旅人は、取り戻せない

―――英雄を乗せ、生まれ変わったエンタープライズは飛び立った。

 彼女はぼんやりと空を見つめていた。いつものような笑顔も見せず神妙な顔。それもそうか、俺たちはトールダン7世と最終決戦になるだろうアジス・ラーへ向かった。目論見通り防壁を越えることに成功したが帝国の飛空艇の猛攻を退けるためにシヴァ、氷の巫女と呼ばれたイゼルが散った。無事上陸を果たし仲間たちが飛空艇から降りる中、彼女はぼんやりとその場から動かず空を見上げていた。

「アンナ」
「別に悲しんでいるわけじゃない」
「何も言ってないぞ?」
「……まじか」

 アンナは俺の方に向き苦笑いしている。俺はそのまま彼女の横に立ち空を見上げた。
 淀み切った空は俺たちに何も教えてくれない。しばらく何も言わず立っていた。

「たくさん人が死んでいる」

 ポツリと呟く声はいつもより低い。

「私は彼らに護られてしまった。私に優しくしてくれたヒトが死んでいく」
「誰にだって限界はあるさ」
「超える力だって言ってるくせに限界は超えてくれないんだね。知らなかったよ」

 拳を握り締め、振り下ろしている。顔を見ると目を見開き一筋の涙が落ちた。

「やっぱり神様ってクソッタレ。ムーンブリダを、オルシュファンを、イゼルを返せ」

 ガン、ガンと飛空艇の外装に拳を振り下ろしている。俺は何も言わず彼女のその手を押さえる。

「悲しかったんだな」
「違う、本来あるべき場所から奪ったヤツを、私は、私は」

 空気がナニカに反応したのかどこか震えている。彼女の手が熱い。明らかに様子がおかしい。「アンナ!」と俺は叫ぶ。彼女はビックリした顔で俺を見ている。

「俺は生きている。アルフィノも、ミンフィリアも、サンクレッドだってお前が救ったじゃないか。お前は全てに手を差し伸べる神になるつもりなのか!?」

 手の熱が収まった。そして彼女は俺の胸に頭を置く。そして「5分」とボソとつぶやいた。

「何もするな。ただそこに立ってて」
「あ、ああ」
「―――無名の旅人を助けても何も利益がないくせに、何で」

 彼女はボソボソとつぶやき始める。

「私に触らなければ死ななかった。私が現れなければ世界はそのままだった」
「アンナ」
「でも私がここにいないと世界は変わらなかった。私がいないと達成されなかった」
「そう、だな」
「ただの無名の旅人に優しくする人たちが分からない。みんな死んでいく。どうして、どうして―――」

 そこから彼女は何も言わず震えていた。俺はただ彼女の肩を撫でることしかできなかった。

 それはウルダハ以降顔を出すことがなかった彼女の弱さだった―――

 5分後。彼女は顔を上げた。ばつの悪そうな顔で「ごめん」と言った後目をこすりいつもの笑顔を見せた。

「もったいない」
「何か言った?」
「あ、ああ何でもない」
「私たちに悲しみながら人を弔う暇はない。……みんな待たせてる、行こう」

 途中から心配したのか戻ってきた仲間たちに見られていたが彼女は気が付いていなかったようだ。即しっしっと手で払うしぐさをしたら戻って行ったが彼女にバレないに越したことはない。

 彼女は強い、刀を握り締め全てを斬るために奔る。しかし絶望的に、脆い。
 誰かが支えないと、そばにいないとすぐに崩れ去るのではないかと踵を返し歩き出した彼女の後ろ姿を見守る。

「もしお前が許すなら」

 俺が隣に立ってはいけないだろうか?