技師は過去を振り返る

―――俺が彼女に惚れていた事を自覚したのはいつ頃だろうか。

 ガレマルド出身であるシドは故郷からエオルゼアに亡命し、ガーロンド・アイアンワークス社を興した。しかし、第七霊災で起こった事故でシドは記憶を無くしウルダハの教会で何も分からぬまま隠れて暮らしていた。ガレアンの証である第三の目によって差別する者もいれば神父であるイリュドみたいに傷が癒えるまで匿ってくれる存在もいた。マルケズと名付けられ、墓守としての生活を送っていた時に出会ったのが彼女、アンナ・サリスだった。彼女が駆け込んできた時、頼まれごとで不在の間に暁の血盟の拠点であった砂の家をガレマールの軍人によって襲撃された。一時の避難場所として協力者がいる教会に行けと言われたと語っていた。「私は旅人だが、お世話になってた場所が襲撃されて」と淡々と抑揚なく語る姿がまるで作り物みたいな不気味な人だ感じた。シドがアンナを目の前にして抱いた第一印象だった。後に「帝国が自分を認知して襲ってきた目的が分からなかったから冷静を装ってただけ」と舌をペロリと出しながら話してくれた。―――確か彼女がやって来た3日目の夜の姿で印象が変わったんだっけ、と思い出す。

 夜も更けた頃、マルケズはふと外の物音に反応する。慎重に教会の扉を開き外を覗くと墓の横に座り込み空を見上げる黒髪のヴィエラが見えた。出会った頃の2人は日中は頼み事以外一切会話をせず、彼女もふらりと出て行っては帰って来るを繰り返していた。教会の人間も含め、新しく転がり込んできた女性は笑顔で応対はしてくれる。だが、どこか仮面みたいな―――マルケズにも負けない不気味な人だと囁かれていた。しかしオルセンは以前助けてもらった事があるようで『アンナさんは正義感が強い素敵な方です』と言っていたのだが。実はその時に2人は出会っていたのだが、お互い印象が残っていなかった。

「何を、している」
「―――星を見ている」

 虚ろな目でマルケズを見上げたアンナは一切表情を変えなかった。しかしマルケズは見逃さなかった。平静を装いながらも震え揺れるアンナの宝石みたいな赤い瞳を。少しだけ離れて彼女の隣に座り、同じく空を見上げた。
 綺麗な星空だった。街頭1つない真っ暗な場所で見る星はますます光り輝いていると感じた。墓場である事を覗けばロマンチックだと言えるだろう。ふと彼女は「暗闇は、嫌いだ」と吐き捨てた。

「なぜだ?」
「真実を隠し、私を狂わせる」
「俺は好きだ。落ち着くんだ」

 マルケズにとっての暗闇は隠れていれば自分の不安を包み込み、少しだけ気が楽になっていた。軽くため息を吐く音が聞こえたので彼女の方を見ると両膝に顔を埋め、少し震えていた。慌てながら「だ、大丈夫か?」と背中を優しくさすってやると「大丈夫」と弱弱しい声が聞こえた。そして突然顔を上げ彼の方に向くと真剣な目で言ったのだ。「あと迷子になる」、と。
 予想もしなかった言葉に目が点になったのを覚えている。教会の廊下を思い出すと先程夜も更けたからと消灯していた。

「まさかと思うが自室が分からないのか?」
「……はい。って笑ってる?」
「す、すまない。短い通路で迷われるとは思わなくて」
「むぅ失礼な奴だなあ。でもまあ……笑えるんだ、よかった」

 首をかしげるとアンナはクスクスと笑いながら言葉を続ける。

「何かトラウマで笑えないのかなって」
「その、俺はただ―――」

 いつの間にか彼女への恐怖心が消えてしまっていたマルケズの心を見透かされたのだろうか。それとも知る気が無かったのかアンナはふと何か思い立ったのか立ち上がった。「さ、誰かに見られたくないでしょ?」と言いながら手を差し伸ばしてくる。マルケズは何も考えずその手を握ると、アンナは軽々と引っ張り上げた。細い見た目に反して大男を軽く引き上げるほど力強いのはさすが冒険者と呼ばれる存在だ。普通の屈強な冒険者と違う所と言えばふわりと漂うフローラルな香りだろうか。これまで見えもしなかった作り物ではない女性の部分が垣間見えた瞬間に少しうろたえてしまう。悟られないように「次はちゃんと部屋の場所覚えるんだ」とからかう。だが当の彼女はその言葉を無視しながら細い指で彼の手を触ったり指を動かしている。突然の行為に「な、何をしている?」と聞くとアンナは優しい声で答えた。

「技術者の手」
「そう、か?」
「数日観察の結果、ね。今触ってみて確信した。大きくて、しっかりとしてて嫌いじゃない」

 目を見開くマルケズを見てアンナは「明日に支障が出るよ? あなたがね」と言いながら教会の中へと消えて行く。追いかけるようにマルケズも教会に戻り、扉を閉めた。彼は顔を見せないようそっぽを向き彼女の部屋へ案内しながら赤くなった顔をローブで隠すのに手一杯だった。視線を感じていなかった事も無いのだが不愛想だった自分を観察し続けていた事にも驚いたし、『笑えるんだ』とは自分も投げつけたい言葉であった。初めて見た彼女の優しく自然で、綺麗なヒトの笑顔だった。

―――思えばこの地点で俺は焔を宿した宝石の如く赤い瞳に射止められた愚かな獣になっていたのかもしれない。

 アルフィノによって外の世界に連れ出され、エンタープライズ号で自分がシドである事の記憶を取り戻した日。アンナからのシドを見る目が変わったのを今でも覚えている。

 星を見上げた夜以降、アンナは何かに安心したのか少しだけ笑顔を取り戻した。そして積極的に教会の手伝いや料理を振舞ってもらえるようになった。彼女は教会のご飯だけでは足りなかったので郊外で狩った動物と採取した物で自給自足しながら怪しい奴がいないか巡回していたらしい。マルケズに「遠慮せずに食べて。あなたデカいんだから」と分厚い肉を押し付けられたのは平和になった今でも覚えている。教会の人間も彼女の姿に安堵し、次第に打ち解けていく姿が嬉しかった。しかし昨日まで沈んだ顔をしていながらも神父のかわりに用件を聞く自分を頼り合っていたつもりだ。そんな彼女の周りに人が集まり近付きにくくなったのは少し寂しい所もあった。そんな中アルフィノが2人を外へと連れ出したのだ。教会に身を寄せる人間たちに大層惜しまれつつエンタープライズ号を探す旅が始まったのはマルケズ、いやシドにとって嬉しい話でもあった。『もっと彼女を知る事ができる』、『自分が何者か分かる時が来たのだ』と。確かに知ろうとする行為は怖かった。しかし祖父の遺志を継ぎ立派でいようとする青年と、ミステリアスで強い冒険者の彼女がいれば大丈夫だろうと確信していた。
 そう、当時のシドにとってのアンナはミステリアスでクールだと感じていたのだ。実は『とんでもない猫かぶり』だったわけだが、真実を知るのは相当後の事になる。

 飛空艇で大空を翔る中、シドは記憶の一部を取り戻した。清々しい気分だった。ただ、当時の自分の元へ行けるなら、赤髪のヴィエラとの約束も一字一句間違えずに思い出せと本気で殴りたいと思っている。アンナは【超える力】でシドの過去を覗き見た時には彼が『約束』を交わした少年だったと気が付いていたらしい。あの時の言葉はそういう意味だったのかと今でも歯ぎしりしたくなる。

「綺麗な星空だ」
「よく見えるだろ?」

 ガルーダの元へと向かう夜、飛空艇の上で空を見上げるアンナを苦笑しながら見つめていた。アルフィノはアンナに「明日決戦なんだからちゃんと寝て。背伸びないよ?」と言われ文句を言いながらも彼女が持っていたマントに包まれ目を閉じていた。
 アンナは飛空艇から身を乗り出して空を見上げていた。「危ないぞ」と彼女の肩に手を置き引っ張る。彼女は「うん最高」と言いながら満面の笑顔を浮かべていた。

「エオルゼアに来るまで飛空艇に乗った事はなかった」
「意外だな。旅人なんだから普通に飛空艇や船で移動しているのかと」
「私が乗る船はよく沈んでたから」

 ずっと運が悪かったみたい、と言いながら相変わらず星空を目で追いかけているようだ。

「俺の飛空艇まで沈めてくれるなよ?」
「エオルゼアに来てからは一度も沈めてないもん」

 イタズラっぽく言ってやると初めてシドの方を向き頬を膨らますガーネット色の瞳と目が合う。「あ……」と声が漏れる。シドは普通に冗談言い合っていた相手が女性だった事を思い出した。彼女の肩に置いたままだった手を「す、すまん!」と言いながら引っ込めた。きょとんとしている顔から踵を返し、「お前も寝た方がいいだろう。何せ明日決戦なんだからな?」と言ってやると「あなたの方が寝た方がいい」と返されながら手を掴まれた。

「自動的に操縦するとか出来ない? 見張っておくから先に寝ときなよ」
「俺は別に1日位は寝なくても大丈夫だ。それよりずっと走り回って疲れてるアンナが寝るべきだろう」
「私も長旅は慣れている」
「いやいや」
「休んで」

 2人で譲り合うかの如く言い合っていると「ならば2人とも私に任せて眠ってくれないだろうか?」といつの間にか起き上がっていたアルフィノに言われ2人は顔を見合わせ笑い合うのであった。

「『あなたの飛空艇』に乗れて、よかった」

 と言いながらアンナは立ったまま操縦桿に乗りかかり目を閉じた。「おい」と声をかけると「30分寝るから」と答えが返って来た。

「アンナ、あなたは立ったまま眠れるのか?」
「長い間旅に出てたからねもう一種の特技。一番落ち着く」
「せめて座ってくれ。見てるこっちが休まらんからな」
「ああ頼むよ、アンナ」

 しょうがないなあと口を尖らせながらもアルフィノから返されたマントを膝に置いた。「ほらシドも」と言いながら膝をポンポン叩いている。

「お、俺は向こうで寝るから大丈夫だ」
「そっか。じゃ、アルフィノ来る? 膝、いいよ」
「あー私も遠慮しておこう」

 男2人の返答にただ一言「知ってる」と答えたまま目を閉じている。眠っているかは一切見分けがつかない。2人は顔を見合わせる。アルフィノの方は顔が少し赤くなっていた。

「断ると分かっててわざと言いやがったのか? いやまさか」
「彼女は……なかなかクセがあるみたいだね。どうだいシド、隣で寝てもいいんじゃないか? 絵でも描いてあげるよ」
「魅力的な誘いだがさすがに断るからな」

―――この時の俺は『あなたの飛空艇』と強調していた意味が分からなかった。今思うと答えを言われていたに等しい行為だった。

 ガルーダとの戦いで初めてシドはアンナの戦いを見る事になる。この時の彼女は両手杖を掲げ癒し手としての戦い方だった。動物を狩る時は弓、人前で戦う時は基本的に人を癒す事に徹しているらしい。「まだ駆け出しだから」と言いながらこまめに回復する姿は、確かに不敵な笑みを浮かべた冒険者のモノとは程遠い練度だった。

 ガルーダとの戦闘が終わり、最終的にアンナの勝利で終わる。光の加護により蛮神によるテンパード化を防ぐまさに奥の手な存在。確かに【超える力】を持ち戦いも出来る彼女にかかれば蛮神問題も解決できるだろうと安堵していた時、ガイウスが俺の目の前に現れた。

 軍団長であるガイウスの圧倒的力を持つ存在と、実戦投入された最終兵器アルテマウェポン。蛮神を喰らい、力とする存在を目の前に俺たちは一時撤退の4文字しか選択肢がなかった。ふと「あれが、漆黒の王狼……」と低く無機質な声が聞こえた。アンナの声、だったと思う。英雄になるだろう冒険者を失うまいと必死にエンタープライズ号を操舵するシドに確認する術は存在しなかった。

 古代兵器の再始動を目の当たりにした3人はこれからの事を話し合う。まずはミンフィリア達の救出。アルテマウェポン破壊、そしてエオルゼアからガレマール帝国を撤退させる。「やる事、たくさんだね」とアンナは呟いていた。考えていても埒が明かないのでとりあえず『希望を光を再び灯すために砂の家に行くか』と結論を出し、ベスパーベイへ。襲撃を逃れていた暁の血盟のイダ、そしてヤ・シュトラと再会するのであった。

 イダとアルフィノは目を閉じ、一時の休息を取っていた。シドはアンナに「一番疲れているのはお前だ」と楽にするよう促した。

「そんな事言われたの成人前位だ」
「何言ってるんだお前は十分若者の範囲内だろ」
「ほー。じゃああなたは何歳?」
「34。お前は?」

 アンナはクスクスと笑いながらさぁね、と言った。「あまり人と関わらないように旅をしていた時期があってね。何年彷徨ってたか分からないんだ」と呟く姿は少し寂しそうに見えた。かける言葉が頭から浮かばない。フリーズしてる様を見て彼女は人差し指を突き立て言い切った。

「ちゃんと性別は女性と分かってから旅を始めたし、それから云年経って、アンナと名乗って5年だから……26位かな?」

 明らかに嘘なのはその辺にある石ころでも分かる。しかし彼女の精神性と、思ったよりも気さくに話が出来そうな雰囲気から自分と同じ年位だろうと思っておく事にした。―――後に知ったのだが彼女の兄によるとシドよりも50は上らしい。計算がざっくりとしすぎているな、と赤色の髪の男と苦笑しながら酒を飲み交わした。

 次に彼女と印象のある出来事と言えば魔導アーマーを鹵獲して修理した時の話だろうか。再び少し沈んだ表情をしながら当時偶然弓を持っていたアンナの隣で戦った。戦闘を重ねるごとに少しだけ笑顔になっていくのが少し怖かったのだがここでは置いておく。

「カストルム・セントリに潜入してミンフィリアを助け出すぞ!」と言った時のアンナの不敵な笑みが何よりもシドにとっての活力となったのだ。人の事はあまり言えないなと当の本人は苦笑しながらも隣に立てるのが何よりも嬉しいと思っていた。アンナはどう思っていたのだろうか。何度か思い出した時に聞いているが照れくさいのか答えてくれない。

「お世話になっている人たちだし。助けるのは当然の話」

 旅人だとよく強調するクセになぜ自分や暁の血盟の人らに肩入れしてくれているのかと聞いたのもこの時だった。レヴナンツトールの整備用拠点で魔導アーマーを見上げながら話をしていたのを覚えている。

「私はね、自分に優しくしてくれた人と約束は守る事にしてるんだ」
「これまた大きく出たな」
「実はアルフィノとはね―――」

 話を聞くとアルフィノとの出会いが彼女の冒険者生活スタートのきっかけだったらしい。蛮族に囲まれていたアルフィノとアリゼーを助けたお礼にグリダニア行のチョコボキャリッジに乗せてもらったのだと。アルフィノが暁の血盟の人間だと知ったのはつい最近で。奇妙な縁だな、と思いながら付いてきてるんだと苦笑を浮かべながら喋る姿は少しだけ新鮮に思えた。思えば彼女の過去をこの時まで聞いた事が無かったのだ。シドの過去の一部は【超える力】で視られてしまっていたのにアンナの歩いてきた軌跡は一切見る事が出来ていない。だから少しだけ遠慮がちに話をする彼女が新鮮だと表現できた。

「元々冒険者になろうとは思ってなかったんだけど、エオルゼアで動くなら色々と便利かなって思ってね。人助けも好きだしやっちゃえと走り回ってたらいつの間にか暁の人らと行動してた」
「なかなか飛躍した面白い動機じゃないか。ところで冒険者になる前はどこを旅して」
「あ、カエル食に興味ない? レヴナンツトールのすぐ外にいるやつの肉を食べられないか少し頑張ってみたんだけど」

 露骨に話題を逸らしていた。そしてニクス肉の料理は丁重に断った。未来の俺からしたら『約束』という言葉を使っていたのに何も疑問に浮かばなかった自分を蹴飛ばしたい―――

 アンナというエオルゼアの英雄が誕生するまでに外せない出来事と言えばやはり魔導城プラエトリウムでの活躍だろう。シドも魔導アーマーで援護してカストルム・メリディアヌムを制圧。そしてエンタープライズ号で空からの侵入を果たしたシドとアンナ達冒険者はガイウスと対峙する。

 そういえば魔導城突撃時に初めて彼女が刀を持つ姿を見た。珍しい武器を持っていたので聞くと偶然出会ったムソウサイと名乗る侍の弟子になったんだと話していた。

「仮にもヴィエラの集落生まれだからね。出身はオサードの方だから刀は見た事あった。ウルダハで見かけて懐かしくなって」

 舌をペロリと出しながら愛しげに鍔の辺りを撫でる姿に少しだけ、ほんの少しだけ決して表に出せない一つの感情を刺激した。今は作戦中だと自分に言い聞かせすぐに引っ込めたのだが―――少し席を外す時間があったら少々抜きに行っていたかもしれない。そんな姿を見てからだったのだろうか、彼女の戦う姿に対してそそる様になったのは。後方支援をしている姿よりやはり正面切って刀で一閃する方が似合っているし、何よりシド自身の欲情が刺激されていった。

 閑話休題。魔導城ではシドが捨てた故郷の者達が俺に語りかけて来た。ある者は友の息子であった自分を裏切られてもなお再び傍に置いてやろうとした男。またある者は伝説とされてしまった自分に焼け焦げて劣情をぶつけて来た幼馴染と呼べる男だった。坊ちゃんとして育った自分が考えなかった感情たちが襲い掛かって来た。まるで強い光が闇を落としていく葛藤を全て斬り払ったのがアンナだった。ガイウスの誘いも即断り、現れる敵は躊躇なく斬り捨てていた。現在もだが味方としていてくれて心から助かっている。当のアンナは「顔見えてたら危なかったかもね。ナイスヒゲだし」と後に語っていた。冗談だよな? と聞いたが目は笑っていなかった。―――本当に味方でよかった。

「シドは別に亡命して後悔してないんでしょ?」
「勿論だ。ガイウスに引導を渡してやる、頼んだぞ」
「うん、それでいい。あんな奴といると『自由』に手を伸ばせないからね」

 アンナはシドを勇気づけるが如く語りかけながら彼の頭をポンと撫でエレベーターに消えて行った。彼女の方が背が高いので彼を撫でる行為は容易である。行為を受けたシドといえば少し恥ずかしい気持ちで溢れかえっていたのだが。
 ネロとの会話後―――アレはほぼ一方的な感情の吐露だったが、アンナは戦いながらシドへリンクシェル通信を再び繋いでいた。『大丈夫』『私は、知ってる』『ネロとかいう、趣味悪い赤の、自称天才プライド高すぎ鎧野郎よりさ、あなたの方が数段強いから』『あっやっべ聞こえてた』と声が漏れてきた直後ブチ切られた様に自分の張りつめた緊張が解けていく。ネロが強制的に再びジャミングして切ったのだろう。一瞬だけ『ぶっ殺すぞテメェ!』だと思われる声が断片的に聞こえたからだ。目の前でボソボソ自分の陰口をたたいていたら俺でもキレる。戦闘中なのに余裕がありすぎる姿に頼もしさもあるが少々危うさも存在する。ガイウスに、アルテマウェポンに勝てるのだろうか。刀を握り始めて大した時期が経っていないんだ、途中で膝を突いてしまうのではないか。いや彼女が賜った【超える力】が有れば大丈夫―――なはずと考えるうちに眉間の皴がより一層深くなったのを感じた。

 ふと一瞬だけ城内の電力が落ちる。嫌な予感がする。モニター室のシステムから確認すると地下深い場所に電力を集中させている事が分かる。つまり、と考えた瞬間に彼女のリンクシェルへ繋ぐ。先程外から流れて来た情報を渡し、あとはアルテマウェポンを破壊するだけと作戦も大詰めを迎えている。

「いいか、死ぬなよ生きて帰って来るんだ」

 アンナの声は聞こえなかった。ノイズが酷すぎて自分の言葉が伝わったかも分からない。シドは祈る事しかできなかった。お膳立ては出来たのだ、あとは彼女の頑張りで世界の行く末が決まる。

 ここまで来たらもうやる事はない。シドは一足先にモニター室から離脱し、脱出した。

◆◆◆

―――シドは脱出できたのだろうか。心配になる。

 アンナの中ではかろうじて聞こえた『生きて帰って来るんだ』という言葉が反芻していた所にガイウスが降って来た。偉そうに演説し時間稼ぎをしたガイウスをなんとか斬り払い、追いかけた先で目の前に現れたのはアルテマウェポン。少々怖かった。しかし吸収した蛮神は一度倒した相手だ。何とか恐ろしい古代兵器から蛮神を引き剥がし、ようやく互角以上に戦えると思った瞬間だった。アシエンが現れ、トンデモない事をしでかした。

 ガイウスも知らなかった最終兵器究極魔法アルテマ、空へ放たれた大魔法の威力は絶大だった。一発でプラエトリウムが壊滅する程度の威力を持っている。アンナはハイデリンの加護により何とか無傷だったのだが懸念が生まれた。

『シドは脱出できたのだろうか』

 リンクパールに手を当てても何も反応はしない。当たり前だ、通信が途切れると言われていたのだから。ガイウスとラハブレアが何かを言っていたようだがアンナの頭の中には入ってこなかった。『いや大丈夫。今まで見てきたシドなら引き際位わかってる。でももし万が一失敗してたら』頭の中でずっとグルグルと渦巻き彼女は顔を伏せる。

「しかし、今は! この者らを倒し我に力有りと証明するッ!」

 うるさい、お前はシドを大事にしたかったんじゃないのか? ただ一度の拒絶で捨てる程度の者だったのか?

「どちらが真に『持つ者』なのか決着ををつけようじゃないか冒険者!」

 厭だ、力なんていらない。約束を交わした少年を助けられなかった、約束を果たせなかった力なんて、ボクは。

 構えた刀に、身体から放出されるナニカが流れ込んでいく様を感じる。いけない、分かっていても自分の中のナニカが『奴らがいないのだから大丈夫だろう。圧倒的な力ってやつを見せてやろうじゃないか。―――』と囁いた。「シ、ド」とボソとアンナは呟いた。小さな言葉は周りの冒険者やガイウス、そしてアンナ本人の耳にも届かないだろう。

 ここからアンナの記憶は塗りつぶされたかの如く真っ黒になる。はっと気が付くとアルテマウェポンから弾き飛ばされたガイウスが倒れていた―――

◆◆◆

―――心臓がいくつあっても足りなかったさ。とっととエンタープライズで助けに行ってやりたかったし絶望しかけていた。でも英雄は戻って来た。焼き切れていたはずの魔導アーマーに乗ってついでにサンクレッドも救出成功。新たなエオルゼアの英雄、『光の戦士たち』の誕生だ。

 アンナはただ笑みを浮かべ、彼らの祝福を受け取っていた。ふとシドと目が合い、お互い笑顔を浮かべ「よかった」と言葉が重なった。

「シド」
「旅人の英雄さんじゃないか」
「英雄は余計」

 第七星歴の宣言が行われ、数日の時が経った。何となくレヴナンツトールで落ち合い、軽食でもどうだと誘うとあっさり了承してくれた。噂で暁の血盟の拠点を引っ越しすると聞いていた。忙しいだろうに、とシドは言うと「それは私の仕事ではないからね」とウィンク付きの返事が返って来た。

「ガイウスとの戦いももう昔の話みたいで」
「そういえばお前ネロの前で陰口叩いた後何かあったのか?」
「第一印象を言っただけ。殺すぞって言いながら私を執拗に狙ってきた。聞いた方が悪いのに」
「いや戦闘中に他事は失礼だろう。……って待て、刀振り回してたんだよな? 目の前で言ってるしキレられて当然じゃないか」
「うーん……あなたが不安で潰されてないか心配だったから。あなたが悪い」

 シドは「俺のせいにするな」と言いながら小突いてやると彼女は満面の笑顔で「ごめんごめん」と舌をペロリと出した。プライドが高いネロの事だろう、アンナの小言は相当効いたに違いない。当時、何を思ったか聞いてみたいと思っていた。しかし死んだ者に直接問いかけ答えてもらう術は確立されていない。いやもしかしたら死んでない可能性もあるか。噂では死体は発見されてないと聞く。どこかで会うかもしれないのが厄介だと今後起こるであろう面倒事に想いを馳せていた。現在も聞けていないから今度聞いてみようと考えている。

「それを言ったら私も心配だった。アルテマウェポンがやらかした爆発の時、脱出できてたのかなって」
「お前と連絡取れなくなった地点で役目は終わりだと思って脱出した。心配かけちまったみたいだな」
「そっか。怪我、無くてよかった」

 どうやら自分の身よりも他人の方が心配だったらしい。どこまでも英雄にふさわしい考え方を持っているようで。しかしそれは自分の限界を知らない危うさも存在するという事。魔導アーマーで生還し、祝福の喜びを受けた後操縦席で突っ伏して眠ってしまったのだ。彼女を取り巻いていた人間全員が慌てていた所、寝息が聞こえるや否や皆溜息を吐いた後笑顔を浮かべていた。実は安心した顔で眠ったアンナの寝顔を見たのが初めてだったのだ。シドも含めて安心してもらえたのが何よりも嬉しかったのだから。

「これからどうする?」
「蛮神問題を片付けたらまた旅に出たいよね」
「お前は旅人だから言うと思ったぜ。でも英雄さんをあっさり自由にさせてくれるのか?」
「……頑張ったのは暁の皆だからなんとかなるさ。私はただの無名の旅人だからね」
「あー……そんな事より、案内したい所があるから落ち着いた時にまた連絡が欲しい」

 彼女の口癖を聞きながらリンクシェルにシド直通の連絡先を追加してやる。本能的に今渡さないと二度とチャンスが来ないと思ったからだ。アンナは笑顔で受け取った後、「どこに?」と聞いた。

「決まってるだろ? ガーロンド・アイアンワークス社だ」
「ほーそりゃ楽しみ」

 2人の笑い声が重なった。楽しみが増えた、と言いながらお互い別れる。彼女が興味を持つ存在を定期的に与えれば。彼女の力を求めれば、まだしばらくエオルゼアに残ってくれるだろうと確信していた。しかしその前に会長代理として任せていたジェシーの説教の続きと積まれた仕事を片付けないと。

―――まあその後すぐにクリスタルタワーの案件で再会するのだが。しかしガーロンド社に連れて行く事に対して楽しみと答えたのも今思えば当然じゃないか! 浮かれていた自分を本当に責めたいと何度も思ったさ。