FF14の二次創作置き場
更新履歴
- 2025/02/18 旅人は花を置く 漆黒
- 2025/02/05 旅人は悩みを解決したい 漆黒,
- 2024/12/19 "武器と手加減&qu… 新生,
- 2024/12/18 星降る夜に誓いを乗せて 漆黒
- 2024/12/02 その複製体は聞き記す(ネタバレ… 漆黒,
2024年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
20240127メモ
漆黒編上げてます。あとマルケズ時代の自機視点のお話も上げました。まずは後者のお話。
よくシドがアンナが過去に会った旅人だと分かったらバグるぞという表現をしていましたが実はとっくの昔にアンナが通った道だよっていう話です。
アンナ視点のマルケズのお話をいつか書きたいと思っていたのできっかけを考えてたら過去に書いてた話で与えられた部屋の場所を忘れて外にいたというのがあったのを思い出したのでそれを採用しました。
シドは初めてアンナに渡したプレゼントというのは星芒祭の時の髪飾りだと思っていましたが、実は目印として徹夜で手作りしたドアに付けた銀色の飾りだった。本人はそれを彼女のアパルトメントの扉に付けているのを見るまで忘れていたけどって感じ。だから手作りのからくり装置を準備していたんですね。後付け設定ですけど。
この地点で既に少しだけ意識はシドに向いていて、ガルーダ戦前にあの寒空に出会った少年だったと分かり衝撃を受けます。そして無意識にアピールし始めるんですね。本人はあまりバレたくないのに何やってるんだ! ってバグってます。この地点で分かってたら寄り添うつもりだったけど覚えてなかったら覚えてなかったでそちらの方が絶対に幸せだと思っているので葛藤しています。
というのもあってこのドア飾りが最初の彼女を導く星だったわけですね。お守りとして鞄に仕舞い込んでいました。
漆黒後に実際ミスト・ヴィレッジにアパルトメントを購入してたんですね。そのネタで色々書いたので扉に目印としてまた付けたことにしましたって感じ。何度か休暇時にシドも訪れていて、ある日何か見覚えあるぞ? ってなり思い出しました。本人は知らん覚えてないと一点張りしますがまあね。甘い感じのオチに出来たので満足です。
以下漆黒編。
紅蓮以降の仕込みがほぼ終わったので書き始めています。まず前にも書いたように水晶公はアンナの過去を全て知っている設定です。
エメトセルクの話。アンナが露骨に嫌な顔をするので心配した水晶公+暁のメンバーが守護ってくれています。アンナ本人は胃の痛みが軽減されて助かると思っています。
2人が出会ったのは50年程度前のガレマール帝国。次に捕まったらキミの言うことを聞いてやるよという約束を交わします。しかし鮮血の赤兎であった自分は5年ほど前に死んだしソル帝は死んだからノーカンだよね!? と挙動不審になっています。エメトセルクはもうコイツは用済みだし仲間消滅させたしバケモノがよと思っています。
そして何度か出した『奥底に闇の杭が打たれ、何者かの手によって一度エーテル、というより魂そのものに操作を施されたような形跡がある』ってやつですね。これは『一部だけ』エメトセルクがやったことになります。出会った時のアンナ、その時はガーネットと名乗りましたがその時の彼女はひどいものでした。あの人の魂が辛うじて見えるほど恨みと憎しみに支配されこのままでは飲み込まれて本物のバケモノになる所を彼が剥がしたのです。それが旅人は人に擬態するであった『心が引き裂かれるように痛かったけど何かこびりついた憑き物を落としてくれた』ですね。その時に少しだけ仕込んだりもしましたが初夜にまでは至りませんでした。
ちなみにこの時はアンナはまだ身長も胸囲も最高ではありませんでした。彼に会った以降で急成長しました。創造魔法でもかけられたんですかね?畳む
ちょいちょい書いた自機兄の話。
新生以降に裏で登場し、アンナの詳しい空白の過去に迫る話を中心に仕込みを行っています。お相手はネロで、蒼天終了後に一緒に行動する流浪の技術者として登場します。ぼちぼち出身の集落の異常さも出てきたりしますが、基本的にそういう"お仕事"をし出すのは性別が発現し、成人の儀を行ってから。なので性別が分かってほぼすぐに集落を飛び出したアンナは綺麗な存在です。それ位本来は淡白で効率的に仕事を行う不愛想なヴィエラが兄のエルファーです。
漆黒開始後にガーロンド社に正式に出入りするようになり、アンナにバレないように立ち回るように。ネロとは信頼関係で、シドは一方的に目の敵にするがまあ嫌いじゃないって感じの印象。
とりあえずnot光の戦士の話なのでタグだけ付けて拡張名の検索では出ないようにしています。読みたい人だけどうぞ。畳む
よくシドがアンナが過去に会った旅人だと分かったらバグるぞという表現をしていましたが実はとっくの昔にアンナが通った道だよっていう話です。
アンナ視点のマルケズのお話をいつか書きたいと思っていたのできっかけを考えてたら過去に書いてた話で与えられた部屋の場所を忘れて外にいたというのがあったのを思い出したのでそれを採用しました。
シドは初めてアンナに渡したプレゼントというのは星芒祭の時の髪飾りだと思っていましたが、実は目印として徹夜で手作りしたドアに付けた銀色の飾りだった。本人はそれを彼女のアパルトメントの扉に付けているのを見るまで忘れていたけどって感じ。だから手作りのからくり装置を準備していたんですね。後付け設定ですけど。
この地点で既に少しだけ意識はシドに向いていて、ガルーダ戦前にあの寒空に出会った少年だったと分かり衝撃を受けます。そして無意識にアピールし始めるんですね。本人はあまりバレたくないのに何やってるんだ! ってバグってます。この地点で分かってたら寄り添うつもりだったけど覚えてなかったら覚えてなかったでそちらの方が絶対に幸せだと思っているので葛藤しています。
というのもあってこのドア飾りが最初の彼女を導く星だったわけですね。お守りとして鞄に仕舞い込んでいました。
漆黒後に実際ミスト・ヴィレッジにアパルトメントを購入してたんですね。そのネタで色々書いたので扉に目印としてまた付けたことにしましたって感じ。何度か休暇時にシドも訪れていて、ある日何か見覚えあるぞ? ってなり思い出しました。本人は知らん覚えてないと一点張りしますがまあね。甘い感じのオチに出来たので満足です。
以下漆黒編。
紅蓮以降の仕込みがほぼ終わったので書き始めています。まず前にも書いたように水晶公はアンナの過去を全て知っている設定です。
エメトセルクの話。アンナが露骨に嫌な顔をするので心配した水晶公+暁のメンバーが守護ってくれています。アンナ本人は胃の痛みが軽減されて助かると思っています。
2人が出会ったのは50年程度前のガレマール帝国。次に捕まったらキミの言うことを聞いてやるよという約束を交わします。しかし鮮血の赤兎であった自分は5年ほど前に死んだしソル帝は死んだからノーカンだよね!? と挙動不審になっています。エメトセルクはもうコイツは用済みだし仲間消滅させたしバケモノがよと思っています。
そして何度か出した『奥底に闇の杭が打たれ、何者かの手によって一度エーテル、というより魂そのものに操作を施されたような形跡がある』ってやつですね。これは『一部だけ』エメトセルクがやったことになります。出会った時のアンナ、その時はガーネットと名乗りましたがその時の彼女はひどいものでした。あの人の魂が辛うじて見えるほど恨みと憎しみに支配されこのままでは飲み込まれて本物のバケモノになる所を彼が剥がしたのです。それが旅人は人に擬態するであった『心が引き裂かれるように痛かったけど何かこびりついた憑き物を落としてくれた』ですね。その時に少しだけ仕込んだりもしましたが初夜にまでは至りませんでした。
ちなみにこの時はアンナはまだ身長も胸囲も最高ではありませんでした。彼に会った以降で急成長しました。創造魔法でもかけられたんですかね?畳む
ちょいちょい書いた自機兄の話。
新生以降に裏で登場し、アンナの詳しい空白の過去に迫る話を中心に仕込みを行っています。お相手はネロで、蒼天終了後に一緒に行動する流浪の技術者として登場します。ぼちぼち出身の集落の異常さも出てきたりしますが、基本的にそういう"お仕事"をし出すのは性別が発現し、成人の儀を行ってから。なので性別が分かってほぼすぐに集落を飛び出したアンナは綺麗な存在です。それ位本来は淡白で効率的に仕事を行う不愛想なヴィエラが兄のエルファーです。
漆黒開始後にガーロンド社に正式に出入りするようになり、アンナにバレないように立ち回るように。ネロとは信頼関係で、シドは一方的に目の敵にするがまあ嫌いじゃないって感じの印象。
とりあえずnot光の戦士の話なのでタグだけ付けて拡張名の検索では出ないようにしています。読みたい人だけどうぞ。畳む
旅人は目印を置く
「アンナそういえばドアの飾りだが懐かしいな」
「? 何のこと?」
遂に気が付きやがったかと目を背け心の中で舌打ちする。ミスト・ヴィレッジにあるアパルトメント"トップマスト"。一時的な荷物置き場として1室を購入して数ヶ月程度経過した。遂にその部屋の入り口であるドアに下げた無骨な金属を打ち付けて作られた飾り細工が話題になってしまう。
「いやアレは俺がまだ記憶喪失だった頃に作ってやったやつだろ?」
「記憶皆無。偶然鞄に入ってたから目印に置いただけだし」
「ならこちらの目を見て言ってくれないか?」
嗚呼気持ち悪いくらい満面の笑顔になっている。そうだ、忘れるわけがないじゃないか。アレはこの正面でニヤつく男に出会った頃のお話。
◇
ボクは走っていた。勝手に巻き込んだ挙句ぐちゃぐちゃになった砂の家。悲惨な現場を見下すような目で眺めた後、恐怖と怒りを腹の中に溜めながらザナラーンを走る。
辿り着いた先はキャンプ・ドライボーン郊外にある教会。一度イフリートの件で邪魔した場所だ。夜遅くに駆け込み、そこにいた司祭に無機質な声で言葉を吐いた。
「私は旅人。お世話になってた場所が、襲撃されて。ここに行け、と言われたの」
愛想なんて捨ててしまうほど精神が疲れ果てていた。哀れに思った司祭イリュドはボクの肩を優しく撫でてくれた。その時にぼんやりと佇んでいたのが墓守のマルケズ、今のシドである。暁の協力者であるイリュドはしばらく隠れる拠点として滞在するように勧めてくれた。
―――本当は彼らも巻き込みたくなかった。相手はボクを探し手中に収めようとした皇帝が治めるガレマール帝国。5年前に"死んだこと"に出来たからと完全に油断していた。蛮族殺しとして名前が通るようになってしまい、耳に届いた可能性もある。どこにも属したくないから旅人と名乗っているのだ、帝国だけはごめんだねと当時は思っていた。当時中立組織とはいえ暁の血盟を拠点にしていた人間に説得力はないかもしれない。しかし助けを求めてくるのだから手を差し伸べるのは当然である。
この日はマルケズに個室まで案内され、寝台に寝そべった。相変わらず朝まで眠れなかった。
次の日、質素な食事をいただきお使いに出る。マルケズが何やら時計を修理したいとのことなのでドライボーンにて素材やら工具やらを集め、手渡した。その後はお腹が空いたので適当に郊外の動物を狩り、調理して食った。臭いを消すために水浴びをし、香水を付ける。戻った後にはすっかり夜で、いつもの場所にマルケズはいなかった。多分修理をしているのだろう。マメなことでと思いながら廊下に立つ。
「……部屋どこだっけ」
同じ扉、暗い廊下。変に開いて違ったら迷惑だろう。ボクはため息を吐き外に出た。
空を見上げるとそれは綺麗な星空だった。笑みを浮かべ、物陰にもたれかかり睡眠をとる。旅をしていた時によくやっているので慣れた姿勢だった。
◇
早朝、誰かが来る前に教会内の椅子に座り祈りを捧げるフリをする。物音が聞こえ目をやるとマルケズがフラフラと歩いてきた。ボクに気が付くとゆっくりと歩み寄り、修理が終わった時計を見せる。あまり詳しい人間ではないがパッと見この辺りでは見かけない仕様のものだなという印象を受けた。そしてえらく手先が器用な人なんだなと思考を張り巡らせる。
―――他人から集めた情報を整理するとエオルゼア方式でなくどちらかというとガレマール式のもの。ということは彼は帝国か属州出身者という所か。素振りを見る限り記憶喪失は演技には見えない。ということは亡命者で、逃げている途中に大ケガを負ってしまいショックで記憶も飛んだという所だろう。深く被ったローブの下にはゴーグルを付けているのが見えた。推測の域を超えないがガレアン人が持つ第三の眼を隠している可能性が高い。きっとエオルゼアではよろしくない目で見られたであろう。自分のことも分からないが何故か迫害される、そりゃ根暗にもなるか。しかし一晩でパッと直して見せた技術は手が勝手に動いたものとしては目を見張る所がある。記憶はなくても身体が技術を覚えていて、手先が器用な所から純ガレアン族で機工師だと結論付けた。
その後声をかけられボクは再びベスパーベイへ。そうか、秘密結社の構成員は死体を送るべき場所が存在しないのか。"冥府"と呼ばれる還る場所は皆一緒なのに、と哀れな目を見せ冷たい躯を運び込む。まるで普段のボクの体温のように冷たく成り果てた数々の大きさのモノをため息を吐きながら持ち上げた。中には滅多刺しになっている死体もあった。確実に殺すのなら一突きでいい。帝国の人間とやらは頭がおかしいやつばかりなのかと1人拳を握り締めた。そして最後に小さなトモダチを黒衣森へと運ぶ。お礼を言われたが、全く嬉しくなかった。自分が現れなければノラクシアは殺されなかっただろう。小さな声で再び謝った。
腹が減ったので再び適当に狩りをしてから教会に報告する。相変わらず辛気臭いマルケズは不気味だった。まあ自分も周りから不気味だと囁かれているのはちゃんと耳に届いていた。ヴィエラなんだからこの長い耳で全部聞こえてるに決まってるだろう。相変わらず与えられた一室の場所が分からなかったので野宿した。
◇
それからまた次の日も何も起こらないまま外で狩りをしながら見回りを行い、夜は外で星を見ながら野宿を決める。別に恥を忍んでもう一度部屋の場所を聞いてもよかった。が、また忘れてしまい夜も更け寝ようと思った時に気付く。自分のことより周りに帝国の陰が見えるような気がして、そちらに集中してしまうのが一番よくない話だった。
今日も空を見上げながら伸びをするとふと教会の扉が開く音が聞こえた。誰か忘れものでもしたのかなと無視していると「何を、している」と声をかけられる。声の主へと目をやるとマルケズがいた。「星を見ているの」と返してやると少しだけボクを見つめた後少し離れた場所に座る。何がしたいんだこの人。墓場でなければ異性と星空を見上げるという行為はロマンチックだろうねえ。そう思いながら無言が耐え切れなくなったボクは呟いた。
「暗闇は、嫌い」
ボクは昔から暗闇が嫌いである。生まれ故郷を飛び出したあの真っ暗闇の世界が未だに忘れられず、何度か夢にも出て来た。彼は目を細め、「なぜだ?」と聞いてくる。
「真実を隠し、私を狂わせるから」
「俺は好きだ。落ち着くんだ」
真逆の思考である。そうか、今の彼からしたらこの闇は記憶のない自分を包み込んでくれる優しい存在なのかと察する。ため息を吐き頭を両膝に埋めた。本当に何で、旅人なのにこんな所で怯えないといけないんだ。体が寒いとガタガタ震えが抑えられなくなってくる。すると突然背中に温かい感触。マルケズが「だ、大丈夫か?」と背中を優しくさすったようだ。どこか少しだけその寒さが消え去った気がする。「大丈夫」と次なる話題を探した。そうだ、言うなら今だろう。
「あと迷子になる」
「……は?」
顔を上げ、真剣な目で言ってやる。マルケズは面喰ったような顔を見せた後、「そういえばいつも朝礼拝堂で座ってたな。まさかと思うが自室が分からないのか?」と聞いてきた。
「……はい。って笑う所あった?」
「す、すまない。短い通路で迷われるとは思わなくて」
「むぅ失礼なヒト。違う部屋を開けたら失礼かもしれないっていう配慮だよ。でもまあ……笑えるんだ、よかった」
今まで不愛想な対応をしていた男が笑う。少しだけほっとした。優しい笑顔が綺麗な若造だなって印象を抱く。
「何かトラウマで笑えないのかなって」
「その、俺はただ―――」
どうせ記憶喪失で不安だっただけだろう? 言葉を遮るように早速部屋まで案内してもらうために立ち上がり手を差し伸べた。
「さ、誰かに見られたくないでしょ? 私みたいな悪い人に襲われちゃうかもよ?」
手を引っ張り立たせる。少し慌てている顔が面白い。ゴツゴツする手を触り、観察する。自分とは真逆の温かく、大きくて、手入れはあまりしていないのだろうその指はガサガサと荒れ、マメがあった。ふむ予想通り技術者でそれなりに熟練の人間か。「な、何をしている?」と聞くので極力優しい声で答えてやる。
「技術者の手」
「そう、か?」
「数日観察の結果、ね。今触ってみて確信した。大きくて、しっかりとしてて私は嫌いじゃないな」
目を見開きボクを見つめている。面倒だから「明日に支障が出るよ? あなたがね」と言いながら教会へと足を進める。待てと言葉と共にマルケズがボクを追い抜き、その後部屋まで案内してくれた。「ありがと、おやすみ」と言ってやると「ああおやすみ。もう迷子になるなよ」と素っ気なく返される。慌てて自分の部屋だと思われる場所に早歩きで去って行った男の表情は深く被ったローブで見ることが出来なかった。多分相当眠かったのだろう。
◇
久々に寝台の上で目を覚ました。昨日までよりもどこか晴れやかな気分で。身体をうんと伸ばしながら外に出る。
機嫌がいいので朝食の手伝いをした。その時の驚く教会の人間の顔は忘れられない。未だ出て来ない男の部屋の場所を教えてもらい扉を叩くとゆっくりと開く音が聞こえた。目を見開き「どうした?」と聞くので肩をすくめてやる。
「もう朝ですよ。イリュドが心配してたわ」
「ああすまない。完成したから今から出よう」
何を? と聞くと付いて来いと言われたので歩いた先はボクに与えられた部屋だった。慣れた手つきでドアに銀色の無骨な飾りを下げる。
「これでもう迷子にならないだろ?」
「―――もしかして一晩で作ったの?」
ニコリと笑いマルケズはその場を去ろうとした。お礼ぐらい言わせろと腕を引っ張る。
「ありがとね」
それだけ言って離してやる。嗚呼今日はなんていい日なんだ、そんな笑みがこぼれた。
また数日後、少年アルフィノがボクとマルケズ、いやシドを連れ出した。その時、何も言わず飾りを鞄に入れる。役割を終えたそれは初めて彼がくれた"目印"で。その時何故か分からなかったけれど、誰かのものにしたくなかったのは確かだった―――
◇
「そういえば少し前、個人的な用事で司祭に会いに行った時見当たらないなとは思ってたんだ」
「知らない」
「観念しろ」
「しーらーなーいー」
うざい。これ見よがしに全力で絡んできやがる。いや逆の身だったら自分もネタにするから強く突き放せない。両手を上げ降参のポーズを見せる。
「あー……ここだって同じドアばっか。見分けつけるのにちょうどいいやつあるじゃんって思っただけ。それ以外の理由はない」
「今だったら工房に行けばもっといいもの作れるぞ? 有りもので作ったやつだし少々恥ずかしいんだが」
「これでいい。忙しいキミの手を煩わせたくない」
「まあアンナがそう言うならいいが……いややっぱ次に贈るものとして考えておこう」
「だからアレでいいの。自分の場所って一目で分かればそれでいい」
そう、これでいい。ボクは笑みをこぼした。
#シド光♀
「? 何のこと?」
遂に気が付きやがったかと目を背け心の中で舌打ちする。ミスト・ヴィレッジにあるアパルトメント"トップマスト"。一時的な荷物置き場として1室を購入して数ヶ月程度経過した。遂にその部屋の入り口であるドアに下げた無骨な金属を打ち付けて作られた飾り細工が話題になってしまう。
「いやアレは俺がまだ記憶喪失だった頃に作ってやったやつだろ?」
「記憶皆無。偶然鞄に入ってたから目印に置いただけだし」
「ならこちらの目を見て言ってくれないか?」
嗚呼気持ち悪いくらい満面の笑顔になっている。そうだ、忘れるわけがないじゃないか。アレはこの正面でニヤつく男に出会った頃のお話。
◇
ボクは走っていた。勝手に巻き込んだ挙句ぐちゃぐちゃになった砂の家。悲惨な現場を見下すような目で眺めた後、恐怖と怒りを腹の中に溜めながらザナラーンを走る。
辿り着いた先はキャンプ・ドライボーン郊外にある教会。一度イフリートの件で邪魔した場所だ。夜遅くに駆け込み、そこにいた司祭に無機質な声で言葉を吐いた。
「私は旅人。お世話になってた場所が、襲撃されて。ここに行け、と言われたの」
愛想なんて捨ててしまうほど精神が疲れ果てていた。哀れに思った司祭イリュドはボクの肩を優しく撫でてくれた。その時にぼんやりと佇んでいたのが墓守のマルケズ、今のシドである。暁の協力者であるイリュドはしばらく隠れる拠点として滞在するように勧めてくれた。
―――本当は彼らも巻き込みたくなかった。相手はボクを探し手中に収めようとした皇帝が治めるガレマール帝国。5年前に"死んだこと"に出来たからと完全に油断していた。蛮族殺しとして名前が通るようになってしまい、耳に届いた可能性もある。どこにも属したくないから旅人と名乗っているのだ、帝国だけはごめんだねと当時は思っていた。当時中立組織とはいえ暁の血盟を拠点にしていた人間に説得力はないかもしれない。しかし助けを求めてくるのだから手を差し伸べるのは当然である。
この日はマルケズに個室まで案内され、寝台に寝そべった。相変わらず朝まで眠れなかった。
次の日、質素な食事をいただきお使いに出る。マルケズが何やら時計を修理したいとのことなのでドライボーンにて素材やら工具やらを集め、手渡した。その後はお腹が空いたので適当に郊外の動物を狩り、調理して食った。臭いを消すために水浴びをし、香水を付ける。戻った後にはすっかり夜で、いつもの場所にマルケズはいなかった。多分修理をしているのだろう。マメなことでと思いながら廊下に立つ。
「……部屋どこだっけ」
同じ扉、暗い廊下。変に開いて違ったら迷惑だろう。ボクはため息を吐き外に出た。
空を見上げるとそれは綺麗な星空だった。笑みを浮かべ、物陰にもたれかかり睡眠をとる。旅をしていた時によくやっているので慣れた姿勢だった。
◇
早朝、誰かが来る前に教会内の椅子に座り祈りを捧げるフリをする。物音が聞こえ目をやるとマルケズがフラフラと歩いてきた。ボクに気が付くとゆっくりと歩み寄り、修理が終わった時計を見せる。あまり詳しい人間ではないがパッと見この辺りでは見かけない仕様のものだなという印象を受けた。そしてえらく手先が器用な人なんだなと思考を張り巡らせる。
―――他人から集めた情報を整理するとエオルゼア方式でなくどちらかというとガレマール式のもの。ということは彼は帝国か属州出身者という所か。素振りを見る限り記憶喪失は演技には見えない。ということは亡命者で、逃げている途中に大ケガを負ってしまいショックで記憶も飛んだという所だろう。深く被ったローブの下にはゴーグルを付けているのが見えた。推測の域を超えないがガレアン人が持つ第三の眼を隠している可能性が高い。きっとエオルゼアではよろしくない目で見られたであろう。自分のことも分からないが何故か迫害される、そりゃ根暗にもなるか。しかし一晩でパッと直して見せた技術は手が勝手に動いたものとしては目を見張る所がある。記憶はなくても身体が技術を覚えていて、手先が器用な所から純ガレアン族で機工師だと結論付けた。
その後声をかけられボクは再びベスパーベイへ。そうか、秘密結社の構成員は死体を送るべき場所が存在しないのか。"冥府"と呼ばれる還る場所は皆一緒なのに、と哀れな目を見せ冷たい躯を運び込む。まるで普段のボクの体温のように冷たく成り果てた数々の大きさのモノをため息を吐きながら持ち上げた。中には滅多刺しになっている死体もあった。確実に殺すのなら一突きでいい。帝国の人間とやらは頭がおかしいやつばかりなのかと1人拳を握り締めた。そして最後に小さなトモダチを黒衣森へと運ぶ。お礼を言われたが、全く嬉しくなかった。自分が現れなければノラクシアは殺されなかっただろう。小さな声で再び謝った。
腹が減ったので再び適当に狩りをしてから教会に報告する。相変わらず辛気臭いマルケズは不気味だった。まあ自分も周りから不気味だと囁かれているのはちゃんと耳に届いていた。ヴィエラなんだからこの長い耳で全部聞こえてるに決まってるだろう。相変わらず与えられた一室の場所が分からなかったので野宿した。
◇
それからまた次の日も何も起こらないまま外で狩りをしながら見回りを行い、夜は外で星を見ながら野宿を決める。別に恥を忍んでもう一度部屋の場所を聞いてもよかった。が、また忘れてしまい夜も更け寝ようと思った時に気付く。自分のことより周りに帝国の陰が見えるような気がして、そちらに集中してしまうのが一番よくない話だった。
今日も空を見上げながら伸びをするとふと教会の扉が開く音が聞こえた。誰か忘れものでもしたのかなと無視していると「何を、している」と声をかけられる。声の主へと目をやるとマルケズがいた。「星を見ているの」と返してやると少しだけボクを見つめた後少し離れた場所に座る。何がしたいんだこの人。墓場でなければ異性と星空を見上げるという行為はロマンチックだろうねえ。そう思いながら無言が耐え切れなくなったボクは呟いた。
「暗闇は、嫌い」
ボクは昔から暗闇が嫌いである。生まれ故郷を飛び出したあの真っ暗闇の世界が未だに忘れられず、何度か夢にも出て来た。彼は目を細め、「なぜだ?」と聞いてくる。
「真実を隠し、私を狂わせるから」
「俺は好きだ。落ち着くんだ」
真逆の思考である。そうか、今の彼からしたらこの闇は記憶のない自分を包み込んでくれる優しい存在なのかと察する。ため息を吐き頭を両膝に埋めた。本当に何で、旅人なのにこんな所で怯えないといけないんだ。体が寒いとガタガタ震えが抑えられなくなってくる。すると突然背中に温かい感触。マルケズが「だ、大丈夫か?」と背中を優しくさすったようだ。どこか少しだけその寒さが消え去った気がする。「大丈夫」と次なる話題を探した。そうだ、言うなら今だろう。
「あと迷子になる」
「……は?」
顔を上げ、真剣な目で言ってやる。マルケズは面喰ったような顔を見せた後、「そういえばいつも朝礼拝堂で座ってたな。まさかと思うが自室が分からないのか?」と聞いてきた。
「……はい。って笑う所あった?」
「す、すまない。短い通路で迷われるとは思わなくて」
「むぅ失礼なヒト。違う部屋を開けたら失礼かもしれないっていう配慮だよ。でもまあ……笑えるんだ、よかった」
今まで不愛想な対応をしていた男が笑う。少しだけほっとした。優しい笑顔が綺麗な若造だなって印象を抱く。
「何かトラウマで笑えないのかなって」
「その、俺はただ―――」
どうせ記憶喪失で不安だっただけだろう? 言葉を遮るように早速部屋まで案内してもらうために立ち上がり手を差し伸べた。
「さ、誰かに見られたくないでしょ? 私みたいな悪い人に襲われちゃうかもよ?」
手を引っ張り立たせる。少し慌てている顔が面白い。ゴツゴツする手を触り、観察する。自分とは真逆の温かく、大きくて、手入れはあまりしていないのだろうその指はガサガサと荒れ、マメがあった。ふむ予想通り技術者でそれなりに熟練の人間か。「な、何をしている?」と聞くので極力優しい声で答えてやる。
「技術者の手」
「そう、か?」
「数日観察の結果、ね。今触ってみて確信した。大きくて、しっかりとしてて私は嫌いじゃないな」
目を見開きボクを見つめている。面倒だから「明日に支障が出るよ? あなたがね」と言いながら教会へと足を進める。待てと言葉と共にマルケズがボクを追い抜き、その後部屋まで案内してくれた。「ありがと、おやすみ」と言ってやると「ああおやすみ。もう迷子になるなよ」と素っ気なく返される。慌てて自分の部屋だと思われる場所に早歩きで去って行った男の表情は深く被ったローブで見ることが出来なかった。多分相当眠かったのだろう。
◇
久々に寝台の上で目を覚ました。昨日までよりもどこか晴れやかな気分で。身体をうんと伸ばしながら外に出る。
機嫌がいいので朝食の手伝いをした。その時の驚く教会の人間の顔は忘れられない。未だ出て来ない男の部屋の場所を教えてもらい扉を叩くとゆっくりと開く音が聞こえた。目を見開き「どうした?」と聞くので肩をすくめてやる。
「もう朝ですよ。イリュドが心配してたわ」
「ああすまない。完成したから今から出よう」
何を? と聞くと付いて来いと言われたので歩いた先はボクに与えられた部屋だった。慣れた手つきでドアに銀色の無骨な飾りを下げる。
「これでもう迷子にならないだろ?」
「―――もしかして一晩で作ったの?」
ニコリと笑いマルケズはその場を去ろうとした。お礼ぐらい言わせろと腕を引っ張る。
「ありがとね」
それだけ言って離してやる。嗚呼今日はなんていい日なんだ、そんな笑みがこぼれた。
また数日後、少年アルフィノがボクとマルケズ、いやシドを連れ出した。その時、何も言わず飾りを鞄に入れる。役割を終えたそれは初めて彼がくれた"目印"で。その時何故か分からなかったけれど、誰かのものにしたくなかったのは確かだった―――
◇
「そういえば少し前、個人的な用事で司祭に会いに行った時見当たらないなとは思ってたんだ」
「知らない」
「観念しろ」
「しーらーなーいー」
うざい。これ見よがしに全力で絡んできやがる。いや逆の身だったら自分もネタにするから強く突き放せない。両手を上げ降参のポーズを見せる。
「あー……ここだって同じドアばっか。見分けつけるのにちょうどいいやつあるじゃんって思っただけ。それ以外の理由はない」
「今だったら工房に行けばもっといいもの作れるぞ? 有りもので作ったやつだし少々恥ずかしいんだが」
「これでいい。忙しいキミの手を煩わせたくない」
「まあアンナがそう言うならいいが……いややっぱ次に贈るものとして考えておこう」
「だからアレでいいの。自分の場所って一目で分かればそれでいい」
そう、これでいい。ボクは笑みをこぼした。
#シド光♀
おまけ"エプロン"
注意
"エプロン"の後日談なSSです。
「シドの莫迦はどこ!!」
「アンナじゃないか。お使いは終わったのか?」
ある日のガーロンド社。箱を脇に抱え珍しく怒りの形相でシドの前に現れた。周りの社員たちも物珍しそうな目でアンナを見た。石の家に預けていたものを持っている姿を見て笑顔になる。
「ああ石の家に行ってたのか」
「何呑気な声出してる、表出な一発殴らせて」
「お前に殴られたら顔の形が残らないだろうが」
「失礼な。手加減位できる」
まあとりあえず部屋で話は聞くからと宥めながら工房を後にした。大方エプロンに対する感想だろう。デカい声で万が一兄の耳に届いてしまうと最悪自分ごと燃やされる可能性が高い。
残された社員たちは各々の神やら空に祈りを捧げている。覚えてろよと思いながらアンナの手を引っ張った。そして自室に連れて行き、鍵を閉める。
「珍しく怒ってるじゃないか。どうした?」
「まさか心当たりが、無い!?」
呆れた顔に笑みがこぼれる。数年前では絶対に見せなかった表情だ。すっかり憑き物が落ち、女性というよりは少年っぽいアンナに愛おしさが増していく。箱を開き中に入っていた布を指さす。白いフリルが眩しい丈が短いエプロンだ。
「確かにシンプルで可愛さと実用性が両立したエプロン使ってたけど、せめて実用的な方面に! キミ仮にも物作る会社の社長じゃなかったっけ!?」
「シンプルだろ? いででで」
思い切りヒゲを引っ張られた。あのね、と言うので首を傾げる。
「百億歩譲ってこれを着るとする」
「嬉しいな」
「まずこんなレース私に似合うわけない、ていうかこのエプロン知ってるよ? 他の布は?」
「アンナは何でも着るじゃないか。ああドレス部分等まとめて保管はしてる」
「趣味悪」
アンナはエプロンの入手経路に関して心当たりがあったようだ。いずれ見せてもらえたら嬉しい。だが普通に着こなしそうでつまらないと思い、エプロンだけ渡したのはバレているみたいだ。結構恥ずかしかったんだぞと言ってやると「でしょうね!?」と素っ頓狂な声を上げた。
「考えて、あなた裸オーバーオールやれって言ったらやる?」
「俺がやっても面白くないだろ何言ってるんだ」
「それは私も同じ。あ、いやそんなこの世の絶望みたいな顔しないで。ただ白は汚れが目立つし普段使い出来ないかもってだけ」
そんな顔をしていたのだろうか? 確かに突き返されそうな雰囲気だったので少々悲しかったが、アンナはシドの頭を優しく撫でる。
「あー実用的だったら幻影化させて自慢したよ? これは……あなたの前でしか着ることが出来ない」
頬にリップ音を立て口付けられると顔が熱くなり、ふわりと漂う汗のにおいに喉が鳴る。珍しく香水を付けていない。本当に走り回った帰りに荷物を受け取ってからここに来たのかと思うと興奮してくる。それに渡したのは自分の前でだけ着てほしいという下心も一切なかったわけではない。さすがにそこまで心は読まれていないようだ、サッと離れ「ほら仕事に戻りな」と扉を指さす。
「今日食事どう?」
「定時で帰れるように調整しようじゃないか」
「無理な方に賭ける」
「アンナが関わると仕事の効率が上がると評判だぞ?」
「胸を張らず普段から頑張れ」
じゃあここで待ってるから行ってきなさいとそっぽを向き手を振っている。ああすまないと言いながら部屋を後にした。稀に文句を口にするが決して受け取り拒否はしないアンナは本当にいい人だなと笑顔が漏れた。
―――数日後。アンナは渡したエプロンを堂々と着てガーロンド社に現れる。兎に角「シドから貰った」と強調しながら笑顔で社内を歩き回った。そこには男性社員からは好奇心の目で見られ、女性社員からは睨まれ小さくなったシドの姿があった。そういえば自分だけに見せてくれ、とは言わなかったなと思い返す。しかし『自分の前でしか着ることが出来ない』って言っていたじゃないかと頭を抱えた。罰ゲームのような時間を過ごし、もう二度とやるまいと誓う。
数日あらぬ噂が囁かれ必死に誤解を解いて回った。勿論即彼女の兄にもバレ、写真片手にお礼を言われながら飛び蹴りを喰らったのはまた別の話。
#シド光♀ #ギャグ
"エプロン"の後日談なSSです。
「シドの莫迦はどこ!!」
「アンナじゃないか。お使いは終わったのか?」
ある日のガーロンド社。箱を脇に抱え珍しく怒りの形相でシドの前に現れた。周りの社員たちも物珍しそうな目でアンナを見た。石の家に預けていたものを持っている姿を見て笑顔になる。
「ああ石の家に行ってたのか」
「何呑気な声出してる、表出な一発殴らせて」
「お前に殴られたら顔の形が残らないだろうが」
「失礼な。手加減位できる」
まあとりあえず部屋で話は聞くからと宥めながら工房を後にした。大方エプロンに対する感想だろう。デカい声で万が一兄の耳に届いてしまうと最悪自分ごと燃やされる可能性が高い。
残された社員たちは各々の神やら空に祈りを捧げている。覚えてろよと思いながらアンナの手を引っ張った。そして自室に連れて行き、鍵を閉める。
「珍しく怒ってるじゃないか。どうした?」
「まさか心当たりが、無い!?」
呆れた顔に笑みがこぼれる。数年前では絶対に見せなかった表情だ。すっかり憑き物が落ち、女性というよりは少年っぽいアンナに愛おしさが増していく。箱を開き中に入っていた布を指さす。白いフリルが眩しい丈が短いエプロンだ。
「確かにシンプルで可愛さと実用性が両立したエプロン使ってたけど、せめて実用的な方面に! キミ仮にも物作る会社の社長じゃなかったっけ!?」
「シンプルだろ? いででで」
思い切りヒゲを引っ張られた。あのね、と言うので首を傾げる。
「百億歩譲ってこれを着るとする」
「嬉しいな」
「まずこんなレース私に似合うわけない、ていうかこのエプロン知ってるよ? 他の布は?」
「アンナは何でも着るじゃないか。ああドレス部分等まとめて保管はしてる」
「趣味悪」
アンナはエプロンの入手経路に関して心当たりがあったようだ。いずれ見せてもらえたら嬉しい。だが普通に着こなしそうでつまらないと思い、エプロンだけ渡したのはバレているみたいだ。結構恥ずかしかったんだぞと言ってやると「でしょうね!?」と素っ頓狂な声を上げた。
「考えて、あなた裸オーバーオールやれって言ったらやる?」
「俺がやっても面白くないだろ何言ってるんだ」
「それは私も同じ。あ、いやそんなこの世の絶望みたいな顔しないで。ただ白は汚れが目立つし普段使い出来ないかもってだけ」
そんな顔をしていたのだろうか? 確かに突き返されそうな雰囲気だったので少々悲しかったが、アンナはシドの頭を優しく撫でる。
「あー実用的だったら幻影化させて自慢したよ? これは……あなたの前でしか着ることが出来ない」
頬にリップ音を立て口付けられると顔が熱くなり、ふわりと漂う汗のにおいに喉が鳴る。珍しく香水を付けていない。本当に走り回った帰りに荷物を受け取ってからここに来たのかと思うと興奮してくる。それに渡したのは自分の前でだけ着てほしいという下心も一切なかったわけではない。さすがにそこまで心は読まれていないようだ、サッと離れ「ほら仕事に戻りな」と扉を指さす。
「今日食事どう?」
「定時で帰れるように調整しようじゃないか」
「無理な方に賭ける」
「アンナが関わると仕事の効率が上がると評判だぞ?」
「胸を張らず普段から頑張れ」
じゃあここで待ってるから行ってきなさいとそっぽを向き手を振っている。ああすまないと言いながら部屋を後にした。稀に文句を口にするが決して受け取り拒否はしないアンナは本当にいい人だなと笑顔が漏れた。
―――数日後。アンナは渡したエプロンを堂々と着てガーロンド社に現れる。兎に角「シドから貰った」と強調しながら笑顔で社内を歩き回った。そこには男性社員からは好奇心の目で見られ、女性社員からは睨まれ小さくなったシドの姿があった。そういえば自分だけに見せてくれ、とは言わなかったなと思い返す。しかし『自分の前でしか着ることが出来ない』って言っていたじゃないかと頭を抱えた。罰ゲームのような時間を過ごし、もう二度とやるまいと誓う。
数日あらぬ噂が囁かれ必死に誤解を解いて回った。勿論即彼女の兄にもバレ、写真片手にお礼を言われながら飛び蹴りを喰らったのはまた別の話。
#シド光♀ #ギャグ
"エプロン"
注意
漆黒以降のお話ですが展開には触れてません。付き合った後の裸エプロン云々ギャグ概念。R18無しバージョン。事後描写有り。
「久々に会って早速? おうおう徹夜明けにしては元気」
黒髪のヴィエラは目を細め、抱きしめる男の頬をつねった。
お互い想いを伝えてからそれなりの時間が経過したが何も変わらない時が流れていた。無自覚だったが、付き合い始める前からほぼ恋人同士がやる行為は大体していたらしいので、変わらないのも仕方がないのかもしれない。唯一やってないことといえばと周りに報告した際、大体「今更何言ってるんだコイツら」とリアクションをされたので多分そうなのだろう。兄との決戦が一番盛り上がったのも記憶に新しい。
閑話休題。目の前の問題は解決していないもののようやく合致する空いた時間を捻出することができた。よって「ご飯でも作ってやる」とトップマストの一室へ招待した。定住するつもりはないが、もうしばらくの間はエオルゼアにいるので荷物置きがてら購入を決めた。しかし今日まで誰にもこの場所の話をしていない。ちょうどいい機会だし一番最初に言うならシドだなと判断したのが決め手である。
部屋はいつでも引き払えるよう極力シンプルな配置にした。荷物置き、寝る場所、あと作業スペースとキッチントイレシャワーがある程度だ。本当は命の恩人の絵とオルシュファンの肖像画が飾っていたのだが隠している。意外と嫉妬する人間らしく、"スイッチ"がどこにあるか分からないのだ。そんなことで怒ったりしないのは知っているが不安要素は極力排除するに限る。
扉を開き、案内された徹夜明けのシドは目を丸くし「ここは?」と聞く。「私の部屋。初めて人を招いた」と言ってやると分かりやすいくらい満面な笑顔でこっちを見た。その場で荷物を下ろし抱きしめようとしたので「扉閉めるまで待てバカ」と力で押しのけた。
「色気のない部屋で悪いね」
「効率を追い求めたらこうなるだろう。俺も部屋を作れと言われたらキッチン以外は同じ感じになるな」
「そういうものかぁ」
生活観はそんなに変わらなかったらしい、持っていた荷物を下ろしながらアンナは苦笑する。諸々の報告合間に仕込みは終わらせていたので、エプロンをつけながらキッチンへ足を向けようとした直後、抱きしめられた。呆れた顔して名前を呼ぶと「エプロン、似合うな」と言い、離す様子はない。これは真っ黒な布地に胸元のヒナチョコボの刺繍が可愛いシンプルなものだった。似合うと言われても大体の人間は着ても違和感持たれないオーソドックスなものじゃないかと首を傾げる。そういえばシドには製作作業中の姿は初めて見せるかと思い出した。
どうやら抱き返さないといけないのだろう、「そうだね」と頭に片手を置き、ついでに「今はこれで満足して」とアゴの髭を撫でてやる。顔を上げたので頬に口付け、振りほどこうとしたら首に腕を回され唇を奪われた。完璧に"スイッチ"でも入ったかと思い薄く口を開き、舌先を差し出してやると肉厚な舌を絡まされる。キスの仕方はもう覚えた。どうやれば相手が喜ぶのか、それを忠実に再現するだけで大体は満足して離れるので正直言ってチョロい話である。ニィと笑いながら料理の手順を浮かべていたが今回はいつまで経っても解放されそうにない。少々苦しくなり「シ、ド」と声を漏らすとようやく離れていく。そしてなんとか冒頭の言葉を吐き、頬を思い切りつねった。顔を赤くしながら解放するシドの腕を引っ張り椅子に座らせる。
「ご飯終わるまでいい子にしてて」
「ああすまんな」
料理の邪魔をしたら追い出すからねと釘を刺し調理場に立った。流石にそこまで言えば大人しくするだろう。しかし1人のために料理を作ってやるのは初めてだなあとぼんやりと思い返した。
◇
手伝うことはないのかという言葉に必要ない、またいつかねと返しつつ作った料理は今回も自信作であった。お互い味は特に気にしていない。相当ダークマターや生焼けでない限り食べるが美味しいに越したことはない。アンナはシドを笑顔で観察する。雑な所もあるがさすがおぼっちゃんだっただけあり自分と違い丁寧だ。残念ながらアンナのテーブルマナーに対する知識は多少教えてもらったのと本で読んだ分しか知らないが。
子供っぽい夢の追いかけ方をしているが基本的には堅物だし細かい所で大人だなあと思う部分がある。そんな人間が60年程度人と関わってこなかった自分に対し、気を長く教えながら付いて来ている事実が少しだけ照れくさい。世の中には魅力的な女性がたくさんいるのにね、と言えば「お前以上の人間なんて知らんぞ」と返す。―――まあシドのみならず複数人から「あなたに慣れるといろんな意味でもう他では満足できなくなるダメ人間製造機」とありがたい言葉をいただいた。何を言っているのか分からないので考えないことにする。
気になったのかふと「アンナ?」と名前を呼ばれた。
「? どうした?」
「いやそんなに見つめられても困るんだが」
「人がおいしそうに食べてるの見るのは悪くないねえ」
あなただってよく見つめてくるでしょと言うと肩をすくめた。ワインも開け喉に流し込む。昔から酔うことのないただの色の付いた水だったモノもこの人と出会ってから有意義な時間を過ごすためのものになった。食事という行為だってそう。生きるため早急に摂取するものからこうやって人と談笑するために変わり悪くはないなと思うようになった。昔の自分が見たらどう思うだろう。『情けない、短命のやつらと無駄な時間を過ごすな』と言うなと苦笑した。
そうだ、"彼ら"は普通だったらアンナより遥かに早く死ぬ。しかし別の未来の話を聞いた時、寿命の大小なんて考える必要はないな、と思うようになった。流石にシドが死んだら心が苦しくなるかもしれない。適度に長生きできるように手を回してやったらいいかなと目を閉じた。―――まあそんな辛気臭いことに延々と想いを馳せるのはやめておく。口に出したら説教が始まるに違いない事柄をあまり考えるな、というのが付き合う際に約束した取り決めの一つだ。
閑話休題。考えをかき消すように近況を交わし合う。奇妙な機械について、妙な現象の専門家たちの見解、最近シドが関わった案件の続報等、話すことは大量にある。シド側からもさすがに会社の詳しい事柄は立場上聞きたくない。なのでつい先ほどまでの納期に追われことや社員たちの暴走についての話を聞きお互い大変だなあと笑いあった。
◇
後片付けを終わらせエプロンを脱ぎ、部屋内をうろうろ見回っていたシドに「おまたせ」と言うと「ああ特に待ってはいない」と返すのでソファに座わらせる。勿論シドは自分の上だ。所謂お姫様抱っこのような形だ。いつもこの姿勢を取ると死んだ目になるので非常に愉快な気分になる。「逆だと思わないか?」という抗議も適当に流し、手はしっかり掴んでおく。過去に隙を見せたら耳に触れやがったので当然の措置だ。これで大丈夫だろうと高を括っていたら耳を食み、そのまま「アンナ」と名前を囁いた。ビクリと身体が跳ね、反撃としてヒゲを引っ張る。
「……次は手錠でも用意して頭も押さえつけるように考慮する」
「やめるという発想はないんだな」
「優越感に浸れるからね」
「そういう意図でいつもやっていたのかお前は」
あ、やっべ本音が出てしまったと気が付いた時にはもう遅い。いつの間にか手を振りほどかれ体勢を変えるよう動いた。座った自分を見下すように立ち、両肩を掴みながらジトっとした目で睨んでいる。怒るよね、そりゃと思いながらも笑顔になるとシドも笑顔を見せた。酒が入った後にこれは下手なこと言って余計に火を点ける未来が見える。言い訳はしないと両手を上げ、降参のポーズを見せた。
シド・ガーロンドという男は使命と理性に雁字搦めになった仕事以外さっぱりなヒトである。無意識に、気ままに与え続けたヒントにも気付かず2年以上無意識下に熟成されてしまった感情のトリガーを引いてしまったのは間違いなくアンナ自身だった。それ以降、何度か"そういう空気"になったがいずれにしても自爆スイッチを入れきっかけを作ってしまったもアンナである。別にヤりたくてやっているわけではない。ただ失言、無意識、ほんの少しからかっただけで雰囲気がガラッと変わる。それから何度も一晩中相手して作った取り決めを口にする。
「あー1回だけだよ? キミ一睡もしてない。途中で寝られたら多分笑いすぎて腹筋が死ぬ。分かった?」
「俺はまだ何も言ってないぞ?」
また嵌められてしまった、と思いながらアンナは立ち上がり、シドはソファに座らせ向かい合って乗りかかる形になる。「何も言ってないならこれで満足できるね?」と頭を撫でてやると腰に手を回され身体を密着させた。名前を呼びながら首元に鼻を近づけ匂いを確認するが如く呼吸する姿にアンナは呑ませすぎたかという感想を抱く。どうやら自分と出会ってから嗅覚が鋭くなっているらしく首元に顔を持って行くと噛みつくか匂いを嗅がれるのだ。犬かと思いながらその頭を撫でてやるとポツリと一言漏らす。
「アンナ、シたい」
「おあずけ」
「俺は犬じゃない。……しばらく会ってすらなかっただろ? あとさっきアンナから1回だけって言ったな」
「言ってない。忘れた。1人でしてたら……あ、いや何でもない。ほら抱きしめる程度だったらいくらでも受け入れる。やめてベルト緩めるな」
今の状態だったら自慰行為を延々見せつけられる未来が過るほど本気の目が一瞬見えたので必死に止める。機嫌を取るように顎を掴み上げ「ほらいい子いい子」と口付けてやると頭を押さえつけられ深くキスをする羽目になる。大きな手が身体を撫でまわす感触が伝わり、まるでこれから抱く相手の存在を確かめるかのようで嫌いではないがどこか落ち着かない。丹念に触られ全身が軽く痙攣しながら甘い息が漏れる。
―――2人の間で交わされるキスは3種類ある。まずは基本的にはアンナが与える複数部位に軽く触れるだけのもの。主にくすぐったい感情を刺激して放置する行為が当人にとっては楽しい。2つ目は少し機嫌を損ねてしまった時にする。ただシドを満足させるためのマニュアル通りに行う"チョロい"と称する深い口付け。これに加えて適当に撫でると顔を赤くしながらあっさり許してくれるので嫌いな行為ではない。そして最後にシドが仕掛けるアンナの判断力を堕とし理性を捨てさせるためのモノ。アンナがシドの仕様を把握してるということは、シドもどうすれば確実に堕とせるかを理解している。普段は流されないように立ち回っている。だが、どこでスイッチが入るか分からず、ヤバいと気付いてもこのキスが降ってきた地点でもう逃げることはできない。口を頑なに閉じようとしても全身に与えられる甘い刺激で緩まり、舌が強引に差し込まれアンナの口内を蹂躙する。一度好奇心と抵抗の意思を見せるため軽く噛みついてやったことがあったが、その夜は酷かった。身体中噛みつかれながらこれまで決して触れられなかった部位を穿ち上げられ痛みと快楽の海に容赦なく沈められる。次の日、土下座され延々と反省の意を示された。だがアンナとしても窮鼠猫を嚙むよう襲われた行為として二度とやるまいと刻み込まれていた。なので起き上がるのもやっとな身体に鞭打ちながら困ったような笑顔を見せた記憶がある。我ながらシドに対してのみ甘すぎる対応をしていることは自覚している。
酸欠になりそうだ、と思いながらなんとか引き剥がした。口元から惜しむように結ぶ糸の様子にこれは向こうの火を灯してしまうと笑顔が引きつる。逃げようにもがっしりと抱きしめられ動くことが出来ない。「あの、シド……サン?」と恐る恐る顔を見ると何か思いついた様子。「えっと、どうした?」と聞くと、「頼みたい事がある」と指さしながら言うので「断る!」と反射的に叫んだ。そちらはエプロンの方向。このヤる気になった段階でエプロンというのはアンナでも察するところはある。
「まだ提案の内容を言っていない。聞いてから断っても遅くないぞ」
「いやオチが見える。未来視持ってなくても分かる」
「成程考えることが同じ、シナジーがあると」
「私は推理しただけだからねこの酔っ払い!」
声を荒げるアンナを無視しながらシドは"お願い"を言った。
「裸の上にエプロンを着てほしい」
嫌に決まってるだろとアンナは「バカかい?」と天を仰ぎため息を吐いた。
◇
結局熱意で押し切られ、下着着用を条件に着ることになった。アンナは覚えてろよと呪詛を吐きながら壁を背にいつ振り向いていいのかと呑気に聞くシドへ威嚇している。
別にどんな服を纏うのも恥ずかしくはない。あえて言うと女性らしさに極振りされたフリル等は似合わないと思っているくらいだ。しかし欲に塗れた人間によって行使されるオチが鮮明に見える行為はなるべくしたくないのだ。
それでも多少受け入れるのは相手がシドだからある。この人でなければ反射的に首を刎ねていたかもしれない。あと背中をあまり見せたくないし、作業で使うものを性的な要素と繋げたくないのだ。とりあえず着たが見せるとは一言も言っていない。このまま相手が寝るまで後ろにいるかと慎重に背後に近付き抱きしめた。シドはその腕を掴み見上げようとするので片手で頭を押さえた。
「いやあ時間かかってすまないねえ。ああゆっくりしてもらっても構わないよ。へへっ旦那、肩でも揉んでやりますぜ」
「……時間稼ぎする気だな?」
あからさますぎたかと反省したがこういう時に限って鋭いと思わずアンナは舌打ちしてしまう。上を向かせ触れるだけのキスを繰り返すとエプロンの紐を引っ張り噛みつくように口付けられた。逃げるように「背中が寒い」と言いながらベッドに転がり込み布団を被る。シドがゆっくりと歩いて来る気配を感じた。慎重に下がるようにモゾモゾと動く姿は情けないだろうなあと思うが身体が勝手に動くのだ、仕方がない。しかし相手は不気味なほどに静かだ。これは呆れてるな、つまり勝ったか? いやまだ油断してはいけない。しばらく動きを止め、反応を見る。触る気配もない。率直な男なので調子に乗って剝ぎ取ろうとするはずだとアンナは普段の駆け引きを思い返す。これは本当に勝ちか、早く着替えさせてもらおう、顔だけ出して相手の出方をうかがう。
目の前に覗き込む顔があった。ずっと顔を出すのを待っていたらしい。反射的にもう一度隠そうとするが掴まれ動くことが出来ない。「えらく可愛いことをするじゃないか」と布団に手をかけている。取られるくらいなら後ろだけは見せないよう包まりながら起き上がった。
「もう終わりか?」
「趣味悪」
「お前がそうさせるんだ」
仰向けに倒されエプロンに手をかけようとするので抵抗しようと手を動かすと押さえつけられた。流石に下に回ってしまっては普段は勝っている力も腕力で押さえ込まれる。
「あーその寒いという発想はなかった。すまなかった」
「適当に言った言葉に謝罪されるとなんかむず痒い」
「嘘だったのか?」
やっべと思った時にはもう遅かった。「似合うな」とアンナの両手は片手で固定される。これ以上向こうの空気に流されるわけにはいかない。恐る恐る口を開く。
「6割は、事実で」
「残り4割」
「じ、自分へのやさしさ3割」
「あとは何だ?」
「あの酔っ払いが早く寝てくれたらエプロン汚れないだろうねえ」
「こら」
シドは思い切りアンナの頬を引っ張る。この調子だ、アンナは心の中で笑う。やりすぎると痛い目に遭うのは何度も体験している。だが学ぶことを知らないアンナは地雷原へと突っ走った。
「だってこのエプロンお気に入りなんだよ。貰ったんだ」
「珍しい、誰にだ?」
「そりゃある優しい暁所属の冒険者にね。お礼に現金たんまり渡したのと一緒にご飯を、あ……」
アンナはシドの表情の変化に気付いた。笑顔だが、目は笑っていない。ここに呼ぶ時に確かめたじゃないか、意外と嫉妬する人間だから変なスイッチ入らないように、と。なのに何をしているんだ。まずは言葉が足らなかったことを弁明しようと口を開こうとしたが遅かった。
「俺は別に嫉妬はしてないぞ?」
「説得力ない、というかやめ」
強引にひっくり返され布団を剥がれた。未だ消えぬ背中の傷にシドは口付け、舌を這わせるとアンナの身体は緊張で固まる。嗚呼もうどうにでもなれと思いながら口を押さえた。
◇
「このエプロンね、蒼天街で貰えるものだった。実用さと可愛らしさが両立してるって思ってねぇ」
珍しく1回で終わった行為の数時間後、シドはスッキリとした気分で目が覚めた。だがまずはタオルを噛まされたまま睨むアンナを見ることになった。慌てて外してやると「正座」と言われ座らされた。
「まあでも振興券が足りなくてねえ、困ってた所に暁所属の"女性"冒険者が複数持ってるからって1着くれた」
「う……」
「無料で貰うのはボクのポリシーに反するんだ。だからちゃんとマーケットでの相場に加えてご飯をおごったんだよ。そこまで分かった?」
「ああ」
アンナにヒゲを掴まれる。珍しく口調を隠さず怒っているのは分かった。
「それを、あなたはどう勘違いしたのかなァ? 気になるねぇ」
「い、いや……ああてっきり戦闘事以外鈍いお前のことだから男相手でも釣られるかと」
「ハァ?」
「すまなかった……」
「最後エプロンにぶっかけたのが一番最低だと思うよ?」
「新しく買ってやるから、な? だからその手に持ったロープで縛って吊るし上げるのは勘弁してほしい」
シドはそこから何度もアンナに謝罪した。何かあるとすぐに人を縛り付けて吊るし上げようとするのは兄妹変わらない。そう考えていると「ボクも説明足らずだったのが悪いんだけどねぇ」と言いながらため息を吐いている。
「でもちゃんと約束は守ったのはいい子だね。うんそこは褒めよう」
第三の眼付近に軽く口付けてやり、シャワー浴びてくると奥へ消えて行った。シドははにかみ、再び寝転ぶ。直後必死に頭を掻きながら数時間前の自分の行動を思い起こそうとする。
―――シドは手料理を食べた以降の出来事をほぼ覚えていなかった。白濁の液が吐き出された形跡のあるエプロンに目をやる。アレに関しては本当に思い出せない。しかしそのまま言ったら絶対に数日ゴミを見るような目で対応される未来が見える。そこまではまあ人によったら一種のご褒美になるものだろう。だがそれに加えてデリカシーや恥というものを理解していないアンナのことだ。絶対に人に言いふらし、最終的に彼女の兄の耳に届く。そして縛り上げられる未来が超える力を持っていないシドでも鮮明に見えた。とりあえず、再び謝ろう。そして似合いそうな新しいエプロンも考えて機嫌を直してもらおうと心に決めた。
◇
数日後。
「あらアンナおかえりなさい。シドから荷物が届いてるわよ?」
シドに料理を振る舞いやらかされてからまた各地を走り回り、まともに連絡を取っていない。あの件に関しては別に洗濯すればいいだけだと思っていたので特に気にしてなかった。
一段落ついたので石の家に顔を出すとクルルから小包を渡される。置いて行くなんて珍しいな、と呟きながらその場でまずは走り書きされた手紙を読む。
『先日は本当にすまなかった。約束通り詫びとしてエプロンを新しく購入したので使ってほしい。あと今度見せてほしい』
「懲りてないなこの人」
軽くため息を吐き買ったエプロンとやらを確認するように布を掴み、引き上げる。
「は?」
真っ白い、フリルがあしらわれたものが見えた瞬間に手を離し反射的に箱を閉じる。クルルは目を点にしてアンナを見つめていた。
笑顔で口を開く。
「クルル、見た?」
「な、何も。ええ」
「だよね?」
荷物を抱え、大股で石の家を後にする。扉を閉める直前「ごちそうさま」という声が聞こえてきたが何も聞かなかったことにする。
「いつかキミを裸オーバーオールにしてやるから覚悟しとけよシド……」
やられる覚悟がない奴がそんな要求するわけないよねぇ? ボソリと呟きながらガーロンド社へ足を向けるのであった―――。
#シド光♀ #ギャグ
漆黒以降のお話ですが展開には触れてません。付き合った後の裸エプロン云々ギャグ概念。R18無しバージョン。事後描写有り。
「久々に会って早速? おうおう徹夜明けにしては元気」
黒髪のヴィエラは目を細め、抱きしめる男の頬をつねった。
お互い想いを伝えてからそれなりの時間が経過したが何も変わらない時が流れていた。無自覚だったが、付き合い始める前からほぼ恋人同士がやる行為は大体していたらしいので、変わらないのも仕方がないのかもしれない。唯一やってないことといえばと周りに報告した際、大体「今更何言ってるんだコイツら」とリアクションをされたので多分そうなのだろう。兄との決戦が一番盛り上がったのも記憶に新しい。
閑話休題。目の前の問題は解決していないもののようやく合致する空いた時間を捻出することができた。よって「ご飯でも作ってやる」とトップマストの一室へ招待した。定住するつもりはないが、もうしばらくの間はエオルゼアにいるので荷物置きがてら購入を決めた。しかし今日まで誰にもこの場所の話をしていない。ちょうどいい機会だし一番最初に言うならシドだなと判断したのが決め手である。
部屋はいつでも引き払えるよう極力シンプルな配置にした。荷物置き、寝る場所、あと作業スペースとキッチントイレシャワーがある程度だ。本当は命の恩人の絵とオルシュファンの肖像画が飾っていたのだが隠している。意外と嫉妬する人間らしく、"スイッチ"がどこにあるか分からないのだ。そんなことで怒ったりしないのは知っているが不安要素は極力排除するに限る。
扉を開き、案内された徹夜明けのシドは目を丸くし「ここは?」と聞く。「私の部屋。初めて人を招いた」と言ってやると分かりやすいくらい満面な笑顔でこっちを見た。その場で荷物を下ろし抱きしめようとしたので「扉閉めるまで待てバカ」と力で押しのけた。
「色気のない部屋で悪いね」
「効率を追い求めたらこうなるだろう。俺も部屋を作れと言われたらキッチン以外は同じ感じになるな」
「そういうものかぁ」
生活観はそんなに変わらなかったらしい、持っていた荷物を下ろしながらアンナは苦笑する。諸々の報告合間に仕込みは終わらせていたので、エプロンをつけながらキッチンへ足を向けようとした直後、抱きしめられた。呆れた顔して名前を呼ぶと「エプロン、似合うな」と言い、離す様子はない。これは真っ黒な布地に胸元のヒナチョコボの刺繍が可愛いシンプルなものだった。似合うと言われても大体の人間は着ても違和感持たれないオーソドックスなものじゃないかと首を傾げる。そういえばシドには製作作業中の姿は初めて見せるかと思い出した。
どうやら抱き返さないといけないのだろう、「そうだね」と頭に片手を置き、ついでに「今はこれで満足して」とアゴの髭を撫でてやる。顔を上げたので頬に口付け、振りほどこうとしたら首に腕を回され唇を奪われた。完璧に"スイッチ"でも入ったかと思い薄く口を開き、舌先を差し出してやると肉厚な舌を絡まされる。キスの仕方はもう覚えた。どうやれば相手が喜ぶのか、それを忠実に再現するだけで大体は満足して離れるので正直言ってチョロい話である。ニィと笑いながら料理の手順を浮かべていたが今回はいつまで経っても解放されそうにない。少々苦しくなり「シ、ド」と声を漏らすとようやく離れていく。そしてなんとか冒頭の言葉を吐き、頬を思い切りつねった。顔を赤くしながら解放するシドの腕を引っ張り椅子に座らせる。
「ご飯終わるまでいい子にしてて」
「ああすまんな」
料理の邪魔をしたら追い出すからねと釘を刺し調理場に立った。流石にそこまで言えば大人しくするだろう。しかし1人のために料理を作ってやるのは初めてだなあとぼんやりと思い返した。
◇
手伝うことはないのかという言葉に必要ない、またいつかねと返しつつ作った料理は今回も自信作であった。お互い味は特に気にしていない。相当ダークマターや生焼けでない限り食べるが美味しいに越したことはない。アンナはシドを笑顔で観察する。雑な所もあるがさすがおぼっちゃんだっただけあり自分と違い丁寧だ。残念ながらアンナのテーブルマナーに対する知識は多少教えてもらったのと本で読んだ分しか知らないが。
子供っぽい夢の追いかけ方をしているが基本的には堅物だし細かい所で大人だなあと思う部分がある。そんな人間が60年程度人と関わってこなかった自分に対し、気を長く教えながら付いて来ている事実が少しだけ照れくさい。世の中には魅力的な女性がたくさんいるのにね、と言えば「お前以上の人間なんて知らんぞ」と返す。―――まあシドのみならず複数人から「あなたに慣れるといろんな意味でもう他では満足できなくなるダメ人間製造機」とありがたい言葉をいただいた。何を言っているのか分からないので考えないことにする。
気になったのかふと「アンナ?」と名前を呼ばれた。
「? どうした?」
「いやそんなに見つめられても困るんだが」
「人がおいしそうに食べてるの見るのは悪くないねえ」
あなただってよく見つめてくるでしょと言うと肩をすくめた。ワインも開け喉に流し込む。昔から酔うことのないただの色の付いた水だったモノもこの人と出会ってから有意義な時間を過ごすためのものになった。食事という行為だってそう。生きるため早急に摂取するものからこうやって人と談笑するために変わり悪くはないなと思うようになった。昔の自分が見たらどう思うだろう。『情けない、短命のやつらと無駄な時間を過ごすな』と言うなと苦笑した。
そうだ、"彼ら"は普通だったらアンナより遥かに早く死ぬ。しかし別の未来の話を聞いた時、寿命の大小なんて考える必要はないな、と思うようになった。流石にシドが死んだら心が苦しくなるかもしれない。適度に長生きできるように手を回してやったらいいかなと目を閉じた。―――まあそんな辛気臭いことに延々と想いを馳せるのはやめておく。口に出したら説教が始まるに違いない事柄をあまり考えるな、というのが付き合う際に約束した取り決めの一つだ。
閑話休題。考えをかき消すように近況を交わし合う。奇妙な機械について、妙な現象の専門家たちの見解、最近シドが関わった案件の続報等、話すことは大量にある。シド側からもさすがに会社の詳しい事柄は立場上聞きたくない。なのでつい先ほどまでの納期に追われことや社員たちの暴走についての話を聞きお互い大変だなあと笑いあった。
◇
後片付けを終わらせエプロンを脱ぎ、部屋内をうろうろ見回っていたシドに「おまたせ」と言うと「ああ特に待ってはいない」と返すのでソファに座わらせる。勿論シドは自分の上だ。所謂お姫様抱っこのような形だ。いつもこの姿勢を取ると死んだ目になるので非常に愉快な気分になる。「逆だと思わないか?」という抗議も適当に流し、手はしっかり掴んでおく。過去に隙を見せたら耳に触れやがったので当然の措置だ。これで大丈夫だろうと高を括っていたら耳を食み、そのまま「アンナ」と名前を囁いた。ビクリと身体が跳ね、反撃としてヒゲを引っ張る。
「……次は手錠でも用意して頭も押さえつけるように考慮する」
「やめるという発想はないんだな」
「優越感に浸れるからね」
「そういう意図でいつもやっていたのかお前は」
あ、やっべ本音が出てしまったと気が付いた時にはもう遅い。いつの間にか手を振りほどかれ体勢を変えるよう動いた。座った自分を見下すように立ち、両肩を掴みながらジトっとした目で睨んでいる。怒るよね、そりゃと思いながらも笑顔になるとシドも笑顔を見せた。酒が入った後にこれは下手なこと言って余計に火を点ける未来が見える。言い訳はしないと両手を上げ、降参のポーズを見せた。
シド・ガーロンドという男は使命と理性に雁字搦めになった仕事以外さっぱりなヒトである。無意識に、気ままに与え続けたヒントにも気付かず2年以上無意識下に熟成されてしまった感情のトリガーを引いてしまったのは間違いなくアンナ自身だった。それ以降、何度か"そういう空気"になったがいずれにしても自爆スイッチを入れきっかけを作ってしまったもアンナである。別にヤりたくてやっているわけではない。ただ失言、無意識、ほんの少しからかっただけで雰囲気がガラッと変わる。それから何度も一晩中相手して作った取り決めを口にする。
「あー1回だけだよ? キミ一睡もしてない。途中で寝られたら多分笑いすぎて腹筋が死ぬ。分かった?」
「俺はまだ何も言ってないぞ?」
また嵌められてしまった、と思いながらアンナは立ち上がり、シドはソファに座らせ向かい合って乗りかかる形になる。「何も言ってないならこれで満足できるね?」と頭を撫でてやると腰に手を回され身体を密着させた。名前を呼びながら首元に鼻を近づけ匂いを確認するが如く呼吸する姿にアンナは呑ませすぎたかという感想を抱く。どうやら自分と出会ってから嗅覚が鋭くなっているらしく首元に顔を持って行くと噛みつくか匂いを嗅がれるのだ。犬かと思いながらその頭を撫でてやるとポツリと一言漏らす。
「アンナ、シたい」
「おあずけ」
「俺は犬じゃない。……しばらく会ってすらなかっただろ? あとさっきアンナから1回だけって言ったな」
「言ってない。忘れた。1人でしてたら……あ、いや何でもない。ほら抱きしめる程度だったらいくらでも受け入れる。やめてベルト緩めるな」
今の状態だったら自慰行為を延々見せつけられる未来が過るほど本気の目が一瞬見えたので必死に止める。機嫌を取るように顎を掴み上げ「ほらいい子いい子」と口付けてやると頭を押さえつけられ深くキスをする羽目になる。大きな手が身体を撫でまわす感触が伝わり、まるでこれから抱く相手の存在を確かめるかのようで嫌いではないがどこか落ち着かない。丹念に触られ全身が軽く痙攣しながら甘い息が漏れる。
―――2人の間で交わされるキスは3種類ある。まずは基本的にはアンナが与える複数部位に軽く触れるだけのもの。主にくすぐったい感情を刺激して放置する行為が当人にとっては楽しい。2つ目は少し機嫌を損ねてしまった時にする。ただシドを満足させるためのマニュアル通りに行う"チョロい"と称する深い口付け。これに加えて適当に撫でると顔を赤くしながらあっさり許してくれるので嫌いな行為ではない。そして最後にシドが仕掛けるアンナの判断力を堕とし理性を捨てさせるためのモノ。アンナがシドの仕様を把握してるということは、シドもどうすれば確実に堕とせるかを理解している。普段は流されないように立ち回っている。だが、どこでスイッチが入るか分からず、ヤバいと気付いてもこのキスが降ってきた地点でもう逃げることはできない。口を頑なに閉じようとしても全身に与えられる甘い刺激で緩まり、舌が強引に差し込まれアンナの口内を蹂躙する。一度好奇心と抵抗の意思を見せるため軽く噛みついてやったことがあったが、その夜は酷かった。身体中噛みつかれながらこれまで決して触れられなかった部位を穿ち上げられ痛みと快楽の海に容赦なく沈められる。次の日、土下座され延々と反省の意を示された。だがアンナとしても窮鼠猫を嚙むよう襲われた行為として二度とやるまいと刻み込まれていた。なので起き上がるのもやっとな身体に鞭打ちながら困ったような笑顔を見せた記憶がある。我ながらシドに対してのみ甘すぎる対応をしていることは自覚している。
酸欠になりそうだ、と思いながらなんとか引き剥がした。口元から惜しむように結ぶ糸の様子にこれは向こうの火を灯してしまうと笑顔が引きつる。逃げようにもがっしりと抱きしめられ動くことが出来ない。「あの、シド……サン?」と恐る恐る顔を見ると何か思いついた様子。「えっと、どうした?」と聞くと、「頼みたい事がある」と指さしながら言うので「断る!」と反射的に叫んだ。そちらはエプロンの方向。このヤる気になった段階でエプロンというのはアンナでも察するところはある。
「まだ提案の内容を言っていない。聞いてから断っても遅くないぞ」
「いやオチが見える。未来視持ってなくても分かる」
「成程考えることが同じ、シナジーがあると」
「私は推理しただけだからねこの酔っ払い!」
声を荒げるアンナを無視しながらシドは"お願い"を言った。
「裸の上にエプロンを着てほしい」
嫌に決まってるだろとアンナは「バカかい?」と天を仰ぎため息を吐いた。
◇
結局熱意で押し切られ、下着着用を条件に着ることになった。アンナは覚えてろよと呪詛を吐きながら壁を背にいつ振り向いていいのかと呑気に聞くシドへ威嚇している。
別にどんな服を纏うのも恥ずかしくはない。あえて言うと女性らしさに極振りされたフリル等は似合わないと思っているくらいだ。しかし欲に塗れた人間によって行使されるオチが鮮明に見える行為はなるべくしたくないのだ。
それでも多少受け入れるのは相手がシドだからある。この人でなければ反射的に首を刎ねていたかもしれない。あと背中をあまり見せたくないし、作業で使うものを性的な要素と繋げたくないのだ。とりあえず着たが見せるとは一言も言っていない。このまま相手が寝るまで後ろにいるかと慎重に背後に近付き抱きしめた。シドはその腕を掴み見上げようとするので片手で頭を押さえた。
「いやあ時間かかってすまないねえ。ああゆっくりしてもらっても構わないよ。へへっ旦那、肩でも揉んでやりますぜ」
「……時間稼ぎする気だな?」
あからさますぎたかと反省したがこういう時に限って鋭いと思わずアンナは舌打ちしてしまう。上を向かせ触れるだけのキスを繰り返すとエプロンの紐を引っ張り噛みつくように口付けられた。逃げるように「背中が寒い」と言いながらベッドに転がり込み布団を被る。シドがゆっくりと歩いて来る気配を感じた。慎重に下がるようにモゾモゾと動く姿は情けないだろうなあと思うが身体が勝手に動くのだ、仕方がない。しかし相手は不気味なほどに静かだ。これは呆れてるな、つまり勝ったか? いやまだ油断してはいけない。しばらく動きを止め、反応を見る。触る気配もない。率直な男なので調子に乗って剝ぎ取ろうとするはずだとアンナは普段の駆け引きを思い返す。これは本当に勝ちか、早く着替えさせてもらおう、顔だけ出して相手の出方をうかがう。
目の前に覗き込む顔があった。ずっと顔を出すのを待っていたらしい。反射的にもう一度隠そうとするが掴まれ動くことが出来ない。「えらく可愛いことをするじゃないか」と布団に手をかけている。取られるくらいなら後ろだけは見せないよう包まりながら起き上がった。
「もう終わりか?」
「趣味悪」
「お前がそうさせるんだ」
仰向けに倒されエプロンに手をかけようとするので抵抗しようと手を動かすと押さえつけられた。流石に下に回ってしまっては普段は勝っている力も腕力で押さえ込まれる。
「あーその寒いという発想はなかった。すまなかった」
「適当に言った言葉に謝罪されるとなんかむず痒い」
「嘘だったのか?」
やっべと思った時にはもう遅かった。「似合うな」とアンナの両手は片手で固定される。これ以上向こうの空気に流されるわけにはいかない。恐る恐る口を開く。
「6割は、事実で」
「残り4割」
「じ、自分へのやさしさ3割」
「あとは何だ?」
「あの酔っ払いが早く寝てくれたらエプロン汚れないだろうねえ」
「こら」
シドは思い切りアンナの頬を引っ張る。この調子だ、アンナは心の中で笑う。やりすぎると痛い目に遭うのは何度も体験している。だが学ぶことを知らないアンナは地雷原へと突っ走った。
「だってこのエプロンお気に入りなんだよ。貰ったんだ」
「珍しい、誰にだ?」
「そりゃある優しい暁所属の冒険者にね。お礼に現金たんまり渡したのと一緒にご飯を、あ……」
アンナはシドの表情の変化に気付いた。笑顔だが、目は笑っていない。ここに呼ぶ時に確かめたじゃないか、意外と嫉妬する人間だから変なスイッチ入らないように、と。なのに何をしているんだ。まずは言葉が足らなかったことを弁明しようと口を開こうとしたが遅かった。
「俺は別に嫉妬はしてないぞ?」
「説得力ない、というかやめ」
強引にひっくり返され布団を剥がれた。未だ消えぬ背中の傷にシドは口付け、舌を這わせるとアンナの身体は緊張で固まる。嗚呼もうどうにでもなれと思いながら口を押さえた。
◇
「このエプロンね、蒼天街で貰えるものだった。実用さと可愛らしさが両立してるって思ってねぇ」
珍しく1回で終わった行為の数時間後、シドはスッキリとした気分で目が覚めた。だがまずはタオルを噛まされたまま睨むアンナを見ることになった。慌てて外してやると「正座」と言われ座らされた。
「まあでも振興券が足りなくてねえ、困ってた所に暁所属の"女性"冒険者が複数持ってるからって1着くれた」
「う……」
「無料で貰うのはボクのポリシーに反するんだ。だからちゃんとマーケットでの相場に加えてご飯をおごったんだよ。そこまで分かった?」
「ああ」
アンナにヒゲを掴まれる。珍しく口調を隠さず怒っているのは分かった。
「それを、あなたはどう勘違いしたのかなァ? 気になるねぇ」
「い、いや……ああてっきり戦闘事以外鈍いお前のことだから男相手でも釣られるかと」
「ハァ?」
「すまなかった……」
「最後エプロンにぶっかけたのが一番最低だと思うよ?」
「新しく買ってやるから、な? だからその手に持ったロープで縛って吊るし上げるのは勘弁してほしい」
シドはそこから何度もアンナに謝罪した。何かあるとすぐに人を縛り付けて吊るし上げようとするのは兄妹変わらない。そう考えていると「ボクも説明足らずだったのが悪いんだけどねぇ」と言いながらため息を吐いている。
「でもちゃんと約束は守ったのはいい子だね。うんそこは褒めよう」
第三の眼付近に軽く口付けてやり、シャワー浴びてくると奥へ消えて行った。シドははにかみ、再び寝転ぶ。直後必死に頭を掻きながら数時間前の自分の行動を思い起こそうとする。
―――シドは手料理を食べた以降の出来事をほぼ覚えていなかった。白濁の液が吐き出された形跡のあるエプロンに目をやる。アレに関しては本当に思い出せない。しかしそのまま言ったら絶対に数日ゴミを見るような目で対応される未来が見える。そこまではまあ人によったら一種のご褒美になるものだろう。だがそれに加えてデリカシーや恥というものを理解していないアンナのことだ。絶対に人に言いふらし、最終的に彼女の兄の耳に届く。そして縛り上げられる未来が超える力を持っていないシドでも鮮明に見えた。とりあえず、再び謝ろう。そして似合いそうな新しいエプロンも考えて機嫌を直してもらおうと心に決めた。
◇
数日後。
「あらアンナおかえりなさい。シドから荷物が届いてるわよ?」
シドに料理を振る舞いやらかされてからまた各地を走り回り、まともに連絡を取っていない。あの件に関しては別に洗濯すればいいだけだと思っていたので特に気にしてなかった。
一段落ついたので石の家に顔を出すとクルルから小包を渡される。置いて行くなんて珍しいな、と呟きながらその場でまずは走り書きされた手紙を読む。
『先日は本当にすまなかった。約束通り詫びとしてエプロンを新しく購入したので使ってほしい。あと今度見せてほしい』
「懲りてないなこの人」
軽くため息を吐き買ったエプロンとやらを確認するように布を掴み、引き上げる。
「は?」
真っ白い、フリルがあしらわれたものが見えた瞬間に手を離し反射的に箱を閉じる。クルルは目を点にしてアンナを見つめていた。
笑顔で口を開く。
「クルル、見た?」
「な、何も。ええ」
「だよね?」
荷物を抱え、大股で石の家を後にする。扉を閉める直前「ごちそうさま」という声が聞こえてきたが何も聞かなかったことにする。
「いつかキミを裸オーバーオールにしてやるから覚悟しとけよシド……」
やられる覚悟がない奴がそんな要求するわけないよねぇ? ボソリと呟きながらガーロンド社へ足を向けるのであった―――。
#シド光♀ #ギャグ
"冷たい肌"
前半蒼天終了辺り、後半漆黒付き合った後のお話。メインストーリーには特に触れないです。
「アンナっていつも思うがお前冷たいよな」
「悪口?」
「体温の話だ」
アンナの怪訝な目に対してシドはため息を吐く。イシュガルドの騒動以降さりげなく手を触れる機会が増えたが、いつもひんやりと冷たい。
「冷え性、かも?」
「俺に聞かれても分からん」
「故郷の儀式で火には強いの。冷たさの原因は不明だけど」
「初めて聞いたんだが?」
「聞かれたことないから」
アンナは目を細め「バァン」と言いながら指から一瞬だけ火花らしき輝きを出す。シドは目を丸くしてそれを見つめた。一瞬別の感情が湧き出そうになるのをグッと我慢する。
「故郷は火を大切にしてる部族でね。火の操作に関してはまあまあ人より上手なの」
「着火剤いらずで便利じゃないか」
「旅のお役立ちでしょ?」
「それでも指熱くならないのは凄いな」
火を出していた指に軽く触れるとやはり冷たいままだ。アンナはニコリと笑い「不思議ね」と言う。
褐色の細くて長い指をシドはぼんやりと絡めながら眺めている。
「シドの手、大きくて温かい。嫌いじゃない」
「そうか? まあ言われて悪い感じはしないが」
「褒めてるし」
「そうだな」
2人は笑い合う。手袋とかした方がいい、夏だったら冷房いらずだな、ちゃんと寝る時は温かくしろと言うシドをアンナはニコニコと相槌を打っている。
ここはガーロンド社休憩スペース、居合わせた社員たちはポカンとした顔でその掛け合いを見つめていた。
◇
「昔お前が冷たい話したこと覚えてるか?」
「悪口の話?」
「体温の話だ」
同じような会話したぞちゃんと覚えてるなと軽く小突く。
最初こそは全身が冷たいものだった。しかし思考を溶かし、体を重ねると徐々に熱が灯され蕩けさせると人並みの体温を感じられる。自分の体温と混じり合う感覚が他では味わえない未知のもので。それはもうクセになる。
胸元に口付けを落とすと頭に手刀をお見舞いされた。痛いと言うと呆れた声でアンナは「今日はもう終わり」と返した。
「叩かなくてもいいだろ」
「キミは久方振りなボクとの休日を"また"一日中寝る行為に使うつもりかい?」
ボクはもう疲れてるんだよとアンナはジトッとした目で見つめる男に対しため息を吐く。リップ音を立てながら第三の眼付近に口付けを落とし、ボソリと喋り目を閉じた。シドは目を丸くしながら飛び起きる。
「本当か?」
アンナは寝返りを打ち、何も言わない。そんな彼女を後ろから抱きしめ「おやすみ」と囁いた。
#シド光♀ #即興SS
「アンナっていつも思うがお前冷たいよな」
「悪口?」
「体温の話だ」
アンナの怪訝な目に対してシドはため息を吐く。イシュガルドの騒動以降さりげなく手を触れる機会が増えたが、いつもひんやりと冷たい。
「冷え性、かも?」
「俺に聞かれても分からん」
「故郷の儀式で火には強いの。冷たさの原因は不明だけど」
「初めて聞いたんだが?」
「聞かれたことないから」
アンナは目を細め「バァン」と言いながら指から一瞬だけ火花らしき輝きを出す。シドは目を丸くしてそれを見つめた。一瞬別の感情が湧き出そうになるのをグッと我慢する。
「故郷は火を大切にしてる部族でね。火の操作に関してはまあまあ人より上手なの」
「着火剤いらずで便利じゃないか」
「旅のお役立ちでしょ?」
「それでも指熱くならないのは凄いな」
火を出していた指に軽く触れるとやはり冷たいままだ。アンナはニコリと笑い「不思議ね」と言う。
褐色の細くて長い指をシドはぼんやりと絡めながら眺めている。
「シドの手、大きくて温かい。嫌いじゃない」
「そうか? まあ言われて悪い感じはしないが」
「褒めてるし」
「そうだな」
2人は笑い合う。手袋とかした方がいい、夏だったら冷房いらずだな、ちゃんと寝る時は温かくしろと言うシドをアンナはニコニコと相槌を打っている。
ここはガーロンド社休憩スペース、居合わせた社員たちはポカンとした顔でその掛け合いを見つめていた。
◇
「昔お前が冷たい話したこと覚えてるか?」
「悪口の話?」
「体温の話だ」
同じような会話したぞちゃんと覚えてるなと軽く小突く。
最初こそは全身が冷たいものだった。しかし思考を溶かし、体を重ねると徐々に熱が灯され蕩けさせると人並みの体温を感じられる。自分の体温と混じり合う感覚が他では味わえない未知のもので。それはもうクセになる。
胸元に口付けを落とすと頭に手刀をお見舞いされた。痛いと言うと呆れた声でアンナは「今日はもう終わり」と返した。
「叩かなくてもいいだろ」
「キミは久方振りなボクとの休日を"また"一日中寝る行為に使うつもりかい?」
ボクはもう疲れてるんだよとアンナはジトッとした目で見つめる男に対しため息を吐く。リップ音を立てながら第三の眼付近に口付けを落とし、ボソリと喋り目を閉じた。シドは目を丸くしながら飛び起きる。
「本当か?」
アンナは寝返りを打ち、何も言わない。そんな彼女を後ろから抱きしめ「おやすみ」と囁いた。
#シド光♀ #即興SS
旅人は新年の空を見上げる
―――明日は降神祭という年が一巡することを記念する日。何でもお祝い化するエオルゼアに来て何年が経過したのだろう。新年祝い程度なら故郷でも無かったわけではないが本当にこの地域は色々な国のお祭りを柔軟に取り入れるなぁ。
今日はまず今年も色々ありました、と感謝のしるしに石の家の掃除を手伝った。今年の汚れは今年のうちに。旅人である自分には無縁の文化だったがそれも楽しかった。
ついでに自分の鞄や相棒チョコボのフレイム、リテイナーのフウガ、リリア、ノラに預けた荷物も整理し新年を迎える準備も終わらせる。今日は休んでいいよ、と料理をあげたらみんな喜んでくれて嬉しいね。
いろんな組織から年忘れの会に誘われたがふわりと断り、現在黒衣森にて1人焚き火の前で空を見上げていた。
この空を見上げる行為がこれまでの新年を越える瞬間の過ごし方で。いや、いつが新年かなんて見分けがつかなかったからそう言ってるだけさ。まあ何十年も続けてるわけだから簡単に変わるわけもなく。
さっき釣った魚や狩った動物の肉を焼き、先程グリダニアで調理した餅を食べる。ついでにいつも後ろに付いてきているハシビロコウに適当に生魚を投げた。本当にいつの間にか付いて来たしどこか"忘れて欲しくなさそうに"佇んでいるものだから邪険に扱うことが出来なかった。
少しずつ自分の中で決めてきた日常に誰かの手が入っているのは少々面白い。最初は心がバラバラになりそうなくらい苦痛で厭だったが、一度作っていた壁を正面から破壊されるとそれも悪くないと思うようになっていった。
懐中時計を開くとあともう少しで時計の針が一巡し、新しい世界に足を踏み入れる。何か物足りないと思う心を撫でながらまた星空を見上げているとふと人が走ってくる音が聞こえた。
音が聞こえる方をいつもの笑顔で眺めていると白色の男が息切れしながら走って来た。
「やっと見つけた……」
「おや社畜のお偉いさんが走って来た」
やってきた足りなかったパーツに「まあとりあえずおいで」と開けておいた隣を指さしミネラルウォーターを開けた。さすがにその辺りの水をおぼっちゃまにあげるほど終わった価値観はしていない。
シドは私の隣に座り水を飲んだ。
「最低限やるべき仕事は終わらせたさ。細かい作業も片付けておこうと思ったらお前座標だけリンクシェル通信で流しただろ? おかげでジェシーたちに満面の笑顔で見送られたさ」
「別に社員と迎えてもよかったんだよ? 地獄の新年」
「アンナがいないだろ?」
シラフで何言っているんだコイツ。まあシラフでいろいろ吐くのはボクも変わらないか。
「こうやって過ごすクセが抜けなくてねえ。故郷もこれよりも大きい焚き火の周りで火に感謝しながら酒の交わし合っていたのさ。未成年だったボクはとっとと寝させられたけど」
時計の針を見るとあと数刻で日が変わるようだ。
「まあ理由もわかるよね?」
「予想はつくから言わなくてもいい」
「察しのいいキミが大好きだよ」
「お前なあ」
カラカラと笑ってやるとシドは顔を片手で覆いため息を吐いた。まあからかうと反応が面白いわけ。
残り約十秒。よし来たときにと考えていたプランを実行する。「シド」と名前を呼んで彼の方を向こうとするとぐいと引っ張られた。そしてボクの口に唇を押し当てられた。
横目で見るとジャスト0時。やられた、と目を閉じた。
「ちくしょーボクがする予定だったのにな」
「それだけ慣れたんだ」
「悔しいなあ」
「新年から悔しがる姿が見れたからいい一年になりそうだ」
「……バーカ」
私が作っていた壁を壊し、呪いに新たな祝福を上書きした男の肩に手を回し密着させた。「だから逆だろ」という言葉は無視することにする。兄さんもお嫁さんたちとこうしているのかな。
「そうだ、リムサロミンサに行かない? 今年の運勢を見よ」
「今からか? 初日の出を見に行くのが先だろう」
「今から気象予報を見て来いって? 無茶言うなって」
「それ位調べてきたさ。コスタでいいだろ?」
「リムサ行くのにはかわりないじゃん。というか間に合わないって」
「……じゃあここでいいな。お前別にそういう文化はここに来るまで触れずに星空眺めてたんだろ?」
「うん、そだね」
1人だったハズの場所に常に誰かいるというのは少し照れくさい。でもそういうのも、悪くない。
しかしこれから誰かと過ごすならば同じ見晴らしがいい場所でももっといい所がたくさんある。
「来年は、ここ以外を考えておく」
「そうしてくれ」
とりあえず、殴り込みかな。
―――一方その頃ガーロンド・アイアンワークス社。
「俺が! 妹と! 過ごしたかった! 君たちなぜ止めた……あぁ……」という表情をコロコロと変えながら呻き声をあげる赤髪ヴィエラの男を肴に残った社員で仕事を片付ける会が行われていたことをアンナは知らない。
#シド光♀ #季節イベント
今日はまず今年も色々ありました、と感謝のしるしに石の家の掃除を手伝った。今年の汚れは今年のうちに。旅人である自分には無縁の文化だったがそれも楽しかった。
ついでに自分の鞄や相棒チョコボのフレイム、リテイナーのフウガ、リリア、ノラに預けた荷物も整理し新年を迎える準備も終わらせる。今日は休んでいいよ、と料理をあげたらみんな喜んでくれて嬉しいね。
いろんな組織から年忘れの会に誘われたがふわりと断り、現在黒衣森にて1人焚き火の前で空を見上げていた。
この空を見上げる行為がこれまでの新年を越える瞬間の過ごし方で。いや、いつが新年かなんて見分けがつかなかったからそう言ってるだけさ。まあ何十年も続けてるわけだから簡単に変わるわけもなく。
さっき釣った魚や狩った動物の肉を焼き、先程グリダニアで調理した餅を食べる。ついでにいつも後ろに付いてきているハシビロコウに適当に生魚を投げた。本当にいつの間にか付いて来たしどこか"忘れて欲しくなさそうに"佇んでいるものだから邪険に扱うことが出来なかった。
少しずつ自分の中で決めてきた日常に誰かの手が入っているのは少々面白い。最初は心がバラバラになりそうなくらい苦痛で厭だったが、一度作っていた壁を正面から破壊されるとそれも悪くないと思うようになっていった。
懐中時計を開くとあともう少しで時計の針が一巡し、新しい世界に足を踏み入れる。何か物足りないと思う心を撫でながらまた星空を見上げているとふと人が走ってくる音が聞こえた。
音が聞こえる方をいつもの笑顔で眺めていると白色の男が息切れしながら走って来た。
「やっと見つけた……」
「おや社畜のお偉いさんが走って来た」
やってきた足りなかったパーツに「まあとりあえずおいで」と開けておいた隣を指さしミネラルウォーターを開けた。さすがにその辺りの水をおぼっちゃまにあげるほど終わった価値観はしていない。
シドは私の隣に座り水を飲んだ。
「最低限やるべき仕事は終わらせたさ。細かい作業も片付けておこうと思ったらお前座標だけリンクシェル通信で流しただろ? おかげでジェシーたちに満面の笑顔で見送られたさ」
「別に社員と迎えてもよかったんだよ? 地獄の新年」
「アンナがいないだろ?」
シラフで何言っているんだコイツ。まあシラフでいろいろ吐くのはボクも変わらないか。
「こうやって過ごすクセが抜けなくてねえ。故郷もこれよりも大きい焚き火の周りで火に感謝しながら酒の交わし合っていたのさ。未成年だったボクはとっとと寝させられたけど」
時計の針を見るとあと数刻で日が変わるようだ。
「まあ理由もわかるよね?」
「予想はつくから言わなくてもいい」
「察しのいいキミが大好きだよ」
「お前なあ」
カラカラと笑ってやるとシドは顔を片手で覆いため息を吐いた。まあからかうと反応が面白いわけ。
残り約十秒。よし来たときにと考えていたプランを実行する。「シド」と名前を呼んで彼の方を向こうとするとぐいと引っ張られた。そしてボクの口に唇を押し当てられた。
横目で見るとジャスト0時。やられた、と目を閉じた。
「ちくしょーボクがする予定だったのにな」
「それだけ慣れたんだ」
「悔しいなあ」
「新年から悔しがる姿が見れたからいい一年になりそうだ」
「……バーカ」
私が作っていた壁を壊し、呪いに新たな祝福を上書きした男の肩に手を回し密着させた。「だから逆だろ」という言葉は無視することにする。兄さんもお嫁さんたちとこうしているのかな。
「そうだ、リムサロミンサに行かない? 今年の運勢を見よ」
「今からか? 初日の出を見に行くのが先だろう」
「今から気象予報を見て来いって? 無茶言うなって」
「それ位調べてきたさ。コスタでいいだろ?」
「リムサ行くのにはかわりないじゃん。というか間に合わないって」
「……じゃあここでいいな。お前別にそういう文化はここに来るまで触れずに星空眺めてたんだろ?」
「うん、そだね」
1人だったハズの場所に常に誰かいるというのは少し照れくさい。でもそういうのも、悪くない。
しかしこれから誰かと過ごすならば同じ見晴らしがいい場所でももっといい所がたくさんある。
「来年は、ここ以外を考えておく」
「そうしてくれ」
とりあえず、殴り込みかな。
―――一方その頃ガーロンド・アイアンワークス社。
「俺が! 妹と! 過ごしたかった! 君たちなぜ止めた……あぁ……」という表情をコロコロと変えながら呻き声をあげる赤髪ヴィエラの男を肴に残った社員で仕事を片付ける会が行われていたことをアンナは知らない。
#シド光♀ #季節イベント
旅人と赤色
―――あれは魔導城プラエトリウムで堂々と影口を叩かれ、舐めプされた挙句あっさり負けることになった出来事よりも前だ。羅列したら今でもかなりムカついてきたなこりゃ。すまねェ話題が逸れる所だった。あの旅人には数度会った事がある。確実にガーロンドが会うよりも前。そうだ、まだアレが赤髪だった頃。自分が『鮮血の赤兎』だってコト隠す気あったのか? と疑問に思うグリダニア入りする前のアレについて少々語っておこう。
1.高地ラノシアより
あの頃、オレはエーテル計測のために何度か独断でエオルゼア内に潜入していた。今回は高地ラノシアでタイタンのエーテル計測に洒落込もうと1人森の中で計測装置と睨み合っている。エオルゼアでは敵視されるであろう第三の眼を隠すため仮面を被り行動していたのもあり少々視界が狭い。それを補う手は持っていたのであってないようなものだが。とにかく手に持った端末でエーテル観測装置動きを見る。
急にエーテル反応が激しく上下し、興奮した。どこから来ているモノなのか、タイタンと関係してるのか? いやあの小さき蛮族たちにはまだ召喚できるほどの余裕はないハズだ。未知の発見に大人げなく目を輝かせていたらやらかした。いつの間にかコボルド族に囲まれ俺はため息を吐く。
別にコイツらくらい即追っ払える。いつものハンマーは持って来ていないが、小型ガンブレードを取り出そうとニィと笑いながら懐に手を突っ込もうと瞬間だった。観測装置が何やらブザーを鳴らし、端末で映し出していたデータがぐわんと動いたのだ。どういうことだ、と思った瞬間だった。
オレの前にヒトが降って来た。
赤色の髪、長い耳。鋭い"銀色"の目にすらりと高い背丈はオレと同じくらいだろう。長い耳を含めたらアウラ族の男と同じくらいには大きい。聞いたことがある。オサードの方に住むヴィエラ族。急に天に向かい矢を打ち放ちオレに「伏せな」と一言。その異質な声に一瞬鳥肌が立った。これは殺意、それも目の前の女から。オレは反射的に地面に伏せた。更に腕を掴みながら抱き寄せられた瞬間、頭上が風を切った。先程まで自分がいた場所に大量の矢が落ちる。
コボルド族の叫び声を皮切りに、断続的に何かが落ちてくる音が聞こえた。
「いいよ」
と朗らかな声が聞こえ、細い肢体から離れながら顔を上げると周りに散乱した矢、そしてコボルド族の死体。うめき声も聞こえる。仲間を見捨てて逃げ行くヤツもいた。
目の前でそのヴィエラは「恨むならあの男じゃなくて、"私"」と言いながら笑顔で致命傷を負ったコボルド族にトドメを刺す。ヒュ、と喉が鳴った。観測装置をチラりと眺めるといつの間にか何事もなく推移していた。
◇
「ケガはない?」
「あ、ああ」
「よかった」
一頻り作業が終わったのかオレのところにヴィエラが駆け寄ってくる。優しい"銀色"の目が細められた。
「騒ぎ声が聞こえて木の上から確認したらあなたが蛮族に囲まれてたから乱入してみたのさ」
「あ、ありがとナ?」
引きつった笑顔でとりあえず礼を言う。会話は出来るらしい。ひとまず安堵するがあのパワーがどこから出て来ているのか分からなかった。
健康的な褐色の肌に引き締まった筋肉、男とは異なる柔らかそうなそこらの女より豊満であろう胸。背面を隠すマントの下に見える民族衣装の特徴的にもオンナだと分かるが理解を拒む。
「あ、"私"は通りすがりの旅人、あなたも……旅人だな?」
「まあ異国から来たからオマエと一緒ってやつか」
「そう。だから名乗り合わず一期一会って所。ああ仮面も外さなくて構わない。"この子"は興味ないだろうから」
「怪我をしているもンでな。助かるぜ」
「そう。最近蛮族やモンスターが騒がしいから気を付けてな」
オンナは踵を返し手を振る。一瞬だけ翻されたマントの下に引っ掻かれたような傷痕が見えた。それがこのオンナの想像もつかない旅路の一端が伺える。
「じゃ、逃げたあなたを襲ったコボルド族のトドメ刺しておいてやるから。あまり知られたくないでしょう? イヒヒッ」
逃げて行った奴らの方向へ走って行った。その後俺は汗が噴き出し座り込んだ。手の震えを止めようと端末のログを見つめた。
あんなまとまった殺意を隣で受けたのだ。ビビるに決まってンだろ。だが当時のオレにとっては一つの興味も湧いてしまったのだ。
「面白ェ玩具を見つけたぜ」
当時のオレを殴りたい。あンなヤツに興味持った地点でオレは終わってンだよ。
でたらめに撃ち上げた矢と回し蹴りだけで小型生物であれ笑顔で生き物を殺せる人間を扱えるヤツがいるわけがないじゃねェか。
2.戻ってこない
閣下がエオルゼア入りして間もない頃、俺は何人かに金を握らせてそのヴィエラの情報を集めた。名前はすぐに分かった。『アンナ・サリス』、第七霊災以降エオルゼア周辺に現れた『旅人』らしい。困ったことはないかと声をかけ、牧畜の手伝いからモンスター討伐まで大体のことは何でもやってもらえるのだという。加えて報酬は現金でなく食事や泊まる場所の提供でいいというお人好しだとか。
よく分かんねェヤツだった。あんな軍人でもある自分が本能的にやべェとなる旅人が存在するわけがないだろと平和な脳みそのやつらだとため息を吐く。
また調べたら最近グリダニアで冒険者として登録したのだという。この登録が行われるよりも前から自発的な人助けが行われていたらしい。いや絶対どこかで雇われた傭兵とか草だろ? そうだと言って欲しかった。そっちの方がいっそ精神的に楽になる。
じゃなければアレは、山から下りてきた危険生物か災害の擬人化だ。
しかし気になったこともある。金を握らせた情報屋たちが日を重ねるごとに来なくなった。持ち逃げされたのか? とその時は思ったが、オレはある時とンでもない話を通りすがった衛兵の話が聞こえたのだ。「最近よく情報屋の死体が上がるな」、と。
詳細を聞くべきか衛兵に声をかけようとした瞬間肩を叩かれた。一瞬風がざわめき心臓が止まりそうになりながらも振り向くとそこには、あのヴィエラがいた。"赤色"の目を細め、会釈する。
「こんにちは」
「お、おう」
「いい天気だね」
「そうだな」
しばらくこの調子で他愛のない話が続く。この辺りのおいしかった食べ物の話や、特産物の話。グリダニア、とっても落ち着くしいいよねと笑顔で語るのを聞く。
「うん、あなたではなさそう。じゃ」
と一頻り話をした後軽やかなステップで去って行った。そしてボソと無機質な小さな声が俺の心臓を掴んだことを覚えている。
「この辺りで合流するって口を割ったんだけどなあ」
振り向くがそこには誰も、いなかった。
アイツが殺せるのはモンスターだけではない。人も、あの笑顔で、手にかけることができる。
アレをもし閣下の元に持って行ったらどうなるだろうか。いや、忠実に人の言うことを聞くオンナには見えない。それ以前にアレを、誰にも渡したくない。当時のオレはそンな下らないことを考えていた。異性としての感情ではない。ただ、今復元しようとしている旧い技術と並ぶ"奥の手"として欲するようになったのだ。
あの時のオレに言いたいことがある。やめておけ。鮮血の赤兎に、殺されかけるぞ。
◆
というのがあのオンナがガーロンドに出会うよりも前の昔話ってやつだ。今や髪色を変え、性格も柔らかく見せながらガーロンドの野郎に懐くバカウサギになっている。
未だ底を見せないあのオンナのバケモノスペックを前によくデレデレ出来るもンだ。
練度が低かったとはいえ小型のカストルムを1時間経たずに1人で殲滅させる実力を持つバカがオンナなわけがねェだろ。隠蔽したこっちの身にもなれって話だ。
#ネロ #即興SS
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旅人のはじまり
―――ボクは森で住んでいながらも炎に重きを置き崇める部族、エルダス族の集落で生まれた。
「ボクは将来貴方と結婚して一緒に産み落とされた愛の結晶を育てる」
「ねえさま、今日もキレイだ。お茶でもいかが?」
「ボクは里で一番の戦士になって、絶対みんな幸せにする」
ベタな口説きセリフ。これは兄がよく言ってた口説き文句を自分なりにアレンジした言葉だった。「―――くんったら」って適当にあしらわれてたけどね。
狩りも好きだった。槍も同世代の中で一番強かった。いつか性別が判明して、兄と一緒に修行の旅に出るんだって約束したんだ。
「こら―――!またイタズラばっかりして!」
「引っかかった方がわるいんだよー!」
イタズラも大好きだった。椅子に何か仕込んだり洗濯物をシャッフルしたり。自分でも今思うと悪ガキだったと思う。血のつながっていない姉たちにとっ捕まって頭をぐりぐりされて。ゲラゲラと笑いながら彼女らのお尻を触って逃げたりもした。
「ボク、兄さんと絶対に旅に出る!」
「ああ僕もお前と切磋琢磨し合える未来を祈っているさ」
ボクより10以上年上だった血のつながった兄は数年に一度帰ってきて抱き上げて振り回してくれた。なんと言えばいいか―――子供の頃の自分にとっての世界って森の中にあるものだけで。外の世界の悪意という存在を知らなかった幸せな日々だったと思う。
14歳、性別がはっきりしたあの時までは。
◇
「ない」
男を象徴するものが、ない。何度も確かめた。でもないモノはないのだ。
母のボクを呼ぶ声が聞こえた気がした。ボロボロと涙が落ちる。森の守護者ではなく護人として護られながら集落のために生きなければならない。
それからボクの耳にはオンナタチのボクを気の毒に見る目と、罵る声が脳内から離れなくなってしまった。笑われていたんだよ、滑稽な姿だっただろうから。昨日までの無垢な笑みを浮かべる自分に焼かれ堕ちていくボク自身がこわくてかなしくてくるしくて。
目の前の景色から色が失われてしまった、そんな感覚を味わった。ボクは耐えられなくなり、兄の帰郷も待つことも出来ない。性別が分かってから1ヵ月もせずに、集落から飛び出してしまった。
◇
ボクは走り続けた。方向も分からない。とにかく走りたかった。自分をオンナにしたカミサマを呪う言葉を吐きながら、真っ暗な森を走った。何度も転んだし野生生物も襲い掛かってきたがボクの敵ではない。確実に急所を打ち抜き、その肉を喰らった。髪の赤色と血の赤色がぐちゃぐちゃになり、何も感覚が分からなくなった頃ボクは真っ黒な森を抜けた。
家の帰り方はもう分からない。歩き続けるしかない。色のない地面を踏みしめ終わりの見えない道を歩く。
しばらくして。食べられなさそうなモンスターばかりの道を歩き続けたボクは「おなかすいた」とつぶやきバタリと倒れた。ここで終わりか。カミサマを呪ったからバチが当たったんだ。「いやだ、ごめんなさい、兄さん」知らない低い声で呻くように泣く。ボクはどうしたらよかったのだろうか。生まれ変わったら何になろうか。そう考えながら目を閉じようとした。その時だった。
「おぬし、モンスターではないな。大丈夫か?」
かすむ視界にナニカが映る。ボクは必死に手を伸ばし「おなか、すいた」とつぶやいたら急に手に持っていたらしい水をかけられた。
びっくりして起き上がるとボクの手に何かを握らされ、「食べなさい」と声が聞こえた。ボクはすぐにむさぼるように、食い散らす。その人はボクの背中を撫でながら「急がなくてもいい。私がいる限り、おぬしを危険な目に遭うことはない」となだめてくれた。
徐々に視界が晴れていく。見上げるとそこには、銀髪でヒゲがよく似合う侍のおじさまが無表情ながらどこか優しい雰囲気を見せていた。そう、この人を見た瞬間、ボクの視界は昔みたいに奇麗で鮮やかに映るようになったんだ。
「名前は?」
「……フレイヤ・エルダス」
「よい名前だ。私はリンドウ・フウガ、無名の旅人をしておる。―――フウガと呼びなさい」
「フウガ」
伸ばされた手を握り立ち上がろうとするが体が動かない。それを見かねたフウガはボクを軽々と背負い歩き出した。
「エルダス、おぬしは……ヴィエラか。家は?」
「帰れない」
「訳アリか。嗚呼言わなくてもよい。お互いのことを興味持つ必要性は皆無」
それからボクは魔物退治を依頼されて滞在していたと近くの村に運ばれた。怪訝な顔をされながらも血を洗い流され村人から女の子だったのかと驚愕された。亡くなった娘が着ていたものだという服を渡され着替えたボクはフウガのところへ戻ると1人タバコをくわえたたずんでいた。
藍色の着物と結われた髪、いつも額に巻かれたハチマキとヒゲが似合う奇麗な人だった。今思うと異国から来た人だったのかもしれない。すらりと細い体躯から軽やかな身のこなしで敵を斬る姿が幼い自分の心に大きく刻まれている。
「これから、どうする」
「……フウガ、ボクも旅人になりたい」
「帰る場所もない訳アリが適当な村で暮らせるわけもないか」
「じゃあ!」
何も言わず手を差し伸べてくれた。ボクはその固い手を握り歩き出した。
―――これがボクの旅の始まり。何も知らなかったボクに世界を教えてくれた初恋さ。
#リンドウ関連 #即興SS
「ボクは将来貴方と結婚して一緒に産み落とされた愛の結晶を育てる」
「ねえさま、今日もキレイだ。お茶でもいかが?」
「ボクは里で一番の戦士になって、絶対みんな幸せにする」
ベタな口説きセリフ。これは兄がよく言ってた口説き文句を自分なりにアレンジした言葉だった。「―――くんったら」って適当にあしらわれてたけどね。
狩りも好きだった。槍も同世代の中で一番強かった。いつか性別が判明して、兄と一緒に修行の旅に出るんだって約束したんだ。
「こら―――!またイタズラばっかりして!」
「引っかかった方がわるいんだよー!」
イタズラも大好きだった。椅子に何か仕込んだり洗濯物をシャッフルしたり。自分でも今思うと悪ガキだったと思う。血のつながっていない姉たちにとっ捕まって頭をぐりぐりされて。ゲラゲラと笑いながら彼女らのお尻を触って逃げたりもした。
「ボク、兄さんと絶対に旅に出る!」
「ああ僕もお前と切磋琢磨し合える未来を祈っているさ」
ボクより10以上年上だった血のつながった兄は数年に一度帰ってきて抱き上げて振り回してくれた。なんと言えばいいか―――子供の頃の自分にとっての世界って森の中にあるものだけで。外の世界の悪意という存在を知らなかった幸せな日々だったと思う。
14歳、性別がはっきりしたあの時までは。
◇
「ない」
男を象徴するものが、ない。何度も確かめた。でもないモノはないのだ。
母のボクを呼ぶ声が聞こえた気がした。ボロボロと涙が落ちる。森の守護者ではなく護人として護られながら集落のために生きなければならない。
それからボクの耳にはオンナタチのボクを気の毒に見る目と、罵る声が脳内から離れなくなってしまった。笑われていたんだよ、滑稽な姿だっただろうから。昨日までの無垢な笑みを浮かべる自分に焼かれ堕ちていくボク自身がこわくてかなしくてくるしくて。
目の前の景色から色が失われてしまった、そんな感覚を味わった。ボクは耐えられなくなり、兄の帰郷も待つことも出来ない。性別が分かってから1ヵ月もせずに、集落から飛び出してしまった。
◇
ボクは走り続けた。方向も分からない。とにかく走りたかった。自分をオンナにしたカミサマを呪う言葉を吐きながら、真っ暗な森を走った。何度も転んだし野生生物も襲い掛かってきたがボクの敵ではない。確実に急所を打ち抜き、その肉を喰らった。髪の赤色と血の赤色がぐちゃぐちゃになり、何も感覚が分からなくなった頃ボクは真っ黒な森を抜けた。
家の帰り方はもう分からない。歩き続けるしかない。色のない地面を踏みしめ終わりの見えない道を歩く。
しばらくして。食べられなさそうなモンスターばかりの道を歩き続けたボクは「おなかすいた」とつぶやきバタリと倒れた。ここで終わりか。カミサマを呪ったからバチが当たったんだ。「いやだ、ごめんなさい、兄さん」知らない低い声で呻くように泣く。ボクはどうしたらよかったのだろうか。生まれ変わったら何になろうか。そう考えながら目を閉じようとした。その時だった。
「おぬし、モンスターではないな。大丈夫か?」
かすむ視界にナニカが映る。ボクは必死に手を伸ばし「おなか、すいた」とつぶやいたら急に手に持っていたらしい水をかけられた。
びっくりして起き上がるとボクの手に何かを握らされ、「食べなさい」と声が聞こえた。ボクはすぐにむさぼるように、食い散らす。その人はボクの背中を撫でながら「急がなくてもいい。私がいる限り、おぬしを危険な目に遭うことはない」となだめてくれた。
徐々に視界が晴れていく。見上げるとそこには、銀髪でヒゲがよく似合う侍のおじさまが無表情ながらどこか優しい雰囲気を見せていた。そう、この人を見た瞬間、ボクの視界は昔みたいに奇麗で鮮やかに映るようになったんだ。
「名前は?」
「……フレイヤ・エルダス」
「よい名前だ。私はリンドウ・フウガ、無名の旅人をしておる。―――フウガと呼びなさい」
「フウガ」
伸ばされた手を握り立ち上がろうとするが体が動かない。それを見かねたフウガはボクを軽々と背負い歩き出した。
「エルダス、おぬしは……ヴィエラか。家は?」
「帰れない」
「訳アリか。嗚呼言わなくてもよい。お互いのことを興味持つ必要性は皆無」
それからボクは魔物退治を依頼されて滞在していたと近くの村に運ばれた。怪訝な顔をされながらも血を洗い流され村人から女の子だったのかと驚愕された。亡くなった娘が着ていたものだという服を渡され着替えたボクはフウガのところへ戻ると1人タバコをくわえたたずんでいた。
藍色の着物と結われた髪、いつも額に巻かれたハチマキとヒゲが似合う奇麗な人だった。今思うと異国から来た人だったのかもしれない。すらりと細い体躯から軽やかな身のこなしで敵を斬る姿が幼い自分の心に大きく刻まれている。
「これから、どうする」
「……フウガ、ボクも旅人になりたい」
「帰る場所もない訳アリが適当な村で暮らせるわけもないか」
「じゃあ!」
何も言わず手を差し伸べてくれた。ボクはその固い手を握り歩き出した。
―――これがボクの旅の始まり。何も知らなかったボクに世界を教えてくれた初恋さ。
#リンドウ関連 #即興SS
20231226メモ
移行作業が終わりました。というわけで本館は最低限の奴だけ一覧に残してあとはこっちに置いて行こうと思います。
TOPの絵を下書き終わってからシドここに手が来るのおかしくない!?お前アンナより低身長だろ!?ってなりましたので踏み台に乗ってるかアンナが持ち上げてます。かわいいね。
あとがきこれからどうしようかな。メモに残すようにしようかな。でも更新履歴が埋まっちゃうなあと悩み
最近思ったんですけどサンホラのよだかの星の歌詞がとてもマルケズからのシドって感じがして染み渡りました。ありがとう陛下。
TOPの絵を下書き終わってからシドここに手が来るのおかしくない!?お前アンナより低身長だろ!?ってなりましたので踏み台に乗ってるかアンナが持ち上げてます。かわいいね。
あとがきこれからどうしようかな。メモに残すようにしようかな。でも更新履歴が埋まっちゃうなあと悩み
最近思ったんですけどサンホラのよだかの星の歌詞がとてもマルケズからのシドって感じがして染み渡りました。ありがとう陛下。
“頭を撫でる”sideC
「頭を撫でさせてほしい?」
「ダメか?」
ふと思い付いたので『お願い』してみる事にする。アンナは頭、特に耳周辺が弱いので決して首から上は隙を見せない。正しく言うと座ってもらわないと頭頂部まで届かない。いや届くのだがどうせイジワルな彼女の事だ、背伸びをして邪魔をする未来が見えるのでこうやってお願いするのだ。
”無名の旅人”でありたい彼女を隣にいるよう告白したのはつい最近。彼女からの宿題である”最高の殺し文句”でボロボロに泣いた彼女がいまだに記憶に残っている。―――まあ付き合い始めても距離感やお互いの忙しさも相まって一切ぱっと見変わらない日々だったのだが。今日は約1ヶ月ぶりに「支社から頼まれていた資料を持ってきた」とガーロンド社に顔を出したので「休憩だ」と社員達に言い残し部屋に来てもらった。
「ボクが気が向いたら撫でてあげてるよね?」
「いや、それは嬉しいがそうではなくてな。お前の頭を撫でたいんだ」
「そんな年齢じゃないよ。キミの倍は生きてるボクを撫でて何かメリットはあるのかい? 報告書にまとめて提出してくれたら考えてあげるよ会長さま?」
今日のはぐらかし方は少々偉そうだ。シャーレアンにでも行っていたのだろうか。まあ報告書作れは冗談だろうけどときどきは受けて立とうじゃないか。「じゃあ今すぐ書くから待ってろ」と言いながら机に向かい紙とペンを準備すると「冗談さ」と分捕られた。少しだけ困った顔をしているのが見ていて面白い。きちんと理由を言わないと納得しないようなのでもう少し押してみる。
「お前が俺を撫でたいと思うように、俺だってお前をゆっくり撫でて楽しみたいのさ」
「よく分かんない」
「というかお前だってこんな男を撫でて何が楽しいんだ。まさかと思うがお前にはいまだに俺があの頃の坊ちゃんにでも見えてるのか?」
「さあどうでしょう?」
「疑問で返すんじゃない」
アンナは14の頃に故郷を飛び出して旅をしてきたヴィエラだ。自分よりも倍以上の年月を生き、旅を続けて来た。少年の頃にちょっとした縁で出会い、いろいろあって再会した。彼女の目にはそんな小さい頃の俺が映ってるかのように見る時もあるようでよく頭を撫でてくる。優しくて気持ちがいいのだがやられっぱなしというのもよくない。場所を考えずにやるので毎回プライドを砕かれそうになるのを耐え続けているのだ。少しくらいは負けだと言う彼女の可愛らしい所を見たいわけで。だから恥を忍んで今回お願いをしてみたのだ、と思った瞬間だった。俺は完全に油断していた。涼しい顔して抱き上げられ、ソファに腰掛ける。その細い腕に大の大人を運ぶどれだけ筋力あるのかといつも考える。というか俺は重い機材を運んだりする関係で体は普通の人より鍛えている。そして彼女が来るまで機材のメンテナンスしていたので工具の袋やら腰に下げていていつもよりも重たい。そのハズなのにあっさり抱き上げられるのは本当に彼女の人とは違う人生の歩み方に舌を巻く所がある。以前「俺を持ち上げるコツとかあるのか?」と聞くと「持ち上げるぞパワーをためる」と言われた。意味が分からない。
考えているうちにも両足を広げて座った彼女は、慣れた手つきで俺を自らの太ももの上に足を乗せる形で座らせ、手を握る。そして彼女は少しだけ背中を丸め自らの後頭部に俺の手を押し当てた。
「その指耳に当てたらもぐから」
「ナニをだ!?」
「男性器に決まってるじゃないか。ほらボクの気が変わる前に体験したまえ。全然楽しくないからさ」
彼女には恥じらいという概念はあまり存在しない。育ちの違いか分からないが下ネタも直接的にデカい声で言うからこっちが恥ずかしい。ネロを筆頭に男性社員達とゲラゲラと笑っている姿も度々目撃されている。とても豊かな性知識に対し実際の経験は俺が初めてなのは本当にチグハグなヒトである。
閑話休題。彼女の気まぐれで許可をもらえたので早速撫でさせてもらおう。恐る恐る手を動かし彼女の髪の感触を味わう。きちんと毎日手入れされているだろうサラサラとした髪は心地が良かった。ふと彼女の顔を見ると目を閉じていた。俺が撫でようとする行為を邪魔したくないのだろう。この姿勢で邪魔なんてされたら正直すでに切れかかっている理性の糸が危ないので感謝する。次は頭頂部も触りたい。冗談とは分かっているがもがれたくないので耳に触らないように慎重に手を上げぽんとたたく。「ん……」と一瞬アンナの声が漏れる。気持ち少し笑顔になっているようだ。何が楽しくないから、だ。もの凄く楽しいじゃないか。しかし少し後ろに傾く耳に触らずに撫でろというのは今は無理な話だ。そう、今の状態だったらだ。
ところで彼女が目を閉じているのは見つめ合う事に慣れていないからだ。彼女は『君が慣れてないからしょうがないから目をつぶってあげているんだ』と言っているがそれは間違いだ。彼女は意外とすぐに目を逸らす。いつだって平静を装っているが心臓が破裂するほど高鳴っているのを俺は知っている。俺はその彼女の柔らかな唇に唇を重ねてやった。
彼女の目が見開かれる。そして「ちょっと!?」と言いながら離れようとしたので頭を押さえまた唇を奪う。何度も角度を変え、啄むようにそしてわざとらしくリップ音を立ててやると目をギュッと閉じ行為が終わるのを待っている。小さな声で俺の名前を呼びながら舌を差し出してきたので絡めてやるとくぐもった声が漏れる。こんな姿を知っている生者なんて俺以外にはいないだろう。いつの間にか指を絡ませ合い姿勢も両足の間に足を挟んでやりながら膝で立つ。一瞬だけ離れ顔を上げさせればこれで俺の方が高い位置から彼女を見ることができる。顎を固定し、再び口付けながら首の後ろを撫でるとふわりと香水の匂いが漂う。今日は―――フローラル系の匂いか。という事は大丈夫だな。
満足したのでキスから解放してやると目をゆっくりと開き少々考え込むそぶりを見せる。そしてこう言った。
「シド、最初からこれ目的だったな?」
「そうだが?」
ため息を吐かれた。そして彼女は両手を上げる。降参だと言いたいらしい。心の中でガッツポーズをする。珍しく俺の勝ちだと思ったのもつかの間。まだ仕事中なのでこれ以上は何もできないという生殺しをこれから数時間喰らう事になる。
そうだよ結局今日も俺の負けさ。「もう撫でさせてあげないからねー」という満面の笑顔付きの言葉をもらいながら俺は見せしめのように仕事場に引きずられていくのだった―――
#シド光♀
“頭を撫でる”sideA
「頭を撫でさせてほしい?」
「ダメか?」
ビックリした。身長差的にシドはボクの頭上までは届かないから許可を貰おうとしてるのだろう。律義な男だ。いつもちょっかいかける時もボクが少し屈んで顔を見るんだよね。しかし理解が出来ない。なぜボクが撫でるわけではなく彼がボクの頭を撫でたいのか。
「ボクが気が向いたら撫でてあげてるよね?」
「いや、それは嬉しいがそうではなくてな。お前の頭を撫でたいんだ」
「そんな年齢じゃないよ。キミの倍は生きてるボクを撫でて何かメリットはあるのかい? 報告書にまとめて提出してくれたら考えてあげるよ会長さま?」
適当に返してやるとシドは溜息を吐き「じゃあ今すぐ書くから待ってろ」と紙とペンを持った。「冗談さ」と言いながらサッと取り上げる。冗談をすぐに真に受ける所も楽しい人だよね。暇にはならないから一期一会の旅人と一般人としてではなく時折こうやって隣で楽しく話をする人生を選んだ。
エオルゼアに来てから楽しい時も辛い時も前に進む時もシド・ガーロンドという男がいた。いつもこの男が空に道を作り、私を敵の場所へ送り出してくれる。ボクはその期待に応え全て斬り捨てる。ボクは英雄と呼ばれているがそうじゃない。英雄であるボクを作り出したのはボクの隣にいる、ヒゲの似合うカッコイイボクの白く輝く星なのだ。―――まあ一番苦しかった時は会いたくても会えなかったけどね。
「お前が俺を撫でたいと思うように、俺だってお前をゆっくり撫でて楽しみたいのさ」
「よく分かんない」
「というかこんな男を撫でて何が楽しいんだ。まさかと思うがお前には未だに俺があの頃の坊ちゃんにでも見えてるのか?」
「さあどうでしょう?」
疑問で返すなという指摘を躱しつつボクは彼を抱き上げソファに座る。「おいっ」とうわずった声が相変わらず面白い。そして彼の大きな手を取り、ボクの後頭部に置いてやる。
「その指耳に当てたらもぐから」
「ナニをだ!?」
「男性器に決まってるじゃないか。ほらボクの気が変わる前に体験したまえ。全然楽しくないからさ」
あのなあと顔を赤くしながらボクの後頭部を優しく触れ、動かす。個人的にはやる事がなく退屈なので目を閉じて彼の手の感触を味わってやる事にした。少しだけくすぐったい。思えば自分は頭を撫でられるという経験はほぼ存在しなかった。まずは子供の頃に兄が褒めてくれた時だろうか。兄みたいに立派な番人になりたかったから褒められたら嬉しいに決まってた。あと熱にうなされていた時にボクが憧れた旅人がずっと撫でてくれてたっけ。とても強くて不器用だけど優しい人だったな。それ以降はあまり善い行いもしてこなかったし普通の人に会う旅をせずに年を取ってしまった。その結果、自分より年下の奴らに今更撫でられてもどうも思わないカワイソウなウサギのできあがり。そんな紅い獣を今髪を梳くように撫でる男はあの夜怖がらずに手を差し伸べてくれたのだ。だから今回は特別だ、成長した少年に優しくして何が悪い。
では次に過去を思い浮かべながら今の彼の顔でも想像してみようか。反応を見るために目を開けてもいいのだがイマイチ見つめあうのはボクではなく『この男が』慣れていないので。おや、少し触る場所が変わったな。耳には当てないよう慎重に頭頂部に手を移動させ、ぽんぽん叩いている。多分結構緊張した顔してるんだろうなあ。何度も裸まで見た奴が今更何を恥ずかしがるのか。そんなにもがれたくないのかちょっと笑みが止まらない。
いや今自分が表情を変える必要なんてないだろう、変な誤解されたくない。少々恥ずかしくなってきたなと思った瞬間唇に柔らかい感触が。目を開けると彼の顔が目の前にあり、「ちょっと」と言いながら離れようとすると頭を押さえつけられ再び唇を重ねる。何度も角度を変え、啄まれる。何だか妙な気持になったのでギュッとまた目を閉じてしまった。ボクと会うまで整備していたのだろう、機械の油のにおいが漂う。普段軽々しく抱き上げたりしてるけどガッシリと大きく鍛えられた体。同族の異性では絶対に見かけない見た目はああそうだよ凄い好みさ。数分後満足したのか離れてくれた。目を開けるといつの間にか体勢を変え首に手を回し笑顔でボクを見る彼がいた。
しかし今の状態はどういえばいいのか―――スイッチというものはいつ入るか分からないというのが正しいか。色々考え込んでしまうがこれだけは分かる。
「シド、最初からこれ目的だったな?」
「そうだが?」
やられた。こればかりは予想できなかったボクが悪い。両手を上げ負けを受け入れた。
二度と撫でさせてやるもんか。
#シド光♀
赤面の旅人
注意
旅人は過去を懐かしむ後日談その3。好きな人2と同時刻のおはなし。
書類、書類、書類。シドの周りには先が見えないほどの書類がまた積まれていた。まあ3日程飛び出してしまった分のツケだ。これ位は痛くないとは思っている。しかしだ。
「必要ないやつまで混じってるじゃないか……」
書類選別から始めないといけない積み方はどうかと本日何度目か分からないほどのため息をついた。不審なほどに大量の新商品についての仕様書や機構が書かれた設計図から予算の承認、取引履歴まで自分がいなかったにしては『効率よく事が進みすぎている』。何かがおかしい。
「会長! お仕事頑張ってください!」
交代で見張りに来る社員達の顔は未だに機嫌がいい。先に戻ってきていたアンナが目を見張るほどの土産を置いて行き大騒ぎになっている中シドは帰って来た。満面な笑顔の会長代理が持っていた金色の箱には『会長貸出料』と書かれており、「アンナといたならもっと早く言ってくださいよ! で、何してたんですか?」と土産話を要求された。かいつまんで説明すると次第に目から光が消え呆れた顔になっていたのは少し理解できなかった。シド本人としても自分に呆れている。彼女という靄に一つ触ることが出来た筈なのにどこか近付いた感じがしない。酒の勢いで身体を合わせてしまったのかと思いモヤモヤとしていたら2日前の『ナイスイタズラ』騒動で強引に現実に引き戻されてしまった。人を驚かす行為が好きなのは知っていたが、目的のためなら自爆に等しい事もやらかす人なのは初めて知った。
またため息を吐く。薄くなっているであろう肩に付けられた印を手で押さえる。「アンナ」とボソリと騒動から顔を出していない彼女の名前を呟く。その時だった。
「何?」
真上から声が響く。目を見開きながら見上げるとそこには自分をいつもの笑顔で見るここ数日の悩みの種がこちらを見つめていた。
「あれ、見張りがいたと思うんだが……」
「30分休憩。勿論内緒の約束済」
アンナは左手人差し指を口の前に当てながら右手に持っていたサンドイッチが乗せられた皿をシドに差し出す。シドが「変なの入れてないだろうな?」と聞くと「先日のお詫び」と笑顔を浮かべた。どうやら罪悪感という概念は存在したらしい。シドは礼を言いながら受け取る。
それに続きアンナは「あとほら」と言いながら書類を軽く押しのけながら机に座りコートの留め具を外しながら首元を見せシドに近付く。突然の行為に口をポカンと開きアンナを見ていると目を細め三日月のような笑顔を見せながら耳元で囁く。
「仕返ししてみる? まあ私の肌の色では痕跡なんて付かないからご満足いただけないでしょうけど」
一切反省してないじゃないかという理性と裏腹にふわりと漂うパーシモンの香りにごくりと息を飲む。唇が触れる手前でアンナは「なーんて。ナイスイタズラ」と言いながら離れようとした。"また"逃がしてしまう、つい反射的に「待て」と言いアンナの肩を掴み―――首元に噛り付いた。
「っ!?」
アンナの小さく短い悲鳴が聞こえた。一瞬ビクリと震えたのが分かる。完全にやり返されることは考えていなかったであろう細く引き締まった身体を強く抱きしめながらガリと歯を立てながら吸い、これまで叶わなかった彼女を味わう。汗とは違う甘い匂いと思ったよりも柔らかい肌に女性らしい要素もあることに安心した。幸いなことに抵抗はされなかった。だがいっそのこと跳ね除けてくれた方が諦めがついていただろうにと思いながら出来た痕跡に舌を這わせながら後頭部をぐしゃりと撫でる。髭が当たりくすぐったいのかくぐもったような息遣いが聞こえた。
「噛み痕なら付く」
「……そうみたいだねえ」
首元から顔を離しアンナの顔を見ると少しだけばつの悪そうな表情を見せながらも頬は褐色な肌の上からでも分かるくらい真っ赤に高揚していた。「煽ったのはアンナだからな?」と言ってやると「わ、忘れた」と呟きながら首元を隠すように押さえた。そして踵を返し出口の方へ歩き出す。
「そろそろ30分。サンドイッチ食べて頑張れ」
「いやまだ10分も経ってないんだが」
「……から厭だ」
ボソボソと呟いた後アンナは手を上げ数度振りながら暗闇に消えて行った。
手渡されたサンドイッチを口に含む。新鮮なラノシアレタスとルビートマト、卵が入った定番の品だ。とりあえず今は食べることに集中しよう。そして早々に仕事も終わらせてしまいたい。
先程の首元に付けた証と真っ赤になった怯えた目をする彼女の顔が脳裏にこびりついていた。そして去り際に残した「これ以上いたらキミがボクから離れられなくなるからイヤだ」という言葉にニヤけが止まらない。「もう遅いさ」という呟きが闇夜に溶けて消えた。
シドは『そうか、本当に俺はあの人を友人としてではなく異性として好きだと思っていたのか。そして彼女の心だけでない、身体にも自分だけの痕跡を残したいと強く願うほど歪んだ独占欲も持ち合わせていたのか』とこの瞬間に悟る。抱きしめ、噛み痕は残せた、じゃあ次に求めてしまう欲求はまさか―――いやそれはないだろう。しかしモヤモヤとした心が少しだけ晴れた気がした。
◇
「うそでしょ……」
翌朝、ジェシー達が出社すると積み上げておいた書類はほぼ全て片付けられ、ネロが組み上げていた設計図と睨み合う完徹だが異常に上機嫌なシドが座っているのであった―――
#シド光♀
旅人は過去を懐かしむ後日談その3。好きな人2と同時刻のおはなし。
書類、書類、書類。シドの周りには先が見えないほどの書類がまた積まれていた。まあ3日程飛び出してしまった分のツケだ。これ位は痛くないとは思っている。しかしだ。
「必要ないやつまで混じってるじゃないか……」
書類選別から始めないといけない積み方はどうかと本日何度目か分からないほどのため息をついた。不審なほどに大量の新商品についての仕様書や機構が書かれた設計図から予算の承認、取引履歴まで自分がいなかったにしては『効率よく事が進みすぎている』。何かがおかしい。
「会長! お仕事頑張ってください!」
交代で見張りに来る社員達の顔は未だに機嫌がいい。先に戻ってきていたアンナが目を見張るほどの土産を置いて行き大騒ぎになっている中シドは帰って来た。満面な笑顔の会長代理が持っていた金色の箱には『会長貸出料』と書かれており、「アンナといたならもっと早く言ってくださいよ! で、何してたんですか?」と土産話を要求された。かいつまんで説明すると次第に目から光が消え呆れた顔になっていたのは少し理解できなかった。シド本人としても自分に呆れている。彼女という靄に一つ触ることが出来た筈なのにどこか近付いた感じがしない。酒の勢いで身体を合わせてしまったのかと思いモヤモヤとしていたら2日前の『ナイスイタズラ』騒動で強引に現実に引き戻されてしまった。人を驚かす行為が好きなのは知っていたが、目的のためなら自爆に等しい事もやらかす人なのは初めて知った。
またため息を吐く。薄くなっているであろう肩に付けられた印を手で押さえる。「アンナ」とボソリと騒動から顔を出していない彼女の名前を呟く。その時だった。
「何?」
真上から声が響く。目を見開きながら見上げるとそこには自分をいつもの笑顔で見るここ数日の悩みの種がこちらを見つめていた。
「あれ、見張りがいたと思うんだが……」
「30分休憩。勿論内緒の約束済」
アンナは左手人差し指を口の前に当てながら右手に持っていたサンドイッチが乗せられた皿をシドに差し出す。シドが「変なの入れてないだろうな?」と聞くと「先日のお詫び」と笑顔を浮かべた。どうやら罪悪感という概念は存在したらしい。シドは礼を言いながら受け取る。
それに続きアンナは「あとほら」と言いながら書類を軽く押しのけながら机に座りコートの留め具を外しながら首元を見せシドに近付く。突然の行為に口をポカンと開きアンナを見ていると目を細め三日月のような笑顔を見せながら耳元で囁く。
「仕返ししてみる? まあ私の肌の色では痕跡なんて付かないからご満足いただけないでしょうけど」
一切反省してないじゃないかという理性と裏腹にふわりと漂うパーシモンの香りにごくりと息を飲む。唇が触れる手前でアンナは「なーんて。ナイスイタズラ」と言いながら離れようとした。"また"逃がしてしまう、つい反射的に「待て」と言いアンナの肩を掴み―――首元に噛り付いた。
「っ!?」
アンナの小さく短い悲鳴が聞こえた。一瞬ビクリと震えたのが分かる。完全にやり返されることは考えていなかったであろう細く引き締まった身体を強く抱きしめながらガリと歯を立てながら吸い、これまで叶わなかった彼女を味わう。汗とは違う甘い匂いと思ったよりも柔らかい肌に女性らしい要素もあることに安心した。幸いなことに抵抗はされなかった。だがいっそのこと跳ね除けてくれた方が諦めがついていただろうにと思いながら出来た痕跡に舌を這わせながら後頭部をぐしゃりと撫でる。髭が当たりくすぐったいのかくぐもったような息遣いが聞こえた。
「噛み痕なら付く」
「……そうみたいだねえ」
首元から顔を離しアンナの顔を見ると少しだけばつの悪そうな表情を見せながらも頬は褐色な肌の上からでも分かるくらい真っ赤に高揚していた。「煽ったのはアンナだからな?」と言ってやると「わ、忘れた」と呟きながら首元を隠すように押さえた。そして踵を返し出口の方へ歩き出す。
「そろそろ30分。サンドイッチ食べて頑張れ」
「いやまだ10分も経ってないんだが」
「……から厭だ」
ボソボソと呟いた後アンナは手を上げ数度振りながら暗闇に消えて行った。
手渡されたサンドイッチを口に含む。新鮮なラノシアレタスとルビートマト、卵が入った定番の品だ。とりあえず今は食べることに集中しよう。そして早々に仕事も終わらせてしまいたい。
先程の首元に付けた証と真っ赤になった怯えた目をする彼女の顔が脳裏にこびりついていた。そして去り際に残した「これ以上いたらキミがボクから離れられなくなるからイヤだ」という言葉にニヤけが止まらない。「もう遅いさ」という呟きが闇夜に溶けて消えた。
シドは『そうか、本当に俺はあの人を友人としてではなく異性として好きだと思っていたのか。そして彼女の心だけでない、身体にも自分だけの痕跡を残したいと強く願うほど歪んだ独占欲も持ち合わせていたのか』とこの瞬間に悟る。抱きしめ、噛み痕は残せた、じゃあ次に求めてしまう欲求はまさか―――いやそれはないだろう。しかしモヤモヤとした心が少しだけ晴れた気がした。
◇
「うそでしょ……」
翌朝、ジェシー達が出社すると積み上げておいた書類はほぼ全て片付けられ、ネロが組み上げていた設計図と睨み合う完徹だが異常に上機嫌なシドが座っているのであった―――
#シド光♀
『好きな人』2
注意
旅人は過去を懐かしむ後日談その2。『紅の旅人』数日後のおはなし。
「はい今回は非常に残念なお知らせがあります」
仕事が一段落した夜、モードゥナの酒場にて密かに開かれる会―――その名も『自分たちの上司であるシドと旅人アンナの関係を見守る会』。久々に開かれた夜会に会長代理のジェシー、社員のビッグズとウェッジは集まり酒を呑んでいる。
一方その頃会社では、会長であるシドが大量の書類に押しつぶされていたのだがそれは置いておく。
「先日会長が突然数日失踪したのは覚えてるわね?」
「確かクガネまでアンナさんを探しに行ったんでしたっけ?」
「すげーお金とお土産貰ったッスねー。親方と違ってフォローの速さが段違いッス」
「2人で温泉宿に泊まり、アンナの恩人の墓参りに行って飲み会したそうよ? そこまではいいの」
会長であるシドが失踪したのは約1週間前、暁の血盟所属のアルフィノと何やら話をした後飛び出して行った。申し訳なさそうに謝る銀髪の少年の姿が未だ頭に残っている。そして連絡が付いたのが3日前。そして悠々と空の旅をして戻ってきた。ちなみにアンナはテレポで先にモードゥナに戻り、クガネ土産と『会長貸出料』と書かれたものを渡された。「こういうの黄金色のお菓子って言うらしいの。本当にシド貸してくれてありがとう」って言われながら蓋を開けるとお菓子の下に目玉が飛び出しそうな金額のギルが詰め込まれていた。その後盛大に謝りながら帰ってきたシドと盛り上がりきった社内の空気の温度差が忘れられない。
そして何とか詳細を聞きだしたジェシーは報告会を開き、眉間を抑えながら言い切った。
「何もなかったそうよ」
「何も」
「そう、2泊一緒にいておいて何も起こらなかったそうよ」
盛大に溜息を吐くジェシー。目が点になり固まる他2人。
「1日目は風呂から出たら既にアンナは就寝、2日目は会長が酒の呑みすぎで即就寝よ。ほんっとあの2人信じられないわ……」
「親方……」
「誤魔化してるとかでもなく、か」
「アンナからも聞いたの。あの人の場合さらっと嘘つくから本当か分からないけどここ数日全然変わらないわあの2人。昨日会長の怒鳴り声が聞こえたけどそれはまあ日常茶飯事よ。というわけで今回ゲストを呼びました」
誰が、とビッグスが聞こうとすると「そろそろ来るわよ」とジェシーは手を上げる。足音が聞こえ2人は振り向くと。「変な時間に呼びつけられて来たら何やってンだ? お前ら」と言いながらシドのライバル(自称)であり元帝国幕僚長であったネロ・スカエウァが溜息を吐きながら歩み寄ってきた。
◇
「ガーロンドが、あのバブーンみたいな女を」
「アンナさん確かに強いけどそこまでゴリラじゃないッスよ!」
話を聞いたネロはゲラゲラと一頻り笑った後息を整えながら吐き捨てる。元々帝国を見捨ててから放浪していたが、シドが不在の間にオメガという餌をぶら下げてジェシーがヘッドハンティングしておいた。そして未だにシドへ報告はしていない。ネロのおかげで止まっていた業務を再開し、あとは会長であるシドのサインさえあればどうとでもなる状態にしていたので実は飛んで行ったことに対してはそんなに怒ってはいなかった。しかししっかり説教しておかないと気が済まなかったのでリンクパール通信は流し続けていたのだが。あの男は外してポケットの中に入れっぱなしで、なんと深夜にアンナが出るまで放置されていた。「ごめん、明日お詫びに行くから。明日の朝また出させるから着信入れて欲しい」という普段の明るい声がジェシーの心を少しだけ安心させていた。
「愉快な子なのよ? そりゃ外から見たらあんまり喋らない無駄に強い最終兵器みたいな人にしか見えないでしょうけど」
「料理もうまいし護衛とかも嫌な顔せずやってくれるんだよな。ちょっと親方の前だと愉快になるが」
「アンナさん手料理作ってください! って言ったら狩りに出かけたりする変な人だけどとってもいい人なんッスよ!」
「ただの少しだけ意思疎通取れる野生生物かよ。ンで? 何でおたくらの会長サマが惚れてるって分かンだよ?」
盛大にやれやれと溜息を吐いている。ジェシーはニッコリと笑いながら「決まってるでしょ」という。
「アンナが来た後露骨に仕事の速度上がるし数日来なかったら日に日にしょんぼりしていくのよあの人」
「ちなみに無意識らしいッス」
「ガキかよ……。んで? そのバブーン2匹の恋愛を見届けるために俺を呼ンだのか?」
厭味ったらしく言うネロに対して「違うにきまってるじゃない」とジェシーは苦笑しながら言う。
「アンナを調べて欲しいの。暁の血盟も調査はしてるらしいんだけど全然分からないみたい。普通冒険者に過去は関係ないけど……会社としては結構お世話になってる人だしこれからもずっと彼女に頼っていいか、会長を任せていいか調べておきたいの。全然その辺り会長も聞いてくれなくてようやく聞けたことが『剣豪ゴウセツも認めたある侍仕立てのヤバい気迫を持っている』って事だけ。そういえばネロは戦ったことあったわね。見たことある?」
「普通より数段力強い冒険者って感じだったがナァ……いや」
もしかしたらガイウス閣下なら知ってたかもなと茶化すように言うと3人は溜息を吐く。気迫とは何か分からなかったがただでさえ強いクセして更にそんな力を持っているとは全く知らなかった。確かにアンナは謎めいた存在だ。ネロとしてもバブーンと吐き捨てはいるがあの場所で会った時から興味はある。
「そういや昔あの女に助けられたことがあンだよ」
「いつの話よ」
「閣下が再びエオルゼア入りする事になる数年前、まだアレもただの旅人だった頃だな。油断してコボルド族に囲まれた時にあっという間に辺りを弓と蹴りで吹っ飛ばしやがった。アレが俺が一番味わった殺意かもナ」
エオルゼア潜伏調査をしていた頃の話である。計測に夢中で一瞬気を抜いた隙にコボルド族に囲まれてしまった時があった。ネロが懐にしまった小型の武器を取り出そうとした瞬間、ヴィエラの伝統衣装を纏った赤髪の女がどこからともかく乱入し、弓矢と蹴りだけで十数匹のコボルド族を吹っ飛ばす。半分以上はそのまま絶命し、残り少数はあまりにも恐ろしい気迫に逃げ出してしまった。これまた一瞬の出来事であまりの迫力に固まっていた彼を見て「大丈夫?」と笑顔を見せ、手を差し伸べた。少し会話を交わした後、「あなたに危害を与えようとした残りも刈っとくから」と言って去って行くのを口が閉じられないまま見送った記憶がよみがえる。
「アレは相当場数を踏んだやべェ女だってなった記憶がある。下手すりゃ別ンとこで傭兵か軍人だったンじゃね?」
「それだったら暁の血盟辺りが書類を掴んでくると思うのよ。どうやら第七霊災始まって間もなくエオルゼア近郊で目撃され始めたって話。それ以前の情報はさっぱり」
「10年以上迷子になってグリダニアに辿り着いたから私は強いって口癖ですよねあの人」
「ヴィエラならオサード方面出身だろ? そっから……泳いだンじゃねェか?」
「いやいやそんなこと」
「あるわけな……」
4人は頭の中で思い浮かぶ。大海の中泳いでエオルゼア大陸近郊まで辿り着こうとするヴィエラの彼女の姿。
「余裕で浮かぶンだわ」
「やるわあの人……」
「シュールすぎるッス……」
「お、俺はしないと思ってますよ!」
その後彼らはとりあえず呑むかとグラスを掲げるのであった。実はネロはもう一つアンナの手がかりを持っていたのだが、交渉の奥の手として仕舞い込んでいることにジェシー達は気付いていない。
一方その頃ガーロンド社。残業で潰れそうになるシドの所にアンナが現れていたのだが―――彼らにそれを知る由は無いのであった。
旅人は過去を懐かしむ後日談その2。『紅の旅人』数日後のおはなし。
「はい今回は非常に残念なお知らせがあります」
仕事が一段落した夜、モードゥナの酒場にて密かに開かれる会―――その名も『自分たちの上司であるシドと旅人アンナの関係を見守る会』。久々に開かれた夜会に会長代理のジェシー、社員のビッグズとウェッジは集まり酒を呑んでいる。
一方その頃会社では、会長であるシドが大量の書類に押しつぶされていたのだがそれは置いておく。
「先日会長が突然数日失踪したのは覚えてるわね?」
「確かクガネまでアンナさんを探しに行ったんでしたっけ?」
「すげーお金とお土産貰ったッスねー。親方と違ってフォローの速さが段違いッス」
「2人で温泉宿に泊まり、アンナの恩人の墓参りに行って飲み会したそうよ? そこまではいいの」
会長であるシドが失踪したのは約1週間前、暁の血盟所属のアルフィノと何やら話をした後飛び出して行った。申し訳なさそうに謝る銀髪の少年の姿が未だ頭に残っている。そして連絡が付いたのが3日前。そして悠々と空の旅をして戻ってきた。ちなみにアンナはテレポで先にモードゥナに戻り、クガネ土産と『会長貸出料』と書かれたものを渡された。「こういうの黄金色のお菓子って言うらしいの。本当にシド貸してくれてありがとう」って言われながら蓋を開けるとお菓子の下に目玉が飛び出しそうな金額のギルが詰め込まれていた。その後盛大に謝りながら帰ってきたシドと盛り上がりきった社内の空気の温度差が忘れられない。
そして何とか詳細を聞きだしたジェシーは報告会を開き、眉間を抑えながら言い切った。
「何もなかったそうよ」
「何も」
「そう、2泊一緒にいておいて何も起こらなかったそうよ」
盛大に溜息を吐くジェシー。目が点になり固まる他2人。
「1日目は風呂から出たら既にアンナは就寝、2日目は会長が酒の呑みすぎで即就寝よ。ほんっとあの2人信じられないわ……」
「親方……」
「誤魔化してるとかでもなく、か」
「アンナからも聞いたの。あの人の場合さらっと嘘つくから本当か分からないけどここ数日全然変わらないわあの2人。昨日会長の怒鳴り声が聞こえたけどそれはまあ日常茶飯事よ。というわけで今回ゲストを呼びました」
誰が、とビッグスが聞こうとすると「そろそろ来るわよ」とジェシーは手を上げる。足音が聞こえ2人は振り向くと。「変な時間に呼びつけられて来たら何やってンだ? お前ら」と言いながらシドのライバル(自称)であり元帝国幕僚長であったネロ・スカエウァが溜息を吐きながら歩み寄ってきた。
◇
「ガーロンドが、あのバブーンみたいな女を」
「アンナさん確かに強いけどそこまでゴリラじゃないッスよ!」
話を聞いたネロはゲラゲラと一頻り笑った後息を整えながら吐き捨てる。元々帝国を見捨ててから放浪していたが、シドが不在の間にオメガという餌をぶら下げてジェシーがヘッドハンティングしておいた。そして未だにシドへ報告はしていない。ネロのおかげで止まっていた業務を再開し、あとは会長であるシドのサインさえあればどうとでもなる状態にしていたので実は飛んで行ったことに対してはそんなに怒ってはいなかった。しかししっかり説教しておかないと気が済まなかったのでリンクパール通信は流し続けていたのだが。あの男は外してポケットの中に入れっぱなしで、なんと深夜にアンナが出るまで放置されていた。「ごめん、明日お詫びに行くから。明日の朝また出させるから着信入れて欲しい」という普段の明るい声がジェシーの心を少しだけ安心させていた。
「愉快な子なのよ? そりゃ外から見たらあんまり喋らない無駄に強い最終兵器みたいな人にしか見えないでしょうけど」
「料理もうまいし護衛とかも嫌な顔せずやってくれるんだよな。ちょっと親方の前だと愉快になるが」
「アンナさん手料理作ってください! って言ったら狩りに出かけたりする変な人だけどとってもいい人なんッスよ!」
「ただの少しだけ意思疎通取れる野生生物かよ。ンで? 何でおたくらの会長サマが惚れてるって分かンだよ?」
盛大にやれやれと溜息を吐いている。ジェシーはニッコリと笑いながら「決まってるでしょ」という。
「アンナが来た後露骨に仕事の速度上がるし数日来なかったら日に日にしょんぼりしていくのよあの人」
「ちなみに無意識らしいッス」
「ガキかよ……。んで? そのバブーン2匹の恋愛を見届けるために俺を呼ンだのか?」
厭味ったらしく言うネロに対して「違うにきまってるじゃない」とジェシーは苦笑しながら言う。
「アンナを調べて欲しいの。暁の血盟も調査はしてるらしいんだけど全然分からないみたい。普通冒険者に過去は関係ないけど……会社としては結構お世話になってる人だしこれからもずっと彼女に頼っていいか、会長を任せていいか調べておきたいの。全然その辺り会長も聞いてくれなくてようやく聞けたことが『剣豪ゴウセツも認めたある侍仕立てのヤバい気迫を持っている』って事だけ。そういえばネロは戦ったことあったわね。見たことある?」
「普通より数段力強い冒険者って感じだったがナァ……いや」
もしかしたらガイウス閣下なら知ってたかもなと茶化すように言うと3人は溜息を吐く。気迫とは何か分からなかったがただでさえ強いクセして更にそんな力を持っているとは全く知らなかった。確かにアンナは謎めいた存在だ。ネロとしてもバブーンと吐き捨てはいるがあの場所で会った時から興味はある。
「そういや昔あの女に助けられたことがあンだよ」
「いつの話よ」
「閣下が再びエオルゼア入りする事になる数年前、まだアレもただの旅人だった頃だな。油断してコボルド族に囲まれた時にあっという間に辺りを弓と蹴りで吹っ飛ばしやがった。アレが俺が一番味わった殺意かもナ」
エオルゼア潜伏調査をしていた頃の話である。計測に夢中で一瞬気を抜いた隙にコボルド族に囲まれてしまった時があった。ネロが懐にしまった小型の武器を取り出そうとした瞬間、ヴィエラの伝統衣装を纏った赤髪の女がどこからともかく乱入し、弓矢と蹴りだけで十数匹のコボルド族を吹っ飛ばす。半分以上はそのまま絶命し、残り少数はあまりにも恐ろしい気迫に逃げ出してしまった。これまた一瞬の出来事であまりの迫力に固まっていた彼を見て「大丈夫?」と笑顔を見せ、手を差し伸べた。少し会話を交わした後、「あなたに危害を与えようとした残りも刈っとくから」と言って去って行くのを口が閉じられないまま見送った記憶がよみがえる。
「アレは相当場数を踏んだやべェ女だってなった記憶がある。下手すりゃ別ンとこで傭兵か軍人だったンじゃね?」
「それだったら暁の血盟辺りが書類を掴んでくると思うのよ。どうやら第七霊災始まって間もなくエオルゼア近郊で目撃され始めたって話。それ以前の情報はさっぱり」
「10年以上迷子になってグリダニアに辿り着いたから私は強いって口癖ですよねあの人」
「ヴィエラならオサード方面出身だろ? そっから……泳いだンじゃねェか?」
「いやいやそんなこと」
「あるわけな……」
4人は頭の中で思い浮かぶ。大海の中泳いでエオルゼア大陸近郊まで辿り着こうとするヴィエラの彼女の姿。
「余裕で浮かぶンだわ」
「やるわあの人……」
「シュールすぎるッス……」
「お、俺はしないと思ってますよ!」
その後彼らはとりあえず呑むかとグラスを掲げるのであった。実はネロはもう一つアンナの手がかりを持っていたのだが、交渉の奥の手として仕舞い込んでいることにジェシー達は気付いていない。
一方その頃ガーロンド社。残業で潰れそうになるシドの所にアンナが現れていたのだが―――彼らにそれを知る由は無いのであった。
『紅の旅人』
注意
旅人は過去を懐かしむ後日談その1。シド少年時代捏造。
ふととある旅人と彼女を重ねてしまった。少年の頃に出会った寒いガレマルドの人が滅多に通らない路地裏の物陰で行き倒れていたあの人を。
「どうしたの?」
優しく語り掛ける声にハッと我に返ると目の前にはアンナの顔。目と鼻の先にあるアンナの綺麗な顔に慌ててしまいシドは椅子から崩れ落ちてしまった。当の彼女はクスクスと笑い手を差し伸べる。今更何を驚愕しているのだろうか、ふぅと溜息を軽くつきながらシドはその手を握る。
アンナと出会ってから程々な時が経った。霊災後、記憶を失いウルダハの教会に身を寄せていた頃に出会ってからというものの―――自分の責務を思い出してから蛮神討伐、ガレマール帝国の侵攻を跳ね除け、竜詩戦争を終結させた。そして遂にはドマとアラミゴを解放しようと走り続ける彼女を、大切な仲間で親しい友人として社員を巻き込み全力で裏でフォローし続けている。『会社の利益にならないことは程々にして欲しい』という部下の言葉をふわりと躱しつつなんとしてもアンナに喰らい付こうとするシドをアンナ本人はどう見ているかはまだ分からない。これは予想だが、どうも思っていないだろう。それでもいいと走り続けた結果、謎に包まれた過去を知ろうと調べ続けている最も近しい仲間である筈の暁のメンバー達よりもアンナという存在の靄に触れることが出来そうな……そんな関係を形成しつつもあった。
「いや、少し昔のことを思い出してな」
「昔……第七霊災当時?」
「もっと過去の話だ。というかお前さんといて何で急にその辺りの時代を思い出すと思ったんだ」
「うーん私が一番分からない辺りの話だからかな? 興味はそれなり」
「生まれてたよな?」
「迷ってた時に光が見えたとかしか」
シドは「お前どこで迷ってたんだ?」と苦笑しながらあの日以降頭から離れなくなった旅人の話をする。
魔導院へ飛び級で入学する直前に出会った帝国領内で行き倒れていた赤髪の男か女かも判断が付きにくいヴィエラ族を助けたことがあった。冷たく凍えていたので温かいスープを与えたら不器用だが柔らかな笑顔でお礼を口にする。そして少しの間だけ会話を交わした後、どこかへ走り去って行った。―――現在目の前にいる同じくヴィエラである彼女にいつの間にか執着してしまった原因でもあるような気がすると考えていたがそれは口には出さなかった。アンナは何も言わずシドの話を聞いていたが、語り終わるや否や満面な笑顔で「いい話」とシドの腰に手を回しながら手を取り、ニィと笑った。まるで御伽噺に出る王子様のようで。しかし相手はいい年した大人の男なのだが。
「あ、アンナ!?」
「その話、誰かにしたの?」
「しない、幼い頃の話をする機会なんてそんな…というかいきなり何をするんだ!?」
「そんなヒミツ、私に教えていいの? ただの旅人にするには重たい話」
シドの話を無視し、鼻先が触れ合ってしまいそうな位の距離に顔を近づけてくる。逃げようにも腰に置かれた手が逃がしてくれない。目を細めクスクスと笑う姿はまるでシドを試しているようで。
「先日お前にとって大事な人の墓参りに連れて行ってもらったんだ、俺の事も話したくなってもおかしくないだろ?」
「いやああなたそんなに私の事好きなのかって思ってお気持ち代弁?」
ふわりと離れながら恥じらうような素振りも見せず言ってのけるアンナには正直尊敬していた。まあ恋愛方面の話でも一切感情を揺さぶられるような人でも無いだろうなとは思っていたが。しかし『好きなのかと思って』?
あの夜『あんなこと』しておいて嫌いとかそういう事は無いとは分かっているが改めて正面から言われるとシドとしては恥ずかしくなる。が、何も気まずく思わず会いに来るアンナは度胸ある、というか恥じらいが無いのか? 会いに来なくなったらそれはそれで困るのでアンナの習性には感謝しかない。
「お前はどう思ってるんだ? 俺の事」
「嫌いな男の部屋に何度も訪れる人に見える? あ、ごめん流石に語弊」
「あのなあ…」
瞬時に顔が熱くなったシドの顔を見てアンナは慌てて謝罪した。他意は無い言い方だというのは普段の色気というものが存在しない彼女を見てると分かるのだが、瞬時に謝罪されるとそれはそれで余計に恥ずかしい気分になる。その反応を見たからなのか慌てたまま言葉を続けた。
「私は確かにきm…違う、あなたの部屋に来るのは気分転換……そう! 気分転換。勿論仕事疲れなあなたの」
「そ、そうか」
「前も言ったけど、私は旅人。本来は同じ場所に残りたくない。痕跡も残さない。だから無意識に距離を取る。本来はここにも来ないようにしなきゃと」
「今更どこに消えるつもりだ?」
アンナは珍しく慌てふためいている。命の恩人の墓参り中でも見せなかった姿が少し新鮮に思えた。そしてシドは徐々に普段とは違う口調を正す姿に無理しなくてもいいのにとぼんやりと見つめながら見つめている。
「ヒミツ! 旅人はミステリアスに。それがポリシー」
「確かにお前さんは謎が多い人だが」
「とにかく! キミがボクの事が好きだから先にナイスイタズラ! いやあいい反応見れて楽し……あ」
「ボク……か」
あー! と奇声を上げている。今のが『本来のアンナ・サリス』だったのだろう。趣があっていいものだと思うが本人にとっては化けの皮が剝がれたようなもので。アンナは頭を抱え部屋の寝台に頭をぶつけている。
「前から薄々感じてたがもしかしてあんまり喋らないのは」
「忘れて」
「えらく分厚い猫かぶりだな」
「気のせい」
「俺は好きだな。別に普段からそういう口調でもいいんじゃないか?」
アンナは「忘れろって言ってるっ!!!」と言いながら顔を真っ赤にし手元の刀を振りぬきブンブンと振り回し始める。シドがこれを窘めるのにまた時間がかかったのは言うまでもない。
そんな暴れ馬は只今盛大な溜息を吐き正座をしていた。
「ごめんなさい。冷静であらず」
「いやまあ弄った俺も悪かった」
それと、とシドはアンナの肩をつかみながら頭を下げる。
「えっとな、一度仕切り直させてほしい」
「?」
「ああいうのは男である俺にやらせてほしい。ちゃんとした場所で、ほらもっとムードというのを考えてだな」
「今更私は気にしない」
「俺が気になるんだ。既に、その、あんなことし合った間柄で言っても変な話なんだが」
その言葉にアンナはクスクスと笑っている。一度暴れ回り冷静になったのか先程のような言動は消えてしまっていた。勿体ない、次はいつ見れるのか。そう考えながら拙い手つきで頭を撫でた。ふわりとシトラスな香りがシドのまだ隠していたい、アンナを否定できない感情を刺激する。ふと『あの人』も香水の香りがしたなと思い出す。何故再び重ねてしまったのか、調子が狂っているのは自分の方だったかもしれないと笑みが漏れる。
「あなたに撫でられるのも悪くはない」
「そうか。そういえば香水はどこで買ってるんだ? ほぼいつも違うが」
「気分で。昔からほとんど自分で調合」
「そりゃ凄いじゃないか」
「子供の頃に故郷で教えて貰った数少ないもの」
いつも通りの会話だ。他愛のない会話をしてアンナの笑顔で昨日までの疲れが吹っ飛んでいって。残されている莫大な書類も片付けできそうだ。
自分はあの『残したくない』彼女が尊敬し、唯一彼女が『残していた』立派な侍であるリンドウ・フウガにはなれない。しかしせめて彼女の隣に立っていられる。それはあの絵画には存在しない今を生きる者の特権である。以前より隣に座ることも増えても絶対に拒否されるだろう2文字の想いを心の奥に仕舞い込みながらシドは『余所行き』の笑顔を見せるアンナを見送るのだ。いつもだったら。
―――再び扉を開きアンナはこう言いやがったのだ。
「シド、勘違いしてるみたいだけどあなたあの夜何もしてないからね? 雑だった浴衣直して放り出してた服畳んで、ただ好奇心で肩にキスマーク付けて。そこまでしてもあなた呑気にイビキかいてて起きそうもなかった。普通に布団かけて私も就寝。そりゃ起きてたら個人的用事に付いて来てくれたお礼位考えたけど」
「…………は?」
「『見なかったことにしよう』って聞こえて来た時は正直爆笑した。今の顔も最高。その顔が見たかった。ナイスイタズラ。じゃあね」
「待て! 今の話詳しく聞かせろ! おいアンナ! 俺の悩んでた数日を返せ!!」
しかしこの時の俺は知らなかった。決して俺の手が届かない場所で彼女が最も隠していた過去と、俺の生まれ故郷との奇妙な縁が牙を剥いて襲い掛かってしまうことに―――
#シド光♀
旅人は過去を懐かしむ後日談その1。シド少年時代捏造。
ふととある旅人と彼女を重ねてしまった。少年の頃に出会った寒いガレマルドの人が滅多に通らない路地裏の物陰で行き倒れていたあの人を。
「どうしたの?」
優しく語り掛ける声にハッと我に返ると目の前にはアンナの顔。目と鼻の先にあるアンナの綺麗な顔に慌ててしまいシドは椅子から崩れ落ちてしまった。当の彼女はクスクスと笑い手を差し伸べる。今更何を驚愕しているのだろうか、ふぅと溜息を軽くつきながらシドはその手を握る。
アンナと出会ってから程々な時が経った。霊災後、記憶を失いウルダハの教会に身を寄せていた頃に出会ってからというものの―――自分の責務を思い出してから蛮神討伐、ガレマール帝国の侵攻を跳ね除け、竜詩戦争を終結させた。そして遂にはドマとアラミゴを解放しようと走り続ける彼女を、大切な仲間で親しい友人として社員を巻き込み全力で裏でフォローし続けている。『会社の利益にならないことは程々にして欲しい』という部下の言葉をふわりと躱しつつなんとしてもアンナに喰らい付こうとするシドをアンナ本人はどう見ているかはまだ分からない。これは予想だが、どうも思っていないだろう。それでもいいと走り続けた結果、謎に包まれた過去を知ろうと調べ続けている最も近しい仲間である筈の暁のメンバー達よりもアンナという存在の靄に触れることが出来そうな……そんな関係を形成しつつもあった。
「いや、少し昔のことを思い出してな」
「昔……第七霊災当時?」
「もっと過去の話だ。というかお前さんといて何で急にその辺りの時代を思い出すと思ったんだ」
「うーん私が一番分からない辺りの話だからかな? 興味はそれなり」
「生まれてたよな?」
「迷ってた時に光が見えたとかしか」
シドは「お前どこで迷ってたんだ?」と苦笑しながらあの日以降頭から離れなくなった旅人の話をする。
魔導院へ飛び級で入学する直前に出会った帝国領内で行き倒れていた赤髪の男か女かも判断が付きにくいヴィエラ族を助けたことがあった。冷たく凍えていたので温かいスープを与えたら不器用だが柔らかな笑顔でお礼を口にする。そして少しの間だけ会話を交わした後、どこかへ走り去って行った。―――現在目の前にいる同じくヴィエラである彼女にいつの間にか執着してしまった原因でもあるような気がすると考えていたがそれは口には出さなかった。アンナは何も言わずシドの話を聞いていたが、語り終わるや否や満面な笑顔で「いい話」とシドの腰に手を回しながら手を取り、ニィと笑った。まるで御伽噺に出る王子様のようで。しかし相手はいい年した大人の男なのだが。
「あ、アンナ!?」
「その話、誰かにしたの?」
「しない、幼い頃の話をする機会なんてそんな…というかいきなり何をするんだ!?」
「そんなヒミツ、私に教えていいの? ただの旅人にするには重たい話」
シドの話を無視し、鼻先が触れ合ってしまいそうな位の距離に顔を近づけてくる。逃げようにも腰に置かれた手が逃がしてくれない。目を細めクスクスと笑う姿はまるでシドを試しているようで。
「先日お前にとって大事な人の墓参りに連れて行ってもらったんだ、俺の事も話したくなってもおかしくないだろ?」
「いやああなたそんなに私の事好きなのかって思ってお気持ち代弁?」
ふわりと離れながら恥じらうような素振りも見せず言ってのけるアンナには正直尊敬していた。まあ恋愛方面の話でも一切感情を揺さぶられるような人でも無いだろうなとは思っていたが。しかし『好きなのかと思って』?
あの夜『あんなこと』しておいて嫌いとかそういう事は無いとは分かっているが改めて正面から言われるとシドとしては恥ずかしくなる。が、何も気まずく思わず会いに来るアンナは度胸ある、というか恥じらいが無いのか? 会いに来なくなったらそれはそれで困るのでアンナの習性には感謝しかない。
「お前はどう思ってるんだ? 俺の事」
「嫌いな男の部屋に何度も訪れる人に見える? あ、ごめん流石に語弊」
「あのなあ…」
瞬時に顔が熱くなったシドの顔を見てアンナは慌てて謝罪した。他意は無い言い方だというのは普段の色気というものが存在しない彼女を見てると分かるのだが、瞬時に謝罪されるとそれはそれで余計に恥ずかしい気分になる。その反応を見たからなのか慌てたまま言葉を続けた。
「私は確かにきm…違う、あなたの部屋に来るのは気分転換……そう! 気分転換。勿論仕事疲れなあなたの」
「そ、そうか」
「前も言ったけど、私は旅人。本来は同じ場所に残りたくない。痕跡も残さない。だから無意識に距離を取る。本来はここにも来ないようにしなきゃと」
「今更どこに消えるつもりだ?」
アンナは珍しく慌てふためいている。命の恩人の墓参り中でも見せなかった姿が少し新鮮に思えた。そしてシドは徐々に普段とは違う口調を正す姿に無理しなくてもいいのにとぼんやりと見つめながら見つめている。
「ヒミツ! 旅人はミステリアスに。それがポリシー」
「確かにお前さんは謎が多い人だが」
「とにかく! キミがボクの事が好きだから先にナイスイタズラ! いやあいい反応見れて楽し……あ」
「ボク……か」
あー! と奇声を上げている。今のが『本来のアンナ・サリス』だったのだろう。趣があっていいものだと思うが本人にとっては化けの皮が剝がれたようなもので。アンナは頭を抱え部屋の寝台に頭をぶつけている。
「前から薄々感じてたがもしかしてあんまり喋らないのは」
「忘れて」
「えらく分厚い猫かぶりだな」
「気のせい」
「俺は好きだな。別に普段からそういう口調でもいいんじゃないか?」
アンナは「忘れろって言ってるっ!!!」と言いながら顔を真っ赤にし手元の刀を振りぬきブンブンと振り回し始める。シドがこれを窘めるのにまた時間がかかったのは言うまでもない。
そんな暴れ馬は只今盛大な溜息を吐き正座をしていた。
「ごめんなさい。冷静であらず」
「いやまあ弄った俺も悪かった」
それと、とシドはアンナの肩をつかみながら頭を下げる。
「えっとな、一度仕切り直させてほしい」
「?」
「ああいうのは男である俺にやらせてほしい。ちゃんとした場所で、ほらもっとムードというのを考えてだな」
「今更私は気にしない」
「俺が気になるんだ。既に、その、あんなことし合った間柄で言っても変な話なんだが」
その言葉にアンナはクスクスと笑っている。一度暴れ回り冷静になったのか先程のような言動は消えてしまっていた。勿体ない、次はいつ見れるのか。そう考えながら拙い手つきで頭を撫でた。ふわりとシトラスな香りがシドのまだ隠していたい、アンナを否定できない感情を刺激する。ふと『あの人』も香水の香りがしたなと思い出す。何故再び重ねてしまったのか、調子が狂っているのは自分の方だったかもしれないと笑みが漏れる。
「あなたに撫でられるのも悪くはない」
「そうか。そういえば香水はどこで買ってるんだ? ほぼいつも違うが」
「気分で。昔からほとんど自分で調合」
「そりゃ凄いじゃないか」
「子供の頃に故郷で教えて貰った数少ないもの」
いつも通りの会話だ。他愛のない会話をしてアンナの笑顔で昨日までの疲れが吹っ飛んでいって。残されている莫大な書類も片付けできそうだ。
自分はあの『残したくない』彼女が尊敬し、唯一彼女が『残していた』立派な侍であるリンドウ・フウガにはなれない。しかしせめて彼女の隣に立っていられる。それはあの絵画には存在しない今を生きる者の特権である。以前より隣に座ることも増えても絶対に拒否されるだろう2文字の想いを心の奥に仕舞い込みながらシドは『余所行き』の笑顔を見せるアンナを見送るのだ。いつもだったら。
―――再び扉を開きアンナはこう言いやがったのだ。
「シド、勘違いしてるみたいだけどあなたあの夜何もしてないからね? 雑だった浴衣直して放り出してた服畳んで、ただ好奇心で肩にキスマーク付けて。そこまでしてもあなた呑気にイビキかいてて起きそうもなかった。普通に布団かけて私も就寝。そりゃ起きてたら個人的用事に付いて来てくれたお礼位考えたけど」
「…………は?」
「『見なかったことにしよう』って聞こえて来た時は正直爆笑した。今の顔も最高。その顔が見たかった。ナイスイタズラ。じゃあね」
「待て! 今の話詳しく聞かせろ! おいアンナ! 俺の悩んでた数日を返せ!!」
しかしこの時の俺は知らなかった。決して俺の手が届かない場所で彼女が最も隠していた過去と、俺の生まれ故郷との奇妙な縁が牙を剥いて襲い掛かってしまうことに―――
#シド光♀
星降る夜の奇跡の話―後―
「飾りはこっちに置いて!」
「料理の準備できたわ。あとはアンナを待つだけね」
「プレゼント箱搬入終わったぞ!」
「天井に吊り下げるモノ、準備終わっている」
アンナとシドがプレゼント交換を約束した当日。カーラインカフェの片隅で暁の血盟とガーロンド・アイアンワークス社の面々はアンナを驚かせるためにと最終準備をしていた。アンナはレヴナンツトールにてタタルに足止めするよう頼んでいるので現場には来ないだろう。
「親方! ボーっとしてないで手伝ってほしいッス!」
「―――あ、ああすまん」
シドは朝からずっと上の空で、ヤ・シュトラはため息を吐きながら近づく。
「あらあなたが気合入れないと今回のサプライズは成功しないわよ?」
「む、そうだな。そうだったな」
上の空なのも当たり前だった。昨晩の事を誰にも相談できず1人悶々と悩んでいる。まるで名も無き旅人の事がなかったかのように動き続ける時にイラつきさえも覚える。しかし今は考えている暇はない。手を動かしていれば今は大丈夫だろう、そう考え箱を手に取った。
「親方、その箱は何ですか?」
「ん? ここに置いてるからてっきりお前たちが持ってきたやつかと」
「まあ誰かが持ってきたんでしょう。とりあえず一緒に飾っておきましょうか」
「そうだな」
いいのか? と思いながら気合を入れて、持ち上げた。
◇
「も、もう少し待つでっす! 紅茶のおかわりありまっす!」
「んーでも人と待ち合わせしてるの。1時間前には待ち構えたいなって」
「ふふっ、ときどきはゆっくり行っても罪じゃないと思うわよ」
ボクはグリダニアでぼんやりと一晩過ごした後タタルに呼ばれレヴナンツトールにいた。普段なら個人的に驚かせるためにずっと現地で待つのがボクだ。まぁそういえばいつの間にかパーティになってたんだっけと思い出し、彼女らの時間稼ぎに付き合っている。
「タタル私思う。モードゥナに拠点がある人同士何かするならここでやるべきだと思うんだけどどう?」
「え! アンナさん知ってたんでっすか!? ってあ!」
「まあアンナなら知ってるわよね。確かに私も思ったんだけど」
タタルに「い、いつからでっすか!?」って言われたから「あなたがシドと拳を交わし合ってたところ」と答えるとクルルは「最初からだったのね」とふふと笑っている。
「うん、何かすごいなって思ったら近付けなかった。……私も本気出さなきゃって。こんな経験ない。どうすればいいのかしら―――」
分かってたら1週間前なんて急な予定にしない、と言うと2人は笑顔でボクを見ていた。
「アンナには来たばかりの私でもお世話になってるわ。日頃の感謝を伝えるチャンスって言われるとみんなやる気も出ちゃうのよ」
「そういうものなの?」
「そうでっす!」
「ただの旅人相手によくやるよ」
エオルゼアの人間はお祝い事が好きらしい。度々街が飾りつけされているのを見ると相当数お祭りが用意されているのだろう。神様も十二神と多神教な土地だけあってごちゃまぜな文化が少しこそばゆい。何せ生まれ集落は森や動物に感謝する儀式や火にまつわる祭りしか存在しなかった。あとここ60年位は集落にはめったに近寄らなかった。しかし旅人として再スタートを切って5年、いろんな文化を知れるのが嬉しかったし今でも好奇心が収まらない。
現在―――面倒な出来事も終わり訪れた年末、感謝を示す行為は祭り関係なく誰だって当然なんだろう。自分を頼りきる人たちと盛大に遊ぶのも悪くない。だから準備はしてきたのだ。大きな箱と、小さな箱たち。実は小さな箱に関してはもう会場には置いてきていたのだが。
「クポー! アンナさんいたクポ!」
「よかった間に合った。ありがと。これクッキー。仲間と食べて」
「ありがとうクポ!」
いつもより少しだけ大きな封筒を受け取る。開くとパーツがいくつか入っている。欲しかったサイズの木製の歯車だ。準備した物、これはかつて成人前にドマを命を救ってくれた恩人と修行の旅をしていた時に見て感動したからくり装置。遠い昔、興味あるならと貰った書物を参考に設計図だけ作ったが、途中で飽きてしまった物をちょうどいい機会だからと完成させてみた。彼の故郷の技術に比べたら原始的に映るかもしれないが気にしない。まあそもそも手に取るかも分からないのだ。それもまた一興。ボクとしては”外箱”ごと捨ててもらっても別に気にしない。旅人であるボクがいた記憶をなるべく残してほしくないのだから。
「あとはこれを―――できた」
「あらそれは何かしら?」
木の小箱を開くと木彫りのウサギがあり、周辺の歯車をいくつか取り換える。
「内緒」
人差し指を口元に持っていき笑顔を見せてやる。そして大箱を慎重に開き中身の意匠を触らないよう奥に安置し、箱を閉じた。そしてクルルの耳元で「誰にも言わないでね」とささやく。
「一度目の前の事に熱中したら本来の目的を忘れるボケが始まったオジサンの目を覚ましてあげようって感じ。で、これはおまけ。多分外箱ごと捨てられるだろうから適当に……ね?」
「あらあら」
「アンナさーん! そろそろ一緒にグリダニアに行くでっす!」
準備できたんだ、と言いながらタタルの元に走っていく。
「私には大切な人にあげるための準備に見えるな」
「何か言った? ほらクルルも来てよ。せっかくなら皆でお祝いしましょう?」
「分かったわ」
呼ばれたクルルも小走りで石の家を飛び出して飛空艇でグリダニアに向かう。さあどんな準備をしてくれたのかな? 楽しみだ。
◇
「よ、よおアンナ」
「あらシド。ここで待ってたんだ」
「お前の方が遅いなんて珍しいじゃないか」
アンナがタタルやクルルと一緒にグリダニアランディングに降り立つとそこにはぎこちない動きと引きつった笑顔のシドがいた。「分かりやすすぎるわ」「サプライズ下手すぎでっす……」と小声が聞こえる。だがシドは無視して「とりあえず飯でも食おうぜ」と指をさし歩き出す。アンナは笑顔でその数歩後ろを付いて行く。階段を上るとそこにはきらびやかな装飾と食べ物とケーキ。プレゼントの山が積まれ、暁の血盟のメンバーやガーロンド社の人間たちが。アルフィノが優しい笑顔で手を振っている。
「アンナ。いつもありがとうな」
シドの言葉にアンナは一瞬目を見開き、止まっていた。徐々にいつも見せる笑顔は消え、目をぱちくりとさせている。
「あら? どうしたのかしらあの人。立ち止まってるわ」
「アンナ早く来るッスよー!」
表情一つ変わらず、やがて何かに気が付いたのか慌てて手で顔を覆う。シドは横でキョトンとした顔で見つめているととつぜん手を外し、彼の方に向き見慣れた笑顔を見せた。
「だーれーがーここまでやれって?」
「え、あー、ごめんな?」
一瞬シドのヒゲを掴みながら、踵を返し皆の元に走り出した。
「ありがとう」
小さい声だったが確実に聞こえた。彼女から初めて引っ張られたヒゲをさすり彼女を見つめていると腰辺りを突かれた。見るとクルルが笑顔で「もしかしたら慣れてなかったのかもしれないわよ?」と言い先へ進むよう促した。
よく考えたら彼女は長い間1人で旅をしてきた。振り返ればエオルゼアで出会ってから今まであった祝賀会や式典は陰謀に巻き込まれたりと彼女が休まる時はなかった。そんな彼女が星芒祭だと口実があるとはいえ突然政治主張等関係ない誕生日でもない日に祝われたら。本当に考えがフリーズしたのか、あのいつも余裕ぶった笑顔の旅人が。シドの口元から笑みがこぼれだす。「いいものを見た」と呟きながらゆっくりと歩き出した。
◇
パーティは盛り上がった。アンナの前に食べ物を置くと気が付いたら消えているので「自分の食べる量をキープしろ!」「俺たちの食べる物が無くなっちまう!!」と怒号が飛び交っている。シドたちは「何かやってるなーって静観してたの。ガーロンド社の人たちまでいるとは思わなかったけどね」という言葉で計画の半分程度はバレていたかと驚いた。「じゃあ余計にレヴナンツトールでやりなさいよ」とアンナの呆れた声にシドは「発想になかったな。グリダニアでと約束したんでな」と悪びれず答えた。
「いいじゃないか。私は君と出会うきっかけになったグリダニアでこうやって祝えるのが嬉しいよ」
「そんなもんなの?」
「いいのではないでしょうか。貴方にも休息は必要ですから」
「サンクレッドが来なかったのが残念ね。彼にも少し休んでほしかったんだけど」
その後アンナはプレゼントを積んでいる山を指さしながら「小さいやつ、大体は私からの贈り物」と言った。ある箱は画材、ある箱は香水。またある箱には羽ペンと羊皮紙。奇麗なナイフにシャード詰め合わせ。
「アンナ、合計いくら使った?」
「今回のパーティに使われたお金に比べたら安い。好きな物持って行っていいよー」
「じゃあ次は私たちからもあげないとね」
彼女の周りにプレゼントの山が積まれていく。「こんなに貰ってもどこへ持ち帰ればいいの?」と苦笑いしながら開封していく。
「あらミニオン」
「ウチの新製品の新型エンタープライズモチーフッス!」
「ちっちゃくてかわいい。こっちは調理道具セットか。いいねえ」
「あら会長は最初私にね―――」
「ゴホン。まあよく料理を振る舞ってくれるからな。使って欲しい」
「いいよ」
暁の血盟側から渡された物はまずは淡く光るクリスタルがあしらわれた小物入れ。マフラーや手袋、アルフィノが描いたグリダニアの風景画。「もっと早く分かってたらとびきりなものを準備したでっす! でも自信作でっすよ!」とタタルは胸を張っている。アンナは笑顔で「みんなさ、旅人に贈る量じゃないってば」と言いながら箱を開いては取り出し優しく撫でている。
「来年もよろしく、アンナ」
思い思いの言葉を伝えたが全員の言葉を要約するとこうだった。アンナの目が見開かれ、しばらく固まった後頭をかきながら「しょうがないなあ」と照れた笑顔を見せた。その後話題を変えようと赤色の箱から何やら装飾具を取り出す。中央に赤色の宝石、羽根のようなおしゃれな模様が張り巡らされボタンを押すとカチャリと音を立てながら開くと時計盤。
「あら懐中時計」
「俺じゃないぞ」
「私たちでもないね」
「見た事もないデザインの物だしもしかしてオーダーメイドかしら?」
理由は分からないがオーダーメイドという単語でシドの表情が引きつる。しかし箱の底に残っていた紙切れを見て「兄さんだ」と呟く声が聞こえるとと少しだけ和らいだ。アンナは何も言わずそのまま身に付ける。俺たちは彼女が持っていた紙切れをのぞき込むとぱっと見読み取れない言語で書かれている。「崩した古代ヴィエラ文字。お疲れさまと兄の名前が書いてるよ」とアンナは説明してくれた。いつの間に現れて置いて行ったのだろうか。
「多分レターモーグリーが持ってきたのかも? だって兄さん今は故郷にいるハズ」
シドは兄がいるとクリスタルタワーで言っていたと思い出す。ついでに5年程度に一度故郷に帰る習性もあると。しかしその場にいる人間たち何も言わず置いて行くサービスは聞いた記憶はないのだが指摘するのは野暮だろうと置いておく。それよりやらないといかないメインイベントが残っているとシドはアンナを引っ張って表に連れ出す。数人の視線が痛いが無視しておく。
◇
「どうしたの?」
アンナは笑顔で俺を見下ろしている。俺は「忘れたのか?」と言いながら準備していた袋を取り出す。
「―――ああちゃんと覚えてたんだね。結構結構」
言葉のトゲが痛い。すっかり忘れてるなと思われていたらしい。―――実際昨日急いで工面した物だから言い返せない。彼女はカラカラと笑いながらカバンの中から大きめの箱を取り出した。
「デカくないか?」
「普通普通。ほらちょうだい」
「おう……」
お互いプレゼントを交換し見つめている。「開けていい?」と言われたので「いいぞ」と返してやる。
「髪飾り。いいじゃない。青い石は……アイオライトか。粋だねえ」
「そうなのか?」
「旅人の私にピッタリだよ」
この時はどういう意味か分からなかったのだが後日調べてみると宝石言葉は『道しるべ』や『誠実』であったらしい。確かに図らずも旅人である彼女に合う物を選んでいたみたいだ。少しだけホッとした。
「私の分は開けないの?」
「お、そうだったな。どれどれ」
開いた瞬間パンッと大きな音が響き渡る。反射的に箱を手放そうとしたが瞬時に『ヤバい』と思い必死に落とさないよう掴む。箱の中からはたくさんのリボンや紙飾り、湧き出る小さな泡が破裂音を出している。ふとカフェ内を見ると全員がこっちを向き、アンナの方を見ると俺を指をさして笑っていた。気まずい。
「ナイスイタズラ。ヒヒッ、じゃね」
「待てアンナ! ど、どうなってんだこれ!?」
「直前まで忘れてた罰だよーっと」
ケラケラと笑うアンナは旧市街地の方に消え俺だけ残される。カフェ内からも笑う声が聞こえる。俺が何したって言うんだ!「え、あ、はぁ!?」としか言えない。走り出したアンナを追いかけようとしたらふと肩を持たれ止まる。振り向くとドマからの使者であるユウギリが立っていた。
「失礼、敵襲かと思い来たが」
「あ、アンナが急に……心臓に悪いやつでな」
「……ビックリ箱か。なかなか作りこまれていてアンナは器用な人だ」
そうかもしれんがと言いながらのぞき込むと確かに開けるまでは一切音を出さず油断させる技術は本物である。今度図面でも見せてもらおう。あわよくばやり返したい。ユウギリに「少し借りても?」と聞かれたので渡すと箱の中に手を突っ込む。
「お、おい」
「いえ箱の深さにしては浅い所から飛び出しているなと思い……やはり何かあったな。どうぞ」
手のひらサイズの木の小箱を渡される。横に木のゼンマイが付いている。「回してみるといい。予想が正しければ害はないと思われる」と言われたのでまた変な物じゃないだろうな?と思いながら巻いてみる。するとひとりでに箱が開いた。
夜空の森の中で木製の赤色ウサギが木の歯車がかみ合い跳ねるようにカタカタと動いている。
「ひんがしの国の技術で作ったからくり装置でしょう。なかなか巧妙に隠されていた」
「何だ驚かすだけかと思ったらメインはこれか」
「あらシド、発見したのね。よかった」
クルルがクスクスと笑いながら近づいてきた。どういうことだと聞くとこう答えた。
「来る前に最終工程だけ見たの。『一度目の前の事に熱中したら本来の目的を忘れる人に渡すんだけどこれは捨てられるおまけ』って言ってたわ。私の目にはとっても大切に扱っていたけどね」
「ほう全て手作りで。シドは幸せ者であるな」
瞬時に顔に熱が集まっていく。口元を抑えながら「いやそうはならないと思うが?」と言うとクルルはふふと笑っている。処分前提でって何をやっているんだアンナはとシドはため息を吐く。
それよりもイタズラというやつだ。今まで微塵も見当たらなかった単語が彼女の口から飛び出すとは思わなかった。意外と子供っぽい所もあるみたいでどこか安心する。居ても立っても居られない俺は箱を抱き走り出した。
「まさか両片想いだったのかしら」
「なるほど……」
何か聞こえた気がするが頭に入ってこなかった。「ナイスイタズラ」と言った後の顔が満面の笑顔だったが少しだけ潤った瞳を見逃せなかった。まるでやってはいけないことをやってしまったと後から気が付きパニックになった子供みたいな彼女を追いかける。
◇
「うーむ……いつ戻ろう」
ボクはアプカル滝の前で空を見上げていた。さすがに目の前でキレたシドによって投げ捨てられるプレゼント箱を見たくないのでつい走り出してしまった。しかし予想通りのいい反応を見せてくれた。あの顔だけでご飯3杯は行けそうだし、しばらく機嫌も悪くならないだろう。向こうの機嫌は知らないが。おや目の前がかすんで見える。こすろうとすると声が聞こえた。
「アンナ! 隠れるならもっと近くでな! ……ってやっぱり泣いてたか」
息が上がりながら走って来たシドだった。どうしたと言われてもここに座ってるだけで。慌てながら走り寄ってきてボクの目元を拭う。
「俺は怒ってない。その、からくり装置すごいな。ありがとよ」
「……あー見つけた? 残念」
「残念じゃない。というか渡したいならもっと分かりやすくだな」
隣に座り軽くため息を吐いている。「別にプレゼント交換ももともとビックリ箱の予定だっただけだし。おまけでカバンの中に入れっぱなしだった物を突っ込んだだけだし」と言うと「そうかそうか」と隣で笑い出す。
「何が面白いの?」
「お前の可愛らしい所だ」
「今更気付いたの?」
「夢中さ」
「そういう冗談はもっとかわいらしいレディに言って」
昨日まで過去のボクに見とれてたやつが何言ってるんだ。流石にそれは言わないけど。ふと話題を変えるようにシドは「アンナ、信じてくれないかもしれんが」と切り出した。何かあったのだろうかとどうしたの、と聞くと年甲斐もなくはしゃぎだす。
「前に子供の頃に欲しかったモノの話しただろ?」
「あー会いたい人とか言ってたやつ」
「叶った。嬉しかったぜ」
「よかったね」
「だが手に届かなかった」
心の中でうわさをしたら言いやがったよコイツ。シドは空に手を伸ばしている。
「次会ったら飛空艇に乗せるって約束してたのにな、逃げられちまった」
「ホー、淡いねえ」
「まあ次こそとっ捕まえたらいいさ。もう忘れたくないからな」
「―――そう」
あくまでも忘れる気はないらしい。薄々思ってたけど面と向かって言われると何か背筋がムズムズする。首元がくすぐったくて、何か不思議な感覚。
「あとお前の紹介もしたい」
「ははっ私のような旅人なんて面白くないよ」
「俺がしたいんだよ」
一度言った事は曲げない人間である彼のことだ。本気でボクをボクに紹介したいらしい。つい大笑いしてしまう。
「アンナ?」
「いやあ面白い。しばらくは旅に出る暇無いかな」
「……楽しいことなら俺がいくらでもあげるぞ」
「じゃあ一瞬でも暇だと思ったら消えるよ?」
「逃がさん」
ぎこちない動きで肩に手を回されながら言われた言葉に『うん? とんでもない約束をしてしまった気がするぞ?』と何か今までと違う歯車が回り始めた感覚が湧いてくる。くすぐったい首元を押さえながら苦笑した。
「ま、当面はいっか」
「でもな……イタズラはやっても怒らんがほどほどにしてくれ心臓に悪い」
「善処しまーす」
頬をつねってやり少しだけ彼の肩にもたれかかってやった。ピクリと彼の体が揺れ動くが無視してやる。騒がしい祭りというやつも、悪くない。
この後、帰りにくいと言うボクの言葉をシドは無視し腕を引っ張られカフェに戻った。直前で手を振り払いのぞき込むと食事もあらかた減り大人たちは酒が入りつつあった。「親方遅いっすよー」「アンナはお酒大丈夫かしら?」なんて声に私たち2人は笑みがこぼれた。
―――この後飲み比べしようぜと言われたので酒樽の大半をボクが飲んでやったさ。そしたらシドを含めた周りの男共はグラスを持ったまま倒れていった。その風景は簡単に言うと死屍累々ってやつで。顔を青くしたアルフィノと飲めないと断った人間たちで後片付けをする羽目になる。パーティなんて経験がなかったが片付けが終わるまでがパーティだってくらい知っているさ。見ていたミューヌの「ここで君に競争を持ちかけようとした人間がいたら今後絶対止めてあげるから」なんて優しい言葉に「それがいい」と返しながら旅館の部屋へ担ぎ込んで転がしていった。思えば皆にボクは酔わないって言ってなかったなあ。ふふっ。
前/中/後
#シド光♀ #季節イベント
漆黒5.0終了後想いを伝えあってから間もない頃のシド光♀です。
アンナはネロ相手の時だけ話し方が変わる。さん付けしながらも子供っぽく喋り、対等な位置に立っている。俺はというと周辺と変わらない最低限のことだけ喋り笑顔を浮かべるだけなのに。アンナの隣に立っていてもいいのだろうか。本当はネロの方が好きなのではないか? 正直な話をネロにぶつけると鼻で笑われてしまう。
「オレが? アンナを? ない、絶対にありえねェ。メスバブーンと恋仲とか絶対無理に決まってンだろ」
「そこまでゴリラではないぞ失礼なことを言うな」
ネロ行きつけのバーにて俺は最近浮かんだ自分の悩みを打ち明ける。アンナのことが分からない、と。するとゲラゲラと笑いだす。
「オマエが分かンねェならこの世で生きてるヤツら誰一人理解できてねェ。少なくともあいつに近いのはオマエだろ。ていうかその話本人にしろよ何でオレにすンだよ」
「まあそれはそうなんだがどうやってそんな話し方するような関係になったか知りたくてな」
「何もしちゃいねェぞ。どちらかというと舐められてる感じだぜ? アーでも一度殴り合いで舐めプされて負けた身だしオマエもそうすりゃいンじゃね」
確かにそうか。いやアンナと喧嘩なんてありえない。口でも力でも負ける未来が見える。
「大体あの喋り方は兄のマネしてるだけじゃねェか? どこにうらやましい要素があンだよ」
知ったことかとこの日はため息を吐きながらネロに嫉妬の感情をぶつけ終わった。
◇
「てのがな」
「へぇシドって真っ当な嫉妬もするんだ。意外」
ネロは恨み言をアンナにぶつけている。なんとかしろ、と睨むがそんなこと言われてもと返される。
「そもそもネロサンと話してる時の口調が本来の自分とは限らないでしょ」
「はーそう来たか。じゃあガーロンド相手が本来のか?」
「……絶対違うねぇ。ていうか本来の口調というものが分からず」
グリダニアに着くまでどういう生活してたか知ってるでしょ? と言うとネロは「アー」と肩をすくめた。
「人との話し方なんて相手によって変えるに決まってるじゃん。ネロサンだって上官相手とそれ以外で態度違ったよね?」
「上下関係持って来ンのは反則じゃねェか?」
「素というものを出すのって諸刃の剣。仮面を使い分けて世渡りするのが人間ってやつだろう?」
まあバカ正直なシドと違ってボクは仮面しか持ってないって感覚だけどねと苦笑しているのを見てネロはため息を吐く。煙草をくわえるとアンナは指を向け、「バァン」と火を灯す。兄妹揃って着火剤いらずだなァと思いながらふと目をやるとシドがいつの間にか立っていた。毎回タイミングが悪すぎると眉間に指を当てる。
「それ、日頃からオマエの背後にいるやつにな?」
「え、何言って……あ、シド」
あまりよろしくない機嫌のシドにアンナは困ったような笑顔を見せた。一息ついてネロに手を振った後先手を取るようにシドの腕を引っ張り部屋を出た。
◇
仮眠室に使用中の札を付け、扉を閉め鍵をかける。そして固いベッドにシドを倒し上に乗る。
「あ、アンナ? まだ昼だぞ」
「言いたいこと、ある?」
眉間、頬、首元、胸に口付けた。これはシド相手には本音を引き出す手段として効率的だと判断している。他の相手にするはずがない。
「私がこれをネロサンにすると思う?」
「し、しないしさせん」
「ベッドの上で他人行儀だったことある?」
「……ない」
「普段から人前でイチャつけって言いたい?」
「わ、悪かった。そういうことじゃなくてな」
じゃあどういうこと? と耳元で囁いてやる。髪の毛を優しく撫で言葉を待つ。
「もっと親しくなりたい。本当のアンナを知りたいんだ。お前の隣に立つにふさわしい男かも分からない」
「ばーか」
「真剣に悩んでるんだぞ?」
「……真剣に莫迦」
鈍感かと頬をつねる。最大限の扱いをしているつもりなんだがと口には出さず胸の内を話してやる。
「誰がネロサンの前では素って言った? あの話し方する相手は他にもいる。あと最低限にしか喋らないのは旅人を印象に残さない名残。それに」
「それに?」
「……あなたが見て来た自分がそんな自分。イメージ崩したくないし幻滅されたくない。あと急に態度変えたら普通は驚き」
シドは目を丸くしている。そしてくくくと笑った。笑うなと言ってやると突然世界が反転する。上に乗り、垂らしている髪に口付けている。そして「すまなかった」と顎を固定しかぶりつくようにキスをした。
「優しくする所では?」
「バカと言われたからな」
「そっちかあ」
「よくイタズラしてゲラゲラ笑っておいて今更幻滅とか言うんじゃない」
襟元を緩められ、噛みつかれる。アンナは目を見開き「痛っ」と声を漏らした。首元がゾワリと粟立ち、本能的にこれはヤバいと察知しながら思い切り手刀を落とす。
「仕事中!」
「アンナが悪いだろ明らかに―――ぐっ!?」
「話を聞く!」
痛みに悶絶するシドから"ヤバイ予感がする"雰囲気が消え安堵した。趣向を変えようとニィと笑顔で声のトーンを落とし言ってやる。
「はいはいボクが悪かったですよーだ。まったくキミはいつサカろうとするか分かんないねぇ」
「う……いやそれはお前が」
「今日はレヴナンツトールに1日滞在するから働いてきなよ」
パッとしない感じになってしまったと思いながら相手の反応を伺うと笑顔になっている。分かりやすい顔だなあと目を細めながら「ほらジェシーに怒られるよ」と送り出してやる。
シドが立ち去った後、天井を見上げながらため息を吐いた。一拍置いた後、「はー人間って分かんね」と浮かぶ笑顔を抑えることができなくなっていた。あの男はとても面白い。人と関わるために立てる予想が彼相手だと結構な割合で最終的に外れてしまう。まだまだ兄と違って未熟だなと緩む口元を引き締めた。
Wavebox
#シド光♀