FF14の二次創作置き場

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注意旅人は過去を懐かしむ後日談その1。シド少年時代捏造。   ふととあ…

紅蓮

#シド光♀

紅蓮

『紅の旅人』
注意
旅人は過去を懐かしむ後日談その1。シド少年時代捏造。
 
 ふととある旅人と彼女を重ねてしまった。少年の頃に出会った寒いガレマルドの人が滅多に通らない路地裏の物陰で行き倒れていたあの人を。

「どうしたの?」

 優しく語り掛ける声にハッと我に返ると目の前にはアンナの顔。目と鼻の先にあるアンナの綺麗な顔に慌ててしまいシドは椅子から崩れ落ちてしまった。当の彼女はクスクスと笑い手を差し伸べる。今更何を驚愕しているのだろうか、ふぅと溜息を軽くつきながらシドはその手を握る。
 アンナと出会ってから程々な時が経った。霊災後、記憶を失いウルダハの教会に身を寄せていた頃に出会ってからというものの―――自分の責務を思い出してから蛮神討伐、ガレマール帝国の侵攻を跳ね除け、竜詩戦争を終結させた。そして遂にはドマとアラミゴを解放しようと走り続ける彼女を、大切な仲間で親しい友人として社員を巻き込み全力で裏でフォローし続けている。『会社の利益にならないことは程々にして欲しい』という部下の言葉をふわりと躱しつつなんとしてもアンナに喰らい付こうとするシドをアンナ本人はどう見ているかはまだ分からない。これは予想だが、どうも思っていないだろう。それでもいいと走り続けた結果、謎に包まれた過去を知ろうと調べ続けている最も近しい仲間である筈の暁のメンバー達よりもアンナという存在の靄に触れることが出来そうな……そんな関係を形成しつつもあった。

「いや、少し昔のことを思い出してな」
「昔……第七霊災当時?」
「もっと過去の話だ。というかお前さんといて何で急にその辺りの時代を思い出すと思ったんだ」
「うーん私が一番分からない辺りの話だからかな? 興味はそれなり」
「生まれてたよな?」
「迷ってた時に光が見えたとかしか」

 シドは「お前どこで迷ってたんだ?」と苦笑しながらあの日以降頭から離れなくなった旅人の話をする。
 魔導院へ飛び級で入学する直前に出会った帝国領内で行き倒れていた赤髪の男か女かも判断が付きにくいヴィエラ族を助けたことがあった。冷たく凍えていたので温かいスープを与えたら不器用だが柔らかな笑顔でお礼を口にする。そして少しの間だけ会話を交わした後、どこかへ走り去って行った。―――現在目の前にいる同じくヴィエラである彼女にいつの間にか執着してしまった原因でもあるような気がすると考えていたがそれは口には出さなかった。アンナは何も言わずシドの話を聞いていたが、語り終わるや否や満面な笑顔で「いい話」とシドの腰に手を回しながら手を取り、ニィと笑った。まるで御伽噺に出る王子様のようで。しかし相手はいい年した大人の男なのだが。

「あ、アンナ!?」
「その話、誰かにしたの?」
「しない、幼い頃の話をする機会なんてそんな…というかいきなり何をするんだ!?」
「そんなヒミツ、私に教えていいの? ただの旅人にするには重たい話」

 シドの話を無視し、鼻先が触れ合ってしまいそうな位の距離に顔を近づけてくる。逃げようにも腰に置かれた手が逃がしてくれない。目を細めクスクスと笑う姿はまるでシドを試しているようで。

「先日お前にとって大事な人の墓参りに連れて行ってもらったんだ、俺の事も話したくなってもおかしくないだろ?」
「いやああなたそんなに私の事好きなのかって思ってお気持ち代弁?」

 ふわりと離れながら恥じらうような素振りも見せず言ってのけるアンナには正直尊敬していた。まあ恋愛方面の話でも一切感情を揺さぶられるような人でも無いだろうなとは思っていたが。しかし『好きなのかと思って』?
 あの夜『あんなこと』しておいて嫌いとかそういう事は無いとは分かっているが改めて正面から言われるとシドとしては恥ずかしくなる。が、何も気まずく思わず会いに来るアンナは度胸ある、というか恥じらいが無いのか? 会いに来なくなったらそれはそれで困るのでアンナの習性には感謝しかない。

「お前はどう思ってるんだ? 俺の事」
「嫌いな男の部屋に何度も訪れる人に見える? あ、ごめん流石に語弊」
「あのなあ…」

 瞬時に顔が熱くなったシドの顔を見てアンナは慌てて謝罪した。他意は無い言い方だというのは普段の色気というものが存在しない彼女を見てると分かるのだが、瞬時に謝罪されるとそれはそれで余計に恥ずかしい気分になる。その反応を見たからなのか慌てたまま言葉を続けた。

「私は確かにきm…違う、あなたの部屋に来るのは気分転換……そう! 気分転換。勿論仕事疲れなあなたの」
「そ、そうか」
「前も言ったけど、私は旅人。本来は同じ場所に残りたくない。痕跡も残さない。だから無意識に距離を取る。本来はここにも来ないようにしなきゃと」
「今更どこに消えるつもりだ?」

 アンナは珍しく慌てふためいている。命の恩人の墓参り中でも見せなかった姿が少し新鮮に思えた。そしてシドは徐々に普段とは違う口調を正す姿に無理しなくてもいいのにとぼんやりと見つめながら見つめている。

「ヒミツ! 旅人はミステリアスに。それがポリシー」
「確かにお前さんは謎が多い人だが」
「とにかく! キミがボクの事が好きだから先にナイスイタズラ! いやあいい反応見れて楽し……あ」
「ボク……か」

 あー! と奇声を上げている。今のが『本来のアンナ・サリス』だったのだろう。趣があっていいものだと思うが本人にとっては化けの皮が剝がれたようなもので。アンナは頭を抱え部屋の寝台に頭をぶつけている。

「前から薄々感じてたがもしかしてあんまり喋らないのは」
「忘れて」
「えらく分厚い猫かぶりだな」
「気のせい」
「俺は好きだな。別に普段からそういう口調でもいいんじゃないか?」

 アンナは「忘れろって言ってるっ!!!」と言いながら顔を真っ赤にし手元の刀を振りぬきブンブンと振り回し始める。シドがこれを窘めるのにまた時間がかかったのは言うまでもない。

 そんな暴れ馬は只今盛大な溜息を吐き正座をしていた。

「ごめんなさい。冷静であらず」
「いやまあ弄った俺も悪かった」

 それと、とシドはアンナの肩をつかみながら頭を下げる。

「えっとな、一度仕切り直させてほしい」
「?」
「ああいうのは男である俺にやらせてほしい。ちゃんとした場所で、ほらもっとムードというのを考えてだな」
「今更私は気にしない」
「俺が気になるんだ。既に、その、あんなことし合った間柄で言っても変な話なんだが」

 その言葉にアンナはクスクスと笑っている。一度暴れ回り冷静になったのか先程のような言動は消えてしまっていた。勿体ない、次はいつ見れるのか。そう考えながら拙い手つきで頭を撫でた。ふわりとシトラスな香りがシドのまだ隠していたい、アンナを否定できない感情を刺激する。ふと『あの人』も香水の香りがしたなと思い出す。何故再び重ねてしまったのか、調子が狂っているのは自分の方だったかもしれないと笑みが漏れる。

「あなたに撫でられるのも悪くはない」
「そうか。そういえば香水はどこで買ってるんだ? ほぼいつも違うが」
「気分で。昔からほとんど自分で調合」
「そりゃ凄いじゃないか」
「子供の頃に故郷で教えて貰った数少ないもの」

 いつも通りの会話だ。他愛のない会話をしてアンナの笑顔で昨日までの疲れが吹っ飛んでいって。残されている莫大な書類も片付けできそうだ。
 自分はあの『残したくない』彼女が尊敬し、唯一彼女が『残していた』立派な侍であるリンドウ・フウガにはなれない。しかしせめて彼女の隣に立っていられる。それはあの絵画には存在しない今を生きる者の特権である。以前より隣に座ることも増えても絶対に拒否されるだろう2文字の想いを心の奥に仕舞い込みながらシドは『余所行き』の笑顔を見せるアンナを見送るのだ。いつもだったら。
―――再び扉を開きアンナはこう言いやがったのだ。

「シド、勘違いしてるみたいだけどあなたあの夜何もしてないからね? 雑だった浴衣直して放り出してた服畳んで、ただ好奇心で肩にキスマーク付けて。そこまでしてもあなた呑気にイビキかいてて起きそうもなかった。普通に布団かけて私も就寝。そりゃ起きてたら個人的用事に付いて来てくれたお礼位考えたけど」
「…………は?」
「『見なかったことにしよう』って聞こえて来た時は正直爆笑した。今の顔も最高。その顔が見たかった。ナイスイタズラ。じゃあね」
「待て! 今の話詳しく聞かせろ! おいアンナ! 俺の悩んでた数日を返せ!!」

 しかしこの時の俺は知らなかった。決して俺の手が届かない場所で彼女が最も隠していた過去と、俺の生まれ故郷との奇妙な縁が牙を剥いて襲い掛かってしまうことに―――

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#シド光♀

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「飾りはこっちに置いて!」「料理の準備できたわ。あとはアンナを待つだけね」「プレ…

蒼天

#シド光♀ #季節イベント

蒼天

星降る夜の奇跡の話―後―

「飾りはこっちに置いて!」
「料理の準備できたわ。あとはアンナを待つだけね」
「プレゼント箱搬入終わったぞ!」
「天井に吊り下げるモノ、準備終わっている」

 アンナとシドがプレゼント交換を約束した当日。カーラインカフェの片隅で暁の血盟とガーロンド・アイアンワークス社の面々はアンナを驚かせるためにと最終準備をしていた。アンナはレヴナンツトールにてタタルに足止めするよう頼んでいるので現場には来ないだろう。

「親方! ボーっとしてないで手伝ってほしいッス!」
「―――あ、ああすまん」

 シドは朝からずっと上の空で、ヤ・シュトラはため息を吐きながら近づく。

「あらあなたが気合入れないと今回のサプライズは成功しないわよ?」
「む、そうだな。そうだったな」

 上の空なのも当たり前だった。昨晩の事を誰にも相談できず1人悶々と悩んでいる。まるで名も無き旅人の事がなかったかのように動き続ける時にイラつきさえも覚える。しかし今は考えている暇はない。手を動かしていれば今は大丈夫だろう、そう考え箱を手に取った。

「親方、その箱は何ですか?」
「ん? ここに置いてるからてっきりお前たちが持ってきたやつかと」
「まあ誰かが持ってきたんでしょう。とりあえず一緒に飾っておきましょうか」
「そうだな」

 いいのか? と思いながら気合を入れて、持ち上げた。



「も、もう少し待つでっす! 紅茶のおかわりありまっす!」
「んーでも人と待ち合わせしてるの。1時間前には待ち構えたいなって」
「ふふっ、ときどきはゆっくり行っても罪じゃないと思うわよ」

 ボクはグリダニアでぼんやりと一晩過ごした後タタルに呼ばれレヴナンツトールにいた。普段なら個人的に驚かせるためにずっと現地で待つのがボクだ。まぁそういえばいつの間にかパーティになってたんだっけと思い出し、彼女らの時間稼ぎに付き合っている。

「タタル私思う。モードゥナに拠点がある人同士何かするならここでやるべきだと思うんだけどどう?」
「え! アンナさん知ってたんでっすか!? ってあ!」
「まあアンナなら知ってるわよね。確かに私も思ったんだけど」

 タタルに「い、いつからでっすか!?」って言われたから「あなたがシドと拳を交わし合ってたところ」と答えるとクルルは「最初からだったのね」とふふと笑っている。

「うん、何かすごいなって思ったら近付けなかった。……私も本気出さなきゃって。こんな経験ない。どうすればいいのかしら―――」

 分かってたら1週間前なんて急な予定にしない、と言うと2人は笑顔でボクを見ていた。

「アンナには来たばかりの私でもお世話になってるわ。日頃の感謝を伝えるチャンスって言われるとみんなやる気も出ちゃうのよ」
「そういうものなの?」
「そうでっす!」
「ただの旅人相手によくやるよ」

 エオルゼアの人間はお祝い事が好きらしい。度々街が飾りつけされているのを見ると相当数お祭りが用意されているのだろう。神様も十二神と多神教な土地だけあってごちゃまぜな文化が少しこそばゆい。何せ生まれ集落は森や動物に感謝する儀式や火にまつわる祭りしか存在しなかった。あとここ60年位は集落にはめったに近寄らなかった。しかし旅人として再スタートを切って5年、いろんな文化を知れるのが嬉しかったし今でも好奇心が収まらない。
 現在―――面倒な出来事も終わり訪れた年末、感謝を示す行為は祭り関係なく誰だって当然なんだろう。自分を頼りきる人たちと盛大に遊ぶのも悪くない。だから準備はしてきたのだ。大きな箱と、小さな箱たち。実は小さな箱に関してはもう会場には置いてきていたのだが。

「クポー! アンナさんいたクポ!」
「よかった間に合った。ありがと。これクッキー。仲間と食べて」
「ありがとうクポ!」

 いつもより少しだけ大きな封筒を受け取る。開くとパーツがいくつか入っている。欲しかったサイズの木製の歯車だ。準備した物、これはかつて成人前にドマを命を救ってくれた恩人と修行の旅をしていた時に見て感動したからくり装置。遠い昔、興味あるならと貰った書物を参考に設計図だけ作ったが、途中で飽きてしまった物をちょうどいい機会だからと完成させてみた。彼の故郷の技術に比べたら原始的に映るかもしれないが気にしない。まあそもそも手に取るかも分からないのだ。それもまた一興。ボクとしては”外箱”ごと捨ててもらっても別に気にしない。旅人であるボクがいた記憶をなるべく残してほしくないのだから。

「あとはこれを―――できた」
「あらそれは何かしら?」

 木の小箱を開くと木彫りのウサギがあり、周辺の歯車をいくつか取り換える。

「内緒」

 人差し指を口元に持っていき笑顔を見せてやる。そして大箱を慎重に開き中身の意匠を触らないよう奥に安置し、箱を閉じた。そしてクルルの耳元で「誰にも言わないでね」とささやく。

「一度目の前の事に熱中したら本来の目的を忘れるボケが始まったオジサンの目を覚ましてあげようって感じ。で、これはおまけ。多分外箱ごと捨てられるだろうから適当に……ね?」
「あらあら」
「アンナさーん! そろそろ一緒にグリダニアに行くでっす!」

 準備できたんだ、と言いながらタタルの元に走っていく。

「私には大切な人にあげるための準備に見えるな」
「何か言った? ほらクルルも来てよ。せっかくなら皆でお祝いしましょう?」
「分かったわ」

 呼ばれたクルルも小走りで石の家を飛び出して飛空艇でグリダニアに向かう。さあどんな準備をしてくれたのかな? 楽しみだ。



「よ、よおアンナ」
「あらシド。ここで待ってたんだ」
「お前の方が遅いなんて珍しいじゃないか」

 アンナがタタルやクルルと一緒にグリダニアランディングに降り立つとそこにはぎこちない動きと引きつった笑顔のシドがいた。「分かりやすすぎるわ」「サプライズ下手すぎでっす……」と小声が聞こえる。だがシドは無視して「とりあえず飯でも食おうぜ」と指をさし歩き出す。アンナは笑顔でその数歩後ろを付いて行く。階段を上るとそこにはきらびやかな装飾と食べ物とケーキ。プレゼントの山が積まれ、暁の血盟のメンバーやガーロンド社の人間たちが。アルフィノが優しい笑顔で手を振っている。

「アンナ。いつもありがとうな」

 シドの言葉にアンナは一瞬目を見開き、止まっていた。徐々にいつも見せる笑顔は消え、目をぱちくりとさせている。

「あら? どうしたのかしらあの人。立ち止まってるわ」
「アンナ早く来るッスよー!」

 表情一つ変わらず、やがて何かに気が付いたのか慌てて手で顔を覆う。シドは横でキョトンとした顔で見つめているととつぜん手を外し、彼の方に向き見慣れた笑顔を見せた。

「だーれーがーここまでやれって?」
「え、あー、ごめんな?」

 一瞬シドのヒゲを掴みながら、踵を返し皆の元に走り出した。

「ありがとう」

 小さい声だったが確実に聞こえた。彼女から初めて引っ張られたヒゲをさすり彼女を見つめていると腰辺りを突かれた。見るとクルルが笑顔で「もしかしたら慣れてなかったのかもしれないわよ?」と言い先へ進むよう促した。

 よく考えたら彼女は長い間1人で旅をしてきた。振り返ればエオルゼアで出会ってから今まであった祝賀会や式典は陰謀に巻き込まれたりと彼女が休まる時はなかった。そんな彼女が星芒祭だと口実があるとはいえ突然政治主張等関係ない誕生日でもない日に祝われたら。本当に考えがフリーズしたのか、あのいつも余裕ぶった笑顔の旅人が。シドの口元から笑みがこぼれだす。「いいものを見た」と呟きながらゆっくりと歩き出した。



 パーティは盛り上がった。アンナの前に食べ物を置くと気が付いたら消えているので「自分の食べる量をキープしろ!」「俺たちの食べる物が無くなっちまう!!」と怒号が飛び交っている。シドたちは「何かやってるなーって静観してたの。ガーロンド社の人たちまでいるとは思わなかったけどね」という言葉で計画の半分程度はバレていたかと驚いた。「じゃあ余計にレヴナンツトールでやりなさいよ」とアンナの呆れた声にシドは「発想になかったな。グリダニアでと約束したんでな」と悪びれず答えた。

「いいじゃないか。私は君と出会うきっかけになったグリダニアでこうやって祝えるのが嬉しいよ」
「そんなもんなの?」
「いいのではないでしょうか。貴方にも休息は必要ですから」
「サンクレッドが来なかったのが残念ね。彼にも少し休んでほしかったんだけど」

 その後アンナはプレゼントを積んでいる山を指さしながら「小さいやつ、大体は私からの贈り物」と言った。ある箱は画材、ある箱は香水。またある箱には羽ペンと羊皮紙。奇麗なナイフにシャード詰め合わせ。

「アンナ、合計いくら使った?」
「今回のパーティに使われたお金に比べたら安い。好きな物持って行っていいよー」
「じゃあ次は私たちからもあげないとね」

 彼女の周りにプレゼントの山が積まれていく。「こんなに貰ってもどこへ持ち帰ればいいの?」と苦笑いしながら開封していく。

「あらミニオン」
「ウチの新製品の新型エンタープライズモチーフッス!」
「ちっちゃくてかわいい。こっちは調理道具セットか。いいねえ」
「あら会長は最初私にね―――」
「ゴホン。まあよく料理を振る舞ってくれるからな。使って欲しい」
「いいよ」

 暁の血盟側から渡された物はまずは淡く光るクリスタルがあしらわれた小物入れ。マフラーや手袋、アルフィノが描いたグリダニアの風景画。「もっと早く分かってたらとびきりなものを準備したでっす! でも自信作でっすよ!」とタタルは胸を張っている。アンナは笑顔で「みんなさ、旅人に贈る量じゃないってば」と言いながら箱を開いては取り出し優しく撫でている。

「来年もよろしく、アンナ」

 思い思いの言葉を伝えたが全員の言葉を要約するとこうだった。アンナの目が見開かれ、しばらく固まった後頭をかきながら「しょうがないなあ」と照れた笑顔を見せた。その後話題を変えようと赤色の箱から何やら装飾具を取り出す。中央に赤色の宝石、羽根のようなおしゃれな模様が張り巡らされボタンを押すとカチャリと音を立てながら開くと時計盤。

「あら懐中時計」
「俺じゃないぞ」
「私たちでもないね」
「見た事もないデザインの物だしもしかしてオーダーメイドかしら?」

 理由は分からないがオーダーメイドという単語でシドの表情が引きつる。しかし箱の底に残っていた紙切れを見て「兄さんだ」と呟く声が聞こえるとと少しだけ和らいだ。アンナは何も言わずそのまま身に付ける。俺たちは彼女が持っていた紙切れをのぞき込むとぱっと見読み取れない言語で書かれている。「崩した古代ヴィエラ文字。お疲れさまと兄の名前が書いてるよ」とアンナは説明してくれた。いつの間に現れて置いて行ったのだろうか。

「多分レターモーグリーが持ってきたのかも? だって兄さん今は故郷にいるハズ」

 シドは兄がいるとクリスタルタワーで言っていたと思い出す。ついでに5年程度に一度故郷に帰る習性もあると。しかしその場にいる人間たち何も言わず置いて行くサービスは聞いた記憶はないのだが指摘するのは野暮だろうと置いておく。それよりやらないといかないメインイベントが残っているとシドはアンナを引っ張って表に連れ出す。数人の視線が痛いが無視しておく。



「どうしたの?」

 アンナは笑顔で俺を見下ろしている。俺は「忘れたのか?」と言いながら準備していた袋を取り出す。

「―――ああちゃんと覚えてたんだね。結構結構」

 言葉のトゲが痛い。すっかり忘れてるなと思われていたらしい。―――実際昨日急いで工面した物だから言い返せない。彼女はカラカラと笑いながらカバンの中から大きめの箱を取り出した。

「デカくないか?」
「普通普通。ほらちょうだい」
「おう……」

 お互いプレゼントを交換し見つめている。「開けていい?」と言われたので「いいぞ」と返してやる。

「髪飾り。いいじゃない。青い石は……アイオライトか。粋だねえ」
「そうなのか?」
「旅人の私にピッタリだよ」

 この時はどういう意味か分からなかったのだが後日調べてみると宝石言葉は『道しるべ』や『誠実』であったらしい。確かに図らずも旅人である彼女に合う物を選んでいたみたいだ。少しだけホッとした。

「私の分は開けないの?」
「お、そうだったな。どれどれ」

 開いた瞬間パンッと大きな音が響き渡る。反射的に箱を手放そうとしたが瞬時に『ヤバい』と思い必死に落とさないよう掴む。箱の中からはたくさんのリボンや紙飾り、湧き出る小さな泡が破裂音を出している。ふとカフェ内を見ると全員がこっちを向き、アンナの方を見ると俺を指をさして笑っていた。気まずい。

「ナイスイタズラ。ヒヒッ、じゃね」
「待てアンナ! ど、どうなってんだこれ!?」
「直前まで忘れてた罰だよーっと」

 ケラケラと笑うアンナは旧市街地の方に消え俺だけ残される。カフェ内からも笑う声が聞こえる。俺が何したって言うんだ!「え、あ、はぁ!?」としか言えない。走り出したアンナを追いかけようとしたらふと肩を持たれ止まる。振り向くとドマからの使者であるユウギリが立っていた。

「失礼、敵襲かと思い来たが」
「あ、アンナが急に……心臓に悪いやつでな」
「……ビックリ箱か。なかなか作りこまれていてアンナは器用な人だ」

 そうかもしれんがと言いながらのぞき込むと確かに開けるまでは一切音を出さず油断させる技術は本物である。今度図面でも見せてもらおう。あわよくばやり返したい。ユウギリに「少し借りても?」と聞かれたので渡すと箱の中に手を突っ込む。

「お、おい」
「いえ箱の深さにしては浅い所から飛び出しているなと思い……やはり何かあったな。どうぞ」

 手のひらサイズの木の小箱を渡される。横に木のゼンマイが付いている。「回してみるといい。予想が正しければ害はないと思われる」と言われたのでまた変な物じゃないだろうな?と思いながら巻いてみる。するとひとりでに箱が開いた。
 夜空の森の中で木製の赤色ウサギが木の歯車がかみ合い跳ねるようにカタカタと動いている。

「ひんがしの国の技術で作ったからくり装置でしょう。なかなか巧妙に隠されていた」
「何だ驚かすだけかと思ったらメインはこれか」
「あらシド、発見したのね。よかった」

 クルルがクスクスと笑いながら近づいてきた。どういうことだと聞くとこう答えた。

「来る前に最終工程だけ見たの。『一度目の前の事に熱中したら本来の目的を忘れる人に渡すんだけどこれは捨てられるおまけ』って言ってたわ。私の目にはとっても大切に扱っていたけどね」
「ほう全て手作りで。シドは幸せ者であるな」

 瞬時に顔に熱が集まっていく。口元を抑えながら「いやそうはならないと思うが?」と言うとクルルはふふと笑っている。処分前提でって何をやっているんだアンナはとシドはため息を吐く。
 それよりもイタズラというやつだ。今まで微塵も見当たらなかった単語が彼女の口から飛び出すとは思わなかった。意外と子供っぽい所もあるみたいでどこか安心する。居ても立っても居られない俺は箱を抱き走り出した。

「まさか両片想いだったのかしら」
「なるほど……」

 何か聞こえた気がするが頭に入ってこなかった。「ナイスイタズラ」と言った後の顔が満面の笑顔だったが少しだけ潤った瞳を見逃せなかった。まるでやってはいけないことをやってしまったと後から気が付きパニックになった子供みたいな彼女を追いかける。



「うーむ……いつ戻ろう」

 ボクはアプカル滝の前で空を見上げていた。さすがに目の前でキレたシドによって投げ捨てられるプレゼント箱を見たくないのでつい走り出してしまった。しかし予想通りのいい反応を見せてくれた。あの顔だけでご飯3杯は行けそうだし、しばらく機嫌も悪くならないだろう。向こうの機嫌は知らないが。おや目の前がかすんで見える。こすろうとすると声が聞こえた。

「アンナ! 隠れるならもっと近くでな! ……ってやっぱり泣いてたか」

 息が上がりながら走って来たシドだった。どうしたと言われてもここに座ってるだけで。慌てながら走り寄ってきてボクの目元を拭う。

「俺は怒ってない。その、からくり装置すごいな。ありがとよ」
「……あー見つけた? 残念」
「残念じゃない。というか渡したいならもっと分かりやすくだな」

 隣に座り軽くため息を吐いている。「別にプレゼント交換ももともとビックリ箱の予定だっただけだし。おまけでカバンの中に入れっぱなしだった物を突っ込んだだけだし」と言うと「そうかそうか」と隣で笑い出す。

「何が面白いの?」
「お前の可愛らしい所だ」
「今更気付いたの?」
「夢中さ」
「そういう冗談はもっとかわいらしいレディに言って」

 昨日まで過去のボクに見とれてたやつが何言ってるんだ。流石にそれは言わないけど。ふと話題を変えるようにシドは「アンナ、信じてくれないかもしれんが」と切り出した。何かあったのだろうかとどうしたの、と聞くと年甲斐もなくはしゃぎだす。

「前に子供の頃に欲しかったモノの話しただろ?」
「あー会いたい人とか言ってたやつ」
「叶った。嬉しかったぜ」
「よかったね」
「だが手に届かなかった」

 心の中でうわさをしたら言いやがったよコイツ。シドは空に手を伸ばしている。

「次会ったら飛空艇に乗せるって約束してたのにな、逃げられちまった」
「ホー、淡いねえ」
「まあ次こそとっ捕まえたらいいさ。もう忘れたくないからな」
「―――そう」

 あくまでも忘れる気はないらしい。薄々思ってたけど面と向かって言われると何か背筋がムズムズする。首元がくすぐったくて、何か不思議な感覚。

「あとお前の紹介もしたい」
「ははっ私のような旅人なんて面白くないよ」
「俺がしたいんだよ」

 一度言った事は曲げない人間である彼のことだ。本気でボクをボクに紹介したいらしい。つい大笑いしてしまう。

「アンナ?」
「いやあ面白い。しばらくは旅に出る暇無いかな」
「……楽しいことなら俺がいくらでもあげるぞ」
「じゃあ一瞬でも暇だと思ったら消えるよ?」
「逃がさん」

 ぎこちない動きで肩に手を回されながら言われた言葉に『うん? とんでもない約束をしてしまった気がするぞ?』と何か今までと違う歯車が回り始めた感覚が湧いてくる。くすぐったい首元を押さえながら苦笑した。

「ま、当面はいっか」
「でもな……イタズラはやっても怒らんがほどほどにしてくれ心臓に悪い」
「善処しまーす」

 頬をつねってやり少しだけ彼の肩にもたれかかってやった。ピクリと彼の体が揺れ動くが無視してやる。騒がしい祭りというやつも、悪くない。

 この後、帰りにくいと言うボクの言葉をシドは無視し腕を引っ張られカフェに戻った。直前で手を振り払いのぞき込むと食事もあらかた減り大人たちは酒が入りつつあった。「親方遅いっすよー」「アンナはお酒大丈夫かしら?」なんて声に私たち2人は笑みがこぼれた。

―――この後飲み比べしようぜと言われたので酒樽の大半をボクが飲んでやったさ。そしたらシドを含めた周りの男共はグラスを持ったまま倒れていった。その風景は簡単に言うと死屍累々ってやつで。顔を青くしたアルフィノと飲めないと断った人間たちで後片付けをする羽目になる。パーティなんて経験がなかったが片付けが終わるまでがパーティだってくらい知っているさ。見ていたミューヌの「ここで君に競争を持ちかけようとした人間がいたら今後絶対止めてあげるから」なんて優しい言葉に「それがいい」と返しながら旅館の部屋へ担ぎ込んで転がしていった。思えば皆にボクは酔わないって言ってなかったなあ。ふふっ。

//後
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#シド光♀ #季節イベント

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「俺、絶対にお兄さんに凄い飛空艇を見せるんだ」「ホー、そりゃ楽しみだ。でも迷子に…

蒼天

#シド光♀ #季節イベント

蒼天

星降る夜の奇跡の話―中―

「俺、絶対にお兄さんに凄い飛空艇を見せるんだ」
「ホー、そりゃ楽しみだ。でも迷子になる"ボク"を見つけることはできるかな?」
「空からならきっと見つかるって! それからその足で目的地へすぐに連れて行けるじゃないか」
「ホーそりゃいい夢だ」


 幼い頃の思い出。不思議な雰囲気を持った旅人は俺に約束をするだけしてどこかに走り去った。
 ―――"ずっと会いたかった人がいる"、この奇跡は夢という一言で済ませたくない、そう思っている。



 突発的なアンナの提案によるプレゼント交換前日。

 暁の血盟のメンバーらと英雄でもあり旅人であるアンナにプレゼントを用意することになったシド。彼は数日の間”定時退社”し、何を渡すかどういうセッティングで彼女を驚かせるかと相談していた。3日前に怪しまれたジェシーにバレてしまい「私たちもアンナにはお世話になってるんですよ!」となぜか社員らと合流。カーラインカフェの一角を貸し切りパーティのセッティングもしようと思ったよりも大きなパーティになってしまった。最終調整のため代表者にされてしまったシドはカーラインカフェにて一足先に前日晩最終確認する予定である。
 準備した物は大量の料理と新製品予定のミニオン。暁も何やら他に準備しているらしい。そして今鞄の中に潜ませている袋の中身は個人的に急いで用意した髪飾り。実はシドにとって恥ずかしい話だが”プレゼント交換”しようという当初の目的を昨晩まで忘れ去っていた。グリダニアへ向かう前に急遽ウルダハに立ち寄り青色の髪飾りを買ってしまった。自分としてはベタな物を買ってしまったのは理解している。しかし唐突に青も似合いそうだな、と装飾店前でつい考え込んでしまいそのまま購入した。控えめな飾りなので装備等の邪魔にはならない、と思う。「ガーロンド社の会長さんもついにお相手ですか?」という店員の言葉を適当に濁し飛空艇に乗り込んだ。

 そういえば提案者のアンナは準備期間の間彼らの前に現れなかった。また人助けでもしているのだろうか、笑みがこぼれる。おかげで鉢合わせせずカーラインカフェのミューヌと明日の予定を話し合い準備を終わらせた。

「そういえばアンナを見なかったか?」
「あの人なら日中は子供たちへのプレゼント配りの手伝いをしていたよ」
「既にグリダニア入りしてるとは思わなかったな。鉢合わせしなくて奇跡のレベルじゃないか」

 ミューヌは「君たち彼女のために大掛かりな準備していたからね」とクスクス笑っている。シドは「ここまで大きくする予定はなかったんだがな」と肩をすくめながら話す。

「まあお人好しな英雄をめいっぱいねぎらってあげたいなんて僕たちグリダニアの民も思ってるからさ。明日ぜひ楽しんでほしい」
「ああ、そうさせてもらうぜ」
「そうだ、もう夜も更けてきたね。街の飾りつけが結構自信作だから夜の外も散歩してみてほしいんだ」
「仮眠を取るにも早すぎるからな。アンナ探すついでに見てみるか」

 シドはミューヌにあいさつしながら外へ出て行った。

「これでいいんだね? アンナ」

 1人残されたミューヌは軽くため息を吐きながら屋外の一点を見る。預かっているモノを持ち"準備"のために受付の裏に消えた。



 グリダニアにいるなら先に連絡くれてもよかったのでは、とシドはため息を吐き、辺りを見回しながら歩いた。可愛らしい雪だるまに可愛らしい飾り。プレゼント箱が飾りつけされた樹の周辺に積み上げられ、肌寒い中確かに自分の故郷にはなかった一種の"温かさ"があった。
 それにしても夜とはいえ普段より人が少ないなと思いながら周りを見回した。ふと赤色の長い耳先が見えた気がする。旧市街地の方に向かったのだろうか。シドも続いて走り出した。

 息が上がりながらも走り抜けるとミィ・ケット野外音楽堂の前にあるひときわ大きなツリーの前に大きな塊が見えた。塊はモゾと動き、かろうじてヒトだと分かる。くすんだ色のマントを被っている姿を見てここで過去の景色と重なる。恐る恐る近付きしゃがむと、少しだけ震えた指が見える。「なあ」と声をかけても何も反応がない。よし人を呼ぼう、そう思い立ち上がり踵を返し歩こうとすると自分のコートの裾を掴まれる。これも、同じだ。

「まさ、か」
「―――おなかすいた」

 無機質で男か女か判断できない中性的な声。俺はこの声を、知っている。そういえば先程外に出る直前にクッキーをもらっていた。恐る恐る振り向き「食うか?」とクッキーを差し出すと手が伸びカリと食べる音が聞こえた。

「ありがとう」

 顔を上げると深く被ったマントの中から見える赤色の髪、奇麗なガーネット色の目のヒト。少し年季の入った服を纏い俺を眉一つ動かさず見上げていた。

「"ボク"はただの通りすがりの旅人で」
「ずっと探していたエオルゼアに辿り着いた、だろ?」

 この人の言おうとした言葉を遮った。少し目を見開いた気がする。「ああ」と言いながら慣れていないのか固い笑顔を浮かべた。

「俺の故郷と違ってここは安全だから、とりあえずカーラインカフェに行こう。"旅人さん"」

 手を差し伸べ立ち上がるよう促す。旅人は何も言わずその手を握り立ち上がった。ひょろりと高い背が記憶と変わらない。成長しても彼より大きくならなかったか、と少しだけ残念に思った。道案内しようとそのまま手を引っ張り歩き出す。旅人は振り払いもせず、数歩後ろを歩いていた。



―――俺はそのまま一方的にこれまであった話をした。20年も会わなかったんだ、積もる話はたくさんある。入学した魔導院でネロと切磋琢磨していた話、親父のトンデモない計画を止められず決別した次の日に亡くなり環境が激変し、そのまま故郷に愛想つかせて亡命した話。会社を興して魔導技術をエオルゼアに広めている話、先代光の戦士を運ぶ飛空艇を飛ばした話を。そして最近奇麗なヴィエラのヒトに出会い、新たな光の戦士の誕生をこの目で見た話。彼女も旅人でとても面白い人だと言う俺を旅人は「ホー」と相槌を打ちながらずっと聞いてくれた。

「今度はアンタの話を聞かせてくれよ」
「"ボク"はずっといろんな場所を見て来ただけだよ。キミほど激動な場所にはいなかったかな」
「空と地上じゃ見えるものが違うじゃないか」
「ホーそうかもしれない」

 でも森とか荒れ地ばっかだから面白い話はないよ、と聞こえた。立ち止まり振り向くと少しだけ悲しげな顔をしていた。ふと目が合うと旅人は首を傾げる。

「進まないのかい?」
「む。ああそうだな。座ってから話をした方がいいよな」
「そうしたらいい」

 あとは何も言わず新市街地へ歩き、カーラインカフェに辿り着いた。



「地味に遠かったな」
「そうだな」

 ここに座っておいてくれよ、と空いていた席に案内し旅人を座らせた。珍しく客が1人もいない空間は少しだけ寒く感じたのでミューヌに温かい飲み物を出してほしいと頼みに行った。すると「後で持っていくから君が連れて来た人と話でもしてなよ」と言われた。その言葉に甘えて彼の元へ戻る。

 旅人は変わらずフードを被ったまま黄昏ていた。俺は旅人を片手は指さしもう片方の手でフードを外すしぐさを見せながら促す。

「ここは別にアンタを追いかける人なんていないから外さないか? まあよそ者に厳しい人は少なくないが今はそんなやつはいない。もしいても俺が許さないしな」
「ホー。そういえばこれでずっと慣れていたから気にしていなかった」

 彼が羽織っていたマントを外した。ボサボサの赤色の髪に長い耳。ヴィエラの民族的意匠が込められていると思われる白色の髪飾りが映える。一度見た記憶のままの"あの人"だった。

「凄い心配したんだ。再会する約束してたのにな、どう会えばいいんだって」
「ホー子供の頃に一度会っただけで覚えられているとは思わなかったな。ただの旅人と偶然立ち寄った街の少年だよ"ボク"とキミって」
「初恋のようなモンさ。それに行き倒れのヴィエラなんて簡単に忘れるわけないじゃないか。……まあ本当の事を言うと子供の頃に欲しかったもの、と言われて連想したんだ」
「ホー」

 感心するような声に苦笑しているとミューヌが温かいココアを持ってきた。お礼を言って受け取り一口だけ飲むと冷えた体が温まっていく。旅人もマグカップを手に持ち温まっているようだ。

「どうやってここに辿り着けたんだ? 歩きだったんだろ?」
「色々出会いに恵まれてね。これが神のおぼしめしってやつかもしれない」
「そりゃいい。残念ながら俺は願う神がいないから何とも言えないが」
「……"ボク"もさ」

 目を細め、俺を見ている。何だか少し照れくさい。相手は男のハズだが子供の時には分からなかった自分にはない色気に夢中になっていく。もっと知りたい、話をしたい。ココアをまた一口。そういえばどこかいつもより甘い気がする。

「ヴィエラはカミサマへの信仰が深い種族だが、"ボク"はそれが疑問だったんだ。実はそれを探す旅をしているのさ。精霊、そして十二神ノフィカへの信仰に興味があったからエオルゼアの中でもグリダニアを選んでみた」
「確かに神への信仰の深さならここかイシュガルドが分かりやすいな」
「イシュガルドは"ボク"みたいな旅人には厳しい。グリダニアだったら比較的怪しい旅人でも出入り可能みたいだしなにより故郷である森の環境に近い」

 ココアを飲みながら旅人の優しい声を聞く。少しだけ瞼が落ちてきた気がする。そうだ、話をするのもいい。そうじゃない。今、言わなければいけないコトがあったのだ。

「そうだ、俺の名前」
「言わなくていい。キミは旅人と出会っただけのヒトなんだ。"ボク"はまた旅に出るからお互い知らないままでいい。―――もう"ボク"の事は忘れな。そうすれば、気持ちよく眠れる」
「嫌だ、絶対に忘れてたまるものか。知ってほしいんだ。ああ旅人であるアンタは名乗らなくていい。約束と、ただの自己満足なんだ―――」

 俺の名前は、と口が動くが意識が遠のいていく。見覚えのある笑顔を見せる【不思議な旅人のお兄さん】に手を伸ばそうとするがそのまま目の前が真っ暗になった。



「空いてる部屋、ある? シド寝たからベッドに置いてくる」
「アンナ……君はなかなか演技派だねえ」
「ヒヒッ"私"ができる数少ない芸さ」

 ニィと笑い咳ばらいをし赤色の髪を掻きまわしながらシドが持っていたココアが入ったマグカップをこぼさないよう支えている。

「まあその内また旅に出る予定だからね。1年お世話になったお礼ってやつ、かな?」
「なかなか悪い女だねえ」
「いえいえ魔女さんには負けますって」

 2人はふふふと笑っていた。
 彼女の"仕込み"が始まったのは3日前。裁縫師ギルドで当時着ていた服と似たものを持ち込み加工し、ボロボロに見えるマントも見繕った。そして今朝、美容師ジャンドゥレーヌに頼み髪を赤く染め、中性的に見えるようにメイクを施す。着替えて客室から現れるとミューヌを始めとする周りの人々から赤色の髪を久々に見たと辺りに集まって来た。そして彼らに夜中は早く寝てほしいと”作戦”を告げるとあっという間にカ・ヌエ経由で"街中に"通達が出回った。「そこまでしなくてもいいんだよ?」とアンナは苦笑したがその好意に甘えた。最後にミューヌに睡眠薬を渡し、自分とシドが戻ってきたらシドが頼むであろう飲み物にこれを入れてとお願いした。仕込みが終わるとわざわざシドを外で待ち伏せ、耳が見えるように足早に走り樹の前で倒れるのは金輪際やりたくない。しかし"あの子と彼の願いだったから"演じ切っただけである。

「ところでシドは君の事を完璧に男だと思い込んでたみたいだけど」
「……別に気にしてない。そういう会い方をしたからね、かつて」
「というかどこから見てもちょっと声を低くしたアンナだったのに彼にはどう見えてたのさ。ちょっと聞かせてくれよ」
「ミューヌにならいつか話すよ、絶対」

―――もう戻る気はなかった。"この子"の思惑としてはもう血生臭い日々なんて厭。気ままに旅をし、いろんな人間に出会って人助けをする旅人でいたい。名前を捨て、故郷の思い出も捨て、すべてを文字通り斬り捨ててきた。そう、【命の恩人(リン)】みたいに。だがそれだけはやっちゃいけない。"ボク"は"この子"が人として幸せになってもらうために存在するのだ。そう、ようやく見つけた"護るべき人()"の意志を強くするため、特別に"今回の計画"を練ったのだから。

 ミューヌの「楽しみにしてるよ」という声を聞きつつ突っ伏すシドを起こし抱き上げる。そして旅館【止まり木】の受付で大男を軽々運ぶ女性を驚いた目で見る人から鍵を受け取り個室に向かう。部屋の扉を開き、そのまま彼を寝台に寝かせる。そしてもう必要のない唯一残していた過去の証である髪飾りを外し、手に握らせてやる。

「まだ捕まるわけには、いかないんだ。シド」

 仕込みは念入りにと低く無機質な声で大きくなったね、と呟きながら彼のゴーグルを外し、第三の眼に口付けを落としてから扉を閉める。

 その時のアンナには"もう1人の自分"がなぜ髪飾りを置いて行ってしまったのか、眠っている人間相手とはいえ口付けをしてしまったのか理解が出来なかった。



 目を開くとそこは【止まり木】の客室だった。俺は確か、あの人に会って、話をして、そのまま意識が―――。「夢だったのか?」と呟きながら手に握っていたモノを見る。白色の髪飾り。昨晩会った旅人が付けていたモノだ。俺は慌てて荷物をまとめて外に出る。

「ミューヌ! 昨日俺と会ってた人!」
「おやシドお早いお目覚めで」
「赤髪のあの人はもう行ったのか!?」

 ミューヌは考え込むポーズを見せた。

「いや、君は夜中に散歩に行った後1人で帰ってきてそのまま宿屋で眠っていたよ。何せ今日は大きなサプライズ予定だろう?」
「え? あ、そ、そうだな?」
「それかもしかしたら聖者様が持ってきた奇跡かもしれないね」

 ミューヌは俺の変化する顔を見てか笑っている。俺はポケットに忍ばせた髪飾りを握り、「夢じゃない」とボソリと呟いた。おぼろげな記憶に残っている『大きくなったね』という言葉が反芻している。

「いつか絶対、お前"も"捕まえてやるからな」

 いつか自分が作った飛空艇に載せてやると約束してたのだ。忘れるわけがない。その言葉と貰ったコーヒーを一気に飲み込んでやった。

/中/
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#シド光♀ #季節イベント

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注意メイン3.3終了後周辺のお話(メインストーリー言及無し)。シド少年時代捏造。…

蒼天

#シド光♀ #季節イベント

蒼天

星降る夜の奇跡の話―前―
注意
メイン3.3終了後周辺のお話(メインストーリー言及無し)。シド少年時代捏造。
 
「星芒祭っていうのがあるらしいね」

 アンナの一言が今回の不思議な出来事の始まりだった。

「シドはそういう経験ないの?」
「その祭はエオルゼア特有のイベントだから俺の故郷には無かったさ」

 ある日の昼下がり。ガーロンド社の一角に作ったシドの自室に通されたアンナは、先程グリダニアで見た大きな木と子供たちにプレゼントを振舞うふわふわヒゲな人たちの話をする。

「じゃあ貰ったことないんだかわいそう」
「お前もないだろ?」
「うん。じゃあシドは子供の頃何か欲しい物とかあった?」

 じゃあって何だと言いながらシドはヒゲを撫でながら考え込む。

「そりゃ新しい装置の設計図とか工具とか欲しかったな」
「今自由に買える環境になってよかったね。夢のない回答をありがとう」
「子供の頃の話じゃなかったのか?」
「ああそうだった。私から見たらあなたは子供みたいな年齢だからつい」

 シドは『26歳じゃなかったのか?』という言葉を飲み込み再び考え込む。何か、欲しかった物か。ふと一つだけ誰にも話せず、絶対に誰も持ってきてもらえないモノを切望していたことを思い出した。

「会いたい人がいた」

 魔導院に入学する直前に出会った『旅人のお兄さん』が浮かんだ。アンナは一瞬だが目を開き、「あるじゃん」と言いながら笑顔になった。シドはその笑顔から目を逸らしながら疑問を返す。

「アンナは何か欲しい物とかなかったのか? 子供の頃」
「昔すぎて覚えてないよ。……今だったら世界平和とかかな?」
「これまた大きく出たな」
「だってやろうと思えば何でも手に入る身だし。絶対にムリなものを言ってみた」
「お前も夢がないなあ」

 そう言いながら小突くと彼女は不意に手をポンと叩く。

「それじゃグリダニアでプレゼント交換でもする? やってみたかったんだよね」

 シドは「はぁ!?」と言いながら顔を赤くした。



 プレゼント交換。この年でしかも仮にも異性とすることになるとは思わなかった。
 普段世話になってるし感謝のしるしとして何かあげるなら今しかないだろう。しかし何を渡せばいいのだろうか。多分彼女の事だから「あなたからなら何貰っても嬉しい」とこっちが恥ずかしいセリフをいつもの笑顔で言うだろう。それに甘える事は出来ない。というわけでそれとなく人に相談することにした。

「女性にプレゼント? 会長そんな頭あったんですね」
「失礼だなジェシー。俺だって考える事はあるさ」

 相談と言っても即乗ってくれそうな人はジェシーしか浮かばなかった。アンナである事は隠しさりげなく休憩室にいたジェシーに声をかけた。

「その人は何が好きなんですか?」
「何って……」
「ほら興味あるものですよ。演劇とか裁縫とか」

 シドは考え込む。そういえばアンナの趣味は知らない。あえていうと食べる事と戦闘だろうか。色気がない。というかそれを言ったらジェシーに即バレてからかわれ社内で共有されてしまう。まあバレなくても女性にプレゼントを渡すなんて話がこれから広まるかと浮上した考えはうやむやにしようと煙に巻いた。ふとよく差し入れを振舞ってくれることを思い出す。これだ。

「……料理が得意、だと思う」
「じゃあ調理用具とかでいいと思いますよ」
「ふむトースターとか作って渡せばいいか……いや使う場所がないか?」
「アンナにあげるのでしたらまだ包丁仕立てる方がマシだと思いますけど」

 飲んでいたコーヒーを吹き出した。ジェシーは「何ビックリしてるんですか?」とあきれた目をしている。

「いや会長が今唐突に女性の話をするならアンナしかいませんよね?」
「そうか……そうだったか……実は」

 昨日言われたアンナからの提案の話をする。正直何渡せばいいのか分からないと話すと「それは私に聞かれても分かりませんよ」と返された。

「だよな」
「というか会長がアンナを異性として考える行為が出来たのが驚きなんですけど」
「さすがに分かってるさ。ときどきはそういう面も見ておきたいと思ってな」
「へー……」

 ジトッとした視線が気になる。「悪いか?」と聞くとそっけなく「別にいいんじゃないですか?」と返される。

「アンナは多分何渡しても表では笑顔しか見せんだろうからな。驚かせたいんだ」
「あー確かに何あげてもごきげんになりますよね彼女」
「多分その辺りの石ころあげても褒めるぞ」
「ですね。……暁の方々に相談してみたらいいんじゃないですか? 別の視点も必要かと」
「そうなるか……そうだよな……」

 じゃあ少し出てくると言いながら踵を返し休憩室を出た。さて、ヤ・シュトラでいいだろうか。アルフィノよりかは把握してくれるだろう多分。

「これは楽しい事になりそうね」

 その頃1人残されたジェシーは笑顔でガッツポーズをしていた。



「アンナの好きな物かしら? 考えた事がなかったわね」
「何あげても喜ぶと思う、でっす!」
「だよなあ」

 石の家の扉を開ける。ちょうど賢人ヤ・シュトラと受付嬢タタルが何やら話し合っていたので手を上げてあいさつを交わした。少し世間話をした後にさりげなく聞いてみる。

「いやガーロンド社としては結構お世話になってるんでな。何かあげようと思ったんだ。何でも喜ぶと思うがせっかくなら徹底的にリサーチして驚かせたいんだ。だから何でもいいからアンナの好みを知ってる奴がいないかとここに尋ねてみたんだが」

 突然自分がプレゼントを渡したいなんて言うと怪しいだろうと道中に言い訳を考えていたのが功を奏した。タタルは少し考え込みながら「あ!」と言った。

「最近アンナさん色々走り回ってるでっす! 星芒祭近いしもしかして」

 咳払いをする。ヤ・シュトラはクスクス笑い話題を変える。

「あら彼女にプレゼントを渡したいと思っているのはあなただけじゃないのよ? よかったら暁一同協力させてもらってもいいかしら」
「あまり大ごとにはしたくないが……そうだな。アンナを驚かせるなら大勢の方がいい」
「じゃあ他の人たちも呼んで来るでっす! 絶対ビックリさせるでっす!」
「ああ!」

 タタルとシドは拳を交わし準備を始めている。ヤ・シュトラはそんな2人を見てため息を吐く。

「発案した私が言うのもおかしいかもしれないけど―――少しズレてるのはいいの?」

 ヤ・シュトラはこの地点で少し察するものがあった。この時期にプレゼントといえば星芒祭だ。アンナとシドは仲がいいのは知っている。会社としてあげたいのなら私達ではなく社内で考えるはず。ということはプライベートで個人的にあげるのだろう。彼女は"私達にさりげなく好きな物があるか聞いて準備するという計画だった"のではないかと考えていた。それをいつの間にか暁の血盟全員で驚かせてやろうぜという話にすり替わっている。

 そう、この地点でシドはアンナと【2人で】プレゼント交換するという当初の目的を忘れてしまっている。

「えっと……私も本気出さないとダメかな?」

 一方その頃彼らが盛り上がる部屋の前では。偶然用事で訪れたアンナがその会話を聞いてしまい扉の前で頭を抱えている。予定ではシド相手なら多少羽目を外しても許されるだろう、そうだ! 彫金師ギルドに籠ってビックリ箱を作って驚かせてやろう! という意気だったが何やら相手方が本気で渡す気になっているらしく方針転換を強いられてしまった。【唯一残している物】を握りしめ裁縫師ギルドへ向かう。

 イベントは6日後。英雄活動で疲れた彼女の心を癒せる最高のイベントにしようとガッツポーズするシドの姿があった―――
前//
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#シド光♀ #季節イベント

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注意紅蓮4.0ストーリー終了後のお話(地名以外詳細書かず)、シド少年時代捏造&n…

紅蓮

#シド光♀ #リンドウ関連

紅蓮

旅人は過去を懐かしむ
注意
紅蓮4.0ストーリー終了後のお話(地名以外詳細書かず)、シド少年時代捏造
 
「シド、アンナ見てないかい?」
「いや、見てないな……何かあったのか?」

 ある日の昼下がり、アルフィノの来訪から俺とあの旅人との奇妙な関係がより複雑になっていった―――

「最近全然私達の方に顔を出していないからシドの方にいるのかと思って聞きに来たんだ」
「いや、俺もここ1週間位は見てないな。てっきりアラミゴ解放してからもそっちの仕事が忙しいのかと思っていたんだが」

 我らの英雄さまはどうやらまたどこか変な所に迷い込んでいるようだった。5日位前からふらりとエオルゼアから離れてるらしく、アルフィノ達がリンクパール通信を送っても「あと少しで見つかる、はず」と曖昧な答えしか返って来なかったとのことだ。なのでもしかしたらガーロンド社の依頼でもやっているのかと疑問に思って直接訪ねに来たらしい。しかし相変わらずアンナの事が心配になったら真っ先に自分の所に来るのは嬉しい事なのかそうでないのかよく分からない部分だとシドは苦笑する。

「最近あの人に変な事でもあったか?」
「変と言っても彼女は普段から不思議な所が……ああちょっと待って欲しい、心当たりがある」
「というと?」
「絵を描くように頼まれた」

 さりげなくアンナの事をどう思ってるか言いかけたな。シド自身もほぼ同じ感想を抱いているので何も言わないようにし、アルフィノの回想を聞く。



「アルフィノ」
「おやアンナじゃないか。どうしたんだい?」

 石の家、ドマやアラミゴを解放したからといって即平穏が訪れるわけではなく、毎日数々の小競り合いの報告が集まってくる。暁の面々が英雄と呼ばれるアンナだけでも休息を取るように勧めた数日後、珍しく連絡なしで現れた。いつもより遠慮がちな顔をしながらアルフィノの方へ駆け寄る。

「忙しい所ごめん、お願いしたい事あって」
「君の頼みなら光栄さ。丁度休息を取ろうと思っていたから遠慮せずに言って欲しい」
「んー……おいしい茶葉見つけたから一緒に飲みながらで」

 石の家の小部屋に通されアンナは手慣れた様子で紅茶を淹れ青年に渡す。「ありがとう。君が淹れたお茶は美味しいから好きなんだ」と言えば笑顔を浮かべながら机を挟んだ正面に静かに座り、口を開いた。

「絵を描いてほしい」



「なるほど、それで言われるがままに絵を描いて渡したらそのままふらりと」
「お礼を言ってる時の顔は今までにない位綺麗な笑顔だったよ。……そうかそれを持ってクガネに行ったのかもしれない」
「どうしてクガネだって分かるんだ?」

 どうやら描いた絵は東方の衣装を纏い刀を持った男だったらしい。誰かと聞いたら「命の恩人」とだけ答えたという。「まさか彼女は人探しをするため私に絵を頼んだのか?」とアルフィノは呟いている。
 ここからクガネは少しだけ時間がかかる。飛空艇で早々に行けるだろうか。予定を確認すると大仕事はオメガが見つかるまでは無いようだ。「彼女を連れ戻してくる。多分迷子になってるだけだ」と不安そうな顔をしていたアルフィノの頭をぽんと叩きモードゥナを後にした。
 何かモヤモヤするのだ。今まで影も形も見せなかった彼女が気に掛けた男の存在が気になる。ましてや尋常ではない強さを持つ彼女の命の恩人だと言われると好奇心が抑えられない。



「英雄さんかい? 確かここ毎日夜は黄昏橋で釣りをしているよ。ほらあそこ、潮風亭から続く橋」

 少し休暇を貰う、と部下の返事も聞かず飛び出したシドは大急ぎでクガネ行の飛空艇へと乗り込みエールを煽りながら空旅を楽しんだ。久々の完全な休暇だから少しだけ呑んでも許されるだろう。本音を言うと今まで一切見せて貰えなかったアンナの『過去』の一欠片が気になりすぎて頭がおかしくなりそうだった。「俺はそんなに彼女の事が気になっていたのか?」というどんな設計図よりも難しい『難問』を波に揺れる中で反芻し続けてしまう脳を一度リセットするためという情けない理由だ。結論を出すにはもう彼女との距離が縮まりすぎていて逆に分からない。後悔してももう遅いのだが。

 そんなことを悶々と考えているうちにクガネに辿り着いていた。気怠い身体を引きずりまずは聞き込みを始める。一から探すよりアンナはドマを解放した有名人なのだから適当に人を捕まえて聞けば分かるだろうと判断し、商店付近で聞き込みをすると即居場所を特定出来た。
 どうやらアンナは数日前までは早朝にハヤブサで飛んで行き、夕方には少々落ち込みながら帰ってきて釣りをしていたのだとか。今は紅玉海のコウジン族と走り回っているという話を聞いた時はエオルゼアとほぼ変わらないことをしているんだなと苦笑いが漏れた。

「そういうアンタさんは英雄さんの何なんだ? まさか……コレか?」
「いやただの友人の1人さ。彼女最近エオルゼアの方に帰ってなくてな。仲間が心配してるんで代わりに見に来たんだ」

 小指を立てながら聞いてくる店主には少し慌ててしまった。そう、シドは多分アンナからすると旅の途中に出会った人間の1人である。一番近しい所にいる筈なのに、寂しい関係。きっと周りからは明らかに異性としてではなく同性の友人という感覚でお互い会っているようにしか見えていないだろう。自分で言ってて悲しくなってきたなとシドは溜息を吐いた。

「じゃあアンタではないのか。待ってる人がいるって言ってたんだがな」
「……というと?」

 適当に挨拶して去ろうと踵を返した時店主のぼやきが聞こえてきた。すぐさま向き直り店主に詰め寄る。

「ああ彼女がどこかに行きたいみたいで何人か野郎が案内しようかと近づいたんだが全部断ったらしいぜ。その時待ってれば来るからって言ってたとか」
「感謝するぜ、おっさん」

 待っている人、誰だろうか。まさかアルフィノが描いたという侍だろうか? 会ってみたい。夜になったら彼女が現れるという黄昏橋という場所に行ってみようじゃないか。



 夜。楽座街はよく賑わっている。今は用事が無いので潮風亭から橋に出ると、いた。探していたヴィエラの女性が少し寂しそうに釣竿を持ち水面を揺らしていた。

「釣れてるか? 旅人さん」
「いやあ私は……ってシドだ。仕事は?」
「しばらくは休んでも大丈夫だ」

 他人を装い話かけると苦笑しながら振り向き、シドの姿を見るなり少し目を見開いていた。

「お前アルフィノが心配してたぞ?」
「あーごめんごめん。迷子になってた」
「テレポがあるじゃないか」
「エーテライトが無い所なの。帰りはテレポですぐだけど行きは頑張らないと」

 懐から2枚の紙を取り出し広げている。覗き込むと1枚目は地図のようで、2枚目はアルフィノが描いたであろう侍らしき人物画。「これは?」と聞くと「赤誠組の人から教えて貰った場所でね。会いたい人がいるんだ」と答えていた。胸がチクリと痛んだような気がする。「そっちは命の恩人、か?」と切り出してみるとアンナは「あーアルフィノから聞いてるよね。うん」とシドの鬱蒼とした気持ちに構わず肩を少し上げながらサラリと答えた。
 髭を貯えた自分より年上であろう威厳のありそうな目の鋭い侍のエレゼンが描かれた紙をアンナは少し切なそうな目で見つめていた。

「ゴウセツに捜すなら赤誠組で聞いたらいいってね。ドマ解放出来て何とか落ち着いたから来た」
「まあ確かにこの辺りの人を知るなら手っ取り早いか」
「凄い人だったらしいからすぐに教えてもらえた。嬉しい」

 確定だった。これは恋人とかそういう分類のやつだ。少なくとも相当信頼されているとシドは心で感じ取った。心の中で溜息を吐いているとアンナは「じゃあ今日は寝るかあ」と釣竿をしまい立ち上がる。

「いいのか?」
「うん。早起きして行かないと日が暮れてその日のうちに帰れないよ?」
「待ってる人がいるって聞いたんだがなあ」

 いじわるそうに聞いてやると「あー」と言いながらアンナはシドの腕を力強く引っ張り耳元で「道案内なら知り合いにされたいに決まってるでしょう?」と囁いた。

 この後アンナが拠点にしているのだという温泉宿の部屋に案内された。ベットは2人分用意されており、「用意周到だな」と言ってやると「そりゃ連絡曖昧にしたらあなたか暁の誰か来るかなって待ってたからね」と舌をペロリと出しながら言い切った。完全に人を宛にする作戦に切り替えていたらしい。

「命の恩人さんに来てもらったらいいじゃないか」
「無理無理連絡する手立てが無いよ。あ、ここ大浴場だけじゃなくて部屋ごとに小さな温泉が置いてあるんだよ。いつも来た時にはお湯が張られていて凄い部屋だよね。あ、お金は私が払ってる。気にしなくていいから」

 と言いながらアンナは浴室へ入って行った。気にするなと言われてもなあ、とぼやきながらコートを脱ぎ、ベッドに横たわった。直後ふと頭の中で現在の状況がどういうものなのか浮かび上がる。

「うん? 2人同室……で寝る??」

 自分が行って、よかったかもしれない。そういうことにしておこうとシドは思考を打ち切った。



 次の日。朝早くから2人で潮風亭で軽い朝食を済ませハヤブサに乗った。ちなみに昨日はアンナがタオルで髪を乾かしながら風呂から上がった後、「船旅だったんでしょう? 風呂入っておきなよ」と言われるがままシドは浴室を覗いた。確かに小さな温泉があり、「そのまま入るよ。ありがとな」とアンナに礼を言うと「ん」とだけ言い踵を返し部屋へと戻って行った。その風呂というものは非常に気持ちが良かった。しかし恩人という存在が頭から離れず、アンナからどう話を聞こうかと悩みながら風呂から上がると既に本人は無防備に眠っていた。つまり何も聞けなかったし何も起こらなかった。いや起こすことは出来ず、なるべくアンナから離れた場所で丸まり眠っていた。目が覚めると既にアンナは起床し、着替えを済ませていたのは更に驚いた。寝起きな顔の前で屈んでおり、「起こそうと思ったら起きた、残念」と何故か悔しがっていた。筆を持っていたがどう起こすつもりだったのだろうか。「見なかったことにしてやるからその筆片付けとけ」とシドはアンナの額を軽く中指で弾いた。ニヤと歯を見せながら「おはよ」と言われたので「ああおはよう」と返してやる。

「もっとゆったりベッド使ったらよかったのに」
「狭く硬いベッドに慣れているもんでな」

 勿論嘘である。いや会社の仮眠室のベッドは硬いのは本当だが横にいたのは仮にも異性だぞ? と言いたくなったが黙っておく。本当に無防備というか警戒されてないのは、信用されているからなのかそれとも何もしないことを読まれ切っているのか。まさか本当に異性としての感情が存在しない人なのか。シドとしては聞いてみたかったが怖くて聞くことはできなかった。

「まあいいや。降りたらとりあえず歩くよ」
「マウントとか使わないのか?」
「空飛んだら早いとかそういうやつ? つまんないでしょ」

 アンナらしい答えだとくくくと笑ってやると「うるせ」と小突かれた。



 小さな村に辿り着いたのでハヤブサから降り、渡された地図をじっと眺めた。シドはまず近くにいた村人を捕まえ、現在地を教えて貰い歩き出す。見る限り行先は山道のようだった。草木をかき分け進んでいるが本当にそんな場所に人が住んでいるのだろうか?と少し怖くなる。アンナが迷子になるのも分かるかもしれないと立ち止まるとふと数歩後ろから付いてくる彼女の鼻歌が聴こえてきた。「何の歌だ?」沈んだ気分を奮い立たせるため振り返り聞いてみると「この辺りの子供が歌ってた」と笑顔で答えていた。

「かぞえ歌? みたいな事言ってた気がする。歌詞は覚えてない」
「そこは覚えておこうな」

 アンナは基本的に覚えるのが苦手のようだった。道もその一つだ。旅人というものはそういうものだというのだが聞いた事も無い。話題を変えるように「なあ命の恩人さんとはどう出会ったんだ?」と少しだけ恩人がどんな人か聞いてみた。

「迷子になって行き倒れてた所を助けてもらって」

 やっぱり迷子癖があるのは昔から変わらないらしい。ポツリポツリとその人の事を話し出す。
 お腹空いたと言えばおにぎりをくれたこと、彼もまた無名の旅人であろうとしていたこと、しばらく一緒に行動してたが森が懐かしいと思った時に『故郷に帰りたくないからグリダニアに行けばいい』と助言してくれたこと。そして生き残るための戦い方を教えてくれたこと。まさしくシドが知るアンナの人生の始まりだった。モヤモヤしていた自分が馬鹿みたいじゃないか、シドは自分の暴走していた考えを戒めるように頭を搔いた。

 そんな話をしているうちに道が開け、そこには小さな小屋と、石碑が置いてあった。



「フウガ、やっと来たよ。遅くなって、ごめん」

 小走りでその石碑に駆け寄り、いつの間にか手に持っていた花束を置いた。その場に座り手を合わせている姿を見てシドは初めてアンナが言っていたことが理解できた。連絡する術がない、そりゃそうだ。死者とは話は出来ない。アンナはわざわざ赤誠組で墓の場所を聞き出し、墓参りに来たのだ。隣に座り、同じく手を合わせてやる。

「シド、気にしなくてもいい。私の我儘に付き合わせたようなもの」
「一緒に祈らせてくれ」
「……うん」

 ふとアンナを見ると少しだけ震えているように見えた。それに対しシドは肩に手を回し、叩いてやることしかできなかった。その時背後から声を掛けられる。

「あのもしもし」

 振り向くと黒色の髪の東方の衣服を纏った男がいた。そして彼は更にこう言ったんだ。

「エルダスさんですよね?」

 彼女は目を見開き、小さな声で「うそ……」と呟いていた。
 それから男に小屋へと案内された。話を聞くとここに住んでいた人間の孫にあたる存在らしい。

「やっぱりエルダスさんでしたか! 演説の時に貴方の顔を拝見した時絶対祖父がお話していた方だと確信していたんです!」
「い、いやあ今私はアンナ・サリスで」

「あのエルダスって」と聞くと彼女は「部族名と思っといて」とだけ答えた。

「ええ分かっていますよ。エルダスは森の名の苗字でサリスが街の名の苗字、ですよね。祖父から伺っております」
「あーフウガは色んな事いっぱい知ってたなぁ……まあだから私はアンナ・エルダスって事にして」

 テッセンと名乗った青年はしばらく考え込んだ後「わかりました」と答えた。どうやらこれ以上名前は出すなという事だろう。シドとしては知りたかったのだが……所謂苗字を知れただけマシかと判断する。

「隣の方は……」
「シド、今回のドマ解放にあたっての外部協力者」
「ああそういう事でしたか。私らの国を救っていただきありがとうございます」
「い、いやそこまで深々頭を下げなくても大丈夫だ。えっと、お祖父さんからアンナの事どう聞いてたんだ?」
「ちょ、ちょっと!!」

 イタズラっぽい笑みで聞いてやると隣で彼女が軽く叩いてくる。そりゃ昔話は知られたくないのだというのは普段の態度から分かる。しかしここを逃したら二度と知れない事なのだ。聞くしかない。

「とても好奇心旺盛な技術の呑み込みが早い方と聞いていました。別れた後も無事グリダニアに到着できたか亡くなる直前まで心配してて。しかしちゃんと辿り着けて挨拶まで来ていただけてきっと喜んでいると思いますよ」

 彼女は「だったらいいな」と軽くため息を吐きながら答えていた。それを尻目にテッセンは手慣れた仕草で箱の中から何かを取り出す。平たく大きな箱を開くとそれは絵画のようだった。道を歩く銀色の髪の侍と、その後ろには槍を持った赤色の髪のウサギ耳の子供がいる。「祖父はここを終の棲家として決めた頃、この絵画を絵師に頼み描いてもらっておりました」という言葉が聞こえる。「フウガと、私?」と呟きながら彼女は目を見開き眺めている。
 シドもまたその絵を凝視していた。懐かしき風景の絵に対し何やら心がざわめいている。どこかで見た、しかしどこで見たか思い出せない。「シド?」という声で我に返る。―――ああ何でもない、と返すと「変なの」とアンナはシドの脇腹を突いた。

「仲がよろしいのですね」
「なっ」
「そりゃエオルゼアにドマ、アラミゴまで一緒に救った仲なので」
「アンナ!?」

 顔が赤くなるシドと笑顔で答えるアンナ、その2人を見比べテッセンはくくと笑う。何かあらぬ誤解をされた気がする。その風景にテッセンは目を細めながらアンナに優しく語り掛ける。

「アンナさん。祖父リンドウは厳しく修行させすぎたことを後悔されてました」
「そりゃゴウセツが言ってた。『お主の目付き、そして気迫は剣豪リンドウそっくりだ』ってね」
「あのゴウセツ様が言うほどとは。よほど貴方の飲み込みが早かったんですね」

 納得した。ゴウセツに聞いたというのも恩人の名前が出たからついでに聞いてみたという事らしい。
 しかし彼女の気迫とやらは見たことが無い。「また今度見せてくれよその気迫ってやつ」と言うと「無い方が自分の為だと思うよ」と困った顔で言われた。

「そして旅人のスタンスも祖父そのままだという噂も聞きました。祖父は一時は妻と子供を置いて無名の旅人であり続けようとした事に後悔し、大切にしすぎたアンナさんの事を心配していまして。少しだけ己の幸せを願いませんか?」
「……今私幸せだけどなあ。フウガに挨拶できたし」

 彼が言いたいのは明らかにそういう事ではない。多分自分の気持ちを奥底にしまい旅人を演じ続けている彼女を心配しているのであろう。彼女自身も同じ結論に達したようで優しい声で語る。

「んーなるほど。―――今は世界を救う方を優先して旅人活動はまあ当面延期みたいな状態。まあやる事終わったら色んなことを知るために旅に出たい。フウガみたいに『無駄に』強くて何でも知ってる旅人になりたいからね」

 無駄にを強調する姿にシドとテッセンは目を丸くし、笑ってしまっていた。どんな強さだったんだ、リンドウ・フウガという人間は。



 しばらくテッセンと談笑した後、日が暮れる前に帰ることにした。村の方で泊ってもいいと言われたが、「この人、仕事あるから」とアンナが断ってしまった。村までの近道を案内してもらい、そのままハヤブサでクガネに帰ってきていた。
 ハヤブサに乗りながら少しだけ命の恩人であるリンドウについて教えて貰った。お互い名前ではなく苗字で呼び合っていたのは"あくまでも自分達は旅の途中に出会った他人である"というのを強調するためだった事、強大な妖異討伐を頼まれた時に引き際を誤り殺されかけた自分を守るために優しかった彼が常人を逸した殺意を溢れさせ一閃で妖異を斬り捨てていたリンドウの強さを。そしてその強さに憧れ無理やり稽古を付けて貰った事を。彼の故郷に嫁や子供もいたらしいから幼い頃の叶わぬ初恋だった事も。グリダニアに辿り着いて故郷を懐かしみ終わったら再びリンドウの元に行きたかったけどガレマール帝国が邪魔だったんだと語る姿が少し寂しそうに見えた。

 クガネに戻った時にはもう日が暮れていた。「戻ってきたし……帰る? それとも呑む?」とアンナが隣に立ち楽座街の方を指さしていたのでそのまま食事という事にした。
 賑わう歓楽街の居酒屋で置かれた順から消えゆく皿を見ながら酒を吞むという風景はモードゥナでも見慣れている。その吸い込むように食べる瞬間をアンナは人に見せないように隙を見てやらかしているのだがシドは一度だけ見た事がある。それから社員を助けてくれているお礼と称して食事に連れて行き説教をしながらテーブルマナーを教えていた。その結果、シド以外の前では肉や野菜を切り分け目を離した隙に皿から消えるようになった。シドは違うと叫びたいが流石に外なので抑えることにする。

「姉ちゃん相変わらずいい食べっぷりじゃねえか!」
「ここのごはんおいしい」
「ありがたいねえほらおかわりだよ!」
「やったー」

 彼女なりに東方地域でも溶け込んでいるらしく笑顔がこぼれた。シドも巻き込まれるように盃は乾かず皿にも大量に盛られているのだがそれに関しては考えないようにしている。しかしアンナが他の人と会話している隙にシドは客の1人にある日ポロッととんでもない話を吹き込まれた。『夜な夜な店の奴らと飲み比べしては大勝利して身ぐるみ剝がしていた』と。「ウチの英雄が、すまない」と肩を落としながら謝罪することしかできなかった。何やっているんだお前はと未だ食事を続ける彼女を軽く叱ってしまうが、アンナ本人は「挑む方が悪い」と全く悪びれることない様子で。シドの中でこの人は一度負けないと学ばないのか? という疑問がよぎる。しかしガーロンド社の呑み会でもアンナ周辺に形成される死屍累々を思い浮かべると無理という2文字の結論がのしかかった。エオルゼアでは穏やかなのだが少し離れると無法になっている話を聞くとどちらが本当の彼女なのか分からなくなる。

「あなたもやってみる? 勝負」
「悲惨な風景を見てきた人間が乗ってくると思っているのか?」
「まあシドとはゆーっくり飲み合いたいからそれでいい」

 その言葉を聞くなりシドの顔は耳まで真っ赤に染まっていく。「おや? もう酔いが回った?」と無邪気に聞くアンナにわざと言っているのか? と疑問を吹っ掛けたくなるが残念ながら天然だろうなと即心の中にしまっておく事にした。「まだ行けるさ」と再び盃のものを一気に喉に通す。

 この顔の熱さを酒のせいにしておきたかった。



 食事が終わった後、再び望海楼の彼女の部屋に連れて行かれた。顔を赤くし少しふらついていた男を途中から「運ぶよ」と背負うアンナの顔をシドは見せてもらう事はなかった。シドからすると軽々と大の大人である自分を背負われて男としてのプライドが砕かれかけていたのだがそれはまた別の話とする。
 綺麗にベッドメイクされた寝台に下ろされ上着をはぎ取られた。「寝る時邪魔でしょ」って言いながら用意された衣服を渡される。「浴衣って言うんだって」という言葉を聞きながらぼんやりと眺めていると彼女は浴室に消えて行った。正直自分もシャワー位浴びたかったがそれよりも眠気が勝っていたので衣服を脱ぎ散らし浴衣に着替え、そのまま寝転び視界が暗転した。

「シド、シャワー浴び……って寝てる?」

 意識が完全に途切れる直前、アンナの声が聞こえた気がした。間抜けな声を出し手を一瞬上げて、そのまま落ちた。

 この日シドは夢を見た。寒空の下、巡回兵を呼ぼうとした幼い自分の衣類を掴み止め、道を聞いたフードを深く被った赤髪の『あの人』を捕まえるとフードを外す。そこにはアンナがイタズラな笑顔を浮かべ、大人となった自分を強く抱きしめ中性的な声色で「大きくなったね、少年」と言ってくれる幸せな夢だった―――



 次の日。シドが目を開くとアンナは既に起床し着替えを終えていたようだ。「おや今日は早起きだね、シド」とにこやかに答える姿に何かくすぐったい。見た夢を思い出すとつい反射的に目を逸らしてしまった。何故この人と重ねてしまったんだとため息を吐く。

「そういえば上着ポケットのリンクパール大丈夫? 出た方がいいと思うよ?」

 すっかり忘れていた。行き先も言わぬまま会社を飛び出してから一度も出ていない装置を見るとずっと光りっぱなしだ。向こうは相当おかんむりだろう、恐る恐る出ると『やっと出た!』と会長代理の怒鳴り声が聞こえた。

「ああすまんちょっと取り込み中で」
『どこにいるんですか! いいから早く帰ってきてください!』
「いやほら今は特に何もないじゃないか」
『どれだけ書類が溜まってると思うんですか!!』
「……これからクガネから帰る」
『クガネ!? ちょっと会長本当に何やって』

 これ以上繋げていても説教が続くだけだろう。切断してニコニコと笑うアンナを見る。

「すまんがシャワー浴びたら帰る事になった」
「でしょうね」

 そのままアンナはシドの腰に手を回し抱き上げて浴室へ連れて行こうとするがシドは慌てて「二日酔いとか大丈夫だから」と言いながら止め、衣服を持って浴室へ逃げるように入って行った。恥じらいという概念が全く見当たらないアンナにそのまま介助されそうだったと流石に危機感を感じている。

「……ん?」

 浴衣を脱ぎ、鏡をふと見ると肩に赤い痕が見える。何があった? 昨日は酒を呑んで戻ってきた後風呂にも入らず眠ったじゃないか。虫に刺されるような事は―――そういえばアンナの先程の服装を思い出す。首元に季節に似合わないマフラーを巻き、いつにもまして露出の少ない格好だ。

 やってしまったか? よりにもよって酔った勢いで、アレをと行為を頭に浮かべながらみるみる血の気が引いていく。全く記憶に無い。アンナも全く顔に出していなかった。何かあったのなら流石に何か反応するはず。すると思いたい。ないってことはそのまま2人でぐっすり寝ていたんだろう。しかしこの痕は何だ? やっぱり虫に刺されたか? いや浴衣は整えられていた。しかし記憶が確かなら寝ぼけながらの着替えでかつ慣れない衣服を綺麗に着れるとは思わない。少なくとも整えた相手がいる。まあ相手はアンナしかいない。少なくとも眠っている自分の服を整え、投げ捨てた衣服を畳み、布団をかけてくれたのは確かで。そして相手は仮にも異性だ。34にもなって恥ずかしい。
 シドはここまで考えた後に、「見なかったことにするか」と呟き頭から冷水をぶっかけた。

 一方その頃。『気が付いただろうか』とアンナはニコニコと笑いながらシドが浴室から飛び出してくるのを待っている。本来はそういった行為はやらない主義なのだがキスマークはすぐに消えるものと判断し、昨晩寝ぼけ眼で着替えたからだろう乱れた浴衣を直すついでに衣服でギリギリ見えない場所に一つ付けておくというちょっとしたイタズラだった。少しでも怪しさアップさせるためにわざと首元まで隠した服に着替えておいたしこれは完璧だとふふと笑う。鏡を見ればすぐに気が付く場所に付けたので顔を赤くしながら飛んで来るはず。
 しかし来ないなあ思考フリーズでもしたか? と思い扉に長い耳を当てたら「見なかったことにするか」という呟きが聞こえた。アンナは耐え切れなかったのか寝台に突っ伏し声が聞こえないようゲラゲラと笑っていた。



 浴室から出てくるとアンナはいつものようにニコニコ笑いシドを待っていた。

「どうやって帰るの?」
「クガネランディングから飛空艇で帰るさ」

 チェックアウトをし2人は潮風亭で朝食を摘まみながら喋っていた。いつもと変わらぬ、現状維持。シドは平静を保つ事を選んだようだった。アンナは少しつまらないなあと思いながらシドを眺めていた。

「それがいいよ。付き合わせちゃってごめんね」
「ま、まあ俺は別に大丈夫だ。アンナはどうするんだ? 一緒に帰るか?」
「テレポでお先。アルフィノとかにお詫びの品も準備しないとダメだしね」
「そうか」

 立ち上がり、「じゃあ」と2人は言い合った。それぞれ違う方角へ歩き出す。
 長そうで短い2人の旅は終わった。

 飛空艇で急いで帰った後、怒髪天なジェシーの説教が待っているのだろうなと足取り重くガーロンド社に戻る。すると大量のクガネ土産らしきものが積み上げられえらく機嫌がいい社員達がいた。ジェシーもその内の1人で嬉々とした声で金色の箱見せながら「既にレンタル料いただいたので大丈夫ですよ。さあ仕事に戻ってくださいね会長!」と大量の書類が積まれた机に案内されたのはまた別の話。

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#シド光♀ #リンドウ関連

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注意紅蓮LV64メインストーリーの自機。前半シド光♀、後半過去の片鱗が見える感じ…

紅蓮,ネタバレ有り

#シド光♀ #ゴウセツ #ヒエン #リンドウ関連

紅蓮,ネタバレ有り

旅人は強さを求める
注意
紅蓮LV64メインストーリーの自機。前半シド光♀、後半過去の片鱗が見える感じ
 

―――負けた。【鮮血の赤兎】なんて呼ばれていた頃から一度もなかった完膚なきまでのボロ負けを喫した。

 戦った相手はゼノスと呼ばれる戦いに飢えた男。戦う事しか考えていなかった様はまさに獣と言ってもいい相手だった。一度目は自分を一瞥もせず斬り払い去って行った。次は刀は折ってやったがただのコレクション1本折っただけだ。ヤ・シュトラもリセも護れなかった。更に続けてユウギリらドマの民々と暗殺計画を実行するも失敗。これが今の自分が持てる実力の限界、という事なのだろう。

 悔しかった。そして何よりも怖かったのだ。まるで過去の自分を見ているようで。寒空の夜で出会わなかった未来をゼノスで重ねてしまっていた。仲間たちには絶対見せないよう、抑えていた恐怖。リセが安心して眠っていた姿を見た途端にあふれ出し、体の震えが止まらない。勝つための手段はある。そう、【鮮血の赤兎】のごとく恨みを、怒りを刃に込め、目の前の敵全てを斬り捨ててしまえばいい。だが勝つためだけにまた自分も獣にならないとならないのか? 他に道があるはずだ。『命の恩人』が愛した地からガレマール帝国を追い払い、褒めてほしかったのが今回彼らに協力しようと決心したきっかけだったのだから。

 不審がるアウラの少女シリナに対し「大丈夫。ちょっと席を外すね」と岩陰に座り込みリンクシェルが入った袋に手を伸ばす。アンナは特に誰かと連絡を取り合う予定がない時はリンクパールを袋にしまっている。理由は簡単で耳の付近に何かあるのが邪魔だと思っていたからだ。しかし今回は完全に無意識だった。袋を開いてみるとパールが弱弱しく光り鳴っている。リンクシェルを確認するとどうやら彼のようだ。ゆっくりと手を添えながらパールを耳に取り付け「もしもし」と呟いた。

『アンナ! よかった生きてたか』
「シドじゃん。どうしたの?」
『どうしたのじゃないだろう! 聞いたぞ。ゼノスに斬られたって』
「情報早い。……ああボロ負けしたよ」

 ゼノスと同じガレアン族でありながら祖国に失望しエオルゼアへ亡命したシドだ。白色の髪に貯えたヒゲがなかなか決まっている。彼はどこからともなく自分がゼノスに深手を負われた情報を手に入れたのだろう。ずっと通信を試みていたようだ。実際はちゃんと戦える程度に回復してるしそんなに必死に連絡を試みようとしなくてもよかったのに。

「私はちゃんと生きてる。アイツは強さ以外に興味がないただの獣だった。雑魚には興味ないってさ」
『そうか……』
「大丈夫。死ぬならシドを巻き込まない、絶対届かない場所で死ぬから」
『冗談でもそういう事を言うのはやめてくれ』

 やれやれ元気そうだな、と言う声が聞こえる。アンナはようやく少しだけ緊張がゆるんだようで笑みを浮かべる事が出来た。

「ねえシド」
『どうした?』
「もし、もしもの話」

 アーマリーチェストに仕舞い込んだ未だ恐怖で平常時はあまり触りたくない槍を思い浮かべる。アレを持つとどうしても心がざわつき、自分のストレスを刃に乗せて斬り払ってしまう。それは幼い頃に命の恩人に教えてもらった必要以上に強い力だ。心強いが【鮮血の赤兎】だった自分を思い出し、手が震えてしまう。

「私がゼノスと同じ獣みたいな存在に堕ちてでも勝つ、と言ったら……どう思う?」
『アンナは負けないさ。獣になんてならない』

 シドにとって愚問だったのだろう。即答が返ってくる。私は結構真剣に悩んでいるんだぞ、と言いたくなるが今回は飲み込もう。

『今までどんな困難にも打ち勝ってきただろう。負け慣れてないからって弱気になってたのか?』
「そんな事はない。いや確かに云十年での明確な初黒星だったけど」
『お前の言葉を借りるとゼノスは強さに身を任せた孤独な獣だな。だがお前は1人じゃない。暁やエオルゼア同盟、ドマ、アラミゴの奴らだってお前の味方だ。俺は……お前さえよければ装備の調整をやってやるさ。英雄である旅人のためなら協力は惜しまない。俺を、いや俺たちを信じて欲しい』
「……しょうがないなあ。あなたにそこまで言われるならもう少し模索する。刀を持つ相手には、刀で勝ちたい。ありがとう」
『―――絶対に生きて帰って来るんだ。アンナ』

 嗚呼自分はこの言葉が聞きたかったから通信に応じたのだ。先程までの恐怖心はもう消えている。絶対に、皆の元に帰らなくては。

「もちろん。それがあなたの願いなら、ね?」
『何を言ってるんだ。ずっと想ってるさ』

 まるで口説くような、いやこの人は絶対に無意識に出てきた言葉だろう。じゃあね、と言いながら通信を切った。
 さあまずはゴウセツの所に行ってみよう。少しでも勝率を上げるため、『命の恩人』ならまずは修行だって絶対に言う筈。善は急げ、リンクパールを外し、再び袋に仕舞い込む。

 嗚呼お前の言う通り生きながらえてやるよ、哀れな獣め―――



「ゴウセツ、いた」
「アンナ殿ではないか。傷は大丈夫であるか?」
「平気。それよりゴウセツにお願いがある」

 シドとの通話の後アンナはヒエンと訓練を行っていたゴウセツの元に走り寄り、握りしめた刀を差しだした。そしてゴウセツに深々と頭を下げ、口を開いた。

「本当に取り込み中ごめんなさいとは思っている。……ゴウセツ、私に稽古を付けてほしい。ゼノスに勝つために」

 ヒエンとゴウセツの目が見開かれ、アンナを見つめている。「なにゆえじゃ? おぬしは刀に頼らぬとも十分に武芸の達人に見えるが」とゴウセツは何とか口を開く。

「刀を持つ相手には刀で相対したい。でも今の型にはまった動きでは絶対に、勝てない。少しでも勝率を上げるために協力してもらいたい」
「なかなか興味深い事を言うではないか。ゴウセツ、少々見てやったらどうだ」
「ヒエン様が仰るのであれば……。では場所を変えよう。ヒエン様は少々お休みに―――」
「いやわしも見学させてもらう。エオルゼアの英雄と呼ばれる者の戦い方も間近で見ておきたい」
「そんな……私は英雄じゃないよ。ただ困っていた人を助けただけの無名の旅人」
「無名……」



 アンナの刀を交えた時に稀に見せる目付き、そして無名の旅人という言葉、ゴウセツはそれに覚えがあった。このオサード地域で生まれ、エーテルを刀に纏わせどんなものも一閃で斬り捨てる伝説の剣士。―――そう呼ばれながらもある時を境に無名の旅人であろうとした人間。まさか、と思いながらも構え方を変える。

「アンナ殿はこちらの方が性に合っていると思われる」

 彼女の目が見開かれる。ゴウセツはその表情で悟った。そうか、かつて病に伏せ年老いた戦友が言っていた唯一の、弟子。エオルゼアに旅へ出した槍を持った赤髪のヴィエラは、彼女の事だったのかと。憧れた者誰一人とも会得出来なかったモノを受け取った唯一の存在が今目の前でドマを救おうと奔走している。

『私はとんでもない罪を犯してしまったようだ。あの子以外、弟子を取らなくてよかったと思っている』
『龍殺しのリンドウとも呼ばれていた方がそのような事を言うのはやめてくだされ! ドマを守るためにもリンドウ殿の知恵を貸していただきとうございまする』
『ならぬ。私ももう長くはない。戦火が降りかからないこの終の棲家で、生涯を終えるのだ』

 最後に彼と会ったのは帝国がオサード侵攻が始まった間もない頃。リンドウの身内が住む村から少し離れた山奥に終の棲家となる居を構えた。横に思い出と表現した絵画を飾った齢80を超え老け込んだ彼の弱弱しい姿は未だに覚えている。かつての戦友は何らかの罪悪感に苛まれ、話をしてから5年もせずに亡くなったと聞いた。ドマがガレマールに占領された3年後の出来事になる。誰よりも知識を持ち、誰よりも強く、誰よりも冷酷でありながら奥底に優しさと大義を持ち続けた男は何を知ってしまったのか。

「龍殺しリンドウの剣技、拙者が見たもののみでよければお教えしよう」
「お願い、します」

 ゴウセツには戦友のようなエーテル操作は不可能だった。『ちょっとコツがある。感情をな、乗せるんだ』と言っていたが理屈は分かっても実行できるほど簡単なものではない。出来ぬと返せば『まあ言い換えればどんな刀も妖刀に変えてしまうようなものだ。簡単に会得されちゃ困る』と冗談を交じえながら言い切った。自分より一回り年上だったリンドウの表情は決して笑顔を見せなかった。しかし彼の普段の剣術位は覚えている。独特な刀の構え方で相手を翻弄し振り回す。もともと森で暮らすヴィエラである身軽なアンナには彼と同じ立ち回り方が動きやすいだろう。

 ヒエンはずっと2人の修行風景を見守っていた。『龍殺しのリンドウ』という名は聞き覚えはあった。かつてドマを震え上がらせた【妖異退治の専門家】でありながら、何らかの出来事を境に名を捨て【無名の旅人】となった変わり者。とはいっても誰もが知る一種の英雄であったため完全に自称であったらしいが。その者が見せた剣術は他の武器を扱うが如く奇妙なものであったと聞く。どんな強さを見せるのかヒエンは期待のまなざしを見せている。頃合いを見たゴウセツは近くにいた魔物に向かって刀を振るってみろという。アンナはニィと笑いながらゴウセツが一度だけ見せた剣技を忠実に再現する。力が抜けた彼女の手から一瞬だけ光が見えた気がした。

―――次の瞬間真っ二つにされた哀れな獣が横たわっていた。

「ゴウセツ、フウガ知ってたんだ」
「遠い昔酒を飲み交わした方でござる。何度か妖異狩りの世話にもなった」
「わしも聞いた事はあるぞ。生まれておらんかった頃の話でほぼ御伽噺な存在じゃがのう」
「そっか」

 アンナは満面の笑みを浮かべていた。先程の張りつめた緊張は無くなっているようだ。
 心の中ではヒエンの生まれてなかった頃という言葉のとげが刺さって痛がっていたが。

「アンナ殿から見たリンドウはどんな存在じゃった?」
「―――成人前に会ったずっと背中を追いかけていたかっこいいヒゲのおじ様だよ。それだけ」
「先程そなたは謎が多いやつと聞いていたからのう、知れて嬉しいぞ」
「あー別に秘密にしてるわけじゃないんだけどね」

 ヒエンはうそつけと言いながら小突いている。アンナは柔らかの笑みで「そうだ。フウガって最後どこに住んでた? ……お墓は?」とゴウセツに詰めかける。ゴウセツはたじろきながらが答える。

「このドマのどこかだったまでは覚えておるのじゃが―――おお赤誠組なら知っておるかもしれん。この戦いが終わったら聞いてみるとよい」
「お預けって事ね。了解。絶対ゼノスに勝つ」

 ゴウセツはアンナに罪悪感を感じながら嘘をついた。本当は知っていたのだがリセから教えてもらっている極度な方向音痴の彼女を口伝だけで無事に届ける自信が存在しなかったのだ。
 しかし宝石みたいな赤色の瞳に焔が宿ったように見える。図らずも彼女の情熱に火をつけたいたようだ。ゴウセツのわずかに張りつめた緊張が緩まっている。リンドウの年齢から考えると彼女の方がゴウセツよりも年上と察するものがあるが、うら若き弟子が増えたような感覚が生まれていた。それはかつて少女だった彼女と旅をしたリンドウも同じ気持ちだったのだろうと伺える。

「さあおぬし達ももう寝なさい。明日の試練に支障が出ては困りますがな」
「確かに。ゴウセツもしっかり休んで。本当にありがとう。あとリセ達には内緒で」
「はははエオルゼアの英雄殿は秘密を多く持ちたがる」
「そういうのじゃないさ。……まあ改めてよろしくね、ヒエン」

―――これはボクの精一杯のワガママにして恩返し。負けるわけにはいかないんだ。でも奥底に仕舞い込んだハズの感情が溢れ出すのを我慢して進み続けるのも、悪くない。

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―――彼女は俺が淹れるコーヒーをいつも美味いと言ってくれる。「シドおはよう」「ア…

紅蓮

#シド光♀ #即興SS

紅蓮

“苦いコーヒー”

―――彼女は俺が淹れるコーヒーをいつも美味いと言ってくれる。

「シドおはよう」
「アンナか。今日は……また変な事してるな?」

 俺はジェシーによる怒りの月末恒例地獄の書類整理を終わらせ仮眠室にて数時間の睡眠をとった。未だ徹夜続きで重たい身体を引きずり会長室に戻ると黒髪のヴィエラが椅子の上に胡坐で座り込み辺りの書物を読んでいた。当然のように通されているのはセキュリティな心配が浮かぶが、俺が仲良くする旅人なら大丈夫だろうと彼女は社員から信用されているようだ。嬉しい事だが少々複雑である。俺は「アンナ、面白いものでもあったか?」と聞くと報告書から顔を上げる。

「機密の収集?」
「会社の秘密を勝手に持っていかれるのは困る」
「大丈夫。何か読み物がないと落ち着かなかっただけ。理解しようとは思ってない」
「言い方考えろ」

 あははと笑う彼女に俺はため息を吐いてやる。ケトルに手を伸ばしながら「コーヒーでいいか?」と聞くと「ん」と答えが返って来た。渡してやると「ありがと」と言いながら口に含んでいる。

「おいしい」
「そうか? 社員達からの評判も悪いまっずいコーヒーだ」
「そうかな。あなたが淹れてくれるものなら私は何でもおいしいと思うよ?」

 恒例の天然タラシだ。アンナは何も考えず俺が言葉を詰まらせる言葉をシラフで放つ。ここで下手に何か言うとカラカラとはぐらかすかのように笑って終わる。その日常に慣れた俺は何とか目を逸らし咳払いのみしてから無言を貫くのだ。
 最近俺は出会った時からアンナの事は異性として好意を寄せている事が分かった。奇麗な顔に反してウルダハの剣闘士のように力強い戦い方をし、ぶっきらぼうに見せかけて意外と分かりやすい表情も見せる。褐色肌にガーネットみたいな紅い瞳を持った彼女が見せる敵に対する不敵な笑みがときどき恐ろしく見えるのだが―――そこに興奮する自分もいた。自分よりも頭一つ分高い身長、細い肢体でありながら無駄のない引き締まった筋肉。愛しそうに刀を撫でる姿も、鋭い目で敵を射止め斬り捨てる姿も俺の目には全て魅力的に映る。あと少しで手に届きそうなのに、その”あと一歩”に届くことがない。延々と『おあずけ』され続けているわけだ。
 社員らで呑みに行った時何度「アンナさんといつ付き合うんすか」やら「付き合う気がないなら娘さんを僕にください」と言われたことか。娘じゃないし渡す気もないし前者に関しては俺が聞きたい。というかコイツらにあの気まぐれ屋を制御できるわけがないだろう。
 俺は逢瀬を重ねるたびに自分の中で膨れ上がる感情に対して【この人は俺の事をどう思っているのだろうか?】という難題を何度も考えた。呼べば来てくれるしアンナ自身も弱った時は慰めて欲しいのか俺にリンクシェル通信を入れる。みっともない姿を見せても彼女は即自分を元気づけるように動くし、彼女が周りからの期待と重圧で苦しそうな姿を見せる時はいつもそばでフォローを入れていた。
 傍から見ると付き合ってる風に見えるだろ? 情けない話だが何も起こっていないんだ。

 考えていると彼女に「おーい」と声を掛けられる。振り向くと目前にいつの間にか立ち上がった彼女の、開いた首元からチラリと見える褐色の肌。自分の体がビクッと跳ねたのが分かる。慌てて後ずさった。これも一種のイタズラってやつだ。彼女とコミュニケーションを取り続けたいのなら引っかかってはいけない。
 このアンナという女は大人しい女性という雰囲気を見せながらもモーグリ族やシルフ族みたいにイタズラが好きという習性がある。いや俺も最近まで知らなかった。クッションに何か仕込んだり食べ物にとびきり辛い物を潜ませるのは序の口。恋人ならば性行為に突入するような一歩間違えたら自爆につながる事も真顔でやる。本人は一切顔色を変えないのだが俺としては心臓がいくつあっても足りない。ときどきは注意してやるとする。

「あのな、お前は何をしたいんだ」
「? 何をとは?」
「こういうイタズラは誰にでもするのか?」
「しててほしい?」

 少しずつこちらににじり寄って来る。俺はとっくの昔に扉を背に動けなくなっていた。ニィと笑い手で扉をドンと叩きながら俺の反応を見るために体を軽く曲げ最接近する。

「そんなわけないじゃないか」
「でしょ? あなたが楽しいって思ってるから、望んでいる事をしているだけ」
「お前がどう思っているか知りたい。俺が、じゃなくてな」

 負けじと彼女の頬を両手で覆ってやる。むぅと聞こえたが他は何も言わない。彼女は都合の悪い事を聞かれたら少々ばつの悪い顔をして口を閉じる。軽く目が泳ぎ、予想だがどう言えばいいのか頭の中で考え込み軽くショートしているみたいだ。

「黙秘権ってやつか? 不利になったらいつもそれだ。俺は、もっと、お前を知りたい」

 長く落とした赤色のメッシュが混じった黒髪に触れ、少しずつ上に沿うように指を走らせる。長い耳の付け根に届く、そろそろだろう。

「ああああなたは知らなくてもいい。私はあなたをからかえれば楽しいだけだし?」

 彼女は近付けていた顔を上げそっぽを向いた。「やべ」と言いながら少々引きつった笑顔で言う様は明らかに挙動不審である。先述の通り基本的に表情は崩さないが分かりやすく反応はする人だ。あと知らなくてもいいと言いながらきちんと答えを返すのは律義な所がある。そしてこれも予想だが彼女は耳が『とびきり弱い』。リンクパールは「何かゾワゾワするから」と周りから言われない限り率先して付けず、決して人に耳を近づけない。何かあった時は髪を伝って耳に指を近づけるだけであっという間に大人しく引き下がるのだ。それが把握されている事も既に向こうには察知されているらしくいつも「やべ」と言って引き下がるのが分かりやすい。なら変な事するなとしか言いようがない。

「あ。コーヒーが冷めたら美味しくなくなるから飲まないと―――ね?」
「そうだな。ちょうど誰かさんに邪魔されて寝起きのコーヒーを飲む事が出来なかったんだ。……何も入れてないだろうな?」
「発想になかった。次から考える」

 いらん、と言いながら俺は自分が淹れたコーヒーを彼女に対する感情と共に一気に飲み込む。明らかにコーヒーだけではない形容しがたい苦みが身体の芯まで染み渡らせた―――

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#シド光♀ #即興SS

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