旅人は過去を懐かしむ

「シド、アンナ見てないかい?」
「いや、見てないな……何かあったのか?」

 ある日の昼下がり、アルフィノの来訪から俺とあの旅人との奇妙な関係がより複雑になっていった―――

「最近全然私達の方に顔を出していないからシドの方にいるのかと思って聞きに来たんだ」
「いや、俺もここ1週間位は見てないな。てっきりアラミゴ解放してからもそっちの仕事が忙しいのかと思っていたんだが」

 我らの英雄さまはどうやらまたどこか変な所に迷い込んでいるようだった。5日位前からふらりとエオルゼアから離れてるらしく、アルフィノ達がリンクパール通信を送っても「あと少しで見つかる、はず」と曖昧な答えしか返って来なかったとのことだ。なのでもしかしたらガーロンド社の依頼でもやっているのかと疑問に思って直接訪ねに来たらしい。しかし相変わらずアンナの事が心配になったら真っ先に自分の所に来るのは嬉しい事なのかそうでないのかよく分からない部分だとシドは苦笑する。

「最近あの人に変な事でもあったか?」
「変と言っても彼女は普段から不思議な所が……ああちょっと待って欲しい、心当たりがある」
「というと?」
「絵を描くように頼まれた」

 さりげなくアンナの事をどう思ってるか言いかけたな。シド自身もほぼ同じ感想を抱いているので何も言わないようにし、アルフィノの回想を聞く。

「アルフィノ」
「おやアンナじゃないか。どうしたんだい?」

 石の家、ドマやアラミゴを解放したからといって即平穏が訪れるわけではなく、毎日数々の小競り合いの報告が集まってくる。暁の面々が英雄と呼ばれるアンナだけでも休息を取るように勧めた数日後、珍しく連絡なしで現れた。いつもより遠慮がちな顔をしながらアルフィノの方へ駆け寄る。

「忙しい所ごめん、お願いしたい事あって」
「君の頼みなら光栄さ。丁度休息を取ろうと思っていたから遠慮せずに言って欲しい」
「んー……おいしい茶葉見つけたから一緒に飲みながらで」

 石の家の小部屋に通されアンナは手慣れた様子で紅茶を淹れ青年に渡す。「ありがとう。君が淹れたお茶は美味しいから好きなんだ」と言えば笑顔を浮かべながら机を挟んだ正面に静かに座り、口を開いた。

「絵を描いてほしい」

「なるほど、それで言われるがままに絵を描いて渡したらそのままふらりと」
「お礼を言ってる時の顔は今までにない位綺麗な笑顔だったよ。……そうかそれを持ってクガネに行ったのかもしれない」
「どうしてクガネだって分かるんだ?」

 どうやら描いた絵は東方の衣装を纏い刀を持った男だったらしい。誰かと聞いたら「命の恩人」とだけ答えたという。「まさか彼女は人探しをするため私に絵を頼んだのか?」とアルフィノは呟いている。
 ここからクガネは少しだけ時間がかかる。飛空艇で早々に行けるだろうか。予定を確認すると大仕事はオメガが見つかるまでは無いようだ。「彼女を連れ戻してくる。多分迷子になってるだけだ」と不安そうな顔をしていたアルフィノの頭をぽんと叩きモードゥナを後にした。
 何かモヤモヤするのだ。今まで影も形も見せなかった彼女が気に掛けた男の存在が気になる。ましてや尋常ではない強さを持つ彼女の命の恩人だと言われると好奇心が抑えられない。

「英雄さんかい? 確かここ毎日夜は黄昏橋で釣りをしているよ。ほらあそこ、潮風亭から続く橋」

 少し休暇を貰う、と部下の返事も聞かず飛び出したシドは大急ぎでクガネ行の船に乗り込みエールを煽りながら船旅を楽しんだ。久々の完全な休暇だから少しだけ呑んでも許されるだろう。本音を言うと今まで一切見せて貰えなかったアンナの『過去』の一欠片が気になりすぎて頭がおかしくなりそうだった。「俺はそんなに彼女の事が気になっていたのか?」というどんな設計図よりも難しい『難問』を波に揺れる中で反芻し続けてしまう脳を一度リセットするためという情けない理由だ。結論を出すにはもう彼女との距離が縮まりすぎていて逆に分からない。空旅にすればよかっただろうか。後悔してももう遅いのだが。

 そんなことを悶々と考えているうちにクガネに辿り着いていた。酒のせいか船酔いのせいか分からない気怠い身体を引きずりまずは聞き込みを始める。一から探すよりアンナはこの地を解放した有名人なのだから適当に人を捕まえて聞けば分かるだろうと判断し、商店付近で聞き込みをすると即居場所を特定出来た。
 どうやらアンナは数日前までは早朝にハヤブサで飛んで行き、夕方には少々落ち込みながら帰ってきて釣りをしていたのだとか。今は紅玉海のコウジン族と走り回っているという話を聞いた時はエオルゼアとほぼ変わらないことをしているんだなと苦笑いが漏れた。

「そういうアンタさんは英雄さんの何なんだ? まさか……コレか?」
「いやただの友人の1人さ。彼女最近エオルゼアの方に帰ってなくてな。仲間が心配してるんで代わりに見に来たんだ」

 小指を立てながら聞いてくる店主には少し慌ててしまった。そう、シドは多分アンナからすると旅の途中に出会った人間の1人である。一番近しい所にいる筈なのに、寂しい関係。きっと周りからは明らかに異性としてではなく同性の友人という感覚でお互い会っているようにしか見えていないだろう。自分で言ってて悲しくなってきたなとシドは溜息を吐いた。

「じゃあアンタではないのか。待ってる人がいるって言ってたんだがな」
「……というと?」

 適当に挨拶して去ろうと踵を返した時店主のぼやきが聞こえてきた。すぐさま向き直り店主に詰め寄る。

「ああ彼女がどこかに行きたいみたいで何人か野郎が案内しようかと近づいたんだが全部断ったらしいぜ。その時待ってれば来るからって言ってたとか」
「感謝するぜ、おっさん」

 待っている人、誰だろうか。まさかアルフィノが描いたという侍だろうか? 会ってみたい。夜になったら彼女が現れるという黄昏橋という場所に行ってみようじゃないか。

 夜。楽座街はよく賑わっている。今は用事が無いので潮風亭から橋に出ると、いた。探していたヴィエラの女性が少し寂しそうに釣竿を持ち水面を揺らしていた。

「釣れてるか? 旅人さん」
「いやあ私は……ってシドだ。仕事は?」
「しばらくは休んでも大丈夫だ」

 他人を装い話かけると苦笑しながら振り向き、シドの姿を見るなり少し目を見開いていた。

「お前アルフィノが心配してたぞ?」
「あーごめんごめん。迷子になってた」
「テレポがあるじゃないか」
「エーテライトが無い所なの。帰りはテレポですぐだけど行きは頑張らないと」

 懐から2枚の紙を取り出し広げている。覗き込むと1枚目は地図のようで、2枚目はアルフィノが描いたであろう侍らしき人物画。「これは?」と聞くと「赤誠組の人から教えて貰った場所でね。会いたい人がいるんだ」と答えていた。胸がチクリと痛んだような気がする。「そっちは命の恩人、か?」と切り出してみるとアンナは「あーアルフィノから聞いてるよね。うん」とシドの鬱蒼とした気持ちに構わず肩を少し上げながらサラリと答えた。
 髭を貯えた自分より年上であろう威厳のありそうな目の鋭い侍の絵をアンナは少し切なそうな目で見つめていた。

「ゴウセツに捜すなら赤誠組で聞いたらいいってね。ドマ解放出来て何とか落ち着いたから来た」
「まあ確かにこの辺りの人を知るなら手っ取り早いか」
「凄い人だったらしいからすぐに教えてもらえた。嬉しい」

 確定だった。これは恋人とかそういう分類のやつだ。少なくとも相当信頼されているとシドは心で感じ取った。心の中で溜息を吐いているとアンナは「じゃあ今日は寝るかあ」と釣竿をしまい立ち上がる。

「いいのか?」
「うん。早起きして行かないと日が暮れてその日のうちに帰れないよ?」
「待ってる人がいるって聞いたんだがなあ」

 いじわるそうに聞いてやると「あー」と言いながらアンナはシドの腕を力強く引っ張り耳元で「道案内なら知ってる人にされたいに決まってるでしょう?」と囁いた。

 この後アンナが拠点にしているのだという温泉宿の部屋に案内された。ベットは2人分用意されており、「用意周到だな」と言ってやると「そりゃ連絡曖昧にしたらあなたか暁の誰か来るかなって待ってたからね」と舌をペロリと出しながら言い切った。完全に人を宛にする作戦に切り替えていたらしい。

「命の恩人さんに来てもらったらいいじゃないか」
「無理無理連絡する手立てが無いよ。あ、ここ大浴場だけじゃなくて部屋ごとに小さな温泉が置いてあるんだよ。いつも来た時にはお湯が張られていて凄い部屋だよね。あ、お金は私が払ってる。気にしなくていいから」

 と言いながらアンナは浴室へ入って行った。気にするなと言われてもなあ、とぼやきながらコートを脱ぎ、ベッドに横たわった。直後ふと頭の中で現在の状況がどういうものなのか浮かび上がる。

「うん? 2人同室……で寝る??」

 自分が行って、よかったかもしれない。そういうことにしておこうとシドは思考を打ち切った。

 次の日。朝早くから2人で潮風亭で軽い朝食を済ませハヤブサに乗った。ちなみに昨日はアンナがタオルで髪を乾かしながら風呂から上がった後、「船旅だったんでしょう? 風呂入っておきなよ」と言われるがままシドは浴室を覗いた。確かに小さな温泉があり、「そのまま入るよ。ありがとな」とアンナに礼を言うと「ん」とだけ言い踵を返し部屋へと戻って行った。その風呂というものは非常に気持ちが良かった。しかし恩人という存在が頭から離れず、アンナからどう話を聞こうかと悩みながら風呂から上がると既に本人は無防備に眠っていた。つまり何も聞けなかったし何も起こらなかった。いや起こすことは出来ずなるべくアンナから離れた場所で丸まり眠っていた。目が覚めると既にアンナは起床し、着替えを済ませていたのは更に驚いた。寝起きな顔の前で屈んでおり、「起こそうと思ったら起きた、残念」と何故か悔しがっていた。筆を持っていたがどう起こすつもりだったのだろうか。「見なかったことにしてやるからその筆片付けとけ」とシドはアンナの額を軽く中指で弾いた。ニヤと歯を見せながら「おはよ」と言われたので「ああおはよう」と返してやる。

「もっとゆったりベッド使ったらよかったのに」
「狭く硬いベッドに慣れているもんでな」

 勿論嘘である。いや会社の仮眠室のベッドは硬いのは本当だが横にいたのは仮にも異性だぞ? と言いたくなったが黙っておく。本当に無防備というか警戒されてないのは信用されているからなのかそれとも何もしないことを読まれ切っているのか本当に異性としての感情が存在しない人なのか。シドとしては聞いてみたかったが怖くて聞けないのであった。

「まあいいや。降りたらとりあえず歩くよ」
「マウントとか使わないのか?」
「空飛んだら早いとかそういうやつ? つまんないでしょ」

 アンナらしい答えだとくくくと笑ってやると「うるせ」と小突かれた。

 小さな村に辿り着いたのでハヤブサから降り、渡された地図をじっと眺めた。シドはまず近くにいた村人を捕まえ、現在地を教えて貰い歩き出す。見る限り行先は山道のようだった。草木をかき分け進んでいるが本当にそんな場所に人が住んでいるのだろうか?と少し怖くなる。アンナが迷子になるのも分かるかもしれないと立ち止まるとふと数歩後ろから付いてくる彼女の鼻歌が聴こえてきた。「何の歌だ?」沈んだ気分を奮い立たせるため振り返り聞いてみると「この辺りの子供が歌ってた」と笑顔で答えていた。

「かぞえ歌? みたいな事言ってた気がする。歌詞は覚えてない」
「そこは覚えておこうな」

 アンナは基本的に覚えるのが苦手のようだった。道もその一つだ。旅人というものはそういうものだというのだが聞いた事も無い。話題を変えるように「なあ命の恩人さんとはどう出会ったんだ?」と少しだけ恩人がどんな人か聞いてみた。

「迷子になって行き倒れてた所を助けてもらって」

 やっぱり迷子癖があるのは昔から変わらないらしい。ポツリポツリとその人の事を話し出す。
 お腹空いたと言えばおにぎりをくれたこと、彼もまた無名の旅人であろうとしていたこと、しばらく一緒に行動してたが森が懐かしいと思った時に『故郷に帰りたくないからグリダニアに行けばいい』と助言してくれたこと。そして生き残るための戦い方を教えてくれたこと。まさしくシドが知るアンナの人生の始まりだった。モヤモヤしていた自分が馬鹿みたいじゃないか、シドは自分の暴走していた考えを戒めるように頭を搔いた。

 そんな話をしているうちに道が開け、そこには小さな小屋と、石碑が置いてあった。

「フウガ、来てやったよ。遅くなって、ごめん」

 小走りでその石碑に駆け寄り、いつの間にか手に持っていた花束を置いた。その場に座り手を合わせている姿を見てシドは初めてアンナが言っていたことが理解できた。連絡する術がない、そりゃそうだ。死者とは話は出来ない。アンナはわざわざ赤誠組で終の棲家を聞き出し墓参りに来たのだ。隣に座り、同じく手を合わせてやる。

「シド、気にしなくてもいい。私の我儘に付き合わせたようなもの」
「一緒に祈らせてくれ」
「……うん」

 ふとアンナを見ると少しだけ震えているように見えた。それに対しシドは肩に手を回し、叩いてやることしかできなかった。その時背後から声を掛けられる。

「あのもしもし」

 振り向くと黒色の髪の東方の衣服を纏った男がいた。そして彼は更にこう言ったんだ。

「エルダスさんですよね?」

 彼女は目を見開き、小さな声で「うそ……」と呟いていた。
 それから男に小屋へと案内された。話を聞くとここに住んでいた人間の孫にあたる存在らしい。

「やっぱりエルダスさんでしたか! 演説の時に貴方の顔を拝見した時絶対祖父がお話していた方だと確信していたんです!」
「い、いやあ今私はアンナ・サリスで」

「あのエルダスって」と聞くと彼女は「部族名と思っといて」とだけ答えた。

「ええ分かっていますよ。エルダスは森の名の苗字でサリスが街の名の苗字、ですよね。祖父から伺っております」
「あーフウガは色んな事いっぱい知ってたなぁ……まあだから私はアンナ・エルダスって事にして」

 テッセンと名乗った青年はしばらく考え込んだ後「わかりました」と答えた。どうやらこれ以上名前は出すなという事だろう。シドとしては知りたかったのだが……所謂苗字を知れただけマシかと判断する。

「隣の方は……」
「シド、今回のドマ解放にあたっての外部協力者」
「ああそういう事でしたか。私らの国を救っていただきありがとうございます」
「い、いやそこまで深々頭を下げなくても大丈夫だ。えっと、お祖父さんからアンナの事どう聞いてたんだ?」
「ちょ、ちょっと!!」

 イタズラっぽい笑みで聞いてやると隣で彼女が軽く叩いてくる。そりゃ昔話は知られたくないのだというのは普段の態度から分かる。しかしここを逃したら二度と知れない事なのだ。聞くしかない。

「とても好奇心旺盛な技術の呑み込みが早い方と聞いていました。別れた後も無事グリダニアに到着できたか亡くなる直前まで心配してて。しかしちゃんと辿り着けて挨拶まで来ていただけてきっと喜んでいると思いますよ」

 彼女は「だったらいいな」と軽くため息を吐きながら答えていた。それを尻目にテッセンは手慣れた仕草で箱の中から何かを取り出す。平たく大きな箱を開くとそれは絵画のようだった。道を歩く侍と、その後ろには槍を持った赤色の髪のウサギ耳の子供がいる。「祖父はここを終の棲家として決めた頃、この絵画を絵師に頼み描いてもらっておりました」という言葉が聞こえる。「フウガと、私?」と呟きながら彼女は目を見開き眺めている。
 シドもまたその絵を凝視していた。懐かしき風景の絵に対し何やら心がざわめいている。どこかで見た、しかしどこで見たか思い出せない。「シド?」という声で我に返る。―――ああ何でもない、と返すと「変なの」とアンナはシドの脇腹を突いた。

「仲がよろしいのですね」
「なっ」
「そりゃエオルゼアにドマ、アラミゴまで一緒に救った仲なので」
「アンナ!?」

 顔が赤くなるシドと笑顔で答えるアンナ、その2人を見比べテッセンはくくと笑う。何かあらぬ誤解をされた気がする。その風景にテッセンは目を細めながらアンナに優しく語り掛ける。

「アンナさん。祖父リンドウは厳しく修行させすぎたことを後悔されてました」
「そりゃゴウセツが言ってた。『お主の気迫は剣豪リンドウそっくりだ』ってね」
「あのゴウセツ様が言うほどとは。よほど貴方の飲み込みが早かったんですね」

 納得した。ゴウセツに聞いたというのも恩人の名前が出たからついでに聞いてみたという事らしい。
 しかし彼女の気迫とやらは見たことが無い。「また今度見せてくれよその気迫ってやつ」と言うと「無い方が自分の為だと思うよ」と困った顔で言われた。

「そして旅人のスタンスも祖父そのままだという噂も聞きました。祖父は一時は妻と子供を置いて無名の旅人であり続けようとした事に後悔し、大切にしすぎたアンナさんの事を心配していまして。少しだけ己の幸せを願いませんか?」
「……今私幸せだけどなあ。フウガに挨拶できたし」

 彼が言いたいのは明らかにそういう事ではない。多分自分の気持ちを奥底にしまい旅人を演じ続けている彼女を心配しているのであろう。彼女自身も同じ結論に達したようで優しい声で語る。

「んーなるほど。―――今は世界を救う方を優先して旅人活動はまあ当面延期みたいな状態。まあやる事終わったら色んなことを知るために旅に出たい。フウガみたいに『無駄に』強くて何でも知ってる旅人になりたいからね」

 無駄にを強調する姿にシドとテッセンは目を丸くし、笑ってしまっていた。どんな強さだったんだ、リンドウ・フウガという人間は。

 しばらくテッセンと談笑した後、日が暮れる前に帰ることにした。村の方で泊ってもいいと言われたが、「この人、仕事あるから」とアンナが断ってしまった。村までの近道を案内してもらい、そのままハヤブサでクガネに帰ってきていた。
 ハヤブサに乗りながら少しだけ命の恩人であるリンドウについて教えて貰った。お互い名前ではなく苗字で呼び合っていたのはあくまでも自分達は旅の途中に出会った他人であるというのを強調するためだった事、強大な妖異討伐を頼まれた時に引き際を誤り殺されかけた自分を守るために優しかった彼が常人を逸した殺意を溢れさせ一閃で妖異を斬り捨てていたリンドウの強さを。そしてその強さに憧れ無理やり稽古を付けて貰った事を。幼い頃の叶わぬ初恋だった事も。グリダニアに辿り着いて故郷を懐かしみ終わったら再びリンドウの元に行きたかったけどガレマール帝国が邪魔だったんだと語る姿が少し寂しそうに見えた。

 クガネに戻った時にはもう日が暮れていた。「戻ってきたし……帰る? それとも呑む?」とアンナが隣に立ち楽座街の方を指さしていたのでそのまま食事という事にした。
 賑わう歓楽街の居酒屋で置かれた順から消えゆく皿を見ながら酒を吞むという風景はモードゥナでも見慣れている。その吸い込むように食べる瞬間をアンナは人に見せないように隙を見てやらかしているのだがシドは一度だけ見た事がある。それから社員を助けてくれているお礼と称して食事に連れて行き説教をしながらテーブルマナーを教えていた。その結果、シド以外の前では肉や野菜を切り分け目を離した隙に皿から消えるようになった。シドは違うと叫びたいが流石に外なので抑えることにする。

「姉ちゃん相変わらずいい食べっぷりじゃねえか!」
「ここのごはんおいしい」
「ありがたいねえほらおかわりだよ!」
「やったー」

 彼女なりに東方地域でも溶け込んでいるらしく笑顔がこぼれた。シドも巻き込まれるように盃は乾かず皿にも大量に盛られているのだがそれに関しては考えないようにしている。しかしアンナが他の人と会話している隙にシドは客の1人にある日ポロッととんでもない話を吹き込まれた。『夜な夜な店の奴らと飲み比べしては大勝利して身ぐるみ剝がしていた』と。「ウチの英雄が、すまない」と肩を落としながら謝罪することしかできなかった。何やっているんだお前はと未だ食事を続ける彼女を軽く叱ってしまうが、アンナ本人は「挑む方が悪い」と全く悪びれることない様子で。シドの中でこの人は一度負けないと学ばないのか? という疑問がよぎる。しかしガーロンド社の呑み会でもアンナ周辺に形成される死屍累々を思い浮かべると無理という2文字の結論がのしかかった。エオルゼアでは穏やかなのだが少し離れると無法になっている話を聞くとどちらが本当の彼女なのか分からなくなる。

「あなたもやってみる? 勝負」
「悲惨な風景を見てきた人間が乗ってくると思っているのか?」
「まあシドとはゆーっくり飲み合いたいからそれでいい」

 その言葉を聞くなりシドの顔は耳まで真っ赤に染まっていく。「おや? もう酔いが回った?」と無邪気に聞くアンナにわざと言っているのか? と疑問を吹っ掛けたくなるが残念ながら天然だろうなと即心の中にしまっておく事にした。「まだ行けるさ」と再び盃のものを一気に喉に通す。

 この顔の熱さを酒のせいにしておきたかった。

 食事が終わった後、再び望海楼の彼女の部屋に連れて行かれた。顔を赤くし少しふらついていた男を途中から「運ぶよ」と背負うアンナの顔をシドは見せてもらう事はなかった。シドからすると正直軽々と大の大人である自分を背負われて男としてのプライドが砕かれかけていたのだがそれはまた別の話とする。
 綺麗にベッドメイクされた寝台に下ろされ上着をはぎ取られた。「寝る時邪魔でしょ」って言いながら用意された衣服を渡される。「浴衣って言うんだって」という言葉を聞きながらぼんやりと眺めていると彼女は浴室に消えて行った。正直自分もシャワー位浴びたかったがそれよりも眠気が勝っていたので衣服を脱ぎ散らし浴衣に着替え、そのまま寝転び視界が暗転した。

「シド、シャワー浴び……って寝てる?」

 意識が完全に途切れる直前、アンナの声が聞こえた気がした。手だけ一瞬上げて、そのまま落ちた。

 この日シドは夢を見た。寒空の下、巡回兵を呼ぼうとした幼い自分の衣類を掴み止め、道を聞いたフードを深く被った赤髪の『あの人』が、大人となった自分を強く抱きしめ「大きくなったね、少年」と言ってくれる幸せな夢だった―――

 次の日。シドが目を開くとアンナは既に起床し着替えを終えていたようだ。「おや今日は早起きだね、シド」とにこやかに答える姿に何かくすぐったい。

「そういえば上着ポケットのリンクパール大丈夫? 出た方がいいと思うよ?」

 忘れていた。行き先も言わぬまま会社を飛び出してから一度も出ていない装置を見るとずっと光りっぱなしだ。向こうは相当おかんむりだろう、恐る恐る出ると『やっと出た!』と会長代理の怒鳴り声が聞こえた。

「ああすまんちょっと取り込み中で」
『どこにいるんですか! いいから早く帰ってきてください!』
「いやほら今は特に何もないじゃないか」
『どれだけ書類が溜まってると思うんですか!!』
「……これからクガネから帰る」
『クガネ!? ちょっと会長本当に何やって』

 これ以上繋げていても説教が続くだけだろう。切断してニコニコと笑うアンナを見る。

「すまんがシャワー浴びたら帰る事になった」
「でしょうね」

 そのままアンナはシドの腰に手を回し抱き上げて浴室へ連れて行こうとするがシドは慌てて「二日酔いとか大丈夫だから」と言いながら止め、衣服を持って浴室へ逃げるように入って行った。恥じらいという概念が全く見当たらないアンナにそのまま介助されそうだったと流石に危機感を感じている。

「……ん?」

 浴衣を脱ぎ、鏡をふと見ると肩に赤い痕が見える。何があった? 昨日は酒を呑んで戻ってきた後風呂にも入らず眠ったじゃないか。虫に刺されるような事は―――そういえばアンナの先程の服装を思い出す。首元に季節に似合わないマフラーを巻き、いつにもまして露出の少ない格好だ。

 やってしまったか? よりにもよって酔った勢いで、アレをと行為を頭に浮かべながらみるみる血の気が引いていく。全く記憶に無い。アンナも全く顔に出していなかった。何かあったのなら流石に何か反応するはず。すると思いたい。ないってことはそのまま2人でぐっすり寝ていたんだろう。しかしこの痕は何だ? やっぱり虫に刺されたか? いや浴衣は整えられていた。しかし寝ぼけながら着替えたからこんなに綺麗に着れるとは思わない。少なくとも整えた相手がいる。相手はアンナしかいない。少なくとも眠っている自分の服を整え、投げ捨てた衣服を畳み、布団をかけてくれたのは確かだ。34にもなって恥ずかしい。
 シドはここまで考えた後に、「見なかったことにするか」と呟き頭から冷水をぶっかけた。

 一方その頃。『気が付いただろうか』とアンナはニコニコと笑いながらシドが浴室から飛び出してくるのを待っている。本来はそういった行為はやらない主義なのだがキスマークはすぐに消えるものと判断し、昨晩寝ぼけ眼で着替えたからだろう乱れた浴衣を直すついでに衣服でギリギリ見えない場所に一つ付けておくというちょっとしたイタズラだった。少しでも怪しさアップさせるためにわざと首元まで隠した服に着替えておいたしこれは完璧だとふふと笑う。鏡を見ればすぐに気が付く場所に付けたので来るはず。
 しかし来ないなあ思考フリーズでもしたか? と思い扉に長い耳を当てたら「見なかったことにするか」という呟きが聞こえた。アンナは耐え切れなかったのか寝台に突っ伏し声が聞こえないようゲラゲラと笑っていた。

 浴室から出てくるとアンナはいつものようにニコニコ笑いシドを待っていた。

「どうやって帰るの?」
「流石にクガネランディングから飛空艇で帰るさ」

 チェックアウトをし2人は潮風亭で朝食を摘まみながら喋っていた。いつもと変わらぬ、現状維持。シドは平静を保つ事を選んだようだった。アンナは少しつまらないなあと思いながらシドを眺めていた。

「それがいいよ。付き合わせちゃってごめんね」
「ま、まあ俺は別に大丈夫だ。アンナはどうするんだ? 一緒に帰るか?」
「テレポでお先。アルフィノとかにお詫びの品も準備しないとダメだしね」
「そうか」

 立ち上がり、「じゃあ」と2人は言い合った。それぞれ違う方角へ歩き出す。
 長そうで短い2人の旅は終わった。

 飛空艇で急いで帰った後、怒髪天なジェシーの説教が待っているのだろうなと足取り重くガーロンド社に戻ると大量のクガネ土産らしきものが積み上げられえらく機嫌がいい社員達がいた。ジェシーもその内の1人で嬉々とした声で金色の箱見せながら「既にレンタル料いただいたので大丈夫ですよ。さあ仕事に戻ってくださいね会長!」と大量の書類が積まれた机に案内されたのはまた別の話。