FF14の二次創作置き場
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- 2024/11/19 "召し上がれ&quo… 新生
- 2024/11/15 溶けあうもの 紅蓮
- 2024/11/11 "11月11日&qu… 蒼天
- 2024/10/18 "嫉妬"、… 漆黒,
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それは本当に、"恋"なのか
「なあアンナ、覚えてるか?」
「何?」
「俺の告白を断った時の言葉」
「記憶にない」
シドは笑顔を引きつらせながらアンナの頬を抓み引っ張る。
「お前『あなたが好きなのは過去に会った旅人でそれと重ねてるだけ』って言ったことあったよな?」
「……知らないねぇ」
「とぼけるんじゃない。蓋を開いたら重なるどころか本人だったじゃないか!」
そう、あれは想いを伝えてからしばらくしてアンナが次なる冒険へと旅立つ直前の話。
◇
シドはアンナを抱きしめた。あの時言った通り確かに一切抵抗せず受け入れている。
しかしその腕はシドを抱き返すことはなかった。しかし時々頭を優しく撫で回す、その柔らかく冷たい手が心地いい。
「今日も仕事が大変だった?」
「まあ。でも最近のお前さんに比べたら全然だ」
「―――かもねぇ」
リンクシェルが鳴る。取ってみると防衛装置の調整についてのあれこれが流れていた。明日は休みの筈だが全く休める気がしない。
「休日出勤予定?」
「行かん」
小さな声に対し小突く。指示を回し切断した直後、アンナを押し倒す。
「お前さんとの数少ない時間の方が重要だからな」
「そう」
「好きな人といる時間は大切にしたいってのはおかしいことか?」
「別に私はあなたのこと好きじゃないし。嫌いでもないけど」
少しだけ傷付く言葉だ。ジトリとした目で睨みつけるとアンナはため息を吐く。
「あなたが好きなのは私じゃなくて旅人のヴィエラという記号。そうじゃなくて?」
「違う、俺はアンナが」
「違わない。あなたは昔会ったヒトと私を重ねてるだけ。それを違うってちゃんと言い切れる?」
シドは目を見開き固まってしまう。あの夜、何度も"赤色の旅人"と姿が重なりながらも抱き潰した。後日お詫びにと寸止めしまくってからじっくり頂いたりもしたが。そう、あの不思議な雰囲気とどうしても重なることが多い。が、考えないようにしていたのを見透かされていたようだ。
「ほら言えないでしょ? ヒトってそんなもん。"宿題"はそれも含めたモノ、だと思うよ? よーく考えて」
力が緩んだ隙に振り払われ、次はシドが押し倒される。アンナは跨り、額に口付けた。
「振り返ってみたら、意外と私じゃなくてもいいって分かると思うよ? 無名の旅人よりも魅力的なヒトってこの世にいーっぱいいるからさ」
それはまるで子供に言い聞かせるような優しい声。頬を撫でながら切ない笑顔を見せ、アンナは目を閉じた。
『そんな顔をされたら余計に諦めることができなくなるじゃないか』
冷たい言葉とは裏腹に優しい仕草が欲を刺激していく。本当に嫌なら他の人と同じく冷たく突き放せばいいのにどうしてそんな泣きそうな顔をするんだとシドはぼんやりと見上げた。
「それでも、今はアンナじゃないと嫌だ。分かってほしい」
身体に手を回し、その冷たい肌を味わった。
◇
「いやホントに覚えなし」
「だからとぼけるな。俺はあれ以降滅茶苦茶悩んでたんだぞ。意地悪すぎだと思わないか?」
「愛というものは障害がつきものらしい。知ってた?」
「意味が違うだろ意味が!」
アンナが世界を救いに消えていた間、シドはずっとその言葉が刺さり続けていた。そしてネロとエルファーを連れてリンドウの終の棲家へ行き、アンナの過去を知ると驚愕する。
ずっと遠回しに自分だとアピールしていたことに気付かない己の鈍感っぷりに呆れた。それと同時に『当の本人なら重なるのも当然じゃないか』と拳を握り締める。
「だって本当に分からなかったし。ボクが好きなのか、昔の"ボク"が好きだから勘違いしてるのかって」
「うぐ」
「ボクはもう過去に戻る気はないし忘れて欲しいって言ったのに。キミは覚え続けて勝手に重ねて葛藤しただけじゃん。解決できてよかったねー」
「確かにまとめて欲しいとは思っていたがな、言い方ってもんがあるだろ!」
「ふん。開き直るんじゃないよ。ボクはただ事実を言ったまで。ていうか何で気付かなかったの? 恋は盲目?」
シドは睨みつけながら押し倒す。アンナは「何」と怪訝な目を向けた。
「あークソッ、抱く」
「脈略無し。反論できないからって力で押し切るんだ。酷い人」
「うるさい。自分の過去に嫉妬するアンナが可愛いのが悪い」
してないという言葉も虚しく舌を絡み取られてしまった。アンナは心の中で『まーたボクは余計なことをしちゃったかあ』と呪う。まあ勝とうと思えば勝てるのだがこういうのにノッてあげるのも悪くはない。
せめて今日は一晩超過コースにならないようにと祈りながら笑みを浮かべ、その手を握り返すのであった―――。
#シド光♀ #即興SS
"スキンシップ"
補足
蒼天.5終了以降紅蓮.0のどこかで起こったシドとアリゼーの会話。シドと自機がまだ感情に自覚してない頃です。
「ねえシドあなた」
「アリゼーか。どうした?」
「アンナのスキンシップに慣れすぎてない?」
偶然休憩中に佇んでいたシドは急にアリゼーに話しかけられ首を傾げる。しばらく考え込んだ後、「ああ」と手をポンと叩く。
「だいぶ前に諦めたし周りも当然のようにスルーだから異常というのも忘れてたな」
「あなたの会社どうなってるの!?」
アリゼーは先程あったことを語る。それとなく「アンナとシドって距離感バグってないかしら? そういう関係なの?」とアルフィノに聞いてみると「アンナとシドはああ見えて交際していないよ」と苦笑した。なので自分も試しに「アンナ!」と呼びながら横に立つ。そして不敵な笑みで腰に手を回してみると急に笑顔で「どうしたの?」とお姫様抱っこをされたという。公衆の面前で堂々とやるものだから嬉しかったけど流石に恥ずかしかったと振り返った。
「ああ成程。俺にもそんな頃があったな」
「そんな懐かしむほどなの?」
「いや俺も平気で抱き上げられるからもうプライドはボロボロなんだ。……って何だその哀れな目は。悪かったな」
アンナは細長い見た目に反して怪力である。どんな重い物も涼しい顔で持ち上げていた。手伝って欲しいと言うとシドごと運ぶこともザラにある。シドは最初こそ異常事態じゃないかと思っていたがもう当然のように受け入れている。それはどちらかというと諦めなのだが。
「だが俺以外にもそういうスキンシップ出来るとは思わなかったな。大体の人間相手は避けるぞ? あいつ」
「そうなの?」
「サンクレッド辺りに聞いてみたらいい。アンナはああ見えて人とコミュニケーションを取りたくないし記憶に残されたくない"無名の旅人"という生き物だからな」
「誰相手にも優しいからてっきり普通なのかと思ってたわ……」
言われてみれば大体アンナは誰かと会話している時は温和な態度を取っているが一定の距離感を保っていた。
「前にどうしてそう人をからかうんだと聞いたら護りたい相手には優しくしたいからって言ってたぞ。そういうもんだと受け入れて日常に収めてしまえば楽しいと思うぜ」
そろそろ戻らないといけないとシドはその場を後にする。アリゼーは目を丸くし、しばらく佇んでいた。が、徐々にどういうことか飲み込み始めると顔が赤くなっていった。
自分が、アンナに、護るべき存在と認識されている。口に手を当て悶えるような声を上げた。
#即興SS
蒼天.5終了以降紅蓮.0のどこかで起こったシドとアリゼーの会話。シドと自機がまだ感情に自覚してない頃です。
「ねえシドあなた」
「アリゼーか。どうした?」
「アンナのスキンシップに慣れすぎてない?」
偶然休憩中に佇んでいたシドは急にアリゼーに話しかけられ首を傾げる。しばらく考え込んだ後、「ああ」と手をポンと叩く。
「だいぶ前に諦めたし周りも当然のようにスルーだから異常というのも忘れてたな」
「あなたの会社どうなってるの!?」
アリゼーは先程あったことを語る。それとなく「アンナとシドって距離感バグってないかしら? そういう関係なの?」とアルフィノに聞いてみると「アンナとシドはああ見えて交際していないよ」と苦笑した。なので自分も試しに「アンナ!」と呼びながら横に立つ。そして不敵な笑みで腰に手を回してみると急に笑顔で「どうしたの?」とお姫様抱っこをされたという。公衆の面前で堂々とやるものだから嬉しかったけど流石に恥ずかしかったと振り返った。
「ああ成程。俺にもそんな頃があったな」
「そんな懐かしむほどなの?」
「いや俺も平気で抱き上げられるからもうプライドはボロボロなんだ。……って何だその哀れな目は。悪かったな」
アンナは細長い見た目に反して怪力である。どんな重い物も涼しい顔で持ち上げていた。手伝って欲しいと言うとシドごと運ぶこともザラにある。シドは最初こそ異常事態じゃないかと思っていたがもう当然のように受け入れている。それはどちらかというと諦めなのだが。
「だが俺以外にもそういうスキンシップ出来るとは思わなかったな。大体の人間相手は避けるぞ? あいつ」
「そうなの?」
「サンクレッド辺りに聞いてみたらいい。アンナはああ見えて人とコミュニケーションを取りたくないし記憶に残されたくない"無名の旅人"という生き物だからな」
「誰相手にも優しいからてっきり普通なのかと思ってたわ……」
言われてみれば大体アンナは誰かと会話している時は温和な態度を取っているが一定の距離感を保っていた。
「前にどうしてそう人をからかうんだと聞いたら護りたい相手には優しくしたいからって言ってたぞ。そういうもんだと受け入れて日常に収めてしまえば楽しいと思うぜ」
そろそろ戻らないといけないとシドはその場を後にする。アリゼーは目を丸くし、しばらく佇んでいた。が、徐々にどういうことか飲み込み始めると顔が赤くなっていった。
自分が、アンナに、護るべき存在と認識されている。口に手を当て悶えるような声を上げた。
#即興SS
『好きな人』3
注意
シドと自機の関係を見守るガーロンド社員たちの即興SSです。シド少年時代捏造。
時系列は次元の狭間オメガ終了後。
『アンナさんはとても強いし料理も上手です』『アンナさんに先日護衛してもらい何事もなく帰れました』『不愛想かと思っていましたが優しい方です』『社長と付き合ってますよね?』『アンナさんに告白したけど笑顔で断られました』『アンナさんにエスコートしてもらい買い物に連れて行ってもらいました選んでもらった香水で彼氏が出来ました』『王子様みたいです』
「これが社員から匿名で貰ったアンケートの一部よ」
「アンナやっぱモテるッスねー」
「告白した奴複数人いるのか親方でも玉砕状態なのによくやるなあ」
ネロがレフと一緒にシド名義の領収書を盛大に置いて『長期療養』に入った事件から数日後。レヴナンツトールのとある酒場にて久々に『自分たちの上司であるシドと旅人アンナの関係を見守る会』が行われた。今回は当人にバレないようアンナに関するアンケート調査を行った。大体このような突発的なものは無視されて終わるかいい加減な回答が多い。だが今回は渡したほぼ全員から回答有りで提出された。大体の人間はアンナに対して嫌悪感を抱くどころか好意的なものが多い。英雄である彼女の人たらしっぷりが発揮されている。
「ちなみに会長はアンナが女性社員を口説いてることは知りません」
「あんな白昼堂々やってるのにですか!?」
「恋は盲目ってやつッスかぁ!?」
「だから困ってるのよね。その場で口説いたら満足してあとは躱すから」
「ひえー男だったらとっくに死んでるやつじゃないですか」
アンナは女性社員を見かけたら絶対に歯が浮きそうなセリフで口説く。意外と大胆な人だというのは社員たちから言われるまでジェシーは知らなかった。当たり前である。レヴナンツトールで初対面時にシドに関しての説教を長々と行ったからだ。しかし、アンナが初めてガーロンド社へ案内された時のこと。嫌うことなく真っ先に自分の元にまずは護衛が必要な時は呼んで欲しいと手を差し出された。間違いなく優しい人である。しかし、優しくされる理由が一切見当たらない。
「それで今回のメインなんだけど。……少し前になるけどアンナが私たちに肩入れする理由を何とか聞くことに成功したの」
だから一度単刀直入に聞いてみたことがあった。
◇
「私が皆に優しい理由?」
「はい、何故いつも我が社を助けてくれるんですか?」
「そんな改まらなくていい。あなたたちに頼られてるから、と言えば簡単。でもそうだねえ―――ジェシーならいっか。少し昔に"旅人仲間"から聞いた可愛らしい話」
ある日の昼下がり、ラールガーズリーチにて。シドが機材の定期メンテナンスのため出払っていた時にアンナが現れる。ついでに軽く世間話ついでに聞いてみたのだ。すると「シドには内緒にしてね」と人差し指を口に当てながらこう言って帰った。
「昔ね、ある旅人が凍え死にそうになった寒空の下で命を助けてくれた真っ白な子供と約束をした。ヒゲが似合う男になるまでに再会、捕まえたら彼の手に広がった夢を、支えてくれる人を全部守ってあげる、と。その人は何も持たない旅人なのに大胆で莫迦な約束をしちゃった。それと重ねちゃって、ね?」
◇
「え、それって……親方!?」
「そこまでは話してくれなかったの。もしそうだったら……やばいわよ。確実に会長の脳みそがショートどころか爆発するわ」
「でも親方そんな話した事ないですよ。覚えていたら少なくとも今みたいな距離感には絶対ならないような」
「覚えてないんじゃない?」
ジェシーの一言にビッグスは考え込み「あぁ……」と天を仰いだ。アンナの行動を振り返ると確かにシドに気にかけ、どちらかというと子供扱いするようにからかっていた。そうしながらもシドが興した会社ごと護ろうともしている。それを「あなたたちに頼られてる内はエオルゼアに残る」と誤魔化して。なんという回りくどいヒントの出し方。
対して仕事以外は不器用な男は一切疑問に思っていないようだ。シドとしてはアンナに離れて欲しくないのだろう。何かあると水くさいじゃないかと付いて行き、社員の護衛等の手伝いもありがたいと言う。その傍ら暗に何かあれば彼女に頼れと社員を無意識にジトっとした目で睨んだ。『覚えるのが苦手』と言いながらも知識の吸収が早い彼女にアラグの文献を渡しているのも社員の一部は知っている。このすれ違いはきっとアンナも分かってやっている。今のままではあの男はネロのように頃合いを見て逃げられてから気が付き、ブチ切れる未来が見えた。
「勿体ない……ああなんて勿体ないシチューション……」
「その口ぶりはまだ捕まってない、って判定ッスよね? これ今俺たちが頼ってるから残ってるだけで絶対アンナさん頃合い見て逃げるッスよぉぉ」
「やっぱり親方に伝えるべきでは?」
「私たちが教えるのは何か違うでしょ」
ヤることはもうヤッてるしあの2人という言葉を飲み込みながら子供じゃないんだから気付くまで放っておきましょと苦笑しグラスを傾けた。
#即興SS
シドと自機の関係を見守るガーロンド社員たちの即興SSです。シド少年時代捏造。
時系列は次元の狭間オメガ終了後。
『アンナさんはとても強いし料理も上手です』『アンナさんに先日護衛してもらい何事もなく帰れました』『不愛想かと思っていましたが優しい方です』『社長と付き合ってますよね?』『アンナさんに告白したけど笑顔で断られました』『アンナさんにエスコートしてもらい買い物に連れて行ってもらいました選んでもらった香水で彼氏が出来ました』『王子様みたいです』
「これが社員から匿名で貰ったアンケートの一部よ」
「アンナやっぱモテるッスねー」
「告白した奴複数人いるのか親方でも玉砕状態なのによくやるなあ」
ネロがレフと一緒にシド名義の領収書を盛大に置いて『長期療養』に入った事件から数日後。レヴナンツトールのとある酒場にて久々に『自分たちの上司であるシドと旅人アンナの関係を見守る会』が行われた。今回は当人にバレないようアンナに関するアンケート調査を行った。大体このような突発的なものは無視されて終わるかいい加減な回答が多い。だが今回は渡したほぼ全員から回答有りで提出された。大体の人間はアンナに対して嫌悪感を抱くどころか好意的なものが多い。英雄である彼女の人たらしっぷりが発揮されている。
「ちなみに会長はアンナが女性社員を口説いてることは知りません」
「あんな白昼堂々やってるのにですか!?」
「恋は盲目ってやつッスかぁ!?」
「だから困ってるのよね。その場で口説いたら満足してあとは躱すから」
「ひえー男だったらとっくに死んでるやつじゃないですか」
アンナは女性社員を見かけたら絶対に歯が浮きそうなセリフで口説く。意外と大胆な人だというのは社員たちから言われるまでジェシーは知らなかった。当たり前である。レヴナンツトールで初対面時にシドに関しての説教を長々と行ったからだ。しかし、アンナが初めてガーロンド社へ案内された時のこと。嫌うことなく真っ先に自分の元にまずは護衛が必要な時は呼んで欲しいと手を差し出された。間違いなく優しい人である。しかし、優しくされる理由が一切見当たらない。
「それで今回のメインなんだけど。……少し前になるけどアンナが私たちに肩入れする理由を何とか聞くことに成功したの」
だから一度単刀直入に聞いてみたことがあった。
◇
「私が皆に優しい理由?」
「はい、何故いつも我が社を助けてくれるんですか?」
「そんな改まらなくていい。あなたたちに頼られてるから、と言えば簡単。でもそうだねえ―――ジェシーならいっか。少し昔に"旅人仲間"から聞いた可愛らしい話」
ある日の昼下がり、ラールガーズリーチにて。シドが機材の定期メンテナンスのため出払っていた時にアンナが現れる。ついでに軽く世間話ついでに聞いてみたのだ。すると「シドには内緒にしてね」と人差し指を口に当てながらこう言って帰った。
「昔ね、ある旅人が凍え死にそうになった寒空の下で命を助けてくれた真っ白な子供と約束をした。ヒゲが似合う男になるまでに再会、捕まえたら彼の手に広がった夢を、支えてくれる人を全部守ってあげる、と。その人は何も持たない旅人なのに大胆で莫迦な約束をしちゃった。それと重ねちゃって、ね?」
◇
「え、それって……親方!?」
「そこまでは話してくれなかったの。もしそうだったら……やばいわよ。確実に会長の脳みそがショートどころか爆発するわ」
「でも親方そんな話した事ないですよ。覚えていたら少なくとも今みたいな距離感には絶対ならないような」
「覚えてないんじゃない?」
ジェシーの一言にビッグスは考え込み「あぁ……」と天を仰いだ。アンナの行動を振り返ると確かにシドに気にかけ、どちらかというと子供扱いするようにからかっていた。そうしながらもシドが興した会社ごと護ろうともしている。それを「あなたたちに頼られてる内はエオルゼアに残る」と誤魔化して。なんという回りくどいヒントの出し方。
対して仕事以外は不器用な男は一切疑問に思っていないようだ。シドとしてはアンナに離れて欲しくないのだろう。何かあると水くさいじゃないかと付いて行き、社員の護衛等の手伝いもありがたいと言う。その傍ら暗に何かあれば彼女に頼れと社員を無意識にジトっとした目で睨んだ。『覚えるのが苦手』と言いながらも知識の吸収が早い彼女にアラグの文献を渡しているのも社員の一部は知っている。このすれ違いはきっとアンナも分かってやっている。今のままではあの男はネロのように頃合いを見て逃げられてから気が付き、ブチ切れる未来が見えた。
「勿体ない……ああなんて勿体ないシチューション……」
「その口ぶりはまだ捕まってない、って判定ッスよね? これ今俺たちが頼ってるから残ってるだけで絶対アンナさん頃合い見て逃げるッスよぉぉ」
「やっぱり親方に伝えるべきでは?」
「私たちが教えるのは何か違うでしょ」
ヤることはもうヤッてるしあの2人という言葉を飲み込みながら子供じゃないんだから気付くまで放っておきましょと苦笑しグラスを傾けた。
#即興SS
赤面の旅人
注意
旅人は過去を懐かしむ後日談その3。好きな人2と同時刻のおはなし。
書類、書類、書類。シドの周りには先が見えないほどの書類がまた積まれていた。まあ3日程飛び出してしまった分のツケだ。これ位は痛くないとは思っている。しかしだ。
「必要ないやつまで混じってるじゃないか……」
書類選別から始めないといけない積み方はどうかと本日何度目か分からないほどのため息をついた。不審なほどに大量の新商品についての仕様書や機構が書かれた設計図から予算の承認、取引履歴まで自分がいなかったにしては『効率よく事が進みすぎている』。何かがおかしい。
「会長! お仕事頑張ってください!」
交代で見張りに来る社員達の顔は未だに機嫌がいい。先に戻ってきていたアンナが目を見張るほどの土産を置いて行き大騒ぎになっている中シドは帰って来た。満面な笑顔の会長代理が持っていた金色の箱には『会長貸出料』と書かれており、「アンナといたならもっと早く言ってくださいよ! で、何してたんですか?」と土産話を要求された。かいつまんで説明すると次第に目から光が消え呆れた顔になっていたのは少し理解できなかった。シド本人としても自分に呆れている。彼女という靄に一つ触ることが出来た筈なのにどこか近付いた感じがしない。酒の勢いで身体を合わせてしまったのかと思いモヤモヤとしていたら2日前の『ナイスイタズラ』騒動で強引に現実に引き戻されてしまった。人を驚かす行為が好きなのは知っていたが、目的のためなら自爆に等しい事もやらかす人なのは初めて知った。
またため息を吐く。薄くなっているであろう肩に付けられた印を手で押さえる。「アンナ」とボソリと騒動から顔を出していない彼女の名前を呟く。その時だった。
「何?」
真上から声が響く。目を見開きながら見上げるとそこには自分をいつもの笑顔で見るここ数日の悩みの種がこちらを見つめていた。
「あれ、見張りがいたと思うんだが……」
「30分休憩。勿論内緒の約束済」
アンナは左手人差し指を口の前に当てながら右手に持っていたサンドイッチが乗せられた皿をシドに差し出す。シドが「変なの入れてないだろうな?」と聞くと「先日のお詫び」と笑顔を浮かべた。どうやら罪悪感という概念は存在したらしい。シドは礼を言いながら受け取る。
それに続きアンナは「あとほら」と言いながら書類を軽く押しのけながら机に座りコートの留め具を外しながら首元を見せシドに近付く。突然の行為に口をポカンと開きアンナを見ていると目を細め三日月のような笑顔を見せながら耳元で囁く。
「仕返ししてみる? まあ私の肌の色では痕跡なんて付かないからご満足いただけないでしょうけど」
一切反省してないじゃないかという理性と裏腹にふわりと漂うパーシモンの香りにごくりと息を飲む。唇が触れる手前でアンナは「なーんて。ナイスイタズラ」と言いながら離れようとした。"また"逃がしてしまう、つい反射的に「待て」と言いアンナの肩を掴み―――首元に噛り付いた。
「っ!?」
アンナの小さく短い悲鳴が聞こえた。一瞬ビクリと震えたのが分かる。完全にやり返されることは考えていなかったであろう細く引き締まった身体を強く抱きしめながらガリと歯を立てながら吸い、これまで叶わなかった彼女を味わう。汗とは違う甘い匂いと思ったよりも柔らかい肌に女性らしい要素もあることに安心した。幸いなことに抵抗はされなかった。だがいっそのこと跳ね除けてくれた方が諦めがついていただろうにと思いながら出来た痕跡に舌を這わせながら後頭部をぐしゃりと撫でる。髭が当たりくすぐったいのかくぐもったような息遣いが聞こえた。
「噛み痕なら付く」
「……そうみたいだねえ」
首元から顔を離しアンナの顔を見ると少しだけばつの悪そうな表情を見せながらも頬は褐色な肌の上からでも分かるくらい真っ赤に高揚していた。「煽ったのはアンナだからな?」と言ってやると「わ、忘れた」と呟きながら首元を隠すように押さえた。そして踵を返し出口の方へ歩き出す。
「そろそろ30分。サンドイッチ食べて頑張れ」
「いやまだ10分も経ってないんだが」
「……から厭だ」
ボソボソと呟いた後アンナは手を上げ数度振りながら暗闇に消えて行った。
手渡されたサンドイッチを口に含む。新鮮なラノシアレタスとルビートマト、卵が入った定番の品だ。とりあえず今は食べることに集中しよう。そして早々に仕事も終わらせてしまいたい。
先程の首元に付けた証と真っ赤になった怯えた目をする彼女の顔が脳裏にこびりついていた。そして去り際に残した「これ以上いたらキミがボクから離れられなくなるからイヤだ」という言葉にニヤけが止まらない。「もう遅いさ」という呟きが闇夜に溶けて消えた。
シドは『そうか、本当に俺はあの人を友人としてではなく異性として好きだと思っていたのか。そして彼女の心だけでない、身体にも自分だけの痕跡を残したいと強く願うほど歪んだ独占欲も持ち合わせていたのか』とこの瞬間に悟る。抱きしめ、噛み痕は残せた、じゃあ次に求めてしまう欲求はまさか―――いやそれはないだろう。しかしモヤモヤとした心が少しだけ晴れた気がした。
◇
「うそでしょ……」
翌朝、ジェシー達が出社すると積み上げておいた書類はほぼ全て片付けられ、ネロが組み上げていた設計図と睨み合う完徹だが異常に上機嫌なシドが座っているのであった―――
#シド光♀
旅人は過去を懐かしむ後日談その3。好きな人2と同時刻のおはなし。
書類、書類、書類。シドの周りには先が見えないほどの書類がまた積まれていた。まあ3日程飛び出してしまった分のツケだ。これ位は痛くないとは思っている。しかしだ。
「必要ないやつまで混じってるじゃないか……」
書類選別から始めないといけない積み方はどうかと本日何度目か分からないほどのため息をついた。不審なほどに大量の新商品についての仕様書や機構が書かれた設計図から予算の承認、取引履歴まで自分がいなかったにしては『効率よく事が進みすぎている』。何かがおかしい。
「会長! お仕事頑張ってください!」
交代で見張りに来る社員達の顔は未だに機嫌がいい。先に戻ってきていたアンナが目を見張るほどの土産を置いて行き大騒ぎになっている中シドは帰って来た。満面な笑顔の会長代理が持っていた金色の箱には『会長貸出料』と書かれており、「アンナといたならもっと早く言ってくださいよ! で、何してたんですか?」と土産話を要求された。かいつまんで説明すると次第に目から光が消え呆れた顔になっていたのは少し理解できなかった。シド本人としても自分に呆れている。彼女という靄に一つ触ることが出来た筈なのにどこか近付いた感じがしない。酒の勢いで身体を合わせてしまったのかと思いモヤモヤとしていたら2日前の『ナイスイタズラ』騒動で強引に現実に引き戻されてしまった。人を驚かす行為が好きなのは知っていたが、目的のためなら自爆に等しい事もやらかす人なのは初めて知った。
またため息を吐く。薄くなっているであろう肩に付けられた印を手で押さえる。「アンナ」とボソリと騒動から顔を出していない彼女の名前を呟く。その時だった。
「何?」
真上から声が響く。目を見開きながら見上げるとそこには自分をいつもの笑顔で見るここ数日の悩みの種がこちらを見つめていた。
「あれ、見張りがいたと思うんだが……」
「30分休憩。勿論内緒の約束済」
アンナは左手人差し指を口の前に当てながら右手に持っていたサンドイッチが乗せられた皿をシドに差し出す。シドが「変なの入れてないだろうな?」と聞くと「先日のお詫び」と笑顔を浮かべた。どうやら罪悪感という概念は存在したらしい。シドは礼を言いながら受け取る。
それに続きアンナは「あとほら」と言いながら書類を軽く押しのけながら机に座りコートの留め具を外しながら首元を見せシドに近付く。突然の行為に口をポカンと開きアンナを見ていると目を細め三日月のような笑顔を見せながら耳元で囁く。
「仕返ししてみる? まあ私の肌の色では痕跡なんて付かないからご満足いただけないでしょうけど」
一切反省してないじゃないかという理性と裏腹にふわりと漂うパーシモンの香りにごくりと息を飲む。唇が触れる手前でアンナは「なーんて。ナイスイタズラ」と言いながら離れようとした。"また"逃がしてしまう、つい反射的に「待て」と言いアンナの肩を掴み―――首元に噛り付いた。
「っ!?」
アンナの小さく短い悲鳴が聞こえた。一瞬ビクリと震えたのが分かる。完全にやり返されることは考えていなかったであろう細く引き締まった身体を強く抱きしめながらガリと歯を立てながら吸い、これまで叶わなかった彼女を味わう。汗とは違う甘い匂いと思ったよりも柔らかい肌に女性らしい要素もあることに安心した。幸いなことに抵抗はされなかった。だがいっそのこと跳ね除けてくれた方が諦めがついていただろうにと思いながら出来た痕跡に舌を這わせながら後頭部をぐしゃりと撫でる。髭が当たりくすぐったいのかくぐもったような息遣いが聞こえた。
「噛み痕なら付く」
「……そうみたいだねえ」
首元から顔を離しアンナの顔を見ると少しだけばつの悪そうな表情を見せながらも頬は褐色な肌の上からでも分かるくらい真っ赤に高揚していた。「煽ったのはアンナだからな?」と言ってやると「わ、忘れた」と呟きながら首元を隠すように押さえた。そして踵を返し出口の方へ歩き出す。
「そろそろ30分。サンドイッチ食べて頑張れ」
「いやまだ10分も経ってないんだが」
「……から厭だ」
ボソボソと呟いた後アンナは手を上げ数度振りながら暗闇に消えて行った。
手渡されたサンドイッチを口に含む。新鮮なラノシアレタスとルビートマト、卵が入った定番の品だ。とりあえず今は食べることに集中しよう。そして早々に仕事も終わらせてしまいたい。
先程の首元に付けた証と真っ赤になった怯えた目をする彼女の顔が脳裏にこびりついていた。そして去り際に残した「これ以上いたらキミがボクから離れられなくなるからイヤだ」という言葉にニヤけが止まらない。「もう遅いさ」という呟きが闇夜に溶けて消えた。
シドは『そうか、本当に俺はあの人を友人としてではなく異性として好きだと思っていたのか。そして彼女の心だけでない、身体にも自分だけの痕跡を残したいと強く願うほど歪んだ独占欲も持ち合わせていたのか』とこの瞬間に悟る。抱きしめ、噛み痕は残せた、じゃあ次に求めてしまう欲求はまさか―――いやそれはないだろう。しかしモヤモヤとした心が少しだけ晴れた気がした。
◇
「うそでしょ……」
翌朝、ジェシー達が出社すると積み上げておいた書類はほぼ全て片付けられ、ネロが組み上げていた設計図と睨み合う完徹だが異常に上機嫌なシドが座っているのであった―――
#シド光♀
『好きな人』2
注意
旅人は過去を懐かしむ後日談その2。『紅の旅人』数日後のおはなし。
「はい今回は非常に残念なお知らせがあります」
仕事が一段落した夜、モードゥナの酒場にて密かに開かれる会―――その名も『自分たちの上司であるシドと旅人アンナの関係を見守る会』。久々に開かれた夜会に会長代理のジェシー、社員のビッグズとウェッジは集まり酒を呑んでいる。
一方その頃会社では、会長であるシドが大量の書類に押しつぶされていたのだがそれは置いておく。
「先日会長が突然数日失踪したのは覚えてるわね?」
「確かクガネまでアンナさんを探しに行ったんでしたっけ?」
「すげーお金とお土産貰ったッスねー。親方と違ってフォローの速さが段違いッス」
「2人で温泉宿に泊まり、アンナの恩人の墓参りに行って飲み会したそうよ? そこまではいいの」
会長であるシドが失踪したのは約1週間前、暁の血盟所属のアルフィノと何やら話をした後飛び出して行った。申し訳なさそうに謝る銀髪の少年の姿が未だ頭に残っている。そして連絡が付いたのが3日前。そして悠々と空の旅をして戻ってきた。ちなみにアンナはテレポで先にモードゥナに戻り、クガネ土産と『会長貸出料』と書かれたものを渡された。「こういうの黄金色のお菓子って言うらしいの。本当にシド貸してくれてありがとう」って言われながら蓋を開けるとお菓子の下に目玉が飛び出しそうな金額のギルが詰め込まれていた。その後盛大に謝りながら帰ってきたシドと盛り上がりきった社内の空気の温度差が忘れられない。
そして何とか詳細を聞きだしたジェシーは報告会を開き、眉間を抑えながら言い切った。
「何もなかったそうよ」
「何も」
「そう、2泊一緒にいておいて何も起こらなかったそうよ」
盛大に溜息を吐くジェシー。目が点になり固まる他2人。
「1日目は風呂から出たら既にアンナは就寝、2日目は会長が酒の呑みすぎで即就寝よ。ほんっとあの2人信じられないわ……」
「親方……」
「誤魔化してるとかでもなく、か」
「アンナからも聞いたの。あの人の場合さらっと嘘つくから本当か分からないけどここ数日全然変わらないわあの2人。昨日会長の怒鳴り声が聞こえたけどそれはまあ日常茶飯事よ。というわけで今回ゲストを呼びました」
誰が、とビッグスが聞こうとすると「そろそろ来るわよ」とジェシーは手を上げる。足音が聞こえ2人は振り向くと。「変な時間に呼びつけられて来たら何やってンだ? お前ら」と言いながらシドのライバル(自称)であり元帝国幕僚長であったネロ・スカエウァが溜息を吐きながら歩み寄ってきた。
◇
「ガーロンドが、あのバブーンみたいな女を」
「アンナさん確かに強いけどそこまでゴリラじゃないッスよ!」
話を聞いたネロはゲラゲラと一頻り笑った後息を整えながら吐き捨てる。元々帝国を見捨ててから放浪していたが、シドが不在の間にオメガという餌をぶら下げてジェシーがヘッドハンティングしておいた。そして未だにシドへ報告はしていない。ネロのおかげで止まっていた業務を再開し、あとは会長であるシドのサインさえあればどうとでもなる状態にしていたので実は飛んで行ったことに対してはそんなに怒ってはいなかった。しかししっかり説教しておかないと気が済まなかったのでリンクパール通信は流し続けていたのだが。あの男は外してポケットの中に入れっぱなしで、なんと深夜にアンナが出るまで放置されていた。「ごめん、明日お詫びに行くから。明日の朝また出させるから着信入れて欲しい」という普段の明るい声がジェシーの心を少しだけ安心させていた。
「愉快な子なのよ? そりゃ外から見たらあんまり喋らない無駄に強い最終兵器みたいな人にしか見えないでしょうけど」
「料理もうまいし護衛とかも嫌な顔せずやってくれるんだよな。ちょっと親方の前だと愉快になるが」
「アンナさん手料理作ってください! って言ったら狩りに出かけたりする変な人だけどとってもいい人なんッスよ!」
「ただの少しだけ意思疎通取れる野生生物かよ。ンで? 何でおたくらの会長サマが惚れてるって分かンだよ?」
盛大にやれやれと溜息を吐いている。ジェシーはニッコリと笑いながら「決まってるでしょ」という。
「アンナが来た後露骨に仕事の速度上がるし数日来なかったら日に日にしょんぼりしていくのよあの人」
「ちなみに無意識らしいッス」
「ガキかよ……。んで? そのバブーン2匹の恋愛を見届けるために俺を呼ンだのか?」
厭味ったらしく言うネロに対して「違うにきまってるじゃない」とジェシーは苦笑しながら言う。
「アンナを調べて欲しいの。暁の血盟も調査はしてるらしいんだけど全然分からないみたい。普通冒険者に過去は関係ないけど……会社としては結構お世話になってる人だしこれからもずっと彼女に頼っていいか、会長を任せていいか調べておきたいの。全然その辺り会長も聞いてくれなくてようやく聞けたことが『剣豪ゴウセツも認めたある侍仕立てのヤバい気迫を持っている』って事だけ。そういえばネロは戦ったことあったわね。見たことある?」
「普通より数段力強い冒険者って感じだったがナァ……いや」
もしかしたらガイウス閣下なら知ってたかもなと茶化すように言うと3人は溜息を吐く。気迫とは何か分からなかったがただでさえ強いクセして更にそんな力を持っているとは全く知らなかった。確かにアンナは謎めいた存在だ。ネロとしてもバブーンと吐き捨てはいるがあの場所で会った時から興味はある。
「そういや昔あの女に助けられたことがあンだよ」
「いつの話よ」
「閣下が再びエオルゼア入りする事になる数年前、まだアレもただの旅人だった頃だな。油断してコボルド族に囲まれた時にあっという間に辺りを弓と蹴りで吹っ飛ばしやがった。アレが俺が一番味わった殺意かもナ」
エオルゼア潜伏調査をしていた頃の話である。計測に夢中で一瞬気を抜いた隙にコボルド族に囲まれてしまった時があった。ネロが懐にしまった小型の武器を取り出そうとした瞬間、ヴィエラの伝統衣装を纏った赤髪の女がどこからともかく乱入し、弓矢と蹴りだけで十数匹のコボルド族を吹っ飛ばす。半分以上はそのまま絶命し、残り少数はあまりにも恐ろしい気迫に逃げ出してしまった。これまた一瞬の出来事であまりの迫力に固まっていた彼を見て「大丈夫?」と笑顔を見せ、手を差し伸べた。少し会話を交わした後、「あなたに危害を与えようとした残りも刈っとくから」と言って去って行くのを口が閉じられないまま見送った記憶がよみがえる。
「アレは相当場数を踏んだやべェ女だってなった記憶がある。下手すりゃ別ンとこで傭兵か軍人だったンじゃね?」
「それだったら暁の血盟辺りが書類を掴んでくると思うのよ。どうやら第七霊災始まって間もなくエオルゼア近郊で目撃され始めたって話。それ以前の情報はさっぱり」
「10年以上迷子になってグリダニアに辿り着いたから私は強いって口癖ですよねあの人」
「ヴィエラならオサード方面出身だろ? そっから……泳いだンじゃねェか?」
「いやいやそんなこと」
「あるわけな……」
4人は頭の中で思い浮かぶ。大海の中泳いでエオルゼア大陸近郊まで辿り着こうとするヴィエラの彼女の姿。
「余裕で浮かぶンだわ」
「やるわあの人……」
「シュールすぎるッス……」
「お、俺はしないと思ってますよ!」
その後彼らはとりあえず呑むかとグラスを掲げるのであった。実はネロはもう一つアンナの手がかりを持っていたのだが、交渉の奥の手として仕舞い込んでいることにジェシー達は気付いていない。
一方その頃ガーロンド社。残業で潰れそうになるシドの所にアンナが現れていたのだが―――彼らにそれを知る由は無いのであった。
旅人は過去を懐かしむ後日談その2。『紅の旅人』数日後のおはなし。
「はい今回は非常に残念なお知らせがあります」
仕事が一段落した夜、モードゥナの酒場にて密かに開かれる会―――その名も『自分たちの上司であるシドと旅人アンナの関係を見守る会』。久々に開かれた夜会に会長代理のジェシー、社員のビッグズとウェッジは集まり酒を呑んでいる。
一方その頃会社では、会長であるシドが大量の書類に押しつぶされていたのだがそれは置いておく。
「先日会長が突然数日失踪したのは覚えてるわね?」
「確かクガネまでアンナさんを探しに行ったんでしたっけ?」
「すげーお金とお土産貰ったッスねー。親方と違ってフォローの速さが段違いッス」
「2人で温泉宿に泊まり、アンナの恩人の墓参りに行って飲み会したそうよ? そこまではいいの」
会長であるシドが失踪したのは約1週間前、暁の血盟所属のアルフィノと何やら話をした後飛び出して行った。申し訳なさそうに謝る銀髪の少年の姿が未だ頭に残っている。そして連絡が付いたのが3日前。そして悠々と空の旅をして戻ってきた。ちなみにアンナはテレポで先にモードゥナに戻り、クガネ土産と『会長貸出料』と書かれたものを渡された。「こういうの黄金色のお菓子って言うらしいの。本当にシド貸してくれてありがとう」って言われながら蓋を開けるとお菓子の下に目玉が飛び出しそうな金額のギルが詰め込まれていた。その後盛大に謝りながら帰ってきたシドと盛り上がりきった社内の空気の温度差が忘れられない。
そして何とか詳細を聞きだしたジェシーは報告会を開き、眉間を抑えながら言い切った。
「何もなかったそうよ」
「何も」
「そう、2泊一緒にいておいて何も起こらなかったそうよ」
盛大に溜息を吐くジェシー。目が点になり固まる他2人。
「1日目は風呂から出たら既にアンナは就寝、2日目は会長が酒の呑みすぎで即就寝よ。ほんっとあの2人信じられないわ……」
「親方……」
「誤魔化してるとかでもなく、か」
「アンナからも聞いたの。あの人の場合さらっと嘘つくから本当か分からないけどここ数日全然変わらないわあの2人。昨日会長の怒鳴り声が聞こえたけどそれはまあ日常茶飯事よ。というわけで今回ゲストを呼びました」
誰が、とビッグスが聞こうとすると「そろそろ来るわよ」とジェシーは手を上げる。足音が聞こえ2人は振り向くと。「変な時間に呼びつけられて来たら何やってンだ? お前ら」と言いながらシドのライバル(自称)であり元帝国幕僚長であったネロ・スカエウァが溜息を吐きながら歩み寄ってきた。
◇
「ガーロンドが、あのバブーンみたいな女を」
「アンナさん確かに強いけどそこまでゴリラじゃないッスよ!」
話を聞いたネロはゲラゲラと一頻り笑った後息を整えながら吐き捨てる。元々帝国を見捨ててから放浪していたが、シドが不在の間にオメガという餌をぶら下げてジェシーがヘッドハンティングしておいた。そして未だにシドへ報告はしていない。ネロのおかげで止まっていた業務を再開し、あとは会長であるシドのサインさえあればどうとでもなる状態にしていたので実は飛んで行ったことに対してはそんなに怒ってはいなかった。しかししっかり説教しておかないと気が済まなかったのでリンクパール通信は流し続けていたのだが。あの男は外してポケットの中に入れっぱなしで、なんと深夜にアンナが出るまで放置されていた。「ごめん、明日お詫びに行くから。明日の朝また出させるから着信入れて欲しい」という普段の明るい声がジェシーの心を少しだけ安心させていた。
「愉快な子なのよ? そりゃ外から見たらあんまり喋らない無駄に強い最終兵器みたいな人にしか見えないでしょうけど」
「料理もうまいし護衛とかも嫌な顔せずやってくれるんだよな。ちょっと親方の前だと愉快になるが」
「アンナさん手料理作ってください! って言ったら狩りに出かけたりする変な人だけどとってもいい人なんッスよ!」
「ただの少しだけ意思疎通取れる野生生物かよ。ンで? 何でおたくらの会長サマが惚れてるって分かンだよ?」
盛大にやれやれと溜息を吐いている。ジェシーはニッコリと笑いながら「決まってるでしょ」という。
「アンナが来た後露骨に仕事の速度上がるし数日来なかったら日に日にしょんぼりしていくのよあの人」
「ちなみに無意識らしいッス」
「ガキかよ……。んで? そのバブーン2匹の恋愛を見届けるために俺を呼ンだのか?」
厭味ったらしく言うネロに対して「違うにきまってるじゃない」とジェシーは苦笑しながら言う。
「アンナを調べて欲しいの。暁の血盟も調査はしてるらしいんだけど全然分からないみたい。普通冒険者に過去は関係ないけど……会社としては結構お世話になってる人だしこれからもずっと彼女に頼っていいか、会長を任せていいか調べておきたいの。全然その辺り会長も聞いてくれなくてようやく聞けたことが『剣豪ゴウセツも認めたある侍仕立てのヤバい気迫を持っている』って事だけ。そういえばネロは戦ったことあったわね。見たことある?」
「普通より数段力強い冒険者って感じだったがナァ……いや」
もしかしたらガイウス閣下なら知ってたかもなと茶化すように言うと3人は溜息を吐く。気迫とは何か分からなかったがただでさえ強いクセして更にそんな力を持っているとは全く知らなかった。確かにアンナは謎めいた存在だ。ネロとしてもバブーンと吐き捨てはいるがあの場所で会った時から興味はある。
「そういや昔あの女に助けられたことがあンだよ」
「いつの話よ」
「閣下が再びエオルゼア入りする事になる数年前、まだアレもただの旅人だった頃だな。油断してコボルド族に囲まれた時にあっという間に辺りを弓と蹴りで吹っ飛ばしやがった。アレが俺が一番味わった殺意かもナ」
エオルゼア潜伏調査をしていた頃の話である。計測に夢中で一瞬気を抜いた隙にコボルド族に囲まれてしまった時があった。ネロが懐にしまった小型の武器を取り出そうとした瞬間、ヴィエラの伝統衣装を纏った赤髪の女がどこからともかく乱入し、弓矢と蹴りだけで十数匹のコボルド族を吹っ飛ばす。半分以上はそのまま絶命し、残り少数はあまりにも恐ろしい気迫に逃げ出してしまった。これまた一瞬の出来事であまりの迫力に固まっていた彼を見て「大丈夫?」と笑顔を見せ、手を差し伸べた。少し会話を交わした後、「あなたに危害を与えようとした残りも刈っとくから」と言って去って行くのを口が閉じられないまま見送った記憶がよみがえる。
「アレは相当場数を踏んだやべェ女だってなった記憶がある。下手すりゃ別ンとこで傭兵か軍人だったンじゃね?」
「それだったら暁の血盟辺りが書類を掴んでくると思うのよ。どうやら第七霊災始まって間もなくエオルゼア近郊で目撃され始めたって話。それ以前の情報はさっぱり」
「10年以上迷子になってグリダニアに辿り着いたから私は強いって口癖ですよねあの人」
「ヴィエラならオサード方面出身だろ? そっから……泳いだンじゃねェか?」
「いやいやそんなこと」
「あるわけな……」
4人は頭の中で思い浮かぶ。大海の中泳いでエオルゼア大陸近郊まで辿り着こうとするヴィエラの彼女の姿。
「余裕で浮かぶンだわ」
「やるわあの人……」
「シュールすぎるッス……」
「お、俺はしないと思ってますよ!」
その後彼らはとりあえず呑むかとグラスを掲げるのであった。実はネロはもう一つアンナの手がかりを持っていたのだが、交渉の奥の手として仕舞い込んでいることにジェシー達は気付いていない。
一方その頃ガーロンド社。残業で潰れそうになるシドの所にアンナが現れていたのだが―――彼らにそれを知る由は無いのであった。
『紅の旅人』
注意
旅人は過去を懐かしむ後日談その1。シド少年時代捏造。
ふととある旅人と彼女を重ねてしまった。少年の頃に出会った寒いガレマルドの人が滅多に通らない路地裏の物陰で行き倒れていたあの人を。
「どうしたの?」
優しく語り掛ける声にハッと我に返ると目の前にはアンナの顔。目と鼻の先にあるアンナの綺麗な顔に慌ててしまいシドは椅子から崩れ落ちてしまった。当の彼女はクスクスと笑い手を差し伸べる。今更何を驚愕しているのだろうか、ふぅと溜息を軽くつきながらシドはその手を握る。
アンナと出会ってから程々な時が経った。霊災後、記憶を失いウルダハの教会に身を寄せていた頃に出会ってからというものの―――自分の責務を思い出してから蛮神討伐、ガレマール帝国の侵攻を跳ね除け、竜詩戦争を終結させた。そして遂にはドマとアラミゴを解放しようと走り続ける彼女を、大切な仲間で親しい友人として社員を巻き込み全力で裏でフォローし続けている。『会社の利益にならないことは程々にして欲しい』という部下の言葉をふわりと躱しつつなんとしてもアンナに喰らい付こうとするシドをアンナ本人はどう見ているかはまだ分からない。これは予想だが、どうも思っていないだろう。それでもいいと走り続けた結果、謎に包まれた過去を知ろうと調べ続けている最も近しい仲間である筈の暁のメンバー達よりもアンナという存在の靄に触れることが出来そうな……そんな関係を形成しつつもあった。
「いや、少し昔のことを思い出してな」
「昔……第七霊災当時?」
「もっと過去の話だ。というかお前さんといて何で急にその辺りの時代を思い出すと思ったんだ」
「うーん私が一番分からない辺りの話だからかな? 興味はそれなり」
「生まれてたよな?」
「迷ってた時に光が見えたとかしか」
シドは「お前どこで迷ってたんだ?」と苦笑しながらあの日以降頭から離れなくなった旅人の話をする。
魔導院へ飛び級で入学する直前に出会った帝国領内で行き倒れていた赤髪の男か女かも判断が付きにくいヴィエラ族を助けたことがあった。冷たく凍えていたので温かいスープを与えたら不器用だが柔らかな笑顔でお礼を口にする。そして少しの間だけ会話を交わした後、どこかへ走り去って行った。―――現在目の前にいる同じくヴィエラである彼女にいつの間にか執着してしまった原因でもあるような気がすると考えていたがそれは口には出さなかった。アンナは何も言わずシドの話を聞いていたが、語り終わるや否や満面な笑顔で「いい話」とシドの腰に手を回しながら手を取り、ニィと笑った。まるで御伽噺に出る王子様のようで。しかし相手はいい年した大人の男なのだが。
「あ、アンナ!?」
「その話、誰かにしたの?」
「しない、幼い頃の話をする機会なんてそんな…というかいきなり何をするんだ!?」
「そんなヒミツ、私に教えていいの? ただの旅人にするには重たい話」
シドの話を無視し、鼻先が触れ合ってしまいそうな位の距離に顔を近づけてくる。逃げようにも腰に置かれた手が逃がしてくれない。目を細めクスクスと笑う姿はまるでシドを試しているようで。
「先日お前にとって大事な人の墓参りに連れて行ってもらったんだ、俺の事も話したくなってもおかしくないだろ?」
「いやああなたそんなに私の事好きなのかって思ってお気持ち代弁?」
ふわりと離れながら恥じらうような素振りも見せず言ってのけるアンナには正直尊敬していた。まあ恋愛方面の話でも一切感情を揺さぶられるような人でも無いだろうなとは思っていたが。しかし『好きなのかと思って』?
あの夜『あんなこと』しておいて嫌いとかそういう事は無いとは分かっているが改めて正面から言われるとシドとしては恥ずかしくなる。が、何も気まずく思わず会いに来るアンナは度胸ある、というか恥じらいが無いのか? 会いに来なくなったらそれはそれで困るのでアンナの習性には感謝しかない。
「お前はどう思ってるんだ? 俺の事」
「嫌いな男の部屋に何度も訪れる人に見える? あ、ごめん流石に語弊」
「あのなあ…」
瞬時に顔が熱くなったシドの顔を見てアンナは慌てて謝罪した。他意は無い言い方だというのは普段の色気というものが存在しない彼女を見てると分かるのだが、瞬時に謝罪されるとそれはそれで余計に恥ずかしい気分になる。その反応を見たからなのか慌てたまま言葉を続けた。
「私は確かにきm…違う、あなたの部屋に来るのは気分転換……そう! 気分転換。勿論仕事疲れなあなたの」
「そ、そうか」
「前も言ったけど、私は旅人。本来は同じ場所に残りたくない。痕跡も残さない。だから無意識に距離を取る。本来はここにも来ないようにしなきゃと」
「今更どこに消えるつもりだ?」
アンナは珍しく慌てふためいている。命の恩人の墓参り中でも見せなかった姿が少し新鮮に思えた。そしてシドは徐々に普段とは違う口調を正す姿に無理しなくてもいいのにとぼんやりと見つめながら見つめている。
「ヒミツ! 旅人はミステリアスに。それがポリシー」
「確かにお前さんは謎が多い人だが」
「とにかく! キミがボクの事が好きだから先にナイスイタズラ! いやあいい反応見れて楽し……あ」
「ボク……か」
あー! と奇声を上げている。今のが『本来のアンナ・サリス』だったのだろう。趣があっていいものだと思うが本人にとっては化けの皮が剝がれたようなもので。アンナは頭を抱え部屋の寝台に頭をぶつけている。
「前から薄々感じてたがもしかしてあんまり喋らないのは」
「忘れて」
「えらく分厚い猫かぶりだな」
「気のせい」
「俺は好きだな。別に普段からそういう口調でもいいんじゃないか?」
アンナは「忘れろって言ってるっ!!!」と言いながら顔を真っ赤にし手元の刀を振りぬきブンブンと振り回し始める。シドがこれを窘めるのにまた時間がかかったのは言うまでもない。
そんな暴れ馬は只今盛大な溜息を吐き正座をしていた。
「ごめんなさい。冷静であらず」
「いやまあ弄った俺も悪かった」
それと、とシドはアンナの肩をつかみながら頭を下げる。
「えっとな、一度仕切り直させてほしい」
「?」
「ああいうのは男である俺にやらせてほしい。ちゃんとした場所で、ほらもっとムードというのを考えてだな」
「今更私は気にしない」
「俺が気になるんだ。既に、その、あんなことし合った間柄で言っても変な話なんだが」
その言葉にアンナはクスクスと笑っている。一度暴れ回り冷静になったのか先程のような言動は消えてしまっていた。勿体ない、次はいつ見れるのか。そう考えながら拙い手つきで頭を撫でた。ふわりとシトラスな香りがシドのまだ隠していたい、アンナを否定できない感情を刺激する。ふと『あの人』も香水の香りがしたなと思い出す。何故再び重ねてしまったのか、調子が狂っているのは自分の方だったかもしれないと笑みが漏れる。
「あなたに撫でられるのも悪くはない」
「そうか。そういえば香水はどこで買ってるんだ? ほぼいつも違うが」
「気分で。昔からほとんど自分で調合」
「そりゃ凄いじゃないか」
「子供の頃に故郷で教えて貰った数少ないもの」
いつも通りの会話だ。他愛のない会話をしてアンナの笑顔で昨日までの疲れが吹っ飛んでいって。残されている莫大な書類も片付けできそうだ。
自分はあの『残したくない』彼女が尊敬し、唯一彼女が『残していた』立派な侍であるリンドウ・フウガにはなれない。しかしせめて彼女の隣に立っていられる。それはあの絵画には存在しない今を生きる者の特権である。以前より隣に座ることも増えても絶対に拒否されるだろう2文字の想いを心の奥に仕舞い込みながらシドは『余所行き』の笑顔を見せるアンナを見送るのだ。いつもだったら。
―――再び扉を開きアンナはこう言いやがったのだ。
「シド、勘違いしてるみたいだけどあなたあの夜何もしてないからね? 雑だった浴衣直して放り出してた服畳んで、ただ好奇心で肩にキスマーク付けて。そこまでしてもあなた呑気にイビキかいてて起きそうもなかった。普通に布団かけて私も就寝。そりゃ起きてたら個人的用事に付いて来てくれたお礼位考えたけど」
「…………は?」
「『見なかったことにしよう』って聞こえて来た時は正直爆笑した。今の顔も最高。その顔が見たかった。ナイスイタズラ。じゃあね」
「待て! 今の話詳しく聞かせろ! おいアンナ! 俺の悩んでた数日を返せ!!」
しかしこの時の俺は知らなかった。決して俺の手が届かない場所で彼女が最も隠していた過去と、俺の生まれ故郷との奇妙な縁が牙を剥いて襲い掛かってしまうことに―――
#シド光♀
旅人は過去を懐かしむ後日談その1。シド少年時代捏造。
ふととある旅人と彼女を重ねてしまった。少年の頃に出会った寒いガレマルドの人が滅多に通らない路地裏の物陰で行き倒れていたあの人を。
「どうしたの?」
優しく語り掛ける声にハッと我に返ると目の前にはアンナの顔。目と鼻の先にあるアンナの綺麗な顔に慌ててしまいシドは椅子から崩れ落ちてしまった。当の彼女はクスクスと笑い手を差し伸べる。今更何を驚愕しているのだろうか、ふぅと溜息を軽くつきながらシドはその手を握る。
アンナと出会ってから程々な時が経った。霊災後、記憶を失いウルダハの教会に身を寄せていた頃に出会ってからというものの―――自分の責務を思い出してから蛮神討伐、ガレマール帝国の侵攻を跳ね除け、竜詩戦争を終結させた。そして遂にはドマとアラミゴを解放しようと走り続ける彼女を、大切な仲間で親しい友人として社員を巻き込み全力で裏でフォローし続けている。『会社の利益にならないことは程々にして欲しい』という部下の言葉をふわりと躱しつつなんとしてもアンナに喰らい付こうとするシドをアンナ本人はどう見ているかはまだ分からない。これは予想だが、どうも思っていないだろう。それでもいいと走り続けた結果、謎に包まれた過去を知ろうと調べ続けている最も近しい仲間である筈の暁のメンバー達よりもアンナという存在の靄に触れることが出来そうな……そんな関係を形成しつつもあった。
「いや、少し昔のことを思い出してな」
「昔……第七霊災当時?」
「もっと過去の話だ。というかお前さんといて何で急にその辺りの時代を思い出すと思ったんだ」
「うーん私が一番分からない辺りの話だからかな? 興味はそれなり」
「生まれてたよな?」
「迷ってた時に光が見えたとかしか」
シドは「お前どこで迷ってたんだ?」と苦笑しながらあの日以降頭から離れなくなった旅人の話をする。
魔導院へ飛び級で入学する直前に出会った帝国領内で行き倒れていた赤髪の男か女かも判断が付きにくいヴィエラ族を助けたことがあった。冷たく凍えていたので温かいスープを与えたら不器用だが柔らかな笑顔でお礼を口にする。そして少しの間だけ会話を交わした後、どこかへ走り去って行った。―――現在目の前にいる同じくヴィエラである彼女にいつの間にか執着してしまった原因でもあるような気がすると考えていたがそれは口には出さなかった。アンナは何も言わずシドの話を聞いていたが、語り終わるや否や満面な笑顔で「いい話」とシドの腰に手を回しながら手を取り、ニィと笑った。まるで御伽噺に出る王子様のようで。しかし相手はいい年した大人の男なのだが。
「あ、アンナ!?」
「その話、誰かにしたの?」
「しない、幼い頃の話をする機会なんてそんな…というかいきなり何をするんだ!?」
「そんなヒミツ、私に教えていいの? ただの旅人にするには重たい話」
シドの話を無視し、鼻先が触れ合ってしまいそうな位の距離に顔を近づけてくる。逃げようにも腰に置かれた手が逃がしてくれない。目を細めクスクスと笑う姿はまるでシドを試しているようで。
「先日お前にとって大事な人の墓参りに連れて行ってもらったんだ、俺の事も話したくなってもおかしくないだろ?」
「いやああなたそんなに私の事好きなのかって思ってお気持ち代弁?」
ふわりと離れながら恥じらうような素振りも見せず言ってのけるアンナには正直尊敬していた。まあ恋愛方面の話でも一切感情を揺さぶられるような人でも無いだろうなとは思っていたが。しかし『好きなのかと思って』?
あの夜『あんなこと』しておいて嫌いとかそういう事は無いとは分かっているが改めて正面から言われるとシドとしては恥ずかしくなる。が、何も気まずく思わず会いに来るアンナは度胸ある、というか恥じらいが無いのか? 会いに来なくなったらそれはそれで困るのでアンナの習性には感謝しかない。
「お前はどう思ってるんだ? 俺の事」
「嫌いな男の部屋に何度も訪れる人に見える? あ、ごめん流石に語弊」
「あのなあ…」
瞬時に顔が熱くなったシドの顔を見てアンナは慌てて謝罪した。他意は無い言い方だというのは普段の色気というものが存在しない彼女を見てると分かるのだが、瞬時に謝罪されるとそれはそれで余計に恥ずかしい気分になる。その反応を見たからなのか慌てたまま言葉を続けた。
「私は確かにきm…違う、あなたの部屋に来るのは気分転換……そう! 気分転換。勿論仕事疲れなあなたの」
「そ、そうか」
「前も言ったけど、私は旅人。本来は同じ場所に残りたくない。痕跡も残さない。だから無意識に距離を取る。本来はここにも来ないようにしなきゃと」
「今更どこに消えるつもりだ?」
アンナは珍しく慌てふためいている。命の恩人の墓参り中でも見せなかった姿が少し新鮮に思えた。そしてシドは徐々に普段とは違う口調を正す姿に無理しなくてもいいのにとぼんやりと見つめながら見つめている。
「ヒミツ! 旅人はミステリアスに。それがポリシー」
「確かにお前さんは謎が多い人だが」
「とにかく! キミがボクの事が好きだから先にナイスイタズラ! いやあいい反応見れて楽し……あ」
「ボク……か」
あー! と奇声を上げている。今のが『本来のアンナ・サリス』だったのだろう。趣があっていいものだと思うが本人にとっては化けの皮が剝がれたようなもので。アンナは頭を抱え部屋の寝台に頭をぶつけている。
「前から薄々感じてたがもしかしてあんまり喋らないのは」
「忘れて」
「えらく分厚い猫かぶりだな」
「気のせい」
「俺は好きだな。別に普段からそういう口調でもいいんじゃないか?」
アンナは「忘れろって言ってるっ!!!」と言いながら顔を真っ赤にし手元の刀を振りぬきブンブンと振り回し始める。シドがこれを窘めるのにまた時間がかかったのは言うまでもない。
そんな暴れ馬は只今盛大な溜息を吐き正座をしていた。
「ごめんなさい。冷静であらず」
「いやまあ弄った俺も悪かった」
それと、とシドはアンナの肩をつかみながら頭を下げる。
「えっとな、一度仕切り直させてほしい」
「?」
「ああいうのは男である俺にやらせてほしい。ちゃんとした場所で、ほらもっとムードというのを考えてだな」
「今更私は気にしない」
「俺が気になるんだ。既に、その、あんなことし合った間柄で言っても変な話なんだが」
その言葉にアンナはクスクスと笑っている。一度暴れ回り冷静になったのか先程のような言動は消えてしまっていた。勿体ない、次はいつ見れるのか。そう考えながら拙い手つきで頭を撫でた。ふわりとシトラスな香りがシドのまだ隠していたい、アンナを否定できない感情を刺激する。ふと『あの人』も香水の香りがしたなと思い出す。何故再び重ねてしまったのか、調子が狂っているのは自分の方だったかもしれないと笑みが漏れる。
「あなたに撫でられるのも悪くはない」
「そうか。そういえば香水はどこで買ってるんだ? ほぼいつも違うが」
「気分で。昔からほとんど自分で調合」
「そりゃ凄いじゃないか」
「子供の頃に故郷で教えて貰った数少ないもの」
いつも通りの会話だ。他愛のない会話をしてアンナの笑顔で昨日までの疲れが吹っ飛んでいって。残されている莫大な書類も片付けできそうだ。
自分はあの『残したくない』彼女が尊敬し、唯一彼女が『残していた』立派な侍であるリンドウ・フウガにはなれない。しかしせめて彼女の隣に立っていられる。それはあの絵画には存在しない今を生きる者の特権である。以前より隣に座ることも増えても絶対に拒否されるだろう2文字の想いを心の奥に仕舞い込みながらシドは『余所行き』の笑顔を見せるアンナを見送るのだ。いつもだったら。
―――再び扉を開きアンナはこう言いやがったのだ。
「シド、勘違いしてるみたいだけどあなたあの夜何もしてないからね? 雑だった浴衣直して放り出してた服畳んで、ただ好奇心で肩にキスマーク付けて。そこまでしてもあなた呑気にイビキかいてて起きそうもなかった。普通に布団かけて私も就寝。そりゃ起きてたら個人的用事に付いて来てくれたお礼位考えたけど」
「…………は?」
「『見なかったことにしよう』って聞こえて来た時は正直爆笑した。今の顔も最高。その顔が見たかった。ナイスイタズラ。じゃあね」
「待て! 今の話詳しく聞かせろ! おいアンナ! 俺の悩んでた数日を返せ!!」
しかしこの時の俺は知らなかった。決して俺の手が届かない場所で彼女が最も隠していた過去と、俺の生まれ故郷との奇妙な縁が牙を剥いて襲い掛かってしまうことに―――
#シド光♀
旅人は過去を懐かしむ
注意
紅蓮4.0ストーリー終了後のお話(地名以外詳細書かず)、シド少年時代捏造
「シド、アンナ見てないかい?」
「いや、見てないな……何かあったのか?」
ある日の昼下がり、アルフィノの来訪から俺とあの旅人との奇妙な関係がより複雑になっていった―――
「最近全然私達の方に顔を出していないからシドの方にいるのかと思って聞きに来たんだ」
「いや、俺もここ1週間位は見てないな。てっきりアラミゴ解放してからもそっちの仕事が忙しいのかと思っていたんだが」
我らの英雄さまはどうやらまたどこか変な所に迷い込んでいるようだった。5日位前からふらりとエオルゼアから離れてるらしく、アルフィノ達がリンクパール通信を送っても「あと少しで見つかる、はず」と曖昧な答えしか返って来なかったとのことだ。なのでもしかしたらガーロンド社の依頼でもやっているのかと疑問に思って直接訪ねに来たらしい。しかし相変わらずアンナの事が心配になったら真っ先に自分の所に来るのは嬉しい事なのかそうでないのかよく分からない部分だとシドは苦笑する。
「最近あの人に変な事でもあったか?」
「変と言っても彼女は普段から不思議な所が……ああちょっと待って欲しい、心当たりがある」
「というと?」
「絵を描くように頼まれた」
さりげなくアンナの事をどう思ってるか言いかけたな。シド自身もほぼ同じ感想を抱いているので何も言わないようにし、アルフィノの回想を聞く。
◇
「アルフィノ」
「おやアンナじゃないか。どうしたんだい?」
石の家、ドマやアラミゴを解放したからといって即平穏が訪れるわけではなく、毎日数々の小競り合いの報告が集まってくる。暁の面々が英雄と呼ばれるアンナだけでも休息を取るように勧めた数日後、珍しく連絡なしで現れた。いつもより遠慮がちな顔をしながらアルフィノの方へ駆け寄る。
「忙しい所ごめん、お願いしたい事あって」
「君の頼みなら光栄さ。丁度休息を取ろうと思っていたから遠慮せずに言って欲しい」
「んー……おいしい茶葉見つけたから一緒に飲みながらで」
石の家の小部屋に通されアンナは手慣れた様子で紅茶を淹れ青年に渡す。「ありがとう。君が淹れたお茶は美味しいから好きなんだ」と言えば笑顔を浮かべながら机を挟んだ正面に静かに座り、口を開いた。
「絵を描いてほしい」
◇
「なるほど、それで言われるがままに絵を描いて渡したらそのままふらりと」
「お礼を言ってる時の顔は今までにない位綺麗な笑顔だったよ。……そうかそれを持ってクガネに行ったのかもしれない」
「どうしてクガネだって分かるんだ?」
どうやら描いた絵は東方の衣装を纏い刀を持った男だったらしい。誰かと聞いたら「命の恩人」とだけ答えたという。「まさか彼女は人探しをするため私に絵を頼んだのか?」とアルフィノは呟いている。
ここからクガネは少しだけ時間がかかる。飛空艇で早々に行けるだろうか。予定を確認すると大仕事はオメガが見つかるまでは無いようだ。「彼女を連れ戻してくる。多分迷子になってるだけだ」と不安そうな顔をしていたアルフィノの頭をぽんと叩きモードゥナを後にした。
何かモヤモヤするのだ。今まで影も形も見せなかった彼女が気に掛けた男の存在が気になる。ましてや尋常ではない強さを持つ彼女の命の恩人だと言われると好奇心が抑えられない。
◇
「英雄さんかい? 確かここ毎日夜は黄昏橋で釣りをしているよ。ほらあそこ、潮風亭から続く橋」
少し休暇を貰う、と部下の返事も聞かず飛び出したシドは大急ぎでクガネ行の飛空艇へと乗り込みエールを煽りながら空旅を楽しんだ。久々の完全な休暇だから少しだけ呑んでも許されるだろう。本音を言うと今まで一切見せて貰えなかったアンナの『過去』の一欠片が気になりすぎて頭がおかしくなりそうだった。「俺はそんなに彼女の事が気になっていたのか?」というどんな設計図よりも難しい『難問』を波に揺れる中で反芻し続けてしまう脳を一度リセットするためという情けない理由だ。結論を出すにはもう彼女との距離が縮まりすぎていて逆に分からない。後悔してももう遅いのだが。
そんなことを悶々と考えているうちにクガネに辿り着いていた。気怠い身体を引きずりまずは聞き込みを始める。一から探すよりアンナはドマを解放した有名人なのだから適当に人を捕まえて聞けば分かるだろうと判断し、商店付近で聞き込みをすると即居場所を特定出来た。
どうやらアンナは数日前までは早朝にハヤブサで飛んで行き、夕方には少々落ち込みながら帰ってきて釣りをしていたのだとか。今は紅玉海のコウジン族と走り回っているという話を聞いた時はエオルゼアとほぼ変わらないことをしているんだなと苦笑いが漏れた。
「そういうアンタさんは英雄さんの何なんだ? まさか……コレか?」
「いやただの友人の1人さ。彼女最近エオルゼアの方に帰ってなくてな。仲間が心配してるんで代わりに見に来たんだ」
小指を立てながら聞いてくる店主には少し慌ててしまった。そう、シドは多分アンナからすると旅の途中に出会った人間の1人である。一番近しい所にいる筈なのに、寂しい関係。きっと周りからは明らかに異性としてではなく同性の友人という感覚でお互い会っているようにしか見えていないだろう。自分で言ってて悲しくなってきたなとシドは溜息を吐いた。
「じゃあアンタではないのか。待ってる人がいるって言ってたんだがな」
「……というと?」
適当に挨拶して去ろうと踵を返した時店主のぼやきが聞こえてきた。すぐさま向き直り店主に詰め寄る。
「ああ彼女がどこかに行きたいみたいで何人か野郎が案内しようかと近づいたんだが全部断ったらしいぜ。その時待ってれば来るからって言ってたとか」
「感謝するぜ、おっさん」
待っている人、誰だろうか。まさかアルフィノが描いたという侍だろうか? 会ってみたい。夜になったら彼女が現れるという黄昏橋という場所に行ってみようじゃないか。
◇
夜。楽座街はよく賑わっている。今は用事が無いので潮風亭から橋に出ると、いた。探していたヴィエラの女性が少し寂しそうに釣竿を持ち水面を揺らしていた。
「釣れてるか? 旅人さん」
「いやあ私は……ってシドだ。仕事は?」
「しばらくは休んでも大丈夫だ」
他人を装い話かけると苦笑しながら振り向き、シドの姿を見るなり少し目を見開いていた。
「お前アルフィノが心配してたぞ?」
「あーごめんごめん。迷子になってた」
「テレポがあるじゃないか」
「エーテライトが無い所なの。帰りはテレポですぐだけど行きは頑張らないと」
懐から2枚の紙を取り出し広げている。覗き込むと1枚目は地図のようで、2枚目はアルフィノが描いたであろう侍らしき人物画。「これは?」と聞くと「赤誠組の人から教えて貰った場所でね。会いたい人がいるんだ」と答えていた。胸がチクリと痛んだような気がする。「そっちは命の恩人、か?」と切り出してみるとアンナは「あーアルフィノから聞いてるよね。うん」とシドの鬱蒼とした気持ちに構わず肩を少し上げながらサラリと答えた。
髭を貯えた自分より年上であろう威厳のありそうな目の鋭い侍のエレゼンが描かれた紙をアンナは少し切なそうな目で見つめていた。
「ゴウセツに捜すなら赤誠組で聞いたらいいってね。ドマ解放出来て何とか落ち着いたから来た」
「まあ確かにこの辺りの人を知るなら手っ取り早いか」
「凄い人だったらしいからすぐに教えてもらえた。嬉しい」
確定だった。これは恋人とかそういう分類のやつだ。少なくとも相当信頼されているとシドは心で感じ取った。心の中で溜息を吐いているとアンナは「じゃあ今日は寝るかあ」と釣竿をしまい立ち上がる。
「いいのか?」
「うん。早起きして行かないと日が暮れてその日のうちに帰れないよ?」
「待ってる人がいるって聞いたんだがなあ」
いじわるそうに聞いてやると「あー」と言いながらアンナはシドの腕を力強く引っ張り耳元で「道案内なら知り合いにされたいに決まってるでしょう?」と囁いた。
この後アンナが拠点にしているのだという温泉宿の部屋に案内された。ベットは2人分用意されており、「用意周到だな」と言ってやると「そりゃ連絡曖昧にしたらあなたか暁の誰か来るかなって待ってたからね」と舌をペロリと出しながら言い切った。完全に人を宛にする作戦に切り替えていたらしい。
「命の恩人さんに来てもらったらいいじゃないか」
「無理無理連絡する手立てが無いよ。あ、ここ大浴場だけじゃなくて部屋ごとに小さな温泉が置いてあるんだよ。いつも来た時にはお湯が張られていて凄い部屋だよね。あ、お金は私が払ってる。気にしなくていいから」
と言いながらアンナは浴室へ入って行った。気にするなと言われてもなあ、とぼやきながらコートを脱ぎ、ベッドに横たわった。直後ふと頭の中で現在の状況がどういうものなのか浮かび上がる。
「うん? 2人同室……で寝る??」
自分が行って、よかったかもしれない。そういうことにしておこうとシドは思考を打ち切った。
◇
次の日。朝早くから2人で潮風亭で軽い朝食を済ませハヤブサに乗った。ちなみに昨日はアンナがタオルで髪を乾かしながら風呂から上がった後、「船旅だったんでしょう? 風呂入っておきなよ」と言われるがままシドは浴室を覗いた。確かに小さな温泉があり、「そのまま入るよ。ありがとな」とアンナに礼を言うと「ん」とだけ言い踵を返し部屋へと戻って行った。その風呂というものは非常に気持ちが良かった。しかし恩人という存在が頭から離れず、アンナからどう話を聞こうかと悩みながら風呂から上がると既に本人は無防備に眠っていた。つまり何も聞けなかったし何も起こらなかった。いや起こすことは出来ず、なるべくアンナから離れた場所で丸まり眠っていた。目が覚めると既にアンナは起床し、着替えを済ませていたのは更に驚いた。寝起きな顔の前で屈んでおり、「起こそうと思ったら起きた、残念」と何故か悔しがっていた。筆を持っていたがどう起こすつもりだったのだろうか。「見なかったことにしてやるからその筆片付けとけ」とシドはアンナの額を軽く中指で弾いた。ニヤと歯を見せながら「おはよ」と言われたので「ああおはよう」と返してやる。
「もっとゆったりベッド使ったらよかったのに」
「狭く硬いベッドに慣れているもんでな」
勿論嘘である。いや会社の仮眠室のベッドは硬いのは本当だが横にいたのは仮にも異性だぞ? と言いたくなったが黙っておく。本当に無防備というか警戒されてないのは、信用されているからなのかそれとも何もしないことを読まれ切っているのか。まさか本当に異性としての感情が存在しない人なのか。シドとしては聞いてみたかったが怖くて聞くことはできなかった。
「まあいいや。降りたらとりあえず歩くよ」
「マウントとか使わないのか?」
「空飛んだら早いとかそういうやつ? つまんないでしょ」
アンナらしい答えだとくくくと笑ってやると「うるせ」と小突かれた。
◇
小さな村に辿り着いたのでハヤブサから降り、渡された地図をじっと眺めた。シドはまず近くにいた村人を捕まえ、現在地を教えて貰い歩き出す。見る限り行先は山道のようだった。草木をかき分け進んでいるが本当にそんな場所に人が住んでいるのだろうか?と少し怖くなる。アンナが迷子になるのも分かるかもしれないと立ち止まるとふと数歩後ろから付いてくる彼女の鼻歌が聴こえてきた。「何の歌だ?」沈んだ気分を奮い立たせるため振り返り聞いてみると「この辺りの子供が歌ってた」と笑顔で答えていた。
「かぞえ歌? みたいな事言ってた気がする。歌詞は覚えてない」
「そこは覚えておこうな」
アンナは基本的に覚えるのが苦手のようだった。道もその一つだ。旅人というものはそういうものだというのだが聞いた事も無い。話題を変えるように「なあ命の恩人さんとはどう出会ったんだ?」と少しだけ恩人がどんな人か聞いてみた。
「迷子になって行き倒れてた所を助けてもらって」
やっぱり迷子癖があるのは昔から変わらないらしい。ポツリポツリとその人の事を話し出す。
お腹空いたと言えばおにぎりをくれたこと、彼もまた無名の旅人であろうとしていたこと、しばらく一緒に行動してたが森が懐かしいと思った時に『故郷に帰りたくないからグリダニアに行けばいい』と助言してくれたこと。そして生き残るための戦い方を教えてくれたこと。まさしくシドが知るアンナの人生の始まりだった。モヤモヤしていた自分が馬鹿みたいじゃないか、シドは自分の暴走していた考えを戒めるように頭を搔いた。
そんな話をしているうちに道が開け、そこには小さな小屋と、石碑が置いてあった。
◇
「フウガ、やっと来たよ。遅くなって、ごめん」
小走りでその石碑に駆け寄り、いつの間にか手に持っていた花束を置いた。その場に座り手を合わせている姿を見てシドは初めてアンナが言っていたことが理解できた。連絡する術がない、そりゃそうだ。死者とは話は出来ない。アンナはわざわざ赤誠組で墓の場所を聞き出し、墓参りに来たのだ。隣に座り、同じく手を合わせてやる。
「シド、気にしなくてもいい。私の我儘に付き合わせたようなもの」
「一緒に祈らせてくれ」
「……うん」
ふとアンナを見ると少しだけ震えているように見えた。それに対しシドは肩に手を回し、叩いてやることしかできなかった。その時背後から声を掛けられる。
「あのもしもし」
振り向くと黒色の髪の東方の衣服を纏った男がいた。そして彼は更にこう言ったんだ。
「エルダスさんですよね?」
彼女は目を見開き、小さな声で「うそ……」と呟いていた。
それから男に小屋へと案内された。話を聞くとここに住んでいた人間の孫にあたる存在らしい。
「やっぱりエルダスさんでしたか! 演説の時に貴方の顔を拝見した時絶対祖父がお話していた方だと確信していたんです!」
「い、いやあ今私はアンナ・サリスで」
「あのエルダスって」と聞くと彼女は「部族名と思っといて」とだけ答えた。
「ええ分かっていますよ。エルダスは森の名の苗字でサリスが街の名の苗字、ですよね。祖父から伺っております」
「あーフウガは色んな事いっぱい知ってたなぁ……まあだから私はアンナ・エルダスって事にして」
テッセンと名乗った青年はしばらく考え込んだ後「わかりました」と答えた。どうやらこれ以上名前は出すなという事だろう。シドとしては知りたかったのだが……所謂苗字を知れただけマシかと判断する。
「隣の方は……」
「シド、今回のドマ解放にあたっての外部協力者」
「ああそういう事でしたか。私らの国を救っていただきありがとうございます」
「い、いやそこまで深々頭を下げなくても大丈夫だ。えっと、お祖父さんからアンナの事どう聞いてたんだ?」
「ちょ、ちょっと!!」
イタズラっぽい笑みで聞いてやると隣で彼女が軽く叩いてくる。そりゃ昔話は知られたくないのだというのは普段の態度から分かる。しかしここを逃したら二度と知れない事なのだ。聞くしかない。
「とても好奇心旺盛な技術の呑み込みが早い方と聞いていました。別れた後も無事グリダニアに到着できたか亡くなる直前まで心配してて。しかしちゃんと辿り着けて挨拶まで来ていただけてきっと喜んでいると思いますよ」
彼女は「だったらいいな」と軽くため息を吐きながら答えていた。それを尻目にテッセンは手慣れた仕草で箱の中から何かを取り出す。平たく大きな箱を開くとそれは絵画のようだった。道を歩く銀色の髪の侍と、その後ろには槍を持った赤色の髪のウサギ耳の子供がいる。「祖父はここを終の棲家として決めた頃、この絵画を絵師に頼み描いてもらっておりました」という言葉が聞こえる。「フウガと、私?」と呟きながら彼女は目を見開き眺めている。
シドもまたその絵を凝視していた。懐かしき風景の絵に対し何やら心がざわめいている。どこかで見た、しかしどこで見たか思い出せない。「シド?」という声で我に返る。―――ああ何でもない、と返すと「変なの」とアンナはシドの脇腹を突いた。
「仲がよろしいのですね」
「なっ」
「そりゃエオルゼアにドマ、アラミゴまで一緒に救った仲なので」
「アンナ!?」
顔が赤くなるシドと笑顔で答えるアンナ、その2人を見比べテッセンはくくと笑う。何かあらぬ誤解をされた気がする。その風景にテッセンは目を細めながらアンナに優しく語り掛ける。
「アンナさん。祖父リンドウは厳しく修行させすぎたことを後悔されてました」
「そりゃゴウセツが言ってた。『お主の目付き、そして気迫は剣豪リンドウそっくりだ』ってね」
「あのゴウセツ様が言うほどとは。よほど貴方の飲み込みが早かったんですね」
納得した。ゴウセツに聞いたというのも恩人の名前が出たからついでに聞いてみたという事らしい。
しかし彼女の気迫とやらは見たことが無い。「また今度見せてくれよその気迫ってやつ」と言うと「無い方が自分の為だと思うよ」と困った顔で言われた。
「そして旅人のスタンスも祖父そのままだという噂も聞きました。祖父は一時は妻と子供を置いて無名の旅人であり続けようとした事に後悔し、大切にしすぎたアンナさんの事を心配していまして。少しだけ己の幸せを願いませんか?」
「……今私幸せだけどなあ。フウガに挨拶できたし」
彼が言いたいのは明らかにそういう事ではない。多分自分の気持ちを奥底にしまい旅人を演じ続けている彼女を心配しているのであろう。彼女自身も同じ結論に達したようで優しい声で語る。
「んーなるほど。―――今は世界を救う方を優先して旅人活動はまあ当面延期みたいな状態。まあやる事終わったら色んなことを知るために旅に出たい。フウガみたいに『無駄に』強くて何でも知ってる旅人になりたいからね」
無駄にを強調する姿にシドとテッセンは目を丸くし、笑ってしまっていた。どんな強さだったんだ、リンドウ・フウガという人間は。
◇
しばらくテッセンと談笑した後、日が暮れる前に帰ることにした。村の方で泊ってもいいと言われたが、「この人、仕事あるから」とアンナが断ってしまった。村までの近道を案内してもらい、そのままハヤブサでクガネに帰ってきていた。
ハヤブサに乗りながら少しだけ命の恩人であるリンドウについて教えて貰った。お互い名前ではなく苗字で呼び合っていたのは"あくまでも自分達は旅の途中に出会った他人である"というのを強調するためだった事、強大な妖異討伐を頼まれた時に引き際を誤り殺されかけた自分を守るために優しかった彼が常人を逸した殺意を溢れさせ一閃で妖異を斬り捨てていたリンドウの強さを。そしてその強さに憧れ無理やり稽古を付けて貰った事を。彼の故郷に嫁や子供もいたらしいから幼い頃の叶わぬ初恋だった事も。グリダニアに辿り着いて故郷を懐かしみ終わったら再びリンドウの元に行きたかったけどガレマール帝国が邪魔だったんだと語る姿が少し寂しそうに見えた。
クガネに戻った時にはもう日が暮れていた。「戻ってきたし……帰る? それとも呑む?」とアンナが隣に立ち楽座街の方を指さしていたのでそのまま食事という事にした。
賑わう歓楽街の居酒屋で置かれた順から消えゆく皿を見ながら酒を吞むという風景はモードゥナでも見慣れている。その吸い込むように食べる瞬間をアンナは人に見せないように隙を見てやらかしているのだがシドは一度だけ見た事がある。それから社員を助けてくれているお礼と称して食事に連れて行き説教をしながらテーブルマナーを教えていた。その結果、シド以外の前では肉や野菜を切り分け目を離した隙に皿から消えるようになった。シドは違うと叫びたいが流石に外なので抑えることにする。
「姉ちゃん相変わらずいい食べっぷりじゃねえか!」
「ここのごはんおいしい」
「ありがたいねえほらおかわりだよ!」
「やったー」
彼女なりに東方地域でも溶け込んでいるらしく笑顔がこぼれた。シドも巻き込まれるように盃は乾かず皿にも大量に盛られているのだがそれに関しては考えないようにしている。しかしアンナが他の人と会話している隙にシドは客の1人にある日ポロッととんでもない話を吹き込まれた。『夜な夜な店の奴らと飲み比べしては大勝利して身ぐるみ剝がしていた』と。「ウチの英雄が、すまない」と肩を落としながら謝罪することしかできなかった。何やっているんだお前はと未だ食事を続ける彼女を軽く叱ってしまうが、アンナ本人は「挑む方が悪い」と全く悪びれることない様子で。シドの中でこの人は一度負けないと学ばないのか? という疑問がよぎる。しかしガーロンド社の呑み会でもアンナ周辺に形成される死屍累々を思い浮かべると無理という2文字の結論がのしかかった。エオルゼアでは穏やかなのだが少し離れると無法になっている話を聞くとどちらが本当の彼女なのか分からなくなる。
「あなたもやってみる? 勝負」
「悲惨な風景を見てきた人間が乗ってくると思っているのか?」
「まあシドとはゆーっくり飲み合いたいからそれでいい」
その言葉を聞くなりシドの顔は耳まで真っ赤に染まっていく。「おや? もう酔いが回った?」と無邪気に聞くアンナにわざと言っているのか? と疑問を吹っ掛けたくなるが残念ながら天然だろうなと即心の中にしまっておく事にした。「まだ行けるさ」と再び盃のものを一気に喉に通す。
この顔の熱さを酒のせいにしておきたかった。
◇
食事が終わった後、再び望海楼の彼女の部屋に連れて行かれた。顔を赤くし少しふらついていた男を途中から「運ぶよ」と背負うアンナの顔をシドは見せてもらう事はなかった。シドからすると軽々と大の大人である自分を背負われて男としてのプライドが砕かれかけていたのだがそれはまた別の話とする。
綺麗にベッドメイクされた寝台に下ろされ上着をはぎ取られた。「寝る時邪魔でしょ」って言いながら用意された衣服を渡される。「浴衣って言うんだって」という言葉を聞きながらぼんやりと眺めていると彼女は浴室に消えて行った。正直自分もシャワー位浴びたかったがそれよりも眠気が勝っていたので衣服を脱ぎ散らし浴衣に着替え、そのまま寝転び視界が暗転した。
「シド、シャワー浴び……って寝てる?」
意識が完全に途切れる直前、アンナの声が聞こえた気がした。間抜けな声を出し手を一瞬上げて、そのまま落ちた。
この日シドは夢を見た。寒空の下、巡回兵を呼ぼうとした幼い自分の衣類を掴み止め、道を聞いたフードを深く被った赤髪の『あの人』を捕まえるとフードを外す。そこにはアンナがイタズラな笑顔を浮かべ、大人となった自分を強く抱きしめ中性的な声色で「大きくなったね、少年」と言ってくれる幸せな夢だった―――
◇
次の日。シドが目を開くとアンナは既に起床し着替えを終えていたようだ。「おや今日は早起きだね、シド」とにこやかに答える姿に何かくすぐったい。見た夢を思い出すとつい反射的に目を逸らしてしまった。何故この人と重ねてしまったんだとため息を吐く。
「そういえば上着ポケットのリンクパール大丈夫? 出た方がいいと思うよ?」
すっかり忘れていた。行き先も言わぬまま会社を飛び出してから一度も出ていない装置を見るとずっと光りっぱなしだ。向こうは相当おかんむりだろう、恐る恐る出ると『やっと出た!』と会長代理の怒鳴り声が聞こえた。
「ああすまんちょっと取り込み中で」
『どこにいるんですか! いいから早く帰ってきてください!』
「いやほら今は特に何もないじゃないか」
『どれだけ書類が溜まってると思うんですか!!』
「……これからクガネから帰る」
『クガネ!? ちょっと会長本当に何やって』
これ以上繋げていても説教が続くだけだろう。切断してニコニコと笑うアンナを見る。
「すまんがシャワー浴びたら帰る事になった」
「でしょうね」
そのままアンナはシドの腰に手を回し抱き上げて浴室へ連れて行こうとするがシドは慌てて「二日酔いとか大丈夫だから」と言いながら止め、衣服を持って浴室へ逃げるように入って行った。恥じらいという概念が全く見当たらないアンナにそのまま介助されそうだったと流石に危機感を感じている。
「……ん?」
浴衣を脱ぎ、鏡をふと見ると肩に赤い痕が見える。何があった? 昨日は酒を呑んで戻ってきた後風呂にも入らず眠ったじゃないか。虫に刺されるような事は―――そういえばアンナの先程の服装を思い出す。首元に季節に似合わないマフラーを巻き、いつにもまして露出の少ない格好だ。
やってしまったか? よりにもよって酔った勢いで、アレをと行為を頭に浮かべながらみるみる血の気が引いていく。全く記憶に無い。アンナも全く顔に出していなかった。何かあったのなら流石に何か反応するはず。すると思いたい。ないってことはそのまま2人でぐっすり寝ていたんだろう。しかしこの痕は何だ? やっぱり虫に刺されたか? いや浴衣は整えられていた。しかし記憶が確かなら寝ぼけながらの着替えでかつ慣れない衣服を綺麗に着れるとは思わない。少なくとも整えた相手がいる。まあ相手はアンナしかいない。少なくとも眠っている自分の服を整え、投げ捨てた衣服を畳み、布団をかけてくれたのは確かで。そして相手は仮にも異性だ。34にもなって恥ずかしい。
シドはここまで考えた後に、「見なかったことにするか」と呟き頭から冷水をぶっかけた。
一方その頃。『気が付いただろうか』とアンナはニコニコと笑いながらシドが浴室から飛び出してくるのを待っている。本来はそういった行為はやらない主義なのだがキスマークはすぐに消えるものと判断し、昨晩寝ぼけ眼で着替えたからだろう乱れた浴衣を直すついでに衣服でギリギリ見えない場所に一つ付けておくというちょっとしたイタズラだった。少しでも怪しさアップさせるためにわざと首元まで隠した服に着替えておいたしこれは完璧だとふふと笑う。鏡を見ればすぐに気が付く場所に付けたので顔を赤くしながら飛んで来るはず。
しかし来ないなあ思考フリーズでもしたか? と思い扉に長い耳を当てたら「見なかったことにするか」という呟きが聞こえた。アンナは耐え切れなかったのか寝台に突っ伏し声が聞こえないようゲラゲラと笑っていた。
◇
浴室から出てくるとアンナはいつものようにニコニコ笑いシドを待っていた。
「どうやって帰るの?」
「クガネランディングから飛空艇で帰るさ」
チェックアウトをし2人は潮風亭で朝食を摘まみながら喋っていた。いつもと変わらぬ、現状維持。シドは平静を保つ事を選んだようだった。アンナは少しつまらないなあと思いながらシドを眺めていた。
「それがいいよ。付き合わせちゃってごめんね」
「ま、まあ俺は別に大丈夫だ。アンナはどうするんだ? 一緒に帰るか?」
「テレポでお先。アルフィノとかにお詫びの品も準備しないとダメだしね」
「そうか」
立ち上がり、「じゃあ」と2人は言い合った。それぞれ違う方角へ歩き出す。
長そうで短い2人の旅は終わった。
飛空艇で急いで帰った後、怒髪天なジェシーの説教が待っているのだろうなと足取り重くガーロンド社に戻る。すると大量のクガネ土産らしきものが積み上げられえらく機嫌がいい社員達がいた。ジェシーもその内の1人で嬉々とした声で金色の箱見せながら「既にレンタル料いただいたので大丈夫ですよ。さあ仕事に戻ってくださいね会長!」と大量の書類が積まれた机に案内されたのはまた別の話。
#シド光♀ #リンドウ関連
紅蓮4.0ストーリー終了後のお話(地名以外詳細書かず)、シド少年時代捏造
「シド、アンナ見てないかい?」
「いや、見てないな……何かあったのか?」
ある日の昼下がり、アルフィノの来訪から俺とあの旅人との奇妙な関係がより複雑になっていった―――
「最近全然私達の方に顔を出していないからシドの方にいるのかと思って聞きに来たんだ」
「いや、俺もここ1週間位は見てないな。てっきりアラミゴ解放してからもそっちの仕事が忙しいのかと思っていたんだが」
我らの英雄さまはどうやらまたどこか変な所に迷い込んでいるようだった。5日位前からふらりとエオルゼアから離れてるらしく、アルフィノ達がリンクパール通信を送っても「あと少しで見つかる、はず」と曖昧な答えしか返って来なかったとのことだ。なのでもしかしたらガーロンド社の依頼でもやっているのかと疑問に思って直接訪ねに来たらしい。しかし相変わらずアンナの事が心配になったら真っ先に自分の所に来るのは嬉しい事なのかそうでないのかよく分からない部分だとシドは苦笑する。
「最近あの人に変な事でもあったか?」
「変と言っても彼女は普段から不思議な所が……ああちょっと待って欲しい、心当たりがある」
「というと?」
「絵を描くように頼まれた」
さりげなくアンナの事をどう思ってるか言いかけたな。シド自身もほぼ同じ感想を抱いているので何も言わないようにし、アルフィノの回想を聞く。
◇
「アルフィノ」
「おやアンナじゃないか。どうしたんだい?」
石の家、ドマやアラミゴを解放したからといって即平穏が訪れるわけではなく、毎日数々の小競り合いの報告が集まってくる。暁の面々が英雄と呼ばれるアンナだけでも休息を取るように勧めた数日後、珍しく連絡なしで現れた。いつもより遠慮がちな顔をしながらアルフィノの方へ駆け寄る。
「忙しい所ごめん、お願いしたい事あって」
「君の頼みなら光栄さ。丁度休息を取ろうと思っていたから遠慮せずに言って欲しい」
「んー……おいしい茶葉見つけたから一緒に飲みながらで」
石の家の小部屋に通されアンナは手慣れた様子で紅茶を淹れ青年に渡す。「ありがとう。君が淹れたお茶は美味しいから好きなんだ」と言えば笑顔を浮かべながら机を挟んだ正面に静かに座り、口を開いた。
「絵を描いてほしい」
◇
「なるほど、それで言われるがままに絵を描いて渡したらそのままふらりと」
「お礼を言ってる時の顔は今までにない位綺麗な笑顔だったよ。……そうかそれを持ってクガネに行ったのかもしれない」
「どうしてクガネだって分かるんだ?」
どうやら描いた絵は東方の衣装を纏い刀を持った男だったらしい。誰かと聞いたら「命の恩人」とだけ答えたという。「まさか彼女は人探しをするため私に絵を頼んだのか?」とアルフィノは呟いている。
ここからクガネは少しだけ時間がかかる。飛空艇で早々に行けるだろうか。予定を確認すると大仕事はオメガが見つかるまでは無いようだ。「彼女を連れ戻してくる。多分迷子になってるだけだ」と不安そうな顔をしていたアルフィノの頭をぽんと叩きモードゥナを後にした。
何かモヤモヤするのだ。今まで影も形も見せなかった彼女が気に掛けた男の存在が気になる。ましてや尋常ではない強さを持つ彼女の命の恩人だと言われると好奇心が抑えられない。
◇
「英雄さんかい? 確かここ毎日夜は黄昏橋で釣りをしているよ。ほらあそこ、潮風亭から続く橋」
少し休暇を貰う、と部下の返事も聞かず飛び出したシドは大急ぎでクガネ行の飛空艇へと乗り込みエールを煽りながら空旅を楽しんだ。久々の完全な休暇だから少しだけ呑んでも許されるだろう。本音を言うと今まで一切見せて貰えなかったアンナの『過去』の一欠片が気になりすぎて頭がおかしくなりそうだった。「俺はそんなに彼女の事が気になっていたのか?」というどんな設計図よりも難しい『難問』を波に揺れる中で反芻し続けてしまう脳を一度リセットするためという情けない理由だ。結論を出すにはもう彼女との距離が縮まりすぎていて逆に分からない。後悔してももう遅いのだが。
そんなことを悶々と考えているうちにクガネに辿り着いていた。気怠い身体を引きずりまずは聞き込みを始める。一から探すよりアンナはドマを解放した有名人なのだから適当に人を捕まえて聞けば分かるだろうと判断し、商店付近で聞き込みをすると即居場所を特定出来た。
どうやらアンナは数日前までは早朝にハヤブサで飛んで行き、夕方には少々落ち込みながら帰ってきて釣りをしていたのだとか。今は紅玉海のコウジン族と走り回っているという話を聞いた時はエオルゼアとほぼ変わらないことをしているんだなと苦笑いが漏れた。
「そういうアンタさんは英雄さんの何なんだ? まさか……コレか?」
「いやただの友人の1人さ。彼女最近エオルゼアの方に帰ってなくてな。仲間が心配してるんで代わりに見に来たんだ」
小指を立てながら聞いてくる店主には少し慌ててしまった。そう、シドは多分アンナからすると旅の途中に出会った人間の1人である。一番近しい所にいる筈なのに、寂しい関係。きっと周りからは明らかに異性としてではなく同性の友人という感覚でお互い会っているようにしか見えていないだろう。自分で言ってて悲しくなってきたなとシドは溜息を吐いた。
「じゃあアンタではないのか。待ってる人がいるって言ってたんだがな」
「……というと?」
適当に挨拶して去ろうと踵を返した時店主のぼやきが聞こえてきた。すぐさま向き直り店主に詰め寄る。
「ああ彼女がどこかに行きたいみたいで何人か野郎が案内しようかと近づいたんだが全部断ったらしいぜ。その時待ってれば来るからって言ってたとか」
「感謝するぜ、おっさん」
待っている人、誰だろうか。まさかアルフィノが描いたという侍だろうか? 会ってみたい。夜になったら彼女が現れるという黄昏橋という場所に行ってみようじゃないか。
◇
夜。楽座街はよく賑わっている。今は用事が無いので潮風亭から橋に出ると、いた。探していたヴィエラの女性が少し寂しそうに釣竿を持ち水面を揺らしていた。
「釣れてるか? 旅人さん」
「いやあ私は……ってシドだ。仕事は?」
「しばらくは休んでも大丈夫だ」
他人を装い話かけると苦笑しながら振り向き、シドの姿を見るなり少し目を見開いていた。
「お前アルフィノが心配してたぞ?」
「あーごめんごめん。迷子になってた」
「テレポがあるじゃないか」
「エーテライトが無い所なの。帰りはテレポですぐだけど行きは頑張らないと」
懐から2枚の紙を取り出し広げている。覗き込むと1枚目は地図のようで、2枚目はアルフィノが描いたであろう侍らしき人物画。「これは?」と聞くと「赤誠組の人から教えて貰った場所でね。会いたい人がいるんだ」と答えていた。胸がチクリと痛んだような気がする。「そっちは命の恩人、か?」と切り出してみるとアンナは「あーアルフィノから聞いてるよね。うん」とシドの鬱蒼とした気持ちに構わず肩を少し上げながらサラリと答えた。
髭を貯えた自分より年上であろう威厳のありそうな目の鋭い侍のエレゼンが描かれた紙をアンナは少し切なそうな目で見つめていた。
「ゴウセツに捜すなら赤誠組で聞いたらいいってね。ドマ解放出来て何とか落ち着いたから来た」
「まあ確かにこの辺りの人を知るなら手っ取り早いか」
「凄い人だったらしいからすぐに教えてもらえた。嬉しい」
確定だった。これは恋人とかそういう分類のやつだ。少なくとも相当信頼されているとシドは心で感じ取った。心の中で溜息を吐いているとアンナは「じゃあ今日は寝るかあ」と釣竿をしまい立ち上がる。
「いいのか?」
「うん。早起きして行かないと日が暮れてその日のうちに帰れないよ?」
「待ってる人がいるって聞いたんだがなあ」
いじわるそうに聞いてやると「あー」と言いながらアンナはシドの腕を力強く引っ張り耳元で「道案内なら知り合いにされたいに決まってるでしょう?」と囁いた。
この後アンナが拠点にしているのだという温泉宿の部屋に案内された。ベットは2人分用意されており、「用意周到だな」と言ってやると「そりゃ連絡曖昧にしたらあなたか暁の誰か来るかなって待ってたからね」と舌をペロリと出しながら言い切った。完全に人を宛にする作戦に切り替えていたらしい。
「命の恩人さんに来てもらったらいいじゃないか」
「無理無理連絡する手立てが無いよ。あ、ここ大浴場だけじゃなくて部屋ごとに小さな温泉が置いてあるんだよ。いつも来た時にはお湯が張られていて凄い部屋だよね。あ、お金は私が払ってる。気にしなくていいから」
と言いながらアンナは浴室へ入って行った。気にするなと言われてもなあ、とぼやきながらコートを脱ぎ、ベッドに横たわった。直後ふと頭の中で現在の状況がどういうものなのか浮かび上がる。
「うん? 2人同室……で寝る??」
自分が行って、よかったかもしれない。そういうことにしておこうとシドは思考を打ち切った。
◇
次の日。朝早くから2人で潮風亭で軽い朝食を済ませハヤブサに乗った。ちなみに昨日はアンナがタオルで髪を乾かしながら風呂から上がった後、「船旅だったんでしょう? 風呂入っておきなよ」と言われるがままシドは浴室を覗いた。確かに小さな温泉があり、「そのまま入るよ。ありがとな」とアンナに礼を言うと「ん」とだけ言い踵を返し部屋へと戻って行った。その風呂というものは非常に気持ちが良かった。しかし恩人という存在が頭から離れず、アンナからどう話を聞こうかと悩みながら風呂から上がると既に本人は無防備に眠っていた。つまり何も聞けなかったし何も起こらなかった。いや起こすことは出来ず、なるべくアンナから離れた場所で丸まり眠っていた。目が覚めると既にアンナは起床し、着替えを済ませていたのは更に驚いた。寝起きな顔の前で屈んでおり、「起こそうと思ったら起きた、残念」と何故か悔しがっていた。筆を持っていたがどう起こすつもりだったのだろうか。「見なかったことにしてやるからその筆片付けとけ」とシドはアンナの額を軽く中指で弾いた。ニヤと歯を見せながら「おはよ」と言われたので「ああおはよう」と返してやる。
「もっとゆったりベッド使ったらよかったのに」
「狭く硬いベッドに慣れているもんでな」
勿論嘘である。いや会社の仮眠室のベッドは硬いのは本当だが横にいたのは仮にも異性だぞ? と言いたくなったが黙っておく。本当に無防備というか警戒されてないのは、信用されているからなのかそれとも何もしないことを読まれ切っているのか。まさか本当に異性としての感情が存在しない人なのか。シドとしては聞いてみたかったが怖くて聞くことはできなかった。
「まあいいや。降りたらとりあえず歩くよ」
「マウントとか使わないのか?」
「空飛んだら早いとかそういうやつ? つまんないでしょ」
アンナらしい答えだとくくくと笑ってやると「うるせ」と小突かれた。
◇
小さな村に辿り着いたのでハヤブサから降り、渡された地図をじっと眺めた。シドはまず近くにいた村人を捕まえ、現在地を教えて貰い歩き出す。見る限り行先は山道のようだった。草木をかき分け進んでいるが本当にそんな場所に人が住んでいるのだろうか?と少し怖くなる。アンナが迷子になるのも分かるかもしれないと立ち止まるとふと数歩後ろから付いてくる彼女の鼻歌が聴こえてきた。「何の歌だ?」沈んだ気分を奮い立たせるため振り返り聞いてみると「この辺りの子供が歌ってた」と笑顔で答えていた。
「かぞえ歌? みたいな事言ってた気がする。歌詞は覚えてない」
「そこは覚えておこうな」
アンナは基本的に覚えるのが苦手のようだった。道もその一つだ。旅人というものはそういうものだというのだが聞いた事も無い。話題を変えるように「なあ命の恩人さんとはどう出会ったんだ?」と少しだけ恩人がどんな人か聞いてみた。
「迷子になって行き倒れてた所を助けてもらって」
やっぱり迷子癖があるのは昔から変わらないらしい。ポツリポツリとその人の事を話し出す。
お腹空いたと言えばおにぎりをくれたこと、彼もまた無名の旅人であろうとしていたこと、しばらく一緒に行動してたが森が懐かしいと思った時に『故郷に帰りたくないからグリダニアに行けばいい』と助言してくれたこと。そして生き残るための戦い方を教えてくれたこと。まさしくシドが知るアンナの人生の始まりだった。モヤモヤしていた自分が馬鹿みたいじゃないか、シドは自分の暴走していた考えを戒めるように頭を搔いた。
そんな話をしているうちに道が開け、そこには小さな小屋と、石碑が置いてあった。
◇
「フウガ、やっと来たよ。遅くなって、ごめん」
小走りでその石碑に駆け寄り、いつの間にか手に持っていた花束を置いた。その場に座り手を合わせている姿を見てシドは初めてアンナが言っていたことが理解できた。連絡する術がない、そりゃそうだ。死者とは話は出来ない。アンナはわざわざ赤誠組で墓の場所を聞き出し、墓参りに来たのだ。隣に座り、同じく手を合わせてやる。
「シド、気にしなくてもいい。私の我儘に付き合わせたようなもの」
「一緒に祈らせてくれ」
「……うん」
ふとアンナを見ると少しだけ震えているように見えた。それに対しシドは肩に手を回し、叩いてやることしかできなかった。その時背後から声を掛けられる。
「あのもしもし」
振り向くと黒色の髪の東方の衣服を纏った男がいた。そして彼は更にこう言ったんだ。
「エルダスさんですよね?」
彼女は目を見開き、小さな声で「うそ……」と呟いていた。
それから男に小屋へと案内された。話を聞くとここに住んでいた人間の孫にあたる存在らしい。
「やっぱりエルダスさんでしたか! 演説の時に貴方の顔を拝見した時絶対祖父がお話していた方だと確信していたんです!」
「い、いやあ今私はアンナ・サリスで」
「あのエルダスって」と聞くと彼女は「部族名と思っといて」とだけ答えた。
「ええ分かっていますよ。エルダスは森の名の苗字でサリスが街の名の苗字、ですよね。祖父から伺っております」
「あーフウガは色んな事いっぱい知ってたなぁ……まあだから私はアンナ・エルダスって事にして」
テッセンと名乗った青年はしばらく考え込んだ後「わかりました」と答えた。どうやらこれ以上名前は出すなという事だろう。シドとしては知りたかったのだが……所謂苗字を知れただけマシかと判断する。
「隣の方は……」
「シド、今回のドマ解放にあたっての外部協力者」
「ああそういう事でしたか。私らの国を救っていただきありがとうございます」
「い、いやそこまで深々頭を下げなくても大丈夫だ。えっと、お祖父さんからアンナの事どう聞いてたんだ?」
「ちょ、ちょっと!!」
イタズラっぽい笑みで聞いてやると隣で彼女が軽く叩いてくる。そりゃ昔話は知られたくないのだというのは普段の態度から分かる。しかしここを逃したら二度と知れない事なのだ。聞くしかない。
「とても好奇心旺盛な技術の呑み込みが早い方と聞いていました。別れた後も無事グリダニアに到着できたか亡くなる直前まで心配してて。しかしちゃんと辿り着けて挨拶まで来ていただけてきっと喜んでいると思いますよ」
彼女は「だったらいいな」と軽くため息を吐きながら答えていた。それを尻目にテッセンは手慣れた仕草で箱の中から何かを取り出す。平たく大きな箱を開くとそれは絵画のようだった。道を歩く銀色の髪の侍と、その後ろには槍を持った赤色の髪のウサギ耳の子供がいる。「祖父はここを終の棲家として決めた頃、この絵画を絵師に頼み描いてもらっておりました」という言葉が聞こえる。「フウガと、私?」と呟きながら彼女は目を見開き眺めている。
シドもまたその絵を凝視していた。懐かしき風景の絵に対し何やら心がざわめいている。どこかで見た、しかしどこで見たか思い出せない。「シド?」という声で我に返る。―――ああ何でもない、と返すと「変なの」とアンナはシドの脇腹を突いた。
「仲がよろしいのですね」
「なっ」
「そりゃエオルゼアにドマ、アラミゴまで一緒に救った仲なので」
「アンナ!?」
顔が赤くなるシドと笑顔で答えるアンナ、その2人を見比べテッセンはくくと笑う。何かあらぬ誤解をされた気がする。その風景にテッセンは目を細めながらアンナに優しく語り掛ける。
「アンナさん。祖父リンドウは厳しく修行させすぎたことを後悔されてました」
「そりゃゴウセツが言ってた。『お主の目付き、そして気迫は剣豪リンドウそっくりだ』ってね」
「あのゴウセツ様が言うほどとは。よほど貴方の飲み込みが早かったんですね」
納得した。ゴウセツに聞いたというのも恩人の名前が出たからついでに聞いてみたという事らしい。
しかし彼女の気迫とやらは見たことが無い。「また今度見せてくれよその気迫ってやつ」と言うと「無い方が自分の為だと思うよ」と困った顔で言われた。
「そして旅人のスタンスも祖父そのままだという噂も聞きました。祖父は一時は妻と子供を置いて無名の旅人であり続けようとした事に後悔し、大切にしすぎたアンナさんの事を心配していまして。少しだけ己の幸せを願いませんか?」
「……今私幸せだけどなあ。フウガに挨拶できたし」
彼が言いたいのは明らかにそういう事ではない。多分自分の気持ちを奥底にしまい旅人を演じ続けている彼女を心配しているのであろう。彼女自身も同じ結論に達したようで優しい声で語る。
「んーなるほど。―――今は世界を救う方を優先して旅人活動はまあ当面延期みたいな状態。まあやる事終わったら色んなことを知るために旅に出たい。フウガみたいに『無駄に』強くて何でも知ってる旅人になりたいからね」
無駄にを強調する姿にシドとテッセンは目を丸くし、笑ってしまっていた。どんな強さだったんだ、リンドウ・フウガという人間は。
◇
しばらくテッセンと談笑した後、日が暮れる前に帰ることにした。村の方で泊ってもいいと言われたが、「この人、仕事あるから」とアンナが断ってしまった。村までの近道を案内してもらい、そのままハヤブサでクガネに帰ってきていた。
ハヤブサに乗りながら少しだけ命の恩人であるリンドウについて教えて貰った。お互い名前ではなく苗字で呼び合っていたのは"あくまでも自分達は旅の途中に出会った他人である"というのを強調するためだった事、強大な妖異討伐を頼まれた時に引き際を誤り殺されかけた自分を守るために優しかった彼が常人を逸した殺意を溢れさせ一閃で妖異を斬り捨てていたリンドウの強さを。そしてその強さに憧れ無理やり稽古を付けて貰った事を。彼の故郷に嫁や子供もいたらしいから幼い頃の叶わぬ初恋だった事も。グリダニアに辿り着いて故郷を懐かしみ終わったら再びリンドウの元に行きたかったけどガレマール帝国が邪魔だったんだと語る姿が少し寂しそうに見えた。
クガネに戻った時にはもう日が暮れていた。「戻ってきたし……帰る? それとも呑む?」とアンナが隣に立ち楽座街の方を指さしていたのでそのまま食事という事にした。
賑わう歓楽街の居酒屋で置かれた順から消えゆく皿を見ながら酒を吞むという風景はモードゥナでも見慣れている。その吸い込むように食べる瞬間をアンナは人に見せないように隙を見てやらかしているのだがシドは一度だけ見た事がある。それから社員を助けてくれているお礼と称して食事に連れて行き説教をしながらテーブルマナーを教えていた。その結果、シド以外の前では肉や野菜を切り分け目を離した隙に皿から消えるようになった。シドは違うと叫びたいが流石に外なので抑えることにする。
「姉ちゃん相変わらずいい食べっぷりじゃねえか!」
「ここのごはんおいしい」
「ありがたいねえほらおかわりだよ!」
「やったー」
彼女なりに東方地域でも溶け込んでいるらしく笑顔がこぼれた。シドも巻き込まれるように盃は乾かず皿にも大量に盛られているのだがそれに関しては考えないようにしている。しかしアンナが他の人と会話している隙にシドは客の1人にある日ポロッととんでもない話を吹き込まれた。『夜な夜な店の奴らと飲み比べしては大勝利して身ぐるみ剝がしていた』と。「ウチの英雄が、すまない」と肩を落としながら謝罪することしかできなかった。何やっているんだお前はと未だ食事を続ける彼女を軽く叱ってしまうが、アンナ本人は「挑む方が悪い」と全く悪びれることない様子で。シドの中でこの人は一度負けないと学ばないのか? という疑問がよぎる。しかしガーロンド社の呑み会でもアンナ周辺に形成される死屍累々を思い浮かべると無理という2文字の結論がのしかかった。エオルゼアでは穏やかなのだが少し離れると無法になっている話を聞くとどちらが本当の彼女なのか分からなくなる。
「あなたもやってみる? 勝負」
「悲惨な風景を見てきた人間が乗ってくると思っているのか?」
「まあシドとはゆーっくり飲み合いたいからそれでいい」
その言葉を聞くなりシドの顔は耳まで真っ赤に染まっていく。「おや? もう酔いが回った?」と無邪気に聞くアンナにわざと言っているのか? と疑問を吹っ掛けたくなるが残念ながら天然だろうなと即心の中にしまっておく事にした。「まだ行けるさ」と再び盃のものを一気に喉に通す。
この顔の熱さを酒のせいにしておきたかった。
◇
食事が終わった後、再び望海楼の彼女の部屋に連れて行かれた。顔を赤くし少しふらついていた男を途中から「運ぶよ」と背負うアンナの顔をシドは見せてもらう事はなかった。シドからすると軽々と大の大人である自分を背負われて男としてのプライドが砕かれかけていたのだがそれはまた別の話とする。
綺麗にベッドメイクされた寝台に下ろされ上着をはぎ取られた。「寝る時邪魔でしょ」って言いながら用意された衣服を渡される。「浴衣って言うんだって」という言葉を聞きながらぼんやりと眺めていると彼女は浴室に消えて行った。正直自分もシャワー位浴びたかったがそれよりも眠気が勝っていたので衣服を脱ぎ散らし浴衣に着替え、そのまま寝転び視界が暗転した。
「シド、シャワー浴び……って寝てる?」
意識が完全に途切れる直前、アンナの声が聞こえた気がした。間抜けな声を出し手を一瞬上げて、そのまま落ちた。
この日シドは夢を見た。寒空の下、巡回兵を呼ぼうとした幼い自分の衣類を掴み止め、道を聞いたフードを深く被った赤髪の『あの人』を捕まえるとフードを外す。そこにはアンナがイタズラな笑顔を浮かべ、大人となった自分を強く抱きしめ中性的な声色で「大きくなったね、少年」と言ってくれる幸せな夢だった―――
◇
次の日。シドが目を開くとアンナは既に起床し着替えを終えていたようだ。「おや今日は早起きだね、シド」とにこやかに答える姿に何かくすぐったい。見た夢を思い出すとつい反射的に目を逸らしてしまった。何故この人と重ねてしまったんだとため息を吐く。
「そういえば上着ポケットのリンクパール大丈夫? 出た方がいいと思うよ?」
すっかり忘れていた。行き先も言わぬまま会社を飛び出してから一度も出ていない装置を見るとずっと光りっぱなしだ。向こうは相当おかんむりだろう、恐る恐る出ると『やっと出た!』と会長代理の怒鳴り声が聞こえた。
「ああすまんちょっと取り込み中で」
『どこにいるんですか! いいから早く帰ってきてください!』
「いやほら今は特に何もないじゃないか」
『どれだけ書類が溜まってると思うんですか!!』
「……これからクガネから帰る」
『クガネ!? ちょっと会長本当に何やって』
これ以上繋げていても説教が続くだけだろう。切断してニコニコと笑うアンナを見る。
「すまんがシャワー浴びたら帰る事になった」
「でしょうね」
そのままアンナはシドの腰に手を回し抱き上げて浴室へ連れて行こうとするがシドは慌てて「二日酔いとか大丈夫だから」と言いながら止め、衣服を持って浴室へ逃げるように入って行った。恥じらいという概念が全く見当たらないアンナにそのまま介助されそうだったと流石に危機感を感じている。
「……ん?」
浴衣を脱ぎ、鏡をふと見ると肩に赤い痕が見える。何があった? 昨日は酒を呑んで戻ってきた後風呂にも入らず眠ったじゃないか。虫に刺されるような事は―――そういえばアンナの先程の服装を思い出す。首元に季節に似合わないマフラーを巻き、いつにもまして露出の少ない格好だ。
やってしまったか? よりにもよって酔った勢いで、アレをと行為を頭に浮かべながらみるみる血の気が引いていく。全く記憶に無い。アンナも全く顔に出していなかった。何かあったのなら流石に何か反応するはず。すると思いたい。ないってことはそのまま2人でぐっすり寝ていたんだろう。しかしこの痕は何だ? やっぱり虫に刺されたか? いや浴衣は整えられていた。しかし記憶が確かなら寝ぼけながらの着替えでかつ慣れない衣服を綺麗に着れるとは思わない。少なくとも整えた相手がいる。まあ相手はアンナしかいない。少なくとも眠っている自分の服を整え、投げ捨てた衣服を畳み、布団をかけてくれたのは確かで。そして相手は仮にも異性だ。34にもなって恥ずかしい。
シドはここまで考えた後に、「見なかったことにするか」と呟き頭から冷水をぶっかけた。
一方その頃。『気が付いただろうか』とアンナはニコニコと笑いながらシドが浴室から飛び出してくるのを待っている。本来はそういった行為はやらない主義なのだがキスマークはすぐに消えるものと判断し、昨晩寝ぼけ眼で着替えたからだろう乱れた浴衣を直すついでに衣服でギリギリ見えない場所に一つ付けておくというちょっとしたイタズラだった。少しでも怪しさアップさせるためにわざと首元まで隠した服に着替えておいたしこれは完璧だとふふと笑う。鏡を見ればすぐに気が付く場所に付けたので顔を赤くしながら飛んで来るはず。
しかし来ないなあ思考フリーズでもしたか? と思い扉に長い耳を当てたら「見なかったことにするか」という呟きが聞こえた。アンナは耐え切れなかったのか寝台に突っ伏し声が聞こえないようゲラゲラと笑っていた。
◇
浴室から出てくるとアンナはいつものようにニコニコ笑いシドを待っていた。
「どうやって帰るの?」
「クガネランディングから飛空艇で帰るさ」
チェックアウトをし2人は潮風亭で朝食を摘まみながら喋っていた。いつもと変わらぬ、現状維持。シドは平静を保つ事を選んだようだった。アンナは少しつまらないなあと思いながらシドを眺めていた。
「それがいいよ。付き合わせちゃってごめんね」
「ま、まあ俺は別に大丈夫だ。アンナはどうするんだ? 一緒に帰るか?」
「テレポでお先。アルフィノとかにお詫びの品も準備しないとダメだしね」
「そうか」
立ち上がり、「じゃあ」と2人は言い合った。それぞれ違う方角へ歩き出す。
長そうで短い2人の旅は終わった。
飛空艇で急いで帰った後、怒髪天なジェシーの説教が待っているのだろうなと足取り重くガーロンド社に戻る。すると大量のクガネ土産らしきものが積み上げられえらく機嫌がいい社員達がいた。ジェシーもその内の1人で嬉々とした声で金色の箱見せながら「既にレンタル料いただいたので大丈夫ですよ。さあ仕事に戻ってくださいね会長!」と大量の書類が積まれた机に案内されたのはまた別の話。
#シド光♀ #リンドウ関連
“苦いコーヒー”
―――彼女は俺が淹れるコーヒーをいつも美味いと言ってくれる。
「シドおはよう」
「アンナか。今日は……また変な事してるな?」
俺はジェシーによる怒りの月末恒例地獄の書類整理を終わらせ仮眠室にて数時間の睡眠をとった。未だ徹夜続きで重たい身体を引きずり会長室に戻ると黒髪のヴィエラが椅子の上に胡坐で座り込み辺りの書物を読んでいた。当然のように通されているのはセキュリティな心配が浮かぶが、俺が仲良くする旅人なら大丈夫だろうと彼女は社員から信用されているようだ。嬉しい事だが少々複雑である。俺は「アンナ、面白いものでもあったか?」と聞くと報告書から顔を上げる。
「機密の収集?」
「会社の秘密を勝手に持っていかれるのは困る」
「大丈夫。何か読み物がないと落ち着かなかっただけ。理解しようとは思ってない」
「言い方考えろ」
あははと笑う彼女に俺はため息を吐いてやる。ケトルに手を伸ばしながら「コーヒーでいいか?」と聞くと「ん」と答えが返って来た。渡してやると「ありがと」と言いながら口に含んでいる。
「おいしい」
「そうか? 社員達からの評判も悪いまっずいコーヒーだ」
「そうかな。あなたが淹れてくれるものなら私は何でもおいしいと思うよ?」
恒例の天然タラシだ。アンナは何も考えず俺が言葉を詰まらせる言葉をシラフで放つ。ここで下手に何か言うとカラカラとはぐらかすかのように笑って終わる。その日常に慣れた俺は何とか目を逸らし咳払いのみしてから無言を貫くのだ。
最近俺は出会った時からアンナの事は異性として好意を寄せている事が分かった。奇麗な顔に反してウルダハの剣闘士のように力強い戦い方をし、ぶっきらぼうに見せかけて意外と分かりやすい表情も見せる。褐色肌にガーネットみたいな紅い瞳を持った彼女が見せる敵に対する不敵な笑みがときどき恐ろしく見えるのだが―――そこに興奮する自分もいた。自分よりも頭一つ分高い身長、細い肢体でありながら無駄のない引き締まった筋肉。愛しそうに刀を撫でる姿も、鋭い目で敵を射止め斬り捨てる姿も俺の目には全て魅力的に映る。あと少しで手に届きそうなのに、その”あと一歩”に届くことがない。延々と『おあずけ』され続けているわけだ。
社員らで呑みに行った時何度「アンナさんといつ付き合うんすか」やら「付き合う気がないなら娘さんを僕にください」と言われたことか。娘じゃないし渡す気もないし前者に関しては俺が聞きたい。というかコイツらにあの気まぐれ屋を制御できるわけがないだろう。
俺は逢瀬を重ねるたびに自分の中で膨れ上がる感情に対して【この人は俺の事をどう思っているのだろうか?】という難題を何度も考えた。呼べば来てくれるしアンナ自身も弱った時は慰めて欲しいのか俺にリンクシェル通信を入れる。みっともない姿を見せても彼女は即自分を元気づけるように動くし、彼女が周りからの期待と重圧で苦しそうな姿を見せる時はいつもそばでフォローを入れていた。
傍から見ると付き合ってる風に見えるだろ? 情けない話だが何も起こっていないんだ。
考えていると彼女に「おーい」と声を掛けられる。振り向くと目前にいつの間にか立ち上がった彼女の、開いた首元からチラリと見える褐色の肌。自分の体がビクッと跳ねたのが分かる。慌てて後ずさった。これも一種のイタズラってやつだ。彼女とコミュニケーションを取り続けたいのなら引っかかってはいけない。
このアンナという女は大人しい女性という雰囲気を見せながらもモーグリ族やシルフ族みたいにイタズラが好きという習性がある。いや俺も最近まで知らなかった。クッションに何か仕込んだり食べ物にとびきり辛い物を潜ませるのは序の口。恋人ならば性行為に突入するような一歩間違えたら自爆につながる事も真顔でやる。本人は一切顔色を変えないのだが俺としては心臓がいくつあっても足りない。ときどきは注意してやるとする。
「あのな、お前は何をしたいんだ」
「? 何をとは?」
「こういうイタズラは誰にでもするのか?」
「しててほしい?」
少しずつこちらににじり寄って来る。俺はとっくの昔に扉を背に動けなくなっていた。ニィと笑い手で扉をドンと叩きながら俺の反応を見るために体を軽く曲げ最接近する。
「そんなわけないじゃないか」
「でしょ? あなたが楽しいって思ってるから、望んでいる事をしているだけ」
「お前がどう思っているか知りたい。俺が、じゃなくてな」
負けじと彼女の頬を両手で覆ってやる。むぅと聞こえたが他は何も言わない。彼女は都合の悪い事を聞かれたら少々ばつの悪い顔をして口を閉じる。軽く目が泳ぎ、予想だがどう言えばいいのか頭の中で考え込み軽くショートしているみたいだ。
「黙秘権ってやつか? 不利になったらいつもそれだ。俺は、もっと、お前を知りたい」
長く落とした赤色のメッシュが混じった黒髪に触れ、少しずつ上に沿うように指を走らせる。長い耳の付け根に届く、そろそろだろう。
「ああああなたは知らなくてもいい。私はあなたをからかえれば楽しいだけだし?」
彼女は近付けていた顔を上げそっぽを向いた。「やべ」と言いながら少々引きつった笑顔で言う様は明らかに挙動不審である。先述の通り基本的に表情は崩さないが分かりやすく反応はする人だ。あと知らなくてもいいと言いながらきちんと答えを返すのは律義な所がある。そしてこれも予想だが彼女は耳が『とびきり弱い』。リンクパールは「何かゾワゾワするから」と周りから言われない限り率先して付けず、決して人に耳を近づけない。何かあった時は髪を伝って耳に指を近づけるだけであっという間に大人しく引き下がるのだ。それが把握されている事も既に向こうには察知されているらしくいつも「やべ」と言って引き下がるのが分かりやすい。なら変な事するなとしか言いようがない。
「あ。コーヒーが冷めたら美味しくなくなるから飲まないと―――ね?」
「そうだな。ちょうど誰かさんに邪魔されて寝起きのコーヒーを飲む事が出来なかったんだ。……何も入れてないだろうな?」
「発想になかった。次から考える」
いらん、と言いながら俺は自分が淹れたコーヒーを彼女に対する感情と共に一気に飲み込む。明らかにコーヒーだけではない形容しがたい苦みが身体の芯まで染み渡らせた―――
#シド光♀ #即興SS
紅蓮レイド後、旅人は密会する数日前の独り言。
オメガの一件が終わり、一段落ついた頃。ボクはある疑問の解を探すため、考えを張り巡らせていた。
―――あのボクの体が温かくなる現象。理解不能。今までどんな手を使っても、死人のように冷たいままだったのに。あの白色の男と体を重ね、初めて熱を帯びたのだ。
温泉旅行と称し、クガネで休息した日。まず数時間湯船に浸かったがやはり冷たいまま。火に直接手を当てても体の芯から熱を帯びる感覚は味わえなかった。本当に初めてで、正直言って少し怖い。
「ボクの体はどうしてしまったの?」
胸を手を置いて考えてみても、浮かばない。そんな特殊な事例、誰も答えは分からないだろう。
いや待て。誰もが持っている、生者を形成するために必須の要素。そういえばあの後石の家に立ち寄った際、ヤ・シュトラがボクに「おめでとう」と言ってきたじゃないか。彼女が何を視てボクにそんなことを言ってきたのか、ちゃんと分かっている。
「そうか、エーテル」
混じり合ったエーテルを視たのだ。自分の心の中に仕舞ってと思うが―――まあ珍しいものを視たから言ってきたのだろう。そりゃそうか。
ふと右腕にある傷に指を這わせる。ボクの二の腕には硬い何かが埋め込まれ、傷口は縫合されていた。そう、この部分はエーテル操作を行う際、ほんのりと熱を帯びる。全身でその現象が起こっている可能性も0ではない。
当初の疑問は解決。さあ次浮かんだ謎。これ、シド相手以外でも起こるのかな。
「いやない。絶対ヤらない」
自分の頬を叩く。何故自分からそんなことをしなければいけないんだ。そんなことヤるならまだシドと二度目の行為をする方がマシ。脳から候補を取り除く。
「いや二度目もないが!?」
あの夜からボクの考えがおかしい。まるでボクがあの男を意識してるみたいじゃないか!
違う。ありえない。どういう感情を持ってるか勝手にすればいいが―――ボクは無名の旅人だ。誰にも感情なんて抱かない。
「ボクは! ぜーったい! 誰も! 好きにならない!!」
拳を正面の岩に当て、パワーを溜め込み息を吸った後放出、そして粉砕する。今日も鮮やかな岩砕きだ。
「バレないようにしないと。調子に乗られてしまう」
結論とは言ったものの確定させるための物的証拠はない。そしてこんな妙な体質を人に悟られるのが一番嫌だ。特にシドはダメ。真っ直ぐな目をして考察、実験、検証と称して―――もうどうなるか想像したくない絶対酷い目に遭う! よし、今回の件は心の中に仕舞い込み、とりあえずドマの一件を解決しよう。話はそれからだ。
―――数日後。ボクはシドからのリンクパール通信をきっかけに"また"やらかすことになる。
二度目はないと、決心したのに。ボクはなんて莫迦なヴィエラなんだ! しかもあの男が持ってしまった感情は一時的な勘違いじゃないという裏付けを得てしまう。頭の中はもうぐちゃぐちゃだ。
1年後、ボクは旅に出ることできるのかな。もう何もかも、理解不能。どうすればいいんだ、助けて、フウガ。
Wavebox
#シド光♀