FF14の二次創作置き場

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オメガ中に起こったお話。時系列がバラバラなものなので順番にリスト化します。アンナ…

紅蓮,ネタバレ有り

紅蓮,ネタバレ有り

連作:紅蓮レイド編【完結済み】
オメガ中に起こったお話。時系列がバラバラなものなので順番にリスト化します。

アンナ編
本筋
 旅人は奮い立たせたい // 旅人は、目覚めさせる // 旅人と約束

幕間(R18含む)
好奇心は旅人を起こす  :: デルタ編終了~シグマ編4までに起こった会話。アンナの過去が少しだけ分かりネロと仲良く(?)なる話。
【R18】旅人は初めての夜を過ごす【pass:共通鍵】 :: 旅人は奮い立たせたいで起こったR18部分。シドが屁理屈と勢いで押し切り想いを伝える話。
【R18】旅人は初めての夜を過ごす(SideA) :: 上記のアンナ視点。どんどん自爆してドツボにハマり堕とされるアンナさんの話。
旅人は人を見舞う :: 旅人は奮い立たせたい数日後。ネロへお見舞いとアンナと帝国関係のお話チラ見せ。

後日談
【R18】旅人は密会する【pass:共通鍵】 :: オメガ事変終了約2週間後。R18と書いているが多分してることはR15程度の話。
【NSFW】旅人は首元を押さえる :: 上記の数日後。特定の感情を感じ取ると首元がザワつくアンナがどうして自分が好きになったのか聞く話。
【R18】旅人は首元を押さえる(full)【pass:共通鍵】 :: 上記のフルバージョン。
【R18】旅人は首元を押さえる(SideC)【pass:共通鍵】 :: シド視点。

エルファー編
旅人の兄が歩んだ短編集 // オメガ開始直前までのエルファーとネロ話短編4本。
旅人の兄が歩んだ短編集2 // エルファーから見たオメガ事変短編6本。

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注意シドと自機の関係を見守るガーロンド社員たちの即興SSです。シド少年時代捏造。…

紅蓮

#即興SS

紅蓮

『好きな人』3
注意
シドと自機の関係を見守るガーロンド社員たちの即興SSです。シド少年時代捏造。
時系列は次元の狭間オメガ終了後。
 
『アンナさんはとても強いし料理も上手です』『アンナさんに先日護衛してもらい何事もなく帰れました』『不愛想かと思っていましたが優しい方です』『社長と付き合ってますよね?』『アンナさんに告白したけど笑顔で断られました』『アンナさんにエスコートしてもらい買い物に連れて行ってもらいました選んでもらった香水で彼氏が出来ました』『王子様みたいです』

「これが社員から匿名で貰ったアンケートの一部よ」
「アンナやっぱモテるッスねー」
「告白した奴複数人いるのか親方でも玉砕状態なのによくやるなあ」

 ネロがレフと一緒にシド名義の領収書を盛大に置いて『長期療養』に入った事件から数日後。レヴナンツトールのとある酒場にて久々に『自分たちの上司であるシドと旅人アンナの関係を見守る会』が行われた。今回は当人にバレないようアンナに関するアンケート調査を行った。大体このような突発的なものは無視されて終わるかいい加減な回答が多い。だが今回は渡したほぼ全員から回答有りで提出された。大体の人間はアンナに対して嫌悪感を抱くどころか好意的なものが多い。英雄である彼女の人たらしっぷりが発揮されている。

「ちなみに会長はアンナが女性社員を口説いてることは知りません」
「あんな白昼堂々やってるのにですか!?」
「恋は盲目ってやつッスかぁ!?」
「だから困ってるのよね。その場で口説いたら満足してあとは躱すから」
「ひえー男だったらとっくに死んでるやつじゃないですか」

 アンナは女性社員を見かけたら絶対に歯が浮きそうなセリフで口説く。意外と大胆な人だというのは社員たちから言われるまでジェシーは知らなかった。当たり前である。レヴナンツトールで初対面時にシドに関しての説教を長々と行ったからだ。しかし、アンナが初めてガーロンド社へ案内された時のこと。嫌うことなく真っ先に自分の元にまずは護衛が必要な時は呼んで欲しいと手を差し出された。間違いなく優しい人である。しかし、優しくされる理由が一切見当たらない。

「それで今回のメインなんだけど。……少し前になるけどアンナが私たちに肩入れする理由を何とか聞くことに成功したの」

 だから一度単刀直入に聞いてみたことがあった。



「私が皆に優しい理由?」
「はい、何故いつも我が社を助けてくれるんですか?」
「そんな改まらなくていい。あなたたちに頼られてるから、と言えば簡単。でもそうだねえ―――ジェシーならいっか。少し昔に"旅人仲間"から聞いた可愛らしい話」

 ある日の昼下がり、ラールガーズリーチにて。シドが機材の定期メンテナンスのため出払っていた時にアンナが現れる。ついでに軽く世間話ついでに聞いてみたのだ。すると「シドには内緒にしてね」と人差し指を口に当てながらこう言って帰った。

「昔ね、ある旅人が凍え死にそうになった寒空の下で命を助けてくれた真っ白な子供と約束をした。ヒゲが似合う男になるまでに再会、捕まえたら彼の手に広がった夢を、支えてくれる人を全部守ってあげる、と。その人は何も持たない旅人なのに大胆で莫迦な約束をしちゃった。それと重ねちゃって、ね?」



「え、それって……親方!?」
「そこまでは話してくれなかったの。もしそうだったら……やばいわよ。確実に会長の脳みそがショートどころか爆発するわ」
「でも親方そんな話した事ないですよ。覚えていたら少なくとも今みたいな距離感には絶対ならないような」
「覚えてないんじゃない?」

 ジェシーの一言にビッグスは考え込み「あぁ……」と天を仰いだ。アンナの行動を振り返ると確かにシドに気にかけ、どちらかというと子供扱いするようにからかっていた。そうしながらもシドが興した会社ごと護ろうともしている。それを「あなたたちに頼られてる内はエオルゼアに残る」と誤魔化して。なんという回りくどいヒントの出し方。
 対して仕事以外は不器用な男は一切疑問に思っていないようだ。シドとしてはアンナに離れて欲しくないのだろう。何かあると水くさいじゃないかと付いて行き、社員の護衛等の手伝いもありがたいと言う。その傍ら暗に何かあれば彼女に頼れと社員を無意識にジトっとした目で睨んだ。『覚えるのが苦手』と言いながらも知識の吸収が早い彼女にアラグの文献を渡しているのも社員の一部は知っている。このすれ違いはきっとアンナも分かってやっている。今のままではあの男はネロのように頃合いを見て逃げられてから気が付き、ブチ切れる未来が見えた。

「勿体ない……ああなんて勿体ないシチューション……」
「その口ぶりはまだ捕まってない、って判定ッスよね? これ今俺たちが頼ってるから残ってるだけで絶対アンナさん頃合い見て逃げるッスよぉぉ」
「やっぱり親方に伝えるべきでは?」
「私たちが教えるのは何か違うでしょ」

 ヤることはもうヤッてるしあの2人という言葉を飲み込みながら子供じゃないんだから気付くまで放っておきましょと苦笑しグラスを傾けた。


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#即興SS

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注意次元の狭間オメガ後日談。旅人は密会するから数日後。紅蓮メインでいうと4.3後…

紅蓮,ネタバレ有り

#シド光♀

紅蓮,ネタバレ有り

【NSFW】旅人は首元を押さえる
注意
次元の狭間オメガ後日談。旅人は密会するから数日後。紅蓮メインでいうと4.3後。性描写を振り返るシーンがあるので閲覧注意。
 
 ボクには特技というまででもないがある本能的なセンサーのようなものが付いている。
 それは命の恩人も持っていた奇妙な特殊能力。数々の自分への感情に反応するように首の後ろがゾワリとして判断出来るのだ。その中でも悪意を持って利用しようと近付く人間相手は特に鳥肌が立つくらい即反応してしまう。かつてフウガにどうしていたかと聞くとこう答えた。

「怖いならば斬り捨てればいい」
「ボクにはどう感じるの? ゾワゾワする?」
「おぬしは……純粋すぎる」

 なんて言いながら首の後ろを撫で、苦笑していた。当時のボクには意味が理解出来なかった。しかし現在は"それ"の正体を知っている。そう、真っ直ぐで淡く、ふわふわとするような温かい恋愛感情だ。思わず少し触れてしまうくすぐったい感覚。初めて体感したのはあの星芒祭、アプカルの滝の前でのこと。シドがボクに向けた小さな感情をほんの一瞬だけ確認出来た。
 そんなこともあったので以降何かあるごとにからかう材料になる。だって本人も自覚していなかったのだから。分かってしまう前に、旅に出てしまえばいい。どうせかつて交わした"約束"の細かい部分なんて覚えていないのだからいつでも逃げる準備は出来ていると思っていた。逢瀬を重ねるごとにちり、と感じる頻度が上がっていく。理解していながらも、まるでチキンレースのような面白さに夢中になってしまっていた。

 さて、ボクはあと1つ、異様な感情というものを察知することが出来る。所謂下心だ。少しでも勘違いされたら抱いてきやがる性愛も混じった"それ"が大嫌いだった。首どころか背中までゾワゾワと粟立ち、気持ち悪さが勝る。"それ"はフウガと別れてから感じ取り始めたモノだった。だから余計に吐き気がする"自分の性別"と"大人特有"のものだということは理解している。一時期本当に嫌で、再び生まれ持った性質を呪っていた時期もあった。現在はどうも思ってないのだが。大体はゾワリとした瞬間に悟られないよう笑顔を見せ、離脱する。それでも縋ってきたら冷たい言葉で断るのがこれまでの旅路だった。
 人助けをやめればいいだけだ。が、そんな理由でやめてしまったらフウガは怒るだろう。あの人は善人は勿論、悪人だって関係なく助けては名乗らずに去る。圧倒的な力は、弱き者のために使う―――それがボクの憧れだった。だからその通りに動いてるだけ。
 シドが持ってしまったと初めて感じたのは墓参りから数日後、首元を噛まれた夜。今まで一度もなかった恐怖に襲われる。肌に歯を立てられる瞬間まで微塵もなかったので本当に驚いた。まあ、冗談でも許可をしたのはボクなので誰がどう見ても自業自得だったのだが。直後、泉から湧き出すようにくすぐったさとは別に粟立った感覚が一気に畳みかけて来る。この時は忘れたとかとぼけて煙に巻き、逃げることしか出来なかった自分が情けない。『通話程度だったら特に反応しないから置いておこう。だが次はどんな顔して会えばいい? ……普段通りでいいか』と思いながらアラミゴ解放後、ラールガーズリーチで久々に直接顔を合わせる。意外なことに何も感じることなく普通にいつもの関係が続いたことに何重にも驚いた。まあそれを"また"崩したのはボクだったのだが。もう奇妙なことは起こらないだろうと高を括り"効率的なストレス解消手段"を提案、からかっただけでとんでもない目に遭った。これは誰も予想は出来なかっただろう。勿論ボク含めても、だ。数々の感情の移り変わりが首元を通じてダイレクトに伝わり、更に全身は痛みとは別の感覚が脳を焼く。その後、"貰っていた手紙"と共にどう処理すればいいのか分からなかった。結果、温泉旅行と称してまたしばらく逃げることしか出来なかった自分にも嫌気がさす。そろそろかと戻ってからは何事もなく検証が終わった。相変わらずこの人はボクをどうしたいんだと思う。個人的には本当に最後までヤッてしまえば後腐れなく気まずくもなかったというのが事実だったので悔しい。



『先日はお土産ありがとね。折角ならこっちにも顔出したらよかったのに』

 暁からの次の"お願い"待ちで付けっぱなしにしていたリンクパールが鳴る。「もしもし」と出てみるとジェシーの声。とりあえず「夜も遅かったし。また改めて挨拶行く」と答えるとうふふと笑う声が聞こえた。

『会長もあなたが来た後頑張ってたわ。一晩で書類を終わらせたのよ! アンナには本当に感謝してるわ』
「は、はは……」

 嘘でしょと乾いた笑いが漏れる。そこまであの一言に期待を抱いたのかと唖然となった。

"そのお仕事終わったら、ご飯行こうか"

 数日前、暇つぶしにぼんやり作業しているとリンクパールが鳴った。出てみると疲れ切ったシド。何食わぬ顔で通話中に「会いたい」と苦笑していた。なので適当な土産を持ってサプライズで現れた際、耳打ちした台詞だ。本当はこれまでのように手酷く扱い捨ててやることも考えたのだ。でも、"あの時の子供"にそんなことが出来るわけがない。更に"内なる存在"があと1年と明確なタイムリミットを決めやがったからだ。だから今すぐ旅に逃げるという選択肢も潰されている。シド関係では余計なことしかしないもう1人の自分に苛立った。ジェシーに適当な挨拶を返し、次はご褒美を待つ犬のような男に通信を繋ぐ。どうしてボクを好きになったのか、食事ついでに話し合うのも悪くはないだろう。

「やあシド、寝てたでしょごめん。ジェシーから聞いた。ご飯の件」
『今夜』
「いやムリせず週末とかでも」
『今夜、レヴナンツトールのエーテライト前で待ってる』

 プツリと切られた。「うっそでしょ……」と呆れる言葉が何とか喉から発せられる。とりあえず現在の状況を確認した。悔しいが和平交渉が一段落つき情報収集の最中、つまり戦闘要員である自分は暇。そしてボクは現在石の家に滞在中。適当な人に「何か動きあったらすぐに連絡、よろしく」と声をかけ"準備"のためテレポを詠唱した。



 夕方。『立ち寄りはしたけどいなかった』というアリバイ作りのために集合時間よりも30分程度早くレヴナンツトールに飛ぶ。誰相手に対してもとりあえず約束の時間より30分程度早く来るのはもう一種のルーチンだ。―――よし、元から滞在してたとはいえ集合場所に来ました。というわけで帰ろうと歩き出そうとした瞬間に腕を掴まれる。一瞬漂った匂いとその大きな手から誰かは予想が付いた。

「や、やあシド」

 振り向くとジトっとした目でシドがボクを見ていた。いつもは思ったより仕事に手こずったからとギリギリか遅く来るはず。冷静に立ち回りたいのに、急に想定外のことが起こり心臓がバクバクと鳴っていた。

「さ、先に石の家でクルルに現状報告後、待機予定で」
「そうだったか」

 適当なことを言い、ニコリといつもの笑顔を作ると同じく笑顔が返って来る。何だ寝起きで少々機嫌が悪かっただけか。特に首元がざわめくこともないのでホッとする。

「さあ行こうか」
「うん」

 ガシリと腰に手を回すように掴まれた。逃げると思われているらしい。恥ずかしいわけではなく、流石にこの辺りで人に見られるのは"よろしくない"。「シド、私逃げない。普通に、さ」と苦笑してやると寂しそうな目でただじっとボクを見つめる。やめて。そんな目で、見ないでよ。

「あーもー! そんな顔しない! 分かったから! とっととご飯!」

 そう言った瞬間不敵な笑みを浮かべそのまま引き摺られていく。騙された。「子供か」と盛大にため息を吐く。どうすればいいんだ。フウガ、助けてと空を見上げた。



「何で、私のことが"好き"?」
「―――は?」

 よく2人で行くレストランで単刀直入に聞いてやる。きょとんとした顔でシドは見る。

「だーかーらー、今後の参考に。私何か勘違いさせるような特別なことした?」
「俺は勘違いしてないぞ」
「それが理解不能。私はただ人助けをしているだけ。あなたは助けた人間のうちの1人」
「俺にだけイタズラかける件は?」
「遊べる」
「こら」

 軽く足を蹴られた。そうかイタズラも拍車をかけていたんだね。

「あなたになら少しは遊びを入れてもどうもならないかなって思って?」
「そういう所だ」
「あなたを護るのは私。分かってほしかった」

 あ、顔が真っ赤になった。真っ白い肌だからすぐに分かる。ニコリと笑ってやった。

「前も言った。私はそれなりにだけどシドに恩は感じてる。英雄への道を作ってくれたのは間違いなくあなた」

 そう、シドはその飛空艇や新たな装置でいつも助けてくれている。エオルゼアで迫害されず自由に人助けしながら暮らす生活が出来ているのはこの人のおかげだ。それなり、じゃない。本当は凄く感謝しているけど調子に乗るので程々ということにしておく。

「あなたがいないととっくに旅出ってる。差し伸ばされた手を握った。―――それをちゃんと自覚してほしかったのさ」
「それが一種の告白だと思わないアンナは凄いな……」

 眉間に指を当て、ため息を吐いた。何故そういう言葉が出て来るか分からない。

「だって私が人助けするのもフウガに憧れたからだ。特定の感情なんて存在しない」
「違う、お前がやっている行為は無償の愛を注ぐ献身的なものだ。誰だってその―――"勘違い"する。今までよく何も起こらなかったな」
「去るだけでいい。すぐに判別可能」
「アンナ……」
「フウガがやっていたことをしてるだけなのに何で? 私の性別が悪い?」

 一切理解不能。先程と一転して顔が青くなったシドは机を隔てて肩を掴んだ。

「本気でそれを言ってるのか?」
「? うん」
「―――もしお前の性別が男で同じことをして来ても、俺は間違いなく好きになる」

 へ? とボクは目を見開いてしまう。何を言ってるんだ、この人。

「リンドウはどうしてたんだ」
「人助けして、帰ってたよ」
「違う。アンナと一緒で特定の人間に感情を抱く前に逃げてたんだ。間違いなくモテたぞ」
「当たり前。フウガは無名の旅人だから」
「お前も人助けをする姿がカッコよかったあの人が好きだったんだろ? それと同じ感情を、俺は持っている」

 ふわりとくすぐったさが湧き上がったので反射的に首元を撫でてしまう。つい「やめて」と弱々しい声が漏れた。ボクの手を掴み握りしめる。柔らかな笑顔を見せ、突然とんでもないことを言い出した。

「綺麗な姿も、自分よりも先に人助けをする勇敢さも、優しい笑顔も。ああ少しでも想定外なことが起こったらすぐに狼狽える表情もいいよな」
「へ?」

 誰の、話? もしかしてボクのことを言っているのだろうか。思考停止したこちらを無視し、言葉が続く。

「刀を撫でながら笑う姿も、圧倒的な強さも。アンナが関わると絶対新しい技術が転がり込んでくるそんな運も助かってる。イタズラにこもった地味に高い技術力もほしいくらいさ。あとは」
「分かった! 分かったよ!!」

 流石に恥ずかしくなったので止めてしまう。あとこれ以降は多分表で言わせてはいけない感情が絡んだモノになると本能的に察知した。

「幾らでもお前の好きな所は言えるぞ?」
「満足! ストップ! そこまで拗らさせた私が悪かった!!」
「本気だって分かっただろ?」

 嗚呼その真っ直ぐな目をやめてほしい。何も言えなくなってしまう。顔が熱い。どうしようもない感情を、ボクはシドの耳で囁くと目を見開き見つめて来た。




 シドはボクの隣に座る。頭を優しく撫でながら笑っていた。

「首元押さえるのは、照れてるだけでよかった。本当に体調が悪かったらどうすればいいかと」
「別に照れてるわけじゃない」

 嗚呼ムズムズして頭が変になりそうだ。なんてこの人は純粋なんだ。眩しい光が赤く染まるボクを焼く。嫌悪感はない。ついポロリと溢す。

「フウガみたいに昔から、自分に向けられる感情に首の後ろがゾワッてして分かる。それだけ」

 目を丸くしてボクを見ている。そしてボクも遂に人に言ってしまったと血の気が引いた。「じ、冗談」と離れようと動くが強く抱きしめられる。不器用に首の後ろを撫で、離さない。

「なあいつから俺はお前が好きだったんだ」
「うーざーいー、触るな! いつからとか言うわけないでしょうが自分で考える!」

 濁りが一切ない真っ直ぐな感情と直接触られる感覚がくすぐったい。そんな感情を、ボクに向けないでよ。

「キミがボクのことが本当に好きなのは分かったから」

 あと僅か1年、"宿題"とやらが解けるのは分かりきっている。この冷たい肌がほしいのなら、精々頑張ったらいいさ。

「ボクに好きと言わせたい気持ちは痛いほど分かったけど絶対にそうはならないよ」
「ふん、いつか言わせてやるさ。逃げるんじゃないぞ」
「―――まだ気は変わってないから。キミは純粋すぎるんだよ」
「ハハハ」

 そっぽを向くと後ろから優しく抱きしめられた。ブランケットを被り、「おやすみ」と呟き目を閉じた。


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#シド光♀

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注意次元の狭間オメガアルファ編4のお話。暁月終了後から逆算した独自設定。&nbs…

紅蓮,ネタバレ有り

#シド光♀

紅蓮,ネタバレ有り

旅人は、目覚めさせる
注意
次元の狭間オメガアルファ編4のお話。暁月終了後から逆算した独自設定。
 
―――昔からボクの中にはもう1人"ナニカ"が棲んでいた。

『奴らがいないのだから大丈夫だろう。こっちの"圧倒的な力"ってやつを見せてやろうじゃないか。―――』

『憎いか? 自分の無力さが。ケケッ、違う。数人お前の手から零してしまった原因は、"信仰"だ。サァ、存分にその力で千年に及んだ恨みの連鎖を止めてやろう。ほら、願えよ、―――ス』

『オトモダチが出来てよかったじゃないか。違うって? ヒヒッ分かってるって。オニイサマが許してくれないよなァ。……サァ、"アイツ"はこんな龍くらい一瞬で斬り捨てたんだぞ? 貪欲に願え、お前の目的を思い出せ、それを力にしろ―――エルダス』

 内なる声が響き、最初は真っ黒に塗りつぶされていった記憶も徐々に鮮明になっていった。エオルゼアを訪れて以降刀身が赤黒く輝く頻度が増えている。アルテマウェポンを、トールダンを、ゼノス―――いや神龍を一閃したこの圧倒的な力は確かに命の恩人から授かったあの"気迫"に酷似したものだった。でも違う、フウガが教えてくれたのは白く、奇麗な流星みたいな力強い希望だったはず。こんな死の手前に絶望させるようなものじゃなかった。
 その声は、何も応えてくれない。



 透明化とミニマムによって視認できなくなった身体で奇妙なチョコボアルファの上に乗り、アンナは考え込んでいた。ふと横に目をやると同じく息を殺したシドが正面を見つめている。視線に気が付いたようだ、笑顔を向けられるとアンナは目を逸らしシドの手を握った。
 考える。オメガが求める解を、小さく弱い人類とやらの代表としてどう示してやろうかと。不完全だが、命の恩人から教えてもらった力があれば容易なはずだ。しかしこれまで溢れてしまった光は孤独な機械に見せつける例としては間違っているだろう。最適解に近付けるために思考を張り巡らせた。
 ふとその手を握り返される。別に求めていたわけじゃないのに、莫迦な男だ。振りほどいてよと思いながらもその温かな手を感じ取る。今のボクは1人じゃない、そう思いながら笑顔を浮かべた。
 その時、アンナの記憶の中で1つの出来事が引っかかる。それは初めてフウガが自分に圧倒的な力を見せた瞬間だった。

『フレイヤ!!』

 お互い向き合って決めたはずの苗字で呼ぶことという規律も忘れ必死な顔で刀を抜き、感情を露わにしていた。それまでアンナの目に映ったフウガは厳しいけれど優しい不器用な旅人だった。だが、その時に見せたお人好しさと圧倒的な強さに憧れたことを思い出す。何度もお願いして根負けさせ、教えてもらったこの剣技をフウガは"気迫"と呼び、後に出会った男は"シハーブ"と呼んで2人は喧嘩していた。
 最初こそは死にかけた。体内の自分を形成するものに必要な力を使い切りかけてしまったと後に伝えられる。もう二度と強くなれないのかと薄れゆく意識の中で考えていた記憶があった。しかし、奇跡的にアンナは目を覚まし、"あの時"とは真逆でずっとフウガは謝り続けていたのを今でも鮮明に覚えている。
 それ以降からだ、フウガの修行が手に取るように理解出来るようになったのは。そして圧倒的な力を身に付けることになった。重い物を持ち上げようと思ったら軽く持ち上がり、速く走ろうと思ったら自然に足が動く。それでもあの"気迫"と呼んだ斬撃だけは完全に再現出来なかった。だが今、フウガに「それは旅を続ける中でゆっくり見つけろ」と言われていたことを思い出した。

『大切な護りたいものが見つかった時、それは応えてくれる』

 森を懐かしんだアンナに船券を渡した際に語ったフウガの言葉だ。この時は理解が出来ず、そしてこれまで忘れていた。
 改めて隣の男を見やる。あの寒空の夜に交わした約束を心の中で繰り返しながら、"出番"まで目を閉じた。

―――あの言葉が聞こえた気がした。



 アルファの上に乗り、オメガを追いかける。孤独で必死に走りクエと鳴く姿を見守りながらふと気が付く。そういえばアンナと2人きりで最終決戦に向かうのは初めてだな、と。この"賭け"が成功するかも分からない失われつつある空間で緊張しないわけがない。
 ふとアンナの方を見ると目が合った。笑顔を向けてやると直ぐ様目を逸らされ冷ややかな質量がシドの手を包み込む。ここで新手のイタズラかからかいかと表情を伺うと手を握ったアンナは少しだけ不安そうな顔をしていた。『そうか、普段何度も1人戦いへ走っていくお前だってそういう感情があるんだな』と思うと少しだけ緊張が解けた気がした。そうだ、こっちは"オメガの誤算"が未だに失われていない。手を握り返すと少しだけ慌てたような目でこちらを伺っていたが直ぐ様いつもの不敵な笑顔を浮かべた。きっと振りほどいてほしかったのだろう。そんなことしてやるものか、待つ姿勢を見せるアンナにボソリと言葉を送る。

「絶対に生きて帰ってあいつを驚かせてやろうな」

 目を閉じていたアンナの眉がピクリと動き、「ええ」と呟いた。シドはこれで人に対して特定の感情を抱く気がないのは嘘だろ、と苦笑する。冷たい体温に僅かな熱を渡しながら、最終決戦へ送り出すため転びながらもまた走り続ける勇気ある小さな存在に心の中でエールを送った。

―――アンナ、前に2つの間違いがあるって言ったよな? 違う。オメガはもっと致命的な勘違いをしてたんだ。それは、もう1匹の立派な仲間が頑張れたことさ。



「本当に……よくがんばったな!」
「アルファ、えらい」

 絶句するオメガの前にシドとアンナは立つ。

「さあ、オメガ……検証再開だッ!」
「最終決戦を始めるよ、オメガ」

 不敵な笑みで同時に言葉を発した。銀球のオメガは人の形を模し、検証へと乗り出す。
 アンナは思い切りぶっ飛ばしてこいと見送るシドとアルファにニィと笑顔を向ける。

「それじゃ―――あなたたちがこれから見たものは誰にも言わないでね? そして、どんなに怖くても、私を見届けてほしい」

 踵を返し、オメガへ刀を向けた。

「弱き人類の想いというものを見せてあげる」
「真の強さとは何か、全て見せなさい!」
「勿論、叩き斬ってやるさ」

 ニィと笑い、共に検証に立ち向かうのための"仲間"を呼び出した。



 オメガの多彩な攻撃、変化しながらの検証にアンナは軽く受け流す。シドはそれを息を飲み見守っていた。見た所笑顔を剥き出しにし斬りかかる姿はいつものアンナである。隠すようなものじゃないと考えながらこちらに被害を出さないよう戦う姿を観察した。
 ふとアンナは立ち止まり、刀を構えたまま目を閉じる。一瞬2対のオメガはその姿に怯んだが、リミットブレイクを解放し、巨大なレーザーを放つ。対してアンナはニィと笑い、片方のオメガに斬りかかった。
 その刀身は赤黒く輝いていた。これまで見せて来た侍としての技ではない。だがこの空気の震えは記憶がある。そう、あれは確かアジス・ラーに来た際、イゼルという氷の巫女が身を挺して帝国艦を退けた直後、火傷しそうな熱と共に感じた。あんなにも優しく笑顔を絶やさないが決して人に身を任せることがなかったアンナが初めて見せた怒りと涙だった。

「まずこれはビッグス、ウェッジ、ネロサンの分!」

 その刀身は一瞬で女性体を切り裂いた。残った男性体のオメガは狼狽えながらもまた光線を向ける。だがアンナは何かを否定するように叫んだ。

「でも違う。私が見せたかったのは"これ"ではないんだ! 力を貸して、■■■!!」

 次の瞬間、空気の震えは止まり全ての音が消え去った。一瞬だけこちらを見やったアンナの表情にシドは息を飲む。



―――違う。これじゃダメ。

 アンナは大きく息を吸い、吐いた。ちらりとシドとアルファを伺うと驚いた顔を向けている。これ位で驚いたら困るさとニィと笑った。

―――見てるんでしょう? あの人たちを護る力の使い方を、ボクに教えて。

『ああ。そうだな、そろそろ教えてあげようじゃないか。人を護る、想いの力ってやつを。―――"いつも通り"に1回で覚えろよ? フレイヤ・エルダス』

 あの声が聞こえた。その瞬間意識が真っ黒に包まれかけるが目を見開き、刀を掲げる。

『お前が大事にしたいニンゲンのことを強く想え。それが力になるって"アイツ"も言ってたろ?』

―――嗚呼この光は知っている。フウガ、君の領域にボクは、行くよ。
 そして、ねえシド。これらを見てもまだボクを好きでいる気なの? 私を捨てて幸せになって(嫌いにならないで)




「オメガ、むかーしむかし文献で読んだことがある。遠くの星から龍を追い飛来してきた孤独な宇宙生命体。すっごく面白かったんだぜ?」

 小さな声だが確実に聞こえたオメガは一瞬その言葉で攻撃の手を止める。赤色の光を放つ刀身を構え、正面の女は目を細めた。

「あーあ、浪漫を感じていたのに実際見てみりゃおうちに帰るためこんな独りよがりのお人形遊びとは情けない。そんじゃ―――"オマエ"に存在しない人類の強みを見せてやるよ。その視覚センサーかっぽじって"ボク"……じゃなかった"私"を見な。目を逸らすなよ? まずさっきのが、怒りという感情だ」

 口が三日月のように歪んだ笑顔を見せた女の持つ刀が次の瞬間その赤黒い光が消え去り青白く輝いていく。オメガは目を見開き、光を乱射させる。

「そしてこれが、必殺"シハーブ"。この子の強い"大切な人を想う心"の具現化だ。この"最高傑作"を受け取りなァ!!」

 その光線ごと切り裂きながら一瞬で間合いに入り斬撃を放った。描いた軌跡はまるで流星のように相手に向けて長い尾を引き迫り光り輝いく。
 オメガの目には確かに正面に存在していたはずの長身のヴィエラが霞み、別の姿が映っていた。びしゃりと水たまり状になる姿をただ歪み切った笑顔で見下していた。音の消えた空間でケラケラと笑い、刀を鞘に納める。やがて軽くため息を吐き目を閉じ、シドとアルファの方へと振り向いた。

「―――ただいま」

 ゆっくりと歩み寄りながら、"それ"は女の笑顔に変わっていく。"バケモノ"の存在をアルファに伝えようと形取り彼女に手を伸ばそうとするが倒れ込んでしまう。隣の男の制止を振り切りアルファが駆け寄ってきた。アルファ、彼女を信じてはいけない。そこの男も聞いてほしい、あの言葉が聞こえなかったのか? このログを見て、本当にあなた方はこの"バケモノ"を仲間と認めるのかその疑問を聞いてほしかった。
 理解不能。仮に"心"を持つことが出来ても"これ"に勝てたのかも今や知る由もない。負けを認め、すり寄るアルファに対し目を閉じて言葉を発した。



 フレースヴェルグの背に乗り、シドはアンナを眺めている。空気を震わせた赤黒い光から静かに青白い光へと変貌した刃―――あれが"気迫"なのだろうか。聞こうと思ったが秘密にしろという約束を交わしていたことを思い出し、開きかけた口を噤んだ。
 アルファが心配そうな顔でアンナの衣服の裾を引っ張る。「どうしたの?」と言いながら頭をガシガシと撫でるとクェクェと鳴きながら喜んでいた。

「心配してくれてありがとう。"私"は、大丈夫」

 アルファを撫でながらアンナはシドに笑いかけた。

「アルファ、さっきは怖かったでしょ? ごめん」

 きょとんとした顔を見せている。その顔を見てアンナは苦笑した。

「え? 怖くなかった?」

 クエッと一鳴きし、輝かしい笑顔を向けている姿にシドは笑いを我慢することが出来なかった。アンナはシドをジトっとした目で睨んでいる。

「すまんすまん」
「……なるほどこれが恋は盲目」
「何か言ったか?」
「別に」

 ため息を吐き苦笑を見せていた。よく分からないが釣られて笑ってしまう。すると飛翔する龍はアンナに語りかける。

『人の子よ、一瞬空間自体が震え、ざわめいた。あれはお主のものなのか?』
「フレースヴェルグ……"私"は何もしてないよ。ただ、感情に身を任せただけ」
『その行為、人ならざる者に堕ちないよう気を付けることだ』
「忠告ありがとう。でももう遅い―――数十年ほどね」
『―――そのようだな』

 アンナは自分の右手を見つめ、目を閉じた。過去に何があったのか、聞こうと思ったがそれを探すのが"宿題"なのだろう。
 消えゆく空間に浮かぶ星々を見つめ、アンナを見やった。先程起こったことに関しては恐怖の感情がないというと嘘になる。ただそれ以上に気分が高揚していた。新たな未知の技術を宿した女性に対しての技術者としての本能が震えている。誰かと違い文字通り全てを解析し明かしてしまいたいわけではない。ただ焦がしつけられた心が確実にその先を見たがっていた。

 飛び立つ龍を見送りながらシドはアンナの隣に立つ。一瞬だけ冷ややかな質量と音がシドの耳元を掠った。アンナは何も言わず事変の終わりを喜ぶビッグスとウェッジに満面な笑顔を浮かべ親指を立てている。聞こえた音は間違いない、「"私"の傍にいてくれて、ありがとう」という声だった。顔がみるみると熱くなる。美しい青空の下、アンナの背中を叩きながら「さあラールガーズリーチに戻るぞ、英雄の凱旋だ」とそのこみ上がる嬉しさを誤魔化しながら笑い合った―――。


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#シド光♀

紅蓮,ネタバレ有り

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注意 紅蓮4.5ストーリー途中に起こったお話です。  「うぬは、まさか…

紅蓮,ネタバレ有り

#ガイウス

紅蓮,ネタバレ有り

赤兎と、狩人
注意
 紅蓮4.5ストーリー途中に起こったお話です。
 
「うぬは、まさか―――」

 プロト・アルテマに乗り込んだガイウスは赤に染まった"冒険者"を見て絶句した。獣のような唸り声を上げながら丈夫な外殻を剥がそうと刀を振り回し、確実にアルテマウェポンを破壊しようと試みる。正気を失っているようで何がトリガーか予想が付かない。我を失った冒険者を振り払い、応戦する内に「シドが死んでたら、お前のせいだ」と朧げな呟きが聞こえる。どうやら彼女の中でシドは先程の大魔法に巻き込まれたと思っているようだ。しかしそれだけにしては異常な強さを見せる冒険者の説明にはならない。
 ふとそういえば過去に部下であったネロにあまりこのヴィエラを刺激しない方がいいとデータと共に進言されたなと思い返す。詳細を聞けばよかったかもしれないと後悔しながらも感情に身を任せた獣との戦いに彼も全力を持って応戦した。

『かつて陛下の前にまで辿り着いた侵入者の話であり、現在もあの方が執着している赤髪のヴィエラだ。どうやら1部隊使って誘導して帝国領内を走らせているらしい』

 魔導城プラエトリウムが崩れ行く中、ガイウスはとある日に聞いた【過去】とかつて読んだ報告書が浮かび上がる。現在は上級士官以上にしか立ち入りを許可されない書架に封印されている記録。

―――まだ死ぬわけにはいかない。



 ザ・バーンにて、突如倒れてしまったアルフィノを抱えアンナの前に現れることになる。
 黒髪のヴィエラは相変わらず人のために戦い続ける立派な強き者だなとガイウスはかつて刃を交わしたヒトを見つめた。

 情報提供のいう名の確信に至るための最後のピースとして黒薔薇プラントにあった初代ソル帝の人造生命体の話をすると明らかに反応が変わった。一瞬目を見開き、険しい顔を見せる。これは、確定だろうと判断し、ガイウスは別れの挨拶とともに言い放った。

「また会おう、真に強き光の戦士、いや赤兎よ」
「赤、ウサギとな?」
「―――!! 待て! あ、あなた!!!!」

 アンナはガイウスを掴み、ヒエンとアリゼーに「少し『お話』してくるから待ってて」と言い引きずって行った。



「ガイウス、あなた」
「魔導城にてうぬが見せた技と先程の反応で確信した。まさかソル帝が目を付けていたヴィエラがうぬだとは全くもって予想がつかなかったぞ」
「うえぇ……まだ知ってるヤツがいた……あの時確実にトドメさせばよかった……」

 小型飛空艇の前でアンナは頭を抱え座り込む。さりげなく物騒なことも言っているが触れずに目を逸らした。

「よりにもよってアリゼーの前で言わなくていいじゃない……」
「なんだうぬは未だ誰にもその過去を申しておらぬのか?」
「帝国といざこざしてる時にできる話じゃない」

 アンナの隠しきれない動揺と抗議の様子が少々子供っぽくガイウスの口から笑みがこぼれる。と思ったら突然大げさに手を広げ舞台役者のような演技ががかった口調で語り始めた。

「そうだよ、ボクが50年ほど前に【鮮血の赤兎】と呼ばれたガレマール帝国で怪談として伝わり続けたヴィエラさ!」
「ソル帝に出会ったあの夜、何があった?」
「……あ、それに関しては今思うと恥ずかしいのでトップシークレットにしていただきたい……。あとポーション投げ捨てるんじゃなくて後でまとめて渡したよ相当盛られてるからその話……」
「そ、そうか」

 即小さくなりながらため息を吐いている。どうやらその場では殺し合ったわけではないようだ。
 ただ単に迷い込んだにしては運が良すぎるが果たして。

「多分あなたも犯人じゃないんだよね?」
「何がだ」

 アンナから「これ」と言われながら黒色の便箋を手渡される。渡された物を眺めるとソル帝が用いていたものと酷似しており、「開けてもよいのか?」と聞くと「勝手にどうぞ」と言われた。中身を確認すると、【お前の役割は終わった】という文面とガーネットが施された装飾品が入っている。

「我はこんなことはせぬ」
「だよねえ」
「これを知っている者は?」
「まあ1人だけ。ボクにオマエは帝国で怪談になっていると教えてくれたお節介焼きがいてね」
「うぬは面倒な運命とともにしておるのだな」

 好きでやってるわけじゃないという抗議が聞こえたが流してやるとアンナは立ち上がり、笑顔を見せた。そんな彼女に報告書で気になった記述を投げかける。

「うぬは、20年程前シドに救われたというのでいいのだな?」
「は? 何で知ってるの?」
「……我はシドの後見人であった」
「ああそういえばそうだった。聞いてたのね。誰にも話してないって言ってたじゃないか……ハァ……」

 やれやれと肩をすくめため息を吐いている。どうやら監視されていたことは知らないようなので誤魔化してしまったと目を閉じて心の中で謝罪をしておいた。

「どいつもこいつもボクの過去を知ってる奴らはもれなくシドのことを聞いてくるから困るね」

 頭を搔きながら不貞腐れているようだ。「先に言っておくけどボクは特定の人間に好きや嫌いやらの感情は持たない方針だから」と言っているがガイウスはまだ何も言葉にしていない。

「ま、次生きて会えたら何があったかまとめておくさ」
「うぬのことを知りたい人間はいくらでもいるだろう。我だけにではなくきちんとゆっくりと考えて話すといい」
「まったく無名の旅人に言われてもなあ興味持たれる理由が分からないねえ」

 アンナが踵を返し、歩き出す。祖国で発行された作品で聞いたことのある単語にガイウスは反応した。

「龍殺しのリンドウの話も、また聞かせて欲しい」

 ガイウスの言葉に一瞬アンナの歩みが止まるが、片手を上げ振りながら仲間の元に帰って行った。

 拾った子供たちに聞かせた作品のうちの一つに、とある東方地域の逸話があった。山のように大きな龍をその辺りの木の棒で一閃したと言われる刀使いと共に旅をするものであり生涯唯一の弟子でもあった赤髪の少女がいたという。少女はザクロといった。そして彼女が持っていた手紙の中に入っていたものといえば柘榴石(ガーネット)。それは即ち―――

「偶然であればいいのだが」

 飛空艇に乗り込み、真実を確認するため、祖国のため男は旅立つのであった。


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#ガイウス

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【R18】旅人は初めての夜を過ごす【pass:共通鍵】
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注意旅人は奮い立たせたい後日談です。  「よっネロサン生きてる?」「お…

紅蓮,ネタバレ有り

#シド光♀ #ネロ

紅蓮,ネタバレ有り

旅人は人を見舞う
注意
旅人は奮い立たせたい後日談です。
 
「よっネロサン生きてる?」
「おかげさまで、な。久々じゃねェか」

 ラールガーズリーチ、野戦病院。オメガに襲撃され大けがを負ったネロは意識こそ回復したものの未だに絶対安静を言い渡されている。
 そんな彼の前に黒髪のヴィエラが顔を出した。

「お前毎日回復魔法かけてたンだろ? ガーロンドのところに顔出さずに」
「あら知ってたの?」
「ビッグスとウェッジが言ってた。喧嘩でもしてンのか?」
「邪魔になるでしょ?」

 アンナは温泉旅行というものは名ばかりで実は毎晩こっそりケガを負っていたビッグス、ウェッジ、ネロに白魔法で回復させていた。そして疲れた分はまた温泉に行き、個室で作業をする生活を5日程繰り返している。
 シドの所は顔を出すか考えたが集中が阻害されるだろうと考え現れないようにしていた。もちろんジェシーにもバレないように忍び込んでいる。

「キミがいない分いっぱい頭使って働いてるんだし集中させてあげたいのさ」
「そりゃ優しいことで。ってリンゴか?」
「さっきそれぞれビッグスとウェッジにもあげてきたところでねえ。お見舞いの定番」
「そうか?」

 アンナは「多分」と言いながらナイフとリンゴを取り出し皮を剥き始めた。器用に剥かれていくいく紅い果実をネロはしばらく眺めていたらアンナが「そういえば……これ、知ってる?」と言いながら便箋を取り出す。黒色に金のラインが引かれた便箋。ネロからするとよく見ていた印がつけられたものだ。

「ああ当然だろ? 祖国の初代陛下が使っていたヤツだよ。どこで手に入れたンだ?」
「アラミゴ解放パーティが終わって次の日に置かれてた」
「はあ? あの方はとっくに亡くなってて使ってるヤツもいねェぞ」
「でしょうね」

 あっという間に赤いリンゴは白に変貌し、等分される。「はい」とネロの口元に押し付けられたのでそのまま食べる。

「おいしい?」
「うめェな。じゃなくて! 何が書いてあった?」
「その前に。ネロサンじゃないんだよね? このイタズラ」
「オレがやるわけねェだろ」
「だってボクがアレだって知ってるのはキミしか把握してないし。だから聞きに来た」
「オレが犯人だとして白昼堂々と尋ねンじゃねェ」

 次々とリンゴを口に押し込まれる。「一気に食えねえよ皿に置いて渡せ!」と言ってやると「面倒」と返された。そう言いながらも皿にリンゴに乗せて横に置く。その後鞄の中を漁り始めた。

「じゃあ準備しとくに越したことはないか。……はい」

 ネロに1冊の本が手渡される。豪華な装丁にグルグルと鎖が巻きつけられた分厚い不審物をネロは怪訝な目で眺めている。

「なンだこれ?」
「答え」
「は?」
「いやキミに対してのものではなく。……ボクが死ぬか今日から1年後ガーロンド社に帰ってくることがなくなった時、シドに渡してほしい」
「ンでオレが」
「ヒミツと約束を守ってくれそうな人、キミしか知らないからさ」

 押し返そうとするが珍しく弱った顔で見てくるので詰まってしまう。そんな顔ができたのかこのメスバブーンという本音を仕舞い込んだ。

「何でそんな準備をする必要がある?」
「『お前の役割は終わった』」
「ア?」
「手紙の内容」

 アンナは手紙を開封し、手渡された。真っ黒な紙に書かれた白色の文字とガーネットが施された装飾品。ネロがガーネットの意味を問うとアンナは昔皇帝に名乗ったからと答える。

「こんなイタズラされたら遺言の準備もしたくなるさ」
「物騒なこと言うンじゃねェ。てかお前これ抱えたままオメガの検証手伝ってたのかよ……誰かに相談してンのか?」
「こんなの誰にも言えるわけないでしょ? ちょうどキミが過去のボクを知っていたからね。やっと話せてスッキリした」

 アンナは足を組みため息を吐く。ネロは手紙を閉じ突き返した。

「ったくまあ受け取ってやるが中身見るぞ?」
「その錠はいろいろ技術練って簡単には開かないようにしてるよ。後でシドに鍵渡すからそれが揃って初めて開封できる」
「楽しいギミックを作りやがって」
「カンニングされたら困るからね」

 さっきから何を言ってンだ? とネロは聞くとアンナは今シドに宿題をあげててねと答える。

「1年後、彼が宿題を解けなければエオルゼアから出て行こうと思っているんだ。あ、これも内緒だよ?」
「また突然なこと言うなオマエ」
「彼が喉から手が出るほど欲しい答えは全てそれに書いている。猛烈に後悔させる予定さ」

 クククと笑う姿を見てネロはため息を吐いた。痴話喧嘩か何かに巻き込まれてしまったようだと気が付いた時にはもう受けるしかない状況に追い込まれている。とりあえず傍に置いている鞄の中に投げた。それを見たアンナは「ありがとう」と満面の笑顔に戻っている。その後何かに気が付いたのか頭部を指さした。

「あ、髪にゴミ付いてるじゃんのけてあげるよ病人サン」
「へいへいって近づく必要ねェだろ!?」
「絶対安静でしょ」

 ネロの寝台に手を置き、髪の毛をぐしゃりと撫でながらゴミを払い、乱れた髪型も直して見せた。アンナの顔が頬に寄せられ香水の匂いがほのかに香る。
 対してネロは猛烈に慌てていた。なぜかというと、背後にちょうど今休憩のためか外に出て即気が付いた大層機嫌の悪い噂の男が大股で近付き腕組みしてネロを睨みつけていたからである。

「おい! メスバブーン離れろ!」
「言われなくても。騒ぐ必要ない」
「う、し、ろ、見ろ!」

 ここでアンナはようやく後ろを振り返る。

「あ、シド」
「久しぶりだな、アンナ。温泉旅行は楽しかったか?」
「久々に羽を伸ばせたよ。シド、進捗は?」
「まあまあって所だ。そこのリンゴ貰っていいか?」
「いいよ」

 シドは側に置いていたリンゴをシャリシャリとネロをジトリとした目で睨みつけながら食べている。「あと1つだ。あ、ネロサンあ食べといて」とネロの口に近付けたので「それはガーロンドに渡せ! 殺す気か!?」と押し返しながら悲鳴に近い声をあげた。
 アンナは首を傾げながら「そっか。じゃあはいあげる」とシドの口に押し付けるとそのまま食べていた。

「腹減っていたからちょうどよかった」
「ならちゃんとしたご飯食べなさい。私もお腹空いたから今から行く?」
「おう」

 じゃ、ネロサン行くね。お大事にと言いながら椅子から立ち上がり踵を返した。シドもそれに付いて行く。

「おいマジかよ」

 ネロは即腐れ縁の異変に気が付く。一瞬ネロに笑顔を向けた後アンナの腰に手を回し、歩いているからだ。えらく密着しているがアンナは一切動じず何を食べるか聞いている。

「マジかよ」

 残されたネロは乾いた笑いで見送るしかできないのであった―――。



 アンナが温泉旅行に行ってから一切顔を出さなくなった。リンクパールで通信を試みたが基本的に装着しない人間に通じるわけはなく。
 ヤりすぎたし反省もしている。自分も身体を引きずりながら送られてきたデータと睨み合っていた。あの親父がやらかしたシタデル・ボズヤ蒸発事変のものなのだ、未だに震える手を抑えることが出来ないが気分は不思議と沈み切っていない。アンナは1年以内は俺の前からは逃げない、分かっている。きっと集中できるように配慮しているのだ。適度に会える方が嬉しいのだがと電子タバコをくわえながらため息を吐く。
 小腹が減ったので外に出る。ジェシーに飯を食いに行ってくると言い、ついでにネロの方に顔でも出すかと思い野戦病院に向かうと見覚えのある後ろ姿が。アンナは何故俺でなくネロのところに真っ先に向かった? 目を凝らしてみると傍に置いていた皿にリンゴが乗っている。ただのケガ人への見舞いだったらしい。なんだと思いながら近づこうとしたらアンナは急にネロを寝台に乗っかりヤツの顔に自分の顔を近づけていきやがった。

「は?」

 つい声が出てしまった。俺は慌てて大股で近付く。ネロと目が合った。即気が付いたらしく必死にアンナに後ろを見ろと言っている。そこで初めてアンナが振り向き何事もなく「あ、シド」と呑気な声で俺の名前を呼ぶ。
 いつも通りの彼女である。数日前あんなにも乱れていたとは思えないほど、変わらず奇麗な人だった。やはり強いなと考えながら剥いてあったリンゴを1つ貰う。するとアンナは残っていたあと1つの欠片をネロの口元に持って行ったのだ。ネロは必死に押し返しながら「それはガーロンドに渡せ! 殺す気か!?」と言っていたので許すことにする。アンナは首を傾げながら俺に渡してくれたので遠慮なく貰った。
 しかし何で真っ先に俺の口へ運ばなかったのかと思ったが、そういえばネロは病み上がりで未だ絶対安静の身だったことを思い出す。アンナは基本的に弱った者には優しい。ビッグスとウェッジが倒れた時も白魔法で回復してくれているのを見た。殺意を見せない限りは優しくしたい、という言葉を以前聞いている。
 この後一緒にご飯食べるか聞いてきたので快諾したさ。とりあえず温泉話でも聞こうかと俺はアンナの隣を歩く。何を食べるか、あの屋台の飯が美味かった等と喋りながらふと顔を見上げると話し方は誰もが知るものだというのに少しだけ視線が泳いでいた。自然と笑顔がこみ上がっていくのも当然だろう。ネロにその顔を見せつけてやった。

 そう、氷のように冷たく見せかけた心を持った彼女は変わり始めている。だから早く、呪いを解く方法を、考えてやらないと。俺の前から消えてしまうより先に、な―――


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#シド光♀ #ネロ

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注意レイド次元の狭間オメガシグマ編4終了後のシド光♀。事後描写有り(最中は無し)…

紅蓮,ネタバレ有り

#シド光♀

紅蓮,ネタバレ有り

旅人は奮い立たせたい
注意
レイド次元の狭間オメガシグマ編4終了後のシド光♀。事後描写有り(最中は無し)。
 

―――ビッグスが、ウェッジが。ネロまでヤツの襲撃に遭った。俺は軽口をたたきながらも深い傷によりグッタリとしたネロを抱え出口に向かった。するとケフカの検証の時には見られなかった神妙な顔をするアンナとへとへとになったアルファが戻って来た。
 怖かった。俺以外の検証に参加した仲間が目の前で倒れていく姿をこれ以上は見たくなかった。"あのデータ"を取り寄せるよう言いつけて俺はありったけの酒を持ち支社の与えられた部屋に籠る。


「ジェシー。シドは?」
「あらアンナ。会長なら暗い顔して部屋でお休みよ。あなたこそ何やってたの?」
「ビッグスとウェッジとついでにネロサンにちょっとだけ回復魔法をかけてあげてた」
「ありがとう。あなたも色々あったのに疲れたでしょ?」
「大丈夫。体力だけが取り柄だから。シドの方が精神的に疲れてると思う」

 ラールガーズリーチでアルファと後片付けをしていたジェシーの元にアンナはふらりと現れた。珍しく白魔道士の装束をまとい杖を持ち上げながら背伸びして体を伸ばす動きをしている。置いてあったケトルでコーヒーを淹れ、一気に飲み込む。
 アンナの手によってオメガによって行われるシグマグループとの検証が終わった。ぐったりとしたネロを引き連れて戻って来たシドの顔は精神的に限界を見せていた。ジェシーが心配するのは当然の話で。アンナは肩をすくめながら話しかける。

「まあ親友が大ケガでぶっ倒れたらさすがに決壊するよねって思う」
「確かに……会長大丈夫かしら」

 ジェシーの言葉にアンナは少し考えるそぶりを見せる。ここ最近は仕事だけではなく脱線してオメガの行方ばかり追いかけストレスが溜まっているだろう。それなら少々慰めて様子を見てみればいい。そんな最近の彼の動きを考えながら「そうだ」とつぶやいた。

「なんとなく私に任せてほしい。発破かけてくる」
「いつも大変な役回りばかりさせちゃうわね」
「大丈夫。普段から助けてもらってるから」

 ジェシーはアンナにシドがいる部屋の位置を教える。「迷子にならないかしら?」とジェシーが冗談を言うと「善処する」と消えて行った。

「多分あなたにしか出来ない役回りよ。頑張って、アンナ」

 1人残されたジェシーはため息を吐いた。足元のアルファは「クエッ?」と鳴いた。



 ドアを数回叩かれる。もう資料が届いたのだろうか? 開いてるぞ、と口を開こうとする前に扉が開かれアンナが顔を出す。第一声が「酒くさい」だったので「悪かったな」を返してやった。彼女は扉を閉め倒れた酒瓶を起こしながら俺の前に座る。部屋に充満するアルコールの香りの中からふわりとせっけんの香りがする。改めて彼女の服装をちらりと見るといつもと違い少しだけ軽装ところを見るに先に風呂にでも入っていたのだろう。武器も外し完全なオフの格好に見える。少しだけ沈黙が流れた後彼女が口を開いた。

「シド、落ち込んでる?」
「ま、まあな」
「そりゃ連日部下からケガ人が出てたらそうなるか」

 やれやれと言いながら俺の髪を丁寧に梳くように撫でる。熱くなった頬に触れながら「ほら今のあなたはお酒が入ってる。誰にも言わないからさ? 吐いてしまえばいい」という言葉に心の中のナニカが決壊する。

「皆が倒れていく。なぜ俺だけ無事なんだ。お前もいなくなるかもしれない」
「私は負けないよ?」
「うそをつくんじゃない。お前だって合流した時、苦しそうだったじゃないか! 社員を、アンナを失わないために何かできるのか? 俺は―――」
「シド!」

 肩を掴まれ、彼女の俺を呼ぶ叫び声でハッとわれに返る。

「オメガは真っ先に残っていたビッグスやウェッジ、ネロサンを狙った。検証終わりを狙って私を殺そうともしたさ!」
「そうだ、だから」
「でもアイツは2つも間違えてしまった大莫迦機械だよ。まずミドガルズオルムのおかげで私は生還した。そして何よりもシドを狙わなかった。毎回壮大な夢物語を現実で形にして世界や私のために道を作る、あなたを」

 彼女は俺を力強く抱きしめた。冷たい肌の感覚とバクバクと心臓の鼓動が聞こえる。普段と変わらない声色なのに緊張はしてるのかと彼女の硬い胸へと頭を沈めた。

「心臓の音、聞こえる? 私は生きてる。……アルテマウェポンを破壊するときも、トールダン7世をぶちのめすときも。アレキサンダーを停止させるときだって確かにほとんど私が全部斬ったさ。でもそこへ向かう道を作ってくれたのはシド、あなただ」
「アンナ―――」
「アジス・ラーの時言ってくれたよね? 俺は生きてるって。そうだよ自らを犠牲にせずみんなに伝え、空へ道をつないで支援に徹するのが天才機工師であるあなたの役目さ」

 彼女の体に手を回そうとした瞬間体が離れていった。気配察知だけは相変わらず上手なようで優しい笑顔で俺を見ている。つい釣られて笑みを浮かべてしまう。

「元気になった?」
「ま、まあな」
「よかった」

 頭をぐしゃりと撫でまわされた。「子供扱いしてるのか?」と聞くと「私からしたら今のシドは子供みたいなもん」とキシシと笑っている。自称26か40か忘れたがそんなに変わらない年齢だろうと小突いてやった。

「だから、オメガを止める協力、よろしく」
「それは俺のセリフだ。お前がいないと終わらせることはできないからな。俺は……」
「……うーんまだ本調子じゃないね」
「? って、なっ!?」

 彼女のつぶやきの意味を考える前に身体に痛みが走り天井を見上げていた。そして彼女の顔が近づいたところで俺は初めて押し倒されたと判断する。抵抗しようにも腕を押さえつけられ身動きが取れない。やはり彼女は無駄に力が強すぎる。俺の抗議を無視して彼女は妙な事を言い出す。

「私は敵を数体薙ぎ払えば悩みや欲求不満なんて吹っ飛ぶけど……まぁ普通の人は違うよねえ」
「あ、ああそんなストレス解消方法があるのはお前だけだが―――」
「聞いたことがあるんだ。男というヤツはさ」

 不敵な笑顔を見せ一息入れた後恥じらいもせず言い切りやがった。

「一発ヌいたらいいんでしょ?」

 さっきまでのいい空気が台無しだチクショウ。天を仰ぎため息を吐いた。



 意識を飛ばしたアンナの後処理をした後、しばらく本当にこの人と性行為を行ってしまったのかとぼんやり考えた。考えても仕方ないと眠ろうと寝そべり睡魔に身を任せようとした瞬間、アンナは起き上がった。「マジかぁ」という声が聞こえた。自分の体を確認している動きを見せた後いきなりシドの頭を撫でたので何が起こったのか一瞬理解できなかった。
 立ち上がろうとしたので慌てて抱きしめ、「行くな」というと、振り向き苦笑した顔を見せ再び寝そべった。見捨てる気はないらしい。
 アンナは無言で熱がこもった目で自分を見るシドを見つめる。一瞬無言の時間が流れ、アンナは口を開く。

「一度しか言わない」

 寝起きでぼんやりしているシドにアンナはかすれた声で囁きかける。喘ぎすぎて声を枯らしてしまったか、罪悪感が湧いてくる。しかし、過去にどこかで聞いたような懐かしい声色だ。

「"この子"に特別な感情を抱かせたかったら……宿題だ。最高の殺し文句を考えておいで。期限は今日から1年」
「いち、ねん」
「キミがもし見つけるコトができなかったらアンナ·サリスはキミを……世界ごと捨てていなくなる」
「消えても、絶対に捕まえてやる」
「ダメ。ちゃんと頭を使って考えて。キミがどれだけ想ってくれているかは、痛いほど分かった。2人きりならキスも許すし好きと言うのも止めないよ。でも、"今のボク"はキミに感情を抱くことはできない。ボクの呪いを解けるもんなら解いてみな。多分世界中どこを探しても解くことが出来る人間は、キミだけだから。そのために"ボク"は―――」
「お前が欲しい、言葉。ヒントもなしか?」
「もう揃ってる。……さあ寝るんだ。もう出すもん出し切ったでしょ? 身体が重いったらありゃしない。絶対オメガの検証を完了させよう」
「ああ。―――ごめんな」

 アンナは「"ボク"は気にしてないし謝るくらいならヤるな可哀想だろ」とシドの頭を撫でながら再び目を閉じた。その優しい手にシドも目を閉じ、あっという間に眠ってしまった。



 目が覚めるとシドは1人寝台に転がっていた。夢だったのだろうか、と気怠い身体を起こし鏡を確認すると昨晩付けられた痕跡が現実だと教えてくれる。
 カーテンを開けると外はすっかり明るくそりゃ彼女はいないわけだと苦笑する。衣服が整えられ酒瓶が片付けられているのを見ると彼女はしっかり後片付けまでしたようで。のんきに眠っていた自分が恥ずかしくなってくる。「そうか、ついにやってしまったか」とボソリと呟いた。
 ウソまで吐いてこれまで叶わなかった彼女と抱き潰すように体を重ねるという結果を残してしまった。罪悪感がないわけではないが先に仕掛けて来たのは彼女だ。
 兎も角空腹で倒れそうなので上着を羽織って外に出ようと扉を開いた。念のため鏡を再び確認すると一度イタズラで付けやがった時にも思ったがパッと見えない位置に付けている。相も変わらずその技術は見事な手法だと笑みがこぼれた。対して自分はどこに噛みついたのか記憶をたどったが思い出せない。

「会長、やっと起きたんですか」
「ああすまないな。……アンナは?」
「アンナですか? オメガの検証で疲れた身体を癒やすためにクガネで温泉一時休暇旅って言ってました」
「そ、そうか」

 いつもだったら笑顔であいさつしてくれるハズの彼女が、いない。ジェシーの「何かあったんですか?」という言葉を適当にかわしつつ食事をとろうと外に出る。まだ手が震えるが少しでも勝率を上げるために、彼女を勝利へと導くために。何よりも彼が道を作るために必要なモノを待つ。
 何よりも隣にいてもいいという【許し】を得られたことが、そしてようやくSOSを聞かせてくれたのが何よりも嬉しいと笑みをこぼす。1人でどこまでできるか分からないが、やれるところまでやってやろうと思いながらコーヒーに手を伸ばすのであった。
 あの言葉が夢ではなければあと1年だ。そうしないと、シドは、世界ごと捨てられてしまう。そんなこと、認められるわけがないと不味いコーヒーを一気に飲み干した。

―――一方その頃。

「ちくしょー騙された。容赦なさすぎる」

 アンナはクガネにある温泉につかりながらボソボソとつぶやいている。幸い人がいない時間帯だったので噛み痕だらけの体を人に見られることはない。今朝は早々に起き上がりジェシーに「しばらくクガネにいるから。適当なタイミングでお見舞いするね」と言ってそそくさとテレポで離れてしまった。ドロリと垂れ落ちる感覚に気持ち悪さを抱きながらチェックインする自分に嫌気がさす。しかしネロがいない分検証に勝ち上がる準備に時間がかかるだろう。ときどきは何も考えず英気を養うための温泉旅行も悪くない。

「まあでもスッキリ元気になったならいいか。ボクは……とりあえず風呂から出たら寝るか」

 切り替えていつも通りに行こうと伸びをした。しかし人の記憶に残したくないからと置いていた壁が一晩で破壊されてしまった気持ちと、どこかハジメテという行為が彼でよかったと安堵する感情がアンナの情緒をぐちゃぐちゃに乱していく。切り替えようと頭をぐしゃりとかき乱し深呼吸する。
 最近自分の中で決めていたリズムが崩されて行っている。悩みの元はシドだけじゃない。暁のメンバーや最近ならばドマの人たちにも。自分が引いた線よりも中に土足で入り込んでくる。理解が出来ない、どうすればいい?

 とりあえずオメガを斬ったら、分かるかな?


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#シド光♀

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注意次元の狭間オメガでの検証終了後の話。先に好奇心は旅人を起こすを読んでね。シド…

紅蓮,ネタバレ有り

#シド光♀ #ネロ #ギャグ

紅蓮,ネタバレ有り

旅人と約束
注意
次元の狭間オメガでの検証終了後の話。先に好奇心は旅人を起こすを読んでね。シド少年時代捏造。
 

―――アルファと共に歩く。途中でぐわんと世界が回る。そりゃ2回連続で斬り払ったのだ、流石に慣れないことをするべきではなかった。アルファが駆け寄って来る。「大丈夫」とポツリと呟きその場に座り込み、項垂れる。クエッと泣き出しそうな声が聞こえた。目の前が真っ暗になりながら『あとは任せろ』という声に安心し、目を閉じた。

「"私"は大丈夫だよ、アルファ」

 ニコリと笑い、奇妙なチョコボの頭を撫でた。クエッとぴょんぴょん跳ねる。ハイタッチしてやり、その後野戦病院へと歩みを進めて行った。



 オメガとの検証が終わった―――アルファを引き連れてやってきた英雄の報告に野戦病院にて傷を癒すネロはほっと一息ついた。いや、既に聞いてはいたのだが当事者からの報告を受けて初めて作戦は終了となる。自分が最後まで関われないことが悔しいのだが既に少々オメガという玩具に飽きていたのでよしとする。

「キミがいなければオメガジャマーは完成できなかった。"ボク"も身体張ってたんだけどねえ」
「詳しい話は聞かねェからな。ってなンだそれ」

 どこか顔色が悪い気がするアンナはネロの手に粉の入った袋を握らせる。どうやらゼノスに大怪我を負わされた際に『無理をするため』送ってもらった薬だという。水も渡され飲むように急かされた。水と一緒に苦い薬草の味が喉に流れ込む。むせそうになるがなんとか踏みとどまった。

「まっず……」
「良薬は口に苦し。傷の治りも多少早くなる。痛みもしばらくは感じなくなるし走れるようになると思う。あと2つあげる。それだけあったら完治する」
「やべェの飲ませやがったな!?」
「大丈夫"ボク"が証明する。約束したでしょ? 逃走のお手伝いするって」

 ネロは「そンな事も言ってたな……」と目元に手を当て虚空を見上げる。目の前の女の過去を看破した時にそんな事も言ってたような気がする。ふとぼんやりと寝台で寝転びながらシドの話と記憶に残っている彼女に対する『報告書』の一部を思い出した際に出て来た疑問を彼女に投げかける。

「ガーロンドの所に顔を出すのは約束をしたからなのか?」
「アー……シドから聞いた?」
「アンタは20年程前にもガレマールに来たンだろ? そこでガーロンドに会っていつか大空を案内するって約束したって言われたらしいじゃねェか」
「んー微妙に違う。ケケッその辺りはやっぱり曖昧かぁ」

 それでいい、とアンナは苦笑しながら呟いていた。どうやら肝心な部分をシドは覚えていないようだった。「本当の所はどうだったンだ?」と聞くと笑顔で答える。

「詳しいことはシドに流出したら困るから言えないけどまあ約束があるのは本当。思い出す前にとんずらするつもり」
「はあ? 明らかにガーロンドはアンタの事」
「何のこと? "ボク"は旅人だからさ。各所から『お願い』されてるから想定外な程留まっているに過ぎない」

 ネロの言葉を切るように口癖である旅人だからと言う。しかももう本来の口調を隠しもしていない。正直ジェシーからシドのためにも目の前にいる女らしきものについて調べるよう頼まれてはいるものの、かつて目の敵にしていた男の恋路など興味はなかった。しかし相手のクセが強すぎるし人の気持ちを踏みにじろうとしているのはあまり聞いていていいものとは思えなかった。捨てる気なのか、そう問うと「いつか彼にとってボクが必要なくなるだけだよ」と子供に聞かせるような優しい声でネロに言い聞かせる。

「"ボク"はキミ達よりも少し長く生きてるから知ってるけど……ヒトというやつはすぐに過ぎ去ったものは忘れて行くんだ。それだけさ。シドだって新しい人を見つければ、"ボク"のような旅人なんて忘れるよ。現に死んだことになった途端に君の口以外から【鮮血の赤兎】は聞かなくなった。滑稽だよねぇ。だからそう遠くない内に"ボク"が世界を救っても暁の血盟が頑張ったことにする予定さ。かつての『光の戦士』のようにね」
「アァ確かにアンタの考えることは滑稽なンだよ」

 先日の会話も含め、見た所彼女の旅路が書かれた『報告書』の存在を知らないようだ。そういえば怪談になっていた事すら知らなかった人間だったことを思い出す。アンナはその言葉に対し何も言わないまま踵を返し「ルートに『パンくず』を置いておいた。誰にも見られずに街の外に出るポイントを見つけたからさ。この秘密を持って、"ボク"みたいに過去から逃げるゲームしようじゃないか」と言いながらきょとんとした顔で話を聞いていたアルファを片手で抱き上げ手を振りながら病室から出て行く直前にネロは声をかけた。

「もしあの時、ガキの頃のガーロンドがアンタを見つけなかったら今どうなったと思う」
「何も対処がなかったら……ゼノスとエオルゼアを蹂躙してたかな。いやソルが死んだ地点でガレマールから出て行ってるだろうから未だにどの国からもリスキーモブ扱いだったかもね」
「じゃあアイツが世界を救った英雄サマを作り出した存在ってやつか」
「イヒヒッ、かもしれないねぇ。じゃ、ナイスバケーション」

 暗闇に消えて行ったアンナを見送ったネロは痛みの消えた身体を起こしながら服に手を伸ばす。脳裏に焼き付いたのは一瞬見せた彼女の優しいが少し震えた声。彼女の仕草で察してしまった。過去に交わした約束とやらを。再会できたら守ってやるよとかそういうことを軽率に言っているのだろう。そしてシドは現在覚えていないが性別不明の人と約束交わしていたことを思い出し、再会出来ました分かった時、しかもそれが信頼している女性でしたしかも逃げる予定ですって分かったらどうなるだろうか。今の時点でも『分かりやすすぎる』彼の事だろう確実に脳に不具合を起こす。

「面白れェからしばらくほっとくか」

 手荷物をまとめ外に出る。近くにいた社員を捕まえ「休養に入る」とだけ行った後ふと野戦病院の裏へ出ると確かに『目印』が置いてある。それを気配を消し拾いながら進むと誰とも会うことなく街の外へ向かう道が見える。「あの女本当に約束だけは守るンだな」と呟きながら歩みを進める。数刻後大騒ぎする声が聞こえて来たので早々に逃げ出してしまおうと駆け出した。彼女の言う通り確かに薬の効果が出ているようだ。またエオルゼア潜入時代に作った隠れ家に置いている計器で薬の解析でもしようかとポケットの中に入れてある粉薬を撫でる。
 ふとラールガーズリーチ入口を見下ろすと、シドらがアルファと小さなミニオンの旅を送り出していた。
 ニヤリと笑っているとアンナと目が合った。小さく手を振っている。

「マジかよこわ」

 ネロは苦笑して見せ、シド達に悟られない内に走り去った。



「今すぐネロを探せッ!!!!」

 この声に"ボク"は笑いを耐えるのに必死だった。どうやらちゃんと脱出できているようで。シドには悪いがこれは約束だったので。約束は守れ、それも恩人フウガからの教えだ。それがいくら敵や味方が不利になる行為でも約束だけは守ろうと自分を戒めている。

 そんな中私たちは旅立つ決心をしたアルファを見送る。ふと気配を感じたので見上げるとネロもアルファを見送っていたようだ。バレるぞ、と笑顔で手を振ってやるとなんか口元が引きつっている。そそくさと去って行くのを見送った。

「そういえば」

 ジェシーの声が聞こえる。

「アンナさんさっきアルファと散歩に行ってた時野戦病院の方に行ってたって目撃情報有りましたけど」
「おっとアルフィノに呼ばれてるから帰る」
「何だと? おいアンナ? ちょっと待て!!」

 悟られる前に退散しよう。そうしよう。チョコボを呼び街の外へ走り出した。

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#シド光♀ #ネロ #ギャグ

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注意旅人は過去を懐かしむ後日談その3。好きな人2と同時刻のおはなし。 …

紅蓮

#シド光♀

紅蓮

赤面の旅人
注意
旅人は過去を懐かしむ後日談その3。好きな人2と同時刻のおはなし。
 

 書類、書類、書類。シドの周りには先が見えないほどの書類がまた積まれていた。まあ3日程飛び出してしまった分のツケだ。これ位は痛くないとは思っている。しかしだ。

「必要ないやつまで混じってるじゃないか……」

 書類選別から始めないといけない積み方はどうかと本日何度目か分からないほどのため息をついた。不審なほどに大量の新商品についての仕様書や機構が書かれた設計図から予算の承認、取引履歴まで自分がいなかったにしては『効率よく事が進みすぎている』。何かがおかしい。

「会長! お仕事頑張ってください!」

 交代で見張りに来る社員達の顔は未だに機嫌がいい。先に戻ってきていたアンナが目を見張るほどの土産を置いて行き大騒ぎになっている中シドは帰って来た。満面な笑顔の会長代理が持っていた金色の箱には『会長貸出料』と書かれており、「アンナといたならもっと早く言ってくださいよ! で、何してたんですか?」と土産話を要求された。かいつまんで説明すると次第に目から光が消え呆れた顔になっていたのは少し理解できなかった。シド本人としても自分に呆れている。彼女という靄に一つ触ることが出来た筈なのにどこか近付いた感じがしない。酒の勢いで身体を合わせてしまったのかと思いモヤモヤとしていたら2日前の『ナイスイタズラ』騒動で強引に現実に引き戻されてしまった。人を驚かす行為が好きなのは知っていたが、目的のためなら自爆に等しい事もやらかす人なのは初めて知った。
 またため息を吐く。薄くなっているであろう肩に付けられた印を手で押さえる。「アンナ」とボソリと騒動から顔を出していない彼女の名前を呟く。その時だった。

「何?」

 真上から声が響く。見上げるとそこには自分をいつもの笑顔で見るここ数日の悩みの種が見つめていた。

「あれ、見張りがいたと思うんだが……」
「30分休憩。勿論内緒の約束済」

 アンナは左手人差し指を口の前に当てながら右手に持っていたサンドイッチが乗せられた皿をシドに差し出す。シドが「変なの入れてないだろうな?」と聞くと「先日のお詫び」と笑顔を浮かべた。どうやら罪悪感という概念は存在したらしい。シドは礼を言いながら受け取る。
 それに続きアンナは「あとほら」と言いながら書類を軽く押しのけながら机に座りコートの留め具を外しながら首元を見せシドに近付く。口をポカンと開きアンナを見ていると目を細め三日月のような笑顔を見せ耳元で囁く。

「仕返ししてみる? まあ私の肌の色では痕跡なんて付かないからご満足いただけないでしょうけど」

 反省してないじゃないかという理性と裏腹にふわりと漂うパーシモンの香りにごくりと息を飲む。唇が触れる手前でアンナは「なーんて。ナイスイタズラ」と言いながら離れようとした。また逃がしてしまう、つい反射的に「待て」と言いアンナの肩を掴み―――首元に噛り付いた。

「っ!?」

 アンナの小さく短い悲鳴が聞こえた。一瞬ビクリと震えたのが分かる。完全にやり返されることは考えていなかったであろう細く引き締まった身体を強く抱きしめながらガリと歯を立て、これまで叶わなかった彼女を味わう。甘い匂いに思ったよりも柔らかく女性らしい要素もあることに安心した。幸いなことに抵抗はされなかった。いっそ跳ね除けてくれた方が諦めがついていただろうにと思いながら出来た痕跡に舌を這わせながら後頭部をぐしゃりと撫でる。髭が当たりくすぐったいのかくぐもったような息遣いが聞こえた。

「噛み痕なら付く」
「……そうみたいだねえ」

 首元から顔を離しアンナの顔を見ると少しだけばつの悪そうな表情を見せながらも頬は褐色な肌の上からでも分かるくらい真っ赤に高揚していた。「煽ったのはアンナだからな?」と言ってやると「わ、忘れた」と呟きながら首元を隠すように押さえた。そして踵を返し出口の方へ歩き出す。

「そろそろ30分。サンドイッチ食べて頑張れ」
「いやまだ10分も経ってないんだが」
「……から厭だ」

 ボソボソと呟いた後アンナは手を上げ数度振りながら暗闇に消えて行った。
 手渡されたサンドイッチを口に含む。新鮮なラノシアレタスとルビートマト、卵が入った定番の品だ。とりあえず今は食べることに集中しよう。そして早々に仕事も終わらせてしまおう。
 先程の首元に付けた証と真っ赤になった怯えた目をする彼女の顔が脳裏にこびりついていた。そして去り際に残した「これ以上いたらキミがボクから離れられなくなるからイヤだ」という言葉にニヤけが止まらない。「もう遅いさ」という呟きが闇夜に溶けて消えた。

 そうか、本当に俺はあの人を友人としてではなく異性として好きだと思っていたのか。そして彼女の心だけでない、身体にも痕跡を残したいと強く願うほど歪んだ感情を持っていたのかとこの瞬間に悟る。抱きしめ、噛み痕は残せた、じゃあ次に求めてしまう欲求はまさか―――いやそれはないだろう。しかしモヤモヤとした心が少しだけ晴れた気がした。



「うそでしょ……」

 翌朝、ジェシー達が出社すると積み上げておいた書類はほぼ全て片付けられ、ネロが組み上げていた設計図と睨み合う完徹だが異常に上機嫌なシドが座っているのであった―――

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#シド光♀

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注意旅人は過去を懐かしむ後日談その2。『紅の旅人』数日後のおはなし。 …

紅蓮

紅蓮

『好きな人』2
注意
旅人は過去を懐かしむ後日談その2。『紅の旅人』数日後のおはなし。
 

「はい今回は非常に残念なお知らせがあります」

 仕事が一段落した夜、モードゥナの酒場にて密かに開かれる会―――その名も『自分たちの上司であるシドと旅人アンナの関係を見守る会』。久々に開かれた夜会に会長代理のジェシー、社員のビッグズとウェッジは集まり酒を呑んでいる。
 一方その頃会社では、会長であるシドが大量の書類に押しつぶされていたのだがそれは置いておく。

「先日会長が突然数日失踪したのは覚えてるわね?」
「確かクガネまでアンナさんを探しに行ったんでしたっけ?」
「すげーお金とお土産貰ったッスねー。親方と違ってフォローの速さが段違いッス」
「2人で温泉宿に泊まり、アンナの恩人の墓参りに行って飲み会したそうよ? そこまではいいの」

 会長であるシドが失踪したのは1週間前、暁の血盟所属のアルフィノと何やら話をした後飛び出して行った。申し訳なさそうに謝る銀髪の少年の姿が未だに頭に残っている。そして連絡が付いたのが5日前。そしてのんびりと空の旅をして戻ってきた。ちなみにアンナはテレポで先にモードゥナに戻り、クガネ土産と『会長貸出料』と書かれたものを渡された。「こういうの黄金色のお菓子って言うらしいの。本当にシド貸してくれてありがとう」って言われながら蓋を開けるとお菓子の下に目玉が飛び出しそうなギルが詰め込まれていた。その後盛大に謝りながら帰ってきたシドと盛り上がりきった社内の空気の温度差が忘れられない。
 そして何とか詳細を聞きだしたジェシーは報告会を開き、眉間を抑えながら言い切った。

「何もなかったそうよ」
「何も」
「そう、2泊一緒にいておいて何も起こらなかったそうよ」

 盛大に溜息を吐くジェシー。目が点になり固まる他2人。

「1日目は風呂から出たら既にアンナは就寝、2日目は会長が酒の呑みすぎで即就寝よ。ほんっとあの2人信じられないわ……」
「親方……」
「誤魔化してるとかでもなく、か」
「アンナからも聞いたの。あの人の場合さらっと嘘つくから本当か分からないけどここ数日全然変わらないわあの2人。昨日会長の怒鳴り声が聞こえたけどそれはまあ日常茶飯事よ。というわけで今回ゲストを呼びました」

 誰が、とビッグスが聞こうとすると「そろそろ来るわよ」とジェシーは手を上げる。足音が聞こえ2人は振り向くと。「変な時間に呼びつけられて来たら何やってンだ? お前ら」と言いながらシドのライバル(自称)であり元帝国幕僚長であったネロ・スカエウァが溜息を吐きながら歩み寄ってきた。



「ガーロンドが、あのバブーンみたいな女を」
「アンナさん確かに強いけどそこまでゴリラじゃないッスよ!」

 話を聞いたネロはゲラゲラと一頻り笑った後息を整えながら吐き捨てる。元々帝国を見捨ててから放浪していたが、シドが不在の間にオメガという餌をぶら下げてジェシーがヘッドハンティングしておいた。そして未だにシドへ報告はしていない。ネロのおかげで止まっていた業務を再開し、あとは会長であるシドのサインさえあればどうとでもなる状態にしていたので実は飛んで行ったことに対してはそんなに怒ってはいなかった。しかししっかり説教しておかないと気が済まなかったのでリンクパール通信は流し続けていたのだが。あの男は外してポケットの中に入れっぱなしで、なんと深夜にアンナが出るまで放置されていた。「ごめん、明日お詫びに行くから。明日の朝また出させるから着信入れて欲しい」という普段の明るい声がジェシーの心を少しだけ安心させていた。

「愉快な子なのよ? そりゃ外から見たらあんまり喋らない無駄に強い最終兵器みたいな人にしか見えないでしょうけど」
「料理もうまいし護衛とかも嫌な顔せずやってくれるんだよな。ちょっと親方の前だと愉快になるが」
「アンナさん手料理作ってください! って言ったら狩りに出かけたりする変な人だけどとってもいい人なんッスよ!」
「ただの少しだけ意思疎通取れる野生生物じゃねェか。ッたく何でおたくらの会長サマが惚れてるって分かるンだ?」

 盛大にやれやれと溜息を吐いている。ジェシーはニッコリと笑いながら「決まってるでしょ」という。

「アンナが来た後露骨に仕事の速度上がるし数日来なかったら日に日にしょんぼりしていくのよあの人」
「ちなみに無意識らしいッス」
「ガキかよ……。んで? そのおぼっちゃまとゴリラの恋愛を見届けるために俺を呼ンだのか?」

 厭味ったらしく言うネロに対して「違うにきまってるじゃない」とジェシーは苦笑しながら言う。

「アンナを調べて欲しいの。暁の血盟も調査はしてるらしいんだけど全然分からないみたい。普通冒険者に過去は関係ないけど……ガーロンド社としては結構お世話になってる人だしこれからもずっと彼女に頼っていいか、会長を任せていいか調べておきたいの。全然その辺り会長も聞いてくれなくてようやく聞けたことが『剣豪ゴウセツも認めたある侍仕立てのヤバい気迫を持っている』って事だけ。そういえばネロは戦ったことあったわね。見たことある?」
「うーん普通より少し力強い冒険者って感じだったけどナァ……いや」

 もしかしたらガイウス閣下なら知ってたかもなと茶化すように言うと3人は溜息を吐く。気迫とは何か分からなかったがただでさえ強いクセして更にそんな力を持っているとは全く知らなかった。確かにアンナは謎めいた存在だった。ネロとしてもゴリラと吐き捨てはいるがあの場所で会った時から興味はある。

「そういや昔あの女に助けられたことがあってよ」
「いつの話よ」
「閣下が再びエオルゼア入りする事になる数年前、まだアンナもただの旅人だった頃だな。油断してコボルド族に囲まれた時にあっという間に辺りを弓と蹴りで吹っ飛ばしやがった。アレが俺が一番味わったあの女の殺意かもしンねぇ」

 エオルゼア潜伏調査をしていた頃の話である。計測に夢中で一瞬気を抜いた隙にコボルド族に囲まれてしまった時があった。ネロが懐にしまった小型の武器を取り出そうとした瞬間、ヴィエラの伝統衣装を纏った赤髪の女がどこからともかく乱入し、弓矢と蹴りだけで十数匹のコボルド族を吹っ飛ばす。半分以上はそのまま絶命し、残り少数はあまりにも恐ろしい気迫に逃げ出してしまった。これまた一瞬の出来事であまりの迫力に固まっていた彼を見て「大丈夫?」と笑顔を見せ、手を差し伸べた。少し会話を交わした後、「あなたに危害を与えようとした残りも刈っとくから」と言って去って行くのを口が閉じられないまま見送った記憶がよみがえる。

「アレは相当場数を踏んだやべェ女だってなった記憶がある。下手したらどっかで傭兵か軍人でもしてたんじゃね?」
「それだったら暁の血盟辺りが書類を掴んでくると思うのよ。どうやら第七霊災始まって間もなくエオルゼア近郊で目撃され始めたって話。それ以前の情報はさっぱり」
「10年以上迷子になってグリダニアに辿り着いたから私は強いって口癖ですよねあの人」
「ヴィエラなンだからオサード方面出身だろ? そこから……泳いで来たンじゃね?」
「いやいやそんなこと」
「あるわけな……」

 4人は頭の中で思い浮かぶ。大海の中泳いでエオルゼア大陸近郊まで辿り着こうとするヴィエラの彼女の姿。

「余裕で浮かぶンだわ」
「やるわあの人……」
「シュールすぎるッス……」
「お、俺はしないと思ってますよ!」

 その後彼らはとりあえず呑むかとグラスを掲げるのであった。実はネロはもう一つアンナの手がかりを持っていたのだが、交渉の奥の手として仕舞い込んでいることにジェシー達は気付いていない。

 一方その頃ガーロンド社。残業で潰れそうになるシドの所にアンナが現れていたのだが―――彼らにそれを知る由は無いのであった。

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注意旅人は過去を懐かしむ後日談その1。シド少年時代捏造。   ふととあ…

紅蓮

#シド光♀

紅蓮

『紅の旅人』
注意
旅人は過去を懐かしむ後日談その1。シド少年時代捏造。
 
 ふととある旅人と彼女を重ねてしまった。少年の頃に出会った寒いガレマルドの人が滅多に通らない路地裏の物陰で行き倒れていたあの人を。

「どうしたの?」

 優しく語り掛ける声にハッと我に返ると目の前にはアンナの顔。目と鼻の先にあるアンナの綺麗な顔に慌ててしまいシドは椅子から崩れ落ちてしまった。当の彼女はクスクスと笑い手を差し伸べる。今更何を驚愕しているのだろうか、ふぅと溜息を軽くつきながらシドはその手を握る。
 アンナと出会ってから程々な時が経った。霊災後、記憶を失いウルダハの教会に身を寄せていた頃に出会ってからというものの―――自分の責務を思い出してから蛮神討伐、ガレマール帝国の侵攻を跳ね除け、竜詩戦争を終結させ、遂にはドマとアラミゴを解放しようと走り続ける彼女を友人として社員と一緒に全力で裏でフォローし続けている。『会社の利益にならないことは程々にして欲しい』という部下の言葉をふわりと躱しつつなんとしてもアンナに喰らい付こうとするシドをアンナ本人はどう見ているかというのはまだ分からない。これは予想だが、どうも思われていないだろう。それでも走り続けた結果、謎に包まれた過去を知ろうと調べ続けている最も近しい仲間である筈の暁のメンバー達よりもアンナという存在の靄に触れることが出来そうな……そんな関係を形成しつつもあった。

「いや、少し昔のことを思い出していたんだ」
「昔……第七霊災当時?」
「もっと過去の話だよ。ていうかお前さんといて何で急にその辺りの時代を思い出すんだ俺は」
「うーん私が一番分からない辺りの話だからかな? 興味はそれなり」
「生まれてたよな?」
「迷ってた時に光が見えたとかしか」

 シドは「お前どこで迷ってたんだ?」と苦笑しながらあの日以降頭から離れなくなった旅人の話をする。
 魔導院へ飛び級で入学する直前に出会った帝国領内で行き倒れていた赤髪の男か女かも判断が付きにくいヴィエラ族を助けたことがあった。冷たく凍えていたので温かいスープを与えたら不器用だが柔らかな笑顔でお礼を口にする。そして少しの間だけ会話を交わした後、どこかへ走り去って行った。―――現在目の前にいる同じくヴィエラである彼女にいつの間にか執着してしまった原因でもあるような気がすると考えていたがそれは口には出さなかった。アンナは何も言わずシドの話を聞いていたが、語り終わるや否や満面な笑顔で「いい話」とシドの腰に手を回しながら手を取り、ニィと笑った。まるで御伽噺に出る王子様のようで。しかし相手はいい年した大人の男なのだが。

「あ、アンナ!?」
「その話、誰かにしたの?」
「してない、幼い頃の話をする機会なんてそんなに…っていうかいきなり何を!?」
「そんなヒミツ、私に教えていいの? ただの旅人にするには重たい話」

 シドの話を無視し、鼻先が触れ合ってしまいそうな位の距離に顔を近づけてくる。逃げようにも腰に置かれた手が逃がしてくれない。目を細めクスクスと笑う姿はまるでシドを試しているようで。

「先日お前にとって大事な人の墓参りに連れて行ってもらったんだ、俺の事も話したくなってもおかしくないだろ?」
「いやああなたそんなに私の事好きなのかって思ってお気持ち代弁?」

 ふわりと離れながら恥じらうような素振りも見せず言ってのけるアンナには正直尊敬していた。まあ恋愛方面の話でも一切感情を揺さぶるような人でも無いろうなとは思っていたが。しかし『好きなのかと思って』?
 あの夜『あんなこと』しておいて嫌いとかそういう事は無いとは分かっているが改めて正面から言われるとシドとしては恥ずかしくなる。と言っても何も気まずく思わず会いに来るアンナは度胸というか恥じらいが無いのか? 会いに来なくなったらそれはそれで困るのでアンナの習性には感謝しかない。

「お前はどう思ってるんだ? 俺の事」
「嫌いな男の部屋に何度も訪れる人に見える? あ、ごめん流石に語弊」
「あのなあ…」

 瞬時に顔が熱くなったシドの顔を見てアンナは慌てて謝罪した。他意は無い言い方だというのは普段の色気というものが存在しない彼女を見てると分かるのだが、瞬時に謝罪されるとそれはそれで余計に恥ずかしい気分になる。その反応を見たからなのか慌てたまま言葉を続けた。

「ぼ、じゃなかった私は確かにきm…違う、あなたの部屋に来るのは気分転換……そう! 気分転換。勿論仕事疲れなあなたの」
「そ、そうか」
「前も言ったけど! 私は旅人。本来は同じ場所に残りたくない。痕跡も残さない。だから無意識に距離を取ってしまうる。本来はここにも来ないようにしなきゃと思ってる」
「今更どこに消えるつもりだ?」

 アンナは珍しく慌てふためいている。命の恩人の墓参り中でも見せなかった姿が少し新鮮に思えた。そしてシドは徐々に普段とは違う口調を正す姿に無理しなくてもいいのにとぼんやりと見つめながら見つめている。

「ヒミツ! 旅人はミステリアスに。それがポリシー」
「確かにお前さんは謎が多い人だが」
「とにかく! キミがボクの事が好きだから先にナイスイタズラ! いやあいい反応見れて楽し……あ」
「ボク……か」

 あー! と奇声を上げている。今のが『本来のアンナ・サリス』だったのだろう。趣があっていいものだと思うが本人にとっては化けの皮が剝がれたようなもので。アンナは頭を抱え部屋の寝台に頭をぶつけている。

「前から薄々感じてたがもしかしてあんまり喋らないのは」
「忘れて」
「えらく分厚い猫かぶりだな」
「気のせい」
「俺は好きだな。別に普段からそういう口調でもいいんじゃないか?」

 アンナは「忘れろって言ってるっ!!!」と言いながら顔を真っ赤にし手元の刀を振りぬきブンブンと振り回し始める。シドがこれを窘めるのにまた数刻かかったのは言うまでもない。

 そんなアンナは只今盛大な溜息を吐き正座をしていた。

「ごめんなさい。冷静であらず」
「いやまあ弄った俺も悪かった」

 それと、とシドはアンナの肩をつかみながら頭を下げる。

「えっとな、一度仕切り直させてほしい」
「?」
「ああいうのは男である俺にやらせてほしい。ちゃんとした場所で、ほらもっとムードというのを考えてだな」
「今更私は気にしない」
「俺が気になるんだ。既に、その、あんなことし合った間柄で言っても変な話なんだが」

 その言葉にアンナはクスクスと笑っている。一度暴れ回り冷静になったのか先程のような言動は消えてしまっていた。勿体ない、次はいつ見れるのか。そう考えながら拙い手つきで頭を撫でた。ふわりとシトラスな香りがシドのまだ隠していたい、アンナを否定できない感情を刺激する。ふと『あの人』も香水の香りがしたなと思い出す。何故再び重ねてしまったのか、調子が狂っているのは自分の方だったかもしれないと笑みが漏れる。

「あなたに撫でられるのも悪くはない」
「そりゃどうも。そういえば香水はどこで買ってるんだ? ほぼいつも違うが」
「気分で。昔からほとんど自分で調合」
「そりゃ凄いじゃないか」
「子供の頃に故郷で教えて貰った数少ないもの」

 いつも通りの会話だ。他愛のない会話をしてアンナの笑顔で昨日までの疲れが吹っ飛んでいって。残されている莫大な書類も片付けできそうだ。
 自分はあの『残したくない』彼女が尊敬し、唯一彼女が『残していた』立派な侍であるリンドウ・フウガにはなれない。しかしせめて彼女の隣に立っていたい。それはあの絵画には存在しない今を生きる者の特権である。以前より隣に座ることも増えても絶対に拒否される事は理解している言えない想いを心の奥に仕舞い込みながらシドは『余所行き』の笑顔を見せるアンナを見送るのだ。いつもだったら。
―――再び扉を開きアンナはこう言いやがったのだ。

「シド、勘違いしてるみたいだけどあなたあの夜何もしてないからね? 雑だった浴衣直して放り出してた服畳んで、ただ好奇心で肩にキスマーク付けて。そこまでしてもあなた呑気にイビキかいてて起きそうもなかった。普通に布団かけて私も就寝。そりゃ起きてたらご褒美位考えたけど」
「…………は?」
「『見なかったことにしよう』って聞こえて来た時は正直爆笑した。今の顔も最高。その顔を見たかった。ナイスイタズラ。じゃあね」
「待て! 今の話詳しく聞かせろ! おいアンナ! 俺の悩んでた数日を返せ!!」

 しかしこの時の俺は知らなかった。決して俺の手が届かない場所で彼女が最も隠していた過去と、俺の生まれ故郷との奇妙な縁が牙を剥いて襲い掛かってしまうことに―――

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#シド光♀

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注意紅蓮4.0ストーリー終了後のお話(地名以外詳細書かず)、シド少年時代捏造&n…

紅蓮

#シド光♀ #リンドウ関連

紅蓮

旅人は過去を懐かしむ
注意
紅蓮4.0ストーリー終了後のお話(地名以外詳細書かず)、シド少年時代捏造
 
「シド、アンナ見てないかい?」
「いや、見てないな……何かあったのか?」

 ある日の昼下がり、アルフィノの来訪から俺とあの旅人との奇妙な関係がより複雑になっていった―――

「最近全然私達の方に顔を出していないからシドの方にいるのかと思って聞きに来たんだ」
「いや、俺もここ1週間位は見てないな。てっきりアラミゴ解放してからもそっちの仕事が忙しいのかと思っていたんだが」

 我らの英雄さまはどうやらまたどこか変な所に迷い込んでいるようだった。5日位前からふらりとエオルゼアから離れてるらしく、アルフィノ達がリンクパール通信を送っても「あと少しで見つかる、はず」と曖昧な答えしか返って来なかったとのことだ。なのでもしかしたらガーロンド社の依頼でもやっているのかと疑問に思って直接訪ねに来たらしい。しかし相変わらずアンナの事が心配になったら真っ先に自分の所に来るのは嬉しい事なのかそうでないのかよく分からない部分だとシドは苦笑する。

「最近あの人に変な事でもあったか?」
「変と言っても彼女は普段から不思議な所が……ああちょっと待って欲しい、心当たりがある」
「というと?」
「絵を描くように頼まれた」

 さりげなくアンナの事をどう思ってるか言いかけたな。シド自身もほぼ同じ感想を抱いているので何も言わないようにし、アルフィノの回想を聞く。



「アルフィノ」
「おやアンナじゃないか。どうしたんだい?」

 石の家、ドマやアラミゴを解放したからといって即平穏が訪れるわけではなく、毎日数々の小競り合いの報告が集まってくる。暁の面々が英雄と呼ばれるアンナだけでも休息を取るように勧めた数日後、珍しく連絡なしで現れた。いつもより遠慮がちな顔をしながらアルフィノの方へ駆け寄る。

「忙しい所ごめん、お願いしたい事あって」
「君の頼みなら光栄さ。丁度休息を取ろうと思っていたから遠慮せずに言って欲しい」
「んー……おいしい茶葉見つけたから一緒に飲みながらで」

 石の家の小部屋に通されアンナは手慣れた様子で紅茶を淹れ青年に渡す。「ありがとう。君が淹れたお茶は美味しいから好きなんだ」と言えば笑顔を浮かべながら机を挟んだ正面に静かに座り、口を開いた。

「絵を描いてほしい」



「なるほど、それで言われるがままに絵を描いて渡したらそのままふらりと」
「お礼を言ってる時の顔は今までにない位綺麗な笑顔だったよ。……そうかそれを持ってクガネに行ったのかもしれない」
「どうしてクガネだって分かるんだ?」

 どうやら描いた絵は東方の衣装を纏い刀を持った男だったらしい。誰かと聞いたら「命の恩人」とだけ答えたという。「まさか彼女は人探しをするため私に絵を頼んだのか?」とアルフィノは呟いている。
 ここからクガネは少しだけ時間がかかる。飛空艇で早々に行けるだろうか。予定を確認すると大仕事はオメガが見つかるまでは無いようだ。「彼女を連れ戻してくる。多分迷子になってるだけだ」と不安そうな顔をしていたアルフィノの頭をぽんと叩きモードゥナを後にした。
 何かモヤモヤするのだ。今まで影も形も見せなかった彼女が気に掛けた男の存在が気になる。ましてや尋常ではない強さを持つ彼女の命の恩人だと言われると好奇心が抑えられない。



「英雄さんかい? 確かここ毎日夜は黄昏橋で釣りをしているよ。ほらあそこ、潮風亭から続く橋」

 少し休暇を貰う、と部下の返事も聞かず飛び出したシドは大急ぎでクガネ行の船に乗り込みエールを煽りながら船旅を楽しんだ。久々の完全な休暇だから少しだけ呑んでも許されるだろう。本音を言うと今まで一切見せて貰えなかったアンナの『過去』の一欠片が気になりすぎて頭がおかしくなりそうだった。「俺はそんなに彼女の事が気になっていたのか?」というどんな設計図よりも難しい『難問』を波に揺れる中で反芻し続けてしまう脳を一度リセットするためという情けない理由だ。結論を出すにはもう彼女との距離が縮まりすぎていて逆に分からない。空旅にすればよかっただろうか。後悔してももう遅いのだが。

 そんなことを悶々と考えているうちにクガネに辿り着いていた。酒のせいか船酔いのせいか分からない気怠い身体を引きずりまずは聞き込みを始める。一から探すよりアンナはこの地を解放した有名人なのだから適当に人を捕まえて聞けば分かるだろうと判断し、商店付近で聞き込みをすると即居場所を特定出来た。
 どうやらアンナは数日前までは早朝にハヤブサで飛んで行き、夕方には少々落ち込みながら帰ってきて釣りをしていたのだとか。今は紅玉海のコウジン族と走り回っているという話を聞いた時はエオルゼアとほぼ変わらないことをしているんだなと苦笑いが漏れた。

「そういうアンタさんは英雄さんの何なんだ? まさか……コレか?」
「いやただの友人の1人さ。彼女最近エオルゼアの方に帰ってなくてな。仲間が心配してるんで代わりに見に来たんだ」

 小指を立てながら聞いてくる店主には少し慌ててしまった。そう、シドは多分アンナからすると旅の途中に出会った人間の1人である。一番近しい所にいる筈なのに、寂しい関係。きっと周りからは明らかに異性としてではなく同性の友人という感覚でお互い会っているようにしか見えていないだろう。自分で言ってて悲しくなってきたなとシドは溜息を吐いた。

「じゃあアンタではないのか。待ってる人がいるって言ってたんだがな」
「……というと?」

 適当に挨拶して去ろうと踵を返した時店主のぼやきが聞こえてきた。すぐさま向き直り店主に詰め寄る。

「ああ彼女がどこかに行きたいみたいで何人か野郎が案内しようかと近づいたんだが全部断ったらしいぜ。その時待ってれば来るからって言ってたとか」
「感謝するぜ、おっさん」

 待っている人、誰だろうか。まさかアルフィノが描いたという侍だろうか? 会ってみたい。夜になったら彼女が現れるという黄昏橋という場所に行ってみようじゃないか。



 夜。楽座街はよく賑わっている。今は用事が無いので潮風亭から橋に出ると、いた。探していたヴィエラの女性が少し寂しそうに釣竿を持ち水面を揺らしていた。

「釣れてるか? 旅人さん」
「いやあ私は……ってシドだ。仕事は?」
「しばらくは休んでも大丈夫だ」

 他人を装い話かけると苦笑しながら振り向き、シドの姿を見るなり少し目を見開いていた。

「お前アルフィノが心配してたぞ?」
「あーごめんごめん。迷子になってた」
「テレポがあるじゃないか」
「エーテライトが無い所なの。帰りはテレポですぐだけど行きは頑張らないと」

 懐から2枚の紙を取り出し広げている。覗き込むと1枚目は地図のようで、2枚目はアルフィノが描いたであろう侍らしき人物画。「これは?」と聞くと「赤誠組の人から教えて貰った場所でね。会いたい人がいるんだ」と答えていた。胸がチクリと痛んだような気がする。「そっちは命の恩人、か?」と切り出してみるとアンナは「あーアルフィノから聞いてるよね。うん」とシドの鬱蒼とした気持ちに構わず肩を少し上げながらサラリと答えた。
 髭を貯えた自分より年上であろう威厳のありそうな目の鋭い侍のエレゼンが描かれた紙をアンナは少し切なそうな目で見つめていた。

「ゴウセツに捜すなら赤誠組で聞いたらいいってね。ドマ解放出来て何とか落ち着いたから来た」
「まあ確かにこの辺りの人を知るなら手っ取り早いか」
「凄い人だったらしいからすぐに教えてもらえた。嬉しい」

 確定だった。これは恋人とかそういう分類のやつだ。少なくとも相当信頼されているとシドは心で感じ取った。心の中で溜息を吐いているとアンナは「じゃあ今日は寝るかあ」と釣竿をしまい立ち上がる。

「いいのか?」
「うん。早起きして行かないと日が暮れてその日のうちに帰れないよ?」
「待ってる人がいるって聞いたんだがなあ」

 いじわるそうに聞いてやると「あー」と言いながらアンナはシドの腕を力強く引っ張り耳元で「道案内なら知ってる人にされたいに決まってるでしょう?」と囁いた。

 この後アンナが拠点にしているのだという温泉宿の部屋に案内された。ベットは2人分用意されており、「用意周到だな」と言ってやると「そりゃ連絡曖昧にしたらあなたか暁の誰か来るかなって待ってたからね」と舌をペロリと出しながら言い切った。完全に人を宛にする作戦に切り替えていたらしい。

「命の恩人さんに来てもらったらいいじゃないか」
「無理無理連絡する手立てが無いよ。あ、ここ大浴場だけじゃなくて部屋ごとに小さな温泉が置いてあるんだよ。いつも来た時にはお湯が張られていて凄い部屋だよね。あ、お金は私が払ってる。気にしなくていいから」

 と言いながらアンナは浴室へ入って行った。気にするなと言われてもなあ、とぼやきながらコートを脱ぎ、ベッドに横たわった。直後ふと頭の中で現在の状況がどういうものなのか浮かび上がる。

「うん? 2人同室……で寝る??」

 自分が行って、よかったかもしれない。そういうことにしておこうとシドは思考を打ち切った。



 次の日。朝早くから2人で潮風亭で軽い朝食を済ませハヤブサに乗った。ちなみに昨日はアンナがタオルで髪を乾かしながら風呂から上がった後、「船旅だったんでしょう? 風呂入っておきなよ」と言われるがままシドは浴室を覗いた。確かに小さな温泉があり、「そのまま入るよ。ありがとな」とアンナに礼を言うと「ん」とだけ言い踵を返し部屋へと戻って行った。その風呂というものは非常に気持ちが良かった。しかし恩人という存在が頭から離れず、アンナからどう話を聞こうかと悩みながら風呂から上がると既に本人は無防備に眠っていた。つまり何も聞けなかったし何も起こらなかった。いや起こすことは出来ずなるべくアンナから離れた場所で丸まり眠っていた。目が覚めると既にアンナは起床し、着替えを済ませていたのは更に驚いた。寝起きな顔の前で屈んでおり、「起こそうと思ったら起きた、残念」と何故か悔しがっていた。筆を持っていたがどう起こすつもりだったのだろうか。「見なかったことにしてやるからその筆片付けとけ」とシドはアンナの額を軽く中指で弾いた。ニヤと歯を見せながら「おはよ」と言われたので「ああおはよう」と返してやる。

「もっとゆったりベッド使ったらよかったのに」
「狭く硬いベッドに慣れているもんでな」

 勿論嘘である。いや会社の仮眠室のベッドは硬いのは本当だが横にいたのは仮にも異性だぞ? と言いたくなったが黙っておく。本当に無防備というか警戒されてないのは信用されているからなのかそれとも何もしないことを読まれ切っているのか本当に異性としての感情が存在しない人なのか。シドとしては聞いてみたかったが怖くて聞けないのであった。

「まあいいや。降りたらとりあえず歩くよ」
「マウントとか使わないのか?」
「空飛んだら早いとかそういうやつ? つまんないでしょ」

 アンナらしい答えだとくくくと笑ってやると「うるせ」と小突かれた。



 小さな村に辿り着いたのでハヤブサから降り、渡された地図をじっと眺めた。シドはまず近くにいた村人を捕まえ、現在地を教えて貰い歩き出す。見る限り行先は山道のようだった。草木をかき分け進んでいるが本当にそんな場所に人が住んでいるのだろうか?と少し怖くなる。アンナが迷子になるのも分かるかもしれないと立ち止まるとふと数歩後ろから付いてくる彼女の鼻歌が聴こえてきた。「何の歌だ?」沈んだ気分を奮い立たせるため振り返り聞いてみると「この辺りの子供が歌ってた」と笑顔で答えていた。

「かぞえ歌? みたいな事言ってた気がする。歌詞は覚えてない」
「そこは覚えておこうな」

 アンナは基本的に覚えるのが苦手のようだった。道もその一つだ。旅人というものはそういうものだというのだが聞いた事も無い。話題を変えるように「なあ命の恩人さんとはどう出会ったんだ?」と少しだけ恩人がどんな人か聞いてみた。

「迷子になって行き倒れてた所を助けてもらって」

 やっぱり迷子癖があるのは昔から変わらないらしい。ポツリポツリとその人の事を話し出す。
 お腹空いたと言えばおにぎりをくれたこと、彼もまた無名の旅人であろうとしていたこと、しばらく一緒に行動してたが森が懐かしいと思った時に『故郷に帰りたくないからグリダニアに行けばいい』と助言してくれたこと。そして生き残るための戦い方を教えてくれたこと。まさしくシドが知るアンナの人生の始まりだった。モヤモヤしていた自分が馬鹿みたいじゃないか、シドは自分の暴走していた考えを戒めるように頭を搔いた。

 そんな話をしているうちに道が開け、そこには小さな小屋と、石碑が置いてあった。



「フウガ、来てやったよ。遅くなって、ごめん」

 小走りでその石碑に駆け寄り、いつの間にか手に持っていた花束を置いた。その場に座り手を合わせている姿を見てシドは初めてアンナが言っていたことが理解できた。連絡する術がない、そりゃそうだ。死者とは話は出来ない。アンナはわざわざ赤誠組で終の棲家を聞き出し墓参りに来たのだ。隣に座り、同じく手を合わせてやる。

「シド、気にしなくてもいい。私の我儘に付き合わせたようなもの」
「一緒に祈らせてくれ」
「……うん」

 ふとアンナを見ると少しだけ震えているように見えた。それに対しシドは肩に手を回し、叩いてやることしかできなかった。その時背後から声を掛けられる。

「あのもしもし」

 振り向くと黒色の髪の東方の衣服を纏った男がいた。そして彼は更にこう言ったんだ。

「エルダスさんですよね?」

 彼女は目を見開き、小さな声で「うそ……」と呟いていた。
 それから男に小屋へと案内された。話を聞くとここに住んでいた人間の孫にあたる存在らしい。

「やっぱりエルダスさんでしたか! 演説の時に貴方の顔を拝見した時絶対祖父がお話していた方だと確信していたんです!」
「い、いやあ今私はアンナ・サリスで」

「あのエルダスって」と聞くと彼女は「部族名と思っといて」とだけ答えた。

「ええ分かっていますよ。エルダスは森の名の苗字でサリスが街の名の苗字、ですよね。祖父から伺っております」
「あーフウガは色んな事いっぱい知ってたなぁ……まあだから私はアンナ・エルダスって事にして」

 テッセンと名乗った青年はしばらく考え込んだ後「わかりました」と答えた。どうやらこれ以上名前は出すなという事だろう。シドとしては知りたかったのだが……所謂苗字を知れただけマシかと判断する。

「隣の方は……」
「シド、今回のドマ解放にあたっての外部協力者」
「ああそういう事でしたか。私らの国を救っていただきありがとうございます」
「い、いやそこまで深々頭を下げなくても大丈夫だ。えっと、お祖父さんからアンナの事どう聞いてたんだ?」
「ちょ、ちょっと!!」

 イタズラっぽい笑みで聞いてやると隣で彼女が軽く叩いてくる。そりゃ昔話は知られたくないのだというのは普段の態度から分かる。しかしここを逃したら二度と知れない事なのだ。聞くしかない。

「とても好奇心旺盛な技術の呑み込みが早い方と聞いていました。別れた後も無事グリダニアに到着できたか亡くなる直前まで心配してて。しかしちゃんと辿り着けて挨拶まで来ていただけてきっと喜んでいると思いますよ」

 彼女は「だったらいいな」と軽くため息を吐きながら答えていた。それを尻目にテッセンは手慣れた仕草で箱の中から何かを取り出す。平たく大きな箱を開くとそれは絵画のようだった。道を歩く銀色の髪の侍と、その後ろには槍を持った赤色の髪のウサギ耳の子供がいる。「祖父はここを終の棲家として決めた頃、この絵画を絵師に頼み描いてもらっておりました」という言葉が聞こえる。「フウガと、私?」と呟きながら彼女は目を見開き眺めている。
 シドもまたその絵を凝視していた。懐かしき風景の絵に対し何やら心がざわめいている。どこかで見た、しかしどこで見たか思い出せない。「シド?」という声で我に返る。―――ああ何でもない、と返すと「変なの」とアンナはシドの脇腹を突いた。

「仲がよろしいのですね」
「なっ」
「そりゃエオルゼアにドマ、アラミゴまで一緒に救った仲なので」
「アンナ!?」

 顔が赤くなるシドと笑顔で答えるアンナ、その2人を見比べテッセンはくくと笑う。何かあらぬ誤解をされた気がする。その風景にテッセンは目を細めながらアンナに優しく語り掛ける。

「アンナさん。祖父リンドウは厳しく修行させすぎたことを後悔されてました」
「そりゃゴウセツが言ってた。『お主の気迫は剣豪リンドウそっくりだ』ってね」
「あのゴウセツ様が言うほどとは。よほど貴方の飲み込みが早かったんですね」

 納得した。ゴウセツに聞いたというのも恩人の名前が出たからついでに聞いてみたという事らしい。
 しかし彼女の気迫とやらは見たことが無い。「また今度見せてくれよその気迫ってやつ」と言うと「無い方が自分の為だと思うよ」と困った顔で言われた。

「そして旅人のスタンスも祖父そのままだという噂も聞きました。祖父は一時は妻と子供を置いて無名の旅人であり続けようとした事に後悔し、大切にしすぎたアンナさんの事を心配していまして。少しだけ己の幸せを願いませんか?」
「……今私幸せだけどなあ。フウガに挨拶できたし」

 彼が言いたいのは明らかにそういう事ではない。多分自分の気持ちを奥底にしまい旅人を演じ続けている彼女を心配しているのであろう。彼女自身も同じ結論に達したようで優しい声で語る。

「んーなるほど。―――今は世界を救う方を優先して旅人活動はまあ当面延期みたいな状態。まあやる事終わったら色んなことを知るために旅に出たい。フウガみたいに『無駄に』強くて何でも知ってる旅人になりたいからね」

 無駄にを強調する姿にシドとテッセンは目を丸くし、笑ってしまっていた。どんな強さだったんだ、リンドウ・フウガという人間は。



 しばらくテッセンと談笑した後、日が暮れる前に帰ることにした。村の方で泊ってもいいと言われたが、「この人、仕事あるから」とアンナが断ってしまった。村までの近道を案内してもらい、そのままハヤブサでクガネに帰ってきていた。
 ハヤブサに乗りながら少しだけ命の恩人であるリンドウについて教えて貰った。お互い名前ではなく苗字で呼び合っていたのはあくまでも自分達は旅の途中に出会った他人であるというのを強調するためだった事、強大な妖異討伐を頼まれた時に引き際を誤り殺されかけた自分を守るために優しかった彼が常人を逸した殺意を溢れさせ一閃で妖異を斬り捨てていたリンドウの強さを。そしてその強さに憧れ無理やり稽古を付けて貰った事を。幼い頃の叶わぬ初恋だった事も。グリダニアに辿り着いて故郷を懐かしみ終わったら再びリンドウの元に行きたかったけどガレマール帝国が邪魔だったんだと語る姿が少し寂しそうに見えた。

 クガネに戻った時にはもう日が暮れていた。「戻ってきたし……帰る? それとも呑む?」とアンナが隣に立ち楽座街の方を指さしていたのでそのまま食事という事にした。
 賑わう歓楽街の居酒屋で置かれた順から消えゆく皿を見ながら酒を吞むという風景はモードゥナでも見慣れている。その吸い込むように食べる瞬間をアンナは人に見せないように隙を見てやらかしているのだがシドは一度だけ見た事がある。それから社員を助けてくれているお礼と称して食事に連れて行き説教をしながらテーブルマナーを教えていた。その結果、シド以外の前では肉や野菜を切り分け目を離した隙に皿から消えるようになった。シドは違うと叫びたいが流石に外なので抑えることにする。

「姉ちゃん相変わらずいい食べっぷりじゃねえか!」
「ここのごはんおいしい」
「ありがたいねえほらおかわりだよ!」
「やったー」

 彼女なりに東方地域でも溶け込んでいるらしく笑顔がこぼれた。シドも巻き込まれるように盃は乾かず皿にも大量に盛られているのだがそれに関しては考えないようにしている。しかしアンナが他の人と会話している隙にシドは客の1人にある日ポロッととんでもない話を吹き込まれた。『夜な夜な店の奴らと飲み比べしては大勝利して身ぐるみ剝がしていた』と。「ウチの英雄が、すまない」と肩を落としながら謝罪することしかできなかった。何やっているんだお前はと未だ食事を続ける彼女を軽く叱ってしまうが、アンナ本人は「挑む方が悪い」と全く悪びれることない様子で。シドの中でこの人は一度負けないと学ばないのか? という疑問がよぎる。しかしガーロンド社の呑み会でもアンナ周辺に形成される死屍累々を思い浮かべると無理という2文字の結論がのしかかった。エオルゼアでは穏やかなのだが少し離れると無法になっている話を聞くとどちらが本当の彼女なのか分からなくなる。

「あなたもやってみる? 勝負」
「悲惨な風景を見てきた人間が乗ってくると思っているのか?」
「まあシドとはゆーっくり飲み合いたいからそれでいい」

 その言葉を聞くなりシドの顔は耳まで真っ赤に染まっていく。「おや? もう酔いが回った?」と無邪気に聞くアンナにわざと言っているのか? と疑問を吹っ掛けたくなるが残念ながら天然だろうなと即心の中にしまっておく事にした。「まだ行けるさ」と再び盃のものを一気に喉に通す。

 この顔の熱さを酒のせいにしておきたかった。



 食事が終わった後、再び望海楼の彼女の部屋に連れて行かれた。顔を赤くし少しふらついていた男を途中から「運ぶよ」と背負うアンナの顔をシドは見せてもらう事はなかった。シドからすると軽々と大の大人である自分を背負われて男としてのプライドが砕かれかけていたのだがそれはまた別の話とする。
 綺麗にベッドメイクされた寝台に下ろされ上着をはぎ取られた。「寝る時邪魔でしょ」って言いながら用意された衣服を渡される。「浴衣って言うんだって」という言葉を聞きながらぼんやりと眺めていると彼女は浴室に消えて行った。正直自分もシャワー位浴びたかったがそれよりも眠気が勝っていたので衣服を脱ぎ散らし浴衣に着替え、そのまま寝転び視界が暗転した。

「シド、シャワー浴び……って寝てる?」

 意識が完全に途切れる直前、アンナの声が聞こえた気がした。間抜けな声を出し手を一瞬上げて、そのまま落ちた。

 この日シドは夢を見た。寒空の下、巡回兵を呼ぼうとした幼い自分の衣類を掴み止め、道を聞いたフードを深く被った赤髪の『あの人』を捕まえるとフードを外す。そこにはアンナがイタズラな笑顔を浮かべ、大人となった自分を強く抱きしめ中性的な声色で「大きくなったね、少年」と言ってくれる幸せな夢だった―――



 次の日。シドが目を開くとアンナは既に起床し着替えを終えていたようだ。「おや今日は早起きだね、シド」とにこやかに答える姿に何かくすぐったい。見た夢を思い出すとつい反射的に目を逸らしてしまった。何故この人と重ねてしまったんだとため息を吐く。

「そういえば上着ポケットのリンクパール大丈夫? 出た方がいいと思うよ?」

 すっかり忘れていた。行き先も言わぬまま会社を飛び出してから一度も出ていない装置を見るとずっと光りっぱなしだ。向こうは相当おかんむりだろう、恐る恐る出ると『やっと出た!』と会長代理の怒鳴り声が聞こえた。

「ああすまんちょっと取り込み中で」
『どこにいるんですか! いいから早く帰ってきてください!』
「いやほら今は特に何もないじゃないか」
『どれだけ書類が溜まってると思うんですか!!』
「……これからクガネから帰る」
『クガネ!? ちょっと会長本当に何やって』

 これ以上繋げていても説教が続くだけだろう。切断してニコニコと笑うアンナを見る。

「すまんがシャワー浴びたら帰る事になった」
「でしょうね」

 そのままアンナはシドの腰に手を回し抱き上げて浴室へ連れて行こうとするがシドは慌てて「二日酔いとか大丈夫だから」と言いながら止め、衣服を持って浴室へ逃げるように入って行った。恥じらいという概念が全く見当たらないアンナにそのまま介助されそうだったと流石に危機感を感じている。

「……ん?」

 浴衣を脱ぎ、鏡をふと見ると肩に赤い痕が見える。何があった? 昨日は酒を呑んで戻ってきた後風呂にも入らず眠ったじゃないか。虫に刺されるような事は―――そういえばアンナの先程の服装を思い出す。首元に季節に似合わないマフラーを巻き、いつにもまして露出の少ない格好だ。

 やってしまったか? よりにもよって酔った勢いで、アレをと行為を頭に浮かべながらみるみる血の気が引いていく。全く記憶に無い。アンナも全く顔に出していなかった。何かあったのなら流石に何か反応するはず。すると思いたい。ないってことはそのまま2人でぐっすり寝ていたんだろう。しかしこの痕は何だ? やっぱり虫に刺されたか? いや浴衣は整えられていた。しかし記憶が確かなら寝ぼけながらの着替えでかつ慣れない衣服を綺麗に着れるとは思わない。少なくとも整えた相手がいる。まあ相手はアンナしかいない。少なくとも眠っている自分の服を整え、投げ捨てた衣服を畳み、布団をかけてくれたのは確かで。そして相手は仮にも異性だ。34にもなって恥ずかしい。
 シドはここまで考えた後に、「見なかったことにするか」と呟き頭から冷水をぶっかけた。

 一方その頃。『気が付いただろうか』とアンナはニコニコと笑いながらシドが浴室から飛び出してくるのを待っている。本来はそういった行為はやらない主義なのだがキスマークはすぐに消えるものと判断し、昨晩寝ぼけ眼で着替えたからだろう乱れた浴衣を直すついでに衣服でギリギリ見えない場所に一つ付けておくというちょっとしたイタズラだった。少しでも怪しさアップさせるためにわざと首元まで隠した服に着替えておいたしこれは完璧だとふふと笑う。鏡を見ればすぐに気が付く場所に付けたので顔を赤くしながら飛んで来るはず。
 しかし来ないなあ思考フリーズでもしたか? と思い扉に長い耳を当てたら「見なかったことにするか」という呟きが聞こえた。アンナは耐え切れなかったのか寝台に突っ伏し声が聞こえないようゲラゲラと笑っていた。



 浴室から出てくるとアンナはいつものようにニコニコ笑いシドを待っていた。

「どうやって帰るの?」
「流石にクガネランディングから飛空艇で帰るさ」

 チェックアウトをし2人は潮風亭で朝食を摘まみながら喋っていた。いつもと変わらぬ、現状維持。シドは平静を保つ事を選んだようだった。アンナは少しつまらないなあと思いながらシドを眺めていた。

「それがいいよ。付き合わせちゃってごめんね」
「ま、まあ俺は別に大丈夫だ。アンナはどうするんだ? 一緒に帰るか?」
「テレポでお先。アルフィノとかにお詫びの品も準備しないとダメだしね」
「そうか」

 立ち上がり、「じゃあ」と2人は言い合った。それぞれ違う方角へ歩き出す。
 長そうで短い2人の旅は終わった。

 飛空艇で急いで帰った後、怒髪天なジェシーの説教が待っているのだろうなと足取り重くガーロンド社に戻ると大量のクガネ土産らしきものが積み上げられえらく機嫌がいい社員達がいた。ジェシーもその内の1人で嬉々とした声で金色の箱見せながら「既にレンタル料いただいたので大丈夫ですよ。さあ仕事に戻ってくださいね会長!」と大量の書類が積まれた机に案内されたのはまた別の話。

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#シド光♀ #リンドウ関連

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注意紅蓮LV64メインストーリーの自機。前半シド光♀、後半過去の片鱗が見える感じ…

紅蓮,ネタバレ有り

#シド光♀ #ゴウセツ #ヒエン #リンドウ関連

紅蓮,ネタバレ有り

旅人は強さを求める
注意
紅蓮LV64メインストーリーの自機。前半シド光♀、後半過去の片鱗が見える感じ
 

―――負けた。【鮮血の赤兎】なんて呼ばれていた頃から一度もなかった完膚なきまでのボロ負けを喫した。

 戦った相手はゼノスと呼ばれる戦いに飢えた男。戦う事しか考えていなかった様はまさに獣と言ってもいい相手だった。一度目は自分を一瞥もせず斬り払い去って行った。次は刀は折ってやったがただのコレクション1本折っただけだ。ヤ・シュトラもリセも護れなかった。更に続けてユウギリらドマの民々と暗殺計画を実行するも失敗。これが今の自分が持てる実力の限界、という事なのだろう。

 悔しかった。そして何よりも怖かったのだ。まるで過去の自分を見ているようで。寒空の夜で出会わなかった未来をゼノスで重ねてしまっていた。仲間たちには絶対見せないよう、抑えていた恐怖。リセが安心して眠っていた姿を見た途端にあふれ出し、体の震えが止まらない。勝つための手段はある。そう、【鮮血の赤兎】のごとく恨みを、怒りを刃に込め、目の前の敵全てを斬り捨ててしまえばいい。だが勝つためだけにまた自分も獣にならないとならないのか? 他に道があるはずだ。『命の恩人』が愛した地からガレマール帝国を追い払い、褒めてほしかったのが今回彼らに協力しようと決心したきっかけだったのだから。

 不審がるアウラの少女シリナに対し「大丈夫。ちょっと席を外すね」と岩陰に座り込みリンクシェルが入った袋に手を伸ばす。アンナは特に誰かと連絡を取り合う予定がない時はリンクパールを袋にしまっている。理由は簡単で耳の付近に何かあるのが邪魔だと思っていたからだ。しかし今回は完全に無意識だった。袋を開いてみるとパールが弱弱しく光り鳴っている。リンクシェルを確認するとどうやら彼のようだ。ゆっくりと手を添えながらパールを耳に取り付け「もしもし」と呟いた。

『アンナ! よかった生きてたか』
「シドじゃん。どうしたの?」
『どうしたのじゃないだろう! 聞いたぞ。ゼノスに斬られたって』
「情報早い。……ああボロ負けしたよ」

 ゼノスと同じガレアン族でありながら祖国に失望しエオルゼアへ亡命したシドだ。白色の髪に貯えたヒゲがなかなか決まっている。彼はどこからともなく自分がゼノスに深手を負われた情報を手に入れたのだろう。ずっと通信を試みていたようだ。実際はちゃんと戦える程度に回復してるしそんなに必死に連絡を試みようとしなくてもよかったのに。

「私はちゃんと生きてる。アイツは強さ以外に興味がないただの獣だった。雑魚には興味ないってさ」
『そうか……』
「大丈夫。死ぬならシドを巻き込まない、絶対届かない場所で死ぬから」
『冗談でもそういう事を言うのはやめてくれ』

 やれやれ元気そうだな、と言う声が聞こえる。アンナはようやく少しだけ緊張がゆるんだようで笑みを浮かべる事が出来た。

「ねえシド」
『どうした?』
「もし、もしもの話」

 アーマリーチェストに仕舞い込んだ未だ恐怖で平常時はあまり触りたくない槍を思い浮かべる。アレを持つとどうしても心がざわつき、自分のストレスを刃に乗せて斬り払ってしまう。それは幼い頃に命の恩人に教えてもらった必要以上に強い力だ。心強いが【鮮血の赤兎】だった自分を思い出し、手が震えてしまう。

「私がゼノスと同じ獣みたいな存在に堕ちてでも勝つ、と言ったら……どう思う?」
『アンナは負けないさ。獣になんてならない』

 シドにとって愚問だったのだろう。即答が返ってくる。私は結構真剣に悩んでいるんだぞ、と言いたくなるが今回は飲み込もう。

『今までどんな困難にも打ち勝ってきただろう。負け慣れてないからって弱気になってたのか?』
「そんな事はない。いや確かに云十年での明確な初黒星だったけど」
『お前の言葉を借りるとゼノスは強さに身を任せた孤独な獣だな。だがお前は1人じゃない。暁やエオルゼア同盟、ドマ、アラミゴの奴らだってお前の味方だ。俺は……お前さえよければ装備の調整をやってやるさ。英雄である旅人のためなら協力は惜しまない。俺を、いや俺たちを信じて欲しい』
「……しょうがないなあ。あなたにそこまで言われるならもう少し模索する。刀を持つ相手には、刀で勝ちたい。ありがとう」
『―――絶対に生きて帰って来るんだ。アンナ』

 嗚呼自分はこの言葉が聞きたかったから通信に応じたのだ。先程までの恐怖心はもう消えている。絶対に、皆の元に帰らなくては。

「もちろん。それがあなたの願いなら、ね?」
「ずっと想ってるさ」

 さあまずはゴウセツの所に行ってみよう。少しでも勝率を上げるため、『命の恩人』ならまずは修行だって絶対に言う筈。善は急げ、リンクパールを外し、再び袋に仕舞い込む。

 嗚呼お前の言う通り生きながらえてやるよ、哀れな獣め―――



「ゴウセツ、いた」
「アンナ殿ではないか。傷は大丈夫であるか?」
「平気。それよりゴウセツにお願いがある」

 シドとの通話の後アンナはヒエンと訓練を行っていたゴウセツの元に走り寄り、握りしめた刀を差しだした。そしてゴウセツに深々と頭を下げ、口を開いた。

「本当に取り込み中ごめんなさいとは思っている。……ゴウセツ、私に稽古を付けてほしい。ゼノスに勝つために」

 ヒエンとゴウセツの目が見開かれ、アンナを見つめている。「なにゆえじゃ? おぬしは刀に頼らぬとも十分に武芸の達人に見えるが」とゴウセツは何とか口を開く。

「刀を持つ相手には刀で相対したい。でも今の型にはまった動きでは絶対に、勝てない。少しでも勝率を上げるために協力してもらいたい」
「なかなか興味深い事を言うではないか。ゴウセツ、少々見てやったらどうだ」
「ヒエン様が仰るのであれば……。では場所を変えよう。ヒエン様は少々お休みに―――」
「いやわしも見学させてもらう。エオルゼアの英雄と呼ばれる者の戦い方も間近で見ておきたい」
「そんな……私は英雄じゃないよ。ただ困っていた人を助けただけの無名の旅人」
「無名……」



 アンナの刀を交えた時に稀に見せる目付き、そして無名の旅人という言葉、ゴウセツはそれに覚えがあった。このオサード地域で生まれ、エーテルを刀に纏わせどんなものも一閃で斬り捨てる伝説の剣士。―――そう呼ばれながらもある時を境に無名の旅人であろうとした人間。まさか、と思いながらも構え方を変える。

「アンナ殿はこちらの方が性に合っていると思われる」

 彼女の目が見開かれる。ゴウセツはその表情で悟った。そうか、かつて病に伏せ年老いた戦友が言っていた唯一の、弟子。エオルゼアに旅へ出した槍を持った赤髪のヴィエラは、彼女の事だったのかと。憧れた者誰一人とも会得出来なかったモノを受け取った唯一の存在が今目の前でドマを救おうと奔走している。

『私はとんでもない罪を犯してしまったようだ。あの子以外、弟子を取らなくてよかったと思っている』
『龍殺しのリンドウとも呼ばれていた方がそのような事を言うのはやめてくだされ! ドマを守るためにもリンドウ殿の知恵を貸していただきとうございまする』
『ならぬ。私ももう長くはない。戦火が降りかからないこの終の棲家で、生涯を終えるのだ』

 最後に彼と会ったのは帝国がオサード侵攻が始まった間もない頃。リンドウの身内が住む村から少し離れた山奥に終の棲家となる居を構えた。横に思い出と表現した絵画を飾った齢80を超え老け込んだ彼の弱弱しい姿は未だに覚えている。かつての戦友は何らかの罪悪感に苛まれ、話をしてから5年もせずに亡くなったと聞いた。ドマがガレマールに占領された3年後の出来事になる。誰よりも知識を持ち、誰よりも強く、誰よりも冷酷でありながら奥底に優しさと大義を持ち続けた男は何を知ってしまったのか。

「龍殺しリンドウの剣技、拙者が見たもののみでよければお教えしよう」
「お願い、します」

 ゴウセツには戦友のようなエーテル操作は不可能だった。『ちょっとコツがある。感情をな、乗せるんだ』と言っていたが理屈は分かっても実行できるほど簡単なものではない。出来ぬと返せば『まあ言い換えればどんな刀も妖刀に変えてしまうようなものだ。簡単に会得されちゃ困る』と冗談を交じえながら言い切った。自分より一回り年上だったリンドウの表情は決して笑顔を見せなかった。しかし彼の普段の剣術位は覚えている。独特な刀の構え方で相手を翻弄し振り回す。もともと森で暮らすヴィエラである身軽なアンナには彼と同じ立ち回り方が動きやすいだろう。

 ヒエンはずっと2人の修行風景を見守っていた。『龍殺しのリンドウ』という名は聞き覚えはあった。かつてドマを震え上がらせた【妖異退治の専門家】でありながら、何らかの出来事を境に名を捨て【無名の旅人】となった変わり者。とはいっても誰もが知る一種の英雄であったため完全に自称であったらしいが。その者が見せた剣術は他の武器を扱うが如く奇妙なものであったと聞く。どんな強さを見せるのかヒエンは期待のまなざしを見せている。頃合いを見たゴウセツは近くにいた魔物に向かって刀を振るってみろという。アンナはニィと笑いながらゴウセツが一度だけ見せた剣技を忠実に再現する。力が抜けた彼女の手から一瞬だけ光が見えた気がした。

―――次の瞬間真っ二つにされた哀れな獣が横たわっていた。

「ゴウセツ、フウガ知ってたんだ」
「遠い昔酒を飲み交わした方でござる。何度か妖異狩りの世話にもなった」
「わしも聞いた事はあるぞ。生まれておらんかった頃の話でほぼ御伽噺な存在じゃがのう」
「そっか」

 アンナは満面の笑みを浮かべていた。先程の張りつめた緊張は無くなっているようだ。
 心の中ではヒエンの生まれてなかった頃という言葉のとげが刺さって痛がっていたが。

「アンナ殿から見たリンドウはどんな存在じゃった?」
「―――成人前に会ったずっと背中を追いかけていたかっこいいヒゲのおじ様だよ。それだけ」
「先程そなたは謎が多いやつと聞いていたからのう、知れて嬉しいぞ」
「あー別に秘密にしてるわけじゃないんだけどね」

 ヒエンはうそつけと言いながら小突いている。アンナは柔らかの笑みで「そうだ。フウガって最後どこに住んでた? ……お墓は?」とゴウセツに詰めかける。ゴウセツはたじろきながらが答える。

「このドマのどこかだったまでは覚えておるのじゃが―――おお赤誠組なら知っておるかもしれん。この戦いが終わったら聞いてみるとよい」
「お預けって事ね。了解。絶対ゼノスに勝つ」

 ゴウセツはアンナに罪悪感を感じながら嘘をついた。本当は知っていたのだがリセから教えてもらっている極度な方向音痴の彼女を口伝だけで無事に届ける自信が存在しなかったのだ。
 しかし宝石みたいな赤色の瞳に焔が宿ったように見える。図らずも彼女の情熱に火をつけたいたようだ。ゴウセツのわずかに張りつめた緊張が緩まっている。リンドウの年齢から考えると彼女の方がゴウセツよりも年上と察するものがあるが、うら若き弟子が増えたような感覚が生まれていた。それはかつて少女だった彼女と旅をしたリンドウも同じ気持ちだったのだろうと伺える。

「さあおぬし達ももう寝なさい。明日の試練に支障が出ては困りますがな」
「確かに。ゴウセツもしっかり休んで。本当にありがとう。あとリセ達には内緒で」
「はははエオルゼアの英雄殿は秘密を多く持ちたがる」
「そういうのじゃないさ。……まあ改めてよろしくね、ヒエン」

―――これはボクの精一杯のワガママにして恩返し。負けるわけにはいかないんだ。でも奥底に仕舞い込んだハズの感情が溢れ出すのを我慢して進み続けるのも、悪くない。

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#シド光♀ #ゴウセツ #ヒエン #リンドウ関連

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―――彼女は俺が淹れるコーヒーをいつも美味いと言ってくれる。「シドおはよう」「ア…

紅蓮

#シド光♀ #即興SS

紅蓮

“苦いコーヒー”

―――彼女は俺が淹れるコーヒーをいつも美味いと言ってくれる。

「シドおはよう」
「アンナか。今日は……また変な事してるな?」

 俺はジェシーによる怒りの月末恒例地獄の書類整理を終わらせ仮眠室にて数時間の睡眠をとった。未だ徹夜続きで重たい身体を引きずり会長室に戻ると黒髪のヴィエラが椅子の上に胡坐で座り込み辺りの書物を読んでいた。当然のように通されているのはセキュリティな心配が浮かぶが、俺が仲良くする旅人なら大丈夫だろうと彼女は社員から信用されているようだ。嬉しい事だが少々複雑である。俺は「アンナ、面白いものでもあったか?」と聞くと報告書から顔を上げる。

「機密の収集?」
「会社の秘密を勝手に持っていかれるのは困る」
「大丈夫。何か読み物がないと落ち着かなかっただけ。理解しようとは思ってない」
「言い方考えろ」

 あははと笑う彼女に俺はため息を吐いてやる。ケトルに手を伸ばしながら「コーヒーでいいか?」と聞くと「ん」と答えが返って来た。渡してやると「ありがと」と言いながら口に含んでいる。

「おいしい」
「そうか? 社員達からの評判も悪いまっずいコーヒーだ」
「そうかな。あなたが淹れてくれるものなら私は何でもおいしいと思うよ?」

 恒例の天然タラシだ。アンナは何も考えず俺が言葉を詰まらせる言葉をシラフで放つ。ここで下手に何か言うとカラカラとはぐらかすかのように笑って終わる。その日常に慣れた俺は何とか目を逸らし咳払いのみしてから無言を貫くのだ。
 最近俺は出会った時からアンナの事は異性として好意を寄せている事が分かった。奇麗な顔に反してウルダハの剣闘士のように力強い戦い方をし、ぶっきらぼうに見せかけて意外と分かりやすい表情も見せる。褐色肌にガーネットみたいな紅い瞳を持った彼女が見せる敵に対する不敵な笑みがときどき恐ろしく見えるのだが―――そこに興奮する自分もいた。自分よりも頭一つ分高い身長、細い肢体でありながら無駄のない引き締まった筋肉。愛しそうに刀を撫でる姿も、鋭い目で敵を射止め斬り捨てる姿も俺の目には全て魅力的に映る。あと少しで手に届きそうなのに、その”あと一歩”に届くことがない。延々と『おあずけ』され続けているわけだ。
 社員らで呑みに行った時何度「アンナさんといつ付き合うんすか」やら「付き合う気がないなら娘さんを僕にください」と言われたことか。娘じゃないし渡す気もないし前者に関しては俺が聞きたい。というかコイツらにあの気まぐれ屋を制御できるわけがないだろう。
 俺は逢瀬を重ねるたびに自分の中で膨れ上がる感情に対して【この人は俺の事をどう思っているのだろうか?】という難題を何度も考えた。呼べば来てくれるしアンナ自身も弱った時は慰めて欲しいのか俺にリンクシェル通信を入れる。みっともない姿を見せても彼女は即自分を元気づけるように動くし、彼女が周りからの期待と重圧で苦しそうな姿を見せる時はいつもそばでフォローを入れていた。
 傍から見ると付き合ってる風に見えるだろ? 情けない話だが何も起こっていないんだ。

 考えていると彼女に「おーい」と声を掛けられる。振り向くと目前にいつの間にか立ち上がった彼女の、開いた首元からチラリと見える褐色の肌。自分の体がビクッと跳ねたのが分かる。慌てて後ずさった。これも一種のイタズラってやつだ。彼女とコミュニケーションを取り続けたいのなら引っかかってはいけない。
 このアンナという女は大人しい女性という雰囲気を見せながらもモーグリ族やシルフ族みたいにイタズラが好きという習性がある。いや俺も最近まで知らなかった。クッションに何か仕込んだり食べ物にとびきり辛い物を潜ませるのは序の口。恋人ならば性行為に突入するような一歩間違えたら自爆につながる事も真顔でやる。本人は一切顔色を変えないのだが俺としては心臓がいくつあっても足りない。ときどきは注意してやるとする。

「あのな、お前は何をしたいんだ」
「? 何をとは?」
「こういうイタズラは誰にでもするのか?」
「しててほしい?」

 少しずつこちらににじり寄って来る。俺はとっくの昔に扉を背に動けなくなっていた。ニィと笑い手で扉をドンと叩きながら俺の反応を見るために体を軽く曲げ最接近する。

「そんなわけないじゃないか」
「でしょ? あなたが楽しいって思ってるから、望んでいる事をしているだけ」
「お前がどう思っているか知りたい。俺が、じゃなくてな」

 負けじと彼女の頬を両手で覆ってやる。むぅと聞こえたが他は何も言わない。彼女は都合の悪い事を聞かれたら少々ばつの悪い顔をして口を閉じる。軽く目が泳ぎ、予想だがどう言えばいいのか頭の中で考え込み軽くショートしているみたいだ。

「黙秘権ってやつか? 不利になったらいつもそれだ。俺は、もっと、お前を知りたい」

 長く落とした赤色のメッシュが混じった黒髪に触れ、少しずつ上に沿うように指を走らせる。長い耳の付け根に届く、そろそろだろう。

「ああああなたは知らなくてもいい。私はあなたをからかえれば楽しいだけだし?」

 彼女は近付けていた顔を上げそっぽを向いた。「やべ」と言いながら少々引きつった笑顔で言う様は明らかに挙動不審である。先述の通り基本的に表情は崩さないが分かりやすく反応はする人だ。あと知らなくてもいいと言いながらきちんと答えを返すのは律義な所がある。そしてこれも予想だが彼女は耳が『とびきり弱い』。リンクパールは「何かゾワゾワするから」と周りから言われない限り率先して付けず、決して人に耳を近づけない。何かあった時は髪を伝って耳に指を近づけるだけであっという間に大人しく引き下がるのだ。それが把握されている事も既に向こうには察知されているらしくいつも「やべ」と言って引き下がるのが分かりやすい。なら変な事するなとしか言いようがない。

「あ。コーヒーが冷めたら美味しくなくなるから飲まないと―――ね?」
「そうだな。ちょうど誰かさんに邪魔されて寝起きのコーヒーを飲む事が出来なかったんだ。……何も入れてないだろうな?」
「発想になかった。次から考える」

 いらん、と言いながら俺は自分が淹れたコーヒーを彼女に対する感情と共に一気に飲み込む。明らかにコーヒーだけではない形容しがたい苦みが身体の芯まで染み渡らせた―――

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#シド光♀ #即興SS

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注意次元の狭間オメガ途中の話。シド少年時代捏造。   上級軍人になった…

紅蓮,ネタバレ有り

#シド #ネロ #ギャグ

紅蓮,ネタバレ有り

好奇心は旅人を起こす
注意
次元の狭間オメガ途中の話。シド少年時代捏造。
 
 上級軍人になった頃、オレは新たに立ち入れるようになった軍の資料室で調べモノをしていたンだ。その時偶然『あの怪談』の真実へつなぐ一欠片を見つけてしまった。それが今につながるたァ思わねェよな? 英雄サンよォ―――



「ネロ、面白い話して」
「何言ってンだ? オマエ」
「あなた、社の中では新人社員」
「だから英雄サマに面白い話を献上しろってかァ? コッチはオシゴト忙しいの」
「あき……新人クンとのコミュニケーションの一環」

 今明らかに飽きたと言いかけたな、隣では『保護者』の社長サマが笑いをこらえている。ヤーンの大穴にて発生したオメガの検証。オレやガーロンド社の人間からしたら未知との遭遇であり目を輝かせるものなのだがこの各所で英雄と呼ばれるオンナ(?)にはあまり響かないものだったらしい。英雄サマは俺を半ば強引に社員として引き入れた"会長代理サマ(ジェシー)"とはまた違う女性として認識しにくい。それどころか人間と認識できるか曖昧なほどの強さを持つ。超える力なンて必要ないんじゃねェか? どうせ疑わしいものは全部ぶちのめしていくクセによと思うことは多々ある。ガーロンド達や暁の人間がいないと誰も自分の領域に一切入れたがらない孤独な存在だは『知って』るさ。
 ていうか何が新人社員とのコミュニケーションだ。そもそも元凶であるアンナは社員でもないやつだ。最初こそ大人しく人助けがシュミな奇妙なウサギかと思っていた。だが、ガーロンドの野郎に懐いて稀に奇行に走る変人だったと聞いたときは正直眩暈がした。社員として招き入れられたからにはいつかこっちに余波が飛んでくると思っていたがまさか今だとは予想外だ。つーかビッグスとウェッジが倒れた後のくせに呑気すぎる。いやもしかしたらそういう雰囲気にしないと耐えられンないと判断でもされたか? そりゃまた余裕あンな。
 しかし事の元凶からの期待するかのような視線が痛い。癪だが従ってやる。この退屈を嫌うヤツが気に入りそうな話はあっただろうか。ウサギ……赤……そういえば昔聞いた話があった。戦い好きにはちょうどいい話でもあるだろう。

「英雄サマに気に入ってもらえるか分かんねェが……今は暑いし新人兵時代に聞いた怪談にすっか」
「お前がそういう話持ってるとは珍しいじゃないか」
「オマエなァ……」

 次はガーロンド側がうるさい。オレが何したっていうんだ。まァいろいろあったか。記憶を頼りにイイ感じの話にしてやろう。

「昔帝国に奇妙なやつが現れてな」
「私が見た帝国の人皆変だった」
「否定はしねェが大人しく聞いてろ。まあソレは突然帝国領内に現れたそうだ。深々と血塗れのマントを被った戦士だってンだ。面白ェだろ?」
「……うん?」

 長い耳がピクリと動く。そして少しだけ顔が青い気がする。もしかして怖い話は苦手だったのか? いやそれだったら最初から拒否するか。珍しくスキを見せやがったので少し嬉しくなったもンだから追撃してやる。

「『ここはどこだ、出口はどこだ』と低い声で呻きながら兵士に近付く。無論その場にいた奴らからしたら侵入者だ。捕らえようと動くが手に持った槍であっという間に一網打尽にされたそうな」
「うぇ」
「倒した後ポーションぶっかけて去るんだよ」
「はあ?」
「そしてその名前は」

 そういえば不在だがビッグズとウェッジも入隊はしていた事を思い出した。じゃあアイツらも知っているかもしれない。ガーロンドといえばきょとんとした顔でオレを見ている。まァおぼっちゃまにまでは届かなかった血生臭い話だろう。あとさっきから奇声を上げているウサギも見ていて少しだけ面白い。

「鮮血の赤兎」

 当の元凶を見ると顔色が真っ青というかいつにも増して様子がおかしい。



「英雄サマはコワイ話は苦手だったかァ? 戦う相手はしっかり選べっていう教訓話だったンだぜ?」と声をかけてやるとビクリと体が跳ねオレを一瞬だけ睨みつけた。その刹那が怖かった。蛇に睨まれた蛙の気持ちが今ならわかる。殺される、本能が警笛を鳴らし喉がひゅっと鳴る音が聞こえた。しかし即座に普段の穏やかな表情を見せると回れ右をし、出口へ走り出した。

「おいアンナどこに」
「う〇ち!」
「仮にも女だろ少しはぼやかす表現しろ!」
「じゃあお花摘み!」

 シドの問いかけに対し遠慮なく言いやがったなコイツ。以前チラッとガーロンドからあまりデリカシーというか恥じらいが存在せず男友達みたいで楽しいと聞いた。しかし大の大人であるこっちが恥ずかしくなるような事も言うのは少し人としてはどうかと思うがそれはいい。
 オレは本能で理解した。特大の地雷を踏んだのだ。面倒くさい。だがどの部分で踏み抜いたンだ?

「しかし不思議なんだが」

 アンナが外出した後ガーロンドが何やらブツブツ言っている。

「深くマントを被ったって話なのに何で兎って単語が付いたんだ?」
「そりゃ見た勇気あるやつがいたンだろ? ヴィエラなンてオレらの故郷では珍しいし記憶に残ってたンじゃないの」
「それもそうか。……実話なのか?」

 ガーロンドは俺の襟を掴み体を揺らす。珍しくスゲェ必死な感じが伝わるが力任せで痛いので強引に払いのける。

「アァ、マジらしいぜ? 真っ赤な髪の返り血が良く似合う性別不明なヴィエラだったってよ」
「会ったことがあるんだ。赤髪赤目で帝国の外への道を聞いてきた優しいヴィエラだった」
「ア?」

 話を聞くとこうだ。魔導院に入学する直前に偶然夜外に出ると国内で行き倒れかけてたヴィエラがいた。温かい食べ物を渡し出口を教えると走り去ってしまったと。いろいろありすぎて忘れていたが自分が飛空艇に憧れを強めたきっかけでいつか再会できたら大空を案内すると約束したとか。なンという淡い初恋みたいな話。最近グリダニアで会えたとかよくこンな状況で話せンな。

「入学前の頃って事は20年程度前か? 遥か昔にあった騒動が元ネタらしいから違うヤツじゃねェの」
「そうか……ならよかった」

 よかったって何言ってンだコイツ。しかし20年程度前? どこか昔の記憶が引っかかる。思い出した、流し読みで終わったアレの記録だ。いざ蓋を開いたらただの過去の不祥事をごまかしたくだらない種明かしだとため息を吐いた『報告書』。そこからオレは頭の中でパズルのピースが嵌め込まれていく感覚を味わった。



 外の空気を吸ってくるとロビーから出ると道にはモンスターの死骸が落ちている。恐ろしいほどに分かりやすい感情だ。情景をたどるとそこには血に塗れた槍を持った英雄サマが眉間にしわを寄せ空を見上げていた。

「トイレはいいのか? 英雄サマ……いや『鮮血の赤兎』さんよォ」

オレの軽口に先程見せたクァールもぶッ倒れそうな位細く睨みつけた目を向ける。

「怖い怖い、そのキレイな顔が台無しだぜ?」
「ネロ、サン」

 その目は一瞬だった。次にウサギは引きつった笑顔でこう言い放ちやがった。

「"私"、武器振り回した後ポーションはまとめて渡したけど一々ぶっかけた記憶はない。それよりさ、仲良クシマセンカ?」

 どうやら地雷、怒りではなくバレた事に対しての怯えの方が大きかったらしい。先程の緊張は何だったのか、ため息を吐く。あとさりげなく重要なことを言っている。詳しく聞きたいが先に彼女の質問攻めが始まった。帝国兵だけが知っている話なのか、悪用してやらかしたヴィエラはいないのか、他に変な逸話は出来ていないか。適当に返してやるとアゴに指を添えふむと考え込んでいた。

「勿体ないがやはり帝国消滅……」
「おっかねェこと言うな。ッたくおたくの仲間らに過去の事は」
「聞かれてないし。そりゃ言っておいた方がいいだろうけどここ最近タイミング悪い」
「そうだな。まァちょっと過去に繋がる話出来るだけでこンな挙動不審になるオマエが話せるわけないよなァ?」
「……そもそも何で"私"って分かった?」

 オマエの反応があからさますぎたから、と言えば簡単なンだが今まで隠していた情報を出してやる。

「まずオマエがグリダニアにたどり着く前」
「はい?」
「赤髪だったのを見てたンだよなァ」
「……はああああ!?」

 期待通りの驚愕する叫び声に笑いを堪えられない。ゲラゲラ笑いながら追撃する。

「前言ったよな?エオルゼアに来てからずっと見てたってよ」
「いやそれは蛮神殺しやらで監視してたとかそういうやつじゃ」
「バーカ、当時話もしたンだが英雄サマには歯にもかけられない存在だったかァ。悲しいなァ」
「あ、いやそういうのはいい……あれか? あれだよなあ」
「過去より今が大事なンだろ? ッたくアレも意味が変わってくるじゃねェか……」
「? 何か?」
「こっちの話だ気にすンな。ほら帰ンぞ。保護者心配してンじゃねえか?」
「別にシドは保護者じゃない。―――いや現状の"あの子"を考えるとそうかも?」

 オレがあの時読んでしまった『報告書』。それはとある部隊が初代皇帝陛下へ報告するためのモノだ。持ち出し不可の書架に置かれた軽く50年を超える記録。帝国占領地内を移動するバケモノの行動が記されていた。当時のオレには全く理解できなくて。それに加えてただの不祥事から作られた創作なンて事実にガッカリした。しかしこれがもしソル帝が対象のヴィエラが女だったと知ってたらトンデモなく下らねェ理由で創設された部隊になる。
 そして幾らか前、再び帝国内に招き入れたが潜伏され帝国領外へ走り去ったなンて記述も記憶にあった。それがもしシド・ガーロンドがやらかした事だったとしたら。そして助けた少年がアレだとアンナ・サリスも気付いていたとしたら。なぜ無名の旅人だと言ってるくせにエオルゼアから出て行かずここにいるのかに対しての見方も変わるじゃねェか。

「なあガーロンドに」
「"ボク"がいつかちゃんと言うから"この子"のために絶ッッッ対に言うな」
「おーコワイコワイそれがオマエの本性か。つーか苦しいから離せ」

 胸倉を掴み上げられ舌打ちされた。無駄に背が高くてウサ耳褐色肌で一人称ボクの女の見た目をした顔のいいヤツと人によったら大好物かもしれない。中身を見るとトンデモ戦闘兵器なンだが。しかし先程から様子がどこかおかしい。妙に自分に対して他人事だ。ふと我に返ったのか手を放しオレの服を整えながら「アーゴメン」と謝る。オレはため息を吐きながら女の手を軽く振り払った。

「言う気はねェよ。オマエの反応をしばらく見てるのも楽しそうだしナァ」
「むー……そう言ってくれると思ってた。キミの本質は"ボク"と変わらなさそうだし」
「オマエさんと? バカいうんじゃねェよ」
「そうかな? "ボク"みたいに一匹狼でいる方が好きで1人でバカみたいに抱え込みやすくて分厚い仮面を被っている。ほら一緒」
「何が一緒だどっちかっつーとガーロンドと同じお人好し厄介ゴリラバカなンだわ」
「ケケッ"ボク"分かってるんだよ。オメガ片付いたら逃げる気だろう? 黙っててくれるなら"ボク"も内緒にするよ?」
「その秘密と割に合うと思ってるオマエがすげェわ」

 目を丸くしている。そして次第にくくくと笑い、いつの間にかオレら2人で大爆笑していた。そしてふと前にガーロンドが言っていた彼女への評価を思い出した。

「男友達みたいで面白い、か」
「ネロサン何か言った?」
「ンでもねェ。つーかさん付け気持ち悪ぃわ」
「いやあ仲良くしましょうぜ、へへ肩でもお揉みしますよダンナァ」
「肩が粉砕されるからいらねェ。くっそ人の過去なんて気軽に暴くもンじゃねェな」

 エントランスへ戻る途中、揉み手しながら俺の2歩程後ろを歩く英雄サマはどう考えても気持ち悪すぎる。これはガーロンドの元に戻るまで続き、オメガに対峙するよりも遥かに疲れがたまってしまった。一緒に戻ってくるなり仮眠を取ると決めたオレの顔と満面の笑顔なのだろう後ろの英雄サマを見た時のヤツの反応を見る前にオレは固い床に寝転ぶのであった。クエッと鳴き声がオレの頭上から聞こえる。そのまま掴み引き入れて今後を考えながら意識を底に沈めるのであった―――。

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