0.彼らが冒険を始めるまで

 偶然立ち寄った星にあった王国エトリア、ハイ・ラガードの迷宮の謎を解いたアルバトロシクス。長い休息を終え再び宇宙の解放を目標とする活動を再開しよう、そう思っていたのだが姫の誤操作により船は墜落、狂った科学者ドクは目が覚めると暑い南国の砂浜であった。

「くそ……あんのバカ娘また余計なことしやがって……あーずぶ濡れで気持ち悪ぃ」

 ボロボロの黒衣を纏った赤髪の青年Dr.ARMはキョロキョロと辺りを見回すが乗っていた船は見当たらない。少し離れた所にスーツを纏った紺色髪の男が倒れていた。
 身体が塗れている様子を見るにおそらく自分が落下した先は海でしばらく漂流していたのだろう。よく生きてたな俺、とボソボソと呟きながら男に近づいて行く。
 横たわっていた男の名はquim_underconstruction↓、ドクターの仲間であり、かつて死んでしまった弟をモデルにして製造したロボット。現在は不完全体のまま放置しているが、それに関しては何も弄っていないのに人間くさい性格をした状態の彼を気に入っており、サボっているわけではない。ちなみに防水加工を施しているので壊れてはいない筈である。じっと観察するとどうやら気絶しているようなのでしばらく強く叩きながらゆすってやる。少しした後男が目を開く。

「そんなに揺らすな……吐きそうだ」
「俺が作った仲間は嘔吐と言う概念は存在しねーよアホ。風邪ひくからとっとと移動するぞ」

 黒髪の男は自らのスーツを触り2人揃って頭からつま先まで濡れていることを確認しため息を吐く。

「ったくロボ使いが荒いなぁ……あっちの方歩いたら多分街があると思うぞ。ほら」

 彼が指をさした方向をドクターは凝視する。空まで届きそうな高さを誇る巨大な樹が聳え立っている。

「ここにも世界樹か……」
「まあこの星には7本あるらしいし今できることを探しに行ってみよう」

 2つの王国とはまた違う新たな大樹に対し彼らは顔を見合わせニィッと笑いその樹の方角に歩みを進めた―――

***

「うおーすっげー!」
「ドクやめろよ田舎モンみたいにはしゃいでるの見苦しいし恥ずかしいんだが」
「いいじゃねえか。ミコの代わりだ、アイツだってぜってぇこんなリアクションするからよ」
「まああのばかならしそうだけどアンタまで馬鹿にならなくてもいいんだよほら」

 そこは中規模な港町のようだった。見渡す限り冒険者の身なりをした人間たちがその街を歩いている。他の世界樹のある国と同じように冒険者産業で盛り上がっている場所のようだ。
 ドクターはそんな冒険者たちに興味津々の様子。それもそのはず。これまでにいた2つの王国とは違う服装や武器を持った人間ばかりなのだ、気にならない筈がない。道の中央で子どものように目を輝かしながら周りを眺める様をキムはため息を吐きながら手を引っ張り建物の陰へ連れて行く。

「とりあえず宿を探して服を借りよう。それから僕が街で情報収集するから部屋で大人しくしてて欲しい」

***

 あっという間に拠点にする宿は決定した。冒険者向けとのことだが、受付のヒマワリが似合いそうな満天の笑顔を見せる少年が濡れ鼠のような姿をしていた2人を見て慌ててタオルを渡し風呂へと案内する。
「何かあったんですか」と聞かれたのでキムが適当に「この場所で冒険者になるために向かうために乗っていた船が転覆し、なんとか泳いで辿り着いた」と言うと「お2人共凄い人なんですね!」と驚いた顔をして話を聞いていた。宿屋を運営する人間なのだからリップサービスだという事は分かっているが目を輝かす様を見る事は全く悪い気はしない。だが、まさか宇宙船が落ちて漂流しましたとは言えない。更に冒険者になるかはまだ決まってないのだが好奇心旺盛な様子のドクターを見ていると絶対に迷宮探索することになる予感がするので嘘はついていない。
 キムはそんな宿の受付の少年と話をしている途中、ドクターは部屋で大人しくさせている。外に出しているとトラブルの元にしかならない。そもそも彼の言語は特殊なため、この世界の人間に判別することは出来ない。記号のような言語で言語判別が出来ないことを良いことに罵倒して喧嘩に巻き込まれる未来が見える。事を穏便に済ますために待機させているのだ。その代わりなのか買い出しも頼まれているのでとりあえず最低限の冒険者ギルド、酒場の場所を聞き、買い出しをしながら情報収集に勤しむことにした。

***

「というわけでアンタに頼まれた部品と情報収集の成果だ」

 辿り着いたこの街の名前は海都アーモロード。海底に繋がる巨大遺跡の謎を解こうと挑戦する冒険者が後を絶たない。その遺跡はどうやら100年も昔に沈んだ国と関係があるらしいがこれまでその謎を解き明かした人間は未だ存在しないという。

「あとは酒場のママは巨乳だった」
「はいはいよかったな」

 話が終わるまで手元の小型機械を弄っていたドクターは顔を上げ巨乳の部分を強調するキムに対しため息を吐く。そして手に持っていた部品を掠め取り再び視線を下へと移した。

「とにかくエトリアとかと比べたら全然違う技術を持った冒険者がいっぱいいて面白かった。いやまあ俺達があちら側に行くかは別としてですけど」
「……うむ。俺も窓から街並みを見ていたが王族の格好をしたやつから農民まで地位や年齢問わず世界樹へ向かっていく所は見た。それほどにロマンが詰まった場所なんだろう。……よし行くか」

 ずっと機械装置を弄っていたドクターは咳ばらいをしながら立ち上がる。キムは「は?」と素っ頓狂な声を上げた。その声に何変な声出してるんだと言いながら言葉を続ける。

「お前が買って来たパーツと手持ちのモノで翻訳機も作ったしとりあえず冒険者ギルド。登録が終わったら執政院に行って、買い出しして明日から冒険だ」

 ニヤリと笑う姿に対し呆れた顔をしている男は妙に焚きつけてしまったと少々後悔する。しかし宿屋の少年や酒場のママにも冒険者になる予定と調子乗って言ってしまっていた手前もう後戻りはできない。

「まあ今アンタを守ることが出来るのは僕だけだ。そう、アンタが飽きるまで付き合ってやりますよ」
「おうそう言ってくれると思ったぜ、キム」

 この無邪気な笑顔には逆らえない。生み出された時からそうだったとキムは心の中で呟く。しかしどうでもいい事を考えている暇はない。今はトラブルにならないようスムーズに冒険者登録をし、ミッションを受領することだ。