星降る夜の奇跡の話―前―

「星芒祭っていうのがあるらしいね」

 アンナの一言が今回の不思議な出来事の始まりだった。

「シドはそういう経験ないの?」
「その祭はエオルゼア特有のイベントだから俺の故郷には無かったさ」

 ある日の昼下がり。ガーロンド社の一角に作ったシドの自室に通されたアンナは、先程グリダニアで見た大きな木と子供たちにプレゼントを振舞うふわふわヒゲな人たちの話をする。

「じゃあ貰ったことないんだかわいそう」
「お前もないだろ?」
「うん。じゃあシドは子供の頃何か欲しい物とかあった?」

 じゃあって何だと言いながらシドはヒゲを撫でながら考え込む。

「そりゃ新しい装置の設計図とか工具とか欲しかったな」
「今自由に買える環境になってよかったね。夢のない回答をありがとう」
「子供の頃の話じゃなかったのか?」
「ああそうだった。私から見たらあなたは子供みたいな年齢だからつい」

 シドは『26歳じゃなかったのか?』という言葉を飲み込み再び考え込む。何か、欲しかった物か。ふと一つだけ誰にも話せず、絶対に誰も持ってきてもらえないモノを切望していたことを思い出した。

「会いたい人がいた」

 魔導院に入学する直前に出会った『旅人のお兄さん』が浮かんだ。アンナは一瞬だが目を開き、「あるじゃん」と言いながら笑顔になった。シドはその笑顔から目を逸らしながら疑問を返す。

「アンナは何か欲しい物とかなかったのか? 子供の頃」
「昔すぎて覚えてない。……今だったら世界平和とかかな?」
「これまた大きく出たな」
「だってやろうと思えば何でも手に入る身だし。絶対にムリなものを言った」
「お前も夢がないなあ」

 そう言いながら小突くと彼女は不意に手をポンと叩く。

「それじゃグリダニアでプレゼント交換でもする? やってみたかったんだよね」

 シドは「はぁ!?」と言いながら顔を赤くした。

 プレゼント交換。この年でしかも仮にも異性とすることになるとは思わなかった。
 普段世話になってるし感謝のしるしとして何かあげるなら今しかないだろう。しかし何を渡せばいいのだろうか。多分彼女の事だから「あなたからなら何貰っても嬉しい」とこっちが恥ずかしいセリフをいつもの笑顔で言うだろう。それに甘える事は出来ない。というわけでそれとなく人に相談することにした。

「女性にプレゼント? 会長そんな頭あったんですね」
「失礼だなジェシー。俺だって考える事はあるさ」

 相談と言っても即乗ってくれそうな人はジェシーしか浮かばなかった。アンナである事は隠しさりげなく休憩室にいたジェシーに声をかけた。

「その人は何が好きなんですか?」
「何って……」
「ほら興味あるものですよ。演劇とか裁縫とか」

 シドは考え込む。そういえばアンナの趣味は知らない。あえていうと食べる事と戦闘だろうか。色気がない。というかそれを言ったらジェシーに即バレてからかわれ社内で共有されてしまう。まあバレなくても女性にプレゼントを渡すなんて話がこれから広まるかと浮上した考えはうやむやにしようと煙に巻いた。ふとよく差し入れを振舞ってくれることを思い出す。これだ。

「……料理が得意、だと思う」
「じゃあ調理用具とかでいいと思いますよ」
「ふむトースターとか作って渡せばいいか……いや使う場所がないか?」
「アンナにあげるのでしたらまだ包丁仕立てる方がマシだと思いますけど」

 飲んでいたコーヒーを吹き出した。ジェシーは「何ビックリしてるんですか?」とあきれた目をしている。

「いや会長が今唐突に女性の話をするならアンナしかいませんよね?」
「そうか……そうだったか……実は」

 昨日言われたアンナからの提案の話をする。正直何渡せばいいのか分からないと話すと「それは私に聞かれても分かりませんよ」と返された。

「だよな」
「というか会長がアンナを異性として考える行為が出来たのが驚きなんですけど」
「さすがに分かってるさ。ときどきはそういう面も見ておきたいと思ってな」
「へー……」

 ジトッとした視線が気になる。「悪いか?」と聞くとそっけなく「別にいいんじゃないですか?」と返される。

「アンナは多分何渡しても表では笑顔しか見せんだろうからな。驚かせたいんだ」
「あー確かに何あげてもごきげんになりますよね彼女」
「多分その辺りの石ころあげても褒めるぞ」
「ですね。……暁の人に相談したらいいんじゃないですか?」
「そうなるか……そうだよな……」

 じゃあ少し出てくると言いながら踵を返し休憩室を出た。さて、ヤ・シュトラでいいだろうか。アルフィノよりかは把握してくれるだろう多分。

「これは楽しい事になりそうね」

 その頃1人残されたジェシーは笑顔でガッツポーズをしていた。

「アンナの好きな物かしら? 考えた事がなかったわね」
「何あげても喜ぶと思う、でっす!」
「だよなあ」

 石の家の扉を開ける。ちょうど賢人ヤ・シュトラと受付嬢タタルが何やら話し合っていたので手を上げてあいさつを交わした。少し世間話をした後にさりげなく聞いてみる。

「いやガーロンド社としては結構お世話になってるんでな。何かあげようと思ったんだ。何でも喜ぶと思うがせっかくなら徹底的にリサーチして驚かせたいんだ。だから何でもいいからアンナの好みを知ってる奴がいないかとここに尋ねてみたんだが」

 突然自分がプレゼントを渡したいなんて言うと怪しいだろうと道中に言い訳を考えていたのが功を奏した。タタルは少し考え込みながら「あ!」と言った。

「最近アンナさん色々走り回ってるでっす! 星芒祭近いしもしかして」

 咳払いをする。ヤ・シュトラはクスクス笑い話題を変える。

「あら彼女にプレゼントを渡したいと思っているのはあなただけじゃないのよ? よかったら暁一同協力させてもらってもいいかしら」
「あまり大ごとにはしたくないが……そうだな。アンナを驚かせるなら大勢の方がいい」
「じゃあ他の人たちも呼んで来るでっす! 絶対ビックリさせるでっす!」
「ああ!」

 タタルとシドは拳を交わし準備を始めている。ヤ・シュトラはそんな2人を見てため息を吐く。

「発案した私が言うのもおかしいかもしれないけど―――少しズレてるのはいいの?」

 ヤ・シュトラはこの地点で少し察するものがあった。この時期にプレゼントといえば星芒祭だ。アンナとシドは仲がいいのは知っている。会社としてあげたいのなら私達ではなく社内で考えるはず。ということは個人であげることになる。彼女は”私達にさりげなく好きな物があるか聞いて準備するという計画だった”のではないかと考えていた。それをいつの間にか暁の血盟全員で驚かせてやろうぜという話にすり替わっている。

 そう、この地点でシドはアンナと【2人で】プレゼント交換するという当初の目的を忘れてしまっている。

「えっと……私も本気出さないとダメか」

 一方その頃彼らが盛り上がる部屋の前では。偶然用事で訪れたアンナがその会話を聞いてしまい扉の前で頭を抱えている。予定ではシド相手なら多少羽目を外しても許されるだろう、そうだ! 彫金師ギルドに籠ってビックリ箱を作って驚かせてやろう! という意気だったのだが何やら相手方が本気で渡す気になっているらしく方針転換を強いられてしまった。【唯一残している物】を握りしめ裁縫師ギルドへ向かう。

 イベントは6日後。英雄活動で疲れた彼女の心を癒せる最高のイベントにしようとガッツポーズするシドの姿があった―――

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