星降る夜の奇跡の話―中―

 突発的なアンナの提案によるプレゼント交換前日。

 暁の血盟のメンバーらと英雄でもあり旅人であるアンナにプレゼントを用意することになったシド。彼は数日の間”定時退社”し、何を渡すかどういうセッティングで彼女を驚かせるかと相談していた。3日前に怪しまれたジェシーにバレてしまい「私たちもアンナにはお世話になってるんですよ!」となぜか社員らと合流。カーラインカフェの一角を貸し切りパーティのセッティングもしようと思ったよりも大きなパーティになってしまった。最終調整のため代表者にされてしまったシドはカーラインカフェにて一足先に前日晩最終確認する予定である。
 準備した物は大量の料理と新製品予定のミニオン。暁も何やら他に準備しているらしい。そして今鞄の中に潜ませている袋の中身は個人的に急いで用意した髪飾り。実はシドにとって恥ずかしい話だが”プレゼント交換”しようという当初の目的を昨晩まで忘れ去っていた。グリダニアへ向かう前に急遽ウルダハに立ち寄り青色の髪飾りを買ってしまった。自分としてはベタな物を買ってしまったのは理解している。しかし唐突に青も似合いそうだな、と装飾店前でつい考え込んでしまいそのまま購入した。控えめな飾りなので装備等の邪魔にはならない、と思う。「ガーロンド社の会長さんもついにお相手ですか?」という店員の言葉を適当に濁し飛空艇に乗り込む。

 そういえば提案者のアンナは準備期間の間彼らの前に現れなかった。また人助けでもしているのだろうか、笑みがこぼれた。カーラインカフェのミューヌと明日の予定を話し合い準備を終わらせた。

「そういえばアンナ見たか?」
「あの人なら日中は子供たちへのプレゼント配りの手伝いをしていたよ」
「鉢合わせしなくてよかった」

 ミューヌは「君たち彼女のために大掛かりな準備していたからね」とクスクス笑っている。シドは「ここまで大きくする予定はなかったんだがな」と肩をすくめながら話す。

「まあお人好しな英雄をめいっぱいねぎらってあげたいなんて僕たちグリダニアの民も思ってるからさ。明日ぜひ楽しんでほしい」
「ああ、そうさせてもらうさ」
「そうだ、もう夜も更けてきたね。街の飾りつけが結構自信作だから夜の外も散歩してみてほしいんだ」
「ひと眠りするにも早すぎるからな。アンナ探すついでに見てみるか」

 シドはミューヌにあいさつしながら外へ出て行った。

「これでいいんだね? アンナ」

 1人残されたミューヌは軽くため息を吐きながら屋外の一点を見る。預かっているモノを持ち”準備”のために受付の裏に消えた。

 グリダニアにいるなら先に連絡をくれてもよかったのに、とシドはため息を吐き辺りを見回しながら歩いた。可愛らしい雪だるまに可愛らしい飾り。プレゼント箱が飾りつけされた樹の周辺に積み上げられ、確かに自分の故郷にはなかった一種の”温かさ”があった。
 それにしても夜とはいえ普段より人が少ないなと思いながら周りを見回した。ふと赤色の長い耳先が見えた気がする。旧市街地の方に向かったのだろうか。シドも続いて走り出した。

 息が上がりながら走り抜けるとミィ・ケット野外音楽堂の前のひときわ大きなツリーの前に大きな塊があった。塊はモゾと動き、かろうじてヒトだと分かる。くすんだ色のマントを被っている姿を見てここで過去の景色と重なる。恐る恐る近付きしゃがむと、少しだけ震えた指が見える。「なあ」と声をかけても何も反応がない。よし人を呼ぼう、そう思い立ち上がり踵を返し歩こうとすると自分のコートの裾を掴まれる。これも、同じだ。

「まさ、か」
「―――おなかすいた」

 無機質で男か女か判断できない中性的な声。俺はこの声を、知っている。そういえば先程外に出る直前にクッキーをもらっていた。恐る恐る振り向き「食うか?」とクッキーを差し出すと手が伸びカリと食べる音が聞こえた。

「ありがとう」

 顔を上げると深く被ったマントの中から見える赤色の髪、奇麗なガーネット色の目のヒト。少し年季の入った服を纏い俺を眉一つ動かさず見上げていた。

「ボクはただの通りすがりの旅人で」
「ずっと探していたエオルゼアに辿り着いた、だろ?」

 この人の言おうとした言葉を遮った。少し目を見開いた気がする。「ああ」と言いながら慣れていないのか固い笑顔を浮かべた。

「俺の故郷と違ってここは安全だから、とりあえずカーラインカフェに行こう。”旅人さん”」

 手を差し伸べ立ち上がるよう促す。旅人は何も言わずその手を握り立ち上がった。ひょろりと高い背が記憶と変わらない。成長しても彼よりも大きくならなかったか、少しだけ残念に思った。道案内しようとそのまま手を引っ張り歩き出す。旅人は振り払いもせず数歩後ろを歩いている。

―――俺はそのまま一方的にこれまであった話をした。20年も会わなかったんだ、積もる話はたくさんある。入学した魔導院でネロと切磋琢磨していた話、親父がトンデモない計画で死んでから環境が激変し故郷に愛想つかせて亡命した話。会社を興して魔導技術をエオルゼアに広めている話、先代光の戦士を運ぶ飛空艇を飛ばした話を。そして最近奇麗なヴィエラのヒトに出会い新たなエオルゼアの英雄の誕生をこの目で見た話。彼女も旅人でとても面白い人だと言う俺を旅人は「ホー」と相槌を打ちながらずっと聞いてくれた。

「今度は旅人さんの話を聞かせてくれよ」
「ボクはずっといろんな場所を見て来ただけだよ。キミほど激動な場所にはいなかったな」
「空と地上じゃ見えるものが違うじゃないか」
「ホーそうかもしれない」

 でも森とか荒れ地ばっかだから面白い話はないよ、と聞こえた。立ち止まり振り向くと少しだけ悲しげな顔をしていた。ふと目が合うと旅人は首を傾げる。

「進まないのか?」
「いや、そうだな。座ってから話をした方がいいよな」
「そうしたらいい」

 あとは何も言わず新市街地へ歩き、カーラインカフェに辿り着いた。

「地味に遠かったな」
「そうだな」

 ここに座っておいてくれよ、と空いていた席に案内し旅人を座らせた。珍しく客が1人もいない空間は少しだけ寒く感じたのでミューヌに温かい飲み物を出してほしいと頼みに行った。すると「後で持っていくから君が連れて来た人と話でもしてなよ」と言われた。その言葉に甘えて彼の元へ戻る。

 旅人は変わらずフードを被ったまま黄昏ていた。俺は旅人を片手は指さしもう片方の手でフードを外すしぐさをしながら言う。

「ここは別に旅人さんを追いかける人なんていないから外さないか? まあよそ者に厳しい人は少なくないが今はそんなやつはいない。俺が許さないからな」
「ホー。そういえばこれでずっと慣れていたから気にしていなかった」

 彼が羽織っていたマントを外した。ボサボサの赤色の髪に長い耳。ヴィエラの民族的意匠が込められていると思われる白色の髪飾りが映える。一度見た記憶のままの【あの人】だった。

「凄い心配したんだ。再会する約束してたのにな、どう会えばいいんだって」
「ホー子供の頃に一度会っただけで覚えられているとは思わなかったな。ただの旅人と偶然立ち寄った街の少年だよボクとキミって」
「初恋のようなモンさ。……まあ本当の事を言うと子供の頃に欲しかったもの、と言われて連想したんだ」
「ホー」

 俺の感心するような声に苦笑しているとミューヌが温かいココアを持ってきた。お礼を言って受け取り一口だけ飲むと冷えた体が温まっていく。旅人もマグカップを手に持ち温まっているようだ。

「旅人さんはどうやってここに辿り着いたんだ?」
「出会いに恵まれてね。これが神のおぼしめしってやつかもしれない」
「そりゃいい。残念ながら俺は願う神がいないから何とも言えないが」
「……ボクもさ」

 目を細め、俺を見ている。何だか少し照れくさい。相手は男のハズだが子供の時には分からなかった自分にはない色気に夢中になっていく。もっと知りたい、話をしたい。ココアをまた一口。そういえばどこかいつもより甘い気がする。

「ヴィエラはカミサマへの信仰が深い種族なんだけどボクにはそれが疑問だったんだ。実はそれを探す旅をしていたのさ。精霊に、ノフィカへの祈りに興味があったからエオルゼアの中でもグリダニアを選んでいたのさ」
「確かに神への信仰の深さならここかイシュガルドが分かりやすいな」
「イシュガルドはボクみたいな旅人には厳しい。グリダニアだったら比較的怪しい旅人でも出入り可能みたいだしなにより故郷である森の環境に近い」

 ココアを飲みながら旅人の優しい声を聞く。少しだけ瞼が落ちてきた気がする。そうだ、話をするのもいい。そうじゃない。今、言わなければいけないコトがあったのだ。

「そうだ、俺の名前」
「言わなくていい。キミは旅人と出会っただけのヒトなんだ。ボクはまた旅に出るからお互い知らないままでいいんだ。―――もうボクの事は忘れなさい。そうすれば、眠れる」
「嫌だ、絶対に忘れてたまるものか。知ってほしいんだ。ああ旅人さんは名乗らなくていい。俺の自己満足かもしれないが―――」

 俺の名前は、と口が動くが意識が遠のいていく。見覚えのある笑顔を見せる【旅人のお兄さん】に手を伸ばそうとするがそのまま目の前が真っ暗になった。

「空いてる部屋、ある? シド寝たからベッドに置いてくる」
「アンナ……君はなかなか演技派だねえ」
「私ができる数少ない芸さ」

 ニィと笑い咳ばらいをし赤色の髪を掻きまわしながらシドが持っていたココアが入ったマグカップをこぼさないよう支えている。

「まあその内また旅に出る予定だからね。1年お世話になったお礼ってやつ、かな?」
「なかなか悪い女だねえ」
「いえいえ魔女さんには負けますって」

 2人はふふふと笑っていた。
 彼女の”仕込み”が始まったのは3日前。裁縫師ギルドで当時着ていた服と似たものを持ち込み加工し、ボロボロに見えるマントも取り繕った。そして今朝、美容師ジャンドゥレーヌに頼み髪を赤く染め、中性的に見えるようにメイクを施す。着替えて客室から現れるとミューヌを始めとする周りの人々から赤色の髪を久々に見たと辺りに集まって来た。そして彼らに夜中は早く寝てほしいと”作戦”を告げるとあっという間にカ・ヌエ経由で”街中に”通達が出回った。『そこまでしなくてもいいんだよ?』とアンナは苦笑したがその好意に甘えた。最後にミューヌに睡眠薬を渡し、自分とシドが戻ってきたらシドが頼むであろう飲み物にこれを入れてとお願いした。仕込みが終わったらわざわざシドを外で待ち伏せ、耳が見えるように足早に走り樹の前で倒れるのは金輪際やりたくない。しかし【彼の願いだったから】演じ切ったのだが。

「ところでシドは君の事を完璧に男だと思い込んでたみたいだけど」
「……別に気にしてない。そういう会い方をしたからね、かつて」
「というかどこから見てもちょっと声を低くしたアンナだったのに彼にはどう見えてたのさ。ちょっと聞かせてくれよ」
「ミューヌにならいつか話すよ、絶対」

―――もう戻る気はなかった。血生臭い日々なんてもう厭だから。気ままに旅をし、いろんな人間に出会って人助けをして、無名の旅人でいたいんだ。名前を捨て、家族を捨て、ボクはすべてを斬り捨てる。そう、【命の恩人】みたいに。

 ミューヌの「楽しみにしてるよ」という声を聞きつつ突っ伏すシドを起こし抱き上げる。そして旅館【止まり木】の受付で大男を軽々運ぶ女性を驚いた目で見る人から鍵を受け取り個室に向かう。部屋の扉を開き、そのまま彼を寝台に寝かせる。そして唯一残していた過去である髪飾りを外し、手に握らせてやる。

「まだ捕まるわけには、いかないんだよ? シド」

 低く無機質な声で大きくなったね、と呟きながら彼のゴーグルを外して第三の眼に口付けを落とし、扉を閉めた。その時のアンナには頬を赤らめながらなぜ髪飾りを置いて行ってしまったのか、眠っている人間相手とはいえ口付けをしてしまったのか理解が出来なかった。

 目を開くとそこは【止まり木】の客室だった。俺は確か、あの人に会って、話をして、そのまま意識が―――。「夢だったのか?」と呟きながら手に握っていたモノを見る。白色の髪飾り。昨晩会った旅人が付けていたモノだ。俺は慌てて荷物をまとめて外に出る。

「ミューヌ! 昨日俺と会ってた人!」
「おやシドお早いお目覚めで」
「赤髪のあの人はもう行ったのか!?」

 ミューヌは考え込むポーズを見せた。

「いや、君は夜中に散歩に行った後1人で帰ってきてそのまま宿屋で眠っていたよ。何せ今日は大きなサプライズ予定だろう?」
「え? あ、そ、そうだな?」
「それかもしかしたら聖者様が持ってきた奇跡かもしれないね」

 ミューヌは俺の変化する顔を見て笑っている。俺はポケットに忍ばせた髪飾りを握り、「夢じゃないな」とボソリと呟いた。おぼろげな記憶に残っている『大きくなったね』という言葉が反芻している。

「いつか絶対、お前”も”捕まえてやるからな」

 その言葉と貰ったコーヒーを一気に飲み込んだ。

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