FF14の二次創作置き場
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- 2024/11/19 "召し上がれ&quo… 新生
- 2024/11/15 溶けあうもの 紅蓮
- 2024/11/11 "11月11日&qu… 蒼天
- 2024/10/18 "嫉妬"、… 漆黒,
No.21, No.20, No.19, No.18, No.17, No.16, No.15[7件]
“苦いコーヒー”
―――彼女は俺が淹れるコーヒーをいつも美味いと言ってくれる。
「シドおはよう」
「アンナか。今日は……また変な事してるな?」
俺はジェシーによる怒りの月末恒例地獄の書類整理を終わらせ仮眠室にて数時間の睡眠をとった。未だ徹夜続きで重たい身体を引きずり会長室に戻ると黒髪のヴィエラが椅子の上に胡坐で座り込み辺りの書物を読んでいた。当然のように通されているのはセキュリティな心配が浮かぶが、俺が仲良くする旅人なら大丈夫だろうと彼女は社員から信用されているようだ。嬉しい事だが少々複雑である。俺は「アンナ、面白いものでもあったか?」と聞くと報告書から顔を上げる。
「機密の収集?」
「会社の秘密を勝手に持っていかれるのは困る」
「大丈夫。何か読み物がないと落ち着かなかっただけ。理解しようとは思ってない」
「言い方考えろ」
あははと笑う彼女に俺はため息を吐いてやる。ケトルに手を伸ばしながら「コーヒーでいいか?」と聞くと「ん」と答えが返って来た。渡してやると「ありがと」と言いながら口に含んでいる。
「おいしい」
「そうか? 社員達からの評判も悪いまっずいコーヒーだ」
「そうかな。あなたが淹れてくれるものなら私は何でもおいしいと思うよ?」
恒例の天然タラシだ。アンナは何も考えず俺が言葉を詰まらせる言葉をシラフで放つ。ここで下手に何か言うとカラカラとはぐらかすかのように笑って終わる。その日常に慣れた俺は何とか目を逸らし咳払いのみしてから無言を貫くのだ。
最近俺は出会った時からアンナの事は異性として好意を寄せている事が分かった。奇麗な顔に反してウルダハの剣闘士のように力強い戦い方をし、ぶっきらぼうに見せかけて意外と分かりやすい表情も見せる。褐色肌にガーネットみたいな紅い瞳を持った彼女が見せる敵に対する不敵な笑みがときどき恐ろしく見えるのだが―――そこに興奮する自分もいた。自分よりも頭一つ分高い身長、細い肢体でありながら無駄のない引き締まった筋肉。愛しそうに刀を撫でる姿も、鋭い目で敵を射止め斬り捨てる姿も俺の目には全て魅力的に映る。あと少しで手に届きそうなのに、その”あと一歩”に届くことがない。延々と『おあずけ』され続けているわけだ。
社員らで呑みに行った時何度「アンナさんといつ付き合うんすか」やら「付き合う気がないなら娘さんを僕にください」と言われたことか。娘じゃないし渡す気もないし前者に関しては俺が聞きたい。というかコイツらにあの気まぐれ屋を制御できるわけがないだろう。
俺は逢瀬を重ねるたびに自分の中で膨れ上がる感情に対して【この人は俺の事をどう思っているのだろうか?】という難題を何度も考えた。呼べば来てくれるしアンナ自身も弱った時は慰めて欲しいのか俺にリンクシェル通信を入れる。みっともない姿を見せても彼女は即自分を元気づけるように動くし、彼女が周りからの期待と重圧で苦しそうな姿を見せる時はいつもそばでフォローを入れていた。
傍から見ると付き合ってる風に見えるだろ? 情けない話だが何も起こっていないんだ。
考えていると彼女に「おーい」と声を掛けられる。振り向くと目前にいつの間にか立ち上がった彼女の、開いた首元からチラリと見える褐色の肌。自分の体がビクッと跳ねたのが分かる。慌てて後ずさった。これも一種のイタズラってやつだ。彼女とコミュニケーションを取り続けたいのなら引っかかってはいけない。
このアンナという女は大人しい女性という雰囲気を見せながらもモーグリ族やシルフ族みたいにイタズラが好きという習性がある。いや俺も最近まで知らなかった。クッションに何か仕込んだり食べ物にとびきり辛い物を潜ませるのは序の口。恋人ならば性行為に突入するような一歩間違えたら自爆につながる事も真顔でやる。本人は一切顔色を変えないのだが俺としては心臓がいくつあっても足りない。ときどきは注意してやるとする。
「あのな、お前は何をしたいんだ」
「? 何をとは?」
「こういうイタズラは誰にでもするのか?」
「しててほしい?」
少しずつこちらににじり寄って来る。俺はとっくの昔に扉を背に動けなくなっていた。ニィと笑い手で扉をドンと叩きながら俺の反応を見るために体を軽く曲げ最接近する。
「そんなわけないじゃないか」
「でしょ? あなたが楽しいって思ってるから、望んでいる事をしているだけ」
「お前がどう思っているか知りたい。俺が、じゃなくてな」
負けじと彼女の頬を両手で覆ってやる。むぅと聞こえたが他は何も言わない。彼女は都合の悪い事を聞かれたら少々ばつの悪い顔をして口を閉じる。軽く目が泳ぎ、予想だがどう言えばいいのか頭の中で考え込み軽くショートしているみたいだ。
「黙秘権ってやつか? 不利になったらいつもそれだ。俺は、もっと、お前を知りたい」
長く落とした赤色のメッシュが混じった黒髪に触れ、少しずつ上に沿うように指を走らせる。長い耳の付け根に届く、そろそろだろう。
「ああああなたは知らなくてもいい。私はあなたをからかえれば楽しいだけだし?」
彼女は近付けていた顔を上げそっぽを向いた。「やべ」と言いながら少々引きつった笑顔で言う様は明らかに挙動不審である。先述の通り基本的に表情は崩さないが分かりやすく反応はする人だ。あと知らなくてもいいと言いながらきちんと答えを返すのは律義な所がある。そしてこれも予想だが彼女は耳が『とびきり弱い』。リンクパールは「何かゾワゾワするから」と周りから言われない限り率先して付けず、決して人に耳を近づけない。何かあった時は髪を伝って耳に指を近づけるだけであっという間に大人しく引き下がるのだ。それが把握されている事も既に向こうには察知されているらしくいつも「やべ」と言って引き下がるのが分かりやすい。なら変な事するなとしか言いようがない。
「あ。コーヒーが冷めたら美味しくなくなるから飲まないと―――ね?」
「そうだな。ちょうど誰かさんに邪魔されて寝起きのコーヒーを飲む事が出来なかったんだ。……何も入れてないだろうな?」
「発想になかった。次から考える」
いらん、と言いながら俺は自分が淹れたコーヒーを彼女に対する感情と共に一気に飲み込む。明らかにコーヒーだけではない形容しがたい苦みが身体の芯まで染み渡らせた―――
#シド光♀ #即興SS
“兄”
「そういえばシドに兄の事話したかな?」
クリスタルタワー調査の合間にアンナはふとシドの方に向きつぶやいた。シドはアゴヒゲを撫でながら首をかしげている。
「いや、聞いた事ないな。そもそもアンナは全然自分の事を一切話さないじゃないか」
「はーメスバブーンの身内なンだからどうせまた立派なバブーンじゃねェか?」
「一言余計なの。兄さんは私よりも一回り小さくて非力で可愛いよ」
シドとネロの「可愛い、ねえ(なあ)」と言葉が重なる。アンナはにこりと笑う。
「先日砂の家に来たの。英雄になったヴィエラって聞いて私って気付いたんですって。性別分かって家出したから成人前の姿しか知らないし名前も違うのに分かるのはさすがだよね」
「いいお兄さんじゃないか」
「ヴィエラなンて珍しいがボチボチ見ンじゃねェか。……っていやさりげなく何言ってンだオマエいくつから走り回ってンだ!?」
「おっざっと数えて26歳に失礼ね? オジサン」
ネロの「嘘つくンじゃねェ!」と言う叫びが辺りに響く。シドも心の中でもっと言ってやれと念を送る。彼としては明らかに最低でも10は年を取ってると思っている。
「私がヴィエラが住む里から旅に出たのは14の頃なの。その後紆余曲折あって船に乗って難破して迷子になって第七霊災後ここ来てとざっと計算したら26ね。ほら完璧な計算じゃない」
「待て。歴史を知らねェ野生動物のために教えてやるが25年前にはドマは帝国に占領されてンだぜ? ヨチヨチのクソガキがあの辺りから船で渡れるほど甘い場所じゃなくなってンの。サバ読むならもう少しな?」
「そうなんだ。知識の更新をしますわ。……40歳!」
「オバサン」
ネロが一言放った瞬間頬に風を切る感触を感じる。引きつった笑顔を浮かべながらアンナを見るといつの間にか彼女は笑顔で弓を構えていた。
「ヤ・シュトラと違って今更年齢は気にしないけど……女性にそういう年齢的な事を言うの、よくないよ? ごめんなさい今ケアルするから」
「メスバブーンが何言ってンだ! あとさっきオマエが言ったのを! そのまンま返しただけだ!」
「お前たちいつの間にか仲良くなって嬉しいぞ」
2人の「なってないンだが!?」「なってないよ」と声が重なるのを見てシドは満足していた。クリスタルタワーでネロと再会し、アンナとネロは睨み合っていた。特にネロからの嫌味は留まる事を知らず。当たり前だ。自分との戦闘中に集中せずに通話を始め目の前で『第一印象』という名の悪口を言われるのはシドでも怒るだろう。しかし今や息も合っているし意外と似た者同士な気もしてきた。一匹狼である事を好み、決して目の前の事柄へは諦めず喰らい付く。一度熱中したらなかなか集中力が切れないし知識を吸収したがる所も似ている。まあアンナはネロ程口は悪くないし努力家というよりかは天才型だ。だが想定していたよりも仲良くなるのも早いし組めばいいコンビになるだろう。なぜかは分からないが突然チクリと胸が痛くなった。
妙な考えを払拭するために持ってきていたケトルでコーヒーを淹れる。アンナは受け取りネロには断られた。未だに睨み合う2人の間に座り込むとアンナもちょこんと座り込んだ。
「あーアンナ、その兄というのはいつでも会えるのか?」
「師匠とちょっとしたルート使って里に帰るって言ってたわ。手紙送ったりしよって」
「ちょっとしたって、なァ」
「お嫁さん8人と子作り期みたいだしジャマするのよくないよ」
シドは飲んだコーヒーを盛大に吹き出した。「きったね!」とネロはむせるシドの肩を殴った。
「ハァ? なンだって? もっかい言ってみ?」
「だから兄さんはお嫁さん……私から見た親戚の姉さま達8人と結婚してて、じっくり交」
「それ以上は言わんでいい! デカい声で言うな! まだ昼だからな!」
ネロはゲラゲラと笑いシドは顔を真っ赤にしている。アンナはきょとんとして彼らを見て一瞬考えこんだ後、ポンと手を叩く。
「ヴィエラの男性って女性に比べたら希少なの。一夫多妻制あっても不思議じゃないでしょう? まあミコッテほどじゃないけど。それでヴィエラの男性は普段は修行や使命のため里にはいないけど3~5年に一度交尾のために帰ってるの。別に夜のネタでもなく種族の生態の話です。君らガレアンと考え方や価値観が違うの。OK?」
「はぁ」
「私ももし男だったら村全員の女性抱く予定だったよ。まあカミサマってやつはクソッタレってなってかつて家出しちゃった」
「そっすか。いい野望持ってンな」
んじゃ、ちょっと1回見回りしてくるね、とアンナはその場から立ち去る。
男2人が残される。非常に気まずい。かつてのライバルでつい先日敵として会っていたはずなのに、今や不本意とはいえ一緒に新たな好奇心の塊に座り込んでいるのは不思議な話だ。
「……ちょっと待てさりげなくやべー事言ってなかったか? 村全員の女性を何とか」
「俺は何も聞いてない。聞かなかった」
「なンでダメージ受けてンだよ……」
ふとネロは彼女の兄だという情報を元に記憶を紡いでいく。そういえば、これまでもう1人性格がよろしくないヴィエラに会っていたような。褐色肌、赤髪で、神出鬼没で、言いたくないが可愛い系の片目を髪で隠したオッドアイの男。
「ゲッ―――まさかアイツか?」
「どうした? ネロ」
「ンでもねェよクソ。嫌なもン思い出しちまったぜ」
煙草を取り出し口にくわえながらため息を吐く。シドは何も分からないままネロをしばらく見つめていたがやがてアンナが去った方をじっと見つめていた―――
#シド #ネロ
クリスタルタワー調査の合間にアンナはふとシドの方に向きつぶやいた。シドはアゴヒゲを撫でながら首をかしげている。
「いや、聞いた事ないな。そもそもアンナは全然自分の事を一切話さないじゃないか」
「はーメスバブーンの身内なンだからどうせまた立派なバブーンじゃねェか?」
「一言余計なの。兄さんは私よりも一回り小さくて非力で可愛いよ」
シドとネロの「可愛い、ねえ(なあ)」と言葉が重なる。アンナはにこりと笑う。
「先日砂の家に来たの。英雄になったヴィエラって聞いて私って気付いたんですって。性別分かって家出したから成人前の姿しか知らないし名前も違うのに分かるのはさすがだよね」
「いいお兄さんじゃないか」
「ヴィエラなンて珍しいがボチボチ見ンじゃねェか。……っていやさりげなく何言ってンだオマエいくつから走り回ってンだ!?」
「おっざっと数えて26歳に失礼ね? オジサン」
ネロの「嘘つくンじゃねェ!」と言う叫びが辺りに響く。シドも心の中でもっと言ってやれと念を送る。彼としては明らかに最低でも10は年を取ってると思っている。
「私がヴィエラが住む里から旅に出たのは14の頃なの。その後紆余曲折あって船に乗って難破して迷子になって第七霊災後ここ来てとざっと計算したら26ね。ほら完璧な計算じゃない」
「待て。歴史を知らねェ野生動物のために教えてやるが25年前にはドマは帝国に占領されてンだぜ? ヨチヨチのクソガキがあの辺りから船で渡れるほど甘い場所じゃなくなってンの。サバ読むならもう少しな?」
「そうなんだ。知識の更新をしますわ。……40歳!」
「オバサン」
ネロが一言放った瞬間頬に風を切る感触を感じる。引きつった笑顔を浮かべながらアンナを見るといつの間にか彼女は笑顔で弓を構えていた。
「ヤ・シュトラと違って今更年齢は気にしないけど……女性にそういう年齢的な事を言うの、よくないよ? ごめんなさい今ケアルするから」
「メスバブーンが何言ってンだ! あとさっきオマエが言ったのを! そのまンま返しただけだ!」
「お前たちいつの間にか仲良くなって嬉しいぞ」
2人の「なってないンだが!?」「なってないよ」と声が重なるのを見てシドは満足していた。クリスタルタワーでネロと再会し、アンナとネロは睨み合っていた。特にネロからの嫌味は留まる事を知らず。当たり前だ。自分との戦闘中に集中せずに通話を始め目の前で『第一印象』という名の悪口を言われるのはシドでも怒るだろう。しかし今や息も合っているし意外と似た者同士な気もしてきた。一匹狼である事を好み、決して目の前の事柄へは諦めず喰らい付く。一度熱中したらなかなか集中力が切れないし知識を吸収したがる所も似ている。まあアンナはネロ程口は悪くないし努力家というよりかは天才型だ。だが想定していたよりも仲良くなるのも早いし組めばいいコンビになるだろう。なぜかは分からないが突然チクリと胸が痛くなった。
妙な考えを払拭するために持ってきていたケトルでコーヒーを淹れる。アンナは受け取りネロには断られた。未だに睨み合う2人の間に座り込むとアンナもちょこんと座り込んだ。
「あーアンナ、その兄というのはいつでも会えるのか?」
「師匠とちょっとしたルート使って里に帰るって言ってたわ。手紙送ったりしよって」
「ちょっとしたって、なァ」
「お嫁さん8人と子作り期みたいだしジャマするのよくないよ」
シドは飲んだコーヒーを盛大に吹き出した。「きったね!」とネロはむせるシドの肩を殴った。
「ハァ? なンだって? もっかい言ってみ?」
「だから兄さんはお嫁さん……私から見た親戚の姉さま達8人と結婚してて、じっくり交」
「それ以上は言わんでいい! デカい声で言うな! まだ昼だからな!」
ネロはゲラゲラと笑いシドは顔を真っ赤にしている。アンナはきょとんとして彼らを見て一瞬考えこんだ後、ポンと手を叩く。
「ヴィエラの男性って女性に比べたら希少なの。一夫多妻制あっても不思議じゃないでしょう? まあミコッテほどじゃないけど。それでヴィエラの男性は普段は修行や使命のため里にはいないけど3~5年に一度交尾のために帰ってるの。別に夜のネタでもなく種族の生態の話です。君らガレアンと考え方や価値観が違うの。OK?」
「はぁ」
「私ももし男だったら村全員の女性抱く予定だったよ。まあカミサマってやつはクソッタレってなってかつて家出しちゃった」
「そっすか。いい野望持ってンな」
んじゃ、ちょっと1回見回りしてくるね、とアンナはその場から立ち去る。
男2人が残される。非常に気まずい。かつてのライバルでつい先日敵として会っていたはずなのに、今や不本意とはいえ一緒に新たな好奇心の塊に座り込んでいるのは不思議な話だ。
「……ちょっと待てさりげなくやべー事言ってなかったか? 村全員の女性を何とか」
「俺は何も聞いてない。聞かなかった」
「なンでダメージ受けてンだよ……」
ふとネロは彼女の兄だという情報を元に記憶を紡いでいく。そういえば、これまでもう1人性格がよろしくないヴィエラに会っていたような。褐色肌、赤髪で、神出鬼没で、言いたくないが可愛い系の片目を髪で隠したオッドアイの男。
「ゲッ―――まさかアイツか?」
「どうした? ネロ」
「ンでもねェよクソ。嫌なもン思い出しちまったぜ」
煙草を取り出し口にくわえながらため息を吐く。シドは何も分からないままネロをしばらく見つめていたがやがてアンナが去った方をじっと見つめていた―――
#シド #ネロ
『好きな人』
注意
・シドと自機の関係を見守るガーロンド社員たちの即興SSです。
「アンナは好きな人とかいるんですか?」
「作らないようにしてるよ」
ガーロンド・アイアンワークス社。今日もせわしなく社員達が仕事をしている中、旅人と自称する冒険者のアンナは現れた。ちょうど一息つこうと休憩室へ向かっていた会長代理であるジェシーに話しかけるとそのまま一緒にお茶でも飲みましょうと連れて行かれ、現在に至る。
お茶を飲みながらさりげなく最近気になっていたことをジェシーは聞いてみたら少し外れた答えが返ってきた。
「勿体ないわね。あなたのような人ならいくらでも求められてるでしょ」
「うーん私は無名な旅人だからモテるわけないですって」
「いやいやアンタ有名人だろ? むっちゃモテてるけど全部断ってるって噂聞いてるぞ」
「じゃあウチの会長でも貰ってくれないしら? きっと今よりかは大人しくなるわ」
「余計にアグレッシブになると思うッスよ?」
唐突に始まった英雄と呼ばれる冒険者の花のある話にふと通りかかったララフェルとルガディンのコンビが入ってくる。
「あー絶対そうね。今の無しで。じゃあ付き合いとか別としてアンナの好きな男のタイプってどんな感じ?」
「好きなタイプ、ねえ」
「やっぱりイケメンとかッスか?」
「ヴィエラ族のアンナからしたら多分見慣れてるんじゃないか? やっぱ自分より強い人とかだろ」
「……故郷でイケメン高身長な同族見慣れてるからその条件は論外かなー」
それから断片的にアンナは好きな要素をポロポロと溢すように喋った。
「ヒゲが似合う」
「がっしりとして体系で」
「光のような人ッスか」
「別に強さは問わないよ? 弱くても護ればいいし」
3人の『ウチの会長(親方)じゃん』という心の声が重なったのは言うまでもない。
◇
数日後。
「親方に好きな異性のタイプは? って聞いてきたッス!」
「度胸あるわね…」
「何かオチも予想できるんだが……」
仕事が一段落した夜、モードゥナの酒場にて密かに開かれる会がある。自分たちの上司であるシドと旅人アンナの関係を見守る会だ。最初は社長の仕事を妨害する存在と思っていた旅人のヴィエラは今や会社の一種の癒しと化し、大量の差し入れから危険地域へ向かう社員の護衛まで顔色一つ変えず引き受けてくれる便利な存在。何度か給金を渡そうとしたがシドのポケットマネーで食事に連れて行ってもらっている必要ないといつも断られている。絶対割に合っていないだろうにと思っているが本人がそれでいいのなら甘えることにした。
「赤色が似合う神出鬼没なフォロー上手の綺麗な人ッス!」
「女版ネロじゃないのその特徴」
「まあアンナだよなあ……」
旅人はともかく仕事以外は不器用な男の方は完璧に意識しているのではという疑問が3人によぎる。しかしあまりにも何も起こらなさすぎて2人の本心が思い浮かばない。いや本当は何か起こっているのかもしれないが特に旅人の動きが全く読めないのである。2人で手伝いの報酬という名の食事に行ってるとは言うものの、どこでどういうものを食べているのかも男は決して口を割らないのだ。
「何であの2人甘い話聞こえないんだろうなあ」
「会長が奥手すぎるかとっくに心折れてるか距離感おかしすぎてもう逆に自覚してないんじゃないの?」
「流石にこれはアンナさんのスタンスの問題じゃないッスかね」
2人の恋は前途多難。密かに応援しようと決意を新たに何度目か分からない乾杯をするのであった―――。
#即興SS
・シドと自機の関係を見守るガーロンド社員たちの即興SSです。
「アンナは好きな人とかいるんですか?」
「作らないようにしてるよ」
ガーロンド・アイアンワークス社。今日もせわしなく社員達が仕事をしている中、旅人と自称する冒険者のアンナは現れた。ちょうど一息つこうと休憩室へ向かっていた会長代理であるジェシーに話しかけるとそのまま一緒にお茶でも飲みましょうと連れて行かれ、現在に至る。
お茶を飲みながらさりげなく最近気になっていたことをジェシーは聞いてみたら少し外れた答えが返ってきた。
「勿体ないわね。あなたのような人ならいくらでも求められてるでしょ」
「うーん私は無名な旅人だからモテるわけないですって」
「いやいやアンタ有名人だろ? むっちゃモテてるけど全部断ってるって噂聞いてるぞ」
「じゃあウチの会長でも貰ってくれないしら? きっと今よりかは大人しくなるわ」
「余計にアグレッシブになると思うッスよ?」
唐突に始まった英雄と呼ばれる冒険者の花のある話にふと通りかかったララフェルとルガディンのコンビが入ってくる。
「あー絶対そうね。今の無しで。じゃあ付き合いとか別としてアンナの好きな男のタイプってどんな感じ?」
「好きなタイプ、ねえ」
「やっぱりイケメンとかッスか?」
「ヴィエラ族のアンナからしたら多分見慣れてるんじゃないか? やっぱ自分より強い人とかだろ」
「……故郷でイケメン高身長な同族見慣れてるからその条件は論外かなー」
それから断片的にアンナは好きな要素をポロポロと溢すように喋った。
「ヒゲが似合う」
「がっしりとして体系で」
「光のような人ッスか」
「別に強さは問わないよ? 弱くても護ればいいし」
3人の『ウチの会長(親方)じゃん』という心の声が重なったのは言うまでもない。
◇
数日後。
「親方に好きな異性のタイプは? って聞いてきたッス!」
「度胸あるわね…」
「何かオチも予想できるんだが……」
仕事が一段落した夜、モードゥナの酒場にて密かに開かれる会がある。自分たちの上司であるシドと旅人アンナの関係を見守る会だ。最初は社長の仕事を妨害する存在と思っていた旅人のヴィエラは今や会社の一種の癒しと化し、大量の差し入れから危険地域へ向かう社員の護衛まで顔色一つ変えず引き受けてくれる便利な存在。何度か給金を渡そうとしたがシドのポケットマネーで食事に連れて行ってもらっている必要ないといつも断られている。絶対割に合っていないだろうにと思っているが本人がそれでいいのなら甘えることにした。
「赤色が似合う神出鬼没なフォロー上手の綺麗な人ッス!」
「女版ネロじゃないのその特徴」
「まあアンナだよなあ……」
旅人はともかく仕事以外は不器用な男の方は完璧に意識しているのではという疑問が3人によぎる。しかしあまりにも何も起こらなさすぎて2人の本心が思い浮かばない。いや本当は何か起こっているのかもしれないが特に旅人の動きが全く読めないのである。2人で手伝いの報酬という名の食事に行ってるとは言うものの、どこでどういうものを食べているのかも男は決して口を割らないのだ。
「何であの2人甘い話聞こえないんだろうなあ」
「会長が奥手すぎるかとっくに心折れてるか距離感おかしすぎてもう逆に自覚してないんじゃないの?」
「流石にこれはアンナさんのスタンスの問題じゃないッスかね」
2人の恋は前途多難。密かに応援しようと決意を新たに何度目か分からない乾杯をするのであった―――。
#即興SS
技師は過去を振り返る
注意
新生2.0振り返り要素有り。シド少年時代捏造。
―――俺が彼女に惚れていた事を自覚したのはいつ頃だろうか。
ガレマルド出身であるシドは故郷からエオルゼアに亡命し、ガーロンド・アイアンワークス社を興した。しかし、第七霊災で起こった事故でシドは記憶を無くしウルダハの教会で何も分からぬまま隠れて暮らすことになる。
ガレアンの証である第三の眼によって差別する者もいれば神父であるイリュドみたいに傷が癒えるまで匿ってくれる存在もいた。マルケズと名付けられ、墓守として生活を送っていた時に出会ったのが後のエオルゼアの英雄と呼ばれることになる、アンナ・サリス。頼まれごとで不在の間に暁の血盟の拠点であった砂の家をガレマールの軍人によって襲撃された。一時の避難場所として協力者がいる教会に行けと言われたと口を開く。「私は旅人。お世話になってた場所が、襲撃されて。ここに行け、と言われたの」と淡々と抑揚なく語る姿がまるで作り物みたいな不気味な人で。これがアンナを目の前にして抱いた第一印象である。
後に「帝国が自分を認知して襲ってきた目的が理解出来ず、冷静を装ってただけ」と舌をペロリと出しながら話してくれた。―――確か彼女がやって来た3日目の夜の姿で印象が変わったんだっけな、と思い出す。
◇
夜も更けた頃、マルケズはふと外の物音に反応する。慎重に教会の扉を開き外を覗くと墓の横に座り込み空を見上げる黒髪のヴィエラが見えた。
出会った頃の2人は日中は頼み事以外一切会話をせず、彼女もふらりと出て行っては帰って来るを繰り返していた。教会の人間も含め、新しく転がり込んできた女性は笑顔で応対はしてくれる。だが、どこか仮面みたいな―――マルケズにも負けない不気味な人だと囁かれていた。
しかしオルセンは以前助けてもらった事があるようで『アンナさんは正義感が強い素敵な方です』と言っていたのだが。実はその時には既に顔を合わせてはいたらしい。しかしお互い印象に残っていなかった。
「何を、している」
「―――星を見ているの」
虚ろな目でマルケズを見上げたアンナは一切表情を変えなかった。しかしマルケズは見逃さなかった。平静を装いながらも震え揺れるアンナの宝石みたいな赤い瞳を。少しだけ離れて彼女の隣に座り、同じく空を見上げた。
綺麗な星空だった。街頭1つない真っ暗な場所で見る星はますます光り輝いていると感じた。墓場である事を覗けばロマンチックだと言えるだろう。ふと彼女は「暗闇は、嫌い」と吐き捨てた。
「なぜだ?」
「真実を隠し、私を狂わせるから」
「俺は好きだ。落ち着くんだ」
マルケズにとっての暗闇は隠れていれば自分の不安を包み込み、少しだけ気が楽になっていた。軽くため息を吐く音が聞こえたので彼女の方を見ると両膝に顔を埋め、少し震えていた。慌てながら「だ、大丈夫か?」と背中を優しくさすってやると「大丈夫」と弱弱しい声が聞こえた。そして突然顔を上げ彼の方に向くと真剣な目で言ったのだ。「あと迷子になる」、と。
予想もしなかった言葉に目が点になったのを覚えている。教会の廊下を思い出すと先程夜も更けたからと消灯していた。
「まさかと思うが自室が分からないのか?」
「……はい。って笑う所あった?」
「す、すまない。短い通路で迷われるとは思わなくて」
「むぅ失礼なヒトね。違う部屋を開けたら失礼かもしれないっていう配慮だよ。でもまあ……笑えるんだ、よかった」
首をかしげるとアンナはクスクスと笑いながら言葉を続ける。
「何かトラウマで笑えないのかなって」
「その、俺はただ―――」
いつの間にか彼女への恐怖心が消えてしまっていたマルケズの心を見透かされたのだろうか。それとも知る気が無かったのかアンナはふと何か思い立ったのか立ち上がる。「さ、誰かに見られたくないでしょ?」と言いながら手を差し伸ばした。マルケズは何も考えずその手を握ると、アンナは軽く息を吸った後片手で引っ張り上げる。
細い見た目に反して大男を軽く引き上げるほど力強いのはさすが冒険者と呼ばれる存在で。普通の屈強な冒険者と違う所と言えばふわりと漂うフローラルな香りだろうか。これまで見えもしなかった作り物ではない女性の部分が垣間見えた瞬間に少しうろたえる。
感情を悟られないよう「次はちゃんと部屋の場所覚えるんだ」とからかった。が、当の彼女はその言葉を無視しながら細い指で彼の手を触ったり指を動かしている。突然の行為に「な、何をしている?」と聞くとアンナは優しい声で答えた。
「技術者の手」
「そう、か?」
「数日観察の結果、ね。今触ってみて確信した。大きくて、しっかりとしてて私は嫌いじゃないな」
目を見開くマルケズを見たアンナは「明日に支障が出るよ? あなたがね」と言いながら教会の中へと消えて行く。追いかけるようにマルケズも教会に戻り、扉を閉めた。彼は顔を見せないようそっぽを向き彼女の部屋へ案内しながら赤くなった顔をローブで隠すのに手一杯だった。視線を感じていなかった事も無いのだが不愛想だった自分を観察し続けていた事にも驚いたし、『笑えるんだ』とは自分も投げつけたい言葉であった。初めて見た彼女の優しく自然で、綺麗なヒトの笑顔だった。
自室に戻り、ハンマーと傍に置いていた金属に手を伸ばす。もう部屋に戻れないからと野宿はさせない、そう想いながら一晩打ち付け形作った。
―――思えばこの地点で俺は焔を宿した宝石の如く赤い瞳に射止められた愚かな獣になっていたのかもしれない。
◇
アルフィノによって外の世界に連れ出され、エンタープライズ号で自分がシドである事の記憶を取り戻した日。アンナからのシドを見る目が変わったのを今でも覚えている。
星を見上げた夜以降、アンナは何かに安心したのか少しだけ笑顔を取り戻した。そして積極的に教会の手伝いや料理を振舞ってもらえるようになった。彼女は教会のご飯だけでは足りなかったので郊外で狩った動物と採取した物で自給自足しながら怪しい奴がいないか巡回していたらしい。マルケズに「遠慮せずに食べて。あなたデカいんだから」と分厚い肉を押し付けられたのは平和になった今でも覚えている。
教会の人間も彼女の姿に安堵し、次第に打ち解けていく姿が嬉しかった。しかし、昨日まで沈んだ顔をしていながらも神父のかわりに用件を聞く自分を頼り合っていた、つもりで。そんな彼女の周りに人が集まり近付きにくくなったのはどこか少し寂しい感情もあった。
そんな中アルフィノが現れ、2人を外へ連れ出す。教会に身を寄せる人間たちに大層惜しまれつつエンタープライズ号を探す旅が始まったのはマルケズ、いやシドにとって嬉しい話でもあった。『もっと彼女を知る事ができる』、『自分が何者か分かる時が来たのだ』と。確かに知ろうとする行為は怖かった。しかし祖父の遺志を継ぎ立派でいようとする青年と、ミステリアスで強い冒険者の彼女がいれば大丈夫だろうと確信していた。
そう、当時のシドにとってのアンナはミステリアスでクールだと感じていたのだ。実は『とんでもない猫かぶり』だったわけだが、真実を知るのは相当後の事になる。
飛空艇で大空を翔る中、シドは記憶の一部を取り戻す。清々しい気分だった。ただ、当時の自分の元へ行けるなら、ついでに赤髪のヴィエラとの約束も一字一句間違えずに思い出せと本気で殴りたいと未だに思っている。
なんとアンナは【超える力】でシドの過去を覗き見た時に彼が『約束』を交わした少年だったと気が付いていたらしい。あの時の言葉はそういう意味だったのかと時間が経った今でも歯ぎしりしたくなる。
「綺麗な星空ね」
「よく見えるだろ?」
ガルーダの元へと向かう夜、星空を見上げるアンナを苦笑しながら見つめた。アルフィノはアンナに「明日決戦なんだからちゃんと寝て。背伸びないよ?」と言われ文句を言いながらも彼女が持っていたマントに包まれ目を閉じていた。
アンナは飛空艇から身を乗り出して空を見上げている。「危ないぞ」と彼女の肩に手を置き引っ張った。彼女は「うん最高」と言いながら満面の笑顔を浮かべている。
「エオルゼアに来るまで飛空艇に乗った事はなくて」
「意外だな。旅人なんだから普通に飛空艇や船で移動しているのかと」
「私が乗る船はよく沈んでたから」
ずっと運が悪かったみたい、と言いながら相変わらず星空を目で追いかけているようだ。
「俺の飛空艇まで沈めてくれるなよ?」
「もー、エオルゼアに来てからは一度も沈めてないし」
イタズラっぽく言ってやると初めてシドの方を向き頬を膨らます柘榴石色の瞳と目が合う。「あ……」と声が漏れる。ここでシドは普通に冗談言い合っていた相手が女性だった事を思い出した。彼女の肩に置いたままだった手を「す、すまん!」と言いながら引っ込めた。きょとんとしている顔から踵を返し、「お前も寝た方がいいだろう。何せ明日決戦なんだからな?」と言ってやると「あなたの方が寝た方がいい」と返されながら腕を掴まれた。
「自動的に操縦するとか出来ない? 見張っておくから先に寝ときなよ。不安」
「俺は別に1日位は寝なくても大丈夫だ。それよりずっと走り回って疲れてるアンナが寝るべきだろう」
「私も長旅は慣れてるから」
「いやいや」
「休んで」
2人で譲り合うかの如く言い合っていると「ならば2人とも私に任せて眠ってくれないだろうか?」といつの間にか起き上がっていたアルフィノに言われ2人は顔を見合わせ笑い合うのであった。
「『あなたの飛空艇』に乗れて、よかった」
と言いながらアンナは立ったまま操縦桿に乗りかかり目を閉じた。「おい」と声をかけると「30分寝るから」と答えが返って来る。
「アンナ、あなたは立ったまま眠れるのか?」
「長い間旅に出てたから。もう一種の特技って感じ。一番落ち着くの」
「せめて座ってくれ。見てるこっちが休まらんからな」
「ああ頼むよ、アンナ」
しょうがないなあと口を尖らせながらもアルフィノから返されたマントを膝に置いた。「ほらシドも」と言いながら膝をポンポン叩いている。
「お、俺は向こうで寝るから大丈夫だ」
「そっか。じゃ、アルフィノ来る? 膝、いいよ」
「あー私も遠慮しておこう」
男2人の返答にただ一言「知ってる」と答えたまま目を閉じている。眠っているかは一切見分けがつかない。2人は顔を見合わせる。アルフィノの方は顔が少し赤くなっていた。
「断ると分かっててわざと言いやがったのか? いやまさか」
「彼女は……なかなかクセがあるみたいだね。どうだいシド、隣で寝てもいいんじゃないか? 絵でも描いてあげるよ」
「魅力的な誘いだがさすがに断るからな」
―――この時の俺は『あなたの飛空艇』と強調していた意味が分からなかった。今思うと答えを言われていたに等しい行為だった。
◇
ガルーダとの戦いで初めてシドはアンナの戦いを見る事になる。この時の彼女は両手杖を掲げる癒し手としての戦い方だった。動物を狩る時は弓、人前で戦う時は基本的に人を癒す事に徹しているらしい。「まだ駆け出しだから」と言いながらこまめに回復する姿は、確かに不敵な笑みを浮かべた冒険者のモノとは程遠い練度だった。
ガルーダとの戦闘が終わり、最終的にアンナの勝利で終わる。光の加護により蛮神によるテンパード化を防ぐ―――まさにエオルゼア軍の奥の手。確かに【超える力】を持ち戦いも出来る彼女にかかれば蛮神問題も解決できるだろうと安堵していた時、ガイウスが俺の目の前に現れた。
軍団長であるガイウスの圧倒的力を持つ存在と、実戦投入された最終兵器アルテマウェポン。蛮神を喰らい、力とする存在を目の前に俺たちは一時撤退の4文字しか選択肢がなかった。ふと「あれが、漆黒の王狼……」と低く無機質な声が聞こえてくる。アンナの声、だったと思う。英雄になるだろう冒険者を失うまいと必死にエンタープライズ号を操舵するシドに確認する術は存在しなかった。
古代兵器の再始動を目の当たりにした3人はこれからの事を話し合う。まずはミンフィリア達の救出。アルテマウェポン破壊、そしてエオルゼアからガレマール帝国を撤退させる。「やる事、たくさんだね」とアンナは呟いていた。考えていても埒が明かないのでとりあえず『希望を光を再び灯すために砂の家に行くか』と結論を出し、ベスパーベイへ。襲撃を逃れていた暁の血盟のイダ、そしてヤ・シュトラと再会するのであった。
イダとアルフィノは目を閉じ、一時の休息を取っていた。シドはアンナに「一番疲れているのはお前だ」と楽にするよう促した。
「そんな事言われたの成人前位だなって」
「何言ってるんだお前は十分若者の範囲内だろ」
「ホー。じゃああなたは何歳なの?」
「34。お前は?」
アンナはクスクスと笑いながらさぁね、と言った。「あまり人と関わらないように旅をしていた時期があってね。何年彷徨ってたか分からないの」と呟く姿は少し寂しそうに見えた。かける言葉が頭から浮かばない。フリーズしてる様を見て彼女は人差し指を突き立て言い切った。
「ちゃんと性別は女性と分かってから旅を始めたし、それから云年経って、アンナと名乗って5年だから……26位かな?」
明らかに嘘なのはその辺にある石ころでも分かるだろう。しかし彼女の精神性と、思ったよりも気さくに話が出来そうな雰囲気から自分と同じ年位だろうと思っておく事にした。―――後にウチの社員になる彼女の兄によるとシドよりも50は上らしい。計算がざっくりとしすぎているな、と赤色の髪の男と苦笑しながら酒を飲み交わした。
◇
次に印象のある出来事と言えば魔導アーマーを鹵獲して修理した時の話だろうか。再び少し沈んだ表情をしながら当時偶然弓を持っていたアンナの隣で戦った。戦闘を重ねるごとに少しだけ笑顔になっていくのが少し怖かったのだがここでは置いておく。
「カストルム・セントリに潜入してミンフィリアを助け出すぞ!」と言った時のアンナの不敵な笑みが何よりもシドにとっての活力となったのだ。人の事はあまり言えないなと当の本人は苦笑しながらも隣に立てるのが何よりも嬉しい。アンナはどう思っていたのだろうか。何度か思い出した時に聞いているが照れくさいのか答えてくれない。
「お世話になっている人たちだし。助けるのは当然の話だよ」
旅人だとよく強調するクセになぜ自分や暁の血盟の人らに肩入れしてくれているのかと聞いたのもこの時だった。レヴナンツトールの整備用拠点で魔導アーマーを見上げながら話をしていたのを覚えている。
「私はね、自分を優しくしてくれた人と約束は守る事にしてるの」
「これまた大きく出たな」
「実はアルフィノとはね―――」
話を聞くとアルフィノとの出会いが彼女の冒険者生活スタートのきっかけだったらしい。蛮族に囲まれていたアルフィノとアリゼーを助けたお礼にグリダニア行のチョコボキャリッジに乗せてもらったのだと。アルフィノが暁の血盟の人間だと知ったのはつい最近で。奇妙な縁だな、と思いながら付いてきてるんだ、と苦笑を浮かべながら喋る姿は少しだけ新鮮に思えた。
思えば彼女の過去をこの時まで聞いた事が無かった。シドの過去の一部は【超える力】で視られてしまっていたのにアンナの歩いてきた軌跡は一切見る事が出来ていない。だから少しだけ遠慮がちに話をする彼女が"新鮮だ"と表現できた。
「元々冒険者になろうとは思ってなかったよ。けど、エオルゼアで動くなら色々と便利かなって思ってね。人助けも好きだしやっちゃえと走り回ってたらいつの間にか暁の人らと行動してたの」
「なかなか飛躍した面白い動機じゃないか。ところで冒険者になる前はどこを旅して」
「あ、カエル食に興味ない? レヴナンツトールのすぐ外にいるやつの肉を食べられないか少し頑張ってみたんだけど」
露骨に話題を逸らしていた。そしてニクス肉の料理は丁重に断った。未来の俺からしたら『約束』という言葉を使っていたのに何も疑問に浮かばなかった自分を蹴飛ばしたい―――
◇
アンナというエオルゼアの英雄が誕生するまでに外せない出来事と言えばやはり魔導城プラエトリウムでの活躍だろう。シドも魔導アーマーで援護してカストルム・メリディアヌムを制圧。そしてエンタープライズ号で空からの侵入を果たしたシドとアンナ達冒険者はガイウスと対峙する。
そういえば作戦【マーチ・オブ・アルコンズ】が始動して間もない時に初めて彼女が刀を持つ姿を見た。珍しい武器を持っていたので聞くと偶然出会ったムソウサイと名乗る侍の弟子になったんだと語る。
「仮にもヴィエラの集落生まれだからね。出身はオサードの方だから刀は見た事あったの。ウルダハで見かけて懐かしくなって」
雷を受けたような衝撃を受けた。舌をペロリと出しながら愛しげに鍔の辺りを撫でる姿に少しだけ、ほんの少しだけ決して表に出せない一つの感情を刺激する。今は作戦中だと自分に言い聞かせすぐに引っ込めたのだが―――少し席を外す時間があったら少々危なかったかもしれない。
そんな姿を見てからだったのだろうか、彼女の戦う姿に対してそそる様になったのは。魔導アーマーを操りながらふと交戦中の彼女に目をやると、ニィと歯を見せた笑顔で帝国兵と斬り合っていた姿が印象的で、世界が違う人間だと今でも思っている。自分のように後方支援を行う姿よりやはり正面切って刀で一閃する方が似合っているし、何よりシド自身の欲情が刺激されていった。
それは文字通り最後の"希望"が自分の隣に立ち、返り血を浴びながら自分を護りながら斬り捨て、他人とは少しだけ違う笑顔を向けてくる。その姿にゾクリと背筋が凍るような未知の感覚が襲い掛かっていたのだ。思えばよくこの頃に想いを自覚できてなかったなと自らの鈍感さに少々嫌気がさす。
閑話休題。魔導城ではシドが捨てた故郷の者達が語りかけて来た。ある者は友の息子であった自分に期待を裏切られてもなお再び傍に置いてやろうとした男。またある者は伝説とされてしまった自分に焼け焦げながら劣情をぶつけて来た幼馴染と呼べる男だった。
そう、坊ちゃんとして育った自分が考えもしなかった感情たちが襲い掛かる。そんなまるで郷愁とぶつけられた一種の劣等感により闇へと落とされていく葛藤を赤い閃光は全て斬り払った。ガイウスの誘いも即断り、現れる敵は躊躇なく斬り捨てていく。
現在もだが味方としていてくれて心から助かった。当のアンナは「顔見えてたら危なかったかもね。あなたほどじゃないけどナイスヒゲだし」と後に語る。冗談だよな? と聞いたが目は笑っていなかった。―――本当に味方でよかった。
「シドは別に亡命して後悔してないんでしょう?」
「勿論だ。ガイウスに引導を渡してやる、頼んだぞ」
「ええ、それでいい。あんな奴といると『自由』に手を伸ばせないよ。そのために全部護ってあげるから」
「俺が世界を、と言ったら護ってくれるのか?」
「ホー……あなたが思うのなら。でも今は違うでしょう?」
アンナはシドを勇気づけるが如く語りかけながら頭をポンと撫でてやりエレベーターに消えて行った。アンナの方が背が高いので撫でる行為は容易である。行為を受けたシドといえば少し恥ずかしい気持ちで溢れかえっていたのだが。
ネロとの会話後―――アレはほぼ一方的な感情の吐露だったが、アンナは戦いながらシドへリンクシェル通信を再び繋いでいた。『大丈夫』『私は、知ってる』『ネロとかいう、趣味悪い赤の、自称天才プライド高すぎ鎧野郎よりさ、あなたの方が数段強いから。ね?』なんて息一つ乱さず囁くような声を聞かせる。と思ったら、『あっやっべ聞こえてたかも』と声が漏れてきた直後、通信をブチ切られた様に自分の張りつめた緊張が解けていった。ネロが再び強制的にジャミングして切ったのだろう。一瞬だけ『かもじゃねェが!? ぶっ殺すぞテメェ!』だと思われる声が断片的に聞こえたからだ。目の前で片手間にボソボソ自分の陰口をたたいていたら普段温和なシドでも物凄くキレ散らかすだろう。
戦闘中なのに余裕がありすぎる姿に頼もしさもあるが少々危うさもある。ガイウスに、アルテマウェポンに勝てるのだろうか。刀を握り始めて大した時期が経っていないんだ、途中で膝を突いてしまうのではないか。いや彼女が賜った【超える力】が有れば大丈夫。―――なはずと考える内に眉間の皴がより一層深くなったのを感じた。
ふと一瞬だけ城内の電力が落ちる。嫌な予感がした。モニター室のシステムから確認すると地下深い場所に電力を集中させている事が分かる。つまり、と考えた瞬間に彼女のリンクシェルへ繋いだ。先程外から流れて来た情報を渡し、あとはアルテマウェポンを破壊するだけだと伝える。
「いいか、死ぬなよ生きて帰って来るんだ」
アンナの声は聞こえなかった。ノイズが酷すぎて自分の言葉が伝わったかも分からない。シドは祈る事しかできなかった。お膳立ては出来たのだ、あとは彼女の頑張りで世界の行く末が決まる。
ここまで来てしまったらもう自分にやる事はない。シドは一足先にモニター室から離脱し、脱出した。
◆◆◆
―――シドは脱出できたのだろうか。心配になる。
アンナの中ではかろうじて聞こえた『生きて帰って来るんだ』という言葉が反芻していた所にガイウスが降って来た。偉そうに演説し時間稼ぎをしたガイウスをまだ慣れぬ刀でなんとか斬り払い、追いかけた先で目の前に現れたのはアルテマウェポン。自分よりも遥かに大きいものに対して少しだけ怖かったが、吸収していた蛮神は一度倒した相手だ。そう考えると一瞬持った恐怖は薄まってきている。何とか恐ろしい古代兵器から蛮神を引き剥がし、ようやく互角以上に戦えると思った瞬間だった。アシエンが現れ、トンデモない事をしでかす。
ガイウスも知らなかった最終兵器究極魔法アルテマ、空へ放たれた大魔法の威力は絶大だった。一発でプラエトリウムが壊滅する程度の威力を持っている。アンナはハイデリンの加護により何とか無傷だったのだが懸念が生まれた。
『シドは脱出できたのだろうか』
リンクパールに手を当てても何も反応はしない。当たり前だ、通信が途切れると言われていたのだから。ガイウスとラハブレアが何かを言っていたようだがアンナの頭の中には入ってこない。『いや大丈夫。今まで見てきたシドなら引き際位わかってる。でももし万が一失敗してたら』頭の中でずっとグルグルと渦巻き彼女は顔を伏せる。
「しかし、今は! この者らを倒し我に力有りと証明するッ!」
うるさい、キミはシドを大事にしたかったんじゃないのか? ただ一度の拒絶で捨てる程度の存在だったのか?
「どちらが真に『持つ者』なのか決着ををつけようじゃないか冒険者!」
厭だ、力なんていらない。約束を交わした少年を助けられなかった、約束を果たせなかった力なんて、ボクは。
構えた刀に、身体から放出されるナニカが流れ込んでいく様を感じる。"これ"はまさか……いけない、分かっていても自分の中のナニカが『奴らがいないのだから大丈夫だろう。"ボク"達の圧倒的な力ってやつを見せてやろうじゃないか。―――』と囁いた。「シ、ド」とボソとアンナは呟く。小さな言葉は周りの冒険者やガイウス、そしてアンナ本人の耳にも届かないだろう。冷たい体に焔が灯され、過去によく聞いた獣のような唸り声を漏らした。
ここからアンナの記憶は塗りつぶされたかの如く真っ黒になる。はっと気が付くとアルテマウェポンから弾き飛ばされたガイウスが倒れていた―――
◆◆◆
―――心臓がいくつあっても足りなかったさ。あの閃光を見た時、絶望しかけていたしとっととエンタープライズで助けに行ってやりたかった。強く、ただ強く戻ってくるようにと祈る。するとあの人は爆発する中、焼き切れていたはずの魔導アーマーで奔ってきた。サンクレッドの救出も成功し、新たなエオルゼアの英雄、『光の戦士』の誕生である。
アンナはただ笑みを浮かべ、彼らの祝福を受け取っていた。ふとシドと目が合い、お互い笑顔を浮かべ「よかった」と言葉が重なった。
◇
「シド」
「旅人の英雄さんじゃないか」
「英雄は余計よ」
第七星歴の宣言が行われ、数日の時が経った。何となくレヴナンツトールで落ち合い、軽食でもどうだと誘うとあっさりとついてくる。噂で暁の血盟の拠点を引っ越しすると聞いていた。忙しいだろうに、とシドは言うと「それは私の仕事ではないからね」とウィンク付きの返事が返って来た。
「ガイウスとの戦いももう昔の話みたいで不思議な感じがするね」
「そういえばお前ネロの前で陰口叩いた後何があった?」
「第一印象を言っただけだよ? 殺すぞって言いながら私を執拗に狙ってきたの。聞いた方が悪いのに」
「いや戦闘中に他事は失礼だろう。……って待て、刀振り回してたんだよな? 目の前で言ってるしキレられて当然じゃないか」
「うーん……あなたが不安で潰されてないか心配だったから。あなたが悪いかな」
シドは「俺のせいにするな」と言いながら小突いてやると彼女は満面の笑顔で「ごめんごめん」と舌をペロリと出した。プライドが高いネロの事だろう、アンナの小言は相当効いたに違いない。
当時、何を思ったか聞いてみたいと思っていた。しかし死んだ者に直接問いかけ答えてもらう術は確立されていない。いやもしかしたら死んでない可能性もあるか。噂では死体は発見されてないと聞く。どこかで会うかもしれないのが厄介だと今後起こるであろう面倒事に想いを馳せていた。現在も聞けていないから今度聞いてみようと考えている。
「それを言ったら私も心配してたよ? アルテマウェポンがやらかした爆発の時、脱出できてたのかなって」
「お前と連絡取れなくなった地点で役目は終わりだと思って脱出した。心配かけちまったみたいだな」
「そっか。怪我、無くてよかった」
どうやら自分の身よりも他人の方が心配だったらしい。どこまでも英雄にふさわしい考え方を持っているようだが、裏を返すと自分の限界を知らない危うさも存在するという事。その証拠として魔導アーマーで生還し、祝福の喜びを受けた後操縦席で突っ伏して眠ってしまったのである。
彼女を取り巻いていた人間全員が慌てていた所、寝息が聞こえるや否や皆溜息を吐いた後笑顔を浮かべていた。実は安心した顔で眠ったアンナを見たのが初めてであり、シドも含めて安心してもらえたのが何よりも嬉しかったのだから。
「これからどうする?」
「蛮神問題を片付けたらまた旅に出たいかな」
「お前は旅人だから言うと思ったぜ。でも英雄さんをあっさり自由にさせてくれるのか?」
「―――頑張ったのは暁の皆だからなんとかなるんじゃない? 私はただの旅人だからね」
「あー……そんな事より、案内したい所があるから落ち着いた時にまた連絡が欲しい」
彼女の口癖を聞きながらリンクシェルにシド直通の連絡先を追加してやる。ついでに直通のリンクパールも渡した。本能的に今渡さないと二度とチャンスが来ないと思ったからだ。アンナは笑顔で受け取った後、「どこに?」と聞いた。
「決まってるだろ? ガーロンド・アイアンワークス社だ」
「ホーそれは楽しみにしとこうかな」
2人の笑い声が重なった。楽しみが増えた、と言いながらお互い別れる。彼女が興味を持つ存在を定期的に与えることが出来れば。しっかりと彼女の力を求めればもうしばらくエオルゼアに残ってくれるだろうと確信していた。しかしその前に会長代理として任せていたジェシーの説教の続きと積まれた仕事を片付けないと。
―――まあその後すぐにクリスタルタワーの案件で再会するのだが。しかしガーロンド社に連れて行く事に対して楽しみと答えたのも今思えば当然じゃないか! 浮かれていた自分を本当に責めたいと何度も思ったさ。
#シド光♀
新生2.0振り返り要素有り。シド少年時代捏造。
―――俺が彼女に惚れていた事を自覚したのはいつ頃だろうか。
ガレマルド出身であるシドは故郷からエオルゼアに亡命し、ガーロンド・アイアンワークス社を興した。しかし、第七霊災で起こった事故でシドは記憶を無くしウルダハの教会で何も分からぬまま隠れて暮らすことになる。
ガレアンの証である第三の眼によって差別する者もいれば神父であるイリュドみたいに傷が癒えるまで匿ってくれる存在もいた。マルケズと名付けられ、墓守として生活を送っていた時に出会ったのが後のエオルゼアの英雄と呼ばれることになる、アンナ・サリス。頼まれごとで不在の間に暁の血盟の拠点であった砂の家をガレマールの軍人によって襲撃された。一時の避難場所として協力者がいる教会に行けと言われたと口を開く。「私は旅人。お世話になってた場所が、襲撃されて。ここに行け、と言われたの」と淡々と抑揚なく語る姿がまるで作り物みたいな不気味な人で。これがアンナを目の前にして抱いた第一印象である。
後に「帝国が自分を認知して襲ってきた目的が理解出来ず、冷静を装ってただけ」と舌をペロリと出しながら話してくれた。―――確か彼女がやって来た3日目の夜の姿で印象が変わったんだっけな、と思い出す。
◇
夜も更けた頃、マルケズはふと外の物音に反応する。慎重に教会の扉を開き外を覗くと墓の横に座り込み空を見上げる黒髪のヴィエラが見えた。
出会った頃の2人は日中は頼み事以外一切会話をせず、彼女もふらりと出て行っては帰って来るを繰り返していた。教会の人間も含め、新しく転がり込んできた女性は笑顔で応対はしてくれる。だが、どこか仮面みたいな―――マルケズにも負けない不気味な人だと囁かれていた。
しかしオルセンは以前助けてもらった事があるようで『アンナさんは正義感が強い素敵な方です』と言っていたのだが。実はその時には既に顔を合わせてはいたらしい。しかしお互い印象に残っていなかった。
「何を、している」
「―――星を見ているの」
虚ろな目でマルケズを見上げたアンナは一切表情を変えなかった。しかしマルケズは見逃さなかった。平静を装いながらも震え揺れるアンナの宝石みたいな赤い瞳を。少しだけ離れて彼女の隣に座り、同じく空を見上げた。
綺麗な星空だった。街頭1つない真っ暗な場所で見る星はますます光り輝いていると感じた。墓場である事を覗けばロマンチックだと言えるだろう。ふと彼女は「暗闇は、嫌い」と吐き捨てた。
「なぜだ?」
「真実を隠し、私を狂わせるから」
「俺は好きだ。落ち着くんだ」
マルケズにとっての暗闇は隠れていれば自分の不安を包み込み、少しだけ気が楽になっていた。軽くため息を吐く音が聞こえたので彼女の方を見ると両膝に顔を埋め、少し震えていた。慌てながら「だ、大丈夫か?」と背中を優しくさすってやると「大丈夫」と弱弱しい声が聞こえた。そして突然顔を上げ彼の方に向くと真剣な目で言ったのだ。「あと迷子になる」、と。
予想もしなかった言葉に目が点になったのを覚えている。教会の廊下を思い出すと先程夜も更けたからと消灯していた。
「まさかと思うが自室が分からないのか?」
「……はい。って笑う所あった?」
「す、すまない。短い通路で迷われるとは思わなくて」
「むぅ失礼なヒトね。違う部屋を開けたら失礼かもしれないっていう配慮だよ。でもまあ……笑えるんだ、よかった」
首をかしげるとアンナはクスクスと笑いながら言葉を続ける。
「何かトラウマで笑えないのかなって」
「その、俺はただ―――」
いつの間にか彼女への恐怖心が消えてしまっていたマルケズの心を見透かされたのだろうか。それとも知る気が無かったのかアンナはふと何か思い立ったのか立ち上がる。「さ、誰かに見られたくないでしょ?」と言いながら手を差し伸ばした。マルケズは何も考えずその手を握ると、アンナは軽く息を吸った後片手で引っ張り上げる。
細い見た目に反して大男を軽く引き上げるほど力強いのはさすが冒険者と呼ばれる存在で。普通の屈強な冒険者と違う所と言えばふわりと漂うフローラルな香りだろうか。これまで見えもしなかった作り物ではない女性の部分が垣間見えた瞬間に少しうろたえる。
感情を悟られないよう「次はちゃんと部屋の場所覚えるんだ」とからかった。が、当の彼女はその言葉を無視しながら細い指で彼の手を触ったり指を動かしている。突然の行為に「な、何をしている?」と聞くとアンナは優しい声で答えた。
「技術者の手」
「そう、か?」
「数日観察の結果、ね。今触ってみて確信した。大きくて、しっかりとしてて私は嫌いじゃないな」
目を見開くマルケズを見たアンナは「明日に支障が出るよ? あなたがね」と言いながら教会の中へと消えて行く。追いかけるようにマルケズも教会に戻り、扉を閉めた。彼は顔を見せないようそっぽを向き彼女の部屋へ案内しながら赤くなった顔をローブで隠すのに手一杯だった。視線を感じていなかった事も無いのだが不愛想だった自分を観察し続けていた事にも驚いたし、『笑えるんだ』とは自分も投げつけたい言葉であった。初めて見た彼女の優しく自然で、綺麗なヒトの笑顔だった。
自室に戻り、ハンマーと傍に置いていた金属に手を伸ばす。もう部屋に戻れないからと野宿はさせない、そう想いながら一晩打ち付け形作った。
―――思えばこの地点で俺は焔を宿した宝石の如く赤い瞳に射止められた愚かな獣になっていたのかもしれない。
◇
アルフィノによって外の世界に連れ出され、エンタープライズ号で自分がシドである事の記憶を取り戻した日。アンナからのシドを見る目が変わったのを今でも覚えている。
星を見上げた夜以降、アンナは何かに安心したのか少しだけ笑顔を取り戻した。そして積極的に教会の手伝いや料理を振舞ってもらえるようになった。彼女は教会のご飯だけでは足りなかったので郊外で狩った動物と採取した物で自給自足しながら怪しい奴がいないか巡回していたらしい。マルケズに「遠慮せずに食べて。あなたデカいんだから」と分厚い肉を押し付けられたのは平和になった今でも覚えている。
教会の人間も彼女の姿に安堵し、次第に打ち解けていく姿が嬉しかった。しかし、昨日まで沈んだ顔をしていながらも神父のかわりに用件を聞く自分を頼り合っていた、つもりで。そんな彼女の周りに人が集まり近付きにくくなったのはどこか少し寂しい感情もあった。
そんな中アルフィノが現れ、2人を外へ連れ出す。教会に身を寄せる人間たちに大層惜しまれつつエンタープライズ号を探す旅が始まったのはマルケズ、いやシドにとって嬉しい話でもあった。『もっと彼女を知る事ができる』、『自分が何者か分かる時が来たのだ』と。確かに知ろうとする行為は怖かった。しかし祖父の遺志を継ぎ立派でいようとする青年と、ミステリアスで強い冒険者の彼女がいれば大丈夫だろうと確信していた。
そう、当時のシドにとってのアンナはミステリアスでクールだと感じていたのだ。実は『とんでもない猫かぶり』だったわけだが、真実を知るのは相当後の事になる。
飛空艇で大空を翔る中、シドは記憶の一部を取り戻す。清々しい気分だった。ただ、当時の自分の元へ行けるなら、ついでに赤髪のヴィエラとの約束も一字一句間違えずに思い出せと本気で殴りたいと未だに思っている。
なんとアンナは【超える力】でシドの過去を覗き見た時に彼が『約束』を交わした少年だったと気が付いていたらしい。あの時の言葉はそういう意味だったのかと時間が経った今でも歯ぎしりしたくなる。
「綺麗な星空ね」
「よく見えるだろ?」
ガルーダの元へと向かう夜、星空を見上げるアンナを苦笑しながら見つめた。アルフィノはアンナに「明日決戦なんだからちゃんと寝て。背伸びないよ?」と言われ文句を言いながらも彼女が持っていたマントに包まれ目を閉じていた。
アンナは飛空艇から身を乗り出して空を見上げている。「危ないぞ」と彼女の肩に手を置き引っ張った。彼女は「うん最高」と言いながら満面の笑顔を浮かべている。
「エオルゼアに来るまで飛空艇に乗った事はなくて」
「意外だな。旅人なんだから普通に飛空艇や船で移動しているのかと」
「私が乗る船はよく沈んでたから」
ずっと運が悪かったみたい、と言いながら相変わらず星空を目で追いかけているようだ。
「俺の飛空艇まで沈めてくれるなよ?」
「もー、エオルゼアに来てからは一度も沈めてないし」
イタズラっぽく言ってやると初めてシドの方を向き頬を膨らます柘榴石色の瞳と目が合う。「あ……」と声が漏れる。ここでシドは普通に冗談言い合っていた相手が女性だった事を思い出した。彼女の肩に置いたままだった手を「す、すまん!」と言いながら引っ込めた。きょとんとしている顔から踵を返し、「お前も寝た方がいいだろう。何せ明日決戦なんだからな?」と言ってやると「あなたの方が寝た方がいい」と返されながら腕を掴まれた。
「自動的に操縦するとか出来ない? 見張っておくから先に寝ときなよ。不安」
「俺は別に1日位は寝なくても大丈夫だ。それよりずっと走り回って疲れてるアンナが寝るべきだろう」
「私も長旅は慣れてるから」
「いやいや」
「休んで」
2人で譲り合うかの如く言い合っていると「ならば2人とも私に任せて眠ってくれないだろうか?」といつの間にか起き上がっていたアルフィノに言われ2人は顔を見合わせ笑い合うのであった。
「『あなたの飛空艇』に乗れて、よかった」
と言いながらアンナは立ったまま操縦桿に乗りかかり目を閉じた。「おい」と声をかけると「30分寝るから」と答えが返って来る。
「アンナ、あなたは立ったまま眠れるのか?」
「長い間旅に出てたから。もう一種の特技って感じ。一番落ち着くの」
「せめて座ってくれ。見てるこっちが休まらんからな」
「ああ頼むよ、アンナ」
しょうがないなあと口を尖らせながらもアルフィノから返されたマントを膝に置いた。「ほらシドも」と言いながら膝をポンポン叩いている。
「お、俺は向こうで寝るから大丈夫だ」
「そっか。じゃ、アルフィノ来る? 膝、いいよ」
「あー私も遠慮しておこう」
男2人の返答にただ一言「知ってる」と答えたまま目を閉じている。眠っているかは一切見分けがつかない。2人は顔を見合わせる。アルフィノの方は顔が少し赤くなっていた。
「断ると分かっててわざと言いやがったのか? いやまさか」
「彼女は……なかなかクセがあるみたいだね。どうだいシド、隣で寝てもいいんじゃないか? 絵でも描いてあげるよ」
「魅力的な誘いだがさすがに断るからな」
―――この時の俺は『あなたの飛空艇』と強調していた意味が分からなかった。今思うと答えを言われていたに等しい行為だった。
◇
ガルーダとの戦いで初めてシドはアンナの戦いを見る事になる。この時の彼女は両手杖を掲げる癒し手としての戦い方だった。動物を狩る時は弓、人前で戦う時は基本的に人を癒す事に徹しているらしい。「まだ駆け出しだから」と言いながらこまめに回復する姿は、確かに不敵な笑みを浮かべた冒険者のモノとは程遠い練度だった。
ガルーダとの戦闘が終わり、最終的にアンナの勝利で終わる。光の加護により蛮神によるテンパード化を防ぐ―――まさにエオルゼア軍の奥の手。確かに【超える力】を持ち戦いも出来る彼女にかかれば蛮神問題も解決できるだろうと安堵していた時、ガイウスが俺の目の前に現れた。
軍団長であるガイウスの圧倒的力を持つ存在と、実戦投入された最終兵器アルテマウェポン。蛮神を喰らい、力とする存在を目の前に俺たちは一時撤退の4文字しか選択肢がなかった。ふと「あれが、漆黒の王狼……」と低く無機質な声が聞こえてくる。アンナの声、だったと思う。英雄になるだろう冒険者を失うまいと必死にエンタープライズ号を操舵するシドに確認する術は存在しなかった。
古代兵器の再始動を目の当たりにした3人はこれからの事を話し合う。まずはミンフィリア達の救出。アルテマウェポン破壊、そしてエオルゼアからガレマール帝国を撤退させる。「やる事、たくさんだね」とアンナは呟いていた。考えていても埒が明かないのでとりあえず『希望を光を再び灯すために砂の家に行くか』と結論を出し、ベスパーベイへ。襲撃を逃れていた暁の血盟のイダ、そしてヤ・シュトラと再会するのであった。
イダとアルフィノは目を閉じ、一時の休息を取っていた。シドはアンナに「一番疲れているのはお前だ」と楽にするよう促した。
「そんな事言われたの成人前位だなって」
「何言ってるんだお前は十分若者の範囲内だろ」
「ホー。じゃああなたは何歳なの?」
「34。お前は?」
アンナはクスクスと笑いながらさぁね、と言った。「あまり人と関わらないように旅をしていた時期があってね。何年彷徨ってたか分からないの」と呟く姿は少し寂しそうに見えた。かける言葉が頭から浮かばない。フリーズしてる様を見て彼女は人差し指を突き立て言い切った。
「ちゃんと性別は女性と分かってから旅を始めたし、それから云年経って、アンナと名乗って5年だから……26位かな?」
明らかに嘘なのはその辺にある石ころでも分かるだろう。しかし彼女の精神性と、思ったよりも気さくに話が出来そうな雰囲気から自分と同じ年位だろうと思っておく事にした。―――後にウチの社員になる彼女の兄によるとシドよりも50は上らしい。計算がざっくりとしすぎているな、と赤色の髪の男と苦笑しながら酒を飲み交わした。
◇
次に印象のある出来事と言えば魔導アーマーを鹵獲して修理した時の話だろうか。再び少し沈んだ表情をしながら当時偶然弓を持っていたアンナの隣で戦った。戦闘を重ねるごとに少しだけ笑顔になっていくのが少し怖かったのだがここでは置いておく。
「カストルム・セントリに潜入してミンフィリアを助け出すぞ!」と言った時のアンナの不敵な笑みが何よりもシドにとっての活力となったのだ。人の事はあまり言えないなと当の本人は苦笑しながらも隣に立てるのが何よりも嬉しい。アンナはどう思っていたのだろうか。何度か思い出した時に聞いているが照れくさいのか答えてくれない。
「お世話になっている人たちだし。助けるのは当然の話だよ」
旅人だとよく強調するクセになぜ自分や暁の血盟の人らに肩入れしてくれているのかと聞いたのもこの時だった。レヴナンツトールの整備用拠点で魔導アーマーを見上げながら話をしていたのを覚えている。
「私はね、自分を優しくしてくれた人と約束は守る事にしてるの」
「これまた大きく出たな」
「実はアルフィノとはね―――」
話を聞くとアルフィノとの出会いが彼女の冒険者生活スタートのきっかけだったらしい。蛮族に囲まれていたアルフィノとアリゼーを助けたお礼にグリダニア行のチョコボキャリッジに乗せてもらったのだと。アルフィノが暁の血盟の人間だと知ったのはつい最近で。奇妙な縁だな、と思いながら付いてきてるんだ、と苦笑を浮かべながら喋る姿は少しだけ新鮮に思えた。
思えば彼女の過去をこの時まで聞いた事が無かった。シドの過去の一部は【超える力】で視られてしまっていたのにアンナの歩いてきた軌跡は一切見る事が出来ていない。だから少しだけ遠慮がちに話をする彼女が"新鮮だ"と表現できた。
「元々冒険者になろうとは思ってなかったよ。けど、エオルゼアで動くなら色々と便利かなって思ってね。人助けも好きだしやっちゃえと走り回ってたらいつの間にか暁の人らと行動してたの」
「なかなか飛躍した面白い動機じゃないか。ところで冒険者になる前はどこを旅して」
「あ、カエル食に興味ない? レヴナンツトールのすぐ外にいるやつの肉を食べられないか少し頑張ってみたんだけど」
露骨に話題を逸らしていた。そしてニクス肉の料理は丁重に断った。未来の俺からしたら『約束』という言葉を使っていたのに何も疑問に浮かばなかった自分を蹴飛ばしたい―――
◇
アンナというエオルゼアの英雄が誕生するまでに外せない出来事と言えばやはり魔導城プラエトリウムでの活躍だろう。シドも魔導アーマーで援護してカストルム・メリディアヌムを制圧。そしてエンタープライズ号で空からの侵入を果たしたシドとアンナ達冒険者はガイウスと対峙する。
そういえば作戦【マーチ・オブ・アルコンズ】が始動して間もない時に初めて彼女が刀を持つ姿を見た。珍しい武器を持っていたので聞くと偶然出会ったムソウサイと名乗る侍の弟子になったんだと語る。
「仮にもヴィエラの集落生まれだからね。出身はオサードの方だから刀は見た事あったの。ウルダハで見かけて懐かしくなって」
雷を受けたような衝撃を受けた。舌をペロリと出しながら愛しげに鍔の辺りを撫でる姿に少しだけ、ほんの少しだけ決して表に出せない一つの感情を刺激する。今は作戦中だと自分に言い聞かせすぐに引っ込めたのだが―――少し席を外す時間があったら少々危なかったかもしれない。
そんな姿を見てからだったのだろうか、彼女の戦う姿に対してそそる様になったのは。魔導アーマーを操りながらふと交戦中の彼女に目をやると、ニィと歯を見せた笑顔で帝国兵と斬り合っていた姿が印象的で、世界が違う人間だと今でも思っている。自分のように後方支援を行う姿よりやはり正面切って刀で一閃する方が似合っているし、何よりシド自身の欲情が刺激されていった。
それは文字通り最後の"希望"が自分の隣に立ち、返り血を浴びながら自分を護りながら斬り捨て、他人とは少しだけ違う笑顔を向けてくる。その姿にゾクリと背筋が凍るような未知の感覚が襲い掛かっていたのだ。思えばよくこの頃に想いを自覚できてなかったなと自らの鈍感さに少々嫌気がさす。
閑話休題。魔導城ではシドが捨てた故郷の者達が語りかけて来た。ある者は友の息子であった自分に期待を裏切られてもなお再び傍に置いてやろうとした男。またある者は伝説とされてしまった自分に焼け焦げながら劣情をぶつけて来た幼馴染と呼べる男だった。
そう、坊ちゃんとして育った自分が考えもしなかった感情たちが襲い掛かる。そんなまるで郷愁とぶつけられた一種の劣等感により闇へと落とされていく葛藤を赤い閃光は全て斬り払った。ガイウスの誘いも即断り、現れる敵は躊躇なく斬り捨てていく。
現在もだが味方としていてくれて心から助かった。当のアンナは「顔見えてたら危なかったかもね。あなたほどじゃないけどナイスヒゲだし」と後に語る。冗談だよな? と聞いたが目は笑っていなかった。―――本当に味方でよかった。
「シドは別に亡命して後悔してないんでしょう?」
「勿論だ。ガイウスに引導を渡してやる、頼んだぞ」
「ええ、それでいい。あんな奴といると『自由』に手を伸ばせないよ。そのために全部護ってあげるから」
「俺が世界を、と言ったら護ってくれるのか?」
「ホー……あなたが思うのなら。でも今は違うでしょう?」
アンナはシドを勇気づけるが如く語りかけながら頭をポンと撫でてやりエレベーターに消えて行った。アンナの方が背が高いので撫でる行為は容易である。行為を受けたシドといえば少し恥ずかしい気持ちで溢れかえっていたのだが。
ネロとの会話後―――アレはほぼ一方的な感情の吐露だったが、アンナは戦いながらシドへリンクシェル通信を再び繋いでいた。『大丈夫』『私は、知ってる』『ネロとかいう、趣味悪い赤の、自称天才プライド高すぎ鎧野郎よりさ、あなたの方が数段強いから。ね?』なんて息一つ乱さず囁くような声を聞かせる。と思ったら、『あっやっべ聞こえてたかも』と声が漏れてきた直後、通信をブチ切られた様に自分の張りつめた緊張が解けていった。ネロが再び強制的にジャミングして切ったのだろう。一瞬だけ『かもじゃねェが!? ぶっ殺すぞテメェ!』だと思われる声が断片的に聞こえたからだ。目の前で片手間にボソボソ自分の陰口をたたいていたら普段温和なシドでも物凄くキレ散らかすだろう。
戦闘中なのに余裕がありすぎる姿に頼もしさもあるが少々危うさもある。ガイウスに、アルテマウェポンに勝てるのだろうか。刀を握り始めて大した時期が経っていないんだ、途中で膝を突いてしまうのではないか。いや彼女が賜った【超える力】が有れば大丈夫。―――なはずと考える内に眉間の皴がより一層深くなったのを感じた。
ふと一瞬だけ城内の電力が落ちる。嫌な予感がした。モニター室のシステムから確認すると地下深い場所に電力を集中させている事が分かる。つまり、と考えた瞬間に彼女のリンクシェルへ繋いだ。先程外から流れて来た情報を渡し、あとはアルテマウェポンを破壊するだけだと伝える。
「いいか、死ぬなよ生きて帰って来るんだ」
アンナの声は聞こえなかった。ノイズが酷すぎて自分の言葉が伝わったかも分からない。シドは祈る事しかできなかった。お膳立ては出来たのだ、あとは彼女の頑張りで世界の行く末が決まる。
ここまで来てしまったらもう自分にやる事はない。シドは一足先にモニター室から離脱し、脱出した。
◆◆◆
―――シドは脱出できたのだろうか。心配になる。
アンナの中ではかろうじて聞こえた『生きて帰って来るんだ』という言葉が反芻していた所にガイウスが降って来た。偉そうに演説し時間稼ぎをしたガイウスをまだ慣れぬ刀でなんとか斬り払い、追いかけた先で目の前に現れたのはアルテマウェポン。自分よりも遥かに大きいものに対して少しだけ怖かったが、吸収していた蛮神は一度倒した相手だ。そう考えると一瞬持った恐怖は薄まってきている。何とか恐ろしい古代兵器から蛮神を引き剥がし、ようやく互角以上に戦えると思った瞬間だった。アシエンが現れ、トンデモない事をしでかす。
ガイウスも知らなかった最終兵器究極魔法アルテマ、空へ放たれた大魔法の威力は絶大だった。一発でプラエトリウムが壊滅する程度の威力を持っている。アンナはハイデリンの加護により何とか無傷だったのだが懸念が生まれた。
『シドは脱出できたのだろうか』
リンクパールに手を当てても何も反応はしない。当たり前だ、通信が途切れると言われていたのだから。ガイウスとラハブレアが何かを言っていたようだがアンナの頭の中には入ってこない。『いや大丈夫。今まで見てきたシドなら引き際位わかってる。でももし万が一失敗してたら』頭の中でずっとグルグルと渦巻き彼女は顔を伏せる。
「しかし、今は! この者らを倒し我に力有りと証明するッ!」
うるさい、キミはシドを大事にしたかったんじゃないのか? ただ一度の拒絶で捨てる程度の存在だったのか?
「どちらが真に『持つ者』なのか決着ををつけようじゃないか冒険者!」
厭だ、力なんていらない。約束を交わした少年を助けられなかった、約束を果たせなかった力なんて、ボクは。
構えた刀に、身体から放出されるナニカが流れ込んでいく様を感じる。"これ"はまさか……いけない、分かっていても自分の中のナニカが『奴らがいないのだから大丈夫だろう。"ボク"達の圧倒的な力ってやつを見せてやろうじゃないか。―――』と囁いた。「シ、ド」とボソとアンナは呟く。小さな言葉は周りの冒険者やガイウス、そしてアンナ本人の耳にも届かないだろう。冷たい体に焔が灯され、過去によく聞いた獣のような唸り声を漏らした。
ここからアンナの記憶は塗りつぶされたかの如く真っ黒になる。はっと気が付くとアルテマウェポンから弾き飛ばされたガイウスが倒れていた―――
◆◆◆
―――心臓がいくつあっても足りなかったさ。あの閃光を見た時、絶望しかけていたしとっととエンタープライズで助けに行ってやりたかった。強く、ただ強く戻ってくるようにと祈る。するとあの人は爆発する中、焼き切れていたはずの魔導アーマーで奔ってきた。サンクレッドの救出も成功し、新たなエオルゼアの英雄、『光の戦士』の誕生である。
アンナはただ笑みを浮かべ、彼らの祝福を受け取っていた。ふとシドと目が合い、お互い笑顔を浮かべ「よかった」と言葉が重なった。
◇
「シド」
「旅人の英雄さんじゃないか」
「英雄は余計よ」
第七星歴の宣言が行われ、数日の時が経った。何となくレヴナンツトールで落ち合い、軽食でもどうだと誘うとあっさりとついてくる。噂で暁の血盟の拠点を引っ越しすると聞いていた。忙しいだろうに、とシドは言うと「それは私の仕事ではないからね」とウィンク付きの返事が返って来た。
「ガイウスとの戦いももう昔の話みたいで不思議な感じがするね」
「そういえばお前ネロの前で陰口叩いた後何があった?」
「第一印象を言っただけだよ? 殺すぞって言いながら私を執拗に狙ってきたの。聞いた方が悪いのに」
「いや戦闘中に他事は失礼だろう。……って待て、刀振り回してたんだよな? 目の前で言ってるしキレられて当然じゃないか」
「うーん……あなたが不安で潰されてないか心配だったから。あなたが悪いかな」
シドは「俺のせいにするな」と言いながら小突いてやると彼女は満面の笑顔で「ごめんごめん」と舌をペロリと出した。プライドが高いネロの事だろう、アンナの小言は相当効いたに違いない。
当時、何を思ったか聞いてみたいと思っていた。しかし死んだ者に直接問いかけ答えてもらう術は確立されていない。いやもしかしたら死んでない可能性もあるか。噂では死体は発見されてないと聞く。どこかで会うかもしれないのが厄介だと今後起こるであろう面倒事に想いを馳せていた。現在も聞けていないから今度聞いてみようと考えている。
「それを言ったら私も心配してたよ? アルテマウェポンがやらかした爆発の時、脱出できてたのかなって」
「お前と連絡取れなくなった地点で役目は終わりだと思って脱出した。心配かけちまったみたいだな」
「そっか。怪我、無くてよかった」
どうやら自分の身よりも他人の方が心配だったらしい。どこまでも英雄にふさわしい考え方を持っているようだが、裏を返すと自分の限界を知らない危うさも存在するという事。その証拠として魔導アーマーで生還し、祝福の喜びを受けた後操縦席で突っ伏して眠ってしまったのである。
彼女を取り巻いていた人間全員が慌てていた所、寝息が聞こえるや否や皆溜息を吐いた後笑顔を浮かべていた。実は安心した顔で眠ったアンナを見たのが初めてであり、シドも含めて安心してもらえたのが何よりも嬉しかったのだから。
「これからどうする?」
「蛮神問題を片付けたらまた旅に出たいかな」
「お前は旅人だから言うと思ったぜ。でも英雄さんをあっさり自由にさせてくれるのか?」
「―――頑張ったのは暁の皆だからなんとかなるんじゃない? 私はただの旅人だからね」
「あー……そんな事より、案内したい所があるから落ち着いた時にまた連絡が欲しい」
彼女の口癖を聞きながらリンクシェルにシド直通の連絡先を追加してやる。ついでに直通のリンクパールも渡した。本能的に今渡さないと二度とチャンスが来ないと思ったからだ。アンナは笑顔で受け取った後、「どこに?」と聞いた。
「決まってるだろ? ガーロンド・アイアンワークス社だ」
「ホーそれは楽しみにしとこうかな」
2人の笑い声が重なった。楽しみが増えた、と言いながらお互い別れる。彼女が興味を持つ存在を定期的に与えることが出来れば。しっかりと彼女の力を求めればもうしばらくエオルゼアに残ってくれるだろうと確信していた。しかしその前に会長代理として任せていたジェシーの説教の続きと積まれた仕事を片付けないと。
―――まあその後すぐにクリスタルタワーの案件で再会するのだが。しかしガーロンド社に連れて行く事に対して楽しみと答えたのも今思えば当然じゃないか! 浮かれていた自分を本当に責めたいと何度も思ったさ。
#シド光♀
旅人は過去を視る
注意
ガルーダ討伐前のおはなし。シド少年時代捏造。
―――ボクが身につけてしまった力は正直に言うと旅をするうえで邪魔な代物。だけど、旅の中で見つけた星は心の奥底では求めていた縛り付けられるための【希望】だったかもしれない。
視てしまった。何をって? 決まってるでしょう、人の過去です。第七霊災と呼ばれる星降る夜を見届けた数年後。アルフィノ、アリゼーという双子のかわいい子達に連れられてグリダニアに向かう道の途中でだ。変な声を聞いてからボクは人の過去を視る【超える力】というものを手にしたことを自覚する。口頭説明だけでなく過去を見ることで状況を把握しやすくなったのはいいこと。しかし一々眩暈が伴うのは勘弁してほしかった。いや、眩暈以外ではリスクなしで蛮神による洗脳? を無効化するという効果も一緒に渡されたと考えればお得なものだったかもしれない。
閑話休題。今回視た対象は一味違う。突然協力関係になった組織【暁の血盟】の拠点である砂の家をあの男が興したガレマール帝国の者達に襲撃された。意味も分からぬまま協力者がいるというウルダハのキャンプ・ドライボーン郊外にある教会に転がり込んだ。正直な話自分が『バレた』のかと思って怯えていたがどうやら蛮神殺しとなった自分が鬱陶しかったらしい。紛らわしいことをしやがって……ではなく命拾いした。慣れない武器で走り回る自分はあくまでもちょっと超える力なんて得てしまったひよっこ冒険者なのだ。襲われないに越した事はない。
その後聖アダマ・ランダマ教会という場所で記憶を失っていた墓守の男マルケズに出会う。不思議な雰囲気を醸し出す白い人だった。手先が器用で、無意識だが魔導機械を修理できる程度の知識がある。帝国の目的が分かるまで少々怯えていた自分を慰めてくれた"お人好し"だった。こりゃあの国の偉い技師かそれに近しいやつだったのかなあとぼんやりと考えていた。その正体はガルーダ討滅のためアルフィノ少年が探している飛空艇エンタープライズ号を作り、エオルゼアの魔導技術を一気に発展させた帝国からの亡命者シド・ガーロンド。彼が大空を翔るエンタープライズ号で取り戻した記憶を、隣でのぞいてしまった。
結論を言うと"内なる存在"と話をした【あの少年】だった。寒空の夜、偶然自分の目の前に現れた偉大な父の背中と技術を夢見る可愛らしい白色の髪のあの子だ。
◇
「俺、絶対にお兄さんに凄い飛空艇を見せるんだ」
「ホー、そりゃ楽しみだ。でも迷子になる"ボク"を見つけることはできるかな?」
「空からならきっと見つかるって! そしてお兄さんを目的地へすぐに連れて行けるじゃないか」
「ホーそりゃいい夢だ」
もう来たくなかったあの寒空の中、このままだと凍死か捕まってゲームオーバーかと諦めた所に温かい飲み物を持って来てくれた。自分の事は男だと思っていたのだろう、お兄さんと呼ぶ所は育ちがいい子なんだなあと思うくらいで。"ボク"と彼は名乗り合わず、ただの【旅人と少年】として出会い、少しだけ話をした。お互いの故郷の話、ボクは迷子クセがあるいう話、彼の家の話、そして若き少年である彼の将来の話。
「じゃあ次はキミから全力で逃げてみようかな」
「次?」
「"ボク"を捕まえてごらん」
「っ!?」
あの頃のボクは同じ人間には会わない旅人と決めていたはずなのにな。あまりにも面白かったし、朧げな意識の中初めての純粋な優しさが嬉しかったという感情が"内なる存在"にも伝わり、つい手の甲に口付けを送りながらこう言いやがったのだ。
「期限はそうだね……キミがお髭がとっても似合う人になるまで、かな? 翼であるキミの飛空艇たちを守る刃になってあげよう。おっと飛空艇たち、というのは簡単だよ? あんな大きな船をキミ1人で作れるわけないだろう? 全部守ってあげる。こう見えて"ボク"はすっごく強いからね」
「俺が翼で、お兄さんが刃」
「道教えてくれてありがと。あと入学おめでとう。学校、がんばれ」
「ありが……って道違う! 逆! 迷子何とかしたいなら方向覚えなよ!」
◇
嗚呼懐かしい。あの少年がこんなにもヒゲの似合う男になってしまったのか。これまで流れた時間ってあまり気にした事はなかったが残酷である。そして彼の運の良さにボクは恐怖を覚えたよ。
いろいろあったんだなあ。ボクよりも短い時しか生きてないくせに濃縮されてる人生送ってるね、キミ。だからかな? あの寒空の夜を覚えてないみたいだね。いい事だ。ボクとしては捕まりたくないからそっちの方が都合がいいんだよね。そりゃあ少しだけ寂しいけどさ。
「アンナ、大丈夫か?」
「ん……大丈夫だよ」
「ははっ旅人さんは乗り物酔いでもしたか?」
「飛空艇、乗り慣れてないからそうかもしれないの」
とりあえずキミ達との出会いという幸運に感謝して、蛮神殴ってガレマール帝国の野望を阻止してあげよう。ボクはヴィエラ、時間はたっぷりある。これが終わったら、また広い世界を旅すればいい。
ボクはアンナ・サリス。何にも縛られない、何者でもないただの無名な旅人さ。どうせキミ達の方が先に死ぬんでしょ? 誰もボクに構わないでよ―――。
#シド光♀
ガルーダ討伐前のおはなし。シド少年時代捏造。
―――ボクが身につけてしまった力は正直に言うと旅をするうえで邪魔な代物。だけど、旅の中で見つけた星は心の奥底では求めていた縛り付けられるための【希望】だったかもしれない。
視てしまった。何をって? 決まってるでしょう、人の過去です。第七霊災と呼ばれる星降る夜を見届けた数年後。アルフィノ、アリゼーという双子のかわいい子達に連れられてグリダニアに向かう道の途中でだ。変な声を聞いてからボクは人の過去を視る【超える力】というものを手にしたことを自覚する。口頭説明だけでなく過去を見ることで状況を把握しやすくなったのはいいこと。しかし一々眩暈が伴うのは勘弁してほしかった。いや、眩暈以外ではリスクなしで蛮神による洗脳? を無効化するという効果も一緒に渡されたと考えればお得なものだったかもしれない。
閑話休題。今回視た対象は一味違う。突然協力関係になった組織【暁の血盟】の拠点である砂の家をあの男が興したガレマール帝国の者達に襲撃された。意味も分からぬまま協力者がいるというウルダハのキャンプ・ドライボーン郊外にある教会に転がり込んだ。正直な話自分が『バレた』のかと思って怯えていたがどうやら蛮神殺しとなった自分が鬱陶しかったらしい。紛らわしいことをしやがって……ではなく命拾いした。慣れない武器で走り回る自分はあくまでもちょっと超える力なんて得てしまったひよっこ冒険者なのだ。襲われないに越した事はない。
その後聖アダマ・ランダマ教会という場所で記憶を失っていた墓守の男マルケズに出会う。不思議な雰囲気を醸し出す白い人だった。手先が器用で、無意識だが魔導機械を修理できる程度の知識がある。帝国の目的が分かるまで少々怯えていた自分を慰めてくれた"お人好し"だった。こりゃあの国の偉い技師かそれに近しいやつだったのかなあとぼんやりと考えていた。その正体はガルーダ討滅のためアルフィノ少年が探している飛空艇エンタープライズ号を作り、エオルゼアの魔導技術を一気に発展させた帝国からの亡命者シド・ガーロンド。彼が大空を翔るエンタープライズ号で取り戻した記憶を、隣でのぞいてしまった。
結論を言うと"内なる存在"と話をした【あの少年】だった。寒空の夜、偶然自分の目の前に現れた偉大な父の背中と技術を夢見る可愛らしい白色の髪のあの子だ。
◇
「俺、絶対にお兄さんに凄い飛空艇を見せるんだ」
「ホー、そりゃ楽しみだ。でも迷子になる"ボク"を見つけることはできるかな?」
「空からならきっと見つかるって! そしてお兄さんを目的地へすぐに連れて行けるじゃないか」
「ホーそりゃいい夢だ」
もう来たくなかったあの寒空の中、このままだと凍死か捕まってゲームオーバーかと諦めた所に温かい飲み物を持って来てくれた。自分の事は男だと思っていたのだろう、お兄さんと呼ぶ所は育ちがいい子なんだなあと思うくらいで。"ボク"と彼は名乗り合わず、ただの【旅人と少年】として出会い、少しだけ話をした。お互いの故郷の話、ボクは迷子クセがあるいう話、彼の家の話、そして若き少年である彼の将来の話。
「じゃあ次はキミから全力で逃げてみようかな」
「次?」
「"ボク"を捕まえてごらん」
「っ!?」
あの頃のボクは同じ人間には会わない旅人と決めていたはずなのにな。あまりにも面白かったし、朧げな意識の中初めての純粋な優しさが嬉しかったという感情が"内なる存在"にも伝わり、つい手の甲に口付けを送りながらこう言いやがったのだ。
「期限はそうだね……キミがお髭がとっても似合う人になるまで、かな? 翼であるキミの飛空艇たちを守る刃になってあげよう。おっと飛空艇たち、というのは簡単だよ? あんな大きな船をキミ1人で作れるわけないだろう? 全部守ってあげる。こう見えて"ボク"はすっごく強いからね」
「俺が翼で、お兄さんが刃」
「道教えてくれてありがと。あと入学おめでとう。学校、がんばれ」
「ありが……って道違う! 逆! 迷子何とかしたいなら方向覚えなよ!」
◇
嗚呼懐かしい。あの少年がこんなにもヒゲの似合う男になってしまったのか。これまで流れた時間ってあまり気にした事はなかったが残酷である。そして彼の運の良さにボクは恐怖を覚えたよ。
いろいろあったんだなあ。ボクよりも短い時しか生きてないくせに濃縮されてる人生送ってるね、キミ。だからかな? あの寒空の夜を覚えてないみたいだね。いい事だ。ボクとしては捕まりたくないからそっちの方が都合がいいんだよね。そりゃあ少しだけ寂しいけどさ。
「アンナ、大丈夫か?」
「ん……大丈夫だよ」
「ははっ旅人さんは乗り物酔いでもしたか?」
「飛空艇、乗り慣れてないからそうかもしれないの」
とりあえずキミ達との出会いという幸運に感謝して、蛮神殴ってガレマール帝国の野望を阻止してあげよう。ボクはヴィエラ、時間はたっぷりある。これが終わったら、また広い世界を旅すればいい。
ボクはアンナ・サリス。何にも縛られない、何者でもないただの無名な旅人さ。どうせキミ達の方が先に死ぬんでしょ? 誰もボクに構わないでよ―――。
#シド光♀
紅蓮LV64メインストーリーの自機。前半シド光♀、後半過去の片鱗が見える感じ
―――負けた。【鮮血の赤兎】なんて呼ばれていた頃から一度もなかった完膚なきまでのボロ負けを喫した。
戦った相手はゼノスと呼ばれる戦いに飢えた男。戦う事しか考えていなかった様はまさに獣と言ってもいい相手だった。一度目は自分を一瞥もせず斬り払い去って行った。次は刀は折ってやったがただのコレクション1本折っただけだ。ヤ・シュトラもリセも護れなかった。更に続けてユウギリらドマの民々と暗殺計画を実行するも失敗。これが今の自分が持てる実力の限界、という事なのだろう。
悔しかった。そして何よりも怖かったのだ。まるで過去の自分を見ているようで。寒空の夜で出会わなかった未来をゼノスで重ねてしまっていた。仲間たちには絶対見せないよう、抑えていた恐怖。リセが安心して眠っていた姿を見た途端にあふれ出し、体の震えが止まらない。勝つための手段はある。そう、【鮮血の赤兎】のごとく恨みを、怒りを刃に込め、目の前の敵全てを斬り捨ててしまえばいい。だが勝つためだけにまた自分も獣にならないとならないのか? 他に道があるはずだ。『命の恩人』が愛した地からガレマール帝国を追い払い、褒めてほしかったのが今回彼らに協力しようと決心したきっかけだったのだから。
不審がるアウラの少女シリナに対し「大丈夫。ちょっと席を外すね」と岩陰に座り込みリンクシェルが入った袋に手を伸ばす。アンナは特に誰かと連絡を取り合う予定がない時はリンクパールを袋にしまっている。理由は簡単で耳の付近に何かあるのが邪魔だと思っていたからだ。しかし今回は完全に無意識だった。袋を開いてみるとパールが弱弱しく光り鳴っている。リンクシェルを確認するとどうやら彼のようだ。ゆっくりと手を添えながらパールを耳に取り付け「もしもし」と呟いた。
『アンナ! よかった生きてたか』
「シドじゃん。どうしたの?」
『どうしたのじゃないだろう! 聞いたぞ。ゼノスに斬られたって』
「情報早い。……ああボロ負けしたよ」
ゼノスと同じガレアン族でありながら祖国に失望しエオルゼアへ亡命したシドだ。白色の髪に貯えたヒゲがなかなか決まっている。彼はどこからともなく自分がゼノスに深手を負われた情報を手に入れたのだろう。ずっと通信を試みていたようだ。実際はちゃんと戦える程度に回復してるしそんなに必死に連絡を試みようとしなくてもよかったのに。
「私はちゃんと生きてる。アイツは強さ以外に興味がないただの獣だった。雑魚には興味ないってさ」
『そうか……』
「大丈夫。死ぬならシドを巻き込まない、絶対届かない場所で死ぬから」
『冗談でもそういう事を言うのはやめてくれ』
やれやれ元気そうだな、と言う声が聞こえる。アンナはようやく少しだけ緊張がゆるんだようで笑みを浮かべる事が出来た。
「ねえシド」
『どうした?』
「もし、もしもの話」
アーマリーチェストに仕舞い込んだ未だ恐怖で平常時はあまり触りたくない槍を思い浮かべる。アレを持つとどうしても心がざわつき、自分のストレスを刃に乗せて斬り払ってしまう。それは幼い頃に命の恩人に教えてもらった必要以上に強い力だ。心強いが【鮮血の赤兎】だった自分を思い出し、手が震えてしまう。
「私がゼノスと同じ獣みたいな存在に堕ちてでも勝つ、と言ったら……どう思う?」
『アンナは負けないさ。獣になんてならない』
シドにとって愚問だったのだろう。即答が返ってくる。私は結構真剣に悩んでいるんだぞ、と言いたくなるが今回は飲み込もう。
『今までどんな困難にも打ち勝ってきただろう。負け慣れてないからって弱気になってたのか?』
「そんな事はない。いや確かに云十年での明確な初黒星だったけど」
『お前の言葉を借りるとゼノスは強さに身を任せた孤独な獣だな。だがお前は1人じゃない。暁やエオルゼア同盟、ドマ、アラミゴの奴らだってお前の味方だ。俺は……お前さえよければ装備の調整をやってやるさ。英雄である旅人のためなら協力は惜しまない。俺を、いや俺たちを信じて欲しい』
「……しょうがないなあ。あなたにそこまで言われるならもう少し模索する。刀を持つ相手には、刀で勝ちたい。ありがとう」
『―――絶対に生きて帰って来るんだ。アンナ』
嗚呼自分はこの言葉が聞きたかったから通信に応じたのだ。先程までの恐怖心はもう消えている。絶対に、皆の元に帰らなくては。
「もちろん。それがあなたの願いなら、ね?」
『何を言ってるんだ。ずっと想ってるさ』
まるで口説くような、いやこの人は絶対に無意識に出てきた言葉だろう。じゃあね、と言いながら通信を切った。
さあまずはゴウセツの所に行ってみよう。少しでも勝率を上げるため、『命の恩人』ならまずは修行だって絶対に言う筈。善は急げ、リンクパールを外し、再び袋に仕舞い込む。
嗚呼お前の言う通り生きながらえてやるよ、哀れな獣め―――
◇
「ゴウセツ、いた」
「アンナ殿ではないか。傷は大丈夫であるか?」
「平気。それよりゴウセツにお願いがある」
シドとの通話の後アンナはヒエンと訓練を行っていたゴウセツの元に走り寄り、握りしめた刀を差しだした。そしてゴウセツに深々と頭を下げ、口を開いた。
「本当に取り込み中ごめんなさいとは思っている。……ゴウセツ、私に稽古を付けてほしい。ゼノスに勝つために」
ヒエンとゴウセツの目が見開かれ、アンナを見つめている。「なにゆえじゃ? おぬしは刀に頼らぬとも十分に武芸の達人に見えるが」とゴウセツは何とか口を開く。
「刀を持つ相手には刀で相対したい。でも今の型にはまった動きでは絶対に、勝てない。少しでも勝率を上げるために協力してもらいたい」
「なかなか興味深い事を言うではないか。ゴウセツ、少々見てやったらどうだ」
「ヒエン様が仰るのであれば……。では場所を変えよう。ヒエン様は少々お休みに―――」
「いやわしも見学させてもらう。エオルゼアの英雄と呼ばれる者の戦い方も間近で見ておきたい」
「そんな……私は英雄じゃないよ。ただ困っていた人を助けただけの無名の旅人」
「無名……」
◇
アンナの刀を交えた時に稀に見せる目付き、そして無名の旅人という言葉、ゴウセツはそれに覚えがあった。このオサード地域で生まれ、エーテルを刀に纏わせどんなものも一閃で斬り捨てる伝説の剣士。―――そう呼ばれながらもある時を境に無名の旅人であろうとした人間。まさか、と思いながらも構え方を変える。
「アンナ殿はこちらの方が性に合っていると思われる」
彼女の目が見開かれる。ゴウセツはその表情で悟った。そうか、かつて病に伏せ年老いた戦友が言っていた唯一の、弟子。エオルゼアに旅へ出した槍を持った赤髪のヴィエラは、彼女の事だったのかと。憧れた者誰一人とも会得出来なかったモノを受け取った唯一の存在が今目の前でドマを救おうと奔走している。
『私はとんでもない罪を犯してしまったようだ。あの子以外、弟子を取らなくてよかったと思っている』
『龍殺しのリンドウとも呼ばれていた方がそのような事を言うのはやめてくだされ! ドマを守るためにもリンドウ殿の知恵を貸していただきとうございまする』
『ならぬ。私ももう長くはない。戦火が降りかからないこの終の棲家で、生涯を終えるのだ』
最後に彼と会ったのは帝国がオサード侵攻が始まった間もない頃。リンドウの身内が住む村から少し離れた山奥に終の棲家となる居を構えた。横に思い出と表現した絵画を飾った齢80を超え老け込んだ彼の弱弱しい姿は未だに覚えている。かつての戦友は何らかの罪悪感に苛まれ、話をしてから5年もせずに亡くなったと聞いた。ドマがガレマールに占領された3年後の出来事になる。誰よりも知識を持ち、誰よりも強く、誰よりも冷酷でありながら奥底に優しさと大義を持ち続けた男は何を知ってしまったのか。
「龍殺しリンドウの剣技、拙者が見たもののみでよければお教えしよう」
「お願い、します」
ゴウセツには戦友のようなエーテル操作は不可能だった。『ちょっとコツがある。感情をな、乗せるんだ』と言っていたが理屈は分かっても実行できるほど簡単なものではない。出来ぬと返せば『まあ言い換えればどんな刀も妖刀に変えてしまうようなものだ。簡単に会得されちゃ困る』と冗談を交じえながら言い切った。自分より一回り年上だったリンドウの表情は決して笑顔を見せなかった。しかし彼の普段の剣術位は覚えている。独特な刀の構え方で相手を翻弄し振り回す。もともと森で暮らすヴィエラである身軽なアンナには彼と同じ立ち回り方が動きやすいだろう。
ヒエンはずっと2人の修行風景を見守っていた。『龍殺しのリンドウ』という名は聞き覚えはあった。かつてドマを震え上がらせた【妖異退治の専門家】でありながら、何らかの出来事を境に名を捨て【無名の旅人】となった変わり者。とはいっても誰もが知る一種の英雄であったため完全に自称であったらしいが。その者が見せた剣術は他の武器を扱うが如く奇妙なものであったと聞く。どんな強さを見せるのかヒエンは期待のまなざしを見せている。頃合いを見たゴウセツは近くにいた魔物に向かって刀を振るってみろという。アンナはニィと笑いながらゴウセツが一度だけ見せた剣技を忠実に再現する。力が抜けた彼女の手から一瞬だけ光が見えた気がした。
―――次の瞬間真っ二つにされた哀れな獣が横たわっていた。
「ゴウセツ、フウガ知ってたんだ」
「遠い昔酒を飲み交わした方でござる。何度か妖異狩りの世話にもなった」
「わしも聞いた事はあるぞ。生まれておらんかった頃の話でほぼ御伽噺な存在じゃがのう」
「そっか」
アンナは満面の笑みを浮かべていた。先程の張りつめた緊張は無くなっているようだ。
心の中ではヒエンの生まれてなかった頃という言葉のとげが刺さって痛がっていたが。
「アンナ殿から見たリンドウはどんな存在じゃった?」
「―――成人前に会ったずっと背中を追いかけていたかっこいいヒゲのおじ様だよ。それだけ」
「先程そなたは謎が多いやつと聞いていたからのう、知れて嬉しいぞ」
「あー別に秘密にしてるわけじゃないんだけどね」
ヒエンはうそつけと言いながら小突いている。アンナは柔らかの笑みで「そうだ。フウガって最後どこに住んでた? ……お墓は?」とゴウセツに詰めかける。ゴウセツはたじろきながらが答える。
「このドマのどこかだったまでは覚えておるのじゃが―――おお赤誠組なら知っておるかもしれん。この戦いが終わったら聞いてみるとよい」
「お預けって事ね。了解。絶対ゼノスに勝つ」
ゴウセツはアンナに罪悪感を感じながら嘘をついた。本当は知っていたのだがリセから教えてもらっている極度な方向音痴の彼女を口伝だけで無事に届ける自信が存在しなかったのだ。
しかし宝石みたいな赤色の瞳に焔が宿ったように見える。図らずも彼女の情熱に火をつけたいたようだ。ゴウセツのわずかに張りつめた緊張が緩まっている。リンドウの年齢から考えると彼女の方がゴウセツよりも年上と察するものがあるが、うら若き弟子が増えたような感覚が生まれていた。それはかつて少女だった彼女と旅をしたリンドウも同じ気持ちだったのだろうと伺える。
「さあおぬし達ももう寝なさい。明日の試練に支障が出ては困りますがな」
「確かに。ゴウセツもしっかり休んで。本当にありがとう。あとリセ達には内緒で」
「はははエオルゼアの英雄殿は秘密を多く持ちたがる」
「そういうのじゃないさ。……まあ改めてよろしくね、ヒエン」
―――これはボクの精一杯のワガママにして恩返し。負けるわけにはいかないんだ。でも奥底に仕舞い込んだハズの感情が溢れ出すのを我慢して進み続けるのも、悪くない。
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#シド光♀ #ゴウセツ #ヒエン #リンドウ関連