FF14の二次創作置き場
更新履歴
- 2024/11/26 旅人は魔導兵器を識りたい 新生
- 2024/11/19 "召し上がれ&quo… 新生
- 2024/11/15 溶けあうもの 紅蓮
- 2024/11/11 "11月11日&qu… 蒼天
- 2024/10/18 "嫉妬"、… 漆黒,
No.147, No.146, No.145, No.144, No.143, No.142, No.141[7件]
"あなたの匂い"
補足
自機の匂い観の話題がみすきーで話題になったので。それで即興SS。
蒼天辺りの関係性なのでお互い自覚ない頃。
「皆さんお疲れ様。休憩室にサンドイッチ置いてるから食べてから寝てね」
アンナ・サリスは気まぐれである。ふらりとガーロンドイ・アイアンワークス社に現れては"差し入れ"を置き、シドと数言交わして帰って行く。手伝ってほしいと言えばいつの間にか現れ、何でもこなした。
しかし納期のデーモンが暴れる時期には決して現れない。どうやらピリピリとした空気は嫌いらしい。
今回はほぼ案件終了後、げっそりと疲れ切った社員らの前に満面の笑顔で現れた。現場にいた彼らには天使のように映ったと後に語る。ワイワイと休憩室へ歩いて行く社員たちの波を避け、キョロキョロと見回すアンナはまずジェシーを発見した。
相当疲れているのかため息を吐いていた。ふと気配を感じたのか振り向き、アンナを見る。
「あらアンナじゃない」
「お疲れ様、ジェシー」
「相変わらずいいタイミングで現れるわね、って結構疲れてる?」
「そりゃサンドイッチいっぱい作ってきたからね。休憩室、今ゾンビーみたいな人らが集ってるから落ち着いてからどうぞ」
「いつもありがとね。またお礼いっぱいしなきゃ」
「ちゃんとシドから貰ってるよ。大丈夫」
奥の扉が開き、白色の男がため息を吐きながら現れる。同じくギリギリな仕事で寝ずに労働していたようで、酷く眠そうだ。
「あら会長お疲れさまでした」
「ああ今回も中々苦戦したな……ってアンナじゃないか」
「ん」
シドは必死に目をこすり両頬を叩いた後ニィと笑顔を見せる。ジェシーは相変わらず分かりやすいと苦笑した。
アンナも手を振りながらシドの方へフラフラと歩く。少しだけ考える姿勢を見せた。
「―――アンナ?」
次の瞬間アンナはシドの首元に顔を沈める。ジェシーをはじめとした残っていた社員らは目を点にし、シドは固まる。そしてどんどん頬が高揚していった。
「懐かしいにおいがする」
ボソリと呟いた瞬間アンナも自分が何をしたのかに気が付いたらしく素早く離れた。咳払いをする。
「疲れてるかも。ごめんなさい」
「あ、ああ」
「流石に新鮮なうちにとサンドイッチ一気に作ったのが響いたかなあ。私もう帰るね。……あ、今日付けてる香水、今のシドのニオイと相性悪いから残ってるって思ったらクリーニングに出す方がいいかも」
「そ、そうなのか?」
アンナは笑顔を見せた。
「とにかくしっかりシャワー浴びて、ご飯食べて、歯磨きしてからしっかり寝るんだよ。健康なのが大事だからね」
「それは当然だな」
「でしょ?」
しかし、シドの少しだけ嬉しそうな表情を見てアンナは少しだけ考える仕草を見せた後、恐る恐る口を開く。
「あの……本当に申し訳ないんだけど今表に出るのはあまりよろしくないと思う。だからサンドイッチ置いてる。なるべく社内で用事を済ませて。旅人の私は気にしないけどとにかく配慮は必要」
「アンナそれ超遠回しに臭いって言ってない?」
「ジェシー。そりゃずっと寝ずに働き詰めだったから当然でしょう? 流石に『5日位村に立ち寄らず色々誤魔化しながら旅してたヒゲのおじさまみたいだね』とかそんな理不尽な罵倒はできないよ。まあ純粋に休息大事ってことで。いやそれは今ここにいる人大体そうだけど。じゃ、シド。お疲れさまでした。おやすみなさい」
苦笑しながらシドの鼻を軽く摘まんだ後、頭をグシャリと撫で小走りで去って行った。当のシドは何も言わず固まっている。
「親方の心がアンナが現れることで急速に修復されたと思ったら光速でバキバキに折られてるッス……」
「最速記録じゃないかしらあれ」
「欠片も残ってなさそうだな」
「そこうるさいぞ!」
後に知ることになるが。アンナが例えとして使っていた事例はリンドウのことだったらしい。懐かしいにおいとはそういうことだったのかとシドは歯ぎしりをした。
しかし時々風呂に入れと言いながらも、笑顔でくっついて来ることがあるのでリンドウに感謝する姿も見せ、アンナはもっと気を引き締めようと決心するのであった―――。
#シド光♀ #即興SS
自機の匂い観の話題がみすきーで話題になったので。それで即興SS。
蒼天辺りの関係性なのでお互い自覚ない頃。
「皆さんお疲れ様。休憩室にサンドイッチ置いてるから食べてから寝てね」
アンナ・サリスは気まぐれである。ふらりとガーロンドイ・アイアンワークス社に現れては"差し入れ"を置き、シドと数言交わして帰って行く。手伝ってほしいと言えばいつの間にか現れ、何でもこなした。
しかし納期のデーモンが暴れる時期には決して現れない。どうやらピリピリとした空気は嫌いらしい。
今回はほぼ案件終了後、げっそりと疲れ切った社員らの前に満面の笑顔で現れた。現場にいた彼らには天使のように映ったと後に語る。ワイワイと休憩室へ歩いて行く社員たちの波を避け、キョロキョロと見回すアンナはまずジェシーを発見した。
相当疲れているのかため息を吐いていた。ふと気配を感じたのか振り向き、アンナを見る。
「あらアンナじゃない」
「お疲れ様、ジェシー」
「相変わらずいいタイミングで現れるわね、って結構疲れてる?」
「そりゃサンドイッチいっぱい作ってきたからね。休憩室、今ゾンビーみたいな人らが集ってるから落ち着いてからどうぞ」
「いつもありがとね。またお礼いっぱいしなきゃ」
「ちゃんとシドから貰ってるよ。大丈夫」
奥の扉が開き、白色の男がため息を吐きながら現れる。同じくギリギリな仕事で寝ずに労働していたようで、酷く眠そうだ。
「あら会長お疲れさまでした」
「ああ今回も中々苦戦したな……ってアンナじゃないか」
「ん」
シドは必死に目をこすり両頬を叩いた後ニィと笑顔を見せる。ジェシーは相変わらず分かりやすいと苦笑した。
アンナも手を振りながらシドの方へフラフラと歩く。少しだけ考える姿勢を見せた。
「―――アンナ?」
次の瞬間アンナはシドの首元に顔を沈める。ジェシーをはじめとした残っていた社員らは目を点にし、シドは固まる。そしてどんどん頬が高揚していった。
「懐かしいにおいがする」
ボソリと呟いた瞬間アンナも自分が何をしたのかに気が付いたらしく素早く離れた。咳払いをする。
「疲れてるかも。ごめんなさい」
「あ、ああ」
「流石に新鮮なうちにとサンドイッチ一気に作ったのが響いたかなあ。私もう帰るね。……あ、今日付けてる香水、今のシドのニオイと相性悪いから残ってるって思ったらクリーニングに出す方がいいかも」
「そ、そうなのか?」
アンナは笑顔を見せた。
「とにかくしっかりシャワー浴びて、ご飯食べて、歯磨きしてからしっかり寝るんだよ。健康なのが大事だからね」
「それは当然だな」
「でしょ?」
しかし、シドの少しだけ嬉しそうな表情を見てアンナは少しだけ考える仕草を見せた後、恐る恐る口を開く。
「あの……本当に申し訳ないんだけど今表に出るのはあまりよろしくないと思う。だからサンドイッチ置いてる。なるべく社内で用事を済ませて。旅人の私は気にしないけどとにかく配慮は必要」
「アンナそれ超遠回しに臭いって言ってない?」
「ジェシー。そりゃずっと寝ずに働き詰めだったから当然でしょう? 流石に『5日位村に立ち寄らず色々誤魔化しながら旅してたヒゲのおじさまみたいだね』とかそんな理不尽な罵倒はできないよ。まあ純粋に休息大事ってことで。いやそれは今ここにいる人大体そうだけど。じゃ、シド。お疲れさまでした。おやすみなさい」
苦笑しながらシドの鼻を軽く摘まんだ後、頭をグシャリと撫で小走りで去って行った。当のシドは何も言わず固まっている。
「親方の心がアンナが現れることで急速に修復されたと思ったら光速でバキバキに折られてるッス……」
「最速記録じゃないかしらあれ」
「欠片も残ってなさそうだな」
「そこうるさいぞ!」
後に知ることになるが。アンナが例えとして使っていた事例はリンドウのことだったらしい。懐かしいにおいとはそういうことだったのかとシドは歯ぎしりをした。
しかし時々風呂に入れと言いながらも、笑顔でくっついて来ることがあるのでリンドウに感謝する姿も見せ、アンナはもっと気を引き締めようと決心するのであった―――。
#シド光♀ #即興SS
"縁談"
補足
新生終了以降、紅蓮より前のシド光♀。お互い感情に気付いていない頃の2人です。
「アンナすまん俺のことを聞かれても知らんと言ってくれ!」
「? 分かった」
レヴナンツトール。石の家でやることがなくなったアンナは気分転換にと外を歩いていた。すると、全力疾走してきたシドと鉢合わせする。傍にある物陰に隠れた少し後、次はジェシーが小走りでやって来た。
「アンナ! 会長見なかった!?」
「? 見てないよ。えっと、私は東の方から歩いてきたから―――いるなら西じゃないかな」
「ありがとう。見かけたら簀巻きにしてでも連れて来て。お願い」
「分かりましたの」
そのままアンナが指し示した方向へと走り去って行く。しばらくヒラヒラと手を振った後、首を傾げながら安堵の息を吐くシドの方を向いた。よっぽど激しく走って来たのだろう―――乱れたコートを直してやる。
「ああすまん助かった」
「どうしたの? そんなにお仕事が嫌に? いや先日飛び出した時のお説教かな?」
「あー今回は違うんだ」
「今回"は"、ねぇ……」
シドは強調しないでくれと苦笑しながら、事情を話す。
◇
「資金援助を出しにしたご令嬢との歓談」
「ああ」
「似合う言葉を聞いたことあるな。枕え」
「お前の口から聞きたくなかった言葉だな!」
「冗談だよ。―――そういうの嫌いなの? 本来お話し合いすることがお偉いさんであるあなたの役目じゃない?」
「いやまあ面倒でな」
アンナは心の中で『これ別に突き出してもよかったのでは?』と呆れる。そんなことを思われているとはつゆ知らず、シドは肩をすくめながら語った。
「ウチは色々持っているからな。独り身というもあって会うだけでもという話がよく来るんだ。とっとと身を固めろって話だろうが」
「へぇ、じゃあウルダハの人中心なんだ。欲しいのは箔と。両者共に違う意味で可哀想に」
「そうだな。恋愛以外の……特に利益目当ては嫌だが、純粋に恋愛事を前提にだとがっついて来られるのも正直苦手でな。こっちは相手のこと何も知らないからな。あと出身を考えるとこの地では茨の道だろ? 絶対に幸せには出来ん」
手渡された水を飲みながらシドはため息を吐く。シドの元には常に"そういうもの"が届いた。
飛空艇をはじめとする数々の技術を我が物にと自由を掲げるガーロンド・アイアンワークス社を縛り付けようとやって来る輩は絶えない。流石に足元を見るような要求が乗るものは断っているが、ギリギリの経営をしているのも確かで。そういう姿勢だけでも見せなければと定期的に引っ張られて行く。―――少し前までは無理矢理体を引きずって各所を巡っていたが、今は何故か気乗りしない。
答えは簡単だ。食べ方以外は最高じゃないかと考えるほど優しく強い人に出会ってしまったからである。こっちがどう思っていようとも一定の距離感を保つ事を公言されているので気楽だ。その優しさに甘んじてしまう結果、逃げる頻度が増えてしまう。今回はまさか逃走中に張本人と鉢合わせするとは予想だにしていなかったが。
「そういや私も結構縁談ってやつ来るんだよ。モテモテで困っちゃう」
「あー英雄だから話くらいなら来るか。いや棒読みで思ってもない言葉を付け足すな」
「旅人だってば。……ほら私経由で暁やあなたの所へのコネが手に入るしね。色んな勢力から来てるみたいだよ。金持ちから各地の要人、屈強な戦士まで。全部断って貰ってるけど」
縁談というものはアンナの元にも毎日のように届いている。エオルゼアを救った光の戦士であり、普段から各地で一人旅という名の人助けを趣味としているようなお人好し。関係を持つことで、どれだけ利益がもたらされるか。暁の血盟やガードンド・アイアンワークス社をはじめとした数々の人脈も一種の鉱脈だ。
だがアンナからするといきなり助けを求めているわけでもない人に会えと言われても困る。―――何より基本的に人の顔なんて一々覚えない主義だ。なので、あの時助けられてという言葉も勿論笑顔で躱すしかない。人脈も別に顎で使えるような身分ではないので利用価値はないだろうにとアンナは思っていた。
シドはというと"この人を口説ける度胸ある男がいるのか"と驚いていた。絶対無視されるかバッサリと斬られるだけだろうに。アンナのいい所や致命的な難点を何も知らないくせに、命知らずだと心の中で一蹴する。
「お互い苦労してるんだな」
「みたいだねえ」
笑い合う。ふとアンナは肩を掴み、引き寄せた。シドは見上げてみるとクスリと笑っている。
「ふふん、旅人を枷に嵌めるなんて百年早いのよ」
「確かにな。誰かの横にいるなんて絶対あり得ないだろ」
「でしょ? あなただって"私と仕事どっちが大事なの!?"と聞かれて信用のための納期と即答しそう。ギリギリまで余裕ぶるクセに」
「かもしれん。というか似たようなこと言ったことがあるような気がするな。成果の方が大事だろって」
「え、冗談で言ったんだけど。―――あー私はあなたが誰かを連れて来てもどうも思わないよ? 頼られがいがある」
「あまりからかわないでくれ。第一、ありえんがもし相手を見つけたとしよう。お前さんに会わせなんてしたら猛嫉妬されそうだろ。アンナは何でも出来るからな」
「これも冗談だよ、ふふっ」
小突きながらジトリとした目で見る。するとアンナはどこからか取り出したチョコレートを口へと放り込んだ。一瞬だけ口の中に、細い指が当たる。その後ゆっくりと唇へ沿うように這わせながら目を細めた。シドはぼんやりとその瞳を見つめながらチョコレートを舐めて溶かす。ふわりと指が離された後、口を開いた。
「甘いな」
「当たり前。まぁ程々なタイミングで帰ってあげるんだよ?」
「毎回恒例だから周りは慣れてるさ」
「……あんまり社員を困らせちゃダメ」
「すぐどっかに行くアンナには負けるな」
アルフィノ達をあんまり困らせるなよと言ってやると、ニィと笑った。
「私は旅人が本業なので」
「お人好しとの間違いだろう」
「シドにだけは言われたくない。……でもあなたの理想的な夢を持ってそれを貫く姿は嫌いじゃないよ。だからさ」
ほらそろそろ戻ってあげなさいとアンナはシドの頭をぐしゃりと撫でる。シドはそうするかと肩をすくめた。
「あぁアンナ、今夜食事でもどうだ?」
「ん、覚えておく。ちゃんと終わらせてから来てね」
「勿論だ。じゃあな」
アンナは何も言わずに手を振り、歩き去って行く。シドも先程走った影響か熱い顔を冷ましながら会社へ戻ろうと反対方向へ走り去った。
「―――少しだけガーロンド社に行く頻度でも増やそうかな」
ちくりとした胸の痛みと小さなつぶやきは、アンナ本人も今はまだ気付いていない。
#シド光♀ #即興SS
新生終了以降、紅蓮より前のシド光♀。お互い感情に気付いていない頃の2人です。
「アンナすまん俺のことを聞かれても知らんと言ってくれ!」
「? 分かった」
レヴナンツトール。石の家でやることがなくなったアンナは気分転換にと外を歩いていた。すると、全力疾走してきたシドと鉢合わせする。傍にある物陰に隠れた少し後、次はジェシーが小走りでやって来た。
「アンナ! 会長見なかった!?」
「? 見てないよ。えっと、私は東の方から歩いてきたから―――いるなら西じゃないかな」
「ありがとう。見かけたら簀巻きにしてでも連れて来て。お願い」
「分かりましたの」
そのままアンナが指し示した方向へと走り去って行く。しばらくヒラヒラと手を振った後、首を傾げながら安堵の息を吐くシドの方を向いた。よっぽど激しく走って来たのだろう―――乱れたコートを直してやる。
「ああすまん助かった」
「どうしたの? そんなにお仕事が嫌に? いや先日飛び出した時のお説教かな?」
「あー今回は違うんだ」
「今回"は"、ねぇ……」
シドは強調しないでくれと苦笑しながら、事情を話す。
◇
「資金援助を出しにしたご令嬢との歓談」
「ああ」
「似合う言葉を聞いたことあるな。枕え」
「お前の口から聞きたくなかった言葉だな!」
「冗談だよ。―――そういうの嫌いなの? 本来お話し合いすることがお偉いさんであるあなたの役目じゃない?」
「いやまあ面倒でな」
アンナは心の中で『これ別に突き出してもよかったのでは?』と呆れる。そんなことを思われているとはつゆ知らず、シドは肩をすくめながら語った。
「ウチは色々持っているからな。独り身というもあって会うだけでもという話がよく来るんだ。とっとと身を固めろって話だろうが」
「へぇ、じゃあウルダハの人中心なんだ。欲しいのは箔と。両者共に違う意味で可哀想に」
「そうだな。恋愛以外の……特に利益目当ては嫌だが、純粋に恋愛事を前提にだとがっついて来られるのも正直苦手でな。こっちは相手のこと何も知らないからな。あと出身を考えるとこの地では茨の道だろ? 絶対に幸せには出来ん」
手渡された水を飲みながらシドはため息を吐く。シドの元には常に"そういうもの"が届いた。
飛空艇をはじめとする数々の技術を我が物にと自由を掲げるガーロンド・アイアンワークス社を縛り付けようとやって来る輩は絶えない。流石に足元を見るような要求が乗るものは断っているが、ギリギリの経営をしているのも確かで。そういう姿勢だけでも見せなければと定期的に引っ張られて行く。―――少し前までは無理矢理体を引きずって各所を巡っていたが、今は何故か気乗りしない。
答えは簡単だ。食べ方以外は最高じゃないかと考えるほど優しく強い人に出会ってしまったからである。こっちがどう思っていようとも一定の距離感を保つ事を公言されているので気楽だ。その優しさに甘んじてしまう結果、逃げる頻度が増えてしまう。今回はまさか逃走中に張本人と鉢合わせするとは予想だにしていなかったが。
「そういや私も結構縁談ってやつ来るんだよ。モテモテで困っちゃう」
「あー英雄だから話くらいなら来るか。いや棒読みで思ってもない言葉を付け足すな」
「旅人だってば。……ほら私経由で暁やあなたの所へのコネが手に入るしね。色んな勢力から来てるみたいだよ。金持ちから各地の要人、屈強な戦士まで。全部断って貰ってるけど」
縁談というものはアンナの元にも毎日のように届いている。エオルゼアを救った光の戦士であり、普段から各地で一人旅という名の人助けを趣味としているようなお人好し。関係を持つことで、どれだけ利益がもたらされるか。暁の血盟やガードンド・アイアンワークス社をはじめとした数々の人脈も一種の鉱脈だ。
だがアンナからするといきなり助けを求めているわけでもない人に会えと言われても困る。―――何より基本的に人の顔なんて一々覚えない主義だ。なので、あの時助けられてという言葉も勿論笑顔で躱すしかない。人脈も別に顎で使えるような身分ではないので利用価値はないだろうにとアンナは思っていた。
シドはというと"この人を口説ける度胸ある男がいるのか"と驚いていた。絶対無視されるかバッサリと斬られるだけだろうに。アンナのいい所や致命的な難点を何も知らないくせに、命知らずだと心の中で一蹴する。
「お互い苦労してるんだな」
「みたいだねえ」
笑い合う。ふとアンナは肩を掴み、引き寄せた。シドは見上げてみるとクスリと笑っている。
「ふふん、旅人を枷に嵌めるなんて百年早いのよ」
「確かにな。誰かの横にいるなんて絶対あり得ないだろ」
「でしょ? あなただって"私と仕事どっちが大事なの!?"と聞かれて信用のための納期と即答しそう。ギリギリまで余裕ぶるクセに」
「かもしれん。というか似たようなこと言ったことがあるような気がするな。成果の方が大事だろって」
「え、冗談で言ったんだけど。―――あー私はあなたが誰かを連れて来てもどうも思わないよ? 頼られがいがある」
「あまりからかわないでくれ。第一、ありえんがもし相手を見つけたとしよう。お前さんに会わせなんてしたら猛嫉妬されそうだろ。アンナは何でも出来るからな」
「これも冗談だよ、ふふっ」
小突きながらジトリとした目で見る。するとアンナはどこからか取り出したチョコレートを口へと放り込んだ。一瞬だけ口の中に、細い指が当たる。その後ゆっくりと唇へ沿うように這わせながら目を細めた。シドはぼんやりとその瞳を見つめながらチョコレートを舐めて溶かす。ふわりと指が離された後、口を開いた。
「甘いな」
「当たり前。まぁ程々なタイミングで帰ってあげるんだよ?」
「毎回恒例だから周りは慣れてるさ」
「……あんまり社員を困らせちゃダメ」
「すぐどっかに行くアンナには負けるな」
アルフィノ達をあんまり困らせるなよと言ってやると、ニィと笑った。
「私は旅人が本業なので」
「お人好しとの間違いだろう」
「シドにだけは言われたくない。……でもあなたの理想的な夢を持ってそれを貫く姿は嫌いじゃないよ。だからさ」
ほらそろそろ戻ってあげなさいとアンナはシドの頭をぐしゃりと撫でる。シドはそうするかと肩をすくめた。
「あぁアンナ、今夜食事でもどうだ?」
「ん、覚えておく。ちゃんと終わらせてから来てね」
「勿論だ。じゃあな」
アンナは何も言わずに手を振り、歩き去って行く。シドも先程走った影響か熱い顔を冷ましながら会社へ戻ろうと反対方向へ走り去った。
「―――少しだけガーロンド社に行く頻度でも増やそうかな」
ちくりとした胸の痛みと小さなつぶやきは、アンナ本人も今はまだ気付いていない。
#シド光♀ #即興SS
"ビデオレター"
注意・補足
前半は髪飾り後、後半は"旅人、猫を拾う"前後のお話。自機出番なし。
「なあエルこれってよ」
「ああ。同じモノ、だな」
シドに投げられたモノをエルファーとネロは小部屋で睨みつけた。黒色の薄いトームストーンに酷似した端末。以前リンドウの終の棲家にあったものと同じだ。蓋をずらすとメモリが出て来るのも一緒である。
「アリスが遺したものの可能性が限りなく高い」
「ケケッ難航していた修復も出来そうだな」
リンドウのモノはパーツを入れ替えても動くどころかボタンも固まってるかの如く反応しなかった。メモリ部分も取り外せず、これは何か外部的な要因を加えないとどうしようもないのではという結論を出す。そうやって放置しているとシドがアンナから同一品を"借りる"ことに成功した。
「いやあ物凄ェ形相なバーサーカーっぷりが楽しかったぜ? お前にも見せたかったな」
「ハハハ遠慮しておこう。そこまでしてでも人に渡したくないものだったんだな」
ボタンを軽く押さえてみるとリンドウのものと違い手ごたえはあるが何も反応しない。
「……これただ単に壊れてるだけだな。リンと別れた後水難事故に遭ったんだろ?」
「アー成程。―――どうすンだ?」
どうするとは、と首を傾げるエルファーにあのなと盛大にため息を吐きながらネロは指を突き付ける。
「修理は簡単だ。だが下手にオレたちが修理して先に中身見たってガーロンドにバレてみろよ。これあのメスバブーンのだろ?」
「ああそういう。うーんとりあえず任せてやろうか。直せなかったら僕がやる」
◇
「出来たぞ」
「あっさり終了、流石天才」
深夜、アンナからの説教と仕事で酷く疲れ切ったシドに声を掛ける。トームストーンを見せながら、「アー壊れてら。修理しねェとなぁ」と言うとジトリとした目でひったくられあっという間に修理が完了した。
充電台座に置き、「さーて何が飛び出すかだ」と言いながらボタンを押すと真っ黒な画面に光が灯る。そこには壮年のエレゼンと幼いヴィエラの写真が表示された。槍を背負った少年っぽい満面の笑顔を見せた赤髪の子に少しだけエルファーの面影を感じる。そしてもう片方は刀を携えたすらりと背が高そうな真っ白な髭を貯えたエレゼン。不器用な笑みを浮かべ隣に座っている。
「はーリンと妹、記念写真」
「初恋との思い出ってやつか。そりゃァ壊れてても大切に持っとくな。修理も出来ず握りしめてたって所か?」
「ささ、中身を拝見」
蓋をずらしメモリを取り出す。解析機に挿入し、起動するとパスワードを入力する画面が現れた。
「まあ総当たりすればいいか。ネロ、出来るか?」
「即やれるな。もう用済みだからガーロンドはメスバブーンの機嫌取りにでも行きゃいいだろ」
「帰・ら・ん」
不貞腐れた顔で椅子に座っている。―――お揃いと称し、借りようとすると凄く怒っていた。なので相当大切なモノだと覚悟はしていたがこちらの心をストレートに抉る代物とは予想外で。少しだけ面白がって持って来てしまったことを後悔している。
「パスワードは……『Shelley-Dearg』? 人名か?」
「……アリスの恋人で学者。あいつリンにはフルネームまでは教えず。僕しか知らないかと」
「まるでお前に渡るのを前提にしたパスワードだな」
そのまま打ち込むと画面が切り替わる。『エルファー、もしくはこのトームストーンを発見しやがった勇気ある技術者へ』と音声が流れ始めた。エルファーは「この声は」とボソリと呟く。
モニターが点滅し、段々映像が鮮明に表示された。そこには中年のミコッテが笑顔で椅子に座っている。洞窟内だろうか、機材が設置されている背景壁は明らかに自然なものだ。
『これは俺様の友人に渡す用に作ったものだ。何せパスの名前はエルしか知らねーし。まあ技術が上がってたら総当たり位出来そうだけどな。マァ魔導技術とやらで急成長中の帝国サンに拾われない限り今のままじゃ100年位かかるか? ケケッ』
エルファーは「明らかに100年も経過せず。莫迦」と苦笑している。映像の男は懐から2枚の板を取り出した。
『これ、アラグの遺跡で偶然見つけたんだが"トームストーン"って言うらしい。用途としては……記録媒体とかなんとか。まあそれは置いといて。まずは近況。俺たちの弟クンの容体、気になるだろ? ……ありゃ人としては死んだに等しい』
苦い顔をし、大袈裟に肩を落とした。シドは弟、とボソリと呟きながらエルファーを見ると小声で「リンのクソ野郎のことだ」と答える。
『だいぶ人間不信になっちまった。悪意が直接脳に叩きつけられたらそりゃああにもなるか。"無名の旅人"とか言って放浪の旅三昧だ』
シドはアンナのクセを思い出す。時々首を触りため息を吐いたり距離を取ったりする姿を何度も目撃した。そのことを指しているのだろうかと首を傾げる。
一方エルファーは「まさか」とボソリと呟いた。ネロは頬を抓り考えがドツボに陥りそうな男を現実に引き戻す。
『いくら何でもおかしいなと思って試しにクローンで試したら脳が死んじまってな。いやー何でリンは成功したんだろうな。アイツやっぱバケモンだわ、ケケッ』
語っている男は目を細め、1枚のトームストーンを見せつけた。
『一度しか言わねぇ。ここに3枚ある。1枚は出来ればテメェにあげて、もう1枚はリンに渡す。そして片方は端末自体に鍵をかける。開錠方法に関してはこれに設計図を入れた。必要なパスワードも暗号化して突っ込んでっから是非ゆっくり解け。つまんねぇズルすんじゃねえぞ? これは"宿題"だ』
聞き覚えのある表現にシドは目を丸くする。そう、あれはアンナに初めて想いを伝えた次の日の朝だ。あの時、自分の頭を撫でながら、宿題と称した言葉を吐いた。嫌な予感が過る。
『道具は全て揃ってんだろ? つーわけで今回のお話終わり。再生終了後、自動的にこの動画は消滅する。ヘヘッ、ナーイスイタズラ。じゃな』
ブツンと画面が暗転した。3人は何も言わず再び電源を入れる。暗号化されているのか解読出来ないデータ一覧が表示され、奇妙な動画の形跡は確かに消えていた。
「―――レフ、お前アンナがよく言うナイスイタズラって口癖、この男由来って知ってたな?」
「……勿論だ。初めて君経由で聞いた時耳を疑ったからな。―――うん。すまない」
シドの冷たい目からエルファーは思い切り目を逸らし答える。そもそもリンドウと旅していたことすら最近まで知らなかった。なので映像の男に似通った口癖を使うアンナには困惑を隠せていない。
「そンな責めてやンなってガーロンド。まだメスバブーンがアレと深い接点があるかは分かンねーだろ」
「端末持ってた地点でそれはないだろ!? 金髪でちっさいおっさんがお小遣いもくれたっつってたぞ」
「はあああ!? 僕でも渡したことないのに!? ざけんな!!」
「何だよその怒りポイント。小遣い位レター経由で渡せよ。あとそのくだらねェガキな言い合いやめろ頭痛ェ」
ネロはため息を吐きながら端末と睨み合う。少し複雑なことになっているが数日あれば終わるだろう。
そう、先に怒り狂うアンナによる心無いアクションを起こされる前に端末を返却したい。何とか会長であるシドを利用して2枚目のトームストーン開封作業を行おうと決心した。
◇
数日後。1枚目のトームストーンはアンナに返却した。最初こそ機嫌が悪かった。が、電源が入りその写真を見た瞬間に柔らかな笑みを見せる。しかし直後、まるで超える力が発動したかのように眩暈を起こす。不審に思ったが即元気になり、シドによる嫉妬の追及をのらりくらりと避け、その場を後にした。それ以降シドの機嫌は少々よろしくない。
中身の解析終了後、専用の装置を作る。隣ではパスワードのヒントとして書かれていた嫌がらせの領域に片足突っ込んでいる大量の計算式を仕事片手に睨み合うエルファーの姿があった。かつての友人が気になるのだろう。『どうせ見てないんだから解析装置を使えよ。意外と負けず嫌いで健気だ』とネロは肩をすくめる。
2人で見ようとしたが、気配を感じ振り返るといつの間にかジトリとした目で座るシドがいた。いつからいたんだよと呆れながらため息を吐き、パスワードを打ち込んだ。すると即画面が切り替わり、『エルへ。いやあテメェなら解いてくれるって分かってたぜ?』という音声と共に壮年の金髪ミコッテの映像が表示される。男はニィと笑い手を広げていた。順当に年老いているがその動きは相変わらず変わっていない。
『まずは近況報告だ。ある日リンの所に行ったらすっげえ子に会ったんだよ? 誰だと思う? なあなあビックリしてぶっ倒れるなよ? じゃーん。赤髪ヴィエラお嬢の"エルダスちゃん"だ。年は性別が分かって数年か。目元とかすげーそっくり。ありゃテメェの関係者だろー?』
大袈裟にため息を吐く姿にエルファーは「遂に来たか」とその映像を睨みつけている。ふとネロはシドの方も伺うと「アンナ……やっぱりか」と同じく苦い顔して見つめていた。
『で、だ。悪い知らせがある。リンがやらかしやがった。あー先に言っとくが……すまん。でも大丈夫、肉体も魂もきちんと繋がり記憶もあるからよ。ありゃエルの……従妹、いや下手すりゃ生まれたつってた実の妹か?』
「ちょっと待てコイツ何を」
『エルダスちゃん、自分の体内エーテル全部使ってシハーブを"再現"させやがった』
エルファーは目を見開きペンを握りしめ画面に向かって振りかぶろうとした。シドとネロは必死に押さえつける。
『んでな、俺様ったら"どんな手を使ってでもいいからこの子を死なせないでくれ"って泣いて縋られたんだよ。あの壊れて心を閉ざしてたリンがさ。ありゃ奇跡だ。つーか俺様がその時来なかったらどうしてたことやら』
「リン、莫迦……クソ野郎!!」
「落ち着けレフ! ただの映像だろ!」
『で、処置方法だ。まずは容体悪化を避けるため偶然持っていた集積装置で精製していたエーテルで補う。んで、制御するための魔石を右腕に埋め込んだ。これは生命エーテルの過剰放出を防ぐ所謂"リミッター"ってやつだな。あと保険がてらお前さんの故郷の髪飾りを少々改造して大気中のエーテル変換装置を取り付けてみた』
画面が切り替わり、奇妙な赤色のクリスタルのような石と確かに見覚えのある白い髪飾りに小さな装置が表示された。1分もしない内に再び画面が戻る。やれやれと肩を落としながらニィと笑っている。
『次にやったこと。リンの"情報"を刻み込んでほぼほぼ内面を同一の存在にした。要するに他人のエーテルを用いた人体改造ってやつ。―――これは人為的に"シハーブ"を使えるようにするための技術をと考えていた副産物でな。"どう足掻いても失敗するなら成功作のエーテル情報に近付けてしまえばいい"っていうのが研究の動機』
「あの傷本当に人体改造の形跡かよこれ見よがしに残してふざけんじゃねぇぞ!!」
今度はシドが取り繕わず荒れた口調で叫びながら何かを投げようとしたので、エルファーとネロは2人で止める。こいつアンナの軽口より人を怒らせる天才か、とネロは舌打ちした。
『何と罵ってくれても結構! 俺様は最善を尽くし、死なさないように処置しただけだ。あ、いや俺様だって反省位はしてるぞ? そういやからくり装置見せたらむっちゃ喜んでさ。昔のエルを思い出して笑っちまったぜ』
これが次回の教材と傍にあった小箱を取り出しゼンマイを巻くと箱が開きウサギが跳ねている。既視感がある"それ"にシドは顔を青くした。
『で、経過としてはあっという間にリンみたいに人間離れなパワーを手に入れた。メインディッシュはお嬢本人がまだこれの理屈が分かってねぇから流石に使えん。まあこっちまであっさり出来るようになったら流石に俺様無様に泣くわ。あれだけは精神的成長がねぇとどうしてもな』
この話題は終わりだと人差し指を立てる。3人は呆れて声も出なくなっていた。
『というわけで今回のトームストーンには主にアラグ関係だな。俺様が各地でこれまで集めた記録が入っている。肝心なページだけ抜き取ってるから血眼に探してる人間がいそうだよなニャハハ! んで、3枚目の件だが。―――未定だ』
「は?」
『まあでも1枚目はエルダスちゃんにあげるって決めたからな。2枚共手元にあるなら準備も完了済、なはず。次のは……まあエルの目について分かったことでも突っ込んでおこうかねえ。聖石ってやつは厄介で困るわ。じゃ、間もなくこの動画は自動削除される。グッドラック』
ブツンとモニターは真っ暗になった。呆然としながらまたスイッチを入れると1枚目と同じくデータ一覧が表示された。
「3枚目はノーヒント、ねェ」
ネロはため息を吐いた。隣を見やると行き場のない怒りを溜め続けるいい年した男2人が不貞腐れている。
「シハーブって龍殺しサマが書いてた気迫でいいンだよな? エル」
「りゅ・う・せ・い」
「へいへい。面倒すぎンだろ」
「クソッ魂で予想はしてたが改めて言われるとムカついてきた。絶対墓の前で暴れてやる」
「あの状況のアホに墓あるわけねェだろ」
シドは何も言わずデータの確認作業を行っている。エルファーが顔を覗き込むと物凄く機嫌が悪い。刺激するのはよくない、そっとしておこうと離れた。
「ありゃ中身がリンドウに等しいって言われて拗ねてンな」
「僕だってキレてるやい。魔法関係も研究してたのは知ってたけどそんな技術他で使えないだろと」
「だよなァ。ハァー思わぬトコでメスバブーンの正体分かっちまったなァ」
リンドウと同一の存在という言葉の意味は分からない。とりあえず正気で考えてはいけないものだとネロは判断した。するとエルファーがシドに聞こえないように耳元で囁く。
「アンナ、口調は僕とアリスのハイブリッドだな。仕草や戦い方は完全にリンだ。独自なクセ等はパッと見一切なし。確かに僕の知っている妹はとっくに死んでるね。ガワと記憶は残ってるから間違いなくあの子のハズなのにな」
「アー……。ガーロンド聞いたら卒倒すンだろそれ」
「俺が何だと?」
いつの間にか振り向きこちらを睨みつけている。2人は肩をすくめながら「何でもない」と答えた。「そうか」と言いながらパネルを叩き一息ついている。
「まあ半日放置したら解析自体は終わるだろ」
「出来たとしてどうする気だ?」
「アンナに連絡して色々聞き出してみてから考える」
さいですかとエルファーはため息を吐いた。
―――この後シドが連絡を試みたが一切繋がらず、発信機は一定の位置を灯し続けていた。ようやく出たのは5日後。それまでは物凄く機嫌が悪く、ジェシーらも扱いに困っていた。
次の休みに会おうと約束し、ガーロンド社に現れたのは更に3日後。ネロの所に息をひそめながら出現し、「シドに内緒。ごめん、また壊れちゃった」とトームストーンを渡された。
◇
「違う、アンナのやつじゃない」
エルファーは中身を開くと顔を青くしながらそう呟いた。
「どういう、ってオイオイ全然違うパーツじゃねェか」
ネロは眉をひそめた後、「まさか3枚目、か?」とエルファーの顔を一瞥した。
「どうなってンだ。メスバブーンの奴これまで微塵も見せなかっただろ。ガーロンド呼ぶか?」
「2枚目のビデオレターの地点であの不機嫌。嫌な予感がする。僕たちだけで」
丁度よくシドは休暇でアンナと外に出ている。黙っておけばバレないと老朽化した本体を早急に修理し、電源を入れた。
パスワード画面が表示されず、即動画が再生される。これまでと違う所は年老いた銀髪のエレゼンが表示されたことだ。東方式の寝具の上で表情一つ変えず口を開く。
『エルファー・レフ・ジルダへ』
「ン? まさかあの噂の龍殺しサマかコイツ」
「……ああ。アリスのやつ遂にリンを巻き込みやがった」
『いや本当にあの男の下に届くのか?』
『行ける行ける俺様が信用出来ないのか?』
皴枯れた男の声も聞こえた。口調を考えるにアリスだろう。趣味の悪いビデオレターだとエルファーは画面を睨みつけた。
『なら良いのだが……久しいな。元気にしておるか。お前さんと別れて―――59年。おぬしの妹が生まれた年に別れたからな、それ位であろう。季節は』
『あんまり長くすんじゃねえ。とっとと本題』
『むぅ再会の挨拶、大事だが』
ネロの「マイペースか」というぼやく。対し、エルファーは「そういうヤツだったし」と画面から目を離さず呟いた。
『……すまない、エル。フレイヤは、お主の妹だろう? あの子は私がバケモノにした挙句、"あしえん"という存在によってこの世界を滅ぼすため利用されようとしておる』
リンドウは肩を落とし、しばらく言葉に詰まった。アリスに『続き』と急かされ再び口を開いた。
『私があの子に出会わなければ、こうならなかった。しかし私と出会わなければあの場所で死んでおる。最初、ヒトだと判断出来ぬほど血と泥で汚れ、行き倒れておったよ。最寄りの村で洗ってもらえばおぬしを子供にしたような可愛らしい娘でな。―――もっと外に旅をしろとエオルゼア行の船券を渡さなければ"あしえん"に目を付けられることは……』
『お嬢が34の頃水難事故に遭って、それから一切連絡取れてねぇ。生きてるのは分かってんだけどな。その間にリンの親父さんの故郷に迷い込んだんだってよ』
『"次に会ったら忠誠を誓い、手足となる"、そう約束したと数年前現れた男は語っておった。ガレマール帝国の皇帝と名乗っておる。―――信じたくないに決まっておるだろう。しかしあの力と、本当に侵略されたドマの状況を見るに……』
『それがあったから俺様もしばらくここに近付けなかったんだよなあ。なんかめっちゃ迷子になったし。すっかりやつれちまってさ。ぶっちゃけ嫁さんいなかったら危なかっただろ。お互い生きててよかったぜ』
ニャハハと笑い声が聞こえる。リンドウは少しだけ目を逸らし肩を落とした。
「大体25年前か? 最初のドマ侵略後と考えると」
「ふむ、流石に君が生まれた後の話になったな」
『しかしアリスがそうはさせんと策を練っているらしい。だから、きっと、おぬしは再会出来るはずだ。やはり血の繋がった家族が音信不通なのは不安だろう』
『ケケッこれが届いた地点で大丈夫だぜ』
『そうか。そうだったら嬉しい』
険しい顔が少しだけ緩やかな顔になった気がする。目を細め、考え込む仕草を見せた後、口を再び開いた。
『私はあともう少しで死ぬだろう。しかし最後にこうやってエルに挨拶の準備が出来たことで少々気が楽になった。直接挨拶を交わせなかったのが心残りだが―――』
『まあ俺様に任せとけって』
『一番不安なのだが……まあよい。エル、本当にすまなかった。許して貰おうとは思っておらぬ。おぬしだけでも、幸せになってほしい。達者でな、エル』
エルファーは目を見開き手を伸ばすが、映像は即切り替わり年老いたミコッテが映し出された。
『よっ。というわけでエル、さっきのはリンの遺言。こっからは俺様の遺言みたいなもんだ。まあ"作戦前夜"って所だな』
皴だらけになった笑顔を見せ、肩をすくめている。
『あれから少しした後、リンは亡くなったよ。一番年下だったのになあ。―――色々あったさ。だから"最高傑作"を完成させる永い旅の準備を終わらせた。これから最期の"成果"を使いに行く。自分の命捧げるだけでお嬢だけでなく世界ごと救えるんだろ? 安いな』
ニィと笑いながらカメラに近付いた。
『何せ老いぼれの身体をいつまでも引きずり回すわけにもいかねぇ! シハーブで普通の老いぼれよりゃ動けるがそろそろ視界やら集中力も限界だ。あ、この3枚目のトームストーンが手に入った地点で計画が成功したか偶然ここを見つけちまってんだろ? だから世界の行く末も分かってるんだよなケケッ。嗚呼こえー。誰も知らない世界の真実を、今俺様だけが抱えてるってことがさ。だから若い頃これを作っててよかった』
カメラが動かされ周辺の風景が映し出される。数々の装置に大きなカプセル、そして散らばった書類。一瞬だけ外のような景色が見えた。真っ白な殺風景な場所。
「ザ・バーンか?」
「ぽいな。そういえば一瞬変なエーテルが視えた場所があったか」
『ここは殺風景だけど魔物以外邪魔も来ねぇ俺様のお気に入り。もし霊災が来てもここは相変わらずだろうな。設備は好きに使ってもいいぜ。使えるもんならな。……今回のトームストーンには聖石についての"中間報告"とシハーブの理論を突っ込んでおいた。共犯者として責任取って"処分"してほしい。テメェの目を何とか出来なかったのが心残りだが―――"アレ"がどうにかやるだろ。じゃ、可愛い弟エルくんや。リンと一緒に見守っててやっからな』
クリスタルのような真っ白な石を持ちながら手を振り、ブツンと画面が暗転した。再び電源を入れるとデータ一覧が表示された。ネロはエルファーを見やると「映像位残させておいてくれよ」と震え、少しだけ涙が浮かんでいた。頭をぐしゃりと撫でてやると目を閉じてからため息を吐いた。
「ガーロンドくんがいなくてよかったな」
「だな。ていうかあれメスバブーンの本名か? 俺の方が先に知ったってバレたら嫌な予感しかしねェぞ。あと絶対即青龍壁の整備だからとか言い訳して飛び出したな」
「ははっ違いない。ていうかどさくさに紛れて自分の身体で成功率低い実験してたのかよあの莫迦……」
1つのデータを選ぶ。そこには褐色肌の小さく細身な背中に大きな傷がある画像が映し出され、傍らに大量の術式が書かれている。
「おいこれメスバブーンじゃね?」
「身内のハメ撮りを発見した人間の心理今理解」
「クソみてェな例えヤメロ。マジでガーロンドいなくてよかったな」
「ああ確かに妹のエーテルを視るとひっかき傷のような光が見えた。これが2枚目で言ってた"思い出"か? それが魔紋の役割になってると。やはり趣味が悪い」
「ほら他見ンぞ」
他のデータを選ぶと人体の構築に関わるモノが羅列されている。何の実験をしていたのかと疑問を持つものもあり、胸糞悪ぃとネロはため息を吐いた。
「ンでこンなもン入れたかねえ」
「そりゃ僕向けだから。言ってただろう? 聖石関係だよ」
「ケッその愛しの目玉のことかよ。大切にされてんねェ」
「……とりあえず今の案件が一段落ついたらあの辺りに行ってみよう。アイツの遺品があるかもしれんし」
その時は君も一緒だとふわりと笑顔を見せ、ネロはしょうがねェなあと肩をすくめた。
#エルファー関連 #リンドウ関連 #ヴィエラ♂+ネロ
前半は髪飾り後、後半は"旅人、猫を拾う"前後のお話。自機出番なし。
「なあエルこれってよ」
「ああ。同じモノ、だな」
シドに投げられたモノをエルファーとネロは小部屋で睨みつけた。黒色の薄いトームストーンに酷似した端末。以前リンドウの終の棲家にあったものと同じだ。蓋をずらすとメモリが出て来るのも一緒である。
「アリスが遺したものの可能性が限りなく高い」
「ケケッ難航していた修復も出来そうだな」
リンドウのモノはパーツを入れ替えても動くどころかボタンも固まってるかの如く反応しなかった。メモリ部分も取り外せず、これは何か外部的な要因を加えないとどうしようもないのではという結論を出す。そうやって放置しているとシドがアンナから同一品を"借りる"ことに成功した。
「いやあ物凄ェ形相なバーサーカーっぷりが楽しかったぜ? お前にも見せたかったな」
「ハハハ遠慮しておこう。そこまでしてでも人に渡したくないものだったんだな」
ボタンを軽く押さえてみるとリンドウのものと違い手ごたえはあるが何も反応しない。
「……これただ単に壊れてるだけだな。リンと別れた後水難事故に遭ったんだろ?」
「アー成程。―――どうすンだ?」
どうするとは、と首を傾げるエルファーにあのなと盛大にため息を吐きながらネロは指を突き付ける。
「修理は簡単だ。だが下手にオレたちが修理して先に中身見たってガーロンドにバレてみろよ。これあのメスバブーンのだろ?」
「ああそういう。うーんとりあえず任せてやろうか。直せなかったら僕がやる」
◇
「出来たぞ」
「あっさり終了、流石天才」
深夜、アンナからの説教と仕事で酷く疲れ切ったシドに声を掛ける。トームストーンを見せながら、「アー壊れてら。修理しねェとなぁ」と言うとジトリとした目でひったくられあっという間に修理が完了した。
充電台座に置き、「さーて何が飛び出すかだ」と言いながらボタンを押すと真っ黒な画面に光が灯る。そこには壮年のエレゼンと幼いヴィエラの写真が表示された。槍を背負った少年っぽい満面の笑顔を見せた赤髪の子に少しだけエルファーの面影を感じる。そしてもう片方は刀を携えたすらりと背が高そうな真っ白な髭を貯えたエレゼン。不器用な笑みを浮かべ隣に座っている。
「はーリンと妹、記念写真」
「初恋との思い出ってやつか。そりゃァ壊れてても大切に持っとくな。修理も出来ず握りしめてたって所か?」
「ささ、中身を拝見」
蓋をずらしメモリを取り出す。解析機に挿入し、起動するとパスワードを入力する画面が現れた。
「まあ総当たりすればいいか。ネロ、出来るか?」
「即やれるな。もう用済みだからガーロンドはメスバブーンの機嫌取りにでも行きゃいいだろ」
「帰・ら・ん」
不貞腐れた顔で椅子に座っている。―――お揃いと称し、借りようとすると凄く怒っていた。なので相当大切なモノだと覚悟はしていたがこちらの心をストレートに抉る代物とは予想外で。少しだけ面白がって持って来てしまったことを後悔している。
「パスワードは……『Shelley-Dearg』? 人名か?」
「……アリスの恋人で学者。あいつリンにはフルネームまでは教えず。僕しか知らないかと」
「まるでお前に渡るのを前提にしたパスワードだな」
そのまま打ち込むと画面が切り替わる。『エルファー、もしくはこのトームストーンを発見しやがった勇気ある技術者へ』と音声が流れ始めた。エルファーは「この声は」とボソリと呟く。
モニターが点滅し、段々映像が鮮明に表示された。そこには中年のミコッテが笑顔で椅子に座っている。洞窟内だろうか、機材が設置されている背景壁は明らかに自然なものだ。
『これは俺様の友人に渡す用に作ったものだ。何せパスの名前はエルしか知らねーし。まあ技術が上がってたら総当たり位出来そうだけどな。マァ魔導技術とやらで急成長中の帝国サンに拾われない限り今のままじゃ100年位かかるか? ケケッ』
エルファーは「明らかに100年も経過せず。莫迦」と苦笑している。映像の男は懐から2枚の板を取り出した。
『これ、アラグの遺跡で偶然見つけたんだが"トームストーン"って言うらしい。用途としては……記録媒体とかなんとか。まあそれは置いといて。まずは近況。俺たちの弟クンの容体、気になるだろ? ……ありゃ人としては死んだに等しい』
苦い顔をし、大袈裟に肩を落とした。シドは弟、とボソリと呟きながらエルファーを見ると小声で「リンのクソ野郎のことだ」と答える。
『だいぶ人間不信になっちまった。悪意が直接脳に叩きつけられたらそりゃああにもなるか。"無名の旅人"とか言って放浪の旅三昧だ』
シドはアンナのクセを思い出す。時々首を触りため息を吐いたり距離を取ったりする姿を何度も目撃した。そのことを指しているのだろうかと首を傾げる。
一方エルファーは「まさか」とボソリと呟いた。ネロは頬を抓り考えがドツボに陥りそうな男を現実に引き戻す。
『いくら何でもおかしいなと思って試しにクローンで試したら脳が死んじまってな。いやー何でリンは成功したんだろうな。アイツやっぱバケモンだわ、ケケッ』
語っている男は目を細め、1枚のトームストーンを見せつけた。
『一度しか言わねぇ。ここに3枚ある。1枚は出来ればテメェにあげて、もう1枚はリンに渡す。そして片方は端末自体に鍵をかける。開錠方法に関してはこれに設計図を入れた。必要なパスワードも暗号化して突っ込んでっから是非ゆっくり解け。つまんねぇズルすんじゃねえぞ? これは"宿題"だ』
聞き覚えのある表現にシドは目を丸くする。そう、あれはアンナに初めて想いを伝えた次の日の朝だ。あの時、自分の頭を撫でながら、宿題と称した言葉を吐いた。嫌な予感が過る。
『道具は全て揃ってんだろ? つーわけで今回のお話終わり。再生終了後、自動的にこの動画は消滅する。ヘヘッ、ナーイスイタズラ。じゃな』
ブツンと画面が暗転した。3人は何も言わず再び電源を入れる。暗号化されているのか解読出来ないデータ一覧が表示され、奇妙な動画の形跡は確かに消えていた。
「―――レフ、お前アンナがよく言うナイスイタズラって口癖、この男由来って知ってたな?」
「……勿論だ。初めて君経由で聞いた時耳を疑ったからな。―――うん。すまない」
シドの冷たい目からエルファーは思い切り目を逸らし答える。そもそもリンドウと旅していたことすら最近まで知らなかった。なので映像の男に似通った口癖を使うアンナには困惑を隠せていない。
「そンな責めてやンなってガーロンド。まだメスバブーンがアレと深い接点があるかは分かンねーだろ」
「端末持ってた地点でそれはないだろ!? 金髪でちっさいおっさんがお小遣いもくれたっつってたぞ」
「はあああ!? 僕でも渡したことないのに!? ざけんな!!」
「何だよその怒りポイント。小遣い位レター経由で渡せよ。あとそのくだらねェガキな言い合いやめろ頭痛ェ」
ネロはため息を吐きながら端末と睨み合う。少し複雑なことになっているが数日あれば終わるだろう。
そう、先に怒り狂うアンナによる心無いアクションを起こされる前に端末を返却したい。何とか会長であるシドを利用して2枚目のトームストーン開封作業を行おうと決心した。
◇
数日後。1枚目のトームストーンはアンナに返却した。最初こそ機嫌が悪かった。が、電源が入りその写真を見た瞬間に柔らかな笑みを見せる。しかし直後、まるで超える力が発動したかのように眩暈を起こす。不審に思ったが即元気になり、シドによる嫉妬の追及をのらりくらりと避け、その場を後にした。それ以降シドの機嫌は少々よろしくない。
中身の解析終了後、専用の装置を作る。隣ではパスワードのヒントとして書かれていた嫌がらせの領域に片足突っ込んでいる大量の計算式を仕事片手に睨み合うエルファーの姿があった。かつての友人が気になるのだろう。『どうせ見てないんだから解析装置を使えよ。意外と負けず嫌いで健気だ』とネロは肩をすくめる。
2人で見ようとしたが、気配を感じ振り返るといつの間にかジトリとした目で座るシドがいた。いつからいたんだよと呆れながらため息を吐き、パスワードを打ち込んだ。すると即画面が切り替わり、『エルへ。いやあテメェなら解いてくれるって分かってたぜ?』という音声と共に壮年の金髪ミコッテの映像が表示される。男はニィと笑い手を広げていた。順当に年老いているがその動きは相変わらず変わっていない。
『まずは近況報告だ。ある日リンの所に行ったらすっげえ子に会ったんだよ? 誰だと思う? なあなあビックリしてぶっ倒れるなよ? じゃーん。赤髪ヴィエラお嬢の"エルダスちゃん"だ。年は性別が分かって数年か。目元とかすげーそっくり。ありゃテメェの関係者だろー?』
大袈裟にため息を吐く姿にエルファーは「遂に来たか」とその映像を睨みつけている。ふとネロはシドの方も伺うと「アンナ……やっぱりか」と同じく苦い顔して見つめていた。
『で、だ。悪い知らせがある。リンがやらかしやがった。あー先に言っとくが……すまん。でも大丈夫、肉体も魂もきちんと繋がり記憶もあるからよ。ありゃエルの……従妹、いや下手すりゃ生まれたつってた実の妹か?』
「ちょっと待てコイツ何を」
『エルダスちゃん、自分の体内エーテル全部使ってシハーブを"再現"させやがった』
エルファーは目を見開きペンを握りしめ画面に向かって振りかぶろうとした。シドとネロは必死に押さえつける。
『んでな、俺様ったら"どんな手を使ってでもいいからこの子を死なせないでくれ"って泣いて縋られたんだよ。あの壊れて心を閉ざしてたリンがさ。ありゃ奇跡だ。つーか俺様がその時来なかったらどうしてたことやら』
「リン、莫迦……クソ野郎!!」
「落ち着けレフ! ただの映像だろ!」
『で、処置方法だ。まずは容体悪化を避けるため偶然持っていた集積装置で精製していたエーテルで補う。んで、制御するための魔石を右腕に埋め込んだ。これは生命エーテルの過剰放出を防ぐ所謂"リミッター"ってやつだな。あと保険がてらお前さんの故郷の髪飾りを少々改造して大気中のエーテル変換装置を取り付けてみた』
画面が切り替わり、奇妙な赤色のクリスタルのような石と確かに見覚えのある白い髪飾りに小さな装置が表示された。1分もしない内に再び画面が戻る。やれやれと肩を落としながらニィと笑っている。
『次にやったこと。リンの"情報"を刻み込んでほぼほぼ内面を同一の存在にした。要するに他人のエーテルを用いた人体改造ってやつ。―――これは人為的に"シハーブ"を使えるようにするための技術をと考えていた副産物でな。"どう足掻いても失敗するなら成功作のエーテル情報に近付けてしまえばいい"っていうのが研究の動機』
「あの傷本当に人体改造の形跡かよこれ見よがしに残してふざけんじゃねぇぞ!!」
今度はシドが取り繕わず荒れた口調で叫びながら何かを投げようとしたので、エルファーとネロは2人で止める。こいつアンナの軽口より人を怒らせる天才か、とネロは舌打ちした。
『何と罵ってくれても結構! 俺様は最善を尽くし、死なさないように処置しただけだ。あ、いや俺様だって反省位はしてるぞ? そういやからくり装置見せたらむっちゃ喜んでさ。昔のエルを思い出して笑っちまったぜ』
これが次回の教材と傍にあった小箱を取り出しゼンマイを巻くと箱が開きウサギが跳ねている。既視感がある"それ"にシドは顔を青くした。
『で、経過としてはあっという間にリンみたいに人間離れなパワーを手に入れた。メインディッシュはお嬢本人がまだこれの理屈が分かってねぇから流石に使えん。まあこっちまであっさり出来るようになったら流石に俺様無様に泣くわ。あれだけは精神的成長がねぇとどうしてもな』
この話題は終わりだと人差し指を立てる。3人は呆れて声も出なくなっていた。
『というわけで今回のトームストーンには主にアラグ関係だな。俺様が各地でこれまで集めた記録が入っている。肝心なページだけ抜き取ってるから血眼に探してる人間がいそうだよなニャハハ! んで、3枚目の件だが。―――未定だ』
「は?」
『まあでも1枚目はエルダスちゃんにあげるって決めたからな。2枚共手元にあるなら準備も完了済、なはず。次のは……まあエルの目について分かったことでも突っ込んでおこうかねえ。聖石ってやつは厄介で困るわ。じゃ、間もなくこの動画は自動削除される。グッドラック』
ブツンとモニターは真っ暗になった。呆然としながらまたスイッチを入れると1枚目と同じくデータ一覧が表示された。
「3枚目はノーヒント、ねェ」
ネロはため息を吐いた。隣を見やると行き場のない怒りを溜め続けるいい年した男2人が不貞腐れている。
「シハーブって龍殺しサマが書いてた気迫でいいンだよな? エル」
「りゅ・う・せ・い」
「へいへい。面倒すぎンだろ」
「クソッ魂で予想はしてたが改めて言われるとムカついてきた。絶対墓の前で暴れてやる」
「あの状況のアホに墓あるわけねェだろ」
シドは何も言わずデータの確認作業を行っている。エルファーが顔を覗き込むと物凄く機嫌が悪い。刺激するのはよくない、そっとしておこうと離れた。
「ありゃ中身がリンドウに等しいって言われて拗ねてンな」
「僕だってキレてるやい。魔法関係も研究してたのは知ってたけどそんな技術他で使えないだろと」
「だよなァ。ハァー思わぬトコでメスバブーンの正体分かっちまったなァ」
リンドウと同一の存在という言葉の意味は分からない。とりあえず正気で考えてはいけないものだとネロは判断した。するとエルファーがシドに聞こえないように耳元で囁く。
「アンナ、口調は僕とアリスのハイブリッドだな。仕草や戦い方は完全にリンだ。独自なクセ等はパッと見一切なし。確かに僕の知っている妹はとっくに死んでるね。ガワと記憶は残ってるから間違いなくあの子のハズなのにな」
「アー……。ガーロンド聞いたら卒倒すンだろそれ」
「俺が何だと?」
いつの間にか振り向きこちらを睨みつけている。2人は肩をすくめながら「何でもない」と答えた。「そうか」と言いながらパネルを叩き一息ついている。
「まあ半日放置したら解析自体は終わるだろ」
「出来たとしてどうする気だ?」
「アンナに連絡して色々聞き出してみてから考える」
さいですかとエルファーはため息を吐いた。
―――この後シドが連絡を試みたが一切繋がらず、発信機は一定の位置を灯し続けていた。ようやく出たのは5日後。それまでは物凄く機嫌が悪く、ジェシーらも扱いに困っていた。
次の休みに会おうと約束し、ガーロンド社に現れたのは更に3日後。ネロの所に息をひそめながら出現し、「シドに内緒。ごめん、また壊れちゃった」とトームストーンを渡された。
◇
「違う、アンナのやつじゃない」
エルファーは中身を開くと顔を青くしながらそう呟いた。
「どういう、ってオイオイ全然違うパーツじゃねェか」
ネロは眉をひそめた後、「まさか3枚目、か?」とエルファーの顔を一瞥した。
「どうなってンだ。メスバブーンの奴これまで微塵も見せなかっただろ。ガーロンド呼ぶか?」
「2枚目のビデオレターの地点であの不機嫌。嫌な予感がする。僕たちだけで」
丁度よくシドは休暇でアンナと外に出ている。黙っておけばバレないと老朽化した本体を早急に修理し、電源を入れた。
パスワード画面が表示されず、即動画が再生される。これまでと違う所は年老いた銀髪のエレゼンが表示されたことだ。東方式の寝具の上で表情一つ変えず口を開く。
『エルファー・レフ・ジルダへ』
「ン? まさかあの噂の龍殺しサマかコイツ」
「……ああ。アリスのやつ遂にリンを巻き込みやがった」
『いや本当にあの男の下に届くのか?』
『行ける行ける俺様が信用出来ないのか?』
皴枯れた男の声も聞こえた。口調を考えるにアリスだろう。趣味の悪いビデオレターだとエルファーは画面を睨みつけた。
『なら良いのだが……久しいな。元気にしておるか。お前さんと別れて―――59年。おぬしの妹が生まれた年に別れたからな、それ位であろう。季節は』
『あんまり長くすんじゃねえ。とっとと本題』
『むぅ再会の挨拶、大事だが』
ネロの「マイペースか」というぼやく。対し、エルファーは「そういうヤツだったし」と画面から目を離さず呟いた。
『……すまない、エル。フレイヤは、お主の妹だろう? あの子は私がバケモノにした挙句、"あしえん"という存在によってこの世界を滅ぼすため利用されようとしておる』
リンドウは肩を落とし、しばらく言葉に詰まった。アリスに『続き』と急かされ再び口を開いた。
『私があの子に出会わなければ、こうならなかった。しかし私と出会わなければあの場所で死んでおる。最初、ヒトだと判断出来ぬほど血と泥で汚れ、行き倒れておったよ。最寄りの村で洗ってもらえばおぬしを子供にしたような可愛らしい娘でな。―――もっと外に旅をしろとエオルゼア行の船券を渡さなければ"あしえん"に目を付けられることは……』
『お嬢が34の頃水難事故に遭って、それから一切連絡取れてねぇ。生きてるのは分かってんだけどな。その間にリンの親父さんの故郷に迷い込んだんだってよ』
『"次に会ったら忠誠を誓い、手足となる"、そう約束したと数年前現れた男は語っておった。ガレマール帝国の皇帝と名乗っておる。―――信じたくないに決まっておるだろう。しかしあの力と、本当に侵略されたドマの状況を見るに……』
『それがあったから俺様もしばらくここに近付けなかったんだよなあ。なんかめっちゃ迷子になったし。すっかりやつれちまってさ。ぶっちゃけ嫁さんいなかったら危なかっただろ。お互い生きててよかったぜ』
ニャハハと笑い声が聞こえる。リンドウは少しだけ目を逸らし肩を落とした。
「大体25年前か? 最初のドマ侵略後と考えると」
「ふむ、流石に君が生まれた後の話になったな」
『しかしアリスがそうはさせんと策を練っているらしい。だから、きっと、おぬしは再会出来るはずだ。やはり血の繋がった家族が音信不通なのは不安だろう』
『ケケッこれが届いた地点で大丈夫だぜ』
『そうか。そうだったら嬉しい』
険しい顔が少しだけ緩やかな顔になった気がする。目を細め、考え込む仕草を見せた後、口を再び開いた。
『私はあともう少しで死ぬだろう。しかし最後にこうやってエルに挨拶の準備が出来たことで少々気が楽になった。直接挨拶を交わせなかったのが心残りだが―――』
『まあ俺様に任せとけって』
『一番不安なのだが……まあよい。エル、本当にすまなかった。許して貰おうとは思っておらぬ。おぬしだけでも、幸せになってほしい。達者でな、エル』
エルファーは目を見開き手を伸ばすが、映像は即切り替わり年老いたミコッテが映し出された。
『よっ。というわけでエル、さっきのはリンの遺言。こっからは俺様の遺言みたいなもんだ。まあ"作戦前夜"って所だな』
皴だらけになった笑顔を見せ、肩をすくめている。
『あれから少しした後、リンは亡くなったよ。一番年下だったのになあ。―――色々あったさ。だから"最高傑作"を完成させる永い旅の準備を終わらせた。これから最期の"成果"を使いに行く。自分の命捧げるだけでお嬢だけでなく世界ごと救えるんだろ? 安いな』
ニィと笑いながらカメラに近付いた。
『何せ老いぼれの身体をいつまでも引きずり回すわけにもいかねぇ! シハーブで普通の老いぼれよりゃ動けるがそろそろ視界やら集中力も限界だ。あ、この3枚目のトームストーンが手に入った地点で計画が成功したか偶然ここを見つけちまってんだろ? だから世界の行く末も分かってるんだよなケケッ。嗚呼こえー。誰も知らない世界の真実を、今俺様だけが抱えてるってことがさ。だから若い頃これを作っててよかった』
カメラが動かされ周辺の風景が映し出される。数々の装置に大きなカプセル、そして散らばった書類。一瞬だけ外のような景色が見えた。真っ白な殺風景な場所。
「ザ・バーンか?」
「ぽいな。そういえば一瞬変なエーテルが視えた場所があったか」
『ここは殺風景だけど魔物以外邪魔も来ねぇ俺様のお気に入り。もし霊災が来てもここは相変わらずだろうな。設備は好きに使ってもいいぜ。使えるもんならな。……今回のトームストーンには聖石についての"中間報告"とシハーブの理論を突っ込んでおいた。共犯者として責任取って"処分"してほしい。テメェの目を何とか出来なかったのが心残りだが―――"アレ"がどうにかやるだろ。じゃ、可愛い弟エルくんや。リンと一緒に見守っててやっからな』
クリスタルのような真っ白な石を持ちながら手を振り、ブツンと画面が暗転した。再び電源を入れるとデータ一覧が表示された。ネロはエルファーを見やると「映像位残させておいてくれよ」と震え、少しだけ涙が浮かんでいた。頭をぐしゃりと撫でてやると目を閉じてからため息を吐いた。
「ガーロンドくんがいなくてよかったな」
「だな。ていうかあれメスバブーンの本名か? 俺の方が先に知ったってバレたら嫌な予感しかしねェぞ。あと絶対即青龍壁の整備だからとか言い訳して飛び出したな」
「ははっ違いない。ていうかどさくさに紛れて自分の身体で成功率低い実験してたのかよあの莫迦……」
1つのデータを選ぶ。そこには褐色肌の小さく細身な背中に大きな傷がある画像が映し出され、傍らに大量の術式が書かれている。
「おいこれメスバブーンじゃね?」
「身内のハメ撮りを発見した人間の心理今理解」
「クソみてェな例えヤメロ。マジでガーロンドいなくてよかったな」
「ああ確かに妹のエーテルを視るとひっかき傷のような光が見えた。これが2枚目で言ってた"思い出"か? それが魔紋の役割になってると。やはり趣味が悪い」
「ほら他見ンぞ」
他のデータを選ぶと人体の構築に関わるモノが羅列されている。何の実験をしていたのかと疑問を持つものもあり、胸糞悪ぃとネロはため息を吐いた。
「ンでこンなもン入れたかねえ」
「そりゃ僕向けだから。言ってただろう? 聖石関係だよ」
「ケッその愛しの目玉のことかよ。大切にされてんねェ」
「……とりあえず今の案件が一段落ついたらあの辺りに行ってみよう。アイツの遺品があるかもしれんし」
その時は君も一緒だとふわりと笑顔を見せ、ネロはしょうがねェなあと肩をすくめた。
#エルファー関連 #リンドウ関連 #ヴィエラ♂+ネロ
それは本当に、"恋"なのか
「なあアンナ、覚えてるか?」
「何?」
「俺の告白を断った時の言葉」
「記憶にない」
シドは笑顔を引きつらせながらアンナの頬を抓み引っ張る。
「お前『あなたが好きなのは過去に会った旅人でそれと重ねてるだけ』って言ったことあったよな?」
「……知らないねぇ」
「とぼけるんじゃない。蓋を開いたら重なるどころか本人だったじゃないか!」
そう、あれは想いを伝えてからしばらくしてアンナが次なる冒険へと旅立つ直前の話。
◇
シドはアンナを抱きしめた。あの時言った通り確かに一切抵抗せず受け入れている。
しかしその腕はシドを抱き返すことはなかった。しかし時々頭を優しく撫で回す、その柔らかく冷たい手が心地いい。
「今日も仕事が大変だった?」
「まあ。でも最近のお前さんに比べたら全然だ」
「―――かもねぇ」
リンクシェルが鳴る。取ってみると防衛装置の調整についてのあれこれが流れていた。明日は休みの筈だが全く休める気がしない。
「休日出勤予定?」
「行かん」
小さな声に対し小突く。指示を回し切断した直後、アンナを押し倒す。
「お前さんとの数少ない時間の方が重要だからな」
「そう」
「好きな人といる時間は大切にしたいってのはおかしいことか?」
「別に私はあなたのこと好きじゃないし。嫌いでもないけど」
少しだけ傷付く言葉だ。ジトリとした目で睨みつけるとアンナはため息を吐く。
「あなたが好きなのは私じゃなくて旅人のヴィエラという記号。そうじゃなくて?」
「違う、俺はアンナが」
「違わない。あなたは昔会ったヒトと私を重ねてるだけ。それを違うってちゃんと言い切れる?」
シドは目を見開き固まってしまう。あの夜、何度も"赤色の旅人"と姿が重なりながらも抱き潰した。後日お詫びにと寸止めしまくってからじっくり頂いたりもしたが。そう、あの不思議な雰囲気とどうしても重なることが多い。が、考えないようにしていたのを見透かされていたようだ。
「ほら言えないでしょ? ヒトってそんなもん。"宿題"はそれも含めたモノ、だと思うよ? よーく考えて」
力が緩んだ隙に振り払われ、次はシドが押し倒される。アンナは跨り、額に口付けた。
「振り返ってみたら、意外と私じゃなくてもいいって分かると思うよ? 無名の旅人よりも魅力的なヒトってこの世にいーっぱいいるからさ」
それはまるで子供に言い聞かせるような優しい声。頬を撫でながら切ない笑顔を見せ、アンナは目を閉じた。
『そんな顔をされたら余計に諦めることができなくなるじゃないか』
冷たい言葉とは裏腹に優しい仕草が欲を刺激していく。本当に嫌なら他の人と同じく冷たく突き放せばいいのにどうしてそんな泣きそうな顔をするんだとシドはぼんやりと見上げた。
「それでも、今はアンナじゃないと嫌だ。分かってほしい」
身体に手を回し、その冷たい肌を味わった。
◇
「いやホントに覚えなし」
「だからとぼけるな。俺はあれ以降滅茶苦茶悩んでたんだぞ。意地悪すぎだと思わないか?」
「愛というものは障害がつきものらしい。知ってた?」
「意味が違うだろ意味が!」
アンナが世界を救いに消えていた間、シドはずっとその言葉が刺さり続けていた。そしてネロとエルファーを連れてリンドウの終の棲家へ行き、アンナの過去を知ると驚愕する。
ずっと遠回しに自分だとアピールしていたことに気付かない己の鈍感っぷりに呆れた。それと同時に『当の本人なら重なるのも当然じゃないか』と拳を握り締める。
「だって本当に分からなかったし。ボクが好きなのか、昔の"ボク"が好きだから勘違いしてるのかって」
「うぐ」
「ボクはもう過去に戻る気はないし忘れて欲しいって言ったのに。キミは覚え続けて勝手に重ねて葛藤しただけじゃん。解決できてよかったねー」
「確かにまとめて欲しいとは思っていたがな、言い方ってもんがあるだろ!」
「ふん。開き直るんじゃないよ。ボクはただ事実を言ったまで。ていうか何で気付かなかったの? 恋は盲目?」
シドは睨みつけながら押し倒す。アンナは「何」と怪訝な目を向けた。
「あークソッ、抱く」
「脈略無し。反論できないからって力で押し切るんだ。酷い人」
「うるさい。自分の過去に嫉妬するアンナが可愛いのが悪い」
してないという言葉も虚しく舌を絡み取られてしまった。アンナは心の中で『まーたボクは余計なことをしちゃったかあ』と呪う。まあ勝とうと思えば勝てるのだがこういうのにノッてあげるのも悪くはない。
せめて今日は一晩超過コースにならないようにと祈りながら笑みを浮かべ、その手を握り返すのであった―――。
#シド光♀ #即興SS
アンナは雑誌をジトリとした目で読む。
「いやありえないでしょ」
鼻で笑いながらソファに放り寝台へと向かう。そこには恋人であるシドのコート。
約2週間ぶりに会い、トップマストで飯を振舞った。今はシャワーを浴びに行っている。その隙にアンナは眉間に皴を寄せ、正座でそれを見つめていた。
―――ちゃんと気にはしている。恋人とはどういうものか、何をしたらいいのか。いやそれっぽいことは付き合う前からやっていたと周りは言うがアンナ本人はピンとこない。なので所謂恋愛小説というものや週刊誌を中心に学習中である。
「そもそもボクの方が背が高いんだよね。こう、写真みたいにブカブカにならないでしょ。ていうかここボクの住処だし借りてとかないない。これは前提が崩れてる。与太話」
唸りながらまずはそのコートを抱きしめてみる。
「……理解不能」
纏ってみる。腕は絶対に通さない。バレたら誤魔化すのが面倒だ。いつでも投げる準備は出来ている。
「んー想定より重たい」
意外と重量があるようだ。防寒の用途もあるのだろう。普段胸元開いて見せてるくせにだ。襟を掴み、軽く息を吸う。
「なんかシドの匂い、する。当たり前か」
ボソリと呟き、笑みを浮かべていると「アンナ?」と声が聞こえた。勢いよく振り向くとそこには持ち主が。
「お前まさかまた変なイタズラ企んでるのか? 今日も懲りないな」
「……」
アンナは少し黙り込み、そのコートを投げつけながら叫んだ。
「すけべ!!」
上掛けを被り、そのまま拗ねるように潜り込んでしまう。
雑誌には"今来てる!"と書かれていたが流行りに疎いシドはピンと来ていない様子だった。ならばこれは今から作られるブームなのだろう。流行というものはこの男でも知っているものというのが第一条件だとアンナは個人的に考えている。一瞬でも信じた自分を殴りたいと悶絶するような声を上げた。
◇
「どうしたものか」
シドは首を傾げ丸まったアンナを眺めている。
浴室から出るとアンナが自分のコートにくるまり、何か仕込みをしているように見えた。なので声を掛けたら顔を真っ赤にしながらコートを投げつけられ顔にそのまま激突した。結構重たいはずだが相変わらず優秀なコントロール能力である。
首を傾げながら周囲を見渡す。アンナがこういう奇行を突然行う時は近くに何かおかしなモノがあるはずだ。
その違和感はすぐに発見する。ソファの上に放り投げられた週刊誌。パラパラと捲り、関連性が高いのは―――。
「いやまさか」
しかし他にわざわざ人のコートで何かをしようとする動機が見当たらない。それ以前に概要を読んでもピンと来ない。が、妙なことをするアンナを見るのは楽しいのでたまにはいいだろう。
シドはクスリと笑い寝台に座り上掛けの上から優しくトントンと叩いた。
「なんだ珍しく誘ってたのか?」
「ご機嫌斜め。今日はなし」
「これでおあずけされると明日は激しいかもな」
アンナはゆっくりと顔を出し、舌を出す。眉間に皴を寄せ、ジトリとした目でこちらを見た。
「毎回でしょ」
「アンナは綺麗だが少し生意気だからな」
「開き直らない」
上掛けを引き剥がし起こしてやり、「続きを」と言いながらコートを押し付けた。アンナは非常に嫌そうな顔を見せている。
「やだ。キミの前でとかマシなことにならない未来しか見えず!」
「男の前でやらないと意味ないだろうこれは。別に雑誌の趣旨の通り、シャツの方持って来てもいいぞ?」
ダメな行為を覚えさせてしまったかもしれない、とアンナは盛大なため息を吐く。あの好奇心に満ちた真剣な目は、絶対に折れることがない時に見せるものだ。
◇
仕方がないので羽織ってやることにする。予想通り袖が短い。シドは少しだけ恨むような目で見ている。
「ボクの方が縦に大きいから仕方ないでしょ。でもキミ横に大きいから腕ダボダボだし。肩幅の関係でちょっとだらしない……ってひゃん!?」
話をしている途中に寝台の上に倒される。見上げると物凄くご機嫌な顔。
「有りかもしれん」
慣れた手つきでコート以外の布を脱がしていく。阻止しようとするが全く通用せずあっという間にコートの下は裸になった。
「ちょっと!?」
顎に手を当てながら考える仕草を見せている。アンナは呆れた顔で「変なこと企まない」と言ってやるとかぶりつくように口付けられる。
この時の彼女は余計な欲を刺激させたくないのか太腿を擦り合わせながら胸元を袖で隠している。というか何故下着の上からコートを羽織っていたのか。やはり誘っているのかと腕を掴み上げる。そして凝視していると「面白くないから見ない」と振りほどいた手で手刀を落とされた。
「いやいい感じに谷間も見えて悪くは」
「普段のキミの露出度と変わらないけど!?」
「女性がするのとは違うだろ! よし、他人には見せるんじゃないぞ」
「生憎普段肌を見せる服を着ないからそれは杞憂! キミと一緒にしない!」
「さっきから気になってたが俺を露出狂みたいな扱いをするな!」
「はぁ!? 痴女と何も変わらず!」
この後しばらく普段の露出に関する言い合いが続く。
「お前装いに関しては一切恥じらいがないじゃないか! 背中の傷がなかったらもっと色々際どいのも着てただろ! 痴女はどっちだ!」
「そうだよでもキミからしたら他の人に見せたくないって思ってるよね!?」
「ああそうだいつも悪いな」
「当然!」
2人はしばらく声を出して笑い、寝そべる。シドはアンナの腰に手を回すと、彼女は押しのけながらため息を吐いた。
「皴になる。終わり」
「別にそのままでいいじゃないか」
「やだ。キミの企み分かる。……ヤらないなら今のままでもいい」
足を絡めながらニィと笑うとシドは一瞬顔を引きつらせた後、コートをはぎ取った。
「へ?」
「アンナが悪いからな」
コートを床に投げ捨て、そのままアンナに口付ける。
「どうしてこうなるかなあ」
アンナのボヤきが虚空に消えた。
Wavebox
#シド光♀ #即興SS