FF14の二次創作置き場
更新履歴
- 2024/11/26 旅人は魔導兵器を識りたい 新生
- 2024/11/19 "召し上がれ&quo… 新生
- 2024/11/15 溶けあうもの 紅蓮
- 2024/11/11 "11月11日&qu… 蒼天
- 2024/10/18 "嫉妬"、… 漆黒,
No.31, No.30, No.29, No.28, No.27, No.26, No.25[7件]
“頭を撫でる”sideA
「頭を撫でさせてほしい?」
「ダメか?」
ビックリした。身長差的にシドはボクの頭上までは届かないから許可を貰おうとしてるのだろう。律義な男だ。いつもちょっかいかける時もボクが少し屈んで顔を見るんだよね。しかし理解が出来ない。なぜボクが撫でるわけではなく彼がボクの頭を撫でたいのか。
「ボクが気が向いたら撫でてあげてるよね?」
「いや、それは嬉しいがそうではなくてな。お前の頭を撫でたいんだ」
「そんな年齢じゃないよ。キミの倍は生きてるボクを撫でて何かメリットはあるのかい? 報告書にまとめて提出してくれたら考えてあげるよ会長さま?」
適当に返してやるとシドは溜息を吐き「じゃあ今すぐ書くから待ってろ」と紙とペンを持った。「冗談さ」と言いながらサッと取り上げる。冗談をすぐに真に受ける所も楽しい人だよね。暇にはならないから一期一会の旅人と一般人としてではなく時折こうやって隣で楽しく話をする人生を選んだ。
エオルゼアに来てから楽しい時も辛い時も前に進む時もシド・ガーロンドという男がいた。いつもこの男が空に道を作り、私を敵の場所へ送り出してくれる。ボクはその期待に応え全て斬り捨てる。ボクは英雄と呼ばれているがそうじゃない。英雄であるボクを作り出したのはボクの隣にいる、ヒゲの似合うカッコイイボクの白く輝く星なのだ。―――まあ一番苦しかった時は会いたくても会えなかったけどね。
「お前が俺を撫でたいと思うように、俺だってお前をゆっくり撫でて楽しみたいのさ」
「よく分かんない」
「というかこんな男を撫でて何が楽しいんだ。まさかと思うがお前には未だに俺があの頃の坊ちゃんにでも見えてるのか?」
「さあどうでしょう?」
疑問で返すなという指摘を躱しつつボクは彼を抱き上げソファに座る。「おいっ」とうわずった声が相変わらず面白い。そして彼の大きな手を取り、ボクの後頭部に置いてやる。
「その指耳に当てたらもぐから」
「ナニをだ!?」
「男性器に決まってるじゃないか。ほらボクの気が変わる前に体験したまえ。全然楽しくないからさ」
あのなあと顔を赤くしながらボクの後頭部を優しく触れ、動かす。個人的にはやる事がなく退屈なので目を閉じて彼の手の感触を味わってやる事にした。少しだけくすぐったい。思えば自分は頭を撫でられるという経験はほぼ存在しなかった。まずは子供の頃に兄が褒めてくれた時だろうか。兄みたいに立派な番人になりたかったから褒められたら嬉しいに決まってた。あと熱にうなされていた時にボクが憧れた旅人がずっと撫でてくれてたっけ。とても強くて不器用だけど優しい人だったな。それ以降はあまり善い行いもしてこなかったし普通の人に会う旅をせずに年を取ってしまった。その結果、自分より年下の奴らに今更撫でられてもどうも思わないカワイソウなウサギのできあがり。そんな紅い獣を今髪を梳くように撫でる男はあの夜怖がらずに手を差し伸べてくれたのだ。だから今回は特別だ、成長した少年に優しくして何が悪い。
では次に過去を思い浮かべながら今の彼の顔でも想像してみようか。反応を見るために目を開けてもいいのだがイマイチ見つめあうのはボクではなく『この男が』慣れていないので。おや、少し触る場所が変わったな。耳には当てないよう慎重に頭頂部に手を移動させ、ぽんぽん叩いている。多分結構緊張した顔してるんだろうなあ。何度も裸まで見た奴が今更何を恥ずかしがるのか。そんなにもがれたくないのかちょっと笑みが止まらない。
いや今自分が表情を変える必要なんてないだろう、変な誤解されたくない。少々恥ずかしくなってきたなと思った瞬間唇に柔らかい感触が。目を開けると彼の顔が目の前にあり、「ちょっと」と言いながら離れようとすると頭を押さえつけられ再び唇を重ねる。何度も角度を変え、啄まれる。何だか妙な気持になったのでギュッとまた目を閉じてしまった。ボクと会うまで整備していたのだろう、機械の油のにおいが漂う。普段軽々しく抱き上げたりしてるけどガッシリと大きく鍛えられた体。同族の異性では絶対に見かけない見た目はああそうだよ凄い好みさ。数分後満足したのか離れてくれた。目を開けるといつの間にか体勢を変え首に手を回し笑顔でボクを見る彼がいた。
しかし今の状態はどういえばいいのか―――スイッチというものはいつ入るか分からないというのが正しいか。色々考え込んでしまうがこれだけは分かる。
「シド、最初からこれ目的だったな?」
「そうだが?」
やられた。こればかりは予想できなかったボクが悪い。両手を上げ負けを受け入れた。
二度と撫でさせてやるもんか。
#シド光♀
赤面の旅人
注意
旅人は過去を懐かしむ後日談その3。好きな人2と同時刻のおはなし。
書類、書類、書類。シドの周りには先が見えないほどの書類がまた積まれていた。まあ3日程飛び出してしまった分のツケだ。これ位は痛くないとは思っている。しかしだ。
「必要ないやつまで混じってるじゃないか……」
書類選別から始めないといけない積み方はどうかと本日何度目か分からないほどのため息をついた。不審なほどに大量の新商品についての仕様書や機構が書かれた設計図から予算の承認、取引履歴まで自分がいなかったにしては『効率よく事が進みすぎている』。何かがおかしい。
「会長! お仕事頑張ってください!」
交代で見張りに来る社員達の顔は未だに機嫌がいい。先に戻ってきていたアンナが目を見張るほどの土産を置いて行き大騒ぎになっている中シドは帰って来た。満面な笑顔の会長代理が持っていた金色の箱には『会長貸出料』と書かれており、「アンナといたならもっと早く言ってくださいよ! で、何してたんですか?」と土産話を要求された。かいつまんで説明すると次第に目から光が消え呆れた顔になっていたのは少し理解できなかった。シド本人としても自分に呆れている。彼女という靄に一つ触ることが出来た筈なのにどこか近付いた感じがしない。酒の勢いで身体を合わせてしまったのかと思いモヤモヤとしていたら2日前の『ナイスイタズラ』騒動で強引に現実に引き戻されてしまった。人を驚かす行為が好きなのは知っていたが、目的のためなら自爆に等しい事もやらかす人なのは初めて知った。
またため息を吐く。薄くなっているであろう肩に付けられた印を手で押さえる。「アンナ」とボソリと騒動から顔を出していない彼女の名前を呟く。その時だった。
「何?」
真上から声が響く。目を見開きながら見上げるとそこには自分をいつもの笑顔で見るここ数日の悩みの種がこちらを見つめていた。
「あれ、見張りがいたと思うんだが……」
「30分休憩。勿論内緒の約束済」
アンナは左手人差し指を口の前に当てながら右手に持っていたサンドイッチが乗せられた皿をシドに差し出す。シドが「変なの入れてないだろうな?」と聞くと「先日のお詫び」と笑顔を浮かべた。どうやら罪悪感という概念は存在したらしい。シドは礼を言いながら受け取る。
それに続きアンナは「あとほら」と言いながら書類を軽く押しのけながら机に座りコートの留め具を外しながら首元を見せシドに近付く。突然の行為に口をポカンと開きアンナを見ていると目を細め三日月のような笑顔を見せながら耳元で囁く。
「仕返ししてみる? まあ私の肌の色では痕跡なんて付かないからご満足いただけないでしょうけど」
一切反省してないじゃないかという理性と裏腹にふわりと漂うパーシモンの香りにごくりと息を飲む。唇が触れる手前でアンナは「なーんて。ナイスイタズラ」と言いながら離れようとした。"また"逃がしてしまう、つい反射的に「待て」と言いアンナの肩を掴み―――首元に噛り付いた。
「っ!?」
アンナの小さく短い悲鳴が聞こえた。一瞬ビクリと震えたのが分かる。完全にやり返されることは考えていなかったであろう細く引き締まった身体を強く抱きしめながらガリと歯を立てながら吸い、これまで叶わなかった彼女を味わう。汗とは違う甘い匂いと思ったよりも柔らかい肌に女性らしい要素もあることに安心した。幸いなことに抵抗はされなかった。だがいっそのこと跳ね除けてくれた方が諦めがついていただろうにと思いながら出来た痕跡に舌を這わせながら後頭部をぐしゃりと撫でる。髭が当たりくすぐったいのかくぐもったような息遣いが聞こえた。
「噛み痕なら付く」
「……そうみたいだねえ」
首元から顔を離しアンナの顔を見ると少しだけばつの悪そうな表情を見せながらも頬は褐色な肌の上からでも分かるくらい真っ赤に高揚していた。「煽ったのはアンナだからな?」と言ってやると「わ、忘れた」と呟きながら首元を隠すように押さえた。そして踵を返し出口の方へ歩き出す。
「そろそろ30分。サンドイッチ食べて頑張れ」
「いやまだ10分も経ってないんだが」
「……から厭だ」
ボソボソと呟いた後アンナは手を上げ数度振りながら暗闇に消えて行った。
手渡されたサンドイッチを口に含む。新鮮なラノシアレタスとルビートマト、卵が入った定番の品だ。とりあえず今は食べることに集中しよう。そして早々に仕事も終わらせてしまいたい。
先程の首元に付けた証と真っ赤になった怯えた目をする彼女の顔が脳裏にこびりついていた。そして去り際に残した「これ以上いたらキミがボクから離れられなくなるからイヤだ」という言葉にニヤけが止まらない。「もう遅いさ」という呟きが闇夜に溶けて消えた。
シドは『そうか、本当に俺はあの人を友人としてではなく異性として好きだと思っていたのか。そして彼女の心だけでない、身体にも自分だけの痕跡を残したいと強く願うほど歪んだ独占欲も持ち合わせていたのか』とこの瞬間に悟る。抱きしめ、噛み痕は残せた、じゃあ次に求めてしまう欲求はまさか―――いやそれはないだろう。しかしモヤモヤとした心が少しだけ晴れた気がした。
◇
「うそでしょ……」
翌朝、ジェシー達が出社すると積み上げておいた書類はほぼ全て片付けられ、ネロが組み上げていた設計図と睨み合う完徹だが異常に上機嫌なシドが座っているのであった―――
#シド光♀
旅人は過去を懐かしむ後日談その3。好きな人2と同時刻のおはなし。
書類、書類、書類。シドの周りには先が見えないほどの書類がまた積まれていた。まあ3日程飛び出してしまった分のツケだ。これ位は痛くないとは思っている。しかしだ。
「必要ないやつまで混じってるじゃないか……」
書類選別から始めないといけない積み方はどうかと本日何度目か分からないほどのため息をついた。不審なほどに大量の新商品についての仕様書や機構が書かれた設計図から予算の承認、取引履歴まで自分がいなかったにしては『効率よく事が進みすぎている』。何かがおかしい。
「会長! お仕事頑張ってください!」
交代で見張りに来る社員達の顔は未だに機嫌がいい。先に戻ってきていたアンナが目を見張るほどの土産を置いて行き大騒ぎになっている中シドは帰って来た。満面な笑顔の会長代理が持っていた金色の箱には『会長貸出料』と書かれており、「アンナといたならもっと早く言ってくださいよ! で、何してたんですか?」と土産話を要求された。かいつまんで説明すると次第に目から光が消え呆れた顔になっていたのは少し理解できなかった。シド本人としても自分に呆れている。彼女という靄に一つ触ることが出来た筈なのにどこか近付いた感じがしない。酒の勢いで身体を合わせてしまったのかと思いモヤモヤとしていたら2日前の『ナイスイタズラ』騒動で強引に現実に引き戻されてしまった。人を驚かす行為が好きなのは知っていたが、目的のためなら自爆に等しい事もやらかす人なのは初めて知った。
またため息を吐く。薄くなっているであろう肩に付けられた印を手で押さえる。「アンナ」とボソリと騒動から顔を出していない彼女の名前を呟く。その時だった。
「何?」
真上から声が響く。目を見開きながら見上げるとそこには自分をいつもの笑顔で見るここ数日の悩みの種がこちらを見つめていた。
「あれ、見張りがいたと思うんだが……」
「30分休憩。勿論内緒の約束済」
アンナは左手人差し指を口の前に当てながら右手に持っていたサンドイッチが乗せられた皿をシドに差し出す。シドが「変なの入れてないだろうな?」と聞くと「先日のお詫び」と笑顔を浮かべた。どうやら罪悪感という概念は存在したらしい。シドは礼を言いながら受け取る。
それに続きアンナは「あとほら」と言いながら書類を軽く押しのけながら机に座りコートの留め具を外しながら首元を見せシドに近付く。突然の行為に口をポカンと開きアンナを見ていると目を細め三日月のような笑顔を見せながら耳元で囁く。
「仕返ししてみる? まあ私の肌の色では痕跡なんて付かないからご満足いただけないでしょうけど」
一切反省してないじゃないかという理性と裏腹にふわりと漂うパーシモンの香りにごくりと息を飲む。唇が触れる手前でアンナは「なーんて。ナイスイタズラ」と言いながら離れようとした。"また"逃がしてしまう、つい反射的に「待て」と言いアンナの肩を掴み―――首元に噛り付いた。
「っ!?」
アンナの小さく短い悲鳴が聞こえた。一瞬ビクリと震えたのが分かる。完全にやり返されることは考えていなかったであろう細く引き締まった身体を強く抱きしめながらガリと歯を立てながら吸い、これまで叶わなかった彼女を味わう。汗とは違う甘い匂いと思ったよりも柔らかい肌に女性らしい要素もあることに安心した。幸いなことに抵抗はされなかった。だがいっそのこと跳ね除けてくれた方が諦めがついていただろうにと思いながら出来た痕跡に舌を這わせながら後頭部をぐしゃりと撫でる。髭が当たりくすぐったいのかくぐもったような息遣いが聞こえた。
「噛み痕なら付く」
「……そうみたいだねえ」
首元から顔を離しアンナの顔を見ると少しだけばつの悪そうな表情を見せながらも頬は褐色な肌の上からでも分かるくらい真っ赤に高揚していた。「煽ったのはアンナだからな?」と言ってやると「わ、忘れた」と呟きながら首元を隠すように押さえた。そして踵を返し出口の方へ歩き出す。
「そろそろ30分。サンドイッチ食べて頑張れ」
「いやまだ10分も経ってないんだが」
「……から厭だ」
ボソボソと呟いた後アンナは手を上げ数度振りながら暗闇に消えて行った。
手渡されたサンドイッチを口に含む。新鮮なラノシアレタスとルビートマト、卵が入った定番の品だ。とりあえず今は食べることに集中しよう。そして早々に仕事も終わらせてしまいたい。
先程の首元に付けた証と真っ赤になった怯えた目をする彼女の顔が脳裏にこびりついていた。そして去り際に残した「これ以上いたらキミがボクから離れられなくなるからイヤだ」という言葉にニヤけが止まらない。「もう遅いさ」という呟きが闇夜に溶けて消えた。
シドは『そうか、本当に俺はあの人を友人としてではなく異性として好きだと思っていたのか。そして彼女の心だけでない、身体にも自分だけの痕跡を残したいと強く願うほど歪んだ独占欲も持ち合わせていたのか』とこの瞬間に悟る。抱きしめ、噛み痕は残せた、じゃあ次に求めてしまう欲求はまさか―――いやそれはないだろう。しかしモヤモヤとした心が少しだけ晴れた気がした。
◇
「うそでしょ……」
翌朝、ジェシー達が出社すると積み上げておいた書類はほぼ全て片付けられ、ネロが組み上げていた設計図と睨み合う完徹だが異常に上機嫌なシドが座っているのであった―――
#シド光♀
『好きな人』2
注意
旅人は過去を懐かしむ後日談その2。『紅の旅人』数日後のおはなし。
「はい今回は非常に残念なお知らせがあります」
仕事が一段落した夜、モードゥナの酒場にて密かに開かれる会―――その名も『自分たちの上司であるシドと旅人アンナの関係を見守る会』。久々に開かれた夜会に会長代理のジェシー、社員のビッグズとウェッジは集まり酒を呑んでいる。
一方その頃会社では、会長であるシドが大量の書類に押しつぶされていたのだがそれは置いておく。
「先日会長が突然数日失踪したのは覚えてるわね?」
「確かクガネまでアンナさんを探しに行ったんでしたっけ?」
「すげーお金とお土産貰ったッスねー。親方と違ってフォローの速さが段違いッス」
「2人で温泉宿に泊まり、アンナの恩人の墓参りに行って飲み会したそうよ? そこまではいいの」
会長であるシドが失踪したのは約1週間前、暁の血盟所属のアルフィノと何やら話をした後飛び出して行った。申し訳なさそうに謝る銀髪の少年の姿が未だ頭に残っている。そして連絡が付いたのが3日前。そして悠々と空の旅をして戻ってきた。ちなみにアンナはテレポで先にモードゥナに戻り、クガネ土産と『会長貸出料』と書かれたものを渡された。「こういうの黄金色のお菓子って言うらしいの。本当にシド貸してくれてありがとう」って言われながら蓋を開けるとお菓子の下に目玉が飛び出しそうな金額のギルが詰め込まれていた。その後盛大に謝りながら帰ってきたシドと盛り上がりきった社内の空気の温度差が忘れられない。
そして何とか詳細を聞きだしたジェシーは報告会を開き、眉間を抑えながら言い切った。
「何もなかったそうよ」
「何も」
「そう、2泊一緒にいておいて何も起こらなかったそうよ」
盛大に溜息を吐くジェシー。目が点になり固まる他2人。
「1日目は風呂から出たら既にアンナは就寝、2日目は会長が酒の呑みすぎで即就寝よ。ほんっとあの2人信じられないわ……」
「親方……」
「誤魔化してるとかでもなく、か」
「アンナからも聞いたの。あの人の場合さらっと嘘つくから本当か分からないけどここ数日全然変わらないわあの2人。昨日会長の怒鳴り声が聞こえたけどそれはまあ日常茶飯事よ。というわけで今回ゲストを呼びました」
誰が、とビッグスが聞こうとすると「そろそろ来るわよ」とジェシーは手を上げる。足音が聞こえ2人は振り向くと。「変な時間に呼びつけられて来たら何やってンだ? お前ら」と言いながらシドのライバル(自称)であり元帝国幕僚長であったネロ・スカエウァが溜息を吐きながら歩み寄ってきた。
◇
「ガーロンドが、あのバブーンみたいな女を」
「アンナさん確かに強いけどそこまでゴリラじゃないッスよ!」
話を聞いたネロはゲラゲラと一頻り笑った後息を整えながら吐き捨てる。元々帝国を見捨ててから放浪していたが、シドが不在の間にオメガという餌をぶら下げてジェシーがヘッドハンティングしておいた。そして未だにシドへ報告はしていない。ネロのおかげで止まっていた業務を再開し、あとは会長であるシドのサインさえあればどうとでもなる状態にしていたので実は飛んで行ったことに対してはそんなに怒ってはいなかった。しかししっかり説教しておかないと気が済まなかったのでリンクパール通信は流し続けていたのだが。あの男は外してポケットの中に入れっぱなしで、なんと深夜にアンナが出るまで放置されていた。「ごめん、明日お詫びに行くから。明日の朝また出させるから着信入れて欲しい」という普段の明るい声がジェシーの心を少しだけ安心させていた。
「愉快な子なのよ? そりゃ外から見たらあんまり喋らない無駄に強い最終兵器みたいな人にしか見えないでしょうけど」
「料理もうまいし護衛とかも嫌な顔せずやってくれるんだよな。ちょっと親方の前だと愉快になるが」
「アンナさん手料理作ってください! って言ったら狩りに出かけたりする変な人だけどとってもいい人なんッスよ!」
「ただの少しだけ意思疎通取れる野生生物かよ。ンで? 何でおたくらの会長サマが惚れてるって分かンだよ?」
盛大にやれやれと溜息を吐いている。ジェシーはニッコリと笑いながら「決まってるでしょ」という。
「アンナが来た後露骨に仕事の速度上がるし数日来なかったら日に日にしょんぼりしていくのよあの人」
「ちなみに無意識らしいッス」
「ガキかよ……。んで? そのバブーン2匹の恋愛を見届けるために俺を呼ンだのか?」
厭味ったらしく言うネロに対して「違うにきまってるじゃない」とジェシーは苦笑しながら言う。
「アンナを調べて欲しいの。暁の血盟も調査はしてるらしいんだけど全然分からないみたい。普通冒険者に過去は関係ないけど……会社としては結構お世話になってる人だしこれからもずっと彼女に頼っていいか、会長を任せていいか調べておきたいの。全然その辺り会長も聞いてくれなくてようやく聞けたことが『剣豪ゴウセツも認めたある侍仕立てのヤバい気迫を持っている』って事だけ。そういえばネロは戦ったことあったわね。見たことある?」
「普通より数段力強い冒険者って感じだったがナァ……いや」
もしかしたらガイウス閣下なら知ってたかもなと茶化すように言うと3人は溜息を吐く。気迫とは何か分からなかったがただでさえ強いクセして更にそんな力を持っているとは全く知らなかった。確かにアンナは謎めいた存在だ。ネロとしてもバブーンと吐き捨てはいるがあの場所で会った時から興味はある。
「そういや昔あの女に助けられたことがあンだよ」
「いつの話よ」
「閣下が再びエオルゼア入りする事になる数年前、まだアレもただの旅人だった頃だな。油断してコボルド族に囲まれた時にあっという間に辺りを弓と蹴りで吹っ飛ばしやがった。アレが俺が一番味わった殺意かもナ」
エオルゼア潜伏調査をしていた頃の話である。計測に夢中で一瞬気を抜いた隙にコボルド族に囲まれてしまった時があった。ネロが懐にしまった小型の武器を取り出そうとした瞬間、ヴィエラの伝統衣装を纏った赤髪の女がどこからともかく乱入し、弓矢と蹴りだけで十数匹のコボルド族を吹っ飛ばす。半分以上はそのまま絶命し、残り少数はあまりにも恐ろしい気迫に逃げ出してしまった。これまた一瞬の出来事であまりの迫力に固まっていた彼を見て「大丈夫?」と笑顔を見せ、手を差し伸べた。少し会話を交わした後、「あなたに危害を与えようとした残りも刈っとくから」と言って去って行くのを口が閉じられないまま見送った記憶がよみがえる。
「アレは相当場数を踏んだやべェ女だってなった記憶がある。下手すりゃ別ンとこで傭兵か軍人だったンじゃね?」
「それだったら暁の血盟辺りが書類を掴んでくると思うのよ。どうやら第七霊災始まって間もなくエオルゼア近郊で目撃され始めたって話。それ以前の情報はさっぱり」
「10年以上迷子になってグリダニアに辿り着いたから私は強いって口癖ですよねあの人」
「ヴィエラならオサード方面出身だろ? そっから……泳いだンじゃねェか?」
「いやいやそんなこと」
「あるわけな……」
4人は頭の中で思い浮かぶ。大海の中泳いでエオルゼア大陸近郊まで辿り着こうとするヴィエラの彼女の姿。
「余裕で浮かぶンだわ」
「やるわあの人……」
「シュールすぎるッス……」
「お、俺はしないと思ってますよ!」
その後彼らはとりあえず呑むかとグラスを掲げるのであった。実はネロはもう一つアンナの手がかりを持っていたのだが、交渉の奥の手として仕舞い込んでいることにジェシー達は気付いていない。
一方その頃ガーロンド社。残業で潰れそうになるシドの所にアンナが現れていたのだが―――彼らにそれを知る由は無いのであった。
旅人は過去を懐かしむ後日談その2。『紅の旅人』数日後のおはなし。
「はい今回は非常に残念なお知らせがあります」
仕事が一段落した夜、モードゥナの酒場にて密かに開かれる会―――その名も『自分たちの上司であるシドと旅人アンナの関係を見守る会』。久々に開かれた夜会に会長代理のジェシー、社員のビッグズとウェッジは集まり酒を呑んでいる。
一方その頃会社では、会長であるシドが大量の書類に押しつぶされていたのだがそれは置いておく。
「先日会長が突然数日失踪したのは覚えてるわね?」
「確かクガネまでアンナさんを探しに行ったんでしたっけ?」
「すげーお金とお土産貰ったッスねー。親方と違ってフォローの速さが段違いッス」
「2人で温泉宿に泊まり、アンナの恩人の墓参りに行って飲み会したそうよ? そこまではいいの」
会長であるシドが失踪したのは約1週間前、暁の血盟所属のアルフィノと何やら話をした後飛び出して行った。申し訳なさそうに謝る銀髪の少年の姿が未だ頭に残っている。そして連絡が付いたのが3日前。そして悠々と空の旅をして戻ってきた。ちなみにアンナはテレポで先にモードゥナに戻り、クガネ土産と『会長貸出料』と書かれたものを渡された。「こういうの黄金色のお菓子って言うらしいの。本当にシド貸してくれてありがとう」って言われながら蓋を開けるとお菓子の下に目玉が飛び出しそうな金額のギルが詰め込まれていた。その後盛大に謝りながら帰ってきたシドと盛り上がりきった社内の空気の温度差が忘れられない。
そして何とか詳細を聞きだしたジェシーは報告会を開き、眉間を抑えながら言い切った。
「何もなかったそうよ」
「何も」
「そう、2泊一緒にいておいて何も起こらなかったそうよ」
盛大に溜息を吐くジェシー。目が点になり固まる他2人。
「1日目は風呂から出たら既にアンナは就寝、2日目は会長が酒の呑みすぎで即就寝よ。ほんっとあの2人信じられないわ……」
「親方……」
「誤魔化してるとかでもなく、か」
「アンナからも聞いたの。あの人の場合さらっと嘘つくから本当か分からないけどここ数日全然変わらないわあの2人。昨日会長の怒鳴り声が聞こえたけどそれはまあ日常茶飯事よ。というわけで今回ゲストを呼びました」
誰が、とビッグスが聞こうとすると「そろそろ来るわよ」とジェシーは手を上げる。足音が聞こえ2人は振り向くと。「変な時間に呼びつけられて来たら何やってンだ? お前ら」と言いながらシドのライバル(自称)であり元帝国幕僚長であったネロ・スカエウァが溜息を吐きながら歩み寄ってきた。
◇
「ガーロンドが、あのバブーンみたいな女を」
「アンナさん確かに強いけどそこまでゴリラじゃないッスよ!」
話を聞いたネロはゲラゲラと一頻り笑った後息を整えながら吐き捨てる。元々帝国を見捨ててから放浪していたが、シドが不在の間にオメガという餌をぶら下げてジェシーがヘッドハンティングしておいた。そして未だにシドへ報告はしていない。ネロのおかげで止まっていた業務を再開し、あとは会長であるシドのサインさえあればどうとでもなる状態にしていたので実は飛んで行ったことに対してはそんなに怒ってはいなかった。しかししっかり説教しておかないと気が済まなかったのでリンクパール通信は流し続けていたのだが。あの男は外してポケットの中に入れっぱなしで、なんと深夜にアンナが出るまで放置されていた。「ごめん、明日お詫びに行くから。明日の朝また出させるから着信入れて欲しい」という普段の明るい声がジェシーの心を少しだけ安心させていた。
「愉快な子なのよ? そりゃ外から見たらあんまり喋らない無駄に強い最終兵器みたいな人にしか見えないでしょうけど」
「料理もうまいし護衛とかも嫌な顔せずやってくれるんだよな。ちょっと親方の前だと愉快になるが」
「アンナさん手料理作ってください! って言ったら狩りに出かけたりする変な人だけどとってもいい人なんッスよ!」
「ただの少しだけ意思疎通取れる野生生物かよ。ンで? 何でおたくらの会長サマが惚れてるって分かンだよ?」
盛大にやれやれと溜息を吐いている。ジェシーはニッコリと笑いながら「決まってるでしょ」という。
「アンナが来た後露骨に仕事の速度上がるし数日来なかったら日に日にしょんぼりしていくのよあの人」
「ちなみに無意識らしいッス」
「ガキかよ……。んで? そのバブーン2匹の恋愛を見届けるために俺を呼ンだのか?」
厭味ったらしく言うネロに対して「違うにきまってるじゃない」とジェシーは苦笑しながら言う。
「アンナを調べて欲しいの。暁の血盟も調査はしてるらしいんだけど全然分からないみたい。普通冒険者に過去は関係ないけど……会社としては結構お世話になってる人だしこれからもずっと彼女に頼っていいか、会長を任せていいか調べておきたいの。全然その辺り会長も聞いてくれなくてようやく聞けたことが『剣豪ゴウセツも認めたある侍仕立てのヤバい気迫を持っている』って事だけ。そういえばネロは戦ったことあったわね。見たことある?」
「普通より数段力強い冒険者って感じだったがナァ……いや」
もしかしたらガイウス閣下なら知ってたかもなと茶化すように言うと3人は溜息を吐く。気迫とは何か分からなかったがただでさえ強いクセして更にそんな力を持っているとは全く知らなかった。確かにアンナは謎めいた存在だ。ネロとしてもバブーンと吐き捨てはいるがあの場所で会った時から興味はある。
「そういや昔あの女に助けられたことがあンだよ」
「いつの話よ」
「閣下が再びエオルゼア入りする事になる数年前、まだアレもただの旅人だった頃だな。油断してコボルド族に囲まれた時にあっという間に辺りを弓と蹴りで吹っ飛ばしやがった。アレが俺が一番味わった殺意かもナ」
エオルゼア潜伏調査をしていた頃の話である。計測に夢中で一瞬気を抜いた隙にコボルド族に囲まれてしまった時があった。ネロが懐にしまった小型の武器を取り出そうとした瞬間、ヴィエラの伝統衣装を纏った赤髪の女がどこからともかく乱入し、弓矢と蹴りだけで十数匹のコボルド族を吹っ飛ばす。半分以上はそのまま絶命し、残り少数はあまりにも恐ろしい気迫に逃げ出してしまった。これまた一瞬の出来事であまりの迫力に固まっていた彼を見て「大丈夫?」と笑顔を見せ、手を差し伸べた。少し会話を交わした後、「あなたに危害を与えようとした残りも刈っとくから」と言って去って行くのを口が閉じられないまま見送った記憶がよみがえる。
「アレは相当場数を踏んだやべェ女だってなった記憶がある。下手すりゃ別ンとこで傭兵か軍人だったンじゃね?」
「それだったら暁の血盟辺りが書類を掴んでくると思うのよ。どうやら第七霊災始まって間もなくエオルゼア近郊で目撃され始めたって話。それ以前の情報はさっぱり」
「10年以上迷子になってグリダニアに辿り着いたから私は強いって口癖ですよねあの人」
「ヴィエラならオサード方面出身だろ? そっから……泳いだンじゃねェか?」
「いやいやそんなこと」
「あるわけな……」
4人は頭の中で思い浮かぶ。大海の中泳いでエオルゼア大陸近郊まで辿り着こうとするヴィエラの彼女の姿。
「余裕で浮かぶンだわ」
「やるわあの人……」
「シュールすぎるッス……」
「お、俺はしないと思ってますよ!」
その後彼らはとりあえず呑むかとグラスを掲げるのであった。実はネロはもう一つアンナの手がかりを持っていたのだが、交渉の奥の手として仕舞い込んでいることにジェシー達は気付いていない。
一方その頃ガーロンド社。残業で潰れそうになるシドの所にアンナが現れていたのだが―――彼らにそれを知る由は無いのであった。
『紅の旅人』
注意
旅人は過去を懐かしむ後日談その1。シド少年時代捏造。
ふととある旅人と彼女を重ねてしまった。少年の頃に出会った寒いガレマルドの人が滅多に通らない路地裏の物陰で行き倒れていたあの人を。
「どうしたの?」
優しく語り掛ける声にハッと我に返ると目の前にはアンナの顔。目と鼻の先にあるアンナの綺麗な顔に慌ててしまいシドは椅子から崩れ落ちてしまった。当の彼女はクスクスと笑い手を差し伸べる。今更何を驚愕しているのだろうか、ふぅと溜息を軽くつきながらシドはその手を握る。
アンナと出会ってから程々な時が経った。霊災後、記憶を失いウルダハの教会に身を寄せていた頃に出会ってからというものの―――自分の責務を思い出してから蛮神討伐、ガレマール帝国の侵攻を跳ね除け、竜詩戦争を終結させた。そして遂にはドマとアラミゴを解放しようと走り続ける彼女を、大切な仲間で親しい友人として社員を巻き込み全力で裏でフォローし続けている。『会社の利益にならないことは程々にして欲しい』という部下の言葉をふわりと躱しつつなんとしてもアンナに喰らい付こうとするシドをアンナ本人はどう見ているかはまだ分からない。これは予想だが、どうも思っていないだろう。それでもいいと走り続けた結果、謎に包まれた過去を知ろうと調べ続けている最も近しい仲間である筈の暁のメンバー達よりもアンナという存在の靄に触れることが出来そうな……そんな関係を形成しつつもあった。
「いや、少し昔のことを思い出してな」
「昔……第七霊災当時?」
「もっと過去の話だ。というかお前さんといて何で急にその辺りの時代を思い出すと思ったんだ」
「うーん私が一番分からない辺りの話だからかな? 興味はそれなり」
「生まれてたよな?」
「迷ってた時に光が見えたとかしか」
シドは「お前どこで迷ってたんだ?」と苦笑しながらあの日以降頭から離れなくなった旅人の話をする。
魔導院へ飛び級で入学する直前に出会った帝国領内で行き倒れていた赤髪の男か女かも判断が付きにくいヴィエラ族を助けたことがあった。冷たく凍えていたので温かいスープを与えたら不器用だが柔らかな笑顔でお礼を口にする。そして少しの間だけ会話を交わした後、どこかへ走り去って行った。―――現在目の前にいる同じくヴィエラである彼女にいつの間にか執着してしまった原因でもあるような気がすると考えていたがそれは口には出さなかった。アンナは何も言わずシドの話を聞いていたが、語り終わるや否や満面な笑顔で「いい話」とシドの腰に手を回しながら手を取り、ニィと笑った。まるで御伽噺に出る王子様のようで。しかし相手はいい年した大人の男なのだが。
「あ、アンナ!?」
「その話、誰かにしたの?」
「しない、幼い頃の話をする機会なんてそんな…というかいきなり何をするんだ!?」
「そんなヒミツ、私に教えていいの? ただの旅人にするには重たい話」
シドの話を無視し、鼻先が触れ合ってしまいそうな位の距離に顔を近づけてくる。逃げようにも腰に置かれた手が逃がしてくれない。目を細めクスクスと笑う姿はまるでシドを試しているようで。
「先日お前にとって大事な人の墓参りに連れて行ってもらったんだ、俺の事も話したくなってもおかしくないだろ?」
「いやああなたそんなに私の事好きなのかって思ってお気持ち代弁?」
ふわりと離れながら恥じらうような素振りも見せず言ってのけるアンナには正直尊敬していた。まあ恋愛方面の話でも一切感情を揺さぶられるような人でも無いだろうなとは思っていたが。しかし『好きなのかと思って』?
あの夜『あんなこと』しておいて嫌いとかそういう事は無いとは分かっているが改めて正面から言われるとシドとしては恥ずかしくなる。が、何も気まずく思わず会いに来るアンナは度胸ある、というか恥じらいが無いのか? 会いに来なくなったらそれはそれで困るのでアンナの習性には感謝しかない。
「お前はどう思ってるんだ? 俺の事」
「嫌いな男の部屋に何度も訪れる人に見える? あ、ごめん流石に語弊」
「あのなあ…」
瞬時に顔が熱くなったシドの顔を見てアンナは慌てて謝罪した。他意は無い言い方だというのは普段の色気というものが存在しない彼女を見てると分かるのだが、瞬時に謝罪されるとそれはそれで余計に恥ずかしい気分になる。その反応を見たからなのか慌てたまま言葉を続けた。
「私は確かにきm…違う、あなたの部屋に来るのは気分転換……そう! 気分転換。勿論仕事疲れなあなたの」
「そ、そうか」
「前も言ったけど、私は旅人。本来は同じ場所に残りたくない。痕跡も残さない。だから無意識に距離を取る。本来はここにも来ないようにしなきゃと」
「今更どこに消えるつもりだ?」
アンナは珍しく慌てふためいている。命の恩人の墓参り中でも見せなかった姿が少し新鮮に思えた。そしてシドは徐々に普段とは違う口調を正す姿に無理しなくてもいいのにとぼんやりと見つめながら見つめている。
「ヒミツ! 旅人はミステリアスに。それがポリシー」
「確かにお前さんは謎が多い人だが」
「とにかく! キミがボクの事が好きだから先にナイスイタズラ! いやあいい反応見れて楽し……あ」
「ボク……か」
あー! と奇声を上げている。今のが『本来のアンナ・サリス』だったのだろう。趣があっていいものだと思うが本人にとっては化けの皮が剝がれたようなもので。アンナは頭を抱え部屋の寝台に頭をぶつけている。
「前から薄々感じてたがもしかしてあんまり喋らないのは」
「忘れて」
「えらく分厚い猫かぶりだな」
「気のせい」
「俺は好きだな。別に普段からそういう口調でもいいんじゃないか?」
アンナは「忘れろって言ってるっ!!!」と言いながら顔を真っ赤にし手元の刀を振りぬきブンブンと振り回し始める。シドがこれを窘めるのにまた時間がかかったのは言うまでもない。
そんな暴れ馬は只今盛大な溜息を吐き正座をしていた。
「ごめんなさい。冷静であらず」
「いやまあ弄った俺も悪かった」
それと、とシドはアンナの肩をつかみながら頭を下げる。
「えっとな、一度仕切り直させてほしい」
「?」
「ああいうのは男である俺にやらせてほしい。ちゃんとした場所で、ほらもっとムードというのを考えてだな」
「今更私は気にしない」
「俺が気になるんだ。既に、その、あんなことし合った間柄で言っても変な話なんだが」
その言葉にアンナはクスクスと笑っている。一度暴れ回り冷静になったのか先程のような言動は消えてしまっていた。勿体ない、次はいつ見れるのか。そう考えながら拙い手つきで頭を撫でた。ふわりとシトラスな香りがシドのまだ隠していたい、アンナを否定できない感情を刺激する。ふと『あの人』も香水の香りがしたなと思い出す。何故再び重ねてしまったのか、調子が狂っているのは自分の方だったかもしれないと笑みが漏れる。
「あなたに撫でられるのも悪くはない」
「そうか。そういえば香水はどこで買ってるんだ? ほぼいつも違うが」
「気分で。昔からほとんど自分で調合」
「そりゃ凄いじゃないか」
「子供の頃に故郷で教えて貰った数少ないもの」
いつも通りの会話だ。他愛のない会話をしてアンナの笑顔で昨日までの疲れが吹っ飛んでいって。残されている莫大な書類も片付けできそうだ。
自分はあの『残したくない』彼女が尊敬し、唯一彼女が『残していた』立派な侍であるリンドウ・フウガにはなれない。しかしせめて彼女の隣に立っていられる。それはあの絵画には存在しない今を生きる者の特権である。以前より隣に座ることも増えても絶対に拒否されるだろう2文字の想いを心の奥に仕舞い込みながらシドは『余所行き』の笑顔を見せるアンナを見送るのだ。いつもだったら。
―――再び扉を開きアンナはこう言いやがったのだ。
「シド、勘違いしてるみたいだけどあなたあの夜何もしてないからね? 雑だった浴衣直して放り出してた服畳んで、ただ好奇心で肩にキスマーク付けて。そこまでしてもあなた呑気にイビキかいてて起きそうもなかった。普通に布団かけて私も就寝。そりゃ起きてたら個人的用事に付いて来てくれたお礼位考えたけど」
「…………は?」
「『見なかったことにしよう』って聞こえて来た時は正直爆笑した。今の顔も最高。その顔が見たかった。ナイスイタズラ。じゃあね」
「待て! 今の話詳しく聞かせろ! おいアンナ! 俺の悩んでた数日を返せ!!」
しかしこの時の俺は知らなかった。決して俺の手が届かない場所で彼女が最も隠していた過去と、俺の生まれ故郷との奇妙な縁が牙を剥いて襲い掛かってしまうことに―――
#シド光♀
旅人は過去を懐かしむ後日談その1。シド少年時代捏造。
ふととある旅人と彼女を重ねてしまった。少年の頃に出会った寒いガレマルドの人が滅多に通らない路地裏の物陰で行き倒れていたあの人を。
「どうしたの?」
優しく語り掛ける声にハッと我に返ると目の前にはアンナの顔。目と鼻の先にあるアンナの綺麗な顔に慌ててしまいシドは椅子から崩れ落ちてしまった。当の彼女はクスクスと笑い手を差し伸べる。今更何を驚愕しているのだろうか、ふぅと溜息を軽くつきながらシドはその手を握る。
アンナと出会ってから程々な時が経った。霊災後、記憶を失いウルダハの教会に身を寄せていた頃に出会ってからというものの―――自分の責務を思い出してから蛮神討伐、ガレマール帝国の侵攻を跳ね除け、竜詩戦争を終結させた。そして遂にはドマとアラミゴを解放しようと走り続ける彼女を、大切な仲間で親しい友人として社員を巻き込み全力で裏でフォローし続けている。『会社の利益にならないことは程々にして欲しい』という部下の言葉をふわりと躱しつつなんとしてもアンナに喰らい付こうとするシドをアンナ本人はどう見ているかはまだ分からない。これは予想だが、どうも思っていないだろう。それでもいいと走り続けた結果、謎に包まれた過去を知ろうと調べ続けている最も近しい仲間である筈の暁のメンバー達よりもアンナという存在の靄に触れることが出来そうな……そんな関係を形成しつつもあった。
「いや、少し昔のことを思い出してな」
「昔……第七霊災当時?」
「もっと過去の話だ。というかお前さんといて何で急にその辺りの時代を思い出すと思ったんだ」
「うーん私が一番分からない辺りの話だからかな? 興味はそれなり」
「生まれてたよな?」
「迷ってた時に光が見えたとかしか」
シドは「お前どこで迷ってたんだ?」と苦笑しながらあの日以降頭から離れなくなった旅人の話をする。
魔導院へ飛び級で入学する直前に出会った帝国領内で行き倒れていた赤髪の男か女かも判断が付きにくいヴィエラ族を助けたことがあった。冷たく凍えていたので温かいスープを与えたら不器用だが柔らかな笑顔でお礼を口にする。そして少しの間だけ会話を交わした後、どこかへ走り去って行った。―――現在目の前にいる同じくヴィエラである彼女にいつの間にか執着してしまった原因でもあるような気がすると考えていたがそれは口には出さなかった。アンナは何も言わずシドの話を聞いていたが、語り終わるや否や満面な笑顔で「いい話」とシドの腰に手を回しながら手を取り、ニィと笑った。まるで御伽噺に出る王子様のようで。しかし相手はいい年した大人の男なのだが。
「あ、アンナ!?」
「その話、誰かにしたの?」
「しない、幼い頃の話をする機会なんてそんな…というかいきなり何をするんだ!?」
「そんなヒミツ、私に教えていいの? ただの旅人にするには重たい話」
シドの話を無視し、鼻先が触れ合ってしまいそうな位の距離に顔を近づけてくる。逃げようにも腰に置かれた手が逃がしてくれない。目を細めクスクスと笑う姿はまるでシドを試しているようで。
「先日お前にとって大事な人の墓参りに連れて行ってもらったんだ、俺の事も話したくなってもおかしくないだろ?」
「いやああなたそんなに私の事好きなのかって思ってお気持ち代弁?」
ふわりと離れながら恥じらうような素振りも見せず言ってのけるアンナには正直尊敬していた。まあ恋愛方面の話でも一切感情を揺さぶられるような人でも無いだろうなとは思っていたが。しかし『好きなのかと思って』?
あの夜『あんなこと』しておいて嫌いとかそういう事は無いとは分かっているが改めて正面から言われるとシドとしては恥ずかしくなる。が、何も気まずく思わず会いに来るアンナは度胸ある、というか恥じらいが無いのか? 会いに来なくなったらそれはそれで困るのでアンナの習性には感謝しかない。
「お前はどう思ってるんだ? 俺の事」
「嫌いな男の部屋に何度も訪れる人に見える? あ、ごめん流石に語弊」
「あのなあ…」
瞬時に顔が熱くなったシドの顔を見てアンナは慌てて謝罪した。他意は無い言い方だというのは普段の色気というものが存在しない彼女を見てると分かるのだが、瞬時に謝罪されるとそれはそれで余計に恥ずかしい気分になる。その反応を見たからなのか慌てたまま言葉を続けた。
「私は確かにきm…違う、あなたの部屋に来るのは気分転換……そう! 気分転換。勿論仕事疲れなあなたの」
「そ、そうか」
「前も言ったけど、私は旅人。本来は同じ場所に残りたくない。痕跡も残さない。だから無意識に距離を取る。本来はここにも来ないようにしなきゃと」
「今更どこに消えるつもりだ?」
アンナは珍しく慌てふためいている。命の恩人の墓参り中でも見せなかった姿が少し新鮮に思えた。そしてシドは徐々に普段とは違う口調を正す姿に無理しなくてもいいのにとぼんやりと見つめながら見つめている。
「ヒミツ! 旅人はミステリアスに。それがポリシー」
「確かにお前さんは謎が多い人だが」
「とにかく! キミがボクの事が好きだから先にナイスイタズラ! いやあいい反応見れて楽し……あ」
「ボク……か」
あー! と奇声を上げている。今のが『本来のアンナ・サリス』だったのだろう。趣があっていいものだと思うが本人にとっては化けの皮が剝がれたようなもので。アンナは頭を抱え部屋の寝台に頭をぶつけている。
「前から薄々感じてたがもしかしてあんまり喋らないのは」
「忘れて」
「えらく分厚い猫かぶりだな」
「気のせい」
「俺は好きだな。別に普段からそういう口調でもいいんじゃないか?」
アンナは「忘れろって言ってるっ!!!」と言いながら顔を真っ赤にし手元の刀を振りぬきブンブンと振り回し始める。シドがこれを窘めるのにまた時間がかかったのは言うまでもない。
そんな暴れ馬は只今盛大な溜息を吐き正座をしていた。
「ごめんなさい。冷静であらず」
「いやまあ弄った俺も悪かった」
それと、とシドはアンナの肩をつかみながら頭を下げる。
「えっとな、一度仕切り直させてほしい」
「?」
「ああいうのは男である俺にやらせてほしい。ちゃんとした場所で、ほらもっとムードというのを考えてだな」
「今更私は気にしない」
「俺が気になるんだ。既に、その、あんなことし合った間柄で言っても変な話なんだが」
その言葉にアンナはクスクスと笑っている。一度暴れ回り冷静になったのか先程のような言動は消えてしまっていた。勿体ない、次はいつ見れるのか。そう考えながら拙い手つきで頭を撫でた。ふわりとシトラスな香りがシドのまだ隠していたい、アンナを否定できない感情を刺激する。ふと『あの人』も香水の香りがしたなと思い出す。何故再び重ねてしまったのか、調子が狂っているのは自分の方だったかもしれないと笑みが漏れる。
「あなたに撫でられるのも悪くはない」
「そうか。そういえば香水はどこで買ってるんだ? ほぼいつも違うが」
「気分で。昔からほとんど自分で調合」
「そりゃ凄いじゃないか」
「子供の頃に故郷で教えて貰った数少ないもの」
いつも通りの会話だ。他愛のない会話をしてアンナの笑顔で昨日までの疲れが吹っ飛んでいって。残されている莫大な書類も片付けできそうだ。
自分はあの『残したくない』彼女が尊敬し、唯一彼女が『残していた』立派な侍であるリンドウ・フウガにはなれない。しかしせめて彼女の隣に立っていられる。それはあの絵画には存在しない今を生きる者の特権である。以前より隣に座ることも増えても絶対に拒否されるだろう2文字の想いを心の奥に仕舞い込みながらシドは『余所行き』の笑顔を見せるアンナを見送るのだ。いつもだったら。
―――再び扉を開きアンナはこう言いやがったのだ。
「シド、勘違いしてるみたいだけどあなたあの夜何もしてないからね? 雑だった浴衣直して放り出してた服畳んで、ただ好奇心で肩にキスマーク付けて。そこまでしてもあなた呑気にイビキかいてて起きそうもなかった。普通に布団かけて私も就寝。そりゃ起きてたら個人的用事に付いて来てくれたお礼位考えたけど」
「…………は?」
「『見なかったことにしよう』って聞こえて来た時は正直爆笑した。今の顔も最高。その顔が見たかった。ナイスイタズラ。じゃあね」
「待て! 今の話詳しく聞かせろ! おいアンナ! 俺の悩んでた数日を返せ!!」
しかしこの時の俺は知らなかった。決して俺の手が届かない場所で彼女が最も隠していた過去と、俺の生まれ故郷との奇妙な縁が牙を剥いて襲い掛かってしまうことに―――
#シド光♀
星降る夜の奇跡の話―後―
「飾りはこっちに置いて!」
「料理の準備できたわ。あとはアンナを待つだけね」
「プレゼント箱搬入終わったぞ!」
「天井に吊り下げるモノ、準備終わっている」
アンナとシドがプレゼント交換を約束した当日。カーラインカフェの片隅で暁の血盟とガーロンド・アイアンワークス社の面々はアンナを驚かせるためにと最終準備をしていた。アンナはレヴナンツトールにてタタルに足止めするよう頼んでいるので現場には来ないだろう。
「親方! ボーっとしてないで手伝ってほしいッス!」
「―――あ、ああすまん」
シドは朝からずっと上の空で、ヤ・シュトラはため息を吐きながら近づく。
「あらあなたが気合入れないと今回のサプライズは成功しないわよ?」
「む、そうだな。そうだったな」
上の空なのも当たり前だった。昨晩の事を誰にも相談できず1人悶々と悩んでいる。まるで名も無き旅人の事がなかったかのように動き続ける時にイラつきさえも覚える。しかし今は考えている暇はない。手を動かしていれば今は大丈夫だろう、そう考え箱を手に取った。
「親方、その箱は何ですか?」
「ん? ここに置いてるからてっきりお前たちが持ってきたやつかと」
「まあ誰かが持ってきたんでしょう。とりあえず一緒に飾っておきましょうか」
「そうだな」
いいのか? と思いながら気合を入れて、持ち上げた。
◇
「も、もう少し待つでっす! 紅茶のおかわりありまっす!」
「んーでも人と待ち合わせしてるの。1時間前には待ち構えたいなって」
「ふふっ、ときどきはゆっくり行っても罪じゃないと思うわよ」
ボクはグリダニアでぼんやりと一晩過ごした後タタルに呼ばれレヴナンツトールにいた。普段なら個人的に驚かせるためにずっと現地で待つのがボクだ。まぁそういえばいつの間にかパーティになってたんだっけと思い出し、彼女らの時間稼ぎに付き合っている。
「タタル私思う。モードゥナに拠点がある人同士何かするならここでやるべきだと思うんだけどどう?」
「え! アンナさん知ってたんでっすか!? ってあ!」
「まあアンナなら知ってるわよね。確かに私も思ったんだけど」
タタルに「い、いつからでっすか!?」って言われたから「あなたがシドと拳を交わし合ってたところ」と答えるとクルルは「最初からだったのね」とふふと笑っている。
「うん、何かすごいなって思ったら近付けなかった。……私も本気出さなきゃって。こんな経験ない。どうすればいいのかしら―――」
分かってたら1週間前なんて急な予定にしない、と言うと2人は笑顔でボクを見ていた。
「アンナには来たばかりの私でもお世話になってるわ。日頃の感謝を伝えるチャンスって言われるとみんなやる気も出ちゃうのよ」
「そういうものなの?」
「そうでっす!」
「ただの旅人相手によくやるよ」
エオルゼアの人間はお祝い事が好きらしい。度々街が飾りつけされているのを見ると相当数お祭りが用意されているのだろう。神様も十二神と多神教な土地だけあってごちゃまぜな文化が少しこそばゆい。何せ生まれ集落は森や動物に感謝する儀式や火にまつわる祭りしか存在しなかった。あとここ60年位は集落にはめったに近寄らなかった。しかし旅人として再スタートを切って5年、いろんな文化を知れるのが嬉しかったし今でも好奇心が収まらない。
現在―――面倒な出来事も終わり訪れた年末、感謝を示す行為は祭り関係なく誰だって当然なんだろう。自分を頼りきる人たちと盛大に遊ぶのも悪くない。だから準備はしてきたのだ。大きな箱と、小さな箱たち。実は小さな箱に関してはもう会場には置いてきていたのだが。
「クポー! アンナさんいたクポ!」
「よかった間に合った。ありがと。これクッキー。仲間と食べて」
「ありがとうクポ!」
いつもより少しだけ大きな封筒を受け取る。開くとパーツがいくつか入っている。欲しかったサイズの木製の歯車だ。準備した物、これはかつて成人前にドマを命を救ってくれた恩人と修行の旅をしていた時に見て感動したからくり装置。遠い昔、興味あるならと貰った書物を参考に設計図だけ作ったが、途中で飽きてしまった物をちょうどいい機会だからと完成させてみた。彼の故郷の技術に比べたら原始的に映るかもしれないが気にしない。まあそもそも手に取るかも分からないのだ。それもまた一興。ボクとしては”外箱”ごと捨ててもらっても別に気にしない。旅人であるボクがいた記憶をなるべく残してほしくないのだから。
「あとはこれを―――できた」
「あらそれは何かしら?」
木の小箱を開くと木彫りのウサギがあり、周辺の歯車をいくつか取り換える。
「内緒」
人差し指を口元に持っていき笑顔を見せてやる。そして大箱を慎重に開き中身の意匠を触らないよう奥に安置し、箱を閉じた。そしてクルルの耳元で「誰にも言わないでね」とささやく。
「一度目の前の事に熱中したら本来の目的を忘れるボケが始まったオジサンの目を覚ましてあげようって感じ。で、これはおまけ。多分外箱ごと捨てられるだろうから適当に……ね?」
「あらあら」
「アンナさーん! そろそろ一緒にグリダニアに行くでっす!」
準備できたんだ、と言いながらタタルの元に走っていく。
「私には大切な人にあげるための準備に見えるな」
「何か言った? ほらクルルも来てよ。せっかくなら皆でお祝いしましょう?」
「分かったわ」
呼ばれたクルルも小走りで石の家を飛び出して飛空艇でグリダニアに向かう。さあどんな準備をしてくれたのかな? 楽しみだ。
◇
「よ、よおアンナ」
「あらシド。ここで待ってたんだ」
「お前の方が遅いなんて珍しいじゃないか」
アンナがタタルやクルルと一緒にグリダニアランディングに降り立つとそこにはぎこちない動きと引きつった笑顔のシドがいた。「分かりやすすぎるわ」「サプライズ下手すぎでっす……」と小声が聞こえる。だがシドは無視して「とりあえず飯でも食おうぜ」と指をさし歩き出す。アンナは笑顔でその数歩後ろを付いて行く。階段を上るとそこにはきらびやかな装飾と食べ物とケーキ。プレゼントの山が積まれ、暁の血盟のメンバーやガーロンド社の人間たちが。アルフィノが優しい笑顔で手を振っている。
「アンナ。いつもありがとうな」
シドの言葉にアンナは一瞬目を見開き、止まっていた。徐々にいつも見せる笑顔は消え、目をぱちくりとさせている。
「あら? どうしたのかしらあの人。立ち止まってるわ」
「アンナ早く来るッスよー!」
表情一つ変わらず、やがて何かに気が付いたのか慌てて手で顔を覆う。シドは横でキョトンとした顔で見つめているととつぜん手を外し、彼の方に向き見慣れた笑顔を見せた。
「だーれーがーここまでやれって?」
「え、あー、ごめんな?」
一瞬シドのヒゲを掴みながら、踵を返し皆の元に走り出した。
「ありがとう」
小さい声だったが確実に聞こえた。彼女から初めて引っ張られたヒゲをさすり彼女を見つめていると腰辺りを突かれた。見るとクルルが笑顔で「もしかしたら慣れてなかったのかもしれないわよ?」と言い先へ進むよう促した。
よく考えたら彼女は長い間1人で旅をしてきた。振り返ればエオルゼアで出会ってから今まであった祝賀会や式典は陰謀に巻き込まれたりと彼女が休まる時はなかった。そんな彼女が星芒祭だと口実があるとはいえ突然政治主張等関係ない誕生日でもない日に祝われたら。本当に考えがフリーズしたのか、あのいつも余裕ぶった笑顔の旅人が。シドの口元から笑みがこぼれだす。「いいものを見た」と呟きながらゆっくりと歩き出した。
◇
パーティは盛り上がった。アンナの前に食べ物を置くと気が付いたら消えているので「自分の食べる量をキープしろ!」「俺たちの食べる物が無くなっちまう!!」と怒号が飛び交っている。シドたちは「何かやってるなーって静観してたの。ガーロンド社の人たちまでいるとは思わなかったけどね」という言葉で計画の半分程度はバレていたかと驚いた。「じゃあ余計にレヴナンツトールでやりなさいよ」とアンナの呆れた声にシドは「発想になかったな。グリダニアでと約束したんでな」と悪びれず答えた。
「いいじゃないか。私は君と出会うきっかけになったグリダニアでこうやって祝えるのが嬉しいよ」
「そんなもんなの?」
「いいのではないでしょうか。貴方にも休息は必要ですから」
「サンクレッドが来なかったのが残念ね。彼にも少し休んでほしかったんだけど」
その後アンナはプレゼントを積んでいる山を指さしながら「小さいやつ、大体は私からの贈り物」と言った。ある箱は画材、ある箱は香水。またある箱には羽ペンと羊皮紙。奇麗なナイフにシャード詰め合わせ。
「アンナ、合計いくら使った?」
「今回のパーティに使われたお金に比べたら安い。好きな物持って行っていいよー」
「じゃあ次は私たちからもあげないとね」
彼女の周りにプレゼントの山が積まれていく。「こんなに貰ってもどこへ持ち帰ればいいの?」と苦笑いしながら開封していく。
「あらミニオン」
「ウチの新製品の新型エンタープライズモチーフッス!」
「ちっちゃくてかわいい。こっちは調理道具セットか。いいねえ」
「あら会長は最初私にね―――」
「ゴホン。まあよく料理を振る舞ってくれるからな。使って欲しい」
「いいよ」
暁の血盟側から渡された物はまずは淡く光るクリスタルがあしらわれた小物入れ。マフラーや手袋、アルフィノが描いたグリダニアの風景画。「もっと早く分かってたらとびきりなものを準備したでっす! でも自信作でっすよ!」とタタルは胸を張っている。アンナは笑顔で「みんなさ、旅人に贈る量じゃないってば」と言いながら箱を開いては取り出し優しく撫でている。
「来年もよろしく、アンナ」
思い思いの言葉を伝えたが全員の言葉を要約するとこうだった。アンナの目が見開かれ、しばらく固まった後頭をかきながら「しょうがないなあ」と照れた笑顔を見せた。その後話題を変えようと赤色の箱から何やら装飾具を取り出す。中央に赤色の宝石、羽根のようなおしゃれな模様が張り巡らされボタンを押すとカチャリと音を立てながら開くと時計盤。
「あら懐中時計」
「俺じゃないぞ」
「私たちでもないね」
「見た事もないデザインの物だしもしかしてオーダーメイドかしら?」
理由は分からないがオーダーメイドという単語でシドの表情が引きつる。しかし箱の底に残っていた紙切れを見て「兄さんだ」と呟く声が聞こえるとと少しだけ和らいだ。アンナは何も言わずそのまま身に付ける。俺たちは彼女が持っていた紙切れをのぞき込むとぱっと見読み取れない言語で書かれている。「崩した古代ヴィエラ文字。お疲れさまと兄の名前が書いてるよ」とアンナは説明してくれた。いつの間に現れて置いて行ったのだろうか。
「多分レターモーグリーが持ってきたのかも? だって兄さん今は故郷にいるハズ」
シドは兄がいるとクリスタルタワーで言っていたと思い出す。ついでに5年程度に一度故郷に帰る習性もあると。しかしその場にいる人間たち何も言わず置いて行くサービスは聞いた記憶はないのだが指摘するのは野暮だろうと置いておく。それよりやらないといかないメインイベントが残っているとシドはアンナを引っ張って表に連れ出す。数人の視線が痛いが無視しておく。
◇
「どうしたの?」
アンナは笑顔で俺を見下ろしている。俺は「忘れたのか?」と言いながら準備していた袋を取り出す。
「―――ああちゃんと覚えてたんだね。結構結構」
言葉のトゲが痛い。すっかり忘れてるなと思われていたらしい。―――実際昨日急いで工面した物だから言い返せない。彼女はカラカラと笑いながらカバンの中から大きめの箱を取り出した。
「デカくないか?」
「普通普通。ほらちょうだい」
「おう……」
お互いプレゼントを交換し見つめている。「開けていい?」と言われたので「いいぞ」と返してやる。
「髪飾り。いいじゃない。青い石は……アイオライトか。粋だねえ」
「そうなのか?」
「旅人の私にピッタリだよ」
この時はどういう意味か分からなかったのだが後日調べてみると宝石言葉は『道しるべ』や『誠実』であったらしい。確かに図らずも旅人である彼女に合う物を選んでいたみたいだ。少しだけホッとした。
「私の分は開けないの?」
「お、そうだったな。どれどれ」
開いた瞬間パンッと大きな音が響き渡る。反射的に箱を手放そうとしたが瞬時に『ヤバい』と思い必死に落とさないよう掴む。箱の中からはたくさんのリボンや紙飾り、湧き出る小さな泡が破裂音を出している。ふとカフェ内を見ると全員がこっちを向き、アンナの方を見ると俺を指をさして笑っていた。気まずい。
「ナイスイタズラ。ヒヒッ、じゃね」
「待てアンナ! ど、どうなってんだこれ!?」
「直前まで忘れてた罰だよーっと」
ケラケラと笑うアンナは旧市街地の方に消え俺だけ残される。カフェ内からも笑う声が聞こえる。俺が何したって言うんだ!「え、あ、はぁ!?」としか言えない。走り出したアンナを追いかけようとしたらふと肩を持たれ止まる。振り向くとドマからの使者であるユウギリが立っていた。
「失礼、敵襲かと思い来たが」
「あ、アンナが急に……心臓に悪いやつでな」
「……ビックリ箱か。なかなか作りこまれていてアンナは器用な人だ」
そうかもしれんがと言いながらのぞき込むと確かに開けるまでは一切音を出さず油断させる技術は本物である。今度図面でも見せてもらおう。あわよくばやり返したい。ユウギリに「少し借りても?」と聞かれたので渡すと箱の中に手を突っ込む。
「お、おい」
「いえ箱の深さにしては浅い所から飛び出しているなと思い……やはり何かあったな。どうぞ」
手のひらサイズの木の小箱を渡される。横に木のゼンマイが付いている。「回してみるといい。予想が正しければ害はないと思われる」と言われたのでまた変な物じゃないだろうな?と思いながら巻いてみる。するとひとりでに箱が開いた。
夜空の森の中で木製の赤色ウサギが木の歯車がかみ合い跳ねるようにカタカタと動いている。
「ひんがしの国の技術で作ったからくり装置でしょう。なかなか巧妙に隠されていた」
「何だ驚かすだけかと思ったらメインはこれか」
「あらシド、発見したのね。よかった」
クルルがクスクスと笑いながら近づいてきた。どういうことだと聞くとこう答えた。
「来る前に最終工程だけ見たの。『一度目の前の事に熱中したら本来の目的を忘れる人に渡すんだけどこれは捨てられるおまけ』って言ってたわ。私の目にはとっても大切に扱っていたけどね」
「ほう全て手作りで。シドは幸せ者であるな」
瞬時に顔に熱が集まっていく。口元を抑えながら「いやそうはならないと思うが?」と言うとクルルはふふと笑っている。処分前提でって何をやっているんだアンナはとシドはため息を吐く。
それよりもイタズラというやつだ。今まで微塵も見当たらなかった単語が彼女の口から飛び出すとは思わなかった。意外と子供っぽい所もあるみたいでどこか安心する。居ても立っても居られない俺は箱を抱き走り出した。
「まさか両片想いだったのかしら」
「なるほど……」
何か聞こえた気がするが頭に入ってこなかった。「ナイスイタズラ」と言った後の顔が満面の笑顔だったが少しだけ潤った瞳を見逃せなかった。まるでやってはいけないことをやってしまったと後から気が付きパニックになった子供みたいな彼女を追いかける。
◇
「うーむ……いつ戻ろう」
ボクはアプカル滝の前で空を見上げていた。さすがに目の前でキレたシドによって投げ捨てられるプレゼント箱を見たくないのでつい走り出してしまった。しかし予想通りのいい反応を見せてくれた。あの顔だけでご飯3杯は行けそうだし、しばらく機嫌も悪くならないだろう。向こうの機嫌は知らないが。おや目の前がかすんで見える。こすろうとすると声が聞こえた。
「アンナ! 隠れるならもっと近くでな! ……ってやっぱり泣いてたか」
息が上がりながら走って来たシドだった。どうしたと言われてもここに座ってるだけで。慌てながら走り寄ってきてボクの目元を拭う。
「俺は怒ってない。その、からくり装置すごいな。ありがとよ」
「……あー見つけた? 残念」
「残念じゃない。というか渡したいならもっと分かりやすくだな」
隣に座り軽くため息を吐いている。「別にプレゼント交換ももともとビックリ箱の予定だっただけだし。おまけでカバンの中に入れっぱなしだった物を突っ込んだだけだし」と言うと「そうかそうか」と隣で笑い出す。
「何が面白いの?」
「お前の可愛らしい所だ」
「今更気付いたの?」
「夢中さ」
「そういう冗談はもっとかわいらしいレディに言って」
昨日まで過去のボクに見とれてたやつが何言ってるんだ。流石にそれは言わないけど。ふと話題を変えるようにシドは「アンナ、信じてくれないかもしれんが」と切り出した。何かあったのだろうかとどうしたの、と聞くと年甲斐もなくはしゃぎだす。
「前に子供の頃に欲しかったモノの話しただろ?」
「あー会いたい人とか言ってたやつ」
「叶った。嬉しかったぜ」
「よかったね」
「だが手に届かなかった」
心の中でうわさをしたら言いやがったよコイツ。シドは空に手を伸ばしている。
「次会ったら飛空艇に乗せるって約束してたのにな、逃げられちまった」
「ホー、淡いねえ」
「まあ次こそとっ捕まえたらいいさ。もう忘れたくないからな」
「―――そう」
あくまでも忘れる気はないらしい。薄々思ってたけど面と向かって言われると何か背筋がムズムズする。首元がくすぐったくて、何か不思議な感覚。
「あとお前の紹介もしたい」
「ははっ私のような旅人なんて面白くないよ」
「俺がしたいんだよ」
一度言った事は曲げない人間である彼のことだ。本気でボクをボクに紹介したいらしい。つい大笑いしてしまう。
「アンナ?」
「いやあ面白い。しばらくは旅に出る暇無いかな」
「……楽しいことなら俺がいくらでもあげるぞ」
「じゃあ一瞬でも暇だと思ったら消えるよ?」
「逃がさん」
ぎこちない動きで肩に手を回されながら言われた言葉に『うん? とんでもない約束をしてしまった気がするぞ?』と何か今までと違う歯車が回り始めた感覚が湧いてくる。くすぐったい首元を押さえながら苦笑した。
「ま、当面はいっか」
「でもな……イタズラはやっても怒らんがほどほどにしてくれ心臓に悪い」
「善処しまーす」
頬をつねってやり少しだけ彼の肩にもたれかかってやった。ピクリと彼の体が揺れ動くが無視してやる。騒がしい祭りというやつも、悪くない。
この後、帰りにくいと言うボクの言葉をシドは無視し腕を引っ張られカフェに戻った。直前で手を振り払いのぞき込むと食事もあらかた減り大人たちは酒が入りつつあった。「親方遅いっすよー」「アンナはお酒大丈夫かしら?」なんて声に私たち2人は笑みがこぼれた。
―――この後飲み比べしようぜと言われたので酒樽の大半をボクが飲んでやったさ。そしたらシドを含めた周りの男共はグラスを持ったまま倒れていった。その風景は簡単に言うと死屍累々ってやつで。顔を青くしたアルフィノと飲めないと断った人間たちで後片付けをする羽目になる。パーティなんて経験がなかったが片付けが終わるまでがパーティだってくらい知っているさ。見ていたミューヌの「ここで君に競争を持ちかけようとした人間がいたら今後絶対止めてあげるから」なんて優しい言葉に「それがいい」と返しながら旅館の部屋へ担ぎ込んで転がしていった。思えば皆にボクは酔わないって言ってなかったなあ。ふふっ。
前/中/後
#シド光♀ #季節イベント
「頭を撫でさせてほしい?」
「ダメか?」
ふと思い付いたので『お願い』してみる事にする。アンナは頭、特に耳周辺が弱いので決して首から上は隙を見せない。正しく言うと座ってもらわないと頭頂部まで届かない。いや届くのだがどうせイジワルな彼女の事だ、背伸びをして邪魔をする未来が見えるのでこうやってお願いするのだ。
”無名の旅人”でありたい彼女を隣にいるよう告白したのはつい最近。彼女からの宿題である”最高の殺し文句”でボロボロに泣いた彼女がいまだに記憶に残っている。―――まあ付き合い始めても距離感やお互いの忙しさも相まって一切ぱっと見変わらない日々だったのだが。今日は約1ヶ月ぶりに「支社から頼まれていた資料を持ってきた」とガーロンド社に顔を出したので「休憩だ」と社員達に言い残し部屋に来てもらった。
「ボクが気が向いたら撫でてあげてるよね?」
「いや、それは嬉しいがそうではなくてな。お前の頭を撫でたいんだ」
「そんな年齢じゃないよ。キミの倍は生きてるボクを撫でて何かメリットはあるのかい? 報告書にまとめて提出してくれたら考えてあげるよ会長さま?」
今日のはぐらかし方は少々偉そうだ。シャーレアンにでも行っていたのだろうか。まあ報告書作れは冗談だろうけどときどきは受けて立とうじゃないか。「じゃあ今すぐ書くから待ってろ」と言いながら机に向かい紙とペンを準備すると「冗談さ」と分捕られた。少しだけ困った顔をしているのが見ていて面白い。きちんと理由を言わないと納得しないようなのでもう少し押してみる。
「お前が俺を撫でたいと思うように、俺だってお前をゆっくり撫でて楽しみたいのさ」
「よく分かんない」
「というかお前だってこんな男を撫でて何が楽しいんだ。まさかと思うがお前にはいまだに俺があの頃の坊ちゃんにでも見えてるのか?」
「さあどうでしょう?」
「疑問で返すんじゃない」
アンナは14の頃に故郷を飛び出して旅をしてきたヴィエラだ。自分よりも倍以上の年月を生き、旅を続けて来た。少年の頃にちょっとした縁で出会い、いろいろあって再会した。彼女の目にはそんな小さい頃の俺が映ってるかのように見る時もあるようでよく頭を撫でてくる。優しくて気持ちがいいのだがやられっぱなしというのもよくない。場所を考えずにやるので毎回プライドを砕かれそうになるのを耐え続けているのだ。少しくらいは負けだと言う彼女の可愛らしい所を見たいわけで。だから恥を忍んで今回お願いをしてみたのだ、と思った瞬間だった。俺は完全に油断していた。涼しい顔して抱き上げられ、ソファに腰掛ける。その細い腕に大の大人を運ぶどれだけ筋力あるのかといつも考える。というか俺は重い機材を運んだりする関係で体は普通の人より鍛えている。そして彼女が来るまで機材のメンテナンスしていたので工具の袋やら腰に下げていていつもよりも重たい。そのハズなのにあっさり抱き上げられるのは本当に彼女の人とは違う人生の歩み方に舌を巻く所がある。以前「俺を持ち上げるコツとかあるのか?」と聞くと「持ち上げるぞパワーをためる」と言われた。意味が分からない。
考えているうちにも両足を広げて座った彼女は、慣れた手つきで俺を自らの太ももの上に足を乗せる形で座らせ、手を握る。そして彼女は少しだけ背中を丸め自らの後頭部に俺の手を押し当てた。
「その指耳に当てたらもぐから」
「ナニをだ!?」
「男性器に決まってるじゃないか。ほらボクの気が変わる前に体験したまえ。全然楽しくないからさ」
彼女には恥じらいという概念はあまり存在しない。育ちの違いか分からないが下ネタも直接的にデカい声で言うからこっちが恥ずかしい。ネロを筆頭に男性社員達とゲラゲラと笑っている姿も度々目撃されている。とても豊かな性知識に対し実際の経験は俺が初めてなのは本当にチグハグなヒトである。
閑話休題。彼女の気まぐれで許可をもらえたので早速撫でさせてもらおう。恐る恐る手を動かし彼女の髪の感触を味わう。きちんと毎日手入れされているだろうサラサラとした髪は心地が良かった。ふと彼女の顔を見ると目を閉じていた。俺が撫でようとする行為を邪魔したくないのだろう。この姿勢で邪魔なんてされたら正直すでに切れかかっている理性の糸が危ないので感謝する。次は頭頂部も触りたい。冗談とは分かっているがもがれたくないので耳に触らないように慎重に手を上げぽんとたたく。「ん……」と一瞬アンナの声が漏れる。気持ち少し笑顔になっているようだ。何が楽しくないから、だ。もの凄く楽しいじゃないか。しかし少し後ろに傾く耳に触らずに撫でろというのは今は無理な話だ。そう、今の状態だったらだ。
ところで彼女が目を閉じているのは見つめ合う事に慣れていないからだ。彼女は『君が慣れてないからしょうがないから目をつぶってあげているんだ』と言っているがそれは間違いだ。彼女は意外とすぐに目を逸らす。いつだって平静を装っているが心臓が破裂するほど高鳴っているのを俺は知っている。俺はその彼女の柔らかな唇に唇を重ねてやった。
彼女の目が見開かれる。そして「ちょっと!?」と言いながら離れようとしたので頭を押さえまた唇を奪う。何度も角度を変え、啄むようにそしてわざとらしくリップ音を立ててやると目をギュッと閉じ行為が終わるのを待っている。小さな声で俺の名前を呼びながら舌を差し出してきたので絡めてやるとくぐもった声が漏れる。こんな姿を知っている生者なんて俺以外にはいないだろう。いつの間にか指を絡ませ合い姿勢も両足の間に足を挟んでやりながら膝で立つ。一瞬だけ離れ顔を上げさせればこれで俺の方が高い位置から彼女を見ることができる。顎を固定し、再び口付けながら首の後ろを撫でるとふわりと香水の匂いが漂う。今日は―――フローラル系の匂いか。という事は大丈夫だな。
満足したのでキスから解放してやると目をゆっくりと開き少々考え込むそぶりを見せる。そしてこう言った。
「シド、最初からこれ目的だったな?」
「そうだが?」
ため息を吐かれた。そして彼女は両手を上げる。降参だと言いたいらしい。心の中でガッツポーズをする。珍しく俺の勝ちだと思ったのもつかの間。まだ仕事中なのでこれ以上は何もできないという生殺しをこれから数時間喰らう事になる。
そうだよ結局今日も俺の負けさ。「もう撫でさせてあげないからねー」という満面の笑顔付きの言葉をもらいながら俺は見せしめのように仕事場に引きずられていくのだった―――
Wavebox
#シド光♀