が押しつぶされる位苦しくなる時はあまり存在しない。
「消去」
「ッスよねー」
「どうしてこういうのを撮ったんだ?」
「見たかったから、個人用途。バレなきゃ楽しい」
「無関係な人に見せたのは?」
「報酬の一つ。バレなきゃ誰も不幸にならない」
「意外と人間くさい部分あンだな」
「一言余計」
はははと3人で笑った後「反省しろ」という言葉と同時にボクとネロにゲンコツが下される。これ以上怒らせたらグリグリだ。形だけでも謝り倒すことにする。「ごめんなさい」再び言うと少しだけ表情が眉間のしわが緩まった。こうしょんぼりと見せて声のトーンを下げてごめんなさいと言えば大体は許してくれる。チョロい。
「まったく……言えば多少はやってやるぞ?」
「あ、そういうのいらない。模型撮影と一緒。これは罪悪感を感じながらだけど、こっそり楽しむのが一番の愉悦……あっ」
口は禍の元という言葉をご存じだろうか? 自分は何も考えずに言葉が出てしまうことがある。痛い目に遭いたいわけではない。気を抜いたら人を怒らせる言葉も出るだけだ。普段は気を付けているのだが不思議なことに彼の前では少しだけ本音が漏れるようになっているようだ。
「い、いででで! ごめん! ごめんなさい! しない! 今年"は"もうしない! グリグリだめ! これめっちゃ痛い!」
「もう今年終わるし来年もヤる気かよ反省しねェのなオマエ」
「ネロ、お前は仕事に戻ってくれ。社員が殺意溢れさせて待ってるぞ」
「死ねってか?」
大げさに溜息を吐きながら立ち上がり部屋を出て行こうとする。ボクはすかさず「う、裏切り者!」と叫ぶ。
「俺はアンタの修理受付しただけで他は何もしてねンだわ」
「しまった」
「じゃ、ごゆっくり」
あっという間に裏切られる。いや組んだ記憶も無いが気まずい空気に残されるのは非常につらい。自分のこめかみに拳を入れる作業に満足したのかボクが作った装置を見つめている。
「えっと、それは最近カラクリ以外の機械装置に興味を持って」
「最近各地のギルドに顔を出して籠ってるって噂は聞いてたしな。まあまさか俺じゃなくてまずネロの方に行くとは思わなかった」
ジトっとした目でこちらを見てくる。ボクはため息を吐きながら機嫌取りがてら頭を撫でてやった。
「納期ギリギリまで溜め込むの、やめたらいい。シドが通りかかったら頼んだ」
「くっ耳が痛い」
「いい感じに動かなくて、困ったんでここに来たのが偶然本日。キミに内緒とか、そういうのではない。あとそこの横のボタンを押して」
「そうか……ってなっ!?」
疑うことも知らずに装置のボタンを押させると急に飛び上がり火を噴きまわしながらふわふわと漂いながら落ちる鳥型機械装置。理想通りの動きだ、また報酬を持っていこう。ボクはそう考えながら引っかかったとニコニコ笑う。彼はそんな笑顔を見せる自分を見て釣られて笑い、溜息を吐いた。
来年はバレないように頑張ろう。心の中でそう誓った。
#シド光♀ #ネロ #季節イベント #ギャグ
キャラ設定(メインストーリーネタバレ極力無し)
- 偶然双子のエレゼンを助けたことで目的地が一致していたからと言われるままチョコボキャリッジに乗ってグリダニアに辿り着くことが出来た方向音痴。
- 昔は赤髪だったが、リムサ・ロミンサで敏腕美容師を助けた際に渡された手形で現在の黒髪になっている。
- 口数が少ないのは少しでも素が出てしまうのを抑えるため。ここでは静かな旅人として過ごしたいと思っていたためでもある。
- 故郷から旅立った理由は上記の諸々通り。14歳の頃に飛び出した。元々男として生を受けたと勘違いしていたので気を抜くと座り方等が雑になる。
- 長年旅をしていた影響で大体のことは1人で何でもできる。
- 本名(森の名)はフレイヤ・エルダス(Freyja・Eldur)。別に本名を知られたくないわけではない。ただの名もなき旅人として生きていきたい、自分をどこにも残したくないと思っているので街の名を名乗っている。
- 彼女の中の三大欲求は食欲・睡眠欲・戦闘欲。戦っていたら大体気が紛れる性格なのでゼノスの言葉を否定しない。
- イタズラが好き。なのでシルフ族やモーグリ族、ピクシー族と仲がいい所が目撃されている。彼ら以外の前では欠片も見せないように頑張っている。(ウズウズはしている)
- 大飯喰らいでバカ酒飲み。目を離した隙に皿の中身は無くなり、酒はいくら飲んでも酔わない。樽1個超えた辺りからほろよう気がする。
- 兄がいる。名前は『エルファー・レフ・ジルダ』。エーテル視が出来、アラグ文明と魔導技術に興味があり修行しながらこっそり調べ回っている。故郷を飛び出してから長年会っていなかったが最近再会した。
- エルダス族は森の中で暮らしていながらも火を大切にする部族であり、誕生した際、呪術師によって火の加護の儀式を行い人より火に対する耐性と火に関するエーテル操作が得意になる人が多いという。アンナも例に漏れず人より火に強く、指先から火を起こすことが出来た。
- リテイナーは4人雇っている。フウガ(ララ♂)、リリア(ミコッテ♀)、ノラ(アウラ♀)、ア・リス(ミコッテ♂)。フウガ、リリア、ノラはサリスという苗字を与え、グリダニアで自由にさせている。ア・リスは漆黒後にクガネで雇った存在で何でも知ってる奇妙な男。色々な文明の道具・装置・薬を持って帰ってくる。
キャラ設定(暁月までネタバレ有り)へ
旅人は過去を懐かしむ後日談その1。シド少年時代捏造。
ふととある旅人と彼女を重ねてしまった。少年の頃に出会った寒いガレマルドの人が滅多に通らない路地裏の物陰で行き倒れていたあの人を。
「どうしたの?」
優しく語り掛ける声にハッと我に返ると目の前にはアンナの顔。目と鼻の先にあるアンナの綺麗な顔に慌ててしまいシドは椅子から崩れ落ちてしまった。当の彼女はクスクスと笑い手を差し伸べる。今更何を驚愕しているのだろうか、ふぅと溜息を軽くつきながらシドはその手を握る。
アンナと出会ってから程々な時が経った。霊災後、記憶を失いウルダハの教会に身を寄せていた頃に出会ってからというものの―――自分の責務を思い出してから蛮神討伐、ガレマール帝国の侵攻を跳ね除け、竜詩戦争を終結させ、遂にはドマとアラミゴを解放しようと走り続ける彼女を友人として社員と一緒に全力で裏でフォローし続けている。『会社の利益にならないことは程々にして欲しい』という部下の言葉をふわりと躱しつつなんとしてもアンナに喰らい付こうとするシドをアンナ本人はどう見ているかというのはまだ分からない。これは予想だが、どうも思われていないだろう。それでも走り続けた結果、謎に包まれた過去を知ろうと調べ続けている最も近しい仲間である筈の暁のメンバー達よりもアンナという存在の靄に触れることが出来そうな……そんな関係を形成しつつもあった。
「いや、少し昔のことを思い出していたんだ」
「昔……第七霊災当時?」
「もっと過去の話だよ。ていうかお前さんといて何で急にその辺りの時代を思い出すんだ俺は」
「うーん私が一番分からない辺りの話だからかな? 興味はそれなり」
「生まれてたよな?」
「迷ってた時に光が見えたとかしか」
シドは「お前どこで迷ってたんだ?」と苦笑しながらあの日以降頭から離れなくなった旅人の話をする。
魔導院へ飛び級で入学する直前に出会った帝国領内で行き倒れていた赤髪の男か女かも判断が付きにくいヴィエラ族を助けたことがあった。冷たく凍えていたので温かいスープを与えたら不器用だが柔らかな笑顔でお礼を口にする。そして少しの間だけ会話を交わした後、どこかへ走り去って行った。―――現在目の前にいる同じくヴィエラである彼女にいつの間にか執着してしまった原因でもあるような気がすると考えていたがそれは口には出さなかった。アンナは何も言わずシドの話を聞いていたが、語り終わるや否や満面な笑顔で「いい話」とシドの腰に手を回しながら手を取り、ニィと笑った。まるで御伽噺に出る王子様のようで。しかし相手はいい年した大人の男なのだが。
「あ、アンナ!?」
「その話、誰かにしたの?」
「してない、幼い頃の話をする機会なんてそんなに…っていうかいきなり何を!?」
「そんなヒミツ、私に教えていいの? ただの旅人にするには重たい話」
シドの話を無視し、鼻先が触れ合ってしまいそうな位の距離に顔を近づけてくる。逃げようにも腰に置かれた手が逃がしてくれない。目を細めクスクスと笑う姿はまるでシドを試しているようで。
「先日お前にとって大事な人の墓参りに連れて行ってもらったんだ、俺の事も話したくなってもおかしくないだろ?」
「いやああなたそんなに私の事好きなのかって思ってお気持ち代弁?」
ふわりと離れながら恥じらうような素振りも見せず言ってのけるアンナには正直尊敬していた。まあ恋愛方面の話でも一切感情を揺さぶるような人でも無いろうなとは思っていたが。しかし『好きなのかと思って』?
あの夜『あんなこと』しておいて嫌いとかそういう事は無いとは分かっているが改めて正面から言われるとシドとしては恥ずかしくなる。と言っても何も気まずく思わず会いに来るアンナは度胸というか恥じらいが無いのか? 会いに来なくなったらそれはそれで困るのでアンナの習性には感謝しかない。
「お前はどう思ってるんだ? 俺の事」
「嫌いな男の部屋に何度も訪れる人に見える? あ、ごめん流石に語弊」
「あのなあ…」
瞬時に顔が熱くなったシドの顔を見てアンナは慌てて謝罪した。他意は無い言い方だというのは普段の色気というものが存在しない彼女を見てると分かるのだが、瞬時に謝罪されるとそれはそれで余計に恥ずかしい気分になる。その反応を見たからなのか慌てたまま言葉を続けた。
「ぼ、じゃなかった私は確かにきm…違う、あなたの部屋に来るのは気分転換……そう! 気分転換。勿論仕事疲れなあなたの」
「そ、そうか」
「前も言ったけど! 私は旅人。本来は同じ場所に残りたくない。痕跡も残さない。だから無意識に距離を取ってしまうる。本来はここにも来ないようにしなきゃと思ってる」
「今更どこに消えるつもりだ?」
アンナは珍しく慌てふためいている。命の恩人の墓参り中でも見せなかった姿が少し新鮮に思えた。そしてシドは徐々に普段とは違う口調を正す姿に無理しなくてもいいのにとぼんやりと見つめながら見つめている。
「ヒミツ! 旅人はミステリアスに。それがポリシー」
「確かにお前さんは謎が多い人だが」
「とにかく! キミがボクの事が好きだから先にナイスイタズラ! いやあいい反応見れて楽し……あ」
「ボク……か」
あー! と奇声を上げている。今のが『本来のアンナ・サリス』だったのだろう。趣があっていいものだと思うが本人にとっては化けの皮が剝がれたようなもので。アンナは頭を抱え部屋の寝台に頭をぶつけている。
「前から薄々感じてたがもしかしてあんまり喋らないのは」
「忘れて」
「えらく分厚い猫かぶりだな」
「気のせい」
「俺は好きだな。別に普段からそういう口調でもいいんじゃないか?」
アンナは「忘れろって言ってるっ!!!」と言いながら顔を真っ赤にし手元の刀を振りぬきブンブンと振り回し始める。シドがこれを窘めるのにまた数刻かかったのは言うまでもない。
そんなアンナは只今盛大な溜息を吐き正座をしていた。
「ごめんなさい。冷静であらず」
「いやまあ弄った俺も悪かった」
それと、とシドはアンナの肩をつかみながら頭を下げる。
「えっとな、一度仕切り直させてほしい」
「?」
「ああいうのは男である俺にやらせてほしい。ちゃんとした場所で、ほらもっとムードというのを考えてだな」
「今更私は気にしない」
「俺が気になるんだ。既に、その、あんなことし合った間柄で言っても変な話なんだが」
その言葉にアンナはクスクスと笑っている。一度暴れ回り冷静になったのか先程のような言動は消えてしまっていた。勿体ない、次はいつ見れるのか。そう考えながら拙い手つきで頭を撫でた。ふわりとシトラスな香りがシドのまだ隠していたい、アンナを否定できない感情を刺激する。ふと『あの人』も香水の香りがしたなと思い出す。何故再び重ねてしまったのか、調子が狂っているのは自分の方だったかもしれないと笑みが漏れる。
「あなたに撫でられるのも悪くはない」
「そりゃどうも。そういえば香水はどこで買ってるんだ? ほぼいつも違うが」
「気分で。昔からほとんど自分で調合」
「そりゃ凄いじゃないか」
「子供の頃に故郷で教えて貰った数少ないもの」
いつも通りの会話だ。他愛のない会話をしてアンナの笑顔で昨日までの疲れが吹っ飛んでいって。残されている莫大な書類も片付けできそうだ。
自分はあの『残したくない』彼女が尊敬し、唯一彼女が『残していた』立派な侍であるリンドウ・フウガにはなれない。しかしせめて彼女の隣に立っていたい。それはあの絵画には存在しない今を生きる者の特権である。以前より隣に座ることも増えても絶対に拒否される事は理解している言えない想いを心の奥に仕舞い込みながらシドは『余所行き』の笑顔を見せるアンナを見送るのだ。いつもだったら。
―――再び扉を開きアンナはこう言いやがったのだ。
「シド、勘違いしてるみたいだけどあなたあの夜何もしてないからね? 雑だった浴衣直して放り出してた服畳んで、ただ好奇心で肩にキスマーク付けて。そこまでしてもあなた呑気にイビキかいてて起きそうもなかった。普通に布団かけて私も就寝。そりゃ起きてたらご褒美位考えたけど」
「…………は?」
「『見なかったことにしよう』って聞こえて来た時は正直爆笑した。今の顔も最高。その顔を見たかった。ナイスイタズラ。じゃあね」
「待て! 今の話詳しく聞かせろ! おいアンナ! 俺の悩んでた数日を返せ!!」
しかしこの時の俺は知らなかった。決して俺の手が届かない場所で彼女が最も隠していた過去と、俺の生まれ故郷との奇妙な縁が牙を剥いて襲い掛かってしまうことに―――
Wavebox
#シド光♀